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『ゆうこちゃんと星ねこさん 第二巻』 作者:バニラダヌキ / ファンタジー SF
全角147504文字
容量295008 bytes
原稿用紙約456.75枚
――んでもって、第一部からいきなし五十数億年後、とある銀河の片隅。大昔にどこかで見かけたような鉄腕娘・クーニと、やっぱしどこかで見かけたような天然幼女・タカの凸凹コンビは、超古代の眠り姫伝説を追って、謎の遊星『ユウの柩』をめざし、大宇宙へと旅立つのであった。なぜ優子ちゃんはそんなとんでもねー歳月を眠り続けねばならなかったのか。貴ちゃんや邦子ちゃんとの再会はアリか。そもそも、たかちゃんトリオとは、この宇宙において何者であったのか――。などと激しく煽りつつ、あいかわらずとってものほほんの『よい子のお話ルーム』、たかちゃんワールドが続きます。
 
――――――――――――――――――――――――――――――

 ゆうこちゃんと星ねこさん 【目次】

   プロローグ 〜はじめましてのお庭で〜 (約70枚)

   第一部 〜太陽がくれた季節〜

     第一章 レモンのエイジ (約50枚)
     第二章 トワイライト・メッセージ (約70枚)
     第三章 お見舞いはお静かに (約60枚)
     第四章 青春しゅわっち (約60枚)
     第五章 星空のにゃーおちゃん (約60枚)
     第六章 明日に向かって走れ (約70枚) ●ここまで第一巻(incomp_02)に収録

   第二部 〜眠れる星の柩〜

     第一章 宇宙からのひろいもの (約80枚)
     第二章 狸の惑星 (約70枚)
     第三章 いい旅 ☆気分 (約70枚)
     第四章 お嬢様お手やわらかに (約80枚)
     第五章 今宵われら星を奪う (約70枚)
     第六章 人生いろいろ (約70枚) ●ここまで第二巻(当巻)に収録 続きは第三巻(20100301)へ


――――――――――――――――――――――――――――――











  第二部 〜眠れる星の柩〜



   第一章 宇宙からのひろいもの


     1 

 それは遠い遠い昔、無限に広がる大宇宙の、遙か彼方。
 とある銀河系の片隅に、青と白のだんだら模様で輝いている、ちっぽけな、でもなんだかとっても綺麗っぽい惑星がありました――。

    ★          ★

 ありました、と過去形を用いた以上、はたして今現在も、その美しい大宇宙の宝石がその辺境太陽系に存在しているのか、すでに定かではありません。そして、かつてその星の地表を彩っていた数々の美しい生き物たちの行く末も、つまびらかではありません。ですので、あんまし美しくなくてどーでもいい生き物たち――生物学的にはかなり異形でアンバランスな四肢にも拘わらず、異常な活動性と肥大化した脳味噌を有してしまったがゆえに歪んだ進化を遂げ、心身共に美しさのみならず醜さもまた多分に有してしまった二足歩行動物の群れ――かつて『地球人』と呼称された膨大な個体数のイキモノたち――それらの行く末もまた、当然のことながら、定かではありません。
 一説によれば、その太陽系の中核をなす太陽そのものの老化膨張により、第四惑星である『地球』がいかなる生物も生存不能の環境となってしまうより遙か以前に、『地球人』という『種』は、大自然の掟に従って数百万年の寿命を終え、静かに地上から姿を消したとも言われております。
 しかしまた、その原始的かつノスタルジックな地球文化の終焉を惜しんだM78星雲・通称『光の国』のボランティア活動により、搬送可能な限りの個体が三〇〇万光年を隔てたその友好星雲に移住し繁殖、そこを拠点に銀河間交流の一員となって、さらに広範な銀河群、銀河団、やがては無数の超銀河団が軒を接するこの大宇宙の隅々までも散らばり、交配可能な類似生物との生物学的融合、また融和可能な文明との社会的同化を連綿と繰り返しつつ、今もしぶとくその血脈を保っている――そんな伝説も、大宇宙のそこかしこに、そこはかとなく残っていたりもします。まあ、すでに伝説の中のさらにマイナーな根毛として、よほど凝り性の歴史学者でもない限り、ほとんど知られていない伝承ですが。
 いずれにせよ、かつて庇護者であったM78星雲文明の知的進化が、数十億年を経るうちにいつしか陰りを生じ――なにしろ文字通り天文学的な歳月ですから、星雲そのものの物理的変化や、文化的な分裂再統合を繰り返した結果の、やむを得ない衰退なのですが――昔日の平和主義など見る影もない、植民星支配や星間抗争に明け暮れる功利的文明に退化してしまった現在、太古に縁があっただけの辺境惑星の行く末など、もはや誰も正確には知り得ません。
 しかし――『ミーム』は、どうでしょう。
『ミーム』。
 またの名を『文化的遺伝子』。
 摸倣子、摸伝子、意伝子などと呼ばれることもありますね。
 すべての生物が生物学的遺伝子の枷を逃れ得ないのと同様に、個体のみならず社会組織や民族そのものにまで根付いてしまった『文化的遺伝子』――『共通認識の遺伝子』――あるいは『想いの遺伝子』は、変異することはあっても消えることはありません。文化文明の確立という知的進化を一度遂げてしまった以上、たとえそれが遙か太古の文化であっても、種の血脈が続く限り『ミーム』は不滅です。
 つまり、その失われた星の記憶《メモリー》は、大宇宙のそこかしこに、文化の一部としてなんらかの命脈を繋いでいる可能性があります。
 まあ、それもまた、その超古代惑星文明伝説が、かつてその文明内で神話化していたという古代都市トロイアのごとく、あくまで史実に基づいていればの話なんですけどね。


     2

 んでもって、無限に広がる大宇宙の、遙か彼方。
 とある銀河団の片隅の、とある辺境銀河系の片隅の、宇宙空間。
 中央高速の八王子インターから、国道四一一号に下りて三十分ほど進んだあたり、青梅街道沿いにたたずむ、ひなびたガソリンスタンド兼軽食堂――。

    ★          ★

 ――えと、念のため。中央高速とか国道とか言っても、宇宙空間に鉄筋コンクリの高架道路やアスファルトの二車線道路がにょろにょろと浮いているわけではありませんよ、念のため。それらはあくまで、その時空のドライバー用語を、良い子のみなさんのオボツカない想像力を考慮して、現代地球語に意訳しただけです。
 ちなみに、可能な限りその宇宙言語のニュアンスに沿ってご説明いたしますと、中央高速というのは『ジャポネ銀河系セントラルフリーウェイ』と呼ばれる、恒星系間ワープ航行用の中規模人工ワームホールです。また国道四一一号というのは、トキオ恒星系の惑星ハチオジとヤナマシ恒星系の惑星コーフを繋ぐ小規模人工ワームホール『ルート411』ですし、青梅街道というのは、トキオ恒星系の最外周をほそぼそと周回する惑星オーメ、その近辺に設定された一般航宙路――つまり、イレギュラーな浮遊障害物などを排除された宇宙空間です。
 ですから当然ガソリンスタンドというのも、バイトのおにいちゃんやおねいちゃんが卑屈な作り笑いを浮かべながら駆け寄ってノズルで給油したりウィンドーを拭いてくれたりした後ざーとらしい最敬礼で見送ってくれる所ではなく、あくまでその宙域の宇宙艇の動力源に多く用いられる各種特殊軽金属、あるいは核融合プラズマユニット用の圧縮固形重水素などを購入するための、小型宇宙ステーションです。
 もっとも、このあたりの場末になりますと、外観的にはどう見ても『宇宙ステーション』などというシャレた語感にはほど遠く、でかいだけが自慢の薄汚れたセコい金属プレハブ物件が、看板のネオンが派手であればあるほど余計にうら寂しく夜空に浮いている、そんな感じで、広さだけは無駄に余裕のある駐機場――発着用スペースのそこかしこには、明らかに安金属のツギが当たっていたりします。また全体を覆う人工大気や重力場も、老朽化してあちこちムラがあり、うっかりすると動悸や目眩がしたり、足が宙に浮いて逆さまになったりします。
 しかし、そんな一見つぶれかけた田舎のホームセンターっぽい物件ながら、場末の風に昔から馴染んでおりますし、何よりその商圏に他の競合店がほとんどないので、オーメの衛星軌道通勤ドライバーたちや、他星と行き交うスペース・トラッカーたちで、そこそこ繁盛していたりもします。
 その燃料ステーションの、清算コーナー。
 ひと抱えもある圧縮固形重水素のお徳用パックを、数個まとめてカートも使わず軽々と肩に担いできた娘が、
「おやじ、ツケといてくれ。今夜は六ダースな」
 軽く店主に片手を挙げて、清算カウンターを通らず、横の通路からそのまま発着場に出て行こうとするので、
「おい、クーニよ」
 初老の店主が、カウンターから複眼をしかめて呼び止めます。
 四腕二脚の外骨格体に年季の入ったツナギを着込んだその店主は、不機嫌そうに触角をつっぱらせながら、
「三年前の清算も済んじゃいねえぞ」
「へ?」
 クーニと呼ばれた、二腕二脚の内骨格娘――繁殖適齢期の中頃と思われるヒューマノイド娘は、
「三年? こないだ払ったばっかしじゃねえか」
 ワインレッドのスリムタイプ・スペースウェアも瑞々しく、引き締まった体躯で振り返り、
「おやじ、もう惚けたのか? 昼飯、何食ったか思い出せるか?」
 どうやら本気で訝っているらしい様子に、
「……どこに消えちまったかと思ってたら、また、違法ワープをやったな」
 店主は複眼をゆるめ、苦笑します。
「そう言や三年前、こんな噂を聞いた。エウローペ銀河の永世中立星団から、シェラザード星雲の難民惑星まで、百年分の支援物資引っぱった命知らずがいたそうだ。あっちこっちの内戦宙域や機雷宙域、しめて三百万光年、うねうねとすっ飛ばしてな。――もしかして、どこぞの鉄火肌の姐御か?」
「……お口にチャーック」
「悪いこた言わん。ワープベースコレクター、デジタルのオートマに変えろ」
「どうも俺は、あのピコピコ表示が苦手でなあ」
 クーニは、駐機場の愛機を頼もしげに見返り、
「先祖代々、マニュアルのパーツは変えん主義だ」
 薄暗い駐機場には、前世紀の遺物のような大型クラシック・スペース・トラクタが、居並ぶ他のスタイリッシュな小型宇宙艇を睥睨するように、どーんと停まっております。
 この場合トラクタと言っても、お百姓さんの操る農機ではございませんよ、念のため。たとえばトレーラーを引っぱるためのトレーラーヘッド、つまり牽引機ですね。
 発着時以外はステーションの節電のため明かりが落ちていますので、今は朧気にしか窺えませんが、機高機幅それぞれ約六メートル、機長約二十メートルのほぼ長方形で、キャノピー部分を含む先端上方が角張った傾斜をなし、全体的にはいかにも武骨ながら、なにがなし、古き良きバーバリズム・パワーを感じさせます。
 その白い機体の両横腹前方に派手にペイントされた、異形の憤怒相像――それが不動明王と呼ばれる仏画であることは、この時代のこの宙域、もう誰も知りません。ただ、代々個人運送業を生業としているクーニの家系に昔から伝わっている、守り本尊のような、一種の紋章なのですね。そしてその明王の両横に、縦書きでペイントされた『御意見無用』『南無阿弥陀仏』などという象形文字らしいシロモノも、すでにクーニ本人にすら出典不明です。
 店主は、そのデコトラ――デコレーション・トラクタを、懐旧と未来を秤にかけるような視線で睨め回し、
「確かにマニュアル・ワープは小回りが利くが、ちょっと気を抜くと、えらいことになるぞ。帰ってきたら顔見知り全員墓ん中、そんな羽目になる」
「わはははは」
 クーニは豪快に笑い飛ばします。そもそも、今回うっかり三年後に出てしまったのは、自力で掘ったワームホールにゲリラの小船群まで突っこんでしまい質量計算の勘が狂っただけで、同じ失敗は二度とやらないだけの自信があります。
「まあそうなったらそうなったで、おやじの墓参りくらい、ちゃんとやってやるぞ。おやじの郷は、確かコーフの梅林だったろう。花見がてらに、ちょうどいい」
 店主の触角が、やんわりと微妙に軟化します。
「……それじゃあ、お代は俺の墓に供えとけ」
 行け行け、と身振りで促すのを、
「そうはいかん。先祖代々、ツケで晦日を越さない主義だ」
 クーニは小山のような荷物を担いだまま、片手でごそごそとウエスト・ポーチを探り、
「これで足りるかな」
 カードや紙幣ではなく、鶏卵ほどのきらびやかな石を取り出し、
「エウローぺあたりじゃ、これで、ひと月くらい寝て暮らせるそうなんだが」
 受け取った店主は、しげしげとその水晶の原石のような塊を見さだめます。
 それから慌てて奥に引っこみ、複眼に複眼用のルーペを当てて現れ、
「……こいつぁ、今度の運送代か?」
 ただの燃料屋だけでなく、闇のなんかいろいろも兼ねているのですね。
「おう。なんかいろいろワケアリで、現物支給になっちまったみたいだ。まあ、もともとあっちもボランティアみたいなもんだからな」
 店主は原石をさらにじっくりと検分した後、ちょっと押し頂くようにして、また奥に引っこみます。
「……足んないか?」
 心配げに様子を見守るクーニの前に、戻ってきた店主は、どーんとぶ厚い紙幣の束を置いて、
「お釣りだよ。正味十五カラットのエウローペ通貨が、ジャポネ・クレジット換算で三百万。闇レートなら四百万。で、ツケと今日の代金しめて十二万クレジット。三百八十八万の釣りが出る。手持ちが二百しかないんで、あとは明日、取りにきてくれ」
「げ」
 クーニは肩の荷物をがらがらと取り落とし、札束をつかんでぷるぷると震えながら、
「……ひーの、ふーの、みーの、よーの――」
「てめえのギャラのレートくらい、引っぱる前に確かめとけよ。エウローペ銀河と言やあ、お前、お大尽星の集まりだぞ。なんぼボランティアみたような仕事でも、命がけにしちゃあ、ひと桁たんねえくらいだろう」
「いや……なんつーか……ここんとこの不景気だと、アゴアシ代が出りゃ御の字とゆーか……」
 ぷるぷると震えるクーニの顔に、わくわくと希望の光が浮かびます。
 店主はカウンター越しに四本の腕を伸ばし、クーニの肩や腕を軽く叩きながら、
「そろそろ、頭金が貯まったんじゃねえか?」
 クーニの夢は、故郷のオーメに小さな酒場を開き、そこのおやじ、いえ、ママ、いえ、おやじだかママなんだかよく判らない豪快なマスターに納まることなのですね。
「いんや……まだだ」
 そう返しつつも、希望の光は薄れておりません。
「でも、あと二、三回、なんかでかいもん引っぱれば――」

