- 『I am a hero !』 作者:林 竹子 / 未分類 未分類
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全角4692文字
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原稿用紙約15.65枚
街の大通り。茶や金の髪をだらしなく伸ばした男たちが学校帰りであろう制服の
女の子にからんでいる。逃げられないようまわりを囲まれた女の子はうつむいて震
えていた。
男の一人が女の子の腕を取り、無理やり連れて行こうとする。通りを歩いている人はたくさんいたが、誰も助けようとはしない。それどころか、目をそらし足早に駆けていく。
「やめろっ!」
僕が飛び出して叫ぶと、男たちは驚いて動きを止めた。
「その子は嫌がってるじゃないか。なのに無理やり連れて行こうとするなんて、男として最低の行為だぞ!」
男たちは少しの間ぽかんとしていたが、はっとして、
「なんだとテメエ? かっこつけてんじゃねえよ。やっちまえ!」
いっせいに躍りかかってきた。
僕は落ち着いてまず一人目に拳を叩き込む。男は一撃で倒れた。二人目、三人目とパンチとキックを繰り出す。
――勝負はあっという間についた。
男たちは皆あわてて逃げていった。お決まりのセリフを残して。
「おぼえてやがれっ!」
情けないやつら。音速で忘れてやるよ。
僕はパンパンと手をはたいて、呆然としている女の子を見た。
「怪我はないですか? もう大丈夫ですから」
女の子は小さく頷いた。まだ、震えている。
かわいそうに。
僕は近づいてそっと抱き寄せた。女の子は嫌がらなかった。自分から僕の背に腕を回し、涙をこぼし始めた。
女の子が落ち着くのを待って、僕は体を離した。
「じゃあね。今度からは、友達と一緒に帰ったほうがいいよ」
「はい。ありがとうございました」
女の子はやわらかく微笑んだ。
かわいい。やっぱり女の子は笑ってるのが一番だ。
僕と女の子は見つめ合う。女の子が目を閉じたので、僕はそのふっくりとした唇に自分の唇を落とした。
……目が覚めた。
……今のは。
「夢、かあ」
僕はベッドの上に起き上がって盛大にため息をついた。
そりゃそうか。あんなことが現実にあるわけがない。しかも、あの女の子は直美ちゃんだった。僕の大好きな。
愛らしい顔立ちに、小柄だけどすらりとした体。性格は明るく優しい。
直美ちゃんと、キス。いいなあ……。直美ちゃんの唇、やわらかいんだろうなあ。
「こらっ、健太! いつまでぼんやりしてるの!? さっさと準備して学校に行きなさい!」
階下からの母親の怒声に、僕の意識は現実に引き戻された。
時計を見ると、確かにもうぼんやりしている時間はない。
僕はあわてて身支度を始めた。
母親になかば追い出されるように僕は家を出た。いつもの通学路を小走りに急ぐ。
別に急ぐ必要はないが、なんだか早く学校に行きたかった。早く、直美ちゃんに会いたい。そしておはようと言う。直美ちゃんはきっとびっくりする。今まで話したこともなかったから。
僕はクラスで目立つほうではないし、友達も多くない。勉強は苦手で、運動神経はまったくなし。
こんな僕にたいして直美ちゃんはクラスのアイドル的存在で、成績は常にクラスで上位五位以内、弓道部のエースだ。
これまでは不釣合いだと思って近づけなかった。でも、本当はそんなことはないんじゃないか? 僕は顔だってそんなに悪いわけじゃないし、背もそれなりにある。性格は優しい。
うん。今日直美ちゃんに会ったら、声をかけよう。
僕がそんな決心をしていると、不意に声をかけられた。
「おはよう、鈴木くん」
この声は。ばっと勢い良く振り向くと、そこには少し茶色がかった髪を頭の横でひとつに結び、にっこりと笑っている直美ちゃんが立っていた。
やっぱり、かわいい。
僕は返事をしようとしたが、口をパクパクさせるだけで、声にならない。汗が吹き出てくる。早く、何か言わなきゃ。
「どうしたの?」
直美ちゃんは首をかしげる。
「…………」
声が、出ない。
