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『花物語・スノードロップ』 作者:冴渡 / 未分類 未分類
全角10526文字
容量21052 bytes
原稿用紙約36.1枚


 水をあげましょう。

 いっぱい、いっぱい。

 余すことなく。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 寒かった冬を過ぎ、春がようやくやって来た頃。
 小さな花を私にプレゼントしてくれた。
 育てて欲しい、と言って。

 スノードロップっていって、可愛い花だから。
 …えぇ、もちろん。

 花の種を手渡した顔はとても晴れ晴れとしていて、私は真正面からその顔を見る事ができなかった。



 あれから、何ヶ月になるのだろうか。
 初めて会った、あの日から。

 そう、それはこの春が来るよりももっと前。
 あれは夏が始まったばかりの頃だった。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 暑い夏の日に、私は彼と出会った。
 その頃、世間はちょうど夏休みに入ったばかり。
 だが、地方公務員、国語教師であった私、こと篠田遥に夏休みなど無く、毎日学校で過ごす日々を送っていた。
 今、丁度庭の隅で花壇に水をやっている二十人いる園芸部員のうちで、唯一幽霊部員ではない松野若菜が、綺麗な虹を作っている。
 本当は涼しい職員室にいたかったのだが、松野がそれを許さなかったので、私は残念ながら、自称・部室の部屋でうちわをパタパタとあおいでいた。
 自称・部室、というのは、花壇近くの科学室を、私が勝手に部室と称して使っている事から来ていた。
“せっかく受験を控えた身で来ているのに、少しぐらいいてくれたって、バチは当たらない”というのが彼女の持論。
 私は今日もそれに付き合わされているのである。


 だが、そのおかげで、私と彼は出会う事が出来た。
――いや、出会ってしまったのかもしれない。


 日差しから私を遮るようにして、斜め前に一人の男性が現れたのだった。
 彼の名は山崎庄治。
 産休を取った渡辺先生の代わりに来た国語教師。
 彼は、とてもやさしい顔をして、額に汗をかきながら“職員室ってどこですか?”と聞いてきた。
 私は、その一瞬で恋に落ちてしまったのである。

 夏休み中、彼は暇さえあれば校庭の隅にいる私に話かけてきた。教師の高齢化と言われている現代、それは私の勤めるこの学校でもそうだった。同年代の先生は少ししかおらず、あとは皆、年齢の高い方が多かった。
 だからかもしれない。彼はよく、仕方なく付き合っている私の元へ喋りに来た。
 私は、もちろん嬉しかったので快く受け入れ、松野は気にする様子もなくただ黙々と作業をしていたが、私や山崎先生が手伝うと嬉しそうに笑顔を向けていた。

 夏休みが明けて、ものすごく嫌なことがあった。
 それは、生徒の反応だ。
 夏休みが終わり、始業式の時の事。もちろん、新しく来た先生は挨拶しなければならないのだが、その挨拶のために舞台に上がっただけで、会場がざわついたのがすぐにわかった。
 用もないのに、わざわざ職員室に来たり、来なかった幽霊部員が急に来たのはいいが、園芸をやる訳でもなく、ただ山崎先生と喋りに来たりなど、とにかく至るところで山崎先生についての好評ばかりを耳にした。
 別に好評が嫌だったわけではない。ただ、急にそういう声をよく聞くようになったのが無性に嫌で、私は同期に転勤してきた保険医の美和子の元で散々グチを言っていた。
「アンタねぇ、いい加減にしなさいよ。それって、独占欲っていうのよ。みっともない。」
 と、しまいには怒られてしまう程に。
 言われてみれば確かにそうかもしれない、私はあまり気にしないように努めた。
 山崎先生はやはりとても素敵な人で、明るくて、優しくて、ちょっとドジではあったが、そういう所もまた素敵だった。
 私よりも六歳年上の三十二。
 丁度良い感じなのではないか、と思った。

