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『おかあちゃん』 作者:辻原国彦 / 未分類 未分類
全角3463.5文字
容量6927 bytes
原稿用紙約9.7枚
 父が死んで十年が経ち、広い座敷に飾られた父の白黒写真の横に、ついに母の写真も飾られるようになった。口を真一文字に結び、何かを睨みつけるような威厳のある父の表情は、今見ても空恐ろしいものがある。それとは正反対に、母の顔は温和そのもので、温かく穏やかな笑みで満たされている。思えば、父に褒められた記憶はまったくない代わりに、母に怒られた記憶はまったくない。父に泣くほど怒られると、いつも母のところへ逃げ込んだものだ。
 温くなったビールをちびちびとやりながら、僕は二人の白黒写真を交互に見上げながらいろんな事を思い出していた。といっても、半分以上は母との記憶だ。父が先に逝ってしまったということもあるが、それよりも僕は父と遊んだ記憶がないからだ。思い出される情景は、拳を振り上げる父と、その前で声を嗄らさんばかりに泣きじゃくる僕の姿。一時期は、本気で父を恐れ、近づくことさえ疎まれたこともあった。父は僕を本気で嫌っているのではと思ったこともある。
 僕は、父の死に目には会えなかった。父の死が急だったということもあるが、僕も三流大学での卒論に忙しかったからだ。何日も家に戻らず、大学に泊り込みで研究を続けていたせいで、僕が父の死を知ったのは葬式も終わって四日が過ぎていた。
 最後まで父とはすれ違いのまま終わってしまった。あんなに毛嫌いしていた父だったはずなのに、何も言わない無表情な父の墓石の前に立ったとき、涙が止まらなかった。悲しくて、なぜか悲しくて、とめどなく涙を流して泣いた。
 考えてみれば、二人ともえらく早く人生に幕を下ろしてしまったものだ。二人とも六十代でこの世を去ってしまった。まだまだ生きられたはずなのに。
 僕はビールを飲み干し、そろそろ寝ようかと立ち上がった。ふと、背中を冷たいものが撫でた。驚いて振り返るが、何もいるはずがない。僕は、母が最後のお別れを言いに来てくれたのかなどとくだらないことを考えながら、座敷の電気を消した。
 実家に泊まるのは、実に五年振りである。その上、家の戸締りを確認するのは生まれて初めてだった。周りを田畑に囲まれた、山間の村に建つ数十件ばかりの農家のひとつが僕の実家である。ここも他の例に漏れず、過疎化が年々進んでいる。僕の実家も古い農家で、今僕が住んでいるマンションなどとは比較にならないほど広い。街灯もないため、電気を消してしまえば、淡い月明かりしか家の中に忍び込んでこない。僕はそんな月明かりの中を、ゆっくりと階段を上った。昔の家特有の急な階段は、僕が足を踏みしめるたびに奇怪な悲鳴を上げる。
 僕が寝床に選んだ部屋は、昔の自分の部屋だ。中学卒業までを過ごした懐かしき我が聖域。だが、いまや何もないただのがらんとした空き部屋だ。僕は黴臭い布団を押入れから部屋の真ん中に敷いた。布団の中にもぐりこむと、すぐに眠りがやってくると思ったが、それはなかなかやってこなかった。淡い月明かりだけが頼りの部屋を見回し、僕は母のことを思った。
 少し過保護なところもあった母だが、居心地が悪いほどでもなかった。膝をすりむいただけで救急車を呼んだり、遊びに行って少し帰りが遅くなると、血相を変えて僕を探し回ったりと、少し過剰といえる愛情を僕に注いでくれた。よく聞く話なら、そんな過剰な愛情がいやで母親を嫌いになるという話を聞くが、僕は厳しい父がいたせいでそんな母親の愛情表現も心地よかった。
 この村には高校がないせいで、みんな全寮制の公立高校に行ったり、私立に行って一人暮らしを始めたりするのだが、そんなときも、「行って来い」の一言だった父に対し、家を出る朝に母は涙を流し、「寂しくなるなあ」と呟きながらバス停までついてきた。嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。その時点から、僕は親の呪縛を解き、いろんな意味で大人へとなったのだ。
 ぼーん・・・・・・ぼーん・・・・・・
 階下で柱時計がなった。もう深夜の二時だ。明日は蔵の整理をしようと思っていたので、僕は頭の中を真っ白にし、寝ようと掛け布団を首元まで引き上げた。
 そのとき、階段が軋んだ。そして、もう一度。
 温度変化のせいで、などと実際はよく知らない理屈をこねてもう一度寝ようとしたが、再び階段の軋む音が聞こえた。もう一度軋む。それでも、空耳だと自分に言い聞かせる。
