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『Fetish Shout! 「完結編/番外:無敵の薔薇派編」』 作者:神夜 / リアル・現代 アクション
全角124816文字
容量249632 bytes
原稿用紙約362.75枚
本編「Fetish Shout!」とそのおまけの「ばんがい! ふぇてぃっしゅ しゃうと!」





     「Fetish Shout!」





 横倒しに並べられた机のバリケードの隙間から周りの様子を伺う。
 わかっていたことだったが、背後を壁にして、すでに完全に包囲されてしまっていた。もはや抗うことはできないだろう。こちらの弾数も残り少ない。
 八人いた仲間も全員、容赦なく射殺されてしまった。今さらにこのバリケードから飛び出したところで、蜂の巣にされるのは目に見えている。そんなことはわかっている、そうなることさえもわかっていたはずだ。なにせたった八人で、『北の鳴海』に『戦争』を吹っ掛けたのだ。無謀以外の何ものでもなかった。
 最初から勝てる訳はなかった。最初から殺されることを覚悟して突撃した。作戦も糞もなかったが、それでも「勝てる」と叫び、「栄光を取り戻せ」と咆哮を上げ、武器を手にして『北の鳴海』の首を狙った。ただその中で、八人が全員、心の奥底では理解していたはずである。勝てる訳などないのだと、もう生きて帰っては来れないのだと、わかっていたのだ。ただそれでも、背水の陣で挑むより他に、道はなかったのだ。
 当初は五十人から形成されていた我等が『幼女派』も、世間の荒波に揉まれて縮小を余儀なくされた。再び栄光を手にする方法はもはや、『四大勢力』の一角を落とすより他に道はなかったのだ。
 『四大勢力』の内、『北の鳴海』を選んだのは、最も大人しい『派閥』だと思ったからだ。しかしそれは、過ちだった。『北の鳴海』は自ら『戦争』を仕掛けはしないが、一度自分達に牙を向けた相手は容赦なく徹底的に潰す。そのことを、失念していた。
 包囲網が徐々に狭まってくる。時間の問題であろう。抗う術はもう、残っていない。
 額から頬に掛けてゆっくりと汗が伝う。
 握り締めるマシンガンのグリップがじっとりと濡れている。
 こうして、『隊長』として『戦争』に挑むことはこれが最後だ。最後くらい、派手に散ってやろう。我等が誇りとした、『幼女派』がここにいたことを、刻みつけて逝こう。それが一緒に戦って散って逝った隊員にしてやれる、『隊長』としての、最後の手向けだ。
 深呼吸をした。グリップを力の限り握り締め、トリガーに指を置いた。
 あらん限りの声を上げ、バリケードから転がり出た。
 その瞬間、合計して十五の銃口が一斉射撃を開始する。ひとたまりもなかった。一瞬で身体は真っ赤な液体で染まり、その場に崩れ落ちることしかできなかった。
 力なく倒れる間際に見たものは、すでにこちらから視線を外し、踵を返して撤退を開始した、『北の鳴海』の部隊だった。
 『北の鳴海』は、一度牙を剥き出した敵には容赦せず、そして牙を圧し折った敵には、一瞬で興味を失くす。そのことがどれほどの屈辱を相手に与えるか、それはきっと、倒された者にしかわからないであろう。
 無機質な廊下に横たわり、悔しさに溢れる涙を流したまま、血が滲むほど拳を握った。
 拳を握ることでしか、己が無力さに対する怒りをぶつけることができなかった。

 その日、かつて栄光を誇っていた『幼女派』が、ついに壊滅した。
 同時に、『四大勢力』の内の一角、『北の鳴海』がまたひとつ、勢力を拡大したのだった。



     「開幕編」



 事の発端は、都筑(つづき)高校の新聞部が発行した新聞の、たった一文だった。
 ――『萌え』とは結局、何だったのか。
 最近では随分と沈静化してきたように見受けられるが、一時はマスコミメディアに踊らされた阿呆共が何かにつけて「萌えー萌えー」と叫んでいたあの『萌え』のことである。
 そんな阿呆共のことはさて置きとしても、結局のところ、『萌え』とは何であったかを明確に説明できる人はおそらく、この世界にはいないのではないだろうか。結論を言えばスラング――俗語や隠語の類であるのだがしかし、昔からありとあらゆるジャンルの中でも『萌え』は存在するであろうことは、疑いようのない事実なのである。
 そんな事実に向かって、新聞部はたった一文だけ、疑問を投げ掛けた。
 そしてその疑問に興味を持ったのが、幸か不幸か、非常に厄介な生徒だった。都筑高校に通う三年生、神宮路彼方(じんぐうじかなた)である。神宮路財閥のご令嬢であり、やること成すことがどこか的外れで、しかし財力と権力があるため教師ですら強く言えない、非常に厄介な生徒だったのだ。
 その神宮路彼方が新聞部が投げ掛けた疑問に興味を持ち、そして考えた挙句、常人の思考から右斜め上を錐揉み回転で飛んで行くような結論に達した。達した五分後には放送室を占拠し、三時間目の始まりを告げるチャイムの音をぶった切って、全校生徒に向けてこう告げた。
「――諸君。戦争を始めよう」
 全員が度肝を抜かれた。
 また神宮路彼方がやらかした、と全校生徒の誰もがそう思った。
 教師が教室を飛び出して放送室を目指す中、神宮路彼方は続ける。
「いいか諸君。わたしはとても興味深い質問を見つけた。『萌え』とは何なのか? それに対して、諸君等は明確な答えが返せるだろうか? ――否、断じて否。答えを返せる人間なんていないんだ。よく考えてくれたまえ。美少女アニメを見て息をハアハアさせるだけが『萌え』なのか? フィギアのスカートから少しだけ覗く縞々模様のパンツを眺めて鼻の下を伸ばすだけが『萌え』なのか? 答えはノーだ。赤子を見て可愛いと思う気持ち、大好きなあの子あの人が時折見せるドキリとする仕草、可愛い小鳥が木漏れ日の中を舞う美しい光景、それらもすべて含めての、『萌え』ではないのか? 諸君等にも『萌え』を感じるものが必ずあるはずだ。それを前面に曝け出して、とことん議論しようではないか」
 スピーカーのその向こうから、放送室のドアをがんがん叩く音が聞こえてくる、
「諸君等が最も良いと思う『萌え』をわたしに教えて欲しい。わたしは知りたい。ただ純粋に、知りたいんだ。本当の『萌え』とは何なのか。この世で最も熱く燃え上がる『萌え』とは何なのか。そう、それこそ――『最強の萌え』とは何なのか。それを諸君等は知りたくはないか。自らがこれぞと思う『萌え』こそ本当の『萌え』だと、証明をしたくはないか? ――だからこそ」
 放送室のマイクが揺れ動く音が響く、
「――これは戦争だ! 己が思う『萌え』を胸に抱き、信念を貫き通すための戦争だ! 戦うんだ諸君! 戦って戦い抜いて、その先の栄光を掴んだ者には、わたしが報酬を贈呈する!  ――現金で一千万ッ! わたしに『最強の萌え』を教えてくれた者には、わたしのポケットマネーから一千万を受け渡そう! 報酬も用意した! あとは諸君等の信念ひとつだ!! 己が胸に抱く『萌え』を曝け出し、信念を貫き通すために、立ち上がるんだ諸君ッ!!」
 スピーカーから物凄い音が響いた。放送室のドアが抉じ開けられ、教師の怒鳴り声と共にスピーカーの回線が遮断される。
 しばらくの間は誰も、何も言葉を発せられなかった。
 その事件は後に、『三時間目の戦争宣誓』と呼ばれるようになり、そしてその『三時間目の戦争宣誓』に賛同した馬鹿な組織が、二つ存在した。一つは神宮路彼方の息が存分に掛かった生徒会で、もう一つはこういう時こそ我等を呼べとばかりに駆けつけた、普段何をしているかわからない企画策定実行委員会であった。
 資金は神宮路彼方が全額負担すると大見得を切った手前、企画策定実行委員会は容赦しなかった。どれだけ金が掛かろうがお構いなしに企画を策定した。そうして企画したものは神宮路彼方と生徒会とで十分に議論して修正し、徐々に細かなルールなども制定されていった。
 『三時間目の戦争宣誓』から約一ヵ月後、あの時のことも全校生徒から忘れさられつつあったその日、再び神宮路彼方は放送室を占拠して、ただ一言だけ、こう告げたのだ。

「――諸君。『戦争』を、始めよう」

 導火線に火が点けば後は速い。
 今まで燻っていた正直な欲望が爆発したが故の加速であった。
 あっという間に何十何百という数の『派閥』が出来上がり、ルールに基づいて『戦争』が開始された。
 日毎に勢力は逆転し、一分一秒単位で戦況は目まぐるしく変化していった。だがそんな戦国時代も長くは続かない。
 『戦争』が開始されてから三週間が経とうとした頃、弱い『派閥』は淘汰され、最低限の中小規模以上の『派閥』だけが生き残り、しかしそんな中でついに勢力の固定図が出来上がりつつあったのだ。それはやがてその地位を安定させるに至り、今では東西南北に展開する四つの勢力が絶大な力と共に微妙なバランスで均衡を保っていた。
 後にその四つは『四大勢力』と呼ばれるようになり、各『派閥』の『隊長』の名を借りて、こう呼ばれる。

 東のニーソ派―――『東の君嶋』
 西の猫耳派――――『西の大杉』
 南のメイド派―――『南の遠野』
 北の巫女派――――『北の鳴海』

 群雄割拠のこの『戦争』の覇者が誰であるのか。
 『最強の萌え』を証明するのは誰であるのか。
 その答えを求め、彼の者たちは『戦争』を続ける。



     「東のニーソ派編」



「鳴海先輩が先ほど、『幼女派』を潰したらしいですよ」
 『副隊長』の高嶺香織(たかねかおり)の報告を聞きながら、東の『ニーソ派』『隊長』の『東の君嶋』こと、君嶋義和(きみしまよしかず)は椅子の上に胡坐を掻いて座ったまま、机の上で指をとんとんとんとんと突き、悪態を吐き捨てるかのようにつぶやく。
「知ってるよ。そんな情報とっくの昔に把握してる」
 高嶺は意外そうな顔をして、
「へー。珍しいですね。『隊長』がわたしより先に情報を持ってるなんて」
 指をとんとんとんとんと突くのをやめ、椅子の上で組んだ足を逆にしながら、
「馬鹿にするんじゃねえよ。しかしなにが『乙女の純潔を守るが我等が役目』だ。自分等が一番勢力伸ばしてんじゃねえか。純潔守るって、そもそもあいつ等絶対純潔守ってねえだろ」
 すると高嶺は指を唇に当てて「んー」と考えた後、こう言った。
「でも鳴海先輩って、確か処女ですよ?」
 平然とそんなことを言ってのける高嶺の言葉に君嶋がため息を吐く、
「なんで知ってんだよそんなこと」
「だって前にそんな噂聞きましたし、誰かと付き合ってるって話も聞きませんし」
「おいおい……。あいつマジで純潔守ってんのかよ……さすが巫女様だな」
 君嶋がそうつぶやくと、高嶺は眉を潜め、
「ただし今の一言、鳴海先輩に言わない方がいいですよ」
「あん? なんでだよ?」
 高嶺は言い切る、
「――本気で切り殺されますよ」
 だろうな、と君嶋は椅子に座ったまま足を組み替て思う。
 北の『巫女派』の『隊長』である鳴海加奈子(なるみかなこ)は、今や最高勢力の『派閥』の長であると言っても過言ではあるまい。
 今現在、『四大勢力』の一角で最も勢力を持っているのが『巫女派』であることは、水面下で繰り広げられている情報戦にて証明済みだ。『巫女派』の連中は純情無垢な皮を被ってはいるが、それを剥がして出て来るのは悪逆非道な物の怪以外に在り得ない。『北の鳴海』に手を出して無事に済んだ『派閥』を、君嶋はひとつ足りとも知らなかった。
 そんな『派閥』の『隊長』を勤める鳴海は、かつては一見すればただの地味な女性生徒だった。別段発言力を持っている訳でもなく、別段目立つ訳でもなく、どこのクラスにでも一人はいるような、「目立たないが実は可愛い女子」程度の位置に常にいたはずだ。だがしかし、この『戦争』にて今まで埋もれていたであろう統率力と軍事力の才能は見事に開花し、完全に解き放たれた鳴海は冷徹な戦士――否、侍へと変貌を遂げたのだった。
 ただ、ひとつだけ鳴海には問題があった。鳴海は、本気で初心だった。地味な女子生徒であるが故に、男との交流や男女の関係などについては無縁の生活をしていたのであろう。ちょっとでも羞恥心が必要な話、簡単に言えば下ネタであるのだが、それを鳴海に振ると、顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げて本気で斬り掛かって来る。かつて存在した『縞パン派』は、鳴海と対峙した際に「縞パンがどれほど素晴らしいものか」を力説したせいで、圧倒的武力を持ってして、徹底的なまでに壊滅させられた。
 確かに統率力と軍事力はある。だがなぜそこまで勢力を拡大できたのか――、それは、『北の鳴海』が自分からは絶対に進軍しないためだった。それを守り一辺倒であると勘違いした数多くの『派閥』が、愚かにも攻め入ったからだ。進軍はしないが、迎撃は行う。迎撃する際、鳴海は手加減を一切しない。一度牙を向けば最後、鳴海はどこまでも食らいついていく。その迎撃を受けて、中小程度の『派閥』が無事で済むはずがあるまい。この『東の君嶋』の『ニーソ派』を持ってしても、両軍壊滅寸前の痛手を負うのは目に見えている。
 が、いつまでも静観している訳にもいくまい、と君嶋は思うのだ。思うのだが、あと一歩、いつも決め手に欠けている。南の『メイド派』こと『南の遠野』とはすでに同盟を結んである。攻め入る準備さえ整えば、今すぐにでも『北の鳴海』を襲撃し、落とせる算段はつけてある。しかし二大勢力を導入したとしても、自信はあるがおいそれと勝てる相手とは思えない。
 いざ『戦争』を吹っ掛けて、『四大勢力』の内の三勢力が壊滅に近い打撃を受ければ最後、西の『猫耳派』である『西の大杉』は、ここぞとばかりに叩き潰しに来るであろう。逆に、『西の大杉』を潰しに掛かっても同様で、攻めないはずの『北の鳴海』が勝負を決めに万が一にでも進軍して来たら、それこそ勝ち目がない。それ故に、思うように動けないのがこの現状だった。
 そんな中、またもや『北の鳴海』が勢力を拡大してしまったのだ。苛立ちを感じないはずはなかった。机を指で突くことを再開させ、君嶋は大きなため息を吐く。
「時に高嶺」
 隣で待機していた高嶺は欠伸の途中だったことを誤魔化しつつ、
「ひゃいっ? な、なんでしょう『隊長』」
 もうひとつだけため息、
「――おまえ、なんで縞々ニーソなんだよ」
 高嶺はぶすっとした顔になり、頬を河豚のように膨らませながら、
「言ってるじゃないですか。わたしは縞々ニーソが大好きなんですー」
 確かに高嶺が好きというだけあって、縞々ニーソは実に似合っている。
 高嶺は可愛い。リスやハムスターを連想させる可愛い外見と、もうちょっとで下着が見えてしまいそうなほど短いスカート、そして本当に美しいまでの太股を持っており、おまけにニーソックスが大好きと言うのだから、君嶋としてもこれほど理想的な女子生徒は他にいないとは思う。思うのだが、唯一食い違う箇所がある。
 君嶋は黒ニーソ一筋、高嶺は縞々ニーソ一筋だったのである。どっちでも一緒じゃねえか馬鹿じゃねえのか、とつぶやいたかつての同胞は、反逆罪として射殺した。ニーソと言っても種類は多数ある。黒もあれば白もある、縞々もあれば花模様だってある。加えてガーターベルトがあってこそのニーソだとか、ニーソを履いて見る足の裏が最高だとか、そういうことを声高々に叫ぶ連中までいて、この『東のニーソ派』として地位を安定させるまでには、それはそれは険しい道のりだったのだ。
 その道のりを登り切り、他を圧倒して「ニーソの中では黒ニーソが頂点だ」と証明して見せたのが、君嶋であった。故に今、君嶋は『隊長』としてここにいる。しかし他の意見を完全に駆逐することはできなかった。そうしてしまえば最後、この『派閥』が内部崩壊することは目に見えている。だから落とし所として、「黒ニーソが頂点であるとは思う。だがお前等は皆、ニーソが好きなんだろ? その気持ちに、そしてその信念に嘘はないはずだ。だったら今は内紛を起こしている場合じゃねえだろ。先に他『派閥』を淘汰するのが先だ。おれ等の勝負は、その後で白黒着けようじゃねえか」という意見の下、まとまっているのだった。
 高嶺もまた、その意見に賛同した、元は別『派閥』の『縞々ニーソ派』の人間であり、そこの『隊長』だったのだ。君嶋と意見の食い違いがあるにはせよ、高嶺は今の『派閥』には必要な人材である。もともと優秀であることもさることながら、その胸には君嶋が認めるほどの確たる信念を持っていた。それに加え、高嶺の人望と、その高嶺に付いて来た『縞々ニーソ派』の面々の力は侮れず、逆に戦力として手元に置いておきたかったのだ。だからこそ『黒ニーソ派』からではなく、別『派閥』の『縞々ニーソ派』の『隊長』であった高嶺を、『副隊長』に任命したのだった。
 だから黒ニーソ一筋の君嶋の前で、高嶺が縞々ニーソを穿いていても反逆罪にはならないが、君嶋とて欲望に忠実な一人の男子生徒である。正直な話、君嶋に取って、高嶺は思いっきりタイプの女の子だった。そんな女の子が黒ニーソを穿いてくれる姿を、一度くらいは見てみたいのであった。
 机を指でととっととんと突き、
「まぁお前には前にも言ったし、今も言いたいことは山ほどあるが、置いておく。――『西の大杉』の動きはどうなってる? 鳴海が『幼女派』を潰したせいで、あいつ等も焦ってんじゃねえのか?」
 高嶺は窓から外を見ながら、
「焦ってますねー。『隊長』の読み通り、中規模の『派閥』を潰そうと必死になってるみたいですよ。いま狙ってるのは、どうやら『BL派』らしいですけど」
 聞き間違いかと思った。
 『西の大杉』が『BL派』を狙っている、と言われても頭はすぐに理解できなかった。
「……なんだそりゃ。間違いじゃねえのか、それ」
「いやー、本当みたいですよ。わたしの部下から聞いた話ですから、まず間違いないかと」
 高嶺は『ニーソ派』の隊員とは別に、直属の部下を十名、従えている。その十名は高嶺が選定した選りすぐりの猛者であり、彼等のことは『縞々ニーソ隊』と呼ばれ、高嶺の命令の下、他『派閥』に潜り込んでいる。自らが好きなものを叫べず、敵対勢力の中にその身を投じることは恐ろしいまでの屈辱であろう。だが高嶺の命令ならば、彼らは血の涙を流しながらそれに従う。だからこそ高嶺の持っていた『縞々ニーソ派』の連中の力が欲しく、そしてそんな連中からの情報ならば、筋は確かである。
 だが、解せないことがある。
「奴等、禁忌を犯す気か。『BL派』を潰すなんて、下手すりゃ食われるぞ」
「覚悟の上、じゃないですかね」
 ととととととん、と机を突きながら、君嶋は眉を潜める。
 今現在残存している中規模勢力の中で、『BL派』はおそらくトップクラスだ。が、数並びに勢力は不明。水面下の情報戦を用いても、それらを完璧に割り出すのは不可能だった。セキュリティが恐ろしいまでに堅く、高嶺の手腕を持ってしてもそれを解析できない。おまけにかつて『BL派』に送り込んだ『縞々ニーソ隊』の一人は、スパイだと暴かれた挙句、ケツに薔薇を挿された状態でダンボール詰めにされて送り返されて来た。それ以降、スパイを送り込むのを止めているため、尚更に実態が掴めていないのであった。
 得体の知れない『BL派』には、『四大勢力』であろうとも迂闊に手を出してはならない、というのが暗黙のルールだったはず。それを『西の大杉』が知らない訳はなかろう。下手をすれば返り討ちに遭うことくらい、想定しているはずだ。なのにここに来て『BL派』を攻めようとしているその愚行はどういうことか。
 大杉の野郎、追い詰められて我を失ったか、と君嶋は思う。
 机に肘を着き、君嶋は言った。
「――……近い内に、勢力図が変わるかもしれねえな」
 高嶺は上履きで床に付いていた汚れの角をつんつんしながら、
「ですねー。そうなると、わたしたちも黙っていられませんねー」
 ふつふつと、君嶋は笑う。
「面白れえ。それならそれで構わねえさ。『BL派』は確か、『北の鳴海』を嫌っていただろう? あいつ等が潰し合ってくれれば、それはそれで楽しそうだ」
「正反対の『派閥』ですしね」
 そんな高嶺の声を聞きながら、君嶋は考える。
 本当に勢力図が変わり、『四大勢力』の内の一角が『猫耳派』から『BL派』になった場合、おそらく『BL派』は真っ先に『巫女派』を潰しに掛かるであろう。そうなれば両軍共に壊滅は必至。そこを同盟を結んでいる『ニーソ派』と『メイド派』で一気に攻め滅ぼせば、『四大勢力』は消え去り、『東の君嶋』と『南の遠野』の一騎打ちになる。そうなってくれることに越したことはないのだが、しかし。
 問題があるとすれば、『南の遠野』だ。あの男が、このまま黙って事態を見過ごすなんてことはしないだろう。同盟を結んでいるとは言え、いつ寝首を掻かれるかわかったものじゃない。同盟を組む際に感じた、あの男の裏に見え隠れする一本の確たる信念。どのようなものなのかは掴めなかったが、おそらくは強い想いが秘められているはずである。
 もちろん、君嶋にだって貫き通す信念はあるし、この強さに関しては、相手が誰であろうとも負ける気はしない。だからこそ、遠野に隙あらばすぐにでも攻め滅ぼしに行く。この同盟は、ただの飾りでしかないのだ。他『派閥』へ対する抑止力のため、そして『北の鳴海』に対抗すべく勢力を集めるため、ある程度の利害が合致したからこそ、こうして『南の遠野』と結託しているだけである。故に互いに理解している。この同盟は、形上だけのものである、と。裏切ることは簡単だ。元より両者共にそのつもりであるはずだ。
 が、その裏切るタイミングが重要となってくる。あまりに早く裏切れば、それは抑止力を失い、逆に『南の遠野』を含め、他『派閥』からの総攻撃を受けることになる。そうなってしまっては意味がない。そうならないように、着実に準備を進め、これ以上ないタイミングで裏切るしか方法はないのだ。その見極めが肝心。ならば今は、無理にこの『戦争』に関わらず、傍観するのが得策か。性には合わないが、これも勝つためである。仕方あるまい。
 ところで喉が渇いた。ジュースでも飲みたい、と思いながら君嶋は椅子から立ち上がる。
 床の汚れをつんつんしていた高嶺は顔を上げ、
「『隊長』、どこ行くんですか?」
 君嶋は頭を掻きつつ、
「珍しく考えてたら喉が渇いた。ジュース買ってくる」
「あ。わたしも行きます。『隊長』、奢ってくださいよー」
「やだよ。……ただまぁ、お前が黒ニーソ穿くっつーなら奢ってやらんでもないが」
 縞々ニーソを見つめながらそう言うと、高嶺は舌を出しながら、
「やですよー。わたしは縞々ニーソに信念を持っていますから」
「だろうな。じゃなきゃお前を『副隊長』になんてしてねえ」
「ふひひ。照れますねそんなこと言われると」
「ニヤニヤしてねえで行くぞ。喉渇いてんだよ」
「はーい」
 二人揃って教室を出る。
 廊下に出てすぐ、遠くで銃声が響いていることがわかった。数はそう多くはない。中小規模『派閥』同士の小競り合いか何かだろう。ご苦労なことだ、と君嶋は思う。
 今更にどう足掻いたところで中小規模勢力が『四大勢力』に追いつける訳はないし、そもそも追いつける器があったのであれば、すでにそいつ等は『四大勢力』に食い込んでいたはずである。そうなっていないということはつまり、いま聞こえているこの銃声は、脅威でも何でもない『派閥』同士の小競り合いに他ならないのだった。
 欠伸を噛み殺しながら、君嶋は廊下を歩いて行く。隣で高嶺が「友達から聞いた話なんですけどー」とどうでもいいことをずっと喋り続けている。平和である。まさに今が『戦争時間』であることなど忘れられるほど、平和であった。これからどのようにこの均衡が崩れて動き出すか、正直な話をすると読めてはいないが、それでも負ける気はしない。どんなことになろうとも、こうして廊下を悠然と歩く。それが、『東の君嶋』の在り方だ。
 背後から、大人数の気配が近づいて来たことには、すぐに気づいていた。が、君嶋も高嶺も、呼び止められるまで振り返りもしなかった。君嶋はぼんやりとした表情で歩き続け、高嶺は高嶺でまだ下らない話をぺちゃくちゃとうるさい。
 それは、『四大勢力』の中でも群を抜いて戦闘能力が高い『隊長』と『副隊長』が魅せる、圧倒的なまでの力があってこそ成せる業だった。
 唐突に響く声。
「――『東の君嶋』!」
 ここに来てようやく、君嶋は歩みを止め、高嶺は喋るのを止めた。
 振り返る。ざっと見渡して十人以上いる。二十人近くいるかもしれない。
 それでもなお、君嶋は特に変わらず、高嶺もまるで動揺していない。
「なんだ、お前等?」
 その声に答えるのは、先頭にいた男子生徒だった。
「我々はスクール水着の『派閥』――『スク水派』だ」
 その顔に、君嶋は見覚えがあった。確か二年の頃、一緒のクラスだったような気がする。だけど名前が思い出せない。誰だっけ。普段から名前を憶えることはあまり得意ではないため、特に親しい訳でもない奴の名前など憶えているはずがない。だけど気になる。何だっけ。なんか変な名前だったような気がするけど、どうしても思い出せない。
 君嶋はもやもやした頭の中をそのままに、先の男ではなく、高嶺に問う。
「おい高嶺。こいつ誰だ?」
 高嶺は瞬時に、
「『スク水派』の『隊長』の斉藤武さんです。『隊長』と同じ三年生です」
 ああそうだった、と君嶋は思う。
 しかし全然珍しい名前じゃなかった。おかしいな。
「で? その『スク水派』の『隊長』が、おれ等に何の用だ?」
 斉藤はその場で膝を着く。
 そうして紡がれるのは、君嶋の予想通りの言葉だった。
「我等『スク水派』は、『ニーソ派』と同盟を結びたいと考えている」
 ふむ、と君嶋はその場で腕を組む。
 まず、同盟を組むにあたり、最大のルールがある。それは、その『派閥』同士が合わさった時、そこに『萌え』が生まれるか否か、である。『ニーソ派』と『メイド派』が同盟を結ぶ際には、その条件を完璧に満たしていた。つまりは、『メイド=ニーソ』の図式が成り立ち、なおかつそこに『萌え』があったのだ。そこに『萌え』がない限り、同盟は結んではならない。それは、この『戦争』のルールである。
 では、『ニーソ』と『スク水』が合わさるかどうかを考える。一見すれば、それが合わさることなど考え難く、ミスマッチも甚だしい。が、もっと思慮を深くしてみればどうだろうか。ミスマッチであるがしかし、その姿を想像した際、何か言い知れない感情を感じないだろうか。『ニーソ』と『スク水』が合わさった時、そこには『萌え』が存在するのではないのか。
 なるほど。言われてみればそうだ。『ニーソ+スク水=萌え』は、なかなかどうして、成立するではないか。
 ふっと君嶋は表情を緩めた。
「話はわかった。確かにニーソとスク水は合う。それは認めよう」
 おおっ、と斉藤の顔が輝く。
「さすが君嶋君だ! わかってくれるか! そうだ、そうだろう! スク水は一見すればそれだけで完成された形ではある、あるがしかし! そこにニーソが合わされば神をも超える! 君ならわかってくれると信じていた! ならば早速同盟を、」
「――が。それは、白ニーソだけじゃねえか?」
 君嶋は、悪魔のように笑う。
 斉藤の言葉が止まり、君嶋は追い討ちを掛ける、
「残念だったな。おれは、黒ニーソ派なんだよ」
 それまで明るかった斉藤が急に俯き、そして数秒間はそのまま沈黙していた。
 やがてぶつぶつと何事かをつぶやき、唐突に顔を上げた。先ほどまでの輝く顔はそこにはなく、真っ直ぐに君嶋を、『敵』として見つめる眼をしていた。その眼を見て、君嶋は思った。
 ほう。良い眼するじゃねえか。
 斉藤は立ち上がる。
「……君ならわかってくれると信じていたが、ぼくが間違っていたようだ。ならば仕方がない。ここで我等『スク水派』は、『ニーソ派』を支配下に置かせてもらおう。――戦闘準備!」
 それまで微動だにしなかった後ろの連中が、斉藤の振り上げられた手と同時に活動を開始した。
 全員が全員、あっという間に武装を施した。マシンガンだったりハンドガンだったり、それぞれが自前の武器を取り出し、その銃口が何の躊躇いもなく、君嶋と高嶺を捉える。斉藤の合図があれば、その瞬間に彼らは引き金を引くだろう。ここで『東の君嶋』の首を取れれば、『四大勢力』の一角として食い込める。それどころか、一気に頂点を取れるかもしれない。おまけにこの場にいるのは、『隊長』と『副隊長』だけである。護衛を付けていないことは、『スク水派』にしては好都合だった。
 斉藤は手を上げたまま、余裕の表情で笑う。
「ぼくの勝ちだ君嶋君。護衛を付けていなかったその余裕が君たちの敗因だ。ぼくの采配ひとつで、君たちはここで戦死するだろう。だがぼくも鬼じゃあない。何も君たちを武力で抑えつけるつもりはない。同盟を組むというのであれば、君たちを」
「ごちゃごちゃうるせえなてめえ」
 君嶋が、たった一言だけ、そう言った。
 それだけで黙った斉藤が見つめるその先で、君嶋が再び、悪魔のように笑う。
「何か勘違いしてねえかお前。おれはな、護衛を付けてないんじゃねえ。付ける必要がねえんだよ」
 気圧された斉藤が、しかし口を開く、
「どう、いう意味だい……?」
 それには答えず、君嶋はそれまで横で黙っていた高嶺を見下ろした。
 それに気づいた高嶺は、君嶋を見上げる。
 至って簡潔な会話であった。
「高嶺」
「はい」
「構わん」
「はい」
「殺せ」
「はい」
 よっこいしょ、と高嶺が機関銃を抜いた。制服のブラウスの下から。後ろ手に掴んで。
 どういう手品か、身の丈ほどもあるような機関銃を造作も無く引っ張り出し、高嶺は真っ向からそれを構えた。呆気に取られる『スク水派』に対し、高嶺は微笑んだ。恐ろしく可愛い笑みであった。まるで天使のような笑みをそのままに、高嶺は何の躊躇いもなく、機関銃のトリガーを引き絞った。
 銃口から吹く火花と轟音が響く中、硝煙が辺りに立ち込めていく。瞬時に廊下へと広がる赤い液体。蹂躙。虐殺。そのような言葉が当てはまるほど、圧倒的な光景だった。
 成す術はなかったはずである。悲鳴を上げて次々と倒れて行く部下を背後に、斉藤は状況を飲み込めず、振り上げた手を戻すことも忘れて、ただその場に突っ立っていた。
 気づいた時には、かつて『スク水派』であった者たちは皆、斉藤だけを残して、赤い液体が広がる廊下に這い蹲っていた。
 もはや斉藤の言葉は聞けないであろう。現実に追いついて来ていない。
 そんな斉藤に一歩を踏み出し、君嶋は自らの武器を抜いた。恐ろしいほど銃口が大きいリボルバーの拳銃であった。
 その銃口が、斉藤の額に添えられる。
「ええっと。あれ。誰だっけお前……? まぁいい。憶えとけ。数に頼ってる内は、それは本当の『萌え』じゃねえ。自らの信念を貫き通し、一人でも叫び続けるそれこそが『萌え』だ。数だけで信念を通そうとするてめえなんぞに、おれが負ける訳ねえだろうが。……憶えとけよ、青二才」
 引き金が引き絞られる。巨大な銃声が木霊する。
 その場に倒れた斉藤をそのままに、君嶋はリボルバーをしまった。その頃にはすでに高嶺も機関銃をしまっていて、二人揃って視線を合わせる。そうして出るは、特に何でもない会話。
「おい。さらに喉渇いた。早く行くぞ」
「はいはい。行きましょう」
 『ニーソ派』の『隊長』と『副隊長』が揃って歩き出す。
 その途中、校内にチャイムの音が響いた。
 それは、『戦争時間』が終わったことを合図するチャイムだった。
 『北の鳴海』に続き、『東の君嶋』も、これで勢力を拡大したことになる。



     「戦争制定編」



 神宮路彼方が全校生徒に向けて配布した手帳の名を、「戦争制定帳」と言う。
 それには神宮路彼方と生徒会で制定に制定を重ね、とっとと始めたい気持ちを必至に我慢し、『三時間目の戦争宣誓』から一ヶ月もの時間を掛けて完成させた、この『戦争』におけるすべてのルールが記載されている。
 大きさや分厚さは、都筑高校の生徒手帳とほとんど変わらない。そうなるように押さえ込んだのである。すべてを書き列ねたらきっと、辞書くらいの大きさになってしまうだろう。
 そのルールを大雑把に説明すると、次のようになる。
 1.『戦争』を行える時間については、放課後のチャイムが鳴ってからの二時間とする。
 2.『戦争』で敗北した『派閥』は、絶対忠誠の下、屈した『派閥』に加入しなければならない。
 3.『戦争』で使える武器は、生徒会が認めたもの以外、使用不可とする。
 4.『戦争』にてペイント液を浴びた場所が急所であれば「即死」、急所以外であれば「負傷」と判断する。
 5.『派閥』においては、二人以上賛同者がいた場合、設立可能とする。
 6.『派閥』では『隊長』並びに『副隊長』を任命し、生徒会に申請しなければならない。
 7.『隊長』並びに『副隊長』を変更する場合は、生徒会に申請しなければならない。
 8.『派閥戦争』にて敗北の条件は、『隊長』並びに『副隊長』の両名が「戦死」した場合とする。
 9.『戦争』にて敗北する以外に、『派閥』の加入変更は認められない。
 10.その他質問があれば生徒会へ相談する。
 簡潔にまとめると、このようになる。
 そして「戦争制定帳」に記載してある事項を破った場合、即刻「退場」処分となる。「戦死」ではなく「退場」の場合、もう二度とこの『戦争』には復帰できない。「戦死」であれば自らが属する『派閥』が『戦争』で勝利、あるいは敗北するまで「戦線離脱」となるが、『戦争』に勝利すれば元の『派閥』にて『兵士』として復活ができ、逆に『隊長』並びに『副隊長』が「戦死」して敗北した場合は、別『派閥』にて絶対忠誠の下、『兵士』として復活することが可能なのである。だが「退場」処分となった場合、もう二度とのこの『戦争』には帰って来れないのだ。
 「退場」処分となった者は、それなりの数に達する。その者たちが皆、後悔している。これほどまでに楽しい『戦争』に参加できなくなってしまったのだということに、皆が退場してから気づくのだ。その声が大きければ大きいほど、『戦争』に参加中の面々はますますルールに準拠するようになり、それはまさに神宮路彼方と生徒会の思惑通りだと言えた。
 この件に関して言えば学校側、つまりは教師などが黙っているはずがなかったのだが、そこは神宮路財閥のご令嬢である、金の力でどうとでも黙らせることができたのだった。おまけにこの『戦争』に乗り気の教師も多数いて、生徒に混じって『隊長』や『副隊長』に出馬する奴も現れ、果てには『隊長』『副隊長』の地位の生徒に『兵士』として扱われている教師までいる。
 神宮路彼方がもたらした放課後の二時間。それは、ある種の楽園の時間だったのだ。
 教師や生徒、上級生や下級生など関係なく、そこに存在するのは己が貫き通す『萌え』へ対する想いと、確固たる信念の強さのみ。それが唯一絶対の力となり、権力となり、そして軍事力となる。
 傍から見れば、この『戦争』は馬鹿のすることだと思われるだろう。だが考えて欲しい。その中にいる、人間の気持ちを。高校生にもなって、このような遊びを本気でやる、その開放感を。恥もプライドも投げ捨て、何もかも曝け出して本音でぶつかって遊べるこの高揚を。子供のような純粋さに、大人の財力が加わったその時、発生するものは何なのか。楽しさ以外に、ある訳がないのだ。
 いま、この学校は『戦争時間』を中心に回っていると言っても過言ではない。
 だからこそ、放課後を告げるチャイムが鳴った瞬間、さっきまでHRを行っていたガヤガヤと騒がしかった教室が突如として静まり返り、恐ろしいまでの緊張感が漂うのも無理はないのだった。
 ルールとして、放課後の二時間以外、『派閥』としての活動は絶対に禁止されている。そしてその二時間、つまりは『戦争時間』で起こったことは、次の『戦争時間』が訪れるまで絶対に口に出してはならないし、考えてもならない。それが、絶対に守らなければならないルールだ。
 よって、ついさっきまで肩を組んで「おれらは親友だぜ!」と互いに笑い合っていた男子生徒たちや、手を叩いてまで笑い話を繰り広げていた数人の女子生徒が、放課後のチャイムが鳴った瞬間に相手から瞬時に離脱し、気弱な生徒が見たらそれだけで小便をちびりそうなほど鋭い目つきで睨み合い、ゆっくりと自らの『派閥』の本拠地へ向かうのも、当然の光景なのだった。
 放課後のチャイムが鳴ってからの十分は『準備時間』となっていて、その間に各『派閥』の拠点となっている場所に向かい、準備を行う。準備としては、『派閥』の作戦会議や自らの武器の手入れなどが該当する。武器の手入れに関してだが、生徒会から手渡される武器は様々で、古今のありとあらゆる武器が取り揃えられている。基本的には『戦争』で有利な銃が多いが、中には刀や手裏剣、果てにはトンファーまで使う猛者まで存在する。
 そしてその武器にはすべて、赤いペイント液が仕込んである。銃ならば弾がペイント弾になっており、着弾した瞬間に弾は弾けてペイント液が炸裂して銃痕となる。刀なら刃に仕掛けがしてあって、何かを切るとそこから赤いペイントが滲み、切り痕となるのだった。そのような高度な物や仕掛けを一ヶ月で完璧に用意するあたり、神宮路財閥様々と言えるであろう。
 そして今日もまた、『準備時間』が過ぎ去り、『戦争時間』へと移行する時を、『戦争』に参加している者たちは今か今かと待ち侘びている。