 秋に入ったばかりの頃、園芸部員、松野が私にコスモスを植えたい、と願い出た。

 夏休みが始まった頃、三年生なのにどうして来ているのか、と聞いた時に“私がいなかったら、この子達の世話を誰もやってくれないでしょう?”と笑っていた。
 彼女は、花のことを自分の愛しい子であるかのように“この子達”と呼んだ。
「先生、私、花屋さんになりたいんです」
 そう語っていた彼女の幸せそうな顔を思い出す。
「花屋さんってあれ?店先とかで売る?」
 そうじゃないんです、と彼女は笑った。
「私がなりたいのは、花屋さんでも、花を栽培する方なんです。」
 素敵でしょ、と彼女は笑った。
「じゃあ、私が頼んだら、その花を育ててくれる?」
「えぇ、もちろん。喜んで!」
「じゃあ、その花で結婚式用のブーケを作ってもらおうかしら。」
「えー!先生、その前に相手を見つけないと!」
「何かいった?!」
「いいえ、何も。」
 あはは、と一緒に笑ったのをよく覚えている。

“先生、知ってますか?コスモスって秋桜って書くんですよ”と彼女は微笑んだ。
 松野は微笑むと、えくぼのできる可愛い子だった。
 唯一の園芸部として活動している松野を、私はとても可愛く思っていた。
 部費で落としてあげるから、欲しいものを言いなさい、というと、嬉しそうに、 コスモスと、プラントと、その他小さな花々の種を頼んで帰っていった。


 彼女は、この秋に内定が決まっていた。
 前からアルバイトに通っていた花を栽培している所だという。
 就職する、と言うと、ここに来ないか、と誘われたらしい。
 二つ返事で答えを出して、彼女の内定はすぐに決まった。
“これで、卒業まで安心して花壇の世話ができる”と、本当に嬉しそうに微笑んでいた。

 様々な事を思い出して、もうすぐ卒業なんだ、と心のどこかで呟いた。

 秋が過ぎて、いつの間にか、季節は冬となっていた。
 私と、山崎先生は、二人きりでたまに飲みに行くようになっていた。
 雪もちらほら見える中、私と山崎先生はテストの問題作りに明け暮れていた。
 自分のコーヒーを入れるついでに、彼のコーヒーも入れ、頑張ろうとお互いを励まし、ひたすらパソコンに向かう。
 ようやく終わったのが、二時間後の十時。
 突然、山崎先生が口を開いた。
「これから、食事にでもいきませんか?」
 願っても無い言葉に、私は大喜びでついていった。

 食事中、彼は思いつめた様子だった。
 ワインも進まない様子で、私の話にも少し上の空のような感じだった。
「どうか、したんですか?」
 私がそう質問しても、何でもないんです、と平気そうな顔をする。
「何でもない、っていう顔じゃありませんけど…?」
 ようやく、彼は少しためらいながらも重い口を開いた。
「…一つ、お聞きしたい事があるんです。」
「…何でしょう?」
 ドキッ、とした。
 いつもと違う山崎先生の様子に、少し胸が高鳴っている。
「年上って、どう思われますか?」
「どういう――?」
「つまり、ですね、年上の男性を、貴方はどう思われますか?」
「別に、年上の方って、大人っぽくて、頼りがいがあって、素敵だと思います。」
「――本当に、そう思われますか?」
「えぇ。」
 山崎先生は真っ赤になって、変な質問をしてすいません、と謝った。
「ちょっと、聞いてみたかったので…。」
 それはまるで、年上の僕でも良いですか、と聞かれたような気がして、私は思わず頬を赤く染めた。
 同時に、そんな期待をしちゃいけない、と自分を諌める。
 だけど、こうして二人で飲んでいると、まるで恋人同士であるかのような錯覚に襲われた。
「でも、先生、変ですよ。普通、男性って年下である事は気にしても、年上である事を気にしたりしませんよ。」
「そうでしょうか…?ちょっと色々と考えてしまって…。」
「でも、先生は女子学生にモテモテですよね。」
「それは、違いますよ。皆、私をお父さんみたいに思ってるみたいですし。」
 はは、この前なんて、本当にお父さんみたい、と言われてしまって…傷付きました。と山崎先生は笑った。
「そんな事ないですよ。皆、先生を好きなんです。だけど、叶わないって分かってるんでしょうね。どこか一線を引いている。だって、先生となんてタブーだもの。でも、そんな事、やっぱり好きになっちゃったら関係ないですよね。忘れられないですもん。見てて、そんな気がしました…何だか、分かるんです。その気持ち。一緒だから…。」
「篠田先生…。」
 私は慌てて、何でもないんです、ごめんなさい、と言い、顔を背けた。
 山崎先生はただ首を振り、優しく微笑み、目を見つめただだけで他に何も言わなかった。
 それは、まるで背中を強く後押しされたかのように感じられた。


