オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『ドミニクとカトリーヌ』 作者:河鳥亭 / リアル・現代 未分類
全角60205文字
容量120410 bytes
原稿用紙約164.1枚
グリムの童話集にあるドイツの滑稽な昔話「フリーデルとカーテルリースヒェン」を原案とした小説です。アップロードに際して、横書きの書式にあわせ、長音記号との混同を避けるために漢数字の「一」を一部「いち」と修正しました。






ドミニクとカトリーヌ














プロローグ

 ジュリー、「パスカル夫妻」にあずけられる


 ママは言う。人間の寿命はカロリーを多くとりすぎると短くなる。だからあなたも十六歳を過ぎたら食事には気を付けなさい。今は育ち盛りだからいいのよ。
 パパは言う。私たちフランス人が誇るご先祖さま、クロマニョン人の平均寿命は、わずか二十歳くらいだった。大人が長生きできなかった以上に子どもの頃に死んでしまう人が多かったからだ。そんななかで十年も生きられる人なんて、よほど運のよい人だったのだろう。
 私ももう十歳。厳しい生存競争を勝ち残ったフランス人として自覚と誇りを持っていいと思う。平均寿命の半分を生きたのだから、じっさい世の中のことの半分はわかっているつもりだ。ただ、そんな私も、今までの十年間の人生で、自分の両親以外の夫婦を何組も見てきたけれど、隣に住むパスカル夫妻ほどへんてこで愛すべき夫婦は世界中どこを探しても、世界史の教科書のどのページをめくっても、国立図書館の新聞をあらいざらい引っ張り出してきても、絶対見つからないと言いきれる。

 パパとママがこの村に土地を買って農業を始めたのは私が八歳のときだ。地元の農家の助けも借りつつ、自分たちのプランと信念にもとづいて事業を進めてきた。このよくばりなエコロジストたちは、自分たちの食べるものはたいてい自分たちで作りたがる。
 小麦にお米にソバ、トマトにナスにピーマン、レタスにキャベツにアンディーブ、ブロッコリーにカリフラワー、アーティチョークにアスパラガス、ハーブ各種、ジャガイモにタマネギにポロネギにニンジン、白インゲンにレンズ豆。半分以上は失敗作。最近はブドウも栽培して、ワインのできそこないなんかも作ったりしている。
 飲み水や農業用水はすべて天然水を蒸留したものをつかう。パパによれば「ミネラルが多すぎると作物が楽をしてしまう」からだ。うちではチーズやバターはつかっても、牛乳は決して飲まない。ママによれば「あれは子牛が飲んだって死んでしまうような有害な飲み物なの」だそうだ。
 食器も大半はパパとママが若い頃から陶芸でこしらえたもの。玄関を入ると奥の日本式の部屋から畳と土の匂いがただよってくる。
 洗濯にはお得意の蒸留水を使う。洗剤がなくてもこれだけで汚れが落ちるからだ。だからシャンプーだって使ったことがない。私はシャンプーだのリンスだのが存在するのを、マルセイユの小学校にいたときに知った。そのことを教えると、二ヶ月もたたないうちにママとパパはこの村への引っ越しを実行してしまった。
 なんでもここクロカンブッシュ村は「フランスいち平和な田舎の村」(パパ)で、ママたちの愛好する「ロハス的生活を送るのにはこれ以上ない楽園」(ママ)なんだって。たしかにこれ以上ない田舎ってことは納得。でもこの嘘みたいな名前はちょっと気に入らない。村名の由来は、その昔、てきとうに作った教会の塔が、小さなシュークリームを山盛りにくっつけたあのウエディングケーキのクロカンブッシュに似ていたからだって。
 これが私のおうち。都会にいる頃からパパとママはこの暮らしをずっと夢に見ていて、田舎暮らしの真似ごとばかりしていたから、私はこれが当たり前だと思っていた。二人に言わせれば、「こんな時代の先進国に生まれてきたのは計算ちがい」なのだそうだ。この超ド田舎に移り住んで、二人は大喜び。すっかり羽を広げて理想の生活を享受しているというわけ。
 ママは編集の仕事を辞めたけど、パパは助教授から教授に出世。マルセイユでエレーヌおばあちゃんと同居しているルイ伯父さんの言う「お前たちのやっていることはまるぎり金持ちの道楽だな」って評価は間違っていない。他人の評価はどうあれ、二人が理想の生活を追い求めることが悪いことだとは、私は思わない。ただ一つだけ言わせてもらえば、あんな夫婦がとなりに住んでいるなんて、それこそ二人の「計算ちがい」というものだろう。
 パパとママが自分たちの運営する環境保護運動団体の調査旅行で南米の危険なジャングルへ出掛けてしまう一ヶ月のあいだ、私はとなりのパスカル家にあずかってもらうことになっていた。そのお願いにいったときは、パスカル家にはいつもどおり年老いたパスカル夫妻がいただけだった。
 パパたちの農業の師匠で「真の農家」だった老夫婦は、息子さんも近々もどってくるからと、うちの畑の世話まで買って出てくれたのだった。ところが三週間後に私たちが蒸留水の入ったポリタンク一ダースを馬車にのせてパスカル家にやってきたときには、見知らぬ若い女の人しかいず、老夫婦や、息子さんらしき人の姿はどこにも見当たらなかったので、私たちはきっと三人は農作業に出かけてしまったのだろうと思った。
 女の人は、最近パスカル家の一人息子と結婚したばかりだといった。若い夫婦がいるならなおさら都合がいいと、私の両親は考えたものだ。しかも、その女の人の真っ赤なほっぺたを見てママはすっかり喜んで、「あれこそ真の田舎の女よ、あなたも早くあんなふうになれるといいわね」などと私に耳打ちをしたくらいだ。
 だけどママもパパも、この人とこの人の夫がどんな人たちか、絶対にわかっていなかったものと私は断言できる。そもそもパパたちは、その五日前からパスカル家におこったきわめて重大な出来事さえ知らなかったのだから。
 でもこのことでもパパママを責めることはできない。ここは本当の田舎で、パパの言葉を借りれば「大革命前のヨーロッパの農村の姿をそのまま残している、世界遺産的な場所(ただ世界遺産登録されるとかえって目立つのでそれは避けたい)」なので、隣りといってもじっさいには十キロ近く離れていたし、テレビや電話なんか置いている家はめったになく、情報の伝達が信じられないほど遅いのだ。ちなみに、本当はもっと近くに何軒か農家はあった。だけど彼らはレジャー用の乗用車やテレビを持っていたりして、私の両親に言わせると「真の農家ではない」ので、おとなりさんとして認められなかった。この二人の厳しい審査基準に合格したのが唯一、老パスカル夫妻の家だったというわけ。

 さて、ママはパスカル家の若い女の人に事情を話し、私を紹介しようとした。女の人はそれをさえぎるように大きな声で長々と笑って、いった。
「義理の両親からは何も聞いておりませんことですけんど、戻ってきたらよろしく伝えておくでがんすから、どうぞご心配なく。主人の両親はいまどこやらかへ出掛けておりますので」それから私を見て、「あれまあ、がちょうの子どもみたいにかわいい女の子でがんすな。ぐわぐわっく、ぐわっく」
 そうだ、この人は義理の両親が「出掛けている」と言ったはずだ。間違いなくそう言った。
 ママが私のことを話した。
「この子は耳は聞こえるんですけど、しゃべることができませんの。でも何か訴えたいことがあるときは、手話のわからない相手でもしぐさで示したり、音を出したりしますから大丈夫です。お手伝いならなんでもさせてかまいません。障害はあっても人並みになんでもやらせる方針ですので」
「あんら、そうでがんすか。人は見かけによらねでがんす」と若奥さんが言ったとき、この人は少しずれていると私は感じたが、両親が私にキスをして満足そうに帰っていったあと、彼女がひどく大きな声で、しかも耳もとで次のように叫んだことで、私の不安と疑念はほぼ確信へとかわった。
「わぁ、た、し、は、カ、ト、リ、イ、ヌ、で、す! あ、な、た、は!」
 私は顔をしかめて、耳は聞こえている、口がきけないのだと、しぐさでわからせようとした。ところがカトリーヌはなかなかわかってはくれず、何度も大声で私に話しかけるのだった。そうこうしているうちに、家の中から若い男の人が出てきた。
「どうしたんだね、カトリーヌ。ばかに大きな声をだして、山のあなたの幸いとでも話をしているのかい」
「あんたこそばかなことをいうもんじゃないよ、ドミニク。この子はルコントさんちのおじょうさんよ。耳は聞こえるが、口がきけないんですって」
「ああは、うちの親がひと月だけ預かるって話をしていた、あの子だね。だがね、カトリーヌ、口がきけないだけで、耳がきこえているのなら、耳もとで大声をはりあげるこたあないよ」
「ええ、それもそうね。何でもかでもあんたの言うとおり」
「こんにちは、おじょうさん。わたしはドミニクだよ。そっちは家内のカトリーヌだ」
 カトリーヌはスカートをつまんでちょっともちあげ、会釈をした。
「ええと、名前を聞かなきゃなるめえな」
「それはあたしがさっきから聞いているところだよ、あんた。だけどこの子はいっこうに教えてくれないじゃないか」
 ドミニクは家から出て歩いてきた。カトリーヌと同じようにほっぺたが赤くて、小太りで、汚れたシャツの胸元からは胸毛がのぞいた。
「それはそうさ。なにせこの子は口がきけないのだからねえ」
 私はいい加減な枝を拾って、地面に名前を書いた。それを見て、カトリーヌは言った。
「ドミニク、これはジュリーでいいのかい」
「ああ、そうだよ、カトリーヌ」
「ジュリーだって、お前さん、ジュリーっていうのかい。たまげたねえ、ジュリー。あたしのおばさんもね、ジュリーおばさんっていうのだけど、ジュリーおばさんの名前もジュリーっていうんだよ」
「よろしく、ジュリー。家内は少し抜けていることろもあるが、これでけっこういいやつで、子どもは大好きなんだ。お前さんの両親からお前さんをあずかるって約束をしていたうちの両親はあいにくこの五日の間に二人とも仲良く天国にいっちまったのだ。年寄りの食中毒には気をつけなくっちゃいけない。わたしが出稼ぎ先から帰ってきてこれと縁組みしたとたんにこうだ。幸せと不幸せは紙一重と昔から言うでな。なあに、心配するこたあない。おれたちがお前さんの親代わりになってやるさ。なあ、カトリーヌ」
「あいよ、あんた。あんたの言うとおりにいたします。だけどあんたの親が天国にいっちまったなんて、あたしはまだ信じられなくって、それどころかすっかり忘れっちまっていたよ」
「のんきなもんだなあ、カトリーヌは。そら見ろ、ジュリー、うちのはいつもこんな具合なものでよ、お前さんも気をつかうことはないぜ。まあ、これからしばらくいっしょに暮らすんだ。みんなで仲良くやろうじゃないかね。ところでジュリー、おまえさんは一人で来たのではあるめえ。両親はどこへ行ったのだ」
 しゃべれない私が、パパとママが老パスカル夫妻の不幸も知らずに私をここへ置いて今しがた旅だってしまったことをドミニクに分からせるのは、並たいていのことではないと思ったから、私はあっちを指差してとりあえずうなずいた。ドミニクは心配ないという意味に受けとった。
 こうして、私の両親は、自分たちでさえほとんど知りもしない夫婦に、私をあずけたことになった。私はいざとなったら歩いてでも家に帰り、しばらく一人暮らしをしなければならないだろうと、このとき覚悟を決めた。
 そういうわけで、これはフランスいち、いや世界一シュールな夫婦、ドミニクとカトリーヌの、まるでおとぎばなしみたいな本当の話。






 1 カトリーヌ、地下室をからっからにする

 むかし昔、一人の男がいました。名前はドミニク。
 それから、一人の女がありました。名前はカトリーヌ。
 二人は縁組みをして、夫婦になりました。
 どこの田舎にもいる、農家の夫婦です。夫のドミニクは、つい先日亡くなった両親から小麦やブドウなどの畑を相続したばかりですが、両親の生前と同様、毎日まいにち精を出して働きました。
 ここクロカンブッシュ村は「超」のつくド田舎で、都市型文明からはほど遠い場所でしたので、都会の常識は通用しません。封建時代と同じように、畑で働くのは男の仕事、それ以外は女の仕事で、妻は何でもかでも夫の言うとおりにしなければいけません。ドミニクもそう思っていました。カトリーヌもそう思っていました。でも、言うは易し、行うは難しと、昔からよく言いますね。
 ある日、それはまだカトリーヌがここパスカル家に嫁いできてから二週間、ドミニクの両親が食中毒で亡くなってから一週間もたっていないときでしたが、この夫婦のもとに、別の夫婦の一人娘があずけられることになりました。それは二年前に村に住みついたルコント夫妻の娘、ジュリー(十歳)で、夫妻は自分たちの運営する環境保護運動団体の調査旅行で南米のジャングルに行っている一ヶ月の間、この子をあずかってもらえるよう、ドミニクのお父さんとお母さんにお願いしていたのでした。
 ジュリーは約束どおりパスカル家にあずけられることになりましたが、運命のいたずらでしょうか、ルコント夫妻は老パスカル夫妻の亡くなったことなど知らないまま旅立ってしまったのです。
 それで、パスカル家では、ドミニクとカトリーヌ、そしてジュリーの三人が、しばらくいっしょに暮らすことになりました。
 おっと、犬のジェラールも仲間に入れてあげましょう。なにしろこの物語の最初のお話では、このスピッツ犬のジェラールも重要な役を演じるのですから。

 ジュリーがドミニクたちのもとにやってきたその日のことです。ジュリーの両親がカトリーヌにジュリーを預けていったあと、家の中からドミニクが出てきてジュリーに挨拶をします。ドミニクはもう仕事に行く時間でしたが、せっかくやってきたジュリーに家の中を案内するという大切な仕事を妻のカトリーヌに任せるのが気に入らないものですから、なかなか出かけようとはしません。ドミニクの家はヒマラヤスギの林を背にした小高い場所にありましたが、前庭に続く階段のあたりを彼は行ったり来たり、立ち止まったりしていました。家の中にジュリーを連れていこうとしていたカトリーヌは、ポーチの上からドミニクの様子を見て、言いました。
「おまえさん、そんなところにつったって、あたしに何ごよう?」
「おまえには用はないよ、カトリーヌ。わたしはこれから畑にいってくるよ。わたしの仕事は畑仕事だからね」
「そんなこたわかってるわよ、ドミニク。さあ、いってらっしゃい。お昼ごはんならちゃんと用意しておきますよ。ワインも召し上がるのでしょう」
「ああ、そのつもりだがね。ところがわたしの気になっているのはね、昼のことだけじゃあないのだ。お前は、その子にちゃんと家の中を案内できるのかね」
「あんれ、人をばかにしたようなことをおっしゃいますのね。あたしがこの家に来てどれだけになると思ってんのさ」
「たったの二週間」
「へえ! そいつはたまげたよ。あたしゃもう二十年もあんたと連れ添ってきたような気がしているわ。あんたの知らないことだって知ってるのよう」
「どうか知らんが、まあよろしくたのむよ、カトリーヌ。うちは案内をするほどの広さでもないからな。ただ」と言いかけて、ドミニクは小走りにポーチまで駆けていってカトリーヌに近づき、耳もとでささやきました。といって、そばにいるジュリーにはちゃんと聞こえているのです。
「例の場所にだけは、いかせちゃあならないぜ」
「うんうん、二階の小部屋だね」
 カトリーヌもひそひそ声です。といって、やっぱりジュリーにはちゃんと聞こえています。
「例の場所さ」
「あたしゃ何だっていつだってあんたの言うとおりにしてきたつもりです。さっさと仕事にいっといで。いっといでったら、いっといで」
「ああ、いってくるよ、カトリーヌ。今日は天気もいいやね。めいっぱい働いたあとには肉でも食べたいものだな。野菜といっしょにソーセージをたっぷり茹でてポトフを作っておいてくれよ。それからあとで地下室へいってよく冷えたワインをデカンタに入れておくんだよ」
「はいはい、伯爵様。どうぞお気をつけておでかけあそばせませ」
 ドミニクは豚舎のとなりの納屋へ行って、畑仕事の道具の入った籠を持ち出して、何度もちらちらと家のほうを振り返りながら出かけていきました。
 カトリーヌはジュリーを連れて家に入っていきましたが、扉をあけたとたん、中から何だかむくむくした生き物が出てきて、吠えながらジュリーに飛びかかってきました。ジュリーはびっくりしてしかめ面をしました。カトリーヌはこの元気なスピッツ犬に言いました。
「まあ、何してるんだい、バカな犬だねえ。びっくりしているじゃないか。この犬ときたら、人間の子どもが大好きなんだよ。だけど相手が自分より頭のいい生き物だとわかると何にもしなくなるから、だまっておいでよ。ああ、あんたはしゃべれないのだったわね。ちょうどよかった。さあ、ジェラール、はなれなさい。このおじょうさんはね、あんたとはくらべものにならないくらいおりこうさんなのだよ」
 カトリーヌの言ったとおりでした。ジェラールはジュリーが何もこたえたり叫んだりしないのを見てとると、まるで最初から興味も何もなかったように振り返ってさっさとどこかへ行ってしまいました。
 それからカトリーヌは、この田舎屋をジュリーに案内しました。家はおおまかな石造りで屋根や扉や柱や梁や窓枠など木材を使ったところは水色のペンキがかなり前に塗ったのを最後に手をつけたあとはありません。一階には広い居間と台所と風呂場と仕事部屋がありました。二階に上がると、カトリーヌは最初に自分とドミニクの部屋を見せてくれました。それからそのとなりの扉の前でほんの少し立ち止まってジュリーの顔を見ましたが、またすぐに歩きだしたものです。そこは扉の幅や壁の区切りなどから見て狭い部屋だということが分かりましたので、ジュリーはここがさきほど二人の言っていた「例の場所」だなと思いました。カトリーヌはさっさと歩いていって、次の部屋を見せました。
「あんたはここを使うといいわ。ドミニクのおっかさんとおっとさんが使っていた部屋だけんど、もう死んじまったもんは仕方がないものね」
 ジュリーは部屋に入っていって、赤茶色のシーツとかけ布団のかかったベッドのそばに自分の荷物をそっと置きました。部屋の中には老パスカル夫妻が生前に使っていたものがそのままに置かれていました。棚の上には二人の写真や、若い頃の二人がドミニクと思われる赤ん坊をだっこしている写真などが飾られていました。ジュリーもこの老夫婦をまったく見たことがないわけでもありませんでしたし、若い頃のパスカル夫人がドミニクによく似ていましたので、写真を見てすぐにそれとわかりました。
 廊下をはさんで台所の屋根をかねたバルコニーに出られます。物干し竿には衣類は何一つかかっていず、がらんとしています。
 下に戻ってくると、カトリーヌはジュリーにお腹がすいたかたずねましたが、ジュリーは横に首をふって答えました。それでも遠慮するなとばかりに、カトリーヌはリンゴのたくさんはいっている籠を持ってきて、ジュリーにひとつわたしました。それからまた一つを自分でもとりました。それからまたもう一つをとって、台所にほうり投げました。するとそのリンゴはスピッツ犬のジェラールが跳びはねてうまいこと口で受けとりました。
 ジュリーは本当にお腹が空いていませんでしたので、小さな両手にリンゴをぽっかりと抱えたまま、タマネギやオクラやニンニクの吊り下げられたのや、ジャガイモの入った木の箱や、オリーブや唐辛子を瓶詰めにしたのや、まだ真新しそうな電子レンジなど、台所にあるものを何となく眺めていました。どんなに質素でも、初めて訪れる他人の家は、めずらしいものです。食器棚のガラス戸には、『同じ大きさのお皿を重ねること』という手書きの貼り紙。誰が誰のために書いたものなのかは、見当がつきました。
 ジェラールはやっぱりリンゴが大きかったと見えて、テーブルの下でリンゴを転がしたり自分の体を転がしたり奮闘しています。
 カトリーヌは一つめのリンゴをもう食べ終わって芯だけにしてしまって、二つめを手にとると、ジュリーに言いました。
「ははあ、あなた、リンゴの食べかた、知らないの? 教えたげるわ。こうやってね、スカートでごしごし拭いて、拭いて、拭いて、拭いたらね、ほら、ぴっかぴかになるでしょう。そうしたら大きな口をあけて、ああん」
 カトリーヌはリンゴを一口かじって、食べました。それから、かじったあとを見て、目をまんまるくしました。まだかみ砕いたリンゴが口の中に残って、もしゃもしゃいっていましたが、カトリーヌは言いました。
「たいへん! リンゴがあたしに噛まれて血を出した」
 カトリーヌはリンゴのかじったあとをジュリーに見せました。たしかに、白いかみあとには血がにじんでいます。けれども、それがカトリーヌの歯ぐきから出た血だということは誰だってわかりますよね。ジュリーにもすぐにわかりました。カトリーヌがにっこり笑うと、歯ぐきから血が出て、歯と歯のあいだを流れているのが見えました。その顔がおかしくておかしくて、ジュリーは笑いました。カトリーヌも笑いました。