     「西の猫耳派編」



 一人目は、ケツに薔薇が一本、刺さった状態で発見された。
『もうすぐ三年五組がある三階へ到着します。どうぞ』という声を最後に、トランシーバーからの音声は途絶え、それから一時間経過しても連絡がなかったことから捜索隊を派遣したところ、三階へ向かうための階段の踊り場で、両手両足を縄でぐるぐる巻きにされた状態でうつ伏せに固定された挙句、芋虫のようにケツだけが上に突き出されており、ズボンとトランクスが半分だけ脱がされた格好で発見され、そこには薔薇が一本だけ突き刺さっていた。
 二人目は、ケツに薔薇が二本、刺さった状態で発見された。
『もうすぐ三年五組に到着します。ただし先にトイレへ行きます。どうぞ』という声を最後に、トランシーバーからの音声は途絶え、それから一時間経過しても連絡がなかったことから捜索隊を派遣したところ、三階の男子便所の掃除用具入れの中から、両手両足を縄でぐるぐる巻きにされた状態で下半身を丸出しにされた挙句、天井から吊り下げられた格好で発見され、そのケツには薔薇が二本だけ突き刺さっていた。
 三人目は、ケツに薔薇の花束が丸ごと、刺さった状態で発見された。
『いけます。三年五組の教室内部を確認できます。――ッ!? これはビッガ―――ブツッ』という音を最後に、トランシーバーからの音声は完全に途絶え、それから一時間経過しても連絡がなかったことから捜索隊を派遣したところ、校庭のど真ん中に、十字の木の板に正面から全裸で磔にされた状態で発見され、無残にも薔薇の花束がケツに丸ごと突き刺さっていた。
 三人に共通していることが、三つある。
 一つ。その三名全員が、『BL派』の動向を探っていたということ。これは命令として、詳細が不明である『BL派』の実態を掴むべく、スパイとして彼等を送り込んだのである。しかし誰一人としてその実態を掴めないまま、無残にも捕まり、抵抗虚しく拷問された挙句に辱めを受けた状態で発見された。
 二つ。三名全員が、「戦死」していないということ。おそらくは『BL派』に捕まったはずだったのだがしかし、なぜか全員、「戦死」していないのである。どこにも赤いペイント液は見当たらなかった。最後の一人は少々の赤に染まってはいたが、あれは本当の血であるため、「戦死」にはならない。どういう意図で捕まえた捕虜を殺さなかったのか、その意図がまるで理解できなかった。
 三つ。意識を取り戻した全員が、何も語らずにただ、「この『戦争』を降りる」と言い出した。最初は必死に止めたのだが、「お前にわかるっていうのかよこのケツの痛みがッ!!」と一括されたことにより、それ以上、追求できなかった。貴重な戦力を失ったことは我が『派閥』として損害は大きく、それ以降、同様の事態を恐れて『BL派』には手出しができなくなっていたのだった。
 そんな折に、『北の鳴海』に続いて、『東の君嶋』まで勢力を拡大したという知らせを聞いた。
 焦りだけが日増しに強くなっていく中、一通の手紙が届いた。『BL派』からだった。
 その手紙を読んだ時、脳の血管がはちきれそうになった。
 それは、『BL派』から送られてきた、「同盟同意書」であり、同盟を組むにあたっての条件が書かれていた。
 次のように書いてあった。
「1.無条件でこちらの傘下に着くこと。
 2.今後こちらの命令には絶対服従のこと。
 3.そちらで最高の美男子を二名、こちらに引き渡すこと」
 ここまで好き勝手言われて、黙っていられるはずが、なかった。
 西の『猫耳派』の『西の大杉』こと大杉隆一(おおすぎりゅういち)は、その手紙を破り捨てた後、全隊員を本拠地である校庭裏に集めた。百人は超えるであろう『西の大杉』の部隊はあっという間に集合し、校庭裏を覆い尽くしてしまった。そんな中、大杉は『副隊長』である森沢小太郎(もりさわこたろう)から拡声器を受け取り、大きく深呼吸をした。
 大杉は静かに、こう言った。
「――おれはこれから、『BL派』を潰しに行こうと思ってる」
 集まった『猫耳派』の隊員から、動揺の声が上がる。それもそうだろう。いくら『四大勢力』と言えども、迂闊に『BL派』へ攻め込んだらどうなるのか。そんなこと、わかり切っているのだ。上手く行けば勝てるであろう。しかし下手をすればその場で食われる。勝敗はどちらに転ぶのか、まったくわからないのである。だからこそ、禁忌となっていたはずだ。その意味を、『隊長』である大杉が理解していないはずはない。それ故に上がる、同胞からの動揺の声だった。
 それを真っ向から受け、大杉は拳を握る。
「お前等の言いたいことはわかる。だが、こっちは三名、奴等の餌食になった。……この意味がわかるか? あいつ等は皆、辱めを受けた挙句、心に大きな傷を負ったんだ。そんなことを許していいのか? ――否ッ! 許せるはずなんてねえだろうが!」
 拡声器を握り締める、
「いいかお前等、それだけじゃねえ。あいつ等は同盟を組む代わりに、おれ等が奴等の言い成りになり、なおかつ、……イケメンを二人、生贄にしろって要求して来やがった」
 ごくり、と隊員が息を飲む音がはっきりと伝わって来る。
 隊員の言いたいことはわかる。『BL派』からの提案を呑み、条件を満たせばきっと、『四大勢力』の一角を手にした『BL派』は真っ先に『北の鳴海』を潰しに掛かり、果てには『東の君嶋』と『南の遠野』までも血祭りに上げるであろう。それは、我等『猫耳派』が成し得たかった悲願でもある。
 が、そうなるにはまず、『BL派』には絶対服従と、隊員を二人差し出さねばならないという条件を満たさなければならない。そうなった時、差し出された二人はどうなるというのだろう。こう言っては何だが、捕虜として捕まって辱めを受けたあの三人は、お世辞でもイケメンではなかった。しかし今回要求されているのはイケメンだ。『BL派』にイケメン二人を同時に渡せばどうなるのか。想像するだけで身の毛がよだつ。そして仲間を犠牲にしてまで、そんなことをしてまで、得たいものがあるのだろうか。そんな犠牲を払ってまで、成し得たいことがあるというのだろうか。――否。断じて、否。
 拡声器に向かって、大杉は力の限り叫んだ。
「――だからこそだッ! ここまで舐められて黙ってられっかッ!! 仲間を犠牲にした上に成り立つ栄光になど意味はねえッ!! 我等が目指す最強の『萌え』それ即ち猫耳ッ!! お前等全員、猫耳に誓えッ!! 猫耳が最強の『萌え』として証明するのは我等が拳ッ!! 例えこの身砕けようともッ!! 例えケツに薔薇を突っ込まれようともッ!! 必ずッ!! 必ず『BL派』を落とすぞテメエ等ぁあッ!! 野郎共ッ!! ――『戦争』、開始だァアッッッッ!!」
 地を揺るがすような大声援が巻き起こる。各自が己が武器を天高くに翳し、咆哮を上げる。
 それは一瞬にして校舎裏から吹き抜けて校舎全体のガラスをガタガタと揺らした。その勢いと共に歩き出した『猫耳派』の隊員は、真っ直ぐに「敵」がいるであろう校舎を見つめながら、実に整った動作で進軍していく。
 目指すは新校舎三階の一番奥、三年五組の教室である。そここそが『BL派』の本拠地。未だかつて、そこに足を踏み入れて無事に出て来た者はいない。だがしかし、怖気づいてはならない。そこに踏み込んで、根絶やしにするのだ。『四大勢力』の内の一角を舐めたことを、死ぬほど後悔させてやらなければ、この怒涛の進軍は止まらない。
 大杉はそんな光景を見つめながら、ゆっくりと肩で息をしていた。
 その後ろから、『副隊長』の森沢は声を掛ける。
「……『隊長』。本当に、良かったんですか」
 大杉は振り返らなかった。
「当たり前だ小太郎。おれ等が立ち上げたこの『猫耳派』は、誰も裏切っちゃならねえ。誰も見捨てちゃならねえ。『BL派』如きなんぞに、絶対に潰させはしねえ」
 森沢は、ふっと表情を緩めた。
「変わらないね、隆ちゃん」
 そこで初めて、大杉は森沢を振り返る。
 ずっと昔から変わらない笑顔が、そこにある。森沢小太郎は、女の子のような華奢な身体に、本当に女の子のような顔立ちを持っていた。昔からそうだった。一緒に町を歩いていたりすると、必ず彼氏彼女に間違われたりするし、未だに森沢の下駄箱には、男からのラブレターなんてものが突っ込まれる。その度、森沢は泣きそうな顔で助けを求めて来るので、大杉は仕方がなくそういう輩から守っていたりする。昔から、そうだったのだ。
 もう森沢とは幼稚園時代からの付き合いだ。その頃からまったく変わらない関係である。女の子のような森沢は、昔からずっとそのことで苛められ続けて来た。そのようなことがある度、大杉はそいつ等をぶん殴って黙らせて来た。そのせいで謹慎になったことも多々ある。そういう時、森沢は泣きながら何度も「ごめん」と謝るのだった。
 事の発端は、そんな森沢があまりに泣くから、いつかにゲームセンターで取った猫耳のカチューシャを被せて馬鹿にしてやろうと思ったことから始まる。その時、猫耳カチューシャをつけて、泣きながらの上目使いでこちらを見て不思議そうな顔をする森沢に、大杉は言い知れぬ感情を抱いたのだった。それ以降、気づいたのだった。可愛い子がつける、その破壊力に。もこもことしたその猫耳が、超絶に可愛いことに。
 その思いの丈を、森沢にぶちまけた。すると案外森沢も満更ではなく、いつしか二人で猫耳について熱く語り合うようになっていた。ちなみに猫耳を被るのはもっぱら森沢の仕事であって、大杉自身は猫耳をつけることが大嫌いである。大嫌いというか、それは絶対にしないのだった。なぜなら可愛くない者が猫耳をつけるということは、猫耳に対する冒涜だと大杉は思っているからだ。
 そんな二人だけで語っていた猫耳談義だったが、あの日、『三時間目の戦争宣誓』から一ヶ月経ったあの日、神宮路彼方の声を受け、不思議と迷いなく、大杉と森沢は立ち上がったのだった。思いの他、猫耳が好きだという人間は多くいた。もちろん敵対勢力も多数いた。所謂獣耳の連中である。犬、羊、熊、兎、虎、ありとあらゆる獣耳の『派閥』があったがしかし、それらをすべて圧倒して統合し、大杉と森沢は『猫耳派』の『隊長』と『副隊長』になり、ついには『四大勢力』の一角にまで上り詰めたのだった。
 この『派閥』に対する思い入れは、ちっぽけなものじゃなかった。いつしかこの『派閥』は、大杉と森沢の、誇りとなっていたのだ。だからこそ、である。誇りを舐められて、黙っていられるはずがなかったのだ。『四大勢力』ならいざ知らず、『BL派』なんぞに遅れを取る訳にはいかない。『四大勢力』の力を、ここで見せてやらねばならないのだ。
 いつまでも手に持っていた拡声器を床に置き、大杉は深呼吸をした。
 その後、真っ直ぐに森沢を見据える。
「……小太郎」
 森沢は、大杉が言いたいことをわかっていたのだと思う。
 わかっていてなお、少しだけ笑って惚けてみせた。
「なに?」
 まったく、変わらねえなぁ、と大杉は思う。
 でも、そんな奴だからこそ、『副隊長』として側にいてくれて、良かった。
 そう言おうとして、しかし少しだけ恥ずかしくて、今度は大杉が惚けることにした。
「なんでもねえよ。それより、」
 森沢から視線を外す。
『猫耳派』が進軍して行った方から、銃声が聞こえていた。
「――おれ達も行くぞ。最前線で戦う」
 森沢は笑う、
「了解です、『隊長』!」


 戦況は熾烈を極めた。
 真っ向からこの『戦争』に打って出た『猫耳派』に対し、『BL派』はゲリラ戦を開始したのだった。各ルートから三年五組を目指して進軍して行った小隊が、ある瞬間を境に連絡が途絶える事態が急増した。連絡が途絶えた小隊の内、イケメンではない男の隊員は廊下の隅だったり校庭の隅だったりにまとめて捨てられていて、全員がケツに薔薇を突っ込まれていた。しかし小隊の中のイケメン隊員や女の隊員はすべて姿が見当たらず、恐らくは『BL派』に連れ去れたものだと思われる。
 次々と数が減っていく『猫耳派』であったが、そんな程度で怯む訳はなかった。大杉を含め、そこまで舐められて黙っていられる隊員など、この『派閥』にはいなかった。各ルートからの進行を諦め、一点集中突破に切替えた。先頭を大杉が走り抜けることで被害を最小限に抑えつつ、徐々に姿を現し始めた『BL派』の面々を、一人ずつ確実に射殺していった。
 そこでわかったことがある。正体不明とされていた『BL派』は、隊員が全員、女子生徒で構成されていた。普段教室で見かける地味な女の子もいれば、学年トップ5には入るであろう程の可愛い子もいた。彼女等もまた、本音を曝け出した結果だったのだろう。心の奥底で燻っていた感情が爆発した後、彼女等はきっと自ら『BL派』に加入したのだと思う。それに対して、軽蔑などするはずがなかった。なぜなら大杉もまた、同じ心境だからだ。この『戦争』は、そういうものであるからだ。この『戦争』は、互いの信念を貫き通すための、本当の『戦争』なのだから。
 進軍を開始した段階では、百二十四人で構成されていた我等が『猫耳派』であったが、三年五組に到着する頃には三十七人にまで数が減っていた。ほぼ壊滅状態と言っても過言ではなかった。こんな時にもし、他の『四大勢力』がこの『戦争』に参戦して来たら、確実に負ける。が、今更後には退けなかった。ここまで来たからには、『BL派』を根絶やしにするしか道はないのだ。
 三年五組が見える位置まで来た所で、廊下の壁に身体を預け、大杉は背後を振り返る。兵力は減ってしまってはいるが、誰一人として、心は折れていない。前を見据えた我が部下達は皆、その眼に光を宿していた。順にメンバーの顔を見つめていき、最後にその視線は森沢に向けられた。森沢の眼もまた、死んでなどいない。
 本当に良い仲間達を持った、と大杉は笑った。おれ達が作ったこの派閥は、最高だぜ小太郎、と大杉は思った。
 制服の胸元からいつも欠かさず持っていた猫耳カチューシャを取り出し、ぶっきら棒に森沢の頭に被せる。
 ちょっとだけ驚いた顔をした森沢だったが、すぐに笑った。その笑みを真っ向から受け、大杉は言う。
「――聞けお前等。これが、最後だ」
 隊員が全員、大杉を見据えている。
「これより我等『猫耳派』は三年五組に進軍し、『BL派』を叩く。覚悟は、いいな?」
 全員の頷きを受けた後、大杉は自らのマシンガンのグリップを強く握り締めた。
 深呼吸を一つだけしてから、大声で叫んだ。
「行くぞお前等ァアアッ!!」
 あらん限りの声を上げ、廊下を蹴った。
 背後から続く咆哮を受け、更に加速していく。マシンガンのトリガーに指を置き、三年五組の扉に手を掛けて、一気に中へと雪崩れ込んだ。中にはもちろん『BL派』の面々が待機していた。数は『猫耳派』の残存兵とほぼ同じくらい。だがそんなこと、最初からわかり切っていた。待ち構えていることなど承知の上で突っ込んだのだ。こんな所で、退ける訳がないのだ。
 両軍からの一斉射撃が開始される。
 待ち伏せだろうが何だろうが、両軍共に数が互角前後であるのなら、『猫耳派』が負けるはずなどなかった。こっちをそこらの中小『派閥』と同じだと思うなよ。隊員人数はもちろんだが、その中でも一人一人の力が整ってこその『四大勢力』だ。数が互角であれば、負ける様子などあるはずがなかった。
 そしてその考えは正しかった。数人の犠牲は仕方がないとしても、教室が赤く染まる頃、そこに立っているのは十八人の『猫耳派』だけだった。
 肩で息をしながら、大杉は射殺した『BL派』を見渡す。やはり全員が女子生徒である。しかし、この違和感はなんだろうか。手応えが無さ過ぎる。あの禁忌とされていた『BL派』が、こんなに簡単に沈むものだろうか。いや、そんなはずがない。顔は知らないが、そもそもここには『隊長』と『副隊長』がいなかったのではないか。あの『BL派』の『隊長』と『副隊長』が、こんなに簡単にやられる訳なんて
 ガコッ、という音が天井から聞こえた。
 気づいた時には遅かった。
「――ッ!? 総員ッ! 退避ッ!!」
 そう叫びながら、すぐ後ろにいた森沢の手を引くだけで精一杯だった。
 天井から、ナパーム弾が落下した。
 ギリギリで教室から飛び出した刹那、ナパーム弾が床に着弾、刹那の瞬間に教室内を焼き払った。生き残っていた『猫耳派』の隊員の悲鳴が聞こえたのは、ほんの僅かな間だけだった。教室中のすべてが真っ赤に染まり、ナパーム弾はその場にいた者を無差別で焼き殺し尽くした。
 廊下の床に倒れ込み、大杉は拳を握る。
 最初からこうするつもりだったのかよ。『BL派』の残党が生きていようがいまいが、お構いなしで『猫耳派』を根絶やしにするつもりだったのだ。だから最初から、ここに『BL派』の『隊長』と『副隊長』はいなかった。迂闊過ぎた。いや、このような事態も想定はしていたが、頭に血が上り過ぎていた。こんな判断すらまともに出来なかったと言うのか。なぜもっと早くにナパーム弾の存在に気づけなかったのか。隊員をすべて皆殺しにされて、何が『隊長』だというのだろうか。
 己が不甲斐なさに歯を食い縛った瞬間、
「ぶふふふ。これで、貴方達もお終いね」
 そんな声が聞こえた。
 視線を上げる。そこに、大杉はジャミラスを見た。十年前、かの有名な戦隊物の特撮番組の中でも、歴代を通して『最も見た目の酷い敵キャラ』と名づけられて、今もなおその地位を不動にしている敵キャラ、それがジャミラスである。大杉は、目の前にそのジャミラスを見た。見たように錯覚した。
 覚えがある。身長154センチにして、体重はすでに三桁を突破した期待の新星怪物。今年入学した、一年の郷田とかいう女子生徒だ。全校生徒から「ジャミラス」というあだ名で幅広く知られており、生徒に対して「郷田佳奈美って知ってる?」と聞いて回ってもほとんどが首を振る中、「ジャミラスって知ってる?」と言えば、全員が笑顔で「ああジャミラスか!」と頷く、あの新星怪物が、そこにいた。
 こいつか、と大杉は思った。
 ゆっくりと立ち上がっていく。
「……お前が、『BL派』の『隊長』か……ッ!」
 ぶふふふ、と笑うジャミラスの周りから、ゆっくりと残りの『BL派』が展開して行く。
 こちらの戦力は、もはや大杉と森沢しか残っていない。対して『BL派』はジャミラスを入れて六人。六対二。絶対的不利には変わりない。しかし、だ。『四大勢力』の『隊長』と『副隊長』の力を、舐めてもらっては困る。ちょっとやそっとの実力で、『四大勢力』の『隊長』各が張れると思うなよ。上等である。これが、正真正銘の、最後の『戦争』だ。
 大杉がマシンガンをゆっくりと構えていく中で、ジャミラスは開いているかどうかさえ危うい目をさらに細める。
「ぶふふふ。なに貴方。あたし達とまだ戦うっていうの?」
 銃弾はまだある。六人を射殺するには、十分な程。
「当たり前だろうが。お前こそおれ等を舐めてんじゃねえぞ。六人いようが、関係ねえんだよ」
 ぶっふふふ、とジャミラスはなおも笑った。
「六人? 貴方、算数すら出来ないの?」
「あ? 何言ってんだお前?」
 背後を壁にして、目の前には『BL派』が六人。援軍など来る気配は、
 カチャッ、と。
 本当にそんな小さく静かな音を立てて、後頭部に銃口が押し当てられた。
 状況を理解できなかったのは、ほんの、一瞬だけだった。
 視線だけを背後に回す、
「――……小太郎ッ! お前……ッ!?」
 大杉の頭にハンドガンの銃口を突きつけ、森沢小太郎は、震える声を吐き出す。
「『隊長』……っ、ううん、隆ちゃん……ごめんっ、ぼく……っ!」
 大杉は拳を握った、
「馬鹿野郎が……ッ! こんなやつ等に洗脳されやがって……ッ!!」
 ぶっふっふっふ、とジャミラスは高らかに笑う。
「洗脳? 失礼なことを言う男ね。……可愛そうに。その人、ずっと貴方のことを想い続けてきたのよ? それなのに貴方はその気持ちに、ちっとも気づいていない。だからあたし達が、その子の気持ちを解放してあげたの。……さあ坊や。内に秘めた貴方の想いを、その男に打ち明けてやりなさい! この『戦争』では、信念さえあれば、そこに『萌え』さえあれば、何をしたって、何をやったって許されるっ! そういう『戦争』なのよ! さあッ! やりなさいっ!!」
 ジャミラスにまくし立てられた森沢が、ゆっくりと口を開く。
「隆ちゃん……ぼくは、……隆ちゃ――」
「もういいッ!」
 声を荒げて、一括した。その声に背後の森沢がビクッと身体を震わすのが、はっきりとわかった。
 もう、いいのだ。白状する。言いたいことは、わかっていた。
 だからこそ。――だからこそ、無念はあるが、森沢小太郎に殺されるのであれば、それは納得できた。
 手に持っていたマシンガンをその場に投げ捨てる。無機質な音を立てて廊下を転がったマシンガンから視線を外し、大杉は笑った。
「……いいよ。殺せ小太郎。それが、お前の選んだ道なんだろう? だったらおれは、お前を信じる。……辛い思いをさせてたんだな。悪かった。……じゃあな、小太郎」
 大杉が目を閉じたその刹那、自らの名を呼ぶ森沢の震える声を最後に、渇いた銃声と共にその場に倒れた。
 『隊長』を射殺した『副隊長』が、突き出したハンドガンをそのままに、無表情で虚空を見つめている。やがてその瞳から大粒の涙が流れ出し、ハンドガンが廊下に取り落とされ、崩れ落ちるように膝を着き、森沢小太郎が大声を上げて泣いた。
 その泣き声を、本当に嬉しそうに聞いていた『BL派』の『隊長』であるジャミラスが一歩を踏み出す。
 その手に、森沢が取り落としたハンドガンを拾い上げ、銃口を俯く頭に突きつける。
「ご苦労様。なんて微笑ましい光景。これこそ愛。本当の、愛だわ。……泣くことはないのよ坊や。これで貴方も、こっち側へ来れる。そうすれば貴方は、もう何も苦しまなくていいの。だから、」
 ジャミラスの指がトリガーに置かれる、
「今は大人しく、死になさい」
 トリガーが引き絞られるその刹那の一秒、
 それまで倒れていた大杉が突如として飛び跳ね、その反動を利用してジャミラスの銃を握る手を一気に蹴り上げた。銃声が木霊し、天井に赤いペイント弾が着弾する。
 状況を理解する暇は、与えない。そのまま大杉は起き上がり、ジャミラスの背後に回り込んで首に手を回した。肉厚の抵抗を力任せに捻じ曲げ、ジャミラスの恐ろしいまでの巨体を盾にして、大杉は廊下に背中をつけた。
 そして、ポケットから最後の武器を取り出した。
 手榴弾であった。
「――全員動くなッ!!」
 『BL派』が状況を理解した時にはすべてが終わっていた。
 首を絞められているジャミラスがぶぼぼっと声を漏らし、
「貴方……ッ! 戦死者が動くなんて、ルール違反……ッ!」
 大杉は、不適に笑ってみせた。
「おれがいつ、ペイント弾を浴びたよ? 小太郎が撃ったあれ。――あれは、空砲だ」
「な……ッ!」
 撃たれた瞬間に気づいたのだ。
 森沢が撃った銃からは、何も出ていなかった。
 大杉は、手榴弾のピンを口元に持っていく。
「いいかお前等。人の感情を踏み躙って、無事でいられると思うなよ……ッ!!」
 その行動に気づいたジャミラスが声を荒げる、
「待ちっ、待ちなさいっ! そ、そんなことをしたら貴方だって、……貴方だって無事では済まないわよ……!?」
「覚悟の、上だ」
 そうして大杉は、未だに俯く小太郎に視線を向けた。
「……小太郎」
 その声に、森沢は涙で濡れた顔を上げた。
 その瞳は、あの時と同じだった。あの日、大杉が猫耳に目覚めたあの時と同じ瞳を、森沢はしていた。心の奥底では、わかっていたのかもしれない。あの日、自分がときめいた感情は果たして、本当に猫耳だったのだろうか。いや、猫耳は可愛い。それは今でも本気で思っている。だがしかし、あの時のあの瞬間に思った感情の中にあったのは、猫耳だけではなかったのではないだろうか。
 森沢小太郎だったからこそ、可愛いと、そう思ったんじゃないのか。
 心の奥底では理解していたはずだった。だけど理性でねじ伏せてきた。それは、歩んではならない道だと思ったからだ。それは間違っている道だと、そう思ったからだ。だけど。だけどこの『戦争』は、そういう想いを全部曝け出してこそ、強くなれるのではなかったのか。自分の想いに偽りや疑いを持ったまま、強くいられる訳なんて、なかったのだ。
 『四大勢力』の中で正直、『西の大杉』が、一番弱かった。そのことに憤りを感じていたが、長い道のりを経て、理解した。この『派閥』が『四大勢力』の中で一番弱かったその本当の理由が今、ようやくわかった。『隊長』と『副隊長』が、こうもバラバラだったのだ。それで本当に強い『派閥』になんて、なれる訳がなかったのだ。そのことに、ようやく納得できた。
 もしかしたら、もっと素直に気持ちを打ち明けていたのであれば、大杉と森沢は、『猫耳派』ではなく――
 大杉は、晴れた顔をして笑う。
「小太郎。お前の気持ちに、すぐに応えてやれるかどうかはわからない。ただ、……嬉しかった。ありがとう」
「隆ちゃん……」
「次があれば、今度は……もっと、素直になるよ」
 森沢が、涙に濡れた瞳をそのままに、本当に嬉しそうに笑った。
 腕の中でもがき続けるジャミラスの首を、いま一度強く固定し、大杉隆一は、本当に楽しそうに笑い返す。
 意地を見せてやる。これが、『猫耳派』から揺らいでしまった『隊長』と『副隊長』がつける、ケジメだ。
 解き放たれた想いは、本当の強さに変わる。
 手榴弾のピンを、歯で抜き取った。
「――来世で会おうぜ、小太郎ッ!!」
「待ちなさいッ! やめ――」
 廊下に、巨大な一輪の薔薇が、咲き誇る。

 その日、『四大勢力』の内の一角、『猫耳派』が、落ちた。



     「南のメイド派編 上」



 薄暗い教室の中、プロジェクターからスクリーンに映し出された映像を見ながら、南の『メイド派』の『南の遠野』こと遠野卓(とおのすぐる)は、口元を歪ませる。
『――来世で会おうぜ、小太郎ッ!!』
 それは、あの西の『猫耳派』の『西の大杉』が散って逝った瞬間の映像であった。
 計画していたとは言え、まさかここまで思惑通りに事が運んでくれるとは思っていなかった。ここまで来るともやは笑う以外にはあるまい。
 予定としては、どちらかが生き残ったその瞬間を見計らい、『メイド派』の戦力で一気に勝ち星を挙げた『派閥』の『隊長』並びに『副隊長』を叩き潰し、すべての計画を実行に移すつもりだったのだが、両方とも潰れるとは嬉しい誤算であった。もはやそんなまどろっこしいことをせずとも良くなったのだ。
 結果的には嬉しい誤算であったが、そのような誤算が起きたことに関しても、遠野の根回しが大きかったのは言うまでもない。
 水面下の情報戦ですでに、遠野は両『派閥』を完全に出し抜いていたのだった。あらゆる手段を用いて実態が不明とされていた『BL派』の詳細を掴み、『隊長』があのジャミラスであることも、『派閥』構成人数も、薔薇をいつも買っている花屋のことまでも、すべて調べ尽くしていた。『西の大杉』についても同じであった。
 故に、策を練った。
 どうすれば二つの邪魔な『派閥』を効率良く消し去ることができるのか。実に簡単な結論である。両『派閥』に『戦争』をさせればいいのだ。幸にして『西の大杉』は『BL派』を狙っていたし、『BL派』としても森沢小太郎の想いをジャミラスに伝えれば、必ず動くと予測するのは難しくなかった。そして結果は、案の定だった。綺麗に両『派閥』が潰し合い、『隊長』と『副隊長』がまとめて爆死してくれた。両『派閥』とも、これでこの『戦争』からは「戦線離脱」である。
 邪魔者はいなくなった、と遠野は思う。
 残る勢力としては、『四大勢力』の『東の君嶋』、『南の遠野』、『北の鳴海』、そしてまだ残存している中小合わせて二十四の『派閥』である。中小『派閥』に関しては、さほど問題ではない。そこでトップクラスであった『BL派』はすでに消え失せた。『BL派』と『戦争』を行った場合、相手にまともな理性が効くとは思っていなかったため直接対決はしたくなかった。が、『西の大杉』が道づれにしてくれた今、もはや中小『派閥』の脅威はなくなり、『メイド派』の力を持ってすれば、一掃することなど赤子の手を捻るより造作もないことであった。
 中小は問題ではない。では何が問題なのか。それは、仲間内にあったのだった。
 そう。問題があるとすれば、それは『東の君嶋』だけである。
 『ニーソ派』と同盟を組んでいるとは言え、遠野に言わせれば、『北の鳴海』より遥かに厄介な相手なのは、同盟を組んでいるはずの『東の君嶋』であった。
 おそらく、今現在残存している『派閥』の『隊長』のみが総当りでぶつかった場合、生き残るのはまず間違いなく、君嶋義和であろう。あれの個人戦闘能力は常軌を逸している。それは『副隊長』も同じだった。『副隊長』の中でもまず間違いなく、最強は『ニーソ派』の高嶺香織だった。
 東の『ニーソ派』は、『四大勢力』の中で最も『派閥』構成人数が少ない。だが、最も『派閥』としての戦闘能力が高いのは、その『ニーソ派』であった。『隊長』並びに『副隊長』が群を抜いて強く、なおかつ高嶺の下に就いている、たかが十名から成る『縞々ニーソ隊』は、下手をすればそれだけで中小『派閥』如きであれば真っ向からぶつかり合うことすら可能なほどの個人能力を兼ね揃えていた。だからこそ、厄介なのは残存している中小『派閥』や『北の鳴海』ではなく、『東の君嶋』だと遠野は考えている。
 しかし、これはあくまで『戦争』である。個人能力だけを見れば、おそらく『ニーソ派』が最強である。が、統率力や戦術を欠いて勝てるほど、この『戦争』は甘くない。圧倒的な兵力と、統率された指揮があれば、突っ込んで戦うだけの獰猛な獣を落とすことはそう難しい話ではないのだ。ただ、それには周到な用意が必要なのである。その用意を整えるまでに猛獣に暴れられたら手に負えない。だからこそ、『ニーソ派』とは同盟を組んだのだ。
 用意が整えば、すぐにでも『東の君嶋』を潰し、一気に『北の鳴海』へと進軍を開始する。そうして、最強はこの『メイド派』である、『南の遠野』だと証明するのだ。その狼煙として、手を下さずして『四大勢力』の一角、『西の大杉』を落とすことに成功した。頃合であろう。そろそろ、天下統一をこの手に掴んでも、良い頃だ。
 遠野が己が拳を握り締めたその時、教室のドアが開いて、薄暗い室内に灯りが射し込む。
 素晴らしいタイミングだ、と遠野は思う。
 手元にあったリモコンのスイッチを押すと同時にプロジェクターの電源が落ち、代わりに室内の蛍光灯が灯った。先ほどまでと変わらない体勢で椅子に座ったまま、両肘を机に着き、組んだ手で口元を隠しながら遠野は言った。
「よく来てくれましたね、君嶋先輩」
 教室内に足を踏み入れたのは、『ニーソ派』の『隊長』、君嶋義和であった。
 その横にはやはり、『副隊長』の高嶺香織もいた。
 君嶋は何の遠慮もなく室内を横切り、近場にあったソファにどかりと座り込み、目の前のテーブルに足を組んで置いた。
「――で? 何の用だ?」
 第一声がそれだった。
 その姿を見ながら、遠野は気づかれないように舌打ちをする。
 まったくもって、品の欠片もありはしない。獰猛な獣そのままだ。他の中小『派閥』の雑魚共なら、それだけで怖気づくであろう威圧感をひしひしと感じる。下手なことを言おうものなら今すぐにでも喉元に食いついてきそうである。こんな野蛮な者と同盟を組んでいるということは、正直な話、『メイド派』にとっても汚点でしかないがしかし、ここで暴れられたらすべてが水の泡だ。この場で君嶋と高嶺に本気で暴れられたら最後、おそらくこの『戦争』に参加している人間で止められる奴など、いるはずがなかった。
 遠野は心の内を悟られないように、君嶋を見つめながら静かに話を切り出す。
「知っての通り、『西の大杉』が落ちました。これで『四大勢力』は崩れ、今まで保たれていた均衡も崩れるでしょう。残す勢力としては」
 ガンッ!、と机が力任せに蹴られる。
 その音に君嶋の横に立っていた高嶺がびくっと身体を震わし、「なんですか『隊長』、びっくりするじゃないですかー」と頬を膨らませる。
 君嶋は、真っ直ぐに遠野を見据える。
「言葉遊びしに来たんじゃねえんだ。用件は何だ。それだけ話せ」
 獰猛なその眼を真っ直ぐに見据え返し、遠野は小細工をすることを止めた。
 この男を相手に、それは意味を成さない。
 小さく息を吐く。
「……ぼくはこれより、残っている中小『派閥』を一掃しようと考えています」
 君嶋は何も言わない、遠野は続ける、
「『四大勢力』が崩れた今、絶対有利な位置にいるのは、同盟を組んでいるぼくたちです。しかしそれを危惧されて、『北の鳴海』が動いて他の中小『派閥』を傘下に入れたら厄介。故にぼくは、その可能性を潰すために中小『派閥』を一掃し、ぼくたち同盟の傘下に入れて『北の鳴海』を完全に包囲します。そのことをお伝えしようと思い、貴方に来て頂いたのです」
 さあどう出る『東の君嶋』、と遠野が思ったその時、
「あのー」
 高嶺が声を上げた。
 高嶺は「んー」と唇に指を当てながら、
「それってつまり、同盟というよりは、『メイド派』の傘下に入れるってことじゃないですか?」
 惚けた顔をしてそれを聞いてくる高嶺を見つめ、遠野は小さなため息を吐く。
 まったくもって、本当に厄介だ。惚けた顔をして、全部お見通しという訳か。君嶋だけなら小細工なしで丸め込めると思っていたが、やはり高嶺はそうは行かないらしい。腕が立つに加えて思慮まである。これほどの人材がなぜ『副隊長』如きで納まっているのかがわからない。それほどまでに君嶋を慕っているのか、あるいはそれ以上の何かが君嶋にはあるのか。考えた通りだ。『北の鳴海』より、問題は『東の君嶋』だった。
 遠野は表情を崩さなかった。
「正確にはそうなります。ですがもちろん、何もぼくたちだけでやると言っている訳ではありません。ぼくたちだけ勢力を拡大することが不安だと考えられるのであれば、そちらもこの計画に参加して頂き、互いに拡大し合えばいいと、ぼくは思っています。ですので、それらを踏まえた話し合いの場がここだと思っ」
「――必要ねえよ」
 それまで黙っていた君嶋の一声。
 言葉を止めた遠野から視線を外し、君嶋は立ち上がる。
「やりたいなら勝手にやってろ。止めはしねえし邪魔もしねえ。てめえ等が勢力を拡大しようがおれはどうでもいい」
 踵を返して歩き出しながら、
「だが、憶えておけよ遠野。おれの歩むべき道の前にお前が立ち塞がったら、おれは一切容赦しねえぞ。それでもおれの前に立ち塞がるっつーんならてめえ、そんときゃあ覚悟しろよ。少しでも気を抜いたら最後、……容赦なく、殺すぜ?」
 君嶋は、悪魔のように笑った。
 その笑い声を受け、遠野は君嶋の背中を見つめ、小さくつぶやく。
「……御忠告、ありがとうございます、先輩」
 そうして高嶺が君嶋の側まで走り寄りながら、一瞬だけこちらに視線を向けた。
 その時に見せた高嶺の、何の曇りもない笑顔が、まるで「忠告はしましたよー」と言っているような気がした。
 二人が去った教室内に残った遠野は一人、舌打ちをしつつ、大きなため息を吐いた。
 食えない連中だ、と遠野は思う。高嶺の笑顔の真意はわからない。ただ見たままで言うのであれば、本当にそのままなのであろう。忠告はしたぞ、それでも立ち塞がるのであれば容赦しない、同盟だろうが何だろうが関係なく殺す。強ち間違いではないはずである。あの二人であれば、本当にやってのけるはずだ。――が。
 断りは、入れた。一応の、同盟としての最低限の筋は通した。これ以降、『メイド派』は全勢力を持ってして、中小『派閥』を一掃する。それが完了した後に残っているのは『東の君嶋』、『北の鳴海』、そして兵力が倍近くまで膨れ上がった、『南の遠野』だけである。そうなってしまえば最後、もはや『東の君嶋』や『北の鳴海』の力を持ってしても止められはしない。気づいた時には手遅れになっていることに、君嶋と高嶺は最後まで気づけない。彼等の根本に根付く自信が裏目に出るのだ。これは、一対一の決闘ではないのだ。これは、『戦争』だ。圧倒的な兵力と、統率された指揮があって初めて、最強なのだ。
 小さく口元を歪ませた遠野の前に、ほのかに湯気の立つ紅茶のカップが置かれた。
 視線を上げたそこに、メイド服に身を包んだ女子生徒がいた。
 名前を赤崎茜(あかさきあかね)といい、『メイド派』の『副隊長』である。すらっとした身体つきにフランス人形のような顔立ち、少しだけ茶色に染めたカールを巻いている髪。ちょっとだけ吊り目になっているため高飛車のような印象を受けるが、そんな彼女がメイド服に身を包んでいる様は、実に似合っていると思う。ただし、『ニーソ派』と同盟を組んでいるはずだが、赤碕はニーソックスではなく、ハイソックスを穿いている。
 メイド服に合うのはハイソックスだと、遠野は思う。近頃では『メイド=ニーソ』などという訳のわからないイメージが定着化しつつあるが、そんなものは邪道だと考えている。邪道だと思っていてなお、メイドが最強の『萌え』であると証明するためには、『ニーソ派』と同盟を組む必要性があった。この同盟がなければ、この計画は実行できなかったはずである。だがそのためとは言え、自ら邪道を一時でも認めなければならないこの屈辱が、わかるだろうか。
 君嶋が個人的に嫌いだということもあるが、そういったこともまた、遠野が『ニーソ派』を嫌い、そして潰したい理由なのだった。
 目の前に置かれた紅茶に口をつけ、一口だけ飲む。
「……美味しい。さすがだね、茜」
 赤崎は、なぜか少しだけ悲しそうな表情をした後、一言だけ言葉を紡いだ。
「ありがとう」
 紅茶を机の上に戻し、遠野は一回だけ、深呼吸をする。
 そうして、その口をゆっくりと、開いた。
「……これより、ぼく等『メイド派』は、『冥土計画』を始動させる」



