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『ハイビスカス』 作者:鈴村智一郎 / リアル・現代 ミステリ
全角3180文字
容量6360 bytes
原稿用紙約8.65枚
現代人の小さな孤独感
小さな集合団地でひとり暮らしを始めたのだった。その団地は閑散としており、どの部屋にひとがいるのかよく判らないほど無人的な雰囲気を帯びていた。僕は「4 0 3」号室を借りた。大家の老婆とも話したが、彼女の右目は明らかに義眼で、おまけに黒目が常に下の方向を向いていた。左目は僕を直視し、右目だけが地面を静かに見つめている具合で、僕はなんだかおかしくて笑ってしまいそうだったのだ。
 夕方四時から出勤し、深夜の零時に仕事を終える僕にとって、いわば都市が寝静まった夜の時間帯は休息の一時なのだった。シャワーを浴び、買ったばかりのアイフォンで、誰からも来ないメールなどは無視してユーチューブで拾ったひどく滑稽なマクドナルドの看板キャラクターの動画を観ていた。
 ふとアイフォンの画面を消す。部屋には暖房の、「ただ暖房の、それはただひたすら暖房の風の音」という程度の音しかしていないのであった。僕はやがて布団を早々と敷き、夢の世界へ旅立とうと思った。電気を消し、暖房をリモコンで消す。音が、一つ消滅する。僕は瞼を閉じる。さあ、眠ろう。僕は「4 0 3」号室で暮らしている、孤独な夢見がちの青年である。
 
 やがて僕はカリ、カリという奇妙な音で瞼を開けた。深夜の三時半、当然僕以外の全ての人間はこの団地では皆眠っているはずだった。にも関わらずその音は隣の部屋の壁から響いてる来るのである。僕は寝覚めの怒りも相俟って、むしゃくしゃした面持ちで「おいコラぁ! 誰じゃ夜中にこのカスがっ! 」と絶叫した。自分でも驚愕してしまうほどの大声であった。普段、言葉にはできないストレスを感じているのか、それとも覚醒したばかりの単なる朦朧とした感覚のせいか、僕はその時の声によって、はっきりと僕が心に何らかの傷を負っていることに気付いたのである。
 「聞いてょ……」
 不意に壁から小さな声がした。少女のような声で、理知的な声色であるがひどく小声だった。壁を見ると、ちょうど僕が布団を敷いていた枕元の横に、腕時計の時刻盤くらいのサイズの穴が開いていたのである。それは刳り貫かれた穴というよりも、影踏みや影絵で偶然のように生じた奇妙な穴だった。というのも、穴の円周が絶えず煙のように朦朧と揺れ動いていたからである。
 「ねぇ、私は隣の4 0 4号室に住んでる者なんだけれどね。私も貴方と同じで、どちらかというと夜型に近い仕事をしていて、帰ってきたばかりなのよ。ちょうど今、シャワーを浴びてこれから眠ろうとしていたところよ。眠る前に、バルトークの弦チェレの第三楽章を流すと、最近よく眠れるわ。でも、今夜はせっかくこういう穴が開いたのだし、深夜夜話に参加してみない? つまり、私と貴方で話をするのよ」
 僕はすぐに「いいよ」といった。というのは、僕は話し相手が欲しかったのである。何故穴が開いたとか、そういう理由は僕にはほとんどどうでもよくて、興味深いのはこの今は目しか見えていない隣の住人だった。彼女も僕の目しか今は見えていないはずだ。穴を媒介にして、男と女が一枚の壁を隔てて深夜に何か謎めいた対話を開始する、それは江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』じみた展開でなかなか面白いではないか。しかも、それを僕は今実際に体験できるわけなのだから。
 「貴方が案外早く、この私の誘いにのってくれたので安心したわ。実は私、とても寂しかったのよ。仕事をしている時は後輩もいて、休日にもそういう後輩から仕事の電話がかかってきたりする。私にとってはそれが慰めなのよ。プライベートを忘れるために、プライベートな時間に仕事関係の人間との繋がりを入れるわけ。そうしたら、私のプライベートはズタズタになるけれど、少なくとも孤独ではなくなるわ。私はそうやって生きてるの。もしも私に詩を書く才能があったら、多分常に孤独をテーマにした詩を書き続ける気がするわ」
 僕は「ああ」と返事をした。彼女の悩みは、彼女自身の非常に繊細な落ち着いた声と共に僕の魂に浸透した。それは僕も味わっている共通した孤独であって、けして悩んでいるのは彼女一人ではないのだ。
 僕らはその夜、随分と色々な話をした。僕は十八歳の夏休みに、一人だけで南仏を旅した記憶を彼女に語った。アルルの路地裏で見た夕暮れの音楽隊の話をしていた時、彼女の瞳は穴の向こう側で銀河のように光り輝いていた。僕は彼女の瞳が美しいと感じた。彼女は僕の旅のアルバムに感謝の言葉を与えてくれた。だから僕は、明日の夜も必ず貴女にあの時の旅の想い出を話す、と告げた。一夜の感情の高鳴りがそうさせたのか、彼女は「私もそこへ行きたかった」といった。僕もその高鳴りに呼応して、彼女に真顔で「絶対にいつか連れてってやる」と返した。僕らは穴を挟んで情熱的に語り合い、互いの「生きる」ということで生じてきた古い角質をそれぞれ洗い落としあったのである。もしかすると、この穴こそが、神の現存ではないのか、と僕は大昔に教会で神父が囁いていた言葉を手繰り寄せた。