 カトリーヌはお昼ご飯の支度をはじめました。ジュリーは部屋に行って自分の荷物を整理したり、ジュリーの両親がジュリーといっしょにトラックに積んできた蒸留水のポリタンク半ダースが前庭に並べて置きっぱなしになっていたので、それを一つ一つ、台所の裏に運んだりました。やがてカトリーヌがソーセージを茹ではじめると、いい匂いが家中に漂ってきました。ふと見ると、カトリーヌはソーセージの鍋を前にして、何やら深刻そうに考えながら、腕組みをして鍋とにらめっこしています。それからぱちんと手をたたいて言いました。
「そうだわ、こんなふうにソーセージを茹でているあいだに、ひと仕事できちまうじゃないの。樽のワインをデカンタに入れとくことだってできるわ。だけど、火をつけたままこの場所を離れるのはよくないわね。いったん火を止めて、それから地下室にいくわ。あ、あたしったら天才かもわからないわ。このついでにまだ案内していなかった地下室へジュリーを連れていかれるじゃない。ねえ、ジュリー、いっしょにおいでなさいよ」
 カトリーヌはそう言うと、鍋にふたもしないまま、ジュリーを地下室に連れて行きました。地下室にはたしかにワインの樽がありました。カトリーヌが樽の蛇口をひねると、きれいな紅色のワインが糸のような細さで出てきました。カトリーヌは蛇口をいっぱいに開けましたが、ワインの糸はいっこうに太くなりませんでした。それでもちょぼちょぼと少しずつはカトリーヌの手に持ったデカンタにワインが入っていきます。カトリーヌは、また何か思いついたとみえて、ぱちんと手をたたいて言いました。
「こんなふうにデカンタを手に持っている必要はないわ」
 カトリーヌは床の上にデカンタを置いて、うまいことそれにワインが注がれるようにしました。しかしこれでも安心できません。こんどはソーセージのことが気になるのです。
「こんなことをしているあいだに、ソーセージが冷めちまう。いや、それどころかあの腹ぺこの犬に喰われちまうかもしれないじゃないか。あたしったら、こんな薄暗いところでのんべんだらりとお酒の落ちるのを待っていることもないわ。ジュリー、先にちょいと台所へ行って、様子をみてきておくれ」
 ジュリーは言われたとおりに地下室を出て台所へ行こうとしました。ところが、台所ではすでに惨劇がおこっていました。ジェラールが鍋の中からソーセージをひっぱりだしているところでした。ソーセージはひとつながりになっているので、いっぺんに鍋の中からひっさらわれてしまいました。
 そこへカトリーヌもやってきて、ソーセージをくわえて走り去るジェラールを見つけたからたいへんです。
「こぉの、どろぼう犬め! とんでもねえ犬畜生だわ。どうなるか見ておいで。地獄の果てまで追いかけて、そのいやしいあごをひきちぎって、てめえの腸の中にてめえの肉を詰めてソーセージにしてやるわよ!」
 ジュリーは、もしかしたらこの奥さんはそのむかし不良だったか、でなければ悪いテレビ番組ばかり見ていた人かもしれないと、このときから疑い始めました。
 犬はさっさと家を飛び出していきます。カトリーヌとジュリーも必死でそのあとを追いかけました。原っぱをこえ、林を抜け、畑をこえて走っていきました。カトリーヌはそれはそれはものすごい速さで走りました。こんなに速く走れる女の人は見たことがありません。ジュリーは追いかけることができず、途中から歩いてしまいました。するとカトリーヌが、ジェラールをつかまえることはできなかったらしく、しおしおと戻って来ました。そうしてジュリーの前で立ち止まって、言いました。
「昔からよく言うわ。ないものは、ない」
 そうするとカトリーヌはにわかにとてもすがすがしい顔になりました。
「いい運動になったわ。たまには犬と追いかけっこもいいもんね。帰ってべつのお料理をしましょう」
 広い原っぱの上を、緑色の風が草の一本一本を優しくなでながらゆっくりと通っていきました。おひさまは小川の水面に光の子どもたちをたくさん落として遊ばせていました。空のどこかでヒバリがひっきりなしに鳴いていました。ちぎれたソーセージが一本、原っぱに落っこちていました。
 二人は家に帰ってきました。中に入ると、とてもさわやかな匂いがしました。ジュリーにはすぐにそれが何かわかりましたが、自分の考えを信じたくありませんでした。で、カトリーヌの顔を見上げると、カトリーヌもどうやら同じ考えらしく、ジュリーの顔を見ました。二人は地下室に急ぎました。地下室は玄関でかいだよりもずっと濃い匂いに満ちていました。明かりをつけると、床が隅々まで真っ赤なワインで染まっていましたし、デカンタは倒れて、飲めるワインなんてコップ一杯分も残っていないようなありさまでした。樽の蛇口からはものすごい勢いでワインが出てきていましたが、二人があっけにとられているあいだにその勢いもおさまり、しまいにぽたぽたとしずくが落ちていきました。
「ああ、なんてざまなの! あたしったら本当の大ばかものだわ。蛇口を閉めないでおけばデカンタが勝手にいっぱいになるって考えたところまではよかった。それを、あけっぱなしにして外に出て犬と追いかけっこなんかしている場合じゃなかったのよ。もう、これじゃあ、ドミニクに怒られちまうわ。どうしよう。あたし、まだ結婚したばかりだのに、こんなおっちょこちょいじゃ何て言われるかわかったもんじゃないわ。どうしてあたしったらいつもこうなのかしら。うまくやったと思ったら、やることなすこと裏目に出てしまうのね。死んだパパがいつも言っていたわ。おりこうさんのカトリーヌや、おまえは自分の思いつきですまさず、人の言うとおりにしていなよ、そうしりゃ何にも文句を言われる筋合いなどないのだからねって。あたしったらドミニクと結婚して浮かれきっていたのだわ。こんなおっちょこちょいに人様の奥さんになる資格があるってえのかしら!」
 カトリーヌはすっかりしょげて、地下室の階段の前でしゃがみこんでしまいました。そばにいたジュリーは声をかけてあげることができませんので、できることといったら、自分もしゃがんで、カトリーヌの背に手をあててやることだけでした。ところがジュリーがカトリーヌの背中に手をそえたかそえないかというときに、カトリーヌは元気よくぴーんと立ち上がると、にやにやしてジュリーに言いました。
「名案が浮かんだ。このびしょぬれの地下室をさっぱりからっからにする名案が浮かんだわ。災い転じて福となす。どんなピンチでも持ち前の機転でチャンスにかえられるのが、あたしのいいところなのよ。このギャップが女の武器ね。がちょうのおじょうさん、ちょいと手伝ってちょうだい」
 カトリーヌはすぐさま台所をとおって勝手口から裏に出ていって、ジュリーを呼びつけました。そうして二人で小麦粉のつまった袋をリヤカーにのせ、地下室に運んでいきました。カトリーヌは袋の口をあけて、地下室の床に真っ白な小麦粉をぶちまけると、これだこれだと大喜びです。しかし小麦粉一袋では足りず、もう一袋運んできて、口をあけてぶちまけると、同じようにこれだこれだと喜びました。ジュリーはこんなことをするのが生まれて初めてでしたから、驚いたのなんの。だけどジュリーは思いました。これを逃したら、一生こんなことできない。若奥さまと、今日から居候になった女の子は、二人して靴を脱ぎ、小麦粉をならして床一面に広げていきました。そうこうしているうちに、手も足も顔も髪の毛も真っ白になりました。

 さて、ドミニクが仕事から帰ってくると、テーブルにはワインがコップに半分ほど注がれており、ジャガイモを茹でたのと、パン、それにチキンナゲットがお皿に盛られていましたし、小麦粉を使った形跡はないのに二人の髪の毛や顔にはまだ粉がついています。
「カトリーヌ、ポトフが見当たらないね。当然ながらソーセージもない。いったいどこに隠れているのかね。それにだよ、ワインもこれっぽっちしかないが、デカンタはどこにあるのだね。おまけにこのチキンナゲットは冷凍食品ときてるが、中が少し凍ったままだ。それにお前たち、バゲットでもこしらえたのかね、そんなにあちこちを白くして」
 カトリーヌは、胸を張って答えました。
「それがね、ドミニク、聞いて驚かないでくださいよ。あなたの大好きなソーセージを茹でていたには茹でていたのですけどね、あたしがワインを注ぎに地下室へ行っているあいだにあのどろぼう犬のジェラールに、ぷりぷりのソーセージをとられちまったのよ。あたしもただとられたんじゃ癪だから、追いかけましたよ。だどもあたしの足がいくら速いからといって、大好物をくわえた腹ぺこの犬にはかないませんや。それでソーセージはあきらめて家に戻ってきましたらね、ワインは樽からぜんぶ流れおわったところで、デカンタもころころ転がっているありさま。だどもあなた、怒らないでくださいね。あたしときたら、地下室がワインびたしでカビがはえたりしないように、ちゃんとに小麦粉を二袋もまきちらして、見事なほどからっからのさらっさらにしてやりましたよ」
 ドミニクは黙ってきいていました。それからジュリーの顔をちらっと見ました。どちらかというと、気の毒そうにジュリーの顔を見たものです。ドミニクは言いました。
「カトリーヌ、お前も相変わらずお前だね。だめじゃないか、ソーセージを犬にとられたり、ワインの樽をからっぽにしたり、そのワインをしみこませるために小麦粉を無駄につかったりしちゃあさ」
「お言葉ですけど、あなた、それならそう、言っておいてくださればよかったんです。ソーセージを犬にとられたりワインをぜんぶこぼしちまったり、そのワインをしみこませるために小麦粉をつかったりしちゃいけないってね。言っておいてくだされば、あたしはそのとおりにしたもんですよ」
 ドミニクはうなずきながら、パンを手に取りました。
「わかった、わかった。だがもうそんなこたしちゃいけないよ。ソーセージやワインや小麦粉がいくらあっても足りやしないからね。さあ、食事にしようじゃないか。わたしはもう腹ぺこだよ」
 ドミニクは冷凍食品のチキンナゲットをもりもり食べました。ジュリーは冷凍食品などめったに食べたことがありませんでしたし、冷凍食品や炭酸入りのジュースやマクドナルドのハンバーガーを悪魔のように嫌っているパパやママが後ろから見ているような気がしましたから、手をつけることができず、ジャガイモばかり食べていました。それでもドミニクとカトリーヌがおいしそうに食べているのを見て、どうしても食べたくなって、何気なく一つだけとって食べました。そのおいしいことといったらありません。ふわふわで、ジューシーで、かむほどに口の中で衣と肉とが絶妙なハーモニーを奏でるのです。何個でも食べられそうでした。けれども食べるのはその一つだけにしました。

 こんなふうにして、ジュリーとドミニクとカトリーヌの暮らしは始まったのです。午前中からお昼までがこんな具合ですから、一日が終わるときには、どうなっていることか、みなさんもご想像ください。
 ジュリーは、亡くなったばかりの老パスカル夫妻が使っていたベッドではなかなか眠りにつくことができず、毛布を床に敷いて寝ることにしました。
 ところが夜中になると、どこからか刃物を研ぐような、しいしいという音が聞こえてきて、ますます眠れません。
 そんなとき、部屋の扉をごしごしこする音がしました。ジュリーは起きて、おそるおそる扉に近づいていって、ほんの少しだけ開けてみましたら、目の前には誰もいなくて、かわりに足下にスピッツ犬のジェラールがちょこなんとしていました。ジェラールはジュリーの素足に鼻面をこすりつけてきます。ジュリーは犬を抱き上げて、毛布を敷いたところへ連れていって、いっしょに眠りました。翌朝、目が覚めるとジェラールはもうどこかにいなくなっていましたが、それから毎晩、約束をしたかのようにジェラールは部屋にやってきて、ジュリーといっしょに寝るようになりました。






 2 カトリーヌ、大切な人に手紙を書く

 フランスいち平和な田舎の村クロカンブッシュに住んでいる十歳の女の子ジュリーは、両親が海外に行っている一ヶ月のあいだだけべつの夫婦のもとにあずけられあることになりました。
 ジュリーのパパとママは二年前にマルセイユからこの村にやってきて農業を始めたばかりのエコロジストです。エコロジストの娘のジュリーは学校に行きません。二年前、マルセイユの小学校に通っていたジュリーは、髪を洗うのにラックスを使ったり、週に三回はマクドナルドに行ったり、家では本当は見てはいけないテレビ番組やバラエティー番組を見ている子どもたちに、いつもいじわるをされていました。学校の先生は、そういう子どもたちとはよくおしゃべりをしましたが、ジュリーとはめったに話しませんでした。それでもジュリーは負けずに毎日学校に行きました。
 ある日、クラスの担任だったモンテーニュ先生が教室の壁に九九の表を貼ろうとして、どなたかのりを貸してくれませんかと言いました。近くの席にいたジュリーは、どうぞと言って先生にのりを手渡しました。天然素材だけで作られた自家製のデンプンのりで、瓶に入っていて、へらですくって使います。先生は、どうもありがとう、ルコントさんと言いました。ところが、先生はほんの少しだけジュリーののりを使うと、肩をすくめ、これは使いづらいですねと言って、べつの子どもからのりを借りました。べつの子どもたちの持っているのりは石油化学製品で、環境には良くないですが、口紅のような容器に入っていてとても使いやすいのです。ジュリーは先生から差し戻されたのりの瓶を、何も言わずうけとりました。先生にのりを貸した女の子は、ジュリーを見て笑いました。他の子どもたちも何人か笑いました。そればかりか、先生まで笑っているような気がしました。そこはさだかではありませんが、みんなの笑い声につられて先生がジュリーの顔を見たのは確かです。みなさん、こういう笑いは、決して良い笑いではありませんよね。
 家に帰ってきたジュリーに、ママはいつものように今日は学校でどんなことを教わったのかとたずねました。ジュリーは勉強のことは話したくありませんでした。それよりもべつのことを話したかったのですけれども、それもまた、いざとなると話したくありませんでした。それで、ジュリーは今日はとくになにもなかったと言って、それぎり、黙ってしまいました。ママはとても心配しました。パパも心配しました。ジュリーは一晩、黙ったままでした。話したくなかったのです。
 翌朝、ジュリーはやっぱり何も話しませんでした。おはようとか、行ってきますも言いませんでした。ひとことも、声を出したくなかったのです。ジュリーはそのまま学校に行きましたが、学校でも、黙ったままでした。何もしゃべらなくても学校生活というのはどうにかなるものです。先生が試験の採点結果を一人ひとりに返したときも、何も言わず受けとっただけでした。先生はどうしたのですかとジュリーに尋ねましたが、ジュリーは口をおさえて、横に首を振って、風邪をひいているふりをしたものです。テストの結果はとてもよく、クラスで一番でしたので、先生がそのことをみんなに告げました。
 ジュリーは一日中、誰とも口をききませんでした。それは、やってみるととても気分のいいものでした。
 午後、ジュリーは家に帰ってきてから、ママにただいまを言おうとしましたが、声が出ませんでした。自分でも声の出しかたを忘れてしまったような気がしました。とりかえしのつかないことをしてしまったような気がしました。足の裏に火がついたような気がしました。テストで一番だったなんて、どうでもよくなってしまいました。ママは娘がしゃべれなくなったのを見て、すぐに病院に連れていって、いろいろと診てもらいましたけれども、原因は見つかりませんでした。ママとパパは、学校で何かがあったに違いないと話し合って、すぐに学校へ行ってモンテーニュ先生に事情を聞きました。先生はジュリーの勉強のことや学校での態度のことなどをあれこれ問題なく報告したあとで、ついにのりの件を白状しました。
 それから間もなく、ジュリーの両親は田舎暮らしをすることを決心しました。それは二人の夢でもありましたので、遅かれ早かれそうなったのです。ジュリーの勉強は大学教授のパパと、教員資格のあるママが、農作業のかたわら、面倒を見てくれました。ジュリーにとって田舎の暮らしは面白いものではありませんでしたが、学校でいじわるをされないだけましでした。ジュリーと両親は手話を覚えました。何をするにも初めてのことばかりでしたが、家族三人での暮らしは、悪いものではありませんでした。パパとママが新しい家や素晴らしい自然のなかで喜びあっているのが、ジュリーには何より嬉しく感じられました。

