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『エレナの微笑 1〜7(完結)』 作者:月海 / 未分類 未分類
全角8248.5文字
容量16497 bytes
原稿用紙約31.8枚

1:


一目見て心奪われた。

転校生は僕の初恋の相手と瓜二つだったのだ。

「高科 恵麗奈です。よろしくお願いします。」

その声も、お辞儀をするときの謙虚さも、

全てが僕が思い描いてた通りの、


[エレナ]だった。


 僕は去年の夏まで、恋をする感覚というのが解らなかった。
クラスでかわいいと評判の女子にも、
しつこく付きまとってくる、幼馴染の秋乃にも、
恋愛感情を持ったことは無かった。
自分はそんな人間で、理解する必要がないから解らないのだと、
そう割り切っていた。
しかし今では恋焦がれる気持ちを知っている。
夏の出会いでいやおうなしに理解させられたのだ。

 僕は美術館に飾られていた絵の中の少女、

 [エレナ]に一目惚れしてしまったのだ。


絵画[エレナの微笑]
作者はギベリン・エニュー。
実在感と幻想性を兼ね備える少女の微笑が、
一部の絵画マニアからカルト的支持をうけている作品で、
去年の夏休みにこの咲葉町で開かれた、
[世界美術展]の目玉であった。
発表当初、モデルの少女の有無をめぐって小規模な論争が起こり、
作者であるギベリンは、実在のモデルはいないと主張した。
いろいろと話題に上った絵だが、
この町で行われた[世界美術展]を最後に、
何者かが買い取り美術シーンから姿を消した。
同年、ギベリンも突然の死を遂げて、
この絵画についての謎は不明瞭なままに終わる。


 まさか本当にモデルがいたなんて・・・。
朝のSHの担任の話を聞き流して、考えていると、

「あの子かわいいなぁ、クラスの女子には悪いけどランク違うよ。」

隣の席の城嶋が喋り掛けてきた。
どうやらクラスの大半の生徒が、
転校生の高科恵麗奈に対して「容姿の整った女」、
といった感想しか持っていないらしい。
全く・・・、最近の高校生の芸術に対する関無関心さには呆れる。
僕が言葉を失っている間に、城嶋はさらに喋る。

「でもさ俺の理想じゃないな。だってあの子表情硬いじゃん。
 自己紹介のときなんだから、無理にでも表情作らないか、フツー?」

そう言われて見れば確かに彼女は表情を変えない。
横目で眺めても、彼女の顔に変化はない。
[エレナの微笑]を見た時のように、
心が疼いているのに。
僕はどうしても高科恵麗奈の微笑みを想像できなかった。

[エレナ]と全く同じ容姿だというのに・・・。


一限目が始まる前に、秋乃が僕の席へやってきた。

「あの転校生、名前も顔もあの絵とおんなじじゃない!」

秋乃は美術部に在籍していて、絵画にも詳しい。
だからこそ彼女はこの出来事に驚愕していた。

「だから[エレナの微笑]のモデルだろ・・・。 本当にいたんだな・・・」

僕の言葉を聞いて、秋乃はさらに語調を強める。

「そんなわけないじゃない! あの絵は十六年前に描かれたのよ。」

確かに言われて見ればその通りだ。
あの絵が描かれたとき、高科はまだ一歳のはず。

なら・・・、ただのそっくりさんだろうか?

・・・いや、それはない。
似すぎているし、名前も同じというのは、
ただの偶然ではないだろう。

「ねぇ、聞いてるの雅貴。」
「秋乃、この話はまたあとでだ・・・、 お前もう少し静かに喋れ・・・」

いつの間にか、クラスの連中が僕らを好奇心旺盛な目で見ていた。
おおかた、幼馴染との痴話喧嘩だとでも思ったのだろう。
秋乃もそれに気付いて席に戻る。
クラスの連中も話が終わったのを見ると、
僕らから視線を外した。
話の内容は聞いていなかったようだ。



ただ一人、いまだ僕のほうを見つめている人物がいた。
僕らの話題の対象、
高科だった。
彼女は以前無表情のままこちらを眺めている。

今の会話を聞かれたのか・・・。

いや、そんなことはどうでもいい、

初恋の相手と同じ顔に見つめられて、

僕はそれどころじゃなかった。


2:

