オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『臨時サンタ』 作者:HAL / 未分類 未分類
全角7959文字
容量15918 bytes
原稿用紙約23枚
「おじさん、ちょっと来てくれない?」
 少しウエーブのかかった長い髪を耳の下で2つに結んだその少女は、まっすぐに俺を見上げて言った。
 十二月二十四日。街中にクリスマスソングが響き渡り、通りのどの店も、他に負けないようにとチカチカするほどの電球で飾り付けされている。もちろんうちの喫茶店も例外ではない。緑色のドアには大きな靴下がつり下げられ、ツリーに見立てられたテラスの小さな木は、下から淡いピンクのライトを浴びて、てっぺんには星のオブジェまでついている。
「おじさんだってよ、先輩」
 俺はその小さな女の子から目をそらさずに、そらせずに、隣で同じように固まっている先輩に声をかける。
「ばか言え、俺ぁまだハタチだ」
「俺なんて十七っすよ」
 そんな俺たちのやりとりを見て、少女は少し苛立った声で「ねぇ」と言った。その後ろを何組ものカップルが、楽しそうに笑いあいながら通り過ぎていく。あぁ俺は、いったいこんな所で何をしているんだろう。幸せそうな奴らを見るたびに、悲しいを通り越して虚しさすら感じる。
 二週間ほど前、約3ヶ月付き合った彼女に振られた。俺は半ばやけくそで、イブにバイトを入れた。全日入ると言った時、店長はなぜか怪しいほどの笑顔で「いやぁ助かるよ」と言った。その理由が、今日の朝になってようやく分かった。更衣室に用意されていた、真っ赤な衣装。俺はほぼ強制的に、一日店の前で客呼び兼予約受けのサンタをやらされるハメになった。この歳になって、真っ赤な長靴を履くことになるなんて思ってもみなかった。
「あのねぇ、おにいちゃん達、今お仕事中なんだわ」
 俺と同じ格好をした先輩が、耳からゴムで付けた鬱陶しい白ヒゲを顎の下へやって、少し姿勢を低くしながら言った。わざと、「おにいちゃん」のところを強調した様に聞こえた。
「お金ならあるから」
 そう言うと、少女はポケットに入れていた右手を突き出して、俺に押しつけた。俺は落ちそうになったそれを、反射的に両手ですくい上げる。ヒラヒラと舞ったモノ。諭吉さんが、三人。
「うち、お金持ちなの」
 俺はよほど驚いた顔をしていたんだろう。しばらくして、少女がつまらなそうに吐き捨てた。俺はそんな少女と手の中に舞い降りた三人の諭吉さんとの間で、目を行ったり来たりさせる。高三の俺にとってそれは確かに大した金だった。けどそれ以前に、こんなに小さな少女のポケットから出てきたということに対して衝撃を受けていた。開いた口がふさがらない。こんな時の事を言うのだろうか。
「大地、お前休憩何時からだっけ」
 先輩の声にハッと我に返って、「六時からっす」と答える。先輩はそれを聞いて、赤い袖をまくり時間を確かめた。俺も、赤いズボンからケータイを取り出す。只今、十七時五十二分。
「行け」
「マジすか」
 予想通りの先輩の言葉に、俺もテンポよく返す。先輩の瞳は、すでに輝いている。俺はもう一度、手の中の三万円を見つめた。どうやら、何を言っても逃げられないらしい。
 少女はそれを聞いて、俺に背を向け歩き出した。ついて来い、とその背中が言っている。俺はため息をついて一歩踏みだし、そしてアッともらす。
「ちょっと、このカッコで?」
 少女に聞いた。着替えてくるから待て。そういう意味を込めて言ったつもりだったのに、少女は顔だけ俺を振り返って「そのカッコじゃなきゃ意味ないのよ」と言い放ち、またすぐに前を向き直った。俺がついて来ないなんてことは、考えてもいない様だ。俺はもう一度大きなため息を付く。振り向いたら、先輩は親指を立てて笑っていた。
 ちくしょう。呟いて足下に転がっていた小石を蹴飛ばし、小走りに少女のあとを追った。

 少女の隣で、俺は本日二度目の「開いた口がふさがらない」を体験していた。目の前の建物を、そのてっぺんを見上げる。首がだるい。体を反らしすぎて、仰向けに倒れてしまいそうになった。