 寒かった冬が終わり、ようやく春。
 あのバー以来、元気になった山崎先生を見て、私は嬉しくなった。
 少しでも、心の支えになれたような気がしたから。
 桜が咲いた。
 秋には間に合わなかったコスモスは、少し遅れて植えられて、春に丁度満開になっていた。
 園芸の庭には、とても綺麗な桜が二つも咲いているのだ。
 その桜を見ていると、何か始めたくなるような気がする。
 それは、桜のせいだけではなく、この春という時期が、私に何かさせようとしているのかもしれないと、思うようになった。
 卒業式が終わって、私は旅立っていく生徒たちと一緒に記念写真を撮っていた。
担任のクラスを持っていなかったので、特に思い入れのある生徒はいなかったが、 その中でも、園芸部として頑張っていた松野の卒業には、思わず涙が出そうになった。
「先生!」
 その松野が、私に向かって走ってきた。
「松野さん、卒業おめでとう。寂しいわ。もう、会えなくなるのね。」
 そう言うと彼女は、少し小さく首を振った。
「いいえ、私、必ず先生にまた会いにきます。篠田先生に、一つお願いがあるんですけど…。」
 松野は、言い出しにくそうにしている。
 私は、何?と催促をした。
「先生、お願いです。花壇の世話を、して下さいませんか?」
「そんな事?いいわよ、してあげる。少なくとも、水くらいは。」
「十分です。ありがとうございます、お願いします!」
 本当に嬉しそうに微笑むと、松野は目からこぼれた涙を拭った。それを見て、私も少し涙が目にうっすらと溜まった。
「先生、今までありがとうございました。」
 深く深くお辞儀をすると、松野は友達の元へと走っていってしまった。

 生徒が立ち去ってしまった校舎を見て、私は寂しくなったな、と呟いた。
 すると、いつの間にか横に立っていた山崎先生が、そうですね、と少し悲しそうに微笑んだ。


 卒業生が卒業してから一ヵ月後、春休み中の事だった。
 私は、新学期の準備に慌しく追われていた。それでも、

 この慌しさが終わったら、きちんとこの気持ちを、山崎先生に打ち明けようと決めていた。


――貴方が好きです、と。


 だが、何とも不運な事に、クラス担任を持つことになってしまった私は、しばらく忙しくて、何をする暇もなかった。
 クラス担任って、こんなに忙しいものだったっけ?!と思いつつ、沢山の入学用書類を整理整頓していた。
 それでも、花壇の水やりは忘れなかった。

