オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『晩夏』 作者:滝本ちひろ / 未分類 未分類
全角8369文字
容量16738 bytes
原稿用紙約24.8枚
「僕は、母親に捨てられた子供だから」

 久遠海利は、ときどきしごくさらりとそう言う。
 彼が幼稚園に上がるくらいの年齢の時に、彼の母親に捨てられた事は事実だし、さらに言えば、そのあと息子を失うことを恐れた父親に軟禁、そして虐待と呼べる行為さえ受けていた。
 言われたほうは、その事実を知っていても知らなくても、初めは一瞬とまどった表情を浮かべ、それから、同情とも困惑とも付かない曖昧な表情を浮かべるのであった。ある意味それは当然の事だ。かけるべき言葉なんて見つかるはずはない。
 海利の苦しみは海利だけのものだし、彼はなにより理解される事を嫌っているから。

 考樹はいつも、海利のその台詞を聞くたびになんとも言えない嫌な気分になった。
 それは海利が言葉を投げかける相手の態度のせいかもしれなかったし、同時に、海利自身が、言葉を口にする瞬間に浮かべる、普段では考えられないぐらいにはっきりとした、笑顔のせいであるかもしれなかった。
 それは、相手に対しての嫌味でもあり、彼自身の自虐行為でもあるようで。見るたびに考樹は自分の口腔に、苦いものを感じるのだった。

 最近、増えてるよな。
 中学に入って2度目の夏休みが終わり、9月に入り、暦の上では秋になったけれど、未だ夏の匂いの残る午後。だらりと寝転がった従兄弟を横目に座卓に寄りかかるようにして本を読みながら、考樹はぼんやりと思う。
 海利が考樹の家に引き取られてから7年目になるが、今までで類を見ないほど、最近の海里は自虐的だ。
 いや、実際に彼がしている行為は、人様に迷惑をかけ、困惑させるものなのだけれども。どうも、海利には人様を傷つけたり、困らせたりする事で、自分自身を貶めているようだから。多分それは立派に、自虐と言えるのだろうと思う。
 その海利が、最近人様に迷惑をかける機会が増えている気がする。
 いや、確実に増えている。
 クラスメイトや、教師等との争いが耐えないのは何時もの事だけど。ちょっと最近その頻度は馬鹿にならない。
 別に、海利は人を殴ったりするわけではない。いや、まったく殴らないわけではないけれど。どちらかというと相手を煽って、殴らせて、その行為に向かって、嘲るように笑う。そんな奇怪な精神構造を持った人間だ。
 後味の悪い、思いを相手にさせる事を好んだし、なにより、人から嫌われていたいと全身で主張しているようなところがあるのだ。
 別に本来はそんな相手などほおって置けば良いのだが。
 
 家族、何だよなぁ。

 感覚として、どうしようもなく。
 小学校に上がる頃から、まるで生まれながらの双子であったかのように、同じ学校に通い、同じ家にかえり、同じものを食べ、隣で眠っていたから。
 相手がどう思っているかは解らないけれど、考樹にとって海利は、未だ幼稚園児である実の弟よりも、ずっと、ずっと、心理的に近い位置にいる兄弟なのだ。
 だから、荒れていれば気になるし、人様に彼が迷惑をかけていると、自分は悪くないのに申し訳ない気になる。
 だから、思わず海利が迷惑をかけた相手に謝ってしまったりする事や、力ずくで海利の頭を相手に向けて下げさすことも多くて、最近ではすっかり、学校においての海利の保護者役にされてしまっていて、海利に関することを先生から聞かされたり(親に伝えておけ、との事らしい)、クラスの友人に文句を言われたりする。
 その、文句の量が、ちょっと最近尋常ではないのだ。

 何かあったのであろうか。とまず、考樹はその多大な文句を聞いて、相手に対する申し訳なさよりも先に、海利の心配をした。
 何だかんだ言って、結局家族は大事で、どうも、そちらを優先で思考は動いてしまうのだ。
 特に海利の場合は人を傷つけるのは自虐だから。
 大体において、彼が荒れるのは精神的にいっぱいいっぱいの時だから。
 大げさ例えるのならば、それは、自分で死ぬ事の出来ない人間が、誰かに、殺されたいがために悪行を尽くすような、そんな行為なのだ。





