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『蒼い髪 39話 砂の星』 作者:土塔 美和 / 未分類 未分類
全角52371.5文字
容量104743 bytes
原稿用紙約159.55枚
 ネルガル星の王子ルカは、王子殺しの罪で砂の星へ流刑となる。そこで待っていた者は、三次元の感覚をほとんど持たないイシュタル星の王子。
 話は少し戻る。ルカをM13星系第6惑星に護送する任務に名乗りを上げたのはエルナン・プラタ・リオス中将だった。彼はルカのボイ星への婚姻船の艦長でもあった人物で、その時のルカの為人に魅せられ、ルカの旗艦トヨタマの艦長になった。ルカが王子殺しの罪で幽閉されていた時も、軍部からの内密の命令を受け、いつでも発進できるようにトヨタマの整備管理を任されていた。そのこともありどうせ護送に他の巡洋艦を使うのであれば、いっその事このトヨタマがよいのではと軍部に提案した。万が一の時は、このままこの艦でネルガルを離れ他の星へ亡命すればとルカ殿下に進言するつもりで。このトヨタマならルカ殿下御自ら設計から携われただけのことはあり戦備は十分整っている。追手の艦隊を振り切れる自信があった。だがそれは軍部も用心していたようだ、すぐさま却下されてしまった。ルカ王子にクーデターを起こされても困る。かと言って宇宙海賊やオルスターデ夫人の放った刺客の手にかかられても困る。そこで軍部は、トヨタマには機能面で少し劣るがそれなりの高速巡洋艦を護送船として用意した、数十隻の護衛艦付きで。無論、護衛艦の任務はルカ王子をM13星系第6惑星まで無事に送り届けることだが、ルカ王子の逃亡を防ぐことでもあった。
 ルカの妻シナカの死は、クリンベルク将軍に言わせれば、せっかく竜が自ら作った檻の中で静かにしていたものを、こちらからその檻を壊して天に放ったようなものだと言う。天に放たれた竜は暗雲を呼び洪水をもたらすと、イシュタル星では語り継がれている。そしてネルガル星では竜(ドラゴン)こそ悪の化身。現にピクロス王子はドラゴンの逆鱗に触れ亡くなられたと、クリンベルク将軍は思っている。ボイ王朝を滅亡させた我々をドラゴンが許すとは思えない。ボイ星に戻りネルガルに反旗を翻すとも限らない。それだけは避けなければ。
 ならいっその事、宮内部が望むようにルカ王子を王子殺しの罪で処刑してはと思うのだが、そうすればギルバ王朝は国内的には安泰になる。しかし宇宙海賊が相手となると、どうしてもルカ王子の百戦錬磨の明晰な頭脳が必要だ。国内が安定しても外から攻め滅ぼされては何の意味もない。ここに軍部は大いなるジレンマを抱えることになった。何故、あの方は貴種であらせられなかったのだ。少なくとも平民の血さえ混じられていなければ、このようなことにはならなかった。




「お久しぶりです、司令官」
 護送艦のトラップで待っていたのはエルナン・プラタ中将だった。
 あのようなことがあり、さぞお変わりになられたのではないかと案じていたが、見る限り以前の司令官と何ら変わりはない。しいて言えば、また少し背が伸びられたような。
「また、あなたですか。トヨタマの艦長だったはずですが」
「主のいない艦の艦長でも仕方ありませんから」
「カスパロフ大将はどうされたのですか。彼にあの艦を」
「カスパロフ大将でしたら一足先にM13星系に発たれて、あなた様のお越しをお待ちしております」
 ルカは驚いたような顔でプラタ中将を見た。
「では、第7宇宙艦隊は誰が指揮を?」
「アイリッシュ中将に一任なされたようです」
「そうですか」
 ルカはアイリッシュの司令官としての能力も高く評価していたが、この件はカスパロフを自分から自由にしてやろうと軍部に内々に申し入れたことでもある。
「もう、私のことはほっといてくれませんか」と、ルカが溜息交じりにつぶやくと、
「そうはまいりません」と、プラタ中将は彼に似つかわしくない強い口調で言う。
「しばらくのご辛抱です。必ずまた、私が迎えに参ります」
 ルカはやれやれと大きなため息を吐く。
「あなた以外にも、誰か同行しているのですか」
「残念ながら、私と私の部下が数名だけです。他の方々は軍部の許可がおりませんでした」
 特にトリスなどは行きたがっていたのだが、問答無用で却下された。
「最初は第7宇宙艦隊が護送船の護衛に就くと申し出たのですが、これも軍部の方が許可を下ろしませんでしたので」
「それはそうでしょう。それでは艦隊を私に預けるようなものですから。もし私がクーデターを起こそうと企てれば」
「で、殿下」と、プラタはルカの言葉を遮った。
「そのようなことをお口にされては」
 プラタはルカの身を案じる。
 ルカは微かに苦笑すると、
「ボイ星はどうなっているのでしょう」
 ルカが幽閉されている時、一番気になっていたことだ。あんな事件を起こしてしまった以上、ボイ星への締め付けがきつくなっているのではないかと。
「そのことでしたら、カスパロフ大将やクリンベルク将軍の進言により、今までと何ら変わるところは御座いません。殿下にもう一度復帰していただくには、ボイ星はそのままにしておいた方がよいとの軍部の判断のようです」
 ルカはまた苦笑した。どうしても軍部は私を戻したいようだ。
「世話になります」と、ルカは話を切り頭を下げる。
「いいえ、こちらこそ、至りませんがお世話をさせていただきます」
 今の会話で外見だけではなく内面も以前の司令官と何ら変わられていないのを見て、プラタは安堵した。このお方は、本当に強いお方だ。





 情事の後、シャワーを浴びて酒保でひとりくつろいで居るケリンの所に、アイリッシュが酒瓶を片手に近づいて来た。卓上のスクリーンには今、宇宙港を出港した護送宇宙船の後ろ姿が映し出されている。アイリッシュは空になっているケリンのグラスに酒を注ぎながら、
「旅立たれましたね」と、一言。
 ケリンはアイリッシュが座りやすいように少しよけ、無言でそこに座るようにうながす。アイリッシュはその空いた空間に座り、まじまじとケリンを見た。
「少し、痩せませんか?」
 ケリンは苦笑する。
「あのヨウカとか言う女性と付き合うのは、もうよした方がよいのではありませんか。付き合のでしたら普通の人間の女性の方が」
 アイリッシュはケリンの体を案じた。近頃、目に見えて痩せてきている。かなりのエネルギーをあの異次元生物に吸い取られているようだ。
 ケリンはアイリッシュの目を見ると、
「彼女の目が欲しい。彼女の目を借りれば四次元を移動する奴らの姿を見ることができる。後は距離と時間の感覚だが、この感覚の違いに慣れるのは至難の業だな。慣れれば、奴らと戦うことも可能だ」
 奴らの存在はわかるのだが、奴らが三次元で言えばどの位置に存在しているのかがわからない。そう思考しているとヨウカに笑われた。そもそも四次元に位置はないと。その感覚を捨てないかぎり、奴らと戦うことはできないと。ではイシュタル人はどうやって奴らが現れる位置を察知するのだろう。
(ベクトルじゃ、奴らがここに現れたいという思念の。だがそれを今ここでお前に言ったところで、まだ理解できなかろう。思念を捉えることができぬのじゃから)
 ケリンはグラスをあおった。
 慣れだよ。とヨウカは言う。思念も慣れで捉えることができる。生まれた時からの感覚。歩くときに自然に右足の次に左足が前に出るような、ハイハイから二足歩行に移行するような。
「慣れか」と、ケリンは独り呟き、またグラスをあおる。
「ヨウカに言われたよ、何でルカの護送の護衛に就かなかったのか」と。
「何と、答えたのですか」
 アイリッシュはヨウカの質問よりケリンの答えに興味をもった。
「俺たちは軍部に信用されていないからだって。ヨウカは笑ったよ。お前らではルカを担いでギルバ王朝をつぶしかねないからなと」
「彼女には見抜かれているようですね」
「あいつといると面白いよ。あれはヨウカのものの見方なのか、それともエルシアのものの見方なのか」
 ケリンはそう前置きすると、
「ヨウカは俺たちのことを、おもしろいと言ってたよ」
 自由だの平等だのと言っていながら、なんで相手の思想の自由や政治形態の自由を認めないのじゃろう。と。
 どんな神を信仰したところで宇宙は一つのエネルギーに過ぎないのじゃ。言うなれば、お前らはわらわも含めてじゃが、宇宙という一本の木にすぎぬのじゃ。隣の葉っぱは俺よりでかいの、やれ色がいいのと所詮時期が来れば枝から落ち朽ち果てて、養分となり根から吸い上げられ、また新芽となり新しい葉っぱになるのじゃ。その繰り返しじゃ。じゃが、そのエネルギーの流れも幹を切られれば全て終わりじゃ。また新しい宇宙ができぬかぎりは。そういう宇宙の一枚の葉っぱにすぎぬお前らが、何偉そうなことを言って争っておるのじゃ。わらわから見れば愚かを通り越して、滑稽なだけじゃ。
「ヨウカさんが、そんな事を」
「死ねば我々もヨウカと同じ四次元生物になるらしい」




 ここはM13星系第6惑星。
 アツチはベッドの上に起き上がると一点をじっと見つめていた。
「どうなされました」と、クリスが心配そうに声をかける。
 だがクリスの声はアツチに届かない。
「私の存在は意識できませんか」と、がっかりするクリス。
 抱き上げることもできる。服を着替えさせてやることもできる。だがこの少年には誰にどころか、何にそうされているのか感じることができないらしい。この少年の前で私は、生き物ですらないのかもしれない。雑用をこなす機械。そんなことを思っていたらいきなり背後から声をかけられた。
「そんなことはない」
 まただ、あれほど現れるときは何らかの挨拶をしてからにして下さいと頼んでいるのに、これでは心臓に悪いと思いつつあわてて振り向くと、そこに紫色の髪の少年。
「ミルトンさん、現れる時には」
「声はかけた。お前が気付かなかっただけだ、自分の考えに没頭していて」
「と言うことは、私が何を考えていたか、お解かりのようですね」
 また、思念を飛ばしてしまったようだ。自分で意識してコントロールできない力、それが超能力のようだ。彼らイシュタル人に言わせれば、生物なら誰でも持っている能力、超能力とはそれを意識して使えるか使えないかの違い。
「そう悲観することはない。アツチが意識できる存在はこの惑星にはほとんどいない。否、この惑星どころか、三次元はほとんど意識することができない。そのために白竜は紫竜を作る。その紫竜が役立たずでは」
「役立たずとは、ルカ殿下のことですか」
「さあな、俺はまだ、そいつに会ったことはないからな、どういう奴かは知らない」
 アツチは毛布を握りしめる。
「会ったら、どうするつもりだ?」と、ミルトンは誰に問うわけでもなく呟く。
 ミルトンのその思念がアツチに通じたのか、アツチはピクリとしたきり石のように動かなくなった。
 ミルトンが部屋を去ろうとした時である、アツチの気の色(気配)が変わった。誰だ? とミルトンが振り向くより早く、アツチは服を脱ぐと、どこから取り出したのか短刀を右手に握り、その服をズタズタに刻み始めた、髪を振り乱しまるで狂ったように。やめさせようと慌てて駆け寄るクリスの腕をミルトンは掴む。
 静かに首を左右に振ると、「ほっておけ」と、一言。
「しかし」と、心配そうにアツチを見るクリス。
「こいつにも感情はある。ヒスを起こしているだけだ。そのうち落ち着く。それより今近づいたらお前が危険だ」
 アツチの気の異常に気付き、ユーカスたちも現れた。ユーカスは現れるや否や、
「何、やってんだよ」と、アツチのもとへ走り出す。
 ミルトンが止める隙も与えなかった。
 次の瞬間、衝撃音。ユーカスは何かにはじかれたかのように、おもいっきり背後の壁に叩きつけられた。
「だっ、大丈夫ですか、ユーカス」と、クラフト。
「見えなかったのか」と、ビッキ。アツチが放っているバリアのような生体エネルギーが。
 ユーカスは生体エネルギーの範囲を意識するより、アツチの行動をやめさせる方に集中してしまったようだ。それで空中に放たれている生体エネルギーに気付くのが遅れた。それでもなんぼか自分の能力でカバーしたので大事にはいたらなかったようだが。
「神は二物を与えずとはよく言ったものだ。猫に小判だ。馬鹿に能力か。せっかく与えてもらった力なのに使い方を知らない」と、ミルトンの辛辣言葉を浴びることになった。
「いいのかよ、ほっといて」と、ユーカス。ミルトンの言葉には反論せず苛立たしげに言う。
「どうもこうも、近づけないだろう」と、あっさり言うミルトン。
「そっ、そりゃそうだが」
 だがユーカスとの接触がきっかけになったのか、服を切り裂くアツチの手が止まった。大きく肩で息をするとそのまま動かなくなった。
「気が済んだか」と、ミルトンの声。
 アツチはミルトンの方を見た。
「アツチじゃないな。誰だ、お前」
 ミルトンにそう問われ、アツチはミルトンから視線をはずした。どうやら答える気はないようだ。
 そこにクリスから連絡を受け、カスパロフが駆けつけてきた。アツチの今の様子を見てルカを思い出す。二重人格。殿下もエルシアと言う人格が表に現れるとまるでお人が変わられたようになられた。この子もやはりそうなのか。
「まあ、服をきざむのは自由だが、肉まできざむと後でアツチに怒られるぞ。痛いのはアツチだからな」
 見ればベッドの布団が赤い。どうやらナイフは自分の脚まで突き刺さっていたようだ。早く止血をしないと、と焦るクリス。だが近づけるのだろうか?
 すると気の色が変わった。ミルトンたちイシュタル人にはその変化が見えるのだが、カスパロフたちネルガル人には見えないようだ。
「誰かがお前の脚を切り刻んでいたぞ」と、ミルトン。
 アツチはそっと脚を手でなでる。するとみるみる傷はふさがっていった。
 驚いているクリスを無視して、ミルトンはアツチに話しかける。
「随分、もめているようだな」
 自分の内なる世界で意見がまとまらない。俗に言う葛藤だ。
 アツチは苦笑した。
 始めて見せる人間らしい表情だとカスパロフは思った。この子にも感情はあるのか。
「服、どうするんだ? この世界じゃ裸と言うわけにはいかないぞ。あいつの服が嫌なら、別なのを借りるしかない。それともお前の世界から持ってくるか」
「いっそのこと、お前の服を貸してやったらどうだ」と、ユーカス。
 ミルトンはむっとした顔をユーカスに向けた。
「こいつに貸す服など、持ち合わせていない」
「そっ、そう怒るなよ」と、ユーカス。たかが服じゃないかと内心思いながら。
 何か、気に障るようなことを言ったかと、助け舟を求めてビッキに視線をうつした。
「竜同氏はものの貸し借りはしない。特に肌身に着けるようなものは」
「どうして?」
「竜は焼きもちやきですから。イシュタル人なら誰でも知っていると思いましたが」と、クラフト。
 カスパロフやクリスもそれならボイ人から聞いたことがある。
「それと、服の貸し借りがどういう関係にあるんだ?」
「俺は、俺の白竜のために作られたのだ。こいつのために作られたわけではない」と、ミルトンははっきり言うと、消えた。
「何、怒ってんだ、あいつ」
「本来は、自分の白竜の傍にいたいのではありませんか」と、クラフト。
「おそらくミルトンの仕えるはずの白竜も、今頃そうとう不自由なされているはずです」
 クラフトにそう言われ、ユーカスは以前ミルトンの枕元に現れた美しい青い髪の女性を思い出した。そうか、彼女も不自由しているのか、俺で役に立つなら手助けをしてやりたい。と思いつつも何か引っかかるものがある。少し話がおかしい。おれは婆ちゃんから、この世に白竜様が現れるときは、必ず紫竜様が先に現れると聞いている。と言うことは、紫竜の方が白竜より年上のはずだ。だがあれはどう見ても白竜の方がかなり年上に見えた、まるで親子ほどに。
「なっ、紫竜が先なんだろう、この世に現れる時は」
「そうですよ」
「白竜が先ってことも、あるのか?」
「それは、ないだろう。それでは白竜様は不便だろうから」と、ビッキ。
 三次元を自分の五感で察知することができない白竜にとって、三次元は何もないに等しい。独りぽつんと取り残されているようなものだ。
 ユーカスは考え込む。
「では、あの時見たのは、あの美しい青い髪の女性は、俺にミルトンのことを頼むって頭下げて行ったんだぜ」
「夢でも見たのでは、白昼夢でも」
 頭がおかしい者しか見ないと言われている夢。
「どうせ俺は、アホだよ」と、開き直るユーカス。


