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『侍極〜JIGOKU〜 第二巻』 作者:珈琲煎餅 / 未分類 未分類
全角10438文字
容量20876 bytes
原稿用紙約30.3枚
侍極〜JIGOKU〜 作、珈琲煎餅

第ニ巻    馘     [ K U B I K I R I ]

序章 「侍極の道は、切り開く。」
 無楽が元凶となり、勝武領全体を巻き込んだあの『青鋼の起こり』から半年がたとうとしていた。あれから勝武城下は極めて穏やかであり、実りの秋を迎えていた。勝武領を覆うように広がる山麓は見事に紅葉し、それ故か俳人や歌人も訪れるようになり、城下町は一層賑やかになっていった。浪人街や町樹海に住む農民も柿や栗をはじめ、芋とか茄子の稀に見る豊作で笑いが止まらない。
 あの者達は今、どうしているのだろうか。
 大田と蔵は『青鋼の起こり』による大出世で勝武城の者達を守る、親衛隊の一人として毎日叶の稽古を受けていた。風の噂では大田の奇妙な太刀筋に磨きがかかり、流派を開くという話まである。お涼は勝武城の忍び軍として、毎日忙しいようだ。
 一方、城下に住んでいる良山達はどうなのか。良山は鍛冶屋を未だに続けている。矢島は町医者より情報屋のほうが熱を入れているようだ。
 毎日が平和で穏やかである。しかし、町樹海では既に何かが動き始めているのだった。

第壱章「蜘蛛居屋見参。」
 秋の山道を大田と蔵は歩いていた。勝武城の裏にある山麓にあり、紅葉と果物の実りが美しい紅熊岳(べにくまだけ)である。名の通り紅熊岳は獣が多く出没する山で、普通の人間はあまり近付かなかった。しかし、熊や猪相手に自分の腕を磨こうとする浪人や侍、武士や忍びまでも修行に訪れる場合もある。時に紅葉が美しいこの季節になると、命知らずの俳人や絵師も訪れるようになるのだ。
 この山に近年屋敷を建てて、獣だけでなく人までも襲って殺生を繰り返す輩が現われた。奴らは真っ赤な天狗の面を着けて木から木へと飛びまわり、まるで本当の天狗のように木の上から奇襲を仕掛けるのだ。奴らは自分達で『天狗族』と名乗り、勝武領の大きな悩みの種だった。
 大田と蔵はその天狗族に話を聞こうと、天狗族が住んでいる屋敷を目指した。何が目的なのか。何処から来たのか。いろいろと聞いておかねばならない。
「話してわかる連中だと思うか?」
突然大田が言った。蔵はため息をつきながら答えた。
「話し合いだけで終わる事はないな。奴らは血に飢えている。」
大田は眉間にシワを寄せて言った。
「そろそろ屋敷だ。もう来る頃だろう。用心しとけ。」
二人は険しい顔で歩いていった。しかし、天狗の襲撃はなかった。屋敷に辿り着くと、大きな門と塀があり、塀の内側には三つほど見張り櫓(やぐら)があった。とても厳重な守りであるが、門の前にも櫓にも人影はない。それどころか、塀の周りにも誰一人いないのだ。それはむしろ誘っているようにも見えた。大田が門に手を掛けると、門は少し動いた。鍵などはつけられていないようだ。大田は門を開けた。そこには想像を絶する光景が広がっていた。大田も蔵も息を飲んだ。そこには何十もの天狗の屍があったのだ。刀かなにかで斬られて死んでいる。ほとんどの死体の傷は確実に急所を突いていた。
 明らかに熟練した玄人の仕業であった。それも一人ではなく大勢である。大田と蔵は奥へ足を踏み入れた。
 屋敷の中も死体で埋め尽くされていた。しかも皆死んでから二日と経っていないようである。壁には生々しく血の痕も残っている。多くの死体が放つ死臭に大田も蔵も思わず鼻を覆った。
