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『針鼠(読み切り)』 作者:黒之狗人 / 恋愛小説
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 桜が舞い散り、蒼天がそれを見放すように地面へと落下。落ちた瞬間から芥として扱われていた。世界は私たちの別れを知りながら、人にとっては重大すぎる事態の癖に、知らない顔をして経過していく。
 落ち行く花びらには、そう思わせる何かがあったように思える。
 人々はこの桜の中で出逢い、そして別れていくのだろう。
 あるいは、悠久の時を刻みながら。それでも決して留まることなど無く。
 そうして私は彼女を見据えた。彼女もまた、私を見据えていたように思う。
 だが、視線を合わせることも出来ずに、私はただ彼女に口付けをする。それは、一つの決別の儀式の形だったのかも知れない。
 私はただ、震えていた。
 彼女は、しかし決して震えなかった。
 そして私は彼女に背を向ける。
 それは、そうしなければ永遠に彼女のことを思い続けるだろうと、過剰すぎる自己防衛が勝手に働いたからなのだろう。



 全ては、交際二年目の冬のことだった。
 マンネリ化した彼女との交際生活。だからこそなのだろう。つい、手を出してしまったのだ。
 浮気に。
 一人の女に数年間固執し続けるというのは、恐らく人類の起源から男という存在には決して不可能なのだろう。と、そんな言い訳をすると、彼女は私を思いきり手のひらで叩きつけた。
 当然の結果だったのかも知れない。
 枕を投げつけ、女を抱いたという公園のベンチを燃やせ、と笑顔で言う。
 どうして女性は笑いながら起こることが出来るのだろう、と世界中全ての男の疑問の集約を彼女に写しながら、言われたとおりにその長椅子を焼いた。
 恐らく公共物棄損やらで法的に処されるような行為だったのだろう。だが、彼女の笑顔は私を明らかに殺しそうな勢いでこちらを見据えていた。
 結局、公園を徘徊していた警官に逐われる羽目になってしまったが、逃げ切って、それすらもが笑って許せる思い出となっていた。
 否、その程度の儀式で、笑って許せる彼女の大人振りの方がきっと私の中で大きな居場所を占めている筈だ。
 だが、それすらもが甘く、熱い郷愁を伴って襲い来る疼痛の一片に過ぎない。
 そうして仲直りをしたにも関わらず、私は数ヶ月後にまた別の女性を抱いてしまっていたのだ。
 そう、ほんの数日前。
 いや、今回はただ道端で誰かに捨てられた身元も知らない女性を慰め、何となく勢いで…、といった感じだったはずだ。一晩限りの関係。次の朝、吹っ切れたように笑顔で、自らの部屋に帰ると言って玄関に立ったその女性を、俺はただ見送っていた。
 これで元気になればいいな、とも思ったが、人間関係などそう簡単に吹っ切れるわけもない。
 携帯端末番号も、電子文書アドレスも結局訊かないままに私たちは別れることにした。
 それがお互いにとっての一番の慰めになると、そう思ったからだ。
 いつもの習慣で朝の番組を付け、寝ぼけ眼で女性を送り出すため、ドアを開けたとき、
 其処には彼女が立っていた。
 そうして、私の思考はいつの間にか真っ白になり、いつの間にか裸足で彼女を追いかけていた。
 明瞭に鳴り始める私のなかに、何故彼女を追いかけるのかという問いがあった。
 勿論、私はそんなにモテるという訳でもないが、しかし女には困らない、ある意味末期のこの国の男女の交際状況に置いて一人の恋人を失ったくらいで、別段人生の全てが終わるわけでもないだろう。
 だがしかし、それでも。
 私は彼女の背を追いかけた。
 走りながら、私は彼女に声をかける。だが、聞くつもりもなく彼女は駆け抜ける。
 眼前には、私たちがいつも利用する、駅があった。
 アスファルトを踏みしめると足の裏に何故か激痛が走る。裸足で全力疾走すると、こんなにも痛いのだと初めて知った。
「待ってくれ!」
 だが、その足は止まらず、更に速度を増す。
 右頬も痛いのは、恐らく彼女に殴られたからだろう。それを我慢してまで追いかけるのは、自己保身の為なのだろう。あるいは、彼女を傷つけない為という理由を付けた、ただの自己満足だ。
 それでも。
 構内に入ると、人混みに押される。昨日などは手を繋いで離れないようにしていたはずなのに、今日の私たちは既に他人となろうとしている、交際の終了間際だった。
 別れの瀬戸際、の方が正しいかも知れない。
 それでも、切符を買っている間の彼女に、私は追いついた。
「…頼む、話を、聞いてくれ…!」
 いや、実際悪いのは私なのだけれども、思いつく限りの言い訳でも言いたいのだ。
