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『落ちていく感情。金魚。』 作者:律 / 未分類 未分類
全角2259文字
容量4518 bytes
原稿用紙約7.85枚
線路沿いにあるオンボロアパート「陽ダマリ荘」は
電車が通るたびに少しだけ揺れる。

この部屋にあるのはTVと小さなちゃぶ台と座布団と、冷蔵庫。
畳の上にポツンと置かれた金魚鉢。それと金魚鉢の住人のサトル。
夜、亜希子は白く細い指でサトルにエサをぽろぽろとあげながら
夫のユキミチの帰りを待っていた。

亜希子は喜べない人。
亜希子は怒れない人。
亜希子は哀しめない人。
亜希子は「喜」「怒」「哀」「楽」を気づかないうちに順番に落としていく病気の人。

唯一、残っている感情は、「楽」。楽しいと思うこと。

「わ!」ユキミチが帰宅してから最初に言った言葉はそれだった。
「なんで電気消してるの?」
「こうするとね、月明かりが綺麗だから」
月明かりに照らされた亜希子と金魚鉢が幻想的で、
ユキミチも「そっか」と電気をつけるのをやめた。
「あ。おみやげ買ってきた。亜希子の好きなハーゲンダッツの抹茶のやつ」
ユキミチはニコッとアイスの入った袋を持ち上げてみせる。
「ありがとう」
亜希子は微笑んでそう言ったが、ユキミチは喜んでないことを知っていた。
実際に亜希子も喜んでなどいなかった。
それはもちろん「喜」という感情を失ってるせいで、
なのに、いつも喜ばせようとアイスを買ってきてしまう理由を
ユキミチはたぶん説明できない。

「ねぇねぇ、ユキミチ君」
亜希子は金魚鉢から目をそらさずに手招きをした。
「んー?」ユキミチは冷蔵庫からビールを取り出し、
ネクタイを緩めながら亜希子の隣に座った。
「サトルの尾びれって何かに似てない?」
「なんだろう?」
「私もわかんないの。なんだろう?」
「ねねね、そこにさ、水の変わりにビール入れたら金魚って酔うと思う?」
ユキミチは話題を変え、金魚鉢にビールをゆっくり垂らそうとした。
「ダメ!」
亜希子は危機を感じて、金魚鉢を自分のところに引き寄せる。
そして、そんなやり取りがなんだか楽しくて笑ってしまう。

金魚鉢の中で、サトルが口をパクパクさせながらゆったりと泳いでいた。

次の日、勤め先の床屋でユキミチは店長に謝っていた。
「私に謝られても困るんだけどね、
怒らせちゃったお客様に謝ってもらわなくちゃ」
ユキミチはお客様のヒゲを剃るときに頬を少しだけ切ってしまった。
もちろんそのお客様はひどく怒って、ユキミチに食ってかかったが
「お代はいらない」(当たり前の話なのだが)ということで
一応、納得はしてもらった。

しかし納得がいかなかったのは店長だった。
「まえもこんなことあったよね?床屋ってね、お客様との信頼関係で成り立ってる部分あるわけ。もうあのお客さん、うちには来ないよ?損害だよ?どうしてくれるの?」
「申し訳ありません」
店長がヒトツ、ため息をつく。
「君、向いてないんじゃないかなぁ?この仕事。
もう今日はあがっていいから」
そう言われ、ユキミチはお疲れ様でしたと一言つぶやき、
店の奥のロッカーへ向かう。
その背中を見ながら店長は言う。
「悪い子じゃないんだけどな。優しくて素直で」
それを聞いていた他の店員が答える。
「仕方ないですよ、奥さんがあれじゃぁ仕事も身に入りませんって」

「ただいま」
玄関の扉を開けると、
亜希子は暗い部屋でサトルの金魚鉢をぼんやり見ていた。
「おかえり」
そういって亜希子が手招きをして、ユキミチを呼ぶ。
ユキミチはビールを取り、昨日と同じように亜希子の隣に座ったのだが、
昨日と違うことがひとつだけあることに気づいた。

金魚鉢の中でサトルが少し膨らんだお腹をこちらに向け、
水の揺れに逆らうことなく、ただ浮いている。

「サトルが亡くなったよ」亜希子は淡々とそう告げた。
「私、サトルのことすごく大切に大切に育ててきたのに、
なんでこんなに哀しくないんだろう」
ユキミチには返す言葉が見当たらなかった。
「哀しいときにはちゃんと泣きたいよ。ユキミチ君がお土産を買ってきてくれたときには、ちゃんと喜びたいよ」
亜希子はサトルを見ながら、泣くこともなく、怒ることもなく、ただ思いついた言葉だけを吐き出すように語った。

「なんで私には感情がないんだろう」

そう亜希子が言った瞬間、ユキミチは自分の胸に亜希子を寄せた。
「まだ「楽」が残ってる」
亜希子はユキミチのYシャツの背中をギュっと握りしめた。
「亜希子は一生懸命楽しめ」
ユキミチの頬に涙が伝う。
亜希子は無表情だったが、
なんだか心がぼんやりと温かくなっていくような気がした。

月が夜空のてっぺんに昇るころ、
二人はアパートの裏庭にサトルのお墓を作った。
脇にはサトルのエサが供えられている。
亜希子は胸の前で手を合わせる。ユキミチもそれを見て、手を合わせた。

「あ。ユキミチ君わかった!」

亜希子が突然、声をあげた。
「なに?!」ユキミチはビックリして手を合わせたまま、亜希子をみる。
「サトルの尾びれに似てるもの!!」
「なになに?」
「風で揺れたときのカーテンだ」

そう言われてユキミチはサトルの尾びれとカーテンを頭に描いた。
イメージの中で、サトルはゆったり長い尾ひれを揺らして泳いでる。
それは本当に、赤いカーテンのようだった。

「明日、赤いカーテン買いに行こうか?」ユキミチは微笑む。
「うん。サトルみたいに長くてうすーいやつね」亜希子も楽しそうに笑う。

亜希子は喜べない人。
亜希子は怒れない人。
亜希子は哀しめない人。
亜希子は「喜」「怒」「哀」「楽」を気づかないうちに順番に落としていく病気の人。

唯一、残っている感情は、「楽」。楽しいと思うこと。

2004/02/02(Mon)17:51:55 公開 /
■この作品の著作権は律さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
亜希子が感情を落としていく過程も
しっかり書けたらよかったのですが、
短編にしました。
上手に書けるようになってから、
もう1度チャレンジしたい題材です☆
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