「じゃ、あたし行くね」
そう言って直美ちゃんは走って行ってしまった。
僕はがっくりと肩を落とす。せっかく直美ちゃんが声をかけてくれたのに。
はーあ。
いつもと同じ、特に変わり映えのない時間が過ぎ、放課後の掃除も終わった。僕が荷物を取りに教室に戻ると、バスケ部の男子三人が話に華を咲かせていた。
その三人はクラスでも目立つほうで、良く直美ちゃんと話しているのを見かける。僕はなんとなく苦手意識を持っていたから、鞄を持ってさっさと教室を出ようとした。
その時、直美ちゃん、という単語が聞こえて、僕は足を止めた。
「やっぱ直美ちゃんはいいよな。かわいいし性格いいし」
「森裕美と双子だなんて絶対信じらんねえ」
「確かに。あいつはやばいだろ。暗いし、何考えてっかわかんねえし」
森、裕美。直美ちゃんの双子のお姉さん。
顔はそっくりらしいのだが、裕美は前髪を長く伸ばし、牛乳ビンの底のようなめがねをかけているため、本当かどうかはわからない。
性格は暗く、休み時間でも席で読書をしている。いつも一人でいて、笑ったところなど見たことがない。
「おまえもそう思うよなー、鈴木」
急に話をふられ、僕はあわてた。
「え、何が?」
「だから、森裕美について。あいつが直美ちゃんと双子とか、ぜってぇおかしいよな」
三人のリーダー格、大楠は笑って言う。
嫌な感じだ。僕だってそう思うが、こんな風に笑いながら話す内容じゃない。
そんな言い方ないんじゃないか。夢の中の僕ならきっとこう言う。でも今は夢の中じゃない。それに森裕美のためにわざわざそんなことを言う必要はない。
「そうだね」
僕は一言そう答えて教室のドアを開けた。
――あ。
森裕美が立っていた。うつむいて肩を震わせている。
聞こえてたんだ。直美ちゃんに言われたらどうしよう。自分の姉を悪く言ったなんて知ったら、嫌われてしまう。
僕は何かフォローしようと口を開いたが、何も出てこなかった。
森裕美は僕を押しのけて教室に入ると、机の上に置いてあった学校指定の鞄を取り、再び僕を押しのけて教室から出ると、廊下を走り去った。
「やっべ。直美ちゃんに言われちまうかな」
「大丈夫だろ。わざわざ言わねーって」
「だって事実だしな。……でも言われたら結構まずいな」
三人は直美ちゃんに今の話が伝わったと時用の言い訳を話し始めた。
「あんたら、バカ?」
思わず、そんな言葉が出た。やばいと思ったけれど、その言葉はしっかり聞こえていたようだ。
「なんだと?」
大楠ははっきりと怒りを示して僕をにらむ。こわい。でも、これは言わなきゃならない。夢の中の自分を思い浮かべて、できるだけ強い語調で言った。
「森裕美、泣いてたぞ? 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
我ながら情けないことに、声が震えている。
三人はぼきぼきと指を鳴らしながら近づいて来る。
「……じゃあ、僕帰るからっ」
やっぱりこわい。
言い捨てて教室を飛び出る。一目散に走った。
玄関まで来てやっと足を止め、息を整える。大楠たちが来ていないことを確認したら、ひどく自分が情けなかった。
夢だったら。きっと三人をかっこよくぶちのめすのに。
そうだ。
僕は下駄箱をチェックする。直美ちゃんの一つ下。当然ながらもう靴はない。家に帰ったんだろう。
謝りたい。ひどいことを言った。でも何て謝る? 僕も大楠たちと変わらないのに。
沈んだ気持ちで靴を履き、校門を出る。
何となくまっすぐ家に帰る気がしなくて、ぶらぶらと歩く。細い横道を通り、人の家の庭を通って。
気づいたら公園の前にいた。見たことのない公園だった。
ずいぶん遠くまで来てしまった。……まあいいや。
公園には、小さなブランコとジャングルジムと砂場があった。砂場には誰かが遊んだらしい、砂の山が残されていた。僕はペンキのはげかけたブランコに腰掛けた。
子供のころ、ヒーローに憧れていた。強くて、かっこよくて。いつかきっと自分もあんなふうになるんだと。なれると思い込んでた。
下を向いて足で土をかいていると、ふっと影が落ちた。
ん?