 さて、何もかも良いことばかり、穏やかなことばかりとは、いかないものですね。ジュリーの両親が海外に行っているあいだジュリーを預け、畑の世話も頼んだつもりでいたパスカル老夫婦は、実はつい最近、亡くなっていたのです。両親はそのことも知らず、パスカルさんの家にいたお嫁さんのもとにジュリーをおいて、出かけてしまいました。
 ところがこのお嫁さんというのがフランスいちの、いいえ、世界一のおっちょこちょいで、ぐうたらで、とんちんかんで、足の速いお嫁さんだったから大変です。ソーセージを飼い犬にくすねられるわ、地下室をワインびたしにするわ、それを小麦粉ですいとらせるわ、一日中てんてこまいなのでした。
 妻が妻なら、夫も夫というわけで、パスカルさんの息子のドミニクも、なかなかののんきもの。妻のやることなすこと、可愛らしく見えてなりません。二人は会うたび、別れるたびにキスをしました。新婚ですからしかたありませんね。おっと、二人がまたキスをしていますよ。いわゆる、出かける前のキスというやつです。
「それじゃあ、行ってくるよ、カトリーヌ」
「あいよ、ドミニク」
 ここでキス。ドミニクは家を出ていきますが、ポーチまでついてきたカトリーヌにもう一度キス。
「今日のお昼ご飯はなんだね、カトリーヌ」
「まだ何にも言われていないよ、ドミニク」
「それじゃあ、鴨のスープをこしらえておくれよ。燻製にしたのが地下室にあるから」
「わかりました。用意しておくですわ、王子さま」
「愛してるだよ、姫」
 ここでまたキス。丘をおりたところでドミニクが振り返り、投げキス。
 ようやくドミニクが行ってしまうと、カトリーヌはあくびをしながら家のなかに戻ってきて、台所の片づけをしていたジュリーに言います。
「まったく、あの人にもあきれたもんよ。何度キスしたら気がすむのかねえ。死んじまったあの人の両親も毎日朝昼晩キスしていたっけ。子どもの頃からそれを見て育ったのだもの、無理もないってとこねえ。ねえ、ジュリー、あんたのお父さんとお母さんもこんなふうに毎日何度もキスするのかい?」
 ジュリーは首を横に一回振りました。
「ふうん、そ。ねえ、ジュリー、ところであんた、鴨のスープの作り方、わかるかしら。あたしゃ忘れっちまったのよ」
 ジュリーは首を縦に二回振りました。
「じゃあ、レシピを書いておいてくれると助かるわ。さすがにあんたに作らせたんじゃ、悪いわ。あたしも暇が増えるだけだものね。あんたがレシピを書いているあいだ、あたしゃちょっと寝るよ」
 こうして、カトリーヌはソファーで寝てしまいました。それで、ジュリーは鴨のスープの作り方を紙に書いておきました。やることがすむと、ジュリーは部屋へ行って、家から持ってきた『ジェイン・エア』の本をバッグから取り出して、ひとりで外へ出て、野原の木立の日陰で読書をしました。
 この家に来てから、ジュリーは一人になれるときは本ばかり読んでいます。もっとも、本の大好きなこの女の子は、自分の家でも本をたくさん読んでいましたから、今に始まったことではありません。けれども、慣れない場所、慣れない人のいる場所では、自分の居場所を確保するのは案外むずしいものです。本を読んでいるとき、その本の中の世界が、ジュリーの居場所でした。そこではたくさんの仲間たちがジュリーを迎え入れてくれました。ひょうきんな者も、頭のいい者も、悪者も、魔法を使う者も、弱りきった病人も、思い悩める者も、みんながジュリーのかけがいのない友だちになりました。
 ジュリーの家では、暇つぶしといえば読書です。あるいはビーズ細工です。あるいはまた、陶芸です。それからまた、自然散策でした。そもそも暇つぶしなんてものがないくらい、やることはたくさんありました。農作業のできないときだけ、そうした手作業や読書をするのです。
 ドミニクとカトリーヌの家の場合、暇つぶしというのは第一に寝ること。第二にキスすること。第三に夫婦の営みにふけること。第四にワインを飲んで歌を歌うこと。第五にまた寝ること。ドミニクは働き者でしたので、昼寝をするのはもっぱらカトリーヌの仕事です。それ以外のカトリーヌの仕事は、たまに洗濯機を使い合成洗剤で洗濯をする、缶詰や冷凍食品を多用して食事の用意をする、一日に一部屋のペースで掃除をする、週末にドミニクといっしょに買い物にでかける……とまあ、こんなものです。
 カトリーヌがぐうたらなのはがまんできます。それどころか楽しいくらいです。それはそれとして、ジュリーがいつも気になっているのは、食べ物や飲み物、洗濯に使われる洗剤が、自分の体に合うかどうかということでした。バスルームにあるシャンプーやリンスは、使わなければすむことです。食べ物は、用意されたものを食べないわけにはいきません。飲み水だけは家から持ってきたものをいつも飲んでいました。
 しかし、慣れというのはおそろしいものですね。ドミニクたちとの暮らしは、これを食べなさい、あれは食べてはいけない、これを使いなさい、あれは使ってはいけないということを言われないだけ、とても居心地がよいのです。部屋を散らかしても何もいわれませんし、昼寝していたって当然のように思われます。その居心地の良さを、ジュリーはこのあと思い知らされることになります。

 ジュリーは木陰で本を読み終えました。その本は、フランス語に翻訳されたシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』という本の上巻でしたので、続きの下巻をとりに部屋へいきましたが、リュックのなかを探しても下巻は見つかりません。他にもまだ読んでいないのはありました。それは、日本に一度も行ったことのない人が書いた日本のおはなしで、なかなか面白そうです。ですが、なにしろ物語の途中ですから、どうしても『ジェイン・エア』の続きが読みたいわけです。
 ジュリーは困って床の上にぺったりと座りこんでしまいました。水色の棚に置きっぱなしの写真には、キスをする老パスカル夫妻がうつっています。窓を見ると、窓わくのなかにはまんまるの雲が浮かんでいました。
 とつぜん、ジュリーは読み終えた本やタオルや何かをリュックに詰めこみ始めました。それがすむと、下に降りていって、カトリーヌを探しました。カトリーヌは相変わらずソファーでうたたねをしていました。ジュリーは一人で、バゲットやローストされた鴨肉やレタスやサラミやチーズでサンドイッチを作りました。それからそのサンドイッチを紙で包んでリュックに入れ、置き手紙を残して、ドミニクの家をあとにしました。置き手紙には、次のようにだけ書きました。

   私は自分の家に帰ります。
   本をとりにいきます。
            ジュリー

 ジュリーの家まで、道はだいたいすぐにわかりましたが、なにしろ十キロ以上の道のりですので、歩いて帰るのに三時間もかかりました。ジュリーはとちゅう、小川のほとりでサンドイッチを食べました。そこはもうこれまで何度も来たことのある場所でしたので、家までは遠くありませんでした。

 誰もいない家に帰ってきたのは、一日でいちばん暑くなる時刻でした。門を開けて、ミントの花の咲く庭を通って家に入ると、パパご自慢の畳の匂いがしました。その匂いにはほこりっぽい匂いも混ざっていて、自分の家だのに、どこか他人の家にきてしまったような心持ちがしたものです。そのためか、ジュリーはあやうく靴を履いたままあがろうとして、間一髪、足をひっこめました。ジュリーの家では靴は玄関で脱がなければいけないのです。なぜならそれがパパの大好きな日本の風習らしいからです。
 ジュリーは部屋で『ジェイン・エア』の下巻を見つけてリュックに入れました。そのほかは、あまり多く持っていくこともできませんし、たいていは一度読んだことのある本でしたから、四冊だけにしておきました。
 さてと、用が済みました。でもこれだけのために片道三時間近くかかる道を来て、またすぐに帰るのではなんだかもったいない気がしますよね。今から帰ると夕方にはドミニクとカトリーヌの家に着くはず。それなら少し休んでいってもいいわけです。そこで、ジュリーは窓を開けて、久しぶりに自分のベッドで横になってみました。うつぶせになってシーツにしみこんだ匂いをかぎました。かすかにローズマリーと黄桃と墨汁の匂いがしました。これはママの匂いです。ジュリーが息をするたびに、窓のレースのカーテンも、ふくらんだりしぼんだりしました。

 誰かが、ジュリーを呼びました。
 誰かが、もう一度ジュリーを呼びました。
 どのくらいうたた寝してしまったか、わかりません。ついさっきまで窓から差しこんでいた金色の西日は、すっかり冷めて、藍色にかわっていました。そうして外から声が聞こえてきました。ジュリーを呼ぶその声が夢うつつに聞こえてきたおかげで目が覚めたのでしょう。あわててベッドから降り、窓から外を見下ろすと、日暮れどきの門の前に二人の人間が立っていました。
 ドミニクとカトリーヌでした。二人はジュリーの姿を二階の窓にみとめると、お互いの顔を見合って何か一言二言話し合いました。
 ドミニクが、下からジュリーに話しかけました。
「おうい、ジュリー、やっぱりそこにいたんだな。お前の置き手紙を読んだのだ。家に帰りたくなったというおまえさんの気持ちもよくわかる。だから戻ってこいとは言わんよ。こっちがおまえさんの家なのだからね。しかしこれがないと困るだろうと思い、持ってきたというわけさ。おまえさんの荷物だよ。さすがに水の入ったポリタンクは歩いて持ってこられなかったがね」
 ジュリーはあっけにとられましたが、そんなつもりで出てきたのではないと伝えようとしました。けれども二人には手話はわかりませんし、首を横に振っただけで、かえって誤解を招くことになりました。
「いらないというのかね。それともわたしたちの言うように水はもってこなくてよかったと言いたいのかね」
 ジュリーはやっぱり首を振ることしかできませんでした。ドミニクはジュリーの言いたいことがわからず、怪訝な顔をしましたが、いちどカトリーヌの顔を見ました。カトリーヌはとなりで落ちつきなくもじもじしているばかりで、いつものようにすっとんきょうな声で何かを言い出す気配もありません。ジュリーは窓ガラスをコツンコツンとたたき、いまからそっちにいくという意味で下を指さして、いそいで降りていきました。ただ、玄関を出るとそのままいそいで駆け寄っていくことはせず、門まで歩いていきました。
 ドミニクが門越しに話し始めました。
「じつはね、ジュリー、おまえさんの手紙をカトリーヌが見つけてね。わたしが昼に帰ってきたときのことだよ。こいつが手紙を読んで言うには、『たいへん、ジュリーが家に帰るって書いてあるわよ』ということだった。それから『あたしのせいだわ、あたしがいけないんだわ』と言い出した。『あたしがあんまり昼寝ばかりしているものだから、愛想を尽かしたのよ』と言った。だからわたしは、妻をなだめようとして、『いいや、そんなことはないよ、カトリーヌ。ジュリーはそんなことではわたしらを見限るような子ではないよ。地下室をワインびたしにしたことでもおまえのことをとやかく責めたりはしていないはずだよ』と言ってやった。しかし『あの子は口には出さないけど、きっとあたしのことをろくでもない女だと思っているのだわ。なんせあたしはあの子のママにくらべたら、体も頭もこれっぽちも働かないぐうたらだからねえ』とカトリーヌは言う。そこまで言うのならもう一度会いにいって確かめてみればいいとわたしは言ったが、それであの子が許してくれるとは思えないなどとぬかすものだから、それならあの子がしていったように、おまえも手紙でも書いたらどうだねとわたしがすすめると、カトリーヌも承知した。それでね、ジュリー、おまえさんの荷物といっしょに実はカトリーヌは手紙ももってきているのだよ。さあ、カトリーヌや」
 カトリーヌはエプロンのポケットから二つ折りにした紙切れを取りだして、ジュリーの前に差し出しました。ジュリーがカトリーヌの顔を見ると、カトリーヌはまるで子どもが反省しているような目で手紙のほうばかり見て、ジュリーの顔は見ていませんでした。
「こいつなりにがんばって書いたんだ。読んでやっておくれよ」
 と、ドミニクが言いました。
 ジュリーは門扉の隙間から差し出された手紙を受けとりました。手紙が指の間から抜き取られると、カトリーヌはその手をさっとひっこめてポケットにつっこみました。ジュリーが手紙を開くと、とにかく子どもみたように下手くそな字で、こう書いてありました。


  ジュリーさんへいつもひるね
  ばかりしていて
  はたらかないでごめんこんどから
  しますそれはひるねじゃなくて
  はたらくのことです
  よかったらうちにいてくださいあたし
  はあなたすきですから
            あいをこめて
            カトリーヌ

 鉛筆で書いてありました。消しゴムで何度も消したあとがありました。文字がひっくりかえっているところもありました。ようするに、まるで子どもなのです。
 ドミニクはジュリーの顔色をうかがっていました。カトリーヌも、ちらちらとジュリーの顔を気にしています。ジュリーは手紙を読み終えていましたが、どう答えてよいかわからなかったので、しばらく手紙を見つめているばかりでした。けれども答えははじめから決まっているので、あとは、素直な反省の気持ちと不安な気持ちをかかえてここまで歩いてきたカトリーヌや、妻を気づかって、いっしょに歩いてきたドミニクを安心させてやらねばと思いましたので、カトリーヌを見、ドミニクを見、それからまたカトリーヌのほうを向いて微笑むと、門を開けて、この心優しい若奥さまのお腹に抱きつきました。
「ようし、これで決まりだね」と、ドミニクが言いました。「カトリーヌ、この子はやっぱりわたしが言ったとおりの気立ての優しい子だろう」
「ええ、まったくだわ」と、ようやくカトリーヌも口をききました。「ジュリー、あたしの書いたこんな下手くそな手紙でも、許してくれたのね」
 許すも許さないもない、わたしは始めからあなたのことを嫌ってなんかいない、とジュリーは言いたかったのですが、首を振ったり手話を使うわけにもいきませんから、さらにぎゅっと抱きつくばかりでした。
「さあ、それじゃあ家に帰らなければならないが、もう日が暮れてしまった。今から三人で歩いて帰るのはあぶなかろう。といって、ジュリーの家に泊めてもらうのも悪い。何かうまい手はないものかね」
 ジュリーはすかさず、車庫を指さして、パパのトラックを使うようにドミニクにうながしました。ドミニクはすぐにそれを理解し、鍵をとってきてくれるようジュリーに頼みました。
 文明の利器とは何とすばらしいものでしょう。歩いて三時間もかかった道のりを、車はたったの三十分で戻ってしまいました。ゆれるトラックの中で、ジュリーはドミニクとカトリーヌのあいだに座りました。カトリーヌが言いました。
「安心したらお腹がへったわ。なんたってお昼もまともに食べないで出てきてしまったからねえ。帰ったらみんなで晩ごはんを作りましょうね。あら、あたしったらまた怠けようとしているわ。あたし一人でもなんとかできるってことをみんなに見せてあげるわよ」
「そりゃ大いに楽しみにせにゃならん」と、ドミニクが言いました。「ところで、ジュリー。おまえさんの家の畑だが、あれはあのままにしておいてはいけないな。わたしはこれから毎日というわけにはいかないが、ときどきおまえさんの家の畑も見にきて世話をやくことにするよ。明日さっそくとりかかろう。このトラックを返す都合もあるしな。いいかね、ジュリー」
 ジュリーはこれでようやく、自分の両親がドミニクの両親に頼んでおいたことが実現されると思って安心しましたので、二度うなずきました。
「ところでねえ、ジュリー」と、こんどはカトリーヌが言いました。「あたし、もひとつ手紙を書いたのよ。それはね、あんたに書いたのじゃなくて、あんたのママにあてて書いたのよ。あたし、このことに関しては、本当に冴えていたと思うわ。だって、手紙を書くのってとても大変だけど、気持ちが伝わるってことがよくわかったもの。どうしてママに手紙が書けたのかって、あんたはききたいのかしら。おばかさんね。ママはね、あたしにちゃんと、旅先の住所の書かれた紙をわたしておいてくれたのよ。だからそのとおりの住所を封筒にきちんと書いたわ。それをもう出したのかって、あんたはききたいのね。大丈夫よ。歩いてくるときにすれ違った郵便屋さんにちゃんと渡しておいたわ。これだけ抜け目なく働いたのですもの、あんたもあたしのことを見直さなくっちゃいけなくてよ」
「ジュリー、見直してやっておくれよ」と、ドミニクも苦笑いして後押ししました。「どんな内容かは、わたしも知らんよ」
 さあ、はたしてどうなることやら。考えてもしかたのないことですから、ジュリーは物事を成り行きにまかせることにして、口笛を吹き始めました。
「へえ! あんた、口笛は吹けるんだねえ」
 カトリーヌも負けじと口笛を吹きました。それはなかなか見事な口笛で、トラックのなかはすぐに楽しくなりました。






