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『クロニクル 一章〜梨奈・彗・終編〜』 作者:ベル / 未分類 未分類
全角27707文字
容量55414 bytes
原稿用紙約97.2枚
何かを失った街、東京。そんなところで暮らす私。
とてもつまらない毎日。初めてココに引っ越してきた時は楽しかった。
田舎には無いテーマパーク、アトラクション、レストラン。
何でもあるけど、何かが足りない。何かが欠けている。分からないけど。

そう―――何かが――――



当たり前すぎるほど当たり前な日常。
ニュースを見ても「強盗」「殺人」「放火」・・・・とても面白くない。
もっとこう・・・ツボを刺激するような事は無いのか?

「はぁ・・・面白くないなぁ・・・」

鞄を後ろ手に持ち、青い空を見上げてそう呟いた。
そんなことを考えていると、不意に後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、待ってよーーっ!」

後ろを振り向くと。結構向こうの方から、男が走ってきた。
背中にしょったリュックと右手に持った細長い何かが入った袋を手に持ち、
一生懸命に走ってきた。
走っている間にリュックが左右にぶれて非常に走りにくそうだったが。
意外にも早く走ってきた。

「ハァ・・・ハァ・・・やっと・・・追いついた・・・」

こちらまでたどり着くとそのばで膝に手をつき顔を地面に向け
息をゼイゼイと吐いている。
とても重そうなリュックで背中全体隠れている。
17歳にしてはとても小さい身体。160センチ。
そんな身体でよくアレだけ走って来れたものだ。

「ッハァ・・・ひどいよ・・・一緒に帰るヤクソクしたのに・・・・」

地面に向けていた顔をこちらに向け、真は泣きそうな声で言った。
未だにゼイゼイいいながら息を吐いている。
顔はこちらに向けていても、手は膝につけており
疲れが目で見て分かる。
そしてヤクソクのことを思い出すと梨奈は両手を合わせる。

「ゴメンゴメンッまだ部活やってたからさぁ」
「それなら・・・声くらいかけてくれてもいいのに・・・ハァッ・・・」

汗を拭きながら、ようやく立ち上がった。
二人の会話に。新しい声が飛び込んできた。

「ちょっと君たち・・・。いいかな?」

警官の声だ。何もしていないつもりだが・・・。
はっ! まさかこの間ネコババしたサイフの持ち主が見つかったとか!?
今すぐ逃げた方がいいかも・・・
そんな黒いことを考えている梨奈を無視して警官は喋り続ける。

「最近色々と物騒なことが起こっているからね、
 身分証明書見せてくれたら嬉しいんだけど・・・」

ハッと梨奈は我に返り。アセアセと証明書を見せた。

「ハイッどうぞ」
「フムフム・・・久遠 梨奈(くのん りな)ちゃんに・・・
 徳堂 真(とくどう まこと)君・・・と。ありがとう!」

そう笑顔で言うと。そそくさと遠ざかっていった。
梨奈には警官のいい口が気になった。

「色々と物騒なこと」

的確に何が起こってるかを伝えずに、あえてそんな風にいった警官のいい口が。
しかし警官の姿はもう見えない。わざわざ追いかけて聞くことでもないので
気にせずにおいた。

「物騒なことってなんだろうねぇ・・・?」
「通り魔じゃないの?どうせ」
「えっ・・・通り魔とか・・・出たらどうしよぅ・・・」

梨奈はアハハと苦笑いしながらそんな事無い無いと手を左右に振った。
その後も、色々と話しながら横断歩道をわたると。
分かれ道でバイバイと挨拶を交わし二人とも帰宅する。

その夜。
警官の妙ないい口がヤケに気になり。
梨奈はあまり眠れなかった・・・


次の日〜

「あ〜・・・頭痛いっ・・・」

梨奈は学校に到着するなり自分の机で手を組み顔を伏せた。
昨日寝たのが1時だからだ。こんなことなら警官追いかけて聞き出すべきだった。

「おっはよ」

声をかけられたので、伏せていた顔を声の方向に向けた。
そこには長髪で身長がやや高めの女の人がいた。
氷上 彗(ひかみ けい)、クラスメイトの一人だ。
良い人なんだが話がたまに長くなる。

「学校で寝るのはよくないよ?一回学校で寝ればその日も眠れ無くなって
 次の日も学校で寝て家で眠れなくて・・・つまりは・・・・」
「あ〜、ハイハイもう分かった分かったっ!」

それなら良しという風にニッコリ笑い、梨奈の頭をポンポンと叩く。
理論っぽい話を聞かされたので目が覚めて来た。
朝学活が始まるまでまだ一時間もあるので校内を彗と練り歩いた。
ローカの窓から運動場を見下ろすと剣道部がランニングを終えていた。

「よーしっ! ランニング終ったら次は試合だっ!」

主将の叫び声が聞こえた。無駄に声が大きく窓を閉めててもうるさい。
剣道部が武道館まで歩いていくのを見て、梨奈は武道館に行こうと言い出した。
彗も試合を見て見たいのでついていく。

「真! お前と龍介だ! 両方とも遠慮はいらないぞ! 本気でやれっ!」

武道館の入り口まで来ると、真と試合相手がすでに構えていた。
相手の名前は植田龍介。長身のクセにやたらと動きが早い天才だ。
審判の合図を待ち。微動だにせず構えている。
竹刀の先をあわせ、左足を前に出している。

「始めっ!!」

審判の声が聞こえると同時に相手の龍介が竹刀を前に出したまま突っ込んできた。
真はそれを鍔で受け止め、そのまま竹刀を受け流し小手を狙った。
それを読んでいたのか龍介は柄で軌道をそらした。
受けとめた竹刀を柄で押しながら一気に進軍し、懐まで飛び込み、横一閃!

「銅っ!」

振り払った竹刀が当たりそうだったので。龍介がそう叫んだ。
しかし、真は肘で相手の一閃を止めていた。
確実に入ったと思われる一撃が当たらなかったので同様している龍介の隙を狙う真
すり足から一気に飛び込んでの右半面の面。
龍介は動揺しながらも何とか身体を横にそらし、ギリギリでかわす。
しかし真は猛攻を止めず。そのまま竹刀を斜め上に振り上げ、銅を狙う。

「どーーうっ!!」

振り上げられた一閃は見事に龍介の銅を捕らえた。
思い切り打ち込まれたので少しよろめく龍介

「開始位置に戻って!」

審判の声で元の場所に戻る真と龍介
二人の息遣いが荒くなってきた。

「始めっ!」

休む間もなくかけられる声。
龍介は速攻で突っ込んできた。銅狙いの超特攻。
竹刀を居合いに構え、一段を踏み込む。

「くっ!」

不意の特攻に焦る真。急いで半身になり相手の竹刀を叩き落す。
それでも動きを止めず第二段を踏み込む。
押さえつけられている竹刀を引き抜き。野球のフルスイングの様な感じで振るう。
小手めがけて狙われた竹刀はガードが間に合わず見事に命中。

「小手っ」

手をブラブラと揺らし。もう一度竹刀を握る。
開始位置に戻り。一度大きく深呼吸をする。
フゥと小さく息を吐きしっかり足が地に付いてるの確認する。
その後目を閉じて、ゆっくりと相手の顔を見る。

「始めっ!」

真が一旦バックステップする。その後予測していた龍介の猛攻をスゥッと避ける。
小柄な真が勝つには銅、小手・・・そして突きだけだ。
龍介と距離をとり。構えていた竹刀を下げる。先が地面につく位に。
龍介が踏みとどまり。後ろにバックターンする。
真の構えに驚く戸惑う龍介。
真の取った構えは距離を取られて場合。ほぼ無敵の構え。
ヘタに突っ込んでも竹刀を少し上に上げるだけで突き。
横にステップしても軽く振り上げれば銅。
竹刀で受けようとしてもソコを支点に受け流され小手。

(あの小さい身体で取れる最善の構え・・・か)

龍介が歓喜に震え、かすかに笑うと一気に突っ込んだ。
一段、二段、三段と距離を詰める。
振り上げられる竹刀を叩き落し、受け流されるより先に四段を踏む。
がら空きになった小手に向かいノーモーションで振るう。

(取ったっ!!)

