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『桃花源伝 第一話』 作者:千村虹子 / 未分類 未分類
全角1405文字
容量2810 bytes
原稿用紙約4.3枚

 広大な国・桃花源(とうかげん)。そこには一人の王が存在した。

 王はこの世の全てを知るという聖石の守り人だった。

 その為、王は多くの人間から命を狙われた。

 聖石を手に入れようとする者。王を憎む者。新たな王の座を狙う者。

 これは第五十四代目に当たる王の物語である。

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 第一話 「雨龍という旅人」

 首都・燕里(えんり)。ここは様々な人間が集まる、国中で最も栄えている街である。大通りを歩くと、一日に一度は誰かとぶつかる。そのくらい人通りが激しいのだ。
 その中に、一人の男が混じっていた。彼の名は雨龍(うりゅう)。ついこの間山から下りてきたばかりだった。所々擦り切れた黒っぽくて長いフードを目深に被り、そこから下の身体もすっぽりと覆っている。そのせいで彼の服装は見ることは出来ないが、歩く度に腰の両脇に下げた一対の刀だけは垣間見ることが出来た。

 こんななりをしてはいたが、彼には野心があった。それはとても果たせそうにない、大それた事だったが、彼はその為だけに生きてきたようなものだった。わざわざ遠い都まで出向いたのもその為だ。

 彼は少し歩くと、土埃のたつ道を横切って一軒の飲み屋に入って行き、ビールを注文した。そしてその時、ようやくフードを取った。
 雨龍はまだ少年と言える顔つきだった。年の頃は十六、七だろうか。短い漆黒の髪に、切れ長の目の瞳の色は燃えるような赤だった。
 ふと、雨龍は胸元に手を持っていき、服の下から何かを取り出した。それは彼の服装にはおよそ似つかわしくない、美麗な指輪だった。
 細い輪の側面に細かな金の龍の細工がしてある。雨龍はそれを少し錆びた鎖に通して首にかけていたのだ。彼が指輪を少し傾けると、指輪は光に反射してきらりと光った。
 その時、一瞬だけ雨龍の紅蓮の瞳に悲しげな光が生まれた。が、それは注文したビールを運んで来た店員によって遮られる。
 ビールをテーブルに置き、去っていこうとした店員を雨龍は引き止めた。
「何でしょうか?」
「一つ聞きたいんだが・・・王宮に行くにはどの道を行けばいい?」
 それを聞いた店員は何かに納得したようにああ、と手を叩いた。
「お客様、さては王様を垣間見ようとなさっているくちですね?」
 雨龍はいや、と言いかけたが、口を噤んだ。話がややこしくなるのを避けたのだ。まあそんなものだ、と適当に誤魔化した。
「王宮ならこの大通りを真っ直ぐ歩いていけば正門に着きますよ。いい時期にいらっしゃいましたね。もう少しで鎮魂祭(ちんこんさい)ですから、本当に王様に会えるかもしれませんよ。」
 愛想良く笑みを浮かべながら話す店員を見ながら、雨龍はもし彼が自分の本当の目的を知ったらどう思うだろう、と考えた。きっと腰を抜かすに違いない。
 しかし、いくら相手の反応を見たいからと言って、本当の事を話しては元も子もない。雨龍は簡単に礼を言うと、代金を払って店を出た。

 外に出ると同時に、再びフードを目深に被る。季節はもう直ぐ冬。こんなボロ布でも、多少は肌寒さから雨龍を守ってくれた。

 雨龍は歩き出した。

 店員に教えられた王宮への道。

 もしかしたら、今日が自分の最後の日になるかもしれない。そんな事を頭の隅で考えながら。

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2004/03/01(Mon)14:20:42 公開 / 千村虹子
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