 「なに、その文句のありそうな顔」
 腹を決めて、と言うよりは、やらないとなぁ、と言うあきらめ半分の境地で、考樹が海利の寝ている隣へとのそのそと移動したら、まず、首を傾げて問われた。
「文句を言いに来たから」
 ごろりとねっころがったまま、考樹の方に顔だけ向けて、少し、からかうように尋ねてくる海利の傍に胡坐をかき、じっと従兄弟を見る。いかにも古い日本家屋のこの家は、晩夏において、風通しが良く、畳はほのかに冷えていて、惰眠には調度良い。
 特に今日は小さな弟も、騒がしい性質の母親もいなくて、ぼんやりとするにはある意味絶好の日だと言えた。
 考樹の知る限り、海利は小一時間はこの辺に寝転がっていたようだがその顔から眠気の色は見てとれない。眠りもせず、あたりには暇をつぶすものも無いのに、何をしていたのかな、と思うが、聞いても答えてくれない事は解りきっているので、とりあえず、と本題に入った。
「最近、何かあった?」
 考樹の口から出たのは、あいまいな物言いだけれども、それで伝わらないほど海利との付き合いは浅くない。
「説教でもするつもり?」
 考樹の言いたい事は、多分考樹が部屋に来た時から。いや、来る前から、これだけ回りに迷惑をかけていたら、そのうち言われると解っていたのだろう。
 興味もなさそうに、海利は考樹から目を離し、天井の方に視線を向けて答えてくる。
「説教と言うよりは文句かな」
「文句なら、僕より、君のとこに苦情を言いにくる連中に言いなよ」
 僕は、ただの従兄弟で、関係ありません、迷惑ですって。小さく口の端を吊り上げ笑い、海利は歌うように言った。解っている。海利は考樹が心配している事だとか、家族だと思うからこそ、関係ないと思えない、思いたく無い事を解って、彼はあえて煽るような事を言っているのだ。
 こういう、海利の対応には考樹はなれているが、それでも、気持ちの良い物ではなく、思わず眉をしかめる。
 何時もより海利は攻撃的だな、と思いながら。
「何があったの?」
「どうして、そんな事を聞くんだい?」
「明らかに不機嫌だから」
 こちらを見ようともしないくせに、言葉遊びを楽しむように、返事だけは返してくる海利に腹が立って、天井へと彼が向けている視線を遮るよう、彼の面にかぶさるように顔を出せば、迷惑そうに眉をゆがめられた。
 その、表情に考樹は小さな違和感を覚える。普段の海利ならば、これほどまでに容易く不快感をさらしたりしない。なんというか、弱さとか、そう言う物を見せたら負けだと思っている一面があるから。怒って幼さをさらすことで、自分が不利になるとでも思っているかのように。
「別に、なにもないよ」
 考樹がじっとその表情から何かを読み取ろうとするように見つめていれば、じきにそれを拒否するように、海利は目を閉じて、投げやりにそういった。
「嘘付き」
 多分、ある程度海利を知っている相手なら誰だって判る、その不安定さに、小さく苦笑し、考樹はそっと、海利の上からどいた。顔に当たる光の温度でそれが解ったのだろう。すぐに彼は緩く目を開けると、小さくため息を付いて、言う。
「嘘じゃない。何も変わった事なんてない」
 その声には、彼特有の、笑みの混ざったような気配も、からかうようなトーンも付随されていなくて、しんとした部屋の中、えらく硬質に響いた。
 そこにあるのは、声だけ聞けば拒絶の気配なのだけど。
 だからこそ、逆に、その拒絶に従ってはいけないような気が、考樹はした。
「じゃぁ、なんで、荒れてるの?」
 答えはかえってこなかった。
 ただ、その代わりと言うように、ゆっくりと海利は起き上がり、庭の方を見つめた。
 何かあるのかと、考樹も視線をそちらへやるが、ただ、庭では今が盛りの日光黄萓がゆるく、波立つようにゆれているのみだ。
「海利?」
 じっと黙り込んでしまった従兄弟相手に、小さく問いかければ。
 かれは、ただ、波立つ鮮やかな鼻を見つめながらぽつりと言った。
「もし僕が、この家の子になると言ったら、君はどうする?」
 小さくではあるが、思わず、考樹は息を呑む。
 それは、桜庭の家と海利の間で何度も話し合われたことだった。
 蒸発した母親と、虐待同然の事をした父親。
 そのどちらも、海利を庇護するものではないからと、本当に家族同然に暮らして七年と少し。
 幾度か、思い出したようにその話をしたし、考樹の母親などは、本当に海利が可愛い様で(もしかしたら実息子にするより彼女は、甥に愛情をそそいでいるかもしれない)心底望んでいたが、今までそれを拒否して来たのは海利だった。
「僕は、嬉しいよ」
 いまさらって気もするけどね。若干、なぜいきなり今なのかと思いながら言えば、海利はふっと、えらく合間に笑って見せ、それから、唐突に立ち上がると一つ大きく伸びをした。
「考樹、今晩花火をしよう」
「は?」
いきなりの事に、考樹が一瞬唖然とするが、海利の方はといえば、うん、と一つうなずいて、自分ひとりで納得して勝手に話を進める。
「嫌なら付きあってくれなくても結構。だけど僕はするから」
 そう言って、えらく身軽に部屋を出て行ったのだった。







