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『預言者』 作者:茨疑 / 未分類 未分類
全角3237文字
容量6474 bytes
原稿用紙約12.95枚

刻むという行為に溺れる。
刃物やムチという、傷つけるための道具に惹かれる。
首輪、足枷、リード。
生かされたまま、支配されるというものに憧れる。
背中には神様がいて、僕を常に監視している。
支配されている。


まるでそう、気が狂ってしまうほどに痛めつけて。


平静を保ちながら、けれど柘榴はすでに気が気ではなかった。
興奮のあまり身が震えだすのを、抑えてはいられなかった。
常日頃夢見ていた、あの快楽が目の前にある。
そう思えば思うほど痴態を隠せなくなっていくのがわかる。
「君は…俺を殺してくれるのか?」
自分が何かを吐き出すごとに冷たくなる、少年のまるで色のない目線。
――ああ。
目を瞑って、飼いならされた自分を想像する。
「…あ、あああ」
興奮のあまり、柘榴は狂ったように叫び声をあげる。
『へんたい』
あなたのその酷すぎる一言が、俺をこれ以上となくキモチよくさせる。


ボクは、救いようのない変態です。


「…ふーん」
白い目の彼はとてもつまらなさそうに、まじまじと目の前の柘榴を眺める。
残酷なまでに無表情なままの目を、細めたり見開いたり、閉じたりする。
焦らすようなその仕草は、さらに柘榴を興奮させた。
「…オジサン俺に殺されたいの?」
細長い指で、柘榴の頬を撫で回す。
柘榴は身体を熱くさせながら、コクリと小さくうなずいた。
「は…冗談ゆうなよ」
あざ笑うような、怒っているような、そんな声。
柘榴の目が、はた、と見開かれる。
向いた先に立つ少年は、にたり、と不気味に笑っていた。
ペタペタとナイフを押し付けられる。
「SMは趣味じゃぁないんだ」
ゾクリ。


ドク、ドクド  クドクドクドクドク


きらり、と輝く銀色の塊を、スウ、とその白い肌にあてがう。
ツプ、ツププ。
消え入りそうな音をたてながら、薄い皮膚が少しづつ、少しづつ裂けていくのがわかる。
ぽたり、一滴、血がしたたり落ちた。
「…っはぁ…」
体中を赤く火照らせ、柘榴は小さく、けれども声高に甘い喘ぎ声を漏らす。
それをじぃと眺めながら、白い目の彼は不機嫌そうに眉根を傾げた。
左足で、足元の柘榴を勢いよく蹴飛ばす。
「なー…バカにしてんの?」
床に転がった自分よりも一回りは大きい男に唾を拭きかけ、低く重い声で語りかける。
柘榴は猫のように身を小さく丸めて、ぴくりとも動かずただ、艶っぽい息を吐き出し続けている。
「俺がそんなことで満足するとでも思ってんの?ねぇ…感じてないでさぁ!なんとか言ったらぁ?!」
「…っぐ…ぅ…っ!」
黒く重厚な塗りの木靴で、白い目の彼は柘榴を何度と無く蹴り続けた。
広い部屋に、鈍い音だけが響き渡る。
「なんとか言えよっ!!なぁ!!!」


ご主人様。


汗が落ちて、血と混じり合うのがぼやけた視界の中で見えた。
生まれたままの格好で、床に転がされている。
のど元に置かれたナイフはまだ、まるで血を求めているみたいに光り輝いている。
背中がとても冷たい。
時間が経ちすぎたのか、深い傷には膿みが出来ていた。
もうなんにちこうしている?
「まだ死んじゃダメだよ」
「…」
「僕がまだだもの」
手にについた血を丁寧にふき取りながら、白い目の彼は静かな調子で呟いた。
ずいぶんと長い間自分を切り刻んでいても、少年の服には血痕ひとつ残っていない。
柘榴にはそれが不思議でしかたなかった。
「あーあぁ……なんか…期待して損しちゃった」
ふいに大きく、白い目の彼は誰にともなく叫んだ。
高い天井にぶつかって、言ったことすべてがそのまま降りてくる。
「イイ悲鳴が聞けると思ったのになぁ…変態に当たるとはね」
ホント、損しちゃった。
そうわざとらしく言う目の前の少年を、柘榴はぼんやりと、何も言わずに眺めていた。
そして、また何回目かの暗転を迎える。


「愚かだね、人間というものは本当に」
色のない空を見上げながら、不健康な表情は言った。
「欲だけが先走ってしまう」
「…なんだそれ」
そこは、風も、太陽も星も草木も生まれない場所。
「そうだな、彼らがLust…色欲だとすれば、君は、そうだね怠惰、Slothかな」
「だからなんなんだよそれ」
ギリ、と歯軋りのような音が遠くから聞こえてくる。
「…七つの大罪とはよく言ったものだよ」
「…は?」
カタ、タ、タタカタ。


