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『ブレイン・ザ・ダークサイド』 作者:神楽時雨 / 未分類 未分類
全角11410文字
容量22820 bytes
原稿用紙約34.2枚
眼が覚めたら異世界に!? 王道RPGかよおい! と言う突っ込みが入れたい森の中。ゴブリン、死神、ニヒル少年。脳内麻薬全快の知力と策略の渦巻く黒いゲーム『ブレイン・ザ・ダークサイド』に入り込んだ刹那。二次元キャラとして生きてくのか三次元で生きていくのか! さぁどっち?
『キキーッ!!』
 激しいブレーキ音…甲高く響きあがるクラクションとそれに伴う通行人の驚きの入り混じった悲鳴。
 解るのはその状況から起こりうるのは交通事故であり、そして被害者は自分だということ。
 なんていうことはない。いつも喧嘩で受ける痛みだと割り切ればそれまでの衝撃だ。
 しかしもらった一撃はプロボクサーすら一撃でKOに持ち込めるであろう激しい衝撃、突き飛ばしたのとは逆の手でガードした左腕が無様に跳ね上げられ、そして交差点の向こうまでスローモーションで飛んでいく自分を驚きの顔で見つめている同じ制服の人達。
 更にそれを冷静に見つめているショーウインドウに映ってる自分自身の姿。
 ガードした左腕は不自然な方向に捻れており、地面と平行で飛んでいっているなんとも夢みたいな光景だ。
 一瞬の瞬きの間に捻れた左腕が地面についた気がした。それからは衝撃の連続。
 二転三転と縦に横にとボウリングの玉のようにバウンドしながら転がり、途中から軌道が反れたのか壁際のガードレールにぶつかってようやく自分自身の行動が停止した。
 もはや無意識に、傷だらけの体で自分の損傷を確認しようとする。
(左腕は動かない…っていうよりも体全体が動かないからなにもできない…)
薄れていく意識は己自身の血の色を、そして量を認識できずに闇の中へと沈んでいく。
(こりゃ死んだな…)
某霊界探偵のような感覚で吹っ飛ばされ、『神楽宮 刹那』(かぐらみや せつな)は最後にそう思いながら意識を失った。

第一章 新世界

 事故の原因はなんてことは無い善意。
 ただ横断歩道を無視して飛び出した女の子を助けるという行為の代償に他ならない。
 そんな気になったのも個人の自由だし別に大それた事をしたつもりもない。
 模範的行動とでも言い表したほうが簡単であろうか、いつもの事と言えばそれまでだが、今回ばかりはその行動が裏目に出てしまった。
 対向車線から見ていた俺は、まず目の前に真紅のポルシェが路駐してあり、女の子は偶然にも赤い服とランドセル。
 一見して気づきにくい上にその車の前方には別のトラックがこれまた路駐しており死角が生まれ出た。
 しかも少女の背がこれまた小さく、ポルシェのような車体の低い車にすら隠れてしまう。
 何気ない事故要素もここまで揃えば驚きとしか言いようがない。
 車線に飛び出しかけた瞬間すでに俺は対向車線に飛び出していた
 無論高速で接近してくる乗用車を発見したためだ。
 そして少女を突き飛ばして歩道付近まで戻したところで跳ね飛ばされた。
 ぶつかった運転手も、まさか対向車線からダイブしてくるとは思わなかったであろう驚愕に見開かれた顔をしていた。
 走馬灯のように映る自分の姿をガラス越しに見ながら段々と視界がぼやけ…気がつくと白く四角い部屋にいた。
 いや…正確には『寝ていた』だ。
 手近な所には棒グラフのような線が己の鼓動と同期して表示されている。
 体中にいろいろな管が繋がれ、そこから血やら何やらが出たり入ったりしているようだ。
 口元には呼吸器が着けられ喋ることもできないが、目線だけならば動かせる。それから得た情報として結論するならば自分は今ICU、『集中治療室』で治療を受けている状態なのだろう。
「…きて」
不意に声が聞こえた。正確には『気がする』といった方が正しいだろう。無機質な電子音がソナー音のように室内に反響し、栄養剤でも入っているだろう管の先に伸びているパックからたまに落ちる液体の雫。
 それ以外は認知できない程の静寂の中で聞こえた声は、静かに囁くような女性の声だ。
「…めるので…。」
 まただ。おそらくは頭でも打ったせいで幻聴の類が聞こえてしまうのだろう。もしくは脳と三半規管にゴミでも詰まったのだろうか?
