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『レイニーデイ』 作者:一日君 / リアル・現代 未分類
全角3415文字
容量6830 bytes
原稿用紙約10.9枚
 曇天の道を歩く彼女は、傘を忘れて雨に打たれている。
「お洒落な洋服が台無しだ」
「あなたが悪いんでしょ」
 彼女は早歩きで僕を振り切ろうとしたけど、僕は気にせず後を追った。
 人通りの目もあって、僕は持っている傘を彼女にかざしてやった。だというのに、やれやれ、いったい人の親切をなんだと思っているのか。彼女は乱暴にも傘を奪い取ると、畳んで路地に投げ捨ててしまった。
「余計なことしないで」
「余計なことしないでとは、むしろ僕の台詞だ。僕の傘を捨てたのは、明らかに余計なことだろ」
「それは自業自得でしょ」
「君に傘をかざした報いがこれじゃ、仏様だってきっと納得しない」
 傘を拾えば以降の雨は防げたが、今更拾う気にはなれなかった。だって、一度濡れてしまった部分は元には戻らないから。
 少し濡れているも、だいぶ濡れているも、全身ずぶ濡れも、程度の差こそあれ、濡れている事実は同じだ。
 彼女の少し怒っているも、だいぶ怒っているも、すこぶる怒っているも、僕を許さないという一点においては同じなように。
「悪かった」
「謝っても許さないよ」
「許してもらおうとは思ってない。ただ、僕に非があったことを伝えておきたいんだ。だから悪かった」
「あっそ」
「ああそうだとも」
 かれこれ三十分は歩き続けている。人通りは消え、建物はこぢんまりとしたモノに変わり、田んぼや畑がやたらと目に付くようになった。かしこから、アマガエルの喧しい声が聞こえてくる。
「蛙が鳴くと雨って、聞いたことあるか?」
「ない」
「興味がなさそうだな。昔から梅雨と言えば蛙ってくらい、蛙と雨は縁のあるもので――」
「うるさい」
「そう、基本的にうるさい奴らなんだ。だけど、雨的中率も低いとはいえそこそこあって――」
「うるさいって言ってるの」
「そう、いくら取り繕っても、うるさいだけの連中なのは変わらない。少しは空気を読んでほしいよな」
「うるさいのはあなたのことよ」
 降(くだ)る雨と下らない僕との会話に疲れたのか、彼女は雨の降らない小さなトンネルに身をひそめた。トンネルは二車線の下を潜るようにして作られていたため、長さは十五メートルくらいだった。車の行き来は滅多にない、寂れた感じだった。
「許してもらう気がないなら、どうして着いてくるの?」
「許されないままでいいから、仲直りしておきたい」
「ふざけないでよ」
「僕は何時だって真面目だ。だけど人によっては、それが不真面目に見えることもあるみたいだ」
 彼女は僕を無視して、バッグからタバコの箱を取り出した。少し考える仕草をして、結局、タバコの箱を地面に叩き捨てた。
「傘も差さずに雨の中いたら、そりゃタバコだって湿気る」
「うるさい」
「気分でそうポイポイとゴミを作られちゃ、誰だってうるさく言いたくなるだろ」
 その傲慢な態度が、タバコを湿気らせた原因だというのに。これこそ、自業自得じゃないか。
 彼女は濡れた体を少し丸めて、だるそうにため息をついた。
 流石にからかい過ぎたか。僕はため息に応じて、話題を元に戻すことにした。
「僕だって、デートに遅れたくて遅れたんじゃない。思った以上の土砂降りで、タクシーがなかなか捕まらなかったんだ。タクシーは諦めて、電車に乗って向かおうと駅に入ったら、人身事故で遅延してるし」
「言い訳ばっかりね。どこら辺が悪かったと思ってるの?」
「強いて言うなら、運が悪かった。特に足運びの運が悪かった。……運の運が悪かったんだ」
「どっちの運でもいい、私との仲も運が悪かったで諦めて」
「僕がうんと諦めの悪い人間なのは、君だって知ってるはずだ。だから、タクシーが捕まらなかろうと、電車が遅延しようと、約束の場所に僕は来た」
「約束の時間より四十五分も遅かったけどね」
「そういう君だって悪いだろ。僕の遅刻を四十五分間も待っていたんだから」
「一緒にしないで」
 もちろん、同じ悪いでも性質が違うのは分かってる。僕は口悪。彼女は意地悪。そして、僕らの悪を足して二で割ると険悪になる。
「せめて機嫌だけでも直してくれないか」
「誰のせいよ」
 こうなると、決まって彼女は涼しい顔を作って、もともと少ない口数を更に厳選するようになる。