 それからしばらくの間M13第6惑星は平穏な日々が続いた。平穏と言っても昼は熱く夜は寒い乾燥した惑星独特の気温が続き、囚人や捕虜である以上、その下での強制労働はまぬがれない。ただ今度の看守になってから少しは楽になっただけで。否、かなり楽になった、これまでが酷すぎたから。
「休憩だ」と言う看守の号令。
 労働の合間に休憩が取れるようになったのもその一つである。それに暑さにやられて倒れた者は看病までしてもらえる。おかげで過労死する者はいなくなったが、ある意味、死が迎えに来るまでこの星で永遠に働かなければならなくなったのも事実である。どちらが幸せなのか?
「やれやれ」と、ユーカスは岩場に座り込む。
「そろそろだな、紫竜様がお見えになられるのも」と、ビッキがユーカスの隣に座り込む。
 テレポートならものの数秒だが、ネルガルの文明の利器を使ってでは時間がかかる。だがその時間がアツチに心の整理をつけさせたのだろうか、あれ以来、アツチの様子に変わりはない、見る限りでは。
「なっ、どうなると思う」と、ユーカスは少し離れたところに座っているミルトンに訊く。
「俺が、知るか」と、相変わらずこの話題に関しては投げやりなミルトン。
「千年や二千年どころじゃないんだろう、紫竜があいつを放置していたのは」
「俺は、アツチじゃない。俺だったら、役に立たない紫竜はさっさと潰す」
「喧嘩にならなければよいのですが」と、ユーカスとミルトンの棘のある会話を和らげようと会話に入ったつもりのクラフトだったのだが、
「もともとあいつ等は仲が悪いのだ」と言い残して消えるミルトン。
 クラフトの気遣いも効果はなかった。
「なんであいつ、あんなにイライラしてんだ?」と、ユーカス。
「ミルトンはプライドが高いからな、仲がいいはずの白竜と紫竜がああでは、竜の恥だとでも思っているのだろう。だが本当に喧嘩にならなければよいが」と、案じるビッキ。
 力(能力)の桁が違う。二人が争ったのでは我々もただでは済まない。否、この惑星が。
「でも、相手は紫竜なのですから、竜同士の喧嘩とは違いますから、手加減されるのでは」と、クラフト。楽観的な意見を述べてみたものの、その手加減がどのぐらいをもって手加減と言うのか判断がつかない。なにしろあの紋章は竜の中の王である。いわば最強と言い伝えられている竜である。お会いするのは初めてだが、見ためは何もできない幼児のようだ。こんな幼児がと思うのだが、言い伝えは言い伝えである。根拠がないわけではない。事実があったからこそ、語り継がれてきているのだ、後世の者たちへの教訓として。願わくばこんな形ではなく、夢のような御殿と語り継がれている竜宮でお会いしたかった。
「その手加減が、この惑星をズタズタにして手加減したと言われてもな」と、クラフトの思いを口にしたのはユーカスだった。
「まあ、その時はその時だ。覚悟をしておいた方がいいな」
 ユーカスぐらいの力(能力)があればテレポートで近くの惑星に避難することもできるが、この惑星の中にそれができる者が何人いるか。

 そして数日後、ユーカスには数日前からその艦影がしっかり捉えられるようになっていた。下手をすればその艦内での会話まで、聞こうと思えば聞けるほどに。
「来るな」と、ユーカス。
 ビッキたちは頷く。
 アツチはと言えば、あれ以来変わった様子はない。起こされれば起こされたまま、寝かされれば寝かされたまま、自分で動こうとはしない。侍女に服を着替えさせてもらい、鏡の前で長く伸びた白い髪をすいてもらっているその姿を見てカスパロフは、まるで人形だと思った。シミも黒子もないその肌、殿下もそうであられたが。それだけに気になるのは胸の痣。殿下は胸だけだったが、この子は背中まで何かに貫かれたような。ヨウカの言葉を思い出す。
(本体に痣があるから影にも痣があるのじゃ。ちょうど、片足のない奴の影は、片足しか映らないのと同じじゃ)
 カスパロフは身支度が整ったアツチを見て声をかけた、何の反応もないのは解りつつも。相手はイシュタル星の王子である。殿下とお呼びするべきか迷ったものの、名前に尊称を付けることにした。しかし、殿下(ルカ)の服がよく似合う。シナカ様が殿下のために丹精を込めてさしてくれた刺繡である、着られなくなったからと処分してしまうのももったいないと思い、聞くところによればイシュタル星の王子はまだ幼い。もしかして着られるのではないかと思って持って来たが、それが功を奏した。こんなにも似合うとは。
「殿下の服が、とてもお似合いですね」と、言ったのは背後で食事の用意をしていたクリスだった。
 やはりクリスもそう思うようだ。
「アツチ様」と、呼びかけてみる。案の定、反応はない。
 ルカ殿下がそろそろこの星に見えることを伝えたものかと迷いながらも、
「明後日、ルカ様がこの星にお着きになります」と言ってみた。
 ルカと言う言葉に反応したのか、その人形のような無表情の美しい顔を少しゆがめた様に思えたのは気のせいなのか。こちらの声は聞こえないのだから、やはり気のせいか。などとカスパロフが思っていると、
「声は聞こえなくとも、思念は聞こえるからな」と、ミルトン。
 いつからそこに居たのか、壁にもたれかかってこちらを見ている。
「あの、ミルトンさん。何回も言うようですが」と、また同じ台詞を言おうとするクリスに、
「奴(アツチ)は、俺がここに現れるのを知っていたのに、どうしてお前らは気付かないのかな、いちいち断るのは面倒だな。既に思念では断っているのだから」
 ミルトンも黙って現れるわけではない。ここはアツチの縄張り。アツチに断ってから現れる。そして服も囚人服ではない。刺繍のほどこされた美しいイシュタルの服である。その刺繍のさりげなさが絹のようななめらかな布地をころしていない。まるでシナカ様がお刺しになられたような。
「以前から気になっていたのですが、その服はどなたがお作りになられたのですか?」と、クリス。
「俺だ」と、あっさり答えるミルトン。
 あまりのあっさりした言い方に、クリスは聞き逃しかけた。
「俺って?」
 普段の棘のきつい言葉づかいから、彼がこんな繊細な感性を持っているとは思えない。とかってに決めつけているクリス。その思念がミルトンに伝わったのか、
「わるかったな」と、ふてくされたように答える。
 また心を読まれた。やりづらい。と思いつつ、これも読まれているのか?と、さりげなくミルトンの様子をうかがう。
 ミルトンはそんなクリスを無視して、アツチに話しかける。
「立てるか?」
 アツチは鏡の前の椅子からゆっくりと立ち上がった。
「少しは見られるような動きができるようになったな」
 ミルトンはアツチ用の食事が用意されているテーブルに座ると、相向かいに座るように促す。
 アツチは一歩一歩確認するかのように歩き出す。途中に椅子があったのだが、それをよけずに通過する。
「えっ!」と、クリスは思わず声を出してしまった。まるで幽霊のようだ。椅子がアツチの体の中を通って行った。否、その逆か?
 何はともあれ、アツチは何事もなかったようにミルトンと相対してテーブルに着いた。
 しばしミルトはアツチを見つめ、意を決したように話し出す。
「決着をつけてくれないか、そろそろ俺も帰りたい」
 アツチはしばらく身動き一つしなかったが、最後に微かに頷いたように見えた。
 ミルトンはペースト状になっている食事の入っている器にスプーンを添えてアツチの前に差し出す。
「飯だ」
 スプーンで食べる方法は既に教えてある。だがアツチのとった行動は、またまたクリスを驚かせた。テーブルの上の器が消えてしまったのだ。何処へ?と思っているクレスをさし置き、ミルトンはアツチに忠告する。
「普通、器とスプーンは食べないものだ」
 アツチはミルトンの思念から器とスプーンを理解し、それだけをテーブルの上に出す。無論、器の中のペースト状の食べ物はない。
「あの、どうなったのですか、今の現象は?」
 訊くべきではない、どうせ私には理解できないことだから。と思いつつもクリスは訊かずにはいられなかった。
「一旦、こいつの胃袋に入って、器とスプーンだけが戻ってきただけだ。この食器、また使うのだろう」
 それはそうだが、とクリスは思いつつも、やはり訊くべきではなかったと後悔した。この子の胃袋はどうなっているのだ?
 かわった食事の仕方にミルトンも呆れ果て、
「まあいいか、あとはルカとか言う奴に教えてもらえ」と、面倒くさそうに言う。
「まあこの方が、一口一口食べるより手っ取り早いか」
「そっ、そういう問題ではないと思いますが」と、クリス。
「ではそれは、ルカとか言う奴に伝えておけ。こいつ、そうとう面倒くさがりやのようだから」
 少なくとも俺の白竜なら、絶対、間違ってもこんな食べ方はしない。食べるという行為も美の表現の一つだから。
 カスパロフは思わず笑ってしまった。ルカ殿下もそのような所があると。
 ミルトンは立ち上がるとその場から消えた。現れるのも去るのも扉を必要としない人物たち。彼らイシュタル人はこの惑星から脱走したければいつでも脱走できるのではないか。とカスパロフは思った。われわれネルガル人は彼らを捕らえた気でいるが、本当は彼らの意思でここに留まっているのでは。最初からわれわれネルガル人に彼らをどうこうすることはできなかったのではないか。では何故、彼らはここに? ミルトンと言う人物の目的はわかるが、他の者の目的は?
 クリスは先ほどアツチの体の中を通り過ぎた椅子をチェックしている。何の変哲もないただの椅子だ。不思議そうに椅子を眺めているクリスに、
「明後日の準備は整っているのか?」
「はい、全て滞りなく。殿下の部屋も用意いたしました。後は、手荷物を運び入れるだけです」
「そうか」
 カスパロフはアツチに近づくと声をかける。
「ベッドへ移りますよ」と、アツチを抱き上げた。
 軽い。食事が足らないのだろうか。年齢相応のネルガル人の子供と比べると、かなり小さいし。イシュタル人はネルガル人に比べて全体的に小柄だが。と、カスパロフが心配していると、
(わたしは、げんきだ)と言う声が聞こえたような気がした。
 カスパロフは思わずあたりを見まわす。
「クリス、今、何か言ったか?」
「何か?」と、尋ねてくるクリスに、
「いや、なんでもない」と、首を振るカスパロフ。
「少しベッドを起こしてくれ、座らせてやりたいから」
「かしこまりました」
 ベッドの上に座らせると、倒れないようにクッションでささえてやる。
「何か、会話ができるとよいのですが」と、カスパロフはアツチに話しかけるのだが、少年の心は既にここにないかのように、一点を見つめて動かない。
 カスパロフは後を女に任せると、
「囚人たちの様子を見てくるか、イシュタル人たちの動きが気になる」
「では、私も同行いたします」



 そして当日、宇宙船が到着する日は、荷の積み下ろしが主な業務となり採掘の仕事は中止となった。そして囚人たちにとって、この星から脱走するにはこの時が絶好のチャンスである。看守の目が厳しくなるのも当然である。
「そこ、何話している」
 少しでも集まり雑談をするものなら、即刻看守が駆けつけてきた。

 まず着陸したのは護衛艦の一隻だった。武器を携帯した軍人たちがぞろぞろと降りてくる。そして次に着陸する艦を待つかのように整然と整列を始めた。
「なっ、なんだ、戦争でも始まるのか」
「バカ、知らないのか。今回は超大物が乗ってきているんだぜ」
「こんな囚人の惑星に? 何の用があって?」
「そんなの、俺が知るか」
「超大物って、誰だよ」
「知るか。噂だ」
 そこへいち早く情報をつかんだ別の囚人が、彼らの会話に入り込んで来た。
「ルカ王子だよ、ルカ王子」
「ルカ王子って、あのクリンベルク将軍に肩を並べると言われているあの戦争の天才の」
「そうだよ、そのルカ将軍だよ」
「そうだよって、どうしてそんな方が」と、いきなり敬語になった。
「知らないのか、王子殺しの」と、この先は看守たちに聞こえないようにと声を落とした。
「あれって、事故じゃなかったのか」と、ひそひそと話し出す。
「俺もそう聞いていたが」と、またまた別の囚人が会話の輪の中に加わってくる。
「確か、厨房からの出火」
「ああ、俺もそう聞いた」と、別の囚人。
 会話の輪がどんどん大きになっていく。
「場所が悪かったんだな、そこ、ルカ将軍の別荘だったらしい」
「それでルカ将軍に殺人の容疑が」
「そうらしい」
「そうらしいって、ルカ将軍も一緒だったんだろう、その時」
「そりゃそうだろう、パーティーの真っ最中だったらしいから」
「じゃ、へたすりゃ将軍だって焼死しかねなかったわけか。濡れ衣もいいところじゃないか」
「ああ、お気の毒にな。それでこんな惑星に流刑されたんじゃ」
「否、俺が聞いた話じゃ、復讐だったらしいぜ」と、一人の囚人が声をいっそう潜めて言い出すと、一斉に固唾を呑み、輪がぎゅっと小さくなった。
「復讐って?」と、首だけが伸びますます声を潜めて訊いてくる別の囚人。
「何でも出兵中に、妻をその王子に手籠めにされたとか」
 よくある話だ。
「その夫人、身投げしたらしい」
「身投げって、純情すぎる」と、感心する囚人たち。
「今時、ありえねぇー」
 亭主がいないのを幸いに別の男と。と言うご時世だ。妻帯者は下手にお国のために戦ってもいられない。
「その王子と言う奴、相当評判が悪かったようだぜ」
「まあ、お気の毒と言えばお気の毒だが、考え方によっちゃ、いいかもよ。俺たちルカ将軍には一生かかってもお目にかかることはないだろ、それがこんな所でお目にかかれるとは。その王子様様だな」
「俺、サインもらっちゃうかな」と、何処にでも人の気持ちを考えない自己中は居る。
「バカ。同じ敷地内にいるからってお目にかかれるか。あの様子じゃ、敷地は厳重に警備され、俺たちどころか、蟻一匹近づけないぜ」
 輪が大きくなりすぎたのか、看守がやって来た。
「お前ら、そこで何を話してしている」
 脱獄の打ち合わせでもしていると勘違いされたか。





「よっ、聞いたかよ」と、ユーカスは隣に座っている大きなビッキの脇腹を肘で小突く。
「殺人って、それ本当なのか」と、ユーカス。
 紫竜が人を殺すなどありえない。と内心思いながらユーカスは目の前にいるミルトンを見た。そう言えばこいつも紫竜らしい。こいつも平然とネルガル人を殺す。でも婆ちゃんは言っていた。紫竜さまは大変お優しい方だと。婆ちゃんの話と全然違うじゃないか。
「竜も人間だ。ただお前らより力があるだけで。感情は同じに持っている。恨みもすれば怒りもする」と、ミルトン。
「紫竜は結婚しないとも聞いていたが」
「中には自分の任務を忘れるバカもいる」と、ミルトンは吐き捨てるように言う。
「まあ、これからが見ものだ。あまりかかわらないほうがいい。忠告しておくからな、特にユーカス」と、ユーカスを名指ししてきた。
「これからが、見ものって?」と、ユーカスが訊いても、もうミルトンには答える意思がないらしい。荷に寄り掛かると足を抱えて目を閉じてしまった。全ての思念を遮断するかのように。
 ユーカスは手持無沙汰にビッキとクラフトの顔を交互に見る、何か話題がないかと。否、何か話さずには居られないという心境だ。この不安感、一体どこから来るのだ。こいつらは感じていないのだろうか。と、またビッキとクラフトの顔を交互にみた。一層のことあのルカとか言う奴に思念を飛ばして会話してみるかとも思い立ったが、ミルトンに名指しで忠告されては。今の俺の能力では勝ち目はない。否、後何万年経てば、これほどの力に対抗できるだけの能力を身に着けることができるだろうか。婆ちゃんが言っていた。白い髪の竜には近づいてはならない。その竜は病んでおられるから。クワバラ、クワバラ。