 3 カトリーヌ、ゲームのチップでお買い物

 世の中にはどうしたって悪いことがやめられない筋金入りの悪人がいるものです。悪党というのは、自分たちのやっていることが世の人の迷惑になるような悪いことだと知っていながら、やめないのです。なぜというに、「悪党が悪いことをして何が悪い!」というわけです。
 ルノー一味も、そんな筋金入りの悪党の集まりでした。ルノー一味はもともと二人の兄弟で、兄のルナール・ルノーはとっても頭が良く、弟のロベール・ルノーはとっても器用でした。そこへ、とっても力持ちのピエールという男が加わって、三人になりました。ルノー一味はフランス中でどろぼうをはたらいていましたが、都会では顔が知られてきたというので、田舎のほうへもやってきました。それで、ジュリーたちの住んでいる村にも、いつのまにか隠れて住みつくようになっていたのです。
 ジュリーが縁もゆかりもないパスカル夫妻の家にあずけられてから間もない頃でした。ドミニク・パスカルとカトリーヌは、結婚してからまだたったの三週間というあつあつのカップルでしたが、ドミニクは妻のカトリーヌの性格をよく心得ていましたので、まともにお金の管理をさせてはいけないと思って、両親の遺産はすべて金貨にかえて、金庫のような鉄の箱の中に入れておきました。ところがその箱は古いものですから錠がばかになっていて、鍵がかかりません。それで、妻がこれを見て驚かないようにと、ドミニクはお昼ご飯のあとにその財産を箱ごと持ってきて、妻に言いました。
「カトリーヌ、この箱の中にはポーカーだの人生ゲームだので使うチップが入っている。使い方も形もお金によく似ているが、なに、にせものだからね、大したものではないよ。お金が必要なときはわたしに言いな。ちょっとのお金で買えるものは買ったげよう。こっちの箱は豚舎のわらの山の中に埋めておくからね。いいかい、何があってもお前はこれに指一本でも触れてはいけないよ。触れたらお前の指はね、お前の指は、まあいいさ、とにかく触れてはいけないのだよ」
「たまげた。この人、妻のあたしを脅そうというのかい。安心おしよ、ドミニク。あんたが一言おっしゃってくださりさえすりゃ、あたしゃあ、そんなものに触れたりしないよ。ともかく言われたとおりにいたします」
 と、カトリーヌは得意げに答えました。ドミニクはそれをきくと安心して、豚舎へ行ってわらの山のなかに箱を埋めました。それがすむと、ご亭主は口笛を吹きながら仕事にいきました。
 午後、居候のジュリーはスピッツ犬のジェラールといっしょに、おもてでカトリーヌの薪割りを手伝っていました。ジュリーは自分の家でも両親の農作業の手伝いをしていましたから、薪割りなんて、慣れっこです。ジュリーが薪を切り株の上に立てて、カトリーヌがそれをなたで割ります。ジェラールはそのたびに一つ吠えます。そうしてまたジュリーが薪を立てて、カトリーヌが割ります。ジェラールが一つ吠えます。そんな具合でだんだん調子がでてきたところで、カトリーヌはもう音を上げて、言いました。
「今日はたくさん働いたわね、ジュリー。ここいらでひと休みしましょうよ」
 カトリーヌが休むなら、ジュリーも休まなければいけません。二人は切り株の上に仲良く腰を下ろしました。
「そうそう、冷凍庫のなかにアイスキャンディーがあるのだったわ。暑い中、これだけ働いたのですもの、いただいたってばちがあたるはずがないってものよね。そう考えたらなんだか元気が出てきたわ。ちょいと待っておいでね」
 カトリーヌは小走りに台所へ行って、目当てのものを二つ手にして戻ってくると、一つをジュリーにわたして切り株に座りました。カトリーヌはビニール袋を開けて、空のように青い色をしたアイスキャンディーを食べ始めました。それからジュリーのほうを見て、言いました。
「あんれ、あんた、アイスを食べないってえの? ぜんたい、好き嫌いが多すぎるわ。お水だってあんたのうちから持ってきたお水しか飲まないし。子どもが好き嫌いしちゃよくないのよ。何でも食べなきゃ大きくなれないわよ。さ、溶ける前に食べちゃいなさい。こんなに晴れた日に子どもがアイスを食べないなんて、そのほうがよっぽどばちが当たるってもんよ」
 そう言われると、家ではこうしたアイスを食べたことのないジュリーも、食べてよいような気がしてきました。それで、あとでお水をたくさん飲めばいいんだわと腹を決めて食べ始めました。そのおいしいことといったらありません。口の中に青空が入ってきたような気持ちがしました。カトリーヌはアイスを食べているジュリーの顔が気に入って、自分のアイスをジュリーのほっぺにくっつけました。びっくりしたジュリーは、仕返しに自分のアイスをカトリーヌのほっぺにくっつけました。カトリーヌはよけもしないで、されるままにしていました。アイスのかけらが一つ地面に落ちました。
 カトリーヌが言いました。
「あんたは生まれつき口がきけないの? あたしの近所にも口のきけない子がいたっけ。だどもあの子は耳も聞こえなかったわね。少しは聞こえるんだけど、遠いのね。だから言葉もはっきりしていなかったわ。なにぬねのが苦手だったわね。あんたは頭もいいし、字も書けるし、人の言っていることはわかる、それもあたしなんかとはくらべものにならないくらい飲み込みがいいってことくらい、あたしにもわかるわ。しゃべれないのは生まれつきなの?」
 ジュリーは首を横に振りました。
「じゃあ、もともとはしゃべれてたってわけよねえ」
 ジュリーは首を縦にも横にも振りません。
「それなのにしゃべらないなんて、もったいないわ。あたしなんか、一日しゃべらないでいたら気が狂っちまう。でもあんたと結婚する男は幸せね。女房の愚痴なんて男には小うるさいだけの無駄口でしかないって昔から相場が決まっているものね。あら、あたしのことを言ってるのかしら、あたし」
 カトリーヌは笑いました。ジュリーは笑いませんでした。地面に落ちたアイスのかけらには蟻が集まりはじめていました。

 見知らぬ三人の男がやってきたのは、そんなときでした。上等の磁器のようにぴっかぴかのワンボックスカーが丘の下にとまって、前に座っていたスーツ姿の二人が降りてきたかと思うと、一人が丘の下から声をかけてきました。
「こんにちは、奥さん! ごきげんはいかがですか」
 そうです、この男たちこそ筋金入りの悪党として都会では有名なルノー一味なのです。しかし田舎育ちのカトリーヌはそんなこと知りませんから、よそ者が来たときにいつもそうするようにぶっきらぼうに答えました。
「おかげさまでね、ひもじくやってますよ。あんたたちは、どこのどなたさんです。この田舎に何ごようなの」
「あたくしどもはね、奥さん、世の中にヘルシーライフを広めて社会貢献をしているものですよ」
「そんなら間に合ってるよ。あたしゃ臍の緒切ってからこのかた風邪ひとつひいたことのないおばかさんでね。こないだも地下室をワインびたしにしちまったくらいさ」
 もう一人の男が、カトリーヌと話している男に、何か耳打ちをしました。それからまた一人目の男が話しかけました。
「こいつはまいった。ごじょうだんのうまい奥さんだ。まあ一つ、アイスを食べているあいだでよござんすから、わが社の商品を見ていってくださいよ。妹さんもごいっしょに」
「いもうと!」と、カトリーヌは驚いてジュリーを見ました。「あんた、あたしの妹だったのかい」
 そんなわけはありません。見ようによってはカトリーヌとジュリーは年のはなれた姉妹のようだったということです。
 男たちは車の後ろの扉をあけて、へんてこな形をした椅子のようなものや、ひらべったい物干し竿のようなものや、段ボール箱などを出してきて、カトリーヌたちのいるところまで上がってきました。そうして、これは最先端科学を駆使して開発された、効率的に楽しく筋肉を鍛え、脂肪をおとし、体型を整えるための道具だといって、一つ一つ、これはテレビを見ながら腹筋を鍛える道具、これはやっぱりテレビを見ながら腕を引き締める道具、それでもってこっちは台所で仕事をしながらでも勝手にやせていく魔法の服だなどと説明を始めました。
 説明をしていたのはルノー兄弟の兄、ルナールです。弟のロベールはじっさいに道具を使って、あたかも初めてそれを使ったかのように驚いたりしてみせました。それからルナールは弟に耳打ちして、車の中に残っていたもう一人を連れてこさせました。
「そしてこれらの道具を使いこなし、テレビを見ながら、まったく知らず知らずのうちにボディビルダーなみの肉体美を手に入れたのが、こちらのピエールでございます」
 ピエールはシャツを脱いで、鋼のように引き締まったその身体を見せました。
「どうです、素晴らしいでしょう。お宅のご主人と見くらべてみて、いかがですか。おっと、失礼でしたかな。しかし、ご主人もこの服を着ていつもの農作業にはげむだけで、あら不思議、このように六つに割れた見事なお腹を手に入れられるのです」
 ジュリーにはこんなのはまったくナンセンスのペテンだということがすぐにわかりましたから、すました顔で聞いていました。ところがカトリーヌときたら、すっかりこの男たちの話術につかまって、ぽかんと口を開いてピエールの割れた腹筋を眺めています。
「さらに、奥さん、こちらの写真をごらんください。この二つの写真。一つはこのようにでっぷりとして、お腹のお肉がスカートの上にのっかっています。もう一つはスレンダーな整った美しいお腹です。ところがなんと、この二つの写真、同じ一人の女性のお腹なのです!」
 そういって、ルナールはそれまで隠していた写真の顔の部分を見せました。たしかに、二枚とも同じ人の顔でしたが、ジュリーにはこんなのは合成写真だということがすぐにわかりました。ところがおそるおそるカトリーヌを見てみると、案の定、信じこんで、ああ神様と言わんばかりに声もなく首をふっています。
 ルナールが自信たっぷりに言いました。
「まあ、今日は商品のご紹介というつもりで参りましたので、このへんで失礼させていただきます」
 ルナールはロベールたちにうながして、トレーニング器具を片づけさせようとしましたが、なかなか帰ろうとはしません。
「よろしいですか。まだ何か、ご質問などがございますか、奥さん」
 するとカトリーヌが言いました。
「うちのだんなのドミニクが、この人みたいな体になるのね」
「もちろんですとも」
「あたしが、その写真みたようなスレンダー美女になるのね」
「今のままでも十分にお美しいとは思いますが、いっそうお美しくなられることうけあいです。ご主人も喜ばれると思いますよ」
「欲しい」
「もっとも、今すぐにお買いあげいただくこともできますが、その場合は、現金でのお取り扱いのみとさせていただきます」
「お金ね! ああ、お金なら、あるのよ」
「すぐにご用意できますかな」
「ご用意はできますことよ。ただ、問題が二つあるのよねえ」
「と、言いますと」
「一つはね、そのお金にはあたしは指一本触れてはいけないことになってるってこと。それからもう一つは、それが人生ゲームやら何やらで使うお金だってことなのよ」
 それを聞くと、男たち三人はめいめい動きを止めて、カトリーヌを見たり、お互いを見合ったりしましたが、やがてロベールなどはお手上げだといったふうに首を振って、帰り支度を始めました。ところがルナールは弟やピエールを丘の下でひきとめました。
 ロベールが言いました。
「あにき、ありゃあ正真正銘、お天道様が知る限り世界に類のない底なしのばか女だぜ。だからこんな田舎で商売をするのは間違いだと言ったんだ。さっさと都会に帰ろうぜ」
「まあまてよ。そう早合点するな。お前とは裏腹に、おれはな、田舎を新天地に見込んだおれの目が間違っていなかったと、いま確信したぜ。ああいうばか女がいるからこそ、おれたちも飯が食えるってもんさ」
「へえ、ゲームのチップで飯が食えりゃあ、この世は天国だよ。トイザらスにでもいってチップのついたゲームをしこたま盗んでくればいいんだ」
「そのチップだがね、あの女の言っているのは、実はチップじゃあなさそうだぜ」
「なぜそう言えるのだ、あにき」
「なぜといって、あれだけのばか女だ。亭主がばか正直にまともに金を預けると思うか。おれの考えじゃ、こうだ。亭主はな、あれがばかだと見込んで、現ナマをゲームのチップだなんだとだまくらかして、そのくせ指一本触れるなと言いつけた。本当にゲームのチップなら、触れるなと言うはずがないだろう。この家でつい最近、年寄りの両親が亡くなってるのは調査済みだぜ。遺産がたんまりあるなあ間違いない」
「おそれいった。さすがはおれのあにきだ。頭の造りが普通の連中とはちがわあな」
 こうして三人組はまた丘の上に戻ってきてカトリーヌに言いました。
「それでは、問題というのをごいっしょに解決しましょうか。あなたが指一本触れてはいけないというのなら、あたくしどもがとって参りましょう。それと、ゲームのチップということですがね、いまどきはチップも都会に持っていきますとね、それなりの値打ちがあるのですよ。マニアの中では高値で売買されることもありまして。ですので、ひとまずそのチップのある場所を、教えていただけますかな、奥さん」
 ジュリーは男たちが何か悪巧みをしていることがそれとなくわかりましたので、カトリーヌのわきっちょをひじでつついたりしましたが、カトリーヌはそんなのは手で払いのけて、答えました。
「チップでよろしいのなら、お金のかわりに持っていってくださいよ。それで腹筋が割れるなら安いものだわ。ドミニクに何て言ってほめられるか、想像しただけでもぞくぞくするわね。チップなら豚舎のわらの中にあることよ」
 それ、とばかりに三人組は豚舎に向かいました。そしてブタの糞やら何やらの混じったわらの山をかきわけかきわけ、ようやっと小さな金庫の箱を見つけました。その場で開けてみますと、中には金貨や紙幣がぎっしりつまっているではありませんか。悪党たちは、箱をたずさえ、糞とわらまみれになって、何くわぬ顔で戻ってきました。
「たしかに、ゲームのチップですな! しかしこれだけあれば、ここにあるトレーニング器具の総額の半分ほどの値打ちはありましょう。あたくしたちも半分は慈善事業で、あまねくフランス国民にヘルシーライフを広めているようなものでありますので、このチップの箱と引きかえに、器具はすべて奥さんとご主人に差し上げましょう。それでお二人が健康で美しいお体を手にすることができるのであれば、あたくしどもにとってそれ以上の喜びはございませんので」
 と言いながら、三人はいつのまにか丘の下の車のところまで、降りていってしましました。そうしてそそくさと車に乗り込み、クラクションを軽く一回鳴らしたかと思うと、白い土煙をあげて走り去っていきました。

 カトリーヌとジュリーは玄関先に置き去りになった器具やスポーツウェアを家の中に運び入れました。そうしているうちに、ドミニクが仕事から帰ってきました。
 ドミニクは居間に並べられたトレーニング器具を見て、カトリーヌにわけをたずねました。カトリーヌは答えました。
「買ったのよ。セールスの人たちから。頭の悪い人たちなのか、心の清い人たちなのか、それはわからないわ。でもね、あのゲームのチップで売ってくれるっていうのですもの、それであなたはテレビを見ながら腹筋が六つに割れるし、あたしはスレンダー美女になれる。これで買わなかったらかえってあんたにこっぴどく叱られちまうところでしたよ」
「あの箱には触れるなと言ったのに! だいたいよう、うちにはテレビなんかねえじゃねえか!」
「忘れていたのよ。ええ、あたしゃ箱には触れませんでしたよ。あたしはあなたの言いつけどおり、指一本触れませんでしたよ」
「じゃあ、ジュリーにでも持ってこさせたってえのか」
「いいえ。セールスの人たちにとってこさせたのよ。あの人たち、本当にばかねえ。豚舎のわらの中に首を突っ込んで探していたわ」
「なんてこった。あれはねえ、カトリーヌ、うちの親の遺産の全てだったのだよ。お前は取り返しのつかないことをしちまったのだ。それもこんなインチキ商品のためにだ」
 ドミニクは、腹立ち紛れに大きなゴムボールを蹴飛ばしました。このボールは、その上に座ったりして足腰の筋肉をつかうためのものです。ボールはよくはずむので、蹴飛ばしたのはいいのですが、壁に当たってはねかえり、ドミニクの顔に帰ってきて、仕返しの一撃をくらわしました。ドミニクはむむと言って顔をおさえ、腹筋をトレーニングするための椅子の形の器具の上に、へなへなと座りこんでしまいました。
 カトリーヌが言いました。
「だってあんた、そんなこと一言も言ってくださらなかったじゃないの。あたしは言うとおりにしたのよ。あれでものを買っちゃいけないならそう言ってくださればよかったじゃないの。それをあんた、あたしのことをどうしようもなく間抜けでとんちんかんな女だと思ってんのね。ゲームのチップだなんて嘘をついて」
「とんちんかんじゃねえってのか!」
「とんちんかんよ! あんたが思っているよりずーっと、ずーっととんちんかんだわ! だけんど、あんただけはとんちんかんなあたしでも大目に見てくれるって思ってた」
「大目に見るだって? まったくだ。これが本当の大目玉だよ!」
「ばかやろう! この三段腹! 金がなくってひもじけりゃあ、へその穴に芯をさしこんでランプがわりにするがいい。脂肪でさぞかし長く燃えるこったろうよ」
 そう言い放つと、カトリーヌは家を飛び出していきました。ジュリーは追いかけようとしましたが、何しろ足だけは速いカトリーヌのことですから、追いつけるはずもなく、すぐに見えなくなってしまいましたので、家に戻ってきました。