 ためしに僕も黙ってみると、無言は何時まででも続いた。なるほど、彼女は僕の弱点を熟知しているようだ。
 根負けした僕は、話の取っ掛かりを作りにかかった。
「雨、止みそうにないな。いったん雨宿りすると、出るに出にくい。そうは思わないか?」
「別に」
「やっぱり、別に……そう思うか」
「別にそう思うって、どういう意味よ」
「別に意味はない」
「意味がないなら言わないで」
「なら、言い直す。やっぱり、そう思うか」
 彼女は涼しい顔を一瞬崩して、首を傾げた。
「なによ、下らない」
 言われなくても分かってる。だけど、こんな下らない言葉遊びに微笑してもらえて、僕としてはやった甲斐があった。
「仲直りしてくれないか」
「しつこい」
「ああ、この雨のこと?」
「あなたのことよ」
「僕は今以上に、雨になってみたいと思ったことはない」
 彼女はしばし呆れた。今回は微笑んでくれなかった。
「そうだ、いいこと考えたわ」
「なんだ?」
 怒っているはずの彼女にしては珍しく、嬉しそうに口元を綻ばせていた。
「運が悪いと思うなら、天に召します神様に、良くなるようお願いしなさい。雨が止むまで外で祈り続けて、もし四十五分以内に雨が止んだら、そしたら仲直りしてあげる」
「ちょっと酷じゃないか? この分じゃ、一日中降ったって不思議はない。第一、僕は仏は信じても、神は信じない」
「……神は仏と別にして考えなさい」
「別に、か」
 これはつまり『神は仏として考えなさい』ということだろう。彼女にしては捻った方だと思うが、神と仏はやっぱり違うモノだと思う。
「神様によろしく言っといて」
 彼女は手を振りながら、一点の曇りもない完璧な笑顔を作った。『さようなら』という意味のジェスチャーも早々に、雨の中を行ってしまった。本来なら、彼女の笑顔には好感を抱くのだけど、このときばかりは不気味に思えた。
 僕はまだ返事をしてないのに、彼女はまるで、全てを理解してでもいるかのように振る舞って行ってしまった。そんな彼女こそ、神に相応しいのではないか。ちょっと想像してみる。もしも彼女が神になったなら、供物を怠たる人類に未来はない。というか、僕に明日はないだろう。
 僕はトンネルを出て、雨に打たれた。曇天を仰ぐ。だからって、手を合わせて祈ったりはしない。
「あいつは嘘をつかない。このまま雨が続けば、本当にこれっきりの関係になるだろうな……」
 僕の口悪になんだかんだ言って付き合ってくれるのは、母親を除けば彼女だけだ。ちなみに、母親とはもう長いこと会っていない。打ちひしがれている今の僕を見たら、きっと親不孝に思うだろう。
「あれ、雨が上がった?」
 遠く雲の切れ間から、一筋の日差しが生まれていた。さっきまで降っていた雨が、嘘のようになくなっている。いったい誰の差し金によるものなのか。
「まさか……」
 僕は彼女の顔を脳裏に浮かべた。すぐに払拭する。
「神でもあるまいし、雨が上がるタイミングを知っていたはずがない」
 今朝のお天気姉さんは顔をしかめて、ちょうど今くらいの時間帯に雨は上がると、言っていた。とはいえ、一日中雨になる確立も三十五パーセントあったから、あまり宛にはできないらしい。仮に彼女が天気予報を知っていたとして、それなら最初に傘を持っていなかったのは不自然だ。いや、彼女にはマゾな一面があるから、わざと雨に打たれていたのかも。何のため? 僕の気を引くた――
 ポケットの中で振動する何かが、僕の下らない妄想を遮った。振動の正体は、防水機能に命拾いをした携帯電話だった。
「メールか。誰からだ?」
 僕は携帯電話を開いて、届いたメールの内容を確かめた。
 メールに本文はない。だからといって空メールというわけでもない。件名の方にちゃんとメッセージが添えられていた。
『空を見上げなさい。神はいつでもあなたを見ている』
 僕は携帯電話をポケットに仕舞って、再び空を仰いだ。
 トンネルの上。車道の際どい場所。ずぶ濡れの彼女が、携帯電話を片手に小さく手を振っていた。その表情は、少しかげって見えたけど、僕が好感を抱くには十分な笑みを湛えていた。
2011/03/22(Tue)22:55:54 公開 / 一日君
■この作品の著作権は一日君さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
期間は空けているつもりなのですが、最近やたらと投稿させて頂いている一日君です。