「あたしの家。あの最上階なの」
 少女に追いついてすぐ何処へ行く気なのかと聞くと、少女はそう言って、喫茶店のそばにそびえ立つこのマンションを指さした。それは、とにかくでかい。前にバイト仲間と「どんな奴が住んでんだろな」「俺らとは一生関わりのないような奴らだろ」なんて話したことがある。その「奴ら」のうちの1人が、今俺の隣にいる。会ったときからずっと、つまらなそうな顔をしている。
「なにやってるの。早く」
 少女に呼ばれて、俺はゴツいガラスの自動ドアを通過し、大きなエレベーターに乗った。
「ヒゲもちゃんと付けて」
 グングンと上がっていくエレベーターの中で、俺は言われるままにポケットから出した白ヒゲのゴムを耳にかける。それを確認すると、少女はドアの上で増えていくデジタルの数字に目を移しジッと睨みつけた。
「あのさ、いったい何なわけ?」
 俺はその、小学生であろう少女の、小学生らしからぬ表情に少し恐れを感じつつ聞いた。チリンと可愛らしい音がして、同時にドアが開く。少女は何も言わずエレベーターを降りた。仕方なく俺も続く。
「三分経ったら、ノックして」
 少女は立派な玄関の前で立ち止まり、ドアノブに手をかけて言った。俺は思わず「は?」と聞き返したけど、少女はすぐにドアの向こうに消えてしまった。
 いったい何だっていうんだ。バタンと閉まったドアの前で、だんだんと腹がたってきた。ポケットに手を突っ込んで、中の万札を握りしめる。このままこの金だけ持って、逃げてやろうか。三万くらい、こんなとこに住むような奴にとったらどうってことないだろう。
 なんて、俺はバカだけど、そういうバカにだけはなりたくないから、ドアの前にドカッと腰を下ろした。冷え切った床の温度が、ズボンを通り抜けて体中に伝わる。ドアに軽く頭をぶつけ、上を向いて息を吐いた。白い煙が、フワッと舞って消えた。
 玄関が、一つしかない。どうやらこのフロアにあるのは、少女の家だけのようだ。街のジングルベルもさすがに届かなくて、シンと静まりかえっている。どこか別の世界に迷い込んでしまったかのようにすら思えた。俺はゆっくりと辺りを見回した。あまりにも、静かすぎる。遠く突き当たりにある非常口のマークだけが、やけに浮き立って見えた。
 俺は立ち上がって、ドアをドンドンと叩いた。三分たったかなんて分からないけど、これ以上この寒く寂しい空間に居たくなかった。叩いてから、もしつまらないことだったらこの金を突き返して帰ろうと決めた。
 ガチャッと音がして、ゆっくりとドアが開いた。「おい」と低い声を出しかけた口が、「お」の形で固まる。そこにいたのは、さっきの少女ではなく、もう一回り小さい男の子だった。ドアノブを握りしめたまま、俺を見上げている。その表情は、俺と同じくらい、いやそれ以上に、驚いているように見えた。
「りなちゃんっ」
 突然男の子は、奥の部屋に向かって叫んだ。俺はハッと我に返る。白いガラスのドアが開き、一人の女の子が出てきた。
「サンタさんきてくれたのよっ」
 男の子は、隣に並んだその女の子の足に、嬉しそうにしがみつく。女の子は、弟らしきその子の頭を優しく撫でながら言った。
「いらっしゃい。どうぞ、あがって下さい」
 俺に笑いかけるそのりなという女の子は、確かにさっきの少女なのに、違う人のように見えた。

 俺は少女に案内され、大きなリビングの大きなソファーに腰をおろした。窓の反対側の壁に、大きな絵が飾ってある。俺は美術のセンスとかまったくないけど、きっと高いんだろうなと思った。落ち着かない視線を、部屋中に巡らせる。
 「あれ?」と思わず、声を出しそうになった。なんだかわからないけど、違和感を感じた。なんだろう。何かが、足りない気がした。クイッと袖を引かれてそっちを向くと、男の子が俺の隣に座り顔を覗き込んでいた。ニコニコしている。
「りなちゃんがねぇ、ぜったいサンタさんきてくれるよってゆったの」
