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『ロビン(MMOLAND編)』 作者:笑子 / 未分類 未分類
全角12010.5文字
容量24021 bytes
原稿用紙約38.15枚
 雲ひとつない真っ青な大空と海。この星に陸はない。この星の生物は白く細長い頭に20本の足を持った全長1メートルほどの知的生命体【パラスミ】のみである。
 日が沈むころ、一体のパラスミが海から顔を出した。パラスミの頭上には真っ白な羽の生えた人が海面すれすれで浮いている。彼女は赤くさきの尖ったつばの帽子を深くかぶり、黒い豹皮のズボンの上からブーツを履いていた。
『もういくのかい、ロビン。やっぱり陸がないといやなの?』
『そういうわけではないよ』
 パラスミの切なげな問いかけに、ロビンは苦笑した。
『でも、リーダーから聞いたよ。【人間】は大地がないと生きていけないんだって。ロビンもそうなんでしょう?』
『私は人間ではない』
 ロビンは即答した。彼女はパラスミの白くすべすべの頭にそっと唇を落とし、別れの挨拶をするとこれから再び旅立つ広い空を見上げた。
『小さなパラスミの子供よ。私はその【大地】から逃れてきたのだ。これからどれだけ多くの星を訪れようとも二度とあの星を歩くことはないだろう。人は大地がなくても生きていける』
 ロビンはゆっくりと上昇し始める。
『ロビン……元気で! 僕、ロビンのこと忘れないよ!』
パラスミは手を振った。
『この星の【タクト】は非常に美しかった。それはお前たちパラスミがこの星をどれだけ大事にしていたかの証だ。願わくばこれからも星とともに美しく生きてくれ!』
 そう言うとロビンは両翼にぐっと力を入れた。水面が激しく揺らめき、ロビンの体は空高く急上昇する。やがて小さなパラスミの目に映るロビンは点ほどになり、消えた。
『さよなら、ロビン。ロビンの旅がどうか幸多いものになりますように……』
 パラスミは心からそう願うと、海深くへと潜って行った。

1 
【MMOLAND】
 きらびやかに飾られた宮殿のなかに、エリオットはいた。手には古ぼけたハーモニカがひとつ。
しかしそれは祖父のたった一つの形見で、エリオットの一番の宝物であり、かかせないパートナーであった。
 エリオットの髪はいつもと違いよく梳かされ、高く結い上げられている。軽くラメの降られた金色の髪は、エリオットが動くたびにきらきらと光った。エリオットは一張羅のスーツが汚れないよう最新の注意を払いながら王女のいる部屋へと向かう。
 赤い絨毯の敷かれた廊下をしばらく進むと、エリオットに気づいた警備兵が呼び止めた。
「待て。この先は王女の招令状がないと進めぬ」
 エリオットはスーツの内ポケットから大事に折りたたまれた招令状を取り出し、警備兵に見せた。警備兵はそれとエリオットを交互に見比べ、感嘆の声を上げた。
「あ、あなたが【さすらいのエリオット】!? 私はてっきり大人だとばかり……!」
「こう見えて私はもう19なんですよ、警備兵さん。大人ですとも。」
 エリオットは気分を害した様子もなく応えた。エリオットがまた一歩進み出るとしかし警備兵がまた呼び止める。
「エリオット様。いくら御客人といえどもその服装では王女の前へお通しするわけにはいきませぬ。メイドをおよびいたしますゆえにどうかお着替えのほどを」
「なんですって? 私はファッションショーに来たわけでもなく、パーティに呼ばれたわけでもないんですよ。ハーモニカを吹きにきただけなんです。それに……このスーツはこれでも私の持っている中で一番高い服なんです」
 エリオットは腹を立てて警備兵に食って掛かった。
「しかし……」
「しかし、じゃありません。どうしても着替えろと言うんなら私、帰ります。王女には『エリオットは王女にハーモニカを吹き聞かせる以外のことでご奉仕はできません』とでも伝えてください」
「ま、待ってください」
 くるりと背を向け、帰ろうとするエリオットの腕を警備兵が慌ててつかんだ。
「離してください。ハーモニカを吹く用事がなくなれば、こんなところにいる理由なんてないんですからね」
 エリオットは捕まれた腕を大きく振り払った。そのとき、廊下の奥から声が響く。