 再び襲われる眠気に瞼を閉じ始める。
 完全に意識が沈んだ刹那、最後に聞こえたのは『助けて』という叫びだった。

 別に自慢ではないが、俺は人生において模範的行動を心がけている。
 勤めて基本に忠実であり、それ以上もそれ以下も出したことは無い。強いて言うならば『面白みの無い人生』である。
 しかし、他者から見れば基準に忠実な人間は良く見られるし、悪くも見られる。
 小学校までの担任は通知表に必ず『もう少しユーモアが欲しい』と書くほどだ。それは同年代から見れば良い子ちゃんぶって見られるようで、少なからず同姓の男連中から

はイジメの的にされることもしばしばだった。
 そのせいだろうか? 中学にあがるころにはすっかり模範的生徒から要注意生徒に格上げされてしまっていた。
 幸い相手連中も少しは精神的に大人になったのか、陰湿的なイジメから直接的な態度で接するようになってきた。
 マイナス思考で考えるならば力による屈服、つまり放課後は喧嘩三昧だった。常に下駄箱に果たし状(かなり古風)が入っていたり、下校途中に路地裏に連れ込まれることも

度々で、しかしそのせいで俺は次第に学校で有名になっていった。
 たんに場慣れしているせいだろうか? 同年代の連中との相手は小学校からやっている。
 近しい年代の相手が考えている次の行動が予想しやすく、またそれに対する対処が自然と頭の中に流れ込んでくる。
 つまりは喧嘩無敗。まさに生ける伝説であった。
 そのくせ教師達にはその行動を怪しまれこそしたものの、『模範的生徒』という上辺の仮面で学校生活には何不自由しなかった。
 
 転機が訪れたのは高校生に上がるとき。
『転校』そう親が話したとき、俺の頭には今までの仮面が剥がれ落ちていく実感があった。
 そもそも『模範的生徒』とはこの地における今までの積み重ねから生まれた産物でしかない。
 転校先、新天地では誰も俺のことを知らないしわからない。
 俺自身どうやって今の状態を構築したかなど覚えているはずも無い。
 そんな俺の心中をまるで蚊帳の外に押し出すように、両親はさっさと身支度を済ませて家財を運び出していく。
 話も突然ならば新天地で俺が新しい仮面を作り出すのも突然だった。
 前までは面白みの無い生徒であった俺にとって、新しいクラスは馴染みにくい場所であった。
『転校生』というジャンルは現れてから一ヶ月そこらでキャラ付けが決定されるといってもよい。ならば今度は楽しく模範的な生徒になってやろう。
 そしてやらかしたのは転校初日。
 何の気なしに教師に案内された校舎を一人散策していた時だった。
 ふと開けた扉の向こう。解りやすく言うならば昔で言う番長とでもいう風格の大男が一人の男子生徒に対してカツアゲ(これもまた古い)をしている現場だった。
 相手はこちらに気づいていなかったので、扉を閉めようとしたところに脅されていた男子生徒が「助けて!」などと叫んだのがいけなかった。
 結果、その日から俺は転校初日にして暴れん坊将軍のレッテルを貼られることになったのだった。

 覚醒は突然だった。まるで朝、学校に遅刻する寸前の時間帯で目覚めてしまったかのような唐突さ。
 頭の中はなぜかすっきりとしていて、空には一面青色と白い雲の色。そして周囲は林とも言うべき木の群体に囲まれていた。
「ってちょっと待て!?」
 寝ていた状態からあわてて飛び上がり、そして自分が先程まで置かれていた状況を思い出す。
「確かトラックに轢かれて運ばれてICU入って眠りこけて」
