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『女神』 作者:天告 / ショート*2 ショート*2
全角1092.5文字
容量2185 bytes
原稿用紙約5.15枚




本当は羨ましかったんだ、すごく。




女神




「強いよね」

揶揄を含んだ問いを知りもせず、君の前に咲き乱れる沈丁花。

雨に打たれたそれらも雨に沈んだ君も世界のものと思えないほどに美しい。

白い手が其れに触れて、茎を柔らかに引き寄せて口付けた。

甘い蜜を吸うような仕草は艶かしいというよりは神々しくて。

君の掌はけして戯れに命を奪わないことを承知で。

唇が捧ぐのはたんなる気紛れだと承知で。

夢想する少年のように惚けて見蕩れた。


「…に?」

雨の音に鈴の音が混じった、然し其れは聞き取れず。


「え?」

「なに?」


もいちど欲しがる俺に君は答えた。

其の問いの意味を理解しつつ、意地悪で。


「なにが?」


問い返して、絶望の意味は君の唇に捧げて欲しくて。


「なにが、強いの」

長い真紅の髪が肌に纏わりつく、ずぶぬれになってまるで赤い血を流しているようだと想った。

濡れて重くなった俺の金色はいったいどんな色に染まったか。

「神楽が」

名前で呼んだのなんて初めてで。

然し違いに途惑うことはなかった。

俺が君を呼んでも君は俺を呼ばないから、怖くなんかないんだ。

傷つけられても傷つけはしない君は本当に愚かで美しいよ。

ひとの痛みを一瞬の驟雨で流してしまわないきみは本当に強いよ。

「…どうして」

「普通は喚かない?」

「哀しいのが先」

「俺が嫌いじゃないの?」

「嫌いよ」

「じゃあ」

「でも、あのひと幸せそう」


ゆらり、花の笑み。

十何年の想い人を奪われた始末が花の笑み。

あのひとが幸せなら自分も幸せと、憎い俺に謂った。


「琴はずっと傍に居てくれたけど何時も哀しそうな顔してたの」

「、」

「あたしじゃ本当に笑わせてあげられないの、だから」

やめろ、と叫びかけて雨脚が強くなった。

強がって嘯くと信じた、頬に真紅の涙がこぼれないことに絶望して。

嫌いだと、嘘を吐いたのは俺で、本当はずっと羨ましかったんだ。

その凛とした横顔の儚げで傲慢な強さが。

本当に大切なもの一度も奪われたことのない俺は欲しがってばかりで。

ただひとつにしがみ付く君から奪ったんだ。

強い雨に打たれた沈丁花が首を落としたのと同時で。

「だから、」

白い手が其れを掬って口付けた、倒れた花まで愛しむ慈愛。


知っていたんだ、君が戯れに花を摘まないことを。
知っていたんだ、君がなにも奪わないことを。
知っていたんだ、君が俺にすらまく慈愛を。
しらないふりをした、君が泣いていることを。


「だから、ね」

やめろと謂うより先に擁いて。



「ありがとう」



掌の花弁を見詰めて、

腕の中の女神が確かに微笑んだ。





2005/04/24(Sun)11:32:02 公開 / 天告
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