 いよいよその船が着陸しようとした時である。まるでその着陸を拒むかのように黒い霧が、否、この霧は一般の人々には見えない。それ相応の能力のあるものにしか。だが見えなくともその雰囲気の異常さに気付いたものは居るようだ。ネルガル人たち以外の異星人、特にイシュタル人たちがそわそわし始めた。黒い霧があたり一面を覆い始める。
「なっ、なんか、やばいんじゃないか」と、ユーカスが立ちだそうとした時、
「止めろ!」と、ミルトンの強い忠告。
「命が欲しければ(三次元に留まりたいならば)じっとしていろ。俺たちにはかかわりのないことだ」
 霧はしだいに濃くなっていく。だが、まだネルガル人たちは気付かないようだ。どこまでご気楽にできてるのだ、奴らは。この異常をキャッチできないようでは、自然災害から身を守ることなど到底できない。大自然が出す気の異常と同じだ。これからとんでもない災害が起こる。自分たちで恐怖(戦争)を作り出すことに終始しているネルガル人にとって大自然の驚異など、もうどうでもよくなっているのだろうか。
 この異常ぶりに耐えきれなくなったイシュタル人が騒ぎ出す。
「何かが起こる。早くこの惑星から逃げ出さなければ」と、看守に言い寄る。
 だが何も感じないネルガル人たちにとっては、何にイシュタル人が怯えているのかわからない。
「何、騒いでいるのだ、お前ら」
「早く、早くこの惑星から非難した方がいい」と、イシュタル人の一人。
 それでネルガル人の看守たちが思い立ったのは、護衛艦である。今回は貨物船ではなく巡洋艦だから、それでイシュタル人たちが怯えているのかと。
「心配ない。あれは俺たちの艦だ。敵が攻めてきたのではない」と、教えてやったのだが、
「あの艦をこの惑星に着陸させないほうがいい」と、言い出す者まで出る始末だ。
「まったく、軍艦を見るとビクつきやがって」と、イシュタル人の臆病さをののしる看守たち。
 イシュタル人たちの騒ぎは直ぐ上官たちに知らされた。暴動になるのを恐れた上官たちは、仕事を一時中断し全員護送車に収容することにした。護送車の中ならなんぼ騒いでもたかが知れている。
「お前ら、ルカ将軍のお姿を、一度拝みたいとは思わないか」と、上官。
 上官のその言葉に即答したのはネルガル人の囚人たちだった。
「拝めるのですか」
「お前らがおとなしくしていればな」
 それで護送車のまま、トラップの両サイドに整列することになった。異星人たちにとっては、はなはだ迷惑な話かと思いきや、彼らの間でもルカ将軍の話題は上っていた。ネルガル人の中に唯一、異星人を平等に扱う方がおられると。どうしてそのような方がこの惑星に。
 荷の積み込みの仕事は少し遅れるが、この方が囚人の監視はしやすい。ルカ将軍の身にもしものことがあれば、一大事である。とにかく、ルカ将軍が領事館内に落ち着かれるまでは、囚人たちを自由にしておくわけにはいかない。囚人たちもルカ将軍の姿を一目見られるとなって、この時ばかりは大人しく護送車に乗り込んだ。

 いよいよルカを乗せた巡洋艦が着陸した。宇宙港とは言え観光用の港ではない。この惑星に来る船は護送船と貨物船だけである。周囲は鉄骨がむき出しで機能重視の殺風景な港である。無言で働く機械のモーター音だけが静かに鳴り響く。
 ハッチが開くと整列していた軍人たちの間に緊張が走る。軍人にとっては憧れの将軍だ。クリンベルク将軍の下で戦えないのならこの方の下で。そう思う者は少なくない。
 ルカが姿を現すと一斉に片手を胸に当て軍人としての礼をとる。護送車の中からは怒涛の如く歓声。ルカはそれに応えるように手を振りながら一望し、地上カーの前で待機しているカスパロフに視線を止めた。ゆっくりと動く自動歩道もままならず、いつしか駆け出していた。
「リンネル」
 ルカが幼少のころからカスパロフを呼んでいた名である。物心がついてからは公衆の面前でその名で呼ぶことはなくなったが、妻シナカを亡くしてから我を忘れていたルカが、ここに至ってやっと心の安らぎを得たようだった。幼い頃の記憶が蘇る。本来なら子供の頃のように彼の胸に飛び込みたい心境だ。王宮での不安な日々、彼の力強い腕の中は全てを忘れさせてくれた。それをぐっと抑え、
「カスパロフ大将」と、改めて呼びなおす。
「お久しぶりです、ルカ殿下。お待ちしておりました」
 カスパロフは軍人らしく礼をとる。
「お変わりないようで、なによりです」と、カスパロフは口にしたものの、変わられないはずがない。と、内心思っている。この惑星でゆっくり療養されればよいと。この惑星は何もない。丁度、今の殿下のお心のようだ。慕っていた義父母を喪い、愛する妻まで喪い。荒涼としたこの惑星はかえって殿下の心を安らがせるのではないか、下手に物があるよりも。ネルガルは無駄な物資で溢れかえっている。物を追いかけ物に心を奪われているうちに、いつしかネルガル人は人としての感性を曇らせて行った。この惑星はネルガル星に比べればはるかに不自由な星だ。物どころか水すらない。ネルガルから運ばれて来る物資だけが頼りだ。皆で協力して分け合って使わなければたちまち不足してしまう。人間性の問われる星だ。それに何よりネルガル星からは距離もあり、無駄な情報が流れて来ず、その日のことだけを考えて静かに日々を送れる。暫し休養をし、それからゆっくりとこれからのことを考えればよい。この惑星は時間だけは十二分にある。
「否、あなたこそ、全然変わられていない」
「もともと老け顔ですから」と、カスパロフは苦笑する。
 若いころから苦労してきたカスパロフはその落ち着き故、年齢以上に見られることが多かった。やっと年齢相応にみえるようになったのかもしれない。
「そんなことないよ」と、言って笑うルカ。
 この方に笑いを取り戻させたのは見知らぬ青い髪の少年だと、スワッファ少尉から聞いていた。少年の髪が青いことは殿下と少年と私だけの秘密だとも聞いていた。その少年のことは気になるが下手なことは殿下に訊けない。殿下がスワッファ少尉に寄せる信頼を壊してしまうから。
 カスパロフは地上カーのドアを開け乗るように促す。それを見送る護送艦の艦長エルナン・プラタ中将は、必ずお迎えに伺います。と固く胸に誓う。
 地上カーが走り出した。闇はどんどん濃くなる。ユーカスは護送車の中で立とうとして檻の金具にぶつかった。
「痛って」と、頭を押さえるユーカス。
「何をやっているのですか」とネルガル人。まるで視力のない者が周りをまさぐるかのように動くユーカスを見て、一緒に収監されたネルガル人の若者たちは不思議そうな顔をする。
 彼らは思想犯としてこの惑星に収監された者たちである。ミルトンの事件以来、ユーカスたちと行動を共にしていた。
「真っ暗で、何も見えない」と、ユーカスは両手で左右を確認するかのようにして。
「えっ!」と、驚くネルガル人たち。
 今は朝早いとは言え、白昼である。段々気温が上がり、いつまでも収監されていると暑さでへばって来る恐れがある。
「こんなに明るいのに?」
 ネルガル人のその疑問には反応せず、ユーカスはルカが行った方向をじっと見つめている。
「奴の感覚は四次元に行っているからな」と、ミルトン。
「四次元?」と、ネルガル人たちは顔を見合わせた。
「今、この辺りの四次元では怨霊ですら逃げ出しているというのに、わざわざ入り込むなんて、よほどのもの好きだ」
「怨霊って、死の世界のことですか?」とネルガル人。
「思念の世界だ。馬鹿は入りやすい」
 相変わらずのミルトンの答えである。
「思念の世界ねぇー」と、腕を組んで考え込むネルガル人の青年たち。
 イシュタル人はどうも理解しがたいと思いきや、もっと理解しがたいことが起きてしまった。
「やっ、やばいぞ」と言いつつ、ユーカスが護送車の中から消えた。
「あの馬鹿」と舌打ちしつつ、ミルトンもユーカスの後を追うかのように消えた。
「あの二人、大丈夫ですかね」と、クラフト。
「俺たちが行っても、何もできないと思うが」と、ビッキとクラフトは顔を見合わせ、やはり消えた。
「彼ら、何処へ行ったのですか?」
「さぁ?」と、肩をすくめて見せる仲間。
「どうして彼らは檻の中に入っているのですか」
 こんなに出たり入ったり自由では檻の意味がない。



 アツチは侍女とクリスの手を借りて着替えをしていた。
 ダークグリーンのスーツ、肩と袖ぐりにはシナカがルカを思って刺した刺繍がほどこされている。
「やはりこの服、お似合いですね。殿下もとても似合っていたのですよ。殿下は髪が朱色ですから、グリーンの服に映えて」と、うれし気にアツチを見つめるクリス。
 どことなく殿下の幼少の頃を思い出させる。今思えば、あの頃が一番よかったのかもしれない。館の庭しか知らなかったあの頃が。
「居間の方へ移りますか、もうじき殿下がお見えになりますよ」
 クリスはそう言いつつアツチを抱き上げ居間の方へ移動した。



 地上カーは領事館の前で止まった。と言うより、車が止まるより先にルカが飛び降りたので急停車したと言うのが実際のところだ。
 領事館は完全にどす黒い闇で覆われていた。但し、見る者が見ればの話だが。
 ルカの目にはそれがはっきりと見えた。ユーカスたちの目より遥かに。
 ルカはその場でじっと領事館を見つめる。
 闇はますます濃くなり、既にルカの目には領事館の全容が見えなくなっていた。但し、ある部屋のある人物の姿だけははっきりと見える。イシュタルの服をまとった青い髪の少女。
「どうなさいました」と、カスパロフ。
 じっと領事館を見つめて動かないルカを気遣って。
「否、何でもない」
 ルカは心を決めたかのように歩みだした。その歩みがしだいに早くなる。エントラストに出迎えている人々の前を通り過ぎるころには駆け出していた。誰にも案内されずに目指す部屋へと廊下を急ぐ。カスパロフも慌てて後を追う。
 ルカの目には暗闇の中、その部屋の扉だけがくっきりと浮かんで見える。

 ユーカスは居間に突然現れた。その後を追うようにミルトンも。クリスがいつもの忠告をしようとした時、ビッキとクラフトも。
「なっ、何なのですか、皆さん、お揃いで突然」
 ユーカスはクリスの言葉を遮った。
「クリス、早くこっちへ来い、命が欲し」
 だがユーカスも最後までは言えなかった。クリスが理解できずにまごまごしている間に扉が開く。ユーカスはミルトンの前へ一歩踏み出すと全身全霊を込めた。
 来るぞ。と思うより早く、衝撃波。
 一種、視界が真っ白になり、気付いた時には辺り一面爆撃を喰らったような様相と化していた。窓ガラスは粉々に飛び散り壁はぼろぼろ、宇宙の各惑星から取り寄せた高級調度品は跡形もない。そして、ミルトンの目の前にはその破片でやられたのか、血だらけのユーカスが立っていた。
「たっ、助かったのか?」と、ユーカス。虫の鳴くような声だ。まさか自分の力が白竜の力を止めたとは信じがたい。
「バカ、お前の力ではない。俺たちを助けてくれたのは、奴だ」と、ミルトンは部屋の中ほどに立っている朱色の髪の青年の方へ顎をしゃくった。
 何かを抱え込むように立っている青年。
 その足元に血だまり。
 抱え込まれた者はその手から逃れようとしたが、青年はよりいっそう強く抱え込んだ。
(離せ!)
 低くドスのきいた声。その声は肉声だったのか思念だったのか、この部屋にいた全員の頭の中に低く響いた。
 それでも青年は離さない。
(会いたかった)
 これは青年の思念。全てを包み込むような優しい。
 そこへ音を聞いて駆け付けてきた守衛たちが飛び込んで来た。
「閣下、カスパロフ大将。ご無事ですか」
 そして青年の脇腹にナイフを突き刺している子供を見た。
「で、殿下!」
 叫ぶより早くルカに駆け寄り、強引にルカの腕から子供を引き離すと、有無を言わさず両脇を抱えどこかに連れて行こうとする。
 ルカは自分の傷よりも、
「頼む、その子を乱暴に扱わないでくれ」と、叫ぶように言う。
「頼むから」
 出血で意識が遠ざかるのがわかる。最後は懇願するように言い、その場にうずくまる。
 カスパロフは我に返り慌ててルカに駆け寄りその体を支える。ルカはそのカスパロフの腕を握り、
「頼む、あの子を。私は大丈夫だから」
「わかりました」と、カスパロフはルカに答え、クリスに向かって早く医者を呼ぶように指示する。
 ひとまずルカを彼のために用意した寝室へビッキの手を借りて運ぶ。その間もルカはうわ言のように、自分を刺した子供のことを気遣う。
「クリス、殿下を頼む。ナイフはこのままに」
 抜けば血が噴き出すのは火を見るよりも明らか。戦場を駆け回っている者なら誰でも知っていることだ。クリスはうなずいた。
「しかし、どこからこんなナイフを」と、クリスは誰ともなく疑問を投げかける。
 見たこともないナイフだ。だが柄の紋章には見覚えがある。と言うより、殿下の持っている笛の紋章と同じ。
 カスパロフが立ちだす。
「閣下、どちらへ」
「あの子の所だ」
 カスパロフはアツチを寝室へ戻させた。入口に見張りを付けさせているももの、イシュタル人がその気になれば意味がないことも知っている。
 見張りを命じられた守衛たちも、既にイシュタル人が使うテレポートのことは目のあたりにしていた。ここで見張っていてもあの子がテレポートを使えば、何処にでも逃げられる。無駄だと思いつつも、せめて子供の姿が見えるように扉は開けたままにしておくのが関の山、テレポートには打つ手がない。逃げられたらどうしようと言う不安だけが募る。
 そこへカスパロフ大将が戻ってきた。その姿を見た途端、安堵する。一気に肩の荷が下りたような感じだ。
「中の様子は?」
「今のところ、落ち着いております」
 アツチはあれからじっとベッドの上で寝せられたままの状態でいた。カスパロフが近づいても何の反応もない。両手にはルカの血。カスパロフが拭いてやろうとしたら、
(よい)と、子供の声。否、思念。
(なぜ、逃げなかった?)
「逃げなかった?」と、カスパロフが訊き返しても、アツチは答えない。
 カスパロフがもう一度手を拭いてやろうとしてもアツチは嫌がる。
「そのままの方が、よろしいかと存じます」
 そう声を掛けてきたのはアツチの世話を頼んでいたイシュタルの女だった。女はカスパロフが理解に苦しんでいる様子を見て取り、
「紫竜様の血ですから、身に着けておられたいのでしょう」と、答えた。
 やはりここは、イシュタル人のことはイシュタル人に任せた方がよいか。とカスパロフは思い、女に後を頼んでルカの元へ急いだ。

