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『犬の顔』 作者:あさぎ / 未分類 未分類
全角5335文字
容量10670 bytes
原稿用紙約16枚
 ある日、妻は俺と離婚届を置いて家から出て行った。

 洋服やら読みかけの小説やら鏡やバスタオルと生活に必要な物はほぼ持っていかれてしまった。彼女は一体何に怒って出て行ってしまったのだろう。

 原因は俺にあるようなのだが、俺には心当たりと言う物がこれといって見つからなかった。

 浮気もしていないし、飲みすぎで午前様という事もない。給料はちゃんと渡しているし、夫婦サービスもちゃんとしている。一体これらの俺の態度の何処に不満を覚えて出て行ってしまったのだろうか。

 おかげで俺は、妻への不満で頭がいっぱいだった。



 洗面台で自分の顔を見ると、こりゃあ酷い。酷い顔だ。生まれつきは仕方ないが、面長のひょうたんのような顔の上に、重たそうな眠そうな目、鼻にはいくつかのニキビ。伸びっぱなしのヒゲはだらしなかった。そうか、妻はこの俺の顔に愛想をつかせて出て行ってしまったのか。それはそれでムカツク話だ。厭ならヒゲを剃ってぐらい言えばいい。顔のもともとが嫌いなら俺と結婚しなければよかったのだ。

 …が、もう妻は居ない。俺の生活は、急激に変化せざるおえなかった。



 偏った食事、汚い部屋、溜まるゴミ、洗濯は週に一度。買い物は近所のコンビニへ。それでも俺は毎朝ちゃんと仕事にでかける。駅までの道のりを歩き、電車の中では新聞か小説を読む。上司に誘われて飲みに行き、終電を逃してベンチで寝る。最悪な生活だ。


 今日も二日酔いの残る頭でパリっとしたスーツを着て会社へ行く。駅までの時間短縮のため、住宅街を突っ切ってゆく。朝早いこの時間には、住宅街には出歩く人は居ない。これがあともう一時間すれば別世界のような賑わいを見せるのだろう。自分の歩く足音だけがコツコツ響いて、まるで誰かにつけられているかのようだった。

 高山さんの家を右に曲がり、岩崎さんの家をまた右に曲がる。その道を直進すれば左側に駅が見える。駅のコンビニで朝刊をお茶を買い、電車の中で朝刊の芸能欄を見る。隣りの親父がしきりに横目で俺の新聞を盗み見してくるのが厭だ。

「河原君、この書類のここ、字を間違えてるよ。はい、やり直し」

 そんな台詞が使われるような会社ではなく、俺の会社は技術系だ。パイプなどの中が空洞の金属の、その中身を磨く。極小企業だが、そこそこ忙しい。今日も筒の中身と格闘し、ミリ以下の単位の仕事をする。貰える給料もミリ単位だ。



 妻が出て行ってから、もう幾日か経過して、俺は妻の居ない生活に慣れてしまった。もう妻から復縁の電話を待つ事もなく、留守電をチェックする事もなかった。久々の一人暮らしは学生に戻ったようでなんだか楽しかった。結婚するという事が、縛られていたと思うようになったのも最近の事だった。

 朝の道のりを今日も歩く。コツコツコツコツ。今日は二日酔いではないので、俺の足音もなんだか軽快だった。面長の顔と眠そうな目は仕方なかったが、ヒゲを剃ってさっぱりした顔だから、余計に気分が良かったのかもしれない。

 高山さんの家の角の所で、黒い犬に出会った。今まで何百回とこの道のりを通ったが、初めての出会いだった。最近捨てられた野良か何かか?

 犬は黒い小型犬で、学のない俺には、最近テレビで見るチワワではないという事しかわからなかった。犬は潤んだ目で俺の事をじっと見つめると、俺の進む方向とは逆に走っていってしまった。一体アイツは俺の何を見ていたんだろう。

 疑問に思いながらも電車を乗り過ごすまいと駅に向かった。相変わらず朝刊とお茶を買った。もう店の店員には顔を覚えられているようで、俺の顔を見るなり金額を言われてしまった。

「百三十円と百四十七円で合計が二百七十七円になります」

 三百円出して、二十三円のおつりが来た。レシートはくれなかった。

 電車に乗ってしばらく新聞を読むと、何日か前に同僚から借りた小説がカバンの中に入っている事を思い出した。確か、ホラー物か何かで結構面白かったらしい。無理やり渡されて、まだ読んでいなかった。そろそろ返さないと何か言われるかもしれない。俺はカバンから小説を取り出すと、新聞をカバンに入れ読み始めた。