 小さな男の子は目を輝かせながらそう言うと、「ねっ」と姉を振り返った。少女もそれに答えて微笑む。それからその顔を俺に向けて、「ゆっくりしていって下さいね」と言った。
「悠ちゃん、サンタさんに渡すものがあるんじゃなかったっけ?」
 少女がそう言うと、男の子は「あっ」と大きな声をあげてソファーから立ち上がった。そしてそのまま、勢いよく部屋を飛び出して行く。大きな部屋には、俺と少女だけが残された。俺はハァッと、わざと大きなため息を付いた。
「おい、これどーゆう」
「あの子は悠太」
 俺の言葉を遮って、その少女は言った。ついさっきまでの柔らかい笑顔はすでに消え、キリッと大人びた表情をしている。
「少し小さめだけど、もうすぐ四歳にあるの。まだサンタクロース信じてて、今、あなたを本当のサンタだと思ってる。あたしは里奈。別に覚えてくれなくても良いけど」
 俺に口を挟む隙を与えず一方的にそう言ってから、息をついた。悠太は、まだ戻ってこない。
「それで?」
 俺は里奈に聞く。聞かなくてもどういう事かなんて大体察しはついたけど、一応聞く。
「サンタになって。話し合わせて、ここにいてくれるだけでいいから」
 ジッと俺を見据えて言う。なるほどねぇ。サンタを信じる可愛い弟のために、優しいお姉ちゃんは一肌脱いだってわけですか。いや、脱いでるのは俺か。あはは。なんて、頭の中で笑ってから、もう一度ため息をついた。
「バレるに決まってるだろーが」
「大丈夫よ」
 何が大丈夫なんだ。そう言いかけたとき、リビングのドアがバンッと開いた。
「サンタさんこれっ」
 悠太はドタドタとリビングを走り俺の前まで来て、手に持っていた白い紙を開いて見せた。クレヨンで、色とりどりに線や円が描かれている。決して上手だとはいえないその絵の真ん中に、赤と黄土色のものがあった。四つ伸びた黄土色から、なんとか人間だと判断できた。
「サンタクロース?」
 俺の問いかけに、悠太はまた頬を緩ませる。今にもとろけてしまいそうな顔をしている。俺は別に子供が好きなわけではない。どちらかと言えば、苦手だ。でも今素直に、目の前で微笑む小さな男の子を、とても可愛いと思った。
「あげるっ」
 悠太はそう言って、その紙を俺に押しつけた。俺はそれを受け取り、もう一度眺める。「俺に?」と自分に指をさして尋ねると、悠太は「クリスマスのプレゼントぉ」と楽しそうに笑った。普通、逆なんじゃないか。そう思ったけど、俺は「ありがとな」と、悠太の栗色の頭を撫でた。

「サンタさんはぁ、どこからきたの?」
 悠太が俺のあぐらの上で、すぐそばにある俺の顔を見上げて聞いた。四歳ってこんな小さかったっけと思わせるその体は、俺の腕の中にすっぽりと収まっていた。俺は、悠太が持ってきた絵本のページをまた一枚めくる。「へ?」と間抜けな返事をしたら、悠太はもう一度、同じ質問を繰り返した。
「サンタさんはぁ、どこからきたの?」
 俺は、顔だけ里奈を振り返る。里奈は少し離れたソファーの上で、マンガを読んでいた。助けを求める俺の視線に、気づかない。いや、気づかないふりをしているだけの様にも見えた。
「北の方、かな」
 俺は悠太に視線を戻し、ほとんど苦し紛れに答える。悠太は「さむいー?」と、また笑顔で聞いてくる。悠太の無邪気な笑顔に、少しばかりの良心がチクチクと痛む気がした。さっきから、それの繰り返しだ。
 壁掛けの、大きな時計を見あげる。もう七時前であることに驚いた。突然フワッと空気が動いたのを感じて顔を下げると、悠太が大きなあくびをしていた。
「お前眠いの?」
 聞くと悠太は、「ねむくなぁい」と言って、少し細くなった両目をこすった。そしてまたあくびをする。
「悠太の部屋、左の三つ目だから」
 突然後ろで里奈が言った。悠太はもう一度「ねむくないもん」と言ったけど、大きな目はすでにトロンとたれて、視点が定まっていないようだった。
俺はよっと声を出して、悠太を抱きかかえたまま立ち上がる。里奈の開けたドアを出て、指さされた部屋に入った。部屋の真ん中には大きなおもちゃの線路があって、その周りにはたくさんのぬいぐるみが並んでいる。壁には、暗闇の中で光る蛍光の星がちりばめられている。