 高科 恵麗奈が転校して来た日の帰り道、秋乃は僕に言った。

「美術展に連れてった時から思ってたけど、
 雅貴さぁ、[エレナの微笑]に入れ込みすぎだよ。
 確かにいい絵だとは思うけど・・・、
 雅貴はなんか、あの絵に恋してるみたいな感じがする・・・」
 
 なんとなくだが秋乃の声には、
今まで聞けなかった疑問といった感じの響きがあった。
それに対して僕は、

「あぁ、そうだよ。」

と何の躊躇いもなく応えた。
余りにもあっさり言われたからか、秋乃は唖然としている。

「秋乃には感謝してるよ。
 お前が去年美術展に誘ってくれなかったら、
 彼女と出会えなかったからな・・・。」

 しばらくの沈黙の後、秋乃が口を開いた。

「何が“彼女と出会えなかったからな”よ!
 現実と非現実の区別もつかないの!
 ・・・それと、こっちはそんな気で誘ったんじゃないんだから!
 雅貴のバカ!!」

 そう言って秋乃は走り出した。
 僕に追う気はない。

・・・・・全く散々なことを言ってくれる。
 やはり僕の真似事で美術を始めた秋乃に、
絵に魅了された人間の気持ちは、解らないのだろう。

 僕は秋乃の後姿を見つめながら、
[エレナ]のことを考えていた。


 高科が来てから一週間が過ぎた。
彼女の周りに人だかりができていたのは初日だけで、
みな彼女のあまりの無表情さに呆れて寄り付かなくなっていた。
今このクラスで彼女に興味を持っているのはきっと僕だけだろう。
言葉をかける機会だとは思うが、思い続けてきた初恋の顔に、
簡単に近づくことはできない。
それにあの日以後険悪ムードな秋乃のこともある。
 だがそんなことは瑣末なことだ。
僕が行動に出ない本当の理由はそれじゃない。

 思えば夏の日に一度見ただけだった。
あの後何者かに買われたあの絵。
一度見ただけなのに網膜から離れない微笑。
僕はもう一度[エレナの微笑]を見たいと思っていた。


 調べた。徹底的に調べたが、画像一つでてこない。
ネットの検索、美術関連の書籍巡り、数日間の行動で、
得るものは何もなかった。
明らかに不自然な消され方。多分絵の買い手がやったのだろう。
多分見つからない。それでもこの行動をやめることは出来なかった。

ろくに飯も食わず、睡眠は1〜2時間程度。
放任主義の両親や、秋乃にまで注意されるこの有様。

 さすがに限界だったので今日はまともに食糧供給することにした。
先に食事中だった父親が声を掛けてくる。

「なんだ、雅貴。うちの飯はいらんのじゃなかったのか?」

「ちょっと宿題が立て込んでいただけだよ、
 本当は食べたいのを我慢してたんだ。」

 僕はそれに軽く応えてテーブルに着いた。
しばらく食べ続けた後、僕は父に訊いた。

「父さん、[エレナの微笑]が最近どうなったか知らない?」

 父もかなりの美術通なので、もしかしたら何か知ってるかもしれない。
もっとも父は古典美術が好みで、前衛美術は僕の専門なのだが。

「そういやこの頃聞かないなぁ、確か買い取られたんだろ。」

 父は何も知らなかった。半ば予想ははしていたが、やはり残念だった。

「しかしお前もずいぶん古い話持ち出すなぁ」

「古い?去年の夏に見たんだけど。」

「去年の夏にも行ったのか?それは知らんかった。
 あぁ、秋乃ちゃんから誘われたあのときか・・・」

 ちょっと待て、“去年の夏にも”だって・・・。

「父さん、僕は昔あの絵に会ったことがあるの?」

思わず訊いてしまった。父があまりにも予想外なことを言うからだ。

「まぁ忘れてるのが普通だろうな。あの絵が初めて日本に来たとき、
 家族みんなで国際美術館にいっただろ、十二年前だのことだよ。
 お前はずいぶん[エレナの微笑]がお気に入りでな・・・」


 食事を終えて、僕はまた部屋にこもった。
去年の夏のは、出会いじゃなくて再会だったのか・・・。
十二年前、僕は五歳のときに[エレナ]と出会っていた。
そしてそのときに心奪われていたのだろう。
だからほかの異性に恋をしなかったのかもしれない。
父から聞かされたのは、どうしようもない因果の話だった。

「・・・縛られている」

 僕は一人呟いた。


3:

