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『白桃夢』 作者:カオス / ショート*2 ホラー
全角3218.5文字
容量6437 bytes
原稿用紙約10.45枚
『僕』が出会った奇妙な男。この甘い香りは、何の『甘い香り』?
白桃夢

それは、甘い香りを身に纏った男だった。
かといって、それは香水のような人口的な香りでもなく、花のような自然が齎す香りでもなかった。
ただただ、それは甘い香りだった。
黒く光る長い髪を、後ろでゆるく纏め。牛乳瓶の底のような銀縁眼鏡をかけていた。
男は、黒いーーー喪服のようなスーツを着ていた。
場違いな程に、真っ白な手袋がヤケに目に焼き付いた。
男の薄い、紙のような唇がゆっくりと左右に釣り上げられた。道化のように、赤い唇だった。
「こんばんは」
男が嗤ったのだと、気が付いたのはそれから少し経ってからだった。
黒いスーツの裾が夜風にはためいた。
僕は、改めてその男を見た。
余りにも場違いだった。何故なら、ここは僕の家から学校までの通学路で、人通りも少ない寂しい通りで、そして今は夜で。
兎に角、こんな男に話しかけられる理由が分からなかった。
僕はゆっくりと、後ずさった。背中を冷たい汗が、すぅっと流れて行った。
「少し良いですか?」
男が一歩、僕に近づいた。
暗闇の中でも分かるような、上等な靴だった。磨き上げられた、靴の中には月が光っていた。まん丸と肥え太った、月だった。その月は、僕の頭上にもあって、外灯もないこの通りを照らしている。
何故かその月が、目の前の男とダブって見えた。
安っぽい黄色の月光の下、男が嗤っていた。まるで、現実味が無いお芝居。
「これ、見えます?」
何処から取り出したのか、男の白い手袋を填めた手の上には柔らかな円を描いた、瑞々しい白桃が載せられていた。ごくりと、咽が動いた。
美味しそうな白桃だった。
「ああ。ちゃんと見えているようだ………」
何処か楽しそうに、男は言った。
また、一歩男が僕に近づいた。それでも男の顔はどこか霞が、かかったように分からなかった。僕は、指一本ですら動かすことが出来なかった。
つるりとした、白桃の表面を男の手袋に包まれた指が撫でた。
「美味しそうな、桃でしょう?」
男は、僕の目の前まで着ていた。それでも、僕が動くことはなかった。否、動けなかった。蛇に睨まれた、蛙はこんな心境なのだろう。どこか、他人事のようにそう思った。
ふっと、甘い香りが鼻腔を掠めた。
くらくらと、脳髄を直接揺らすような、甘い香りだった。
僕は、うっとりと目を閉じた。真っ暗な世界で、その香りは先程よりも、濃密になる。
心地の良い目眩を覚えた。
「不老不死になれる桃が、存在するのをご存知かな?」
男の声が、甘い香りと共に僕の脳髄を揺らす。
「中国の伝説の一つでね。何千年かに一度、食したものを不老不死にと変える、桃が実るのだよ。その桃が何時実るのかは、誰にも分からないのだよ。もしかすると、今年かもしれないし、来年かもしれない………」
何処までも、何処までも、その香りも声も心地よい。
僕は、まるで子守唄を聞かされている幼子のだった。
「そして、この桃なんだがね」
うっすらと、目を開けると月光の中、白桃が安っぽい光を浴びて熟して行くのが見えた。
夏場特有の湿気を孕んだ、風が僕の頬を撫で、白桃の香りを運んで来た。僕はまた、うっとりとした陶酔を味わうように、目を閉じた。
暗闇の中、一人男の声に耳を傾ける。
「その伝説のーーーー人を不老不死に変えてしまう桃なのだよ」
さらりとした、感触が頬を撫でた。
湿気を孕んだ風でもなければ、僕の手でもない。
それは、男の白い手袋だった。
「………さぁ。お食べ」
甘い。そう思った。
甘く、とろとろとした白桃が口の中に入って来る。むせ返る程の、甘さと香りが僕の口腔を支配した。
とろとろ、甘い香りを放つ果汁が僕の頬を流れて行く。
「ふふふふ………。美味しいかい?」
男のゆるく纏められた髪が、夜空を背景に広がっていた。
僕は、その言葉にこっくりと、顔を動かした。
道化のように赤い唇が、これ以上無い程左右に釣り上げられた。安っぽい黄色の月光のもと、道化のように赤い唇で嗤う男はさぞかし不気味だっただろう。
推定なのは、僕はその時にはもう、恐怖など感じる余裕など持っていなかったからだ。
甘い桃を貪り喰うことに、夢中だったのだから。
暫くすると口腔には、桃の無惨にも剥がれた皮と、大きさばかりの種だけが残った。
ほぅ。
口から溜息が勝手に出る程、美味しい桃だった。
「これだけじゃ、足りないかい?」
牛乳瓶の底のような、眼鏡が僕の顔を無遠慮に覗き込んだ。レンズには僕が映っていて、レンズの中の僕は男の問いにこっくり、頷くのが見えた。
にぃんまり。
男の笑いを、言葉に記すならそんな感じだ。
「ではーーーーそこにあるのもお食べ」
男の白い手袋が指差す先には、大きな桃を実らせた樹があった。
安っぽい月光の下でも、その樹は威風堂々とそこに存在していた。僕の頭には、ここが何時も通う通学路なのかとか、いつからそこに樹があったのかとか、そんな基本的な疑問さえ過らなかった。ただ、僕がしたことは桃を貪り喰うことだけだった。
「たーんとお食べ」
男がそう言った。
僕は樹に駆け寄り、ちょうど取れる高さにあった桃を一つ毟り取った。そして、皮も剥かずに口の中へと押し込んだ。
再び甘みと甘い香りが、口腔を満たした。
それから暫くして気が付いたことなのだが、その桃の樹の根元には、白い大きなキノコが生えていた。ちょうど、バレーボールぐらいの大きさの白いキノコが、樹の根元に点々と映えていた。
良く考えてみれば不思議なことなのだが、その時の僕にとって重要なことは桃を貪り喰うことなので、それは頭の中からさっさと除外された。
僕は、心ゆくまで桃を貪り喰った。
「美味しかったかい?」
心ゆくまで、桃を食べ満足していた僕に、男は話しかけて来た。
何処か楽しそうに嗤いながら。
こくりと、頷く。牛乳瓶の底のような眼鏡の奥で、男の目が細められた。
「それは、良かった……」
男の手が、だんだんと近づいて来る。夢心地の中、ぼんやりとそれを見た。
ふわりと、甘い香りが僕の鼻腔を掠めた。それは、男が身に纏っていた香りだった。しかし、それは桃の甘い香りではなかった。