     「君嶋義和編」



 君嶋義和については、変な噂がある。
 いや、変というのは少々言い方が間違っているかもしれない。むしろそれは歴とした事実であって、もはや周知のことであるとは思う。もしそんなことが噂されていると知れば、並の神経の持ち主であれば不登校になってもおかしくはないがしかし、君嶋に関しては絶対にそうはならない。なぜならその噂の原因は、君嶋本人が流しているようなものだからだ。
 ではその噂とは何か。それは、「君嶋義和は、付き合う女の子には、必ずニーソックスを穿かせる」という、実に変態染みたものである。そして言い方を代えるとそれは、「君嶋義和は、ニーソックスを穿いていない女の子から告白されても、絶対に断る」になる。そんな噂という名の事実が平然と流れ、周りは全員知っていることであるのだが、それでも君嶋に対して想いを打ち明ける女子生徒が後を絶たないその理由は何なのか。
 君嶋義和は、半端に顔が良かった。そこら辺のアイドルに負けないくらいに、顔が良かった。そんな面を持っているせいで、変態染みた噂が流れていても女子生徒からの反応は案外普通で、それどころか逆に、「ニーソって可愛いよねっ」とか「女の子のファッションをわかってる義和君て素敵っ」なんていう黄色い声まで上がる始末だった。もちろん、それについて軽蔑を向ける女子生徒や、それらを疎ましく思う男子生徒も数多くいたのは当然のことであり、衝突も何度かあったはずである。しかし今もなお、君嶋が我が物顔で都筑高校にのさばっているのは、確たる理由があったのだった。
 君嶋義和は、やたらと喧嘩が強かった。ただひたすらに、喧嘩が強かった。「パンチングマシーンでどれくらい出せるの?」とかそういうレベルの話ではなく、しかし敢えてベクトルを合わせるのだとするのなら、パンチングマシーンの的を破壊するくらいに強い。実際、君嶋が入学したての頃、目立つのが理由で昼休みに先輩数名から呼び出しを食らったことがあったが、君嶋は昼休みが終わると同時に何も変わらずいつものように教室に戻って来て、その代わりに五時間目が始まるチャイムの音に乗って救急車のサイレンが聞こえたという事件は、もはや有名な話である。
 顔が良くて喧嘩も強い。それだけで、君嶋が女子生徒から告白される理由は十分であった。そして誰もが知っている噂であるからこそ、君嶋に告白する際には必ずニーソを穿けというのが暗黙の掟だったのだが、その日、桜が完全に舞い散り、夏の訪れを予感させていたその日、この学校に入学して二ヵ月余りだった初々しい女子生徒は、君嶋義和に一目惚れをした挙句、随分と悩んだ結果、本人を校舎裏に呼び出したのであった。
 精一杯の勇気を振り絞った末の行動だったのだろう。ただ愚かしくも、彼女はニーソを穿いていなかった。都筑高校に入学して、僅か二ヵ月であった。噂を知らなくても、無理はなかったのかもしれない。
 決意の告白は、ただの一言によって幻想もろとも打ち砕かれた。
「ニーソ穿いてねえ女に興味はない」
 憧れの三年生から放たれるその言葉の破壊力は異常だったに違いない。
 告白に対する返事は、女子生徒個人の見た目だとか性格だとかは二の次に置かれ、まずはニーソを「穿いているか」「穿いていないか」で括られたのである。女子生徒からすればそれは、今まで抱いてきたすべての想いを木っ端微塵に破壊されるような屈辱だっただろがしかし、君嶋義和にとってみれば当然のことであると言えた。ニーソを穿いていて初めて、その異性が恋愛対象に「なるか」「ならないか」の判断になるのだ。ニーソを穿いていないのであれば、その土俵に立つことすら許されないのであった。加えて、そのハードルをクリアした次に待ち構えているのは「黒ニーソが好きか否か」の問いで、そこを乗り越えてようやく、「黒ニーソが似合うか否か」に分類される。それらをすべて突破して初めて、君嶋は異性を恋愛対象として認識するのだった。
 もちろん、そんな思考を馬鹿だ阿呆だと罵る者もいる。その筆頭を挙げるのであれば、君嶋とは中学からの付き合いである神田祐輔(かんだゆうすけ)を置いて他にはいない。
 その神田は今、四時間目が始まりを告げるチャイムの音を聞きながら、校舎の屋上の手すりに体重を預け、どこまでも続く青空を見上げて壊れた音声付人形のようにいつまでも「あーあーあーあーあーあー」と呻いている。
「うるせえなお前。ちょっと黙ってろよ」
 その横で手すりに背中を預けて座り込んでいた君嶋は、つい先ほど買ってきたばかりのコーヒー牛乳にストローを突き刺しながらそう言う。
 すると神田は「あーあーあーあーあーあー」と呻くのを止めて、妬みと軽蔑と怒りの感情が混じった顔で君嶋を見やる。
「呻きたくもなるっつーの。お前本当に馬鹿だろう? あの子、結構可愛かったじゃん。なんでそんな理由で断るかね。おれにはお前の拘りがさっぱりわからん」
 君嶋はコーヒー牛乳を啜りながら、
「わからなくて結構だ。ただ誰に何と言われようとも、おれはこの考えを変えねえ」
 けらけらと神田は笑う、
「あれか。ちょっと前に流行った『萌えー』とかいうあれか?」
 その小馬鹿にした言い方にムッとする、
「うるせえなぶっ殺すぞ」
 それでも神田はけらけら笑い、両手を顔の横でひらひらさせながら、
「萌えー萌えー萌えー。ほらもいっちょ、萌えー萌えーもえぶしぎっ。ってえなコラッ! 殺すぞ!」
 あまりの阿呆面に思わず拳が出た。
 コーヒー牛乳をなおも啜りながら、
「すまん。蚊がいたんだ」
「蚊がいたからっててめえはグーで人の鼻殴んのか! おお!?」
「でけえアホヅラした蚊だった。許せ」
「るせえ! 誰が許すか! 上等だ、受けて立ってやんよ! おれやってやんよ! さあ来い! ファイッ!」
「ファイじゃないぞ貴様等ッ! 君嶋ァ! 神田ァ! お前等授業サボって何やってんだぁっ!」とこれは体育教師で学年主任の盛山である。君嶋と神田の担任でもあり、今月で五回目のお見合いに失敗したという噂が飛び交っている、三十五歳の熱血教師であった。その盛山が、竹刀を振り回しながら屋上に現れ、憤怒の形相でこちらに向かって走って来ていた。
 声を発することもしなかった。君嶋と神田はあっという間に行動に移していた。屋上の手すりを飛び越えて、一歩足を踏み外せば三階建ての校舎から一気に落下するような足場しかないところを平然と走り抜け、躊躇いなく封鎖されている非常階段のフェンスを乗り越え、そのまま一回たりとも振り返らずに階段を駆け下りる。頭の上から盛山の怒鳴り声が聞こえるが、立ち止まることはついになかった。
 屋上に盛山と飲みかけのコーヒー牛乳を残したまま、体育館裏まで逃げ切った君嶋と神田は、肩で息をしながらその場に座り込む。呼吸を整えつつも体育館の壁に背中を預けると、そこから振動が伝わってきた。どうやら体育館ではどこかのクラスがバスケをしているらしい。シューズが床に擦れる音や、ボールがバウンドする音が明確な振動としてはっきりと伝わって来る。
「お。なんだこれ。バスケか?」
 神田が音と振動に気づき、体育館についている床下と同一くらいの高さにある窓を外から覗き込む。
 神田は言う。
「女子のバスケ授業だな。これはたぶん……一年かな。しかしいいなぁおい。まだ中学の青臭さは抜けないが、若々しく輝くふとももと、これから成長するであろう揺れる胸。青春真っ盛りって感じだ。なぁ君嶋、おれ等が乱入してみねえ? 黄色い声援を受けながらダンクとかしたら、モテモテになるんじゃね?」
 勝手にやってろよ、と君嶋は思う。
 ようやく呼吸が落ち着いてきた。ところで喉が渇いた。そういえばコーヒー牛乳を屋上に置いて来てしまった。まだ半分くらい残っていたのに勿体無い。今度盛山の財布からジュース代を請求してやろう。
 そんなことを考えていたら、神田が意外なものを見た、というような声を出した。
「おい君嶋、見ろよあれ。高嶺嬢だぜ」
 誰だっけそれ、と君嶋は思う。
 のそのそと体勢を変えて、神田の横から体育館を覗き込む。
 体育館の中、バスケコートが二面出来上がっているその片方。神田の指差す方向をジッと見つめ、気づいた。
 ああ、あれか、思い出した、とぼんやり思う。
 一人だけ随分と小さい女の子がいる。ただし小さいだけで、動きが人一倍早い。マークについている自分より遥かに大きい女子生徒二人を相手に、僅か二回のドリブルで一瞬にして抜き去り、実に綺麗なフォームでシュートを決めた。同じチームの子やその試合を観戦していた生徒から歓声が上がる。近場にいた女子生徒に向かい、精一杯背伸びしながらハイタッチをして綺麗に笑って喜んでいる。
 名前はすでに忘れたが、確か有名な女子生徒だ。成績優秀スポーツ万能、学年どころか学校内でもトップ争いに参戦するくらい可愛い女の子として、日々人気のある女子生徒であるはずだった。が、君嶋にしてみたらどうでもよかった。確かに可愛い、可愛いとは思うし、正直タイプではある。あるがしかし、ニーソを穿いていない時点で君嶋の興味は無に等しい。
 故に、神田のテンションの上がり具合が死ぬほどうざかった。
「マジ可愛いな高嶺嬢。お近づきになりにいこうぜ。お前もああいうの好きだろ? 高嶺嬢から告白されたらお前だってぜってーニーソ穿いてないからなんて断ったりしねえよな?」
 ため息。
「いや。興味ねえわ」
 神田は、生ゴミを見るような目で君嶋を見た後、唐突に両手を顔の横でひらひらさせながら、
「萌えー萌えーもびぇっ。が……っく、殺すぞッ!! グーで殴んなっつってんだろ!! やんのかコラァッ!!」
「蚊がいたっつってんだろ」
「上等だてめえ!! やってんやんよ!! おれやってんやよ!! おれがお前に勝てるなんて思うなよッ!!」
「何なんだよお前。負け認めて向かって来るんじゃねえよ」
「るせえっ! 食らえ!! おれの伝説の」
「お前等ァアッ!! 待てコラァアッ!!」とこれは体育教師で学年主任の盛山である。君嶋と神田の担任として三年間ずっと根気強く厳しく、時には優しく面倒を看てくれている恩師である。正直、これはある種の、ひねくれた二人の愛情表現でもあった。盛山のことは、教師の中では誰よりも信頼しているし、尊敬すらしている。なのにその盛山に未だに婚約相手がいないことが、二人は少しだけ心配なのだった。そんな盛山が片手に竹刀、片手に釘バットを持って、般若の形相でこっちに向かって走って来ていた。
 言葉を発することなく、二人は脱兎の如く駆け出して行く。その騒ぎに気づいた体育館の女子生徒たちが何事かとその光景を見つめている。その中にはもちろん、先ほど君嶋と神田が見ていた女子生徒も含まれていて、全速力で駆けて逃げていく君嶋を見つめながら、何かを思案するように唇に指を当てて「んー」と言った後、何かを思いついたかのように「ふひひ」と笑った。

 それは、あの『三時間目の戦争宣誓』が起こる、一ヶ月前の話。



     「赤崎茜編」



「茜ちゃん!」
 呼ばれて振り返れば、そこに子犬を見たような錯覚に陥った。
 本当に嬉しそうな顔をして、一人の男子生徒が走り寄って来る。一つ年下の、遠野卓である。赤崎と遠野は所謂幼馴染という奴で、両親同士の仲が良かったことから、生まれた頃からほとんど同じ時間を過ごしていると言っても過言ではない。昔から甘えん坊だった遠野を、本当の弟のように赤崎は可愛がっていた。そのため、遠野には随分と懐つかれてしまっているのが現状だった。ただ、それを不快だとは思わない。どちらかと言えば赤碕もまた、遠野に懐かれているのは嬉しいことなのであった。
 隣にまで走って来た遠野の額を小突く、
「こーら。赤崎先輩でしょ? ここは学校なんだから」
 あはは、と遠野は笑う。
 遠野は、本当に無垢な笑顔をする。もともと子供っぽい顔立ちだったし、何かのアニメで見た少年探偵みたいな眼鏡を掛けているせいで、時たま本当にこの子は高校生なのだろうかと疑問すら抱く時がある。が、正真正銘、遠野は赤崎と一年違いで生まれた弟みたいな子で、だからこそ赤崎は胸を張って高校生だと証明できて、三年生の赤碕の一つ下の学年の二年生で、赤崎の可愛い後輩なのであった。
 ところが困っている事があって、小学校でも中学校でも高校でも、家でも外でも遠野は赤崎のことを「茜ちゃん」と呼ぶ。中学生までは別に気にしなかったのだが、流石に高校生になったのだ。家や外はしょうがないとしても、学校の中でくらい「赤碕先輩」だったり「茜先輩」だったり、とにかく「先輩」と呼ばれてみたい赤崎であった。
 無邪気に笑う遠野に、苦笑しながら呆れたため息を吐き出し、二人揃って学校を後にした。
 道中、本当に他愛のない話ばかりした。いつもいつも一緒に帰っているくせに会話が途切れないのは、この赤崎と遠野だからこそだと言えるであろう。友達からは「付き合ってるんでしょ?」と言われるが、実際はそうではない。ずっと昔からいる弟みたいな遠野である。恋愛対象としては、あまり見ていないのだと思う。遠野もまた、同じであるはずだった。
 ただ、遠野にもしその気があって、本気で告白なんてものをされたら、たぶん随分と悩んで悩んで悩み抜いた結果、その気持ちに素直に答えるのだと思う。このままの関係でもいいし、彼氏彼女の関係でもよかった。赤崎は遠野が好きで、遠野は赤崎が好きだという気持ちに嘘偽りはなく、だからこそ、その「好き」にいつか化学反応が起きて種類が変化しても、別に不思議ではないのだろう。
 でも今はまだ、このままでいいかな、と思う赤崎なのである。
「それでね、昨日に母さんがまた夕飯を食べにおいでって言っててね、」
 遠野の話をちゃんと聞き、赤崎はひとつひとつ相槌を打つ。
 いつもと変わらない光景。こんなのんびりした時間が、赤崎は好きだった。
 そんな折、遠野が「あっ」と声を出して立ち止まった。
「どうしたの?」
 そう訊ねると、遠野はしゃがみ込んで何かを拾い上げた。
 一枚の紙切れだった。見た目からして広告であろう。それを遠野の顔の横から覗き込む。どうやら巷で流行りの「メイドカフェ」なるものが、近くにオープンしたらしかった。この辺りは田舎ではないが、都会でもない微妙な地域になっていて、まさかテレビの中でしか見たことがないメイドカフェがオープンするなんて、少々驚きではあった。
 広告にはでかでかと店名と、申し訳程度の簡易地図と、おそらくは看板にしたいのであろう可愛らしい女の子が二人、メイド服を着て手でハートマークを作って笑って写っている写真が載っている。それを見ながら、赤崎は「ふーん」と声を漏らした。こんなにまじまじとメイド服を見たのは初めてだ。可愛いのかなー、と思っていたこともあったけど、なるほど。似合う子が着れば、本当に可愛いものなのだ。
 ふとした冗談だった。だからこそ赤崎は、悪戯に笑った。
「わたしがこういうの着たらやっぱり変だよね?」
 茜ちゃんにはこういうの似合わないよー、と笑う遠野を予想していた。
 が、遠野はそれとはまったく違う反応を見せた。普段大人しいはずの遠野が、珍しく声を上げた。
「そんなことないっ!」
 あまりの反応に少しだけ驚いた。
 遠野は真っ直ぐに赤崎を見据え、言う。
「茜ちゃんにはこういうの似合うと思うっ」
 そう言う遠野があまりに真剣で、少しだけ驚きはしたが、思わず笑ってしまった。
「どうしたのよ卓。そう? でも嬉しいなぁ、そう言ってくれると。着てあげよっか?」
 そんな風にからかってやると、遠野は自分が言ったことを今更に理解したかのように急に顔を真っ赤にして、「あ、え、いや、ちがっ、違くて、これはっ」とあたふたし始めた。その姿が可愛いのと、そしてたぶん、さっきのは遠野が本音で言ってくれたのだと理解して、赤崎は嬉しくなる。思わずその額を指でつんつんしながら苛めてみる。それに怒った遠野が「やめてよっ!」と腕を振り払った瞬間、
「てっ」
 そんな、間抜けな声が聞こえた。
 遠野の振り払った手が、後ろを歩いていた、都筑高校とは違う高校生の頬に当たっていた。
 瞬時に手を引っ込め、遠野は頭を下げる。
「あっ。ご、ごめんなさいっ」
 ごめんで済めば警察はいらない、と最初に言ったのは、果たして誰だったのだろうか。
 遠野の下げた頭から髪の毛を問答無用で引っ張り上げ、その男は言う。
「舐めてんのかお前。喧嘩売っといてそりゃねえだろ」
 苦痛の声を漏らす遠野に、一瞬だけ呆然としていた赤碕が状況を理解する。
「ちょ、ちょっと! 謝ったでしょ!? 離してよ!」
「うるせえな。関係ねえやつは引っ込んでろ。てめえからシバき倒すぞ」
 それでも退かない。遠野が苦痛に身を捩る姿を見た時、頭の中のもう一人の自分が、境界線を踏み外した。
 遠野の髪を掴んでいる男の手に縋りつくように飛びつき、声を上げる、
「離してって言ってるでしょ!?」
 渇いた音が鳴った。
 気づいた時には身体のバランスが崩れていて、思わずその場に尻餅を着いた。状況をなかなか理解できず、それでも熱湯を掛けられたかのように熱い頬に、自然と手を持っていっていた。
 頬を引っ叩かれたのだと悟った時、身体の芯から震えるような恐怖が湧いた。何も考えつかない。遠野を助けて逃げなければならないのに、身体が何も言うことを聞かない。
 遠野もまた、状況を理解するのに時間が掛かったのだと思う。涙目で赤崎を見ていたが、状況を理解すると同時に遠野は身体を更に暴れさせて、男の手から逃れようとする。が、遠野は腕力がある方ではない。そんな奴の反撃など、屁でもなかったのだろう。男は苦もなく掴んだ髪を更に引っ張り挙げて、何の躊躇いもなく、自らの拳を振り上げた。
 遠野が殴られる。助けなくちゃ。そう思うのだが恐怖で身体が動かず、振り上げられた拳は、
 第三者の介入によって、止められた。
 状況が理解できない。視界に入ってくる光景を、ひとつひとつ追い掛けて行く。いつの間にか男の背後に立っていた「彼」は、振り上げられた腕を鷲掴み、それに気づいた男が振り返ると同時に、自らの拳をその鼻目掛けて打ち下ろしていた。鈍い音と、男のくぐもった声だけが響いていたように思う。男が横に吹き飛び、遠野を掴んでいた手が離される。遠野も反動で赤崎と同じように尻餅を着き、呆然と「彼」を見上げていた。
 「彼」に、見覚えがあった。
「……君嶋、君……」
 第三者は、赤崎と同学年の、君嶋義和であった。
 実にどうでもよさそうな顔をそのままに、君嶋は赤崎を見つめ、手を差し出して来た。
「立てるか?」
「え……あ、うんっ。あ、ありがと……」
 手を取ると、恐ろしいまでの力で引っ張り挙げられる。
 赤崎が立ち上がったのを確認するとすぐに、君嶋は踵を返して歩き出す。
 そのまま未だに尻餅を着いた遠野の横を通り過ぎようとした時、遠野が小さな声で、
「……あの。あり」
 ありがとう、と言おうとしたのだろう。
 が、それは遠野に向けられた君嶋の視線によって、ついに言葉にならなかった。
 まるで、汚物を見るかのような眼。
「てめえの女も守れねえような奴が話し掛けてんじゃねえよ」
 その一言はきっと、髪を掴まれるより、そして拳で殴られるよりも痛い一撃だったのだと思う。
 それだけ言い残して去った君嶋の後に残ったものは、先ほどと変わらない状態で虚空を見つめる遠野と、そんな遠野に対して何と声を掛けていいかわからない赤崎だけだった。
 その日から、遠野卓は、笑わなくなった。
 ショックが大きかったのだと思う。赤崎が自分のせいで殴られたこと、その原因を作ったはずの自分が何もできなかったこと。それらがきっと遠野を苦しめていたのだと思う。
 そして何よりもおそらく、君嶋の一言がもたらした影響が大きかったのだろう。助けてくれたことに関しては感謝しているが、あの言い方はきつ過ぎるのではないか、とも思うのだがしかし、君嶋は何も間違ったことなど言っていなかった。赤崎は遠野の彼女ではないが、それでも遠野にとって、赤崎は大切な人だったのだ。君嶋の言葉は、的を射ていた。だからこそ、君嶋を責めることもできず、かと言って遠野に掛ける言葉もわからないまま、一週間が過ぎていた。
 赤崎としても、別にあの時の事なんてもう気にしていなかったし、あの時に遠野が何もできなかったことに関しても、仕方がないと思っている。あんな状況になってしまったら、普通の人なら怖気づく。格好悪いとか、守ってくれなかったとか、そういった理由で遠野を責めることは絶対にしない。遠野は、そういう事とは程遠い子であると、赤崎は誰よりもよく知っているからだ。
 無邪気な笑顔をする、子犬のような遠野。そんな遠野が、ここ一週間、何か思いつめた顔で、何を聞いても、何を話してもずっとまともな返事を返して来ず、笑うこともしなかった。そんな遠野を見ていると赤碕は居た堪れない気持ちになり、どうにかして元気付けようとするのだが、それは結局のところ空回りでしかなく、成す術なく日にちだけが過ぎ去って行き、そうして、あの『三時間目の戦争宣誓』より一ヶ月後の出来事に、辿り着いてしまった。
「――諸君。『戦争』を、始めよう」
 神宮路彼方が放った一言は、まるで核爆弾の発射スイッチのようだった。
 放課後の二時間は、赤崎に取ってみれば、それは地獄絵図以外の何ものでもなかった。校舎のありとあらゆる場所から銃声や爆発音は絶えなかったし、悲鳴や咆哮が途切れることはなかった。この『戦争』を心から楽しんでいる者もいるが、そういったものに興味がない者からすれば、この空間に対しては恐怖しかなかったのだ。
 加えてそういう行為とは程遠く、なおかつ今の情緒不安定な遠野をいつまでもこんな所に晒しておく訳には行かないと思い、赤崎は帰宅しようと遠野の手を引いた。が、なぜかその時ばかりは、遠野はその場を頑なに動こうとはしなかった。不思議に思って声を掛けようとしたとき、遠野は顔を上げた。
 その顔を見た時、赤崎は言葉を失った。
 無表情で、氷のような眼をする遠野を、初めて見た。
 遠野は自らの手で掛けていた眼鏡を外し、その場に投げ捨てる。
 そうして放たれるのは、この『戦争時間』にて解放された、遠野卓の本音であった。
「……絶対に、守るから」
 決意に染まった眼。それが例え、歪んだ決意だとしても。
 それは、遠野卓の本音であったのだ。
「ぼくが、茜を絶対に守るから」
 その言葉が、嬉しくないと言えば嘘になる。
 ただ、赤崎はそれ以上に、不安だった。
 今までの遠野卓がいなくなってしまうかのような、そんな不安。
 その気持ちを増幅させながらも、この『戦争』は、加速していく。



     「南のメイド派編 中」



 特に好きな訳ではなかった。
 むしろ好きどころか、別に興味もなかった。成り行き上、なし崩し的に『隊長』になってしまっただけである。友達の野呂太一はなぜか壷が好きだということは知っていたが、そんなものの良さなど、ちっともわからない。壷である。壷であるのだ。骨董品とかでよくある、あの壷だ。どうしてか野呂はその壷が好きらしくて、おまけにそれに対して、昨今で噂の『萌え』を感じるらしい。意味がわからない。
 この『戦争』が開始された後、野呂は一人で勝手に決意を決めたらしく、自ら『壷派』を作ると言い出した。が、野呂は引っ込み思案で、自分から何かを起こすということを非常に苦手とする。そのため仕方がなく、加藤茂は、野呂の代わりに『壷派』を作ることにして、おまけにそこの『隊長』までやる羽目になってしまった。ちなみに『副隊長』が野呂である。
 特にやることもなかったし、自分が『萌え』を感じるものもなかったための、暇つぶしであった。最初はそう思っていたのだが、ただ、諸々に興味がなかったとは言え、本物のような銃を手に、自らに『隊長』という肩書きが与えられたこの状況には、白状すると胸が躍った。まるで子供に帰ったかのようだ。自分達は無敵なのだとすら思った。
 が、現実はそんなに甘くない。この『戦争』が始まって、各『派閥』は勝って負けての繰り返しで勢力を変えているのにも関わらず、『壷派』はまったくの不変であった。むしろこの『戦争』に置いて行かれているのではないかとすら思う。それもそうだ。そもそもこの『壷派』の『隊長』ですら、壷に対して『萌え』を感じないのだ。賛同する馬鹿なんていなかったし、たった二人だけの『派閥』が『戦争』を起こしたとしても、瞬殺されるのがオチだった。
 そんな訳で、『戦争時間』であるのにも関わらず何もせず、ただ壷をうっとりとした顔で見つめる野呂を、ぼんやりと見ているだけの日々が長く続いた。最弱の弱小であるが故に、他の『派閥』も『壷派』に『戦争』を吹っ掛けて来たりなんてことはしなかった。むしろこの『壷派』があること自体、他の『派閥』は知らないのではないかとすら思う。
 このまま何か偶然の事故が連鎖的に起きて、『派閥』がまとめて勝手に自滅して、なぜか『壷派』が生き残ったりしないかなぁ、と加藤は思う。最後の『派閥』になれば、なんと賞金一千万。『戦争』が開始された直後は金に目が眩んだ者が『派閥』を立ち上げていたりしたが、近頃ではそんな連中はまったく見なくなった。金目当てでこの『戦争』を始めた者は皆、すべからく淘汰されていた。そんな邪な理由で、この『戦争』を生き残れるはずはなかったのである。
 が、例外があるとすれば、この『壷派』くらいだろうか。未だに加藤は『萌え』云々よりも、一千万に惹かれている。あの神宮路彼方のことである。一千万くれてやる、と大見得切ったのだ、本当に一千万用意しているに決まっていた。一千万あればどれだけ遊んで暮らせるのだろう。高校三年になってなお、まだ進路を決めていない。一千万あれば高校卒業後、慎ましく生きていけば十年くらいはニートになれるのだろうか。
 そんなことをぼーっと考えていた時、『壷派』の本拠地である体育倉庫のドアが、唐突に蹴破られた。
 飛び上がるほど驚いた加藤と野呂の目の前に、蹴破って床に倒れたドアを更に踏み倒し、大量の兵士が雪崩れ込んで来た。あっという間に周りを包囲され、一斉に銃を突きつけられた。状況はすぐに理解できた。どこかの『派閥』が、ついにこの『壷派』に攻めて来たのだ。
 年貢の納め時か、と加藤は苦笑する。
 その苦笑を受けて、野呂もまた、さっきまで見ていた壷を胸に抱き、小さく頷いた。
 加藤は両手を上げる。
「降参。参った。大人しく投降す――」
 銃声が響いた。
 瞬時にそちらを振り返った刹那には、横にいた野呂の全身は真っ赤に染まり、胸に持っていた壷が取り落とされて、盛大な音を立てて割れた。音も無く倒れ込んで行く野呂を見据えながら、加藤はすべてを理解する。
 ――おいマジかこいつ等ッ!
 加藤は悪態をつきながらすぐさま腰にあった銃に手を伸ば
 再度、銃声が響いた。
 その銃声が消える頃、体育倉庫に残っているのは、全身を真っ赤に染めた加藤と野呂と、割れた壷だけだった。

     ◎

 『南の遠野』が、ついに本格的な『派閥』潰しを始めたのだという噂は、すぐに耳に入って来た。
 『四大勢力』の一角、『西の大杉』が落ちたことにより、この膠着状態を打破すべく動き出したのだろう。もはや、残存している中小『派閥』では、『南の遠野』の進軍を止めることは不可能である。可能性があるとするのであれば、それは『東の君嶋』と『北の鳴海』以外には有り得ない。有り得ないがしかし、『東の君嶋』は『南の遠野』と同盟を結んでいるし、『北の鳴海』は自分から攻め込みはしない。故に、残っている『四大勢力』が動かない以上、中小『派閥』は無抵抗に『南の遠野』に殺される以外、道は残っていないのだった。
 だが。それを止める最後の手段が、ここにはあった。
「作業を急がせろ! いつ『メイド派』が攻めて来てもおかしくないんだからな!」
 伊達眼鏡をくいっと上げつつも、ロボットの『派閥』、つまりは『ロボ派』の『隊長』、菊谷芳樹は声を張り上げる。
 ようやくここまで来たのだ。ここまで来るのに、すべてを犠牲にして来たのだ。神宮路彼方と生徒会に何度も土下座までして交渉を進めた。その集大成が「これ」だ。「これ」が完成さえすれば、今のこの『戦争』に終止符を打つことが可能なのだ。「これ」さえあれば『四大勢力』を一網打尽にすることだって不可能ではない。後少しなのだ。後少しで、完成なのだ。
 『ロボ派』の本拠地は、本校舎の地下にある。そこはかつて、神宮路彼方が「もし米軍から空爆された際、逃げる所が必要だろう?」とかいう訳のわからない理由の下、金にものを言わせて意味もなく作成した防空壕であった。そこを借りることに関しても頭を下げたし、「これ」を作るための資金のことにだって頭を下げた。泥水を啜るかのような苦行に耐えた行動が、ようやく実を結ぼうとしていた。
 体育館くらいの大きさの防空壕の中央に、一機の何かが鎮座している。その周りには小型のクレーンなどが何台も取り巻き、各箇所では溶接用の火花が散っていた。その何かを簡単に表すとするのであれば、ただの一言。ロボットである。全長五メートルほどしかないが、それでも見紛うなき、ロボットであった。
 人間型のそれの名を、「バルハラ」という。
 バルハラには、出来得る限りの武装を施してあった。まず、こめかみにはバルカン砲を設置し、目と鼻と口からはミサイルが発射されるようにした。肩から下は間接毎に切り離しての発射が可能で、ロケットフィンガー、ロケットパンチ、ロケットアームの三段攻撃を実現させた。肩には本当の戦場であれば戦車さえも木っ端微塵に粉砕する迫撃砲が対になって標準装備されており、背中のジェットブースターを最大出力にすれば、最高時速は三百キロを記録する。
 バルハラさえ完成すれば、『メイド派』だろうが何だろうが、恐れるには足りない。
 これさえ。これさえ完成すれば。
 しかしその願いは届かない。
 菊谷の背後、校舎へと続く階段から、突如として爆発音が響く。
 菊谷が振り返るより早くに、その叫びは聞こえた。
「『メイド派』だあッ! 『メイド派』が来たぞおッ!!」
 階段の奥から、砂煙に紛れて大量の『メイド派』が雪崩れ込んで来る。その数がまるでわからない。十人二十人の話ではなかった。下手をすれば三桁の数の『メイド派』が、己が武器を手に一気に突っ込んで来る。
 菊谷は瞬時に声を張り上げる、
「各員戦闘準備ッ! 第二防衛ラインにて絶対に死守しろッ!! バルハラには近づけさせるなッ!!」
 そしてすぐ横にいる、『ロボ派』『副隊長』である長井健太を振り返り、
「後どれくらいだ!?」
 長井は目の前のデスクトップ型パソコンのディスプレイをざっと見回しつつも、
「――現在進捗90%です! ダメですっ、間に合いませんっ!」
 考えている時間はなかった。
 ここで攻め込まれれば、すべてが終わる。決断するしかなかった。
 後少しだったというのに。菊谷は折れるのではないかというほど歯を食い縛り、拳をテーブルに叩きつけながら叫ぶ、
「バルハラを起動させる!!」
 『ロボ派』から驚きと制止の声が上がるが、それをすべて一括する、
「このままやられたら全部終わりだろうがッ! 整備班は作業を中止して離脱ッ! 三十秒後にバルハラを起動させて迎撃を行うッ!! ――黙ってやれお前等ッ!! おれ等の夢がこんなところで終わっていいのかッ!!」
 一瞬の静寂、次いでは咆哮。
 『ロボ派』が、立ち上がる。第二防衛ラインに全勢力を集中させ、僅か三十秒の時間稼ぎを行なう。ドラム缶を切除したバリケードを盾に、圧倒的な数で進軍して来る『メイド派』を死に物狂いで足止めする。銃弾がまるで雨のように降り注ぐ中、両『派閥』共に兵士が倒れて行く。が、如何せん数の違いはどうしようもなく、たった数十秒のことであったが、『ロボ派』は『メイド派』に完璧に攻め込まれていた。
 しかし、十分だ。
 三十秒が、経過した。
 菊谷は、テーブルの上に置かれていた、プラスチックのカバーに守られたスイッチに視線を移した。
 『ロボ派』の悲願が、ここに君臨する。
 あらん限りの声を張り上げた。
「動けぇぇええええッ!! バルハラァァアアアッ!!」
 菊谷の手が、プラスチックカバーを突き抜けて、バルハラの起動スイッチを押した。
 バルハラが、鼓動を開始する。

     ◎

「『冥土計画』は滞りなく進行中。『ロボ派』の思わぬ反撃に二部隊が決壊した様ですが、結果的には『ロボ派』が自滅したとのことです。また、残っていた『姉妹派』『丸太派』『擬人化派』『鉄道派』『ツインテール派』『ツンデレ派』もすべて制圧完了です。残存勢力としては、『四大勢力』の『ニーソ派』『メイド派』『巫女派』、そして今もなお逃走中の『眼鏡派』だけです」
 事務的に読み上げられるその報告を聞きながら、遠野は大げさに両の手を広げてみせた。
「如何でしょう君嶋先輩。もはやこの『戦争』は、ぼくたちの手の中です」
 あの時と同じように、君嶋はソファに座り込み、テーブルに足を置きながら何をするでもなく、ただ天井を見上げていた。その横では高嶺が実に退屈そうな顔をして立っていて、身体全体から「帰りたいなー」という気配が出ているかのようだった。
 そんな二人を見つめながら、遠野はやはり舌打ちをする。
 何を考えているのか、まるで読めない。
 そんな折、君嶋が大きなため息を吐いた。
「何かご不満ですか。君嶋先輩」
 君嶋は、こちらに視線さえ向けなかった。
「下らねえ」
 その言い方や言葉、すべてが癇に障る。
「……何が言いたいのでしょうか」
 皮肉の笑みが返ってきた。
「何も糞もねえよ。……遠野。お前、一体何を貫き通してえんだ?」
「――……どういう意味か、判りかねますが」
「それをお前が本気で言ってんだとしたら、もう話すことはねえよ」
 それだけ言うと、君嶋は再び沈黙を押し通した。
 そうして随分の間、誰も口を開かなかった。
 が、そのまま過ごしていても意味はない。期は既に熟したのだ。もう止まらない。今現在残っている中小『派閥』最後の『眼鏡派』さえ潰せば、もう残っているのは『東の君嶋』と『北の鳴海』のみ。兵力はすでに『東の君嶋』の四倍、『北の鳴海』の二倍まで膨れ上がっていた。圧倒的兵力は得た。今更にどう足掻いたところで、『メイド派』の勝利は揺るぎない。
 目前の二人から視線を外し、遠野は立ち上がる。
「お二人はここでお待ちください。ぼくが直接、『眼鏡派』の首を取りに行きます」
 二人からの返事はついになかったが、遠野は待たなかった。
 後ろで待機していたメイド服姿の赤崎を振り返り、
「茜。行くよ」
「――……はい」
 二人揃って歩き出す。
 その途中、赤碕と君嶋が僅かに視線を合わせたことが気がかりであったが、無視をした。
 教室を出る間際、遠野は一度だけ、君嶋を振り返る。未だに天井を見上げる君嶋を見つめて、拳を握った。
 この男が、嫌いだった。だが、この男と同じ空間にいるのも今日で最後だ。『冥土計画』はすでに最終段階を迎えた。もはや君嶋は不要だ。ここで、殺しておかなければならない。このままのさばらしておけば、必ずや脅威となる。いや、違う。脅威云々とか、それ以前の問題だ。そもそも、これ以上この男を、生かしておいてはならないのだ。なぜなら、この男が、嫌いだからだ。
 後ろ手に教室のドアを閉め、遠野は一度だけ深呼吸をした。
 目の前にいるのは、廊下を埋め尽くした『メイド派』の兵士達だった。
 遠野は言う。
「一番隊はぼくと一緒に来るんだ。『眼鏡派』を殲滅する。残す二番隊から十番隊はこの場で待機の後、」
 一瞬だけ自らの腕時計に視線を巡らした後、
「五分後に突入。中にいる二人を、――殺せ」
 それだけ言い残し、『メイド派』一番隊だけを率いて、遠野はその場を後にする。
 二番隊から十番隊の隊員数は、すでに三百名を超えた。これだけの数を相手に、いくら君嶋と高嶺が強かろうとて、たった二人で立ち向かえる訳がない。『戦争』とは、こういうものだ。圧倒的な兵力と、統率された指揮があって初めて、最強なのだ。ここで君嶋さえ、『ニーソ派』さえ潰してしまえば、『北の鳴海』は無力化したも同然だ。この『戦争』での最強は、この『南の遠野』である。もう誰も逆らえはしない。すべての者は天下統一を成し得たこの自分に、跪くのだ。
 一番隊の隊員から『眼鏡派』の潜伏場所はすでに聞いている。校舎一階に位置する、給湯室だ。どこにも逃げ場はありはしない。それにもはや『眼鏡派』には、『隊長』と三名の隊員しか残っていないのだ。この首さえ落とせば、全部終わる。この首さえ落とせば、全部上手くいく。もう二度と、あんな惨めな思いはしない。
 給湯室の前に辿り着くと、三人の『メイド派』が待機していた。隊員の目線だけで状況を理解する。まだここに隠れているらしい。愚かしくも逃げ切れているのだと、そう思っているのだろう。兵力も統率力もないような『派閥』が、この『戦争』で生き残れるはずなどないのだ。そのことを胸に刻みつけ、この『戦争』の覇者の礎となれ。
 給湯室のドアを蹴破った。
 中から悲鳴が聞こえた。男子生徒が二名に女子生徒が二名。『隊長』は男子生徒だ。顔は把握している。すぐに『隊長』を見つけ出し、遠野は自らの銃を抜いた。その銃を真っ直ぐに突きつけ、一切の躊躇いなしに、まるで無表情に引き金を三度、引き絞った。銃声と悲鳴が木霊する。
 生き残ったのは『隊長』だけだった。震えながら呆然と遠野を見上げるその姿からは、もはや戦意は伺えない。だが、それでも。
 これは、『戦争』だ。己が力を誇示し、相手を殺すための、『戦争』なのだ。
 遠野が引き金を再度引き絞る刹那。
「……卓」
 赤崎の手が、そこに添えられた。
 視線を向けると、赤崎は何も言わずにただ首を振った。
 そして、遠野は笑った。笑ったのだ。赤崎の知らない、見たことのない笑みで。
「心配しないで茜。茜は、ぼくが守るよ」
 笑みをそのままに、意味を掴みかねた赤崎の目の前で、遠野は引き金を引いた。
 銃声が響く。呆然とする赤崎から視線を外し、それでもその手を掴み、遠野は踵を返した。
 腕時計を見やる。あれからすでに、十分が経過していた。もうすでに、君嶋と高嶺は殺されているであろう。これで残すは、『四大勢力』の一角、『北の鳴海』だけである。もう止まることはない。全勢力を持ってして、これより『メイド派』は、『巫女派』を殲滅する。そして証明するのだ。神宮路彼方に、そしてすべての奴等に。最強はこの『メイド派』である、『南の遠野』だとい

「――不届き千万」

 一閃。
 左手を前にかざしたのは単なる反射神経で、太刀筋の軌道に乗ったのはまったくの偶然だった。
 刹那に、左腕に真っ赤な液体が付着した。左腕が切られた。それに気づいた時にはもう遅い。第二撃目が真横から迫っていた。それまで呆然としていた赤碕が我に返り、身体を突き飛ばしてくれなければ、遠野は首を切断されていた。その場に倒れた赤碕と、廊下の壁にぶつかった遠野の目前で、空を切った刃を一瞬にして戻し、一気に距離を取る者が一人いた。
 紡がれるのは、凛とした言葉。
「昨今の『メイド派』の進軍には仁義が感じられません。仁義なき戦はただの殺戮。もはやこれ以上、貴方達を野放しにはできません」
 真っ向から日本刀を構え、巫女装束を纏った彼女は言った。
「我等『巫女派』の総力を持ってして、貴方の首、貰い受けに来ました」
 そうして、『巫女派』の『隊長』、『北の鳴海』こと鳴海加奈子は遠野の前に立ち塞がる。