 と、屋敷の中庭に面した廊下を歩く二人の前に、突然天狗の面を着けた大男が現われた。気配は無かった。大男は全身血だらけで、深い斬り傷も多く見られた。明らかにわざと急所を外されている、拷問の跡だった。蔵よりも大きなその体に、二人は圧倒されていた。大男は口を開いた。
「俺は蜘蛛居屋(くもいや)を名乗る集団から、蜘蛛居屋に入れと拷問を受けた。手下はみんな殺され、天狗族はもう終わりだ。俺は蜘蛛居屋に入るしかない。」
大男はそう言うと、物凄い速さでこの場を去った。大田と蔵はしばらくその場に呆然としていた。
 城に帰った大田と蔵は、早速このことを叶たちに伝えた。『蜘蛛居屋』とはなんなのか。勝武城の家臣達は至急話し合った。少なくとも、天狗族よりも大きな力を持っている事は確かである。一瞬にして天狗族の精鋭共をただの肉塊としてしまう集団である。大田と蔵は蜘蛛居屋についての解決を任された。とりあえず情報屋の矢島の所へ言ってみることにした。
 久しぶりに歩く浪人街。この辺りは蔵の門下生である浪人が多く住んでいる。ほとんどが蔵の庭というわけだ。矢島の家は浪人街の外れにあるわりときれいな建物である。
「矢島さーん。元気してますかー?」
大田は戸を開けて言った。矢島は笑顔で出てきた。
「おおっ。久しぶりじゃな。その格好をみると、何か知りたいことがあるんだね?」
大田と蔵はニヤリと笑った。蔵は言った。
「鋭いな。昨日、紅熊岳で天狗族が親分以外殺された。蜘蛛居屋を名乗る集団によってな。」
矢島の顔から笑顔が消えて、真剣な眼差しになった。
「知ってる。親分はその蜘蛛居屋に寝返ったそうだな。拷問の末に。」
大田は呆れた表情で言った。
「呆れるほど知らせが早いな。」
蔵も真剣な眼差しで言う。
「知っているのなら話は早い。蜘蛛居屋について詳しく聞かせてくれ。」
矢島は答える。
「蜘蛛居屋については良く知らん。しかし、蜘蛛居屋が各地の猛者共を仲間にしたがっているのは確かだぜ。」
矢島は語り始めた。
 古今山で修行を続けていた大きな力持ちがいた。その男が大きな熊を投げ飛ばして殺した姿を見た蜘蛛居屋の者は、すぐに男に蜘蛛居屋に入れと脅した。無論脅しに屈するような男ではない。しかし金と、富に目が眩んでしまい蜘蛛居屋に入ったのである。男の名は鈍鋭(どんえい)と言った。
 町樹海で鍼師(はりし)として暮らしている盲目の座頭の位を持つ男がいた。町樹海に暮らしている故に何度か盗賊や山賊に襲われたものの、常人を遥かに超える鍼を使った体術により危険を回避してきた。ある日、その座頭が山賊十数人と決闘することになった。誰もが座頭の鍼師の死を覚悟したが、座頭の鍼師はまるで猿のように跳び、山賊を蹴散らしてしまった。早速蜘蛛居屋が誘ったところ、座頭の鍼師は素直に蜘蛛居屋へと入ったのだった。その名は猟眼(りょうげん)と言っていたものの、皆からは「座頭の鍼師」という仇名が定着してしまっているらしい。
娯楽者の町の大泥棒「六光(ろっこう)」も、蜘蛛居屋に誘われた一人である。奇術を得意とし、相手の目を騙して着実に相手を暗殺する術を持っている。六光が仕事を終えて家へ帰ろうとしたとき、蜘蛛居屋の集団に囲まれた。得意の奇術ですぐにその場を離れようとしたものの、何故か見破られ、首筋に一撃を食らった。峰打ちだった。それから六光は強制的に蜘蛛居屋を名乗らされることになった。
「昨日の天狗も入れて、この四人は蜘蛛居屋の中でもかなりの実力を持っていて、位も良いらしい。」
 ここまで話すと矢島は深い息をついた。恐るべき情報網である。一体何処からそんな情報が出てくるのか。大田と蔵が唖然としていると、矢島は微笑みながら言った。
