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『午前七時三十七分発(完結)』 作者:木沢井 / リアル・現代 未分類
全角16224文字
容量32448 bytes
原稿用紙約49.65枚
『午前七時三十七分発』

 住宅地から、学校や駅のある方面に向かうバスが出る。山に囲まれた土地を開いた町ゆえ坂が多く、自転車を使うには体力的につらい。自動車を使えればいいのかもしれないが、学生にそれを求めるのは間違っている。親に送迎をねだるというのは、さすがにこの年では恥ずかしい。目立つのは嫌だ。
 従って、決して遅刻はせず、しかし家でゆっくりできるこの時間、午前七時三十七分発のバスは人気が集中するあまり老若男女が入り乱れ、非常に混雑する。
 それで結局、最低でも乗り込むことができる程度の時間を予想し、行動を調整していく必要が出てくることになったのだ。一難去ってまた一難、と言うと大袈裟に聞こえるのだろうか。実感の薄い政治や経済の話より、毎朝乗るバスとその時間、あとは込み具合。一介の学生にしてみれば後者の方が気にかかるのだ。仕方ない。
 ――風が、顔に吹き付ける。桜の花びらを巻き上げてくるものだから、思わず顔をしかめる。花は散るから美しいとはいうものの、有難迷惑な風流である。

『あ、ちょっと』

 思わず、大きめの声が出てしまった。
「……なんですか?」
 視線の先、桜の花びらをつむじに乗せていた彼女が、持っていた本もそのまま、肩越しに振り返る。ちょっと迷惑そう。あと目力がすごい。声のトーンが低いことと相まって、静かに怒っているようにも見える。高校生活初日から、えらいものを見た。
 思わず気後れしてしまい、言葉が詰まる。参ったな。僕としては、もっとスマートに「頭の上に春が落ちてますよ」とか言って花びらを取るように促してあげられたらよかったのだが、どうにも上手くいかないものだ。
「もう、いいですか?」
 相変わらず、頭に桜の花びらを数枚乗せたまま、彼女は怪訝そうな顔をしている。眉を寄せて作った表情は、初対面の人間を気後れさせるのに充分な威力を持っている。
 そんな彼女の頭上にもう一枚、音もなく桜の花びらが着地する。随分とギャップのある光景にどうしても耐えることができず、僕は小さく――そう、彼女の名誉の為にも、なるべく小さく噴き出したのだった。
 この行為がよかったか、よくなかったかと訊かれると、結果的にはよかった。僕は一時視線を外し、ますます怪訝そうな顔になっていただろう彼女の顔を見ずに済み、そして当初の目的である「頭、桜の花びらが落ちてますよ」と教えることが出来た。
 そんな僕の苦心など知る由もない彼女は、「ああそう」と返して手早く頭を払い、再び本に視線を落とす。
 その頭の上に、狙ったようなタイミングでおちてまた桜の花びらが落ちる。ここまでの流れも手伝って、今度こそ声に出して笑ってしまった。
 彼女が、また振り返る。さきほどよりも迷惑そうな顔が、やけに印象的だった。

『背伸び』

 頭に――というか後頭部に、何かが触れる。
「届かないわ」
 振り返ると、先日の彼女の顔が、先日よりも近い距離にあった。背伸び立ちをして、右腕を大きく伸ばしている。
 頭に触れていた何かが彼女の手で、どうやら僕の頭に乗っかっているんだろう桜の花びらを取ろうとしているらしいということは、分かった。
 問題なのは、どうして彼女がそうしようとしているのか、という点だろう。
 頭の上を手で払いながら、「間に合ってるよ」とだけ返しておく。背伸びを止めて先日と同じ距離感に戻った彼女の顔は何故か不満げで、何事かを小さく呟いていた。
「ええと、何かな?」
「不公平だわ」
 改めて言われると、やはり僕は首を傾げた。はて、不公平?
「あの、もう少し詳しく」
「あなたが大きいのがよくないのね」
 不満げ――と、いうより若干忌々しそうな目つきで僕を見上げてくる。ああ、身長の話か。
「自分が小さいことを悔やまないのは凄いね」
「ありのままの自分を受け入れるべきよ」
 今度は随分と得意げな様子で返してくる。記憶よりも丸っこい顔つきに見えるのは、最初に会った時の彼女が怒っていたように見えていたからだろうか。
「今日はよく喋るね」
「理由もなしによく喋る方が、おかしいと思わない?」
 なるほど――と思いかけて、話題が脱線していたことを思い出す。今日の彼女には『よく喋る理由』とやらがあるらしく、それはそれで気になったが、それはそれだ。
「ところで」
「何よ?」
「僕の頭に花びらが落ちてたのなら、口で言ってくれた方が早くてよかったんじゃない?」
 君では届かなかったんだし、とまでは言わないでおく。たぶん、また話がこじれる。
「理由なんてないわ。目に付いたから、取ってあげようと思った。それだけよ」
「ふぅん?」
 何かを考えるような間を見せたが、結局のところ、彼女の返答は素っ気ないものだった。
「……それとも、何も教えないで、頭に花びら乗っけてるところを笑ってる方がよかったかしら?」
「……まあ、それよりは有難い、かな」
 でしょう、と更に返してくる彼女は、またもや得意げな顔。この前の仏頂面からは想像もつかない程、表情が変わる。といっても、今のところは仏頂面とドヤ顔の落差が凄い、という程度だけど。
 彼女との会話はそこまでだった。列が動き出している。遅れて僕もバスへと進んでいく。
 この日以来、彼女は僕のすぐ後ろに並ぶようになった。何故だ。