     ★          ★

 さて、そんなふたりの親交を、入口横の窓の外から、
「うんしょ、うんしょ」
 ひとつのちみっこい人影が、うんしょうんしょと背伸びして、こっそり覗きこんでおります。
 大きなトランクを踏み台にしても窓まで届かず、潜望鏡を使用しているところなどは一見きわめてアヤシゲですが、よく見ればペコペコのプラスチックのおもちゃですので、無邪気な探偵ごっこに見えないこともありません。
「……しなさだめ」
 なんだかずいぶん、ホコリっぽいちみっこです。お風呂や、ちょんちょん頭のお手入れが、久しく滞っているのでしょうか。でも顔立ち自体に必要以上の愛嬌があるので、さほどみすぼらしくは感じません。身なりも、けして悪くはありません。
 ただ、ありったけの衣類を重ね着しているらしく、ダルマさんのようにころころと脹らんでおりますので、一般の被扶養児童としては、やっぱしちょっとアレな感じです。踏み台にしている大人用トランクが、ちみっこでもなんとか運べる程度のサイズなので、収納量に限界があるのですね。
「……おかねもち」
 そのちみっこは、おっきーおねいさんが数えている見たこともない大量のお金に、まず目を奪われます。
 しかし直後、気を取り直すように、
「ふるふるふる」
 いや、いけないいけない。人間、経済力だけでなく人品骨柄が大事――。
 推定年齢六歳程度でも、だいぶ苦労してきたちみっこらしく、無力な幼児なりの本能に従って、さらにじっくりと検分します。
 そのおねいさんのあけっぴろげな笑顔は、初めて見るお顔なのに、なんだか不思議に懐かしい気がします。
 どわははは、と聞こえてくる笑い声も、パパやママの優しい笑い声とはぜんぜん違うのに、
「……なんか、よさげ」
 ひとりぼっちの夜に口ずさむ子守歌――もう何日も聞いていない、ママの子守歌みたいな感じもするので、
「きーめた」
 潜望鏡を引っこめ、ぴょこんとトランクから飛び下りると、なぜか店の裏手のゴミ置き場に、とととととと走って行きます。
「あ」
 わずかな私有財産の詰まったトランクを、置きっぱなしにしたのに気づいて、あわててとととととと駆け戻り、
「ずりずり、ずりずり」
 どうやらしこたまワケありの浮浪幼児、世知辛い不景気の宙域で生きていくのも、なかなか大変なのでしょう。

     ★          ★

 ――思いがけない大金は、ほとんど開店資金に回すとして、まあちょっとくらい、自分に褒美をくれてやってもいいだろう。なんといっても、三年徹夜で働いてきたんだからな――。
 店を出たクーニは、隣接する軽食堂で安いシメサバ定食を食うはずだった晩餐の予定を変更し、ちょっと離れた繁華宙域の小洒落たパブで、久しぶりに美味い酒をしこたま飲んでやろうと、勇んで愛機に向かいます。まあ主観的には、三日程度の暴走行為だったんですけどね。
「ん?」
 駐機場のゲート前に、でかいヨレヨレの段ボール箱が置いてあります。
 箱の上蓋は開いておりますが、中身は暗くてよく見えません。
 ついさっきまで、箱の縁からおもちゃの潜望鏡が覗いていたことなども、クーニは気づいておりません。
 ――降りた時には、こんなもん無かったよなあ。
 ふだんのクーニなら、放置ゴミなどは、あっさり宇宙の果てまで蹴り飛ばすところです。
 でも今夜は、とても大らかな気分になっていたので、
「なんじゃ、こりゃ」
 固形燃料を担いだまま、しげしげとその箱を見下ろします。
 箱の前には白い画用紙が貼ってあり、ピンクのクレヨンで、なんじゃやらへたくそな幼児文字が躍っております。
『だれか、ひろってください』。
 ――そーゆーことか。
 小動物をいきなり宇宙の生ゴミにしないでよかったよかったと思いつつ、
 ――まあちっこいオーメ猫かなんかなら、拾ってやってもいいか。いざとなったら、ツブして食えるしな。んでも子猫や子犬や子オーメ狸にしちゃあ、妙に、箱がでかいような。
 しげしげと箱の中をのぞきこみますと、
「やっほー!」
 ちょんちょん頭の女児が、にこにこと顔を出します。一歩間違えば宇宙のチリになりかけた、この自己アピール法のリスクなど、ちっとも気がついておりません。
「…………」
「…………」
 ――どっかで見たようなガキだが……。
 ――わくわく、わくわく。
 当惑の視線と期待の視線が、斜め上方と斜め下方から、微妙に交錯します。
 ――気のせいか。だいたい、こんな純人間型《ヒューマノイド》なんて、身内以外会ったことないもんな。
 ――にこにこにこ。
 そうして微妙に見つめ合うことしばし、
「……俺は、人間のガキはきらいだ」
 クーニはその段ボール箱をくるりと迂回し、つれなく愛機に向かおうとします。
 その直後、 
「にゃ〜お」
 小猫そっくしの鳴き声が後ろから聞こえてくるので、思わず振り返りますと、
「な〜〜」
 ぺらぺらの猫耳を生やした女児が、段ボール箱からくいくいと猫招きしております。あらかじめ、画用紙で作っておいたのでしょうか。
 これはなかなか、いじりがいのある幼児――。
 クーニも、もともと放置するつもりはなかったのですね。
 その幼児に見覚えがあるはずはないのに、なぜか大昔いっしょに遊んだ故郷の朋輩たちに似ているような気もしますし、まあ軽くからかったあとで、しかるべき筋に届けてやろう――そんな気でいたのですが、なんだかとっても興が湧いてきたので、
「猫も、きらいだ。あの勝手気ままなとこが、がまんならん」
 からかいモードに拍車を掛けて、踵を返し、また愛機に向かいますと、
「きゃんきゃん」
 今度は、けなげな子犬の鳴き声が、背後から追いかけてきます。
「くうんくうん」
 足元にじゃれつく女児の頭には、やはり画用紙で作ったらしい垂れ耳タイプの犬耳が生え、何で作ったものやら子犬っぽい尻尾まで、お尻のあたりでふるふると揺れております。
「――犬は、散歩んとき、糞をするからなあ」
 クーニはわざとらしく顔をしかめ、
「人や猫や犬じゃなく、ゲジブリ星のヨジレゴキムカデの幼虫かなんかだったら、ぜひ、いっぺん飼ってみたいんだが」
「…………」
「知らんのか?」
「……こくこく」
「こんなんだ」
 クーニはウエストポーチから携帯端末を取り出し、その異星生物の幼虫を画像検索、女児に示します。
「背丈はおまいとおんなしくらいだな」
 端末を覗きこんだ女児の顔面が、蒼白になります。
「…………」
 尻尾を垂れて、すごすごと引き返し、もとの段ボール箱に、ごそごそと潜りこみます。
 いつまでたっても次がこないので、気になったクーニも引き返し、箱の中を覗きこみますと――女児は大きなトランクに寄り添い、膝をかかえて、犬耳のままぷるぷると落ちこんでおります。
「……ぷるぷるぷる」
 ヨジレゴキムカデの幼虫画像が、コタえたのでしょうか。
 それとも、自分の芸の限界を恥じているのでしょうか。
 あるいは、耳をすませばぐうぐうと鳴いているお腹の虫、ただひもじさが精神にまで達してしまっただけなのでしょうか。
「……まあ何を拾って飼うんでも、問題は、飯の食いっぷりだな」
 クーニは、ちょっとからかいすぎたかと、内心で頭を掻きながら、
「よく食う奴ほど、立派に育つ」
 女児が運ぶには辛そうなトランクを、ひょいと持ち上げ、
「ついてこい。食いっぷりを見てやろう」
 強面《こわもて》のわりには情に流されやすい己を隠すように、すたすたと愛機に向かいます。
 女児もわくわくと後を追います。
 その腰の後ろあたりでふるふるしている尻尾が、あまりにも子犬の喜びそのものなので、
「船ん中に、マーキングするんじゃないぞ。小便は、ちゃんとトイレでやれよ」
「こくこく」
 しっぽ、ふるふるふる。
「……そいつは、自前の尻尾か?」
「ふるふる」
「どーやって動かしてんだ?」
「なぞ」
 女児は、きわめて厳粛な顔になって、
「ひみつの、げい」
 そうか、謎で秘密の芸なのか――。
「もしかして、おまい、旅芸人かなんかの子か?」
「ふるふる。ひかりのせんし」
 なんの隘路も窺えない笑顔ですが、もちろん、それは幼児らしい夢なのでしょう。少なくともクーニは、そう受け取ります。
「ま、いいか」
 迷子か捨て子かはまだ判りませんが、精神的乳離れもできないこんな歳で家族の庇護を失ったとしたら、人は夢に逃れるしかありません。クーニも早い時期に両親を亡くし、親代わりだった祖父はクーニの独り立ち直前に逝ってしまったので、ある程度その気持ちは解ります。ちなみに幼時のクーニは、大宇宙最強の剣闘士《グラディエーター》を夢見ておりました。
 やがて愛機の発着スペースに着くと、クーニは左側面に回って一旦トランクを下ろし、『御意見無用』の『用』のハネあたりに埋めこまれた静脈認証センサーに、空いた左手を当てがいます。
 ずん、という響きとともに、不動明王の右足あたり、三メートル四方ほどのサイド・ハッチ部分が機内に沈み、しゅぱ、と右にスライドします。瞬時にステップも繰り出します。
「おう、ひらけごま?」
「手のひら全体が鍵になってるのだ。あとでおまいのも、登録しといてやろう」
「わくわく」
「段々、ちょっと高いぞ。こけるなよ」
「こくこく」
 クーニに続いて搭乗しようとした女児は、発着時のライトアップで鮮明に浮かび上がった巨大な機影を前に、思わずステップの途中で立ち止まり、
「ほわー」
 そっくり反って機体を見上げ、
「でっかいの」
「おう。俺の船――いや、俺の家だ。『千年不動《ミレニアム・フドー》』とゆーな。こんだけでかくても、トラックじゃないぞ。そこんとこからケツまで、ほとんどプラズマ・エンジンなのだ。小惑星一個くらい楽々引っぱれる。こいつであっちこっちいろいろ引っぱって回るのが、今んとこ、俺の商売なのだ」
「でっかいおじさん、らんぷのジーニー?」
「いんや――いや、そうなのかもな。実は俺にもよく判らん。どうやら、そいつがフドーって名前らしいんだが、ひいひい爺さんあたりも、もう正体は知らんかったそうだ。でもまあ、こんだけ強そうなら、なんでもいいやな」
 名前の話題から、まだお互い名前も知らないのに気づき、
「俺は、クーニだ。クーニ・ナーガ。おまいは?」
「タカ・カータ」
「かたかたか」
「ちがうよう。タカだよ。タカ・ウルティメット・カータ」
 女児はひまわりのような笑顔になって、
「カータさんちの、タカちゃんだよ」
 にっこし。


     3

 小一時間ののち、同じくトキオ恒星系、惑星シンジックの衛星軌道に位置する、ゴールデン街《ストリート》。
 どこがゴールデンやねん、と思わずツッコミたくなるような、雑然とした古酒場が並ぶ雑居ステーション、その発着スペースに、あの『千年不動《ミレニアム・フドー》』――略してMF号が、どどどどどと、いえ、見かけに似合わずしゅわしゅわと、軽やかに舞い降ります。
 あの店主との会話にもあったように、デジタルよりもアナログ計器が多くひしめくMF号のコクピット、クーニは手慣れた調子でコントロール・ホイールやレバーを操りながら、
「ザギンあたりだと、ガキ連れじゃ飲めんからなあ。ここなら、確かマスターが子持ちだから、おまい向きの食いもんも出るだろう」
「わくわく」
 サイドシートで身をのりだすタカの前に、瓦屋根を模した屋上と、『白鹿亭』という渋めのネオンがせり上がってきます。『本日のおすすめ品 宇宙くじらの尾の身・ジョナサン風』などというホログラムも、くるくる回っております。
 おなかが、ぐう。
「上が安宿になってるから、酔いつぶれても食い倒れてもOKなのだ」
「じゅるり」
 ハッチが開いたとたん、
「しゅわっち」
 タカはステップのなかばから飛び下りるようにして、薄汚れた駐機場を、酒場の扉に向かってとととととと駆け出します。
「おいおい、飯は逃げんぞ」
 クーニも苦笑しながら後を追います。
 すると、いかにも古い木製っぽく塗装された扉の、すぐ横で、
「――あなたは、神を信じますか?」
 なんじゃやら僧衣っぽい黒衣をまとった青年が、クーニに立派な色刷りチラシを差し出します。クーニやタカ同様、このあたりには珍しいヒューマノイドのようです。
 タカはすでにチラシを受け取っており、むー、などと首をひねりながら、
「えーと、ノアさまの、おしえ。……あと、よめない」
 とりあえず、もらえる物はなんでももらってしまうたちなのですね。
 青年の奇妙なまでに澄んだ瞳を、クーニは一瞬だけながめ、
「……悪《わり》いな」
 奇妙なまでに澄んだ瞳というものは、往々にして、思考停止的共同幻想に囚われきった善良な人々に多く見られる兆候だったりするので、クーニとしては、もっとも苦手なタイプなのですね。
「いるのかもしれんが、いるんだったら直接、出張ってもらってくれ」
 手振りでチラシを辞退するクーニの代わりに、タカが、しゅぱ、とちっちゃいお手々を伸ばします。
 青年は、澄んだ瞳になんの失望も浮かべず、
「はい、いい子だね」
「ありがとー!」
 きれいな折り紙は、何枚あっても困りませんものね。
 一方、黒衣の青年は、ふたりが店の扉に消えるのを見送ったのち、携帯通信《タキオン・ネット》端末を取り出して、
「例のトレーラーヘッドを発見しました」
 端末から、青年よりもやや年長かと思われる、ダンディーな声が返ります。
『シェラザードで目撃された機体に間違いありませんか?』
「はい。ドライバーにコンタクトしますか?」
 しばしの沈黙の後、
『――今はナンバーと映像を送信してくれるだけで結構です。こちらで詳細に調査検討しますから。あなたは別命あるまで、その機体とドライバーを追尾して、定時連絡をお願いします』
「了解いたしました、ノア様」