 ドミニクは相変わらず黙ってトレーニング椅子の上に座っていました。ジュリーはもともとこの夫婦はどっちもどっちだと思っていましたし、このケンカはどっちも悪いと思いましたが、自分がどうすることもできないことに、今まで感じたことのないもどかしさを感じました。自分の両親がケンカをするのを見たことが一度もなかったので、無理もありません。それで、ジュリーは何をするわけでもなく、台所の椅子に黙って腰かけているしかありませんでした。スピッツ犬のジェラールがひもじそうにレンジの下にしゃがんでいましたので、オレンジを一つ転がしてやりましたら、ジェラールは、あたり一面にオレンジの果汁をまきちらしながらそれを食べました。ジュリーもお腹が空いてきましたので、オレンジを一つとって、皮をむきました。すると、トレーニング椅子のドミニクもその匂いに気づいて、オレンジを一つよこしてくれと言いました。ジュリーはオレンジを持っていって、ドミニクに手渡すと、ソファーにそうっと座って自分のを食べ始めました。
「ジュリー、あいつはね」と、ドミニクがオレンジの皮をむきながら話しました。「カトリーヌは、ちょっとした幼なじみでね。子どもの頃には木登りや駆けっこやスパイごっこをしてよく遊んだものだよ。あいつは小さい頃からあの調子さ。だからどこへ行ってもからかわれた。わたしはあれと同い年で、いっしょに小学校にあがったが、小学校にあがってからも、やっぱりあれはみんなからばかにされていたよ。もっとも、悪いやつじゃないし、お人好しだから、友だちはいた。仲のいい女の子がいてね、マルグリットといった。マルグリットは可愛い子で、男の子たちから人気があった。ある日、マルグリットの靴がなくなった。男の子たちはみんなで探したもんさ。それで誰かが見つけたんだ。カトリーヌが履いているところをね。みんなはカトリーヌがマルグリットの靴を盗んだと言って、さんざっぱら罵倒した。カトリーヌもカトリーヌで、あんな調子だろう、あら、あたしったらいつのまにどろぼうさんになっちまったのかしら、これからはあたしはどろぼうのカトリーヌね、なんて自分で言ってやがる。マルグリットは泣いていた。親友に靴を盗まれるなんて、情けないと言った。みんながこのどろぼうを一回ずつぶたなければ気がすまないと言った。男の子たちはそのとおりにしたよ。カトリーヌは十三人の男の子たちに一回ずつぶたれた。しかしあれはね、本当におばかさんだからね、ぶたれても泣かないんだ。それどころか、笑っているんだよ。なんだ、わたしまであれをぶったのかと聞きたいのかい。教えてやろうか。そうだとも、わたしも他の子と同じように、最後に順番が回ってくると、カトリーヌのほっぺたをひっぱたいたのさ。それまで十二人ぶたれても泣かなかったカトリーヌはね、そのとき初めて泣いたのさ」
 ドミニクはオレンジをひと房ふた房とって食べました。ジュリーはオレンジには少しも手をつけずに、話をきいていました。
「わたしはカトリーヌの性分をよく知っていたから、あれが自分で盗みを働くような知恵のあるやつだとは信じられなかった。あいつは悪いことは決してしないよ。カトリーヌはわたしにひっぱたかれると、靴を脱いでわたしに投げつけ、裸足のまま泣きながら帰っていった。マルグリットはこんな泥棒女の履いた靴はもう履きたくないといって、ゴミ箱に投げ入れた。真相はわからないが、わたしはこのマルグリットが何とかしてカトリーヌに自分の靴を履かせたのではないかと疑った。そのあとすぐにわたしが下駄箱に行ってみると、下駄箱の上にカトリーヌの靴があった。どうしたって、自分であんな高いところに置けるもんじゃない。あいつの下駄箱にマルグリットの靴を入れたやつがいるんだろう。まあ、どうだっていいことなのだがね。それはどうだっていいことで、問題なのは、わたしがあれの頬をひっぱたいてしまったことなのだよ。それからしばらくのあいだ、カトリーヌは平然と学校に来ていた。物忘れがひどいのは困った面もあるが、立ち直りの早いのはあいつのいいところじゃないか。少なくとも見かけの上ではね、もう気にしているふうではなかった。しかし何日かすると、あいつの両親はあいつをべつの村の学校に転校させちまったんだよ。それ以来わたしもあいつとは会っていなかった。ようやく最近になってうちの親が縁談を持ちかけてきたときには、正直、驚いたね。だけどあいつも年相応にきれいになっていたし、まんざらでもなかった。二十五年ぶりに会ってみたら、二つの意味で驚いた。一つは、きれいな女になっていたことで、もう一つは、性格がちっともかわっていなかったこと。わたしはね、おまえだから言うがね、あれに惚れてしまったのだよ。だから誓って言うが、決して、幼い頃の罪滅ぼしで結婚したわけじゃあないのだ。わたしがあれといっしょにいるのは、あれが好きだからだよ」
 ドミニクはまだまだ話したいことがありそうでしたが、ジュリーはもうそれだけ聞けば十分とばかりに、ドミニクのオレンジをとりあげて、台所へ持っていってしまいました。それから玄関の前に立って、外を指さしました。
「探しに行けっていうのだろう。そうとも、ジュリー、探しにいくとも。わたしはあれの亭主なのだからね! まだまだ外は明るい。しかし暗くなっても見つかるまで探し続けるぞ。カトリーヌ!」
 ドミニクは立ち上がって、玄関にむかいました。そうして扉を開けようと、ドアノブを握ったときです。うすぼけた水色のドアは、じぶんのほうから勢いよくぴーんと開いて、ドミニクの鼻面にぶつかってがたがた震えました。ドミニクもぐらぐら震えました。外から扉を開けたのは、もちろんカトリーヌ。
「あんた、そんなところでしゃがみこんで、何を探しているんだい。コンタクトレンズでも落としたのかい。そんなことしている場合じゃないよ。聞いとくれよ。あたしが森の近くまで走っていっていたらね、あんれ、あたしったら、何でまたあんなところまで走っていったのだっけ。まあいいわ、とにかく走っていったら、あいつらの車が森の中に入っていくのを見たのよ。あんたの留守の間に、あたしから大事なお金をだましとっていった大悪党どもよ。あいつらは森にいるわ。悪党どもめ。どうなるか見ていなさいよ。冥府の王様がふるえあがっちまうくらいひどい顔にしてから地獄送りにやるわ。ドミニク、あたしらの未来の詰まった大事な大事な箱を、これからとりもどしにいってやろうじゃないか。ねえ、あんた」
 ドミニクは鼻をおさえたまましゃがみこんでいて、何も答えません。
「ねえ、あんた。あんたってば」
「ああ、なんだってやってやる。どろぼうだろうがぬすっとだろうが、おれが相手だ」
 ドミニクはしゃがみこんだまま、言いました。顔をあげると、鼻血が出ていました。
「あんれ、この人興奮して鼻血が出てるじゃないか。たのもしいねえ。だけどね、本当に血を見るのは、あいつらだよ」
「そうとも、カトリーヌ、うまいことを言ったね。だがね、その前に支度をしなけりゃいけない。出かける前には支度をするもんだ。ものには順序ってものがあるからな」
 ドミニクとカトリーヌとジュリーは、連れだって台所に入っていきました。






 4 騎士ドミニクと王女カトリーヌ、ルノー一味をこらしめる

 フランスいちの田舎、クロカンブッシュ村に住む農家のドミニクとその妻カトリーヌは、ドミニクの留守中をねらってカトリーヌを訪ね、カトリーヌがゲームのチップだとばかり思っていた大金をまんまとせしめた悪党たちから、大事なお金を奪い返すべく、居候の女の子ジュリーといっしょに、戦の支度をしているところでした。
 悪党たちを森に探しにいって、お腹が空くといけないので、カトリーヌはフランスパンを一本、バターを一瓶、丸いチーズのかたまりを六個、籠に入れました。場所が悪いといけないので、地べたにひろげるための敷布も用意しました。これだけ備えがあれば大丈夫です。ドミニクのほうは紙コップと糸で糸電話を作っていましたが、それが終わると、フランスパンを籠につめこんでいるカトリーヌを見て、言いました。
「カトリーヌ、わしらあまるでピクニックに行くようだね」
「まあ素敵。あたしたち、ピクニックに行くのねえ」
「いや、カトリーヌ、ピクニックに行くのではないよ。わたしたちはどろぼうたちをこらしめに行くのだ」
「あらそう。それも楽しそうね」
「だがね、カトリーヌ、気をつけなければいけないよ。なんたって相手は悪党。それも三人組だ。備えもなく肉弾戦になったらわたしたちに勝ち目があるかどうか、わかったものではない」
「なんだい、ドミニク、あんた怖じ気づいたのかい」
 するとドミニクは笑って言いました。
「なんの、なんの。悪党が三人いようが三百人いようが、わたしには例のものがあるじゃあないか」
「例のものですって。あんた、ついにあれを使うのだね」
「そうだよ、カトリーヌ。例の場所に大事にしまっておいた、あれを使うのだよ」
「ねえ、あんた、話しておくれよ。あたしゃあんたが晩にあの話をしてくれるのが、本当に楽しみでしかたがないんだ。それだのにあんたときたら、もったいぶって三晩に一ぺんしか話してくれない。このさいだからジュリーにも聞かせてやっておくれよ。ねえ、ジュリー、あんたも聞きたいだろう」
 ジュリーは以前から二階の小部屋、いわゆる「例の場所」に興味がありましたので、喜んでうなずきました。ドミニクは咳払いをして話し始めました。
「そうとも、それはもう五百年も前のこと。わたしのご先祖様のジャックがいつものように畑仕事をしていると、このあたりのご領地を治めてらっしゃったご領主のお偉い伯爵様が通りかかって、だしぬけに、お前は仕事に精を出して感心なやつだから、わたしの鎧をあげるといって、お家に伝わる大事な大事な鎧をくだすったのだ」
 ドミニクはそこで一息つきました。ジュリーはだまって、といってもジュリーは口がきけませんからもとよりだまっていましたが、ドミニクが続きを話し始めるのを待っていました。ですがドミニクは一向に続きを話し始めません。ジュリーがカトリーヌを見ると、カトリーヌは頭が半分夢の中にいるような面持ちでドミニクを見ています。ジュリーがもう一度ドミニクを見ると、ドミニクはきっぱり言いました。
「まあ、そういうわけなのだ」
 カトリーヌは拍手をしました。
「それではわたしはこれから二階の秘密の部屋に行って、その鎧をもってきよう。ご先祖代々、毎日かかさず研いだり磨いたり油をさしたりしてきた努力が、今日ついに報われるのだ」
 ドミニクは席を立って二階へ行きました。すぐに二階からがっちゃんがっちゃんとやかましい物音が聞こえてきました。それからまたがちゃがちゃという音を立てながら、まるで騎士のような鎧を身につけたドミニクが階段を下りてきました。ジュリーは有名な『ドン・キホーテ』のお話を思い出しました。ちょっと太っていますが、ドミニクの姿ときたら、挿絵に描かれたドン・キホーテとそっくりだったからです。
「あんた、本当の騎士みたようだね、ドミニク!」
 と、カトリーヌが言いました。
「そういうお前さんは、まるで森に迷いこんだ王女さまみたようだね、カトリーヌ!」

 さて、昼寝にはもってこいという時分に、三人は森に向けて出発しました。ところがドミニクは鎧が重たいといって、一人だけトラクターに乗っていったものですから、歩いていったカトリーヌやジュリーとどんどん差がひらいて、見えなくなってしまいました。それでもカトリーヌは気にせず、得意の口笛を吹いたりしていました。
「あの人、あんなに先に行ってしまったけれど、勇み足というものだわ」と、カトリーヌは言いました。「今すぐに大雨でも降ってきてごらんなさいよ。どっちが早く家に帰れると思って。何でもかでも人より先に進めばいいってわけじゃないのよ」
 そう言うと自分でも納得して、前よりゆっくりと歩き始めました。ジュリーもそれに合わせました。しばらく歩くと、山道にさしかかりました。それからすぐに、ごつごつの岩に挟まれたせまい道にやってきましたが、そこで突然カトリーヌが声をあげました。
「ありゃまあ、むごいことをする人たちがいるものねえ。こんなに岩を傷つけて、まるでトラクターでひっかいたようなあとだわ。トラクターですって! ドミニクだわ。ドミニクがここを通るとき、岩をひっかいていったのね。おお、大地の精霊さま、あたしの亭主があなたにひどいことをしでかしてしまい、言葉もございません。せめて何かでうめあわさせてくだせえませ」
 それからカトリーヌは何か探しはじめましたが、岩にできたひっかき傷を治すためのものなど、見つかるはずがありません。それでもお得意の名案が浮かんだと見えて、籠の中から瓶を一つ取り出しました。そうしてナイフで瓶の中身をすくいとると、それを岩の傷あとにすりこんでいきました。ジュリーは驚くには驚きましたけれども、これくらいのことにはもう慣れていますから、止めたりはしませんでした。ただもうおかしくっておかしくって、しかたがありません。止めるどころか自分もスプーンを出してきて、いっしょに仕事にかかりました。
 カトリーヌが言いました。
「バターにこんな使い道があるなんて、牛どもだって気づかなかったでしょうよ。ほんとうに、岩の傷を埋めるのにはもってこいの代物だわ。しまいに砂をかけてやれば、ほら、もとどおり。傷なんかなかったみたい」
 こうして修復作業をしているあいだに、カトリーヌはうっかり籠をけとばしてしまいました。すると籠の中から丸いチーズのかたまりが一つ飛び出して、坂道をころがり落ちていきました。ジュリーが追いかけようとしましたが、チーズはどんどん落ちてって、見えなくなってしまいました。
 カトリーヌが言いました。
「何のためにここまで我慢して坂道を上ってきたっていうのよ。ばかなチーズね。もう降りるなんてごめんだわ。あたしは今しがた夫の罪をつぐなったところじゃないか。いいかい脳たりんのチーズこぞう。ものの道理ってものを教えたげる。チーズのこた、チーズがつぐなうべきだわ。あんた、連れてかえってらっしゃい」
 カトリーヌは籠の中からチーズを一つとりだして、坂道に転がしてやりました。チーズは勢いよくころがって、一つめを追いかけていきましたが、カトリーヌの思うようにつかまえて戻ってくる気配はありません。
「なるほどね、一対一じゃ、交渉もままならぬといったところでしょうよ」
 カトリーヌは籠の中からもう二つ、チーズをとりだして、転がしてやりました。チーズは競うように坂道をころがり落ちて、やがて見えなくなりましたが、やっぱりいくら待っても戻ってくる気配がありません。しかたなくカトリーヌは残りの二つもとりだして、今までのは勢いが足りなかったのかもしれないと思い、ジュリーと一つずつ手にとって、坂の上から放り投げたものです。ジュリーは自分のしていることがばかばかしくて楽しくて笑いました。カトリーヌも、してやったりとばかりに笑いました。ですが、もちろんそこまでしても落としたチーズが坂を上って戻ってくる道理はありません。
「あきれた。あんたたちときたら、死神を呼びにやるにはもってこいだわ。あたしはもう知らないよ。坂を下りたいって言ったのはあんたたちのほうだからね。あんたたちを待ってやるほど、あたしもお人好しじゃあないことよ。二度とフランスの国土を踏ませるもんかい。せいぜい仲良く社交ダンスでも踊っているがいいわ。とろけちまうまでね!」
 カトリーヌはパンの入った籠をひろいあげて、先へ歩いて行きました。すると、坂のいちばん高いところ、森の入り口の手前では、騎士の鎧を着たドミニクがトラクターの上で腕組みをして待っていました。そうしてカトリーヌたちがやってきたのを見るや、鉄仮面をぬいで、汗でびっしょりに蒸らした顔をさらして、言いました。
「ずいぶん時間がかかったじゃないか。もうとっくに昼を過ぎている」
「そりゃそうさ。あんたはトラクターで伯爵様気取りかもしれないがね、あたしらはあたしらで、あんたのおかした罪のつぐないをしたり、死神の仲間をお国から追放したりで、大変だったのさ」
 ジュリーは耐えきれず、くすくす笑いだしてしまいました。ドミニクは眉をひそめてカトリーヌにたずねました。
「そいつはご苦労なこったが、罪だの死神だのと、いったい何をしてきたのだ」
 カトリーヌは、してきたことをきちんと説明しました。説明を聞き終わると、ドミニクはトラクターのシートに腰を下ろして言いました。
「カトリーヌ、お前は相変わらずカトリーヌだなあ。わたしはお腹が空いてきたので、お前がチーズやバターつきのパンを持ってくるのを待っていたのだ。それをなくしちまったとは。しかも、バターは岩の傷になすりつけてきた、チーズは一つが転がったから他のを転がして呼びにやったときてる。まったくお前というやつは、本当にお人好しの大間抜けだねえ。だいたいジュリーもジュリーじゃないか。このおかたのやることなすこと、いっしょになってやってきただって。お前にもついにこの間抜けの間抜け菌がうつっちまったのかい」
「お言葉ですけどね、あんた。もしあたしにこんなことをしてほしくなかったって言うのなら、何で家を出るときにそう言ってくださらなかったのよう。言ってくださりさえすればね、あたしもこの子も、あえてお腹の空くような真似はしなかったんですもの。あんたもあんただわ、ドミニク」
「わかった、わかった。もうわかったよ。わたしも言い過ぎた。とにかく、お腹が空いたよ。パンだけでもあればありがてえや。そいつをみんなして食べようじゃないか。それにこんなかっこうでいたもので、わたしはすっかり汗をかいて喉がかわいてしまった。飲み物を持ってきているかね」
「飲み物がほしけりゃあ、飲み物も入れてくるようにおっしゃってくだすったらよかったのに。そうしりゃあたしだって、気の利いたお酒でも何でもご用意したのに」
「そうですか、そうですか。わかりました。よござんす。パンをいただきましょう。神様に感謝いたします」
 ドミニクとカトリーヌとジュリーは、草っぱらに敷布をひろげ、ゆるやかにどこまでも続く坂や段々畑や村の小さな集落や遠くのほうに小さく見える教会の塔などを見下ろしながら、飲み物もなく、バターもなにもついていないぼそぼそのフランスパンを、三人で仲良く食べました。食べながら、ドミニクがカトリーヌにたずねました。
「ところで、カトリーヌや、家を出てくるときに、戸締まりはしてきたかね」
「お言葉ですがね、あんた、それなら」とそこまで言うと、ドミニクがさえぎって言いました。
「やっぱりそうか。わたしが言わなかったからしなかったっていうのだね。やっちまったものは仕方がない。なくしちまったものは仕方がない。だからとやかく言いたくはない。だがね、これからは気をつけなくっちゃいけないよ。家をあけるときはかならず戸締まりをしなくっちゃいけない。なぜといって、あの扉一枚しっかり閉じてなかったら、うちは誰彼かまわず入いれちまうのだからね。そうなると防犯も何もない。どろぼうだって入っちまう。しかしあの扉一枚しっかりしてりゃあ、だあれも入れっこないというわけだ。今すぐ家に戻って、戸締まりをしてこなくちゃいけないぜ。お前さんの俊足ならここまで往復するのに二十分もかからないだろ。なんといったって、お前さんはじっさいちょっと前にここまで来て、それからまたうちまで帰ってきたんじゃないか。あのときは二十分もかかっていなかったのだからね。ついでに何か飲み物も持ってきておくれ。それからちょっとした食べ物も。そうだなあ、干しぶどうがたくさんあったろう、あれを持ってきてくれや」
 カトリーヌは、自分がとんちんかんで家を出るときに戸締まりをしなかったのは悪いと思いましたので、それならひとっ走り行ってきますよと言って、走って家に帰りました。ジュリーは少し気の毒になって、ドミニクがトラクターで帰ればいいのにと思いました。ところがドミニクもさるもので、ジュリーの気持ちを察して言いました。
「いいのだよ、ジュリー。カトリーヌにはあきれたもんだが、やっぱり一つ一つ、女房のやることを教えていかなけりゃいけない。あいつは小さい頃に母親を亡くしていてね、嫁入り修行というのがまるぎりなっていないのだ。だがね、わたしはもう腹を立てるのはやめにするよ。あいつもあいつなりに一生懸命なのだからね。そのくらいはわたしだってわかっているつもりなのさ」
 それから二人は無言で待ちました。けれども二十分たってもカトリーヌは戻ってきませんでした。何かあったのかもしれないと、二人とも気が気でありませんでしたし、お互いの不安はよくわかりましたけれども、それでも待ち続けました。
「あいつめ、腹立ちまぎれに扉をこわしたりしていないだろうかね」
 と、ドミニクが言いました。そうしてもう二十分ほど待っていましたら、坂の下からカトリーヌののぼってくる姿が見え、二人は立ち上がりました。しかしよく見ると、カトリーヌは何かばかばかしく大きな四角いものを背中に背負っています。近づくと、それが何だかわかりました。二人とも、見覚えがありました。なんとそれは、家の玄関の水色の扉そのものだったのです。カトリーヌは二人に手をふりました。二人は不安などふきとんで、顔を見合わせて大笑いしました。それから手をふって答えました。
「カトリーヌ、念のためにきくが、そいつぁいったい、どうしたのだい」
「ドミニク、あたしの名案を気に入ってくれるとよいのだけど。家の扉が気になって外出もできないっていうんじゃ、気の毒だわ。人間様がこんな板っきれにへこへこしていたんじゃ、情けないじゃないの。そこでね、そんなに気になるならね、いっしょに持ってきちまえばいいって思ったのさ。思いついたときにはあたしゃ我ながら嬉しくって涙が出そうになったくらいだよ。嘘じゃないよ。だってね、これでもう、あたしもあんたも、戸締まりのことで気はもまなくてすむ、小さなことでケンカはしなくてすむ、家は家で風通しが良くなるってわけじゃないかい」
「ちげえねえや! おれあまた、本当にできた女房を嫁にしちまったもんだ。だけどカトリーヌ、そいつはそのままお前が背負っていなよ。わたしは鎧を着ているせいで、お荷物は持てないのでね」
「ああ、いいですとも。あたしはいつだってあんたの言うとおりにしています」
 カトリーヌは、他にも干しぶどうの袋と、大きなペットボトルを二つ持ってきていました。ペットボトルの一つには、水が入っていました。もう一つはお酢でした。「お酒と間違えたの」だと本人は言いました。
「さあ、喉をうるおしたら、いよいよ森の中を探索だ。暗くなる前に見つかるといいのだがね」
 ドミニクがそう言うと、ジュリーはポケットの中から、こんなこともあろうかと用意しておいた懐中電灯をとりだして、二人に見せました。
「こいつは驚いた。お前は天使か何かじゃないだろうね。でなければ、魔法使いだ。おそれいった。わたしたちは騎士と王女と魔法使いの御一行様だね」
 三人は森の中に入っていきました。ドミニクもカトリーヌも、この森は子どもの頃からの遊び場ですから、ちっともこわくありませんし、道もわかります。しばらくは幅の広い道が続きました。それがとぎれるところで、案の定、セールスマンを装っていた憎き悪党どものワンボックスカーが見つかりました。悪党どもは車の後ろの扉をはねあげて、中でワインをやりながらお金の勘定をしているところでした。ドミニクたちはまだ離れたところにいましたが、薄暗い木陰に隠れてしばらく様子をみることにしました。
「まさかこれほどあるとは思ってもいなかったな、あにき」
 と言ったのは弟のロベール。
「だから言ったろう。田舎にはこういう金を持った年寄りがいるのさ。しかも銀行なんかにゃあずけねえのが田舎者でな。現ナマをねらうなら、田舎と決まっているのさ」
 と言ったのは兄のルナール。
「まったくだ。なあ、ピエールのだんな、お前さんも街でコンビニ強盗なんてシケた商売してるよか、おれたちルノー兄弟とグルで仕事したほうが、泥棒冥利につきるってもんだろう」
 ピエールは無口な男ですので、うんともすんとも答えませんでした。
「まあいいや。村へ来てから一軒目でこの稼ぎとは幸先がいい。次はどの家を狙うんだ、あにき」
「この村はこれでしめえにするのさ」
「なんだって、欲のねえ泥棒だ。この村ならおんなじような年寄りの家や遺産をそのまま現金で隠してるような家がごろごろしてるんじゃあねえか」
「こういう田舎はな、すぐに噂が広まっちまうんだよ。それにそもそも田舎者はよそ者には警戒心が強いからな。これ以上ここで商売しようったって、都会でやっていたようにはうまくはいくめえ。次はべつの村だ」
「まったく、泥棒稼業も楽じゃあねえや。遊牧民みたようなもんだね。食える牧草がなくなりゃあ、べつのところへ行って、またなくなりゃあ、またべつのところへ行って、フランス中、果てしなく旅を続けにゃならねんだろうな。おかげで地理の試験なら誰にも負ける気がしねえ。特産品も地酒も、何だってわかるぜ。おっと、ちょいともよおしてきた。御用だぜ。失礼」
 ロベールは車からおりて、「ラ・マルセイエーズ」を歌いながら、よたよたと暗がりのほうへ歩いていきました。
「あんまり遠くへ行くなよ」
 と、ルナールが声をかけました。
「おれあ、人に見られると、小便ができねえたちなんだよう、あにき、知ってるだろう」
 ロベールは、ルナールたちからも見えないところまで来て、用を足そうとしました。すると向こうのほうに何かのっぺりしたものが立ちはだかっていることに気づきました。暗がりの中に、なぜか扉が一枚ぽつねんと突っ立っているのです。ロベールは不思議に思って扉に近づいていきました。そうして目と鼻の先まで近づいて、舐めるように扉をしげしげと見ていましたが、そのとたん、扉が向こうからぴーんと勢いよく開いたものです。ロベールは鼻の頭をおもいきりぶつけて、その場にあおむけに倒れて気を失ってしまいました。扉を開けたのはドミニクでした。カトリーヌとジュリーが木の陰から出てきました。

