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『三日目の奇跡 -偽りの死と復活-』 作者:PAL-BLAC[k] / 未分類 未分類
全角6322文字
容量12644 bytes
原稿用紙約20.75枚
 郊外に広がるシュッツの森。昼、なお不気味さを感じるこの森は、長いこと人の手が及んでいない。
何十年か前、森外れにあったリンゼイという街が廃墟になった。その原因はシュッツの森にあると言われている。
 その原因追求を我が君から命じられた私は、シュッツの森から一番近い村落に立ち寄って情報を集めた。村の長老を訪ね、シュッツの森の事を聞き、行けるかと質問した。

 「アンタ、正気の沙汰じゃないよ!あの森にはね―」




 まだ世の中が穏やかだった頃、リンゼイの街に、若い錬金術師がいた。
彼の名はトーマス・ヨアヒム。かの伝説の鬼才、ヨハネス・ファウストの高弟を自称していた。
やせ細った小柄な体に眼窩の落ち窪んだ目をぎらぎらと輝かせ、日がな一日、陽の差し込まぬ己が研究室で妖しげな奇術を試し、その成果を小物屋に売ったり、医者の真似事をしてその日を送っていた。
 幼少期から変わり者とされてきたヨアヒムに親しい友は、無い。両親を幼い頃に無くした彼は、独力で都に出て修行し、数年前にふらりとこの街にやって来たのだ。彼が、唯一会話をする相手といえば、隣家に住むマリア・プランクだけであった。気立てが良く、神の愛を信じる彼女だけが、ヨアヒムに話しかけ、微笑みかけるのだった。
 「先生、おはようございます」
 「…あぁ、おはよう…」
 珍しく、朝から外出するヨアヒムを見かけたマリアは、快活に挨拶をした。越してきた当初からマリアに懸想しているヨアヒムは、どぎまぎと返事をし、下を向いてそそくさと歩いていった。



 「では、先生、またお願いしますよ」
 「……」
珍しく陽のあるうちに外に出たのは、小物屋に錬金術の成果を売るためだった。有能な錬金術師には造作も無く作れる、色とりどりの石を売りつけ、ヨアヒムは店を辞しようとしていた。
 「あ、そういえば…先生、注文したいものがあるんですがね」
敷居をまたごうとしたところでヨアヒムは呼び止められた。
 「手前は、ご婚礼の装飾品作りもしておりましてね。つきましては、それに相応しい石をお願いしたい
  んですよ」
 「ほう…婚礼…では、ざくろ石、水晶などが要りますな…いつまでに?」
問われた店主は、肩をすくめながら言った。
 「本当なら、先生には急いでもらわなきゃいけないところなんですがねぇ。式までにあと半年はあるで
  しょう。なにせ、新郎が胸の病に罹っちまいましたからな!」
 「胸の病…あぁ、ヘル・アルベルトゥス・フォン・マグヌスですな…」
この街唯一の医者でもあるヨアヒムにはすぐに見当がついた。アルベルトゥスは元々、体が丈夫でなく、しばらく続いた長雨のせいで健康を害していたのだ。
 「おめでたい婚礼が先延ばしになっちまうなんて、マリアの嬢ちゃんも可愛そうに!」
頭を振りつつ、悲しげに言う店主に、ヨアヒムはどもりながら尋ねた。
 「マリアって…マリア・プランクのことか?!」
 「えっ?!えぇ…もちろん、そうでやす…ご存知で?」
ヨアヒムの剣幕に店主は気おされながら答えた。はっ、と我に帰ったヨアヒムは、落ち着いて答えた。
 「…いや、家が隣なものでね…」
単純な店主は、その答えで合点がいった気になった。
 「そうでしたか!じゃ、マリア嬢ちゃんのことをご存知ですな。本当に気立てのいい娘っこで…」
 「…石は来月までには用意しますよ」
そう告げて、ヨアヒムは走るように店を出た。



 「なんて事だっ…!!」
逃げ帰ったヨアヒムは、自分の研究室の中を、わめきながらぐるぐると回り続けた。
支離滅裂な叫びをあげ、手当たり次第に物を投げつけた。貴重な書物が、高価な機材が壊れても
一向に頓着しないようだった。それほどに彼の心は乱れていた。

  独りで生きることを強いられて育ち、初めてできた想いを寄せる相手。

  みすみすと逃していいのか?