     「鳴海加奈子編」



「鳴海って胸でかいよなー。どれくらいあると思う?」
「Cとかじゃねえの?」
「いーや。おれの見立てだと絶対にDかEはあるね」
「Eは言い過ぎじゃねえか」
「おいお前等声でかいっつーの。鳴海に聞こえんぞ」
 もう聞こえてるわよ馬鹿、と鳴海加奈子は放課後のチャイムを聞きながら思う。
 ただそんなことにはもちろん気づかずに、未だに男子は下劣な話を嬉々として語っている。そんな声を耳に入れないようにすればするほど入ってしまうのは、人間の悪い所である。おまけにそれが自分のコンプレックスに対する話しであれば尚更だった。
 小学生の頃から周りより胸が大きかった。そのまま中学へ上がり、一時期は停戦協定を結んでいたものの、高校に入る頃になぜか再び戦争を開始し、未だに育っているこの胸が鳴海のコンプレックスだった。
 これのせいでいらない体力を使うし、それ以上に、男子に邪な目で見られるのが耐えられなかった。小学校では男子から胸のことで何度かからかわれたことがあり、その頃から男子を避けるようになって、しかし避ければ避けるほど、なぜか「目立たないけど可愛い女子」という意味不明な位置に押し上げられた。そのせいでこうして、日常的に自分のコンプレックスに対しての話を聞くし、体育などで突き刺さる視線が本当に苦痛であった。
 そんな鳴海の悩みを聞いてくれるのが、親友の島田唯(しまだゆい)であった。島田とは小学校の頃からの付き合いで、鳴海が唯一、気を許せる友達なのだった。そして島田は、鳴海が胸のことでコンプレックスを持っていることを知っているため、そのような男子の会話を耳にすると、決まって注意に行く。それ自体は非常に有難いのだが、問題がある。島田は、阿呆だった。今日もその阿呆さは、絶賛稼動中であった。
「ちょっとそこの男子!」
 先ほど鳴海の胸について話し合っていた男子数名の中にずかずかと入り込み、島田はビシッと鳴海を指差す。
「想像してるくらいなら本人にサイズを直接聞きに行け! それでもあんたらは男か! 男なら揉みしだかさせてくださいくらい言えなあうー! うー!」
「ちょっと唯っ、やめてよっ!!」
 島田の口を押さえて黙らせ、そのまま無理矢理引き摺って撤退する。恥ずかし過ぎて顔が真っ赤になっているのが自分でもはっきりとわかる。なんでこの子はこんなに阿呆なんだろう、と鳴海は思う。いい子なんだけど、本当に阿呆なんだ。ここさえなくなれば、本当にいい子だけが残るのに。どうして神様はこんな悪戯を施したのだろう。島田を引き摺りながら鳴海は神様に文句を言う。
 廊下まで引っ張ってようやく、島田を開放した。すると島田はまるで晴れた太陽のように笑い、
「いいじゃん別に、減るもんじゃないし! それどころか逆に大きくなるかもし痛いっ! ごめんかなぽん、ごめんってば!」
 まだ阿呆なことを言い続ける島田をぼこぼこと殴りながら、鳴海は本当に大きなため息を吐き出す。
 そんな島田と一頻りじゃれ合った後、鳴海達は帰り支度を済ませて、一緒に帰路に着いた。
 何かお腹減ったねー、とか、今日はどこへ寄って行こうかー、とか、そんな他愛のない話ばかりしていた。やがて話の方向性は進路の方へ向かって歩き出し、就職するか大学へ進学するかの話し合いになって、就職するならどんな職がいい、とか、大学ならやっぱりあそこがいいよね、とか、そこでもまた、特に答えを求めていない、他愛のない会話が続けられる。
 帰路の途中、ファーストフード店が目に止まったので、小腹を埋めるために二人揃って店に入った。互いにポテトとドリンクだけを注文し、窓際の席に座ってさらにお喋りが続く。
 基本的に、鳴海は島田といる時以外、あまり積極的に誰かと話したりはしない。男子はもちろんのこと、見知らぬ女子ともあまり上手く会話できないのだった。簡単に言えば単なる人見知りであって、鳴海としてもそれをどうにかして克服したいと日々思ってはいるのだが、結局どうすればいいのかわからないので放置していたりする。
 そんな時、島田がふと窓から外を見て、「ん?」と素っ頓狂な声を出した。
 島田の視線を追う。
 ファーストフード店の前は比較的大きな国道となっていて、ちょうど向かいには高く続く階段が見える。その階段を登ってあるのは、全国的にも有名な神社で、日々参拝客が後を絶たない。今日も国道の向こうには参拝を終えた人がちらほらと行き交っているのが見て取れるが、この町に住んでいればそんなことは日常の光景であろうし、別段変わった所は、
 あった。階段の上の方。小さな頃からあの神社に年に数回は訪れるため、それもまた見慣れた服装であったが、こうして階段の所まで来ているのは初めて見たかもしれない。道路から見上げて、階段の上の方から、一人の巫女装束を纏った二十代後半あたりの巫女さんが歩いて来ていた。
 なんでこんな所まで来ているのだろう、そう疑問に思ったのだが、すぐに理解した。巫女さんの横には、随分年老いた老婆がいた。その老婆の手を取り、巫女さんは階段を一緒に下って来ていたのだ。
 その光景を、特に何も言わずに二人は見続けている。
 やがて階段を降り切り、老婆が何度も頭を下げているのが見て取れる。それに巫女さんは本当に綺麗に微笑んでいた。見惚れてしまうその笑顔から視線が外せない。老婆が再三頭を下げた後、目の前の信号が青になったため、ゆっくりとこちらに向かって歩き出していた。巫女さんはまだ、老婆を見送っていた。
 危ない、と思った時には、どうすることもできなかったと思う。
 けたたましいクラクションを鳴らして、一台の乗用車が横断歩道に向かって直進していた。鳴海と島田が「あっ!」と揃えて声を出して椅子からお尻を上げた時にはすでに、見送っていた巫女さんは走り出していた。
 一瞬の出来事だった。横断歩道でクラクションの音に驚いた老婆が立ち止まり、そこに突っ込んだ乗用車。鳴海と島田も含め、その音で横断歩道に視線を向けた誰もがきっと、間に合わないと思ったはずだがしかし、まるで映画のようだった。間一髪で、巫女さんが老婆の手を引いて向こう側に戻し、体勢の崩れた老婆を支えた。その時になってようやく、ブレーキの音が聞こえたように思う。盛大なブレーキ音が響き渡り、横断歩道をまたいでアスファルトにスリップ痕が数十メートル伸びた頃になってようやく車が停止する。
 誰もが胸を撫で下ろしたはずだった。が、止まった車の運転席のドアが勢いよく開き、中から髪を金髪に染めた男が飛び出して来た。その男はそのまま巫女さんと老婆の所へ走って行き、何かを大声で怒鳴り始めた。ガラス越しで何を言っているのかはわからないが、罵声だったように思う。
「行こうかなぽんっ!」
 走り出した島田にそう言われて、何も考えずに無意識で後に続いた。
 外に出ると、男の声がはっきりと聞こえた。
 酷い罵声だった。死にたいのか、信号無視しやがって、飛び出してんじゃねえ。そんな、身勝手な台詞だった。どう考えても信号無視をしたのは車の方だったし、下手をすればあの老婆は轢かれていた。にも関わらず、謝罪どころか逆に罵声を浴びせるとはどういうことか。
 腹が立った。文句を言いに行くのは怖かった。だけれども。これは、見過ごせないと思った。勇気を振り絞り、島田と一緒に横断報道を渡り、そして口を開き掛けて、
 その時に聞いた巫女さんの言葉を、鳴海は生涯、忘れないと思う。
「――貴方も、怪我はありませんでしたか?」
 たった、それだけだった。
 男は予想外の一言に口篭り、「あ、ああ……」のような声を出していて、しかし次の瞬間には、思いっきり巫女さんに引っ叩かれていた。澄んだ、渇いた音が鳴り響いた。誰もが、度肝を抜かれた。男はあまりのことにその場に引っ繰り返り、呆然と巫女さんを見上げて口をぱくぱくさせていた。
 巫女さんは言う。
「互いに怪我がなければいいのです。ですが、一歩間違えば貴方はこの方を殺めていた。そのことに関して謝罪は愚か、自らの過失を認めず罵声を放つその愚行に、恥を知りなさい」
 吸い込まれそうなほど澄んだ眼をして、彼女は凛と、そう言った。
 そこから後の記憶に関しては、少々曖昧だった。
 気づいた時には日はだいぶ暮れていて、道路にはスリップ痕だけを残し、その場には誰も残っていなかった。それでも鳴海と島田はいつまで経ってもそこから動くことが出来ず、ただただ、呆然と立ち竦んでいた。それからさらにどれくらい経ったかはわからない。あまりの出来事の連続で、意識を完全に持って行かれていた。
 やがて紡がれるのは、鳴海の呟きだった。
「巫女さんって……どうやったらなれるのかな……」
 その時から、割と本気で、巫女を目指そうと思った。
 神職とは違い、巫女になるのは特別な資格などがいらないと知った時は正直拍子抜けであったが、あの時に見た巫女さんについては、勉強して学ぶ資格以上のものを見たように思う。それらをどうしても学びたくて、学校が終わると毎日、あの神社へ訪れるようになった。島田は別に巫女になりたい訳ではなかったが、どうもあの巫女さんをすごく気に入ったらしく、毎日付き合ってくれた。
 老婆を助けた巫女さんに会うことも出来た。名前は矢次玲といった。あの時、感動した気持ちを人見知りで上手く話せない中、しかし拙い言葉で矢次に対して、精一杯伝えた。矢次はそれを丁寧に聞き、最後に「ありがとう」と言って微笑んだ。それから徐々に矢次と仲良くなり、足繁く通っていることから神職の方々とも仲良くなった。
 巫女になりたいのだという気持ちを伝える機会は、案外早かった。高校を卒業して、まだ気持ちが変わらないようであれば、本当にこの神社で働かせてくれるとまで言われた。嬉しかった。それからは巫女のことのみならず、神社や神職のことも幅広く勉強した。心の在りようについては、矢次に聞いて回った。そんな中で、矢次が習っていた剣道を心の鍛錬として一緒に習うようにもなった。
 そうした日々が過ぎる中、あの日がやってきた。
 神宮路彼方による、『戦争』の開戦宣言だ。
 最初、鳴海はこの『戦争』に大反対をした。この『戦争』は本当の戦争ではなく、単なる遊びである。だがしかし、ここで「人を簡単に殺せるんだ」と錯覚してしまうかもしれない生徒や、命の尊さを履き違える生徒が出て来る可能性を危惧してのことだった。もちろん神宮路彼方や生徒会に対しても直談判を行ったが、受けつけてもらえなかった。
 そして、頼みの綱である矢次に相談したら、あろうことか、彼女は言ったのだ。その『戦争』の中でしか培えないものもあるかもしれない、と。そう言われて反発はしたが、最後は押し切られてしまった。不満はあったにせよ、しかしあの人が言うことなのだから間違いはないだろう、と半ば半信半疑で、この『戦争』に参戦した。
 『派閥』は『巫女派』以外、有り得なかった。
 参戦するにあたり、鳴海は二つの誓いを立てた。
 ひとつは、絶対に自ら『戦争』を行わないこと。
 ひとつは、間違った道に進む者がいた場合、その者を正すこと。
 それがこの『戦争』において自分にできることであり、最大の譲歩だと鳴海は考えた。
 そして今、不本意ではあったが、『北の鳴海』と呼ばれるまで成長を続けた我が『派閥』は、この『戦争』が始まって初めて、ひとつの誓いを守るために、ひとつの誓いを破った。
 道を踏み外した者がいた。その者を正すために、鳴海は自ら『戦争』の場へと赴いた。
 そうして、己が信念を胸に抱き、鳴海加奈子は、開戦を合図する刃を振り下ろしたのだ。



     「南のメイド派編 下」



「『北の鳴海』……ッ!」
 切られた腕を押さえながら、遠野は歯を食い縛る。
 前方に展開するのは、巫女装束を纏った鳴海を筆頭に、『副隊長』の島田唯を含めた、『巫女派』の面々であった。
 クソッ、と遠野は悪態をつく。
 完全に虚を突かれた。『北の鳴海』は自ら進軍を行わないということを過信したが故の、油断であった。左腕には赤いペイント液がついている。ということはつまり、この腕は「切られた」のである。この『戦争』にて、『北の鳴海』に勝利するか敗北するか以外、この腕は「負傷」扱いと見なされ、使用することはできない。まったくもって、厄介なことになった。
 鳴海の構える日本刀の切っ先が、ゆっくりと揺れて行く。
「貴方には邪気がある。この『戦争』の悪鬼が、貴方には巣食っている。――故に」
 切っ先が、真っ直ぐに遠野を捉える。
「我等『巫女派』は、貴方をここで討ちます」
 ここまで来て、こんなところで邪魔をされてたまるか、と遠野は拳を握る。
 が、ここでこのまま『北の鳴海』と『戦争』を行うのは不利だ。今まで、『北の鳴海』は迎撃に徹してきた。今回、遠野は自ら先陣を切って『北の鳴海』に『戦争』を仕掛けるつもりでいた。迎撃態勢を取った『北の鳴海』を討ち滅ぼす算段は、すでにつけてあったのだ。だが今、『北の鳴海』はその迎撃態勢を捨て、真っ向から打って出て来た。攻撃に回った『北の鳴海』の戦闘能力は未知数。ここでこのまま『戦争』を続けるのは、得策ではない。
 ここは一度撤退し、残りの兵力を集める必要がある。兵力で言えばすでに、『メイド派』は『巫女派』の二倍だ。加えて、そこに『ニーソ派』の戦力が加わっているはず。態勢を整えさえすれば、『北の鳴海』には絶対に負けない。だからこそ、ここで戦うのは得策ではなく、屈辱感はあるがしかし、今は一度撤退するしか手段はない。
 歯をさらに食い縛り、言葉を吐いた。
「一番隊は『巫女派』を足止めするんだ……ッ! ぼくは一時撤退し、二番隊から十番隊と合流後、戻って来る……ッ! それまで持ち堪えろ……ッ!」
 『メイド派』の一番隊が武器を手に、真っ向から『巫女派』と向き合う。
 そして床に倒れたままだった赤崎の手を取り、遠野は走り出す。背後から銃声が聞こえるが、それはすべて無視をした。一番隊だけで食い止められるほど、『北の鳴海』は甘くはあるまい。これはあくまで時間稼ぎだ。『メイド派』の本拠地に戻れさえすれば、後はどうとでもなる。反撃を開始して、一気に戦況をひっくり返してやる。それにはまず、ここを抜けるのが最優先なのだ。
 こんなところで、負ける訳にはいかないのだ。
 あんな思いは、もう二度と、
「――ッ!?」
 走り続けていたその時、遠野の頭の中に最悪な結論が降って湧いた。
 まさか。そんな馬鹿なことがある訳がない。そんなことが、できるはずがないのだ。ほとんどの全勢力をぶつけたと言っても過言ではない。これ以上ないほどの勢力を投入したのだ。常識的に考えて有り得ない。有り得るはずがない。有り得ていいはずがないのだ。そんなことができるはずがない。そんな訳がない。そんな訳が、
 廊下に飛び散る真っ赤な液体は、奥に進むにつれて、戦死した兵士と共に多く、そして濃くなっていた。もはや冷静に事を考えるだけの思考回路は、停止していたと言ってもいい。いま、目に見えるこの状況だけが、事実なのである。足場のないほど倒れる兵士の間を縫い、廊下を必死に抜けて行く。後ろの赤崎が何かを言っているのが、まるで耳には入らない。思考がまったく回らない。信じられない。いや、信じたくない。この目で見るまでは、絶対に信じない。こんなことが出来るはずが、
 『メイド派』が本拠地とする教室の扉は、閉まったままだった。
 荒い息をそのままにして、その扉に手を掛けた。
 暗い室内に差し込む、廊下の明かり。
 その明かりに視線を上げ、ソファに座ったまま、
「――遅かったな、遠野」
 そう言って、君嶋義和は悪魔のように笑った。
 現実はすぐそこに転がっていた。もはや疑いようはない。見えるすべてだけが、事実だ。
 ――全滅。『メイド派』の二番隊から十番隊、総勢三百名以上が、全滅。
 現実に、追いつけない。
「だから忠告したじゃないですかー」
 君嶋の近くに立っていた高嶺香織が、巨大な機関銃を手にしながらニコニコと笑っている。その周りに、まるで壁のように立つ屈強な男が十人。顔を知っている。『ニーソ派』『副隊長』である高嶺香織の直属の部下、『縞々ニーソ隊』の面々だ。
 有り得るはずがなかった。相手は、たったの十二人だ。君嶋義和と、高嶺香織と、『縞々ニーソ隊』の、十二人だ。この十二人が強いのは知っていた。それを計算に入れて、ほぼ出来得る限りの全勢力をこの場に集めて、突入させたのだ。三百人だぞ。十二人対三百人だ。いくら個々の力が強いからと言って、どうこうできるレベルの話ではない。圧倒的な兵力だった。統率された指揮だった。これ以上ないくらいの、最高の布陣だった。なのに――全滅だと。そんな馬鹿な話がある訳が、
 君嶋が、ソファから立ち上がる。
「……なぁ遠野。お前の貫き通したいもんは、一体何なんだよ?」
 一歩近づかれる度に、遠野が無意識に一歩下がる、
「お前は何でこの『派閥』を立ち上げたんだ? おれがお前と同盟を組む時、お前の言葉が嘘で固められてることなんて承知していた。承知していてなお、その裏に見え隠れする一本の確たる信念に興味があった。だからおれはお前と同盟を組んだ。面白れえもん見せてくれんじゃねえかって思ってたんだが……思い違いだったみてえだな」
 遠野がついに、廊下の壁まで追いやられる。
 そこに近づきながら、君嶋は巨大な銃口を持つリボルバーを抜いた。
「……お前、自分自身で気づけてねえんだろうな。メイドっていうのは、ただの建前だろうがよ。どこで歪んじまったのか知らねえけど、お前の中にある信念は、お前が抱く『萌え』は本当はそんな所なんて向いちゃいねえんだ。それに気づけない奴が、おれに、おれたちに勝てる訳ねえだろうが。数に頼って自分自身が強くなったと錯覚してるような奴に、おれが負けるかよ」
 銃口が、遠野の額に押し当てられる。
「いいか。憶えておけ。本音を出さなきゃ、強くなんてなれねえ。お前が感じるままの想いを、たった一人でも声に出して叫び続ける、それこそが本当の信念で、本当の『萌え』だ。お前にはそれがわかると思っていたんだが……、――約束だ。お前は、おれの前に立ち塞がった。故におれは、てめえを容赦なく、殺す」
 引き金に指が添えられる。
 抵抗はできなかった。成す術は、なかったのだと思う。
 が、
「君嶋君っ!」
 その光景を見ていた赤碕が、遠野を庇う形で目の前に躍り出てきた。
「……何のつもりだ」
 真っ向から見据えてくる君嶋を、赤崎は怯むことなく見返した。
「待って。お願い。卓は、卓は本当は……っ!」
 君嶋は、容赦をしなかった。
「ごちゃごちゃうるせえな」
 銃口が、赤崎に向けられた。
 その瞬間に起こったことについては、遠野自身にある、本能だったように思う。
 すべてが無意識だった。気づいた時には拳を握っていたし、気づいた時には廊下を蹴っていて、気づいた時には君嶋義和の名前を叫びながら、生まれて初めて、人を殴った。振り抜いた拳は君嶋の頬を捉え、全身の力を集めながら全力で振り切った。その反動で君嶋が三歩だけ後ろに下がり、遠野自身はバランスを崩してその場に倒れる。が、すぐに飛び起きて、訳もわからないまま、絶叫していた。
「茜に手を出すなッ!!」
 歯を食い縛り、殴ったことにより感覚が半分ほど失われた拳を握り締める。
 この男が、嫌いだった。
 あの日、自分のすべてを崩壊させたこの男が、嫌いだった。
 自分が無力なのは知っていた。自分には何の力もないことなど知っていた。だけどそれでも。ちっぽけな意地くらいは、あったのだ。大切な人を守るのだという、ちっぽけな意地くらいは、あったのだ。
 あの日、自分は何もできなかった。大切な人が殴られることを、見ていることだけしかできなかった。守ることができなかった。仕返しすることすら、できなかった。惨め過ぎるだろうが。大切な人を守れなかった挙句、その大切な人は、名前も知らない奴に助けられた。こんな惨めな話が、あるか。
 お前の言葉は正論だ。自分に力さえあれば、あの時、大切な人を傷つけずに済んだ。自分に力さえあれば、あの時、大切な人を守れたのだ。お前の言葉は、正論だ。だからこそ、お前が嫌いなんだ。持って生まれたものが、育った環境が、違い過ぎるだろうが。そんな人間が、そんなお前が、正論を吐くな。自分の物差しで他人に正論を吹っ掛けるお前が、嫌いなんだ。
 この『戦争』では、自分が大切な人を守るのだと誓った。だけどそれには、弱い自分では限界がある。だからこそ、盾が必要だったんだ。誰も立ち入ることのできない要塞を作る必要があったのだ。腕力もなければ喧嘩もしたことがない、そんな自分が何かを守るためには、それらが絶対必要不可欠だったのだ。故に『派閥』を作り、圧倒的な盾と要塞を築き上げ、すべての上に立とうとした。頂点にさえ立てば、もはや誰も逆らわない。頂点にさえ立てば、もう向かって来るものもない。弱い自分が何かを守るためには、手段なんて選んでいられなかったのだ。
 後少しだった。
 後少しで、全部終わったのだ。
 弱い自分が、後少しで、大切な人を守れたのだ。なのにお前は、それの邪魔をする。もうあんな思いは二度としたくない。あんな惨めな思いだけは、もうしたくない。大切な人を、いつも隣で笑ってくれていた赤崎茜を、今度こそ自分の手で守るのだ。もう二度と、赤崎茜を傷つけさせはしない。赤崎茜が大好きだった。だからこそ、今度こそは、
 拳をさらに握り締める、
「お前に……ッ!! お前なんかに、茜を傷つけさせてたまるか……ッ!!」
 その声を受け、俯いていたはずの君嶋義和が、唐突にふつふつと笑った。
「……やりゃあできんじゃねえか。それだぜ遠野。忘れんなよ。今のがお前の信念で、そこに抱くそれこそが『萌え』だ。そいつを守りたいんだろうが。メイド云々なんて関係ねえ、そいつ自体が好きなんだろうがよてめえは。それを、忘れんなよ。……それを一人でも叫び続けて初めて、おれとお前は同格だ。次があれば、その時は、――本気でやり合おうぜ」
 君嶋が、悪魔のように笑う、
「――……今度会うときゃあ、てめえの女くれえ、しっかりてめえで守れよ」
 瞬間に、君嶋の身体が翻った。
 頬に恐ろしいまでの衝撃。一発で視界が真っ暗になった。廊下の壁に後頭部から激突して、別角度から入った激痛に視界を取り戻す。しかし天地がまったくわからなくて、足から一瞬にして力が抜けてその場に膝を着く。頭の中がぐるぐる回転している。何がどうなっているのかがわからない。取り戻していた視界が暗転する、意識が遠のく。前のめりに倒れそうになったその刹那、身体が支えられた。
 虚ろな視線を彷徨わせ、必死に光景を脳に送る。
「……卓。――……ありがとう。もういいよ。もう、いいんだよ」
 赤崎茜が瞳に涙を溜め、綺麗に笑いながら遠野卓の身体を支えてそう呟いた。
 その声を聞いた瞬間、そしてその笑顔を見た瞬間、全部を理解した。そして理解したと同時に、今まで塞き止めていたものが、一気に決壊した。
 ここに来て、ようやく気づいたのだった。この『戦争』中、ただの一度でも、赤碕が笑ったことがあったのだろうか。この自分に対して、笑いかけてくれただろうか。あの日のあの時、遠野がこの『戦争』に参加すると決めたあの時から、赤碕は一度でも、大好きなあの笑顔で、笑いかけてくれただろうか。
 生まれてからずっと、毎日のように見ていたはずだったのに。それなのに、記憶の中にある赤碕の笑顔は、果たしてどれくらい前のものなのだろう。そんなことにも、自分は気づけないでいた。自分は一体、何をしていたのだろう。自分は果たして、何を守ろうと思ってここまできたのだろう。
 この笑顔を絶やしたくないと、この笑顔を守るのだと、そう、思ったんじゃないか。
 視界が涙で歪む。小さな嗚咽を漏らしながら、遠野は口を開く。
「ごめん……ごめん、茜ちゃん……っ」
 そんな言葉に、赤崎は笑いながらただ、首を振った。
 赤崎の胸に自らの頭を預けた。
 次はちゃんと守るから。
 次はちゃんと、ぼくが自分で、茜ちゃんを守るから。
 そう言って、遠野卓は泣いた。
 その言葉に赤崎はひとつひとつ相槌を打ちながら、やがてそっと遠野を抱き締め返し、自らの銃を抜いた。
 それは、包み込むような声だった。
「卓。悪夢から覚めよう。これは、卓の夢なんだよ。卓は寝てて、ちょっと悪い夢を見てただけなんだよ」
 だから、と赤崎は笑った。
「いつものように、わたしが起こしてあげる。……ね、卓」
「……茜ちゃん………………ありがとう…………」
 赤崎がよく知る顔で遠野が笑った後、

 銃声が木霊した。それから少しだけ遅れて、もう一つ、銃声が響く。
 そして、『四大勢力』の内、残るは『東の君嶋』と『北の鳴海』のみとなった。



     「宣戦布告編 上」



「『隊長』って前々から思ってましたけど、不器用ですよねー」
 隣を歩いている高嶺はそう言ってニヤニヤしている。
 その横で殴られた頬を摩りながら、君嶋はぶっきら棒に、
「うるせえよ。何もしてねえだろうがおれは」
 しかし高嶺はそんな君嶋を見て「ふひひ」と、本当に嬉しそうに笑う。
 それが何かムカついて、高嶺の頭に拳を振り下ろそうとした時、君嶋と高嶺は同時に足を止めた。
 前方に視線を巡らせる。
 二人と対峙するように、北の『巫女派』の『隊長』、『北の鳴海』こと鳴海加奈子はそこに立っていた。
 高嶺が警戒して一歩前に出ようとするのを、君嶋は制止する。
 鳴海は真っ直ぐに君嶋を見据え、口を開いた。
「……不思議な人ですね、貴方は」
「あん?」
「考えてやっているのか、無意識でやっているのか。それはわかりませんが、貴方は凄いと、わたしは思います」
 しばらくの間、無言で見詰め合っていた。
 しかしやがて鳴海が踵を返して、何の言葉も発しないまま歩き出す。
 その背中を呼び止める、
「待てよ鳴海」
 鳴海は振り返りはしなかったが、足を止めた。
 やるべきことは、決まっていた。
 これが、最後なのだ。
「残ってるのはおれとお前だけだ。……やり合おうぜ。初めてお前と向き合ったが、理解した。お前からはおれと同じ匂いがする。面白そうだ。どっちの信念が強いか、決めようぜ」
 少しの間の後、鳴海は小さなため息を吐いた。
「どうせ嫌だと言っても、貴方は来るのでしょう。……わかりました。受けて立ちます。しかしそうですね……三日後で、どうでしょうか」
 今すぐ『戦争』を始めたかったが、それくらいの譲歩は飲もう。
 諸々の準備を決めてくれた方が、さらにこの『戦争』は激化するはずである。
「構わねえ。三日後だな。……楽しみにしてるぜ、鳴海」
 鳴海は返事を返さなかった。そのまま廊下を歩いて行き、やがて見えなくなる。
 そうして残された君嶋はふつふつと笑い、その横で蚊帳の外に置かれていた高嶺は、不満そうに頬を膨らませる。



     「高嶺香織編」



 高嶺香織は、縞々模様のニーソックスが大好きである。
 黒や白はもちろんのこと、ガーター付きなども色々と試してはみたが、やはり縞々ニーソが一番可愛いと高嶺は思う。
 私服はすべてニーソに合わせており、愛用している縞々ニーソの数はすでに三桁を超えた。常時縞々ニーソを穿いていたいくらい好きではあるが、中学では靴下は指定のものがあったために学校内では穿けなかった。制服とニーソの組合せは最高に可愛いのに勿体無い、と高嶺は日々不貞腐れている。
 今年入学した都筑高校もまた、靴下は指定のものがあった。ただしそこまで校則が強い訳ではなさそうな学校だったので、もうちょっとしたらこっそりと穿いて来てやろうと思っている。
 そんな高校に入学して二ヵ月とちょっと。その頃になるとある程度、学校内のことも分かりつつあった。入学したての一年生にとっての一番の驚きといえば、奇想天外な神宮路彼方という変な大金持ちがいることであったが、高嶺にとってはそれ以上に興味を惹かれる人物がいた。
 三年生の君嶋義和である。顔も良ければ喧嘩も強い、だけどニーソが大好きな変態紳士。そんな噂が平然と蔓延している人物であり、ニーソが好きな高嶺にとって、非常に興味深い男子の先輩であった。腹を割ってニーソのことについて盛大に語れるかもしれない、と半ば本気で思っていた。
 高嶺香織は、自分が人よりも可愛いことを自覚しており、普通にしているだけである程度学校内で名前が通る自分自身に自信を持っていた。が、顔が良いせいでひとつ問題があったのだ。女子はともかくとして、今まで周りにいた男子は皆、「高嶺香織」という外見の良い女子生徒が好きなのであって、「ニーソを穿いた高嶺香織」が好きな者は、一人もいなかったのだ。前者だとしても好意を寄せてくれるのは有難いし嬉しいのだが、高嶺としては自らが好きな縞々ニーソを穿いた自分を好きになってくれる人が欲しかったのである。
 だからこそ、君嶋義和という男子生徒には、興味を惹かれた。
 一度話してみたいと思いつつも、しかし結局は出会う機会もなく、入学して二ヵ月余りが経っていたあの日、体育館でバスケの授業中、初めてその人物を目撃した。体育教師に追い駆けられて逃げて行く中の一人。あれがそうなのだ、ということはすぐにわかった。顔は悪くない。悪くないというか、普通に格好良い。外見は合格点以上であった。では問題は、内面だ。それも合格点だったその時は、「付き合ってもいいかなー」とか、そんなことを上から目線で考えていた。
 とりあえずまずはお話してみよう、と高嶺は思った。
 そう思い立ったら後は早かった。翌日には君嶋の下駄箱の中に手紙を突っ込み、放課後の校舎裏に呼び出した。まるで告白するかのような行動であったが、話をしてみて内面も合格点だった場合は、その場でこちらから告白してもいいかなとまで思った。今まで男子と付き合ったことはなかったけれども、互いにニーソが好き同士であれば上手く行くと、何となくそう思った。
 放課後になると教室内でいそいそと学校指定の靴下を脱ぎ捨て、家から持ってきた一番のお気に入りである白と黒の縞々ニーソを穿き、意気揚々と決戦の場へと向かった。するとすでに君嶋は校舎裏で待っていて、高嶺を見ると一瞬だけ驚いた顔をしつつも、真っ直ぐにこちらと向き合った。
 高嶺香織は、自分が人よりも可愛いことを自覚している。普通にしているだけで、ある程度学校内で名前が通る自分自身に、自信を持っている。今までそれが揺らいだことはなく、揺らがせるような人物も、一人もいなかった。この日ももちろん、それが揺らぐことはないのだと考えていた。「高嶺香織」という名前は、こちらから言わずとも、相手は認識しているのだと、そう思っていた。
 その前提を信じ込み、高嶺は綺麗に微笑みながら口を開いた。
「君嶋先輩ですよね? わたしのことは知っていると思いますけど、今日はですね、先輩とお話をし」
「いや。顔は見たことがあるが名前は知らん。誰だっけお前」
 本気の目で、真っ直ぐにそう言われて、言葉に詰まった。
 この人は今、何と言った。顔は知っているが名前は知らない。そう言ったのだろうか。どういうことだろう。この人は自分の顔と一緒に、「高嶺香織」という名前を認識していなかったのだろうか。そんなことはないだろう。あるはずがない。この学校の全校生徒がすでに、「高嶺香織」の名前と顔は認識しているはずである。自意識過剰とかそういう話ではなく、それはほとんど事実であるはず。なのに、だ。なのにこの人は、入学して二ヵ月足らずですでに学年どころか学校内でも上位トップクラスだと噂されるこの自分のことを、知らないというのか。そんなことはないだろう。そんなこと、ある訳がない。
 きっと自分の言い方が気に入らなかっただけなのだ。ちょっと惚けているだけなのだ。そうに決まっているのだ。
 高嶺は内心を悟られないように引き攣った笑顔をそのままに、
「そうですか、知りませんでしたか。すみませんでした。わたし、高嶺香織って言います。一年生です」
 君嶋の表情は何も変わらない、ちょっとイラッとする、
「あのですね。今日は君嶋先輩とお話があって」
「お前、ニーソ好きなのか?」
 話を最後まで聞いてよ、と思いつつも、しかし単刀直入なら話が早い。
 高嶺はぱっと笑う、
「そうなんですよ。先輩と同じです。わたしもニーソが大好きなん」
「黒ニーソは?」
 負けるもんか、と高嶺は思う、
「わたしは縞々ニーソが好きなんですよー。黒はなんか味気なくな」
「話にならん。黒ニーソ穿いて出直せ青二才」
「……は? え、あ、ちょっと! 先輩!?」
 呼びかけ虚しく、君嶋は振り返らずに歩いて行って、やがて見えなくなった。
 校舎裏に取り残された高嶺は一人、状況を理解できずに呆然としていて、やがて部活動の終了を告げるチャイムが鳴った頃になってようやく状況を理解し、理解した瞬間にはふるふると震え出して、涙でいっぱいになった顔を上げ、傾きかけた夕日を見据えて心の中で思った。
 あったまきた。あんな人、大っ嫌い。
 大嫌いであるがしかし。ここで退けるか。ここまで馬鹿にされて黙っていたのでは、この怒りは治まらない。高々黒ニーソ如きが縞々ニーソを馬鹿にしたことを、絶対に後悔させてやる。ニーソの中では縞々が一番可愛いに決まっていた。そんなこともわからないくせに何が青二才だ。そっちこそ青二才のくせに。だからこそ。
 徹底抗戦を開始してやろうと思った。奴が黒ニーソを好きだというのなら良いだろう、こっちからは絶対に下手になど出ない。向こうから頭を下げてくるまで、絶対に折れてやらない。奴が縞々ニーソの魅力に気づいて頭を下げて謝ってくるまで、徹底抗戦だ。そのためには手段なんて選ばない。ニーソの中の頂点は縞々ニーソだということを、あの頑固な分らず屋に叩き込んでやる。
 その日から、指定の靴下を脱ぎ捨てて、校則糞食らえで常に縞々ニーソを穿くようになった。もちろん楽な選択肢ではなかった。先生からは怒られるし、女の先輩には呼び出されるしで、大変な道のりであったがしかし、高嶺は絶対に折れず、縞々ニーソを穿くことを辞めなかった。時折廊下ですれ違う奴に、これでもかというくらいに縞々ニーソを見せつけてやるのだが、相も変わらず反応は薄く、その度に高嶺の意地はさらに膨れ上がって行く。
 それからしばらくした後、変化は別のところで現れ始めた。高校に入学してからも男子生徒から告白されることはずっと続いていたが、最近ではその告白の種類が、少しずつ変わってきている。前は「高嶺香織」が好きで告白されていたはずだが、最近では、「ニーソを穿いた高嶺香織」が好きだという男子生徒も現れ始め、高嶺としてはそれは理想の流れであると言えた。
 しかし。いつまで経っても、その男子生徒の中に、君嶋義和が現れることはついになかった。
 そして、高嶺が都筑高校に入学して四ヵ月、つまりは徹底抗戦を開始してから約二ヵ月後のその日。
 神宮路彼方の一言によって、『戦争』の幕は気って落とされた。
 高嶺は迷うことなく真っ先に『縞々ニーソ派』を立ち上げ、そこの『隊長』となった。
 案の定、君嶋は『黒ニーソ派』を立ち上げ、そこの『隊長』となっていた。
 最高の舞台であると言えた。この二ヶ月間、一日足りとも君嶋のことを忘れたことなどなかった。この屈辱と雪辱を晴らすにはもはや、君嶋が立ち上げた『黒ニーソ派』を完膚なきまでに叩き潰して支配下に置き、絶対忠誠を誓った君嶋を目の前に跪かせ、「ニーソの頂点は縞々ニーソです高嶺様」と言わせた挙句、縞々ニーソに頬擦りさせる他には考えられない。
 絶対に負けるもんか、と高嶺は思った。
 この『戦争』によって解放された思いをそのままに、すぐさま高嶺の下に集まった者たちがいた。高嶺が縞々ニーソを穿いている姿が好きだ、と告白して来た生徒も含め、三十人の人間が集まった。その中から選りすぐりの猛者を選抜し、『縞々ニーソ隊』と名づけて直属の部下とした。
 用意は万全であった。君嶋の『黒ニーソ派』と戦う前に、幾つか他『派閥』とも『戦争』を行ったが、『縞々ニーソ隊』の力は圧倒的で、もはや敵はないと言っても過言ではなかった。
 快進撃は止まらない。『縞々ニーソ派』は戦国時代のその中で確実に勢力を拡大し、気づけばすでに『派閥』構成人数は三桁の大台に差し掛かっていた。対して『黒ニーソ派』は潰れてこそいなかったが、『構成』人数は未だに一桁であった。
 楽勝だった。あの分らず屋の頑固者を完膚なきまでに叩き潰す頃合だと思った。
 『縞々ニーソ派』を率いて、高嶺は『黒ニーソ派』に『戦争』を仕掛けた。
 あの日以来、君嶋と真っ向から対峙するのは初めてであった。
 一桁と三桁の『派閥』が対峙し合う。
 その先頭の高嶺は、君嶋を見据えながら、本当に可愛く笑った。
「お久しぶりです、君嶋先輩」
 高嶺としては皮肉の笑みのつもりだったのだがしかし。
 皮肉を返されたのは、高嶺の方であった。
 君嶋は前と何ひとつ変わらず、表情すら変化を見せず、言ってのけた。
「ああ。あん時の。ええっと……。あれ。名前なんだっけ、お前?」
 いくら外見と外面が良い高嶺とは言え、我慢の限界というものがある。
 こっちはこの二ヶ月間、一日足りとも忘れたことがなかったというのに。
 それなのに。よもや名前まで、憶えていてくれていないとは。
 その時、自分が何と言って『戦争』を開始させたのかは憶えていない。ただ、『縞々ニーソ隊』は容赦なく『黒ニーソ派』に襲い掛かり、次々と蹂躙して行った。数十秒と経たずに『黒ニーソ派』の面々はすぐに戦死し、残すは『隊長』である君嶋のみとなった。『縞々ニーソ隊』が君嶋から円を作るように展開し、徐々に包囲を狭めて行く。もはや逃げ場はない。これで終わりだ。絶対忠誠を誓えば、いくら君嶋と言えども高嶺の名前くらいは憶えるであろう。これでようやく、この鬱憤は晴れる。これで、ようやく。
 『縞々ニーソ隊』が一斉に君嶋へ襲い掛かり、そして、
 この時に起こったその出来事を正確に述べることは、不可能だと思う。なぜなら、それを遠巻きに見ていた高嶺ですら、何が起こったのかまるで理解できていなかったのだから。
 気づいた時には襲い掛かったはずの『縞々ニーソ隊』はそれぞれが別方向に吹き飛ばされていて、全員が眉間に銃痕があった。襲い掛かった十人が全員、頭を打ち抜かれて戦死させられていた。対して、中央に立っていた君嶋に赤い液体は見当たらなかった。人間業ではなかった。
 目を見開く高嶺へ向けて一歩を踏み出しながら、君嶋は両手に持っていたハンドガンを投げ捨て、巨大な銃口がついたリボルバーを抜いた。
 すぐに我に返った。状況は理解できないにせよ、高嶺は真っ向から打って出る。制服のブラウスの下から、身の丈程もある機関銃を後ろ手に掴んで引っ張り出して構える。トリガーを小さな指で鷲掴み、標準を前方の君嶋に向けて固定した。躊躇わなかった。トリガーを力の限りに引き絞って撃ち続けた。
 今まで、高嶺が前線に出て戦ったことも何度かある。その都度、高嶺は真っ向から敵対『派閥』を壊滅させて来た。特定の部活動には入っていないが、運動神経はかなり上の方だと自負している。この学校で部活を行っている並大抵の生徒であれば、特に練習もなしに全員その競技で捻じ伏せられるくらいの運動神経があると、思っている。事実、戯れで仮入部した部活動では、そうしてすべて捻じ伏せて来た。運動神経があるということは、動体視力もあるはずである。遠距離で動く人間を捉えるなど、訳はないと、そう思っていた。なのに。
 当たらない。機関銃の連射性能をフルに利用し、標的が動く方を先読みしているのにも関わらず、当たらない。運動神経が抜群に良いとか動体視力が動物並だとか、そういう話ではない。そんなところの話ではなく、もっと根本的な理由がそこにある。全部読まれている。どうやっているのかわからない、わからないがしかし、「高嶺がどこに撃とうとしているのか」をすべて、丸々読まれている。
 あまりの事態の連続で、冷静な判断力を見失っていたのが原因だったと思う。
 気づいた時には君嶋は目前に迫っていて、そこに標準を合わせようとした時にはすでに、機関銃の銃口が思いっきり踏み倒されていた。衝撃と反動で手から機関銃が叩き落され、無機質な音を響かせながら床を何度か転がる。その音が鳴り止まない内に、高嶺はすべての状況を整理して判断し、先の攻防で自然と屈めてしまった状態を有効活用することを決断して、腕から下の動きだけで太股の内側に携帯していたサバイバルナイフを抜いた。
 それを逆手のまま振り上げるより早くにその手が君嶋の左手に鷲掴まれ、そのまま恐ろしいまでの力で背後まで追いやられた。身長差と力の差をずるいくらいに利用され、教室の壁に到達する頃にはすでに、高嶺の足は床に着いていなかった。壁にぶつかると同時に背中から伝わった衝撃に無意識の内に口から小さな呻き声があふれ、未だに捕まれたままだった腕から力が抜け、ついに手からサバイバルナイフが床に落ちた。
 そのサバイバルナイフが澄んだ音を響かせて転がり終わる頃にはすでに、首を左腕で押し当てられるように固定され、巨大な銃口のリボルバーが額に突きつけられていた。
 すぐに状況は理解できたし、これ以上、高嶺には取るべき策はなかった。思い知らせるはずが、逆に思い知らされる羽目になった。これ以上ないくらい、完膚なきまでの、負けであった。
 だが。この人を相手に、命乞いなんて真似は死んでもしたくなかった。この人に向かって、縞々ニーソより黒ニーソの方が良いんだと言うくらいであれば、死んだ方がマシだった。
 縞々ニーソが大好きだった。それを捻じ曲げるくらいであれば、この『戦争』を降りることを選択する。この人を相手に、自分の信念だけは、死んでも曲げたくない。曲げちゃいけないんだ。絶対に、貫き通さなければならないんだ。ここで曲げたら、ここで貫き通さなければ、この二ヶ月のすべてが無駄になり、そして今までの自分をすべて否定することになる。だからこそ。この人に対しては、絶対に、曲げずに貫き通すんだ。
 そうすることで初めて、自分はようやく、この人に、見てもらえるんだと思った。
 だから。だから、こそ。
 高嶺は、目の前の君嶋を真っ直ぐに見据え、小さく口を開く。
 ――この『戦争』を、降ります。そう、言おうとした。
 が。それは、君嶋の悪魔の笑みによって遮られる。
「――その眼。気に入った」
 君嶋の瞳から視線を外すことができない、
「おれはおれの中の信念を、己が抱く『萌え』を変えるつもりはねえ。だがそれはお前も同じなんだろ。その眼を見て確信した。だったらそれでいい。ここで脱落にするには惜しい眼を、お前はしてる。故に、お前はお前の中の信念を貫き通せ。他の『派閥』を全部淘汰した後にもう一度、おれにお前の信念を見せてみろ。その時が本当の決着にしておいてやる。だからいまは一度、大人しく目を閉じろ」
 引き金に指が置かれる、君嶋は未だに笑っている、
「最後のその時まで、おれの背中、お前に預ける。だから、」
 そうして紡がれる、君嶋義和の一言。
「――高嶺香織。おれに、付いて来い」
 名前――。
 この人に初めて名前を呼ばれた時、不思議と全部が納得できた。
 ああ。そういうことか。好きとか嫌いとかじゃなく。
 ただ、この人に、名前を憶えて欲しかったんだ。
 ただ、この人に、認めて欲しかったんだ。
 そんなちっぽけな、だけど大切な、意地だったのだ。
 高嶺は笑った。本当に綺麗に、笑った。
「……やっと名前……憶えてくれましたね……」
 それだけで、満足だった。
 だからいまは、この人に付いて行こうと、そう、思った。
 高嶺がゆっくりと眼を閉じた時、リボルバーの引き金が、引かれた。