『同級生』

 僕と彼女は、別々の学校に通っている。更に言えば、僕は高校で、彼女は中学校――なんと年下だったのだ――に通っている。
 にもかかわらず、時々彼女が僕のクラス事情を言い当てるようになった。
 曰く、
「掃除中、さぼって怒られたんですってね? 幾つになっても男子はそうそう変わらないわね」
 曰く、
「居眠りしっ放しって、夜更かしし過ぎなんじゃない?」
 曰く、
「体育の時間、サッカーやってて…… その、随分と痛いところに当たったそうだけど、プフッ」
 曰く――いや、もういいだろう。
 兎に角、彼女が言っていることは殆ど的中していて、しかも大概が人に言われてあまり良い気分のしないものばかりだった。
「……君は、僕のストーカーか何かなのか?」
「そんなことするほど暇じゃないわ」
 非難を込めて睨んでみたつもりだったが、彼女はどこ吹く風。背が低い上に、俯いて本を読んでいるから表情は見えないが、たぶん、笑みを浮かべているんだろう。
「それにしては、随分と他所の学校の事情に詳し過ぎやしないか?」
「黙秘権を行使するわ」
「断る。僕の名誉にかかわる問題だ」
「どうせ大した名誉でもないでしょ」
 一度として目線を上げようともせず、彼女は澄ました調子で返しながら頁を捲っていく。何が何でも教えないつもりか。
「僕の平和な高校生活を脅かすつもりか?」
「そんな物騒なことするつもりもないわよ」
「じゃあ――」
「せいぜい、適度に弄ぶつもり」
 声に、喜色が混じった。今まさに、弄んでいるつもりなのだろう。
「楽しそうで何よりだよ」
「あら、受け入れてくれるの?」
 皮肉に対してもこの返答。間違いない、楽しんでいる。
 げんなりとした気分で携帯を取り出し、時刻を確認していると、「仕方ないわね」という呟きが聞こえてきた。
「あなた、随分と大きな穴を見落としてるわよ」
 まるで出来の悪い助手を見る探偵のような口ぶり。読んでいるのは差し詰め探偵小説か。意志が固そうに見えて、彼女は結構何にでも影響される。
 そんな彼女の指が、一本だけ立てられる。そして、おそらく今日一番のドヤ顔とともに真相を告げた。
「わたし、一人っ子だなんて一度も言ったことないわよ」
「……ああ」
 そういう、ことか。
 脱力して、頬を掻きながら「勿体ぶった割には、つまらないオチだね」とだけでも返すことにした。
「真実なんて、大抵そんなものよ」
 栞を挿んで本を閉じた彼女は、にやりと笑ってみせる。それでは探偵というより愉快犯か何かだぞ、とでも言ってやろうかと考え、やめた。言ったところで効かないか、ますます増長するだけだろう。
 それよりは、彼女に僕の情報を流しているきょうだいとやらだ。姉か、それとも兄か――あ。
「そういえば」
「何よ?」
 今日、初めて彼女が怪訝そうな顔を見せた。最近はドヤ顔の方を見慣れてしまったせいか、中々に新鮮な気分だった。
「君の名前って、何だっけ?」
 なるほど、確かに僕は、随分と大きな穴を見落としていた。

『貴方のせいで遅刻したわ』

 バス停に着くなり開口一番、そんなことを言われた。何故だ。
「昨日、どうしたの?」
「昨日、って…… 風邪をひいて寝込んでたんだよ」
 先週から雨が続いて肌寒かったのに薄着で徹夜してゲーム三昧。おかげでクリアできたものの、体調を崩してしまい、昨日は丸一日休んでしまった。別段、皆勤賞を狙ってた訳ではないから、休んでしまったこと自体は気にしていないが、今朝まで終始気だるいままだったのには参った。
 一部始終を、まるで裁判官のように大きく頷きながら聞いていたかと思えば、「だったら、連絡の一つでも寄越すべきだったわ」とか言い出した。まるで僕に一方的な非があるような口調だが、流石にこれは納得がいかないぞ。
「でも、さ」
「でも?」
 じいっと、彼女の視線が僕を射抜く。中々に殺傷性がある。隙があればいつでも揚げ足をとってやるぞ、とでも言いたげだ。
「別に僕ら、待ち合わせしてるわけでもないだろう?」
 そう言ってやると、『どうしようもない奴だなお前は』とでも言いたげな仕草とともに首を横に振り、「こういう時は一にも二にも謝るべきよ」なんて言ってきた。だから何故だ。
「それこそ理不尽じゃないか。それに、そもそも僕は君のケータイの番号もアドレスも知らないんだぞ。連絡なんてしようがないじゃないか」
 言ってから、まるで僕のほうが連絡を取りたがってるような言い方じゃないか? と思い返したが、今更だな、と思い直した。前半は事実なのだし。
「そう」
 更なる反撃が予想されたが、それに反して彼女は得意げに頷いてみせる。
「連絡先が分かればいいのね」
「……まあ、君としては都合がいいんだろうね」
 僕としては、特別そういう訳でもないが――などとは言わずに、僕も携帯電話を取り出した。都合がいい訳でもないが、悪い訳でもない。
 通信を無事終わらせた彼女は、「次からは気を付けること」なんて、まるで忘れ物をした生徒を窘める先生のような口調で告げてくる。どうあっても、彼女の中では僕が悪いということになっているんだろう。何故だ。
 あれ、何か大事なことを見落としてる気がするぞ。
「ということは」
「何よ?」
「遅刻したってことは、君、僕が来るのを、ずっと待ってたわけ?」
 少なくとも、一時間くらいはこのバス停にいたということになる。それに、通勤・通学の時間帯を過ぎればバスの本数も減る訳だし、もしかしたら彼女はそれ以上の時間ここにいたか、この起伏激しい坂道をえっちらおっちら歩いて行ったのかもしれない。
 この間、彼女はずっと無言で、そして目線を遠く明後日の方向に逸らしたままだった。図星か。正直者め。
「……たしかに、謝ってくれと言いたくもなるかな」
 勝手にやったこととはいえ、事情も分からずそこまで待っていたのならあんな風にも思いたくなるだろう。そう思い僕も得意げな顔を作って告げた後、バスに乗ろうとしたら彼女に――後ろからなので状況的には間違いないだろう――尻を蹴られた。中々痛い。何故だ。