     ★          ★

「……飲み屋の前で説教されてもなあ」
 クーニは小さくつぶやきながら、タカの手を引いて、その古風な扉を押し開きます。
 とたんにわいわいがやがやと、無節操な酔漢たちの喧噪が流れ出し、
「おう、クーニじゃねえか!」
 カウンターで飲んでいた、緑色のどでかい鉱石男が叫びます。
「お前、五体バラバラになったんじゃなかったのか? イベント・ホライズンに突っこんで」
 さすがに三年も留守をすると、縁起でもない噂が流れているようです。
「簡単にバラけるタマかよ」
 隣で飲んでいた半透明の軟体生物が、茶々を入れます。
「大宇宙の『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』様がよ」
 その胃袋あたりでぷよぷよと揺れているのは、未消化のツマミやお酒でしょうか。
 そんな飲んだくれでいっぱいの、数卓あるテーブル席の天井あたり、なんじゃやらもやもやしたピンク色の雲の中から、
「あの馬鹿でかいトラクタが、素粒子のチリになっても」
「転がしてた運ちゃんだけは」
「元気に宇宙を泳いで帰ってくるだろうぜ」
 気体生物のトリオだったのですね。
「……言ってろ」
 クニは、まんざらでもない顔で受け流しながら、空いていた横奥のカウンター席に、腰を落ち着けます。タカも隣の椅子にがしがしとよじ登り、ちょこんと座ります。
「おやじ、そこのいっとー上の棚の古酒《クースー》、オン・ザ・ロックで。それから、こいつに何か、お子様ディナーを作ってやってくれ」
「じゅるり。おこさまでぃなー。はた、たってる?」
「――できたら、旗も立ててやってくれ」
 鳥類系らしく、いかつい鷲のような顔をしたマスターは、正面の客用にシェイカーを振りながら、ぶっきらぼうに横目で睨み、
「……ふたつばかり、訊いていいか?」
「おう?」
「まず、この古酒は百年ものだ。俺が自力で、アマミ遊星の蔵から掘り出した」
「知ってるぞ」
「運賃コミで、二万クレジット。ボトル・キープなら十万」
「先週、いや、三年前に聞いたぞ。んじゃ、キープしとこう」
 おう、という驚愕の声や、やっぱり何かデカいことやってたな、などという囁きが、あちこちで聞かれます。
「……そうか。なら、いい。……で、ふたつめだが」
「おう」
「……三歳にしちゃ、ずいぶん良く育ってるな」
 他の客たちも、なにがなし訊きかねていた疑問に、耳をそばだてます。
「――産んでねーよ」
「こくこく。タカちゃん、もう、むっつ」
「さっき、オーメんとこのステーションで拾ったんだ」
「こくこく。ひろわれたの」
 安堵だかなんだかわからない嘆息が、あちこちで漏れます。
「……そうか。なら、いい」
 マスターはシェイカーの酒を注ぎながら、
「……気を悪くせんでくれ。俺の眼にゃ、人間型はみんな同じ顔に見えるんでな」
 マスターはそれきり口をつぐみますが、他の酔漢連中は、
「迷子か?」
「捨て子か?」
「どこの子だ?」
 いっせいに話の口火を切ります。
「それが、どうもはっきりせんのだ」
「こくこく。はっきり、しないの」
「おまいは、ちょっと黙っとけ」
「ほーい」
 つまり、この店に着くまでの間に、聞いた話では――。
 タカ・カータの一族は、タカが物心ついた頃にはすでに定住地を持たず、村ほどもある巨大な宇宙船にコロニーを作り、何処とも知れぬ宙域を彷徨っていたらしいのです。ただ宇宙の大海に漂い、ときおり障害物を回避するだけなら、エネルギーは太陽光や太陽風でなんとか賄えます。先祖代々そんな暮らしであることと、『ウルティメット』という船名がそのまま皆の血族名であることくらいしか、タカには、はっきりわかりません。
 しかしその自給自足の平和な生活は、ついひと月ほど前に襲来した謎の兵団によって、終わりを告げました。なぜ自分たちが拘束されなければならないのか、大人たちは解っていたようなのですが、幼いタカにはなんにも解りません。
 からくも小型艇で脱出したタカの家族でしたが、どこかの星間ステーションで燃料補給中に兵士に見つかり、その大規模ステーションの内部配管に潜んで数日間の逃亡生活を過ごしたのち、ついに追いつめられて、なしくずしに一家離散――そんな、戦乱宙域などにありがちな経緯らしいのですね。
「……この宇宙《せかい》にゃ、まだまだドンパチが多いからなあ」
 身につまされた表情の鉱石男が、
「親父さんや、お袋さんは?」
 そう言って、あんがい優しい瞳をタカに向けます。彼自身、紛争宙域に育った孤児だからかもしれません。
「わかんない」
 あっけらかんと答えるタカの言葉に、クーニが注釈を入れます。
「追われている間に、こいつをどこぞの星間トラックのカーゴに押しこんで、それっきりはぐれちまったらしいんだ。で、そのトラックのドライバーが、四五んち飛ばした後にようやく見つけて、もてあまして、オーメの燃料屋の裏に置いてっちまったんだな」
「こくこく」
 シビアな話のわりには、他人事のようにうなずいているタカです。
 あまりに幼すぎて、あるいは脳天気すぎて、明日をも知れぬ自分の運命が理解できないのか――鉱石男は不憫そうに、
「名前や顔は、ちゃんと覚えてるよな。親父さんと、お袋さん」
「こくこく」
「忘れるなよ。覚えてさえいれば、探す手もある。俺なんざ、ほんの砂利んときにはぐれちまったから、もう探しようもねえ」
 彼の場合、ジャリは文字どおりの砂利なのですね。
「だいじょーぶ」
 タカはにこにことうなずいて、
「ママもパパも、すぐに、むかえにきてくれるの。それまでは、だれか、やさしいひとをみつけて、とめてもらって、たべものをもらいなさい――そういってたの」
 ――優しいか?
 ――食うに困ったら、どっか売り飛ばすんじゃねえか?
 ――いや、その前に、自分で食っちまうんじゃねえか?
 などと、種々の疑問がこっそり飛び交う中、
「待たせたな」
 マスターが、オーダー品を運んできます。
「おう、かっちけない」
「ありがとー!」
 お子様ディナーのお皿には、パスタらしいものやハンバーグのようなものや、色とりどりのなんだかよくわからない、けれどとってもいい匂いのものなどが、ほかほかと山盛りになっております。ポテトっぽいもののてっぺんには、紙ナプキンと爪楊枝で急造してくれたらしい日の丸の小旗も、きちんと立っております。まあ日の丸といっても、それはマスターがただの白旗では芸がないと思ってワンポイント凝ってくれただけで、あくまでただの偶然なんですけどね。
「わくわく」
「じゅるり」
 夢にまで見た美味そうな酒と、久々の温かい食事を前に光り輝くふたりの顔は、ある意味、確かに瓜ふたつです。
「ぐびぐび、ぐび」
「おくおく、おっく」
 オン・ザ・ロックと推定ホット・ミルクをイッキのみするありさまも、母子のように息が合っております。
「ぷはー」
「ぷはー」
 お顔を見合わせ、にんまし、にっこし。
 ここまで似たもの同士なら、まあ、なんとかなるんじゃないか――荒くれ者の自分たちよりも、さらにガサツなクーニの日常生活を知っている男たちは、いたいけな女児の運命に、かろうじて希望の光を見出します。
「はぐはぐ! はぐはぐ!」
 顔面の下半分を横長楕円形にして、嚥下ももどかしく食物を口中にかきこむタカに、
「落ち着け。ほっぺたが破裂するぞ」
 そう言うクーニも、放火に使えそうな強酒を手酌で次々と飲み干しているのですから、人のことを言えた義理ではありません。
「んへも、おいひ、はひうへほ。むしゃむしゃむしゃ」
「わはははは。んまいか、そーかそーか」


     4

 酒場に雑多な喧噪が戻り、さらに盛り上がり、クーニは上機嫌の酔漢と化して一同に奢りまくり、タカはあっちこっちのテーブルで小猫になったり小犬になったり、なんだかよくわからない小動物になったりして、たくましく追加のエサを漁り――。
 やがてその喧噪もピークを越えた、凪の一刻。
 荒くれたちの心にも、心地よくけだるい深夜の情感が忍び寄る頃、酒場の明かりが半分落ちて、奥のちっぽけなステージに、ライトが当たります。
 隣の椅子でくーくーと眠りこけているタカに、マスターに借りた毛布を掛けてやりながら、
「今夜の一席は、誰が語る?」
 クーニが訊ねますと、マスターは鷲の目にやや叙情の色を浮かべ、
「吟遊詩人のヒッポスだ」
「お、『泣きのヒッポス』か」
「ほう、知ってるのか」
「あっちこっちで、けっこう顔を合わせたぞ。芸がクサすぎるのが玉に瑕だが――ま、こーゆー晩には、悪くないかもな」
 辛気くさい唄や語りは苦手なクーニですが、その遊芸人は旅先で何度かいっしょに飲んだ仲ですし、珍しく懐が暖かい今夜なら、かえって泣き節も悪くありません。
 ぽろろろろん――。
 典雅な竪琴《ハープ》の響きが、酒場の淀んだ空気の中を、いくつもの真珠玉のように転がって――ステージに、ぶよんとしてしまりのない人影が登場します。
 ヒューマノイドと言えば言えなくもない、でもやっぱり河馬なんだか馬なんだか判然としないそのイキモノは、エウローペ銀河の古典劇のように、きどった白衣を身にまとっており、
「皆様、今宵は、ようこそのお運びを――」
 外見に似合わず、なかなか渋いバリトンです。
 舞台奥に、あらかじめ待機していたらしい小柄な人影――こちらは可憐な小鹿を思わせる、やはり白衣の女性にもスポットが当たり、古風な竪琴《ハープ》を、ぽろろろろんとかき鳴らします。
「……ぽろろろろん?」
 なんだか気持ちのいい楽の音に、タカも目を覚まし、
「むにゃむにゃ……おう、かばさん? おうまさん?」
 寝惚けまなこをこしこししながら、その舞台をながめますと――

     ★          ★

  奇しきさだめ めぐりゆきしが
  人は知らず わがこころためらう淵を――

 ――古《いにしえ》の文人《ふみびと》、大モーリオ・キータ、その作中の一節《ひとふし》にございます。
 今は亡き伝説の古星《ふるほし》、トーホグ星の群青の海辺にて、詠《うた》われたものと伝えられております。

 さて、わたくしこと不肖ヒッポス、正しくはヒポポタマホス・オキノめも、当銀河のみならず、数多《あまた》の銀河銀河団、超銀河団の果てまでも流離《さすら》ってまいりましたが――波の間に間に漂う椰子の実のごとく流離うこと幾星霜、いつしか流れつきました、かの大宇宙の最果てはグレートウオール、その大暗黒《ラストボイド》への辺《ほとり》にて、紡いだ詩《うた》がございます――。

  故星《くに》去りて 百瀬《ももせ》八百《やお》の瀬
  船窓《キャノピー》に 星尽きるまで

  万斛《ばんこく》の 天河《てんが》経巡《へめぐ》り
  遙けくも 来果つるものよ

  虚ろなる 宇宙《うつ》の静寂《しじま》に
  所縁《ゆかり》なす 道標《しるべ》とて無し
 
 ――お耳汚し、ご容赦のほどを。

 それではお耳直しに、やはり古《いにしえ》の詩人《うたびと》トーソン・シーマ、その切々たる絶唱をば、典雅なる琴の音とともに、ごゆるりと、お聞きくださいませ――。 

  名も知らぬ遠き島より
  流れ寄る椰子の實一つ

  故郷《ふるさと》の岸を離れて
  汝《なれ》はそも波に幾月

  舊《もと》の樹は生《お》ひや茂れる
  枝はなほ影をやなせる

  われもまた渚《なぎさ》を枕
  孤身《ひとりみ》の浮寝の旅ぞ

  實をとりて胸にあつれば
  新《あらた》なり流離の憂《うれひ》

  海の日の沈むを見れば
  激《たぎ》り落つ異郷の涙

  思ひやる八重の潮々
  いづれの日にか國に歸らん――

     ★          ★

 長距離トラッカーの溜まり場のような『白鹿亭』のこと、独り者でも妻子持ちでも、こと『望郷』の念を持ち出されると、条件反射的に涙腺がゆるみます。まあそこんとこを、いかにも仰々しく、有難げに、高邁げに繰り出すのが、『泣きのヒッポス』の芸風です。『母のぬくもり』『男女の愛』といった趣向も定番ですが、今夜はガス状のお客や単性生殖のお客も多いようなので、あえて『望郷』を選んだのですね。
 その選択は正しかったらしく、
「捨てた故郷が恋しいか、キー坊」
 鉱石男さんが、傍らの後輩をからかいますと、
「冗談、兄貴」
 メッシュの毛並みをディップで全身つんつんとんがらせたゾクあがりの狼青年は、こらえきれない涙を先輩に見せまいと、あわてて顔を伏せます。で、からかった鉱石男さんの瞳も、なにがなし潤んだりしているわけです。
 もちろん終始それでは酒席が白けてしまいますから、前半泣きでシメておいて、中盤からはちょっぴり当世風刺を交えてみたり、後半は荒くれ者の好きそうな艶笑詩なども、あまり下品に堕ちない程度に披露したりして、沈静しかけた酒席をいい具合に盛り上げ、酒場の売り上げに貢献する――それが遊芸人の仕事です。
 そうして、いったん凪いだかに見えた酒場の喧噪は徐々に復活、やがて底なしの宿酔《ふつかよい》モードへと雪崩れこんだ頃、
「そろそろ、上で寝かしてやったほうがいいんじゃねえか?」
 荒くれ同士のどんちゃんに余念のないクーニを、鷲のマスターがたしなめます。
「お?」
 オマケが隣にいないのに気づいて、酒場中を見渡しますと、
「んらからー、そゆことゆってるからー、きらわれるのー。じぶんの子ろもにー、おいちゃんたちはー」
 六歳にして説教オヤジと化したタカが、毛むくじゃらの熊っぽい男たちのテーブルで、クダを巻いております。
「しょーがねーなー」
 クーニは歩み寄って、タカの襟首をつかみ上げ、
「誰だよ、こいつに飲ましたの」
「いや、いつのまにか勝手に飲んでたんだよ、なあ」
「なあ」
 困っているんだか面白がっているんだか、微妙にうなずきあう熊男たちの頭を、
「んらからー、わかるー? おいちゃんたちはー」
 タカは襟首をつかまれてぷらぷら揺れたまま、ぽんぽんと叩きます。
「ガキはもう、お寝んねの時間だ」
 クーニがそのまんま横にぶら下げ、宿に持ち運ぼうとしますと、
「やらー、はなせー、うちゅーかいじゅー」
 タカはじたばたと暴れまわり、
「しゅわっち!」
 両手をびしっと十字に組んで、
「くらえ! すぺしゅーむこーせん!」
 ぽわぽわぽわぽわ――。
 立てた右手の横っちょから、なんじゃやらちっこいシャボン玉のような光が次々に吹き出し、クーニの顔面を、斜め下方から直撃します。
 ぼわ。
「…………」
 硬直したクーニの顔前で、なんじゃやら焦げ臭い細粉が、チリチリと燻りながら宙に舞います。
 ――うわあ。
 ――顔面ほとんど、なんかのタタキ。
 一瞬息を飲む男たちのテーブルに、ぽい、とタカが据え置かれ、
「きゃはははは」
 ほがらかにひと笑いしたのち、こてん、とひっくりかえり、
「むにゃ……わるいかいじう……えい、えい」
 アルコールが回りきったのか、時刻も時刻だからか、夢の中でとどめを刺します。
「…………」
 クーニは無言のまま、テーブルの水差しを手に取ると、自分の頭上で逆さまにします。
 だばだばだばだば――。
 そのままゆっくりと、空いていた横のテーブルの椅子に腰を落とし、
「……えらいもんを拾っちまった」
 がっくしと、うなだれます。
 それでもさすがは『鉄の乙女《アイアイン・メイデン》』、顔面は湯気を上げながら元の色に戻っていきますし、眉や睫毛や前髪も、多少チリチリが残った程度です。むしろお肌のむだ毛が焼け落ちて、つやつや度がアップしたくらいでしょうか。
「――お前、ウルティメットの子を産んだのか?」
 頭上から掛かった声に、
「だから産んでねえ――って?」
 驚いて顔を上げますと、あのヒッポスが、舞台衣装のままでグラス片手に立っております。
「久しぶりだな、クーニよ」
 その横で、相方のケイも、ことことと頬笑みながら会釈しております。
「ああ久しぶりだなヒッポス――なんて挨拶はちょっとこっちに置いといて――おまい、知ってるのか? ウルティメットって、いったいなんなんだ?」
 ヒッポスは、舞台での演技そのままに仰々しく両手を広げ、
「それは遠い遠い昔、この大宇宙の時を遡ること幾星霜――」
「前置きはいいから、手短にやってくれ」
 ヒッポスはちょっと残念そうに、そのぶよんとしてしまりのない体を、テーブルの向かいに落ち着けます。
「お前は、テュール銀河群の、M78星雲を知ってるか?」
「えーと――いんや。テュールなら、ちょっと遠いがジャポネ銀河のお得意先だし、何度もカーゴ引っぱった覚えがあるぞ。あの銀河群がくしゃみをすりゃ、ジャポネが風邪をひくってくらいだからな。でも、M78なんてのは聞いたこともないぞ」
「ウルティメットってのは、その銀河群にかつて存在していたと言われる、伝説の一族だ。今は亡き古代文明、M78星雲文明――これは歴史学者なんかなら、けっこう知ってる。それを築いたと言われる民族だな。なんでも太古の昔から、その星雲内のウルティメット恒星系を中心にして、テュール銀河群まるまる仕切るほど、知的で高貴な一族だったそうだ」
「うんうん」
「しかし、そのあまりに利他的な平和主義を疎んじた下部勢力が、いつしか造反、軍事革命によって、一族は粛正という大義名分の虐殺《ホロコースト》に晒され、数億年前に滅亡してしまった」
「……滅亡?」
「そう伝えられている。一説には、ウルティメット恒星系ごと人為的に破壊されてしまった、とも」
「じゃあ、この子は違うじゃないか」
「しかし――命からがら逃れた僅かな生き残りが、漂泊民となって全宇宙に散り、数億年を経た今も血脈を保っている――そんな口承が、わずかに残っている」
「……ほう」
「まあ現在のテュール銀河群は、事実上ヴァルガルム人の支配下になっちまってる。だから伝説すら、都合のいいように勝手にねじ曲げられ、真相は闇の中なのさ。ウルティメットという悪魔の血を絶やした救世主こそ我が民族のルーツである、そんな伝説が一般化してるくらいだ」
「……ちょっと、いいか?」
 クーニは、タカに聞いた身の上話を、ヒッポスに伝えます。
「――ほう」
 ヒッポスは、草食獣的な目を、なにやら鋭く光らせて、
「冗談抜きで、アリかも知れんぞ。ウルティメットの脱出には、コロニー仕様の巨大宇宙船が使われたとも伝えられている。それに、ヴァルガルムの上層部は、とうの昔に根絶やしにしたはずのウルティメットを、未だに密かに探索し、粛清しているという噂もある」
「んでも、なんで今さら、そんな昔話を警戒するんだ? だいたい、平和的すぎて滅びた民族なんだろ? 怨念ズブドロで反革命運動でもやってるってんなら、話は解るが」
「伝説の存在自体が、不安なんだろうな。現実的脅威は微塵もないのに、己のアイデンティティーに反する、それだけの理由で他人を疎む輩は、どこにでもいる。それだけで、異民族を根絶やしにしようとする民族もな」
 そんなシビアでヘビーな話題が、自分に関する背景として語られているとは露知らず、タカはクーニの膝の上で、安らかに眠りこけております。
「くーくー」
 ヒッポスは、あどけないタカの寝顔を見つめながら、
「とにかく、もう酒は飲ませんことだ。伝えられているウルティメット族の特徴、そのひとつは『光線技』だ。まあ、プラズマ放電で外敵を威嚇する生き物は他にもいるから、少しくらい見られても、どうってことなかろうが、人前で『変身』でもされたら、大ごとだ」
「――変身?」
「ああ、それがふたつめの生物学的特徴と言われている」
「オーメの狸でも、たまに化けるぞ」
「あれは精神攻撃《サイコ・アタック》で、周りにそう見せているだけだろう。ウルティメットの場合、実際に体細胞レベルで変身するそうだ。そんなイキモノは、大宇宙広しと言えど、未だに確認されとらん。いや、原始的なアメーバ類にはいると聞くが、少なくとも人間型《ヒューマノイド》には、具体例がない。細胞のどこをどうやるものやら、体長が四十倍くらいになるなんて言い伝えもあるな」
 体長四十倍――クーニもまじまじと、タカの寝顔を見おろします。
「むにゃむにゃ……くーくー」
 クーニは、想像します。
 体長四十メートルを越すちょんちょん頭の幼女が、飲んだくれて「きゃはははは」と笑いながら、光線技で宇宙都市の摩天楼を焼いて回る――そんな、恐るべき光景です。
「……どわはははははは!」
 いっさいのシリアス・モードから解放され、爆笑するクーニでした。
 ヒッポスも苦笑しながら、
「しかし、妙なんだよなあ」
「ん?」
「どうもこの子を見てると、昔、どこかで会ったような気がするんだ。何かこう、胸の奥が、うずうずと疼くような――」
「……おまいもか?」
 クーニやヒッポスだけでなく、ケイもうなずきながら、タカの脳天気な寝顔のちょんちょん頭を、優しく撫でてみたりします。
「むにゃ……いいかいじう……なでなで」