ドミニクはロベールの体を引きずって、いい加減な木に縄でしばりつけてやりました。
「ジュリーはここに隠れておいで。あとはわたしとカトリーヌで何とかするよ。何かあったら懐中電灯で合図をするんだよ」
 ドミニクはそう言って、カトリーヌを連れて悪党どもの車のほうへ行ってしまいましたので、ジュリーは扉を木に立てかけて、自分は木陰に隠れて留守番をしなければいけなくなりました。
 さて、車のほうでは弟の帰ってこないのが気になって、ルナールがピエールに指図して様子を見にいかせました。ピエールは用心深く遠回りをしていきましたので、ドミニクたちとは会いませんでした。一方、ドミニクたちのほうは車のそばまで辿り着き、めいめい近くにあった別々の木に登って様子を見ることにしました。ドミニクはカトリーヌのほうへ紙コップをなげました。カトリーヌはそれをうまく受け取り、糸をぴんと張りました。
「聞こえるかい、カトリーヌ。小さい声で話すんだよ。それからね、わたしの言うことがわかったら、カトリーヌ、ラジャーって言うんだよ。ほら、家でスパイごっこの練習をしていたろう。あれを思い出すんだよ」
「ああ、聞こえてるよ、ドミニク。あんたのほうこそ声が大きくはなあい? あ、カトリーヌ、ラジャー」
「いいかね、カトリーヌ。悪党のやつめが車から出てきたら、まず、干しぶどうの雨を降らせてやるんだよ」
「カトリーヌ、ラジャー。スパイごっこの成果を見せてやるわ。だけどね、ドミニク、あたしは干しぶどうなんかより、このペットボトルのほうが重たくて重たくて、なんとかしたいんだよ」
「そいつはもうちょっと待ってなよ」
「カトリーヌ、ラジャー」
 ところでルナールはピエールや弟のロベールが戻ってくるのを待つような人間ではありませんでした。一人で車からおりてくると、辺りのようすをうかがって、それから運転席のほうへきて、財宝を独り占めして逃げだそうとしたのです。
「今だ、カトリーヌ、干しぶどう降らせ」
「カトリーヌ、ラジャー」
 ルナールが乗りこもうとすると、頭の上から何かがばらばらと降ってきました。まさか干しぶどうだなんてわかりませんから、ルナールの驚いたこと驚いたこと。頭も肩も体中をはたいて、ついてもいない未知の物体をはたきおとそうとしました。それから上を見上げて、何がいるのか確かめようとしました。
「カトリーヌ、ペットボトルの中身をぶちまけちまいな」
「カトリーヌ、ラジャー」
 ルナールの顔に、こんどは本当の雨が降ってきたようでした。でもこれは水ではありません。カトリーヌはお酢の入ったほうのペットボトルを開けて、ぐるぐる回しながら中身をぶちまけたのです。ルナールの目の中に、お酢が入ったからたまりません。ルナールはうめきごえをあげて、車をつたって反対側に回りましたが、そこはドミニクの登った木の真下です。ドミニクは雄叫びをあげ、ルナールめがけて飛び降りました。騎士の鎧を着た男がかぶさってきたのですから、これでは誰だってひとたまりもありませんね。ルナールは気を失ってしまいました。
 森の奥ではこの騒ぎをピエールが聞きつけていました。それで、戻ろうとしましたら、何かにけつまづいて転んでしまいました。よく見ると、それは気を失ったまま木にしばりつけられたロベールです。ピエールは驚いて後ずさりしました。すると、こんな森の中にあるはずのない扉にぶつかりました。ピエールは扉を開けようとしました。そのとたん、扉はむこうからぴーんと開いて、ピエールの鼻面にぶつかりました。これはもちろんジュリーがやったのです。
 しかしピエールはそのくらいではへっちゃらで、ジュリーの腕をがっしりとつかんで、吊し上げました。ジュリーはあまりの痛みに叫びたい気持ちでしたが、声は出ません。
「おめえはあの家にいたチビだな」とピエールが低くがさがさした怖ろしい声で言いました。「するってえと、あの女も、それからその亭主も、金を取り戻しにきたってわけか。だがこのおれにつかまったのは運が悪かったな。おめえを人質にしてやるぜ。声を出すんじゃあねえ。なんだ、声も出やしねえほどびびってやがんのか。悪党をばかにすると痛い目みるってことがよくわかったろう。ところで他に仲間はいるのか。警察はいるのか」
 ジュリーは答えません。
「何とか言ってみろ。おめえらは何人だ。ロベールもルナールもやりやがって、一人や二人じゃねえだろう。言え!」
 ジュリーは答えません。
「ははあ、わかったぞ。おめえは家にいたときから一言も喋らなかったな。口がきけねえと見たぜ。そうだろう」
 ジュリーは答えません。
「それならなおさら都合がいい。このままおまえを人質にして逃げるにはな」
 ジュリーはこっそりとポケットに入れておいた懐中電灯を取り出して、スイッチを入れたり消したりしてみましたが、電気は点きませんでした。電池が切れているのです。何度も電源を入れたり切ったりしているうちに、ピエールに見つかってしまいました。
「このガキめ。合図をしようとしていたな」
 ピエールは懐中電灯をとりあげました。それだけでなく、その懐中電灯でジュリーの頬を容赦なく殴りつけました。ジュリーは口から血を流して痛いおもいをしましたが、怖くてがたがたふるえるほかに、なすすべもありません。
「ついてこい。変な真似したら歯を全部へしおってやるからな」
 こうして、ジュリーは仕方なくこの悪党に連れられて、ドミニクたちのいる車の見えるところまでやってきました。そのときドミニクとカトリーヌは、ルナールを木にしばりつけ、車の後ろの扉を開けて、財産を取り戻したところでした。
「カトリーヌや、わたしたちの財産はとりもどしたよ。ジュリーのところへ行こう」
 ドミニクが車から降りて言いました。カトリーヌはまだ車の中にいて、答えました。
「あいよ、ドミニク。だども、お前さんは一つ忘れているよ。悪党は三人だったんだ。もう一人、どっかにいるはずだがね。カトリーヌ、ラジャー」
「カトリーヌ、ラジャーはもういいよ。それもそうだ。すると、もう一人はどこへいったのだろうね」
「そうねえ、あんたの後ろのほうにいるそいつとよく似た男だったがねえ。でもあいつが子連れとは思えないねえ」
 カトリーヌには、それがそれとは分かりませんでしたが、暗がりの中に立つピエールとジュリーの姿が見えていたのです。ドミニクがあわてて振り返ると、やっぱり二人がそこにいました。
「ジュリー」
 ドミニクは悪党につかまったジュリーの姿を見てびっくりです。ピエールはジュリーを太い腕でしっかり抱えこんで、言いました。
「妙な真似をするなよ、亭主。ばかな女房をもったお前には同情するぜ。その金を箱につめたら、こっちへよこせ。そうすりゃあガキの命は助けてやる」
「驚いた、あんた、あれは本当にあの悪党だよ。それに、いっしょにいるのはジュリーだよ。ああ、ひどい目にあわされたものね。考えてみりゃ、あの子をここまで連れてくるこたなかったんだわ。あの子にもしものことがあったら、あたしたちのせいじゃないか。お金なんか、あいつにくれちまおうよ」
「お前の言うとおりだ、カトリーヌ。あの子を危険な目にあわせたのは他ならぬわたしたちだ。こんな財産で救えるのなら、ご先祖様も親父たちも喜んでくれるだろうよ」
 ジュリーは首を振って、この男にお金をわたしてはいけないと伝えようとしました。お金を手に入れても、男が自分を解放するとは信じられなかったからです。
「つべこべ言ってんじゃねえ、早くよこせ」と言ったのはピエール。「箱を持ってくるのはそのばか女のほうだ」
 カトリーヌは、お金の詰まった箱を持って車から出てくると、それをピエールの近くまで持っていきました。
「ようし、そのまま五歩うしろに行け」
 カトリーヌはそのとおりにしました。ピエールはジュリーを抱きかかえたまま、箱に近づき、用心深く、素早くそれを拾い上げました。
「あばよ、とんちんかんの奥さん。口のきけねえ人質は、このままもうしばらく使わせてもらうぜ」
 そう言うが早いか、ピエールはジュリーも抱きかかえたまま走り去りました。ドミニクとカトリーヌはピエールを追いかけました。いいですか、みなさん、本当にカトリーヌは足が速いのです。ドミニクをさしおいて、カトリーヌは走りました。そうして森を出たところで、ピエールに追いつくと、無我夢中で飛びついたものです。これでピエールは倒れましたし、ジュリーはピエールからようやく離れて、月に照らされた草っぱらにころがりました。
「なんてばかな女だ。わざわざこのおれにぶちのめされにきやがった」
 ピエールは、腹立ちまぎれにカトリーヌの左の頬をひっぱたきました。それでもカトリーヌはピエールの足にしがみついて、はなそうとしません。ピエールは右の頬をひっぱたきました。カトリーヌはまだピエールの右足にしがみついています。ジュリーは声をしぼり出してドミニクを呼ぼうとしましたが、どんなに叫ぼうとしても声は出ませんでした。そうしているうちに、ピエールは左足でカトリーヌのお腹を蹴飛ばしました。それから何度もひっぱたいたり、蹴ったりしました。
 ドミニクがやってくるまでのほんの十秒か十五秒の間が、ジュリーには十時間にも十五時間にも感じられました。ドミニクがやってきたとき、カトリーヌは力尽きてピエールから離れ、草のうえにころがりました。ピエールは逃げようとしましたが、そこへドミニクが鉄仮面をとって投げつけましたら、うまいことピエールの頭にぼかんと命中しました。これにはたまらず、ピエールは気を失ってのびてしまいました。
 ドミニクとジュリーはやはり同じようにのびているカトリーヌのところへ駆け寄りました。ドミニクは、カトリーヌの胸に耳を当てて言いました。
「気を失っているだけだよ」
 それからドミニクはピエールの手足を縄で頑丈にしばって、トラクターにくくりつけました。そうしてカトリーヌをおぶって、ジュリーを連れて坂道をおりていきました。

 家に着くと、扉のない玄関ではスピッツ犬のジェラールが吠えたてていました。ドミニクはカトリーヌをソファーに寝かせて、ジュリーには毛布をとってこさせ、自分は救急箱を持ってきて、最初にジュリーの口の中に綿を入れて、傷口の手当をしてやりました。それからカトリーヌの顔や体の傷を調べて、傷口をきれいにしたり、打ちつけた場所には氷をあてて冷やしたり、濡れた布巾で顔をなでてやりました。ジュリーもカトリーヌに寄り添っていました。ドミニクが言いました。
「あの悪党どもはしばらくは動けまい。警察に知らせるのはあとでいいさ。まったく、ひどい目にあったよ。いや、わたしがカトリーヌやお前をひどい目にあわせてしまったようなものだね、ジュリー。一人だけこんな鎧を着て、怪我もせず、結局しまいに役に立ったのは鉄仮面だけさ。あいつにつかまったときは怖かったろう、ジュリー。わたしだってこわかったよ。お前がどうなるかわかったものじゃあなかったし、大の男が、女の子も自分の女房も守れないなんて、まったく情けないじゃないか。それにひきかえ、こいつは、カトリーヌは怖いものなしであの大男に飛びついていったね。いや、怖くないはずはない。これだって女だからね。怖かったはずだよ。ただ、お前を助けるために必死だったのだろうね。それに、わたしがこのお金の入った箱を大事にしていたものだから、何とかしてとりかえさなけりゃいけないものと思っていたのだろうね。本当に、この子はね、カトリーヌは、まっすぐだろう。優しいだろう。わたしはこいつがいなかったら、もう生きてはいかれないよ。結婚したときは何とも思っていなかったがね、わたしはこれが好きで好きでどうしようもないよ。親の決めた縁談とはいえ、わたしはカトリーヌと結婚して、心底よかったと思うよ」
 ドミニクはカトリーヌの額に、そっとキスをしてやりました。するとカトリーヌが目を覚ましました。
「あら、王子さま。あたしを見つけだしてくだすったのね。ここはどこですか」
 ドミニクは顔を明るくして、一度ジュリーのほうを見て、それからカトリーヌに言いました。
「姫、あなたはわたしのそばにいる」
 カトリーヌはそれを聞くと、満足そうに微笑みました。そうしてジュリーが自分に寄り添っているのを見て、言いました。
「あら、ジュリー、ケガしてるのね。ほっぺたが綿でふくらんでいるからわかるわ。ひどいことをされたのねえ。でももう大丈夫よ。あたしたちには王子さまがついているのだものね」
「カトリーヌ、ありがとう。あなたが助けてくれたのよ」
「そうだったっけ。あら、何だかあなたの声を初めて聞いたような気がするわ」
 カトリーヌははっとして、勢いよく起きあがりました。ドミニクも驚いて、立ち上がりました。
「ジュリー、あなた、今、自分の声で言ったのよねえ!」
「ああ、そうだわ。あたし、自分の声でしゃべっているのだわ、カトリーヌ。ああ、何だかおかしい。自分の口じゃないみたいよ」
「そうよ、あなた、しゃべれるんだわ。声が震えているけど、あたしたちと同じように、またしゃべれるようになったんだわ。よかったわねえ、ジュリー。ねえ、こっちへいらっしゃいよ」
 カトリーヌはジュリーを抱き寄せました。そして赤いほっぺたをジュリーの頭にこすりつけて、髪をなでてやりました。
「ねえ、ドミニク、あんたもこの子の声、聞いたでしょう」
 ドミニクは開いた口がふさがらぬといったふうで、ぽかんとして黙っています。
「あらいやだ。こんだ、うちの人がしゃべれなくなっちまったみたいだよ」
「ドミニク、ありがとう。あたし、声が出るようになったわ。どうしてだかわからないけど、きっとあなたたちのおかげよ」
 ドミニクはやっぱり声が出ませんでした。ただ、顔をくしゃくしゃにして泣いていました。それから、あんまりいろんなことがあったので、気が遠くなって、ばたんと倒れてしまいました。カトリーヌとジュリーは、いっしょにドミニクの鎧をはずし、二階のベッドに運んで寝かせてやりました。
「この人はね」とカトリーヌが言いました。「お百姓のくせをして、いつか本当に騎士になることをずっと夢見ていたのさ。それで毎晩欠かさずに鎧兜の手入れをしていたのよ。かわいい人。子どもの頃からちっともかわっていないわ。あたしがどんなに間抜けでとんちんかんでも、この人だけはあたしを長い目で見守ってくれたわ。フランスで、いいえ、世界で一番やさしくて強い騎士なのよ。あたしのドミニク。ドアを壊してごめんね。新しいのをこしらえましょ」
 カトリーヌはドミニクにそっとキスをしてあげました。するとドミニクが目をさましました。カトリーヌはもういちどドミニクにキスしました。ドミニクもお礼とばかりにカトリーヌにキスしました。カトリーヌは仕返しとばかりにまたキスをしました。ドミニクも負けじとキスをしました。二人は何度もキスを繰り返していったので、キスはだんだん激しく長くなっていきました。そのうちドミニクはカトリーヌのスカートをまくって、太ももをなではじめました。カトリーヌはドミニクのシャツをひっぺがしました。二人はキスをしたままで、ベッドの上で転がり始めました。
 おっと、これ以上はよい子のみなさんは見てはいけませんよね。ジュリーもなんとなくそう思いましたので、部屋を出て、階段をおりて、台所を通って、扉のない玄関を出て、ポーチのベンチに腰かけました。スピッツ犬のジェラールがやってきて、ジュリーのひざをつんつんと突っつくので、ジュリーはお腹が空いているのだと思い、もういちど台所へいって、焼いてないソーセージを持ってきてやりました。
「ジェラール、あたし、しゃべれるのよ。もうしゃべってもいいんだわ。だからってあたしのことを馬鹿におしでないわよ。そうすればこれからもずっとお友達でいたげる」
 やわらかい月あかりの川が、山のほうから音もなく流れて、ジュリーのいるベンチを、ドミニクとカトリーヌの家を、クロカンブッシュの村を包んでいきました。二階からは、ドミニクとカトリーヌがお互いの名を呼ぶ激しい声が、何度も聞こえてきました。
「ドミニク!」
「カトリーヌ!」
 本当に、どうしてジュリーがしゃべれるようになったのか、それはジュリーにもわかりません。パスカル家に来てから、ジュリーはパパやママに知られたらいけないような悪いことをしました。牛乳も、コーラも飲みました。アイスも、べろが紫色になるガムも、冷凍食品も、プリングルスも食べました。シャンプーで髪を洗いしました。床で寝たりました。家出もしたし、バターで岩の傷をうずめたり、チーズを転がしたりもしました。だからどうしてしゃべれるようになったのかわかりません。けれどもこの日の出来事は、たとえ日記に書かなくても、一生忘れないことでしょう。
 また、この夜からジュリーはパスカルおじいさんとおばあさんのベッドで眠ることができるようになりました。ドミニクとカトリーヌの声が聞こえなくなってから、そっと自分の部屋に入って、下着になって体を布団のなかにすべらせると、思っていたようなごわごわした感触はほとんどなく、寝心地はまんざらでもありません。それどころか久しぶりにベッドで寝る心地よさに、思わず笑みがこぼれました。ジェラールは相変わらず、床の上で丸くなって寝ていました。






