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『crime and punishment 序章』 作者:よもぎ / 未分類 未分類
全角1225.5文字
容量2451 bytes
原稿用紙約3.95枚

どこまで来たのだろう。もう背後から追ってくる足音も聞こえない。
俺は用心深く周りを確認すると、近くの石の上に腰を下ろした。
今日の報酬は大きなパンと3枚の金貨。いつもに比べたらまあまあの出来ってところかな。
まだ暖かいパンからはおいしそうな匂いがする。
俺は一口分だけ千切って食べた。何日ぶりかの食事は腹の底からうまかった。
本当はこのまま全部平らげてしまいたかったけれど、そこはグッと我慢して、残りはこれからの食料に当てることにした。
「これだけの量なら、あと5日はいけるな」
そして満足気にパンに向かって笑って見せた。
あの太ったパン屋のオヤジ、きっと今頃悔しがっているだろうな。
この前は危うく捕まるところだったけれど、俺の俊足には勝てっこないさ。
真っ赤な顔をして地団駄踏んでいるヤツを想像すると、自然と哂いがこみ上げてくる。
「そろそろ帰るか」
赤い夕日が山の斜面に沈みかけている。
その反対方向を向くと、猫の爪みたいな月が空に浮かんでいた。
暗くなった山道を目を凝らして歩いていくと、ぼんやりと小さな明かりが目に入る。俺のたった一つの居場所だ。
つたが絡みつく扉を開けると、粗末な部屋が姿を現す。
大人一人がやっと入れるくらいの広さだが、ガリガリに痩せた俺にとっては十分なスペースだ。
栄養失調のためか、162cmの身長に対して、体重は40kにも満たなかった。
「ただいま。ペルシャ」
暗い部屋の中を照らすのは、ランプでもマッチでもない。
小さな2つの瞳が、俺を見上げてミャアを鳴いた。
この猫は1年前に俺が拾ったものだ。ペルシャとか偉そうな名前がついているけれど、それはコイツがあまりにもみすぼらしい格好だったから、せめて名前だけでもと俺がつけたからだ。
真っ黒い毛から覗く緑色の目は、エメラルドのように綺麗だった。
「ほら食えよ。お前も少し太らねぇとな」
差し出したパンを見ると、ペルシャは短く鳴いてムシムシャと食べだした。
初めのうちはパンなんて見向きもしなかったけれど、生きていくためには贅沢はしてはいけないと学習したのか、少しずつ肉食が雑食に変化していった。
もちろん喜んで食べているわけではないと知っているが、俺としても肉を食べることに慣れられては困ると考えていた。
手触りのいい毛を撫でながら、いつかコイツに鱈腹肉を食わしてやろうと思った。
「そろそろ寝るか」
パンを食べ終わったペルシャを横に追い払って、部屋の隅に積まれたワラを床に敷いた。
その上にもう一段ワラを積み重ねて、ペルシャと一緒にその隙間に潜り込んだ。
寒がりなペルシャは俺の体に自分の体をくっ付けて、1分もしない間に眠ってしまった。
しばらくそんなペルシャを見ていた俺も、だんだん瞼が重くなってきた。
保温性の強いワラのおかげで、秋の肌寒い夜も凍えずに済む。
俺はペルシャを胸に抱いて、外から聞こえる風の音に耳を済ませながら、ゆっくりと眠りにおちた。

明日もまた、生活のために罪を働かなければならない。
2004/03/25(Thu)16:27:28 公開 / よもぎ
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