 僕が[エレナの微笑]について調べ始めたとき、
周りで少し変わったことが起こっていた。

 高科 恵麗奈が学校を休んでいるのだ。

父親が亡くなったらしい。彼女の家はかなりの資産家で、
その後が大変なようだ。
 僕はもう自分で調べるのをやめた。恐らくそれでは永久に見つからない。手掛かりは[恵麗奈]だけだった。
僕は彼女が来るのを静かに待つことにした。


 十三日後、高科は学校に来た。
その表情に変化はない。クラスの誰もが知ってる無表情だ。
父親を亡くした悲しみは読み取れない。

にもかかわらず、僕は今の高科がとても不安定な状態のように思えた。
僕はクラスの誰よりも彼女を見てきた。
今の彼女はいつもの様子と違う。どこが違うかはいえないが、
不安定で危険な状態に陥っている。

・・・それでも、訊かずにはいられなかった。
この機を逃せば、彼女が消えてしまいそうで、
気付けば僕は彼女の席の前に立って、

「高科さん、[エレナの微笑]について何か知ってない?」

余りにも直接的な質問をしていた。
不意に時間が止まったような気がした。
彼女が無表情のままだったからかもしれない。

「その絵なら・・・屋敷にあります」

 質問がそうなら答もそうであるかのように、
高科の答えは直接的で、一瞬で今までの全てを氷解させてしまった。



 放課後、僕は高科の後を歩きながら、彼女の屋敷に向かっていた。
絵を見せてくれないかと頼んだら、彼女はあっさり了承してくれたのだ。

「貴方も憑かれているんですね、あの絵に・・・。」

“貴方も”・・・とは何のことだろう。
僕のほかに憑かれている人間。
それはやはりあの絵を買った人間しかいない。
そしてそれは彼女の肉親だろう。

「高科さんは[エレナの微笑]のモデルなのか?」

 答えは返ってこない。彼女は歩き続ける。
否定とも肯定とも取れる態度だった。

 [エレナの微笑]は正面画だ。
だから僕は[エレナ]の後姿を知らない。
高科の後姿は普通の女の子と同じだった。

「ここが私の屋敷です。」

 目の前には洋館があった。
高科の後姿に見とれて景色の変化など見ていなかったので、
いきなり現れた気がした。
豪華なのにどこか寂れた感じがする。
主を失ったせいだろうか。

 彼女に従い屋敷に入った。
屋敷には誰もいないようだった。
僕は誘われるように後に続いて、

その部屋で初めて、

恵麗奈とエレナを同時に見た。


4:


「高科さん、笑ってくれない?」

 第一声がこんな言葉になるとは、僕も意外だった。
でもこの場所は異常だ。普通の台詞が出るはずもない。
少女が二人並んでいる。一人は壁に掛けられていて、
もう一人はそれを見ている僕を見ている。
かなりの広さを持った部屋は、いまや完全に異界となった。
まさかここまで似ているとは、殆んど同じと言ってもいい。
足りないのは表情だけだった。

「お願いだ、笑ってくれ。」

 そうすれば、絵と彼女が同じものになる気がした。
想像できなかった高科の微笑み、
奇跡を見れる気がしたのだ。

「私は笑うことが出来ません。」

 その一言で正気に戻った。
彼女は無表情のままで僕を見ている。

「なんで・・・」

 何が“なんで”なのか、自分でもわからなかった。

「高科はこの絵のなんなんだ?」

 もうこれしか言いようがなかった。
僕の心を捉えている事の全貌が知りたかった。

 しばらくすると高科はゆっくりと語りだした。
「私のことより・・・、あの絵のことを話しましょう。
 私にとって[エレナ]は、私のモデルです。」

 最初意味が解らなかった。

「あの絵を買ったのは私の父です。父はあの絵に狂っていました。
 私が五歳のとき、初めて[エレナの微笑]は日本で展示されました。
 父は十二年前の国際美術館で[エレナの微笑]に憑かれたんです。」

「父はそれ以後あの絵にのみ愛情を注ぐようになりました。
 母はそれがもとで家を去ったのでしょう。
 これは全て祖父から聞いたことです。
 私が物心ついた頃には、既に父はその状態で、
 私には父に愛された記憶がありません。」

「母は去るときに私を連れて行こうとしましたが、
 父はそれを許しませんでした。
 私には父がどうしてそんなことをしたのかが解りませんでした。
 しかし私は去年の夏に知ったのです。
 愛していない私を手元に置いていた理由を。」