 大雑把な内容でもその光景はうっすらと頭の中で再生できるので、自分の脳は正常だと判断する。別にアドレナリンの出すぎでおかしくなってしまったわけではなさそうだ。
 しかし、周囲を見回してもここが病院であっただろう痕跡も面影も無く、手近な木の枝を振り回してみれば確かな手ごたえと重さ、障害物に当たれば反動も返ってくる。
「夢? ではないんだろうな、服装は病人服だし」
 悲しいかな現実を意識するための道具が身に着けている衣服だけとは…。
 そんな落胆した気分をかなぐり捨てて、とりあえずは自身のボディチェックから始めようと衣服に手を掛け服を脱ぐ。
 現れたのは治療痕こそ残っているもののすでに完治し、抜糸の後しか残っていない己の体。そして左腕には先程まで違和感こそ無かったが、全身を包帯のような巻き布でグルグルに巻きつけられていた。
 どう考えても医者の仕業ではないだろう。医者なら合理的な巻き方で変な落書きもしないはずだ。まるで呪われてるかのような英語ともロシア語とも区別の付かない文字が達筆で幾重にも包帯を渦巻いている。
「これはあれだな。『この左腕は呪われている』的な」
 しかも自分の体だから『この腕は外せない』的な。
 苦笑しながら自身の体を調べてみるが、素人判断でも体にそれ以上におかしな異常は見られないし、左腕とて急に動いたり爆発したりするわけでもあるまい。
 妙に落ち着いているのも『多分これ夢だから!?』という考えがおそらく頭の中にあるのだろう。
 あれだけの大怪我をしたんだから左腕だってこんな感じだろうし、変な世界にトリップだってするだろう。
 死んだらそれまでだけど、たまには臨死体験も悪くはないだろう。
「夢が覚めるまでな」
 と自分に言い聞かせて刹那は歩き出そうとした。
 ガサリ! と自分の出した音ではない草を踏む音に、とっさに音のした方を振り向く。

『ゴブリンが現れた!』

そう言い表したほうが表現としてはわかりやすいだろう。
 ゲームのようなポリゴンではなく、リアルで二足歩行する鎧甲冑着けた豚、いや牙あるから猪かな? が目の前で両刃の剣を構えている。
 無論切っ先は場違いな服装でその場に立っている俺に向いている。
 話の展開が急すぎるだろう! と思いつつ、夢ならばここらで救世主的な人物が助けに来るか王族の警護隊とか盗賊とかが助けに来ると思うけど…
「あれ? 俺ってもしかして村人Aで、ゴブにやられた後に駆けつけてきたとかいう死亡フラグ的なパターンの夢ですか!?」
 目の前のゴブさんなんかもう、鼻息荒くして斬りつけようとしてるし。
「べ、別にあんたなんか怖くないんだからね!?」と強がりながら包帯巻かれた腕を突きつけると、火に油、という感じでゴブリン(仮名)が問答無用で斬りつけてきた。
 上段から振り下ろす大振りの一撃、あえていうなら『ゴブリンスラッシュ』とでも名づけようか? を左に身を捩って紙一重で避ける。振り下ろされた剣は地面に軽い陥没を起こして停止した。一撃でも生身だと死ねる!
 見た目の期待通りに相手は鈍重な動きで剣を持ち上げると、中段の位置から剣の腹を用いての横振りの一閃をこちらへ放ってきた。
 今度はそれをブリッジの姿勢で強引にかわす。勢いあまった剣は近場の幹にめり込み轟音と木の葉を周囲に散らす。
 …マズイマズイマズイ! 木が凹むほどの一撃ならばそこらの木の枝では話にならない。
 しかし場所がわからない以上逃げて囲まれても厄介だ。
 それ以前に死んだらどうなるんだ!?