「ははっ。驚いているな。信じられんようじゃの。わしが手を結んでいるのは飛脚や賊だけじゃないぞ。勝武城のお涼とも仕事仲間じゃ。」
『何ぃっ!?』
 大田と蔵は思わず叫び、それから言葉を失った。矢島は各地の飛脚から情報を交換したり買っていたりしており、町樹海などにいる山賊や盗賊団にも顔がきき、普通では手には入らない裏の情報までも手にしている。それというのも、矢島がある盗賊団の親分を隠密に助けたのが始まりだった。命に関わる重傷だったため、それからというもの家族ぐるみの付き合いとなったのである。そして門外不出の勝武城内で隠された情報を、青鋼の起こりから友達となったお涼と取り引きしているのだ。
「おいおい、そりゃあ家臣としてこの場でやるべき事をやらないといけないんじゃないか?」
大田が困った表情で言った。
「これは重大なことだぜ。矢島さん。俺らはあんたを斬らねばならなくなってしまった・・・。」
矢島はまた微笑んだ表情で言った。
「安心しろ。既に命は情報と引き換えにお涼に預けた。その証に、お涼は今お前らの後ろにいる。」
大田と蔵は慌てて振り向いた。そこには町娘の格好をしたお涼が笑顔で立っていた。

第弐章「大田、蔵の熟慮。捕虜の危機。」
「矢島さんと町樹海の盗賊は常に見ている。変なことしたらいつでも首は取れるよ。」
 お涼は笑顔で言った。大田はこういうお涼がたまに怖いらしい。矢島も言った。
「そういうこった。あんたら以外の奴に漏らすとわしの首は飛ぶ。まさに、諸刃の剣ってわけさ。」
大田はお涼に真剣な顔で言った。
「ずっと狙いを続けるのならいいが、こんな事はなるべく控えてくれよ。俺はあんたらを斬りたくない。」
するとお涼は自信に満ちた表情で返した。
「任せて。あたしの組織は大きいから。」
蔵の目が光った。
「組織だと・・・? 叶と古辻の抜け忍、残党と言ったところか・・・。」
お涼は平然としている。息を深く吐きながら答えた。
「だいたいはね。古辻を抜けたのはあたしだけじゃないから。叶も手を貸してくれるし。その代わりあたしも一生懸命働く。」
蔵はそれを聞いたあとすぐにお涼に言った。蔵はお涼の事をあまり良く思っていないようである。
「当然だ。叶が未だに手を差し延べてくれるのを有り難く思ったほうが良い。」
お涼は深く頷いた。お涼の眼は明らかに以前と違っていた。前向きに進み、生きようとする光が宿っている。
 その時だった。道に立っていたお涼の後ろを通った浪人が、一瞬刀を抜いたようだった。その後目に映ったのは、刀を素早く納める浪人の後ろ姿と、寸前に気配を読んだお涼の避けきれなかった肩から飛ぶ血しぶきだけであった。大田は倒れそうになったお涼の体を支えた。蔵はすぐに表へ出た。お涼は眉間にシワを寄せて強く囁いた。
「あたしは大丈夫。この程度なら大丈夫。矢島さんいるから大丈夫。」
大丈夫を連呼していたが、事はそう簡単ではなかった。肩の靭帯を正確に切られている。しばらく斬られた右腕は使い物にならない。奴は間違い無く居合いの達人だった。それも並みの達人ではない。お涼が避ける位置を予測し、剣筋が見えない程の早技である。と、蔵の叫び声が聞こえた。
「手前!なんのつもりだ!ここが何処だかわかってるのか!?」
 しかし居合いの達人はすでに姿を消していた。蔵の弟子達が集まってきて、蔵は男を探すように指示した。辺りは騒然となった。蔵の怒号で野次馬が集まってきている。そしてお涼は激しい痛みにより、気を失った。秋の夕刻、珍しく暮れなずむ夕陽が眩しい日であった。
夜、矢島のもとに叶がやってきた。蔵が弟子を早馬で知らせに行かせたのである。お涼は床につき目を覚ましていた。動かせない右腕の激痛と闘っている。お涼の枕もとに腰掛けた叶に矢島は言った。