  式を壊して、自分へと振り向かせられないのか?


 既に、気がふれていたのかもしれない。
 「マグヌスさえいなければ…」
ヨアヒムは、自分に都合よく物事を考え始めていた。



 翌朝、ヨアヒムはアルベルトゥス・フォン・マグヌスの屋敷を訪れた。
 「ヨアヒム先生、いつもありがとうございます」
 「…アルベルトゥス君は起きてらっしゃいますか?」
 「ええ、起きております。どうぞ、お入りください」
マグヌス家の者は、いつもの往診だと考えた。しかし、ヨアヒムの目的は違った。
寝室に招じ入れられたヨアヒムに、アルベルトゥスは挨拶をした。
 「先生、おはようございます」
 「おはよう、アルベルトゥス君…気分はどうですかな?」
診療道具を出しながら、なかば上の空でヨアヒムは応えた。いよいよ企みが始まるのだ。
必死に感情を押し殺し、ともすると首に手を伸ばしたくなるのをこらえて、診察の真似事をマグヌスに行った。
 「…あまりよろしくありませんな」
診察を終えて、ヨアヒムは告げた。
 「体力が落ちておられて、病が進行しておられますぞ」
何か言いかけたマグヌスを手で制し、ヨアヒムは薬の入った包みを取りだした。
 「ちょっと強めのお薬をお出ししておきましょう。忘れずに服用してください」
寝室を辞してから、ヨアヒムはすぐには帰らなかった。
挨拶に出たアルベルトゥスの母に、暗い顔を装って不吉な声で言った。
 「奥様、内密のお話がございます」
 「えっ?!」
 「お静かに!どうか、ご主人もお呼び下さい」
フラウ・マグヌスは大慌てで夫を呼びに行き、召使にヨアヒムを応接間に案内させた。
 


 「先生、お話とは?」
ヘル・マグヌスは、おろおろする妻の手を握ってやりながら、ヨアヒムに問うた。
 「はい、残念ながら、ご子息の病は急速に進行しております」
下を向いてぼそぼそと告げるヨアヒムに、フラウ・マグヌスは悲痛な声で訴えた。
 「そ…そんな…!あの子はここしばらく顔色が良くなってきてるんですのよ…!」
 「それは、病のせいで頬に血が回っているからです。良くない兆候です」
 「…………で、息子は助かりますか?」
ヘル・マグヌスの問いは、懇願の混じった口調だった。
 「ご本人次第です。1週間、持ちこたえられれば、あるいは…」
ヨアヒムは必死の思いで、善良な医師の口ぶりをした。
泣き崩れる妻を抱きしめ、呆然とするヘル・マグヌスを置いて、ヨアヒムは帰っていった。
 実のところ、アルベルトゥスは快方に向かっていた。血色の良さは、ヨアヒムの言う悪化の兆候で無く、むしろその逆で良い事だった。今日、ヨアヒムが処方した薬は、胸を蝕む猛毒「ルティスの抱擁」と呼ばれているもので、これは、じわじわと衰弱させ、最後には仮死状態に追い込む。他の毒と違い、盛られた証拠が残らない。ヨアヒムの計算では、1週間後にはアルベルトゥスは仮死状態に陥るはずだ。



 それからの1週間、街は騒然とした。街の名士、マグヌス家の嫡男の病状が悪化し、回復しないまま危篤に陥ったのだ。フラウ・マグヌスは半狂乱になり、婚約者のマリアは寝る間を惜しんで枕元で看病した。しかし、看病の甲斐なく、1週間後、アルベルトゥス・フォン・マグヌスは仮死状態になった。
ヨアヒムが死亡を宣告し、アルベルトゥスが死んだ事を皆が納得した。
 葬儀は街をあげて行われた。もちろん、ヨアヒムも主治医として参列し、残された家族にお悔やみを述べた。式はしめやかに行われ、郊外の墓地にアルベルトゥスは埋葬された。
 なにも、ヨアヒムは酔狂で「ルティスの抱擁」を盛ったわけではない。己が恋路を邪魔だてた輩を生きたまま埋めるという、復讐をも兼ねていたのだ。墓石を見る、満足そうなヨアヒムの目つきには、誰も気がつかなかった。