 瞬時に幾多もの予感と推測と冷や汗と悪寒となんだかよくわからない感情が噴出してくる。
 その中に希望は無く、ただ生きるための策が頭の中を高速で駆け巡る。
 まずは今までの喧嘩と同じで状況把握と敵の身なりの確認だ。
 ブリッジの姿勢から何度も転がって敵との距離をとり、改めて周囲の状況を確認。周りは木々が密集していて、ここだけ穴場のように開けている場所らしい。ならば次は敵の情報。
 ゴブリンは見た目としてはゲーム序盤で出てくるような革の鎧兜で身を包み、腰には剣を入れてた鞘と背中にゴブリンから見れば小ぶりな、しかし俺から見れば脇差程度の大きさの短剣が挿してある。
 やはり動作は鈍いようで、剣を構えなおす動作も緩慢としていて面倒くさいと言いたげな動きをしている。
 この程度の速度の相手なら背後に回って武器を獲れるかも知れない。
 あくまで行動は慎重を期すが、隙あらば奪い喉元を抉る覚悟が必要だ。未だかつて喧嘩で半殺しはあっても殺しまで達したことは無い。
 これが初となるのか、そして仮に殺したとして捕まるとどうなるのか? 夢ならば…、と未だにそう思っている自分がいる。
 しかし、それでも今目の前で起きていることに変わりはないし、迫られている決断は生か死だ。それなら俺は…!
 ゴブリンの攻撃パターンは大きく分けて三通りで、威力の高い上段からの振り下ろし、剣の腹でこちらを弾き飛ばそうとする振り払い。
そして猪のような外見どおりの突進だった。
 剣を盾にするような構えで突っ込まれたときはどうしようかとも思ったが、相手は知能が低いようなので、猪突猛進の言葉通りに真横に逃げればかわす事ができた。
 隙はその時だろうと思った。
 油断せずに相手の出方を伺い一定の距離を保つ。ゲーム感覚といえばそれまでだが、命を掛けている分こちらのほうが凄みが増す。
 チャンスは不意に訪れた。
 横払いの一撃、先程までは腹で振りぬいていた一閃が、刃を立てて襲ってきたのだ。
 幸いにして回避するに支障は無く、空振りに終わった一撃は思いもよらぬ幸運をもたらした。
 木に半ばまで埋まったのである。下手に腕力があり、しかも柄のほうまで勢い良く刺さった剣は刀身がほとんど幹に埋もれている。
 ゴブリンの腕力でも引き抜くのに多少苦労するであろう。
 故に走る。完全に不意を付く勢いでゴブリンへと疾走し、背中にまわそうとしていたゴブリンの手を払いのけて短剣の柄を握り締めて回転の動きを添えて一気に振りぬく。
 回転は斜め上へ、振りぬきの勢いで飛び出した刀身は回転の勢いを載せ、未だ状況が飲み込めていないゴブリンの延髄を切り裂く一撃。 
 二回点半の回転をもって致命傷に足りうるダメージを与え、刹那はゴブリンの背後、さらに後方へと転がって逃げる。
 うなじ部分を押さえて両膝を屈するゴブリンを見据えて、今の一撃の手ごたえを実感する。
 肉を切るのは家庭科の授業でもやることだが、動いているものを斬るのは初めてのことだ。両手が震えて短剣が激しく揺れている。
 でも仕方が無い。と刹那は己に言い聞かせた。そうしなければこちらが殺されていたかもしれないのだ。
 目の前のゴブリンは声に鳴らない声を上げて静かに横に倒れこむ。
 こちらを睨むような白目の視線が、もう残り幾許かも無い相手の寿命を悟らせる。
 刹那は視線を逸らして静かに周囲を警戒しながら相手が息を引き取るまでの間(時間にして二分ほど)静かに現状の把握と頭の回転数を上げていた。
 最後は静かに、一呼吸の後ゴブリンは息を引き取った。その姿を見て刹那は改めて己の犯した所業を実感する。
「やらなきゃ殺されていたんだ」
 そう己に向かって呟き、とりあえずゴブリンの身包みを頂戴することにした。
 木に刺さっている剣は完全に食い込んでいるようで、俺一人の力ではどうあがいても抜くことはできず、そのまま放置することで自己解決した。