     5

 さて、とうに夜半を過ぎて――。
 騒々しい酒宴もお開きになった後、タカを宿に寝かせてきたクーニは、ヒッポス夫婦の部屋に招かれて、軽い寝酒を楽しみます。晩酌と寝酒の間が空かないのが、クーニの生活パターンなのです。ただの飲み助、とも言いますね。
「しかしケイも、こんなぶよんとしてしまりのない甲斐性なしの旦那と、良く続くよ」
 言いたい放題ですが、もちろん多大な親愛の情の発露です。
「年がら年中いっしょに流れ歩いて、泊まるのはこんな安宿ばっかりで、たまにゃ愛想を尽かさんのか? 大体こんな暮らしじゃあ、おちおちガキも作れんだろう」
 ヒッポスとケイは、何やら嬉しげな眼差しを交わし、
「次の旅が終わったら、当分、腰を落ち着ける予定なんだ」
「へえ、常設小屋と契約でもしたのか?」
 クーニは自前のボトルから、ふたりのグラスに古酒をついで、
「それはめでたい。どこの小屋だ。祝いに寄ってやろう」
 ふたりはますます嬉しげに、
「UWC――ユニバーサル・ワンダー・コーポレーションって知ってるか?」
「げ。マジかよ。大会社じゃねえか」
 このあたりの銀河一帯に様々なアミューズメントパークやテーマパーク事業を展開する、銀河団規模の観光会社なのですね。
「来年、惑星チーバのUWC本社近くに、新しいテーマパークが開園する。まだ正式名称は決まっとらんが、コンセプトは『三丁目の夕日』だ」
「なんじゃ、そりゃ」
「何というか、これまた太古のフォークロア用語で――まあ、失われた古代文明の郷愁と、古き良き素朴な生活を仮想体験し、味気ない現代宇宙生活の疲れを癒そう――そんな感じだ」
「なるほど、近頃は、なんか銀河中でレトロ流行りだからなあ」
 クーニは、うんうんとうなずいて、
「おまいの芸風には、ぴったりじゃないか」
「ああ、ようやく表舞台の出番が回ってきた、そんな感じだ。当座は五年契約だが、よほどのしくじりがなければ、終身雇用に移れる契約になってる。まあそのテーマパークがつぶれん限りだが、一度UWCの仕事をやっときゃ、後のツブシが違うからな」
 そう破顔するヒッポスの脇を、ケイがつんつんと突っつきます。
「ねえ、クーニもお誘いしたら?」
 資材運搬の仕事でもあるのでしょうか。
「ちょうど明日の午後から、チーバで打ち合わせですもの。これもきっと、何かの縁よ」
「うーん、でも、こいつは根っから一匹狼だからなあ」
「だから、次の旅だけでも」
 思わせぶりな夫婦の会話に、クーニが身を乗り出します。
「体ならあいてるぞ。終身雇用は御免だが、なんか引っぱり仕事があるんなら、ギャラによっちゃ、ちょっとくらい窮屈なのは我慢するぞ」
 念願の開店資金の目標額達成が、急に現実味を帯びてきたところだけに、クーニの鼻息も荒くなります。
 ヒッポスも、その本気らしい反応を受けて、
「そのテーマパークで再現する、古代文明の検証――早い話がネタ探しのために、ここ十年くらい、あっちこっちの雇われ学者やらトレジャー・ハンターやらが、他の銀河団まで飛び回ってたんだ」
「ほう」
「で、俺が解説を披露する予定のナーラ銀河に、来月から最終視察団が出る。あそこは古代建築やら古墳やら、遺跡の宝庫だ。もちろん主要復元物などはすでにチーバで建設中だが、具体的なアトラクション演出を、これからツメるわけだ。そのスタッフの視察に、俺たち夫婦も同行する。順調に行けば最短ひと月、スタッフのノリによっては最長三ヶ月を見込んでる。芸のリアリティーは、なんといっても空気感――現実レベルまで高まった想像力だからな」
「たしかに。んでも、それと俺と、なんかカブるのか? まさか、でっかい筏で出かけるわけじゃなかろう」
「無論、視察団はそれなりの船をチャーターする。ただ、帰りにどでかい土産ができそうなんだ。本当は口外無用なんだが、少しは漏らしとかんと、お前も決めようがないだろう」
 クーニの口の堅さは、ヒッポスも長年の親交で確信しておりますので、
「去年、ナーラ銀河の辺境宙域で、先行調査団が奇妙な遊星を発見した。特定の軌道は持たず、あっちこっちの天体重力の狭間を、幽霊船のように彷徨ってたそうだ。表面の大半は岩山や礫漠だが、ごく一部に露出している平坦部分は、明らかに精錬された古代金属だ。すでに名も知れぬ金属だが、これが分析の結果、少なくとも精錬後十億年は経過してると判明した。そして、地表や地殻にいっさいの生命反応がないにも拘わらず、その遊星のほぼ中心部、つまりコアの部分にのみ、なぜか生命反応があるのだ。それも、ただひとつの生命反応が」
 ちなみに『遊星』という言葉は、本来『惑星』と同義なのですが、この時代のニュアンスとしては、主星を巡る定まった軌道を持たない小惑星を、そう通称しております。
「おう、なんか、わくわくするなあ、そーゆーの。もしかして、物体Xとかか?」
 明らかに「だったらいいなあ」といった表情のクーニに、ヒッポスは苦笑して、
「いんや。もっと俺好みの物件らしい」
「なんだ、おまい好みなのか。んじゃ、出てきてもせいぜいミイラ男くらいか」
「……かもしれん」
「おい」
「まあ冗談は、ちょっとこっちに置いといて――学者先生方の推測によれば、その遊星自体、太古に滅亡した恒星系か星雲文明からはじき出された、一種のシェルターなのではないか、と」
「なんか、さっき聞いた話に、ちょっと似てるな」
「ああ。可能性としては、あのタカという子と、同じ根を持つ話でもありうる。その先は、残念ながら今んとこ、いくらお前にでも口外できん。契約書に守秘義務条項がある。正式な同行契約を結んでからでないとな。で、実際問題、お前の船は何億トンまで引ける?」
「力場牽引なんで、質量は何兆トンでも問題ない。寸法だけ教えてくれ」
「直径約百キロ」
「楽勝だ」
 クーニはにやりと笑い、
「おもしれえ」
 くい、と親指を立てて、
「――その話、乗った」


     6

 翌朝、片付いたサロンの各テーブルで、宿泊組の客たちが数人、てんでに朝食を待っておりますと、
「よう、みんな。いい朝だな」
 元気いっぱいのクーニが、まだ安眠中のタカをしょって、二階から下りてきます。
 客のほとんどは昨夜いっしょに呑んだ連中なので、クーニの溌剌とした笑顔を呆れたようにながめ、「あー」やら「うー」やら、宿酔い特有の爛れた挨拶を返します。
 そんな客たちの中に、あの澄みきった瞳の青年が座っているのを認め、
「なんだ、おまいもここに泊まってたのか。いっしょに飲みゃあよかったのに」
 昨夜よりもすっかり角が取れたクーニは、気軽に声をかけます。
「それともノア教って奴は、酒も御法度なのか? 酒は霊験あらたかだぞ。その証拠に、昨日は辛気臭い唐変木に見えたおまいが、今朝は、ちゃあんとまともな労働者仲間に見える」
 それはアルコールの余韻ばかりでなく、青年が黒衣の替わりに普通のシャツを着て、すなおに笑っているためでもあるのでしょう。
「いえ、僕もワインは嗜みます。ワインも日々の糧も、すべて創造主の血と肉ですから」
「そうなのか? それってなんか、すっげー不味そうに聞こえるなあ」
 もちろん絡んでいるわけではなく、たわいない冗談です。
 青年も穏やかな笑顔のまま、
「でも、夜間の勤め――教理学習や祈りがありますので、僕は、ちょっと酒宴のほうは」
「んむ。なんだか良く判らんが、とにかくご苦労様だ。まあ今日もいちんち、しっかりがんばってくれたまい」
 クーニはほとんど神様とタメのノリで、豪快に青年の肩を叩きます。その『夜間の勤め』に、自分の挙動やタカの身上に関する定時連絡が含まれていたことなど、もちろん神ならぬ身のクーニには知る由もありません。また青年自身にとっても、それらの活動は、なんら悪意ややましさに繋がるものではありません。むしろクーニのような好漢、いえ、好ましい娘は、教主や神の御心にも叶うに違いないと思っていたりもします。
 クーニは好漢モードのまま、ヒッポス夫婦のテーブルに歩を進め、
「よう、ヒッポス! いい朝だな」
 しかしヒッポスは、かなり青黒い顔で、
「いい朝だな、と、爽やかに返したいところだが――」
 唸るように眉根を寄せ、
「宇宙じゃあ、いつも鬱陶しい夜空しか見えんぞ」
 昨夜は底無しのクーニにとことんつきあっていたのですから、声まで多少青黒いのも仕方ありません。
 隣のケイは苦笑しながら、まあまあ、と夫をたしなめます。
 クーニは夫婦に同席し、
「おらよっと」
 背中のタカを、隣の椅子に下ろします。
「おい、起きろ。そろそろ飯だぞ」
 タカは寝ぼすけまなこで、
「むにゃ……ごはん……」
 ぽしょぽしょと眼前のテーブルをチェックし、
「むー」
 さらにサロン全体も、ぽしょぽしょと、しかし入念にチェックし、
「……ごはん、ない」
 どのテーブルにもまだお水しか出ていないのを確認したのち、こてん、と、再び安らかな夢路に就きます。
「くーくー」
 クーニは、しょーがねーなー、といった表情で、ヒッポスに訊ねます。
「猫みたく、いちんち中寝てるもんなのか? ウルティメットってのは」
「生活習慣は、お前たちと変わらんはずだが」
 ケイがタカのおつむに手をのばし、優しく撫でさすります。
「きっと、安心して眠れるのは久しぶりなのよ。ずうっと、ひとりぼっちだったんだもの」
 昨夜はかなり汚れてぼさぼさだったちょんちょん頭が、今朝はきちんと、さらさらになっております。
 ヒッポスも、鼻をくすぐる石鹸の香りと、ほのかに甘酸っぱい子供本来の匂いに気づいて、
「ずいぶん小綺麗になったじゃないか」
「おう。だいぶ汚れてたから、さっき朝風呂で丸洗いしてやった。面白かったぞ。お湯ん中から、おもちゃの潜望鏡で覗いてやんの。なんだそりゃって訊いたら、宝物なんだとさ。お祭の夜店かなんかで、親父さんとお袋さんに買ってもらったらしい。なあ、ちょっと泣かせるだろ?」
 いかにもほのぼのとしたお風呂場光景を想像し、ヒッポス夫婦は、ことことと微笑を浮かべます。
「かなり出べそ気味だったけど、確かに人間と変わらんな。拭いて乾かしてやってるうちに、また気持ちよさそうに眠っちまった。気楽なもんだぜ、ガキなんてのは」
「昼まで寝かしといてやったらどうだ?」
「いや、俺も、そうしようかと思ったんだが――ちょっと、これを聞いてみろ」
 クーニがタカのお腹あたりを指し示しますので、ヒッポス夫婦も聞き耳を立てますと、
「くーくー」
 安らかな寝息に続いて、
「ぐうぐう」
 お腹の虫が、独自に自己主張しております。
「くーくー」
 ぐうぐう。
「くーくー」
 ぐうぐう。
「――な? どっちが優先なのか、悩ましいとこだろう」
 こんな小さな子が、食欲と睡眠欲という二大本能をひたすら我慢しながら、何日も過ごしていたのだ――ケイは、思わずほろほろと涙ぐみます。
 ずっと耐えていた当人も、ひと晩の飽食や睡眠くらいでは、まだまだ本能が満たされないらしく、
「……くんくん」
 眠りながら鼻をひくつかせ、食物の登場に備えております。
 そこに、酒場担当の鷲のマスターではなく、宿担当の鷲の奥さんが、
「お待たせでーす」
 にこにことスープやパンを運んできたとたん、
「ごはん!」
 タカは敏感に食物の匂いを察知し、いきなし覚醒します。
「はぐはぐ、はぐ!」
 すばやく両のほっぺたに一個ずつ丸パンを蓄えたのち、まだ空いている口蓋中央に、マッシュポテトのようなものをスープで流し込みます。
「むしゃむしゃむしゃ、ごくごくごく」
 久方ぶりにまとめて本能を満たすのも、なかなか大仕事なのですね。
「――げふ」
 無我夢中でそこまでやったところで、あっけにとられている一同の視線に気づき、
「…………」
 これは、正しいよいことしては、とってもはしたないありさまを露呈してしまったのではないか――そんなお顔で、上目遣いにきょろきょろと周囲を確認し、
「――おはよーございました」
 ぺこり。
 うっかり省略してしまった正しい朝のご挨拶を、あらためて、過去形で補填したりします。
「いただきまーした」
 また、ぺこり。
 本来のタカは、あくまで誇り高き一族の末裔であることを忘れない、立派なお子さんなのですね。まあ、なんかちょっぴりズレているところは、特異な境遇上のハンデとして、許容してもらうしかありません。
「きょろきょろ」
 周囲一同の生暖かい視線と、ケイや鷲の奥さんの母性愛に満ちたうるうる視線を確認したのち、ようやくほっとした顔になって、
「もふ」
 おもむろに両のほっぺたから、それぞれの丸パンを口腔内に移動します。
 そして、しばしもぐもぐともぐもぐしたのち、
「ごっくん」
 お手々のしわとしわを合わせて、
「ごちそーさまで、ございました」
 しあわせ、なーむー。
 これでかんぺき、よいこいがいのなにものでもあるまい――自信と確信に満ちたタカの笑顔に、一同も微妙な笑顔を返して、それぞれの食事を始めます。
「いやー、これはなかなか重宝なもん、拾ったかもしんない」
 クーニは上機嫌で、タカのおつむをぽんぽんしまくります。
「おまいら、知ってたか? ガキってのは、ずいぶんあったかいもんなんだぞ。湯たんぽ代わりに、ちょうどいいのだ」
 昨夜から酒にも肴にもベッドにも風呂にも満たされっぱなしで、おまけに懐まで暖いクーニは、これまでやこれからの人生における雨の日や風の日を、きれいさっぱり忘れ去っております。もっともクーニの場合、一〇〇〇ヘクトパスカル以上の暴風雨、あるいは一〇G以上の重力加速度など、たいがいの不快感は、羽交い締めにして脳外に蹴り飛ばしてしまうのですが。
「こくこく。とってもあったか」
 タカも今後の扶養待遇を考えて、
「んでもって、とってもやーらか」
 すかさず己の実用性をアピールします。
「だきまくらにも、ぴったし」
 抱き枕としては昨夜すでに使用されており、ママとの同衾に比べるとずいぶん手荒い扱いを受けたのですが、お互い熟睡してしまえば無問題です。ときどき、むにむにと挟みこまれるときのおっぱいは、もうちょっとボリュームや手ごね感が欲しい気もしますが、まあ、贅沢を言えばキリがありませんものね。
 そんなふたりの、一部すっこぬけた、でも微笑ましいやりとりを聞いていたヒッポスは、
「……その子も、連れて行くか?」
 昨夜の話の後で、今後のタカの扱いに、ある疑問が生じていたのですね。もしタカの出自が、伝説ではなく現実としてウルティメットとヴァルガルムの軋轢に絡んでいた場合、ジャポネ銀河の官憲に委ねるのはかえって危険なのではないか――。
 今現在、表面上は恒久的平和を標榜しているジャポネ銀河ですが、その背景には、実は超銀河団規模で経済的・軍事的影響力を誇るヴァルガルム文明=現テュール銀河群政府との、密接な政治的関係があったりします。昨夜クーニが言っていた、『その銀河群がくしゃみをすれば、ジャポネが風邪をひく』、そんな関係ですね。
 クーニは自分の判断だけで決めるわけにもいかず、
「おい、タカ。おまいも、俺たちといっしょに行くか?」
「どこ、いくの?」
「えーと、でっけー遊園地に就職したり」
「ゆーえんち!」
 タカは迷わず、しゅぱ、と、お手々を挙げて、
「いくいく! かいてんもくば! びっくりはうす!」
 タカの出自だと、『遊園地』として想像したのは、小さな村の仮設カーニバルあたりでしょうか。
「いんや、遊園地はまだこれからだから、その前に、そう、宝探しだな」
「おう、たからさがし!」
 タカはここを先途と、ちっちゃいお手々を挙げまくります。
「はいはいはいはい!」
 遊園地と宝探し――このふたつのアイテムを同時に繰り出されて、もし躊躇する良い子がいるとしたら、それはきっと、どこかが良くない良い子に違いありません。