『昨日のこと』

 連日の雨が嘘のような快晴。ひやりとした空気も、暖かな空気も、心地いい。足元に散らばる、黄ばんで道路に張り付く桜の花びらには、言葉にし難い寂しさがある。何故だろうか。綺麗に咲いていた時の様子を思い浮かべるからだろうか。
「おはよう」
「ああ、うん、おはよう」
 背後から、小さいが、すっきりとした少女の声と、あくびを噛み殺す朴訥な少年の声とが聞こえる。ここ二週間ほどで、随分と聞き馴れた組み合わせの声だった。
 なるほど、待ち合わせか。懐かしい。
「ごめんなさいね。気付いていたんだけど、読んでた本がちょうど佳境だったのよ」
「ああ、うん、多分そうだと思ったよ」
 語尾にあくびの音が続く。どうにも少年は寝不足のようだ。
 少女の言葉から状況を推測していくと、彼女は少年からのメールに類するメッセージには気付いていたが、読書を優先し、返信待ちとなった少年はその結果寝不足になったと。ふむ、青春だな。推測通りなら、だが。
「相手の状況が分からない、ってのは不便だね」
「電話するよりは相手の状況に気を遣わなくていい、という考え方もあるわよ」
「なるほどね。でもそれはそれとして、せめて短文とか、一言でもいいから教えてほしかったな」
「謝ったじゃない。それにあの場面は一気読みせずにはいられない展開だったもの。途中で止めるなんてあり得ないわ」
 少年の抗議などどこ吹く風、といった様子で、少女は昨夜自分が読破した小説の魅力について延々と語り出す。対する少年は生返事というか、曖昧な相槌を打つばかりだった。さては聞き流しているな。こちらも同じような心情にあるから想像に難くない。
 ふむ、今日のところは、このまま彼女が語り倒して終わりそうだ――そう思い、桜の樹を見上げる。
 朝の涼しい風を受けて、幾つもの花びらが散っていく。時間とは無常だ。美しいものも、未熟なものも、そのままではいられない。

『君ならどんな人間に憧れる?』

 体感的には数秒程度の間が空いてから、彼女はゆっくり本を閉じ、細く息を吐いた。溜息だった。分かりにくいな。
「ずいぶんと藪から棒ね」
「君ほどじゃないよ」
 という僕の切り返しを他所に、彼女は顎に手を当てて俯いていた。てっきり何か言ってくるものだと思っていたのに、まさか真面目に考えるとは。
「まあ、そう難しく考えなくてもいいから」
「そういう訳にもいかないわ。憧れとは、つまり理想。だからこそ妥協を許してはならないわ」
 人差し指を一本立てて、得意げに彼女は言う。
「ふむ」
 意外――と思うほどでもないが、やはり彼女は理想にもこだわりがあるようだ。きっとこういう人間が、カレーみたいな料理で独特の配合を編み出したりするんだろう。そして大概の場合、その配合は万人受けしない。こだわるということは、ある意味で他人を排除することなんだと僕は思っている。
 そう考えてみると、彼女が料理を作るとしたらどんな風になるんだろうかと、少しだけ興味が湧いた。怖いもの見たさ、という意味で。食べてみたいとは思わないが。
「……自分から話題振っときながら上の空って、失礼じゃない?」
「え? ああ、ごめん」
 ごまかすために頭を掻きながら謝る。久しぶりに見せる、中々に殺傷力のある視線。だが、それはすぐに引っ込んだ。本人としては本気で怒っている訳ではなかったのだろう。不機嫌さを訴えるだけであの威力が出せる、というのは中々に凄いことじゃないんだろうか。
「憧れ、というよりは尊敬できる人になるんだけど、美味しい料理が作れる人、かしらね」
「妥協がどうとか言った割には、結構身近な理想だね」
「わたしにとっては、対象として充分成り立つわ」
 やはりか、と自分の予想に確信を抱きつつ、僕は彼女の話に耳を傾ける。
「料理は誰にでも作れるわ。でも、美味しい料理、ってなったら、途端に限られる。そうでしょう?」
「ああ、うん」
「それに、『美味しい』と認めさせるっていうのは本当に凄いことよ。人は『自分達』とは違う価値観を排除したがるものだから、それを超えて自分の価値観を押し通すには、余程の説得力がなければ無理よ。相手の価値観を破壊する、と言い換えてもいいくらいだわ」
 その方が分かりやすいかしら、と訊かれて、僕は慌てて頷いた。彼女も得意げに頷く。『結構だわ』とでも思っているんだろう。
「……ところでさ」
「何?」
「君の憧れについて聞けたのはよかったよ。うん、ありがとう」
「どういたしまして。……それで?」
 首を傾げる彼女に「ああ、うん、それで、なんだけどね」と言葉を選びつつ、降って湧いた疑問をぶつけてみることにした。
「君がそこまでして変えたいと思ってる…… あー、壊したいって思ってる価値観って、何なのかなって」
「気になる?」
「そりゃあ、あれだけ語ってみせられたらね」
 にやり、という効果音が似合いそうな笑み。魔女と形容するには邪悪さが足りないな。……小魔女?
 などと焦らされている間に考えていたら、彼女が笑みの形のまま口を開く。
「目玉焼きよ」
「……ん?」
「目玉焼きに醤油を掛けてるの、家ではわたしだけなのよ。他は皆塩派」
 残念ながら、聞き間違いではなかったらしい。ちょっとだけ言葉を探してから「本当に、身近な話だったんだね」と言っておいた。
「そうよ。女は現実的なの」
 ローティーンが何を言ってるんだか、と思いつつ、僕は苦笑いを続ける。
 聞けば、目玉焼きの好みというのは随分と意見が分かれるもので、彼女の家も御多分に漏れず、目玉焼きが出るたびに言い争っているらしい。
「争うぐらいなら出さなきゃいいのに」
「きっかけが変わるだけよ。人は二人以上いれば自然と争うの」
 そういうものだろうか、と彼女への反論を考えていると、「ほら、さっさと歩く」と彼女に背中を押された。見れば、バスがゆっくりと傍らを通り過ぎ、停留所を示す標識の所に停まった。
「あ、うん」
 彼女に背中を押され、言われるがままに進む。乗車券を取る間際、「醤油ねぇ」と呟いたのを最後に、今日の会話は終わった。