 最終的に手に入ったものといえばゴブリンの身に着けていた肘当てや脛当て、どこの国の貨幣かはわからないが金貨三枚に銀貨五枚と銅貨十枚、背中に挿してあった短剣の鞘に、鎧を切裂いて作った即席の靴だった。
 見てくれは追いはぎよりもダサい服装だが何も無いよりはましだろう。と自分に言い聞かせる。
 最高のプレゼントはこの辺りの物と思われる地図と幾許かの食料を手に入れたことだった。
 文字が読めないので手探りで進むしかないし、食料にいたっては何かの干物のようで食えるかは怪しいものであったが、匂いを嗅ぐ限りビーフジャーキーに近い匂いを発している。
 ビン詰めの飲み物もあり、中身は匂いと味的に果実酒のようで年齢的には未成年なのだが、とりあえずゴブリンが持っていた小型の巾着にまとめて放り込む。見た目の服装だけはどうしようもないが、まあ町さえ見つければどうとでもなろう。
 問題は町があるかどうかだが、地図には血糊が付いていて全体的に染みが濃くて読めない場所がある。
 血糊はゴブリンのなので無理やり意識しないようにして現在地を探す。
 先程太陽が真上に昇ったのでおそらくは昼間、正午に差し掛かった時間帯であろうと目星をつけてとりあえず気持ち右方向へと歩みだす。
 覚めない夢ならば、いっそどこまでも行ってやろう。と刹那は小さく胸に誓った。

 転校初日の失敗以来、俺の名前は噂になった。
「一年の刹那って男子、三年の元締め倒したらしいよ?」
「なんか前の学校でも問題起こしてこっち来たんだってよ?」
 なにも知らない人間が、さも見てきたかのように嘘を並べて物語を構築していく。
 何割かは前の学校の出来事と告示した内容も含まれていたが、話している人間が本当に聞いてきた話かどうかは知る由もない。
 しかし、クラス内で刹那という名は早くも興味から注意に扱いが変わっていた。
 理由は簡単だ。昨日助けた生徒がうちのクラスの学級委員長だったからだ。
 後は芋づる式に広がっていく噂は尾ひれが付き、拡大解釈され、脚色されて、次の日の話では番長を三階から殴り飛ばした豪腕の持ち主。
 手下は三百を超えて素手でトラックとタメなどと、到底現実ではありえない小学生レベルの噂が成り立ってしまった。
 無論反論も可能だが、めんどくさいので放置しておいたらこれがまた悪い方向へと突き進む。
 前の学校でもやってたように親切心で図書委員を手伝おうとしたら苛められるのではないかと勘違いした別のクラスの図書委員にいきなりグーで殴られた。
 どうあがいても悪いのは殴った図書委員なのに、全面的に俺が悪いということになってしまった。
 それ以来だろうか? 他人に対して無頓着になってしまったのは…
 善意を悪意に間違われる以上、俺は自然と学校の連中と距離を獲ることで解決とすることにした。
 向こうも噂を鵜呑みにしているのか遠巻きからの観察はあっても直接俺に話しかけてくることは無かった。
 それが当然、『触らぬ神に祟りなし』ということわざはこのためにあるのだろう。
 教師ですらこの噂が広まっているのか俺のことを腫れ物扱いし始める。それでも新しく作ると決めた自分の仮面は揺らぐことはなかった。
 喧嘩ですら、授業ですら、両親との会話ですら自分の中で形成した仮面で生活する毎日。その中で感じたのはただただ虚無感。
 毎日同じ内容の繰り返しとさえ思えてくる日常。
 周りが遠巻きにするせいで孤立している今の自分。
 だが、ふと思うときが来る。
『これが今までだろ?』
『自分で決めた仮面を被り、模範的な人間を演じきる。それがお前だろ?』
 そう頭に語りかけてくる昔の仮面の俺。
 ときたま浮かんでくる転校前の日常風景。
 なんら今と変わることの無い喧嘩三昧、楽しい思い出の一つも無いつまらない日常。
 そうだ…。
 俺は仮面を被り続けるんじゃなく『仮面そのもの』なんだ