その夜は、月がなかった。
 いや、正確に月例で言えば満月なのであるけれど調度今頃九州にいるはずの大型台風の余波で、大きな雲がどんどん流れてきては月も星も、覆って隠してしまっていた。
もちろん、風もそれなりに強くて、花火をするのに向いているとは言えなかったが、海利はどうあっても今日、花火を決行するつもりらしい。彼は考樹が風呂から上がり、親に挨拶をして、二人で使っている部屋に戻ったときには、すでにハーフパンツにTシャツという、中学生男子にとっては、寝巻きか、部屋着か、はたまた外出着かが半全としない格好で、あの後すぐにコンビニに買いに行ったという、小さめの花火の束の入ったビニール袋を持って二階のベランダにいた。
 ベランダで花火をする気かと呆れて顔を出せば、彼の分と考樹の分、二束の靴がそこにはあって、海利は、何も言わず、ただ自分の分の靴を履くと器用に雨どいをするすると降りて言った。
 付いて来たいのならば、付いてくれば良いと言う意思表示のつもりなのだろうが。わざわざ、人の分まで靴を用意したと言う事実が、なんだか、ちょっと頼りにされているようで、同時に、人を頼るだなんて行為が、何時もの不遜な海利らしくなくて、考樹の心配は、また一つ積もった。
 風は、ごうごうと、意外に強く吹き、雨どいがきしみ、伝って降りるのはなかなか難しかった。
 時々海利はこうして出かけるから、慣れているけれども考樹は違う。やっと降りたときには、もしかしたら従兄弟を見失っているのではないかと思っていたが、そんな事は無く、彼は考樹が追いかけられるくらいのスピードで、ゆっくりと、家の前のゆるいカーブの道を歩いているところだった。
 本当に、らしくないな、と、思わず考樹は歯噛みした。
 人を待っている海利だなんて、ほんとうに、らしくない。

