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『秘密。』 作者:咲羅えんり / 未分類 未分類
全角1580.5文字
容量3161 bytes
原稿用紙約5.2枚
 ――秘密は、秘密のままに。
   深く沈めて、浮き出ないように。
   だって、失いたく、ないから…。

「…手術?」
 わたしは、目の前の『あいつ』――わたしの親友、に聞き返した。
「うん、手術」
 オウム返しに言って、無邪気に笑う。
「なんかねえ、この手術が成功したら、完治する可能性もあるらしいんだぜっ。はっはっは。だから、わたし、受けることにしたんだ」
 そうなんだ、って返したわたしの声。どう聞こえただろう。
「で、さあ。つきましては、このこと、この部屋のほかのみんなには秘密にしておいてほしいんだよね。あっ、み、みんなのことが信用できないって訳じゃないよ!? でも、なんとなく言い辛いんだよね〜。心配性じゃん、みんな。だから、秘密ねっ」
 そう言って、首を傾げてわたしを見る。だから、わたしも、
「まっかせなさい!このわたしがそんなに軽々しく秘密をばらすとお思いになって?」
 なんて、ふざけながら、笑いながら、返した。

 小児科病棟で、もう半年間、一緒の大部屋、隣同士のベッド。気が物凄く合って。深夜まで喋って、看護婦さんに怒られたりしてるくらい。
 一緒にいると、すごく楽しくて。ふざけ合ったり、冗談言ってみたり、真剣に相談してみたり、時々ケンカしてみたり、でもまた小突きあったり。
 だから、ずっと、一緒にいたい。そんな、わたしの友達。

 わたしはあいつに、秘密を一つだけ持っている。
 主治医さんに用があって、部屋に行った時に聞こえた会話。その時はあいつは隣りにいなくて、一人だった。
 お医者さんが、看護婦さんと話し合ってた。
 …わたしの病気のこと。あいつの病気のこと、手術のこと。
 わたしは、もうすぐ治療も全て終わりそうだ、ということ。早ければ、一週間で退院。
 あいつは、…治らないかもしれないこと、手術をするけれど必ずしも成功するとは限らない、難しいものだってこと。
 だから。あいつが手術を受けるって聞いて、自分でも分かるくらい乾いた声で返事した。
 …どうして、なんだろう。どうして、こんなのなんだろう、運命は。
 わたしは、失いたくないから。失ったら、困るから。
 だから、秘密は、胸の奥にそっとしまった。別にしまったからと言って、何が変わるって訳じゃないけれど。

「…あのさ」
 明日は手術、っていう夜。隣りのベッドから声をかけてきた。
「何?」
「…あのさ、なんとなくなんだけど…隠し事してない?」
 なんであいつは、こんなに鋭いかなあ…。
 黙っているわたしに、まあいいや、と言ってから、ぽつりぽつりとあいつは話し出した。
「…やっぱり、怖い、んだよ。手術。明日なんだなー、って思うと、震えてくる」
 …あいつも、なんとなく、勘付いているんだろうか?
「でもねえ、やっぱり元気になりたいし、あんたともっといたいし…や、やだ、照れるなあ。あはは。だから、…頑張るよ。じゃっ、なんか本格的に恥ずかしいから、おやすみっ」
 ごぼっと布団をかぶって、十秒後、寝息が聞こえてきた。
 そんなあいつを見ていたら、なんだか、視界がぼやけた。
 …言えない。あの、秘密は。
 言ったら、失ってしまう気がするから。そんなはずないって、分かっていても。

 秘密を背負ったまま、やっぱりその時間は来た。
 手術台に乗ったあいつを見送って。
 …わたしも、もっと、あんたといたい。その思いを、胸に。

 失いたくないから。だから、秘密は深く沈めて。
 わたしに出来るのは、それだけのことだから。

 今、わたしの隣にいるのは。
 笑顔で騒いでる、『あいつ』。それから、騒ぎ返してる、わたし。
 だけど、やっぱりあの秘密は、私の胸の底に、ずっと、沈めたまま。
 それは、わたしがあいつのことを大切に思っていたということ。大切に思っているということ。
 それを示す、一つの傷跡だと思うから。
2004/01/18(Sun)13:19:11 公開 / 咲羅えんり
■この作品の著作権は咲羅えんりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちはっ、咲羅です。
今回はシリアス目に書いてみたんですが…難しいです。前回、一人称の書き方で、三人称と混ざっている所がある、とアドバイスをもらったんですが、…う〜ん?あんまり治ってないかもしれないです…。気をつけてはいるんですが。
それでは、失礼いたしました。
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