黒い闇を進んでゆくと、たどり着く部屋がある。
けれど、悪魔は目が見えなかった。
だから黒は、彼の代わりに血の匂いを嗅ぎ分ける。

あなたのためなら、つまり、クズ以下にでもなりさがれましょう。


天井から、二人の子供が自分を見ている。
笑っている。
クスクスクス。
「早くしないと死んじゃうよ?」
「ほら、黒が、新鮮な血を探してる」
「そう…ご主人様のために」
「黒が君を見つけたら、もうおしまい」
「そう、悪魔が目を覚ましちゃう」
「…そうしたら?」
「それでおしまい」
ゲームオーバーだよ。


ゾクリ、と寒気がして、とたんに視界が綺麗になった。
白い目の彼は、また、笑いながら自分を罵倒している。
遠くのほうでぼんやりとなにかがひび割れていく。
そうだ、夢の中で、誰かがなにかを言っていた。
双子?
[ころしちゃえよ]
耳鳴りがする。
エラーエラーエラーエラーエラー。


目の前に黒い誰かが見えた気がした。


不健康な表情は、色のない空の向こうに見える雨雲を見て、ふと顔をしかめた。
「……やっかいなことになってきたみたいだね」
「は?」
手を、す、と空にかざす。
ポタリと音がして、白い手袋に赤い色がひとつ落ちた。
「雨だね」
「いや…おかしいだろそれ」
「なにがだい?」
「いや、…もういい」
手袋についた色を人差し指でこすりながら、不健康な表情は考え込むように目を瞑る。
「しかし…面倒なことをしてくれたようだよ、チェシャ猫は」
「なにが」
「あの猫のことだ…またなにかを企んでいるのだろうね」
「また?」
針のように降り注ぐ赤を浴びながら、不健康な表情は再び空を見上げた。
「どちらにせよ…僕らは見届けるだけさ」
繰り返す時間を、気が遠くなるほどに永遠に。


背中に白い羽をあたえられた生き物。
背中の白い羽を取り上げられた生き物。
ただそれだけのことなのに、埋めようがない差ができあがる。
「黒」
「…」
「黒、おいで」
血を浴びすぎて狂ってしまった柘榴の隣で、蝶はエロティックに微笑んだ。
黒は、盲目の主人をじっと見つめる。
カツ、カツカツ、カ
タップダンス用の黒い靴が、リズミカルに音をあげる。
「夏目とか言ったっけ…あの、白い目の彼は」
ひざまずいた黒を撫でながら、蝶は静かに言った。
黒は黙って、蝶の左手に口付けをする。
まるで、頷くかわりにするかのように、やさしく。
「そう…ぶじに戻れるといいねぇ」
僕には関係ないけれど。
「ねぇ、黒。僕は血を見るとね、興奮するタチなんだ」
黒は、すべて押し殺すようにごくりと喉を鳴らす。
盲目なはずの蝶の目が、ギギギと音を立てながらゆっくりと開く。
『ねぇ黒、』
そして、溺れてゆく。


僕はただの飼犬だから。


テレビ画面だけが置かれた部屋に、クチャクチャと肉を噛む音が響く。
椅子の上から滴り落ちる血液が、たらたらと細長い足の下に池を作りだす。
ブブ、ブブ ブ、ブ、ブブブブブ。
「まったく余計なことをしてくれるね」
チェシャ猫はウサギの差し出す生肉を口に放り投げながら、ぶつぶつとひとり言のように語りだした。
壁一面に張り巡らされた管からは、繰り返し止まることなく、煙が溢れている。
「まぁいいさ。いずれ双子も悪魔も死神も、僕の奴隷になりさがるときがくる」
そう、あの預言者さえも。
「…ルシフ、か」
グチャリ、最後の一片を残して、皿の上には血だまりしかなくなった。


いつか神さまを殺すために、今だけの忠誠を誓う。
白い羽を付けて、丸い輪を頭にのせる。
神さまには絶対服従。
偽善だらけで、『さぁ、人間のために尽くしましょう』。
そんな生活はこれでおしまい。

そう、すべてがおわれば。


ブ、ブブブブ、ブブブ ブ
2004/08/17(Tue)21:48:45 公開 / 茨疑
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■作者からのメッセージ

コメントが遅れまして、申し訳ありません。
まだまだガキのつたない文章力なので、いろいろ至らぬ点が多いかと思います。
なにかご指導いただけたら、と考え、投稿させていただきました。
あつかましいかとも思いますが、批評などどうぞよろしくお願いします。
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