   第二章 狸の惑星


     1

 さて、白鹿亭をチェックアウトして、いったん外骨格店主の店に戻り残金を受け取ったクーニのMF号は、ヒッポス夫婦の小型艇と共に、惑星チーバを目ざします。
 チーバ恒星系はトキオ恒星系のすぐ隣で、惑星チーバはその主星とも言うべき繁華な惑星ですから、最寄りの法定ワームホールもなかなか渋滞気味なのですが、
「あすこなら、いい隠れワープアウト・ポイントがある。大気圏のすぐ外だ」
 クーニはヒッポスに向けた艇間無線で、抜け道通行を提案します。
 熟練の運ちゃんたちは、そうした違法情報を常時交換蓄積更新しあって、遠距離航行の所要時間を稼いでいるのですね。
『そっちは良かろうが、こっちは公式航宙ナビ準拠のオートマ機だ。違法ワープなぞできん』
 ヒッポスが渋い声を返します。
「楽勝だ。こっちでおまいの船を引っぱる」
 クーニは気軽に請け負います。
「最大牽引力場、直径一二〇キロの千年不動様だぞ。おまいの船なんて、ボーフラみたいなもんだ」
『でも、こんなゴミゴミした宙域で、大丈夫か? スペースデブリと重なって、いきなりドッカンなんてのはご免だぞ』
 繁華な惑星の近辺には、粗大ゴミと化した人工衛星やその破片など無数の浮遊ゴミが周回しており、法定ルート以外の航行は、けっこう危険なのですね。
「心配すんな」
 クーニは助手席のタカに目をやり、
「こっちはガキ連れだ。いいかげんはしねえよ」
 タカは、白鹿亭で譲ってもらったお子様シートにちょこんと収まり、
「わくわく」
 根っから脳天気なお子さんなので、『すぺーすでぶり』とゆーのも『でっけーゆーえんち』のなんかなのだろーか、などと、期待に胸を弾ませております。
「どっかん、しよう。ねえ、どっかーん!」
「しねえって」
 クーニは苦笑しながら、アナログ表示の3Dレーダーモニターで、左舷下後方を飛んでいるヒッポスの小型艇を確認し、牽引力場を発生させます。
 ぽよぽよぽよぽよ――淡い乳白色に光る球形の力場が、ヒッポスの小型艇を包みこみます。本来なら色や光は必要ないのでしょうが、操作性を考慮して、意図的に可視化されております。
「おう、きゃっち」
「すげーだろう。やろうと思えば、あれがなんぼでも広がるのだ」
「こくこく。ぽよぽよ、ぽよぽよ」
 MF号の牽引力場は、基本的に四方八方自由に設定できますが、前方視界も確保したいですし、後方のメイン推進ノズル、また各方向の制動ノズルとのバランスをとらなければなりません。ですから傍から見れば、球形の力場に収めた牽引物をおおむね斜め後ろに引っぱって、時々あっちこっちにぶん回しながら飛ぶ、そんなありさまになります。ゴジラとラドンを引っぱったX星人の円盤のようには、お行儀良く行かないということですね。もっとも牽引物のほうでは一定の力場内に封じられているわけですから、どっちみち静止しているのと同じで、ゴジラがメマイを起こしたり、ラドンがゲロを吐く心配はありません。ただし、あんまし長く引っぱっていると、窒息死する恐れがあります。また牽引対象によっては、ネット状の変形力場で引くこともできますが、その場合は、さすがに質量に制限があります。
「このまんま引っぱってワープするぞ」
「どきどき」
 クーニが、古風なクラッチっぽいレバーを微妙に操った瞬間――キャノピーの外の星空が、一瞬、ぐにゃりと歪みます。
 そして次の瞬間、歪みが消えたときには、もう惑星チーバが、星空の下からせり上がってきます。
「……もう、おしまい?」
「おう。おまいにゃピンとこなかろーが、おおむね七千万キロ、自力で越えたんだぞ」
「……いまいち」
 実際ピンとこないタカは、かなり物足りない様子でつぶやきます。
 でっかい遊園地だと思っていたチーバの表面も、ほとんど灰色の雲に覆われており、あんまし見栄えがしません。シンジックほどくすんではおりませんが、オーメよりはずいぶん暗い感じです。
 力場を解かれたヒッポス艇が、MF号の前方に周り、
『北の工業半球に出ちまったな。UWC本社は、南の観光半球の島嶼部だ。先導する』
「おうよ」
 他の宇宙艇も行き交いはじめた衛星軌道から、大小の二機は徐々に下降し、やがて大気圏に突入します。
 白い耐熱セラミック系のボディーが摩擦熱で赤化し、やがてまた白に変わる頃、
「あわあわ、あわ!」
 助手席のタカは、なぜだかわたわたとクーニの片腕にすがります。
「なんだなんだなんだ」
「ぶつかるよう!」
「……なんにもないぞ?」
「でっかい、かべ!」
「は?」
「あおいかべ!」
 タカがぷるぷると指さす先には、先行するヒッポス艇を除けば、ただ空が広がるばかりです。やや霞みがかっておりますが、工業半球のような濁りはなく、繁華星としては、まずそこそこの青空と言っていいでしょう。
 壁って――空のことか?
 クーニはあらためて、タカの境遇に思い当たります。
 タカが育ったコロニーには、透明なドームに覆われた広場などもあったらしいのですが、その果てに見えていたのは、当然いつも星空だけのはずです。たとえそのコロニーに何千坪の農作物プラントや畜産プラントがあろうと、宇宙船の内部である限り、青空も大地も海もありません。そんな環境で育ったタカにとっては、生まれて初めて目にする広大な『空色』が、青い壁としか思えないのですね。
 ――こいつは、生まれてからずっと、夜空に浮かぶ籠の鳥だったんだ。あの燃料ステーションや、白鹿亭の窓から見上げるような宇宙《そら》しか、知らなかったんだ――。
 もっともクーニにしても、けして恵まれた環境に育ったわけではありません。人生の大半を、ちっぽけな廃屋同然のガレージと、このMF号の中で過ごしております。でも幼い日のクーニには、無尽蔵の自然がありました。惑星オーメはドのつく田舎ですが、いえ、であればこそ、貧乏人の子も物持ちの子もいっしょくたになって駆けまわる山河が、耕作や商売や狩りといったなりわいと不可分に、青空の下、どこまでも広がっておりました。
 クーニはなんだか無性にタカがいじらしくなって、柄にもなく鼻の奥がつーんとしてしまい、
「心配すんな」
 しゃっちょこばっているタカのちょんちょん頭を、片手でくしゃくしゃとかきまわしてやります。
「この青いのも、ぜーんぶ宇宙《そら》なのだ。宇宙とひと続きの、空なのだ。行こうと思えば、どこまでも飛んでいける」
「……ほんと?」
「俺を信用しろ」
 クーニは照れ隠しに、うに、と不動様のような顔をしてみせます。
「オーメの空なんか、もっと底抜けに青いぞ」
 それでもタカは、まだ心配そうに空を凝視しております。
「じろじろ」
 前を行くヒッポス艇が、文字どおりどこまでも飛び続け、いつまでたってもぺしゃんこにならないので、
「ほわー」
 ようやく青い宇宙もあるのだと納得し、
「こりは、びっくり」
 星空とはずいぶん毛色の違った宇宙っぷりに、思わずぱちぱちと拍手したりしたのち、
「じゃあ、あれは?」
 こんどは、不思議そうに眼下の広がりを指さします。
「そらの下も、そら?」
 それは、ただのチーバの海面――海洋が大半を占めている南半球なのですが、
「あれは、『地べた』とゆーな」
 信用しろと言ったそばから、ついつい、おちょくってしまうクーニです。
「やたらとだだっぴろいが、ただの床だ。空に合わせて、ぜんぶ青いペンキで塗ってある。んでも一色だとつまんないから、ほら、ところどころ、緑や茶色で染めてあるだろう」
「こくこく……ほわー」
 本気にしてしまったタカが、ぽかんと口を開けて感心しているので、クーニは若干困ったりしてしまいます。でもまあ、こうした屈折も、彼女らしい照れ隠しの一端なのですね。
 そんな凸凹コンビとヒッポス夫婦を乗せた両機は、青空に長々と飛行雲《コントレイル》の尾を引きながら、そこそこ清浄な海に浮かぶ緑の観光島嶼群へと、ゆるやかに下降していきます。


     2

『――あの島の内陸部だ』
 ヒッポス艇の先に見えてきたUWC本社所在地は、クーニが想像していたような摩天楼の林立する都会ではなく、白い渚に沿って瀟洒な屋敷が点在する、いかにも高級リゾート地っぽい、大きめの島でした。周囲四〇〇キロくらいでしょうか。
「なんだか勝手が違うなあ」
 島の奥に繋がる舗装道路の先も、とりあえず目に映るのは森林や草原ばかりで、高層ビルなどは見当たりません。
「こりゃあ街っつーより、金持ちの別荘地なんじゃねーか?」
『少なくとも、別荘じゃないな。むしろ本宅だ。この島自体が本社兼会長の居住地で、UWCグループの全情報がここに集まる。あっちこっちの別荘みたいな奴も、ほとんど幹部の自宅だ。みんなSOHOで、会長邸のメインフレームに繋がってる』
「……よくわからん」
『つまり、今どきの企業の幹部って奴は、単に最終的な情報処理権限所有者なのさ。扱う物や生物や土地はあくまで物理的存在でも、バランスシートや損益計算書の上では、全部ただの数値情報だ』
「そーゆーの、好かんなあ」
『心配するな。会ってみれば、会長も我々と同じ、ただの生き物だ。まあちょっと長生きしすぎって感じだが、古典詩も読めば酒も飲む』
「会ってみれば? 俺はただの運ちゃんだぞ。輸送課か人事のおっさんあたりに、ナシつけるだけだろ?」
『いんや。例の「三丁目の夕日」に関しては、今んとこ全部、会長の直接裁量になってる。俺も先月、直接会って契約書を交わした。そもそも建設地がこの島の裏側、つまり会長のお膝元なんだ。盤石の汎銀河資本を掌握する老経営者が、引退前に自ら指揮する最後の道楽仕事――そんなとこかな』
「ああ、なんか前にもいたいた。なんでも自分でやんなきゃ気が済まない、エラい奴」
 クーニは訳知り顔でうなずきます。
「朝っぱらから運送会社の下請け面接に行ったら、でっけービルの前を、ひとりで箒で掃いてたんだ。えれー貧相な爺さんでな。その歳で大変だなあって声かけたら、そいつがオーナーでやんの」
『……そーゆーレベルの話でもないんだが』
「ま、おもしろけりゃなんでもいいや」
『――見えてきたぞ。あの草原が、会長邸の発着ポートを兼ねてる』
 しだいに速度を落とした二機は、島のほぼ中央部に開けた草原地帯に、しゅわしゅわと垂直下降します。
 その草原は、丘陵状の森林庭園に続いており、会長邸はその奥にあるのでしょう。てんでに停まっている垂直離着陸機や大型航宙艇は、会長の私機でしょうか。
「しゅわっち!」
 真っ先にステップから飛び下りたタカは、
「……うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
 草の上で足踏みしながら、なんじゃやら微妙な快感に身もだえしております。土や草の感触もまた、タカにとっては初体験なのですね。
「くんくん、くんくん」
 遠く潮の香りを含んだ緑の風の中、
「きゃははははははは」
 タカは思わず、あっちこっち駆けまわりはじめます。
 どんなに風を切っても誰にもぶつからず、どこまで駆けても壁がない――これはもう、正しい幼児としては、息が続く限り駆けまわるしかありません。
「地べた地べた地べた!」
 とたぱたとたぱた。
「おーい、落ち着け。地べたも逃げんぞ」
 タカはほっぺたを真っ赤にして振り返り、
「クーニ、うそついた!」
 怒っているわけではなく、あくまでゴキゲン状態です。
「地べた、床にペンキじゃない。さわさわで、ぼさぼさ!」
 ヒッポスと共に降りてきたケイが、クーニをたしなめます。
「あんまりからかっちゃだめよ。世事に疎い子なんだから」
「いやー、なんか、妙にいじりがいがあってなあ」
 クーニは笑ってごまかします。
「おーい」
 ヒッポスがタカを呼び止め、草原の先を指さし、
「走るんなら、あっちへ走れ。あの丘の森だ」
「ほーい!」
 草を分けて転がるように駆けていくタカの後ろ姿を見守りながら、クーニは、しみじみと思います。
 ――ああ、着陸地点が内陸部で良かった。海上や海岸のポートだったら、あいつは力いっぱい海面に駆けこんでたかもしんない。