 ルカは治療が済み、ベッドの上に横たわっていた。カスパロフの姿を見るや、
「アツチは?」と、訊いてきた。
「寝室におります」
「乱暴なことは?」
「いいえ、ただベッドの上に」
「そうか。乱暴なことはしないでくれ。悪いのは私なのだから。殺されても当然だ。何故、急所をはずしたのだろう」
「急所をはずす?」
 カスパロフの疑問に、ルカは目を閉じたきり答えない。
「閣下」と声を掛けたところ、医師は頭を左右に振ってルカへのこれ以上の詰問を避けさせた。
「そうだな。今は体力の回復が優先だな」
 何事も殿下の回復を待ってから。
 医師は頷くとそのまま隣の部屋へ向かう。そこではクリスがユーカスの傷の手当てをしていた。
「どうですか、傷の具合は?」
「傷は多いのですが、ほとんどが掠り傷のようで」
 医師がクリスに代わって傷の手当てをし始めた。
「これでしたら数日で」
 その程度の傷のようだった。しかし医師は首を傾げる。部屋の様子から見て、中に居た者は死んでいてもおかしくない。それなのに怪我をしたのはこの子だけ、あとの者は掠り傷一つ負っていない。一体、中で何があったのだ。その疑問に答えるかのように背後から声。
「バカが、下手に力を使うから」
 そう言ったのはミルトン。
 ユーカスはむっとした顔をしてミルトンを見る。ユーカスとしてはミルトンを守るつもりであらん限りの能力を使ったつもりだったのだが。
「お前が何もしなかったらあの紫竜以外は誰も怪我をすることはなかったのに」
 ここで白竜の力で怪我をしたのはユーカスだけだった。他は全員無傷。
「あの力は陽動だ」
 囮なのだから心配はいらなかったとミルトンは言いたかったようだが。
「だが、お前を狙っていた」
 ユーカスには白竜の力の向きがはっきりと読み取れた。だからこそ、ミルトンの前に出てそれを食い止めようとした。
「当然だろう。俺を狙えば奴が否応なしにその力を中和するために動くことを、奴は知っていたから。白竜の力を中和できるのはその白竜の魂で作られた紫竜だけだ。中和している刹那、紫竜に隙ができる。それが奴の狙いだったのだろう。紫竜を能力で殺せないことは、毒を持っている動物が自分の持っている毒に抗体を持っているのと同じ原理」
「じゃ、作戦はうまくいったと言うことか」と、ユーカス。
「さあ、それはどうかな」と、首を傾げるミルトン。
「肝心なところで急所をはずしやがって」
「わざとはずしたのではないかな」と、言ったのはビッキだった。
「そうですよ、白竜様と紫竜様は一心同体と伺っております。自分で自分を殺すようなものですから」と、クラフト。
「否」と、ビッキはクラフトの考えを否定した。
「紫竜は自分が殺されることを知っていて、それを受け入れたんじゃないのか、だがら、あの子は急所を刺せなかった」
「それはある。逃げるか抵抗された方が、じっと立っていられるよりゃ殺しやすいからな」と、ユーカス。
「バカだよ、もうこんな機会、二度とないだろうに」と、ミルトン。
「じゃなんかい、お前はアツチがあいつを殺せばよかったと言うのか」
「当然だろう。役に立たない紫竜など、存在させておく意味がないからな。白竜は何のために自分の魂を削って紫竜を作っていると思っているのだ。自分の五感の代わりになってもらうためだ。それをあいつは。こともあろうにネルガル人などに転生して、何を考えているのだか。俺が白竜だったら、とっくに作り変えている」
「お前な」と、ユーカスは言いかけてため息を吐く。
「俺は婆ちゃんから、竜はとても優しいと聞かされていた。それが、お前を見ていると、見ると聞くとじゃまるで違う」
「そりゃ、お前らの勝手な願望だろう、優しくあって欲しいという。お前らの勝手な妄想を俺たちに押し付けるな。俺たちだってお前らと同じ人間だ」
 そう言うとミルトンは消えた。テレポート。何処へ行ったのか、カスパロフたちにはわからない。だがユーカスたちはわかっているようだ。後を追おうとするユーカスをビッキが止めた。
「そっとしておいてやれ、ミルトンにはミルトンの思いがあるのだろう」
「ミルトンはミルトンで自分の白竜の所に戻りたいのでは」と、クラフト。
「じゃ、何でここにいるのだ?」
 カスパロフはユーカスたちの話を聞いて何となくだが、ルカ殿下とアツチの関係がわかったような気がした。ルカ殿下は影、影には本体があるとヨウカがよく言っていた。あの子が本体。魂を削って作る? これはまだ理解できない。だが急所をはずしてくれてよかったとカスパロフは思っている。あの子にとって殿下は影なのかもしれないが私にとっては大事な主。あの時、確かに殿下は両手を広げてナイフを構えて突進して来るあの子を受け入れた。カスパロフにはそう見えた。剣を極めたからこそ持てる眼力。瞬きするより早い動き。あれは錯覚だったのかと思っていたが。
 カスパロフは思いから抜け出すと、
「こちらは元気そうたから大丈夫だな」と、ユーカスに声をかけた。
「あのルカとか言うネルガル人も心配いりませんよ、白竜がおりますから」と言ったのはクラフトだった。
「殺し損ねた以上、彼の傷は、アツチ様がその気になれは数秒で治されるでしょうから」
 ネルガルの医師にはそれは理解できない。傷の深さから言っても一か月以上はかかる。
 ルカの傷のことをイシュタル人が保証したことで、カスパロフはやっと思考が日常に戻った。
「クリス、部屋を片付けさせてくれ」
「俺たちは?」と、訊くユーカスに、
「しばらくここに居てくれ。あの子の動きがわからないから」
「俺たちに、監視しろと? そりゃ、無理だぜ。奴の方が俺たちより力が」
「それは解っている。だが我々よりは、あの子の行動を理解しやすいだろう。やはりイシュタル人はイシュタル人同士だ。何か動きがあったら連絡してくれ」
 医師にはルカのことを任せ、カスパロフは宇宙港の様子を見に行った。
「今度の領事館長はまめな方だ」と、医師が感心する。

 医師が戻って来たころにはルカは起き上がっていた。
「殿下」と、慌てて駆け寄る医師。
 ルカは脇腹を抱えたままベッドから立ち上がろうとする。
「殿下、まだ動いては」
「アツチは?」
「アツチ? あっ、あの子ですか。あの子でしたら」
「何処に居る?」
 だがルカには訊く必要もなかった。アツチの様子ははっきり見て取れる。
 立ちだそうとするルカを医師は首を横に振りながら制する。
「まだ、動かれては」 傷口が開いてしまう
「私は大丈夫だ。それより彼の所へ。肩を貸してくれないか」
「今、起こしたら、カスパロフ閣下に私が叱られます」とは言ったものの、断るものなら一人でも立ちだそうとする。仕方なく医師は肩を貸した。一体、この方とあの子の間には何があるのだ。イシュタル人のことをよく知らない医師には疑問だけが募る。
「すまない。まだ、名前を聞いていなかったね」と、ルカは自分に肩を貸してくれた医師に乱れた呼吸で尋ねた。
「ボレル・ユンクと申します」
 個人名と家名のみ、氏族名がない所を見ると平民である。医師は慌てて手を離そうとした。自分の身分で触れられるような方ではない。
「身分を気にする必要はない。私にも半分、平民の血が流れている」
 噂は聞いていた、平民の血を引く王子がいると言うことを。この方がそうだったのか。だがその容姿は最も貴族らしい、ネルガル人の憧れの朱い髪に緑の瞳。立ち振る舞いには気品が漂っている。少し細身だが青年にはありがちだ、これから体が作られていくのだから。
「ここは、長いのですか?」
「かれこれ十年以上になりますか。誰も志願者がおりませんでしたので、給金もいいですし。でもこの星では使うところもありませんが」と、一旦医師は言葉を切り苦笑すると、
「と、言うのは嘘で、私も囚人の一人でして、たまたま医師免許を持っていたもので、牢獄に居るよりましですから」
 どうやら思想犯のようだ。このような星にまともな医師が志願してくるはずがない。
「医師は何人ぐらいいるのですか」
「私一人です」
「それでは大変でしょう」
 ボレルは苦笑いをした。
「もともとは領事館の人たちを診るだけでよかったのですが、今の館長になってから囚人たちも診るようになりましたので」
 つまりカスパロフが来てから忙しくなったようだ。
「すまない」と、ルカは謝る。
 医師は怪訝な顔をしてルカを見る。
「どうして殿下が謝るのですか?」
「おかしいですか。囚人まで診るのでは医師を増やさなければなりませんね」
 そうこう話しているうちにアツチの部屋の前に来た。看守たちが驚いた顔をする。ルカの傷は案の定開いたようで、服に血がにじみ出ていた。
「殿下、そのお体で」と、駆け寄る看守を無視して、ルカは部屋の中へ入ろうとする。
「お待ちください」と、守衛たちがその行動を止める。
「あの短刀が、何処から出てきたのかわからないのです。まだ、隠し持っているかもしれませんので」
「この短刀のことですか」
 ルカは自分が刺された短刀を持ってきていた。
「ええ、それです」
「これは竜宮にあったものだ」
「竜宮?」
 誰もがルカの言葉にポカンとしてしまった。キャバクラか? 少なくともそのような官能的な場所はこの惑星上にはない。
「竜宮とは四次元にある竜の宮殿のことで、この空間の直ぐ隣にある。行ける者には行けるが、行けない者には行けない所だ」
 実際は隣と言うよりもこの空間と重なっているのだが、そこまで言っては彼らの思考を混乱させるだけだと思い、隣と言うことにしたのだが。
 そう説明されてもネルガル人である医師と守衛たちには理解できない。
 ルカは考えあぐねている医師と守衛たちをおいて部屋の中へ入った。だがアツチは何の反応も示さない。ベッドに仰向けに寝たまま天井を見つめている。ルカはアツチの傍まで行くと、枕元のサイドボードの上にその短刀を置いた。その瞬間、短刀はアツチの手の中に。守衛たちがプラスターを構えて中に入ろうとしたのを止めたのはカスパロフだった。
「閣下、どうしてこちらへ」
「ボレルから連絡をもらってな」と、ボレルを見て。
 ボレルはルカが立ち出した時点でカスパロフに知らせておいた。
「少し様子を見よう」
「しかし、危険です」
 カスパロフは守衛たちを制して一人中に入る。
(エルシアは?)
 少年の声、それとも思念。
「ここにはいない」
 ルカのその答えに少年が舌打ちしたようにカスパロフには感じられた。
(お前など、殺す価値もない)
「また転生してしまうからか。だが、私を四次元に連れて行き私の魂からエルシアの魂を引きずり込むということはできるだろう」
 強引にエルシアを呼び戻す気ならアツチには何時でもできた。だがそれをしなかったのは、
(そんなことしたって、あいつには意味がない)
 それこそ一生どころか未来永劫、隣に居ながら口をきかないことになる。あの意地っ張り目が。
 ルカはベッドの空いている所に腰掛け、
「すまなかった」と、謝る。
 色の抜けてしまった白い髪。
 ルカがその髪に静かに手を伸ばした時、
(触るな!)
 強い拒絶の思念。だがそれと同時に迷いながらも会えたことへの喜びの思念。
 ルカは静かにアツチの体を抱え込んだ。最初は抵抗があったものの、
 ルカはアツチの耳元でささやく。
「会いたかった」
 誰の声も聞こえなかったはずなのに、ルカの声だけは鼓膜を通して聞こえる。
「会いに来てくれたんだね」
 アツチは舌打ちすると、
(お前を始末しに来た)
 ルカはアツチの言葉など聞こえなかったかのようにきつく抱きしめた。紫竜の気が全身を覆いつくす、抗いきれないほど。
(エルシア)
 アツチの握っていた短刀が床に落ちそのまま消えた。
「飯、食ったのか?」と、問うルカ。
 腹が減ったと感じたことのないアツチ。だが今は不思議と腹の虫が鳴く。紫竜の感覚が自分の中に入ってきているのだ。
(腹が減るとはこういうふうに感じるものなのか)
「そうだ。お前は腹が減れば異次元からエネルギーを摂れるが、普通の人間は食物を食べることでしか摂れない。今、食事を用意させよう」
 ルカは自分の傷は忘れたかのように動き出す。
 自分から離れて行こうとする紫竜にアツチは呼びかける。
(エルシア)
「何だ?」と、ルカは振り向く。
 アツチがルカに手をかざした。誰にも解らないアツチのしぐさだがルカだけには解かった、異次元のエネルギー、脇腹の傷が治っていくのが。
 ルカが部屋から出て来るとボレルが駆け寄って来た。
「早く、縫合しなければ」 シャツは血でかなり赤く染まっている。
 ルカはにっこりするとシャツをめくり脇腹の傷を見せた。ぱっくりと開いていた傷口は既に赤い一本の筋のようになっている。その筋すら消えつつある。
「うっ、嘘だろう」と、びっくりするボレル。
 傷の治りのはやい方だと伺ってはいたが、さっきの今だ。こんなことあり得ない。
「私のことより、あの子の食事の用意をしてくれないか」と、ルカはクリスに頼む。
 食事と言われても、お粥、それとももっと柔らかいもの?
 クリスが迷っているのを見て取り、
「私と同じものでよい」
「やっと飲み込める程度で、咀嚼は無理かと存じますが」
 これが今までアツチを見てきたクリスの感想だった。
「大丈夫だ。私が食べ方を教えるから」
「しかし今までミルトンさんが頑張って教えてこられたのですが」
 立ったり座ったり歩いたりと言うのは、ぎこちないがどうにか出来るようになったが、それ以外のことになると一向にはかどらない。
「彼には無理だ。彼はそもそもアツチの紫竜ではないから。これは私の仕事だ。アツチが普通の子と何ら変わらない生活ができるようにするのは」
「私の仕事?」と、ボレルはカスパロフとクリスの顔を見る。
 カスパロフもクリスもこの問いには答えられない。ヨウカからたびたび聞いてはいるものの、未だに白竜と紫竜の関係が理解できない。