「エリオット。それぐらいにしてあげなさい。彼も困ってるじゃない」

 その声にエリオットは苦虫を潰したような顔をし、警備兵ははっと姿勢を正した。

「久しぶりね、エリオット。3年ぶりくらいかしら?」
「さぁ、そんなこと忘れました」
 微笑みかける淑女にエリオットはそっけない返事を返した。
「冷たいわねぇ、まだ怒ってるの? まぁ、いいわ。部屋に入ってよ」
 そう言って淑女はエリオットの手を取った。
 エリオットは不満げな表情を浮かべながらもしぶしぶ淑女の後につづく。
 淑女は、エリオットが部屋に入ったのを確認すると、鍵を閉めさせた。
 カチャリ、という音にエリオットが敏感に反応する。
「すぐに帰りますから、鍵をかける必要なんかありませんよ」
「あなたがいつ帰るかを決めるのは私よ」
 淑女は笑ってそう言うと警戒の色を浮かべるエリオットにゆっくりと歩み寄る。
 やがて、淑女の顔はエリオットの顔から数センチのところでとまった。
「どういうつもりですか? プリシラ姫。私、ハーモニカを吹きにきたんですよ」
 押し返そうとする腕を、プリシラはぎゅっと掴んだ。
「それも聴きたいけどね。今は話があるの」
「……?」
プリシラはエリオットの目を覗き込みながらまるでずっと前から決めてたようによどみなく言った。
「私と結婚しましょう、エリオット。あなたはこの国の王になるの」
「お断りします」
 エリオットは大きくため息をついた。
「私のこと、好きだって言ったじゃない」
 プリシラは不満げに口を尖らせた。その仕草が子供のようで思わずエリオットは3年前を思い出しそうになる。
「3年も前の話です。それにプリシラ王女、あなたには婚約者がいらっしゃるでしょう?」
「私は好きじゃない。結婚するのは私よ。私が選んだ人と結婚して何が悪いの?」
そういうと、プリシラはゆるいカーブのついた金色の髪をくしゃっとかきあげて乱した。
「……あなたを愛してるの。他の人となんか結婚できない」
 エリオットは一瞬こみ上げてくる涙を落とすまいと慌てて目頭を掬った。
「エリオット、あなたは? 私をもう愛してないの?」
「私は……」
 エリオットは、まっすぐに自分の瞳を捕らえてくるプリシラの目から逃れようと思ったが、視線を動かせないでいた。
「私は……?」
エリオットはしばらく苦悩した表情のままうつむいたが、ぽつりとつぶやいた。
「私は……愛してません」
 エリオットは涙をこぼすまいと目に力を入れる。
「エリオット……」
 プリシラの声はひどく落胆していた。
「どうか王子と幸せなご結婚を。それでは……失礼します」
 エリオットはぺこりと頭を下げ、部屋を後にした。
 早すぎる退出に驚く警備兵にぺこりと礼をすると、プリシラが部屋から出てきた。
「エリオット」
「……まだ何か?」
 エリオットは努めて冷たく聞こえるようにした。
 プリシラは泣きそうな声で呟く。
「3年前……私のせいであなたのおじい様が亡くなったこと、やっぱり恨んでいるの?」
「……いいえ。王女様。そんなこと思っていませんよ」
 エリオットは振り向かずにそう答え、城を去って行った。
 

 