「絶対安静じゃ。しばらくは動けないだろうから、わしが面倒みてやる。だからあんたらは安心して奴と蜘蛛居屋を探してくれ。」
叶は大きく頷いた。そして大田と蔵に向かって言った。
「この件はお前らに任せる。一度城に戻り、さむらいどころ侍所の上総さんにこの事を伝えてくれ。」
大田はそれに答える。
「承知。任せな。 蔵、早馬を弟子から借してもらえないか。」
蔵は頷いてこう言った。
「既に言ってある。すぐ出れるぞ。」
 二人は早馬に乗り、浪人街を後にした。辺りは既に暗くなっていた。満月が煌煌と光り輝き、二人を照らす。冷たい風はこれから起る悲惨な侍極を案じているようだった。
 商いの町の道中、昼でも人気が少ない道を疾走している時だった。突然馬が前足を上げて吠えた。大田と蔵は落馬し、尻もちをついた。次の瞬間には馬は血だらけでその場に転がっていた。何が起きたのか分らないまま、二人は尻もちをついたまま立ち上がる事もできず唖然としていた。と、二人の前に見覚えのある忍びが現れた。二人は目を疑った。そいつはまさしく古辻忍流の小太刀使いであった。奴は言った。
「久しいな。大田よ。まさか忘れているわけではあるまい。」
大田は立ちあがった。
「何の用だ。今更仇討ちか?」
忍びは鼻で笑った。
「ふっ。今貴様らを殺めるつもりはない。」
蔵も立ちあがり、睨みながら言った。
「なら急いでるんだ。そこを通せ。」
ふと、大田と蔵は周りを見た。既に大勢の忍びに囲まれていた。
「とりあえず、蜘蛛居屋に入れ。貴様らの力は計り知れん。」
小太刀の忍びは言った。奴は青鋼の起り以来、古辻忍流を解散させ各国の猛者を集めて蜘蛛居屋の総長になっていたのだ。大田は言った。
「蜘蛛居屋!?貴様があの蜘蛛居屋のおさ長となっていたのか!?」
小太刀の忍びは含み笑いをして、蜘蛛居屋のことを語り始めた。
「改めて名乗ろう。我が名は蜘蛛居屋『おおもとじめ大元締』のたかぎ高木しょうのすけ庄之助。」
 蜘蛛居屋は大きな組織を組んでいた。その実体は殺しを請け負う殺し屋集団で、通称「しまつや始末屋」という商売である。その総長であり蜘蛛居屋の頭、金銭を取り締まる大元締と呼ばれる者が頂点に立つ。そして大元締の手助けを勤める『さゆう左右りゅう龍』の二人。この二人は蜘蛛居屋でもかなりの力を持った始末屋の精鋭である。その下には各地の腕自慢を集めた四人で組をなす「しし四肢のくらい位」がある。さらに大勢での戦いになった場合に備えた、戦いの精鋭を集めた「たて殺陣やくしゃ役者」の十人。そしてその下に暗殺や始末をする「ほんばしょ本場所しまつだん始末団」が数十人待機する。そして、元々古辻忍流だった忍びが「蜘蛛居屋忍軍」として、情報を集めたり、腕自慢の人間を蜘蛛居屋へと勧誘したりする仕事をしている。この蜘蛛居屋には娯楽者の町に店を構える本場所の他に、商いの町、浪人街、町樹海、九魂寺、親鸞第四十七堂にも店を構え、全部で六ヶ所に蜘蛛居屋場所として広めていた。その各場所にそれぞれの元締がいる。それが「場所元締」といい、その場所に仕える始末屋を「場所始末団」と言った。そして場所に属さず、何時でも仕事の出来る半人前の集団を「くろうとぐみ玄人組」と呼び、一番下の位に置いた。蜘蛛居屋に入った全ての人間は百人を超える大きな組織になっていたのだ。高木は言った。
「素直に蜘蛛居屋の一員となると言えば、貴様らにも危害は加えない。」
蔵は何かに気付いたようだった。
「『貴様らにも』と言ったな。俺らの他にも誰かをたぶら誑かしておるのか!?」
高木は含み笑いをして答えた。