 ようやく、一段落ついたのが、何と六月だった。
 次第に強くなりつつある陽射し。
 うんざりしながらも、花壇に水をあげていた私の元に一人の女性が訪れた。
 私は、しばらくその人が誰なのか全くと言っていいほど分からなかった。
「篠田先生、私です。松野です。」
 私は、思わず叫び声をあげていた。
 頬にはうっすらと化粧をしており、雰囲気もずいぶん変わった。あの頃の可愛い雰囲気ではなく、大人の“女性”という雰囲気に。
「びっくりしたわ。すごく、変わったわね。今日はどうしたの?平日でしょう?」
「今日はお休みをもらったんで、遊びにきてみました。先生、ちゃんと花壇の世話、してくれているんですね。」
「もちろんよ。貴方との約束だったもの。」
 私はしゃがみこんで、花たちを手で触り、確かめていた。
 水をまき、あの頃虹を作っていたように、私もまた虹を作る。
 綺麗、と松野は微笑んだ。
「先生、お願いがあるんです。」
「また?今度は、何?」
「この花を――植えて欲しいんです。」
 彼女は手元に小さな種の袋を持っていた。
「私に…?」
 どうしてまた、という顔をする私に向かって、松野は少し照れながら、口を開いた。
「実は、今度、結婚することになったんです。まだ、誰にも言ってないんですけど。」

 驚いた。

 まさか、生徒にまで先を越されようとは思わなかったから。
「本当に?!また、早いわね…だって、まだ十八でしょう?」
「ちょっと…」
 彼女はそう言うと、お腹を抑えた。
「まっ、まさか…?!」
「えぇ。ちゃんとしたんですけど…。今、二ヶ月なんです。」
 また、照れながら彼女は笑った。
「で、どんな方と結婚するの?」
「――先生も、知っている方です。」
「もしかして、同じクラスの若林君?!あの子はプレイボーイタイプだからやめといた方が…」
「――違います。篠田先生――」
 彼女は言い出しにくそうに、少し口ごもった。
 私は、何?と水をやりながら虹を見ていた。




「私―――山崎先生と結婚するんです。」





 思考が完全に停止しているのが分かった。





 それでも、私に向かって松野は話を続けた。
「篠田先生のお陰なんだって、山崎先生言ってました。」
 あら、私が何か変なことでもしたかしら、と努めて明るく私は言った。
「ご一緒に飲みにいかれた時に、篠田先生が“好きになったら、もうしょうがない”って言われて、それを聞いて、彼、勇気が出たって言ってました…。」
 彼、という言葉が、胸にズシンと突き刺さった。
「私、山崎先生の事、私ずっと好きでした…。でも、何でもないフリをして、ずっと誤魔化していたんです。無理だって、意味がないって、無駄だって。ずっと、ずっと思っていたんです。でも、卒業式の日、駄目元で言ったら、先生は頷いてくれて…」

「これ、スノードロップっていって、可愛い花なんです。先生…育てて…くれます?」

「えぇ、もちろん。」

 私は、彼女の台詞と全く同じセリフを、ただ微笑んで言った。

 途端に彼女の顔は明るくなった。
「先生、ありがとうございます!その花にしたのには、二つ理由があるんです。
 それは、花言葉なんです。スノードロップの花言葉は、“希望”と“予期せぬ友人”って意味があるんです。私、先生には色んな希望を与えてもらえたって思ってます。山崎先生も、先生のこと、すごく大切な友達だって言っていました。だから…」
 彼女は手元の種を幸せそうに見つめた。
 そして、ゆっくりと私の方に差し出した。
「だから、お願いします。」
「…素敵な花ね。ちゃんと育てるわ。」
 私は、至って笑顔で花の種を受け取った。
「実はこの花にはちょっとしたお話があるんです。昔、雪は色をもっていなかったんだそうです。透明で、風や雨と同じように。それで、雪は色んな花に頼むんです。色を下さいって。でも、どの花も受け入れてくれなくて。それで、もう駄目だと思ったときに、このスノードロップが、私の色をどうぞ、って言って、それから雪は白くなったんだそうです。素敵でしょう?」
 本当に素敵なお話ね。と、私は微笑みながら、種の袋にのっている写真を見た。
 白く、艶やかな花。滑らかで、どこか温かい。
「式は、八月なんです。私たちが出会った月。篠田先生も呼びますから。楽しみにしていてくださいね。」
「えぇ!是非、呼んでね。」
 もちろん、と微笑むと、彼女は去っていった。
 卒業式が終わった時のような後姿ではなく、その姿はどこか歪んで見えた。