 暫くして料理が運ばれて来た。野菜を中心にしたあっさりとした味付けでルカ好みである。その間、ルカは血で汚れていた服を着替えてきたようだ。気品のあるその容姿は、しばらくお会いしていなかったが何ら変わるところがない。それどころかまた少し背が伸びられたか。
「今でしたら、シナカ様とのダンスもうまく踊れたでしょうに」と言いかけて、クリスは慌てて両手で口を塞いだ。
 遅かったか、触れてはならないものに。
 だがルカの反応は意外なほど落ち着いていた。
「そうだな、今なら」 のびのびとエスコートしてやれる。
「申し訳ありません」
 クリスは直立不動のまま最敬礼の形で頭を下げる。
「何も謝ることはない。私に身長があればシナカは宇宙一のダンサーだった」
 クリスは深々と頭を下げたっきりあげない。否、あげられない。
「クリス。お前の心の中にシナカが生きていることを感謝するよ」
「殿下」
「私はもう少しでシナカの心を忘れるところだった。争うと池の水が枯れる。その言い伝えを大事に守って平和に暮らしてきたボイ人。それなのに私は彼らに何を教えたのだろう。争うことを教えてしまったのではないだろうか。自分を守ること、それは戦うこと。そこに和解はない。相手を完全に叩きのめすまで攻撃の手を緩めない。相手の息の根を止めなければ安心できない。それはまるで臆病者の戦いだ。臆病者は許すと言うことができない。許すなどという中途半端な事をして何時寝首を掻かれるかと思うとおちおち寝てもいられない。それがネルガル人だ。まるでニワトリと同じ、相手が死んでも攻撃をやめない」と言って、ルカはしばし黙り込む。
「もう一度ここで考えようと思う。どうすればネルガル人もボイ人のような生き方ができるのかと。この惑星は何もない。考え事をするには丁度良い星なのかもしれない」
 ルカはクリスの肩をポンと叩くと、
「また、世話になる」
「いいえ、至りませんが何なりとお申しつけ下さい」
 クリスにとって、ルカに頼られるほど嬉しいことはない。
「さて、それでは私の仕事から始めるか」
「仕事?」と、訊きなおすクリス。
「エルシアから頼まれている、彼の面倒をみるようにと。なにしろ私は彼の紫竜だそうだ
から」
 ここら辺はルカもよく解らないようだ。だが不思議とアツチの前に立つと自分のやるべき事が思い出される。ルカはアツチをベッドから抱え上げるとテーブルの方へ連れてきた。椅子に腰かけさせ自分は対峙するように座った。二人の間にはクリスが用意してくれた料理が並べられている。
「見えるか?」と、ルカが問う。
 その問いにアツチは微かだが頷いたようにクリスには見えた。
「食べようか」と、ルカ。
 アツチはルカをじっと見つめている。
(これが俺の姿か?)
 ルカの目を通して始めて見る自分。
(醜い)
 言葉だったのか思念だったのか、それはクリスの耳にも聞こえた。
 その想いはルカの心を通してアツチが感じたもの。
「醜いなんて、ただ私は髪が白いなと思っただけだ」と、ルカ。
 青い髪だったらどれだけ美しいかと思ったのも事実だ。
「そっ、そうですよ、醜いどころか美しいと思いますよ、まるで人形のようで」と、言ったのはクリス。
 その声はルカの耳を通してアツチの耳に聞こえた。
(誰か、居るのか?)
 ルカがクリスの方に視線をおくるとアツチの目にはっきりとクリスの姿が見えた。
「ずっとお前の面倒を見てくれた人だ。紹介しよう、名前はクリス」
 この期に及んで初めましてと言うのも何か変だが、やはりここは初めましてとあいさつするのが妥当なのだろうとクリスが迷っていると、
(もう一人、居た)
「ああ、リンネルのことかな。クリス、すまないがカスパロフ大将を呼んできてくれないか」
「あっ、はい」
 クリスは部屋を飛び出した。暫くしてカスパロフ大将と戻ってくる。
 その頃にはアツチは箸を使って上手に食事をしていた。
「リンネル、すまないがここへ」と、ルカはカスパロフをアツチの近くへ呼び寄せる。
「カスパロフ大将だ」と、アツチに紹介する。
 アツチはカスパロフの方には一度も視線を上げないが、彼の姿はよく見えているようだ。
(瞳が黒いね)
 イシュタル人に多い瞳の色だ。
「アツチ、視線を私と同じ方向に向けないか。それでないと見られている方が不思議に思う」
 アツチは視線を上げた。カスパロフは一瞬少年と視線が合ったような気がしたが、少年は何の反応も示さない。
「リンネル、アツチに見えているのはあなたの横顔なのです。つまり私が見ているあなたの姿。正面から見ているわけではない」
 少年自体はカスパロフの正面に居るのだが。
 ややっこしい話である。だが何千年もそうやって来たアツチは、その仕草をさりげなくこなした。まるで自分が正面から見ているかのように、頭の中でカスパロフの映像の角度を変える。
「アツチは長年の経験から自分と私の角度を計算し、あなたが自分の前でどのように立っているのかを想像するのです。私たちの脳もアツチほどではないですが似たようなことをやっています。現にあるものの一部を隠しても脳が勝手に補って完全なものとして見せることがあります」
「つまり、彼の目は全然見えないと言うことですか」と、クリス。
 ルカの説明がいまいちわからない。
「見えないと言うわけではない。何枚かの和紙を通してその人の魂の輪郭が見えると言うべきなのかな、ただ魂の輝きが弱いと見えないこともある」
 何かますます解らなくなった。
「結局アツチさんは自分の目で見ることはできないと言うことですよね」と、クリスは念を押す。
「相当、相手の魂が輝いていないとな。それで人の目を借りて見ることになる。だがここで一つ問題がおきるのです」
「問題?」
「そう」と、ルカはうなずくと、
「私たちは自分が見ているものは隣の人にも同じように見えていると思っているが、実際はかなり違って見えているようなのです」
「それは、どういうことなのでしょう」と、クリスは驚いたように訊く。
 犬は犬、猫は猫、どうやっても兎には見えない。それと同様に、私の目にしている殿下の姿とカスパロフ大将の目にしている殿下の姿が違うとは思えない。朱い髪で翡翠のような瞳。
「つまり私の頭の中に描くリンネルの像とあなたの描くリンネルの像は違うと言うことです。感情移入がありますから。対象がリンネルのようにお互いよく知っている人だとかなり違ってきます。動物でもかなり違います。調度品ならだいたい同じようになってきますが、それでも人によっては、自分の意識するところが強調された像になりますからね。そんな時よくアツチに訊かれるのですよ、どれが正しいのかと」
 アツチは三次元では自分の目が不自由なためいろいろな人の目を借りて一つのものを見る。だが過去の経験よりどれをとっても同じに見えたことはない。必ず少しずつ違っている。中にはこれが同じものなのかと思えるほどに人によって違っていることもある。そんな時はエルシアに訊くしかない。
「それで殿下はどのように答えられるのですか」
「自分に見えている映像を彼に見せるしかないだろう」
 それが正しいかどうかはわからない。なぜならそこには私の思い入れがあるから。それによって映像は歪む。
 結局最終的にアツチが取る決断はエルシアの感覚である。そのためにエルシアを作ったのだから。エルシアはアツチの感情の一部なのだから。
「そんなに人によって見え方が違うものなのだろうか」と、クリスは首を傾げた。
 自分は自分の目でしかこの世界を見たことがない。他人にこの世界がどう映っているかなど考えたこともない。同じ世界に住んでいるのだから同じように見えていると思っていた。
「でもそしたら、話が合わなくなるのではありませんか。例えば、今日の空は真っ青ですね。と言ったところで、隣の人には赤く見えていたら」
「それは心配いりませんよ。隣の人はその赤い空が青だと思っていますから」
「えっ! どうして」と、驚くクリス。
「生まれた時から今日の空は青いね、と言われて育てば、その赤く見えている空が青だと思いますから。つまりその子は赤が青だと思って育ちます。でもそこまで違うことはないと思いますよ、目の構造が同じなのですから。ただ違って見えるのはそこに感情が入った時です。同じ青い空でも楽しい時に見る空と悲しい時に見る空では、どことなく違う」
「そう言うことでしたら解りますが」と、クリス。
 だが他人には今自分が見ているものがどう映っているのだろうかと、疑問を持つようになってしまった。
 まあいいか。と、自分を納得させるしかない。昔から、殿下の周りで起こることは、見なかったことにしよう、聞かなかったことにしよう。とする以外に説明のしょうがないことが多々あった。またそれが一つ、増えただけ。
 クリスが悩んでいるうちにアツチの食事は終わっていた。今回は余りにも人間らしく箸を使って食べたことに驚いた。否、今までできなかったのはどうしてだ。と疑問を持ったほどに。
「やればできるではありませんか」と、言うクリスに対して、
「アツチはただ、私の仕草をまねただけです」と、ルカ。
 アツチはルカが箸で挟んで口にしたのと同じものを、挟んで咀嚼しただけである。それがおいしいかどうかは別、それはルカがどう感じるかによって決まる。
 これが五感がないと言うことなのかと、クリスは今更ながらに思った。見ることも聞くことも匂いを嗅ぐことも味わうこともできない。では、何が楽しくって生きているのだ。 


 それから数日後、ルカと一緒に庭を散策するアツチの姿を見かけるようになった。アツチのその動きは以前のようなぎこちないものではない。
「やっぱりあいつ、紫竜だったんだな」と、納得するユーカス。だが、納得すれば納得するほど腑に落ちないものがある。
「何でネルガル人に転生しているんだ?」
「私に訊かれましてもね」と、クラフト。
 ビッキも肩をすくめて見せる。ミルトンと言えば、ルカが来て以来アツチに近づくことはなかった。今までアツチについやしていた時間を持て余しているようでもある。
「そろそろ帰るのか」と、そんなミルトンにビッキが声をかける。
「何処へ?」
「お前の白竜の元へだよ」
 それを聞いてユーカスはドキッとした。このまま別れたくない。
 だがミルトンはビッキのその問いに疲れたような笑みを浮かべ、
「まだ、帰れないだろう」と、アツチとルカの方へ顎をしゃくる。
「お前の目には見えているはずだ、あの二人の魂が完全でないことが」
 どちらにも肝心な主人格が抜けている。
「その魂が来るまで、ここに居るつもりか?」
 ミルトンは苦笑すると、
「待つだけ無駄だ、来ない」
「どうして?」
「それは奴らに訊け。どちらかが我を折らない限り」
 ミルトンは大きなため息を吐くと、何処へとなく消えた。
「我を折るって?」と、ユーカスはビッキとクラフトに問う。
「喧嘩していると言ってましたよね」
 二人肩を並べて散歩している姿は、
「仲良さそうに見えるが」と、ユーカスは首を傾げる。


 二人の姿を眺めているのはユーカスたちだけではなかった。アツチの部屋の窓から少女がじっとその様子を見つめている。少女と言っても年齢は不詳だ。ネルガル人より小柄なイシュタル人はどうしても年より若く見えてしまう。
「やることがなくなってしまいましたね」と、少女の背後から声を掛けたのはクリスだった。
 今までずっとアツチの身の回りの世話をしていた少女。ルカが来てからと言うものアツチに近寄ることすらできない。
「しかたないわ、紫龍様は私がお嫌いですから」
「えっ!」と、驚くクリス。
「どうして?」
「醜いから」と、言い捨てて去ろうとする少女の腕をクリスは慌てて捕まえた。
「少し待ってください。殿下はそのような人ではありません。見た目で人を差別するような」
 少女は軽く首を左右に振ると自分の腕を掴んでいるクリスの手を見る。
 クリスが慌てて手を離すと、少女は逃げるように駆け出して行った。
「火傷のことを気にしているのだろうか、ネルガルの医療を持ってすればあのぐらいの火傷、きれいに治せるのに」





 その頃、アヅマ第17宇宙艦隊の艦内では、M13星系第6惑星への総攻撃の準備が着々と進められていた。そしてここはアヅマ第17艦隊の旗艦、その艦橋では司令官たちがラクエルを取り囲むようにして、自分の好みの椅子を出し座っている。そもそもイシュタルの船は艦橋と言えども何もない。ただ一つの空間にすぎない。必要な時に必要な所に必要なものを出すと言うのがイシュタル人の部屋の使い方である。戦闘をするなら戦闘に必要な装置を、航宙するなら航宙するなりの装置を、打ち合わせをするならそれなりの物を。自分たちがそれらの部屋に移動するのではなく、部屋を自分たちのところへ移動させるという感じだ。そして椅子や卓は自分の好みの色や形、素材で。よって一見、形も色も様々でどんな趣味の集団だと思われがちだが、共同で使用するときは誰もが使いやすいように、一定のルールに基づいてそれらの物がまとめられる。今回は個人使用だけなので個性豊かである。では一体、それらの物は何処にあるのかと問えば、亜空間と答えたいところだがそれができるほどの力があるのは竜ぐらいなもので、一般的にはある場所に収納してあると言うべきなのだろう。但しその場所がこの船の中とは限らないだけで。
「今度こそ、本当に白竜様が居られるのでしょうね」と、お気に入りの椅子に深々と腰かけて疑いながら問う者。
「お前には感じられないのか、この気の尋常のなさを」と、硬そうな椅子にチョコンと腰かけて不安そうに言う者。
 既に誰もが感じ始めてきていた、M13星系に近づくにつれて並々ならぬ気の波動を、空間の歪みを。
「これが白竜の気なのか」
「このまま近づいて大丈夫なの?」
「少し、異常ではないか」
 近づくにつれ敵意まで感じられるようになってきている。
「何か、おかしくないか」と、椅子から体を乗り出しながら話す者。
「白竜様は私たちの味方ではないのですか。どうして私たちに敵意を?」
 不安がる司令官たち。そのなかで一人落ち着いているのはラクエルだった。
「それは我々が敵意を持って接近しているからです」と、ラクエル。
「敵意って、私たちはただ白竜様を助けに」
 ラクエルは笑った。
「それは傲慢だ。白竜様は我々の助けなどいらない。そこが嫌ならさっさと別の惑星に行く。何処に行くにも誰の力も必要としない」
「つまり白竜様は、あの星が気に入ってそこに居られると言うことですか」
「そうだろう、動かないのだから」と、ラクエルは当然のように答えた。
「水のない惑星ですよ」
「白竜様がその気になれば水など何処からでも引ける」
 それが水神と崇められる所以。
「では、どうすればよいのですか、私たちは。こんなに敵意をあらわにされたのでは」と、かわいい花柄のクッションをかかえながら。否、クッションを抱えることによってこの異常な気にたいする不安を抑えようとしているかにも見える。彼女はかなりの能力者だ。よって人一倍、白竜の気を感じている。
「ただ、イシュタル人を返してもらいに来た、とだけ。あまりネルガル人と戦闘を交えないほうがよいかと」
「それは、どういう意味だ?」
「やらなければ、こちらがやられるわ」
「そうだ、そもそもこんな戦闘を仕掛けてきたのはネルガル人ではないか。宇宙の秩序をみだすような」
「ですから正当防衛の範囲内で」
 司令官たちは訝しげな顔でラクエルを睨む。
「行けば解ります。できるだけ無用な戦闘は避けた方が」
「我々はネルガル人とは違う。今までだって無用な戦闘はしたことはない」と、いきり立つ者。ラクエルは司令官の間ではあまり好まれた存在ではない。
「では、どうするのだ。一気に敵の指令室を叩くか。そうすればほとんど戦闘はしなくともすむ」
 テレポートで司令官の前に現れればよい。
「それは無理でしょう。白竜様がおります」
 ネルガル人だけならそれも可能だが、今や白竜がいる。そんなことしようものなら現れる前に仕留められてしまう。白竜の力は三次元より四次元の方が遥かに巨大だ。
「白竜様はネルガル人の味方だとでも言うのか」
「紫竜様が傍に居られますからね」
「つまり、紫竜様を巻き込むような戦闘は嫌がると」
 だがラクエルはそれに関しては何も答えなかった。その紫竜に会えば全てが解るのだが、今私の口から言ったところで信じてはもらえない。
「とにかく、狙いは収容所だ。それなら白竜様だって我々の戦闘の意味を納得なさるだろう」
 白竜がその意味を納得するようなら何も苦労はしないと、ラクエルは内心思った。白竜には我々の常識は通用しない。常識とは過去の経験から誰もがそう考えるようになったことを常識と言うのであって、宇宙の中でそれが正しいとは限らない。常識とはそれを共有する者たちの間でだけ正しいと認められるだけで、それを共有しないものたちの間ではかえって迷惑だったりすることもある。それに常識がいつでも多数をしめるとは限らない。非常識でも多数派の常識の者たちにそれを止めるだけの力がなければ、その非常識は常識に取って代わる。それが紛争だの戦争だ、人を殺せば殺人者なのに。そして白竜の感覚はそれらを超越したもの、言わば宇宙そのもの、一つのエネルギーであってそこには生死すら存在しない。洪水が善か悪かと問えば、多大な破壊と悲しみをもたらす以上、悪には違いない。だが化学肥料のなかった時代に川底の栄養価の高い土は多くの恵みももたらす。白竜のその感覚を我々に近づけるために紫竜が存在するのだ。白竜のその感覚を理解しない限り白竜との会話はできない、どんなに能力があっても。

 打ち合わせが済み、司令官たちが各々の卓や椅子を消すと同時に、艦橋は操縦兼指令室へと姿を変えた。壁には幾つもの巨大スクリーンが現れそれぞれの担当の者が着く。今まで司令官たちが居たところには指揮シートが現れ、ラクエルを残し他の司令官は各々船に戻って行った。
 ラクエルはM13星系を映し出しているスクリーンをじっと見つめている。まだ距離はある。よって惑星までは映らない。だが能力者たちには既にはっきりと見えていた。
「あなたは最初から白竜様がこの星に居られることをご存じだったのですね。では何故今まで寄り道を」と、問いかけてきたのは副司令官。
「否」と、ラクエルはスクリーンに映し出された恒星を見ながら答える。
「白竜様は今までイシュタル星に居られた。つい最近ですよ、こちらに移られたのは」
「イシュタル星に! では何故、あの時私たちに白竜を探しに行かないかと声を掛けたのですか、イシュタル星に居られるのでしたら探しに行く必要はなかった」
「紫竜と会われるのを待っていたのです。紫竜が居なければ白竜とは話ができませんから」
 副司令官は怪訝そうな顔をしてラクエルを見る。
「あなたは眷族だと聞いております」
「誰が、そのようなことを?」
「この船の者たちは、ほとんどの者がそう思っております」
 ラクエルは何も答えない。
「眷族は白竜様と直に話ができるとも聞いたことがあります。もしあなたが眷族ならば、この船にはあなた以上の力の持主はかなり居ります。彼らが直接白竜様と会話をされてはと思いまして」
「紫竜はいらないと」
「直接話ができるのでしたら、何も紫竜様のお手をわざわざ煩わせなくとも」
「白竜と紫竜は二柱で一神なのですよ」
「それは存じております」
 だがその真の意味を知らない。
「まあ、会えばわかります」
「あなたは損な性格の持ち主ですね。私たちの前ではこんなに丁寧に話されるのに彼ら司令官の前では」
「それは、彼らが私に敵意をむき出しにして来るからですよ」
 会話をしなくとも雰囲気でわかる。これが能力の初歩。
「僻みなのではありませんか、あなたが眷族だから」
 力があれば眷族になりたがる。眷族になれば憧れの竜に支えることができるのだから。
「私は彼者の眷族ではありません。竜の気は過去に一度会ったことがあれば眷族でなくともわかります」
 確かに。と副司令官は納得する。これだけの時空の歪み、一度体感すれば二度と忘れないだろう。
 ラクエルは指揮シートとから立ち出す。
「戦闘に入る前に少し休憩を取ろう。夢の中で会いに行くのもよいが、あまり近づかないことを勧めます」
 今回は肉体より精神の消耗戦だ。





