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『失敗【読みきり】』 作者:シヅ岡 なな / 未分類 未分類
全角2479文字
容量4958 bytes
原稿用紙約9.45枚

先生、先生、せんせぇ。
何度も無意味に呼びたい。
先生には名前があるのに、名前じゃなくて、先生って呼びたい。





「先生。あたし明日卒業だよ」
「うん。先に言っとこうかな」
「何を?」
「おめでとう。卒業おめでとう、って」
「何で?明日、明日言ってよ」
うつむいて、先生の胸に頭のてっぺんを押し当てる。
先生もうつむいて、あたしを、きっと困った顔で見下ろしてるんだろうな。
先生の鼻先が、つむじにちょうど当たって、あたしは先生のため息に気付いてしまう。

「後悔してる?」
「何に対して?」
「あたし」
「どうして。まさか」
「今日のネクタイ、先生自分で選んだ?それとも奥さんに、選んでもらった?」
「奥さんに、選んでもらった」
「明日は、自分で選んでね」

地下にある、音楽室の隣の、男子トイレの個室で、最後の放課後を、あたしは先生と過ごしてる。

父親のいないあたしが、父性を漂わせた一番身近にいる男の人を好きになった事実を、あたしの十八年分の感受性を馬鹿にした大人達は、そんなに責めないかもしれない。
責められるのは、大人の先生。

十八歳は、もうとっくに生まれてる自分の中の大人の存在を、隠しながら生きなくちゃいけない瞬間。
それと同時に、今まで見てきた現実の、世間の都合の悪い部分に対しては、まるで何も知らない子供のように、とぼけて見せなくちゃいけない瞬間。
そう気付いたから、あたしは心の中では地団駄踏んでも、実際には唇を噛んで目をそらした。
そしたら、つまらない大人になりそうな予感がした。

「憧れとは、違うよ」
あたしはゆっくり顔を上げた。
先生はやっぱりうつむいていて、だから先生の顔が、あたしの顔の、すごく近くにあって、あたしはキスしたくなる。
先生があたしにキスしてくれる。
「それは、お前に対して遊びじゃないよって、言ってるようなもんだよ」
「そんなこと言ったら、先生言い訳無くなるよ」
ちょっと間を置いて、先生は短く「そうだね」と答える。
先生の口の中は、いつも煙草の匂いがしてる。
舌の裏に口内炎が出来てる。
ぷつっとした舌触りを自分の舌で確かめると、あたしはみるみる濡れていく。


正直に生きて、結果的に痛みしか残らなかったら、それでも人は、これで良かったって思えるのかな。
自分をごまかしながら生きても、幸せになれるのかな。

明日卒業したら、先生はあたしの先生じゃなくなるね。
明日卒業したら、あたしは先生の生徒じゃなくなるね。
あたしも、先生も、この関係を呪いながら、でもすがってるんだ。
先生は奥さんのこと、本気で愛してる。
あたしはそんなの、初めから知ってる。
「本物の恋愛は、人生に一度っきりなんかじゃないよ」
先生は両手で、あたしのほっぺを包む。
「これからいっぱい恋愛しな。俺じゃない誰かが、お前のこと幸せにする」
先生のその言葉が、本音でも、嘘でも、今はもうこだわらないから。
せめて最後ぐらい、目を見て言って。
説得力が、少しでも増すように。
「今日、卒業式の予行、休もうかと思った。先生を好きなまんま、卒業しちゃったら、あたしはより早く先生のこと忘れるかもしれないって思った」
あたしは自分がそうされてるように、先生のほっぺを包んだ。
先生のほっぺには、肉があんまり付いてなくて、骨ばった皮膚の感触がする。
それでも、三年前に比べれば、先生は少し太ったかもしれない。
先生の奥さんは、料理上手なのかもしれない。
「先生を好きなまんま、卒業しちゃったら、あたしの気持ちは行き場を失って、一人彷徨って、きっとそのうち消えてなくなる」
先生は相変わらずあたしの目を見ないで、薄い唇を噛んだ。

ねぇ先生。
先生は、どうしてあたしなんか相手にしたの。
二十も歳の離れた、先生から見れば子供みたいなあたしを。
噂では美人らしい奥さんもいるのに。
先生は、遊びだったんでしょう。
そうならそうと言ってくれた方が、良かったのに。
若い身体は美味しかったですか先生?
放課後のトイレで身体を重ねるのは、刺激的だったでしょ?
あたしは先生に遊ばれたんだ。
今この瞬間から、そう思うことにするよ先生。
実らないことを悟ったあたしの本気は、もうこうしてひねくれることでしか、救われないじゃない。
でもはたから見れば、これは正しいのかもしれないよ。
あたしは最後まで、先生があたしのこと本気で好きでいてくれてるなんて、思うこと出来なかったから。
十八の時のあたしってば、あんなおっさんにハマって馬鹿だったって、思うかもしれないよね。


「ねぇ先生。これが最後。あたしとセックスして下さい」
あたしはそう言って、短く切った制服のスカートをたくし上げて、下着から片足だけ抜いて、目をつぶった。
瞼が視界を完全に閉ざそうとした時、先生があたしの目を真っ直ぐに見た気がした。




好きです。
もうすぐ過去形にしなくちゃいけないこの気持ち。
あたしは涙をこらえて先生の名前を呼ぶ。
背広の上から爪を立てて、先生の素肌に触れたかったと思う。
左手の指輪を、今だけ外してと、頼めばよかったと後悔する。
先生はあたしをトイレの壁に押し付けて、ポケットをまさぐる。
「付けないで」
涙をこらえながら発した声は、涙声だ。
先生の息は荒い。
先生は首を振った。
コンドームの封を歯で噛み切って開けようとする先生を見たら、涙がこぼれた。
冷静さを、保つことよりも失うことのほうが、大人は難しいんだね先生。

先生、先生、先生。
先生にとって、あたしはどんな存在かなんて、あたしは一度も聞かなかったでしょ。
先生、先生、先生。
先生はあたしのこと、きっと好きでいてくれたよね。
でも先生は、あたしの本気がいつも怖かったでしょ。
先生、先生、先生。
先生は、先生で、あたしは、生徒。
それ以上も無くて、それ以下も無い。
そこにセックスを持ち込んだのは、先生とあたし、二人の失敗だよ。

先生、先生、せんせぇ。
気持ちいいからってだけじゃなくて、意味が無くても何度も呼びたい。
先生、あたし、あした卒業するよ。
一緒に写真を撮ろうね。


























2005/01/19(Wed)01:28:30 公開 / シヅ岡 なな
■この作品の著作権はシヅ岡 ななさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
なんか、書きたかったことが上手く書けなかった。また書いてもいいですか?先生×生徒で。。笑
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