 そっと悠太をベッドに寝かせ、クマのプリントの布団を掛けた。駄々をこねるかと思っていたけど、悠太はおとなしく布団の中で丸くなった。俺は、ベッドの前に腰を下ろして息をつく。ベッドのそばに、写真が飾ってあった。いつの物だろう。悠太はまだ、おしゃぶりをくわえている。
「ふふふっ」
 不意に悠太が、両手を口にあて可愛らしく笑った。俺は悠太の頭に手をやって、「どした?」と尋ねる。
「たくちゃんがねっ、ぼくのところには、サンタさんこないよってゆったの」
 悠太は言って、もう一度ふふふっと肩を震わせる。
「たくちゃんのところにはくるけど、ぼくのところにはこないんだって」
 俺は、だんだん小さくなっていく悠太の声を、ただジッと聞く。右手は無意識に、その髪を撫でていた。
「ママにゆったらね、いいこにしてたらきてくれるのよって、ゆったの」
 そっか。と、俺は息だけで返した。悠太の目が、ゆっくりと閉じられていく。
「だからねっ、いいこにしてたのよ。だからサンタさんきてくれたのね」
 最後の方は、もうほとんど聞き取れないくらいに小さな声だった。すぐに悠太は、気持ちよさそうに寝息をたてはじめた。俺は右手をそっと離し、もう一度飾られた写真を見て、音を立てないようゆっくりと部屋を出た。

 リビングに戻ると、里奈はコップを握りしめたままボーッとテレビを見ていた。俺に気づくと顔だけ向けて、「寝た?」と尋ねる。
「あぁ」
 短く返して、ソファーの前のフカフカしたカーペットの上に座った。テレビの中で、最近よく見かけるお笑いタレントが手を叩いて笑っている。里奈はリモコンでチャンネルをいくつか回し、どこにも定めることなくそのままテレビの電源を切った。それから無言で立ち上がり、食器棚からコップを出して、俺の前に置く。
「親、どこ行ってんだよ」
 静まりかえった部屋の中、俺は白いヒゲをやっと外し、少しだけ低い声で言った。わざとじゃない。自然と、苛立った声になってしまった。テーブルの上のペットボトルを持ち上げ両手で傾けた里奈が、一瞬だけその動きを止める。それから、目の前のガラスコップの中に注ぎ込まれていく飲み物が、コポコポと小さな音をたてた。
「おかしいだろ、イブに、こんなでかい家に、お前ら二人だけって」
 最初に感じた違和感の原因に、ついさっき気がついた。この家には、クリスマスツリーがない。家具はどれもギラギラと輝き、黒いソファーにもしつこいほどの光沢がある。なのに、クリスマスツリーがない。俺の偏見なのかもしれないけど、なにかが違う気がした。
「これが普通なのよ」
 ペットボトルを両手で抱えて、そう吐き捨てる。どこか、ひどく投げやりな言い方だった。里奈はまた立ち上がり、俺に背を向けて、「パーティーに行ってる」と小さく呟いた。ペットボトルを冷蔵庫に片付け、バタンと扉を閉める
「お父さんの会社のクリスマスパーティー。毎年そうよ」
 言い終えてから、またソファーに腰を下ろした。テーブルの上のコップを取り、両手で挟んでゆっくりと回す。俺はそんな里奈を見つめるけど、里奈の方は目を合わそうとしない。ただコップの中で揺れる液体を、ジッと見ていた。
「あの子は母親の言うこと真に受けて、バカみたいに我慢してるの。いつだって寂しいくせになんでもないようなフリして、そうしていれば、居もしないサンタクロースが来てくれるって信じてたの」
 里奈は一気に言って、残っていたジュースを飲み干した。空になったガラスコップを、コトンとテーブルの上に置く。
 あぁこいつ、すごく優しいんだ、と思った。優しいから、親のことが許せなくて、でも。
「お前は寂しくないのかよ」
 俺はまっすぐに里奈を見て聞いた。悠太の部屋で見た家族写真の真ん中で、里奈はとても楽しそうに笑っていた。
「もう慣れたわよ」
しばらくして、俺の問いかけに里奈は一瞬だけ視線をあわせ、またすぐにそらしてから呟いた。
 今、なんで俺は、泣きそうなんだろう。