 一方、惑星の方でも能力の強い者はいる。その代表がユーカスだ。
「なっ、何か、近付いて来る」
 ユーカスは空と言うより足元の方を見ながら言う。敵は恒星の方からではなく外宇宙から近づいて来ている。自力で空間に歪みを生み出すこと(テレポート)のできる彼らは、ワームホールを利用しない。よって恒星が空間に及ぼす歪みも必要としない。
「何か、ヤバくねぇーか」
 刻一刻と近付いて来る船団。だがネルガルの看守たちは落ち着いていた。まだ彼らのレーダーでは捕獲できないのだ。
「どうする、教えてやるか?」
「教えてどうする。まだレーダーにも映っていないものを、奴らが俺たちの言葉を信じるか。それより知らぬが仏と言うだろー」と、ミルトン。
「どうせ勝てる相手ではない。早くから不安がらせても可哀そうだ」
 ミルトン流の親切心のようだ。
「何しに来るんだ?」
「白竜様でも迎えに来られたのでは」と、ビッキ。
 ビッキもユーカスと同じ方向を見ている。
「戦闘になるのですかね」と、不安そうに尋ねるクラフト。
 まだクラフトの能力では捉えることができないようだ。
 そこへ看守の声。
「そこ! 何、さぼってんだー」
「さぼっているわけじゃないぜ。戦闘になったら何処へ逃げるかの相談だ」
はぁっ?と言う顔をする看守。
「どういう意味だ?」
「だから、敵が攻めてきたら何処へ逃げるかって、考えていたんだよ」
「だから、どういう意味だと訊いている。何処に敵がいる?」
 看守は暴動でも起きるのかと心配した。だがこの惑星で暴動を起こしたところで勝ち目はない。ネルガルがこの惑星で暴動が起きたと知れば、物資の輸送を中止する。ネルガルからの物資が途絶えれば全員死を待つだけだ。
「シャーが攻めて来るかも」
「シャーが!」
 一瞬、看守たちは黙り込んだ。だがその内の一人が口を開いた。
「こんな惑星に、シャーが攻めてくるはずがない。奴らの目的は金だから、狙うなら豪華客船の船団だろう。あの方が手っ取り早く金になる」
「そうかな、シャーの目的は金じゃなくて、人殺しじゃないのかな、ゲーム感覚の」と、言ったのはユーカス。
「人殺し?」
「ああ。ネルガル人狩りとでも言うのかな」
 ユーカスには宇宙海賊シャーはそう見えた。
「バカ言うな。シャーはネルガル人の軍隊崩れの集団だぜ。同じネルガル人同士で、そんなゲーム感覚で殺しあうか」
「そりゃ、ネルガル人のやることだもの、俺たちイシュタル人にはわからない」と、肩をつぼめて見せる。
「いい加減にしろ、仕事がやりたくないもので」と、別の看守が話を断った。
 彼らネルガル人にとってシャーは口にするのもおぞましい存在になりつつあった。
「攻めて来るならアヅマだろう。彼らの目的ははっきりしている。そしてこの惑星にはお前らの収容所があるからな。何時かは狙われるだろうとは思っていた」
 看守の中にも利口な者はいる。
「だが、何時来るかわからない敵に怯えていてもしかたない」
 そう、まだレーダーには映っていない。だが襲撃は近いとユーカスたちは思った。



 敵の襲撃を感じ取っていたのはユーカスたちだけではなかった。自室でクリスの入れてくれたお茶をゆっくり飲んでいるルカもその一人。
「来るな」と、呟く。
「何が、ですか?」と、それを聞きとめたクリスが尋ねる。
 ルカはエルシアの持つこの感覚に苦笑しながら、
「シャーでなければよいが」と答えた。
「シャーって、まさか、宇宙海賊が?」
 慌てるクリスに、
「敵意が感じられない。来るのはおそらくアヅマだろう。彼らなら収容所さえ開放すれば、犠牲は少なくって済むはずだ」
 だが彼らの目的が収容所内のイシュタル人でないことはルカには解かっていた。おそらく目的は白竜。
 ルカはゆっくりと立ち出す。
「どちらへ?」
「アツチのところだ」

 アツチは寝ているより起きている方が多くなった。ルカから得た感覚を試しているのか、部屋の中にある調度品に触れてまわっている。とにかくネルガル人は物持ちだ。質素だと言われているルカですら例外ではない。もっともルカの場合は周りの者の気遣いで、ネルガルの王子としての最低限の生活は維持させなければと用意されたものだろう。権勢と威厳、それに生活を豊かにするための装飾、イシュタル人にすれば邪魔なだけと感じるものばかりである。こんなにごちゃごちぉしていては掃除に手間がかかる。だがその掃除すら他人にやらせるネルガル人にとっては関係ないことである。
 ルカは暫し装飾品をいじくりまわしているアツチの姿を戸口で眺めていたが、
「慣れたか(三次元)」と声をかけながら部屋の中に入った。
「何だ? これ」と、アツチは手探りしている物をルカに問う。
「陶器の置物だ」
「何に使うのだ?」
「そこへ置いておくだけだよ。お前たちが木の実や果物を置くのと同じ原理かな」
 イシュタル人も装飾はする。それこそ質素なものである。そしてしばしば実益も兼ねている場合がある。
「食べるのか?」
「飾って置く木の実を食べるとはかぎらないだろう。もっとも常備食にはなるかもしれないが」
 装飾品は部屋のあちらこちらに転がされていた。まるで三歳児の悪戯のように、横になっていたり逆さまになっていたり。大きな壺までが。
「全部、横にしちゃったのか」とルカは呆れたように言い、一つ一つ元の位置に戻していく。
「最初がどういう状態だったか、覚えてないから」と、アツチ。
 探索するのが忙しかったようだ。
 最終的にルカもどういう状態にそれらがあったのか覚えていない。ルカも調度品には興味がない方だ。よって邪魔にならないように適当に棚に乗せ隅に寄せたというのが本音。
 アツチは相変わらず探索を続けている。
「なっ、アツチ。話があるのだが」
「何だ?」
「お前を迎えに来る」
「お前をではないだろう、私たちをだ」
 アツチも気付いていたようだ。否、私よりずっと以前に。
 ルカはかるく首を横に振ると、
「私はまだ帰れない。お前、先に帰って待っててくれないか」
 アツチの動きが急に止まった。アツチは小物を手にしたままゆっくりとルカの方に振り向く。
「待つ」
 アツチは手にしていた小物を床に叩きつけた。
 その物音にカスパロフとクリスが駆けつけてきたが、室内に入るにはその雰囲気に二の足を踏んだ。
「あと、何百年待てばいいのだ。私は既に何千年も待ち続けた」とアツチの声。
 あの子も、こんな大きな声が出るのかと驚くカスパロフとクリス。
「アツチ」と言うルカの声。
 まるでただをこねる子供をなだめるかのような。
「では、何故、私をここまで呼びつけた」と、叱責するようなアツチの声。
 呼びつける? と疑問を抱くカスパロフとクリス。
「会いたかったからだ」
 アツチはじっとルカを睨むと、
「奴らを来させなければよい」
 そうすればずっとこの惑星で二人で暮らせる。
 アツチの考えを読み取ったルカは慌ててその行為を制止した。
「止めろ、彼らを全滅させる気か」
「そうすればここには来ない」
「人殺しは悪いことだ」
「お前らもやっているだろう」
「他に方法がなかった時だけだ。やむを得ず」
 ルカにすれば苦肉の言い訳。
 しばしアツチはルカをじっと見つめていたが、視線をはずすと、
「あと、どれだけ待てばいいんだ」と、ぼそりと問う。
「お前がネルガル人を許すまでだ」
「私が?」
 アツチは心当たりがないという顔をした。
「憎んでいるのだろう、ネルガル人を」
「私はネルガル人もイシュタル人も嫌いなだけだ」
「アツチ、お前がネルガル人を憎んでいる限り、エルシアは戻れない」
「では、私のせいでエルシアは帰ってこないと言うのか、私のせいで」
 原因が自分にあると言われてむっとするアツチ。
「悪いのは全部私か」
「そうは言っていない。お前がネルガル人を許してくれれば」
 アツチはルカに背を向けると胸を押さえた。痣が痛むのか。そしてルカも。
「私は許さない」
 アツチはそう言うとベッドの中に潜り込んでしまった。
「アツチ」と、ルカが声を掛けても何の反応もしない。魂すら今はここにないようだ。
 ルカは諦めて部屋をでる。そこで行き会ったのはカスパロフとクリス。
「話、聞いていたのですか」
「申し訳ありません、物音がしましたので」
 ルカは歩き出す。カスパロフとクリスは慌てて後を追った。
「どういう意味でしょうか」と問うカスパロフ。
「私にもよく解らない。ただエルシアがイシュタル星に戻らないのはそこら辺に原因があるようだ」
 ルカはその足で収容施設に向かう。
 中はもぬけの殻である。
「まだ、皆、働いているのか」
「彼らに用があるのでしたら、呼べばすぐきますよ」と、クリス。
 何となくそんな気がしたので助言した。
 ルカは苦笑すると、
「イシュタル人と付き合うようになって、人の心が読めるようになったのですか」
「別に、そんな」と、クリスは焦る。
「ただ、そんな気がしただけです」
「それを磨いていくと超能力になるそうです。彼らも完全に私たちの心が読めるわけではない。何となくそんな声が聞こえたような気がするらしい」
 超能力とは突き詰めれば相手に対する思いやりなのだろうか。
「どうせ呼ぶのなら部屋に呼びますか。何か冷たいものでも用意してくれないか」
「どのような御用で」と、カスパロフ。
「アツチのことを頼むのです。もうじきここにアヅマが襲来する」
「えっ!」と、驚く二人。
 それでは迎撃の準備をしなければ。
 ルカは彼らの思いを察したかのように首を横に振る。
「アヅマの目的はアツチだ。それと私だろうが、私は先ほどの理由でアツチと共には行けないから、彼らにアツチのことを頼むしかない」
 ルカが残ると言ってくれたことにカスパロフとクリスは安心したが、はたしてこれでよいのか。