『昨日、駅前の本屋にいなかった?』

 挨拶もそこそこに、彼は笑みを隠すこともなく切り出してきた。
「……え?」
 予想外の話題。別に常々予想している訳ではないから、それ自体はいつも通りなのだが、今回は内容ゆえに彼のような反応になった。
 何しろ、彼の言うとおり、わたしは駅前の本屋にいたのだから。
 当たり、と踏んだのだろう。彼の作る笑みが濃くなった。口角を上げて、得意そう。生意気な――反射的にそう思った。向こうの方が年上だけど、精神的にはそんな気分だった。
「見かけたのなら、挨拶ぐらいするものじゃない?」
 平静を装いつつ、彼を見上げる。「やっぱり、そうだったのか」と返す彼の鼻からは、鼻毛が一本だけ飛び出していた。得意げな顔をするなら、鼻毛ぐらい切っておきなさいよ。下から見たら丸分かりじゃない。
 これを転機として話題を変えようかとも思ったが、一先ずお預け。こういうことはタイミングが命なのだ。
「いや、うん。僕もそうしようかと思ったんだけど、急いでたっていうのと、ね?」
「……何よ?」
 だから、得意げに勿体ぶらないでよ。似合ってないのよ。元々が間抜け面なんだし。鼻毛が二本に増えてるし。
「熱心に漫画読んでたから、邪魔しちゃ悪いかな、って思ってさ」
 瞬間、顔が沸騰した。熱い。咄嗟に目を逸らす。「意外だよねぇ」という意地の悪さを隠さない声だけが聞こえてくる。うるさい。
「いつも、ハードカバー、だっけ? 分厚い小説とか読んでるのに、あんなに熱心に漫画とか読むんだな、って思っちゃってさ。それでついつい見てたんだ」
 鬼の首を取ったよう、とはこのことか。彼は、今まで聞いたことがないくらいに捲し立ててくる。うるさい。黙れ鼻毛男。黙らないと引っこ抜くわよ。
「で」
「……今度は何よ?」
「どこの雑誌、読んでたの?」
 こいつ…… まだ訊いてくるつもり?
「黙秘権を行使するわ」
「えー、そんな知られちゃ困るようなもの読んでるのー?」
 態とらしい口調。うるさいったらうるさい。話題を変えるまでは意地でも相手するものか。今からわたしは何も聞こえません。本の世界に没入します。
 ……流石に、言えない。こればかりは言えない。
 確かに小説は好きだ。だか、同じくらいライトノベルや漫画――こちらは主に少年誌系統――も好きなのだということを。そして、後者を同級生らに気付かれず、読書キャラとしてのイメージを保つために、人目を忍んで楽しんでいることなど、絶対に。
 いや、もういっそ、彼には開き直ってしまうべきか? とはいえ、今まで黙ってきた累積をからかいの種として提供してしまうことになるのは癪だ。でも乗り切ってしまえば楽にはなれる。現状維持だと先々に亘って弄る口実に使われかねない。
 嵐が過ぎるのを待つか、思い切って打ち明けるか、どちらを採るべきか。
 三頁ほど読み進めて、とりあえず『保留』を選ぶことにした。今すぐ決めなくてはならない案件という訳でもない。次の発売までに間に合えばいいのだ。
 そうだ。そうしよう。今はこの場を乗り切ることだけを考えて、肝心の選択は学校に着いてから改めて検討すればいい。
「鼻毛」
「うん?」
「太いのが三本、ここから丸見えよ」
 言ってやると、彼は慌てた様子でわたしに背を向けた。「痛ッ」という、押し殺した声。人の気も知らないで勝手なことを言うからだ。ざまあみろ。

『昨日、ゲームセンターで見かけたわ』

 挨拶もそこそこに、どこか得意げな様子の彼女から告げられた。
「いたでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「……しかも、女子と二人で」
「……まあ、そこも合ってるけど」
 急に、声のトーンが落ちる。つられて僕も、声量を落とす。気のせいだろうか、僕を見上げる彼女の目は、どうにも細められている。笑っていると表すには、ちょっと不穏な形で。
「で、仲よくシケ込んだ感想はどうなのよ?」
「随分と不穏な訊き方をしてくるね」
「ごまかそうったって無駄だからね」
 今度は何を読んでいたのやら、彼女はチェシャ猫そのままの笑みまで浮かべて食い下がってくる。でも相変わらず、眼の奥は笑っていない。表情がちぐはぐでちょっと怖いな。
 初めて会った時とは違った重さを秘める視線に押し負けて、僕は早々と種明かしをすることにした。
「もうちょっとタイミングを計りたかったんだけどね…… はい」
「……何、これ?」
「キーホルダー」
 いや、それは知ってるから――と応じはするものの、彼女の目線はキーホルダーに釘付けだった。うんうん、好感触なようで何より。
「同じクラブの女子に取って欲しいって頼まれてさ。そうしたら、二つも取れたから、ということで、ですね……?」
 声のトーンが徐々に落ちていったのには理由がある。見て分かる速度で、彼女の視線が冷えていったのだ。何故だ。
「……いらないなら、別にいいけど?」
「誰もそんなこと言ってないわ」
 という言葉よりも先に、手が伸びてきていた。欲しいなら 最初からそう言えばいいのに。思春期め。
「お気に召したようで、何より」
「何を真似てるのか知らないけど、似合ってないからね」
 肩をすくめて見せたら、中々に辛辣な口調で言葉を投げ返された。女子の否定形には殺傷力がある。僕はちょっとどころじゃない苦笑を浮かべる羽目になった。
 そんな僕を他所に、キーホルダーを矯めつ眇めつしていた彼女は視線もそのままに、「まあ、でも、ありがと」と早口で投げやりで、およそ感情がこもっているとは思い難い口調で礼を言った。
 まあ、悪いようには思っていないだろう。最初に出会った時から思っていることだが、彼女は誤解されやすい人間で、そしてそれを改める気もない人間なのだろう。