「ふふふ、誑かすなんて人聞きの悪い。多少、捕虜となってもらうだけさ。」
大田と蔵は直感的に、お涼のいる矢島の家に危機が迫っていることを悟った。大田は怒鳴った。
「野郎!お涼に怪我をさせたのも、貴様らのはかりごと謀か!」
高木は薄笑いを浮かべ、答えた。
「奴は蜘蛛居屋左右龍だ。狙った獲物は逃がさん。あれはその仕度のためにしたこと。お涼は強いからな。」
蔵は睨み付けながら言った。
「何処から拾って来やがった。そんな輩。」
高木は笑いを堪えながらそれに答えた。
「くくく…居合道の師範代だ。剣筋が見えなかったろう。くくく。もう既にお涼と良山は蜘蛛居屋の本場所にいる。」
「おやっさんもか!?」
 冷たい風が吹いた。満月が明るく大田達と、蜘蛛居屋の忍軍を照らしていた。蜘蛛居屋という大きな始末屋集団に勧誘された大田と蔵。その裏には人質としてお涼と良山が捕まっていた。大田と蔵は次の満月までという猶予を与えられたが、もちろん見張りは離れることを知らない。一ヶ月、お涼と良山の命が預けられた。


第参章「勝武城の危機、殿の失踪」
 蔵は忍び達が去ったあと、大急ぎで浪人街の矢島の家へ急いだ。一方大田は良山の鍛冶屋へと早馬を走らせた。冷たい風はいつになく肌に激しく突き刺さる。蔵が矢島の家へ到着すると、怪我を負った数人の若侍と叶が矢島に治療を受けている最中だった。若侍は全員蔵の門下生であった。蔵は家に上がり、叶に聞いた。
「大丈夫か?やつら、どんな風に来た?」
叶は静かな声で答えた。
「奴ら、蜘蛛居屋と名乗っていたが、あれは確かに天狗族の残党だ…。あと、途轍も無く鋭い剣技を扱う居合いの達人が仕切っていた。奴らはお涼だけが目当てらしい。」
と、蔵の門下生の一人が口を開いた。
「天狗達の妙技と、剣筋の見えない居合いに、とても歯が立ちませんでした・・・。」
蔵は叶に言った。
「すまぬ。実は城へ向かう途中、こんなことがあってな・・・。」
蔵は城へ向かう道中で起こったことを叶に話した。
「そうか、それでお涼を。やつら、一体何をするつもりなんだ。俺がいながらお涼を・・・・。」
蔵は叶と矢島に向かい、言った。
「俺はすぐに城へ戻りこのことを伝える。矢島さん、叶と弟子達をよろしく頼む。」
矢島は強い表情で答えた。
「ああ、必要あらばわし儂が手筈を組んでやる。奴ら、思った以上に大きな組を組んでやがる。ぬかるなよ。」
蔵は頷いた。
「では、御免!」
 一方、大田は良山の鍛冶屋にいた。店は無惨に荒らされていて、誰一人としていない。暗い鍛冶屋の中で、大田は怒りが沸沸と沸いてくるのを感じた。
「奴らめ、せこいことしやがって・・・。人情も誇りもかけら欠片ひとつありゃしねえ。」
 大田は早速馬にまたがり、城へと走らせた。丑の刻、暗闇を一人大田は走った。
 蔵よりも一足先に城へ着いた大田は、そこで信じられぬ光景を目にした。城には火矢が打ち込まれ勝武城は火事になり、勝武城の門番は変わり果てた姿で門の前に倒れている。城の中庭からは勝武兵の怒号が聞こえる。明らかに蜘蛛居屋による、真夜中の奇襲であった。大田は中庭へ進んだ。様々な姿の人間が勝武兵に攻撃している。忍びの姿、侍の姿、玄人の姿、中には天狗の姿をした者までいる。戦術の違う連中に勝武兵は苦戦した。大田は唖然としていたが、我に返り良山からの刀「蜂針」を抜いた。と、そのとき大田に話しかける者がいた。
「貴様が大田あるか?妖刀を使いこなし、古辻を解散に追いやった大田あるか?」
多少訛りの入った言葉だった。その男は猫背で、脳天から一本だけみつあみをしている。その手には鎖鎌が握られていた。鎖鎌とは鎌の柄から鎖が一本伸び、その先に鉄の重りをつけた武器のことである。大田は答えた。