真は狙われる小手を引き、短い時間、恐らくコンマ単位で竹刀を引き抜く、
そのまま逆手に持つとそのまま柄を一気に押す。
小手を引かれ、追撃しようとしたところに突きが入る。
突きぬかず、突きが入ったところで竹刀を止める。真の相手に対する思いやりだ。

「突き一本! 真の勝ちだ! 」

審判が叫ぶ。白い旗を上に振り上げ真側に振り下ろす。
倒れこんだ龍介は面を取り、ため息をつく。

「フゥ・・・本当に人間か?あんたは」
「人間だぃ。ただ運が良かっただけだよ!」
「・・・敵わないなぁ・・・・」

その場で立ち上がると、龍介がスタスタと部室に戻っていった。
もうそろそろ朝学活が始まる時間だ。本当に長い勝負だった。
梨奈と彗も凄いものを見たと言う風に関心し、教室へと帰る。

〜第二章〜人ならざるもの

「今日の真君凄かったねー」

昼休みになってもまだ彗は関心していた。
実際梨奈にも朝の光景が頭から離れなかった。
すでに人とは思えない動き。体育の時間等ではすぐにこけたりしているのに。
特に最後の竹刀を引く瞬間。あれは本当に人間に可能な動きなのかな?
机に肘をつけ、両手で顎を支えてボケーッとしている梨奈。
そんな梨奈に真が話しかけた。

「どうしたんだぃ? ポーッとして・・・」

話しかけても返事をしない梨奈。明らかに変なので彗が呼びかける。

「梨奈・・・ポーッとすると言う事は普段の思考能力が低下し、
 さらにこれからも低下していく可能性が大な症状だよ?
 だから・・・・」

彗が理論風に言っても何の反応も無い。真が最終手段に出た。

「メーーーン!!」
「ハッ! 私はどこ? ココは誰?!」

梨奈に向かって手刀で面を喰らわせた。いわゆるチョップ。
そしていきなりの頭への衝撃うろたえる梨奈。
おーっとまたもや関心する彗。そしてエヘンと威張る真。
二人が笑っているのを見てますますうろたえる梨奈。
そんな梨奈をみて二人はアハハと大笑いした


つまらない授業が終わり、荷物を鞄の中に詰め、自分も部活に行く事に。
梨奈は美術部で結構優秀なんで時期部長といわれてるが。
そこの3年がまた面白くないくだらない救いようが無い。
顧問がいなくなると携帯でメールしたり、ギャハハと馬鹿笑いしたり・・・。
後輩や人の迷惑を考えないまさにバカ。
しかもこっちの事をよく思っていないみたいでいちいちヒソヒソと・・・。
だからあまり部活にはきたくないのだ。こいつ等が嫌いで。
ワガママな子供のような理由だが。本当にウザイ。


部活が終わり、帰ろうとした時だった。
さっきのウザイのが立ちふさがり、ニヤニヤと笑ってた。

「ちょっと君さぁー? 体育館裏まで来てくれるー?」

本当にバカみたいな声で話しかけてきた。
普段なら無視して真の所へいくところだが、そろそろハッキリさせたい。
自分の何が悪いのか。何がウザイのか。
体育館裏まで来ると壁を少し強くけりながらリーダー格がこういった。

「あんたさぁ、ちょっと絵が上手いからって何イキってんの?」
「そーそー、一々ウザイのよねー。」

お約束な理由だった。もっとまともな意見が来るとは思ってたけど・・・。
ここまでお約束だと相手する気にもなれない。

「はぁ・・そうですか。言いたい事はそれだけですか?」

さっさと真の所へ行きたいので適当にそう言った。

「それだけならもう帰りますんで」
「あの真っていうヤツのところへ行くんだろ?
 もしかしてつきあってんのー? あんなチッサイのと」

ピタリと歩み始めようとした足が止まった。
少しだけムカついて来たので言い返すことに。

「ひょっとしてバカデスカ?センパイって。ああ、ひょっとしなくてもバカか」
「なっ・・・」

少し大人気ないがムカついてるので子供っぽいことを言うことに。

「一々ヒソヒソとさぁ。言いたい事があるならいつでもハッキリと。
 真っ直ぐに言ってきたらいいじゃない?」

クルリとリーダー格の方を向いて次々と喋る梨奈。
相手に話させる暇も与えない。ただひたすら舌を回らせる。

「大体あんたらの方がウザイのよね・・・。付き合ってる風にしか見えないなんて
 何? もしかして欲求不満?」
「ッッ! とにかくウザイんだよぉぉっ!!」

思い切り梨奈の顔を引っ叩いた。
それでも梨奈は喋ることを止めない。
むしろドンドン喋る声が大きくなっていく

「反論できなくなったら暴力か・・・あんたらみたいなバカがやることだね」
「こんのクソヤロォォォッ!」

リーダー格が完全にぶちきれてナイフを取り出した。
切っ先を梨奈に向けた。周りの女子は苦い表情をしている。
ブルブルと手が震えている。その手でナイフを梨奈の顔先まで持って言った。

「とにかくよぉ・・学校辞めてクンナイ?」
「そのナイフで刺す気? やれば? 出来るなら・・・さ?」

その言葉にキレて梨奈の腹に向けてナイフを突こうとした。

(嘘・・・ホントに刺す気?)

汗をたらりと流し、眼を閉じて覚悟しようとしたその瞬間。




             全てが遅かった  
              
             自分以外の全てが

             何もかもが遅かった 
 
             世界が・・・遅かった


気付くとナイフがすでに腹に触れていた。
危ない! と梨奈はすぐに後ろに下がり、横へと移動する。
次の瞬間にはリーダー格が刺さりようのない空間へとナイフを突き出していた。
何が起こったのか理解できない。確実に刺さったナイフが刺さらなかった。
それは梨奈も同じだった。いきなり世界が遅くなり、そして自分だけは
いつも通りに動けたのだから。間一髪でナイフを避けられたのだから。
いきなりの出来事に他の人たちには梨奈が瞬間移動したように見えていた。
いきなりの出来事に恐怖で固まっている人たちを無視して、
梨奈はそそくさとその場を去っていった。

(一体なんだったんだろ?あれって・・・・)

体育館裏を抜けるとすでに剣道部が部室から制服姿で外に出ていた。

「ヤバッ、真ほったらかし・・・・」

とっくに部活を終えていた真は未だに武道館前で梨奈を待っていた。

「・・・・梨奈・・・遅いな・・・」

〜第三章〜いきなりの急展開

部室の中にも部室の前にもいない真を梨奈は必死で探した。
もう帰ってしまったのではないだろうか?
そんな事も考えるが真の事だ、まだどこかで待ってるかもしれない。
とにかく探し回った。靴箱、校舎前、体育館前と。
しかしどこにもいない。なら後探していないのは武道館前だけである。

「真は〜・・・あ、いたいた。」

武道館前で三角座りをしてションボリしている真を発見した。
すでに周囲が暗くなっており、絶望の中にいるという様子だ。

「梨奈来ないなぁ・・・もう帰ったのかなぁ・・・」

ブツブツと呟き、遠い眼で空を見ている。
あれは禁断症状が出ていると梨奈は思い、全速力で真の元へ向かった。

「おーーいっ、真〜〜!」

梨奈の声が遠くからから聞こえたのですぐさま反応した。
梨奈の姿が見えたので暗い表情が明るい表情に変わった。
さながら絶望の中で希望を見つけたような感じである。

「梨奈〜〜。何してたんだぃ・・・。もうとっくに帰ってると思ったよぅ・・・。」
「ゴメンゴメンッ! ちょっと色々あってっ」

本当の事はいえない。もしセンパイに絡まれたとなると色々質問攻めを受ける。
そしてあの時間が遅くなった事を言っても信じてもらえるはずがない。
でも真なら信じてもらえるような気がする。
そう思っていたが、それでも梨奈は胸の中に閉じ込めておいた。

「さ、とにかく帰ろ? もう遅くなってきたし。」

時計を見るとすでに短針は7時をさしていた。
野球部の終わりの挨拶も遠くから聞こえ、あたりはすでに真っ暗。

「うん。そうだね〜。通り魔とか出たら嫌だし、帰ろう〜」

まだ言ってるのかと梨奈は苦笑いし、早歩きで帰ろうと真に言った。
校門を出て、信号が赤になろうとしていたので走っていたとき。
わき道から急に出てきた人とぶつかった。
小さい真の身体は吹き飛ばされ、1メートルくらいの所でしりもちを付いていた。

「アイタタタ・・・すいません! 大丈夫ですか?」

真がしりもちを付ながらもなんとか立ち上がり、すぐに相手のほうへ向かって行った。

「ああ・・・大丈夫だよ。それより君は?」

相手の人も無事らしく、こちらを心配してくれた。

「あれ? あなたって・・・前の警官さんじゃあ?」

ぶつかった相手は前に会ったあの警官であった。
偶然の出会いに真と梨奈はビックリし、呆然としていた。
警官の方は、あ! と言う風に思い出していた。

「君たちは・・・、久遠君に、真君じゃないか。」
「また会いましたね〜」

梨奈はここがチャンスだと思い、この前の事を聞き出そうとした。
しかし、警官に話しかけようとした時、
彗と龍介がこちらに向かって大きい声で呼びかけてきたため、それが出来なかった。

「お〜い。梨奈〜〜。真君〜〜。」

手を振りながら彗はこちらに走って来、龍介は軽くステップを踏んできた。
梨奈に向かって何をしてるの?と聞き、梨奈はこの前の事を話した。
そしてその後改めて警官の方へ向き、前のことを聞き出した。

「どうして「色々と物騒な事」だなんてあやふやに言ったんですか?」

単刀直入、真っ直ぐに警官は聞かれたので少し戸惑った。
梨奈はこれが一般市民にはいえない秘密事項だと思い。さらに聞き出した。
警官の秘密事項を知るなんて、今しかないかもしれないからだ。
何故?何故?としつこく聞かれ、警官も言おうとした時。
そこにいた全員に激しい耳鳴りがした。