 エリオットの家は、城下町から離れ、丘をのぼったところにある。城からは歩いて1時間ほどかかる場所だが、この緑の丘からはプリシラの住む城が一望できた。
 エリオットはまだ幼いころからよく、あの城を眺めながらハーモニカを吹いた。古く小さな小屋の前に広がる緑の丘には、エリオットとその一つ下の弟しかいなかった。弟の名前はトジメ。しかし今はその弟もいない。3年前に国王サンドキッドに人質に取られてそれきりだ。おそらく、プリシラが隣国の王子、シャンドールと結婚するまで帰ってこないだろう。それならそのほうがいいだろう、とエリオットは思っていた。自分は王になどなりたくはないし、その才もない。唯一胸を張って誇れるものは祖父からもらったハーモニカで奏でるメロディーだけだったし、エリオットにとってそれ以外の才能は生きていくうえでいらないものだった。ただ、なぜかそれでは割り切れない気持ちがエリオットの胸の内にあった。その気持ちはこの3年間もじりじりとエリオットの身を焦がし、悩ませ、そして今日プリシラとあったときそれは爆発しそうになった。彼女をさらって全てを捨ててこの国から逃げてしまおうか。そんな恐ろしい考えが何度もエリオットの脳裏をかすめた。
 しかし、その欲望にエリオットは勝ったのだ。心からの嘘で、愛していないと告げることができた。恐らく年内にでもプリシラは結婚するだろう。そうして隣国との同盟も無事締結され、プリシラはあの宮殿でエリオットのまったく知らない幸せをその男と育んでいくのだ。そうして、自分はプリシラのまったく知らない土地で、独りハーモニカを吹いて歩く。きっと、異国の地で死ぬそのときまで。
 エリオットは小屋の中でいつものボロボロのシャツとズボンに着替え、古ぼけた帽子をかぶるとハーモニカを持って丘に腰を下ろした。
 祖父からもらったこのハーモニカは真っ白な金属でできていて、音も一風変わっためずらしいハーモニカだった。祖父はこのハーモニカの奏でる音を『遊ぶ音』と言った。その名のとおり、このハーモニカはまるで自分の意思を持ち遊んでいるかのように時によってまったく違う音を出すのだ。たくさんの音楽家がこのハーモニカを吹こうとしたが、まともに音が出たのはエリオットだけだった。そのためエリオットはこのハーモニカに心があると信じている。ハーモニカはいつだってエリオットの心とシンクロし、それを表現した。同じ1吹きでもそれは誕生歌にもなり、鎮魂歌にもなった。
 そっとハーモニカを唇に当てる。ピュィとまるで口笛のような音がそこから流れた。エリオットは静かにそれを横にずらす。音は静かに丘を包み込み、草木を揺らす。木々に棲む鳥たちは静かにその音に耳をすませ、誰もしらないエリオットの心を聞いた。

