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『スカイブルー』 作者:ema / 未分類 未分類
全角1953文字
容量3906 bytes
原稿用紙約7.45枚
 
「そういやお前、いつから授業サボり始めたんだっけ?」

「二年の今頃」

「じゃあ今日で俺ら、約一年記念だってこと?」

「馬鹿なカップルみたいな言い方ね」
 
 
 
 八月は暑い。
 そんな時は、教室という四角い空間に閉じこめられているより、
天井の無い自由な場所で、こうやって涼んでいたい。
 せっかく人が気持ちよく風に当たっているというのに、視界には
小学生みたいな顔をした男がうろついている。こいつはあたしが屋上に
来ると、必ず先回りして鉄製の細いハシゴをよじ登った特等席で待っている。
寝ながら鞄を振り回し、あたしは視界から奴を追い払った。
 
 
 
奴に出会ったのは、信じられない位に空が奇麗な日だった。


『奇麗だと思わない?景色が』

 横からした声に振り返ると、双眼鏡を首から提げた男子生徒が
目を輝かせて立っていた。それが奴との出会いだった。
 住宅が建ち並んでいる景色に目線を写し、あたしは確かこう言った。

『あたしにはガラクタが並んでいるようにしか見えない』

『違う、そっちの景色じゃ無くて!校庭に広がる人間の景色』

『何じゃそりゃ』

『分かる?何か神様みてぇな気分。普段でかい態度とってる先公ども
 も、あーんなにちっこく見える。なかなかお近づきになれない可愛い
 女の子が、これ一つでズームアップ』

 神様みてぇな感覚、というところまでしか聞いていなかったと思う。
 一人ではしゃいでいる隣の馬鹿は気が付かなかっただろうけれど、とても
心地よい風が吹いた。教室じゃ勿論味わえないような感覚に、あたしは完全に
魅了された。自分一人に対して広がる、大きな青空。
 それからというもの、晴れた日には屋上に行くことが日課になっていた。
 その度奴が先回りしていたり、後から乱入してきたりしていた。それ故に
奴と過ごす時間が次第に長くなっていったのだ。
 
 
 
「そうそう、そうやって丸一年間お前は俺を邪険にしてきた」

「邪魔者を邪険にして何が悪い」

「何でそう見た目と性格にギャップがあんだよ。見た目めっちゃ俺のタイプなのに」
 
 
 
 こういうことを平気で言う。鼻で笑ってすぐにそっぽを向いた。
 あたしは元々内向的だった。大人数で行動するのは苦手だったし、
人前で話すことも苦手だった。後者は適度な人生経験から少し克服
できたが、前者は今でも出来そうにない。楽しそうにしている輩の
表情をあたしは常に珍しげに眺めているような人物だった。

 集団が嫌いな理由。それは、ただでさえよく分からない自分を
見出すことがさらに困難になるから。ちっぽけで目立たないもの
が沢山の何かに紛れてしまっていては、知らずに捨てられてしまう、
知らずに踏みつけられてしまう、知らずに飲み干されてしまう、
……知らずに傷つけられてしまう。それを昔ひどく恐れていた。
 だから集団を拒絶して、次第に周囲の人間は遠のいていった。

 自己主張が出来ないくせに、周りに従う訳でもなく寧ろ従って
同じ方向に流されるのを厭った。よく分からないというのは、こう
矛盾だらけの自分だったのかもしれない。周囲から距離をおくこと
によって得たのは、自分を見出すことではない。

────独りがどんなに過酷で哀れであるかという知識だった。

 勿論、奴には話していない。打ち明けなければ死刑だと言われても
泣く泣く(でもないかもしれないが)死刑執行の日を迎える気がする。
 奴の言葉をまるっきり無視して、あたしは入道雲が浮かぶ空を仰いだ。
 鞄をまくらにして、無防備に仰向けになると、奴はあたしの顔を上から
のぞき込んできた。奴の臑のあたりを思い切り小突いて、邪魔者が痛みに
苦しんで消えた視界は真っ青な気持ちいい景色一色に染まる。
 
 
 
「……あー、何か神様になった気分だわ」

「人の地位パクってんじゃねーよ、エリ!」

「今からあたしが神様なの。あんたはクビ、空が見えない地下に人事異動」

「……訳分かんねぇし」
 
 
 
 ふて腐れて、奴はヘッドフォンで耳を覆ってしまった。寝たままの
体勢で奴の肩を叩いて、あたしはふっと笑った。
 しばらくあたしの目を見つめてから、奴は黙ってヘッドフォンを外した。

 ―――――だって、聞こえなくなっちゃうよ?
 風の音、飛行機が飛ぶ音、車が走る音、……人間が放出する「音」。
笑い声や泣き声。人を呼ぶ声、答える声。
 あんたが神様の地位奪い返したいんだったら、決して聞き逃しちゃ
いけないものでしょう?
 

 完全に何かに紛れ込んでしまう人間は、きっといないのかもしれない。
独りじゃないことの喜びを、こんなあたしに教えてくれたのは紛れもなく
貴方だから。いつもそうやって笑ってたら可愛いのに、という奴の頭を
軽く小突いて、自然と笑声が漏れた。
2005/03/26(Sat)20:48:31 公開 / ema
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■作者からのメッセージ
初めまして、emaと申します。
駄文かつ季節はずれなSSですが、読んで頂けたらとても嬉しく思います。
作品に対する批評なら大歓迎です。宜しくお願い致します。
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