「纏った仮面で生きていた俺にとって、もはやその仮面は俺自身になってたんだな」
 自分で呟いた自嘲的な皮肉に無性な苛立ちと倦怠感を覚える。
 先程のゴブリン以降、刹那は見様見真似で太陽の位置から方角を導き出して歩き出した。
 そうして歩き出すことすでに夕暮れ。太陽も森の木々に阻まれ、夕暮れどころかろくに足元すら見えなくなりつつある。
 早く一夜を過ごせる安全な場所を探さないと危険だ。先程のゴブリンが一体きりのはずがない。あれ以来遭遇しないのは単に運が良いだけだろうと己の頭に言い聞かせ、刹那はとりあえず姿勢を低くし、木々の隙間を縫うようにして周りの死角を利用して歩き続けている。
 これもまた、喧嘩で培った知恵だ。
 複数の相手に狙われたとき、死角を突いて近づき反撃させずに倒す。もしくは逃げる。
 自然と体に染み付いた嫌な知識だが、ここにきて役に立つとは思ってもみなかった。
ふと視線を感じて足を止めた。首筋を舐めるような嫌な感覚、個人的な経験ではこの感覚で良い経験をしたことは無い。少なくとも相手が弱かった経験がない。
 視線は前へ向けたままさりげなく手にしたナイフを弄り始める。
 刀身はわずかに鈍ってはいるが、衣服に擦って磨いていると鏡のように自分の顔が映りこむ。それを利用して背後から様子を見ていると思われる何かを探してみる。
 足音や衣擦れの音などは木々のせせらぎに邪魔されて上手く拾うことはできないが、視線は徐々に強くなっている。
 しかし、背後にいると思われる何かは見つけることはできない。視線の強さはある一定の間隔で止まったが、それでも何かいるという不安は拭い切れない。勝負してみるか

? だめもとだが打開策としては期待できるかもしれない。
 しかし相手がいないのにどうやって勝負する? 
 手はあるが危険すぎる。相手が飛び道具を持ってた場合狙い撃ちにされるかもしれない。
 そこまで考えて、無駄な事だと頭を掻きながら考えを一蹴した。
 もし飛び道具を持っているならばとうにこちらを狙っているだろう。
 そもそも視線を感じている時点で相手はこちらに興味を持っていることは明白だ。それに相手が敵対する者だと決まったわけではない。
 こんな身なりで動いているのだ。傍から見れば変人はこちらのほうだろう。
 ならば決断と行動は一瞬だ。
 不意に身体のバランスを崩すように、木の根にでも躓いたかのように姿勢を前のめりに倒して足がけの初動とする。
 近場に木の根は確かにあるが、それに足裏を押し当ててのロケットダッシュ! 身体の角度はギリギリ先程までの腰の高さまで、ほぼ全身斜めの状態で身体の自重で前へと押し出されているような走行法。以前ある人に教わった多対一での集団戦において活躍する移動術である。
 主に使用場所は市街地や今のような森林地帯での移動手段の一つで、見つからずに高速で移動できる縮地法を応用してる。
 本来なら身体を起こさなければならない銃撃戦では使わない方法だからとあの人は言っていたが、今はただ身を潜めるための移動手段として用いさせてもらう。
途中途中で木々の間を縫うようにランダムに走ることで、僅かな時間でも視線を外させることで相手の視界から逃げることができるはず。
「そろそろ大丈夫だろうか?」 
 近くの木の洞へ身を隠しておよそ十分。先程まで感じていた視線は消え、おそらくは撒いたのだろうと判断する。
 結局視線の主は特定できなかったが、とりあえず状況を打破できたと思う。
 視線を上下左右に動かし、誰もいないことを確かめてから刹那は身を低く居場所を茂みの中へと移しながら移動する。
 周囲を見ればすでに暗く、夜目の効かない身としては一刻も早く安全に身体を休める場所を確保しなければならない。
「なるほど、そんなところに洞があったとは誤算だったね?」
 足が止まり、腰に付けた短剣を即座に引き抜く。