「綺麗な音だな。そんな美しい歌を、私は初めて聴いた。そうか、そんな使い方もあるのだな」

 彼女に話しかけられなければ、エリオットは絶対に気づくことはなかっただろう。突然小屋から聞こえた声に、エリオットは思わず落としてしまったハーモニカを慌てて拾った。
 エリオットに話しかけたのは不思議な雰囲気を持った一人の美しい女性だった。切れ長のするどい目に長く形の整った眉。鼻はここの国の人にくらべ幾分高かった。真っ黒な髪は眉の上と肩の上で綺麗に切り揃えられている。そしてエリオットの見たこともないような不思議な形の帽子に、見たこともない素材でできた服に身を包んでいた。姿は人間なのに、エリオットはまるで宇宙人でも見ているような気分になった。
「異国の旅人が、それほど珍しいか?」
 言葉を失くして立ちすくんでいるエリオットに、彼女はそう言って微笑んだ。それは優しい微笑でなく、幾分嘲笑といった感じのものだった。
「いえ……失礼しました。ただ、僕も異国を旅しているものですが、あなたのような雰囲気を持つ人には会ったことがなくて……」
 エリオットは慌てて謝った。
「あの、それで異国の旅人がこんな何もない丘の小屋にどうしていらっしゃるのですか? 城下町なら、あそこですよ」
 そう言って彼は丘の下に広がる城下町を指さした。
 旅人は静かに首を振る。
「町に用はない。……見てみたい気はするがな。今私が用があるのはお前だ」
 そう言って旅人はエリオットのハーモニカを指差した。
「お前が持っているタクトが欲しい。私はそれを求めてこの地に降り立った」
「え?」
 エリオットは『タクト』と呼ばれたハーモニカをじっと見つめた。
「あなたの国ではハーモニカを『タクト』と呼ぶんですか? あの、申し訳ないですがこのハーモニカは差し上げることはできません。大事なものなのです」
「それはただのハーモニカではない」
 旅人は無表情でそう言った。ヒュウゥと背中を押してくるような風が、エリオットの後方から吹き抜ける。
「『それ』から思い通りの音がでたことがあるか? 自分の意思を持っているかのような音を出すだろう。それは【最後の日】を迎えた遠い星の【記憶】なのだ。それがタクトだ。」
「最後の日……」
 いくつもの星が迎えた【結末】をエリオットも聞いたことがあった。星には生物と同じように寿命があり、いずれは【最後の日】をむかえ星は爆発し、消滅してしまう。それが単なる言い伝えなのか事実なのか、エリオットには知る術がなかったが。
「私はタクトを集めるものだ」
 そう言って彼女が『それ』に向かって手を伸ばすと、真っ白な『それ』は青く光りはじめた。ハーモニカを握るエリオットの指の隙間から、強い風をまとった青い光がこぼれ出す。風は光とともに、徐々にその激しさを増していく。
「これは……一体……」
 吹き飛ばされそうなほどの強い風に、エリオットは呻いた。
 そのとき、誰かがエリオットに語りかけた。