 私は種をじっと見た。
 それから、その花を花壇に植えた。

 それが、あの暖かい春。
 私の全てを飲み込んだあの日の出来事。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 彼女が七月に彼と出会ったように。
 私も彼と出会った。
 
 そして、彼女が恋に落ちたように。
 私も恋に落ちた。

 彼女が恋を諦め切れなかったように。
 私も恋を諦めようなんて、一度も思わなかった。

 こんな結果になるまでは。


――結婚する。あの優しい微笑を宿した彼が。

――私の心の中で、あの人は死なない。

 だけど、私は死んでいく。

 心が、完全に蝕まれて。
 未来が。
 希望が。
 夢見た幸せが。

――消えてゆく。 

 醜い悲哀だけが、私に唯一残ったもの。

 スノードロップの育て方なんて知らなくて、図書館で本を調べていた。
 それでも、花を育てるなんて。
 これは皮肉かも知れない。
 彼女は、私が頼んだ花を育ててくれるといったのだ。
 私の、結婚式用のブーケのために。
 彼と、私の結婚式用のブーケを。

――だが、そんな事はもう一生無い。

――だから、私が育てるのだ。


 育て方を調べてすぐ、私は携帯電話を手にとってある人に電話をかけた。
「松野さん?スノードロップ、もちろん花束にするわよね?」
《花束にできるんでしたら、是非!》
「そう、じゃあ、私から贈らせてもらうわ。楽しみにしててね。多分、八月には花が咲くと思うから。」
《本当ですか?嬉しいです。ありがとうございます。》
「いいのよ。それじゃあね。」

――プッ――

 電話を切ると、まだ芽も出ていない腐葉土に私はさっそく水をやった。
 スノードロップは私と、彼女のためにあるのだ。

 彼女が育ててくれといった花。
 大切に育てよう。

 早く、早く。
 結婚式のブーケ用のこの花が。

 早く、咲くといい。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 八月。


 私と美和子は、山崎先生と松野若菜の結婚式に呼ばれ、新婦の控え室を覗きに行った。

「篠田先生!来てくださったんですね!」
 目の前には、綺麗に着飾った花嫁の松野が座っていた。
 私を輝いた目で見つめた。

 一生に一度しか味わえない、幸せの最中にいる女性の顔だった。

「もちろん、来たわよ。可愛い教え子の結婚式に、行かなくてどうするの。」
 泣きそうになっている松野の肩をバシバシと叩いた。
「ありがとうございます。ところで、先生、約束のブーケの花は?」

「――あれ、ね…」

 私は息を少し吐いて、申し訳なさそうに松野の目を見つめた。

「――実は、もらったスノードロップ――根腐れしてしまったの。ごめんなさいね、楽しみにしていたのに。」
「いえ、いいんです。そうですか…」
 本当に残念そうにする松野に、私は小さなブーケを手渡した。
「…先生、これは?」
「代わりといっては何だけど、花壇に植えた白いスカビオサの花…綺麗でしょう?これでブーケを作ったの。受け取ってくれる?」
「ありがとうございます。綺麗な花…。」
「そうでしょう。八月の花なのよ。頑張って咲かせて良かったわ。知ってる?白いスカビオサの花の花言葉は、“純愛”や“朝の花嫁”っていうのよ。今の貴方にぴったりだと思って。ほら、よく似合う。素敵だわ。」
 そうなんですか、それは知りませんでした、と松野は綺麗なブーケを見た。
「篠田先生、本当にありがとうございます…。私、今、とっても幸せです…。」
 そう、良かった、と言うと、私はまだ忙しい控え室の中で邪魔をしないように退室した。
 美和子も、私と一緒に部屋を出た。

