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『LAST CALL』 作者:弥生灯火 / ショート*2 リアル・現代
全角1431文字
容量2862 bytes
原稿用紙約4.25枚
数分で読み終える作品になります。

 随分と年季の入った電話機だった。
 色あせた薄いピンクのダイヤル式公衆電話。
 昨今見ることが無くなったレトロ感溢れる電話機の前に、ぽつんと男は立っていた。

 懐かしい、男は目を細めた。子供の頃、町内でよく見かけた電話機だったからだ。
 最近の電話機と違い通話する以外の機能はなく、十円玉と百円玉の硬貨しか投入も出来ない。親に知られたくない相手に声を届けようと、お小遣い片手に近所の商店まで走った頃の代物。ドキドキしながら重い受話器を握って想い人へと繋げた記憶。
 しかし、いまどうしてこんなに古い電話機が目の前にあるんだろうか。そんなことを頭の片隅に置きながら、男は受話器を手に取った。
 リング状のダイヤルに穿たれた穴に指を突っ込み、ジィーコ、ジィーコと通話先の番号を回していく。何度目かのコール音の後、電話は男の意図した先に繋がった。

「はい、もしもし」
『やあ、悪いね急に』
「はい? え、ええとすみません、どちら様、でしょうか?」
『ごめんごめん。でも、どちら様はひどいなあ』
 男は受話器から聞こえてきた女の声に、苦みばしった笑いを上げながら大げさに声を出した。
「あの、間違いじゃありませんか?」
『おいおい、僕だって。旦那の声も分からなくなるほど、忙しいっていうのかい?』
 誰何をくり返してきた妻に、男は先ほどより少しだけ真剣さを声にこめた。不安な気持ちが募る。年老いた自分の両親の介護を嫌な顔ひとつせずこなしてくれる責任感の強い妻だ。冗談っぽく言ったつもりではあったが、半分以上の心配さが上回った。

「……どこの誰だか知りませんけど、タチの悪いイタズラはやめて下さい」
 聞いたことのない口調の妻の声が男の鼓膜に突き刺さる。男は、返す言葉を失った。イタズラなんかではない。確かに突然過ぎる電話だということは理解している。しかし、それでも長年連れ添った妻なのだ。その他人に向けたような冷たい声に、男は受話器を耳に傾けたまま呆然と立ち尽くした。
 一体どうしたというのだろう。なにか知らないうちに傷つけてしまったのだろうか。男は最近のことを思い出そうとして、記憶が薄らぼんやりとしていることに気づいた。沈黙の時が空気を支配する。このままだとせっかくつないだ電話は切れてしまう。
『す、すまない。いいや、ごめん。イタズラなんて気持ちはないんだ。ただ……』
 やっと絞り出した声で男は謝罪を口に出した。それをまず伝えるべきだと思った。
 次いで日頃の感謝、普段していた他愛のない会話などを思い出しながら男は言葉を紡いでいく。
「……本当に、あなたなの? でもどうして」
『うん、どうしてだか僕にも分からないんだ。ただ残された君が心配で。君が、いいや違うな。ただ、伝えたかったんだ』
 気がついた時、男の前には古びた電話機があった。通話以外の機能のない、でもそれだけで充分の、話すためだけの道具が。

「伝えたかった、そう、なのね。また声が聞こえて嬉しい。でもあたし、分かってると思うけど、まだあなたのところには逝けないの」
『ああ、分かってる。君には面倒ばかりかける。本当にごめん。謝ってばかりだけど本当にごめん。それとありがとう。今までずっと、ありがとう』
 そう言い終えて下げていた頭を上げた時、男は自分の意識が急に薄れていくことを実感した。目の前の電話機がぼんやりとして映る。男は自分が消え去る前に電話機に向けて、感謝の念を込めてもう一度頭を下げ、受話器を置いた。
2016/06/10(Fri)23:53:14 公開 / 弥生灯火
■この作品の著作権は弥生灯火さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
前投稿作の『急ぐ理由』と同じくテーマは【心残り】
そこに【感謝】を加えてみた作品になります。
読んで下さった方に感謝を。
この作品に対する感想 - 昇順
初めましての今日は。バッドエンド量産機こと浅田です。
非常に私好みな書き手さんが増えて嬉しい限りです。
ただ、うーむ……個人的には急ぐ理由の方が好きだったかも。
テーマとしてはよく言えば安定してる、悪く言えばテンプレですが、だからこそ弥生灯火さんに伝えたいことがストレートに伝わってきました。
ただ、やはり短い。もう少し、読み終わった後の余韻が楽しめる程度の長さが欲しかったです。
夫と妻の感情の変化、状況の理解が唐突な感じがして、あまり感情移入ができませんでした。以前の急ぐ理由のような形式ならば、それはそれで味のある物語だったのですが、今回の形式だと残念感が出てしまった感じが否めません。
まああくまでも個人の感想なので悪しからず。次の作品も期待して待っています。
2016/06/11(Sat)14:10:560点浅田明守
初めまして甘木と申します。作品を読まさせていただきました。
綺麗な物語ですね。短いけど作者様の狙っていることがちゃんと伝わってくる物語になっていました。
ただ、物語を急ぎすぎている感がありました。私的には主人公の心境や奥さんが驚く反応をもう少し読みたかったです。
次の作品を期待しています。
2016/06/12(Sun)22:31:540点甘木
浅田さんへ
感想ありがとうございます。
そうですね。私も前作の方が、短いけれど完成度が高い気がしています。
今作は同質のテーマで、更にもうひと捻りしてみたのですが、ボリュームは増えても今ひとつだったでしょうか。

これ以上のボリュームある作品をなかなか書けず四苦八苦しておりますが、頑張ってみようと思います。
2016/06/13(Mon)18:52:050点弥生灯火
甘木さんへ
感想ありがとうございます。
なるほど、結末ありきの話とはいえ、急ぎすぎた感が出過ぎているのでしょうか。貴重な指摘、感謝致します。

次作ですか。たまにはコメディタッチのでも投稿してみようかなあ。
2016/06/13(Mon)18:53:050点弥生灯火
浅田様や甘木様と同じような感想になってしまうのですが、やはり流れが急すぎて、この旦那さんや奥さんの心理に狸が追いつけず、取り残されてしまった感じです。
この設定の場合、旦那さんは言葉少なに曖昧なことをしゃべるだけでもいいのでしょうが、奥さんのほうは――思いがけない死者からの電話を受けて、それを納得し、さらに「まだあなたのところには逝けないの」というギリギリの情動を口にするまで、心理的には、この何倍もの行程と、間《ま》が存在するのではないでしょうか。
つまり、旦那さんの【心残り】と【感謝】は、この4枚でも表現できているのですが、それを受ける奥さんのほうにも、その【心残り】や【感謝】をしっかり受けとるべく、もう1枚ぶんくらいの過程がほしいと思いました。
2016/06/13(Mon)23:04:270点バニラダヌキ
バニラダヌキさんへ
感想ありがとうございます。
性急すぎたんですね。奥さんの方の感情も伺いしれるように書くべき。
なるほど、次回以降の作品では気をつけたいと思います。
2016/06/15(Wed)22:38:420点弥生灯火
[簡易感想]続きも期待しています。
2016/07/02(Sat)18:51:560点Kayo
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2016/07/02(Sat)19:12:200点Jahlin
Kayoさん、Jahlinさん、感想ありがとうございました。
2016/07/10(Sun)05:21:570点弥生灯火
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