「「いたっ!」」

いきなり起きた耳鳴り、しかもかなり激しい。
梨奈には耳鳴りだけじゃなく、鈴の音も聞こえていた。
リーン・・・リーン・・・。
何だろうと不思議に思っていたが、耳鳴りはドンドン強くなっていく。
あまりに痛いので意味もなく全員がその場から離れようとした。
だがその時、突如空間が変化した。
グルゥッと周囲の景色が捻じれ、渦を巻いて消えていく。
そしてその後また渦を巻いて紫色の景色に変化した。
周りを見渡しても全てが紫。純色ではなく黒との混合色だ。

「まだ早いぞ・・・・!!」

意味深なセリフを発した警官に梨奈は振り向いた。
この人は何かを知っている。絶対に。
警官の方へ行こうと足を前に出した時である。
景色が紫の渦から蒼と緑と白の渦に変わって行く。
すでに何がなんだかさっぱり分からない。
やがて渦の巻いた景色はダンダンと姿を現してゆく。

「うっそ・・・」

誰もが見慣れたこともない景色。あるのは限りない草原。
蒼い空、キレイな花。だが一つだけ異様なものがある。
いや、正確には「いる」だ。
目の前に剣を持った3人の男。軽い鎧を着ている。
男たちは無言でこちらを襲ってきた。剣を振り上げ、振り下ろそうと梨奈を狙った。
だが、警官が所持していた小型の拳銃で相手の剣を弾いた。
ガキィィン!!
激しい音と同時にグルグルと空中で回転する剣。
危ないと警官以外の4人は空中で回っている剣に当たらないように散らばった。
警官は拳銃で男たちと必死に戦っているが。鎧を着ているため中々倒れない。
頭を狙おうとしても動きが意外に俊敏で狙いが付けられない。
六発目の弾が切れた。その隙を見逃さず男の一人が剣を振り下ろそうとした。

「くっ・・・!」

警官は間一髪で男の横に回りこむ。
空気を切り裂く音が耳のそばで聞こえた。本物だ。真と龍介は警官に加勢した。
木刀を袋から取り出し、上手く斬られない様に剣の横側を叩いて力をそらす。
金属音が鳴り響く。
最初に剣を弾かれた男が剣を抜き真に後ろから襲い掛かった。

「危ないっ!!」

警官が男に飛びつき、押し倒した。何とか剣を奪おうと必死で手首を押さえる。
身体の間に足を入れられ、蹴りを喰らった。

「グゥゥッ!」

悶える声と同時に吹き飛ぶ警官。梨奈は警官の後ろに立ち。なんとか受け止めた。
しかし男は突進してくる。奮戦していた龍介が横から殴りかかった。
真は二人相手に木刀で戦っている。ココは任せろと龍介に行かせたのだ。
頭から血を流し、苦しんでいる男に警官は首を絞め、落とした。
剣を龍介が奪い、真の方へと走っていく。意外にも剣が重い。
男に斬りかかろうとしたが重くて思うように振れない。
しかし身体全体を使い、体重を乗せて男に斬りかかる。
すぐさま受け止めたが剣が折れた。その隙を見逃さず真はステップを踏んだ。
がら空きの頭に向かい面一発。ブクブクと泡を吹き倒れる男。
残りの一人は逃げようとしたが真は後を絶とうと木刀を投げつけた。
足に当たり、こけた男に警官が龍介の木刀を使い気絶させた。

「・・・今のは一体・・・?」

龍介が不思議そうに呟いた。
振った事のない重い剣を振ったため、体全体が疲れている。
真の方も緊張感が解かれ、腰を抜かした。


〜第四章〜急激な新展開

そこにいた誰もが黙っていた。
突然の出来事に。
自分たちのいた町が消え、知らない所に来て。
そして襲い掛かってきた男たち。
龍介は初めて本物の殺気を感じた。
彗はただ見ていることしか出来なかった。
梨奈は何も出来なかった。
そして真は――――

「とにかく歩こ!」

突然に沈黙を破ったのは梨奈であった。
この暗い雰囲気に耐えられなくなって声を上げた。

「こんな所で暗くなってても意味無いよ!とにかく今は歩こう!」

このような状況でこんなことを言うのは無責任かもしれない。
傲慢かもしれない。相手の事を心配してないかもしれない。
けれども。ただ事態に流されていくのはイヤだ。

「そんな事言ったって・・・こんな草原を歩いても何も無いよ・・・」

龍介が梨奈の意見を否定した。
確かにあるのは草原だけ。何も見えない。何も無い。
こんな暗い状況で、何も見えなくて、何も無いのなら確かに絶望的だ。
自分のもといた場所にもう帰れないかもしれない。
寂しさや虚しさが彗に一斉に襲い掛かる。

「私たち・・・どうなるのかな」

彗が口を開いた。

「どうなるの?家にも帰れなくて、こんな何も無い場所で・・・・。死んじゃうの?」

彗の肩がカクカクと震えている。声も震えている。

「歩いたって、意味ないじゃない・・・。どうせ死ぬんだったら・・・。
 何も・・・何も意味ないじゃない・・・・。」
「どうせ死ぬんだったら・・・今すぐにで―――」
「うるさーーーーーい!!」

彗の震える声を梨奈がさえぎった。
ハッと彗の眼が丸くなり、梨奈の方を向いた。

「だから何!? このまま何もせずにのたれ死ぬっての!?
 冗談じゃないわ!! どうせなら足掻いて足掻いて足掻き続けてやるわ!!」

手をグッと強く握り、叫び続ける。

「それにちゃんと見なさいよ!! あんたの後ろ!!
 ちゃんと道があるじゃない! 今まで見えなかったの!?」

彗の肩を掴み無理矢理後ろを向けさせる。
彗は我に返り、その道をチャント見た。
その先に見える何か。ここからはよく分からないけど、近くまで行けば分かる。

「諦めるから見えなかったんじゃないの? 何もしないからじゃないの?
 行ってみようよ。歩いてみようよ。それで何も無かったらそれでいいじゃん。」

梨奈の言葉に少しだけ救われた彗はユックリと立ち上がった。
眼の下に溜まった涙を拭き、顔を両手で叩く。
顔が赤くヒリヒリとする。けれどもこれで眼が覚めた。

「うん・・・そうだね、行ってみよう。」

道を歩き続けた。どれくらい歩いたのかは分からない。
しかし随分長い間歩いたことだけは分かる。
先ほど見つけた何かも目で形を確認できるようになってきた。
大きいとはいえないが小さいともいえない普通の城。
屋根の天辺に付けられてる旗にはこう書かれていた。


「「クロス・クルセイド」」

「十字・・・軍?」

英語で書かれている意味を彗が日本語で読み直した。
真っ白な旗に書かれている黒い十字マーク。
皆はソレよりもそこに城があると言うことに喜んだ。希望を持った。
まだ生きられると。
城の前まで歩いてくると声が聞こえた。

「よーーーやく来れたのかぁ」

5人はビックリして空を向いた。
ソコにはタバコをふかして槍を肩に担いだ20代の男が、
跳ね上げられた橋の上に座っていた。
男は合図をすると橋から飛び降り、鎖の上に立った。
端はギギギ・・・と言う音に合わせてドンドンこちら側に降りてきた。

「ま! まずは精神面的に合格と言ったところだな」

訳の分からないことを言い、男はこちら側に飛びりてきた。
5,6メートルはある所から飛び降りたのに無傷である。

「んじゃま、とりあえずついて来てくれるかな?」

目的事態が無いので大人しくついて行く事に。
大きな橋を渡り、大理石で出来た廊下らしきものを歩く。
廊下とはいえないような広さ。少なくとも学校よりは広い。
紅い絨毯が引かれた階段までたどり着いた。
男は横一列に並んでーと行って、その場にひざまついた、

「王様、連れてきました。」

は?と4人は首をかしげ、とにかく男の真似をし、ひざまついた。
警官も少し遅れてひざまついた。

「ウム、よく来てくれたな。諸君」

顔を見上げると豪華なイスに座っている少し老けた、というか渋いおっさんがいた。
年齢は30後半か40前半といった所。
隣に王妃様と思われる人物が座っていた。

「まずは・・・・」

何気に凄みがある王様な人物に4人は少しびくついた。
これから何を言われるのかと。興味津々だったが、凄みに負けた。

「精神試験オメデトーー」

               は?