「あの人達は、お金さえ与えればそれでいいと思ってるの」
 うち、お金持ちなの。初めに里奈が吐き捨てたその言葉が、頭をよぎった。
 俺はズボンの大きなポケットに手を入れ、三万円を探す。里奈が俺に賭けたその三万円を、確かめようとした。けど、先に俺の手に触れた物は、細くて長い物だった。
 あぁ、そうだ。
 俺はその場に立ち上がり、ポケットから左手を出した。
「お前、ここに住所と名前書け」
 里奈は目の前に突き出された、喫茶店のネーム入りの紙とペンを見て、次に俺を見上げて「は?」と眉を寄せた。
「いいから書けって」
 声を強くして言って、里奈に無理矢理ペンを持たせる。「ほらっ」ともう一度催促すると、里奈は渋々といった動作でソファーから降り、俺の足下に座ってテーブルの上で文字を書いた。思った通りの達筆だ。
「何のつもり?」
 書き終えて里奈が言う。と同時に、俺はそれを取り上げた。里奈は驚いたようにもう一度俺を見上げる。そんな里奈に俺は人差し指をビシッと向け、わざと悪戯っぽく笑って言った。
「すぐ戻るから、鍵開けて待っとけ」
 また里奈は何か言いかけたけど、俺は聞かずに部屋を飛び出した。
 玄関を出て、エレベーターの三角ボタンを押す。無意味だと分かっていて、四回ほど押した。やっと開いたエレベーターに急いで乗り込み、迷わず一階のボタンを押す。そこでやっと、大きく息を吐いた。自分の胸に手を当てる。面白いほど、大きく脈打っていた。
 直後、ブルッと右のポケットが音をたてた。気を抜いたばかりの俺は一瞬ビクッと身を震わせ、すぐにその正体であるケータイを取り出しディスプレイを見た。前川からだ。
「おっす大地ぃ。あんたまた彼女と別れたんだってー?」
 電話に出てすぐ、受話器の向こうから複数の笑い声が聞こえた。
「今セブンの前たまってんだけどさ、今から来れない?」
 前川の後ろから、「来いよー」と聞こえた。高校の奴らが集まっているんだろう。いつもならすぐに、「おぅ行く行く」で決まりだ。いつもなら。
俺はゆっくりと息をついた。
「俺さぁ、今サンタなんだよね」
 受話器の向こうで、前川が「は?」と聞き返すのが聞こえた。俺は左手で握りしめたメモに目を落とす。当店オリジナルのクリスマス限定ケーキを1つ。お届け先は、どデカいマンションの最上階だ。
 俺にできることを、一つだけ見つけた。
 静まりかえった最上階の立派なだけの玄関の前で、丸い大きなケーキを掲げ、「メリークリスマス」と叫んでやろう。あいつはバカだと笑うだろうか。いや、ただ呆れるだけかもしれない。けど、それでいい。確かに、トナカイの引くソリに乗り、空を渡ってやってくるサンタなんていないかも知れない。けど、サンタクロースはいる。絶対、いる。
 地上にたどり着いたエレベーターから急いで駆けだし、大きな長靴のせいで転びそうになった。ふと「あわてんぼうのサンタクロース」を思いだして、声を出さずに短く笑った。あぁ、そうか。きっと「あわてんぼうのサンタクロース」は、子供達の喜ぶ顔が見たくて、早く見たくて、仕方がなかったんだろう。
「あ、雪」
 すれ違った人の声に、俺は走りながら空を見上げる。白く冷たいものが、頬に触れた。
 急げ、急げ、急げ。
 俺は今、紛れもなくサンタクロースだ。
2005/01/08(Sat)15:41:15 公開 / HAL
http://www3.ocn.ne.jp/~haruka00/f.htm
■この作品の著作権はHALさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
もう年明けてしまいましたが、クリスマスのお話です。サンタクロースは、居るんだと思います。身近な人間が、その日の夜、ほんの数分だけ、きっとサンタクロースなんだ、という意味ですけれど。
読んで下さった方、心よりありがとうございます。もしよろしければ、感想・アドバイスなどお聞かせ下さい。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除