『午前七時三十分』
「……」
 不意に、眼の前で読書をしていた女学生が何事かを呟いた。低く掠れた声だったので、周囲の話し声に紛れて酷く聞き取り辛かった。
「まあ、分からなくはないかなぁ」
 少女の前に並んでいた男子高校生がこちら側――つまり、彼女の方に振り返ると、幾分間延びした口調で話しかけた。
「あんたも……の?」
「別に肩を持つとかじゃないけどさ」
 少女の語気が強まったことと、注意していたためだろう。少年に対し、何かを問いかけたことは分かった。
 少年は少女を見やると、やや間をおいて「皆が皆、君と同じ考えじゃないって話さ」と訳知り顔で語った。少女に対して、先輩風を吹かせたいのだろう。幾らか落ち着いた雰囲気を持ってても、根本は年齢相応ということか。
 暫く、会話のない空白の時間が生じる。車道を走っていく車の音が、やけに大きく感じる。排ガスの残り香に眉をひそめていると、再度、少女がぼそぼそと何事かを喋る。
「……ああ、それはねぇ……」
 少女の言葉には、少年も思うところがあったのだろう。やや首を傾げ、苦笑いを浮かべる。
 そこで、二人の会話は途切れた。少女が視線を落とし、鞄から本を取り出すと、何事もなかったかのように再び読み始める。少年は少年で、それが合図であるかのようにポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めた。
 傍目には、この二人は淡泊というか、希薄な関係性しか持たないように見える。かといって、互いに遠慮し合っている様子もない。少年の方が、幾らか少女に対して気を遣っている様子だが――
「ああ、来た来た」
 少年の声をかき消すような駆動音とともに、バスが停留所前までやって来た。やや間を置いて、少女も本を鞄に戻している。
 なるほど、きょうだいか――迫り来る時間もあり、私は目の前の小さな疑問を早急に片付けることにした。


『君って僕以外の先輩にもタメ口なの?』

「……ああ」
「え、何? 何なのその返事は」
 知り合って三週間ばかり経った頃、唐突に切って出された話題に、わたしは『貴女はどうやって呼吸をしてるのか?』というような、普段意識していないことを問われたような気分になっっていた。
「要するに、あんたも先輩にカテゴライズされるんだっけ、と」
「おい」
 正直に、思っていたことを告げると、彼の声に声に険がこもる。流石に率直過ぎただろうか。
「まあ、いいじゃない」
「君は良くても僕には良くない」
「親しみやすいってことで」
「それは…… 関係、ないだろ」
 少し言い淀んでいた。冗談半分だったのだ、が満更でもなかったらしい。安い男――とは言わず、本のページを捲る。たとえ何度も読破した作品といえど、仕掛けを予知していようと、その時々ごとの楽しみ方があると思っている。今は真犯人である女の、多重人格の一つとして物語を追っている。
「そ、それより、どうなのさ?」
 まだ言葉をどもらせながら、彼は食い下がってくる。興味本位にしても、中々に粘る。男子高校生の朝はそんなに暇なんだろうか。もっとすることは他にないのだろうか。ないんだろう。
 仕方ない。今日は相手をしよう。
「んー」
 ようやく――そう、ようやく――本から眼を離し、わたしは曇り空に向けて思案する。置き傘は学校にあったかしら。まあ。もしもなかったとして、兄に持ってこさせればいいか…… と、数秒ほど脇道に逸れていた思考を本道に戻す。
「……正直に言うけど、怒らない?」
「内容による――って言いたいところだけど、ひとまず全部聞いてからにするよ」
 わざとらしく、上目遣いで見上げてやったのだが、彼はそちらには触れないことに決めたようだ。少々、わざとらしさが過ぎたか。
「あんたってわたしの兄と同級生でしょ? そう思うと、あんまり年上って感じがしないのよねぇ」
「そう言われると、分からなくは……」
 わたしに白旗を上げるのが癪で語尾を濁してはいるものの、概ね納得している様子。
「何か、思い当たる節があったということね?」
「ああ、うん。僕には少し年の離れた従兄弟がいてね。昔は一緒に遊んでたんだ」
 少々苦々しそうだった彼の表情が、少しだけ懐かしさを覗かせる。昔は、ということは、現在は少なからず距離が開いてしまっているということだろう。どんなものでも、手に入れるより維持する方がずっと手間がかかる。ましてや人の関係性など、言うまでもない。
「あの頃は、僕も彼らも年齢差なんて全く気にしないで、同い年の子と同じように遊んでたっけなぁ」
「分からなくもないでしょう?」
「……うん」
 今度は、あっさりと頷いた。ここまでの流れで、少なからず損得勘定が働いたのだろう。たとえば、『彼女を相手取って自分の自尊心を守るには、潔さも必要なのだ』とか。
「ま、どうしても敬語で喋ってほしいっていうのなら、そうするに値するってことを証明することね」
 畳み掛けるように、敢えて上から目線で話す。彼の性格上、ここで次の話題の呼び水を振っておけば、わたしの口調や態度には関心を寄せず、
「例えば?」
 と先に流れる質問をしてくる。
「料理とか、わたしが不得手としている分野で優れたところを示す、とか」
「君の得意分野じゃないんだね」
「それでもいいんだけど、下手に趣味が近いと、つまらない争いも起きそうじゃない」
「ゲーマー同士が、どのゲームが一番面白いかを言い争う感じ?」
「……間違っては、いないと思うわ」
 彼の挙げた例に、同意するか否かで躊躇った。単純な話として、ピンと来ないのだ。
「文化が違い過ぎるのも、考えものね」
「他人にあれこれ求め過ぎるのもね」
 とは、鬼の首を取ったような顔で彼がのたまった言。ここで視線を本に落とす。
 一ページ、二ページと、沈黙が流れる中で悠々と本の世界を泳ぐわたしの耳に、遠慮がちな咳払いが聞こえてくる。これに懲りたら、安易な揚げ足取りはやめることね。
「つまり、話題を最初に戻すけど」
「長い道のりだったわね」
「殆ど無駄な回り道だったけどね――って、まあ、兎に角だ、君は相手が先輩だろうと、尊敬できないなら今みたいな感じで接すると、そういうことなんだね?」
「さあ?」
 肯定も否定もせず、肩透かしを食らわせると、彼は少々大袈裟に、つんのめったような仕草を見せた。バラエティ番組に毒され過ぎだと思う。
「……さあ、ってことはないだろう? 尊敬できなければ年上でも関係ないって言ったのは君の方じゃないか」
「それはそうだけど、どっちにも会ったことないのよね」
「部活とか委員会とかで会わないの?」
「部活は帰宅部。委員会は名前だけ」
 ページを繰る手を止め、本を足元の鞄にしまいながら、わたしは隠す必要のない事実を告げる。
「人と人との間で生きるより、本の虫でいたいのよ」