 そうしなければ、私の中にもきっと後悔が残るだろうから。
 だが
「痛い。離して」
彼女は私の手を引き離した。
「頼む、話を――、」
「私の前に人の皮を被った豚面を見せないで欲しいわ」
 その眼は私を睨み、怨恨の中に悲痛と侮蔑を込めていた。それは、決別の言葉よりも残酷な意味合いを持っていたのかも知れない。
 それでも、私は手を掴んでいた。
 しつこすぎる男だとは分かっていたが、ここまで女々しいなどと自分でも思っていなかった。
 しかし汚らわしいと言わんばかりに、彼女は再び私の手を振り払った。言葉を放つことすら勿体ないと言わんばかりに向こうへ踵を返す。
 周囲の痛い視線を受けながら、それでも声を放つ。
 だが、その叫びは届かず、雑踏の中に私は取り残されていた。


 帰り路で、私はどうしてこうなってしまったかを考えていた。
 だが、答えは考えるまでもなく明瞭。私のヘリウムガス級の気の軽さが全ての原因だ。
 思考終了。打ちのめされた私はただひたすら愚考を繰り返し、この後をどうするかを考えていた。
 いや、別れても仕方が無いとも思うのだが、このまま別れるのは何だか私の心がそれを現実として受け入れることが出来ないだろう。
 そういえば、と思い出す。
 今更ながら彼女に私の何を打ち明けることが出来たというのか。
 互いに心の内を知り、その上で相互の理解を深め合っていくのが通常の、最も理想的な恋人なのだろう。
 だがしかし、私たちはそんなものとは全くかけ離れていたように思う。あるいは理解ではなく、上辺の心の付き合いだけだった。
 それは、密接できない私たちの心の現れだったのかも知れない。
 例えば彼女の前の、今ではもう青春の一部としか思えない元彼女の話も、笑い話としても話せない。
 向こうも、私に必要な現在だとか、未来の話はしたが、過去の過ちにしても心の内にしても離すことは殆どなかった。
 それは心を分かち合うことが出来ない者たちの弱過ぎる自らへの自己保身に過ぎなかったのかも知れない。
 そして、彼女はそのために私から離れようとした。一方で私はそれえも少しずつ歩み寄ろうとして拒絶された。
 …いや、自分に都合よく考えすぎだ。単に私は、彼女という拠り所を無くしたくないだけなのだ。自らの弱い部分をカバーしてくれる、彼女という存在を頼り、一方で頼られる普通の男を演じたいだけなのだ。
 そして、それを失う限り私はそれを演じることが出来なくなり、一方で自分が成り立たなくなる。
 それが怖い。ただ、私が臆病すぎるだけなのだ。
 自らをなぞる嫌な思考をしつつ、いつの間にか裸足のまま自分のアパートの一室へと辿りついていた。
 胸を貫く何だか分からない痛みと虚無感。しかし、私はそれに耐えるしかなかった。
 全ての責は私にあると、理解していたからだ。
 フローリングの床がべとつくことに気がついて足の裏を見ると、多くの傷から鮮血が吹き出しているのが見えた。
 足を洗って消毒して、その後にふき取らなければ。
 自らの行為に阿呆さすら感じる。だが、動いていないと刻々と傷が抉られていくような気がして、仕方なく動くことにする。
 後で電話でもすることにしよう。切られても仕方がないが、そうしなければいけないような気もする。
 その時だった。ふと、リビングのテレビに目が行く。キャスターの慌てた動作が瞳孔に映り、動作を視覚から電気信号に変換し、脳髄へと駆け上がらせる。
「…の………で…………線の…車………線し…」
 声は聞き取ることが出来なかった。しかし、画面に映っていたのは、私のよく見る景色だった。
「繰…返し…………線……列車が…」
 瞬間、私は携帯端末の短縮番号を押していた。理性ではなく、殆ど本能で動き、彼女に連絡を取る。
 だが、
「タダイマ電話ニ出ルコトガ出来マセン。発信音ノ後ニオ名前トゴ用件ヲオ話下サイ」
 出たのは無機質な声と、発信音の連なりだけだった。
 その間にもテレビの画面は報道を伝えていた。
「もう一度繰り返します。本日午前十時二十分頃、×××線×××付近で脱線事故が起こりました。犠牲者の人数は数百人にのぼると見られ、現場では懸命な救出作業が続けられています」
 それは、彼女の家に向かう線の、彼女が私の手を振り払い、去っていった時間に乗れる列車の脱線事故の報告だった。
 連絡が付かず、私は息を呑む。
 だが、すべき事は見つからず、ただメッセージを伝えた。
「もしこのメッセージを聞いたなら、ワン切りでいい。連絡をくれ」
 そうして私は通話を切った。
 そうすることしか、私には出来なかったのだ。
 その夜、死亡者の名前がテレビ画面に映った。
 彼女の名前は、驚く程始めの方で報道されていた。



 花輪を捧げた墓標の前で、私は彼女を見据えていた。