コメディチックな小説は初めて書いたので、上手く纏まっているという自信がありません。こういった小説は、締めくくり方が難しいですね(汗)

3/22:一部修正しました。話の流れは変えていません。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、鋏屋[ハサミヤ]と申します。御作読ませていただきました。
テンポが良く、サクサク読むことが出来ましたw ちょっと変わったカップルの日常を切り取った感じですね。理屈くさい男の子のセリフが楽しいのだけれど、女性からしたら、雨のなかでは嫌な相手だろうなぁw 普通にウザい男ですよwww
私はこの女性の心の広さに惚れます(オイ)
うん、なかなか面白かったです。次回作もお待ちしております。
鋏屋でした。
2011/03/22(Tue)07:17:570点鋏屋
 こんにちは。

 こういう男の子、イラっと来ますね(笑)。もう、ね、独りよがりで、ドついてやろうかと。僕自身にもちょっとこういう傾向があるので、余計に腹が立ったのでした。

 短いセンテンスのなかにヒネりが多いためか、ところどころ、分からないところがありました。中でも特に、
  
>「……神は仏と別にして考えなさい」
>「別に、か」
>これはつまり『神は仏として考えなさい』ということだろう

 ここの意味がどうしても分かりません。この「別に」はどういった意味で使われているのでしょうか。うーん。

 あと「対処する」という動詞の使い方に違和感がありました。「○○に対処する」とは言うけど、「○○を対処する」とは言わないんじゃないでしょうか。また、使い方だけじゃなくて、意味も少しずれているように思います。「雨に対処する」「会話に対処する」という使い方はちょっと聞いたことがありませんし、ユーモラスな効果を狙っていらっしゃるにしても、意味上合わないので効果的でないように思います。

 他にも、日本語的にちょっと不自然な感じのする箇所が散見されました。もう少し、あと2、3度推敲していただけたらよかったのではないかなあと思いました。

 ではー。失礼いたします。
2011/03/22(Tue)12:18:300点中村ケイタロウ
鋏屋様、読んでいただきありがとうございます。

>テンポが良く、サクサク読むことが出来ましたw
ありがとうございます! 内容の薄い小説だったので、せめてテンポ良く読んでいただけるように頑張りました。とはいえ、まだまだ未熟者ですが……

>女性からしたら、雨のなかでは嫌な相手だろうなぁw 普通にウザい男ですよwww
自分は男ですが、同感です。
男友達としても、こんな男とはあまり付き合いたくない(笑)
今にして思うと、ウザキャラにし過ぎたかも……

女性の方は男性よりも雨を気にするみたいですね。
自分なんかは、「雨かあ、濡れたくないな」くらいにしか思わないんですが、女性の場合だと湿気で髪の毛が決まらないとか、化粧が崩れるとか。特に、服が濡れるのを嫌がります。

今回の主人公は、そんな彼女のことなんてお構い無し。
こんな男とデートする彼女の心理は、作者としても謎だったりします。(いいのかそれでっ

また投稿させて頂く機会があると思いますので、そのときはまたよろしくお願いします。
2011/03/22(Tue)22:17:450点一日君
中村ケイタロウ様、読んでいただきありがとうございます。

>こういう男の子、イラっと来ますね(笑)。もう、ね、独りよがりで、ドついてやろうかと。僕自身にもちょっとこういう傾向があるので、余計に腹が立ったのでした。
怒らせてしまったみたいで、ごめんなさい!
今回の主人公は、自分の性格をめちゃくちゃ悪くして出来上がったものです。(もちろん、自分自身は主人公ほど酷くはないつもりですが(汗)