『来週、金曜日からゴールデンウィークだけど、どうするの?』

「え?」
 突然投げかけられた質問は、これまでとは似て非なる、僕の予定についてだった。
「いや、別にどうということもないけど、どうして?」
「……誰かと遊びに行ったりしないの?」
 こちらの質問は全く無視して、何故か彼女は探るような目つきで更に問いかけてくる。
「頼むよ、会話のキャッチボールをしてくれ」
「してるわよ。あなたが気付いてないだけ」
 しれっと言い放たれた。頭痛がするので額に手をやる。ああ本当、毎度々々のことだなぁ――
「って、流されると思ったら大間違いだぞ」
「で、予定のほどは?」
「やけに食い下がってくるけど、僕がどこで誰と過ごそうと君には関係ないだろう?」
 言ってて、少しキツ過ぎはしないかと思うものの、多少のことでは彼女が怯まないことは重々承知している。大事なことは、『絶対に聞き入れないぞ』という意思をアピールすることだ。
 そう思って、腕組みをしながら黙っていると、「……そう」と彼女は意味深な呟きとともに視線を下げた。
「え、何なのその俯き」
「他人に語れるほどの予定もないなんて…… 可哀そう」
 挑発。そう来たか。思わず口元でへの字を作る。
 彼女の挑発を無視して受け流す、という選択肢もある。あるのだが、つい先ほど『会話のキャッチボールをしてくれ』と言った手前、こちらが黙っていれば、これ幸いと彼女が揚げ足取りの材料にしてしまうだろう。無条件で主導権をくれてやるようなものだ。
「僕にだって、予定くらいあるさ」
「へぇ?」
 計画通り――ひと昔前の漫画なら、そんなアオリが付いていそうな悪党面を見せて、彼女は一歩こちらに歩み寄ってくる。僕が携帯電話のスケジュール画面を開いたから、それを覗こうとしている訳だ。「生意気だわ」なんて戯言が聞こえてきたが、構うものか。そもそも、背伸びしたって見えないだろうに。
「まず、金曜はゲーセンで入り浸るだろ? あとはカラオケにも行こうかって話も出てるから一日潰れるな。土曜の夜には、新しく出来たラーメン屋に行くことになってるし、それから…… そうそう、次の月曜日だけは向こうの予定がはっきりしてないから、今日中には返事をもらうつもり。で、日、月と挟んで、火曜には釣りやってる奴から誘われてるから、海釣りに行くな。決まってるのは、今のところそれぐらい」
 指を折り曲げながら列挙していくと、彼女は「そう」と、今度は得意げに頷いた。
「土曜の夜って言ってたけど、具体的にはいつぐらいから?」
「ええと…… 十八時、六時だね。皆で集まってから行く予定」
 スケジュールを確認する傍ら、視線を彼女に向けると、「ふぅん」と鼻を鳴らしながら顎の先を弄っていた。探偵か。安楽椅子型か。
「じゃあ、土曜の日中と、日、月、水、木曜は空いてるのね?」
「……まあ、ね」
 暗に『暇人め』とでも言いたいのか――と邪推する僕を余所に、彼女が鞄から取り出して見せてきたのは、某少年誌発のアニメ映画のパンフレット。
「え、何それ?」
「見て分からないなら読んで頂戴」
 困惑していると、彼女がパンフレットを押し付けてきた。いや、そういう問題じゃないんだけど。
「どうにかして行きたかったんだけど、ちょうどよかったわ」
 妙に語調を弾ませた彼女は、立てた人差し指をくるくると回してみせる。
「え、え、何? どういうこと?」
「貴方は行きたがってて、でも一人で行くのは恥ずかしい。そこで同級生に頼んだら、代わりに妹であるわたしが已むなく行かされてあんたに同行。完璧ね」
「いや、ああ、うん、一方的に僕が泥を被る、ってとこ以外はね」
 あまりにも巨大なツッコミ所を前にして、思わずツッコミを入れてしまう。おい、そういう魂胆か。
「それと」
「それと?」
 この上何なんだ、と思わず眉間にしわが寄った。そんな僕には目もくれず、彼女はいつの間にやら文庫本からメモ帳に持ち替え、嬉々とした様子で続きを語り出した。
「近々発売予定のグッズがあるんだけど、お店には隣の市まで電車を乗り継いでかなきゃいけないのよね。電車って乗ったことないし、それに独りでいるところを見られたくないし…… そうそう、いつもの本屋にも寄らなきゃね。来月頭ぐらいに新書が出るんだったわ。あんたが行ってるゲームセンターにも…… まあ、少しくらい、興味もあるわね。他にどんな景品があるのか見てみたいわ。あんたが案内して頂戴。勿論、図書館にも一度は行かなきゃ。あんたも一応高校生なんだから図書館を活用することを覚えときなさいよ」
 次々と飛び出してくる予定の羅列に、僕は自分の目が点になるのを感じた。というか、さっきの映画にしてもそうだが、何故こうも当たり前のように僕の存在が予定に組み込まれているのだろうか。
「それと――」
「いやいやいや、待ってよ。一人で勝手に話を進めないでくれよ」
「何よ。最初にあんたの予定を訊いたじゃない」
「言っただろ、後から用事が入るかもしれないじゃないか」
「だから先んじてるんじゃない」
「だからって、あのねぇ……」
 眉間の辺りに痛みを感じた。何故だ。何故こうも彼女は、出来の悪い生徒を見る教師のような目で僕を見るんだ。
「わたしには予約を盾に取ったんだもの、後から来た人達にも平等に接してあげなさいよ」
 ……開いた口が塞がらない、というのはこういう状況というか、心境なんだろう。
「……分かったよ。とりあえず、君が言った分に関しては、予定に入れておく」
「残りは?」
「ここで全部は決められないよ。他の奴らと話し合ってからだ」
 この点に関しては譲歩するつもりはないので、流石の僕もかなり強く言い切った。
 それにしても、彼女の言う『残り』がどれ程のものなのか、想像したくもなかった。いっそ考えずにいてしまおうか。
「今のうちに決めとけば、後々困らなくてすむと思うのに……」
「ここでこれ以上流された方が絶対後悔すると思ってるからだよ」
 彼女のことだ、下手すれば先約まで断らせようとしてくる可能性すらある。
 全く、自分の為にとはいえ、よくもここまで他人をこき使おうと思えるものだ。
「仕方ないわね。こっちも譲歩するわよ」
 やれやれ、と呆れ口調。いや、だから何で僕が責められなくちゃいけないんだ。
「でも、土曜の午前中は映画に付き合ってもらうわよ?」
「どこをどう譲歩したっていうんだ……」
 重たい溜息を吐きながら、彼女の指定する時間をスケジュール画面に書き込んでいく。金曜は遊び倒して、土曜の日中は寝て過ごすつもりだったが、そこそこ早起きをしなくてはならない時間だった。早くもゴールデンウィークに暗雲が垂れ込めそうな気分だった。
「暇だ、なんて言う暇もないなぁ……」
「あら、いいことじゃない。自由に時間を使えるなんて、今のうちぐらいよ?」
 思わず出てしまった本音に、彼女はわざとらしくウィンクなんかしながら切り返してきた。この前ぐらいから上目遣いだのをちょくちょく挿んでくるが、どういう風の吹き回しなんだろうか。
「それじゃあ自由にさせてくれよ……」
「最終的な部分は決めさせてあげたじゃない」
「自分に都合よく誘導させといて、よく言うよ……」
 結局、僕は肝心な部分以外は全く決められていない。これじゃあ釈迦の掌で遊ばされた孫悟空じゃないか。
「……そうそう、予定だけど」
「ん?」
 バスが着き、慌ただしくなり始めた空気の中で、彼女が背後から耳打ちしていく。
「増やしても、減らすつもりなんてないから」
 投げ捨てるように言い残して、彼女はバスに乗り込むなり奥の方まで分け入っていった。普段はむしろ億劫そうに動いているが、時たま彼女は素早い。
 そういえば、と僕は自分の予定が殆ど埋まってしまっていたことを思い出した。最初は断るはずだったのが、どこで計算が狂ってしまったのだろうか、と首を傾げてすぐ、まあいい、暇を持て余すのは学校でやればいいかと思い直し、乗客の頭越しに遠ざかるバス停と桜に目をやった。
 いつの間にか花より葉が多くなっていた桜は、すぐに坂の向こうに隠れて見えなくなった。ふと、今年の四月はやけに短かったなぁ、という感想のような、そうではないようなものが浮かんだが、それもバスの揺れに伴って消えた。