意味が分からない、試験とは何か。そしてこの急激な軽さ。
いきなりカラカラと笑い出した王様な人物に4人はただ首を傾げるしかなかった。

「まぁこんなオッサンは無視して状況を説明しましょうか。」
「オイオイ! オッサンはないだろオッサンはー」

隣の王妃様な人物が口を開いた。少し赤みの混じった唇を的確に動かす。
ドレスと言えばドレスである中途半端なモノを着ており、
その微妙な服のスカートを掴み立ち上がった。

「貴方達をココに呼んだのは理由があるのです。」

王妃様が蒼い双眸をこちらに向けた。
歓迎すると言うより我が子を見るような暖かい目。
しかしそれで真剣であり真っ直ぐな瞳。

「理由?」

彗が聞き返した。

「ええ、実は・・・今この世界「エクロル」は戦争状態にあるのです。」
「戦争・・・ですかぃ?」

頭に「?」の符号を浮かべながら王妃様に尋ねた。

「ハイ、それで「エクロル」一の呪妖使いの上和泉 銘が予言を出したのです。」
「!!」

4人は驚いて身体を勢いよく立たせた。
二人の耳に聞こえた名前と脳裏に浮かんだ人物の名前が一緒だからである。
脳裏に浮かんだ人物の名前は「上和泉 銘(カミイズミ メイ)」
4人が通う学校の教頭の名前だ。

「・・・・すみません。一つ質問がありますが。」

龍介が口を開いた。

「どうぞ。」
「貴方の名前は?」

3人がいっせいに龍介を向いた。
龍介が他人に名前を聞くのは始めてだからだ。
口を半開きにしている真や彗を無視し、王妃が答える。

「メイグラート・メシュルです。」
「そうですか・・・、では本題に入ります。何故僕たちはここにいるんですか?」

皆が一番気になっている事を龍介が聞き出した。
それぞれの想いを自分の口で王妃―――メシュルに発したのだ。

「カミイズミの予言では戦争の途中で魔界の門が開かれ・・・。
 戦争で疲れた各国を潰すとのことです。」
「それで僕たちを呼んだのですか?」
「はい、もう分かっておりますね?カミイズミは貴方達を選んだと言う事です。」

メシュルはコツコツと紅い絨毯の敷かれた階段をスカートを掴んで降りてきた。

「だから・・・。これより貴方達をカミイズミの希望に答えられる様、鍛えます。」
「!!!」

警官を含めた5人はその場で呆然と立ちくした。
鍛えるといきなり言われてもよく分からないからである。
彗や梨奈はもっと豪華に歓迎されると思ってたが、簡単にその思いは砕かれた。

「全てにおいて素人である貴方達はまずこの国の衛兵にすら勝てません。よって、これより修行という物を始めます。」

もとより修行という物に慣れている龍介や真はあまり驚かなかったが。
梨奈や彗には少し辛いかもしれない。

「では、こちらへどうぞ。」

メシュルは右手を右側に向け、一つのドアを指した。
ドアの中央に付けられた丸い玉に「修練」と書かれていた。

「ここは修練の間。貴方たちにはここで修行してもらいます。」

ゴゴゴゴと音を鳴らせてドアが押し開かれた。
メシュルの後に続いて、ドアの中へと5人は入っていった。
ドアが閉められぽつんと残る王様。

「・・・・オレって無視?」


********************


ドアの中に入るとそこにはもう2つドアがあった。
一つは「心」一つは「力」。

「これより彗さんと梨奈さんは力、真さんと龍介さんは心に入ってください。」

右手で心、左手で力を指しながらメシュルが言った。

「あ、入る前に、真さん達は武器を持っていかないで下さい。
 後、梨奈さんと彗さんはコレをお持ちください。」

龍介と真は木刀を取られて、梨奈と彗はナイフを渡された。

「では、詳しい説明はドアに入った後聞かされると思うので」

二人組みに分かれた四人はそれぞれの部屋に入っていった。
警官一人を置いて・・・・。

「・・・私は一体?」

〜第五章〜試練の始まり

先程いた豪華な部屋とは全く違う殺風景な部屋。
眼に見えるのは緑の無い大きな山だけである。
肌寒い風が容赦なく彗と梨奈の肌に吹き付ける。
快晴と言うには程遠く。灰色の雲が沢山並んでいる。

「では、これより山の頂上まで手に持っているナイフ一本だけで上って来て下さい。」

空から響くように声が二人の耳に降ってきた。
エコーが23回かかり、虚しく消えていく。

「これだけでぇ!? ちょっと無理があるんじゃあ・・・・」
「エクロルでは男も女も関係ありません。必要最低限の体力とサバイバル、それに状況判断力、その他諸々が必要です。」

ロボットとはまた違う無機質な声が喋り続けた。
時々吹き付ける風の音で聞こえにくい時もあるが、
それでもちゃんと耳に入ってくる。
男のようで女かも知れないどちらとも言えない少し高い声。

「後、僕の名前を紹介しておきます。私の名前は 早乙女 昂(さおとめ こう)
です。貴方達と同じ日本から来たものです。ここから先は私がナビゲートを行いますので。」

自己紹介を終えるとその声はプツっとラジオのテープが切れる様に消えていった。
此方の言いたいことも言わせてくれず一方的に切って行ったナビに不満を感じる梨奈。
この場で不満を感じて立っている訳にも行かないので砂利道を歩き出した。

******************************


さっきと同じような紫の渦の空間。上下左右も無い空間。
三半規管や平行感覚が鍛えられている二人にとっては大丈夫だが、
何の訓練もされていない通常の人ならとっくに嘔吐しているトコロだろう。
不規則に動き続ける紫の渦。濃い紫や薄い紫が混じってグルグルと回っている。

「こんにちわ〜。」

愛敬のある可愛らしい女の子と声が聞こえた。
こちらは木霊するではなくハッキリと耳に聞こえる。
声を妨害する何も無い空間なのでハッキリクッキリと聞こえる。

「とりあえず自己紹介しますね〜。私の 名前は神内 理緒(かみうち りお)です〜。」

ちょっぴり子供っぽい10代前半と思われる声。
恐らくこの子供も自分たちと同じ日本から来た子であろう。

「じゃあ、ここでやる事を説明しますね〜。今から貴方たちには「過去」を克服してもらいます。」

子供の声が試練内容を説明し始めた。
本来木刀を使った肉弾戦を得意とする二人にはあまり似合わない内容である。
しかし龍介と真はがぜんやるきだ。

「過去を?」

龍介が何も無い上方向を見上げて話しかけた。

「ハイ、昔あったツラ〜イ出来事。見ていることしか出来なかった出来事を「今」
の貴方たちの精神世界に持ってきます。」
「よーするに、その精神付加に耐えろってこと?」
「セイカ〜イ。物分かりいいねぇ〜。」

真が先に答えをいい。女の子の声が解答を言った真を褒めた。
周りの景色がぶれ出し、龍介には龍介の。真には真の精神世界が映し出された。
小さい頃の龍介の記憶。真の記憶。二人の記憶が「ソレ」に合わせられた。

*****************************

風が寒い。制服姿の二人の体温を簡単に奪っていく。
デコボコな坂の砂利道を足をそろえて音を立てながら上っていく。
小鳥が囀る声も無く。木漏れ日の音もしない。太陽の日差しも無い。
いつもは当たり前に感じている光の放射線。無くなって初めて気付く大切な物。
二人は体温を逃がさないように体を縮めている。

「それにしてもホント何も無いね〜・・・。」

彗が唐突に口を開いた。このまま黙って歩くより口を動かした方が暖かくなると思ったからだ。
梨奈からの返事は無い。どうしたのだろう?と思いさらに声をかける。

「どうしたの?何かあった。」
「イヤぁ、ちょっと気が滅入っちゃってネ・・・」

顔を横の彗の方に向け唇を逆かまぼこの様に開いた。

「何で?」
「何で?って・・・普通の山は! 小鳥の囀る音で疲れも忘れ! 木漏れ日の音で癒される! そして太陽の日光で体はぽっかぽかのはず! なのに・・・」
「なのにここにはソレが無い?」

梨奈が言うであろう事を彗が先に言ってしまった。
梨奈は静かにウン・・・と頷きまた前を見る。
スモーク混じりの吐息が口からこぼれる。

「それでも・・・絶対に上り切ってやるわ。こんな山ぐらい!」

瞳を決して前からそらさずに、力強く足を前に進める。
彗もこの時ばかりは梨奈が太陽に思えた。

****************************

龍介の記憶によみがえるのは「あの日」の思い出。
昔大切な人を守れなかった忘れかけた思い出。
悲しい悲しい思い出。



「龍く〜〜〜ん。」

日差しがまぶしく、紫外線も一段と強くなる夏。
ミンミンとせみが五月蝿く鳴いている。
木漏れ日の中を麦藁帽子を被った半そで半ズボンの女の子が走りよって来た。
白いYシャツに蒼いズボン、通気性も良い軽い服装。
その服装のおかげで簡単に走ることが出来る。

「あ、おはよ〜〜。早く行かないと、皆に先越されるよ、恵ちゃん?」

恵ちゃんと呼ばれる少女。「坂下 恵(さかした けい)。
夏休みのプールの練習活動。この日二人は一番乗りで来ようとヤクソクした。
大体朝の9時から始まり、12時に終る。皆が泳げる様になる為の授業とはまた違う練習。
このとき、龍介と恵の年齢は11歳、小学4年生だ。
この日の4年生のバタフライ、恐らく最も手足を疲れさせる泳ぎ方。
今の時間は8時丁度。時計を持ってきた龍介は早く行こう!と足を急がせた。