 その日、神宮路彼方と生徒会の下に、例外的な相談が来る。
 『派閥』名の変更要請。審議の結果、それは通った。
 そうして生まれたのが、『ニーソ派』だった。
 やがてその『派閥』は、東の『ニーソ派』、後に『東の君嶋』と呼ばれるようになる。



     「宣戦布告編 下」



 何かがいつもと違う。
 『戦争時間』が開始される十分前の『準備時間』が始まるチャイムの音が響いてから五分間、君嶋義和はずっとそう思っている。
 何かがいつもと違う。違うのだが、その何かが思い出せない。何だろうか。学校内が静かだからだろうか。いや、学校内が異常に静かなのは、他『派閥』がもう『北の鳴海』以外、残っていないからだ。『北の鳴海』自らドンパチは始めないだろうし、『ニーソ派』としては、君嶋と高嶺、それといつもどこかに潜んでいる『縞々ニーソ隊』がいれば事足りるため、有事以外では待機命令を下してあるから余計な物音は立てない。そのため、学校内が静かなのだろう。確かにそれはいつもとは違うがしかし、違和感はそんなところではないのである。
 もっと日常的で、もっと根本的な違和感。
 なんだろう。何が違うのだろう。
 そうぼんやりと歩きながら考えていた時、唐突に思い至った。
 当たり前過ぎてすっかり忘れていた。
 隣に、高嶺香織がいないのである。
 いつも『準備時間』が始まると同時にどこからともなくやって来るのが高嶺である。いつもいつも、呼んでもいないのにいつの間にか隣にいる。それがあの日、高嶺に「背中を預ける」と言ったあの日からずっと続いていたため、日常化してまったく気にしていなかったが、いざ隣にいないとなると違和感がある。別にそれが寂しいとは思わないし、隣でぺちゃくちゃうるさくされるくらいならいない方がいいのだが、こうも何の前触れもなくいつもとは違う行動を取られると調子が狂う。
 小さなため息を吐きつつも、あの馬鹿どこ行きやがった、と君嶋は思う。
 携帯電話を確認してみても連絡はなかった。学校を休んでいる訳ではあるまい。高嶺は学校を休む時は必ず、頼んでもいないのにメールで連絡を寄越して来る。「風邪をひいたので今日はお休みです」とか「今日は女の子の日なので休みます」とか、そういうどうでもいいことを、君嶋から返信などしたことがないのにも関わらず、未だに律儀にも連絡して来る。そんな高嶺だからこそ、連絡がないということはつまり、今日は欠席ではないのだろう。
 じゃあ本当にどこへ行ったんだ。せっかく一番面白そうな『戦争』が二日後だというのに。
 まさか余計な情報戦なんて展開しているんじゃないだろうな、とため息を吐く。高嶺は優秀である。優秀であるが故に、惚けた顔をしてどこまでも周到に準備をする傾向がある。そんなことをせずとも、訪れた状況をそのままで楽しめばいいものを。今日問い詰めてみて、余計なことをしているようであれば小突いてやろう、と君嶋は思った。
 廊下を歩いていると、『準備時間』が終わったことを合図するチャイムが鳴った。これより『戦争時間』の開始となる。が、残存勢力は『北の鳴海』のみ。『北の鳴海』との『戦争』は二日後。つまりは後二日間は、何事もないはずなのである。まったくもって無駄な時間であった。とっとと始めたい気持ちはあるにはあるが、条件を飲んだのはこちらである。約束を違えることは避けたい。しかし三日は長すぎた。一日後とかにすればよかったぜ、と君嶋は頭を掻く。
 そうして、『ニーソ派』の本拠地である教室の前まで来た。高嶺の教室である。
 君嶋を迎えに来なかったということは、この中にいるのであろう。どうせ今頃パソコンと睨めっこしながら情報戦を繰り広げているのだと思う。まったくもって、優秀過ぎる『副隊長』を持つと面倒だった。
 そんな風なことを、呆然と考えていた。
 危惧すべきことなど、何ひとつなかったはずである。
 だから、君嶋はいつもと変わらず、無造作に教室のドアを開けた。
「高嶺。お前、余計なことすん――」
 言葉は最後まで紡げなかった。教室内の電気は、消えていた。
 廊下から差し込んだ明かりが、教室内を照らす。眼に入ってくる光景を、瞬時に脳が理解していく。列を成していたはずの机は教室中に散らばっていて、横倒しにされたり反対を向いたりしていた。掃除用具箱が豪快に倒れていて、中から箒などが飛び出して床に散乱している。壁や天井の至るところに赤い銃痕が残されている中、刃物で切ったような赤い線も多数見受けられた。
 床に倒れているのが十人だということは、すぐに判別できた。どいつもこいつも、見覚えのある顔だった。それもそのはずであろう、高嶺の直属の部下、『縞々ニーソ隊』の面々だった。その面々を順に追って行って、ようやく視界が捉えた。教室の窓際側から一番奥の後ろ。赤い液体が大量に付着したカーテンの下。
 教室の壁に背を預けるように座り込み、傍らに機関銃を取り落とし、身体中に赤い液体を大量に付着させながら、

 心臓に確かな銃痕を残して、高嶺香織はそこにいた。

 言葉は発しなかった。状況は、すぐに理解できた。
 立ち止まっていたのは僅かな間だけだった。
 君嶋はゆっくりと歩き出し、高嶺の側でしゃがみ込む。
 赤い液が僅かに付着した頭を無造作に掻き回しながら、
「ちょっとだけそのまま寝てろ。すぐに戻って来る」
 ふと思い出して、
「それと、これ。少し借りるぞ」
 そう言いながら、高嶺のスカートの内側に手を入れて、太股に携帯されているサバイバルナイフを抜き取った。
 その間際に、俯いていた高嶺の顔から滴ったそれが、君嶋の手の甲に落ちる。
「――……」
 敢えて、それに気づかないフリをした。
 片手にサバイバルナイフを握り締めて、君嶋は立ち上がる。
 そのまま教室から出て、後ろ手にドアを閉めた。
 サバイバルナイフを逆手に握り返し、手の甲に落ちた綺麗な透明のそれをそっと拭い、君嶋は小さな息を、一度だけ吐いた。
 ――そっちから三日後だっつったのに、お構いなしか。
 さっき考えたばっかりだ。残存勢力はもう、『東の君嶋』と『北の鳴海』しかいない。
 高嶺が、そんな簡単にやられるかよ。高嶺をやれる可能性があるとすれば、もはやただの一人しか思い浮かばない。同じ匂いがすると思ったんだがな。まさか根本的なルールまで破って突っ込んで来るとは、さすがに予想外だ。こちらからならいざ知らず、向こうから全部ぶった切って来るとは、さすがに思ってもみなかった。約束も、『準備時間』も、もうお構いなしか。純情無垢な皮を剥いで姿を現したのは、物の怪を超える鬼だったか。形振り構わず『戦争』吹っ掛けておいて、これでお終いにゃあしねえよな。まさかルール違反に乗っ取ってこのまま退場処分で逃げ切れるなんて考えてねえよな。
 こんな形でお終いにして納得するほど、こちとら人間出来てねえぞ。
 こんな真似されて黙っていられるほど、穏やかな人間でもねえぞ。
 なぁ。お前もそうだろう。
 おれ等がこんな出鱈目な幕引きなんぞで、納得するわきゃあねえよな、――高嶺。
 片手にサバイバルナイフを握り締めたまま、君嶋義和が、リボルバーを抜いた。

 上等だ。――受けて立ってやるぜ、『北の鳴海』……ッ!!



     「北の巫女派編」



 鳴海加奈子は、巫女装束が日本の正装だと半ば本気で思っている。
 巫女装束を身に纏っていると心が落ち着く。これはある種の暗示なのだとは思う。思うのだがしかし、未だかつて、これほどまでに心が澄む服装を鳴海は知らない。日本中が巫女装束を着用すれば争いなんて起こらないのに、と案外本気で思っていたりする。が、それを先陣切って自分が行う勇気はないし、普段着にする勇気ももちろんなかった。普段はあの神社でしか着用しないし、これからもそのつもりであった。
 でも、この『戦争時間』だけは、この服装でいようと決めた。
 それは、鳴海が掲げた誓いを、そしてこの胸にある信念を見失わないためである。
 何事にも揺るがず、何者にも揺るがせない。この正装でいる限り、自らはすべてにおいて不変であり、すべてにおいて公平であらねばならない。情には絶対に流されず、守るべきものは守り、討つべきものは討つ。見失ってはならない。この『戦争』において重要なのは、信念を見失わないことである。そこを見失えば最後、その者は必ずこの『戦争』に飲み込まれる。神宮路彼方が賽を投げたこの『戦争』に、本当の信念を食われる。その最たる犠牲者は、おそらくは遠野卓であったのであろう。
 だからこそ、正してやらねばならなかった。それがこの『戦争』における、神宮路彼方と真っ向から対立する、自分の役目なのだと、そう思った。故に誓いに基づいて行動を起こした。しかし『メイド派』と真っ向からの衝突を経て、辿り着いた時、鳴海は目にした。自分とはまったく違う種類の人間。
 対峙して、判った。
 ――鋼の精神。揺るぎ無き絶対の信念。
 君嶋義和。君嶋が持つ信念はきっと、鳴海とは種類はまったく異なるが、強固なる信念には変わりない。この『戦争』に飲まれるどころか、この『戦争』を逆に飲み込もうとしている。きっと君嶋は、この『戦争』をただ純粋に楽しんでいるに違いない。己が胸に抱く信念を掲げ、それをただひたすらに、純粋に貫き通そうとしているのだ。あれほどまでに真っ直ぐに信念を貫き通そうとする人間を、鳴海は今までにただ一人だけ、見たことがある。
 矢次玲である。矢次と君嶋は、内に秘めるものが違うとは言え、同じ眼をしていた。だからこそ、理解した。あの眼をしている者に何を言っても、自分の信念は絶対に曲げないであろうし、あの時、君嶋の言葉を否定したとしても、自らの信念を貫き通そうとしてくるに決まっていた。だからこそ、考える時間が欲しかった。それ故に、鳴海は『ニーソ派』との『戦争』開始まで、三日の期限を要求したのである。その内に、考えたいことがあったのだ。
 それは、これ以上、この『戦争』を続ける意味があるのかどうか、である。
 もうこの『戦争』に参加している者は、君嶋義和率いる『ニーソ派』と、鳴海が率いる『巫女派』しかない。もともとこの『巫女派』を立ち上げた理由は、間違った者を正すためであるからして、その役目は今、ほとんど終わったと言っていい。君嶋であれば間違ったことなど起こらないであろうし、まさか神宮路彼方が用意した現金に眼が眩んでいる訳でもあるまい。もう鳴海の役目は、終わったと判断してもいいのではないか。逆にそうしてしまえばこの『戦争』は終わりを告げて、全部が元通りになるのではないか。そうした方がきっと、誰にとっても良いように思える。
 あとは、君嶋義和を信じるか否か、だけである。
 体育館の舞台の中央で正座をしながら思考していた鳴海は、隣で座布団の上に座り込んでうつらうつらしていた『巫女派』『副隊長』である島田唯を見つめた。
「ねえ、唯」
 びくっと島田の身体が震えて背筋を正し、出来の悪いカラクリ人形のように口を開いた。
「寝ていません。わたしく、寝てなどいません。ええ。寝ていませんとも」
 くすくすと鳴海は笑う、
「いいよ怒らないから。それよりちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
 島田は少しだけ垂れていたよだれを服の裾で拭いつつも、
「なに? またおっぱいのサイズおっきくなったの?」
 ぽこ、とその頭を鞘に納まったままの刀で叩く。
「違う。ちょっと真剣な話」
 いてて、と頭を摩りながら、ちょっとだけ涙目で島田は鳴海を見つめてくる。
 島田から視線を外さずに、鳴海は言う。
「君嶋君って、どんな人?」
「ニーソ好きな変態紳士」
 真っ先にそんな言葉が返って来た。鳴海は苦笑する、
「それはわかってる。そんな噂、いっぱい聞いてきた。そうじゃなくって、もっとこう、内面的な話」
 ふむ、と島田は腕を組み、
「内面ねえ。わたし別に君嶋と親しい訳じゃないしなぁ。……あ、でもほら。君嶋ってさ、変な噂はいっぱい聞くけど、悪い噂は聞かないよね?」
 そういえばそうである。都筑高校に入学して二年と約半年。君嶋義和に関しての噂は数え切れないくらいに耳に入ってきたが、入学当初に起きたあの事件を例外で考えれば、他に悪い噂は聞かない。女の子をまた泣かせた、とかそういう話は何度か聞くが、ああいうのは色恋沙汰のもつれであるし、別に悪い噂であるとは鳴海は思わない。
 いろいろ融通は利かなそうではあるが、悪い人ではないとは思う。だけど後一歩、決め手に欠ける。
 島田は腕を組むのを止め、体育館の舞台の床に手を着いて身を乗り出しながら、
「なにかなぽん? 君嶋に惚れたの?」
 内心めちゃくちゃ動揺したが、顔には出なかったと思う、
「そんなんじゃないってば。そうじゃなくて、」
 島田はさらに顔を寄せながら、
「だいじょうぶ。自信を持ちたまえかなぽん。かなぽんは可愛い。そして巨乳だ。ニーソ好きとか言ってるけど男はみんなおっぱいが大好きさ! あいつの手を取ってかなぽんの胸に導けば一瞬で獣になきゃあああああああああああっ! あぶないっ! かなぽんそれあぶないっ! いまそれ洒落にならないってっ!」
 日本刀を力任せに抜き身で振り回した。それを盛大な悲鳴を上げながら逃げ惑う島田。体育館の至る所で雑談をしていた『巫女派』の面々がその声に舞台を見つめ、「『隊長』と『副隊長』がまた遊んでるぞー」と茶々と入れる。
 刀を鞘に戻す。島田が隣で仰向けに寝転がりながら呼吸を整えている。
 小さなため息。
「まったく……。真面目な話をしてるの」
 未だ仰向けで倒れたままの島田は一回だけ大きな深呼吸をした。
「……信じていいんじゃないの。人見知りのかなぽんが、君嶋とは真っ直ぐに話せたんでしょ? かなぽんも言ってたじゃん。君嶋が玲さんと同じ眼してたって。それはほら、なんていうのかな。雰囲気? とかそんなものが、似てたからじゃないの? だったら心配ないじゃん。あの人は間違わない。なら君嶋だってきっと同じ。かなぽんもそう思ってるんでしょ?」
 阿呆でさえなければ、島田は文句無しで良い子なのだと思う。阿呆でさえなければ。
 傍らに日本刀をそっと置く。鳴海は、骨組みで出来た天井を見上げた。
「もういいのかなぁ……。わたしの役目って、これで全部終わったよね……?」
 あの眼をしている以上、君嶋は信じるに値する。島田の言葉を受けて、ようやく納得できた。信じる用意は出来たのだ。あとはこの『戦争』を終わらせれば、全部元通り。役目は終わったのだと思う。成り行きとは言え、ここまで来てしまったこの『戦争』を降りる頃合なのかもしれない。
 島田がよっこいしょ、と身体を起こした。
「かなぽんがそれでいいならいいんじゃない? わたしは反対しないよ。……あ。でも」
 そこで一度だけ言葉を切り、島田はまじまじと鳴海を見つめた。
「な、なに?」
 あまりに真剣に見てくるものだから、少しだけ仰け反った。
 すると島田は「うん」とうなずいた。
 そうして、阿呆なことを言った。
「ニーソと巫女装束、どっちが本当の『萌え』なのか、確かめてみたいかも」
 呆気に取られていたのは数秒だった。
 何度目かわからないため息を吐く。
「わたしは別にどっちが可愛いとかどうでもいいの。どっちも可愛いでいいじゃない」
「うそ」
 ずいっと島田が近寄って来る、
「巫女装束がいちばん可愛いと思ってるのかなぽんじゃん。知ってるよー。この前、玲さんにまた新しい巫女装束頼んでたでしょ? あれ何着目なのさ。それに寝る前にいつもニコニコしながら巫女装束見てるのだって知ってるんだからね」
「え。ちょっ、ちょっと!? なんで知ってるの!?」
「そう思う気持ちこそ『萌え』なんだよきっと。だからさ、ちょっと興味はある。そんなかなぽんと君嶋。どっちの『萌え』が上なのかなー、って。……あはは。わたしもこの『戦争』に感化されちゃったのかな?」
 そう言って、島田は太陽のように笑った。
 その笑顔を見て、何も言えなかった。反論できなかったのだ。
 この『戦争』には未だに反対している。それは本心だ。――だけど。心のどこかで、小さく思っていることがある。それがまだ、この『戦争』を降りようとしない理由である。
 君嶋のあの眼。揺るぎ無き絶対の信念の眼だ。矢次と同じである。自分は果たして、あの眼が出来ているのだろうか。この胸に置いた確たる信念は、あの眼に近づけているのだろうか。君嶋と真っ向から手を合わせれば、それがわかるのだろうか。そんなことを、ちょっとだけ思う。
 隣で島田が「わたしはどっちでも反対しないよ。かなぽんのしたいようにすればいいさ」と笑っている。
 良い子だ。本当に、良い子だ。迷っている自分の背中を、優しく押してくれる。
 決心が着いた。まずは、君嶋と話をしてみよう。思っていることを全部伝えて、それから話し合おう。君嶋が戦わずして勝ち残るのをよしとすればこの『戦争』を降りる。しかしもし万が一、君嶋が戦うことを望んだその時は。正面から、ぶつかってみよう。あの眼に近づけているのかどうか。それを確かめるために、己が胸に確たる信念を持って、この『戦争』に身を投じてみよう。君嶋と同じようにただ純粋に、己が信念を
 突如として、爆発音が響いた。
 体育館の入り口から砂煙が噴射して、恐ろしいまでの地響きのようなものが響き渡る。その砂煙に紛れて、巨大な咆哮と共に大量の人間が体育館に雪崩れ込んで来た。その大群が体育館の床を踏み締める度に振動が館内に響き渡り、しかしその足音を掻き消すかのような爆発音が再度体育館全体を揺るがし、それを合図に銃声が何十発と撃ち鳴らされた。
 鳴海と島田が度肝を抜かれ、しかしすぐに立ち上がって声を上げる、
「どうしたの!?」
 舞台の袖に走り寄って来た一人の隊員が、信じられないことを言った。
「『東の君嶋』ですッ!! 『ニーソ派』が進軍して来ましたあッ!!」
 ――なんで。そんな。そんなことが、
「嘘っ! だって君嶋君との『戦争』は二日後って約束を、」
 部下は声をさらに荒げる、
「しかしッ!! あれは『ニーソ派』ですッ!! これは事実なんですよ『隊長』ッ!! 指示をッッ!!」
 状況がまるで理解できない、何がどうなっているのかがわからない。
 地響きと銃声と悲鳴が絶えない中、隣から大声が上がる、
「各員迎撃準備ッ! 中央で絶対に食い止めてッ!」
「ちょ、ちょっと唯!?」
 島田を制止しようとした時、真っ向から肩を捕まれた。
 至近距離から真っ直ぐに眼を見据えられ、叫びが投げかけられる、
「取り乱しちゃダメだよかなぽん! あれは本当に『ニーソ派』なの! 君嶋がどういうつもりか知らないけど、あれが攻めて来た! このままだと全滅するよ!? あなたの役目は何なの!?」
 そう問われて、一瞬だけ沈黙する。
 心の奥が、すっと冷たくなった。見失ってはならない。何事にも揺るがず、何者にも揺るがせない。巫女装束を身に纏っている限り、自らはすべてにおいて不変であり、すべてにおいて公平であらねばならない。情には絶対に流されず、守るべきものは守り、討つべきものは討つ。この信念を、見失ってはならない。いま、守るべきものは『巫女派』。いま、討つべきものは『ニーソ派』。どういう意図かはわからない。だが、揺らいではならない。見失っては、ならないのだ。
 肩を掴んでいた島田の手をそっと外し、床に置いてあった刀を手にした。その刀身を抜き、真っ直ぐに振り切る。
 紡がれるのは、凛とした言葉。
「――ありがとう、唯。もう平気」
 体育館の全体に向き直る。
 突然の出来事に、かなり後方まで後退してしまっている。『ニーソ派』は確か百人に満たなかったはず。対して『巫女派』の勢力は二百名を超える。が、兵力は倍ほどあるとは言え、奇襲によってそれはもはや意味を成していない。このままでは必ず押し切られる。こんな形は望んでいなかった。だけど、こうなってしまっては仕方がない。信念に基づき、まずは守らなければならない。
 鳴海は日本刀を掲げ、声を張った。
「――各員迎撃開始ッ!! 卯の陣から展開ッ!!」
 『隊長』のたった一声で、『巫女派』の士気が変わった。
 動揺を即座に打ち消して、指示に従う。それは、反撃を意味していた。迎撃態勢を取った『北の鳴海』は、難攻不落。未だかつて、この鉄壁を落とした『派閥』など、ただのひとつも存在しない。
 押し切られていた態勢を立て直して、徐々に均衡を戻していく。中央から半円状に展開した最前列が強固な盾となり、『ニーソ派』の進軍を押し留める。数の利がここへ来て大きな意味を成していく。盾を崩しても崩しても、瞬時にそれは修復され、逆にさらに強固な盾となっていく。半円状に展開した陣形は崩れることなく、逆に徐々に進軍を開始した。
 『ニーソ派』の足が、ついに止まった。
 日本刀を、一気に振り抜く。
「――撃ッ!!」
 半円状の中央が開き、そこから後方待機していた部隊が突撃する。
 形勢が逆転する。『ニーソ派』の兵士は同時に進軍しては来ていたが、所詮はバラバラの突進に過ぎない。陣形さえ整えれば、恐れるには足りない。浮き足立っていた『巫女派』はもうここにはいない。中央から突撃した部隊を起点とし、半円状になっていた各箇所の盾が開き始める。こうなってしまえば最後、もはや並大抵の『派閥』では止めることは不可能。このまま制圧されて、終わりだ。
 そう。並大抵の『派閥』であれば。
 突撃していた中央の部隊が、突如として決壊した。
 状況を理解する間もなかった。圧倒的な力を持ってして吹き飛ばされた中央部隊の奥から、東の『ニーソ派』『隊長』、『東の君嶋』こと君嶋義和が、歩き出す。
 ある程度距離があるにも関わらず、その眼が真っ直ぐに舞台の上に立っていた鳴海を捉えた。
 ――戦慄。
 恐ろしいまでの冷酷な殺気。
 その気配に鳴海が息を飲んだ時にはすでに、君嶋が体育館の床を蹴っていた。
 それを阻止しようと立ち塞がった『巫女派』の部下を、たった一本のサバイバルナイフで切り殺していく。止まらない。何人いようとも意味を成さない。個人単体に差があり過ぎる。どう足掻いたところで、止めることは不可能だ。常軌を逸している。なぜこのような事態になっているのかはわからない。なぜ君嶋がああも怒気を放っているのかはわからない。しかし現実は目の前にある。
 揺るぎ無き絶対の信念を持った人間は今、悪鬼になりつつある。
 止めなければならない、と鳴海は決断する。
 島田の制止を振り切り、舞台から飛び降りた。それに気づいた君嶋がさらに加速する。
 突き出されたサバイバルナイフを日本刀の刀身で必死に受け止めた刹那、刃物がぶつかり合う、耳を貫くような音が響いた。
 すぐそこにいる君嶋を見据え、本当の意味で動揺する。現実を受け止め切れない。今、目の前にいるこの君嶋が、昨日対峙した君嶋であるとは到底思えない。恐ろしいまでの殺気。何がここまで君嶋を怒らせたのか、まるでわからない。約束を違えるような人ではないはずである。この人は矢次と同じ雰囲気を持っていたはずだ。揺るがない信念を胸に抱いて動いていたはず。なのに。何をそこまで、
 腕の力だけで押し戻される刃を、身体全体を使って必死に持ち堪える、
「……どうして……!? 三日後だって、約束を……っ!!」
 それだけでも聞いておきたかったがしかし、
「――黙れ」
 身の毛がよだつような冷徹な声と共に、逆の手に持っていたリボルバーが問答無用で目前に差し出された。
 躊躇いなく引き金が引き絞られ、銃弾が発射される。顔を逸らすことで回避できたのは偶然で、もう一度やられたら確実に眉間を撃ち抜かれる。その思いが一瞬の恐怖になった時にはすでに、優位に立っていたのは君嶋であった。バランスの崩れた鳴海の身体を力任せに押し切り、背後に後退させる。そこに向かってリボルバーの銃口が標準を合わせ、引き金を
 下から振り上げられた薙刀の刃が、リボルバーを弾く。が、それは君嶋の手から離れることはなく、そのまま空中で止まった。しかしそれで攻撃は終わらない。振り上げられた薙刀が即座に停止、一点の点となって突進する。それの横っ面をサバイバルナイフで正確に受け止めながら、君嶋が乱入者を見据える。
 島田が珍しく真剣な顔をして言葉を紡ぐ、
「どうしたのさ君嶋……! あんたかなぽんと約束したんでしょ……!? なのになんでっ!」
 悪鬼が口を開く、
「約束……? 約束を違えたのは、てめえ等の方だろうがよ……ッ!!」
 意味がわからない。
 鳴海は態勢を立て直しながら目の前の君嶋に向かって問う、
「どういうことですか!? 約束を違えるって、わたしたちは何も……ッ!!」
「黙れっつっただろ鳴海ッ!!」
 薙刀が振り払われ、サバイバルナイフが鳴海を狙う。
 が、振り払われた薙刀が再度戻され、踏み出した君嶋を真っ直ぐに狙った。それを今度は受けずに、君嶋は流した。避けた瞬間、足で薙刀の刀身を真上から踏み倒し、その反動で手から薙刀が弾かれた島田に向かって、君嶋はリボルバーを向けた。鳴海が制止の声を上げる前にはすでに、君嶋はトリガーを引き絞っていた。それに気づいた島田が態勢をズラして
 間に合わない。放たれた銃弾は島田の左肩口に命中し、小さな呻き声を上げて背後に倒れ込む。倒れ込む頃にはもう、君嶋は島田から視線を外し、鳴海を真っ向から睨みつけていた。そのまま二歩だけ踏み出して、君嶋の握り締めたサバイバルナイフが突き出され、鳴海の心臓を狙った。
 その光景を見ていた時、鳴海の中でスイッチが切替った。
 守るべきものは、島田唯。討つべきものは、君嶋義和。
 迷いが消え失せる。信念が鼓動を開始する。
 日本刀でサバイバルナイフを受け止める、
「――これが最後の警告です。どういうことか、説明してくれませんか」
 予想外の答えが返って来た。
「こっちの台詞だ……ッ! 高嶺やっといて、無事で済むと思うなよ……ッ!!」
 高嶺? そう言われて心当たりがある人物は、一人しかいない。
 『ニーソ派』『副隊長』の、高嶺香織。
 が、話の要領を得ない。異常なまでの力で押し返される刀を、必死で支え続ける。
「高嶺さんがどうしたっていうんですか……っ!」
 殺気が、一気に噴射した。
「高嶺を殺しておいて、よくそんな台詞が言えるなてめえ……ッ!!」
 ――どういうこと。
 君嶋の言っている意味がまったくわからない。高嶺香織を殺した? 誰が? 『巫女派』が? そんなことは絶対にない。今日、『巫女派』の面々は誰一人としてここから出ていないし、そもそも鳴海はそんな命令など下していない。高嶺を殺して何になるというのか。だがもし、『巫女派』が高嶺香織を殺しているのであれば、すべての話の筋が通る。君嶋が怒り狂っていることも、約束を違えたのが『巫女派』だと言っているということにも、すべて納得がいく。しかしそれは、「もし」の話である。その「もし」は絶対に有り得ない。
 しかし君嶋の様子から察するに嘘を言っているように見えない。高嶺香織は、確かに「戦死」したのだと思う。では誰が。『巫女派』ではない何者かによって、高嶺香織は殺された。そう考える方が今の状況では妥当だ。だけどそうすると疑問が残る。誰が高嶺香織を殺したのか。『ニーソ派』か『巫女派』でなければ、有り得ない。なぜならこの『戦争』に残っている『派閥』は、もう他にはいないはずな
 ひとつの懸念が、降って湧いた。
 それはたちまち大きさを増していく、
 まさか。もしかして――
「待って君嶋君っ! 違うっ、それはわたしたちじゃなくて、もしかして、」
「黙れっつってんだろうがッ!!」
 均衡がついに崩れ、力任せに再び背後に押し戻される。
 そこに向けられる銃口。その銃口を真っ直ぐに見据え、鳴海は歯を食い縛る。
 考えられる結論はひとつ。高嶺香織をこの『戦争』の中で「戦死」させられる者がいるのだとすれば、それは、
 引き金が引き絞られるその時、
 拍手の音が、響いた。

「素晴らしいじゃないか。なかなか白熱しているね、諸君」

 そんな声が聞こえた。
 鳴海と君嶋が、一斉にそちらへ視線を向ける。
 体育館の舞台の上。『ニーソ派』が攻めて来る前に鳴海が座っていたそこに、彼女は悠然と立っていた。
 大げさに手を左右に広げながら、まるで演劇のように状態を屈め、
「嗚呼。これこそわたしが求めていた最高の刺激だ。だけど、まだ足りない。まだわたしの渇きは潤わないのだよ諸君」
 悩むような素振りを見せて舞台上を歩きながら、
「そこで考えたのだよ。そうして思い至った。わたしもこの『戦争』に参加すればいいんだ、と。わたしにもどうやら、この胸に抱く『萌え』があったらしくてね。気づいたのはつい最近だけど、これこそが最強の『萌え』じゃないのかと考える。だから、それを証明したいのだよ。――なればこそ。君嶋生徒に鳴海生徒。仲間に、入れてはくれないだろうか」
 本当に楽しそうに、言葉を紡ぐ、