 反応から臨戦態勢まではコンマの差だ。視線の先には誰もいない。しかし声は正面から響いてきた。
 スピーカーか? 明かりのない暗闇では正確な距離感が掴めない。
「誰だ?」
 静かな、それでいて明らかな敵意を込めた質問に対し、相手は微かに笑いを含んだ声で
「問われる言の葉に敵意を乗せるのは質問ではなく脅迫、もしくは尋問だよ?」
 無駄に正論でそれゆえに厄介な相手だと刹那は思う。しかし続く言葉に疑問が更に募る。
「ブレイン・ザ・ダークサイドに取り込まれた人間の中でも君は相当稀有な存在らしいね?」
 なにを、という刹那のセリフは重なる言の葉に潰される。
「しかも病院内のダークサイドとは面倒な相手だと思わざるを得ないね? この世界に入り込める脳波と場所はすぐにわかるし、現実割れを引き起こす原因にもなり得る」
 つまりはこの病院内にいる君と僕は意外と近い場所にいるわけだよ? と木霊する言葉の主に、とりあえず突っ込みたい単語がいくつか浮かんだ。
 声の場所はわからないが、『脳の暗黒面』、『脳波』、『現実割れ』、そして俺の存在が稀有?
 喋ろうと口を開こうとするが、何から話せば良いのかわからない。そんな刹那をあざ笑うかのように、声の主は再び現れた視線を今度は隠そうともしない。
「背後から人を舐めるように見つめる貴様は変態か? ストーカーが趣味なのか?」
 思わず口から出た言葉に、声の主は不満な口調で馬鹿か? と声を出す。
 いつでも殺せると冗談交じりにほのめかすのかと思いきや、声の主は刹那の真正面から現れた。
 出で立ちは同じ年頃の少年と青年が混じったかのような中性的な顔立ち、凛々しくもあり、同時に幼さも残るアンバランスな印象が強い。
 それでいて髪型が肩まで伸びてるポニーテールとでも表現したほうが今風だろうか? 見ていて活発的な雰囲気を感じさせる。
「『なっ! なぜ目の前に!?』って顔してるよ」
 正直その通りだが、なら背後の強い目線は誰だというのだ! そしてお前はだれだ! と続けざまに浴びせようと口を開く前に『それが来た!』
 相手に問うために詰め寄ろうとしたその動作が無ければ、刹那は胴体から二つに別たれていただろう。
 風を斬る音とともに、風圧によって刹那は前へと飛ばされる。目の前にいた少年? は助ける気を毛ほどにも感じさせない避け方で彼を回避する。
 ゴロゴロと転がる刹那は、風圧の正体を知るために瞬時に目標を背後へと修正する。
『黒』と表現したほうがこの空間とは調和がとれているだろうか? しかし空中に浮かぶクリスタルのような輝きを放つ真紅の両眼は明らかな殺意と狂気をはらんでこちらを見据えている。
『死神』と傍らに立つ少年? はどこか面白がる声色で言葉を紡ぐ。
「君目当てみたいだけど彼の元々の存在にちょっかい出した? 牛とか豚とか『物』とか?」
 言われた言葉に刹那は背筋の凍る感覚で自分が身につけている物を一様する。
 そんな彼の行動に首一つ頷いて少年は「やっぱり」と呟いた。
「元々死期の近い僕らのような者の周辺に現象という形で存在するのが『死神』と呼ばれる消去プログラム。しかし稀に君みたいな希少種を鹵獲するために近場の死体に憑依し、僕らの根源たる核を刈る為に実体化する時もある」
 最近明らかになったことだけどね? となにがなんだか良くわからん状況説明をされ、現状の打破どころか意味がわからなくなってきた。
「そもそも周囲はこいつら消去プログラムがうようよ蔓延しているから力のある人間以外は死なないようにそこらの家畜共から逃げ回る毎日を送らされているというのに、たまに君みたいな実力度外視のイレギュラーが現れる。困ったものだ」
 馬鹿にされているのかため息までつき、少年は目の前で手に持つ鎌を振り上げる死神を睨みつける。
「属性は光。原典は船。手に持ちしは枯れ果てぬ泉」
 振り下ろされる直前、彼の手から何かの光が洩れた。