 ルカの部屋のテーブルの上にはよく冷えた飲み物と果物が用意されていた。菓子をあまり口にしないイシュタル人は果物が好きである。これはイシュタル人と付き合って知り得たルカの知識だ。
 用意を整え、心の中で彼らの名を唱えると、まずユーカスが現れた。
「何だ?」と、ユーカス。現れるや否や要件を訊いて来る。
 それからビッキとクラフト。ミルトンは何かを察したのか、嫌な顔をしている。
「ワァオ!」と、テーブルの上の果物を見て、ユーカスは嬉しそう。
「こんな星でも、あるところにはあるんだな」
 みずみずしい果物。
 ユーカスはさっそく一つを手に取り頬張ろうとして動きを止めた。
「危ねぇー、もう少しで罠にかかるところだった」
 ユーカスは果物をもとの位置に戻すと、
「まず、要件を聞こうか」と、椅子に座り込む。
「アヅマ退治なら、御免だぜ。手は貸さない」
 まだ何も言われていないうちからユーカスは断る。
「やはりあなた方も気付いていたのですか」と、ルカ。
「やっとレーダーに映ったか」と、ユーカスは楽しそうに笑う。
 これからこの星は蜂の巣を突っついたような騒ぎになるだろうなと想像しつつ。
「否、まだです」
「では、何故?」
「私にもその能力はあるのですよ」
「あっ、そうか。お前、紫竜だものな」
 ユーカスは改めてルカを見る。朱い髪に緑の瞳、どう見てもネルガル人にしか見えない。
「紫竜は、髪が紫だから紫竜って言うんだけどな」と、素朴な疑問を投げかける。
「ではどうして白竜は髪が青いのに白竜と言うのですか」と、ルカが訊き返してきた。
 それはクリスも疑問に思っていたことである。
「あのな、それを紫竜が俺たちに訊くか」と、ユーカスは呆れたように言いつつも、
「本来、あいつが本当の力を身に着ければ、奴の魂は恒星のように白く輝いて俺たちの目にはまぶしくってその姿はよく見えないんだよ、真っ白にしかな。だから白竜というんだよ。紫竜ならそのぐらい知っているだろう」
「否、知らなかった」と、ルカは素直に認める。
 ユーカスは呆れたように溜息を吐いた。
「本当におめぇー、紫竜なのか」
「それで、要件は?」と、切り出したのはミルトンだった。これ以上、二人のくだらない話に付き合っていられないという感じだ。
「頼みがあって呼んだ」
「頼みね」と、いやいや気に言うミルトン。
 ミルトンは既にその頼みの内容を知っているかのようだ。
「お前は、来ないのか」と、いきなりミルトンはルカに問う。
 答えないルカに追い打ちをするように、ミルトンはたたみかかる。
「それで、奴が納得するのか」
 ミルトンのその問いにルカは暫し黙り込んでいたが、
「納得させる。だから、頼む」
 ルカは床に座り込むとミルトンに対し深々と頭を下げた。
「彼の面倒をもうしばらくみてもらえないか」
「俺は奴の紫竜ではない。どんなに頑張ったところでお前のようにはいかない」
「それは、わかっている。だが、今はまだ一緒には行けない」
 ルカは床についたこぶしを握り締めながら。
「そんなにネルガルが大切か」
「イシュタル人もネルガル人も、もとをただせば同族です」
「それを認めないのはネルガル人だろう。自分たちはイシュタル人より優れていると思っていないと生きられないのだからおもしろい性格だ。常備自分より劣っている者を見つけ出し、否、故意に作って見下していないと心の安定を保てない。実際お前たちが劣っていると思っている者たちは、本当にお前たちより劣っているのか。たまたまうまく意思疎通ができないから劣っているように見えるだけではないのか。言葉を巧みに使えない者は知性が低く見られがちだが、物事を考える時、言葉を使って考える者と図形や感性を使って考える者がいるが、どちらも最終的な結論は同じでもその過程を図形や感性を使って考える者はうまく表現することができない。これを知性が劣っていると言えるのだろうか。ただ語学力が足りないだけではないのか。現にテレパシーは言葉を必要としない。直感だ。頭の中にいきなり流れ込んでくるイメージ。それこそがテレパシーだ。そしてテレパシーの使えないお前たちはゴキブリと会話をすることもできない」
「ではあなたは、ゴキブリと会話ができるのですか」と、透かさず訊いてきたのはクリスだった。
 クリスはルカが非難されている姿を見ていたくない。話題を変えるつもりで問いかけたのだが。
「出来る」と、ミルトンは断定した。
「能力さえあれば、ありとあらゆるものと話ができる。それをしてしまうのが白竜だ。空間はお前たちが考えているほど静かではない。いろいろなものたちの思念(テレパシー)で溢れている。それらを全て白竜は拾ってしまう。だから傍に居て遮断してやらなければならない」
 これが本当の紫竜の仕事。白竜がぼーとして見えるのはそれらの会話を聞いている時。余りの情報の多さに肉体が反応できない。
 ミルトンの話を聞きながら、ゴキブリにはどんな思考があるのだろとクリスは思った。そんなクリスの思考はほっとかれ話は進んだ。
「解っている、解っていて頼むのです」
「解っているなら頼めるはずがない。これは奴の紫竜であるお前にしかできない事だ。奴がどんなに苦しんでいても俺には何もできない。思念は喜びより恨みや悲しみの方が遥かに大きなエネルギーを持っているんだぞ」
 それはテレパシーを使えるものなら誰でも知っていることだ。四次元の扉を開けるや否や得も知れぬ不安が襲い掛かる。それから数十年後だ、安らぎを感じられるようになるのは。それまではその闇の世界をさまよい続けなければならない。その間が苦しい。否、下手をすればその苦しさ故に狂ってしまう。犯罪を犯したり自殺したり。
「何千年、放置してきたんだ。普通の者なら気がおかしくなる」
 ミルトンの叱責にルカは黙り込む。
 その時、ユーカスたちイシュタル人は一斉に振り向いた。背後に気配。そこにアツチが居た。何時、現れたのか。カスパロフたちネルガル人には感じ取れないイシュタル人の持つ感覚。
「アツチ」と、ユーカスが呼びかける。
「ほっておけ、そいつには何を言っても通じない」
 アツチの肉声だったのかテレパシーだったのか。この部屋の中に居る全員の脳内に静かに浮き上がるイメージ、絶望にも似た。
「イシュタルへ帰る」
 そう言うとアツチは消えた。
 ユーカスが慌てて後を追う。ミルトンか止める間もなかった。
「本当にイシュタルへ?」と、クリス。
 先ほどの感覚、アツチのことが心配になった。
「否、まだこの星にいる」と、ビッキ。
 やはり彼らはその気になれば自力でイシュタルへ戻れるのだ。とクリスは確信した。
「では、何方へ」と、心配するカスパロフ。
 砂の星と異名をとるこの星ではこの収容所を出れば死が待つのみ。だから誰も逃亡を企てる者はいない。
「心配はいらない。彼は自分で死を選ばない限り死ぬことはない。いったんこの世に現れた白竜は永遠に生きることができると聞いている」と、ビッキはミルトンを見た。
 ミルトンはその視線に答えるかのように、
「白竜に寿命はないが、紫竜には寿命がある。普通の人間のように年を取り終える。普通は紫竜の寿命が白竜の寿命だ。紫竜が居なければ生きていてもつまらないからな。白竜にとって死は丁度、この星で生きるかイシュタル星で生きるかの選択のようなものだ。奴がイシュタル星へ行けばこの星にはもう居ないのだから、この星の者たちにとって奴は死んだも同然。それと同様、三次元がつまらなければ四次元で生きればいい。竜宮はいいところだ」
 竜宮は竜が住むと言われている四次元にある都。竜の精神世界とも言われている。
「イシュタルへ戻られるおもつりですか」と、クリス。
 せっかく親しくなったのだ。もう少しイシュタルのことを。否、イシュタル人のことを知りたい。
「否、どうかな。おもしろい奴が迎えに来るから、そのままあの船に乗っていてもいいかなとも思っている」
 これはミルトンの考え。
 だがルカが透かさずそれを否定した。
「イシュタルへ戻れ」
 命令調である。
「奴とはかかわらない方がいい。お前たちの手に負える相手ではない」
「確かに」と、それはミルトンも認めた。
「だが、アツチなら。アツチは頭がいい」
「無理だろう。アツチは優しい」
 だからこんな程度で済んだとルカは脇腹を撫でる。これがあいつなら殺されていた。と思った。あいつ? 誰のことだ? アツチの中に居るもう一人の人格。ルカには完全にエルシアの記憶があるわけではない。時々部分的に、思い出すかのように現れる。
 ミルトンは静かに口を開いた。
「俺の村はネルガル人に蹂躙されたんだ。女子供も皆殺しだ。敵を討って悪いか。俺たちがその気になればあんな船いらないのだが、ユーカスがよく言うように竜は優しい。白竜はな、欲に満ちた人間界で育たないから。人を殺すことはできない。白竜にそんなことをさせたら精神が崩壊する。だが我々紫竜は人間界にどっぷり浸って育つからな、人も殺せる」
 ミルトンが今まで私たちに冷たかった理由が、これで解ったとクリスは思った。彼もネルガル帝国主義の犠牲者だったのかと。否、この銀河で犠牲者でない者を探す方が難しい。
「ミルトン、悪いことは言わない。復讐など考えないで」
「では、お前はどうだったのだ?」
 ミルトンの問いにルカは答えることができなかった。黙り込むルカへ、
「お前は約束を破った。俺はその約束と引き換えに、アツチの世話をするように俺の白竜に言い付かって来た。お前が約束を破った以上、俺もアツチの世話をする必要はなくなった」
「少し、待ってくれ」
 いきなりの、唐突な話にルカは狼狽した。ルカには心当たりがない。
「約束とは何の事だ。私は」と、言いかけたルカに、
「俺に訊くよりエルシアに訊いたらどうだ」
 黙り込むルカに、
「心配するな、まだしばらくの間はアツチの面倒はみてやろう。イシュタルへ戻りたいと言うならそれもいい、俺はお前と違って強要する気はない。奴の自由意思に任せる。イシュタルへ戻れば眷族が居るだろうから後は彼らが面倒をみるだろうから」
「お前は?」
「俺はあの船に残りネルガルとの決戦に備える。あの艦隊は司令官を必要としている。誰も自分より劣る者に指図されたくはないからな。これはネルガル人もイシュタル人も同じ。彼らを指図できるのは彼ら以上の能力を持つもの。つまり白竜しかいない。本来はお前を迎えに来たのだろう、お前の白竜とともに。だが俺で我慢してもらうことにするよ。俺の能力では奴らに到底太刀打ちできないが、俺も竜の端くれだからな。あの艦隊は司令官がいれば銀河一になる。迎え撃つならそれもよし」と、ミルトンはルカに挑戦状を叩き付けた。白竜が背後にいない紫竜など能力では彼らに劣る。後は知略だけだが。
「お前とあいつ、どちらが策士か、おもしろいではないか。それに、もう一頭竜が居る。こちらは使える、既に狂っているからな」
 そう言うとミルトンは消えた。
 クラフトが慌てて後を追うとしたが、ビッキが彼の肩を押さえて止める。
「今は、そっとしておいてやろう。話なら船に乗ってからでも十分できるから」
「止めてくれないか、彼を」と、ルカ。
「それは約束できない。そもそもアヅマの目的は捕虜の奪還だから、それなら俺たちも協力しょうと思っている」
「でもいくら捕虜を取り戻しても、またべつな集落が襲われたのでは鼬ごっこですね。ミルトンはそれを断とうとしているのでしょうね」と言うクラフトの言葉に誰も答えることはできなかった。
 ネルガルの宇宙戦略さえ正せればとルカは思う。
 場の空気が重たくなったのを感じたビッキはおどけるように、
「だがその前に俺たちを船に乗せてくれるかが問題だ」と、話を切り出した。
「あの船で戦力として認められるのはユーカスぐらいだろうから。俺たちの能力では居るだけ邪魔だと言いかねられない」
「本当ですね。ユーカスさんもう少し基礎をきちんとマスターしていればかなりの使い手になり、彼らの中に入っても引けを取らなかったでしょうに、もったいないですね、粗削りで」と、クラフトがユーカスの技を評価する。
「今までいい師匠に巡り合えなかったのだろう、今度はアツチ様が居られる」
「白竜が直に」と、驚くクラフト。
「眷族以外に白竜が剣技を教えることはないと聞きましたが」
「それは如何に白竜に気に入られるかによる。今はまだ、煩がられているだけのようだが」
 それでも白竜が感じることのできる魂、羨ましいとビッキとクラフトは思った。
 ビッキはルカの方を見ると、
「どうします? この星には武器らしい武器はないのでしょ。前面降伏したほうがよくありませんか。それならユーカスを使って彼らと連絡を取るといい。もっともあなたでもできるはずですが」
 エルシア、最低でもユーカスと同程度の能力は持っていると見たビッキ。自分の魂の片割れである紫竜にこれほどの魂を持たせることのできる白竜の力とは、如何程のもか、と考える。普通紫竜は一般の人たちより魂の量が少ないことで見分けがつくのだが、そう、ミルトンのように。だがルカに至っては違っていた。これなら一人の人間として大差ない。
 敵は既にテレパシーで完全に会話ができる範疇に入ってきている。
 ルカは暫し熟考した後、
「被害を最低限に抑えるには、それが一番いい方法ですね」と言ってまた考え込む。
 自分がうまくテレパシーを使えるものなのだろうか。これは交渉だ。一歩間違えば、即、開戦。
「ユーカスさんに間に入ってもらいましょう」
 ルカは無難な線を選んだ。

 その時である。いきなり地響き。何か大きなものが地面にぶつかったような。否、叩きつかったような。それも一つや二つではない。だがそれより早くビッキたちが叫んでいた。
「空間が歪み始めている」 何か巨大なものが現れる前兆。
 ルカは舌打ちをした。ルカにも感じ取れたようだ。外を見なくとも既に何が起きているのかわかった。
 彼らの狼狽する思念。どうにか船の体制を立て直そうとしている思念。
(何だ いきなり船が このままではぶつかる バカヤロー、何やってんだ 操縦士は俺だ 余計なことをするな 俺がやる このままでは 左舷が 危ない 早くバランスをとれ 痛っー 脱出だ 腰打った 浮上しろ 船を見捨てるのか ヤバイ 隣の船が 墜落する ぶつかる どうするのよ、こんなにしちゃって ちくしょ、制御できない    )
 いつもは落ち着いて静かに見えるイシュタル人も、予期せぬ出来事に出会ってはネルガル人と何ら変わりはなかった。多分、彼らが静かに見えるのは能力のおかげでネルガル人より予期せぬ出来事が少なかったから。

「敵襲です、敵艦隊が」と言いながら、ルカの部屋に飛び込んで来た看守は口ごもる。
 その後を何と表現してよいのか、こんな襲撃、初めてだ。
「とにかく、外を」 ご覧下さいとしか言いようがない。
 空襲警報が鳴り響く。
 看守が慌ててスイッチを入れたスクリーンには、領事館近郊の果てし無く続く砂漠が映し出されていた。そこに敵艦隊が着陸するというよりもは、まさにニュートンの法則、りんごが木から地面に落ちるように何もない上空から艦が次々と現れ砂の大地に落ちて来た。それが衝撃となってこの惑星の大地を震わせている。
「なっ、何だ。奴ら、着陸ができないのか」と、カスパロフ。
 それに普通は宇宙を航宇する船が大気圏に入ることは特殊な事情がない限りない。その惑星上にある宇宙港に接岸するか、戦闘でも船は大気圏外に待機しコマンドを送り込んで来るのが一般的である。大気圏に入るには巨大すぎる。ましてイシュタルの艦はそもそもが宇宙を遊泳するための旅客船である。その大きさはネルガルの艦船の比ではない。その船が。
「テレポートする位置が近すぎたのではないのですか、それでこの惑星の引力に捕まって」と考えたのはクリスだった。
 理性的に考えればそれしか思いつかない。
「そういう失敗をすることもあるのか」と、落ち着けと自分に言い聞かせながらカスパロフはビッキたちに訊く。
 次から次へといきなり空間から艦が現れ大地に叩きつかる。その数、百ではきかないのでは。ものによっては突き刺さったり尻もちを付いたり、横倒しになったり仰向けになったり船同士が積み重なったりとめちゃくちゃだ。もっともイシュタルの艦は葉巻型。遠目にはどちらが上だか下だか解らない。
 カスパロフの問いにビッキは軽く首を横に振ると、
「白竜が呼んだのだ」
「白竜が?」 つまりアツチがである。
 だがこれ以上考えている暇はない。カスパロフは軍人として動き出す。
「迎撃の準備を」
「そんなに慌てる必要はない。あれでは戦えないだろうから」と、ビッキ。
「そうですね、あんなに艦がめちゃめちゃでは」と、クリス。
 クリスは物理的に物事を受け止めた。あれでは修繕してからでなければ、戦うどころか航宇ですら。
「否、そう言う意味ではない。彼らには白竜がどちらの味方なのか解らないから。動けないのだ」
 これは精神的なもの。ここで下手に動いて白竜の怒りを買っては元も子もない。
「どちらの味方って?」
「以前にも言ったと思うが、魂にはネルガルもイシュタルも動物も植物もない。あるのはその輝きだけ。三次元に居る者がその魂を包んでいる器によって区分けをしているだけだ。白竜にはその輝きしか見えないから、器は見えない」
 だがその艦隊の中で一艦だけ静かに着陸した艦がある。
「さすがだな、よく竜の気質を知っていると見える」
 ビッキたちの背後から声。そこには先ほど居なくなったミルトンが冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。
「どうしてあんな風になってしまったのだ?」と、ミルトンに訊いてきたのはビッキたちイシュタル人だった。彼らにもこの現象は解らないようだ。
 アツチがあんな乱暴なことをやったとは思えない。
「下手に力があるからさ。静かに誘導されるままにしていればよかったものを」
 その意味がビッキたちには解らない。誘導されているならそれに従うのが普通だが。
「まあ、ネルガル人たちにはいきなり船が現れたように見えただろうが、俺たちイシュタル人にはまず、エネルギーのベクトルを感じたはずだ。そしてベクトルの方向に物体が動く。普通は念じてからそれが動く。だが白竜はそれが同時だ。つまりベクトルを掴む前に物体が動いてしまったんだよ。これはネルガル人がいきなり物体が現れたと感じるのと同じ感覚。つまり奴らは焦った訳だ、いきなり首根っこを引っ掴まれたように自分たちの艦が動き出したもので。このままでは惑星に衝突すると思って避けようとした結果があれさ。自分たちの力を過信し過ぎた結果だ。竜にかなうはずないのに。そのまま任せればあの艦のように着陸できたものを」
 なんじゃないかんじゃない言ったところで、所詮彼らも竜の力を信じていない。アツチに試されたようなものだ。