「明国人か?俺が大田だ。貴様はなんだ?」
男は答えた。
「私は蜘蛛居屋殺陣役者が一人、ファンニャンハオ黄人好。貴様はさっさと蜘蛛居屋に入るよろし。私がその腕、試すあるね。」
大田は言った。
「やってみやがれ。この城は落とさせない!」
と、突然鎖鎌の鉄の塊が飛んできた。塊は鎖と一緒に蜂針に巻き付き、大田の動きを止めた。走りこんできた黄の鎌を必死で避けた大田は黄の足を刈った。倒れた黄に斬りかかろうとするものの、黄は鎌で防ぐ。そのとき蜂針に巻き付いていた鎖が解け、黄は立ちあがった。黄は言った。
「その程度あるか?期待外れある。もっと楽しませるよろし。」
その一言で大田に火が着いた。大田は蜂針の特徴でもある鋭さを使って、突き中心に斬りかかった。
「んなぁっ!」
黄が呻き声をあげた。大田の太刀が黄の腕と脇腹を捕らえたのだ。黄は言った。
「負け、負け、負けある!そんで貴様は合格ある!蜘蛛居屋として認めるある!」
大田は火が着いたままである。聞こえていても頭には入っていない。
「何をわけの分からんことを!斬る!!」
黄は一目散に逃げていった。大田は冷静になり、周りをよく見た。次々と倒れていく勝武兵。目の前には蜘蛛居屋らしき侍達が向かってくる。ここは助太刀するしかない。
 その時、蔵は娯楽者の町を疾走していた。勝武城の空が赤く染まっているのを見て、良からぬ考えを抑えきれずにいた。悪い予感は当たってしまった。中庭では激しい戦闘が繰り広げられている。蔵は門から中庭の道を抜けたところで立ち尽くした。蜘蛛居屋の行動の早さ、戦術の上手さ、大きな組織図。もしかしたら蜘蛛居屋は百人前後の大きな始末屋集団ではなく、何千という人間を携えた大戦闘集団なのではないか。もしかしたら勝武軍よりも多くの兵を持った集団なのではないか。蔵は先日と今日の蜘蛛居屋の組織力から、悪い予感が次から次へと脳裏をよぎった。しかし、今は戦うしかない。蔵は静かに村正を抜いた。
「今は死ぬぞ。蜘蛛居屋さん。」
 城の中は蜘蛛居屋の忍軍がほぼ占拠していた。叶がいない今、城の中は大きな戦力はないと言える。殿勝武の首を取られるのはもはや時間の問題であった。しかし、殿は天守閣にいなかったのである。忍軍は殿を必死に探していた。城の中、城の周辺、城下町…。しかし、殿はいなかった。殿の首は取れなかったものの、勝武城に壊滅的な打撃を与えた蜘蛛居屋は勝武城から撤退していった。
 朝、大田は矢島のもとへ昨晩のことを知らせに行った。
「それで、朝から殿が消えてしまった。今皆で血眼になって探してるが、殿がいなければ我々も動けない。」
矢島は言った。
「ああ、探させよう。任せろ。ついでに蜘蛛居屋のことも詳しく探っといてやるよ。」
大田は少し考えた後、答えた。
「かたじけね忝ぇ。・・・勝武城は昨晩の事で壊滅的だ。この戦乱の世に、こんな事になっては・・・。」
叶が立ちあがり、言った。
「俺も城に戻ろう。体制を立て直す必要がある。場合によっては、蔵の門下生達にも頼むしかなくなるやもしれん。」
 叶達が城に戻ったあと、矢島はしばらく考え込んでいた。そして何やら手紙らしき書を書き始めた。その表情は険しかった。
 勝武城の人間は、娯楽者の町周辺、商いの町周辺、浪人街周辺、町樹海周辺を探していた。勝武城忍軍の方は、紅熊岳、古今山、樹海の方を探した。しかし、一晩かかっても殿は見つからなかった。一体殿は何処へ消えてしまったのだろうか。そして、蜘蛛居屋の隠れ家も見つかっていない。勝武軍は大きな始末屋集団によって、過去最悪な滅亡の危機に瀕していた。
 そして蜘蛛居屋は、新たな動きを見せている。