「我等『百合派』は、この瞬間を持ってして、この『戦争』に――参戦する」
 そう言って、神宮路彼方は高らかに笑う。



     「神宮路彼方編」



 充実。
 それだけを求めていた。例えそれが一時の充実であっても、それでも構わなかった。
 今のこの状況が少しでも変化するのであれば、それでよかったのだ。
 神宮路彼方の望むもの。それは、この渇きを満たしてくれる何かであった。
 富。名声。家柄。美貌。学。運動。おそらくは大凡の人間が望むべくものは、すべて手に入れていた。すべてが神宮路彼方の思い通りになっていた。思い通りにならないことなど、今までただのひとつもありはしなかった。
 止める人間などいない。止められる人間などいない。この世界は、神宮路彼方を中心に回っているとすら錯覚させるその圧倒的な才能。神宮路彼方は、自分自身のことを類稀なる全知全能の天才なのだと思っている。これほどまでにすべてが揃った人間を、神宮路彼方は他に知らない。
 故に、孤高の天才は渇きに飢えていた。
 対等な人間は一人もいない。対等に成り得る人間すら、一人もいなかった。それはもはや、自分に生を与えてくれた両親ですら同じであった。齢十八にしてすでに、神宮路彼方のすべてにおける情報処理能力は、自らの両親を超越していた。無論、自らを産んでくれたことに関しては感謝の念は絶えないし、今でも本気で尊敬している両親である。だが、そんな神宮路彼方にも、自らの両親に対する不満が、一つだけあったのだ。
 なぜ、自分を凡人に産んでくれなかったのか。
 大凡の人間は、この世に生を受けた後、幾度となく挫折を味わうであろう。人生という名の壁の前に立たされ、そのあまりの高さに膝を着くであろう。しかし、人間はそこで立ち止まらない。必ず立ち上がり、前を向いて歩き出す。悩み、考え、そして決断し、自らの目の前にある壁を乗り越えようと必死になって試行錯誤する。だからこそ人間は強く、だからこそ人間は進化していく。自らの思い通りにならない不条理なこの世界の中で、しかしそれぞれが生を全うしていくのだ。思い通りにならない、ならないこそどうすればいいのかを考える。それが人生の醍醐味だと神宮路彼方は思う。
 だからこそ。孤高の天才は渇きに飢えていた。
 すべてが思い通りに動いていく。それではこの渇きは潤わない。
 自分の思い通りにならないことが、起こって欲しかったのだ。いろんなことを試行錯誤した。いろんなことを実行した。しかしそのすべてがまかり通り、そのすべてが実現された。欲求不満は募っていく。言い知れない虚無感だけが日々大きさを増していき、無理難題を考えれば考えるほどそれは実現され続け、もはや抜け出せない袋小路に陥っていた。
 そんな折に、ある一文を目にした。
 ――『萌え』とは結局、何だったのか。
 実に下らない問い掛けであった。実に下らない問い掛けであったがしかし。
 神宮路彼方は、それに対する答えを持ち合わせていなかったのだ。
 白状しよう。類稀なる全知全能の天才は、こんな下らない質問に対して、胸が躍った。答えの判らない問い掛け。そんなもの、今までにはひとつもなかった。どんな難題でも、どんな複雑な定義でも、考える前に答えは頭の中にあったのだ。だが、この問いにだけは、答えを返せなかった。なぜならそれは、理論云々の話ではないからだ。数十億と存在する人間一人一人の中にあるそれこそが答えであり、真実である。一人の人間が答えを明確に返せる訳など、なかったのだ。
 なんと壮大な問い掛けか。なんと壮大で深い真理か。
 孤高の天才は、高らかに笑った。
 知りたい。『萌え』とはそもそも何であるのか。『萌え』の定義とは何であるのか。『萌え』とは果たして、どのようなものであるのか。神宮路彼方が答えを出せなかった質問に対して、簡単に答えを返せる人間がいるだろうか。――否、断じて否。答えを返せる人間なんているはずがない。美少女アニメを見て息をハアハアさせるだけが『萌え』なのか。フィギアのスカートから少しだけ覗く縞々模様のパンツを眺めて鼻の下を伸ばすだけが『萌え』なのか。違う。そんな低俗な話だけではない。赤子を見て可愛いと思う気持ち。大好きなあの子あの人が時折見せるドキリとする仕草。可愛い小鳥が木漏れ日の中を舞う美しい光景。それらもすべて含めての、『萌え』ではないのか。ならばその明確な定義とは何だ。ならばその中で最も真実に近い『萌え』とは何だ。答えはないのであろう。そんなことはわかっている、わかっていてなお、知りたい。ただ純粋に知りたいのだ。この世界の全人類が認める、この世で最も熱く燃え上がる『萌え』とは何か。そう。『最強の萌え』とは何であるのか。
 争いは、人を確実に、時には飛躍的に進化させて来た。
 なればこそ。
 ――戦争だ。壁の前に立たされた人間が悩み、考え、決断して戦争を行った結果、最後まで生き残っていた人間は、それまでの人間とは違う人間であるはず。その人間が導き出した答えこそ、真実に最も近いはずだ。無論、それはこの地球上に生きとし生けるすべての人間が争って初めて、最終結論に届く。それを実行に移すことも可能であろう。今まで、神宮路彼方の思い通りにならないことはなかったのだ。それもまた、思い通りになるはず。――が。
 それにはおそらく、時間が掛かる。全世界を巻き込んだ戦争を引き起こすには、ちょっとやそっとの行動では到底辿り着けない。その手段を思案してもよかったが、我慢していられなかった。胸が高鳴っていた。今すぐにでも、速報を知りたい。最終結論には程遠いことなど百も承知。そんなことなどわかってはいるが、切っ掛けにはなる。始まりの序曲には、相応しい。
 気づいた時には、放送室でマイクを手に、全校生徒に向けて訴えていた。
 それが、『三時間目の戦争宣誓』であった。
 その後、多少の方向修正はあったものの、そうして『戦争』は幕を開ける。
 『戦争』は日々激化した。勢いで口から出た賞金一千万もまた、効力を成していたのだと思う。しかし、その理由で立ち上がった人間が生き残れるはずなどなかったのだ。これは、言ってしまえば明確なルールのある遊びの『戦争』である。本当の生死を賭けなければ、導き出せない答えもあると思う。だが、遊びと言えども、そこに身を投じた者には少なからず、信念があるはずである。その信念は時に、命にも勝る。命よりも尊く、命よりも重いものに成り得る。
 これは、己が胸に抱く『萌え』を掲げ、それに対して信念を貫き通すための『戦争』だ。邪な信念を抱いた人間が、この『戦争』で、本物の信念を貫き通している者を打ち破って生き残れるはずなど、ある訳がないのである。命よりも尊く重いものであるからこそ、一本の揺るぎ無き絶対の信念を持った人間は、圧倒的に、――強い。
 『戦争』は、加速していく。
 その中心に位置していた神宮路彼方は、確かな充実を感じていた。
 これこそが求めていたものだ。
 この『戦争』は、神宮路彼方に、確かに一滴の潤いをもたらしたのだ。
 しかし――足りない。まだ、足りない。この程度では渇きは潤わない。
 あと一歩まで来ているのだ。それさえ揃えば、この渇きは必ずや、潤うはずであった。
 その一歩をどうすれば踏み出せるか思案するために、神宮路彼方は一人、都筑高校の屋上へ訪れた。
 屋上へ続くドアを開けると、太陽の光と緩やかな風が出迎えてくれた。太陽の光に目を細め、風になびいた髪をそっと押さえる。そうして歩き出そうとした時、神宮路彼方は先客がいたことを知る。
 屋上の手すりに体重を預け、どこまでも続く青空を見上げて壊れた音声付人形のようにいつまでも「あーあーあーあーあーあー」と呻いている男子生徒がいる。その後ろ姿と声だけで、それが誰であるのかを理解した。全校生徒の顔など、とうの昔に把握している。後姿と声だけでも十分、それが誰であるのか理解できた。
 神宮路彼方は、その男子生徒に向けて声を掛けた。
「何をしているんだね、神田生徒」
 その声に「あーあーあーあーあーあー」と呻くのを止め、神田祐輔がこちらを振り返る。
 へらへらとした笑みが返って来た。
「あれあれ。彼方ちゃんじゃん。どうしたのさこんな所で」
「質問しているのはこちらだよ神田生徒」
 神田の方へ歩いて行く。
 神田はそのまま手すりに背中を預けてずるずると落ちて来て、その場に座り込み、隣にいる神宮路彼方を見上げる。
「いやー。暇だなー、と思ってね」
 暇とはまた随分と失礼なこと言う。
 今は『戦争時間』であるというのに。神田はこの『戦争』を楽しんでは、
 そこまで考えて、思い出した。
「なるほど。君はすでに戦死しているのか」
 へらへらと神田は笑う、
「その通り。この前、君嶋と高嶺嬢に撃ち殺されたのさ」
「その報告は聞いているよ。理由までは知らないが」
 神田祐輔はかつて、『黒ニーソ派』の『副隊長』であった。しかし『黒ニーソ派』はいつだったかに『派閥』名変更要請を出してきて、後に『ニーソ派』として再誕した。その際、『隊長』は変わらずに君嶋義和であったが、『副隊長』が高嶺香織に変更されたのである。それからしばらくして、目の前にいるこの神田が「戦死」したという報告を耳に入れたのだ。
 神田は座り込んだまま空を見上げ、
「理由はまぁ簡単なもんだよ。君嶋と高嶺嬢が黒ニーソがいいとか縞々ニーソがいいとかいつまでも本気で怒鳴り合ってたからさ、つい言っちゃったんだよ」
「何をだね?」
「どっちでも一緒じゃねえか馬鹿じゃねえのか、って。したらすげえ剣幕で一瞬で撃ち殺されたよ」
 思わず笑ってしまった。
「それは君が悪いだろう。彼等はそのことに関して信念を持っているはず。その信念は時に命より尊く重い。それを侮辱されれば、怒るのは至極当然であろう」
 そんなもんかねえ、と神田はぼーっと空を見ている。
 疑問が浮かぶ。
「君はなぜこの『戦争』に参加したのかね? そもそもそういったことを言うんだ、もともとニーソにすら興味がなかったのではないか?」
 さすが彼方ちゃんだねー、と神田はなおもぼーっと空を見ながら、
「おれさ、『萌え』とかよくわかんねえんだよ。君嶋がニーソ好きなのは知ってるけど、それに共感もまったくできない。でも暇だったしさ、君嶋に付いて行けば一番有利だし間違いないって思ってね。それにお金も欲しかったし」
 邪な理由で参戦した者の典型型がここにいた。
 しかしここまで素直だと、逆に清々しい。
 神宮路彼方は笑う。
「君は余程、君嶋生徒を評価しているみたいだね」
「そりゃあね。あいつの凄さはたぶん、おれが一番よく知ってる。あいつ反則だわ本当に。チートキャラだよ」
 その台詞に関しては、少しだけ理解ができる。
 君嶋義和。あれは異質だ。あれが本気を出してこの『戦争』を支配しようとしたら、おそらくは誰にも止められまい。
 今でこそ『東の君嶋』なんていう位置で大人しくしてはいるが、それにはきっと理由があるはずである。何かを見極めたいのだろう。何を見極めたいのかは知らないが、そうでなければおかしい。あれほどまでの能力を持っているのだ。静観で留まって満足する器ではないだろう。その面だけを言えば、君嶋は神宮路彼方に近いのかもしれない。だからこそ、多少なりなら理解できるのだ。
 神田がこちらに視線を向ける。
「とまぁそんな訳で、おれはここでこうして暇を潰している訳さ。おっと、戦死者なんだから大人しく死んでおけっていうのは勘弁ね。今はたまたまだよ、たまたま。彼方ちゃんが来たから仕方がなく動いてるだけだよ。退場処分はやめてね。つっても、退場しなくても進展はないんだけれども。せっかくだから最後まで、参加者でいたいのさ」
 神宮路彼方がここに来る前にすでに呻いていたのに、よくそんな口から出任せを言えるものだ。
 が、神宮路彼方としても別にそれはどうでもよかった。
 ここで神田に退場処分を言い渡したところで、何か面白いことになる訳でもあるまい。
 神田は続ける、
「で。おれは質問に答えた。今度は彼方ちゃんの番」
「何がだね?」
「こんな所にどうしたのさ?」
 嗚呼、と神宮路彼方は空を見上げた。
「いやなに。君と同じようなものだよ。ちょっと考え事をしにここへ来たんだ」
「彼方ちゃんでも何か考えたりするんだ。意外だった」
「失礼なことを言うね。わたしの思考は鮪のように動いていないと死んでしまうんだ」
「ふーん。まったくわからない。ところで彼方ちゃん」
「何だね?」
 神田は、しゃがみ込んだまま真剣な顔で神宮路彼方を見上げながら、口を開く。
「真面目な話なんだけどさ。言っていいかな?」
「随分もったいぶるんだね。興味が湧いた。言ってみてくれ」
「彼方ちゃん、パンツ見えてる」
「それは構わない。それで、真面目な話とは何かね?」
「えっ?」
「うん?」
 奇妙な沈黙が続く。
 神田は泣きそうな顔で俯き、
「いやなんかごめん」
 意味がわからない、
「なぜ謝るんだね。別に謝られることなんてされていないが」
 少しだけ残念そうな表情で、神田がけらけらと笑う、
「彼方ちゃんには通用しないか、こういうの。パンツ見られて恥ずかしくないの?」
 ああそういうことか、と神宮路彼方は思う。
「恥ずかしいと思うような下着でもなければ、恥ずかしいと思う体系でもない。わたしを誰だと思っているんだね神田生徒。そんな程度で、わたしという存在が揺らぐ訳はないだろう。それとも何かね、君はここで慌てるわたしを見て、それに関して『萌え』を抱くのかね? ならばそれ相応の対応をするが、どうだろう」
 そういえばそれで思い出した。この『戦争』が始まった頃には確か、それに『萌え』を抱く、『パンチラ派』とか『恥じらい派』とか、そういうのもあったはずである。いつに淘汰されたかはもはや憶えていないが、そういうことに対して信念を貫く者もいるのであろう。誠に奥が深い。
 そんなことを考える神宮路彼方の横で、神田は苦笑しながら手と首を同時に振った。
「いや、いい。遠慮しとく。彼方ちゃんにそういうのやってもらっても、たぶん萌えない」
「失礼なことを言うね君は」
「彼方ちゃんの彼氏になったら大変だろうねえ」
 けらけらと、神田は無神経にそう言う。
 そこでふと思い出したように、
「そう言えばそんな噂聞かないな。彼方ちゃんって、彼氏いないの?」
 彼氏。彼氏彼女。つまりは男女の関係というやつか。
 神宮路彼方は手すりに体重を預け、
「いたことは何度かあるよ。どんなものか確かめたくてね。おそらくは三桁の人間とはそういう関係になったこともある」
「さすが彼方ちゃん。さすがのおれでもちょっと引く」
「好奇心だ。そう軽蔑しないでくれ」
 神宮路彼方は、苦笑しながら思う。
 そう。そういう関係になった男性は何人もいる。いるがしかし、そういった者たちにも、この渇きを潤してくれる者は、ただの一人もいなかったのだ。
 神宮路彼方の欠点を上げるのだとすれば、それはおそらく、恋愛感情や『萌え』などといった、論理的な理論で解明できないことに対して柔軟に対応できないことだろうか。そういうのに疎いというか、そういったものがどのようなものであるのか、まるで理解できない。そういった感情を胸に抱いたことすらない。故に今回、この『戦争』を引き起こしたのだ。これが引き金となり、今まで不明だったものが少しでも解明できれば大収穫だった。
 そのようなものが判ればきっと、神宮路彼方が織り成すこの世界は、もうちょっとは充実するはずなのである。
 隣の神田は、相変わらずけらけら笑った。
「ていうかもう、彼方ちゃんあれなんじゃない?」
「どれだね?」
「女の子しか愛せない身体とかなんじゃない?」
 その時の神田の一言はきっと、特に何かを考えた訳ではない、冗談だったのだと思う。
 しかし。
 神宮路彼方は、違った。凡人に閃きの切っ掛けを貰ったのは、これが初めてであった。
 盲点。未知の領域へ続く入り口が、こんな近くに転がっていたとは。
 今まで三桁の異性と、彼氏彼女の関係になったことがある。しかしその誰もが、神宮路彼方を満たしてはくれなかった。いつしかそれの追求にも飽きてすっかり脳から消えていたが、ここに来て思い至る。試したことすらなかった。三桁の異性では駄目だった。どれもこれもまるで話にならなかった。
 では。では、同姓だったら、どうなのだろう。
 それは、未知の領域だ。
 神宮路彼方は、まるで子供のように笑い、神田へ視線を向けた。
「――素晴らしい。素晴らしいぞ神田生徒。実際に確かめたくなった。付き合ってくれ」
「え? 何が?」と戸惑う神田の手を引いて歩き出す。
 見つけた。踏み出すためのあと一歩を、ここへ来てようやく見つけた。
 盲点だった。なぜ気づかなかった。
 この『戦争』は、確かに己を充実へ導いてくれた。なのに最後まで、己はこの『戦争』の傍観者でいようとしていた。違う。それでは駄目だ。それではこの渇きは潤わない。自らが作り出したこの『戦争』へ身を投じて初めて、この渇きは潤うのではないか。争いは人を確実に、時には飛躍的に進化させて来た。なればこそだ。
 己が限界を決めたのはいつだったのか。これ以上、己が成長しないのだと悟ったのはいつだったのか。そんな壁、打ち破ってしまえばよかったのだ。それこそが、人生という名の壁だったのではないのか。それになぜ気づかなかった。
 まだだ。神宮路彼方という人間は、まだ完成していなかったのだ。確かめなければならない。この閃きが正しい仮説だとすれば、それは革命だ。
 この胸にも、もしかすれば、『萌え』が宿っているかもしれない。
 理解するには、経験するのが一番早い。
 己が胸に抱く『萌え』とは、己が貫き通す信念とは。
 すぐそこに、いつもあったのだ。
 それに、ようやく気づいた。
 なればこそ。

 なればこそ、ここに新たな『派閥』――『百合派』を、設立する。



     「孤高の百合派編」



 状況はすぐに理解できた。
 煮え滾っていた思考が冷静さを取り戻していく。
 考えればすぐにわかったことだ。高嶺の胸に残されていた銃痕。あれが致命傷であったはずである。しかし鳴海は銃を使わない。高嶺を「戦死」させられる者はおそらく、もうこの『戦争』においては鳴海以外に考えられないと思っていた。が、実行犯が鳴海であれば、高嶺に銃痕が残るのはおかしい。
 なぜ気づけなかった。冷静さを欠いていたせいか。自分らしくもない。結果的に約束を違えたのは、こちらではないか。『巫女派』は最後まで、自分に対して是非を問うた。どちらが正しかったのかを、ようやく思い知った。
 君嶋義和は、舞台の上からこちらを見下ろす人物を見据える。
 納得した。
 高嶺を「戦死」させられる者が、鳴海以外に、もう一人だけいた。
「……神宮路、彼方……ッ!!」
 自信に満ち溢れた表情のまま、奇想天外な孤高の天才は一人、高らかに笑った。
「そう敵意を剥き出しにしないでくれ君嶋生徒。君とは正直、真っ向からの『戦争』は避けたいんだ。さすがのわたしでも、君と一対一で戦って無傷で勝てるとは思えない」
 勝てる前提で話を進めるのか。どこまでも、舐めやがって。
 手に持つリボルバーのグリップを、圧し折るかのように握り締める。
 神宮路彼方からは視線を外さず、隣の鳴海に声を発した。
「鳴海。お前との約束を違えたのはおれの方だった。すまなかった」
 首を振る気配だけを感じ取る、
「いいえ。これはわたしも予想外の事態です。しかしこうなってしまっては仕方がありません。彼女のことです、何か考えがあるんでしょう。注意してください」
 しかしそんな言葉など、もはや聞く耳を持たない。
 非礼は詫びた。ここから先は、こっちの話だ。
「関係ねえ。お前は手を出すな。これはおれの、おれたちの問題だ」
 その言葉に隣の鳴海が猛然と抗議を仕掛けたのを遮ったのは、場違いな声だった。
「――ちょい彼方ちゃん! 段取りが違うじゃんか!」
 舞台の袖から神宮路彼方の方へ走って来る男子生徒が一人。
 その顔に、君嶋は見覚えがあった。いや、あったどころの話ではない。中学からずっと一緒にいた奴だ。近頃、『戦争時間』中はまったく姿を見せないと思っていた。が、姿を見せなかったのは当然であろう。なぜならその者はかつて、君嶋と高嶺によって射殺されたのだから。戦死者として、この『戦争』からは戦線離脱していたはず。姿を見せないのは当然であったが、しかしこんな所で再会するとは、これこそ予想外だ。
 発せられた声に、神宮路彼方は子供のように笑う。
「すまないね。ただどうしても我慢できなかった。なんていうのだろう。こう、胸の奥から込み上げるものがあったんだ。これは俗に言う、『萌え』とは違う、『燃え』と呼ばれるものではないかと思うんだけど、どうだろうか神田『副隊長』」
 そんなもんさっぱりわからねえよ、と神田祐輔は頭をぼりぼりと掻いた。
 その呆れ返った顔が少しだけ動き、神田を見据えていた君嶋の視線と噛み合う。
 けらけらと、神田は笑う。
「よう、君嶋。地獄の底から戻って来てやったぜ」
 親指をぐっと立て、神田は君嶋を見据え返す。
 そんな神田を見て、すべてにおいて合点がいった。
 そういうことか。こいつが一枚噛んでやがったのか。
 神田祐輔という男は、自らの欲望に忠実である。自らのやりたいようにやって、神田は今までずっと生きていた。ただ神田には、力が無かったのだ。頭が良くなければ喧嘩も強くない。そんな自分が我を通そうとするのであれば、打算的に就く人間を選んで付いて行くしかなかったのだ。良く言えば世渡り上手、悪く言えば金魚の糞。神田祐輔とは、そういう人間である。
 ただし君嶋は、神田のことが嫌いではない。裏表のないその素直さに対して、君嶋は居心地の良さを感じていた。君嶋にとって、一緒にいてあれほどまでに自然と言葉を言い合い、あれほどまでに真っ直ぐに文句を言い合う者は、神田以外には一人もいなかった。だからこそ、君嶋はずっと神田と行動を共にしていた。その素直さが好ましかったのだ。例えその素直さ故に問題が起ころうとも、それも全部容認して、神田とは友人でいた。そんなことは、神田と友人でいようと思った時から承知していた。故に。
 君嶋は、ふつふつと笑ってみせた。
「なるほどな。今度は、神宮路に就いたか」
 けらけらと、神田は笑い返す。
「まぁ半分以上は成り行きだったんだけどな。悪く思うなよ君嶋」
「思う訳ねえだろうが。お前にはお前の考えがあるんだろ。だったらおれはとやかく言わねえし、言える立場でもねえ。……ただな、神田。お前が、知らない訳ねえだろう?」
 己が貫き通す信念の前に立ち塞がったら、誰であろうとも容赦はしない。
 例えそれが神宮路彼方でも、神田祐輔でも。
 そして。
 神田はなおも笑みを崩さなかった。
「知ってるさ。お前には何度も助けられてる。それに、ぶっきら棒だが誰よりも仲間思いだってことも知ってる。この学校で、おれ以上にお前を知ってる奴はたぶんいねえだろ。だからこそ、いま……おれは結構ビビリながらお前の前に立ってる」
 そうか、と君嶋は笑うことをやめた。
 怒りの矛先が、決まったのだ。
「……高嶺やっといて、無事で済むと思ってねえよな、神田……ッ!!」
 その圧力に押されて、引き攣った笑みのまま神田が二歩だけ下がり、しかしその横の神宮路彼方だけはまるで怯むことはなかった。
 小さな拍手。
「その気迫、実に素晴らしいぞ君嶋生徒。だからこそ、君とはまだやりたくないんだ。……神田『副隊長』、マイクを」
 我に返った神田が、ズボンのポケットからマイクを取り出す。
 それを神宮路彼方に手渡すと同時に、スイッチがONに切替った。
 体育館のスピーカーから、ブツっという音が鳴る。
 それはそれは楽しそうな、神宮路彼方の笑顔。
『聞こえるかね、全校生徒の諸君』
 それは体育館のスピーカーだけでなく、この学校全体から聞こえているようだった。全校放送で繋がっているのであろう。
 神宮路彼方の登場により、交戦が止まっていた『ニーソ派』と『メイド派』の面々が、舞台とスピーカーに視線を彷徨わせている。次に神宮路彼方が発する言葉を、ただ静かに待っていた。
 そうして、神宮路彼方は次なる宣誓を行った。
『諸君。諸君等の活躍によって盛り上がったこの『戦争』も、最終戦を迎えようとしている。しかし、ここで終わらせるにはあまりに惜しい。いま残存している『派閥』は『ニーソ派』、『巫女派』、そしてわたしが率いる『百合派』の三つだ。このまま行けば、この三つのどれかが『最強の萌え』となるだろう。……だが。それで果たして諸君等は満足か? 無論、わたしはそれでも構わない。しかし諸君等は、それで本当に納得できるか? 諸君等が掲げた『萌え』とは、貫こうとした信念とは、そんなに簡単に諦めがつくものか? 諸君等は、そんな気持ちでこの『戦争』を行っていたのか? ……違うだろう、諸君。思い出すんだ。諸君等の胸に掲げた『萌え』を、そして貫きたい信念を。切っ掛けはわたしが用意しよう。だから、再び立ち上がるんだ、諸君』
 沈黙が降り立っている。
 その沈黙を身体中で感じ取るかのように、神宮路彼方は高らかに笑った。
 あの時と同じような、盛大なる叫び声だった。
『故にッ!! 神宮路彼方がここに新たな制定を下そうッ!!
 ――『敗者復活戦』だ諸君ッ!! 今現在我々は皆体育館に集まっているッ!! その中に『ニーソ派』『隊長』の君嶋義和生徒がいるッ!! 君嶋生徒を「戦死」させた者が、新たな『派閥』の『隊長』としてこの最終決戦に参戦できる『敗者復活戦』だッ!! 無論、賞金もまだ生きているッ!! 全員に権利があるッ!! 戦死者、戦線離脱者、退場処分者、そして『ニーソ派』や『巫女派』の諸君等全員にも、この権利はあるッ!! 立ち上がるんだ諸君ッ!! 君嶋義和生徒を、討ち取ってみせよッッッ!!』
 その叫び声が体育館にスピーカーを通して何重にも響いた刹那。
 まるで、地震が起きたかのようだった。恐ろしいまでの咆哮と、大量の人間の足踏みがまるで地震のような振動として体育館まで伝わってくる。
 ある種の狂気。燻っていたものが、再度爆発した。
 あの日、神宮路彼方がもたらした開戦宣言の時のような出来事。理不尽な『戦争』で「戦死」した者もいただろう。己が『萌え』と信念を貫き通せずに「戦死」した者もいただろう。嫌いな『派閥』に淘汰され、屈辱の下に絶対忠誠を誓わされた者もいただろう。不完全燃焼で戦線離脱してしまった者もいただろう。それらすべての者に、神宮路彼方は切っ掛けを与えた。神宮路彼方と、そしてこの『戦争』に飲み込まれた者が再び立ち上がる。それは、この場で邪魔な者を片付けるのに、最も効率的な手段だと言えた。
 振動が近づいて来ることをはっきりと感じながら、不適に笑う神宮路彼方を、君嶋は悪魔の笑みで見返す。
「神宮路、てめえ……ッ!! やってくれんじゃねえか……ッ!!」
 それに同調するのは、事の成り行きを見ていた鳴海だった。
「なんてことを……!! 貴女はなぜそこまで……ッ!!」
 二人の視線を真っ向から受け止めて、神宮路彼方は両手を大きく広げた。
「最終ステージだ諸君。この危機を、果たしてどう乗り越える」
 その声と同時に、君嶋は己が手に持ったサバイバルナイフを握り締めて床を蹴った。
 面倒なことになる前に、神宮路彼方だけはここで殺しておかなければならない。やがてここには、ほぼ全校生徒が乗り込んで来るであろう。それも全員がバラバラに動くのではなく、一つの指示のために、君嶋義和を殺すのだという明確な意思の下、ここへやって来る。全校生徒をたった一人で相手にして、無事で済むとは思えない。ならばこそ、ここで神宮路彼方だけは殺しておかなければならないのだ。ここで、この女だけでも、
 背後から銃声が響く。瞬時に足を止めた君嶋のすぐ横を銃弾が通過していく。振り返ったそこに見たものは、自らの『派閥』に属している隊員が、こちらに向かって銃を向ける姿だった。何人かは周りを止めようとはしているが、数には勝てない。『ニーソ派』並びに『巫女派』の約八割方がすでに、神宮路彼方とこの『戦争』に飲み込まれていた。
 反乱。いや、違う。それは、君嶋義和という絶対的な人間の前に自らの『萌え』を諦めなければならなかった人間が見せる、最後の信念の姿だった。
 君嶋に対して武器を向ける連中に向かい、近くで鳴海が何かを大声で叫んでいる。止めなさい、と。これは間違っている、と。そんなものが今の奴等に届くものか、と君嶋は思う。再び自らの『萌え』を叫ぶ機会が、自らの信念を貫き通す機会が予期せぬ形で与えられた連中に、もはや真っ当な言葉は通じはしない。この自分を、君嶋義和を討ち取るまで、止まりはしないであろう。
 だが、そんなに簡単にいくと思うなよ。
 一度は屈した者の牙が、そんなに簡単に届くと思うな。
 上等だ。片っ端から、――ぶっ殺してやる。
 武器を手に突っ込んでくる連中を、一本のサバイバルナイフで切り殺していく。リボルバーの弾数は全部で六発。鳴海との戦闘ですでに二発打ち込んでいるため、残数は四発である。今のこの状況で弾を入れ替えるのは大凡不可能だった。ならば殺傷手段はもはや、このサバイバルナイフしかありはしない。この四発はすべて、神宮路彼方と神田に叩き込んでやらねば気が済まない。最小限の動きで、最短ルートで神宮路彼方の下へ行き、そして、
 数が多過ぎる。切り殺しても切り殺しても、次から次へと向かって来る。僅かな隙を見つけて走り出そうとすると、必ず銃弾に遮られる。これ以上、進むことができない。どうすることもできなかった。ここで防戦一方で留まることしかできず、この状況を打破する手段が考えつかない。このまま行けばやがて必ず押し潰される。そんな屈辱的な幕引きで、終わってたまるか。まだ何も果たしていない。――高嶺をやられたことに対して、何もできずに、終わってたまるか。
 その時に君嶋が見せた視線に気圧された者に対して首に一閃。蹴り倒しながら進もうとした瞬間、人と人の間を縫って突っ込んで来る奴が一人。けらけらと笑い、神田は少しだけ離れた場所から、人を盾にしながら自らのマシンガンのトリガーを引き絞った。それに誰よりも早く気づいたのは君嶋で、首を切り裂いた者を盾にして銃弾を防ぐ。周りの連中がその流れ弾に当たって次々と倒れて行く。
 うわ、気づかれた、さすが君嶋、という神田の小さなつぶやきは、体育館の昇降口から響いた轟音によって掻き消された。
 神宮路彼方の声に再び立ち上がった連中の第一波が、到着した。君嶋義和を殺せ。それぞれが口を揃えてそれだけを叫び、君嶋を中心に出来上がっていた人だかりを目掛けて突っ込んで来る。
 君嶋が舌打ちをしながら盾にしていた者を投げ捨て、サバイバルナイフを構えたその瞬間、
 銃口から吹く火花と轟音が、君嶋の周りにいた者を容赦なく射殺していく。
 その光景を見た時、瞬時に理解した。銃弾の出所を探った時にはすでに、「てやっ」という声と共に体育館のアリーナ席から飛び降りていて、そのまま君嶋の背後に着地し、しかし無理な飛び降りのせいで当たり前のようにバランスを崩し、三歩だけよろめいたところで君嶋の背中にぶつかった。
 ようやく止まった自らの身体に安堵の息を吐き、彼女は「ふひひ」と笑う。
「――すみません『隊長』。ニーソ穿き替えてたら遅くなりました」
 そう言って、高嶺香織は機関銃を真っ向から構える。
 あの時のまま、身体中に赤い液体を残した格好で、高嶺が再びこの『戦争』に参戦する。身体中に赤い液体を残しているのにも関わらず、縞々ニーソだけが綺麗な新品状態であるのにはもはや笑うしかあるまい。そのために遅くなろうが何だろうが、それが高嶺の信念である。汚れたままのニーソでいられる訳がなかったのだ。こんな時にそんな呑気なことを考えるあたり、流石と言える。しかし。だからこそ、君嶋義和は、高嶺香織を『副隊長』にしたのだ。
 高嶺に背中を預けたまま、君嶋はふつふつと笑う。
「遅せえよ、馬鹿野郎が」
 ふひひ、となおも高嶺は笑う。
「『隊長』がそんな簡単に死ぬ訳ないんだからいいじゃないですかー」
 まったく疑いのないその台詞に、君嶋はため息をつく。
 そのため息が消えない内に、高嶺はぼそっと小さく、
「……それにこっちだって、あんなことされてあったまきてるんですよ」
 しかしそのつぶやきが聞き取れず、
「何か言ったか?」
 高嶺は小さく首を振りながら、
「なんでもないですよー。そうだ、それより『隊長』」
「あん?」
 高嶺が、こちらを振り返って天使のように笑う。
「わたしのために怒ってくれて、ありがとうございます」
 一瞬だけ虚を突かれはしたが、顔には出なかったはずである。
「うるせえよ。誰がてめえなんかのために怒るかよ」
 ふひひ、と高嶺は照れ臭そうに正面を向き直し、一度だけ深呼吸をした。
 その後、体育館に響くかのような声を上げる、
「始めるよー!!」
 刹那、
 体育館を埋め尽くしていた生徒の各箇所から、突如として爆発と同時に悲鳴が上がる。
 数が多い。合計で十箇所から何かが動き始めている。そこを起点として銃声と悲鳴と、そして生徒が出鱈目な方向へ投げ飛ばされて行く。理解する。その箇所にいる全員に見覚えがある。高嶺の直属の部下、『縞々ニーソ隊』である。神宮路彼方の声を受けてなお、高嶺に就いていくというのか。それもまた、彼等の貫き通すべき信念だったのだろう。
 烏合の衆が動揺を露にする。
 形勢はこちらに傾いた。もはや止められはしない。
 神宮路彼方と神田をぶっ殺すのは、こいつ等を片付けてからだ。
 君嶋が、悪魔の笑みで笑う。
「高嶺」
「はい」
「おれの背中、お前に預ける」
「はいはい。任されました」
「行くぞ」
「はい」
 『ニーソ派』の『隊長』と『副隊長』が、真っ向からこの『戦争』に打って出る。

     ◎

 高嶺香織が来ることは、予想の範疇だった。
 あの時、神宮路彼方が高嶺に向かってトリガーを引き絞る時に見せたあの眼。戯言如きで揺らぐようなものではあるまい。何が起ころうとも、高嶺香織は必ず君嶋義和に就くのだということを直感させた。
 『黒ニーソ派』と『縞々ニーソ派』が『戦争』を行った時、二人の間に何があったのかは知らない。知らないが、あれが所謂、信頼や絆と呼ばれるものなのだと思う。だからこそ、この事態に高嶺が来ることは予想の範疇であったし、そもそも最初からこんな戯言で君嶋義和を落とせるとは思っていない。これはただの時間稼ぎである。こちらの『戦争』を行うための、時間稼ぎ。
 さて、と神宮路彼方は舞台から歩み出す。
 それまで周りに訴えていた鳴海加奈子が、こちらに気づく。
 鳴海は、この『戦争』を始めようとした時、神宮路彼方の下へ来たあの時と同じ眼をしていた。
 真っ向から敵対する人間。これほどまでに自分に対して敵意を剥き出す人間を、神宮路彼方は知らない。背筋がゾクゾクする。知らない感情だった。思い通りにならない事。思い通りにならない人間。それらと対峙した時、人はこれほどまでに高揚するものなのか。この『戦争』に参戦しなければ味わえなかった感覚だ。一滴しかなかった潤いが、心の奥底から滲み出てくるかのようだ。
 もっとだ。もっと満たして欲しい。この程度では、満足できない。
 この渇きを潤すためには、彼女を、――鳴海加奈子を、手に入れるしかないのだ。
 幸なことに、自分には及ばないものの、外見は好みである。性格も真っ直ぐな、純真無垢である。肌は綺麗で、胸も大きい。胸の大きさだけを見れば、神宮路彼方は鳴海に負けている。そこだけが不満であるがしかし、あれがこの手に堕ちるのだと思うとさらに背筋がゾクゾクする。自分と敵対する、自分好みの者を堕とし、屈服させて我が物とする。これほどまでに興奮することが、他にあるだろうか。
 神に身を捧げる者を蹂躙するこの高揚は、まさしく自らが神を超えたという証明のような気がする。
 思わず笑みになる。
 その笑みを睨みつけるかのように真っ直ぐな瞳で見据え、鳴海は口を開く。
「……貴女はなぜ、ここまで……ッ!」
 この期に及んでまだそのようなことを言う鳴海に対して、神宮路彼方は嬉しくなる。
 ゆっくりと鳴海に近づきながら、
「おかしなことを言うね鳴海生徒。わたしもこの胸に抱いた『萌え』を、そして掲げた信念を忠実に貫き通そうとしているだけだよ。君や君嶋生徒と同じように。それと、何が違うというのだろう?」
 荒げた声が返って来る、
「貴女と一緒になんてしないで……! この『戦争』で苦しんだ人もいるのに、貴女はそれに対して何も感じないんですか……!」
 それもまた一興、と神宮路彼方は笑う。
「いいかい鳴海生徒。この『戦争』は、この『戦争時間』は特別な時間なんだ。自らの胸の奥に眠っている欲望や欲求を、正直に曝け出せる神聖な時間なんだ。君もそうなんだろう? 普段は教室の隅で大人しくしているだけの君が、『北の鳴海』と呼ばれるまで大きな『派閥』を作り上げた。楽しかっただろう、鳴海生徒。自らの信念だけを貫き通すこの『戦争』に、胸が躍ったであろう」
「誰かの犠牲の上に成り立つ楽しみになんて、価値はないです……ッ!」
 遠回りの言い方は意味が無いか、と神宮路彼方は思う。
「わたしと君は正反対だ。熱い言い方をするとそうだね、月と太陽、闇と光、陰と陽。自分のためにこの『戦争』に参加したわたしと、誰かのためにこの『戦争』に参加した君。決して相容れぬ存在だからこそ、わたしたちは惹かれ合うのだ。単刀直入に言うよ。――鳴海加奈子生徒。わたしは君が欲しい。わたしのものになってはくれないだろうか」
 日本刀の切っ先が、真っ直ぐに神宮路彼方に向けられる。
「不純な動機を聞いて、納得しました。もはやこれ以上の問答は不要です。わたしのすべてを賭けて、お断りします」
 そうでなくては面白くない。
 曇り無き瞳。決意と信念に突き動かされている瞳だ。
 それをこちら側に堕とすその仮定こそ、最もそそられる展開だ。
 あの時、神田祐輔に閃きを貰った仮説は、ほぼ正解であった。異性相手では決して味わえなかったものが、そこにはあったのだ。これこそ境地。穢れ無き関係だからこそ味わえる、孤高の感情。しかし、ただ手に入れるだけではすぐに飽きる。それでは駄目だ。最後まで反抗的なその感情を屈服させて、徐々に徐々に、こちらへ堕落させて初めて、この高揚は絶頂を迎える。そうして初めて、革命が起きたこの胸は、潤いで満たされる。
 それらはすべて、この手で掴み取って初めて、達成されるのだ。
 それには、自分を敵視する人間が必要なのだ。自らの胸に秘めた確たる信念を持った、純真無垢な乙女。それを堕落させ、まるで飴のようにゆっくりと味わい溶かしていく。その時に得られるものはきっと、恐ろしいまでの甘美に違いない。愚かなる神に背徳感を抱きつつも快楽に身を委ねて行くその様にこそ、自らは『萌え』を抱くのだ。
 その相手には、彼女が、鳴海加奈子こそが相応しい。故に、鳴海加奈子が欲しい。
 神宮路彼方は、高らかに笑う。
「ならば君のすべてを受け止めよう。心配は要らないよ。わたしの懐は大いに広い」
 小さな深呼吸が聞こえた。周りの空気が澄んでいく。
 紡がれるのは、凛とした言葉。
「神宮路さん。貴女の考えを否定はしません。ですがここまで周りを巻き込んだその行いは、見過ごせない。だから、わたしはわたしの信念に基づいて、ここで貴女を、……討ちます」
 空気が痛い、というのを初めて体験した。
 素晴らしい。実に素晴らしい。これは面白い。愉快過ぎて思わず笑ってしまう。
「そんな他人行儀に呼ばないでくれ。わたしのことは彼方と呼び捨てか、あるいは彼方お姉様と呼んでくれた方が、」
「――参ります」
 切っ先が疾った。
 速い。が、――遅い。大凡の凡人が望むべくものは、すべて手に入れている。それは運動を通した、格闘技全般においても同一である。この身のこなしと太刀筋は、剣道か。動き方を知っている。教本通りの、まるでお手本のような体捌きだ。手に取るようにすべてがわかる。素直であるが故に、読み易い。そしておそらく、まだ習い始めて日が浅い。一般人程度が付け焼刃で培ったもので、この孤高の天才に一太刀を浴びせるなど笑止。
 神宮路彼方の差し出した腕と日本刀の刃がぶつかり合う。その時に鳴り響いた金属音に、鳴海の表情が揺らぐ。まさか骨と刃が交わって金属音が鳴る訳もあるまい。鳴海がその状況を理解したと同時に距離を取り、再度日本刀を構えるが、その切っ先が僅かに揺れ動く。困惑が顔に出ている。はっきりと見て取れる、動揺。実に素直だ、実にそそる表情だ。
 神宮路彼方が、制服の袖を上げる。そこから現れるものは、棒状の何か。逆手に握り締めた箇所から一本の棒が伸び、それが肘の辺りまである。この『戦争』のために揃えた武器の中で、唯一扱い手が神宮路彼方しかいなかった武器。それが、トンファーだった。
 神宮路彼方は、接近戦においてはこれが最も合理的に人を薙ぎ倒せる武器だと考える。高嶺のような相手には銃の方が手っ取り早いだろうが、鳴海のように接近戦にて戦うことを主とするのであれば、こちらの方が扱い易い。
 その初めて見る武器に対して、鳴海が攻め込みを躊躇していた時、神宮路彼方の意識が別方向を向いた。
 背後から迫った薙刀の刃を、振り向き様に上から左のトンファーで叩き落す。島田の小さな悲鳴と共にバランスの崩れたその首筋に向かって右のトンファーを放とうとした時、それまで静止していた鳴海が床を蹴る。瞬時に意識を切替え、右のトンファーの狙いを手首の力のみで強引に捻じ曲げ、降り抜かれた刃を受け止めた。
 至近距離から見る、鳴海の闘争本能を宿すその瞳に、背筋がさらにゾクゾクする。
 その場に倒れ込んだ島田が薙刀を手に取って慌てて距離を取る。
 息をついた時、神宮路彼方は再び笑った。
「島田生徒。君は何かね、奇襲が好みなのかね?」
 島田が膨れっ面になる、
「ちちっ、違うよ彼方っち! し、失敬な! いつ飛び出していいかわかんなかっただけだい!」
 慌てるその姿に、微笑ましい気持ちになる。
 鳴海にばかり気を取られていたが、なかなかどうして、見所があるではないか。これもまた、逸材だ。二人同時か。男であれば『燃える展開』というやつか。しかしこちらとしても、これはなかなかに『萌える展開』である。鳴海とは違い、胸に確たる信念は伺えないが、それでも合格点である。この娘もまた、こちらに敵意を向けての攻撃を仕掛けてきた。この娘を堕落させた時の顔も、見てみたい。二人同時。実に、そそる光景だ。
 すぐそこの鳴海が、神宮路彼方から決して視線を外さず、それでも島田に叫ぶ、
「唯っ! 離れててっ!」
 抗議し掛けた島田を遮り、神宮路彼方は笑う、
「そう寂しいことを言わないでくれ鳴海生徒。わたしは島田生徒も欲しくなったんだ。すまないね、こう見えて欲深いんだ」
 その言葉に反応したのは、鳴海ではなく島田だった。
 太陽のように笑い、薙刀を構える、
「さすが彼方っち。知ってたよそんなこと。そんじゃあ、――行くよ」
 島田が何を言っても止まらないと判断した鳴海は、そのまま神宮路彼方を押し切ろうと刃に体重を乗せて来た。
 いい判断だ。しかし、軽い。片手でそれを押し返し、神宮路彼方は背後によろめいた鳴海から視線を外して島田を見据えた。
 鳴海とは違い、まったくもって我流。身のこなしも太刀筋もすべて滅茶苦茶だ。しかしそれ故に、鳴海よりは戦い難い印象を受ける。突きですら一点に集中せず、切っ先が揺れ動いている。こんな出鱈目な戦い方をする者と戦うのは初めてだ。楽しい。どう対処すればいいのか、これは教本には載っていないことだ。ならば、ここからは模索だ。
 我流には我流を。力任せに振り切ったトンファーが、薙刀の柄を直撃する。島田はおそらく、女子生徒の中では力がある方だろう。しかしあくまで女子生徒の中で、の話である。そんな枠の中で神宮路彼方が収まる訳などないのだ。予想以上の力で武器が弾かれたことに再び態勢を崩した島田に向かい、神宮路彼方はトンファーを戻し様に直撃させようと、
 鳴海の一太刀を逆のトンファーで受け止める。
 それを受け止め、鳴海の確たる信念に基づく表情を見ながら、神宮路彼方は思う。充実。格闘技の試合では決して味わえなかった感情。興奮する。これが求めていた潤いか。己が信念のために戦う姿がこれか。この先にある己が抱くもののために信念を賭けて戦う様が、これなのだ。素晴らしい。本当に素晴らしい。真っ向から敵意を剥き出してぶつかって来てくれる、こんな者を待ち望んでいた。この『戦争』に勝利した時、自らは本当の意味で『萌え』を手に入れられる。この渇きが綺麗に潤ってくれる。そう考えると胸が躍る。もっと。もっとだ。もっと熟してくれ。この胸をもっと、満たしてくれ。
 攻防が続く。島田が攻めの起点となって突っ込み、そこに出来た隙を鳴海が討つ。その構図が永遠と繰り返される。しかしそれも長くは続かない。二対一でひたすらに攻めを繰り返しているのにも関わらず、追い詰められているのは鳴海と島田の方であった。神宮路彼方とは、体力の総量がまるで違う。二対一如きで尽き果てるくらいの半端な体力など、神宮路彼方は持ち合わせていない。
 幾度目かの薙刀が繰り出された時、島田の足が僅かに縺れた。その隙を見逃すほど、甘くはない。薙刀をトンファーで弾くのではなく、ぶれたその柄を真っ向から鷲掴んだ。そのまま一気に引っ張り寄せ、バランスが完璧に崩れた島田を抱き寄せる。これだ。異性に対しては感じることができない、この柔らかな感触。これこそが素晴らしき感動。なぜもっと早くこれに気づかなかったのか、本当に悔やまれる。
 抱き寄せられた島田がようやくそのことに気づき、身を捩って離れようとするその困惑の表情を見た時、神宮路彼方の中にいる感情を制御していた自分が、我慢の限界を突破した。
 味わってみたい。屈服させるための第一歩を、今すぐに、ここで、味わってみたい。
 無意識と言っていい。抱き寄せた腕の力を強くして、空いていた方の手で島田の頬に手を添えて、まるで無駄のない動きでその顔を引き寄せ、
 日本刀の一閃を紙一重でかわす。
 その反動で手を離したことにより、支えを失った島田が「あわわ」という可愛い声を上げて尻餅を着く。
 神宮路彼方が距離を取った時、顔を赤くしながらも日本刀をしっかりと構える鳴海を見た。
 背筋のゾクゾクが止まらない。そうだ、こっちこそが本当に味わいたい獲物なのだ。浮気をするつもりはなかった。ただ、ちょっとだけ我慢ができなかっただけなのだ。だから安心して欲しい。揺らいでなどいない。本当に欲しいのは、目の前のこの穢れ無き乙女なのだ。
 鳴海が顔を真っ赤にしながら口を開く、
「貴女は……ッ! 貴女はいま、一体何を……ッ!?」
 なるほど、と神宮路彼方は思った。
 『恥じらい派』もあって当然だ。恥らうことの良さを、少しだけ理解した。
 神宮路彼方は笑う、
「見た通りだよ鳴海生徒。言ったではないか、君達二人が欲しい、と」
 そこまで言って、唐突に悟った。
 そういうことか、と神宮路彼方は合点がいく。
「君はまだ、我々の本質を理解していないのではないかね?」
「どういうことですか……」
「我々は『百合派』だと言ったはず。その意味を、君は判っているのかね?」
 数秒の思案の後、鳴海の顔がさらに赤くなっていく。
 それに比例して、背中に伝わる快感も大きくなっていく。
 ようやく神宮路彼方と、鳴海加奈子の考えが重なった。
 鳴海が震えるように、ただ一言だけ言葉を紡ぐ、
「不潔な……ッ!!」
「心外なことを言わないで欲しい。考えてもみたまえ。世間一般で行われる性行為など、猿にも出来る単なる本能だ。我々が目指すべき所はそんな場所ではなく、そしてそんな野蛮な行為にはまったく興味もない。穢れ無き者達が絡み合うその様こそ、孤高であり、神聖な行為であるとは思わないかね? それには君のような乙女が必要なのだよ。わたしと共に、快楽に身を委ねてはみないかね、鳴海生徒」
「破廉恥なことに加担する気はないですッ!!」
 再び切っ先が疾る。
 しかし先よりも随分と遅い。手に取るようにわかる。動揺が大きさを増しているのだ。真剣な表情をして向かって来てはいるが、その実、内面はぐちゃぐちゃであろう。穢れを知らないが故に、その穢れを受け入れることができないのだ。それはきっと、自分ではもう取り戻すことができないこと。
 羨ましい、と神宮路彼方は思う。こんな初心な感情を抱いたことなど、未だかつてありはしない。だからこそ、そんな鳴海がこちら側に堕ちた時の表情を、感情を、そして声を、知りたいのだ。
 思い通りにならなかったことなど、今までひとつもありはしない。
 欲しいものはすべて、自らの手で掴み取ってきた。故に。
 迫った刃を、力の限りトンファーで弾き返した。単純な力比べで、神宮路彼方に勝てる訳などないのだ。鳴海の手から日本刀が弾かれ、高々と舞い上がったそれはゆっくりと弧を描き、無機質な音を立てて床に落ちた。その音が収まる頃にはすでに、神宮路彼方は鳴海の手を掴み、強引な力で引っ張り寄せ、まるでダンスをするかのように腰へ手を回し、抵抗できないように押さえつけていた。
 顔を真っ赤にさせて身を捩るその様に、思わず絶頂を迎えそうになるのを必死に堪える。
 今はまだ、味見だけだ。ここで最初の屈服を叩き込んだ後、ゆっくりとゆっくりと、飴のように少しずつ溶かしながら、もう二度と戻れないように快楽の海へ沈ませていく。この想いを注ぎ込み、この世界から抜け出せないようになり、自ら求めて来るようになって初めて、鳴海加奈子は、本当の意味で神宮路彼方のモノとなるのだ。
 その序曲を、ここから始めるのだ。
 目前の鳴海が神宮路彼方の意図に気づき、抵抗の末に取った行動は、堅く眼を閉じることだった。
 押さえつけた身体が震えていることにゾクゾクする。堅く閉じた眼に涙が滲むことにゾクゾクする。もう何も考えられない。我慢の境界線などとうの昔に取り払った。本当の意味で、自らが最も『萌える』ことを、いまここで、実行できる。これ以上の高揚などありはしない。これ以上の充実などありはしない。胸の奥から止め処なく溢れてくるこの想いこそが潤いであり、充実であった。素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴らしい。ここから先は、すべてにおいて未知の領域。共に踏み出そう。恐れることはない。ここよりあるのは、理想郷だ。孤高にして神聖。この行為こそが、すべての真理。だからこそ。

