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『天使の優しさ』 作者:恋羽 / ショート*2 ショート*2
全角1976.5文字
容量3953 bytes
原稿用紙約6.6枚

 
       『天使の優しさ』



 彼は何一つ満たされない場所で、全てを見下している。世界の最底辺から、全ての生きとし生ける者を。
 この青みがかった白い壁と鉄格子に囲まれて生きる人間は誰も皆病んでいる。世界から隔離された場所で、彼らは生きている。
『お父さんはおいしかった。お母さんは骨ばっかりだった』
『Aを殺したのは神様に命令されたから』
『騒がれたから殺した。それだけ』
 皆の口から零れる言葉。書きつけられる文字。心を壊してしまった子供達。そして、殺された人々。
 だが。彼はそんな周りの皆とはどこか違った。
 彼は輝いている。彼はいつも無垢な笑顔でそこにいた。
 乱れ狂う心や泣き叫ぶ声の雑踏の中で。
―――彼は笑っていた。
 天使の笑顔。端麗な容姿に似合う白い歯を見せて、彼はいつも笑っている。
 そして彼の異常心理は、どんなテストにおいてもその片鱗を見せなかった。
 狭い部屋。彼の担当医と彼の問答が記録に残ってされる。


―――君は何故、犯罪を犯したのかな。
 あの時の僕は頭がおかしかったんです。だからあの子を殺したんです。

―――近所に住んでいた仲の良い幼馴染みだったと聞いたけど。
 はい。本当に仲の良い友達でした。今は心から後悔しています。

―――君の部屋の中には有名な、悪い方でね、アーティストのCDやグッズが多数あったらしいね。
 あの音楽が僕の心を狂わせたのかもしれません。もしここから出たら、僕はもう二度とあの音楽を聞きません。

―――もし家族の元に戻ったとして、きちんと生活できるかな。
 今の僕には自信はありませんが、それでも努力したいと思います。お母さんの愛情に応えたいです。


 彼の口から出た言葉を担当医は信じ、そして彼は再び元の世界に戻された……。
 それが原因だとは思わない。法律、倫理の両面から見てもその判断は妥当な物であった。いかに世論が彼の社会復帰を拒もうと、彼にも自由を謳歌する権利があるのだから。
 だが、彼は美しい笑顔に宿る獣の目で世界を見つめていた。



 彼は、天使だった。その美しい容姿もさる事ながら、その後の行動も天使その物だった。
 新しく暮らし始めた街。地方都市の寂れた街角で彼は募金活動をおこなったり、ボランティアに積極的に参加したりする。素晴らしい更正振りに、彼の母も目を疑った。
 だが。動物や老人、子供は彼には近付こうとしなかった。彼の中に眠る、何かに気付いていたから。
 彼を取り巻く誰もが彼の一挙一動に驚き、彼のその素晴らしい素行に頷いた。そして彼を通常の処理よりも短期間で束縛から開放するに至る。
 その次の日。
 彼はその天使の衣を脱ぎ去り、羽根を黒く染めた。


 時が深夜に移ろうとしている頃。河川敷の土手の下に、奇妙な人影がある。
「何をしている?」
 巡査がそう問いかけても彼は答えようとしない。彼はただ目の前の草むらに横たわるものを抱きしめる。巡査からはそれが何なのか、彼の陰になって見えない。
「何をしているかと聞いて……」
 巡査は職務質問を続けようとしたが、その言葉は声無き叫びに変わった。
「おまわりさん。僕は春人です」
 彼は振りかえると笑顔でそう言った。
 いや、言うよりも早く巡査の喉に左手の鋭く伸びた爪を突き立てていた。
 そして異常な程多量な血を撒き散らせ、巡査は草の蔓延る地面に倒れこんだ。
 男の息の根が止まらぬ内に、春人は腰に忍ばせてあった刃渡りの短いサバイバルナイフを全身に刺し続ける。切れ味の悪いナイフは肉をボロボロにして突き刺さり、男の全身から血があふれ出る。
 春人は、笑う。無垢な笑顔で。
「おまわりさん。楽しいでしょう?」
 息を切らす事無く春人は刺す。すでに赤い塊と化したそれを、天使の顔で。
 満面の笑みの中に、―――冷たい瞳。その一点だけが狂気染みている。
 巡査を弄んだ後、春人は再び元の相手に目を戻す。
 とうの昔に死んだ女。その冷え切った肌には夥しい数の虫が蠢き、見開かれた目には光が無かった。胸を一突きにされた生々しい傷口。
「ごめんね、待たせて」
 そう言うと春人は笑い、そして女の、母の死体を再び抱きしめ。
 楽しげな死のダンスを笑顔で踊った。



 昼下がりの寂れた喫茶店。彼は小さなテーブル席でコーヒーを味わっていた。
 猟奇殺人鬼。ニュースは見えない春人の名をそう呼んだ。
 彼は、―――笑う。
「僕は、春人だよ」
 彼はそう無邪気に呟くと、コーヒーの代金をカウンターに置いて店を出る。恐らく人間嫌いなのであろう店主は無愛想に頭を下げた。
 春人は再び歩みを始める。朽ち果てた母に代わる伴侶を求めて。
 そして肥大し続ける国をテリトリーとする、死の天使として。
「僕は春人、だよ」
 彼は白い歯を自分には見えぬ誰かに見せ、人込みをすり抜けていった。
2005/04/05(Tue)01:38:05 公開 / 恋羽
■この作品の著作権は恋羽さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 更新する小説を書こうと思っていながら音楽を聴いていると……、出ちゃった(泣 という風に出来ました。いまいち味が薄いなぁ、と思いますが。辛口、甘口、中辛。なんでも構いませんので、ご感想をお聞かせ願えたら幸いです。それでは。

 早急に修正しました(笑 頭が半トランス状態だったのでプロットもクソも(失笑 
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