     ★          ★

 ちなみに、その二時間ほどのち――。
 あの澄んだ目をした青年の操縦する小型艇が、惑星チーバ最寄りの法定ワームホールからゲートアウトし、やがてクーニたちと同じ衛星軌道をたどって、南半球をめざします。
 昨夜の内にMF号の下腹に取り付けられた、特殊タキオン・マーキング――大宇宙のどこにいても同調可能な、超小型追尾用発信器――それもまた青年にとっては、なんらやましい物ではなく、あくまで神意に従うための方便なのでしょう。


     3

 森林公園の遊歩道をたっぷり三十分は歩いた頃、行く手の樹上に、不可思議なシロモノが見えてきます。
「……おかしいな」
 ヒッポスは首をかしげて、
「先月来た時には、このあたりに城壁や堀や跳ね橋があって、その奥に、いかにもエウローペ様式の城館っぽいのが――」
 しかし樹上にそびえているのは、なんじゃやら巨大な柱を四本ばかり、縦二本上二本に組み合わせた、きわめて原始的なゲート状の構造物です。
「おう、でっかい」
 そっくりかえってイナバウアー状態になるタカを、クーニは後ろで支えてやりながら、
「んでも、でかいだけで、かなりビンボ臭いな。俺の実家とおんなし木造だ」
「ねえ、これ、『トリイ』なんじゃないかしら」
 ケイの意見に、
「そうか、鳥居か!」
 ヒッポスは、ぽん、と手を打って、
「たったひと月で自宅まで改築しちまうとは、会長も、ずいぶん入れこんだもんだなあ」
「なんなんだ? トリイって」
「超古代宗教において、神域を表す一種の結界だ」
「ほう」
 クーニは感心してうなずきながら、てっぺんの横二本柱の、真ん中あたりを指さします。
「あの光りもん三つは、なんか意味があるのか?」
 そこには、厳かに装飾された縦長の額が掛かっており、額の中には三つの丸いランプが並んでおります。
「はいはいはい!」
 タカが元気にお手々を挙げて、
「あかは、とまれ。みどりは、すすめ。きいろは、とつげきー!」
「なんじゃそりゃ」
「よいこの、じょーしき」
「ほう。おまいの村では、それが常識なのか」
「こくこく」
 空間的に限られたコロニーは、それなりに過密だったのですね。
 つまりそれは早い話、あなたがた良い子のみなさんが、日々、屠所に引かれる羊のごとく哀れにも無気力にひたすら従ったり、うっかり無視して、あるいはやくたいもない反抗心にかられて故意に無視して、一瞬後には赤黒いマグロと化したりする、あのいわゆる信号機に酷似しているのですが、
「あれは『神合気』という、一種の占術盤だ。神域に踏みこむにあたっての、吉兆凶兆を表示する」
 ヒッポスが、もっともらしく解説します。
「自然崇拝的な超古代宗教では、八百万からの神が存在したと言われている。今のような汎銀河・汎銀河団文明期ならいざ知らず、ムラ単位の小社会に神様が八百万もうろついてれば、当然、過密による軋轢が生じる。縄張り争いなどもこじれがちだ。その神様がイラついてる時にうっかり行き合うすると、見境無く祟られたりもする。だから、神様のご機嫌具合を、リアルタイムで表示する呪術的アイテムが必要だったのだろう。太古には、あれが街の四つ角ごとに設置されていたとも言うな」
 ケイは、さすが我が夫は博学だなあと、尊敬のまなざしを向けております。クーニは、神様がひとりだろうが八百万だろうが怒っていようが泣いていようが気にしないたちなので、適当に聞き流します。タカは、もとよりヒッポスが何を言っているのか、ちっとも理解できないので、
「とつげきー!」
 信号が黄色になったとたん、よいこのじょーしきに従って、とととととと駆け出します。
 鳥居の向こうは、玉砂利の敷き詰められた広場になっており、彼方に横たわるなんじゃやら檜皮《ひわだ》葺きっぽい屋根の神殿に向かって、石畳の道が一直線に続いております。
 神殿の屋根の上で、七つの十字架にぶら下がって笑っている、ぶよんとしてしまりのないおじさんたちや綺麗な女の人の木像は、八百万の神様の代表選手なのでしょうか。
 鳥居の信号や屋根の像を除けば、見事なまでに太古の神道建築の再現――と言いたいところですが、神殿の背後にまだエウローペ調の城の一部が残っておりますので、実際は厳島神社にリフォームしつつあるノイシュバンシュタイン城のハトコ、そんな状態です。
 その広場の中ほど、玉砂利を箒で掃いていた白い人影が、
「これはこれは、ヒッポスさん」
 しわがれた老人声で、遠目にも丁重に会釈しながら、
「お早いお着きですな」
 ヒッポスとケイも、自分たちとはまたタイプの違った奇妙な白衣姿に、丁重にお辞儀を返します。
 とととととと駆け寄って、真っ先に顔を合わせたタカは、
「やっほー!」
「はいはい、やっほ」
 おつむを撫でてくれながら穏やかに微笑む――もとい、微笑んでいるのではないかと思われる老人の顔は、全体がふさふさとした薄茶色の毛に覆われております。眉毛ではないかと思われる白い房毛は、すっかり伸びきっており、ほとんどお目々が見えません。
「おう……ぽんぽこの、おじーちゃん?」
 老人は、愉快そうに片手で腹鼓を打つ真似をして、
「はいはい、ぽんぽこ」
 タカも、腹鼓を打ち返します。
「ぽこぽこ」
 そんな和やかな老人と幼児のふれ合いを、夫婦と共に近づきながら眺めつつ、
「へえ、よく調教したもんだ」
 クーニは感心してつぶやきます。
「おまけに言葉までしゃべりやがる」
「しっ」
 ヒッポスが小声でたしなめ、
「お前はあれが誰だと思う?」
「誰って――へんてこりんなスカート穿いた、でっけー老いぼれ狸」
「あれはハカマという古代衣装なんだが……そんなに似ているか、オーメ狸に」
「おう。んでもあんだけでかいのは、オーメでも珍しいな」
「UWCの会長だ」
「げ」
 クーニは顔色を変えて、
「……だいじょぶか? もらったギャラが、あとで木の葉になったりせんか?」
 ちなみにオーメ狸という生き物は、平均体長四〇センチ程度の、下等なんだか高等なんだか、よく判らない哺乳類です。ふだんは山間の穴に住み、木の実などを常食としておりますが、餌の不足する冬場になると、しばしば里に下りてきて買い物をします。勝手に持って行かないだけ、野生動物としては感心と言えば感心なのでしょうが、問題は、購買時に精神攻撃《サイコ・アタック》によって店員の知人に成りすますことと、その支払いに使った紙幣や貨幣が、数分後にはことごとく木の葉や小石に変わってしまう点にあります。
 さらに里人が困ってしまうことには、販売前に気がついて捕獲しても――お天気やどんぐりの話くらいしかできないので、しばしば正体が露見してしまうのですが――相手にはまったく邪心のカケラもなく、ただ『なーんも深く考えてない』だけなのですね。野生動物ゆえ、もともと金銭感覚などとは無縁ですので、紙幣や貨幣を模するのも、ただそれらが里において『食物と互換性のあるなんか』らしい、そう漠然と学習してしまっているだけです。
 草食性なので肉はけっこう美味いという説もあり、中には台所でサバこうとする里人もおりますが、俎板に乗せた獲物、それもついさっきまで知り合いそっくりだったイキモノに、「ああ、私は今からあなたの夕食になるのですね。それに関してはちっとも異論がないので、なるたけ美味しく調理してくださいね。わくわく」、そんな円らなお目々で俎板の上から見上げられてしまうと、なかなか包丁を突き立てる踏ん切りがつきません。結果的に、あり合わせの食料の風呂敷包みをしょわせて、山に戻してやるような羽目に陥ります。
「心配するな。体型は似ていても、古代トーホグ星系の流れをくむ、れっきとした高等生物だ。誠意も知性も人間型《おまえら》以上だぞ。単純な精神攻撃《サイコ・アタック》だけで、汎銀河団資本を築けるはずなかろう」
「おいおい、やっぱし化かすのかよ」
「そう言うが、どんなタイプの知性体でも、巧く化けなきゃ商売などできん」
「……ごもっとも」
 ヒッポスの芸にしてからが、基本はある意味『化かし』ですものね。
「今朝方お伝えしておいた、オリジナル・トラクタのオーナー・ドライバーです」
 ヒッポスに紹介され、
「えと、クーニ・ナーガと申します」
 いざ近づいてその老会長に対しますと、単なる姿形ではないオーラとしての威厳が感じられ、
「――よろしくお願いします」
 クーニも、おのずから深々と頭が下がったりします。
 老狸も襟を正して、
「これはこれは、ご丁寧に畏れ入ります。わたくし、ギョーブ・イヌガミと申します」
 隠神刑部《いぬがみぎょうぶ》――いささか発音しにくい姓名ですが、老狸の種族内では、由緒正しい貴族の嫡流名です。
「こちらこそ、よろしくお見知りおきのほどを」
 一介の労働者に対する、クーニが面食らってしまうほどの腰の低さも、むしろ『あなたの気韻はすでに見抜かせていただきました』といった、自信の表れなのかもしれません。
 大人たちがしゃっちょこばって名乗りを交わしているので、タカも刑部老のまるまるとした尻尾をつんつんと引っぱりながら、
「あたし、タカちゃん。んでもって、よろしくおみしりき……おみりきし……うーんと……おしみりおき?」
 刑部老は、にこにこと目のあたりの毛並を細めて、
「お子さんがいらっしゃるとは、伺っておらなかったような」
 クーニは頭を掻いて、
「いやあ、自分は産んでおらんのですけど、なんつーか、行きがかりっつーか、預かりもんっつーか」
 たちまち丁寧語がアヤしく乱れます。
「……やっぱり、まずいっすか?」 
「いえ、もし視察団に参加していただくとなれば、いささか長旅になりますからな」
「その点は、迷惑にはならんでしょう」
 ヒッポスが助け船を出します。
「トラクタに、充分居住スペースがありますから」
「いえいえ、そういう意味ではございません」
 刑部老は、縞々の尻尾でぽふぽふとタカをじゃらしながら、
「もし旅の間、この子がどこかで寂しい思いをするのなら、いささか可哀想だと思いましてな」
 クーニの面接は、どうやら一発OKのようです。
「それにしても、お若いのに大層なお船をお持ちでいらっしゃる」
「いやあ、先祖代々、セコく使い回してるだけで」
「その『代々』が、今となっては質実ともに価値があるのですよ」
 単細胞のクーニは、ただ照れまくります。
 しかしヒッポスは、MF号を熟知しているような刑部老の口ぶりに首をかしげ、
「ここからでも、そこまで解りましたか?」
 一機だけで小惑星ひとつ引ける能力があることは、一応事前に伝えてありますが、それは現在の安全航宙技術上、むしろありえない仕様です。たとえば太古、高速道路でも法定最高速度が百キロだった時代に、仮に時速千キロのスポーツ車を自作したとして、それを口だけで納得してくれる買い手は、普通いません。
「この島に出入りする船は、その細部まで、すべてお見通し――と申しますのは大嘘で」
 刑部老は悪戯っぽい口調になり、
「先ほど見えたのは、さすがに機影だけです。今朝あなたからクーニさんのお名前を伺って、すぐに部下に調べさせたところ、三年前の大変なお仕事が、記録に残っておりました」
 クーニにとって三日前の賃仕事は、思ったより全宇宙規模の話題となっていたようです。
「失礼ながらクーニさん、あれだけの船ならば、あなたの言い値で、ぜひ当社にお譲りいただきたいほどで。今どきの大型トラクタの、少なくとも百倍はお礼いたしますぞ」
「いやあ、あればっかりは意地でも人手に渡すなと、親の遺言で――というのは大嘘で」
 クーニも悪戯っぽい笑顔を浮かべ、
「あれはもう、俺じゃないと、誰も転がせんのです。なんせほとんどのパーツがバラバラの時代の仕様だし、中にはひいひいひいひい爺さんの自作パーツまで残ってる。メンテするにも、点火プラグひとつ抜くのにとんでもねークセがあるありさまで。あれを馬鹿力だけ見せて売っぱらったら、ただの詐欺になっちまう。だから、俺といっしょじゃないと売りにも出せない」
 売ったもん勝ち、といったドライな観念は、クーニ家の脳味噌には代々存在していなかったのですね。
 刑部老は満足げにうなずいて、皆を檜皮屋根の建物に導きます。
「――あちらの本殿で、詳しい契約内容を」
 石畳を歩きながら、
「しかしたったひと月で、前庭がジンジャになっているのには驚きました」
 ヒッポスが感嘆しますと、
「あなたが先月披露された、『ヘイケ・ストーリー』がいけないのですぞ。若い頃に聴いた『ベオウルフ』や『イリアス』よりも、数段心に浸みましてな」
「いやあ、恐縮です」
「ところで、あすこのところが、どうにもしっくりきませんで」
 刑部老は、本殿の屋根に立っている七つの十字架を指さし、
「出入りの歴史学者に再現させたのですが、あれらの神は、ほんとうにああやって、並んでぶら下がってるものなんですかな」
「うーむ。宗教解釈に、ちょっと地域的混同があるようですね」
 ヒッポスは、しかつめらしく顎に手を当てて、
「浅学ながら、あの『ベンテン』という女神は音曲の神であり、常時弦楽器を携帯していたと聞きます。私の推測では、彼女がリード・ギターとボーカルを担当し、『シチフクジン』という神曲バンドを率いていたのではないかと」
「――なるほど、なるほど」
 刑部老は、感じ入ったようにふむふむとうなずき、
「確かにそのほうが、あれらの福相にはふさわしいですな」