 彼女の家庭で信仰している宗教のお陰で、噎せ返るような線香の臭いは嗅がなくて済んだ。あの、誰かを弔うような嫌な臭いを嗅ぐのは、今の私には自殺衝動を駆り立てる題材にしか成り得なかったからだ。
 だが、もしかしたら何かが出来たのではないか、と私の中で何かが責め立てる。
 もし、私が彼女を裏切るような行為をしなければ、彼女が死ぬこともなかったし、彼女の両親、親戚を悲しませることもなかった。私がこうして泣くこともなかったし、震えることもなかった。
 それらは偶然条件の重なりの中で起きた、一つの奇跡だったのかも知れない。ただ、幸運ではなく、不運の方に向いただけの奇跡。
 彼女の知り合いが去っていった中、私はただ立ちつくしていた。
 土葬された彼女の遺体は、土の中で墓石の下に眠っている。その彼女は、私のことを二度と責め立てはしないし、二度と許しはしない。
 それは一つの救いで、一つの残酷な仕打ちだった。
 そして私はそれに屈するしかないのだろう。そうするしかないが故に。
 結局、私は彼女と心を通わせることが出来ず、傷つけ合うことしかできなかった。
 まるで、自らの身を暖めようと身を寄せ、互いに傷つける針鼠のように。それも、密接できなかったが故に寒さに震えながら傷つけ合うだけだった。
 それは悲しいことだ。とても悲しいことだった。
 例えそれが美しすぎる程、劇的な別れであったとしても。
 私という陳腐すぎる男から離れることが出来ただけでも、彼女は幸せだったのかもしれない。近づき、愛を求めて針で傷つけようとも、愛を与えず、暖め合うことも出来ない。
 所詮私は――もしかしたら人間全ても――そんなものなのかもしれない。
 そして私は無言で立ちつくしていた。
 春は、出会いと別れの季節だと言うが、別れの方が一方的に多い様な気がするのは気のせいではあるまい。
 一年を一周してきた中で出逢ってきたもの、培ってきたものを、一度に失ってしまうこともあるからだ。
 あるいは、全てを失ってしまう。
 春というのは、別れには最も向いているのだろう。
 だがしかし。
 彼女を失ってしまった――否、殺してしまったという事実は、季節に関わることなく私を責め続けるだろう。法的に裁かれる事ではないが、それが私の罪だ。
 だからこそ私はそれを背負おうと思う。一生負い目を感じながら、それでも贖罪していこうと。
 そして告げよう。
「愛していたよ」
 例え、彼女が生きていて別れを切り出されていたとしたら、きっと言っていただろう言葉を私は吐いた。
 だが、彼女からの返答は遂に無く、何処に落ちていると言うこともなかった。
 傍らの桜の樹だけが、私たちを見つめている。
 そこから花びらが舞い散り、蒼天がそれを見放すように地面へと落下。落ちた瞬間から芥として扱われていく。世界は私たちの別れを知りながら、人にとっては重大すぎる事態の癖に、知らない顔をして経過していた。
 落ち行く花びらには、そう思わせる何かがあったように思える。
 人々はこの桜の中で出逢い、そして別れていくのだろう。
 あるいは、悠久の時を刻みながら。それでも決して留まることなど無く。
 そうして私は冷たい墓石の下で眠り続ける彼女を見据えた。生きていれば彼女もまた、私を見据えていたように思う。
 だが、視線を合わせることも出来ずに、私はただ彼女の身代わりに口付けをする。それは、一つの決別の儀式の形だったのかも知れない。
 私はただ、震えていた。拳を小さく握りながら。
 しかし、彼女はそれを見ることも叶わず、決して震えることもできなかった。
 そして私は彼女に背を向けた。
 それは過剰な自己保身の権化だったのかも知れない。
 そうしなければ一生思い続けるだろうという、一瞬浮かんだ愚考は、間違いだ。生きている限り私は負い目を感じるだろうし、別の女を抱いたとしてもあの笑顔を忘れることはないだろう。
 だから、夢でも幻でもいい。私の胸を刺し抜いて欲しかった。
 そこでならようやく対等に、
傷つけ合いながらも身を寄せ合って暖め合うことが出来るだろうから。


<了>
2005/05/04(Wed)22:58:21 公開 / 黒之狗人
http://homepage3.nifty.com/kuroinuya~03step/1.htm
■この作品の著作権は黒之狗人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての恋愛系で
惚気話にするのも何なので、時事ネタ。冥福を祈る気持ちがあったのですが、こういう形でしか表現できなくて…
一応殆どノンフクションです
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