僕が目覚めたのは、病院のベッドだった。
話に依れば、あの奇妙な男と出会った夜から、約一週間程行方不明になっていたらしい。
そして、僕が行方不明になったあの人通りの少ない通学路で、発見されたらしい。
意味が分からない。
僕にしてみれば、たった一晩奇妙な男と桃を食べただけなのだ。
それなのに、何故一週間も行方不明になっていたのか。
それでも、両親は僕が戻って来たことを手放しで喜んだ。その喜びようといったら、一晩桃を貪り喰っていました、なんて言えない状況だ。
仕方なしに、僕は記憶が全くないということにした。
けれども、これは嘘ではない。何故なら、半分は真実なのだから。
あの夜。男から漂って来た香りは、桃の甘い香りでも、香水の香りでもなかった。
アレは、腐乱臭だった。腐る一歩手前の果実は、途方も無く甘い香りを漂わせる。それは、生と死の狭間の香り。
男が身に纏っていた香りは、まさにその香りだった。
これは、余談だがあの通りには僕が生まれる前に桃の樹があったそうだ。
だが、相当な古木だったのかだんだんと枯れ始めた。まるで、腐って行くかの如く。その内に、あの通りで行方不明者が出る事件が続出した。月日を重ねるごとに、行方不明者は増えて行った。そして、それに比例するように、桃の樹が肥え始めた。全く実ることがなかった桃が、どんどん実るようになったのだ。
こうなると不気味に思った住人が、その樹を切ってしまった。それから、ぴたりと行方不明者は出なくなった。
そしてちょうど、僕が行方不明になった日が、その桃の樹が切られた日にあたるらしい。
あの奇妙な男は、桃の精だったのだろうか…………。
僕は、白い病室の窓際でゆらゆらと揺れるカーテンを見ながら、あの桃の甘い味を思い出す。

ふと、甘い香りが鼻腔を掠めた気がした。
2008/08/07(Thu)00:02:49 公開 / カオス
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