 堕落への口づけを、今ここで――

 鳴海を押さえつけていた右腕が、瞬間的に撃ち抜かれた。
 一発で我を取り戻した。
 瞬時に鳴海から顔を離した刹那、さっきまで神宮路彼方の顔があったそこに、一発の銃弾が通り抜ける。
 銃弾の先を、反射神経だけで振り返っていた。
 ほぼ全校生徒がごった返すその奥。一番人だかりが出来ているその中心。そこに神宮路彼方は、悪魔の表情で笑う君嶋義和を見た。真っ直ぐに構えたリボルバーの巨大な銃口をそのままに、君嶋が小さく口を動かしたのが見えた。その動きだけで何と言ったのかを理解する。
 ――外したか。
 その時、神宮路彼方は意識してではなく、無意識の内に、笑った。
 君嶋義和。この騒ぎと混乱の中、自らの身を守りながらもよくぞ正確に、そしてよくぞ明確にこの命を狙って来た。
 素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素 晴 ら し い。恐ろしいまでの戦闘能力。神田の言葉を思い出す。反則。実にその通りだ。これほどまでのものだったとは。これほどまでの能力だったとは。唯一見せた自らの油断を、迷うことなく的確に撃ち抜いて来た。あと一瞬でも反応が遅れていたら、確実に殺されていた。
 これだけの人数をぶつけても止まらないのか。
 これだけの人数をぶつけても怯まないのか。
 揺ぎ無き絶対の人間。神宮路彼方と、同じ人種。
 感情が高ぶる。試してみたい。思い通りにならない人間。あれと、『戦争』をしてみたい。限界を打破するための壁が、ここにもあった。鳴海はもはやこの手に堕ちたと言っても過言ではない。飴は最後に楽しむとしよう。まずは大きな肉を食らってみたい。ただ本能の赴くまま、ただ野蛮に、今はあの男と、単純に、『殺し合い』がしたい。
 おそらくは、いましているこの笑みは、人生で初めて見せる笑みだったと思う。
 撃ち抜かれた右手を垂らしたまま、鳴海を支えていた左腕を戻し、その身体を離して、神宮路彼方が意識のすべてを君嶋義和に向けて踏み出そうとしたその刹那、
 君嶋が大きく、鳴海の名を呼んだ。
 鳴海がその声に気づいて眼を開けた時にはすでに、君嶋は腕を振り上げていた。
 すべてはまるでスローモーションのような光景。神宮路彼方が鳴海から離れたことが、すべての始まりの合図。
 神宮路彼方の頭上へ、死角から高々と放り投げられたサバイバルナイフが弧を描き、鳴海の目前に落下する。そのことに鳴海が気づき、そして神宮路彼方も気づいたがもう遅い。空中でサバイバルナイフを掴み取った鳴海は、躊躇わなかった。君嶋の声ですべてを理解し、決断していた。神宮路彼方が鳴海を振り返ったその時にはすでに、切っ先は疾っていた。
 その刃を見据えながら、神宮路彼方はトンファーを振り上
 神宮路彼方の心臓に、サバイバルナイフが突き刺さる。
 即座に噴き出す赤い液体。神宮路彼方の胸が真っ赤に染まる。強引に突き刺さったサバイバルナイフの刃に押され、身体が後ろによろめく。そのまま五歩だけ後ろに後退した後に、神宮路彼方は子供のように笑った。
 笑ったと同時に視界が転倒する。仰向けに大の字で倒れ込み、しばらくは呆然と天井を見上げていたが、やがてすべてを理解すると同時に、神宮路彼方は拳を握り締め、大きな声を上げてただひたすらに、これでもかというくらいに、笑った。
 ――素晴らしい。
 卑怯などと言わない。どんな手を使っても構わない。何をされても、すべてを圧倒して勝利できると確信していたのだ。しかし今、それを完膚なきまでに打ち砕かれた。まさか君嶋と鳴海が手を組むとは思っていなかった。予想外だ。思いもよらないことが、こうも立て続けに起こるとは何ということか。ここまで徹底して思い通りにならなかったことなど、未だかつてひとつたりもありはしなかった。思い通りにならない人間。思い通りにならない事。これだ。これこそが求めていたものだ。そうだ、噛み締めろ。この思いこそ、待ち望んでいたものだ。これは紛れもない、孤高の天才が味わう、初めての――敗北と、挫折だ。
 これを糧としろ。自分はまだ、成長できるのだ。
 壁を打ち砕く喜びを、ようやく見つけたのだ。
 これほどまでに愉快なことが、他にあるだろうか。
 体育館に響いた神宮路彼方の笑い声に、やがてすべてが飲み込まれていく。
 肩で息をする鳴海。その鳴海に近づこうとしていた島田。敵を投げ飛ばしていた『縞々ニーソ隊』。背中合わせに戦っていた君嶋と高嶺。未だに生き残っていた残党兵。それらが織り成していたすべての喧騒を、神宮路彼方の笑い声が飲み込んでいく。
 やがて笑い声だけが木霊するようになった頃、体育館に仰向けで寝転んだまま、神宮路彼方は静かにつぶやいた。
「……神田『副隊長』」
「はいよ」
 いつの間にか側に来ていた神田を見上げる。
 その姿に思わず笑ってしまった。眉間と心臓に巨大な銃痕。加えて身体中に一連の銃痕が見受けられる。神田の身体は、もはや真っ赤に染まっていた。本当の戦場であれば、跡形も残っていないであろう有様である。あの騒ぎの中、こんなことをするのは君嶋と高嶺を置いて他にいるまい。どうやらこっちも、こてんぱんにされたらしい。『百合派』の『隊長』と『副隊長』が揃って惨敗。これに関しては、反論の余地もなかった。ぐうの音も出ないとは、こういうことを言うのだと思った。
 神宮路彼方は、神田にそっと手を伸ばす。
「マイクを、貸してもらえるかね」
 ポケットから再びマイクを取り出した神田が、そっと差し出して来る。
 それを受け取りながら、神宮路彼方は骨組みだけの天井を見上げ、一度だけ深呼吸をした。
『――諸君』
 全員の視線が、神宮路彼方に向けられる。
 その視線の先で、神宮路彼方は言った。
『我々の、負けだ。今に生き残っている全員が向かったところで、君嶋生徒たちは止められまい。わたしも含めて、全員が認めなければならない。……この『戦争』はもう、終わるんだ。『戦争』に参加してくれた諸君。わたしの気まぐれに付き合ってくれたことに、礼を言うよ。……ありがとう、諸君』
 フィナーレだ、と神宮路彼方は笑った。
『残っている『派閥』は、もはや『ニーソ派』と『巫女派』しかない。皆で見届けて、終わりとしよう。この『戦争』の覇者が誰であるのか。熱く燃え上がる、『最強の萌え』とは何であったのか。ここでそれを見届け、この『戦争』は終わりを告げる。ならば悔いのないよう、ここでその目に焼きつけるんだ。彼等が胸に抱いた『萌え』を。彼等が貫き通す信念を』
 神宮路彼方によって巻き起こされたこの『戦争』は、これで、本当の終わりを告げる。
『君嶋生徒。鳴海生徒。……舞台は整った。見せてくれ。どちらが本当の『萌え』であるのか。どちらの信念が誠に強いのか。わたしはそれを見届けて初めて、自らのすべてに納得できる。……見せてくれ。君達の、胸に抱いた『萌え』を、そしてここまで貫き通した、信念を』
 静寂が降り立つ。
 やがて、その沈黙を誰よりも先に破ったのは、君嶋義和であった。
 ゆっくりと鳴海の方へ歩き出す。その途中、リボルバーの空薬莢を床に落としながら、ひとつひとつ、銃弾の再装填をしていく。
 誰も何も言わず、しかし誰もがその行方を目で追っていた。そのまま未だに肩で息をしていた鳴海の目前まで到達したところでようやく立ち止まり、最後の『派閥』、『ニーソ派』と『巫女派』の『隊長』が対峙する。
 最初に口を開いたのは、君嶋だった。
「……あの馬鹿の言うことに従うつもりはねえが、トドメを譲ってやったんだ。最後くらいは、おれに付き合ってもらうぜ、鳴海」
 それだけで、鳴海は全部を理解したようであった。
 このような状況になったら、きっと取るべき行動は決まっていたのだろう。
 少しだけその場から歩み出し、床に転がっていた日本刀をそっと手に取る。
 ゆっくりと状態を起こし、真っ向から君嶋に向き直る。
 小さなつぶやきが、体育館に響く。
「……わたしは、こういうことのためにここまでやってきたんじゃありません」
 でも、と言葉は続く。
「貴方が望むのであれば、わたしもそれを望みます。……いいえ。わたしは、貴方だからこそ、手を合わせてみたい」
 悪魔の笑みが真っ向から迎え撃つ。
「さすがだぜ鳴海。おれの確信は間違っちゃなかった。……最後まで、やり合おうぜ」

 その光景を見つめていた島田の横に、いつの間にか高嶺が来ていた。
 二人は君嶋と鳴海を見つめたまま、それでも互いに言う。
「島田さんは、止めないんですか」
「止めないよ。かなぽんがそうしたいって思ったなら、わたしが口を出すことじゃないもん。それよりそっちこそ止めなくていいの? 本気出したかなぽん、強いよ?」
 ふひひ、という笑い声。
「お生憎様です。うちの『隊長』こそ、馬鹿みたいに強いですよー」
 太陽のような笑顔が返って来る。
「だったらお互いに信じて見守るしかないでしょうに」
「ですね」

 各『派閥』の『副隊長』が見守るその先で、
 『東の君嶋』はリボルバーの撃鉄を起こし、
 『北の鳴海』は日本刀を真っ向から構えた。

 この『戦争』の本当の終結が、いまここで、訪れる。



     「閉幕編」



「だあっクソッ!! なんだこれッ!? 避けただろ今ッ!!」
 大杉隆一は、そう叫びながら携帯ゲーム機を圧し折ろうとしていた。
「ちょっと隆ちゃんっ、待って待って待ってっ、それぼくの……っ!」
 その愚行を森沢小太郎は慌てて制止させる。
 切っ掛けは、受験勉強に行き詰っていた大杉の気分転換にと、森沢が持っていた携帯ゲーム機を渡したことから始まる。最初の内は楽しそうにプレイしていた大杉であったのだが、途中で理不尽なボスの攻撃に全滅した辺りから雲行きが怪しくなって、何度も何度も挑んでは全滅させられるということを、かれこれすでに一時間以上繰り返している。そろそろ大杉の堪忍袋の緒も限界が近い。
 ある程度の落ち着きを取り戻した大杉は、しかし鼻で息をしながら再び携帯ゲーム機に向き直り、コンテニューを選択する。背中を丸める大杉に負ぶさるように森沢が体重を預け、鼻息荒いその横から携帯ゲーム機の画面を覗き込みながら、
「隆ちゃんさ、全部無理矢理避けようとするからそうなるんだよ。だからここはね、」
「うるせえよ小太郎っ! わかってるっつーの!!」
「そうそう。そこで回転して、あっ、違う違うっ、そっちじゃなくてっ、」
「ちょっと待て今いいところなんだ黙っうおッ!! ほらみろ小太郎!! お前がうるせえからこうなったんだろうがッ!!」
「ぼくのせいじゃないじゃん! 今のは隆ちゃんがっ、」
「黙ってろ馬鹿野郎ッ!! 邪魔だどっか行ってろッ!!」
 その台詞に森沢が唐突に黙り込み、大杉をじっと見つめたまま静止すること三秒、何の前触れもなくその瞳から涙が溢れ出してきた。その量は次第に多さを増し、終いには小さな嗚咽を漏らして本格的に泣き出した。
 たまったものではなかった。大杉は慌てて森沢に近づき、
「お、おい泣くなってっ、すまんおれが悪かった、だから泣くなよっ、なっ?」
 森沢の頭を撫でてそう優しく言ってみるものの、まるで泣き止む気配がない。
 困り果てた大杉は、もはや最終手段に出るしかなかった。
 泣き続ける森沢を強引に抱き寄せて、急なことに強張った華奢な身体をぎゅっと抱きしめて小さくつぶやく。
「……小太郎。ごめん、おれが悪かった。本気じゃねえよ」
 胸の中で強張っていた身体から力が抜け、嗚咽が少しだけ小さくなる。
 そのまましばらくそうしていると、腕の中の小太郎がもそもそと動いて、涙で濡れた顔をゆっくりと上げた。
「ほんとう……? ぼく、どこにも行かなくて、いい……?」
 涙目の上目使いだった。
 ――ふざけんな、と大杉は思った。反則だろうが糞野郎が。
 即時に森沢から離脱して、大杉は自らのベットの布団の中に頭から潜り込み、大声で雄叫びを上げながら身体中をバタバタさせる。突然のその異常行動に驚いたのはもちろん森沢で、手足をバタバタさせて雄叫びを上げ回る大杉を心配そうに思って近づき、
「あの、隆ちゃんっ?」
 それに気づいた大杉はさらに激しく手足をバタバタさせて大声を出して逃げ惑う。
「うああああああああああっ!! 今は待て来るなッ!! 来るなああああああああッ!!」
 平和である。

 それは、ある日の放課後の、大杉家での出来事。

     ◎

「いってらっしゃいませ、ご主人様」
 そう言って客を送り出した後、笑顔を絶やさずに店内を横切って従業員しか入れないバックヤードへ入り込み、休憩室まで来たところで作っていた笑顔を崩し、ちょっとだけ安っぽいパイプ椅子に腰を下ろしながら、赤崎茜はメイド服を着たまま大きな息を吐いた。
 疲れた。今日はいつも以上に客が来た。さすがこの辺りで初めてオープンしたメイド喫茶だけのことはある。物珍しさで客が大勢来る。ただ、物珍しさだけで来る客もいれば、もちろんリピーターになる客もいる。それも当然なのかもしれない。あの広告に載っていた看板娘は可愛いし、メニューの料金も良心的だし、料理はちゃんと美味しい。そういうところがしっかりしているからこそ、口コミで客は増える一方なのだった。
 時計を見ると、後二分ほどで今日のバイトは終わりであった。ちょっと早いけどそろそろ着替えようかな、と赤碕が思ったその時、休憩室のドアが開いてバイト仲間の一人が顔を出した。
「茜ー」
 パイプ椅子に座ったまま、赤崎は顔を向ける。
「なにー?」
 バイト仲間はニヤニヤと笑っている。
「王子様が迎えに来てたよー」
 そう言って背中を押され、休憩室に遠野卓が押し込まれた。
 ごゆっくりー、と言って休憩室を後にするバイト仲間にあかんべーをしつつも、入り口からこちらを見つめて「あはは」と困った風に笑う遠野を見て、思わず赤碕も笑ってしまった。
「卓。別に毎日迎えに来てくれなくてもいいんだよ?」
 しかしその一言に対して、遠野は真面目な顔で返答してくる。
「ううん、来るよ。茜ちゃんを一人で帰らせるの危ないし」
 くすくすと、赤崎は笑う。
 最近、ちょっと逞しくなってはいるものの、遠野はまだどこか違う方向を向いているような気もする赤碕である。
 よいしょ、と椅子から立ち上がった赤崎を見つめながら、遠野が小さく、
「……それに、茜ちゃんのその姿、見たいし……」
 そのつぶやきはきっと、遠野は赤崎には聞こえないと思っていたに違いない。
 しかし赤崎には、はっきりと聞こえていた。
 ちょっとだけ意外ではあったがしかし。そう言われて、嬉しくない訳がなかった。
 だから、悪戯をしてやろうと思った。
 少し赤い顔をして俯く遠野の側まで歩み寄り、耳元でささやく。
「――じゃあ、家でも着てあげよっか?」
 途端に顔をさらに真っ赤にする遠野が顔を上げ、笑う赤崎を見て慌てふためく、
「え、いやっ、別にそうじゃっ、そうじゃなくって、えっ?」
 素直な遠野を見つめて、赤崎は思った。
 まだまだ頼りないけれども。
 これからきっと、この人はちゃんとわたしを守ってくれる。
 そう信じるに値する、小さいけれども、それでもわたしの大好きなナイトだ。

 それは、ある日の休日の、メイド喫茶での出来事。

     ◎

「駅は階段を下りて頂きまして、そのまま左へ進んで貰えれば着きます」
 参拝客に帰りの道を聞かれて、一度も噛まずに、そしてスムーズに答えを返せたのは、これで何度目だろうか。最近では随分と慣れて来た。まだ唐突に初めての質問をされると戸惑い、何も考えられずパニックになってしまうが、それでもだいぶ進歩したと言えるであろう。このまま順調に行けば、人見知りが治るのも時間の問題かもしれない、と鳴海加奈子は思う。
 先ほど道を尋ねて来た叔母様が、こちらにお礼をした後にゆっくりと階段へ姿を消していく。それを笑顔で見送った後、手に持っていた箒で掃除を再開させる。
 その鳴海の後姿を、御手洗団子を食べながら見ていた島田唯はぽつりと、
「かなぽん、だいぶ成長したよねー」
 鳴海は得意げに笑う。
「でしょ? もうちょっとで人見知りは治ると思うんだ」
 島田は御手洗団子をもぐもぐと食べつつも、
「そう簡単に行くとお思いかお嬢さん」
「やめてよ唯。せっかくやる気が出てるのに。わたしだってね、やれば」
「あの、すんません。売店ってどっちですか?」
 突然の声に振り返った時、そこに若いカップルを見た。
 何と訪ねられたのか頭の中で復唱する。売店。売店への道を聞かれた。
 売店はあっちだ。答えなくちゃ。
「え。えっと……。あっ、あの、ばい、売店は、そ、そのっ、」
「売店はあっちですよ。ほらあそこ、ちっちゃな建物あるじゃないですか。あそこです」
 いつの間にか鳴海の隣に来ていた島田が、カップルに向かってそう説明する。
「ああ、あれか。ありがとう」
 それだけ言い残して去っていくカップルの後姿を二人はじっと見つめつつも、やがて島田が、太陽のように笑った。
「わたしだってやれば、なんだって?」
 何の反論もできなかった。
「……ごめんなさい……」
「わははは。まだ男の人は苦手なんだねー。もうあれじゃない? 君嶋ともう一回話して特訓してくれば?」
 ぶんぶんと鳴海は首を振る、
「むりむりむり。君嶋君って何考えてるかわかんないし怖いもん……」
 呆れ返った表情が返って来る。
「そいつと死闘繰り広げた娘が何言ってんのさ」
「だ、だってあの時はっ……その。夢中だった、ていうか……」
 まったくこの巨乳ちゃんは、と島田がため息を吐き出し、ムッとした鳴海が箒でその頭を叩こうとした時、
「二人とも。休憩にしましょう」
 矢次玲の声が聞こえた。
 二人揃って振り返り、返事を返して矢次の下へ向かって走って行く。
 人見知りに関しては、もうちょっと掛かりそうである。
 でも。それでも頑張るんだ、と鳴海は小さな拳を握った。

 それは、ある日の休日の、神社での出来事。

     ◎

「先輩。先輩ってば」
「……なんだよ」
「ジュース。ジュース奢ってくださいよー」
「黒ニーソ穿いて来たら奢ってやる」
「やですよー。ほら見てください、縞々ニーソです。可愛いでしょ? だからジュースをですねー」
「ごちゃごちゃうるせえよ。大体なんでまだお前、おれの隣でうろちょろしてんだよ」
「ふひひ。いいじゃないですか。こんな可愛い娘が隣にいたら、先輩も鼻が高いでしょ?」
「……」
「え。何か言ってくださいよ。なんかわたしが痛い娘みたいじゃないですか」
「いや、その通りだろ……」
「なんて酷いことを言うんですか」
「いてえな、蹴るな、ぶっ殺すぞ」
「きゃーこの人、か弱い女の子に暴力をー」
「……」
「いや何か言ってくださいってば。寂しいです」
「……なぁ。真面目な話、なんでまだおれの隣にいるんだよ」
「そりゃあ、落ち着くからですよ」
「あん?」
「結構気に入っているんですよ、このポジション」
「あーそうかい」
「先輩。そこは喜ぶべきところだと思われます」
「こっちは何も嬉しくねえよ」
「先輩ってやっぱり素直じゃないですよね。嬉しかったら嬉しいって言っていいんですよー」
「お前、人の話聞いてなかったのかよ」
「ふひひ。そんな目で見ないでください、照れますよ」
「……お前が黒ニーソ穿いて来たら、素直に喜んでやるよ」
「おおっと。これはまた珍しい発言。心が僅かに揺らぎましたが、残念です。絶対に穿きません」
「だろうな。ここで黒ニーソ穿くなんて言ったら、今すぐに窓から投げ捨ててる」
「ふひひ。で、ジュースをですねー」
「しつこいなお前。いいから黙ってろよ」
「そんなこと言わずにぃー。せんぱぁーい」

 それは、ある日の昼休みの、学校での出来事。

     ◎

「あーあーあーあーあーあー」
 校舎の屋上の手すりに体重を預け、どこまでも続く青空を見上げて壊れた音声付人形のようにいつまでもそう喚きながら、神田祐輔は特に何をするでもなく、そこにいた。
「何をしているのかね、神田生徒」
 その背に掛かる、神宮路彼方の声。
 その声に「あーあーあーあーあーあー」と喚くのを止め、神田は振り返ってけらけらと笑う。
「やあ彼方ちゃん。強いて言うのであれば、特に何もしてないかな」
「なんだねそれは」
 苦笑が混じった表情をしつつ、神宮路彼方は神田の隣まで歩いて行く。
 二人揃って手すりに体重を預けながら、どこまでも続く青空を見つめた。
 ふと神宮路彼方が口を開く。
「そう言えば、君嶋生徒のところへは行かないのかね? 君たちがまさかあれくらいで揺らぐような関係ではないだろう?」
 あー、と神田は少しだけ困った顔をする。
「それがだね。君嶋とは別に何も変わらないんだけど、ひとつだけ問題が出来てね」
「問題とは?」
 神田は頭を掻きつつ、
「いやー、それがさ。あれ以来、君嶋には高嶺嬢がべったりでさー。入れる余地がないんだよ。無理矢理入ろうとすると、高嶺嬢に噛み殺されそうな顔で睨まれる」
「なるほど。まぁわたしたちはそれくらいのことを彼女にはした訳だから、仕方がないと言えば仕方がないかもしれないがね」
「だよねー。しかし高嶺嬢、見た目はチワワかポメラニアンなのに、中身はドーベルマンを遥かに超える猛犬だよあれ」
「なかなか面白い例えをするね」
 そこまで話した後に、何の前触れもなく二人は黙りこくる。
 そのままどれくらい、そうしていただろう。
 やがてどこからともなく聞こえてくる、五時間目が始まりを告げるチャイムの音を聞きながら、神田が再びけらけらと笑った。
「彼方ちゃん」
「何かね?」
「何か面白いことない?」
 神宮路彼方は子供のように笑い返す。
「奇遇だね神田生徒。わたしもちょうどそれを考えていたところだ」
「じゃあ何かある?」
 神宮路彼方は大げさに悩むような身振りを見せ、
「もうちょっと待ってくれ。もうちょっとで閃きそうなんだ。わたしの限界を超えるための、それはそれは愉快で最高に素晴らしいものが、あと一歩で浮かびそうなんだ」
「ふーん。まぁ楽しみにしとくよ。ところでさ、彼方ちゃん」
「何かね?」
 神田はいつものように、特に何も考えずに言葉を紡いだ。
「あのさ、真面目な話なんだけど――」