 酷く奇妙な小説だった。表現のいちいちいがグロテスクに書かれている反面、曖昧に誤魔化されている事が多く、小説の物語全体の把握がつきにくい。夢の中に居るような変な感覚さえ起こった。

 蚊に刺されたある女が、起きていたら自分も同じ蚊になっていたという話だ。何処かの小説たちをミックスさせたような、奇怪な話だった。女は最初自分の身に起こってしまった事に戸惑いながらも、最後には欲望と衝動に駆られて自分の恋人の血を吸ってしまう。そうして、その恋人に叩かれて死んでしまうのだ。血を吸う所の描写がまた気持ち悪く、これを読むともう二度と蚊には刺されたくないと思う程だった。

 短い文だったから、読み終わった頃に会社に着いた。酷く肩がこった。



「面白かっただろ? 」

「…まぁな。でもちょっとグロかったよ。朝読むには適さないな」

 はははと軽い話しをして、同僚には小説を返した。短編集だったのだが、その話以外はもう読みたくなかった。

 今日の仕事は某有名自動車メーカーからの依頼で、仕事する際も緊張した。一つの機械が何百万とするそうだ。ミスは許されない。神経を尖らせて、何ミクロという世界での真剣勝負が小さな会社の其処かしこで繰り広げられていた。一回削っては光を当てて反射の様子から平らになっているかいないかを判断する。機械の油圧を調節し、慎重に慎重に削っていく。ごうんごうんという何にも表現しがたい音が、耳からへばりついて離れない。

 久々に肉体的にも精神的にも疲れる仕事だった。



 上司の誘いを疲れているからと断って、帰宅の道につく。窓の外は真っ黒で、街のネオンだけが鮮やかな線を引いていた。読んでいなかった時間のズレた朝刊を読んで、電車のネットに置いて帰る。ゴミはなるべく増やしたくはないからだ。

 朝と同じ住宅街をコツコツと歩く。前には数人の同じようにスーツを来た人が帰り路を急ぎ足で帰っている。おそらくはこの住宅地のどこかに家を持っていて、家族が帰りを待っているからだろう。…家族団欒の夕食が、帰る足を早くさせるのだ。

 朝と全く同じ場所に、朝と同じようにあの黒い野良犬が座っていた。犬は俺を見つけると嬉しそうに毛むくじゃらの尻尾を左右に振ってきた。



「なんだお前は。俺の帰りを待っていたのか?」

 犬はワンとも吠えず、ただただ俺に擦り寄ってきては頭を足にこすりつけてくる。その愛くるしい仕草につられてか、俺はついついしゃがんでその犬の頭を撫でようと手を伸ばした。





 ―――途端に伸ばした手に激痛が走る。犬の歯が俺の手の甲に食い込んでいた。

 なんだこいつ、俺を噛む為に擦り寄ってきたのか?

 頭に来た俺は、犬の腹を力をこめて蹴った。犬はキャインと甲高い声で鳴くと、大急ぎで夜の闇に走っていってしまった。噛まれた手だけが、脈打つたびにずきずきと鼓動のような熱い痛みを訴えている。この時間だと病院はしまっている。……明日の朝一で行こう。



 ズキズキとした熱い痛みは、夜中にはツキンツキンという鋭い痛みへと変わっていた。必死に探した消毒液で手当てをしてあったが、あまり効果はなかったようだった。一時間の短い浅い睡眠に入っては、鋭い針で刺されているような痛みに目を覚ましていた。額には、脂汗がにじみ出ていて、寝間着も汗でぐっしょり湿っていた。顔を洗おうと洗面台に行く。ふと鏡の中の自分と目が合った。…俺はこんなにヒゲが濃かったか?
そう思ったその瞬間、得体の知れない不安が俺の胸を頭をよぎった。

「うわぁああああ!!!!!!」

 両手を振り上げて鏡を割った。ぱきんがしゃんかちゃんと何度も何度も俺は鏡の中の俺に拳を叩きつけた。鏡の破片は散り散りに砕け、その破片一枚一枚に歪んだ俺がうつっていた。両手は細かい傷に溢れており、洗面台は真っ赤に染まった。厭だ厭だ厭だ。俺の脳裏には、今朝読んだ同僚から借りた小説の文章が浮かんでは消え浮かんでは消えていた。

 俺は、鏡の破片だらけの腕と共に夜間病院へと行った。



 清潔な包帯に巻かれた両手で、朝俺は病院から会社へ行った。上司や同僚に包帯を見られて色々言われたが、昨日の帰りにバイクと接触しそうになって両腕でかばったら擦ってしまったと言い訳をした。おかげで今日は女子社員と混じっての似合わないデスクワークや、機械の部品を運ぶフォークリフトの運転のみという軽作業だけだった。時折腕が痛んだが、昨日の夜よりはましだった。やはり、あの痛みはただの痛みだったようだ。

 怪我に悪いからと上司の誘いを断って、俺は帰宅の道についた。鏡を壊してしまったから、新しいのを買わなければならない。駅ビルの中にある雑貨屋は閉まっていて買えなかった。今度の休みにでもまた来なければと思った。



 昨日と同じように、住宅地の中を通る。あの犬が居たら、また蹴り上げてやろうかと思っている。いや、保健所に連絡して捕まえてもらった方が安全か?