 無事に着陸した艦から通信が入ってきた。
『お見苦しいところをお見せいたしました。我々は戦いに来たのではありません。紫竜様にお話があって参りました。どうか白竜様の誤解を解いていいただきたく存じます』
「自分たちでかってに不時着して、誤解もへったくれもないものだ。自分の不手際まで白竜のせいにされては白竜もかわいそうだ」と、ミルトン。
『これは失礼いたしました、気付きませんで。お会いするのは初めてですね。お噂はかねがね伺っておりましたが』と、ラクエルはミルトンの痛烈な指摘に苦笑しながらもディスプレイの中で丁寧に頭を下げた。
「噂?」
『とてもかわいいが、言葉がきついと』
 ミルトンの背後で噴き出すものがいた。
「しっ、失礼いたしました」と、謝るクリス。だが内心は笑いをこらえるのに必死。
 ミルトンはむっとした顔をクリスに向けた。
 ラクエルは彼にしては珍しく優しい笑みを浮かべた。
『実際はお優しいのでしょう、それを隠すために故意に』と、言いかけた時、
「うるさいな」と、ミルトンはラクエルの言葉を断った。
「お前、嫌われる性格だな。それに口数も多い」
 ラクウルは苦笑しながらミルトンの言葉を認めた。
『そうですね、何方かと言えば嫌われる方ですか。ですがたった一人、この銀河で私を好いてくれる方が居ります。それで十分です』
「怖いな」と、ミルトンは呟く。その者のためなら命も張れそうな雰囲気。
『まあ、話は船の方で。それより迎撃を中止してもらえますか。こちらも反撃しなければなりませんので』
「反撃と言っても、あの状態でどうやって?」
 クリスは自分の感想を口にしてしまった。ネルガル人なら誰でもそう思った。だがイシュタル人たちは、
「奴らは能力者の集団だ。ミサイルの一つや二つ、武器を使わずとも自分の能力で撃ち落とせる」と、答えたのはビッキ。
 案の定、迎撃用のミサイルはことごとく砂漠に叩き落された。これではミサイルの無駄遣いにしかならない。
「迎撃中止」
 カスパロフは即、ミサイルの発射を止めた。
「そのまま待機しろ」
 するとミサイル制御室の方から即、通信が来た。
『お待ちください閣下。今が絶好のチャンスです。いま迎撃すれば全滅させることができます』
「止めた方がいい、ミサイルは全部逸れる。それどころか方向を変えてこっちへ来るぞ」と、忠告したのはベッキ。
 今はただミサイルを砂漠に誘導しているが、彼らがその気になればこの領事館へ誘導することもできる。カスパロフはビッキの言葉を彼らに伝えた。それが超能力だと。現にあれだけ撃ってもバリアでも張っているかのように一発も当たらない。
 そしてにらみ合いの状態になった。
『有難うございます。そちらに移動したいのですが、許可を願います』
 いきなり目の前に落ちて来て、許可もなかろうとネルガル人たちは思ったが、
「まずその前に、貴方の名前を伺いたい」と、カスパロフ。
 交渉したいのなら、それが礼儀だろう。
『これは、失礼。私はアヅマ第17宇宙海賊副司令官』
 海賊と言ってもここまで規模が大きくなれば宇宙艦隊も同じ。船長も副船長も司令官と呼ばれるようになる。そしてイシュタル人特有、名前がない。彼はこの艦隊では副司令官として通っているようだ。
「副司令官? では司令官を出してもらおうか。それとも司令官は負傷でも」
『否、この艦隊に司令官は居りません。一応、私が代表となります』
 その答えにネルガル人たちは驚いたのに対しビッキたちイシュタル人は納得した。やはりこれだけの能力者の集まり、だれが司令官になってもまとまらない。彼らの上を行もの、竜しかいないか。
「副司令官と言われても、位階では呼びづらいですね。まるで我々の副司令官のようで」と、クリスは率直な感想を述べた。
「そうだな」と、カスパロフは考え込む。
「通り名があるのでは、副司令官以外にも」と、ルカ。
 イシュタル人はその場その場でその仲間どうして呼び合う名前を持っている。
「生まれた時に親につけてもらわなかったのでしょうかね」と、疑問を投げかけるクリス。
「親は親で呼んでいた名がありますが、それすら時によってころころ変わりますし、物心ついた頃には既にいくつかありましたから」と、クラフト。
 それでよくややこしくならないものだと思うネルガル人。だがイシュタル人の会話はテレパシーを交えてのものだ。大勢で会話をしていてもそのテレパシーが向かった者以外が反応することはない。名前で個人を呼び出す必要がないのだ。
「位階以外にも通り名があるのでは」と問うルカ。
『一応ここでは、ラクエルと呼ばれております』
 それを聞いた途端、ミルトンは笑い出す。古代ネルガル語でラクエルは嘘つきを意味する。
「嘘つきか、策士にはもってこいの名だな」と、ミルトン。
『お褒めいただいて光栄です』
 誰も褒めていないのでは、とクリスは内心思ったが口にすることは避けた。
「嘘つきと言うのも呼びづらいが」と、カスパロフ。
 相手はこれからの交渉相手なのだから。嘘を吐かれることを前提で交渉しなければならないのか。と思いつつも、
「私の名は」と、相手が名乗った以上こちらも名乗るのが礼儀と切り出す。
『リンネル・カスパロフ・ラバ大将ですね。存じております』
 こちらのことは既に調べ済みとみえる。
『紫竜様の近辺に居られる方々は一応、調べさせていただきました』
 するとラクエルのその言葉に彼の背後に居た者たちが反応した。その声がそのまま通信機を通してカスパロフたちの方に送信されてきた。その様子は同僚なのに何も知らされていなかったようだ。
『ちょっと、待ってよ』
『何時から』と問う声。
『紫竜様がお生まれになる前から』
『紫竜様が降臨される場所を、お前知っていたか』と、ラクエルの背後で同僚たちが話す声。
『だいたい白竜様を探しに行こうと誘ったのはお前だろう、生まれる前から居場所を知っているなら、何も探しに行く必要は』と、内々で揉めだす。
『ネルガル星で転生を繰り返していることは知っておりました。だがまだ時期早々だと思いまして』
『時期早々?』
『では何故、居ないと知って留置所の襲撃に俺たちを出動させていたのだ』
『アヅマとの約束がありましたから、アヅマを名乗る以上、留置所内のイシュタル人の奪還。それとお互いを知るよい機会かと思いまして』
 後者がラクエルの本音。集まったところで烏合の衆。これでは白竜様の足手まとい。その前に少しでもお互いを理解して、だがこの作戦はうまく行ったかどうか。最も白竜がその気になれば同士などいらない。
 ラクエルは機会を待っていた。
『そろそろ白竜様も限界でしょうから紫竜様から何らかの反応があるのではと』
 この機会を待っていた。白竜だけでは意思疎通ができない、紫竜がいなければ。二人が出会うのを。
『やっと白竜様のお傍に戻っていただけましたね』と言っても、ラクエルは知っていた。肝心の魂がまだネルガル星へ残っていることを。それでも全然いないよりもはまし。
 ルカはラクエルのその言葉で考え込む。エルシアの本来の居場所はアツチの隣なのだろうと。イシュタル人はそれを当然のように受け止めている。だが、今の私は。
「客間で会おう。用意出来たら連絡をする。そちらが移動するには数秒とかからないのだろうが、こちらは数分かかるもので」と言ってカルは通信を切った。
 謁見の間に移動するとそこにユーカスが居た。
「あれ、アツチの所に居たのでは」と、問うルカ。
「あいつは船に乗り込んだよ。俺も一緒にと思ったのだが、締め出しくった。あいつ、超機嫌悪い」
「船に乗った? 彼らは何も言っていなかった」と、カスパロフ。
 これでは交渉も何もあったものではない。
「ああ、乗り込んだのは今だからな」
 テレポート、その気になれば何をするにも一秒とかからない。
「そうか」と、ルカはそれを静かに受け止める。まるで知っていたかのように。
「ユーカス、お前たちも一緒に行ってくれないか」
「行くのはいいがさっきも言っただろう、あいつ、超機嫌悪いだよ」
 傍によることもできないぐらい。
「心配いらない。収容所の捕虜たちを解放するから、彼らと一緒に船に乗り込めばいい」
 おそらくこれが条件、今回の戦闘を避けるには。
「お前は、本当に行かないのか?」と、ミルトン。
 この期におよんで、何故、白竜と紫竜がバラバラになるのだと、ビッキたちも思っている。
「行けない。彼女の怒りが静まるまで」
 彼女?とクリスたちは思ったが、以前ボイ人たちが言ったことを思い出す。白竜は女性だと。では何故、アツチは男性なのだ。もっとも中性的な美しさを持っているが。
「アツチさんがそんなに我々を恨んでいるようには見えませんでしたが」とクリス。
「アツチは理性派だから、感情をあからさまに出すことはない。だが力を使うのは感性をつかさどる者。感性的な魂が表に出てきたとき力も破壊的になる」
 それは一度、狂ったようにナイフを振りかざしていたアツチの姿を見たことのあるクリスには納得するものがあった。
「では、アツチさんにそれらの魂を説得してもらったらいかがなものでしょう」と、提案したのはクラフトだった。
 医学的心理療法としてイシュタルではよく使われる。自分で自分を説得する。
「アツチは無理だ、彼はどちらでもよいという立場だから。彼女がその気になればネルガル星を破壊することなど数分もかからない。我々の寿命が永遠でないように、惑星の寿命も永遠ではない。何時かは自然の流れで無に帰す、ただそれが早くなっただけ。これがアツチの考えだ。なにがあってもアツチは自然災害ぐらいにしか思わないよ」
 これが竜の感覚。四次元でエネルギーとして永遠に生き続ける竜。実際、我々一般の人間も三次元と四次元を行ったり来たりして永遠に生き続けるのだが、悲しいことかな、三次元で肉体に宿った時から肉体の記憶が優先され魂の記憶が薄れてしまう。それは過酷な三次元で肉体を存続させていくための手段。食欲だの性欲だの権力欲だのに翻弄されなければ肉体を維持できない。そのためそれらは既に肉体にプログラムされどれが欠けても不愉快をもたらす。精神が安定しないようにできている。だがもしかするとこれは知性とやらを持ってしまった人間だけではないのか。他の生物は四次元の記憶を持っているかのように死を静かに受け入れている。まるで元居た場所に帰るように。
 カスパロフたちは黙り込んでしまった。今更ながらにあの村の長老たちの言葉が思い出される。ルカ様はネルガル星に居られるだけでよいのだと。
「どうします、何時までも待たせるわけには」と、カスパロフ。
「そうですね。テーブルに付いて話し合うようなことでもないでしょう。既に相手の要求は解っているのだから。捕虜を引き渡して速やかに帰っていただきますか」
「殿下は?」と問うカスパロフ。もう一度確認を取りたい心境にかられた。
「私は残ります」
 ルカの意思は固い。

 謁見の間はイシュタル人で賑やかになった。さすがにこれだけの力の持ち主たちが目の前に現れては、常日頃動揺を見せたことのないビッキでも一歩引いた。だがビッキ以上にその力を感じているはずのユーカスは落ち着いている。どうやらアツチの気に当てられ、ちょっとやそっとの気では動揺しなくなったようだ。そして案の定、ネルガル人にはこの力が感じ取れないらしい、一般の交渉相手と接するような雰囲気である。動揺する気配は微塵もない。感じないと言うことはある意味、強み。否、幸せ。例え幽霊が目の前に立っていても見えなければ怖がる必要もないのだから。
 彼らの一部はまだ着陸のことでもめているようだ。ラクエルの背後では、
「私が船の操縦を任されていたのに。それを横から」
「あのままでは惑星にぶつかると思ったから」
「あなたが余計なことをしたからぶつかったのよ、まったく」と、膨れる女性。否、女性だと思う。ネルガル人から見ればイシュタル人は体格的な男女差がはっきりしていないうえに、服装も髪型も同じようで男女の見分けが付きにくい。だが言葉や仕草からそれとなく感じ取れた。
 ラクエルは咳払いをして彼らを黙らせる。
「紫竜様の御前だ」
 紫竜と言われてイシュタル人たちは一斉にルカの方を見た。
「これは一体、どういう事だ」
 目の前に居るのは列記としたネルガルの様相をした紫竜の姿。どこからどう見てもイシュタル人には見えない。
「本当に紫竜様なのか?」
 だが魂の波動は既に乗船された白竜と寸分の違いもない。まさに一魂性双生児。
「どうしてその様なお姿を?」
 髪を染めているのでないことは一目瞭然。
 その答えを求めてイシュタル人たちはラクエルの方を見た。会えば解ると言っていた。
 ラクエルはただ肩をつぼめて見せただけ。
「ラクエル、お前、最初から全て知っていて俺たちを騙していたのか?」
「騙す? 何を?」
「全てだ。探しに行くと言うことも、それに何なんだ、この茶番は」
「紫竜様に間違いはない」
 ラクエルはそう言うとルカに対し、イシュタル人として最高の礼を取った。
 慌ててラクエルの背後のイシュタル人たちは跪く。
 部屋は静まり返った。
 そして改めてラクエルはルカに問う。
「お戻りいただけませんか」と。
 しばしの間。返答がないことに対しラクエルは、
「紫竜様、よくお考え下さい。この世にネルガル人が居なければどれだけこの銀河は平和になるか」
 これにはルカの背後に居たネルガル人たちが驚く。他の宇宙人すら好かれていないことは知っていたが、面と向かってこれほどはっきり言われたことはなかった。
「お前の考えか?」
「否、この銀河の大半の者たちの考えでしょう」
「そのことをアツチに」
「言っても無駄でしょう。我々の言葉はあの方には通じません。まして私の言葉では」
「そうだな、アツチはお前を嫌っているからな」
「否、あなた様が私を嫌っておられるだけです」
 白竜の感性は全て紫竜に依存する。
「アツチ様は私のことなど何とも思っておりませんよ」
 それこそ、そこら辺に転がっている一粒の石ころほどにも。

 話の切れるのを待っていたかのように、突然、
「お話し中、失礼」と、空間から女性の首だけが現れた。
 クリスは頭を抱えた。どうしてイシュタル人はこういう出現の仕方をするのだろう。これでは別な所に首から下の胴体があると言うことだ。それを見た人はどんな思いだろう、否、首だけを見てもぞっとするが。ましてそれが話したり動いたりしては正気ではいられない。
「ラクエル、どうしたらいいの。あれではお世話をしたくとも全然近づけないわ。部屋が気に入ったかどうかも聞けないし、一目、拝顔したかったのに」
「気に入ってはいないだろう。白竜様にとって一番居心地の良い所は紫竜様の隣ですから。そういう意味では好きな水の溢れているあの部屋より水の一滴もないこの星の方が居心地はよかったはずです。水が必要なら亜空間から幾らでも引き入れることが出来ますから」
「では、どうしたらいいの。全て遮断されて部屋に入ることもできないのよ」
「落ち着かれるまで、待つしかないでしょう。既に身の回りの世話をする女性は一人ついておりますから」
「彼女の能力で話ができるのなら、私たちはとっくに」と、さっきまで操縦のことで膨れていた女性が言い出すと、
「おそらく彼女とは会話は出来ないでしょう、時間を掛ければ別ですが」
「ではどうしてその様な者をお傍に」
「三次元の肉体を得た以上、三次元とのつながりは必要ですから。三次元のことをやってもらうには彼女で十分なのでしょう。彼女の能力では傍に居ても目障りにはならないし、彼女も賢いと見えそれを知っているから必要以上に自分の存在をアピールしない。自分たちの力を過信しているあなた方と違って。嫌われたくなければ少し彼女を見習って控えめにした方がいいですよ」
「彼女って、まさか、一緒に船に乗り込んだのか」と、ルカ。
 彼女だけはこの惑星に居てもらおうと思っていた。彼女とアツチを引き離さなければ。
「ご存じなかったのですか」
 ルカは舌打ちした。
「おそらく彼女は竜と契約をしたのではありませんか。どんなに能力が小さくとも自分の魂を燃やしてまでのエネルギーを発すれば、数十億とあるテレパシーの中から彼女の声を探し出すことは出来ますから」
 これが竜に願い事をする方法の一つ。竜に願い事をすると命が取られると言う言い伝えにもなっている。
「彼女が竜に何を頼んだか存じませんが、彼女が腕の中に抱きかかえている黒焦げの赤子を見れば、だいたい想像はつきます」
 黒焦げの赤子? カスパロフとクリスは首を傾げた。彼女の火傷は知っているが赤子は見たことがない。
 このままでは危険だと察したルカは、
「ラクエル、アツチをイシュタルへ戻してくれ」
「それは無理です」
「アツチにはイシュタルへ戻るように言い聞かせた」
「あの船は今からは、白竜様の思う方向にしか動きません。我々の力では束になっても船の方向を変えられないのは、既にこの惑星への着陸を見れば一目瞭然。それともご自身の力を過小評価しておりましたか。船に乗せさえすれば、我々の力で白竜様をイシュタルへ送り届けられると」
 ルカは黙り込む。そして背後に居る四人のイシュタル人を見た。ミルトン、ユーカス、ビッキ、クライス。彼らならアツチが心を開き会話をするのではないかと。彼らに説得してもらって。だが誰もネルガル人に好意を持つ者はいない。ルカは諦めに近いものを感じた。やはり私がどうにかしなければ、ネルガル星の存続が。そう思った瞬間、これがエルシアの思いだと悟る。
「私は、ますます帰れなくなってしまったと言う訳か」




 損傷の少ない船にネルガル人以外の捕虜の収容が始まった。せっかく友達になったネルガルの革新的な思想家たちともここで別れることになる。
「彼らも一緒に乗せてやればいいのに」と言うユーカス。
「そうですね。残されても彼らにはネルガル星に居場所はないでしょうから」と、クラフト。
「かと言って、船に乗せるわけにはいかないだろう。あの船は全員、ネルガル人嫌いの集合体なのだから」とビッキ。
「そうですよね」と、クラフトは彼らに同情を送る。
 ネルガル人が全員、悪いわけではない。
2018/08/19(Sun)23:03:21 公開 / 土塔 美和
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■作者からのメッセージ
 長らくご無沙汰しておりました。と、開いてみてビックリ。 前回の投稿は去年だったのでとっくにに2、3ページになっていると思いきや、皆さん、何処へ行ってしまったのですか。社会人になって妄想にふけっている暇がなくなってしまったのですか。こういう私も超零細企業の一労働者、何処へ飛んで行ったのか解からない三本の矢のおかげで被害を被っております。物価は上がり消費税も上がり、利益はどんどん薄くなり、逆に給料は下がりそうです。その癖、仕事は増え、おかげさまで疲労骨折です。そのおかげと言っては何ですが、やっと妄想にふける時間ができたので開いてみれば、本当に皆さん、何処へ行ってしまったのでしょう。寂しいです。
 
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