 5 カトリーヌ、悪魔にまちがわれる

 お話はまだ続きます。フランス中の都市を荒らし、全国で指名手配になっていた札付きの悪党ルノー一味が、フランスいち平和な田舎の村クロカンブッシュでつかまってから、何日かが過ぎました。
 フランスいちへんてこな夫婦ドミニクとカトリーヌは、フランスいち平和なこの村で、誰にも邪魔されず、貧しいながらもごきげんな毎日をおくっています。ケンカをすることもありますが、ルノー一味をこらしめたとき以来、二人はとっても仲良し。でも、人の気持ちなんて、うつろいやすいものですね。妻カトリーヌの相変わらずのおっちょこちょいとぐうたらに、夫のドミニクも最近は少しご不満気味の様子。夏も終わりに近づいて、ときおり香ばしい涼しい風が、山のむこうで順番待ちしている秋を人々に思い出させるようになってきたある日のこと、ドミニクは、畑仕事の道具の入った籠を担ぎながら、カトリーヌに言いました。
「カトリーヌや、わたしは仕事に行ってくるよ。なんといって、わたしの仕事は畑仕事だからね」
「あら、そうかい」とカトリーヌはソファーに寝そべったまま言いました。「じゃあ行っていらっしゃいよ、ドミニク」
「ああ、行ってくるよ。お前も何か、仕事らしい仕事をしなくっちゃいけないよ。ほらごらん、ジュリーのやつは朝ご飯の片づけを一人でやっているじゃあないか」
 そうです。居候の女の子ジュリーは、すっかりこの二人との生活にとけこんで、家族の一員のように健気に働いているのです。彼女がこの家にあずけられた日に持ってきた本はもうすべて読みあきてしまいましたし、他にやることもないものですから、最近はお手伝いばかりしています。ジュリーの両親はお仕事で南米に行っているあいだ、ドミニクの両親に自分たちの畑の世話も頼んでおいたのですが、そのドミニクの両親は亡くなってしまいました。親切なドミニクは自分の畑の仕事をしながら、たった一人でジュリーの家の畑も面倒を見ているのですから、ジュリーもドミニクの奥さんのお手伝いくらいするのが義理というものです。
「あんた、知らないのかい、ドミニク」とカトリーヌが言いました。「今日はね、働くと悪魔がでる日だよ。あたしゃちゃんと知ってるんだからね。教会でもそう言っているじゃないか」
「ばかをいっちゃいけない。そんなのは古い言い伝えでね。二十一世紀の世の中に、悪魔なんてもなあ、いないのだよ、カトリーヌ。おまえは自分が働きたくないものだから、そんな迷信を持ち出したね」
「人聞きの悪いことをいいますのねえ。あたしのおばあさんはね、貧しかったから、この日に畑に出ていったんだよ。そうしたら、悪魔を見たって、言っていたよ」
「へえ、大したもんだ。悪魔なんてものがいるなら、お目にかかってみたいよ」
「あんた、そう軽々しく悪魔悪魔というもんじゃないよ。昔から言うだろう。悪魔を口にすると悪魔が出るってね」
 カトリーヌはこんなことを言って、いっこうに重い腰をあげて仕事をしようとはしません。ドミニクはジュリーを見て肩をすくめると、新しくしつらえたばかりのピンク色の扉を開けて出ていこうとしました。この扉は、わけあってしばらくの間なかったのですが、秋が近いからということで最近ようやくドミニクがとりつけたのです。
「そうだ」とドミニクは言いました。「カトリーヌや、お前もわたしといっしょに畑仕事をしようじゃないか。ジュリーのうちの麦畑だがね、この夏の間に余計な草でぼうぼうなのだ。親のした約束とはいえ、わたしたちも責任をもってその草を刈らねばならんというわけだが、いかんせん、わたし一人では手が回らない。そこでね、カトリーヌ、農作業や草刈りがどんなに楽しいか、お前に教えてあげよう。ジュリー、お前さんもおいで」
 そんなわけで、カトリーヌはドミニクの言うとおりに草刈りをすることになりました。ジュリーも自宅に帰って本をとってこられると思いましたので、鎌を持って手伝いにいきした。

 ジュリーの家の麦畑は、けっこうな広さがありました。草刈りも午前中では終わらず、弁当を食べて、午後も続けられました。カトリーヌは最初からああでもないこうでもないと小言を言いながら草を刈っていましたが、次第しだいに口数も減っていきました。
 ご飯を食べてしまったせいもあって、カトリーヌはまた気だるくなってきて、眠たくて眠たくてしかたがありません。ざっくりざっくりと乱暴に草を刈っているうちにも、まぶたがゆっくり閉じたり開いたり。だんだん閉じている時間のほうが長くなって、頭が半分夢の中にあったのでしょう、草とまちがえて自分の着ている服やエプロンをざっくりざっくり切りさいていきました。それでもやっぱり眠たくて、ついに草の中に寝ころんで、そのまま眠ってしまいました。
 遠くのほうで草刈りをしていたジュリーはカトリーヌの姿の見えないのに気づいて、ドミニクを呼びにいきました。二人で探してみると、草むらの中でいびきをかいているカトリーヌを見つけました。それも、服はほとんど元の形を失っている、体じゅうに草がまとわりついている、髪の毛も乱れて角が立ったようになっている、一言で言えば目も当てられない姿です。ドミニクが言いました。
「初めての仕事で疲れたにちがいない。こいつはもう少し寝かしといてやろう。それにしてもひどい格好だ。こんな姿で村の人たちに見られるのもよくない。暗くなってきたら起こしてやるとしよう。ところでわたしはこれにかわって晩ご飯の支度をしに家に行かなければならないが、おまえさんはどうするね、ジュリー。おまえさんこそだいぶ疲れたのではないかね」
「このくらいへっちゃらよ、ドミニク。それどころか楽しくなってきたところよ。こう見えてもあたしだって農家の娘なのよね。もう少しやっているわ。夕方になったらカトリーヌを起こしていっしょに帰るから、心配しないで家にいて」
「そうかね、そうかね。それならそうするがいいよ。ただ、カトリーヌのいるあたりは、このままにしておいてやっておくれ。はたから見られたんじゃ気の毒だからね。さて、それじゃあ、わたしは帰ってシチューでも作るとしよう」
 ドミニクはまっすぐに家へ帰っていきました。ジュリーはひたむきに草刈りを続けました。カトリーヌはいびきをかいて寝ていました。伸び放題に伸びた草はときにジュリーの背丈よりもありましたので、束にしても相当な大きさになりました。夕方になると、畑のあちらこちらに大きな草の束の山がいくつもできて、それぞれの足下から長い陰が伸びました。
 さて、ようやく終いの一段落がついたというときになってジュリーがカトリーヌの寝ているあたりを見ると、カトリーヌはちょうど自分でむっくりと起きて、辺りを見渡しているところでした。それから自分の姿を見て、大きな声で言いました。
「なんだい、この人は。いったい、どうしちまったんだろうねえ! こんなずたぼろの格好をして、地獄のようなおかしな土地にぽつねんとしているなんて、まるで悪魔みたようじゃないか。これが本当にあたしなの。いいや、カトリーヌじゃあないね。そうだろう、カトリーヌなんかじゃあないね。あんれ、待てよ、それじゃあカトリーヌはどこにいったんだろうねえ。そうとも、じゃあ、あたしはどこにいったのかしら。これは大変だわ。確かめなくっちゃいけない」
 カトリーヌは一人でそう合点して、いそいで畑を出ていきました。ジュリーは追いかけようとしましたが、いかんせん、相手は足の速いカトリーヌですから、追いつけるはずもありません。それで、とりあえず道具をまとめていそぎ足で帰りました。といってジュリーの家の畑からドミニクの家までは二時間はかかります。
 家に帰ってくると、ドミニクの作るシチューのいい匂いがしました。ジュリーが台所に現れたとき、ドミニクはドミニクでジュリーが一人で帰ってきたのを見ましたし、ジュリーはジュリーでドミニクが一人で台所にいるのを見ましたので、二人はまったく同時にこう言いました。
「カトリーヌはどうしたの?」
 それから、ドミニクが先に言いました。
「まだ、帰ってきてはいないがね。お前さんが起こして、いっしょに帰ってくるんじゃなかったかね」
「それが、カトリーヌは起きたには起きたんだけれどね、自分の格好を見て、これが自分とは思われない、確かめなくっちゃといって一人で先に帰っちゃったのよ。だから、もう来ていると思ったのだけど」
 ドミニクはおたまを床に落としてしまいました。
「まさか、じゃあ、まさか、ああ、まさか、じゃあ、あれがカトリーヌだったんだ。少し前にね、わたしが料理をしていたら、どんどんとドアを叩く音がしたのだ。それから、しわがれた女の声で、『ドミニクさん、ドミニク・パスカルさん』と呼ぶのがきこえた。わたしが、ここにいる、今は手がはなせないと答えると、その声は言った。『あのう、ちょっとおたずねしますが、おたくのカトリーヌさんはこちらにいませんか』と。カトリーヌなら今ごろ畑で昼寝でもしているかと思いますがねえと、わたしものんきに答えたものだ。するとその女の人は、『そうでがんすか、どうも本日はありがとうございました』と間の抜けたお礼をいって、そのままどこかへ行ってしまったのだよ。あとになって、ありゃ誰だったのかと気にはなったが、やっぱり、そうだったのか。カトリーヌだったんだ」
「それじゃあ、どこに行ったのかしら。あたし、途中では会わなかったわ」
「きっと村のほうに行ったのだろう。こうしちゃおられない。探しにいこう」
 ドミニクはシチュー鍋をオーブンに入れておいて、ジュリーを連れてカトリーヌを捜しにいきました。いちばん近いパトリスの家を訪ねると、パトリスのおかみさんのジャンヌは言いました。
「ああ、カトリーヌなら、さっき来たのがたぶんそうだよ。どんどんと扉を叩く音がきこえたのでねえ、誰かときいたら、あたしゃ悪魔だよ、何かよこさないと不幸が起こるよ、なんていうから、だったらさっさとどこかへいっちまいな、お前なんかにやるものはないよと言ってやったのさ。そうしたら、何にも言わずに去っていったよ。あんたが捜しているくらいなら、きっとあれがカトリーヌだったんだ。まったく、おまえさんも苦労が耐えないねえ、あんな女房をもって、おっと、そんな言いかたもなかったね、どうか気を悪くしないでおくれよ。うちもできることがあれば協力するからね」
「そうかい。それならお言葉に甘えて、おたくの軽トラックを借りられないかね。うちのはとっくの昔に故障しちまってね」
 ジャンヌはパトリスを連れてきて、二人でしばらく相談しました。パトリスは、わかった、そのくらいはいいだろう、ドミニクとは昔からの友だちだからねと言って、トラックを貸してくれました。
 それから百姓仲間のマルクの家を訪ねました。マルクの家でもおかみさんが出てきて、ジャンヌと同じようなことを言いました。ここでもドミニクは「苦労が耐えないねえ」という言葉をもらいました。ですがみなさん、これは同情というのでしょうか。あわれみというのでしょうか。それともべつの気持ちがこもっている言葉なのでしょうか。このお話を読み終えたら、少し考えてみてください。
 次はガラス職人のゴダールさんの家、その次はパン屋のフランソワの家、そのあとは猟師のマチューの家と、何軒か訪ねましたが、どこでも同じ話を聞かされました。年寄りのデュヴィヴィエ夫妻の家では、おまえはカトリーヌではないかいと尋ねたところ、あたしはカトリーヌではなくなったよ、あたしゃ悪魔だよと言ったそうです。数々の証言から状況を推察するに、カトリーヌは、

・自分のことを悪魔だと思いこんでいる
・方々の家を訪ねては追い返されている
・あられもない姿で村をうろついている


という点でドミニクとジュリーの意見は一致しました。
「それから、もうじき日が暮れて真っ暗になるってこともね」と、ドミニクがつけ加えました。
 二人は教会のそばを通りかかりました。すると教会の裏庭を隔てる壁の前で、神父さまと修道士がひそひそ話をしていました。ドミニクとジュリーはトラックを降りて、神父さまたちに声をかけました。神父さまたちは少しばかりおどろいたようすで、振り返りました。修道士がドミニクたちを手まねきしました。行ってみると、修道士は真っ青な顔をしていましたし、年寄りの神父さまは十字架を握って悪魔祓いの言葉をぶつぶつとつぶやいている始末です。修道士が言いました。
「実はですね、裏庭のカボチャ畑に、得体の知れないやつがいるのです。近所の人が知らせてくれたのですが、どうもこのあたりで悪魔が訪ねてきたっていう家もあってね、心配して見にきたところです。だけどあれをごらんなさい、あれは本当に本の挿し絵にも載っている悪魔にそっくりじゃないか。いや、あれこそ悪魔なんだ。だから今日は一日誰も働いてはいけないと言っておいたのに。最近はみんなそんなのは迷信だとかいって信じないから、悪魔のやつめが怒って出てきたのですよ。見なさい、悪魔めがカボチャをもぎとって食べようとしていやがる。あなたがたも早く祈りなさい」
 ドミニクは背伸びをして裏庭のカボチャ畑をのぞきました。ジュリーもそばにあった木箱の上にのって、畑をのぞきました。薄暗がりの中で、たしかに何かが動いています。二人はお互いに顔を見合わせて、まちがいないと合点しました。それからドミニクが神父さまに言いました。
「神父さまよう、わたしらにはあれが悪魔だとは思えませんだ。ここからでは暗くて遠くてよく見えません。だけんど、もし悪魔だとしたら、近くに行って確かめるのもおそろしいことですので、どうぞ神父さまが行って、確かめてくださらねえだか。神父さまなら神のご加護がおありでしょう」
「それがね、おまえさん、私は膝を悪くしていて、思うように歩けないのだよ」
「それなら、修道士のかた、あなたが行って見てきてくださらねえかのう」
「いやいや、私もまだ修行の身。神父さまのような悪魔祓いの力はないのです」
 するとジュリーが言いました。
「それなら、こうすればいいわ。修道士さまが神父さまをおんぶして見にいくのよ。そうすれば、神父さまはあすこまで行かれるのだし、修道士さまも神父さまがいてお心強いでしょうに」
 そう言われると、この真面目なキリスト教徒たちはぐうの音も出ず、ジュリーの言ったとおりにしました。ドミニクは壁のはしっこにある木の扉を開けてやりました。修道士は神父さまをおんぶして、おそるおそる畑に足を踏み入れていきました。それで、遠巻きに遠巻きに例の悪魔の様子をうかがっていましたが、悪魔はしばらく身動きをとらなかったので、どこにいるのかもわからなくなりました。修道士たちはほとんど動かずに悪魔のいたあたりを眺めていましたが、ドミニクたちが壁の上から頭と手を出して、もっと近くに寄れと合図するものですから、しぶしぶ近づいていきました。すると、突然、悪魔の影がむっくりと立ち上がりましたので、修道士は驚いてしりもちをついてしまいました。それで神父さまも修道士もこわくなって、裏庭から逃げ出したのですが、膝が悪いと言っていた神父さまのほうがいっしょうけんめい走って先に行ってしまいましたので、修道士はそのあとを追って、悪魔払いの言葉を叫びながら必死に逃げたものです。
 邪魔者がいなくなったので、こんどはドミニクとジュリーが畑に入っていって、ドミニクが悪魔に声をかけました。
「ねえ、君、そこでいったい何をしているのだね」
「あたしゃ悪魔だよ。人間たちから食い物をちょうだいしようと思ったが、誰もくれなくてねえ、カボチャをあさっていたところさ。お前たちは何かあたしにくれるのかい。くれなきゃ不幸がおこるよ」
「お前が悪魔なら、やるものはないよ」
「それならお前たちをとって食うよ。それでもいいのかい」
「それは困るなあ。そんなことになったら、女房が泣いてしまうでなあ。シチューでがまんしてもらいたいものだが、どうかね」
「悪魔と取引きをしようってえんだな。どんな条件をだしたもんかねえ」
 そこでジュリーが言いました。
「ねえ、あんたが悪魔なら、名前を言い当てられたら困るわよねえ。だって、悪魔は自分の名前を言い当てられるのを嫌うもの。だからあたしたちがあんたの名前を言い当てることができたら、シチューでがまんしてくれるかしら」
「おもしろいことを言う女の子だね。わかったわ。じゃあ、三回だけチャンスをあげる。あたしの名前を言い当てたら、シチューでがまんしたげるわ」
「ようし、それならまずはわたしからだ」とドミニクが言いました。「おまえの名前は、ダーマだね」
「ちがうよ」と悪魔が言いました。
「じゃあ、アメリかい」とジュリーが言いました。
「ちがうよ」と悪魔が言いました。「これでチャンスはあと一回だよ」
 三つめの答えは、ドミニクが言いました。
「おまえは、カトリーヌだよ。さあ、おうちに帰ろう」
「あんれ、やっぱりあたし、カトリーヌだったんだねえ。ずっとそんなような気がしていたよ。よかった。それじゃあ、あなたはドミニクね。そんでもってあんたはジュリーだろう。あんたたち、あたしをわざわざ迎えに来てくれたのねえ。ドミニク、あたしはお腹がすいたわ。早く帰ってシチューを食べさせてちょうだい」
 こうして、ドミニクとカトリーヌとジュリーの三人は、途中でパトリスに軽トラックを返して、家に帰りました。もうすっかり夜になって、爪の先のような細い月を、屋根の上の風見鶏がくわえていました。






