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『そこにたつもの (読み切り)』 作者:月海 / 未分類 未分類
全角1137文字
容量2274 bytes
原稿用紙約4枚
 硝子の様に舗装された道路と、その両脇に均一に並ぶ灰色の建物。
区画整備された都市に、人の姿は無い。
老人はそれを視ていた。
老人だけがそれを視ていた。
老人は未来の景色を幻視する。
何年先かは分からないが、視界に映る景色は確かに現実のものとなる。
人の未来は視れない。
だからいつも人のいない景色が見える。
今日はサラービアの廃墟の街で、
生まれ変わった街の姿を視ている。
老人の視界には見知った顔が映っていた。
それは自分の息子とその友人だった。

「父さん、何か言い残すことはないか」
老人の息子は、親の死を迎えても平然としていた。
この老父は自分に何も残さなかったのだ、
故に孝行などする必要がない、というのが息子の考えだった。
父親が毎日廃墟を巡っているを、息子は知っていた。
そしてそれが危険な事だということも、知っていた。
誤算だったのは、野党に襲われた父親が、
死に掛けてもなお家に辿り着いた事。
医者を呼んでも助からないだろうし、呼ぶ気も無い。
ただ息子は、最後の言葉があるのなら聞いてやろう、と思っただけだ。
「彼と一緒にお前がサラービアの都にたつんだ……」
父親ははそう言ってこときれた。
予言めいた言葉に、息子は父が預言者と呼ばれていた事を思い出した。

「サラービアに新国家を樹立する。お前も手伝え」
老人の息子は友人にそう言った。
父親が言う“彼”とは、この友人である。
「俺とお前がサラービアの頂点に立つ事が、親父の最後の予言だ」
「最後……君の父さんは亡くなったのか」
友人は深く悲しんだ。
「あぁ、最後の最後に一つだけ予言を残して言ったよ奴は」
息子の台詞と態度は友人と対照的だった。

この後の事は簡潔に話そう。
結局友人は息子に応じなかった。
息子は一人で事を起こした。
サラービアの首都、現在の廃墟に隠れ住んでいる、
国家財宝指定の彫刻家を見つけ、人質に取った。
人質を盾に国に法外な要求をする息子。
「預言通りに事は運んでいる。ただあいつがいない」
預言との相違点、自分の傍らに友人がいないことを、
息子は気にしていた。

息子のの元に友人が現れたのは、人質をとって十日目のことだった。
一人であることを確認し、息子は友人を通した。
「ようやく従う気になったか。これで預言通りになった」
「そんな気は毛頭ない」
これが二人の最後の遣り取りだった。
友人が抜き放った刃は、息子の命を奪った。

この事件があってからというもの、
サラービアに野次馬を始めとする人々が集まり、
廃墟が街に変わりつつあった。

危機を救われた彫刻家は、感謝の念を込め、一つの作品を作った。
人質をとる卑劣漢と、それを切り倒す若者の像。
街の中心に置かれたそれは、
かつての老人の視界に、
しっかりととおさまっていた。
2004/11/21(Sun)03:55:47 公開 / 月海
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