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『2001年の俺  【前編】』 作者:オレンジ / 未分類 未分類
全角2180文字
容量4360 bytes
原稿用紙約6.35枚
    前 編

 2001年の俺は、26歳だった。何とも中途半端な年齢、若者とも呼ばれず、脂の乗った働き盛りとも言えない。なんだか宙ぶらりんの年齢。
 その頃俺は、ろくに就職もせずふらふらと何をするでもなく生きていた。遊ぶ金くらいなら、親が何も言わずに出してくれたし、別に働かずともそれなりに暮らしていけた。いつも決まったメンバーで、ふらふらと、酒飲んだり、女に声を掛けたりその日が一日暮れていくのをまんじりと待っている、そんな下らない男だった。

 その日は、毎月恒例の風俗探査の日だった。それは、俺の数少ない友人の一人、智英(ともひで)と月一回、ソープへ行くだけのショボイ恒例行事だ。
  黒い背広を着た、低姿勢のごつい兄ちゃんの案内で俺達は待合室へと入っていく。おしぼりと一緒に冷たいお茶が出される。俺達はそれを一気に飲み干す。すると、ごつい兄ちゃん達は、すかさずお代わりを運んできた。別にお代わりなどどうでも良いのにと思う。
 待合室に、客は俺達以外誰も居なかった。平日の夜から、そんなにも客はいないだろう。この日、この時間にこんな場末の風俗店に客がわんさかといたとしたら、それはある意味恐ろしい。
 しばらくすると、俺達の前に三枚の写真が並べられた。写真に写った女性たちは三者三様の微笑みを俺達に投げかけている。
「今すぐご案内できる女の子は、この三名になっております」
 俺達は、三枚の写真をよく見比べる。この時点で真ん中の写真の子『れいな』ちゃん(25)が残念ながら、俺達の眼中から消え去った。右側の写真の子『あけみ』ちゃん(19)と左側の写真の子『ゆうな』ちゃん(23)、候補者は決まった。
 俺と智英の女の好みは全く方向性が違うといって過言ではない。俺は『ゆうな』智英は『あけみ』、すんなりと決まった。俺と智英とは、ほとんど気に入った子がかぶらない。それもあって、こういった店へはこの二人で行くようになったのかもしれない。
やがて、智英が店員に呼ばれて、カーテンの向こうへ消えていった。カーテンに入る直前の振り向きざまの笑顔は、「今日は当たりだったぜ」のサインである。写真とは、真を写すと書くのだが、時には偽りを写すこともある。特にこう言った店では、真実が写っている方がめずらしい。光の加減や写す角度でかくも人の顔とは変わるものかと、逆の意味でいつも感心させられている。
 今日も帰りの車の中で智英の自慢話を聞くことになるのか……かわいい子に当たると奴は、帰りの車の中でずっとその子との会話のやりとりや、目元が良いだのタレントの何某に似ていただのという話をし続けるのだ。正直うんざりする。まあ、外れを引いた時は愚痴を聞かされるのだから、どっちもどっちな訳だが。
 しばらくして、俺も店員に呼ばれカーテンを潜っていった。
「いらっしゃいませ」
 摩れた挨拶を交わすと、俺の目の前の女性は、はっと目を見開き一瞬息を呑んだ。
 同時に俺は、全ての言葉が頭の中ら消え去ってしまった。
「あ……あ、えっと」
 俺は、思わず眼を伏せる。
「近藤君……だよね?三組で一緒だった」
 俺の頭の中で、目の前の女性の顔がフラッシュバックしていく。そう、中学三年の時、その記憶の中で彼女の顔は、ほぼド真ん中に位置していた。中学三年の彼女は、とてもまぶしく、俺みたいな半端者には、高嶺の花の存在だった。クラスでも成績はいつもトップ、おまけに学年でも五指に入るほどの美形の持ち主で、その存在感はクラスの中でも際立っていた。そんな彼女が、十一年の歳月を経て、よりにもよってこんな所に現れるとは。彼女は、もちろん『ゆうな』などという名前ではない、しかも俺と同級生なのだから、(23)というのも全くのごまかし年齢である。だが、紛れも無い、彼女の名は、
――狩野淳子――

「とりあえず、行こっか?」
 目の前の女性、狩野(かのう)淳子は、そう言って俺に手を差し伸べる。意識するわけでもなく、ごく自然に俺は、その手を取った。とても細くて冷たい手だ。
 俺は、彼女に導かれるまま、個室へと入っていく。正直、彼女の『とりあえず、行こっか?』と言う言葉に救われた気がした。
俺は、言われるままに、こじんまりとした部屋の固いベッドの上に腰掛けた。
「何か飲む?」
 彼女は、備え付けの小さな冷蔵庫の中を覗きながら、質問を投げかける。先程冷たいお茶を二杯も飲んだので、あまり飲み物は欲しくなかったが、断ることが出来ずに俺は、オレンジジュースを頼んだ。
 彼女は、お盆に紙コップを二つ置き、冷蔵庫から取り出した100%果汁の缶ジュースをそれに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと……」
 俺と彼女は、同時にその紙コップに口を付けてぐいっとオレンジジュースを煽った。また、紙コップを置いたのもほぼ同時だった。そのあまりにぴったりなタイミングに俺達はお互いの顔を見合わせ、思わず吹き出した。それは、今まで縛り付けられていた物が開放されたように、俺の心をほんの少しだけ軽くしてくれた。
 それをきっかけに、俺と彼女の会話は徐々に弾んでいった。さながら、二人きりの同窓会の様相を呈している。
 だが、どれだけ会話が盛り上がっても「何故此処で働いているのか」という質問だけはどうしても口を吐く事が出来なかった。

後編へ続く


2004/08/30(Mon)19:15:27 公開 / オレンジ
■この作品の著作権はオレンジさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ショートのチャレンジしてみました!
読みきりの予定でしたが、途中で煮詰まってしまったので、投稿してしまいました。それに、一回だけだとちょっと多いかなと思いまして。
この内容は……正直言って悩みました。これを投稿してよいものかどうか。
皆様の率直な意見をお持ち申し上げております。
よろしくお願いいたします。
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