第四章「浪人街の辻斬り、飛脚の仕事」
 飛脚はある密書を持って、全力で走っていた。その背中には人生で最も重要な仕事を背負っている。見つかれば命はない。
 そのころ蜘蛛居屋は瀕死の勝武城を確実に潰すための計画を立てていた。勝武城はあの戦いで、戦死者を百五十人も出してしまった。その中には、侍所の上総一ノ宮や、問注所の牧田茂吉もおり、殿の失踪も加え勝武城の士気は悪くなっていた。
「蜘蛛居屋の隠れ家が分からない以上、どうする事もできない・・・」
大田が勝武城で言った。蔵も言う。
「出てくるまで待つなんていやだ。忍軍に探させるか?」
叶も入る。
「いや、まずは殿の居場所を見付けないと。」
『はぁ〜・・・・』
一同、ため息をもらす。相当疲れていた。ここ二、三日まともに眠っていない。その時であった。
「叶さん!殿が見つかりました!!」
三人、立ちあがった。叶は
「何!?本当か!?場所は何処だ!」
知らせに来た勝武城の忍びは言った。
「それが、天守閣の屋根です・・・!」
叶は思い出した。殿の危機の時、天守閣の屋根にあるしゃちほこ鯱矛の口に人一人が隠れられる空間があることを。
 三人はすぐに屋根へと登った。確かに殿は鯱矛の口の中にいた。かなり衰弱していて、気を失っていたが命はあるようだ。殿はここ三日、何も食べていない。ゆっくりと殿を下ろし、眠らせた。叶は言った。
「殿が元気になってもらわないと、勝武は潰れる。御頼み申したぞ、殿!」
 その日の夕方、殿は目を覚ました。食事をし、また休めば二、三日で回復するとのことだった。叶は殿にこれまでの出来事を話した。殿は言った。
「狙え。蜘蛛居屋をあなど侮ってはならないようだな。兵の指揮はお前に任せた。軍を立て直してくれ。」
叶はそれに答えた。
「はっ。」
 殿が戻ったことは、勝武城にとって大きな事だった。城は活気付き、まとまりを取り戻した。大田と蔵はこのことを伝えるため、矢島のもとへと向かった。
 二人が馬を走らせている頃、矢島の家周辺はまさに修羅場だった。矢島の家にあの飛脚が死体となって戻ってきたのだ。それも蜘蛛居屋の人間とともに。蜘蛛居屋のその男は、散切り頭をちょんまげ丁髷で束ね、紅色の着物を着崩していた。腰には小刀が右に二本、左に二本刺してあり、背中にも左右一本ずつの小刀を刺していた。腰にはさらに大剣とその刀に似た小さい刀を刺している。玄関から土間で死体を抱えている矢島に男は言った。
「俺は蜘蛛居屋の左右龍『とうりょう塔竜』。そいつは俺が殺しておいた。手前と関係ある飛脚だってわかったのは、つい昨日だ。だから手紙がどんなもんか、誰に届けたのかわからん。無念。」
なんてひどい奴なんだ、と矢島は思った。自分と関係があるというだけでこの飛脚は殺された。しかし、仕事は果たした。人生で最も大きな仕事を果たしてくれたのだ。塔竜は言った。
「そいつ、何を何処に持っていったんだ?言わないと殺す。」
塔竜は真顔で言っていた。途轍も無く恐ろしく冷たい目だった。秋の晴れ空を一瞬にして凍らせてしまうような、恐ろしい目だった。矢島は言った。
「飛脚さんが届けてくれたんなら、儂は貴様の知りたいことを絶対に言えなくなった。残念だ。殺しやがれ。」
矢島は覚悟をした。塔竜は表情を全く変えずに言った。
「そうか、では殺す。」
そのとき、蔵の門下生が表から斬りかかった。しかし、塔竜は物凄い速さで太刀をかわした。塔竜は門下生に言った。
「俺のや殺りかたを教えてやろうか?」



2004/10/15(Fri)23:41:23 公開 / 珈琲煎餅
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