『この世の……を蘇えりしタクトを……を……』

 ゴォォォオと、風の吹き荒れる音がエリオットの耳をつんざく。

『……滅の……古の…』

「誰? 何を言ってるんだ? 聞こえないよ!」
 エリオットの叫び声もハーモニカから吹き荒れる強風にかき消された。
 指先に感じた強い痛みにとうとう彼はハーモニカを手放し、その強風に吹き飛ぶ。激しく地面に体をうちつけ、エリオットは悲鳴をあげた。
 旅人はにやりと笑うとゆっくりとハーモニカに近づいていく。
『それ』は宙に浮き、今や丘中を吹き荒らす強い風と目もあけられないほどの強い光を発していた。
 そしてそれがまるで意味のないことであるかのように、旅人は片手で帽子を押さえ、しっかりとした足取りで両目をしっかりと開き近づいていく。  『それ』の前まで行くと旅人はゆっくりと手のひらで『それ』に触れた。
 瞬間、バチバチと導火線が切れるような音がして、旅人はうっ、と小さなうめき声を上げる。ハーモニカから発せられる光と風が徐々に弱くなり、ハーモニカは宙でブルブルと震え始めた。
 エリオットは強風と光と痛みに、目も開けられないまま地面に転がっていた。やがてその風が徐々に収まり始め、地面に顔をつけていた彼の鼻に、草原の緑の匂いがつんと広がる。ドン、と鈍い音がして、エリオットは背中に何か固いものがぶつかる痛みを感じた。
「いたっ……」
 エリオットは薄目を開けて起き上がり、ぶつかったものを確認した。
 それはいつも見ているエリオットの真っ白なハーモニカだった。風も光も発しない。彼は安堵して、それをぎゅっと握り締めた。
 旅人は右手をさすりながら、その様子を見ていた。
「タクトに、『思い』を込めたな。それもただの思いじゃない。何か特別な……」
 旅人はそうつぶやいた。
「『思い』?」
 エリオットは不敵に笑う旅人を見つめた。
「そう。タクトをその身にしばりつけるほどの強い『思い』。タクトが特別なインパルスを放っている。これはお前の『思い』だ」
 旅人は両手のひらでそっとエリオットの両ほほを優しく抑えた。
 しかし旅人の深緑の瞳がエリオットの瞳をきつく捕らえる。
「心当たりがあるだろう? 言ってみろ」
 言葉の裏に潜む強迫観念に、彼は身をこわばらせた。
「『願い』です」
 エリオットは目を逸らせないまま弱弱しくそう答えた。
「願い?」
 旅人は途端に渋い顔をする。
「毎日、一つのことを願いながらこのハーモニカを吹き続けました」
 彼の頭の中にはこのハーモニカが一体何なのか、目の前の女性が何なのか、あの強い光とともに聞こえた声はなんだったのか、全てがぐるぐると回り終着点を見つけ出せずにいた。確かなことは今、目の前のこの女性が彼のハーモニカを力ずくでも必要としていることである。
 エリオットは慎重に言葉を選びながら答えた。いざとなったら小屋に逃げ込めば護身用の猟銃がある。
「……これは祖父が僕に残してくれたたった一つの形見で、僕の親友なんです。どうしてもこのハーモニカが必要とおっしゃるなら、そのタクトを集めてあなたが何をするのか、教えてもらえませんか?」
 エリオットはゆっくりと立ち上がり、小屋までの歩数を計算する。
「それは……話せない」
 旅人は困った顔をした。モスグリーンの瞳が一瞬悲しげにまたたく。そして、旅人はしばらく考え込んで首を振った後、ふと驚いたように城下町のほうを見た。
「しばし、待て」
「え?」
 突然の嬉々とした旅人の声に、エリオットはとまどう。
「インパルスも弱いし二つもタクトのある星など、見たことがないが……しかし好都合だ」
 そう言うと旅人はくるりと彼のほうに向き直った。
「お前のタクトに用がなくなるかもしれない。『願い』がかかったタクトほど面倒なものはないからな」
 旅人はそう言うと、城下町のほうへ歩き出した。
 エリオットは呼び止めようとしたが、何も言葉が見つからなかった。
 しばらく進んだ後、旅人は少しだけ後ろを振り返る。
 エリオットは目が合い、思わず硬直した。
 風もないのに彼女の髪は激しくたなびく。旅人はにやりと笑うと片手で軽く帽子を押さえる。次の瞬間、旅人の姿がふっ、と消えた。
 広い丘にはエリオット一人。彼は慌てて目をこすり、もう一度旅人のいた場所を見たがやはりそこには誰もいない。
 エリオットは全てのことがまったく信じられない、といったふうに大きく目を見開き、一人つぶやいた。
「人が消えた?……あれは……魔女?」