「良し!まだ誰も来てない! いっちゃ〜〜くっ!」

既に開かれているプールの鉄ドアをジャンプで跳び越し、タンと地面を踏む。
と思いきや履いているサンダルを急いで脱ぎ捨てながら更衣室へと走っていく。
別々の更衣室のドアを同時に勢いよく開け、急いで着替える。
まだ入れられていない消毒槽を溜め、二人で手を頭につけ、10を数える。
シャワーでタンタンと足踏みしてからプールサイドへと駆け抜けていく。
二人は律儀に屈伸から深呼吸まで体操をきっちりこなす。
時間は8時20分。充分に時間はある。
まず龍介はあまり泳ぎが得意ではない恵に泳ぎを教える。

「平泳ぎの基本は・・・ヒトかきヒト蹴りだよ?」
「え〜と・・・ヒトかき・・・ヒト蹴り?」

ぎこちなく手足をかくが、全く前に進まない。
それどころかドンドン沈んで行っている。
驚く龍介は急いで恵を抱き上げる。
子供の龍介にはまだ力が余りついていないが、水中なので簡単に引き上げられる。

「大丈夫?」

心配した龍介は急いで恵をプールサイドまで引き上げてくる。
しばらくゼイゼイと言っていたがすぐに笑顔を取り戻す。
上手くいかないね。とニッコリ笑い、すぐまた練習をやり直す。
20分経ち、早めに来た同級生集団が来た時。初めて平泳ぎが出来た。

「あ・・・」

いきなり出来て上手く実感できなかったが、確かに進んだ。
それからもう一回。またもう一回、さらにもう一回と続ける。
自分は出来たという喜びを同級生と分かち合う恵。
先生が来るまでの10分間、さらに練習を続けた。
帽子を被り、メガホンをぶら下げてきた先生に恵は近況報告した。
先生もヤッタなオイ! と恵の頭を水泳帽の上からクシャクシャとしてくれた。
やがて練習も始まり、平泳ぎの練習の時が来た。
いつもビリだった恵だが、今日という今日は、という風に頑張り。見事一位を勝ち取った。

今日は11時から12時までの一時間。水泳のテストをする。
6コースまでヒトを並べ、順番に泳がせていく。
他の人より早く行こうとし、よりタイムを伸ばせる訳である。
6年生と同じくらい早い龍介は、6年生組の3コースに入った。
水中ゴーグルは付けずに、手足をブラブラさせながら飛び込み台に立ち上がる。
龍介曰く、「泳いでいる時にゴーグルが外れる」そうだ。

「用意・・・・」

身体をグッと前に曲げ、足の指を飛び込み台の先端に引っ掛ける。
手先をピンと伸ばし、足の指につく位まで身体を曲げる。

パンッ――――!

激しい火薬の音と共に龍介が誰よりも早く飛び込んだ。
完璧なスタート、ザブン! という体からではなく。
ジャッ・・・パン。という手の先から見事に滑る様に入って行き、最後の足で音がなる。
見事なまでの飛び込み、ここまでは上出来。しかしここからだ。
いくら早いと行っても、今日は100メートル。初めての龍介には少しキツイ。
バタ足を一生懸命しながら手をかく。
顔は真下ではなく顎を引いて、少し後ろを向く。
水の抵抗も受けずに、息継ぎも4回手をかいで一回とまさに完璧。
6年生達をぐんぐん引き離し、6年生が25付いている頃には既に50メートル手前。
ココらへんから100メートルはきつくなって来る。
4回に一度の息継ぎも、今では3回に一度になってきた。
75メートル地点まで来て、帰って来る頃には二回に一回。
今すぐにでも足を立たせたい。息をしたい。
そんな思いが龍介の頭にドンドンと流れてくる。
しかし今日は恵も頑張ったのだ。自分も頑張らなくては。
最後の15メートルでさらに6年生達を突き放す。
残り10メートル。9・・・8・・・7・・・
せめて最後の10メートルくらいは息継ぎ無しで・・・。
3・・・2・・・1。
タンッ!
水をくぐらせた手が思い切り壁を叩いた。

「植田龍介・・・1分8秒!!」

歓声が沸きあがり、先生も飛んできた。

「植田ぁ! お前オリンピック行けるんじゃないのか!? その歳でオォイ!」

先生の行ったとおり、1分8とは普通の小学生ではまずありえないタイム。
プールサイドに上がってくると。その場で力尽きて龍介は倒れこんだ。
まどろみの中に溶け込んでいく意識の中で「オイ、保健室へ連れて行け!」
と先生の叫ぶ声が聞こえた。



保健室〜

「ん・・・」

龍介が眼を覚ますと。爽やかな風が暑い日光と共に龍介にかかってきた。
記憶を辿らせ、自分がプールサイドまで上がったのまでを思い出した。

「そうだ・・・タイムは・・・?」

疲労のあまり、タイムを聞いていなかった龍介はすぐに立ち上がろうとした。

「っってぇっ!!」

体中のあちこちが猛烈に痛む。筋肉痛だ。
1分8という好成績の、強烈な激痛が代償となった。
あまりの痛みにまたベッドに倒れこんだ時、ドアが音を立てて開いた。

「あ、もう起きたの?」

恵がドアを後ろ手にカラカラと閉めながら保健室に入ってきた。

「あんまり無茶したらダメだよ? 体の事もあるし・・・」
「大丈夫、もう1時だし・・・そろそろ帰ろう」

ゆっくりと起き上がり、置いてあったサンダルに足を入れた。

「ホントに大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫さ・・・。早く帰らないと、お母さんが心配するし・・・」

恵の手を引っ張り、保健室の外に繋がるドアから直接出た。
手を引っ張ったにもかかわらず恵の肩を借りる龍介。
途中の自動販売機でジュースを買おうとした時だった。

「君たち〜。お小遣いくれるかなぁ?」

ガラの悪い高校生が龍介と恵の背後に立ちはだかった。
ボンタンを履き、明らかなシャツ出し、明らかなタバコ。

「・・・イヤに決まってるジャン・・・親からもらった大切なお金・・・!」

龍介がキッと高校生をにらみつけた。
ガスッ!!!
景色がブレた後、龍介の体が吹き飛んだ。
お腹にものすごい激痛。龍介の体はバウンドしながら地面を転がった。
一瞬息が出来なかった。痛みがまた容赦なく襲い掛かる。
高校生が振り上げた足をまた地面に置いた。

「いいから・・・金渡せっつってんだよオラガキ」

高校生が恵を見下ろす。カクカク震えている恵と身長をあわせるためその場にしゃがんだ。

「お譲ちゃんはお金・・・くれるよねぇ? 痛い目に会いたくなかったら・・・」

ニッコリと笑い高校生は恵に尋ねた。
恵は涙を浮かべながらカクカクと震えていて喋らない。

「早く・・・渡せっつってんだよ!!」

恵の顔を思い切り叩いた。

「子供だからって容赦しねぇぞオラァ!」

倒れている恵にさらにけりを何度もくらわせる高校生。
龍介は擦れる景色の中で恵が蹴られているのを見た。
何とか起き上がり近くの木の棒を持つと、後ろから頭に殴りかかった。

「ガッ!!?」
「恵を・・・き・・・づつけ・・・るなぁ・・・!」
「・・・んのカスがぁっ!!!!」

ゴッ!!

裏拳が龍介の鼻っ面を捕らえた。鼻血が一気に流出する。
一回転し、アスファルトの上を転がった。
必死で鼻を押さえている龍介にさらに高校生は頭を踏みつけた。

「どうしてくれんだよぉ・・・血が出ちまったじゃねぇか! アァンッ!?」

踏みつけた足をもう一方の足膝位まで上げ、もう一度踏み潰した。
それでも足りないらしく、何度も何度も足を上げては踏み潰す。
既に龍介の頭から血が滲んできてるが、踏む事をやめない。
とどめとばかりに龍介の使った木の棒で頭に殴りかかった。
ビクンッ
一度龍介の体が痙攣し、それっきり動かなくなった。
龍介の目は開いているが、殆ど何も見えなかった。
高校生がもう一度振りかぶり、殴りかかろうとした時、覚悟して眼をつぶった。
ガンッ!
高校生の後頭部に何かがぶつかった。大きい何かが。
頭に当たり地面に落ちたそれは灰色をした角張りの石だ。
高校生が恵の方を向いた時点で、龍介の意識は無くなった。

(ヤメ・・・ロ・・・)

薬品の匂いや洗浄器の臭い匂い。
その匂いの中で龍介は天井を見た。

「ここ・・・は・・・? 恵・・・は!?」

ベッドから起きると、そこには龍介の両親や診察の先生ががん首そろえていた。
喜びのあまり泣き崩れる母親、それをささえる父親。そして先生。

「恵は!? 恵はどうなったんですか!?」

先生に叫び、問い続けた。
先生はゴモゴモと口を濁らせてからこう言った。

「・・・死亡しました。」
「っ!?」
「原因は極度の出血多量でしょうね」

顔色が真っ青になった龍介は我に返り、部屋を後にした。
恵の病室を必死で探し、坂下恵の表札を探すと急いで病室に入った。
ドアを開け、部屋の中に眼をやると、そこには白い布を被って寝てる人がいた。
そのベッドの横で泣き喚く女の人と男の人。