 葬儀の済んだ夜、一人で酒盃をあおるヨアヒムの粗末な家の戸が慌しく叩かれた。
 「先生?ヨアヒム先生!起きてくれ、急患だよ!!」
祝杯を邪魔されて、むっつりした顔で戸を開けると、そこには隣家プランク家の長男がいた。
 「…何事かね?」
 「姉さんが…姉さんがっ…!」
マリアの身に何かあった、と聞き、ヨアヒムはすぐに飛び出した。隣家の前にはちょっとした人だかりができており、中ではヘル・プランクの雄叫びのような叫びがこだましていた。
 「何事ですっ!」
鋭く問うヨアヒムの腕にすがりつき、涙を流しながらフラウ・プランクが懇願した。
 「先生、娘を助けてください…助けて…」
腕からフラウ・プランクを振り払ったとき、床に横たわる「もの」に気づいた。
梁からは荒縄が下がっている。そして、床に横たわるマリアの首には紐で巻いた痕がある。
雷に打たれたように硬直たヨアヒムに、フラウ・プランクは、またすがりついた。
 「先生、先生!」
それで我に返り、ヨアヒムは慌てて診断した。
 「まだ息がある!」
その後、慌ててベッドが整えられ、マリアは寝かされた。
しかし、2日たっても意識を取り戻さなかった。
首の骨を壊してしまったのが原因だと、ヨアヒムは診断した。



 マリアは、最愛の婚約者、アルベルトゥスの死がひどく堪えていた。そのうえ、不眠不休の看護疲れが、彼女を自殺に追い込んだのだろう。
彼女の両親は、たとえ彼女の意識が戻ったとしても、自殺未遂をした娘の嫁ぎ先など無いから、
尼僧にでもするしかない、と陰気な顔をして相談していた。
その陰気な相談を小耳に挟んだヨアヒムは、あらたな企みをする必要に迫られた。
彼女の診察をする振りをして、そっと、「ガラフォヴドの吐息」と呼ばれる毒を盛った。マリアの呼吸が止まったのを確認してから、悲しげな顔をして、両親にマリアの死を告げた。
両親の顔には、悲しげだがどこかほっとした色が浮かんだ。



 アルベルトゥスの場合と異なり、マリアの葬式は簡素なものだった。
自殺者に教会はくぐれない。彼女の体は、厳粛な葬儀を行われず、投棄するかのように慌しく埋葬された。
 その夕方、ヨアヒムは密かに街を捨てる決意をした。
いよいよ企みを成就させるために。



 続けて墓が2つも作られた、郊外の墓地。月明かりのない闇夜に、ここを訪れる者などあるはずがなかった。しかし、恐れ気も無く墓地に入った者があった。
 目深にフードをかぶった小柄な男が、せっせと道具をふるって墓を暴いていた。
墓標には「マリア」、と、名が彫られている。つい半日前に盛られた土は、難なく崩す事ができた。
この冒涜者はヨアヒムであった。修行者時代、医学実験用の実験台を盗む為に墓を暴く事を何度もしてきた彼は、手際よくマリアの体を土から出した。
 「愛しい君よ、いよいよ私達は結ばれるんだよ」
そう呟き、マリアの冷たい手に口付けると、荷車に彼女を横たえた。
その後、墓荒しの痕跡を隠して、彼は目的地へと荷車を押して行った。



 街から離れたところに、「シュッツの森」と呼ばれる場所があった。不気味なこの森は、崖の上に位置しており、妖しげな噂が多く、街の人間は誰も近づかなかった。しかし、錬金術の材料を集めに森へよく通っていたヨアヒムにとっては、我が家の如く勝手知ったる場所でもあった。
 森の中には、主を失って久しい小さい古城があった。大昔、この辺り一帯を治めていた領主が精神に異常をきたし、この城に封じ込められたと言われている。夜な夜な、狂人と化した領主が死ぬ事も叶わずに彷徨っているといわれ、良識ある人間は近づこうという気すら起こさなかった。
 ヨアヒムが古城に辿り着いた時、遠くから1時を告げる鐘の音が不気味に響いてきた。



 ヨアヒムがマリアに盛った毒、「ガラフォヴドの吐息」は、服用者を3日間、仮死状態に見せかける毒だった。当時は、死亡から埋葬まで3日かかったことから、この毒は作られた。
アルベルトゥスが盛られた「ルティスの抱擁」との違いは、前者が無痛ですぐに意識を失うのに対し、後者は盛られた側の意識が息絶えるまで続くことだ。つまり、アルベルトゥスは、埋葬され、長い時を経て窒息するまで意識があるのに何の抵抗もできなかった。生きながら埋められたのだ。