 水のしたたる音が響く。外で雨が降ると、決まってこの部屋は雨漏りをした。
 年中暖かな気候であるこのMMOLAND王国でも、雨の日に上半身裸ではさすがに堪える。トジメは大きなくしゃみをするとパンッ、と自分のむき出しの肌をたたき、バケツに溜まった水を鉄格子の外に捨てた。
 ビシャッ、という音を立てて捨てられた水がはじける。
「おい! 水を捨てるときは気をつけろって言ったろうがよぉ! 俺にかかっちまったじゃねぇか!」
 向かいの牢にいる男が激しくがなりたてる。男の髪は両耳のサイドしかなくて、頭の上も薄汚れていた。
 トジメはもう一度大きなくしゃみをした後、へへっと鼻で笑った。
「どうせ何ヶ月も交換してねぇボロ服なんだ。今更濡れたくれぇで騒ぐなよ」
 そう言うとトジメはペタンと床に腰を下ろしてあぐらをかき、ぼりぼりと縮れた髪をかきむしった。日の入らないこの牢獄はどこもかしこも薄汚れていて、かび臭かった。
「お前もここに来てもう3年になるんだな……」
 男はトジメを見てそう言いながら服の袖で頭をふく。
 トジメは頭を掻くのをやめ、少し考え込んだ後ガハハ、と笑った。
「あんたはもっと長いんだろ? 息子が反政府組織のリーダーなんだもんなぁ」
 そこで男がいつものように大笑いすると思っていたトジメは、少し眉をよせた。
 トジメのセリフに男がじっと考え込んだからである。
「……おい。どうした?」
 男は自分もあぐらをかくと、牢越しにトジメと向き合った。
「俺はさぁ、別に死んでもいいんだよ。それであいつが好き勝手やれるんだったらな」
「何言ってんだ、300年も続いてる王国が反政府組織の一つや二つに壊せるわけねぇだろ。あんたの息子も早く目を覚ませばいいんだよ。そうすりゃ、あんたはここから出られる」
 男は苦笑した。
「俺がここから出るときは息子の首がはねられたときなんだぜ? それでもおめぇ、自分が生きたいと思うか?」
 トジメは床に転がっているりんごを掴むと、一口かじった。りんごはとっくに黄色く変色してしまっている。トジメは顔をゆがめた後、ぺっと口に含んだりんごを吐き出した。
「俺は生きてやりてぇことがある。俺の場合は誰の命もかかってねぇからな」
「おめぇの爺さん、王様に殺されたんじゃねぇのか」
 男がひひっと笑って言った。
「ここにいたんじゃ復讐も何もねぇだろ。エルは王なんて柄じゃねぇし。プリシラ姫もとっとと結婚しちまえばいいんだ」
 トジメがこともなげにそう言うと、男はガハハ、と笑った。
「おめぇ、女に惚れたことねぇだろ」
 トジメの顔色が変わった。
「ねぇよ、あってたまるか!」
 トジメはドン、と床をたたいた。遅れてじんわりとした痛みが手に響く。
 はぁはぁと息を弾ませ、悔しさに揺れた瞳は焦点が定まらなかった。
「まぁ、そのせいでおめぇは今ここにいるんだからな」
 ゆっくりと男はつぶやいた。
「大丈夫、婚約も決まったしもうすぐおめぇは釈放されるだろうよ」
「……」
 トジメは複雑な気分になりながら、もう寝てしまおうと思い横になった。

 夜になっても、トジメの気分はすぐれなかった。目を閉じてはいるが、起きているのか寝ているのか自分でもよくわからないような状態で、ただぼんやりとエリオットのことを考えていた。
 ホーウ、と城の森の中でふくろうが鳴く。
 ふくろうの鳴く夜は魔女が出る、とトジメは小さいころエリオットに聞いていた。
 エリオットは昔話や神話、歴史が大好きな子供だった。トジメが砂遊びをしている横で、エリオットが絵本を口に出して読み聞かせていたころを思い出す。
 
 目を瞑ったまぶたの先に、まだ5,6歳のエリオットの姿が映る。幻覚を見ているんじゃないか、という意識の中で少年のエリオットはトジメに無邪気に笑いかけていた。
 それが少年のトジメに向けられたものなのか、今のトジメに向けられたものなのかはわからない。ただ、その少年がトジメの意識を過去に連れ去っていこうとしてることだけは確実だった。