「ハ、ハハ・・・嘘だろ? 恵・・・?」

その場にペタンと座り込むと。瞼から涙がボロボロこぼれた。
眼をゴシゴシとこすり、それが現実である事を認識するとまた涙が出てきた。
怒り、恨みと悲しみが一気に体中を駆け巡る。
コブシを握り、その場で地面を殴りつけた。
何度も、何度も何度も何度も何度も、血が出ても殴り続けた。

「なんでだよ・・・何で恵が・・・何でだよ・・・チクショウ・・チク・・」

声が途中から出なくなった。それでも涙を拭き、顔を上に向け叫んだ。

「チクショオオオオオォォォァァゥゥゥゥゥ・・・!!!」


****************************


叫び声が消えていくと同時に視界が暗くなっていく。
暗いくらい闇の世界。龍介が作り出した憎しみの世界。

「・・・ここは?」

闇の世界の中で漂っていた龍介が目を覚ました。

「おはようございま〜す」

闇の世界でも聞こえる子供の声。

「さて、これから本当の試練を始めます〜用意はいいですか〜?」
「本当の・・・・?」

キィィィン―――
闇の空間に足場が現れた。龍介は着地すると、「それ」に眼をやった。
もう一人の自分。その代わり表情や髪の色が全然違う。
茶色っぽい龍介に対して目の前にいるのは真っ赤。炎のような髪の毛。
普段はおっとりしている龍介に対し、それは怒りの表情。

「これは・・・まさか・・・」
「そうです! 今から貴方には憎しみ、つまり自分自身と戦ってもらいます。
 もたもたしてると斬られちゃいますよ?」
「え・・・」

龍介がその声に反応し、目の前の自分を向いた。
すでにソイツは剣を持っており、コチラへ飛び掛ってきている。
その場で跳躍し、地面に向けて一刀両断。

「うあっ!?」

剣道をするもの独特の見切りで何とかかわす。

「くっ! 武器は!?無いと勝てるはずが無いじゃないか!」
「武器はね〜。自分が想像すればいいよ〜。頭の中で思い描いてみて!」
(頭の中で・・・イメージ・・・イメージ・・・!!)

その場で動きを止め、眼を閉じた。
精神集中している龍介に憎しみは斬りかかる。
スパンッ!!
何かが何かを切り裂く音。しかし龍介は血一つ流していなかった。
龍介のポーズは何かを振りぬいた後のポーズ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンっ!・・・・ザクッ!
憎しみの持っていた剣がキレイに途中からなくなっている。
その無くなった先は地面に突き刺さった。

「これは・・・日本刀? イヤ、違う・・・? 一体?」
「それは貴方が強く頭の中で描いたモノ・・・水晶剣「水無月」」
「水晶剣・・・「水無月」?」
「そう、特殊液体金属を使って出来た一振り、貴方の意志に対応して伸縮するわ」
「水無月か・・・ようし!」

水無月を強く握ると、憎しみの方へ一段と踏み込んでゆく。
憎しみとの距離はおよそ2メートル。3段目で懐へと潜り込んだ。
抜刀の構えから斜め上へ振り上げる。憎しみはすぐにしゃがんだ。
地面に手をつき、龍介の腹に蹴りを入れる―――が。
キッチリ蹴られる直前に後ろへ飛びずさる。
衝撃を逃がす事によってダメージを軽減する。

「剛閃柳術(ごうせんりゅう)・・・「柳」。」

龍介がその技の名前を呟くと、すぐさま憎しみに突進した。
「剛閃柳術」・・・龍介が通う。もとい龍介の家の流派。
その一閃は鉄をも切り裂き、その動きは柳のように・・・。
今龍介が使った技は基本中の基本だが、基本ゆえに習得が難しい。
本来龍介の家にある一振り・・・「零」を振れば一人前になる・・・が。
今回2度剣を振ったこと。それと龍介の才能が開花し。全てをたった今習得した。
13個を除いて。
憎しみはすぐに剣をもう一度再構築し、龍介の突進を受け止める。
ギチギチと刀身と刀身のぶつかる音が聞こえる。
鍔迫り合いには持っていかず、龍介は一度水無月を引く。
自分の力を支えるものがなうなった憎しみはバランスを崩した。

「剛閃柳術・・・『覇刃 抜刀』!!」

引いた体を居合いに直し、体を極限までひねり、抜刀する。
憎しみは盾を再構築する・・・が。それごと吹き飛ばされた。
盾は粉々に砕け。自分の肩には切り傷が、致命傷とは言えないが、ひどい痛み。
それでもすぐに悪笑を浮かべると。槍を構築した。

「・・・破っ!」

その場で槍を突き出すと。地面が抉れ、石つぶてが飛んでくる。
水無月の刀身を縮め、振りやすくすると全てを叩き落す。

「間合いの外からの攻撃か・・・! それぐらい! 僕にも出来る!」

居合いに構えなおし、水無月を元のサイズにもどす。
呼吸術を使い、乱れた息を直し、眼をもう一度閉じる。
絶対的な集中力。愾を溜める。水無月を割れるぐらい握ると眼を見開いた。

「瞬迅飛爪! 破壁猛墜! 飛べ!! 『双刃翼』!!」

一度真っ直ぐ真上に水無月を振り上げた後、左手も使い振り下ろす。
空気の焼ききれる音。焦げた匂いが龍介の鼻をつく。
地面を抉れながら飛んでくるソレは、憎しみの石つぶて全てを粉砕する。
盾を二つ構築し、防御に専念する。
飛んできたソレは盾を二つとも破壊した。
憎しみは弓を構築し、龍介の心臓に狙いを定めたが。
もう一つの刃が憎しみを襲う。憎しみと弓を引き裂いた。
体上半身が契れ飛びながらも憎しみは邪笑を浮かべ、消えていった。

「技の名には意味がある・・・。『双刃翼』は文字通り翼持つ二つの刃が敵を襲う・・・だね」

全身に疲労を感じた龍介は、ペタンとその場に膝をついた。
呼吸も完璧乱れ、水無月も地面に落とした。
カラン―――
水無月を落とした音は、暗い闇の中に響いていった。


***************************


「つめたっ!!」

雪が降って来た。白い結晶は梨奈の首筋に入ってきた。
酷く冷たい感覚、雪はやがて吹雪いて来た。

「さむぅっ! あ、横穴を発見! 早速入ろう!」

岩壁に横穴を見つけた梨奈と彗は寒さをしのぐ為、横穴に入っていった。
横穴の中にしては以外に広い、人が10人は入れる広さ。
天井も結構高い、3.4メートルといったところだ。
横穴の中も寒い、流石に制服姿では寒さをしのげない。
梨奈は彗に穴から出ないようにと言い、枝木と集めに行った。
既に外は吹雪いており、視界がよく分からない。
真っ白な雪の世界、とまでは行かないがやはり寒い。
こんな事なら今日学校にコートを着て来れば良かった。
今更そんな事を言っても仕方が無い。梨奈は走り出した。
こんな木が殆ど無いような所で枝木など見つかるのか・・・。
口に出そうと思ったが無意味なので飲み込んだ。

20分後〜

意外に枝木は多く見つかった、程よい長さのもの。面積の広いもの。など等。
岩の下など、岩壁の裏に沢山あった。
大量だった梨奈は少しだけ笑みをこぼし、横穴へと戻っていった。
横穴の中では彗が既に眠りこけていた。

「ね、寝ちゃダメー! 死ぬぞーー! オォォイッ!!」

彗の胸倉を掴んでペシペシとほっぺをはたいた。
ハッと眼を覚ましキョロキョロと辺りを見回した。

「う〜ん・・・お母さぁん・・・まだ学校には早いよぉ・・・」
「寝ぼけんなーーーっ!」

ゴシゴシと眼をこすってる彗を思い切り揺さぶった。
今度こそ眼を覚ました彗はいきなり立ち上がった。

「・・・朝ごはんは?」

もういいやと無視して、枝木をその場にドサッと置いた。
ゴソゴソと懐から「あるはず」のライターを取り出した。

「良し! コレで寒さとお別れね! イグニッション(点火)!!・・・あれ?」

指が何かを滑らせる動作を取ったが、それはあっけなく空を切った。
いつもなら持ち歩いているはずのライターがない。どういうことだ?