>ここの意味がどうしても分かりません。この「別に」はどういった意味で使われているのでしょうか。うーん。
分かり辛くてすみません。一言で言うと、『別に』に意味はない、という意味で使われています。←更に分かり辛い(泣)?
この会話の前で、主人公たちが『別に』について触れているかと思います。
そこで二人の共通認識として「別に(に)意味はない」ということになりました。言い方を変えると『読み飛ばしてもいい言葉』と考えても良いかもしれません。
そういったやり取りがあって、
「……神は仏と別にして考えなさい」→これはつまり『神は仏として考えなさい』ということだろう。
と主人公は考えたわけです。
長ったらしいだけで、訳の分からない説明になっていないと良いのですが……

「対処する」に関してですが、仰る通りです。
これでも穴のあくほど読み返しているのですが、言われた通りに推敲してみると、どうにも穴だらけでした。
拙くてすみません。精進したいです……
2011/03/22(Tue)22:51:590点一日君
初めまして。神夜と申します。
作品を読ませて頂きました。
――はて。なんだろう。失礼な言い方かもしれませんが、特出して誉めるところを出せと言われると素直に答えることができない。でも「面白かったか?」と言われると「面白かった」と言えてしまう。雰囲気か。テンポか。掛け合いか。キャラか。なんだろう。それらが水面下ギリギリで上手く結合して回っている印象。そこから一歩踏み出せば「やべえめちゃくちゃ面白れえ」と思える作品になりそうだし、しかし逆に一歩踏み外せば「うーん……」と言わざる得ない作品になりそう。うむ。しかしだからこそいい感じの絶妙さでした。
掛け合いの言い回しは良かったです。時たま「ん?」と首を傾げる台詞ありましたが、とりあえずいいかと流すことがいいのか悪いのかわかりませんが、流して読んでいたら特に違和感もなく読み終えた。それは逆に言えば掛け合いの言い回しのほんとどに「意味がない」裏返しかもしれませんけど――なんていうことを感想書きながら思いついたから書いてみたけど、それこそ意味がないことに気づいた。
結論としては、雰囲気や物語が個人的に気に入りました。面白かったです。
2011/03/23(Wed)15:26:290点神夜
会話が面白かった。
あと前作よりもクオリティーが高かった。
次は、クオリティー+素晴らしいアイデアに期待。
2011/03/24(Thu)16:02:290点毒舌ウインナー
神夜様、読んでいただきありがとうございます。

夜神様のコメントに、この小説の味のようなものが集約されているなと思いながら、感心させられながら、読ませていただきました。
水面下ギリギリとはいえ、なんとかバランスを保てたようで良かったです。

ふと思ったのですが。
この小説を通して自分は何を伝えたかったのか。……とても大事なことのはずですが、パッと浮かんできません。
『こんな二人が居たってえぇじゃないか!』という思いで書いた故、その二人の作り出す雰囲気を味わって欲しかったのかも。感じて欲しかったのかもと、今更になって思います。
これが
>いい感じの絶妙さ
に繋がっていたのでしたら、こんな嬉しいことはありません。

一歩踏み出すか踏み外すかですが、出来れば、石橋を叩いて渡りたい。でも、そんな消極的な創作意欲では、きっと自分は進歩しないでしょう……
いつか、誰もがめちゃ面白いと思えるような雰囲気作品を作ってみたいです。

>掛け合いの言い回しは良かったです。
ありがとうございます!
首を傾げてしまったのは、自分の未熟さのせいですね。
意味がないといえば、台詞のほとんどがストーリー上あまり必要ではないからだと思います。悪く言えば、冗長な台詞も……(後悔はしてないが、反省はしている。
2011/03/24(Thu)21:44:280点一日君
すみません。
デスノートに影響を受けたせいか、神夜様の名前を夜神様にしてしまいました(汗)。謝罪とともに訂正しておきます。


毒舌ウインナー様、読んでいただきありがとうございます。
前作に引き続き、今回も読んでいただけて嬉しいです!
クオリティーが高いですか。前作を知られているからこそ、重みのある言葉に感じます。(中村ケイタロウ様のご指摘があってこそ、という部分は否めませんが。

アイデアはあるのですが、書いていくうちに詰まって投げ捨ててしまうことがしばしば……。自分のクオリティーに見合ったアイデアを模索したい。
いつか、素晴らしいアイデアだったと言われる作品を作りたいです。否……作るんだっ!(笑)
2011/03/24(Thu)22:08:260点一日君
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