 改めてマリアの体を診断すると、やはり首の骨を破損していた。
 「これを『直さない』と、意識は戻らないだろう…」
顎に手をあて、どうしたものかと考えるヨアヒムの頭に、悪魔顔負けの残虐な案が浮かんだ。
 「…マグヌス…きゃつの骨を移植しよう!」



 次の日、必要な道具を取りに街の家に一旦戻った。
夜になると、墓地に寄り、前夜と同じ手順でアルベルトゥスの体を盗みだし、森に戻った。
ヨアヒムが師から教わった恐ろしい術の数々に、骨の移植、仮死者の蘇生も含まれていた。
彼は、毒の効き目の切れる明日の晩に、悪魔の所業を完遂することにした。
2人の体は、奥まった部屋に安置された。



 いよいよ、彼の邪な想いを遂げる時がやって来た。
月明りが妖しく森を照らす晩、ヨアヒムは2人が置かれた部屋に薄気味悪い笑いをあげながら入って行った。
 「…クックックッ…マグヌスもざまぁないな。貴様の一部は死してから私の役に立つ…ん?」
一人、悦に入っていたヨアヒムの視線の先には、あるべき2人の体が無かった。
 「…あ?!何故?!」
慌てて横たえてあったはずの台に駆け寄ると、血の跡を見つけた。
 「血痕…続いているぞ…」
血痕を辿って、ヨアヒムは城の中を歩いていった。



 血痕は、大きな扉の前で途切れていた。両開きの、ヨアヒムの背丈の倍はあろうかという大扉。
扉には、領主のものだろうか、複雑な印章が彫られていた。
扉を開け、中を覗くと、どうやらそこは領主の謁見の間のようだった。奥に背の高い豪勢な椅子が置かれ、その前に跪く男女の姿があった。
扉の開く音に、その2人はゆっくり振り返った。
 「ひっ…!!」
男の正体はアルベルトゥス・フォン・マグヌス、女の正体はマリア・プランクだった。
不気味な赤に目が光る2人は、腰をぬかしてへたり込むヨアヒムに近づいていった。
這って逃げ出そうとするヨアヒムを、アルベルトゥスが怪力で蹴り上げ、壁に叩きつけた。腰骨を折り、もう逃げられなくなったヨアヒムは、恐怖に目を見開きながら、2人が迫ってくるのを見ていた。
 「…や、やめっやっ………………!!」
言葉にならない悲鳴をあげるヨアヒムの、首の右側をアルベルトゥスが。反対側をマリアが。
2人は同時に噛み付き、ヨアヒムは血を吸われた。
 奥にある椅子には、別の者が座っていた。古風なマントを羽織り、牙を剥き出して、目の前の光景をあざ笑っている男。彼は、この城の主、大昔に幽閉された領主だった。



 発狂して封じ込められた領主は、いつしか人の生き血を吸うヴァンパイアへと変貌を遂げた。
毒で仮死状態だったマリアを見つけ、領主は血を吸った。それによって、彼女はドラキュリーナとして復活したのだ。ドラキュリーナは、隣に横たわる仮死状態の恋人の血を吸い、彼をドラキュラに変えた。
そして、己等の祖となったヴァンパイア―すなわち領主―の手下となったのだ。
 部下の饗宴は終わったようだ。
2人に恨まれていたちっぽけな人間は、ノスフェラトゥとして生ける死者になることもない。とどめを刺されて息絶えた。これから、この城は3人のノスフェラトゥの手で治められていくであろう。



 その後、「ヴァンパイアがシュッツの森に住みついた」、という噂が広まり、リンゼイの街で幾人かが血を吸われて絶命した。初めの犠牲者から1年と経たずして、街は廃墟となった。





 「―だからな、アンタ、森に入って行くのはおよしなさいよ」
老婆はそう言って、ブルブルッと震えた。
2004/05/19(Wed)20:56:43 公開 / PAL-BLAC[k]
http://www.smat.ne.jp/~pal
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■作者からのメッセージ
久々に投稿させてもらいました。
なんか救われない話ですねぇ(苦笑)。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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