 海利の目的は、ほんとうに、少量の花火をすることのみであったようで、彼に付いていった考樹がたどり着いた先は、家に一番近い、小さな公園だった。
 その夜の公園は、ざわざわと、強い風に樹が揺さぶられて、大きな音を立てていた。
 辺りに水をはれるようなものは無く、これは取りに帰るべきかな、と思っていた考樹を尻目に海利は、もくもくと、なにやら作業をしている。何かと思ったら、公園の片隅の排水溝のふたを開けていたのだ。
 排水溝の中には、にごった水が溜まっていた。
 蓋を持ち上げた海利の手は黒くなってしまっていたけれど、彼はそれすら気にせずに、強い風の中で花火の封を切った。
「そんなに、花火がしたいの?」
 いっそその執着のしようが不気味で、考樹が眉をしかめてたずねれば、無愛想に、花火の入った袋を押し付けられた。
 海利の片手には、もうすでに一本の花火があり、もう一方の手にはライターが握られている。おそらく強風を見越して、わざわざ昼間に買っておいたのだろう。
 やはり、異常だ、と考樹は不安げに眉をしかめる。
 海利の方はと言えば、たぶん不穏当な考樹の様子には気が付いているのだろう。けれども、それには触れず。考樹の方すら向かず、ただ、花火に火をつけ、一本を消費すると、次の一本を無言で考樹の腕の中からひったくった。
 とりあえず、今は何も言うつもりはないと、そう引き結ばれた唇に、考樹の方は小さくあきらめて、そして、ただ立っているのも馬鹿らしいので海利に習った。
 二人、大風の中、しゃがみ込んで、排水溝に花火を向ける。
 ごうごうと、辺りに響く風、ざわざわと、騒ぐ木々。そこに混じる、花火のもえる、ちいさな、しゅぅと言う音。
 夜闇の中で、なお暗い木陰を背負い、顔と体の前面だけに、赤に、緑にと変化する、花火からでる光を浴びる。
 従兄弟とはいえ良く似た二人が、そうやって、騒ぎもせず、しゃべりもせず、しゃがみ込んで火を見つめている様は、奇妙で、古い演劇の一幕のようだ。
 お互いに自分の花火が消えれば次をとり、相手の花火の火を貰うことをくりかえしていたら。ただ、黙々と花火をしたせいもあり、すぐに花火は殆ど消費されてしまった。
 最後に残ったのはお約束とも言える、線香花火の1束。
 流石にこれは、もらい火をするわけにもいかず、順番にライターで火をつけていたら、不意に、海利がぽつりと言った。
「問題はね、7年たったって事なんだ」
 突然の事で、海利が淡々と、風に負けて相手の耳に届くか届かないか、ぎりぎりの声で紡いだ言葉の意味を考樹が理解するのには、数秒を要した。
ぱちぱちと、線香花火がはぜて、先ほどの色の変わる花火とは違う、温かく、頼りない橙で二人の頬を照らす。
「父は、自分がおいていかれたって事を認めたくない人だったから、かぁさんの捜索願や、失踪人届けなんて出さなくてね。出したのは、唯さんなんだ」
 唯、というのは考樹の実母だ。
 海利が、自分の家の事を語るのは珍しい。久しぶりに聞いた話題に、かける言葉を考樹は持っていなくて、手元の線香花火を見つめる。
 花火は調度、松葉といわれるような形で。
 けれども、これは、松葉、と言うよりは、彼岸花みたいだな、とさめた頭の片隅で考樹は思った。
 それは、多分、己の存命の父に対して、まるで亡くなった人であるかのように、過去形に語る海利からの想像だ。
「唯さんが、かぁさんを散々探して、それでも見つけられなくて、失踪届けを出したのが、ちょうど、丸7年前ぐらいなんだ」
「知ってる・・・・・・」
 具体的には知らないけれど、当時海利と母親と一緒に役所や警察署をめぐった記憶がある。
 それがどうしたのかと、考樹が海利を伺えば、彼は、なんだか、偉く優しく笑って見せ、それから、話を中断して、新しい線香花火を手にとり、火をつけた。
「失踪人届けを出してね、七年、でてこないとね、裁判所で死亡判定が受けられるんだよ」
 小さく、考樹は息を呑む。
 それがどういう事かはわからないけれど、海利の口から出た“死亡”の二文字は、妙に生々しく辺りに響いた気がして。思わず小さく一つ揺らしてしまい、指先の線香花火から、火の弾が落ちた。排水溝の下の方で、じゅうと、小さな音が響く。
「養子に迎えるといっても、父は承諾しないと思う。だけど、彼から親権を奪うのは、そう、難しく無いと思うんだ。」
 それは、考樹も母親たちが話しているのを聞いた事がある。
「だけどかぁさんに関しては、彼女が望んで僕のそばにいないのか、親権を放棄したのか、それとも、何か理由があってそばに入れないのか。それが解らないからね、法律上、とてもむずかしいんだ」
 そう言うと、どこか呆然と、話を聞く考樹に向かって、海利は緩慢に笑って見せた。
それから、二人の線香花火が、火を落したのを確認すると、一本を考樹によこし、もう一本を自分で持ち、えらく丁寧に、その二本に火をつけながら、話を続ける。
「それでね、僕が。もし、今ここで君のうちの子になりたかったら、法律上、どういう手続きを踏む事になると思う?」
 母親から親権を奪うのは難しくて。
 けれども、裁判所に、申し出ればすぐに死亡判定を受けられる状況で。
 答えは簡単に出て、けれども、口に出すのが怖くて、考樹は小さく首を横に振った。
「世界一、緩慢な親殺しだと思わない?」
 海利は目を細めて、うっとりとするように、けれども泣きそうな声で言った。母親譲りの彼のまっすぐな髪が激しい風に踊っている。
 考樹は、海利に何か言おうと思ったけれど、結局、紡ぐべき言葉が思いつかず、手元へと視線を落した。
 二人の間では、線香花火が二本。
今は調度、牡丹が終わり柔らかな小休止の最中の、容易く落ちる暖かなオレンジの玉がふたつ。
「ねぇ・・・・・・」
 海利が、ふいに、声のトーンを変え、空々しいほどの明るさで、考樹に声をかけた。
「考樹の花火が先に消えたら、僕は君の家族になる。逆だったら、一生このまま、そういうのは、どうだろう」
言われた言葉に考樹は、瞬く。
バチバチと大きく、線香花火が手元ではぜ始める。
「海利……そういう、軽い問題じゃないと思うけど」
たしなめるようにそう言えば、じっと瞳をのぞきこまれる。
「責任を背負うのは、怖い?」
 そうじゃない、と言い切る事は出来なくて、小さく考樹は黙り込む。