「コード:ライト!」
 手から洩れた光は横一線に振りぬくことによって死神の鎌を弾き、その身を両断させる。しかし、見れば斬られているのは眼前の死神のみ、木々草花は傷一つ無く風圧により揺れているだけ。
 ガランッ!と大きな音共に死神の手に持っていた鎌が地に落ち、黒い塊が二つ地に落ちる。
「っ!?」思わず刹那は眼を見開く。
 地に落ちた塊は間違いなく朝?に刹那が倒したゴブリン。身に着けている物が少しずつ欠けているのは刹那がまさに身に着けているからである。
 次いで鎌の形も変わっていく。鋭利な形に保たれていた鎌は黒いもやと共に姿を消し、残るのは木の幹に埋まっていた剣であった。
「さてっと」少年は軽く息をつきながら今度は値踏みするような目つきでこちらを見据える。
 思わず腰の短剣に手を添えたが、あれだけ見た目悪な死神を一撃で倒すほどの人間を相手に正直小細工しても勝てる気がしない。
 しかし先程の戦闘を見る限り逃げても無駄だろうとは感じている。そこまでの実力差が二人の中には存在していた。
 ゆえに両手を挙げる。
「勝てない」 
 本心からの言葉が口から出たのを自身で驚きながら彼は短剣を地に落とす。
 それは無敗となっていた彼の喧嘩歴に始めての黒星を付けた日だった。

2010/07/21(Wed)16:08:53 公開 / 神楽時雨
■この作品の著作権は神楽時雨さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
短い期間で新作二つ目です〜
前から作ってはいた作品ですが日の目に出るのは今日がお初。
日が経つにつれ今日は昨日に一昨日に…
ゲームの中の世界って憧れますよね!
この作品に対する感想 - 昇順
神楽時雨様。御作を拝読しました。
情報化が宇宙規模にまで広がる今日、現実そっくりの仮想空間でのゲームもそう遠くない未来かもしれません。とはいえ、やはり現時点では現代科学の夢でしかないんですよね。
感傷的になるのもここまでにします;小説はとても楽しく読むことができました。ストーリーは王道的ですぐに引き込まれます。序盤の軽いテンポは特にコミカルでした。読んでいて吹き出してしまうところも多々あります。こういう小説を待っていたんですよね、僕!
ただ、序盤からハイになったり鬱になったりとやや起伏が多いように感じました。コミカルにいくのなら今回投稿分くらいまでその路線を続けた方が良かったかもしれません。(でも僕はこういう展開が好きなので、個人的にはとても楽しめました)
表現についてですが、やや改行のしすぎという印象を受けました。あと、擬音語を用いるのはいいのですが、やや安っぽさを感じる箇所がありました(これは僕の個人的な意見です)。例を挙げると冒頭の『キキーッ!』です。これは不要のように感じました。
偉そうにぶちぶちと戯言を並べてしまいました;ですが、これが貴方の作品に対する僕のほれ込み具合なのです!! 僕の意見はもちろん無視してくださって結構です。
続きを楽しみにしています。ではでは。
2010/07/23(Fri)14:02:450点ピンク色伯爵
ピンク色伯爵さん。貴重な意見ありがとうございます。
ドラゴンボールを読んだ事がある人とかはわかるかもしれませんが、擬音というのは絵と共に表現すると良く印象が伝わりますが、文のみの小説の場合とても表現が難しいです。
鍔迫り合いの表現に『ギリギリ』、銃弾の発砲音等、音は表しやすく伝えにくい印象があります。
今回の意見はこれからの内容を思い描く上でとても参考になりました。
今後は倒置法などを利用して表しやすく伝えやすくを目標に物語を作っていきたいです。
2010/07/23(Fri)23:26:410点神楽時雨
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