 出てすぐ、美和子は私に疑惑の眼差しを向けた。
「篠田、なんでアンタ嘘ついたの?」
「何の事?」
 私は何もなかったかのように、美和子に返事をした。
「アタシに嘘ついたって無駄だって分かってるでしょ。さっさと本当の事を言いなさいよ。」
 私はそれでも何のことが分からない顔をした。

「もう、私知ってるのよ。アンタ、スノードロップは根腐れしたっていったけど、あの花は、ちゃんと、咲いてるじゃない!あんなに綺麗に!花壇に沢山!」

 私は首を横に振った。

「咲いてないわ。根腐れしたのよ。」
 美和子はそれでも食い下がろうとしない。
「でも、根腐れした花なんて、どこにも。」
 そんな美和子を諭すように、私ははっきりと言った。

「――あるのよ。もう根腐れしてしまったの。もう、スノードロップは咲いてないのよ。」

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

「お母さん、見て、綺麗な花でしょう?」
 あら、本当ね、と松野の母は微笑んだ。
 松野は手元にあるブーケを、じっと見つめた。
 白いスカビオサ。それと一緒に、青などの小さな花をうまく入れてあった。
 その中に、一輪だけ――燃えるような赤。

 白ではなく、赤いスカビオサがあった。

「でも、珍しいわね。スカビオサなんて。」
「どうして――?」
 松野は、母の突然の言葉に驚いたように振り向いた。
「だって、赤いスカビオサの花言葉は、“私は全てを失った”だもの。花嫁向けの言葉ではないでしょう?でも、スカビオサって白いのがあったのね。“朝の花嫁”…素敵な言葉。今の貴方に、一番ぴったりね。」

 松野は笑った。

 だが、松野の心はそこにはなかった。



 白いスカビオサの中に、小さな赤いスカビオサが一輪。

 ――篠田先生――まさか――?



 ドアをノックする音が聞こえた。
 母がどうぞ、と言うと、そこに表れたのは緊張した面持ちのこれから夫になるべき人が立っていた。
「山崎先生…」
「こら、先生は要らないよ。松野、その、今日は――」
「私も、もう松野じゃなくなるんですよ?」
 そうだなったな、と山崎は咳払いをした。
「若菜。…とても、綺麗だよ。」
 照れた様子で、何度も何度も咳払いをする様子を見て、思わず松野は目に熱いものを感じた。

 これから、結婚するのだと、改めて感じる。
 この人と、一緒になれるのだと。
 
 それを抑えるように、松野はただ微笑むだけだった。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 結婚式は、教会で行われた。
 沢山の人が花嫁の登場を待つ中、その中に篠田もいた。
 緊張した面持ちで、花嫁を待つ彼。

 その相手は、自分ではなかった。

 ただ、それだけなのだ。

 私は彼をじっと見る。彼女と同じように、幸せに満ちた顔をしていた。
 会場がざわついた。
 花嫁の入場だった。
 花嫁は、私が用意したブーケを手に、父と一緒にバージンロードを歩いていく。
 

 白いスカビオサ。

 朝の花嫁。
 その言葉が、彼女には一番ふさわしかった。

 その中に、思わず入れてしまった小さな赤いスカビオサ。

 私は全てを失った。
 その言葉が、私には一番ふさわしく思えた。



 二人は互いに“誓います”と誓約すると、互いの唇を軽くついばんだ。
 二人が振り返る。

 一瞬、松野と目があったような気がしたが、私はちゃんと微笑む事ができた。


 教会を出て、二人は一斉に親しい人たちに囲まれた。皆が口々に祝いの言葉をかける。色とりどりの紙ふぶきが二人を包み、微笑んだ松野の顔からは涙が落ちた。

 そして、花嫁は後ろを向くと、“いくよ!”と言った。
 次の瞬間、ブーケは空を舞っていた。

 白いブーケ。

 綺麗な、白い花。


――彼女に、スノードロップは似合わない。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 私は花を育てた。
 八月の、あの子の結婚式に間に合うように、一生懸命水をやった。
 一日も欠かさず。

 私の全てをこの花に託そう。
 いっぱい、いっぱい。

 余すことなく。

 ねぇ、松野さん。貴方は知っているの?