 それは、ある日の、五時間目が始まった時の出来事。

 後にその出来事は、『五時間目の黄昏』と呼ばれることになるのだが、
 それはまた、別のお話。





     「ばんがい! ふぇてぃっしゅ しゃうと!」



     「無敵の薔薇派編」



 肉体美。
 求めるものは、それ一点。
 人間を形成するために必要なもの。それは血でも飯でも水でも酸素でも光でもない、ただひとつ、唯一絶対の、筋肉である。それは何に増しても美しいものであり、何にも代え難いものなのである。男として生まれたらからには、否、人間として生まれたからには、筋肉について追求せずに何とするのか。
 浮ついたものなど必要ない。洒落たものなど必要ない。
 必要なのは肉体美。つまりは筋肉の美しさそれ一点のみ。
 無論、筋肉には無数の種類がある。大まかに分類分けするのであれば、骨格筋、平滑筋、心筋となる。その中にもさらに複数の筋肉の種類が存在するが、今は置いておく。平滑筋は別名として内臓筋と言われることもあり、これに関しては通常、自分の意志で自由に動かしたり止めたりすることができない不随意筋となっていて、消化器などの内臓系統を支える筋肉である。次いでは心筋なのだが、これは心臓だけにある筋肉に位置していて、心臓の各部屋の壁を形成し、時と場合の状況によって常に規則正しく動くが、これも自由意志で動かせない不随意筋で、同時に、人間が生きるために最も必要な筋肉となる。
 しかしその二つに関しては、意図的に動かせない、つまり意図的に鍛えることが出来ない筋肉となる。勿論、それらを含めての肉体美となるが、しかし肉体美を最も視覚的に認識できる筋肉は、別のところにある。そう、骨格筋である。通常、一般人が気軽に筋肉筋肉と叫ぶものはみな、これに部類される。別名として横紋筋と呼ばれることもあるこれに関しては、自らの意志で動かすことが可能であり、同時に、自らの意志で鍛えることも可能なのである。腕や足の筋肉、腹筋や背筋、目に見える筋肉のほとんどは、骨格筋で構成されている。
 故に。
 求める肉体美とは、それ即ち、骨格筋の美しさなのである。
 これまで、その魅力に全人生を懸けて来たと言っても過言ではない。切っ掛けは、かつての子供の頃、鼻水を垂らしながらテレビを見ていた時、偶然にも映ったボディービルダーの特番だった。そこに映し出された、神々しいまでの筋肉に包まれた肉体。あの時に受けた感動は、今も微塵も薄れてなどいない。あの時、身体の隅々が鼓動を打ったことを、今でも鮮明に憶えている。あの時に映し出された彼の者たちは、当時見ていたどの戦隊モノヒーローより輝いていて、圧倒的なまでのその威圧感は恐ろしく強く、そして、どんな絶世の美女よりも、美しく見えた。
 憧れた。己を極限まで鍛え上げ、己を限界まで追及するその様に、憧れた。
 その時から、自らを形成する世界の価値観が塗り替えられた。
 求めるものは、肉体美。筋肉の美しさ、それ一点。
 己を鍛えた。反吐を吐こうが毛穴から血が滲もうが、ただひたすらに、己を鍛えた。手に入れるのだと、強く強く、心に誓った。己を極限に導くための、完成された肉体を。誰もが羨み、尊敬し、崇拝する、――無敵の肉体美を手に入れるのだと、そう、心に誓ったのだ。
 人生のすべてを懸けて来たと言っても、過言ではない。
 そうして、遂に、手に入れた。
 ボディービルダーの日本大会、二十歳以下の部、――優勝。
 それが、葛城隆志(かつらぎたかし)十八歳の、肩書きである。
 そしてそんな葛城だからこそ、あの日のあの時、神宮路彼方が賽を投げたあの『戦争』が開幕した時、迷わずに『薔薇派』を立ち上げたのである。が、なぜ素直に『筋肉派』にせず『薔薇派』にしたのか――、その問いについには、諸々の葛藤があった。巷では美しい肉体美同士が絡み合う様をそのように比喩する風習があると聞いたことがあり、そしてなおかつ、自らの身体は薔薇のように美しいと自負していたために、葛城は案外、その呼び方を気に入っていた。だからこそ『筋肉派』ではなく、より美しさを強調させるために『派閥』名を『薔薇派』にしたのである。
 しかし、『薔薇派』を立ち上げるに関して、大きな問題があった。
 『隊長』は言わずもがな葛城がやるにしても、『副隊長』に相応しい人間が、この学校にはいなかったのである。己を極限まで磨き上げた、あるいは磨き上げようとしているような志高い人間が、この学校内には一人もいなかった。『派閥』のメンバーとしての候補は何人かいたのだが、『副隊長』を任せられるほど優れた人材は、見つけられなかった。唯一の可能性があるのだとすれば体育教師で学年主任の盛山であったが、交渉の際にはっきりと断られた。盛山は盛山で、外からこの『戦争』を監視し、事態の肥大化を防ぐことに徹しているらしい。
 そんな理由から、随分と長い間、『副隊長』が決まらないが故に、『薔薇派』は『戦争』に参加出来ずに停滞していた。
 しかしいつまでもこのままではいくまい――、葛城はそう思い続け、『戦争時間』になる度、校舎を歩き回って相応しい人間を探し続けた。そこら辺にいる人間を捕まえて、『副隊長』に仕立て上げて取り敢えずは『戦争』に参加した後、真の『副隊長』を探す方法もあるにはあったが、しかし妥協はしたくなかった。せっかく立ち上げたこの『薔薇派』は、究極、あるいは究極に近い人間で構成しなければならない。それが、葛城が掲げたこの『派閥』の決まりであったのだ。
 『戦争』が開始されて数週間。もはや全校生徒の品定めは終わったと言っても過言ではない。そしてその中にはもちろん、『薔薇派』の『副隊長』に相応しい人間など、ただの一人もいなかった。もはや諦めるべきではないか――、そんな弱音が葛城の頭の中を掠め始め、これから果たしてどうするべきか、どうすることが最善であるのか、それを思案するために学校の中庭に訪れ、そこに設置されたベンチに腰掛け、夏の日差しを見上げた。
 その日はやけに暑かったのを憶えている。窮屈過ぎるカッターシャツに、汗が滲んでいた。
 それを最初に認識したのは、目ではなく、耳だった。
「ふひひ。『隊長』、ほらほら。涼しいでしょ?」
 女子生徒の声だった。
 無意識の内にそちらへ視線を移していた。
 中庭の外れ、校舎への入り口に続くその途中。木陰になっている所に設置されたコンクリート製の水道広場に、男女二人の生徒がいた。両方とも顔を知っている。生憎女子生徒の方の名前はうろ覚えだが、確か一年の高井、いや、高崎?、だったか、そんな名前の女子生徒で、男子生徒の方に関しては、クラスは違うし一度も喋ったこともないが、葛城と同学年の、君嶋義和であった。両方ともこの学校では有名な二人だ。記憶が正しければ確かあの二人は『ニーソ派』だとか何だとか、そんな軟弱な『派閥』の『隊長』『副隊長』であったはず。
 そんな二人を、葛城はじっと見つめる。女子生徒が実に嬉しそうな顔をして水道の蛇口に身を乗り出していて、その口を手で押さえて思いっきり水を跳ねさせていた。それを真っ向から被ったのは女子生徒ではなく君嶋の方で、ずぶ濡れになったまま、実に面倒臭そうに濡れた髪を書き上げながら、離れたこちらまで聞こえるほどのため息を吐いた。
「……高嶺。ちょっと来い」
 そうだ、思い出した、あの女子生徒の名前は高崎じゃなくて高嶺だ。
 そう思った葛城の視界の中を、高嶺が綺麗な笑顔を浮かべながら「ふひひ、誉めてくださいよ『隊長』ー」と君嶋に近づいて行く。
 瞬間、恐ろしいまでの音が鳴った。最初、それがどのようにして鳴った音であるかを、葛城は理解できなかった。しかし目で見ていたその光景が正しければ、ただ単純な動作である。君嶋が、高嶺の頭に拳を振り下ろしていた。娘の悪戯を咎める父親の如く、ヤンチャ坊主を叱る教師の如く、君嶋は一切容赦なく、自らの拳を高嶺の頭に振り下ろしていた。
 高嶺が泣いた。端から見ていて判るくらい、大きく泣いた。随分痛そうな音が鳴っていたし、それは仕方があるまい、と葛城は思う。しかし悪いのはどう見ても高嶺の方であったし、いまここで「女性生徒に暴力を振るうとは何事だ!」と乱入する気も起きなかった。軟弱同士がじゃれ合っている様になど、微塵も興味がない。軟弱同士ご苦労なことだ、と葛城はその光景を見ながら呆れ返り、視線をゆっくりと外そうとして、そして、
 あの時、あの瞬間と、同じ現象が、葛城の身体の中で起きた。
 泣く高嶺が猛然と抗議をしていて、その目の前で、君嶋がずぶ濡れのカッターシャツを脱ぎ捨て、上半身を露にした。
 その姿を見た刹那の瞬間には、身体中が鼓動を打っていた。気づいた時には、無意識の内にベンチから身を乗り出し、葛城は君嶋を凝視していた。
 思考が有り得ない速度で回転する、
 ――なんだと。馬鹿な。有り得ない。どういうことだあれは、
 異端。
 異質。
 異常。
 君嶋義和。奴の裸体を見るのは、これが初めてであった。服の上からでは、気づかなかった。己自身に、これほどまでに失望したことなど、未だかつて一度もない。なぜ気づけなかった、と己を強く強く罵倒した。有り得ない、と言ってしまえばそれまでのこと。有り得ない、有り得ないがしかし。現実は、目の前にある。
 異端。異質。異常。――否。それは、究極。あれほどまでに鋭く構成された筋肉を、葛城は未だかつて、見たことが無い。
 違う。今まで見たどの肉体とも、まるで違う。これまで葛城が培って来たものとは、まったくの別次元の肉体。
 言わば葛城の筋肉は、「魅せる」ために人工的に作られたものである。しかし君嶋のそれは、「魅せる」ためではなく「生きる」ため――つまりは野生的生存本能に突き動かされた、「戦う」ことだけに特化されて形成された筋肉であった。そして恐ろしいことに、その筋肉は鍛えて人工的に作り出したものではなく、おそらくは持って産まれてついてのもの。そう。言ってしまえばそれはまさに、天性の筋肉。戦神に選ばれし肉体。無駄な部分など何ひとつなく、すべてが絶妙なバランスで完璧に構成されている、全人類がただひたすらに求める、理想の肉体。
 究極形態。鍛えて作り上げる肉体美とは対極の存在にして、しかし自然であるが故に無駄がなく、自然であるが故に、ただ単純に究極。葛城が思い描く、本当の理想の存在が、そこにいた。
 気づいた時にはベンチから駆け出していた。
 向こうからすれば筋肉団子が突っ込んで来たと思うだろうが、今の葛城にはそんな考えなど微塵もなかった。突然の葛城の突進に涙目で猛抗議していた高嶺が息を呑んで沈黙する中、しかし君嶋だけは何の変化も示さなかった。その様を見て、葛城は確信した。圧倒的なまでの確たる意志。己の力を理解しているからこそ成せる、不動。威風堂々と立つその姿。それこそまさに究極。それこそまさに理想。
 完璧なる、肉体美――。
 君嶋の目前まで迫った所で瞬間的に停止する。君嶋も背は大きい方であろうが、葛城には及ばない。葛城の身長は今年の春に計測した時にはすでに195センチあり、その時点で体脂肪率は2%を切っていた。そんな怪物のような人間に見下ろされてもなお、君嶋は一切変化を見せなかった。
 寒気がする。今まで葛城が見下ろした人間は皆、苦笑いを浮かべるか放心状態になるか、あるいは悲鳴を上げて逃げ出すかのどれかだった。にも関わらず、この男は不動。いや、それどころか、こちらが目を背けたくなるほど真っ直ぐに、こちらを見据え返して来る。肉体だけではなく、精神力さえも究極というのか。これほどまでに完成された人間を、葛城は知らない。
 相応しい。この男は、自らよりももっと、相応しい。それ故に。
 葛城は、不適に笑ってみせた。
「会話をするのは初めてだな、君嶋」
 君嶋の表情が少しだけ変化する、
「……誰だっけ、お前?」
 君嶋が人の名前をまるで憶えないという噂をどこかで聞いたことがあるが、どうやら本当であるらしい。
「葛城隆志。お前と同じ三年だ」
「で? おれに何の用だ?」
 その問いに対して、葛城は単刀直入にその言葉を口にした。
「君嶋義和。お前が、お前こそが相応しい。我等『薔薇派』の『隊長』に、……いや、『隊長』などという陳腐な言葉では言い表せない。――『王』だ。我等『薔薇派』の『王』に、お前こそが相応しい。おれと共に来い、君嶋」
 沈黙が五秒だけ続いた後、君嶋の首を傾げる、
「……あん? 何言ってんだ、お前?」
「それはこちらの台詞だ。お前ほどの男がなぜそんな下らない『派閥』に属している? そんな軟弱な『派閥』で満足する身体ではないだろう、お前は。お前はおれと同じだ。おれと同じ、己の究極を追い求めし、ッ!?」
 瞬間、
 突き出された君嶋の手が、葛城の胸倉を鷲掴む。絶対的な体重差と身長差をまるでものともせず、その手に力が篭ると同時に、僅かに葛城の身体が上に持ち上がる。初めての経験。人に胸倉を掴まれることもそうだが、こうして己の身体が他人の力によって動かされるなど、初めての経験。この細腕からは想像もつかないほどの筋力。これか。これが究極か。これが完成された肉体から繰り出される、力か。素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴ら
 君嶋の眼が、葛城の脳髄を撃ち抜いた。
「……誰だが知らねえが、喧嘩売ってんなら買うぞてめえ……ッ!」
 迸った殺気に息を呑む。
 圧倒的。体重差も身長差もすべて無に帰す。目前にある眼を見据え返して、身体の底から言い表せない感覚が滲み出してくる。暑さからではなく、感情の変化によって汗が流れる。これは何だ。この感覚は何だ。なぜ身体が動かない。なぜ身体が言うことを聞かない。まさかこれがそうだというのか。未だかつて感じたことがないそれを、いま、ここで感じているというのか。この仮説が正しいのだとすれば、これはそう。ただ単純な、恐れ。目前のこの生物に対し、己の本能が緊急警報を弾き飛ばす、初めての、感覚。産まれて初めて感じる、純粋なまでの、――恐怖。
 言葉に詰まった葛城の遥か下で、誰かが動く気配が伝わる。
「あのー……『隊長』?」
 高嶺だった。高嶺は恐る恐る君嶋を見上げつつ、
「この人は『派閥』の人じゃないです。そのまま喧嘩すると、停学になるかもしれないですよ……?」
 その時、君嶋に胸倉を掴まれているからこそ感じ取れた、ひとつの確信。
 手から伝わる、ひとつの明確なる気配。
 それは、揺るがない、絶対の意志だった。
「関係ねえ。『派閥』だとかどうだかの前に、こいつが気に食わねえ」
 そういうことか、と葛城は思う。
 何が君嶋の引き金を弾いたのかは正直よくわかっていないが、理解した。停学だとかどうだとかは、本当に言葉通りに関係ないのであろう。ここで葛城が自らの非を認めないのであれば、君嶋は本気で喧嘩を始めるだろう。そして、その眼から今もなお迸る殺気を読み取り、納得する。喧嘩如きで済めばまだマシな方だ。このままここで本気で君嶋と殴り合いを始めれば最後、本当の殺し合いでも平気で受け入れるだろう。そんな眼を、君嶋はしている。恐ろしいまでの戦闘本能。完成された肉体に裏づけされた、何者にも揺るがせない精神。素晴らしい。これこそ、『王』の素質に他ならない。
 葛城は、身体の底から滲み出る感情を捻じ伏せ、笑った。
「お前のその姿。それこそが我等『薔薇派』の『王』の姿だ。君嶋、おれと共に来い」
「えーっと、あの。葛城先輩。『隊長』を挑発するのはそれくらいに、」
「黙ってろ雌豚。貴様の如き軟弱な女子が口を出すな」
 目障りだ。会話すべきは君嶋義和ただ一人のみ。軟弱な者になど興味は、
 身体が一気に傾いた。状況を理解する前に、耳元でその声が聞こえた。
「――すみません。いま、何て言いました?」
「なん……ッ!?」
 気づいた時には、高嶺の顔がすぐそこにあった。
 馬鹿な。高嶺が大きくなっただと? いや、違う。こちらの体勢が沈んでいる。なぜ。何がどうなっているのか理解できない、状況の整理を、
 目の前の高嶺が、天使のように笑う。
「『隊長』、ちょっと葛城先輩と二人でお話して来ます。手、離してください」
「誰にモノ言ってんだ高嶺。こいつはおれが、」
「『隊長』。手、離して、ください」
「…………」
 胸倉を掴んでいた君嶋の手が外され、それと同時に突き抜けていた殺気が消える。
 状況の整理はまだ整わない。しかし物事の端は理解できた。
 邪魔をするな軟弱なる雌豚。そう言おうとした瞬間、後ろからカッターシャツの襟を高嶺に掴まれた。
「こっち来てくださいね葛城先輩。二人きりでお話をしましょう。ね?」
「おい雌豚、待てっ。こっちの話はまだ終わってないっ、君嶋と話を、」
「二人きりで、お話を、しましょう、葛城、先輩」
 ずるずると恐ろしい力で引き摺られる、目前の君嶋が右手で頭をぼりぼりと掻きながら大きなため息を吐く。
「待てと言ってるだろ雌豚ッ! 離せ! おれはまだ君嶋との話が、おいっ! おい聞いて、聞いてんのか雌豚!! おいっ!! お――――――――――――――――――いっ!!」

     ◎

 酷い目に遭った。
 まさかあんな軟弱な女子にあんな目に遭わされるとはさすがに予想すらしていなかった。
 しかしこの程度のことで諦めるつもりなど毛ほどもない。ようやく見つけたのだ。我等『薔薇派』の『王』となるべき人間。この自分が付き従うに値する人間。君嶋義和を、必ずこの『薔薇派』に引き入れる。そのためならば手段など選ばない。いや、手段云々の話ではなく、君嶋と一対一で話せば、絶対に引き入れることは可能なはずだった。なぜなら君嶋は、こちら側の人間であるからだ。あの肉体美を持っている限り、必ずこちら側に来る。
 邪魔があるのだとすれば、それはただひとつ。
 高嶺、薫?、か何だか忘れたが、あの雌豚だけである。
 高嶺さえどうにかすれば、君嶋はこちら側に来るはずだ。そもそもの原因はあの女であるに決まっていた。あいつが君嶋を唆したのだ。でなければどう考えてもおかしい。君嶋がニーソ好きだとか何だとかの噂は聞いたことがあるが、それはおそらく、あの女が原因に決まっていた。あの女だ。あいつが君嶋を狂わせているのだ。『薔薇派』を立ち上げるためにはまず、あの女を排除しなければならない。
 葛城はまず、高嶺がどのような生徒であるかを調べ始めた。その結果、幾つか判ったことがある。正確な名前は高嶺香織、スポーツ万能で成績優秀、容姿も整っている。女でさえなければ、これもまた、もしかしたら究極を目指せる人材なのかもしれなかった。しかし高嶺は女であり、肉体美の追求よりも、容姿の追求を追っているように見受けられた。気に食わない。軟弱の極みだ。
 そしてさらに気に食わないことが判明する。この『派閥戦争』にて、各運動部の主将クラスの連中は皆、高嶺の下に就いているというのだ。本当に気に食わない。最初に葛城が目星を立てていた柔道部の住田、野球部の村岡、剣道部の前園、その他数人がすべて、あの雌豚に付き従っているのだという。君嶋のみならず、それら全員を唆しているのだ。雌豚の悪女である。必ず排除しなければならない。
 が、逆に考えれば。
 高嶺を排除さえすれば、唆されている連中は皆、正気を取り戻してこの『薔薇派』に加入するのだろう。そうなった時、実現するものは何か。『薔薇派』の『王』に君嶋義和が君臨し、側近がこの自分となり、そして配下に住田、村岡、前園、その他数人。その面子で、もし『薔薇派』が構成出来るのだとしたら。そこから導き出される結論は、つまり。
 ――無敵。もはや何者にも打ち滅ぼすことなどできない、無敵の『派閥』が出来上がる。
 理想だ。それを実現するためにはやはり、雌豚を、高嶺香織を排除しなければならない。故に。
「――待っていたぞ」
 その一言で、君嶋義和はため息を吐き出しながら頭を掻いて「またお前か……」とつぶやき、高嶺香織は本当に嫌そうな顔で「懲りない先輩ですね……」と心底軽蔑しているかのように言葉を漏らす。
 葛城は一切怯むことなく、
「今日こそは貴様を排除する。覚悟しろ雌豚」
 その台詞と共に高嶺の横に立っていた君嶋が欠伸をしながら歩き出し、
「先行ってるぞ高嶺」
 その台詞に高嶺は心底待って欲しそうに、
「えー……置いて行かないでくださいよ『隊長』ー……」
 しかし君嶋はそれ以上の言葉を吐かずにそのまま行ってしまった。
 取り残された高嶺が大きな、本当に大きなため息を吐きながら、身長差が50センチはあろうかという葛城を見上げた。
 紡がれる聞き慣れた言葉。
「……もう、これが本当の最後ですからね……」
 ここ数日で、一体何度、この台詞を聞いただろう。
 だがそれも今日で終わりだ。今日こそは、今日こそはこの雌豚を排除してみせる。
 これは意地だ。無敵の『薔薇派』を創るための、意地なのだ。
 だから。だからこそ、
「――行くぞ雌ぶぇっ!」
 上履きが飛んで来た。

     ◎

 便器の奥に狙いを定め、力の限りに発射する。
 黴臭い便所の臭いを鼻の頭で感じつつも、葛城は一人、あまりに小さい便器に向かって小便を済ませていた。
 連戦連敗だった。考えられない失態である。この自分が、肉体美を追求しているはずのこの自分が、あんな軟弱な女子に負け続けているなど、人生の汚点以外の何ものでもない。だがしかし。ここいらで認めなければならないのかもしれない。認めることはこれ以上無いくらいの敗北に値するほどの屈辱であるが、もはや現実がそれを肯定しているのだ。
 高嶺香織。ただの軟弱な女子かと思っていたが、事実、――強い。
 君嶋義和の隣を歩いているだけのことはある。それに見合っただけの力もある。それは認めよう。しかし、だからと言って諦める訳にはいかない。必ず高嶺を排除し、君嶋たちをこの『薔薇派』に迎え入れ、そして創るのだ。無敵の『薔薇派』を。そのためならば、どれだけ泥を啜ろうとも構わない。君嶋を『王』に出来る可能性が僅かでもある限り、どれだけ格好悪かろうとも、最後の最後まで、足掻き続けてやるのだ。
 小便が納まったのを確認した後、豪快に振り回して水気を飛ばし、ボクサーパンツとチャックを上げた。洗面台で手を洗いながら、葛城は再戦に挑む決意を再び固める。
 上体を屈めながら便所から出て、そのまま廊下を歩いて行く。君嶋と高嶺はどこへ行ったのだろう。が、少しだけ考えてすぐに思い当たる場所が浮かぶ。ここ数日、懲りずに何度も二人を待ち伏せしているため、大凡の行動パターンは理解していた。先の出来事を思い出すと、おそらく二人はジュースでも買いに行ったのであろう。ならば自動販売機の前か、あるいはその近く。ここからそう遠くはない。
 葛城が目星を立てた場所へと歩みを進めようとしたその時、笑い声が聞こえた。
 ふと足を止めて視線を向ける。ちょうど葛城がいた場所の横は、美術室だった。その中から声が聞こえる。どこかの『派閥』連中が本拠地にしているのであろう。別に珍しいことではない。今は『戦争時間』であるため、それは極普通の、当たり前の出来事であると言えた。だから葛城は、特に意識を継続させる訳でもなく、そのまま自動販売機に向かって再び歩き出そうとして、
 歩みを止めた。
 それは、笑い声に紛れて、その台詞を聞いたからだ。
「――だから、まずは君嶋だっつってんだろ」
 聞き捨てならないその名に、葛城は扉の硝子部分からそっと美術室の中に視線を向けた。
 美術室の中心に雑に机を寄せ合い、その上に足を組んで数人の男子生徒がたむろしている。何人かは顔を知っている。同学年の元樹たちだ。つまるところ、元樹たちのグループを分類分けすれば不良と呼ばれるだろう。その他にも顔は知らないが、おそらくは普通の生徒ではない連中が数人見受けられる。おそらく元樹たちの、そっち仲間の後輩であろう。
 そんな中で、元樹が再びその名を口にした。
「まずは君嶋だ。あいつをぶっ殺すのが先だ。考えてもみろ、あいつさえぶっ殺しちまえば、あとはカスみてえな奴ばっかりだ」
「でもさ元樹。そんな簡単にあいつ倒せるか……? お前も知ってんだろ、今井先輩たちがあいつに、」
「黙れ。何のために人数集めてると思ってんだよ。それにな、ちゃんと作戦だってあんだぜ?」
「作戦?」
「ああ。――高嶺香織だよ。あいつ人質にして、君嶋を呼び出す。んで、数人で後ろからこれで殴れば一発だろ」
「おい、お前。それ普通に金属バットだろ。ルール違反じゃ、」
「生温いこと言ってんじゃねえよ。あいつ自体がルール違反みてえなもんだろうが。少しでも手加減してみろ、そんときゃあこっちがぶっ殺されるぞ」
「いや、そうだけどさ……」
「お前、一千万欲しくねえのかよ。何のためにこんな茶番に付き合ってると思ってんだ。金のためだろーが。それには最初に君嶋潰すしかねえんだよ。病院送りでも何でも構わねえ、あいつさえいなくなりゃあとの連中はどうとでもなる。だからだな、」
 意識してではなかった。
 無意識だった。気づいた時には美術室の扉に手を掛け、力の限りに開け放っていた。力加減が出来なかったせいで、そのまま扉は留め具にぶち当たり、しかしなおも威力を消すことができず、レールから外れて盛大に倒れ込んだ。床に落ちると同時にその衝撃に硝子が割れて飛び散り、そしてその硝子の破片を馬鹿デカイ上履きで踏み砕きながら、葛城隆志はその一歩を踏み出す。
 中にいた元樹たちが飛び上がらんばかりに驚き、招かねざる乱入者に視線を向け、そこに195センチの身長を持ち、体脂肪率が2%を切った筋肉の怪物を見て引き攣った顔をしながら後ずさる。
 脳内が沸騰していた。
 この『戦争』において、すべての『派閥』にとって、君嶋義和が最も大きな障害になることは、もはや誰の目から見ても明らかであろう。だからこそ、それを真っ先に潰そうとするその姿勢は素晴らしい。――が。そのやり方が気に食わない。正々堂々どころか、人質を取り、なおかつルール違反上等で襲撃を行うその思考は、許せない。そんな軟弱な考えなど、言語道断。認める訳にはいかない。
 それに。高嶺香織を排除するのは、この自分の役目だ。真正面から戦わない連中になど、譲ってたまるものか。
 煮え滾る脳内をそのままに、口を開く。
「お前等全員、表に出ろ。その腐った性根、叩き直してやる」
 その台詞と迫力に、元樹たちが戸惑いながらも言葉を返す、
「何だよ葛城……! おま、お前には関係ねえだろうが……ッ!」
「黙れ軟弱者。軟弱は軟弱でも、あいつの方がお前等よりよっぽど男らしいわ」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ……! 大体てめえは『派閥』に入って、」
「二度言わせるな。表に、出ろ」
 硝子の破片をさらに踏み砕き、葛城が元樹たちに近づいていく。
 恐ろしいものが近づいて行く。筋肉の塊が元樹たちへと迫る。そしてその威圧感に、連中の中の一人がついに負けた。震える叫びを上げながら、元樹が持っていた金属バットを手に、真っ直ぐに葛城に向かっていく。中途半端に上段から振り抜かれた金属バットを、葛城は避けなかった。何の構えもしないまま、それを肩口に受け、そして、
 渾身の右カウンターがその頬に炸裂する。
 ひとたまりもなかった。人が空中で一回転する。机に背中から突っ込んだ拍子に盛大な音を響かせ、上から倒れ込んできた机の下敷きになって沈黙する。誰も何も言えなかった。外から射す夕日を含んだ明かりが、美術室内に舞った埃を綺麗に反射させている。
 突然に、葛城が咆哮を上げた。獣の叫びだった。
 その咆哮に恐れおののき、二人が美術室から飛び出して行く。
 それでも逃げなかった七人が、真っ向から葛城に向かい、手短にあった凶器を手に突っ込む。しかし椅子を投げられようが机をぶつけられようが木材で殴られようが、それらは対した打撃ではなかった。獲物が当たる瞬間に各部位に力を込めれば、ある程度の攻撃は無効化出来た。鍛え貫かれたこの筋肉の前には、並大抵の攻撃など通用しない。そんな軟弱の腕で幾ら凶器を振り回そうとも、さしたる脅威ではない。
 だからこそ、
 全力で、暴れた。
 半分は性根の腐ったこいつ等に対する怒りで、もう半分は、高嶺に連敗を続けていた自らに対する憤りだったように思う。
 三人目をラリアットで吹き飛ばすと同時に、四人目の顔面を左手で鷲掴み、そのまま遠心力にモノを言わせて壁に叩きつける。肉弾戦で葛城に勝てる可能性がある人間など、おそらくこの学校には二人しかいない。一人は体育教師の盛山、一人は君嶋義和。肉弾戦で止めたいのであればその二人を連れて来い。それ以外の軟弱な連中が束になって掛かって来たところで屁でもない。軟弱なる者どもよ、この肉体美の前に跪いて己の腐った性根を自覚しろ。
 六人目を左拳で殴り飛ばし、最後に元樹に対して跳び蹴りを食らわそうと振り返ったその時、視界が何かに覆われた。布のようなもの。それが引き千切られたカーテンであると気づいた時にはすでに、真っ暗な衝撃が頭に降った。
 意識が一瞬だけ遠のく、平衡感覚が失われてその場に立っていられなくなる、
 たまらずに跪くその上から、反吐を吐くかのような台詞が聞こえた、
「筋肉馬鹿が調子乗りやがって……ッ!」
 自らの頭を覆っていたカーテンを何とか剥ぎ取った時、そこに金属バットを手に見下げる元樹を見た。
 金属バットからの一撃を、無防備で貰ってしまった。身体であれば無防備でもある程度は軽減出来たであろうが、頭部は非常にまずい。さすがに頭皮まで徹底的に鍛えることはできなかった。そこから考えるのであれば、葛城の身体で唯一の弱点。それが頭部となる。そこに何の気構えもないまま金属バットを振り下ろされた。効かないはずがない。
 左目に何かが入ってくる。手で擦ってみると真っ赤な液体が不着した。頭を割られた。が、毛穴から血が滲むほど鍛錬を行ってきたのだから、今更に血如きで怯むことはない。ないがしかし、この明確なるダメージを隠せない。膝を着いた状態から立ち上がることが出来ず、足が思い通りに動かない。赤に染まった視界がぐわんぐわんと揺れていた。
 そんな折、廊下から数人の足音が聞こえた。
「元樹ッ! 全員連れて来たぞッ!!」
 その台詞と共に、先に美術室を飛び出して行った二人と共に、十人以上の人間が乱入して来る。
 仲間の増援を得て、元樹が笑う、
「よっしゃ。とりあえず頭割ってやったぜ。あとはフクロにすりゃ終わりだ。調子乗って喧嘩売りやがって。筋肉馬鹿が出しゃばるんじゃねえよ」
 跪くその上から、元樹の上履きが葛城の頭を踏み倒す。
 床と額が激突した際に恐ろしい音が鳴る。鍛えていることが裏目に出たのだろう、その一撃で気絶しなかったのか幸か不幸か、床に倒れ込んだ葛城に対し、さらに蹴りが降って来る。元樹の声を受け、駆けつけた連中までもが葛城に対して足を出す。面白いくらいに蹴られた。七発目までは憶えていたが、それ以降の痛みと記憶が曖昧になる。
 身体の上から降って来る蹴りと笑い声をぼんやりと聞きながら、葛城は小さく息を吸い始めた。
 もう少し。あと少し。大丈夫だ。こんな軟弱者たちの蹴りを何発受けようともさしたるダメージを負わない。問題はさっきの金属バットの一撃だ。あれがまだ効いている。しかしそれもだいぶ落ち着きつつある。これが治まれば立ち上がる。立ち上がってしまえば後は簡単だ。力任せに反撃すれば、全員を薙ぎ倒せる。あと少し。あと、少し、あと――
 そして、小さな深呼吸を繰り返していた葛城が、一際大きな深呼吸を行い、身体中に酸素を回した。鍛え抜かれた筋肉が脳の命令に忠実に従う。あまりに大きな巨体をフル活動させ、一気に立ち上がろうとしたその瞬間、おそらくは偶然であろうが、それを狙っていたかのようなタイミングで、再び元樹の金属バットが葛城の頭を狙った。
 真っ暗とは違う、真っ白な衝撃が来た。
 口から自分のものとは思えない呻き声が上がり、身体中に回っていた酸素が霧散する。
 今の一撃はさすがにまずい。顔に流れる血がその量を増している。少しでも気を抜けば、根性論云々の前に人間の性質上の問題で意識を持って行かれる。ここで気絶することだけはどうしても避けたい。ここでこいつらの腐った性根を叩き直さなければならない。そうでなければこいつらは君嶋を襲撃するであろう。『薔薇派』の『王』になるべく人間に対し、そんな捻じ曲がった行いなど、死んでもさせない。そんな卑怯なことは、絶対に、絶対にさせ
 金属バットが再び振り上げられる、虚ろな視界の中でそれを意識した葛城にはもはや、抗うだけの力は残っていなかった。
 葛城の意識を断ち切るその一撃が、遥か頭上から振り下ろさ

「――助けて欲しいですか?」

 場違いなその台詞に、この空間の時間がすべて止まった。
 蹴りをひたすらに繰り出していた連中も、金属バットを振り下ろそうとしていた元樹の動きも、己が不甲斐無さに血が滲むほと拳を握り締めていた葛城も、みな例外無く、停止していた。全員が全員、一斉にその声の方に視線を送り、そして、扉の破壊された美術室の入り口の所でぼーっと立っていた高嶺香織を見た。
 状況が理解できない、気づいた時には鉄の味がする口を無意識の内に開いていた。
「………………雌、豚……? お前……、」
 高嶺が、本当に嫌そうにため息を吐く、
「葛城先輩。知ってると思いますけど、敢えて言います」
 縞々模様のニーソックを履いた足が、その一歩を踏み出す、
「わたしは、貴方が嫌いです。大嫌いです」
 そのまま美術室の教卓の前まで歩いた所で立ち止まり、元樹たちなど最初からいないかのように、真っ直ぐに血塗れの葛城だけを見ながら、高嶺は「でも、」と言葉を続けた。
「『隊長』を好いてくれているんだっていうのは判ります。そこだけは、貴方のこと、嫌いではないです」
 何の言葉も返せない葛城に対し、高嶺はふっと表情を緩める、
「だから、本当に嫌いなのは、もっと別のものです」
 そうして、高嶺香織は表情を消し、その言葉を口にした。
「……わたしは、『隊長』の敵が、一番嫌いです」
 その言葉を受け、それまで停止していた元樹たちが葛城から意識を外し、高嶺を真っ向から見据える。
 愉快そうな笑い声、
「ちょっち順序狂っちまったけど仕方ねえ。葛城と一緒に君嶋をこのままフクロにする。そっちから来てくれ助かったよ、香織ちゃん」
 本当に、本当に大きなため息が、聞こえた。
 小さく俯いた高嶺が、何事かをぼそっとつぶやいた。元樹たちには聞こえなかった。しかし、葛城には聞こえていた。
 高嶺は、こう言っていた。
 ――『隊長』にも、名前で呼ばれたこと、一回しかないのに。
 そして、高嶺は顔を上げて、笑った。天使の笑みだった。
「ここからはわたしが、わたしたちが引き受けます。葛城先輩はそのまま蹲っててください。邪魔です」
 その言い草に葛城が猛然と抗議の声を上げようとしたその一瞬、
 高嶺は言った。
「――ここからは、『戦争』です」
 高嶺が機関銃を抜いた。制服のブラウスの下から。後ろ手に掴んで。
 どういう手品か、身の丈ほどもあるような機関銃を造作も無く引っ張り出し、高嶺は真っ向からそれを構えた。一瞬だけ呆気に取られた元樹たちだったが、しかしその機関銃がただのペイント弾が装填された玩具だと理解しているが故に、すぐに表情を戻し、愉快そうに笑う。
「そんな玩具でどうするの香織ちゃん」
 再びの、天使の笑み。
「玩具ですよ。これ。遊びですよね、こんなの。でも、遊びだから少しくらい熱くなっちゃっても、いいですよね。遊びに怪我なんて、つきものですよね」
「何言ってんの」
 どこまでも陽気な声で、高嶺は開戦の一言を告げる。
「はっじめっるよー」
 気づいた時には、完璧に包囲されていた。
 各々がそれぞれ、恐ろしいまでの獲物を所持していた。
 天から降ったか地から湧いたか、高嶺を基点に円を描くかのように、彼の者たちはそこにいた。葛城が思い描く、君嶋を除いた『薔薇派』オールスターの顔ぶれ。柔道部の住田、野球部の村岡、剣道部の前園、その三人を筆頭に、葛城が『派閥』の戦力として得るならばこいつ等だと思うような面々総勢十人が、完全に周りを包囲していた。
 『縞々ニーソ隊』、と最初につぶやいたのは、元樹たちの中の果たして誰であったのだろう。
 包囲された中心で、引き攣った顔を浮かべて己の身体を寄せ合う元樹たちとは対照的に、高嶺は綺麗に笑っていた。
「忘れないでくださいね、先輩方。これは、遊びですよ。単なる、遊びです。うん。でもですね。遊びは遊びでも、そこに自分の信念を賭けたらそれは――『戦争』、なんですよ」
 高嶺香織が、巨大な機関銃の引き金に指を掛ける、
「『隊長』の敵を、『副隊長』のわたしが排除しなくて、誰がするんですか」

     ◎

 走り続ける中、ただひたすらに「ぶっ殺してやる」と繰り返し続ける。
 身体中に赤いペイント液が付着している、左手の感覚がおかしい、右目の目蓋が腫れ上がってほとんど見えない。
 人数だ。人数さえ集めればどうとでもなる。外部にも連絡を取って、人数を集めてぶっ殺してやる。ここまでふざけた真似されて、このまま引き下がれる訳なんてあるはずがない。一千万云々ではなく、ただ単純に憎悪が煮え滾る。ルールなんてもはや関係ない。ぶっ殺してやる。絶対に、全員ぶっ殺してやる。めちゃくちゃに壊してやらねばこの憎悪は消えない。醜く顔を引き攣らせたまま涙を流して許しを請う姿を見なければ、この怒りは収まらない。ここまでコケにされて、ここまで屈辱を叩き込まれて、黙っていられるはずなんてない。人数だ。人数さえ集めれば、ぶっ殺せる。必ず、必ずぶっ殺
 廊下の角を曲がった瞬間、恐ろしいまでの力で顔面を鷲掴みにされた。走っていた勢いなど一瞬で消し飛ばし、身長差などほとんどないのにも関わらず、強引な腕力だけでそのまま引っ張り上げられて足が床から離れた。状況が理解出来ない、何が起こっているのかもわからない、息が出来ない、
 そして、その声を聞いた、
「――優秀過ぎる部下を持つと、情報は上がって来ねえし面白れえことは全部持ってかれるしで大変なんだぜ?」
 持ち上げられたその位置から下を見下ろして初めて、そいつの顔が見えた。
 そいつは、悪魔の表情で笑っていた。
「最後くれえ、おれに譲って貰わねえと割に合わねえよな?」
 額に恐ろしいまでに巨大な銃口のリボルバーが押し当てられる、
 必死の限りに上げようとした悲鳴は、最後の最後まで、声にならなかった。

     ◎

 保健室で頭に包帯を巻かれながら、葛城は何と言うべきか必死に考えていた。
 しかし幾ら考えたところでまともな言葉などついに出ず、終いには高嶺にこう言われた。
「筋肉あるくせに弱っちいんですね」
 ぐうの音も出なかった。金属バットで頭さえ殴られなければ何人何十人にでも相手に出来ると思っていたし、実際にそれは確かだ。だが結果的に金属バットで殴られ、軟弱者たちに袋叩きにされていたのは他の誰でもない葛城で、そして厄介になことに、助けられた側なのはこちらであり、それに全うな言葉を返せる道理など微塵もなかった。
 胸いっぱいに広がった屈辱感を必死に抑え込んでいると、包帯を巻き終わった高嶺が嬉しそうに「ふひひ」と笑う。
「一応止血は出来ましたけど、お医者さんには行ってくださいね。手当ては出来ますけど、詳しい知識とかあんまりないので。もしかしたら縫わないといけないかもしれませんし。でも、これで貴方に借りが出来ました。この借りは返さなくていいです。その代わり、もうわたしに向かって来るのはやめてください。暑苦しいのは嫌いです」
 拳を握り締める。
 これほどまでの屈辱感を味わうなど、おそらく人生でそう何度もあることではあるまい。しかし、やはり認めなければならない。自分は負けたのだ。元樹たちにではなく、高嶺香織に、負けたのだ。
 この『戦争』において、最も大切なものは、何が起ころうとも絶対に貫き通すべき己の信念である。それを高嶺は持っていて、そしてこの自分は、いつの間にかそれを見失っていたのだ。そのことに、今になって、ようやく気づいた。いや、肉体美を追求するこの信念は微塵も揺らいでなどいないが、事実として、諦めていた部分があるのも確かなのだ。
 君嶋義和。奴に『薔薇派』の『王』たる資質を見たあの瞬間。あの瞬間から、いつしか信念が違う方向を向いていたはずだ。絶対的な肉体美を見たあの瞬間から、意識の潜在的な部分で、「君嶋義和には敵わない」のだと、思ってしまった。それが敗因。確かに君嶋の肉体美は究極であり、葛城の理想であった。それに憧れを抱くのは至極当然であろう。――だが、違う。憧れを抱くのは当然であるが、その憧れを超えようという意識を捨てることは、自然ではない。
 仮に超えれられずともよかったのだ。対等な存在でいようという志があれば、それでよかった。君嶋に付き従うのではなく、君嶋と肩を並べて歩けるようになるべく、己を高める信念を持ち続けていれば、それでよかったはずだ。しかしいつの間にか自分は、気づかない内にその志を捨て、信念を諦めていたのだ。そして捨てた自分とは対照的に、高嶺香織は己が信念を、ただひたすらに貫き通している。君嶋に付き従うのではなく、対等に肩を並べられるように、今もなお、高嶺は戦い続けている。
 勝てない訳だ。立ち止まった者が、進み続ける者に、勝てる道理など、あるはずがない。
 軟弱者は果たしてどちらであったのかを、ようやく思い知った。
 頭に巻かれた包帯に手を当てる、
「……今回はおれの負けだ」
「どうしたんですか、急に素直になって。打ち所悪くて狂ったんですか」
「黙って聞け。……今回だけは、お前に勝ちを譲る。ただ、諦めた訳じゃない。おれの中にあるこの信念がお前を超えたと確信したその時は、もう一度、お前の前に立ち塞がる。その時は、完膚なきまでに叩き潰して、お前から君嶋を解放してみせる」
 一瞬の間を置いた後、ふひひ、という笑い声が真っ向から迎え撃つ。
「その時は受けて立ちます。まぁ、わたしは絶対に負けませんし、『隊長』も渡しませんけど」
 葛城は立ち上がり、50センチも下にある高嶺の顔を見下げる。
「次が、本当の決着だ。……ただ、今回だけは、言っておく」
 目を背けず、高嶺を真っ直ぐに見つめたまま、その台詞を言った。
「――助かった。感謝する」
 右手を差し出すと、高嶺が意外そうな顔をした後、照れ臭そうに笑う。
「やめてください、気持ち悪いです。……でも、素直に受け取っておきます」
 二人が握手を交わす。
 いつかまた、再び互いの道の前に立ち塞がる相手であろう。
 しかし、それでも今は。今だけは。

 良い好敵手で、あらんことを――。










2011/09/20(Tue)20:23:18 公開 / 神夜
■この作品の著作権は神夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶり、いつも付き合ってくれている方はどうもどうも、「お前レス返しも人の作品も読んでねえで何やってんだよ」でお馴染みに神夜です。
うん。カッとなってやった。後悔も反省もしてない。
半年以上前?に投稿していた「Fetish Shout!(諸々修正版:ただし物語の本筋等は一切イジってない)」と、当時感想くれていたロリコンっぽい人が言った「無敵の薔薇派編とかどうよ」みたいな話から生まれた番外編をお付け致しまして、お値段なんと29800円、29800円でご提供です!
すみません。感想はちゃんとログ取ってあるのですが、本当にちょっと諸々の事情で消してしまったんです……。たぶんもはやストーリーとか誰も憶えていないでしょうけれども、きっとロリコンの人は読んでくれるであろう――、そんなことを思いながら、やはり誰か一人でも楽しんでくれることを願い、神夜でした。
この作品に対する感想 - 昇順
最初は番外編だけ読むつもりで、しかしどんな設定だったか思い出すために本編を少し読んでおこうと思ったら、いつのまにか全部再読してしまいました。やっぱり、面白い。どの程度手を入れてあるのかは分かりませんが、前に読んだ時よりも全体に安定度が増している気がしました。

というか、また僕の言うことを真に受けて、本当に「薔薇派」篇書いちゃったんですね。僕は平凡な一般人であってロリコンっぽくは全然ないのだということは再度強く言っておきたいところではありますが、それはさておき、さすがにそう言われては読まないわけにはいかない。
で、その番外編のほうですが、なかなか面白かったです。本編キャラとの絡み方とか、番外編としてはお手本的に良くまとまっている感じでした。話の盛り上がりも、充分。ただ、せっかく「薔薇派」なんだから、もうちょっと君嶋に恋してる感じを出すとか、たくましい男同士の不気味な感じが出てたらもっと面白かったかもと思います。
2011/09/22(Thu)22:24:051天野橋立
流石や。流石天野さんやで。まさか本当に読んでくれるとは。むしろ本編も再度読んでくれるとは。流石狸さんに次ぐロリコンマスターの天野さんやで。どうもありがとう、それだけで満足です。
玉子焼きで隕石を吹っ飛ばす、という冗談ではちっとも頭の中に閃きはありませんでしたが、この話は結構すぐに閃いた。本当はもうひとつ、「最後の聖戦編」も半分くらいまで書いたのですが、時間の都合上途中で投げ出してしまい、そして一回途切れるともうそれでエンドになってしもーた。非常に残念。
薔薇関係に関して、当初はもう少し練り込もうとも考えていたのですが、「BL派」同様、神夜に微塵も興味がない&書いてて背中が痒くなるから取り止めになった。それは少し心残りだけど、まあ仕方があるまい。これはこれでいい感じにまとまったのではないかと考えていましたが、天野さんの感想で間違いではなかったのだと思えた。
読んで頂き、誠にありがとうございました。
2011/09/26(Mon)20:14:080点神夜
遅ればせながら拝読しました。猫ですにゃん。
薔薇編て見たときはマジでびっくりしましたが、何か薔薇独特のねっとり感が少ないと見たので何となく先送りになってましたがやっと読みました。うぅむ、これはこれで妖しい感じと言えなくもないのかな。葛城さんが暑苦しくてとても宜しい感じでした。文についてはすでに上手いことは知ってるので割愛させていただきます。にひひ。
2011/10/03(Mon)21:52:281水芭蕉猫
水芭蕉猫さん>
にゃん。
自分自身でもこうしてマジで書くことになろうとは思ってもみませんでしたが、まぁ本当に書いてしまった訳です、はい。しかしBLもそうなのですが、結局作者自身が「BLも薔薇も百合も判ってない」という致命的な欠点があり、なおかつ「知らないし特に興味ない」というどうしようもない事実があります。そのために「ねっとり感」は何となく想像できるものの、「やだよ描きたくねえよそんなもん」と背中がムズムズしてしまう訳ですすみません。そんなこんなでも、猫さんに少しでも楽しんでもらえたようで何よりです。
読んで頂き、誠にありがとうございました。
2011/10/06(Thu)14:12:270点神夜
合計2
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