「・・・ああっ!! ライターも取り上げやがったなぁ!? 王妃様め!!」

恐らくメシュルに取り上げられたんだろうライター。
普段はあまり使わなかったがこんな場面で使うハメになるとは・・・。
なくなって始めて気付く「ソレ」の大事さ。それを痛感すると梨奈は考えた。
火をつける方法を。昔確か真がライターを使わず火をつけた記憶が・・・。

「あー、確か原始人みたいにコシュコシュやるヤツだよねー」

・・・ん?
今言葉にしたっけ?梨奈はすぐさま彗の方へと振り向いた。
ニコニコと笑っている彗。その笑顔を見ると梨奈はもう一度枝木の方へ向いた。
まずはこするための木の「台の木」を探す。なるだけ面積の広いものを。
一番最初に見つかった岩壁の裏にあったものを使用。
次にこするための木、丈夫で長い物が欲しい。
簡単に見つかった、折れにくそうで丁度良い長さのモノが。

「何か簡単に見つかるなぁ・・・まさか最初からこうなるように出来てたとか?」

まさかぁと一人で苦笑いし、ナイフで面積の広い・・・木Bにくぼみをつけた。
長い・・・木Aと同じ広さに彫ると、今度は木の皮を細かく削り火種の元を。
まず木の皮をナイフで切り取り、ソレを細かく斬ると、石ですりつぶす。
そうして出来た細かい粉をくぼみにいれ、木Aで一気にこする。
まず彗が最初にこすると言い出たが、全然火がつく気配は無い。
頑張って何度もこするが煙すら出てこない。
イライラしら梨奈は彗から木の棒を奪い取った。

「ウラーーッ! そんなモンで火はつかないわァーー!! 貸してっ!!」

彗から木の棒を奪い取るとコシュコシュではなくゴリゴリとこすった。
ものすごい勢いで掌で棒をまわすとやがて火種に火がついてきた。
ヤッタッ! と火種を枝木に放り込むと、横穴の入り口から入ってきた風に消された。
口を半開き・・・というか大開きにするとそのままガクッとうなだれた。
絶望色に染まり、また開き直る。今度は入り口を自分の背中で防ぐ。
そしてその間に彗が火をつけるという作戦だ。
梨奈が入り口に立ちふさがり。風を防いだ。
彗の弱い力でこする事30分。ようやく火種に火がついた。
急いで彗はソレを放り込むと、フーフーと息を吹きかけた。
弱々しい息、梨奈は彗と場所を交代すると、強く息を吹きかけた。

ボッ!! メラメラメラ・・・

勢いよく火はついた。バチバチと音をたたせる。
ゆらぁッと影が天井に現れ、その二つの影は場所を交代した。
梨奈は入り口の近くにあった大きい石を入り口に置いてふさいだ。
横穴の中に吹いていた風はやみ、隙間からヒュウヒュウと吹いてくる。
彗は予備にあった枝木を次々に放り込んだ。
勢いよく炎は立ち上がり、周りを照らす。
入り口をふさいだので中は焚き火の光だけで薄暗い。
全てがひと段落つき、ホっと安心すると、その場で眠りこけた。


***********************************


「ふぃ〜・・・王様ぁ、いい加減すねるのやめたらどうっすかぁ?」

梨奈を最初に迎えた男・・・「リハード・シュメルツ」が煙を吹き出した。
灰だけになったタバコをポケット灰皿に擦り付けた。
リハードの視線の先にいるのは王座の背もたれの方に向いている王様。
無理に王座の上で三角すわりをしている王様の姿。
背もたれに顔を向けてシクシクと泣いている。
背中からは寂しいオーラが絶えず発生している。

「いいのさ・・・俺は所詮無視される宿命なのさ・・フッ・・・」

ブツブツと呪文のような声で何かを呟いている。
リハードはフゥと頭を抱えると外に広がる青空に眼をやった。

「もうそろそろ・・・試練終る頃だな」


              クロニクル
           六章〜梨奈・彗 続編〜


横穴の中で寒さをしのいで、歩き出す事三日間。
既に梨奈と彗はヨロヨロだ。顔もボロボロ。
この三日間、不思議な事や恐ろしい出来事がすごく多かった。

早乙女の「其の思いは通ずる、ならば上を目指せ、先を目指せ」
・・・からホントに色々な出来事が起きた。

蜂の集団に追いかけられたり。
小型だけどクマに襲われたり(3回くらい)。
岩崩にあったり。
変な声が聞こえたり。
謎の生命体に遭遇したり。

死にかけた。クマに襲われたときなど、ナイフ一本では到底適わなかった。
知恵を降りしぼり、協力し、地形を利用してようやく殺せた。

蜂の集団に追いかけられた時は焚き火の近くまで来て、風を利用して追い払った。
正確には「焼き払った」。

岩崩の時などは岩の動きに注意しながら慎重に動き、壁の陰に隠れながら進む。
壁に背中を貼り付けて恐る恐る崩落が「怒らないよう」に気をつける。

そして変な声、とてもこの世のものとは思えない叫び声。
真夜中にその声がドンドンこちらへ近づいてくる。
梨奈と彗はこの時初めて恐怖した。近づいてくる声に。

謎の生命体はもうアレである。「幽霊」みたいなものだ。
「吸収」と言う絵の中に出てくる人みたいに両手で頬を押さえている。
目に光は無く、顔の形が歪んだ「幽霊」。イヤ、「魄霊」だろうか。

それらの畏怖に何とか打ち勝って進んだ三日だが、全く頂上が近づかない。
一時梨奈が「あと少し」と言ったときに近づいてみたが。
彗が「全然遠いよ〜・・・」と言った次の日、頂上は遠ざかった。

「全く・・いつになったら・・・ハッ・・・頂上に・・・ちか・・・つくの?」

拾った木の棒を杖にしてヨレヨレ歩いている彗が言い出した。
征服は既にズタズタになっている。

「さぁ・・・。頑張れば、いつかつくよ・・・」

梨奈もフラフラ歩きながら口を開く。
左右に揺れながらも足を踏みとどめ、何とか歩く。

「っていうか・・・こんな時に大きいクマに襲われたりでもした―――」

ズガァッ!! 

「!?」

右のほうから何かを砕く音が鳴り響いた。
その方向を見ると、岩の影から黒い毛皮の手と白い息が見えた。
その手は岩を掴むとその姿をあらわにした。

その姿は、黒くて、大きくて、怖くて、とても異臭を放つ「クマ」だ。
その目でコチラをギョロリと見ると、四速歩行でノッシノッシと歩いてきた。

梨奈と彗は身構えるとナイフを腰から取り出した。
まず梨奈が今の状況、地形を把握すると彗を連れて岩壁に隠れた。

「いいっ? あのクマの上にクマより大きい岩があるわ。あれを落とそう。
 かなり上のがけのほうにあるけど・・・、あの高さなら確実にアレを殺せる。」
「でも・・・クマを引き付ける方はどっちがするの? 私がするよ?」
「ダメっ! 危険すぎるっ・・・それは私がやるわ。いい? 岩の後ろまでついていつでも落とせるような状態になったら思い切り叫んで。私がそこまで誘導する。動けなくて、それでいて頭に当たる状況を作ったら今度は私が思いきり大声で叫ぶ。ソコを狙って・・・落として。」

長ったらしい説明を終えると梨奈はナイフで岩壁から石を切り出した。
手にもてるだけ持つと彗の方へと振り向いた。

「あそこまでの道順はわかるよね?」
「分かるけど・・・梨奈はどうなるの? 岩からチャント逃げれる?」
「・・・当っ然! アタシに不可能な事は無ーーいっ!」

そう・・・と静かに微笑むと岩の方へとガケを手足を使って登り始めた。
彗の姿を見送ると梨奈は深呼吸をし、岩壁からクマの方へと出向いた。

「あんたみたいなデカブツの攻撃、かわすのは簡単・・・」

ヒュッと石をクマの目に投げると全速力でクマへと走っていった。


****************************

リハードは懐から取り出した煙草に火をつけると試練の間に入った。
そこには先ほどの4人組はいなくて、メシュルと警官が二人で話しをしていた。
警官の方は何を言われてるのか良く分からないのでアセアセしている。

「どうしたんですかぃメシュル様?」
「イヤ、ちょっと話をしていて・・・」

メシュルはあらかた話し終えたと言うとそこにある鏡みたいなものを見た。
その鏡に見えるのはクマに向かっていく梨奈。

「この子には『呪放』の才能がある・・・」
「ええ、いずれ。イヤ、この戦闘で開花するでしょうね」

メシュルにあいづちを打つとリハードは煙草を携帯灰皿に擦り付ける。
もう一本を吸い出すとメシュルにこう言った。

「ところで・・・王様放って置いて良いんですか? 泣いてましたぜ?」
「いいのです。アクマで無理する方針で行きなさい」
「・・・ラジャーッ」

****************************

ビシッビシッ!