『午前七時三十八分。バス停にて』

 今まさに走り去るバスの後ろ姿を目にして、私は自宅からの力走が無駄に終わってしまったことを思い知らされた。
 重く感じる足を引きずって、普段は座ることのないベンチに腰を落とす。運動と恥ずかしさと二重の意味で火照った頬に朝の冷たい空気が気持ちいい。この程よさがいずれ、夏特有の生ぬるいものへと変わることを思うと、明確な季節というものの良し悪しについて考えてしまう。
 早くも額に浮いた汗をハンカチで拭い、ポケットに戻しつつ視線を足元へ下げると、地面に張り付いた桜の花びらが目に入る。茶色くなったそれを暫く見つめ、私はこのバス停の目印とも言える葉桜に視線を移した。
 二週間前、天気予報は惜しくも当たり、凡その人々が花見を楽しむ前に桜の花は雨に打たれ、流れて落ちた。
 それでも、幾許かの花びらが残っている様子を見て、私はまたも、感慨深い心地になった。
 我々の思いとは関係なく、花は咲き、遅かれ早かれ散る。生き物として、そのように仕組まれているのだから。
 だからこそ、生きていれば、巡る季節の中で、再び花を咲かせることもある。
 日々を生き、眼の前だけを見ていれば惜しく、物悲しさをも感じさせるが、長い目で見ればまた巡り巡ってくるものもある。
 ただ、過ぎた時だけは、決して戻ることはない。同じ花は、二度と咲くことはない。
 だからこそ、人は前を向いて生きるのだ。
 再び、花咲く日々を迎えるために。
2016/04/23(Sat)00:33:09 公開 / 木沢井
■この作品の著作権は木沢井さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 お読み下さり、ありがとうございました。もうしばらく続く予定ですので、時間の許す限りお付き合い下さいましたら幸いです。
*以下、割とどうでもいい内容なので目を通されずとも構いません。
 初めての方、はじめまして。当拙作以前の拙作を覚えていらっしゃる方、お久しぶりです。最後にそれ以外の方、TPOに則った挨拶をば。三文物書きの木沢井です。いや、もしかするともう三文にも満たないかもしれませんが。
 諸般の事情から長らく執筆から遠ざかり、今年の春に一念発起、リハビリを兼ねて軽いショート・ショートもどきの寄せ集めでも仕上げてGW前に投稿させて頂こうと思った矢先に新たな問題を抱え、今の今になったという次第でありました。人生、上手くいかないことばかりです。
 深く考えず、当事者か傍観者のような気分で読めるものを目指したつもりではありますが、果たして三文物書きの思惑からどれ程外れるのやら……
 ここまで目をお通しになった方、お疲れ様でした。そうでない方々も、感謝の念に堪えません。