 居た。昨日と同じように犬は座っていた。しかし、俺の顔を見るなり急いで逃げてしまった。

 なんなんだ、あの犬は。行動が理解できない。俺が怖いなら、さっさとこの住宅地から逃げてしまえばいいのに。犬に噛まれた傷が、ちくりと痛んだ。



 二日後には包帯も取れて、鏡の傷はもうなくなっていた。しかし、犬に噛まれた傷は深かったのか、まだうっすらと残っていた。忌々しい犬め。

 仕事も通常に戻っており、相変わらずミクロの真剣勝負を繰り広げている。今日は外国からの機械を磨いていた。同僚の話によると、これは大砲の弾の筒だそうだ。日本でこんな武器を作っていいのかとも思ったが、仕事は仕事だからと割り切って磨いていた。ごうんごうんという油圧の音は、相変わらず耳に残って休憩中も仕事をしている気分になってしまう。

 久々に上司の誘いに乗って繁華街へと酒を求めて彷徨った。久々な酒だけあって、酔いの巡りは早く数杯しか飲んでいないのにべろんべろんになってしまった。終電を逃す前に上司と別れ帰る事にした。ふらりふらりと住宅街を歩いていたら、何にもないのに転んでしまった。睡魔のような夢現の世界が俺を襲う。

「血を流したな、馬鹿め」

 ふいに親父に似た声が耳に入った。変だな、親父はもう数年前に脳梗塞で倒れて起き上がれないはずなのに。親父の声はそれっきりで、俺が目をあけた時は誰もいなかった。よくよく辺りを見回すと高山という標識が見える。なんだ、家はもうすぐじゃないか。ふらつきながらもなんとか俺は家に帰った。家に帰ってやっぱり不思議に思って家に電話したら、妹が出て「夜遅いでしょ! バカ」と怒られてしまった。親父の事を聞いたが、親父は数年前に死んだじゃないと呆れた声で返ってきた。夢でも見てたらしい。



 朝起きたら頭が重かった。それに酷く喉が渇いていた。口の中がカラカラで、おかげで上手く喋れない。水をがぶがぶ飲むが、乾きは癒えなかった。前はこんな事はなかったのに、俺は自分が年老いたなと感じてしまった。そういえば、妻が出て行ってもう何ヶ月が経ったのだろうか。留守電は相変わらず一件も入っていない。

 アゴを触ったら、驚くほど毛深かった。そういえば、最近はヒゲを剃っていない。洗面台でヒゲを剃ろうと思ったが、鏡を割ってしまっていた事を思い出した。これなら大きな破片を取っておけばよかった。…下手な傷はつけたくない。今日は早く帰って鏡を買おう。一日ぐらいヒゲが濃くてもまぁいいだろう。家を出る間際にも水を飲んだ。やはり喉はカラカラだ。



 高山さんの所に、犬がまた居た。そういえば、親父の声を聞いたのもココだった。



「馬鹿め」

 犬は親父の声で遠くから俺に怒鳴った。そうか、こいつが夜に喋っていたんだな。親父の声を真似るなんて、最悪な犬だ。蹴ってやろうと思ったから、走って犬に近寄った。そこで、不思議な事に気付いた。





 犬の顔は俺の顔だった。ひょうたんのように面長で、眠そうな目。鼻のニキビ。濃いヒゲ。…じゃあ、あの声は親父の声ではなく、俺の声なのだろうか。

 嘘だ。

 俺はここにいるじゃあないか。なんで犬が俺の声や顔を持っているんだ。



「お前は、顔が犬なんだな」



 俺の声で俺の顔をした犬が喋る。

 そうか。だから俺は毛深いし、喋りにくいのか。長い長い舌が喋るのを邪魔していたのか。

 ワンと吠えたら俺の顔をした犬は逃げてしまった。


END
2004/03/16(Tue)21:34:40 公開 / あさぎ
http://cherrylife.babyblue.jp
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■作者からのメッセージ
奇妙な小説を書いてしまいました。ホラー系を目指したのですが、あまりホラーになりきれませんでした;;;
新参者かつ未熟者ですが、ご指摘、アドバイス等、宜しくお願いいたします。
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