「去年の夏この町で開かれた[世界美術展]は父が開いたものでした。
 あれは父が[エレナの微笑]を手に入れるための交渉の場だったんです。
 私はその交渉のために変えられました。
 私が[エレナ]と同じくらいの年齢になったときに、
 私は整形されたのです。」

「普通似るはずがないんです。でも父は狂っていましたから、
 何度も、何度も整形を繰り返したのです。
 ・・・ある意味で、それは奇跡でした。
 私の顔は[エレナ]に限りなく近くなりました。
 私が眠りから覚めて鏡を見たときの気持ちが分かりますか?」

 表情は変わらないが、恵麗奈の声は震えていた。

「父は大変喜びました。“これで[エレナ]が手に入る!”って。
 今思えば、あの時から私も狂ったんでしょう。
 父が愛してくれるならこの容姿も悪くないって・・・思ったんですから。
 ・・・でもそうはならなかった。
 私は[エレナ]みたいに笑えなかった。」

 恵麗奈は泣いていた。

 そうだったのか・・・、彼女は度重なる整形で、
顔の表情を変えられなくなっていたのか。
皮肉な話だ。彼女の父親は完璧を求める余り、
永久に重ならないものをつくってしまった。
[エレナ]と同じ顔だけど、[恵麗奈]は笑えない。

「父は一日中私に、“笑ってくれ!笑ってくれ!”って。
 でも私は、笑いたくても、笑えなかった!」

 泣いている恵麗奈に表情はない。
でも今の彼女から、深い悲しみを感じ取れない奴はいないはずだ。

「父があの絵を買った時のことは今でも忘れません。
 父はこの屋敷に来たギベリン画伯に私を見せたんです。
 私を見たギベリン画伯は、
 もう何も言わずに[エレナの微笑]を父に売る契約をしました。」

 彼女は涙をぬぐった。

「そして私は要らなくなった。
 父が、いいえ世界の絵画ファンが好きだったのは、
 あの微笑みだったんですから・・・。」

 恵麗奈は長い告白を終えた。
部屋には静寂が戻ってきていた。



5: 


 僕は家に戻らなかった。
かといって高科の家に居続けることも出来なかった。

 あの告白の後の高科は、ガラス細工の様な状態で、
下手に触れれば壊れてしまいそうだったから。
 
彼女の話で解った。
[エレナの微笑]が起こした悲劇。
結局、僕も、彼女の父親もあの絵に狂っていたのだろう。
それは恋と呼べるものだったかもしれない。
でもそれは悪いことを引き寄せただけ。
みながあの絵に束縛されているのだ。

 
 夜の闇が濃くなってきた。
・・・いま、屋敷には彼女しかいない。
やるなら今しかない。


 僕は高科家の玄関に手を掛けた。
鍵はかかっていない。彼女はそのまま眠ったらしい。
僕は導かれるようにあの部屋へ行った。

 扉が開かれる。中には高科がいた。
彼女は眠っている。今までの気持ちを打ち明けて、
張り詰めていたものが切れたのだろう。
ソファーでシーツもかけずに眠っていた。

 彼女の涙の痕を見て決心は固まった。

 僕は高科にシーツを被せると、壁に目をやった。
今でも彼女が笑っていた。


 闇の中を走る。来るときに道を覚えてなかったし、
周りが暗すぎるのもあって、自分の家の位置が分からなかった。
・・・ならどこでもいい。

 闇の中を走る。僕の腕には初恋の相手がいる。

「高科の父親はもういない。なら、彼女の思いはどこで報われる?」

 [エレナ]に語りかける。
当然返事はない。当たり前のことだ。
適当な森の中で、僕は彼女を手放すことにした。

「もう・・・、僕と彼女を縛らないでくれ。」

 闇の中だから[エレナ]の表情が見えない。
最後ぐらいは、自分勝手な僕に怒ってくれただろうか?