 翌日、僕は出勤する前に彼女の部屋のインターホンを鳴らした。「4 0 4」号室、それが彼女の部屋だった。だが、妙なことに表札には何の記入もなく、ポストは空で、よく足元を見ると扉の前には落ち葉が無数に落ちていた。僕は背筋に鳥肌が立った。もしかすると、昨夜の女性は僕が見た夢幻だったのかもしれない。
 扉を何度か叩き、ノブに手を回すと容易に開いた。つまり、玄関の入り口は最初から開いていたのである。僕は既に予感している哀しみを現実のものとするために、あえて彼女の部屋に侵入した。予期したとおり、そこは空室だった。誰もいない、何年も、否、何十年も誰もこの部屋を使用していないことは部屋中のかび臭さや埃で一目瞭然だった。僕はその時、大家の老婆の義眼と、昨夜確かに見た彼女のあの美しい瞳の輝きを想起した。大家の義眼は冷酷で、死んでいたが、彼女の瞳は確かに、確かに光り輝いていたのである……。
 僕は誰もいない空室に、たった一人で立ち尽くしていた。そして、壁の下方に小さな小さな穴のようなものが開いているのを見つけた。しゃがみ込むと、それは昨夜僕らが対話するために使っていたあの穴と同じ場所に存在するものであった。だが、穴はよく見るとすっかり壁で埋まっていた。僕は都市それ自体が溜息を吐くのを感じた。
 ベランダに出ると、夕陽が僕の髪の毛を燦爛と照らした。果肉色の、やや毒々しいほどの鮮やかな色彩の夕陽だった。しばらく僕は馴染みの薄い、知っている建物が一つもない都市の景色をぼんやりと眺めていた。ふと足元を見ると、小さなハイビスカスが鉢の中で育っていた。僕はその根元に、一枚の手紙が丸くなって飾られているのを発見した。手紙は数十年前に書かれたというほど古めかしく日焼けしていた。
 僕は文面を見て息を呑んだ。そこには、ただ「ありがとう」とだけ記されていたのである。

 後から聞いた話なのだが、ネットの中には「ページが見つかりませんでした」という検索結果画面がある。これのhttpステータスコードは、「4 0 4」になるらしい。僕と彼女は一体、どこで対話していたのだろうか。あの時、彼女は自分のことを「孤独」だといった。僕もそれに共鳴した。だからこそ、僕は一人旅のアルバムを開けたのである。今、僕は不思議なことに生きる勇気を持っている。彼女の存在、それが「ありがとう」という言葉に結晶化されて、今、僕の胸のポケットに確かにあるからだ。確かに有る、そう、僕は確かに今、生きているのだ。
 やがて僕は出勤のために、集合団地を後にした。行く前に、彼女の部屋のベランダを振り返って見上げると、あのハイビスカスが僕を優しげに見守っているように感じられたのだった。


        (了)


2010/03/02(Tue)03:19:51 公開 / 鈴村智一郎
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■この作品の著作権は鈴村智一郎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
言葉では言い表しにくい「寂しさ」を描きたくて、小さな掌編小説を作りました。
今の私が、短いながら一番本気で感情移入できた作品だと思います
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