5.15 加筆修正いたしました。湖悠様、ありがとうございます。
4.23 投稿いたしました。
この作品に対する感想 - 昇順
木沢井さんの名前を見て、読まずにはいられませんでした。もうあまりに昔のことですので覚えてなさらないかもしれませんが、5、6年前、僕が小説の右も左もわからないような時分……たしかアカイイトあたりを書いていた時ですかね、その頃木沢井さんのご感想に大変励まされた記憶があります。長い間見かけておりませんでしたが、またこうして木沢井さんの作品を読むことができてうれしいです。
 少年と少女の不器用な交流に、ニヤニヤしっぱなしでした。ラストの地の文に様々な推測が頭をよぎり、一人切なくなっていました。いやいやしかし、僕のひとりよがりな妄想でしかないかもしれないですが。
 少年と少女の掛け合いはなんとも僕のストライクゾーンにどんぴしゃです。少女がなんとも魅力ある人物ですね。まだ続かれるということなので、これからもこの二人の掛け合いが見られるかと思うとわくわくします。青臭さとじれったさと、ほのかな切なさ漂う雰囲気がとても好みなのでポイントをば。そういえば読んでいて気付いたのですが、「背のび」の中に改行されてない一行がありました。
 ではでは、みずうみ ゆうでした。
2015/05/07(Thu)22:22:311湖悠
》湖悠様
御感想、ご指摘、加点、ありがとうございます。御指摘の点は次回更新時には修正させていただきます。
恥ずかしながら、生きておりました。というのはさて置きまして、当方と致しましては、覚えおかれていただけでも大変な光栄というものであります。情けは人の為ならず、という言は至言ですね。
自身の不器用さを、どうにかお口に合うように調理できたようで、一先ず安堵しております。今回投稿分末尾の拙作に関心をお寄せになられているとのことですが、当方、その『妄想』と仰る推測には大変興味がございます。
ともあれ、当拙作はあと二回程度の追加を予定して御座いますので、最後までお付き合いいただけるよう、努力いたします。
2015/05/15(Fri)00:30:280点木沢井
 更新分、読ませていただきました。みずうみゆうです。
 今回はほのぼのな日常に触れ、若者二人が不器用ながらも徐々に近づいていくという青春模様を描いてらっしゃいましたので、第一回更新で不穏な妄想を抱いていた者としては温かみある優しい展開に今はホッとしております。我が妄想は妄想で終わってほしいと切に願うばかりです。
 あー…高校生の時はよく鼻毛を気にしてたなぁ……と懐かしい気持ちに浸りました。気にしているけどちょっとした隙を見せると突然飛び出してくるんですよ。気分はもうモグラたたきです。男子間ではよく鼻毛出てる出てないで盛り上がったりしました。男子では笑い話になるものの、しかし女子に指摘されることほどの地獄はないでしょう。残酷なことをするなあ、彼女。
 ではでは、次回更新も楽しみに待っております!
2015/05/15(Fri)11:35:380点湖悠
 初めまして、土塔美和です。ほのぼのと読まさせていただきました。実はこのようなエピソード、学生時代に経験したことがあるのです。私が? いいえ、私の友人が。自転車通の私には残念ながらこのような出会いはなかったのですが、バス通の友人は。いつも一時間目の休み時間はその話でもちきりでした。内心、うらやましさも相まって、告白して早くふられろ、と思いながら聞いたものです。今ではほのぼのと読めるようになっただけ大人になったのでしょうか。
 それでは、次回の展開を楽しみにしております。
2015/07/05(Sun)21:48:290点土塔 美和
〉湖悠様
 御感想ありがとうございました。
 実に一年余りの空白が空いてしまったことを、まずはお詫びさせて下さい。
 山らしい山も谷らしい谷もなく、ただ二人の人物による会話の場面を描いていっているだけですので、当然のごとく悲劇的展開などは用意されておりません。あれら一連のモノローグは、言わば私の近況に対するものをつらつらと並べていったものでありました。桜や春には、御作でも触れられていましたが、人生の節目という印象が付いて回りますね。
 鼻毛、それは私の日常を苦しめるキーワード

〉土塔美輪さま

 御感想、ありがとうございました。そして返信が遅れましたこと、実に申し訳ございません。
 私も、自身ではなく、周囲の人間が衝撃的な経験をしてございました。例えば私の目の前でラブレターをもらった輩がいたり、私のすぐ傍で怪現象に遭遇した先輩など…… いやぁ、人生は人それぞれでございますねぇ。
 かような投稿ペースであったりしましたが、この先々でもお付き合いいただければ幸いです。
2016/04/23(Sat)00:34:100点木沢井
 読ませていただきました。湖悠です。
 完結、おめでとうございます。ほのぼのとした、少年少女の触れ合い。それを見守る人々、そしてバスに乗り遅れた男性――ああ、なるほど、と連立したエピソードから伝わるものがありました。文章力のない僕では言葉に変換できないものであると力不足を感じてもおりますが、しかし言葉なんていう形の定まったものに置き直すことはないだろうとも思っております。いいショートショートでした。
 ……と、綺麗に締め括ることもできたのですが……「もっと見たい!!」という気持ちは抑えられません。それほどに、少年と少女は魅力的な存在でした。木沢井さんの描く、僕なんかでは絶対に出せないもどかしくじれったい空気感が、すごく好きだったんです。まさに登場人物が生きていました。本当にバスに乗って、少年少女を眺めている気分でした。彼と彼女はゴールデンウィークをどう過ごすのだろう……とひたすら考えて考えて――。でも、よくよく考えると、読者はバスで話す二人しか垣間見ることはできないんですよね。だからこそ、もっと見たいと思ってしまう。少年少女を眺める大人達が、彼女らの話に想像を巡らせるように。
 あらためて、とてもいいショートショートでした。また次の木沢井さんの作品を読む日がくるのを心待ちにしております。ではでは。。
2016/04/24(Sun)19:19:482湖悠
[簡易感想]セリフが多すぎる気がします。
2016/07/02(Sat)18:25:260点Tangela
[簡易感想]『……』といった沈黙が多く、暗く感じました。
2016/07/02(Sat)18:50:150点Kaylan
合計3
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