     ★          ★

 数日後、厳島神社っぽい屋根の上で、七福神っぽい神々がビジュアル系ロックバンドを結成することになるのですが、それはまた別のお話です。


     4

 契約書へのサインも無事に済み、午後の打ち合わせにはまだ間があるということで、一同は刑部老の午餐に招かれます。
「まだ改築が途中でしてな」
 神社の本殿から、いきなしその奥の城館の階上、大理石っぽい食堂に通されたりしますが、タカやクーニにとっては、どちらも同じ未知の異国情緒です。
 袴姿の巫女風メイド狸たちが次々と運んでくる料理も、お寿司っぽいなんかがぴちぴちと跳ねている横で、パイ包みのシチューらしいカップが脈々と鼓動したりしておりますが、おっかなびっくり口に入れてみれば、どれもとっても美味しいので、
「むふー」
 もぐもぐ。
「んふー」
 ぱくぱく。
 タカはひと口ごとに、満面のにっこしを、まわりのみんなに見せびらかします。
 刑部老が、つられてにっこししながら、
「しかし、つくづく養い甲斐のあるお子さんですなあ」
「もふ?」
「褒められてんだよ」
 クーニも上機嫌で、なんかのパイ包みにとどめを刺しながら、
「おまいになんか食わせると、つくづく『いいことしたなあ』って感じなのだ」
「えっへん」
「……ほんとに得な奴だよ、おまいは」
 なかば呆れながら、隣のタカのほっぺたをふにふにとつっついておりますと――
 ごごごごごごごご。
 なんじゃやら地鳴りのような響きが食堂を震わせ、やがて卓上の無数の食器が、かたかたと踊りはじめます。
「あ」
 タカはあわててお皿を取り押さえ、
「ごはん、にげる」
 食べかけのなんかいろいろを、すばやくほっぺにつめこみます。
 窓の外を覆いはじめた黒い機影に、
「あとの連中が着いたのかな?」
 ヒッポスが首をかしげますと、
「皆さんには、あの草原に降りていただくようお願いしてあります」
 刑部老は冷静に、しかしやや機嫌を損ねた口調で、
「あんな無粋な船を、アポもなく他家の門前に乗り付ける輩は、私の知る限り、あの国の方々だけですな」
 そう言い放ち、あえて無視するように食事を続けております。
「あの国?」
 クーニがつぶやいて、ふと隣の席に目をやりますと――タカがおりません。
 あわてて四方を見渡し、次いで食卓の下を覗きこんだクーニの眼前に、にょきん、と、奇妙な物体が、脚の間から生えてきます。
 ――あの潜望鏡?
 お尻の下から、タカが重々しく警告します。
「わるもの、せっきん」
 いつのまにかクーニの椅子の下に潜りこみ、警戒体制に入っていたようです。
「おまい、いつもこれ持って歩いてんのか?」
「よいこの、ひつじゅひん」
「ほう、必需品なのか」
「こくこく」
 潜望鏡のてっぺんが、自己主張するようにぴこぴこと揺れます。
 そういえば、あのトランクの中には、他に何が入ってんだろうなあ――クーニが場違いな疑問を抱いておりますと、
「失礼」
 ヒッポスが席を立ち、窓の外を見さだめ、
「ヴァルガルム軍――」
 唸るようにつぶやきます。
 ケイも一瞬息を飲んでしまったのは、当然タカの一件が頭にあるからですね。
 クーニもあわてて窓に寄り、眼下の神殿、七福神の向こうに着陸した濃緑色の機体を確認し、
「……小型巡宙艦か」
「そのようだな。でも装甲は薄い。文官の移送機かも」
 刑部老は、窓を見もせずにうなずいて、
「お気になさることはありません。あの国が、汎宇宙規模でばらまいた数百万の軍事キャンプに、当社が大規模なカーニバルを巡回させることになりましてな。事あるごとに、あちらさんから勝手に打ち合わせに参ります」
「ほう」
 ヒッポスが感心して、
「環テュール銀河群条約機構国だけでなく、大暗黒《ラストボイド》付近のキャンプまで?」
「はい。あの国はどこに『進出』するにも、『偉大なる』ヴァルガルム社会の雛形を築きますからな。仕事にせよ遊びにせよ、異国の風土に馴染むという発想が、まったくない」
『進出』や『偉大なる』を少々皮肉っぽく発音した刑部老は、優雅にミント・ティーをすすりながら、
「今となっては、正直、後悔しておりますよ。あれほど礼儀をわきまえない連中に、頭を下げて接待しなければならない。――失礼、ここだけの話、単なるボケ老人の愚痴ですぞ」
 渋々と立ち上がり、
「ちょいと失敬。なあに、午後の打ち合わせまでには追い返しますので、ご心配なく」
 退出する刑部老を見送って、ヒッポスとクーニも席に戻ります。
「――考えすぎだな。仮に、タカのことで俺たちの想像が当たっているにしろ、あの船が追ってるはずはない」
「そうよ。ヴァルガルムの巡宙艦なんて、全宇宙にどれだけ飛んでるか」
 夫妻の言葉に、クーニも気を取り直し、
「そーゆーわけだ。おい、タカ。出てきて続きを食え」
 椅子の下を覗きますと、タカの姿がありません。
「ありゃ?」
 食卓の下にも、どこにも見当たりません。
 クーニは泡を食って、脱兎のごとく窓に走ります。
「――あの馬鹿!」
 幼いタカの記憶に、あの巡宙艦と同型の船が『わるもの』として残っているとすれば、それはコロニーを襲った悪漢であると同時に、両親の行方に繋がる手がかりでもあるはずです。無数の同型艦が別個の任務で存在していることなど、籠の鳥のタカに解るはずがありません。
 案の定――原始人なみの視力を誇るクーニの目が、本殿横の植え込みをごそごそと移動している、おもちゃの潜望鏡を捉えます。
「ごそごそ」
 そして、巡宙艦から降り立ったヴァルガルム人たち――狼に似た半肉食獣型の二腕二足生物たちが、背広組のお偉いさんを数人の制服組が警護する構成で、その植え込みに近づきつつあります。
「……寄るんじゃねえ」
 遠目に苛立つクーニの祈りも虚しく、制服組のひとりがそのウロンな潜望鏡に目を止め、繁みを探り、じたばたとあばれるタカを猫の子のようにつまみ上げます。
「……ただのガキの悪戯だ」
 クーニの独り言に、横で見守るヒッポスとケイも、固唾を飲みながらこくこくとうなずきますが――。
 ざわ。
 ヴァルガルム人たちの表情に、明らかな驚愕の色が浮かびます。
 ママやらパパやらなにやら叫びまくるタカの顔を、血相を変えて何度も確認したのち、物々しい警戒態勢を取って、そのまま巡宙艦に拉致しようと――。
「あの子……」
 ケイが愕然とつぶやきます。
「ただの難民の子じゃないんだわ」
 そうつぶやき終わるより先に、
「こなくそおっ!!」
 クーニは叫び、躊躇なく窓枠を蹴って宙に躍ります。
 岩山から獲物を襲う獅子のごとく、猛々しくもしなやかな弧を宙空に描き、神殿屋根の布袋様の頭でワンバウンド、そこから一気に再跳躍し――
 ずん!!
 遙か巡宙艦の搭乗口前に着地して、
「――いやがってるぞ、おい」
 それまでのクーニとは別人のような凶眼を上げ、
「そいつは、俺が先に拾ったんだ。勝手に持ってくんじゃねえ」
 愛機のペイント・不動明王さながらの憤怒相に、ヴァルガルムの軍人たちは思わず気圧され、立ちすくみます。
 そんな一瞬の隙を突き、タカは自分を抱えているヴァルガルム兵の腕に、おもいっきし噛みつきます。
「がっぷし!」
 兵士の野太い悲鳴とともに、ぽーんと放り投げられたタカを、
「ほいっ!」
 すかさずダッシュしたクーニが回収、タカはその胸元にぼよんと収まって、
「ないすきゃっち」
「おうよ!」
 ガッツ、などと喜んでいる場合ではありません。クーニはタカを小脇に抱えて、一目散に駆けだします。
 もはや森を抜けて愛機を目ざすしかありません。
 背後から襲い来るブラスターの閃光に、
「マジかよ!」
 クーニは驚愕して、
「抜くか!? こんなとこで!」
 なんぼ軍人でも、非戦闘宙域での武力行使は御法度のはずです。
 これはマジとんでもねーもん拾っちまったのかもしんない――冷や汗を浮かべてジグザグ走行しつつも、さすがに元グラディエーター志望のクーニ、その脳内では、なんじゃやら天然の合法麻薬が分泌されまくったりもしております。
「おらおらおらおらぁ!!」
 びゅんびゅんと周囲の枝を焼き飛ばす閃光を、野生の本能で巧みにかわしながら、大江戸八百八町を駆け抜ける一心太助もかくやと思われる韋駄天走りで、どざざざざと森林の藪に突入するクーニでした。


     5

 やがて、あの草原も間近な森の藪陰で――。
「……くそったれ」
 クーニは苦々しくつぶやきます。
 藪の隙間から見える草原の中ほどでは、すでに先行したヴァルガルム人がふたりほど、鵜の目鷹の目で警戒に当たっております。MF号が目をつけられたわけではなさそうですが、どっちみち発見されずに乗りこむのは不可能っぽい状況です。
「小休止」
 クーニは、ひょい、とタカを傍らの木の根に下ろして、並んで座りこみ、荒い息を静めながら、 
「……当然、契約もオシャカだろうなあ」
 なにげに過去への未練を独りごちますと、
「あ」
 隣のタカも、急に身をよじって森の奥を振り返り、
「……のぞきめがね」
 いかにも未練たっぷりにつぶやくので、
「気にすんな、あんなもん」
 ガキなんてのはほんとにしょーがねーなー、そう思いながらたしなめますと、
「むー」
 タカは、お口をとんがらせて、
「んでも、おまつりのだもん」
 そうか、こいつの宝物だったな――クーニは、今朝のお風呂での会話を思い出します。
「……パパと、ママと……この前の、おまつり」
 タカのコロニーの『祭』がどんなものか、クーニには想像もできません。でもオーメの夜店や、そこで買ってもらった駄玩具の思い出ならば、もう朦朧としてしまった両親の面影とともに、記憶の底に永久保存されております。おそらく今のタカにとっては、あのペコペコの潜望鏡が、たぶん唯一の、楽しい思い出の形見なのでしょう。
 ――こいつといると、やたら鼻の奥がつーんとしやがるなあ。
 クーニはちょっとうるうるしながら、タカのおつむをぽんぽんと叩いて、
「もっといいのを、買ってやる」
「……いらない」
「すねるな。――そうだな、真っ暗闇でもちゃんと見える、モノホンのを買ってやるぞ。見てるもんがどんだけ先にあるかなんかまで、ピコピコ数字で出るやつだ」
 そーゆー性能うんぬんは全く別の問題だ、などとツッコむほど、タカも大人ではありませんので、
「……ほんと?」
 ころりと懐柔されます。
「ああ。その前に、なんとかこの星を――」
 逃げ出さないとな、そう言いかけたとき、人の気配が、ざわざわと森の奥から近づいているのに気づき、
「あちゃー」
 クーニは舌打ちしながら、タカを胸元に引き寄せます。
 そんなにでかい声は出してなかったはずだが――クーニの疑問に答えるように、
「どんな種族も、固有の生体反応を示します」
 探知機らしい計器を携えた制服組を数名従え、あの背広組のヴァルガルムが、藪から姿を現します。
「お嬢さん、悪いことは申しません。黙ってこの場を去り、総てを忘れていただければ、我々はあなたになんの危害も加えない」
 一見紳士風で慇懃無礼な口をきくだけ、従えている兵士よりも禍々しい印象の文官です。
「いきなり背中にブラスターぶっ放さす奴が、世迷いごとぬかすんじゃねえ」
「これは失礼いたしました。では、この忠告以降は、と言うことで」
「……この子をどうするつもりだ」
「私の口からは申し上げられません」
「そーゆー悪正直な奴が、一番嫌いなんだ俺は」
 クーニは、覚悟を決めます。
 タカを傍らの木陰に押しやり、
「ちょっと大人の話になるんで、目えつぶって、耳おさえとけ」
 ずい、と一歩踏み出そうとするクーニの袖を、
「……つんつん」
 心細げに引っぱるタカに、
「心配するな。おまいが思うほど、俺は優しい女じゃねえ」
 その言葉どおり、十七の歳から何年も独力で大宇宙を渡り歩いてきたクーニが、ただの気のいい娘であるはずはありません。ぶっちゃけ『やるかやられるか』――文字通りの『殺るか殺られるか』、あるいは雌型であるがゆえの『殺るか姦られるか』――そんな修羅場を何度も潜り抜けたからこそ、『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』の通り名ひとつで、無頼渡世を張るに至っているわけです。
 ――全部で七人、いや、今、草原の奴らが合流したから合計九人。……なんとかいけるな。
 おいおい相手はブラスター持ちだろう、そんなツッコミは無用です。撃たれる前に四人はいける、撃たれながら三人はいける、んでもって動けるうちにもうひとり逝かせて、残ったひとりはいっしょに逝けばOK――そんな一瞬の脳内シミュレーションが、すでにこの世に係累のいない年嵩の自分と、まだまだ両親に抱きしめられるべき幼いタカ、そのふたつの『命』を天秤にかけた上での、クーニの結論です。
「――あばよ。次はヒッポスとケイに拾ってもらえ」
 あの夫婦は腕っ節こそからっきしだが、ケイは俺の十倍情に篤いし、ヒッポスもああ見えて俺の百倍は悪賢い――それもまた、天秤に乗せたひとつの分銅です。
「はっ!!」
 裂帛の気合いと共にクーニが宙に舞った刹那、すでに二人の兵士が、クーニの放った両脚で首から上を明後日の方向にねじ曲げられ、地に倒れ臥します。
「ていっ!!」
 瞬時の間も置かず宙で一回転、さらに二人の兵士が、唾液を撒き散らしながら吹っ飛びます。
 計算どおり! さてここいらから、BGMがしこたま悲愴に盛り上がって――。
 クーニは『ドラゴン怒りの鉄拳』のブルース・リーのごとき般若の形相で、壮絶な蜂の巣エンディングを覚悟しますが、
「……ありゃ?」
 兵士は誰ひとりブラスターを構えず、そもそも数が減っていません。明後日の方向に折れた首をこきこきと据え直しながら、戦線復帰したりしております。
 あの文官が、事も無げな口調で、
「お嬢さん、申し訳ありません。我々は一見生身のようですが、武官文官問わず、全員が生体武甲処理を施されております」
「は?」
「早い話が、パワードスーツなみに壊れにくい」
「……そーゆーの、あり?」
「あなたの義侠的な蛮勇、つくづく感服いたしました。そんなあなたに敬意を表しまして――」
 冷たい笑いを浮かべ、
「飛び道具は収め、お互い力尽きるまで、躰で闘いましょう」
 早い話、一発で楽にするのはやめて嬲り殺しにしましょう、そう言っているのですね。まあクーニも直前まで問答無用で全員蹴り殺すつもりだったのですから、どっちもどっちなのでしょうが。
「いやその、ちょっと、なんつーか、もっぺん大人の話し合いを……」
 進退窮まったクーニの袖を、
「つんつん」 
 木陰で目をつぶって耳を押さえているのに飽きてしまったタカが、どーするの、と言うように引っぱります。
 で、結局、
「……ドン!」
 再びタカを小脇に抱え、ヤケクソで草原を目ざすクーニです。
「おらおらおらおらぁ!!」
「きゃははははははは」
 スタート・ダッシュでいきなり後続を引き離すところなど、さすが『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』の面目躍如たるものがありますが、しょせん天然物の人間型《ヒューマノイド》、ドーピングや筋肉増強バリバリのヴァルガルム兵に比べると、その持久力において限界があります。
「ひいひいひいひい」
 とにかく船にたどり着き、『御意見無用』のあそこんとこにタッチしちまえば――。
 しかしある程度船に近づくと、当然ヴァルガルムの面々もMF号がゴールであることを悟り、焦って追い上げながら、ブラスターを乱射しはじめます。
 行く手のあっちこっちにド派手な土煙が上がり、すぐ横の草地が続けざまに吹き飛び、びっ、と熱線が肩口を掠めたりもするので、
「わぢぢぢぢ!」
 クーニはあわててタカを胸元に抱え直し、
「たたたたたたたた!」
 もはや、ゴールを目前とする花園ラガーのノリです。
 タカを彼方のMF号に蹴り当てて得点に繋がるのなら、思いっきしドロップキックをキメたいところですが、タカをぺしゃんこにしてしまっては元も子もありませんし、そもそもクーニはラグビーを知りません。
「ぬおおおおおおっ!!」
 心臓も裂けよと極限を超えて加速するクーニの視界に、なんじゃやら無数の白い光が走りはじめます。
 ――おお、神よ。
 俺はとうとう神の領域に達してしまった――てゆーか、つまりこれはアレだ。噂に聞くスプリンター状態。究極のランナーズ・ハイ。脳内麻薬の大噴出。もはや俺が疾走しているのやら世界が奔流となって白い光といっしょに後へ後へと飛んで行くのやら思う間もなくトンネルの闇を通って広野原――って、いったいいつの人間だ俺は。
 そのとき――。
 トリップ状態のクーニの視界、まだ届かぬMF号の直上の天空から、巨大な白い鳥が翼を広げて降臨します。
 ――あ、天使様。
 ほんとにいたんだなあ。ずっとシカトしててすみません神様――などと反省しているクーニの頭上を、その巨大な鳥は硬質の黒影へと変じつつ、ごば、という轟音と共に通過し――――
 ずずずうううううん!
 とてつもない振動と熱風に後ろから煽られて、
「うおっ!?」
 クーニはタカを抱いたままひゅるるるるると宙を舞い、
「うわたたたたたた」
「きゃははははははは」
 べん、とMF号の不動様に力いっぱい顔面から激突します。
「あうっ」
 なんぼなんでもウケを狙いすぎの感がありますが、タカを胸に抱いている以上、顔で止まるしかなかったのですね。
 不動様にずりずりと鼻血の跡を残し、うつぶせに地面にへばりついてぴくぴくと痙攣し、やがてぐったりとしてしまったクーニの下から、
「……のそのそ」
 タカが這いだして、
「……つんつん」
 おっかなびっくり背中を突っついたのち、
「…………しんでいる」
「……死んでねー」
「おう」
 タカに支えられて半身を起こしたクーニが、曲がった鼻をくいくいと整えつつ、目眩をこらえて振り返りますと、
「げ」
 さほど遠からぬ後方で、ヴァルガルム兵の代わりに、白い小型航宙艇が一機、機首をなかば地面に埋ずめて着陸しております。あくまで『墜落』ではなく『着陸』と見えたのは、機首が少々曲がっているだけで目立った損壊がなく、いかにも狙ったように停まっているからでしょう。
「ああっ、なんということだ!」
 どこかで聴いた覚えのある声の主が、航宙艇のコクピットから身を乗り出し、機体と地面の間を心配そうに覗きこみます。
「神よ、どうかお慈悲を」
 機体の下からはみ出している複数の腕や脚に、神妙に十字を切るその声が、若干棒読みに聞こえたりするのは気のせいでしょうか。
「あいつは……」
 つぶやくクーニの横で、
「あ」
 タカは嬉しそうにお手々を振りながら、
「ちらしくばりの、おにーちゃん!」