『トジメ、ふくろうの出る夜はね、魔女が出るんだよ』
 積み木で遊んでいるトジメの横で、エリオットが得意げにそう言った。
 小屋の外ではさっきからずっとふくろうがホー、ホー、と鳴いている。
『エル、魔女なんて見たことあるの?』
『ないよ』
 当たり前じゃないか、という顔でエリオットは言った。
『だったら、いないよ。俺ふくろうは何度も見たことあるけど、魔女はないもん』
『魔女は普段自分が魔女だって隠してるのさ』
『何で?』
『何でって、見つかったら王様に処刑されるからに決まってるじゃないか』
 エリオットが呆れ顔でそう言った。 
 小屋の外では強風が吹き荒れ、星が出ていた。二人は昨日の夜の残りのシチューを温めなおし、胃袋を満たした。
『お爺さんとお父さん、遅いね』
 心配になったエリオットがつぶやく。温め方が足りなかったらしく、シチューはまだぬるかった。
『二人なら大丈夫だろ。特に親父は最強の騎士なんだぜ』
 トジメが手に持ったパンにがっつきながら答える。
『お父さん、魔女よりも強いのかな』
 エリオットが嬉しそうに言った。
『あたりまえだろ。魔女なんて親父の剣で一撃だよ』
『えー、でもトジメ、魔女見たことないんでしょ? わかんないじゃん』
 エリオットが不満そうに口を膨らませる。
『わかるさ! 町のみんなが親父が一番強いって言ってる。魔女が強いなんて言ってる奴いないよ!』
『……』
 エリオットは何か言いたげに口を開いたが、諦めたように口を閉じて黙り込んでしまった。
 食事を終え、食器を洗った後も二人は帰ってこなかった。
 エリオットは絵本を開き、トジメは積み木を手に持ってはいたが、二人の視線は扉に注がれていた。
『遅いね』
『遅いな』
 二人は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲み込んだ。
 外ではビュォオ、と風が音を立てて丘を走り回っている。
『いや、やっぱりよくないだろ』
 トジメが首を振った。
『二人の場所はわかってるんだよ? そんなに遠くないし、様子見てこようよ』
 エリオットは上着に袖を通す。そのとき、ホーウ、とふくろうが鳴いた。
『ふくろうが鳴いてるぜ』
 トジメがエリオットの袖を掴んだ。
 それを見て、エリオットが意地悪ににやりと笑う。
『ふくろうはいても魔女なんていないんだろう?』

 小屋の外は二人の予想以上に暗く、風が強かった。服の隙間から風が入り込んでいるんじゃないかと思うくらい寒くて、二人はここは本当にMMOLANDなのかと思った。
 二人は身を寄せ合って、足を踏ん張りながら祖父と父親のいる湖へと急いだ。
 湖に近づけば近づくほど、風は強くなる。
 ザワザワと草木の揺れる音と、一向にやまないふくろうの鳴き声だけが二人の耳を支配した。
『なぁ、おかしくないか?』
 エリオットの袖にしがみつきながら、トジメが呻く。
『なんでこんな風強いのに、ふくろうが鳴いてるんだよ。どこにいるんだよふくろう』
『……魔女のところじゃない?』
 エリオットが嬉しそうに言った。
『やめろよ! そういう冗談!』
 トジメが怒って叫んだ。
『ごめ……冗談なのに……』
『時と場所を考えろよ! って、親父たちだ!』
 トジメは湖の向こうを指差す。
 そこには湖の入り口に仁王立ちし、なにかをじっと見守っている二人がいた。
『お父さーん、お爺さーん』
 エリオットの叫び声に、二人ははっと振り返った。
『エリオット、トジメ! 二人ともこっちにはきちゃいかん! 小屋に帰りなさい!』
 老人が困惑したように叫んだ。
『もう、遅いさ。別にどうというほどのことでもない』
 腰に剣をさした男が、老人につぶやく。老人はがっくりとうなだれ、大きなため息をついた。
 エリオットは、二人がみていた湖をじっと見つめる。風は湖の中心から出ているようだった。湖に近づくほど、エリオットは自分の体がふわりと浮いて、吹き飛ばされてしまうんじゃないかと思った。それでもエリオットは湖に近づく。近づきたい、という欲望がエリオットの体中を駆け回っていた。後ろでトジメが自分に向かって何か叫んでいたが、聞こえない。
 何かに強く呼ばれている気がした。ドクン、ドクンと激しく心臓が鳴り響く。
 湖の中央に人影があった。
 暗くて服装はまだわからない。強風に髪も揺らさず、水に足もつからずに人影は湖の上を浮いていた。不思議な光景ではあったが、エリオットは迷わなかった。
『やっと、見つけた』
 そうつぶやくとエリオットは湖に入ろうと足を踏み出す。
 その腕を剣士が掴んだ。
『気をつけろエリオット。魂を抜かれるぞ』
 その一言でエリオットは確信する。
『あそこにいるのは、魔女なんだね』
 エリオットは父の目をじっと見る。
 深く、黒い瞳は肯定も否定もしない。
 ただ一瞬、口の端で僅かに父は笑った。
『だめだよ! エル!』
 祖父の腕にしがみついているトジメが叫んだ。
 そのとき、ポンとエリオットの背中が押される。
 大きくエリオットの体が前にのめる。顔だけ振り返ると、背中を押したのはやはり父だった。