花火はゆるく、松葉を散らしだしている。

「どっちが先に落ちるかな」
小さな声で、期待するように言われて、けれども、その空々しい明るさに満ちた声を考樹は上手に否定する事が出来なかった。
 まだ、自分たちは子供で、彼が悩んでいる問題は、背負うには少し重すぎて。だからこそ、彼に背負い続けておけ、と言うのはあまりにも残酷で。
 一瞬だけ、この手を揺らして火を薄暗い排水溝に落してやろうかと思う。そうしたら、海利は本当に家族になるのだ。
 もしかしたら、海利は後悔するかもしれないけれど、それは、現在進行形で悩みを抱え続けるよりは楽なように思えたから。だから、この火を落してやろうと思ったのだけれども。
 不思議な事に、指先は凍ったように動かなかった。
 書類ごととは言え、海利の人生や、彼の母親の生死が、たかがそんな事で決まると思った途端に、本当に凍りついたように、手は動かなくなった。思わずその緊張に息を詰めていると、それを知ってか、知らずか、海利が小さく、自嘲をもらした。
「可笑しいよね、殺したいぐらいにくらい憎んでいた時期もあったし、生死なんてどうでも良いと思っているのに……いざ、殺せるとなると、少しだけとまどうんだ。紙切れ一枚で、現実は何も変わらないことなのにね。」
 そういった瞬間、一つ強い風が吹いて二人分の線香花火を躍らせ、そして、柔らかな火を、二つ、同時に消し去った。
 突然訪れた闇の中で、海利はただ、小さくため息を付いたようだったが、それは、気配として感じられただけで、音は強い風に遮られて、考樹の耳まで届かなかった。
その代わりに、考樹が海利に対して言葉を発するために息を吸い込んだ音も、相手には届かなかった。
 どうでも良いなんて思っていないくせに、父親の事は父と呼ぶのに。母親の事はかぁさんと、他の誰にたいして呼ばないような声で呼ぶくせに。
 言おうとしたのはそんな台詞。きっと言えば、自分がそんな使い分けをしている気が付いてしまえば、海利は二度と、彼の母をかぁさんとは呼ばないだろうから、言わなくて良かったのだと考樹は思う。例え、彼の母が海利とすごした年数が、自分と彼が過ごした年数の半分ほどであろうとも。
 それでも、彼女は海利の母親で、特別でしかるべき存在なのだから。
 だから、考樹はきゅっと口を閉じて、自分が余計な事を言わないように。残りの線香花火の一本をとって、海利からライターを奪い取るようにして、火をつけた。
 初めはぼぅと燃え、じきにじりじりと、赤い火薬の塊が、火の玉を作る。
 その様は綺麗で、案外しっかりしているように見えて、けれども、手を揺らせば、落ちてしまうのだ。火の玉は、そんなことは気にもしていない様子で、豪快に温度の高い火を撒きちらしている。
 海利は、考樹の様子をどう取ったのか、自分は残りの花火に手を付けることなく、従兄弟が他の全てを遮断するようにして、集中している、暖かな火の玉に、視線をやった。
 ぱちぱち、と線香はただ、はぜていた。

2004/11/01(Mon)16:43:11 公開 / 滝本ちひろ
http://terreverte.jugem.cc/
■この作品の著作権は滝本ちひろさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
切なくて不安定で、どうしようもない思春期っぽいものを書きたいと思って書いた作品。
危うい年頃の心の襞と子供だから感じる無力感への悔しさみたいなものを書きたくて書いてみました。

追記:11月1日、手直ししました。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除