顔を上げると、直美ちゃんがいた。朝は結んでいたのに、今は髪を下ろしている。かわいいなあ。
「ごめん。お姉さんにひどいこと言った」
朝とは違って、ちゃんと声が出た。かすれてはいるけど。
「そう」
直美ちゃんは静かに頷いた。
「謝っといてくれる?」
あー情けない。人に頼むことじゃないのに。
直美ちゃんは何も言わない。あたりまえだ。きっと呆れてる。かっこわるい。
僕は直美ちゃんの視線に耐えられなくて、下を向いた。
「…………」
「…………」
長い沈黙の時間。僕も直美ちゃんも何も言わない。僕は下を向いたまま拳を握り締め、歯を食いしばっていた。そうしていないと、涙がこぼれそうだった。
「……いでよ」
「え?」
聞き取れなかった僕は思わず顔を上げて聞き返した。
「謝るんだったら、最初から言わないでよっ!」
直美ちゃんは泣いていた。くりくりとした瞳から頬を伝い、ぽとりと落ちたしずくは地面を黒く染めた。
「あたしだって、双子になんて生まれたくなかった! 何をしても比べられて。いつも直美ばかりが褒められて! みんなに好かれて! あたしはずっと直美の引き立て役だった。勉強だって、あたしがどんなに頑張っても直美はすぐに追いついてくる。この学校だって、あたしが選んだのに! 直美が勝手についてきて、あたしはいい迷惑よ。直美なんて、大っ嫌い。ずっと、いなければいいと思ってた。直美さえいなかったらって!」
一息に言って、その場に泣き崩れた。
僕は呆然としていた。頭の中がぐるぐるして、わけがわからなかった。
この人は誰。直美ちゃん? 違う。直美ちゃんじゃない。じゃあ……?
「……森裕美」
「呼び、捨てに、しないで」
僕の思考回路はやっと動き出した。目の前で肩を震わせている女の子は、直美ちゃんではなく、その姉の森裕美で。なぜ泣いているかというと。
――僕のせい。
「ごめん」
「謝ら、ないで」
「本当にごめん」
似てるって話、本当だったんだ。まるで見分けがつかなかった。本当に、僕は情けない。
そっと抱き寄せる。森裕美は嫌がらなかった。僕の背に腕を回したりはしなかったけれど。
「本当に、ごめん」
僕はヒーローじゃない。情けないほど、ただのガキだ。だから、今でもヒーローに憧れる。強くて、かっこよくて。少しでも、近づきたい。
僕は森裕美が泣き止んでもそのまま抱いていた。
次の日、いつもどおりに家を出て学校に向かった。また通学途中に直美ちゃんに会ったけれど、声はかけてもらえなかった。昨日の僕は相当変に思われたらしい。
大楠たちは昨日のことは気にしていないようだった。今日も何かバカ話をして笑い合っていた。時々直美ちゃんが一緒に笑っているのが少し気になる。
森裕美はというと。今日もいつものように長い前髪で、牛乳ビンの底のようなめがねをかけていた。その下のかわいい顔を知っているのは僕だけかと思うと、自然に顔がにやついてしまう。
何を読んでいるのかと思ってのぞいてみると、難しそうな数学の本ということがわかった。僕にはとても読めそうにない。まあ読みたいとも思わないからいいか。
友だち数人と直美ちゃんについて話していたら、チャイムが鳴った。僕は席について担任の教師が入ってくるのを待った。自分の背がいつもよりしゃんと伸びている気がした。
僕はヒーローじゃない。でも少しでも近づけたらいいと思う。せめて、女の子は助けてやれるように。泣かせたりしないように。
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2004/02/21(Sat)17:47:02 公開 / 林 竹子
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■作者からのメッセージ
初投稿です。
こんなわけのわからない作品を読んでいただき、ありがとうございます。
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