 行ってこい

 口パクでそういわれた気がした。
 エリオットの体はゆっくりと弧を描いて水面に接し、バシャン、と大きな音を立てて水に沈んだ。
『エルー!』
 トジメが絶叫する。
 水はひどく冷たくて、エリオットは息を詰まらせた。
 ゴボゴボと音を立てて口から泡が漏れ出し、かわりに冷たい水が入ってくる。
 水の中は暗く氷つくように体温を奪っていく。エリオットはここにきて初めて恐怖した。

 死んじゃう!

 必死に手足をばたつかせたが、体はどんどん沈んでいく。
 遠くなる水面を見つめながら、エリオットは絶対に自分は死ぬと思った。
 そのとき、柔らかい風がエリオットの足を掴む。
 くすぐったい感触とともに水中でエリオットの体がガクン、と揺れ何かに押し上げられているように急上昇した。
 ザパーン、と水しぶきを上げて少年の体は再び空気を吸い込む。
 それでも少年の体は上昇し続ける。
 エリオットは宙に浮いていた。下を向くと、自分を見て絶叫しているトジメと、心配そうに見ている祖父が見えた。父の姿はどこにもない。
 十数メートル浮いただけで、星がどこまでも近くなった気がした。
 ひときわ大きい満月が、エリオットの体を飲み込もうと迫ってくる感じがした。
 それに触れようと伸ばした手を、誰かが掴む。
 エリオットは振り返り、そこに少女はいた。
 エリオットと同じ金色の髪にはゆるいウェーブがかかっていて、ピンク色のドレスはとても高価そうだった。水色の瞳は興味深そうにエリオットの顔を見つめる。先ほどとは打って変わって、柔らかく暖かい風が二人を包み込んだ。その暖かい風に、エリオットの髪だけがふわりと揺れる。
『君がやってるの?』
 エリオットはそう言って宙で足をバタつかせてみる。
 少女はエリオットの手を握り締めたまま、にこりと微笑む。
 その仕草は気品があり、しかもとてもチャーミングだった。
『私はプリシラ。この国でたった一人の魔女なの。あなたは?』
『僕はエリオット。湖の近くの小屋に住んでる』
 エリオットの心臓が激しく鳴り響き、視線は目の前の少女に釘付けになる。
 二つの夢を、同時に見ている感じだった。
 その様子を、トジメはずっと祖父の横から見上げていた。

 わかっていたはずだ

 少年のトジメの声がこだまする。

「あぁ、わかっていたんだ」
 気づけばそう、口にしていた。
 トジメはゆっくりと起き上がり、鉄格子の外を見ると、まだ日は昇っていなかった。
 向かいの牢にいる男は、仰向けになっていびきを掻いている。
 彼はまだ暗い外の世界を、ひたっと睨み据える。
「プリシラが魔女だって言ったときから、エルはあの女の魔法にかかっていたんだ」
 少しだけ顔を出した朝日を睨みながら、トジメはそうつぶやいた。


つづく
2004/12/17(Fri)12:47:10 公開 / 笑子
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■作者からのメッセージ
ハイペースの更新できましたが、次回の更新は月曜日になります(それでもはやいか^^)
批評や感想下さった方、ありがとう^^
注意してもらったところはちょこちょこと直してます。これを書いててふと思ったことなんですが、私は自分が夢を見たくてなら自分で夢のあるファンタジーをかけばいいじゃないか、と思いロビンを書き始めたのですが、書き始めると誰かに読んでもらいたい→自分の書いた文章で誰かに夢を見て欲しい、とどんどん自分の気持ちが発展していきます。これがいいことなのか悪いことなのかおこがましいのかわかりませんが、そんな気持ちで書いてます。同じ気持ちで書いてる人っているんでしょうか。・・・雑談にかくべきことだったかな^^

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