 エピローグ


  ジュリー、両親にあいさつをする


 長い長い夏休みだった。二年間も夏休みをとった小学生なんて、フランス中探してみてもなかなかいないだろう。この村に引っ越してきた夏から、私の夏休みは始まった。
 パパとママは南米へ調査旅行に出ることが決まったとき、私をいっしょに連れていこうとした。私はそれを断った。どうして断ったのか、そのわけは簡単。二人をふたりっきりにしたかったからだ。でも私はそんなことは言わず、ジャングルにわけいったり、空気の薄い高地に行ったりするのがいやなのだと言い訳をした。
 それで、パパは私をキャンプに行かせようとしたし、ママはニースに住むおばあちゃんに預けようとした。この二人はたいていのことでは意見が一致する。だからうまくやってこられたのだと私は思う。だけどときどき、意見が食い違う。そうなると、おたがい一歩も譲ろうとしない。ああだからこうだからと理屈をつけて、議論が始まる。二人とも筋が通っているから、折り合いがつかない。そのうち二人がそろって言い出す。
「ジュリー、おまえはどうしたい?」
 老パスカル夫妻のところにやっかいになるのを提案したのは、私だった。職人気質のおじいさんと、底抜けに優しいおばあさんのいる家だと知っていたからだ。パパもママも、それは良い考えだと言って、この提案にのった。あとはこれまでお話してきたとおり。私はきっとパパやママのことを毎日のように思い出してしまうにちがいないと思っていた。ところが、じっさいはそうでもなかった。理由はもちろん、新婚ほやほやの若いパスカル夫妻と過ごしたせい。感傷にひたっている暇なんか、まるでなかったわ。一ヶ月なんて、瞬く間に過ぎてしまった。今でもあの日々のことは、夏の日差しがべっとりと地面に貼りつける木々や家々の影法師のように、本当にはっきりと思い出すことができる。

 パパとママは帰国して、空港から電車を乗り継ぎ、あとはパパの同僚のカルダンさんに車で家まで送ってもらった。それから自分たちのトラックで、私を迎えにきた。
 その日の朝、私はドミニクとカトリーヌにオムレツとキッシュとパンケーキをつくってあげた。私はパンケーキを一枚こがした。
「朝からそわそわして、おまえさん、まるで初めて会う人に会うようなかんじだな」
 と、ドミニクが言った。
「へえ、自分の両親に初めて会うなんて、おかしな女の子だねえ」
 と、カトリーヌが言った。
「そうじゃあないよ、カトリーヌ。わたしはこの子がまるで初めて誰かに会うみたようにそわそわしているねと言ったのだ。両親に初めて会うわけではないよ」
「あんたの言うとおりだよ、ドミニク!」
 と、カトリーヌは相変わらず上機嫌。
 ドミニクは仕事に行った。カトリーヌと私は豚の世話をしたり、ジェラールを連れて散歩に行ったりした。ジェラールが小川で泳ぎ始めると、カトリーヌは、まあたいへん、あんなに毛むくじゃらじゃ、コートを着て泳ぐようなもので、溺れてしまうわ、と言って、家からはさみを持ってきて、嫌がるジェラールの毛をじょきじょき切り落としていった。出来上がったのはまるで足の短いグレイハウンドみたいなへんてこなかわいそうな犬。それでもジェラール本人はまんざらでもないようすで、ふたたび川で泳ぎ始めた。
 私がこの家を去ることをのぞけば、何でもない一日だった。パパとママが迎えに来たのは、私たちがちょうどお昼ごはんを食べ終えた時分だった。まずドミニクが出ていって、挨拶をした。そのあと、カトリーヌと私が出ていった。私の顔からは自然と笑みがこぼれた。パパもママも真っ黒に日焼けしていて、それこそブラジルやペルーの人みたようだった。
 私はママのお腹に抱きついた。ママは私にキスをした。
 私はパパのお腹に抱きついた。パパは私にキスをした。
 ママは何度かまた私にキスをして、元気にしていたか、楽しく過ごせたか、ちゃんとお手伝いをしたか、ちゃんとしたものを食べたか、など、あれこれ質問をした。私はそれにうなずいたり首を横に振ったりして答えた。しゃべられるようになったことは、まだ内緒にしておくという、私とカトリーヌとドミニクの作戦だった。
「畑も庭も、ずいぶんきれいになっていて、驚きましたよ、パスカルさん」
 と、パパは言った。
「いやいや、もちろんわたしがやったのでございますがね、ルコントさん、一人ではなかなか思うようにはかどらず、家内やジュリーにも手伝ってもらった次第でがんすよ」
「おや、ご両親はいかがなさいました」
「うちの両親は亡くなっておりますが。御存知ではありませんで?」
 パパとママが第一の真相を知ったのはこのとき。事態をのみこませるのに、けっこう時間がかかった。しかし知られざる真相はまだあと二つある。
「そうでしたか。ところで、お孫さんというか、お二人のお子さんはどちらです? お昼寝しているのかしら」
 と、ママがたずねた。
「うちはまだ結婚したばかりで、子どもはおりませんがの」
「その、カトリーヌというおじょうさんがいらっしゃるのではないかと思うのだけど。私たちにわざわざ手紙を送ってくれた」
 私とドミニクは、カトリーヌを見て笑ったが、カトリーヌ本人はまるで意味がわからないようすで、私たちが笑っているのを見てとりあえず自分も笑って、言った。
「あんれ、おかしなことをいうお母さんだねえ。あたしのことをおじょうさんだって。ああ、わかったわ。あたしが昼寝ばかりしているものだから、そう思ったのねえ」
 カトリーヌが子供ではなく、立派な奥さんだということ、これが第二の真相。このことを飲みこませることは、すぐにはできなかった。かりにカトリーヌと一ヶ月いっしょに暮らしても、パパとママに理解できるかどうか疑問だわ。
 ドミニクは、自分たち夫婦のことを他人に理解させるのが難しいことはよくわかっているので、いい加減なところで、こう言った。
「もう一つ、お知らせせねばならねえことがごぜえます」
 ここは作戦どおりだった。ドミニクがカトリーヌに目配せをして、カトリーヌが私に目配せをした。それから私は両親の前に一歩あゆみでて、間をおいた。
「どうしたの、ジュリー?」
 と、ママが腰を落として言った。
「どうしたんだい、手話で話してごらん」
 と、パパがしゃがんで言った。
 私はもう一度ドミニクとカトリーヌを振り返った。二人はうなずいた。それから私はママとパパのほうをいちいち向いて、言った。
「ママ、おかえりなさい。パパ、おかえりなさい」
 ママはほとんど悲鳴に近い声をあげて私を抱き寄せた。
「ジュリー、話せるようになったのか!」
 と、パパも叫んだ。
 第三の真相は、こんなふうにすぐにわかってもらえた。それから二人は私に、いつから話せるようになっただの、どうして話せるようになっただの、どんな毎日を送っていただの、本当は何を食べていただの、いろいろ聞いてきた。だから私もこう答えた。
「いろいろあったの」
 それからこうも言った。
「あたし、秋から村の学校に行くわ。家のお手伝いもちゃんとやるから。パパ、ママ、おねがい」
 ママとパパは、驚いたような、少し困ったような、嬉しいような顔をして、お互いを見合った。それからママが最初に言った。
「そんなに急ぐことはないのよ、ジュリー。ほかの子どもたちと同じようにしなくたっていいじゃない。うちではママもパパもあなたに必要なことをきちんと教えるから」
「ママ、私は学校に行きたいの」
「もちろん、あなたがそういう意志を持ってくれたのは嬉しいけど、学校が必ずしも良いことだけを教えてくれるとは限らないわ」
「大丈夫よ、ママ。私を信じて」
 と、私は本当に真剣にお願いした。本当に真剣にお願いするとき、論拠は邪魔になる。と、何かの本で読んだ。だからといって、わざとそうしたわけではない。自然に言葉が短くなったのだ。
 するとドミニクが言った。
「奥さん、どうかこの子の言うことを信じてやってくだせえ。わたくしらあ、この子と一ヶ月のあいだ暮らしてきましただが、こんなに賢い、こんなに気だてのいい子はおりますまい。学校にいれば、嫌なこともありますでしょうが、この子なら大丈夫でさ」
「ええ、お気持ちはとても嬉しいのですけれど、この子を学校に行かせていないのにはそれなりの理由がありましたので」
「あんれ、学校に行きたいのに行かれないなんて、おかしなことねえ」と、カトリーヌが言った。「ジュリーの足腰はあたしのと同じくらい達者だってえのに」
 決め手になったのは、パパの言葉。
「行かせてやろう、ファビエンヌ。この子は学校に行くべきだよ。どんな理由でそう決心したのかわからないが、この子ならきっとどんな場所でも必要なことを学ぶよ。私たちだけでは教えられないことが、世界にはたくさんあるんじゃないか」
「ええ、それはそうだけど。ええ、わかったわ。そうね、ジョルジュ。あなたの言うとおり、この子は学校に行かせましょう」
 私は正直、学校に行くと言いだしたことで話がこれほど紛糾するとは思っていなかったのだけれど、私のことでママとパパがほとんど議論もせずに折り合いをつけたことに何より驚いた。この二人こそ、南米を旅する間に何を食べてきたのか、どんな旅だったのか、どんな人に会ったのか、聞いてみたいものだわ。でもそれは、二人が話してくれるまで聞かないでおいてあげる。だって、いちおう仕事とはいえ、せっかくの夫婦水入らずの旅行だったのだもの。そのかわり、私もドミニクやカトリーヌといっしょに過ごした毎日のことを、全部は話さないつもりだけどね。

 夏休みが終わって、私は学校に行きはじめた。いじわるをされることなんて、まるで思いもしなかったし、じっさい、なかった。といって、子どもたちが都会と違うかといわれれば、そんなこともない。どこの町だって子どもは子ども。悪いのもいるし、弱いのもいる。そうして大人になるまで、来る日も来る日も子どもでいなくちゃいけない。この村では、いつでも大人が近くにいるから、なおさらそう思う。そこが都会と違うところ。
 ドミニクとカトリーヌは、たまにうちに遊びにきた。パパはパスカル老人から教わったように、ドミニクからも農業のことをいろいろ教わった。ママはカトリーヌにどうしてもついていくことができないようすで、今でも葛藤中。私は、学校帰りなど毎日のように、うちから十キロはなれた隣りの家に、世界一シュールなへんてこ夫婦を訪ねる。私が行くと、スピッツ犬のジェラールがまっさきに丘を駆け下りてきて、私にとびついてくる。私はときどきドミニクの家に泊まり、ジェラールといっしょに眠る。
 一年たって、また夏休みがきたとき、私には弟と妹が一度にできたみたいだった。弟というのはママの生んだオリヴィエ。妹っていうのはカトリーヌの生んだマリーのこと。オリヴィエが生まれたとき、カトリーヌは大きなお腹を抱えてドミニクといっしょに見にきたが、生まれたばかりのオリヴィエと、それを生んだばかりのママを見て、言った。
「よかったわね、ファビエンヌ。あたしも早く生んじまいたいわ。おなかの中にべつの人が入っているなんて、なんだかおかしな気分だものねえ!」
 するとドミニクが言った。
「カトリーヌもカトリーヌだなあ。べつの人といったって、そりゃあおまえとわたしの子どもなのだぜ」
「だったらあなた、そうおっしゃってくださらなくっちゃいけないわ。だけどそれがどう違っているのかしらねえ。べつの人にはかわりないじゃないの。まあ見ていなさいな。今にわかるわよ。今日中に生まれるわ」
「そんなこと言ったって、生まれるものでもない。予定日はまだ先だよ」
「ああら、そうかしら。この子はきっとこの子の生まれたいときに生まれてくるのだわ。あたしゃこの子とは他人ですけどねえ、いっつもお腹の中にいっしょにいたからわかるんです。誰がなんといったって、法王さまがなんといったって、この子は今日中に生まれてきます」
 そうしてカトリーヌの言ったとおり、マリーはその日の晩、日づけがかわらないうちに生まれた。生まれてみたら、カトリーヌはこんなふうに言ったものだ。
「あんれ、真っ赤でかわいい赤ん坊だこと。他人とは思えないわ!」


               おしまい

2008/12/26(Fri)01:21:34 公開 / 河鳥亭
■この作品の著作権は河鳥亭さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
自分ではまったくあたりまえと思っている言い回しや単語の語意解釈が、世間ではそれほど通用していないということがしばしばあります。また、ここはこれでいいやくらいに考えて書いていると、詰めの甘さが読者の鼻につくことも。気に食わない箇所がありましたら、是非教えてください。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。とてもおもしろかったです。カトリーヌは素敵というか、最高ですね。感想がおそくなってしまいましたが、ずっと前に読んでいました。そのときはいくつか誤字のように思うところがあったのですが、再アップで直されたのでしょうか?
 「フリーデルとカーテルリースヒェン」という物語を知らないのが残念なのですが、『原案』というのはどのくらい参考にしているのでしょう。そこがわからないので評価もしにくいのですが、古典を題材にした名作は数多くあるので(芥川龍之介や中島敦が思い浮かびます)、多かれ少なかれ相違点があるのなら、立派にオリジナル作品と呼べると思います。
 こまかいところですが、『5 カトリーヌ、悪魔にまちがわれる』の章で、帰ってきたジュリーと台所のドミニクが同時に
「カトリーヌはどうしたの?」
「カトリーヌはどうしたの?」
と言うところがありますよね。ここは、ふたつある会話文をひとつにしたほうが、リズムがいいです。二人が同時に言ったというのは、地の文で説明されていますから、無理に表現する必要はないと思いました。もちろん、「「カトリーヌはどうしたの?」」なんて書き方は論外ですけどね(笑)
 では、これからの活躍も期待しています。
2008/12/08(Mon)19:10:110点ゆうら 佑
ゆうらさん、ご感想ありがとうございました。

しばらくサイトが表示されない時期がありましたので、もう誰からも相手にされないのかなと、しょげていたところです。

ご指摘の通り、「カトリーヌはどうしたの?」については一本にしてしまえばよかったかと思います。同時に発言するときってどう書いたらいいのか分からなかったのですが、地の文の説明で容易に判明されるのであればビジュアル的に表現する必要はなく、二つも書いてあるとかえって口の中で二度読んでしまうこともあり、気分が悪いです。自分でも読み返したときに何かの間違いかと思ってしまいました。

誤字や少しでもノドに引っかかる表現については、すぐに挙げられるものがございましたらどうか教えてください。作品中にしばしば登場する非常にうそっぽい田舎言葉は、狙った表現であっても変なものは変ですから、直したほうがよいと思われる方が少しでもいらっしゃる場合は直していく方針です。
2008/12/11(Thu)22:09:010点河鳥亭(作者)
 そうですね……誤字としましては、1章の「ジュリーは部屋に行って自分の荷物を整理したり(中略)台所の裏に運びました。」の「たり」が繰り返されていないので、違和感があります。文末を「運んだりしました」にすると、自然ですね。それから、エピローグのドミニクのせりふが、「初めて誰かに会うみたように」となっていました。
 田舎言葉についてひっかかるのは、「がんす」でしょうか。使い方を間違っているわけではないのですが、僕はどこか変だなと感じました。一般に知られていない言い方だからかもしれません。ほかは、ちょっとなまっているぐらいですよね。(うそっぽいかもしれませんが)雰囲気がやわらかくなって、非常に良いと思います。
 あくまで参考までに……。僕個人の意見ですから、こだわりがあるなら直す必要もないと思います。
2008/12/11(Thu)23:29:110点ゆうら 佑
 ご指摘ありがとうございました。これは本当に嬉しいです。

「たり」の繰り返し未完は明らかな誤りです。これは訂正するべきでしょう。

「みたように(見た様に)」ですが、個人的に好んで使います。「みたいに」のもとになった言い方だと思われますが、昭和の初期あたりまでは平然と使われていたのではないかと。明治大正時代の文学作品にはよく見かけられます。これを現代の文芸作品で唐突に使用するのは、とても違和感がありますね。この違和感が微妙なのです。良いのか悪いのか。おいしいのかまずいのかよくわからない食べ物のようで、もう一口たべてみたくなったりするのです。それで繰り返し繰り返し自分でも使っているというわけです。結果的に味に慣れてきてしまいましたが。

 田舎言葉の「がんす」はやりすぎた感があります。映画になった『武士の一分』『たそがれ清兵衛』で東北の訛りあるいはくずれた武家言葉のように頻出するのですが、調べてみますとどうも全国的に使われているようです。私にとっては子供の頃にテレビで見た『怪物くん』のオオカミ男の訛りです。いずれにしても「がんす」の醸し出す田舎度は非常に高く、他の無難な田舎言葉等とかけ離れているような印象がどこかにあります。もう少し放っておきます。

2008/12/12(Fri)22:21:060点河鳥亭(作者)
長かった……
全体的には柔らかい感じはいいのだけど、1章ごとのメリハリが弱かった印象を受けました。
では、次回作品を期待しています。
2009/01/03(Sat)14:09:520点甘木
まったく同感です。
5章に至っては「まだ続くの」と嘆息せざるを得ません。
展開としては、1、3、4、5章は原典「フリーデルとカーテルリースヒェン」にほぼ忠実に構成しました。
童話の形式ならさておき、小説でこの展開はないだろうと思います。
もともと夫婦だけが主人公の筋のないおはなしでしたので、
ノベライズする上で多少なりとも骨組を入れる必要がありました。
ジュリーという女の子の存在とささやかな成長がそのすべてです。
映画だったら途中で寝ちゃいますよね。
といって、私自身は好きなんですけど。
がんばります。
2009/01/06(Tue)22:09:250点河鳥亭
合計0点
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除