 しかし、その音はゆっくりと階段を上り続ける。ギシギシと軋み、それはついに二階の廊下にたどり着いた。いよいよ、空耳だと自分を偽るのも難しくなってきた。僕は上半身を起こし、淡い月明かりに照らされる襖障子を一心に見つめた。
 階段を上りきったそれは、するすると静かに廊下を進み、やがて、僕の部屋の前までやってきた。
 やがて、目の前の襖障子がゆっくりと引き開けられ始めた。最初に見えたのは真っ暗な廊下。次に、流れ込んできた冷たい空気が感じられた。そして、その空気にのって、懐かしいにおいが鼻腔をくすぐった。その瞬間、恐怖の糸に雁字搦めになっていた僕の体から一瞬にして力が抜けた。なぜなら、それは母のにおいだったからだ。
 母との楽しかった思い出が頭に浮かぶ。今、目の前に現れるものが、たとえ幽霊だったとしても、恐れる理由がどこにもない。あんなに僕を大切に思い、愛してくれた母なのだから。
 白い着物が見え始めた。母の死に衣装だ。僕はゆっくりと、しかし確実に開けられていく襖障子を眺めながら、何を話そうかなどと考えた。そうだ、十分に親孝行できなかったことも詫びなければいけない。それと、これまでのことのお礼だ。
 白い肩口が見え始め、白髪の多くなった髪の毛が見え始めた。そして、ついに、母の顔が現れた。いつも笑っていた母だから、その懐かしい笑顔を見せてくれると思っていたが、その顔は予想に反して寂しげであった。
「どうしたん? おかあちゃん」
「さみしくなるねえ・・・・・・」
 そう言うやいなや、母は僕の隣にちょこんと正座した。寂しげな顔は蒼白く、身体はどこか現実味を欠いている。
「おかあちゃん、まだまだようけ話したいことがあったんやで」
「さみしくなるねえ・・・・・・」
「そうやな。でも、墓参りは忘れんと行くよってに」
 そのとき、母の手が僕の手首を、思いのほか強く握り締めた。冷たく、かさかさとした感触が僕を少し驚かせる。
「悠太郎、あんたも一緒においで・・・・・・。おかあちゃんと一緒においで・・・・・・」
 鳥肌が体中をおおい、僕は無意識に手を振り解こうとした。しかし、母は僕の手首を離そうとはしなった。得体の知らない力がはたらいているようで、母の手は僕の手首にぴったりとくっついている。
「悠太郎、あんたも一緒においで・・・・・・」
「おかあちゃん、なにゆうてんねん。そんな冗談おもしろないで。離して、おかあちゃん」
 それでも、母の手はびくともしない。母はぶつぶつと呟きながら、僕を真っ暗闇の廊下に引きずっていこうとする。
「おかあちゃん、やめてや。おかあちゃん」
 そのとき、階下でガラスの割れる音が響いた。と、階段の軋む音が聞こえ始める。やがて、真っ暗な廊下に現れたのは、父だった。父は僕の顔を一瞥すると、母の身体を抱えて、僕から手を引き剥がした。
「悠太郎よ。この村には、はるか昔から実しやかに語り続けられる言い伝えがある。母親の異常な溺愛が、その子供を死に至らしめるというものだ。悠太郎よ、お前の母さんを許してやってくれ。こんなことをしたのも、お前を愛するあまりだ」
 そう言うと、父は母を抱え込み、真っ暗な廊下に消えていった。父の腕の中で、母は、最後まで寂しそうで情けない顔をしながら、僕に手を差し伸べ続けていた。

 その後、気付くとすでに日が昇っていた。布団の上に座り、昨晩のことを思い返す。最初は夢であったかと思いきや、手首に残った紫色の母の手形を見、現実であったと思い知る。恐怖と悲しみが入り混じった複雑な感情がわきあがり、僕の頭は少し混乱状態に陥った。
 やがて、気を落ち着けた僕は階下に行き、座敷の雨戸を開け始めた。暖かい日差しが、やさしく僕を包む。振り返ると、額に入れられた父の白黒写真が畳の上に落ち、ガラスが周りに散乱していた。僕はそれを拾い上げ、父の写真を見る。そこには、厳しいとばかり思っていた父の写真ではなく、少し笑みをたたえた父の顔が映っていた。僕は母の写真を見上げたが、そこにあったのはさみしそうにこちらを見つめる母の顔だった。
「おかあちゃん、寂しくなるなあ・・・・・・」
 僕はポツリとつぶやいた。
2003/11/03(Mon)15:54:49 公開 / 辻原国彦
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■作者からのメッセージ
小さな村に伝わる民間伝承をテーマに書いてみました。
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