 この花の本当の意味―――

 この花を貴方に贈るという意味――
 
 きっと、知らないでしょう。

 希望や、予期せぬ友人と、相反するように存在する。

 この花を贈る時の本当の意味。


“貴方の死を望みます”


 これが、私の本当の気持ち。

 誰も知らない、私の貴方に対する気持ち。

 貴方に対する、虚無にも似た憎悪。
 消えて、なくなって欲しい、という醜い心。


 いつも通り、芽が出てしっかりしてきたスノードロップに水をあげていた。
 それは、いつも通りの筈だった。

 ふ、と雨が降った。
 
 私の目から、雨が降ったのだ。
 知らぬ間の事だった。


 瞬間、胸の中で全てが弾けた。

――もう、止めたい。

 もう、止めたいのだ。
 彼を想う事も、彼女を憎む事も。

 大好きな彼の、幸せな結婚を、祝ってあげたい。
 可愛い教え子の、幸せの絶頂を、祝ってあげたい。

 素直に、ただ純粋に、祝えたら良かったのに。

 どうして、こんな気持ちを持ってしまったんだろう。
 どうして、こんな想いを抱いてしまったんだろう。

 この花を贈りたいのは、彼女にじゃない。

 自分に、贈りたいのだ。

 消えてなくなってしまえばいいのは――

――惨めな自分だ。
 



 スノードロップ――

 私にも、貴方の色を分けて欲しい。

 気高く、美しい、その真っ白で純粋な色を。

 雪にも分け与えた、その優しい色を。

 憎しみに赤く染まった、この心に。

 心から、微笑めるように。



 その瞬間、スノードロップは私の心の中で――腐って、――死んだ。
 ずっと、ずっと、水を注いできた。
 私から零れ落ちる雫を、ずっと、ずっと注いできた。

 それが、更に一気に全て溢れて、全てが花に注がれた。
 

 根腐れだった。

 私に、色だけを残して、スノードロップは―――消えた。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 私は花壇に立った。
 今日も、いつものように水をやる。
 パンジーや、マリーゴールドは嬉しそうに水を浴びる。

 その内の、花壇の隅に植えられた、小さな白い花に目をやる。

「これで――良かったのよね?」

 私は話しかけるように、呟いた。
 同時に、まぶたを一回だけ、閉じた。

 私の雫を受けて、スノードロップは小さく揺れた。

 まるで、頷くように。



 自称・部室で、小さなスカビオサのブーケが、風に小さく揺れた。

 暑い、夏の日の事だった。

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
2004/05/18(Tue)20:40:21 公開 / 冴渡
■この作品の著作権は冴渡さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 こんにちは。
 ちょっと行き詰まり&息詰まり中の冴渡です。
 新作書いた、とか言いながら、行き詰まってしまい、期待させといて…みたいな感じで、本当に申し訳ありません。
 今回、よもぎさんの花言葉集に参加させていただくことになりました。きっかけは、和宮さんのスノードロップの花言葉を聞いてから。
希望とか、予期せぬ友とか、花自体もすごく可愛いんです。それなのに、贈ってしまうと“死んで欲しい”になってしまう。
そのギャップに惹かれました。
これを見た瞬間に、私の中でイメージは固まり、この作品を書き上げていました。
納得できなくて、悩んだ事もありましたが、何とか書き上げる事ができました。
珍しく、悲恋モノを書いちゃいました…
まだまだ、未熟。
目指せ、白雪苺さんです!

最後になりましたが、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

ミステリーの方は、本当に申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さい。

 感想を下さった皆様、本当にありがとうございました。
 題名を書き換えましたので、少し負荷がかかってしまいました…本当に申し訳ありません。
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