角張のある石がクマの目に当たった。
両手で目を押さえその体を大きくくの字に曲げた。
梨奈はナイフの先っぽを地面に向け、クマの横へと回りこみ、一気に腕へ突き出す。

光が鏡の様なナイフに反射しキラリと光る。その光が真っ赤に染まる。
クマの左腕に突き刺さった冷たい感触と激しい痛み。
梨奈はすぐさまナイフを引き抜くとピッとナイフを振った。
ナイフにへばり付いた血のりが地面に数滴勢いよく飛び散った。

クマは刺された所を右腕で抑えながらも突進してきた。
細かく砕いた小石を目潰しに使い、その身をかわす。
右手で逆手に持ち、左手に柄を押し付け、振りかぶり背中に振り下ろす。

「ギャアアァァッ!!」

ナイフは見事に延髄のすぐ下に突き刺さった。
クマは体を大きく振って梨奈を弾き飛ばした。

「カ・・・ハ・・・ッ」

岩壁に背中を思い切りぶつけた梨奈の口から唾液が飛び出る。
壁に打ち付けられバウンドすると、俯きに倒れこんだ。
立ち上がろうとするが肘に力が入らない。前を見るとクマが走ってきた。

「くっ!!」

右に転がり何とかくまの進撃をかわす。
ようやく力が戻り立ち上がった。ナイフはクマに突き刺さったままだ。
梨奈は石をまた拾い集めるとクマの気をひくようにクマのすぐ横へ投げた。
石が落ちる音の方へクマが振向くと梨奈はクマの後ろに周り、ナイフを抜いた。

ズルッ

もはやナイフの刃全体が真っ赤に染まってきた。
梨奈は血を振り払うと岩壁に隠れた。
激しい痛みを必死で奥歯に持っていこうとする。
頭がぐらぐらとする。片手で額を押さえると梨奈は瞼を閉じた。
真に教えてもらった基本。一番落着く事ができる方法だ。
瞼を閉じたまま大きく深呼吸する。そして地に足がついてるを確信する。
ユックリ瞼を開けると岩壁から姿をだした。
クマはこちらを恐ろしい形相で伺っている。

「もうすぐ・・・彗から合図が来る・・・それまで耐えないと」

梨奈は石を23個切り出すと歩き出した。
クマが先ほどとは全然違う速度で走ってきた。
前足と後ろ足を上手く使い、頭から突進してきた。
梨奈はそれを軽やかにかわした。
クマはその場で踏みとどまり、左腕で梨奈の体をなぎ払った。

「ッッッ!?」

景色が一気に遠くなった。頭をぶつけて血が一気に出てくる。
自分の後頭部を触り、血がどれくらいでてるかを確認する。
そんなに出ていない。しかし死ぬほど痛いことには変りはない。
目の前がグラグラ出はなくグワングワンと捻じれている。
意識を朦朧とさせながらも何とか意識を保とうとするが、無意味である。
梨奈は手に持っているナイフを自分の足に突きつけた。

「ぎッ・・・ウゥ・・・ああっ!!」

痛みを必死にこらえて意識を取り戻す。
軽く刺しただけだが痛みが全身に広がる。

「梨奈ああああぁぁぁっ!!!」

準備が出来た合図だ。梨奈は意識を保ち、クマに向かった。


なんだろう。体が熱い。
なんだろう。頭がスッキリする。
なんだろう。頭の中に言葉が入ってくる。


梨奈はナイフを前に構え、頭から飛び込み、クマの腹にナイフを深く刺した。
刺したナイフを全力でまわし、クマの腹を抉る。
クマは叫び声を上げ、梨奈の背中に腕をたたきつけた。

「彗っ!!! 今だーーーーーっ!!!」

梨奈は痛みをこらえ、思い切り叫んだ。
それから数秒後、大きい音がだんだん近づいてくる。
クマの背中の向こうに見えるのはクマをはるかに上回る岩。
クマは後ろに振り返ろうとするとナイフがますます抉られる。
クマがどちらに集中しようかと迷っている隙に岩はクマの後頭部に当たる。

岩はバラバラに砕け、クマの後頭部も砕けた。
既に死んでいるクマは梨奈に向かって倒れこんだ。
梨奈は最後の力を振り絞りクマと地面の間から抜け出した。

彗が岩が転がった後の崖道から走ってきた。

「梨奈ーーー! だーいじょーぶーーー!?」

こけながらも梨奈の方へ走ってくる。梨奈のそばに駆け寄った。
彗は涙を流しながらも梨奈に言葉を幾つも投げかける。
梨奈も終ったんだな。と思うと彗の頭に手を置いた。

「終ったよ・・・さぁ、後は上るだけっ」
「うん、うん・・・う―――」

彗が突如視界から消え去った。彗のいた位置の後ろにいるのはさっきのクマ。
梨奈のはるか後ろの方でドサッと何かが落ちた。
血だらけになっている「何か」。
水色の長い髪が血の赤が混じり紫色になっている「何か」。
梨奈はソレすぐに判別し足を引きずりながらも行く。
ゴロンと彗の顔が梨奈の方へ向く。血だらけの顔が梨奈を見て意識を失った。

「・・・に・・・くれん・・・よ」

梨奈の口からボソボソとした声が漏れてくる。

「何してくれんのよ・・・」

続けて言葉を発する。梨奈の周囲の空気が変化した。

「人の友達に・・・何してくれてんの・・・・」

梨奈の短くも長くも無い髪の毛が浮き上がる。
さっき聞こえた言葉が今度ははっきりと聞こえる。

「なんてことするの!!!!」

頭の中に流れてくる言葉を声に出さずそのまま頭の中で復唱する。

(崇高たる神が住まう天から落ちるは光 滅せよ。砕け。その骨筋を)

立ち上がり腕を空に伸ばすと雲から一筋の光がクマめがけて降り注いだ。


『ディヒューマナイズ・アロー』

一筋の光の中に幾千もの光の矢が集まっている。
クマの額に映された光がクマ全体を包み込み、幾千の矢がクマに突き刺さった。
刺さった部分が焼切れてなくなって行く。矢はドンドンクマの体を覆いつくす。
やがてクマは叫び声と共に消えてなくなった。

「お・・・わった? あ、そうだっ彗!? 大丈夫!?」

梨奈はすぐさま振り返りしゃがんだ。

「だ〜いじょうぶだよ。私はね」
「へ・・・?」

彗はケロリとしていた。血が出ているはずなのに。

「へへー。ナイフが無かったらホントに死んでるところだったかも〜」

彗の右手に持っているのはナイフ。コナゴナに刀身は砕けている。
笑顔で彗は立ち上がりながらも梨奈に問いかけた。

「りーなっ。さっきの早乙女さんの言葉覚えてる?」
「其の思いは通ずる、ならば上を目指せ、先を目指せ?」

梨奈は記憶の中を掘り返した。早乙女が言った意味不明な言葉。
彗は口の周りに流れてくる血を拭きながらも言った。

「意味が分かったよ。これはね。ある種の引っ掛けかも・・・・。人の精神面に反映してこの世界は変化する。例えば、まだ着かない・・・と思えば二度と近づかなくなる。もう少し! と思えば本当にもう少しになる。」
「つまり・・・ずっと私たちは動いていなかった訳ね?」
「そうそう・・・だから・・・ココはスタート地点でありゴールでもあるわけ」

彗の言いたいことを全て理解した梨奈はスっと眼を閉じた。
彗も一緒に眼を閉じ、ゴールはココ。と思い込んだ。

リィン―――リィン―――

また聞こえる鈴の音。この音は彗には聞こえるのだろうか・・・。
梨奈の感覚が僅かに先ほどの場所とは変わった。
瞼を開けるとその場は試練の間来ていた。
辺りを見回すと既に真と龍介が疲れて眠っていた。

「どうでした?」

メシュルが歩きよってきた。

「怪我も治ってるって事は・・・さっきのは幻覚?」

梨奈と彗は立ち上がりメシュルへと向く。

「幻覚・・・正確には貴方たちは精神体の状態でした。貴方たちの精神をこの試練の間に同調させ、無理矢理体から引っ張り出していたのです」

言ってることがサッパリ分からない梨奈はスタン・・・と座り込んだ。

「さぁ・・・疲れたでしょう? 今日はもう眠りなさい」

リハードに連れられ梨奈たちは城の二階の客室へと招待された。
そこにはベッドが5つあり、真と龍介は真っ先にベッドに倒れこんだ。
続いて梨奈と彗もベッドに倒れこみ、意識はまどろみの中へと消えていった。
三日間ひたすら眠り続ける4人。しかし。三日目の昼下がりに叫び声が聞こえた。

「伝令! 『神無月』が城の前に出現!!」

不意に聞こえた大きい声に4人はすぐに目を覚ました。
廊下がどたばたとしているので自分たちも階段を下りて一回メシュルの所へ向かった。
メシュルは今城門に向おうとしていた所だったので梨奈たちもついて行った。
城門から向こう側に見えるのは、上半身を短いローブで覆い。
下半身を普通の長ズボンを履き、普通くらいのブーツを履いている髪の長い女。
長い髪をかき上げると思い切りその女は叫んだ。

「アタシの名は神無月!! 神無月 桜花だっ!!」

********************************

「オレはいつまで無視されるんだろうなぁ・・・さっきも客人に気付いてもらえなかったし・・・・」

王様は一人寂しく泣いていた。




















 


















2004/03/02(Tue)15:00:56 公開 / ベル
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■作者からのメッセージ
試練編終了〜。
そろそろ長くて読みにくいので新しく書きます。
では、次は新しいトコでのあとがきであいましょう。
ではではっ!
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