 僕は自らの手で、腕の中にあった初恋の対象を、





 
捨てた。






6:


 見知らぬ道を抜け、
家に着いたのは夜が明ける頃だった。
家の前には意外な人物がいた。

「雅貴、朝帰りとはいい度胸ね・・・。」

秋乃だった。

「お前・・・、いつからそこにいた?」

「そんなことはどうでもいいの!雅貴は転校生となにやってたの?」

どうやら高科と一緒だったのを見られたらしい。
まだ四月、朝はかなり冷える。
そんなを訊くためにわざわざ待っていたのか・・・。
だがそんな気持ちも今なら分かる気がする。

「私、雅貴たちの後をつけてくこともできたんだよ。
 でもしなかった。それが雅貴の出した答えなら、
 私に止める権利はないって思ったから・・・。
 ねぇ答えて・・・どうなったの・・・。」

 秋乃は涙ぐんでいた。
全く、今日ほど女の涙を見る日はないだろう。

「初恋の人とは・・・別れてきたよ。」

 その言葉によほど驚いたのか。
秋乃は間抜けな顔をしていた。
「まっ、雅貴、わたし・・」
「ストップ。でも俺今日告白するって決めたんだよ。
 だからお前のその台詞は聞けない。
 じゃぁな、早く寝ろよ。」
 僕は秋乃の脇を抜け家の中へ飛び込んでいった。
「ちょっと、それどうゆうことなのよっ!」
もう秋乃の声は聞こえなかった。
僕は早めに学校に行かなければならない。


7:


 たぶん自分愚かな奴なのだろう。
不法侵入。窃盗。しかも盗んだものが半端じゃない。
世界の名画だ。
でも僕がやるしかなかった。
彼女にあの絵を捨てることは出来ない。
それはある意味彼女の半身だったのだから。
彼女自身が捨てるのは酷だ。

 作品を山に捨てるなんて、作者であるギベリン・エニュー画伯には、
悪かったかもしれない。
 でも画伯にとって、あの絵は既に価値を失ってしまったはずだ。
絵画「エレナの微笑」は、実在のモデル無しで、
実在感と幻想性を持っていたのが名画たる所以だったのだ。
 しかしその絵に狂った男が、モデルになりうる人物を作ってしまった。
その時点で[エレナ]実在感はあって当たり前のものになってしまったのだ。
 恐らく画伯はその絵画的価値の消失を悟って、絵を売ったのだろう。
皮肉な話だ。結局あの男、高科の父親は、芸術的価値を貶めて、
長年求めていた[エレナの微笑]を手に入れたのだから。

 やはり魔性の絵に恋をすると上手くいかないものだ。
そんな中僕のやったことは高科のためになっただろうか?

 だから僕は自分の犯した罪を彼女に告白するつもりだ。
良かれと思ってやったこと、僕自身に悔いはない。 
しかし彼女が許さないといったら。刑務所へ行くのも覚悟の上。
それ程僕の罪は重い。あの絵を捨てたこと。
あの絵は全ての絵画ファン、そして何より高科自身にとっても大切なもの、
だったのかもしれない。
  
 だが・・・、もし許してくれるのだったら・・・。
僕は誰もいない教室で彼女を待った。




エピローグ:


 誰かが扉を開ける音で目が覚めた。

目を開くと、僕の机の前に女生徒がいた。

 一瞬で眠気がとんだ。

彼女が初恋の相手と瓜二つだったからだ。

「ありがとう、北条君。」

・・・良かった。彼女は僕がやったことを見抜いた上で、
“ありがとう”と言った。
どうやら許してくれるようだ。

「高科さん、今笑ったでしょ」

彼女の表情は変わらない。
でも僕の言葉で、

「今は驚いただろ。」

「からかっているんですか。」

「違うよ、表情がなくても僕には分かる。
 高科さんがどんな気持ちかがね。」

彼女は許してくれた。なら僕はもう一つの告白をしなければならない。
そう心に決めていたから。

「恵麗奈、僕と付き合ってくれないか?」

ようやく面と向かって、この名前で呼ぶことができた。
高科は、恵麗奈は今照れている。
表情がなくとも、仕草で分かる。

今回のことで僕は悟った。

ものに恋することはできても、
ものと恋愛することはできない。
当たり前のことだけど、恋ならできてしまうのが危険だということ。

次の恵麗奈の言葉で、僕にとっては新しい世界が始まるだろう。

まだ四月の肌寒い教室で、

僕はその時を待った。




 

 
 



 
























2004/05/07(Fri)22:53:10 公開 / 月海
■この作品の著作権は月海さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

ちょっと変わった恋愛モノ?です。

滅多に書かないタイプの話なので辛かった・・・。

なんとか完結させましたが・・・、

心残りが多い作品になってしまいました。
この作品に対する感想 - 昇順
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