     6

「――『窮鳥懐に入らば、猟師もこれを撃たず』、でしたかな」
 刑部老のつぶやきは、あいかわらず春風駘蕩の風情です。
「『窮鳥懐に入れば、仁人の憐れむところなり』とも言いますね」
 ヒッポスがもっともらしく返します。
「……あのタカちゃんの素性に関しては、おそらくあなたがたの推測が、ほとんど当たっているのでしょう」
「はい」
 静寂の戻った草原で、刑部老は、穴だらけになった地面や突っこんだ小型航宙艇を眺めながら、
「となると、あとは、あれらの始末をどうつけるかですな」
 狸一族の警備員たちが、機体の下からずりずりと、ヴァルガルム兵たちを――もとい、元兵士たちだったシロモノを引きずり出します。
 ――うわあ。
 百戦錬磨のクーニも、思わず眉をひそめます。
 ――全身ほとんど、なんかのヒラキ。
 それでも五体がバラけたりミンチになったりしていないのは、さすがハイテク軍備を誇るヴァルガルムの生体武甲技術です。
 ちなみにタカは、すでに森の奥の屋敷に戻っております。おもちゃの潜望鏡も、植え込みの中から無事に回収され、タカは泥んこになってしまった体をケイに洗ってもらいながら、元気に湯船を回遊しております。いたいけな幼児になんかのヒラキを見せるのは、情操教育上、よろしくありませんものね。
「……僕の責任です」
 あの澄んだ目をした青年が、深々と頭を下げます。
「安い中古機を、ろくな整備もせずに乗り回していたのは僕ですから」
 刑部老はあくまでのほほんと、
「もしや、上空から見えていたのではありませんか? あれらの乱行が」
「いえ、島の前から制動が効かなくなって、あとはもう、無我夢中で」
「ノア教に帰依する方なら嘘はないはず、と申し上げたいところですが――」
 刑部老は何食わぬ顔で、
「どうもそちらの信者の方々は、そちらの神の許されない嘘は絶対につかないが、許される嘘は『神意』と思っていらっしゃるようだ」
 曖昧に頭をかく青年を、ヒッポスがフォローします。
「まあ、どんな宗教も似たようなものでしょう。多神教も一神教も、早い話が臨機応変、結果オーライです」
 クーニもうなずいて、
「そりゃもう、『嘘も方便』っつーくらいだからな。社会の常識だ」
「いずれにせよ、彼らをこんなありさまにしてしまったのは僕です。このまま警察に――」
「それは、ご無用」
 刑部老はあっさり言いきります。
「そもそも職業軍人がブラスターを使用した瞬間から、彼らにとって、そこは戦場です。死して屍拾う者なし、そう覚悟の上でなければならない」
「しかし、ここはあくまで平和な星ですし」
「そう。一方でそうとらえれば、初対面の相手にいきなり発砲する輩は、ただの犯罪者か異常者ですな。ならば、それを力ずくで制するのは、理の当然でございましょう」
「でも、それは警察や司直の判断することで――」
「ですから、ご心配ご無用」
 刑部老はなんのてらいもなく、
「わたくしの長男が、不束ながらこの星の警視総監を務めております。ちなみに次男は、検察庁の検事総長を」
 た、狸親爺の惑星――。
 クーニは、さすがに内心、冷や汗を流します。
 刑部老は、つかのま考えこんだのち、
「――なかったことにいたしましょう」
 春風駘蕩に輪をかけたのどかさで、
「これ、お前たち」
 警備員たちを呼び寄せ、
「そちらの九名、この無頼どもの姿を借りなさい」
 狸たちは、頭に葉っぱを乗せ――と思ったのはあくまでクーニの想像で、ただその場でくるりとでんぐりがえり、一瞬のちには、見事にヴァルガルム兵に変じて着地します。
「そのままの姿で、あの巡宙艦で発ちなさい。これらの無頼も、忘れずに乗せてな。そして、そう、カジノ島あたりに寄って派手に遊んで、人目につくあたりで二、三杯引っかけ、あとは無人の島へでも、船ぐるみ力いっぱいナニしてしまいなさい。木っ端微塵のイキオイで」
 狸兵たちは、ちょっとビビります。
「あ、その前に、こっそり脱出してよろしい。迎えの船は、ちゃんと出すでな」
 狸兵たちは、ほっとしてこくこくとうなずきます。
 クーニは思わずヒッポスの小脇を突っつき、こそこそと耳打ちします。
「……おい」
「なんだ」
「……今まで会った奴ん中で、俺は、あの爺さんがいっとー怖い」
 ヒッポスは、何を今さらといった顔で、
「あのくらいじゃなきゃ、不見点《みずてん》で遊星など買えん」
「……ごもっとも」
 ヒッポスは刑部老に向かって、
「しかし、あの子の件は、上に漏れていないでしょうか」
 上げた指の先は、もちろん空の雲ではなく、その先のどこかにいるヴァルガルム上層部ですね。
「ご心配ご無用。あれらの離艦後、星間通信波は出とりませんでな」
 それならば、確かに『なかったこと』になるでしょう。
「まっとうな軍人ならば、なんであれ発見時に上官に報告する。それをしなかったのは、功を焦っただけではありますまい。逃げられた際の責任を逃れるためでもある。結句、これらの小物自身が、『なかったこと』を望んだのですよ」
 この場のキーパーソンのひとりでありながら、すっかり影の薄くなってしまったあの青年が、
「あの、えと、で、僕はどういうことに……」
「何もなかったのですから、お引き取りいただいて結構なのですが――あれはもう、飛べませんでしょうなあ」
 刑部老は先の曲がった航宙艇を見やり、
「こういたしましょう。何もなかったお礼に、新しい船を進呈します。家のガレージで、お好みのものを見つくろっていただければ」


     7

 森の奥の屋敷に戻る道すがら、
「いやあ、しかし偶然だよなあ。こんなとこで、おまいに助けられるとは。こんだけ霊験あらたかなら、ちゃんと読んでみるか、おまいのチラシ」
 クーニは単純に『偶然』で済ませておりますが、ヒッポスや刑部老は、別の意味で青年の反応を窺います。
「すべては神の御心――いや、この嘘はいけないな」
 青年はまた頭をかいて、
「実は今朝、あの宿であなたのお話が耳に入りまして」
「俺?」
「なんでも、遊園地に就職されるとか。それと、こちらの会社のお名前も」
「なんだ。おまいも仕事口探してんのか?」
「はい、恥ずかしながら」
「ああやって夜までチラシ配ってても、神様のほうから給料は出んのか?」
 青年も、青年の返答に納得したヒッポスや刑部老も、そろって苦笑します。
「失礼ながら、正式な神父様でもないご様子。これまで、何かご職業は?」
 刑部老の問いに、
「一応、トキオ・ユニバーシティーの医学部を出まして」
「げ。超インテリじゃねーか」
「最前まで、神の教えに従って、シェラザードの難民惑星で医療布教に携わっていたのですが……治安の悪化で、国外退去命令が出てしまったものですから」
 クーニはすっかり共感モードになって、
「ああ、あすこは俺もこのまい、なんかひっぱったんだ。ひでーとこだよな。キャンプん中はまだいいんだ。ガキなんかガリガリに痩せてても、よ、と言や、きゃ、なんて笑いやがるからな。んでもちょっと宇宙《そと》に出ると、前も後ろも右も左も、ぜーんぶ違う奴らからバンバン撃たれんの。あれって自分の仲間以外は、とりあえず全部撃ち殺す決まりになってんのかなあ」
 ヒッポスが青年に訊ねます。
「でも、それだけ立派な経歴があれば、仕事はいくらでもあるんじゃないか?」
「……疲れていたのでしょう」
 青年の澄んだ瞳が、つかのま陰ります。
「それで、『遊園地』という響きに惹かれたのかもしれませんね」
 含羞に満ちた笑顔を浮かべ、
「途中、タキオン・ネットで検索してみたら、UWCでも、何か航宙医師を募集されているそうで。実は一時間ほど前に、応募情報も一式、送信させていただいたのですが」
「ほう」
 刑部老が驚いて、
「今日は少々ごたついておりましたからなあ。確かに船医一名、わたくしのプロジェクトで募集をかけております」
 刑部老は、従者たちを振り返り、
「これこれバニラ、すぐに確認しなさい」
 名指しされた執事っぽい黒狸が、他の従者からひとかかえもある執務用の情報端末を受け取り、なんじゃやら懐かしの駅弁売りスタイルで、ぽこぽこと操作しはじめます。
 やがて青年に、
「お名前は」
「はい。サリムと申します。カージ・サリム」
「失礼ながら、ジャポネ銀河中央政府発行の市民証を」
「はい」
「こちらのボッチに触れて、DNA認証を」
「えーと、この指でよろしいですか?」
「指でも鼻でも、髭でも肉球でも」
 冗談のようですが、どうやら大真面目です。
「――はい、確かに本人様です」
 最終確認は当然ご主人様、ということで、モニターを刑部老の前にうやうやしく差し出します。
 刑部老はモニターを一瞥しただけで、にこやかに青年を振り返り、
「よろしければ、あちらの本殿で、詳しい契約内容を」
 クーニのときよりも、輪をかけてあっさり一発合格のようですが、要はここまでの僅かな間に、あらゆる合法的な個人情報確認やUWC規定の適正分析は、オンライン及びメインフレーム内で済んでいるわけですね。
 いささかあっけにとられている青年の肩を、クーニがばんばんと叩きます。
「よろしく頼むぜ、カージ。俺はクーニ・ナーガだ。俺も今日入ったばっかしだ。きさまと俺とは同期の桜だ」
「は、はい、よろしくお願いします」
「俺はヒポポタマホス・オキノ。ヒッポスでいいよ」
 ヒッポスも歓迎の微笑を浮かべ、
「もし君が、シェラザードの血生臭い環境に疲れていたのなら、今度の仕事は、うってつけのリフレッシュになると思うよ。なんといっても、目玉は折り紙付きの浪漫物件の発掘だ」
 もう伝えてもいいですか、と最高責任者を窺う視線に、刑部老もにこやかにうなずきます。
 クーニもこくこくとうなずいて、
「そりゃ、物体Xやミイラ男を掘り出すと言やあ、男のロマンだわなあ」
「……そうなんですか?」
「おい、クーニ」
「冗談だ。んでも、俺も途中までしか聞いとらんぞ。なんでも学者先生方の推測だと、大昔に滅亡したなんかが埋まってる遊星で、えーと、シェルターかなんか、とか」
「端的に言えば、そーゆーことだが――ここに、あるひとつの、失われた伝説が浮上するのだ」
 ヒッポスは、やや芝居がかった口調になって、
「あれはもう二十年近く昔、俺が若い頃、テュール外周の星々を彷徨った時の話だ。吟遊詩人として売り出すには、オリジナルのネタが多ければ多いほどいい。特に大ネタとしては、歴史上の秘話が最適だ。そこで俺は、テュール銀河群のプレ・ヴァルガルム期に目をつけた。つまりM78星雲文明期の伝承を採取しようとした。もはや跡形もなく失われた古代文明――神秘の民族ウルティメットが築いていたという大宇宙のシャングリラ――その遺香を求めてな」
「それって、つまり、あのタカのルーツあたりってことか?」
「おう。だから昨日の晩、あの子と同じ根を持つ話でもあり得る、と言っただろう」
「はいはい。忘れてた」
 ヒッポスは少々鼻白みますが、すぐに気を取り直し、講釈モードに戻ります。
「すでにヴァルガルムによってねじ曲げられた伝説や、捏造されたヴァルガルム讃歌ばかりがはびこる中、純粋な口承伝承を採取するのは容易ではなかった。足かけ五年、俺は食うや食わずで語り歩きながら、辺境の星々を転々とした。しかし、けして無駄な日々ではなかったぞ。数千年間まったく星間交流のない、一見独自化してしまった僻遠の星々で、明らかに共通する伝説を採取できたのだからな」
 おまいはほんとに粘着質で粋狂な奴だからなあ――などという感慨も一部あったりしますが、それをここで口にするほど野暮なクーニではありません。
 隣のカージも真剣に聴き入っておりますので、
「……その、伝説ってのは?」
 きちんと、真に迫った合いの手を入れてあげます。
「ああ。それはだな――」
 ヒッポスは、ついつい舞台モードになって仰々しく両手を広げ、
「ウルティメットの滅亡から遡ること、さらに幾星霜――。悠久の大宇宙の何処《いずこ》かに、清きせせらぎのごとく横たわっていた伝説の銀河・天の河銀河《ミルキー・ウェイ》――。その汀のさざなみに洗われる玉石のごとく、うららかな陽の光をあびてコバルト・ブルーに輝いていた、伝説の惑星ガイア――。そしてその大宇宙の宝石から、遙か太古に渡来したと伝えられる、神秘の聖櫃――」
 もはや恍惚と目を閉じながら、
「――永遠の眠り姫、ユウの柩《ひつぎ》!」
 クーニはすかさず両手を口に当てて、
「いよっ、千両役者!」
 片隣《かたどなり》の刑部老は、何度も聴いた話でしょうに老人らしい涙もろさで、房眉毛の奥からうるうると夢見る瞳を覗かせております。
 ほんとはおまいが、こーゆー感じでこの爺さんをたぶらかしたんじゃないのか――まあ、そんな一抹の疑問もあったりしますが、大宇宙のロマンの前では、些末事にすぎませんものね。





   第三章 いい旅 ☆気分


     1

――――――――――――――――――――――――――――――

【汎宇宙標準歴29354年15月42日】

 晩餐の後、ケイを伴って、しばし展望甲板を逍遥する。

 森羅万象の総てが、暗黒の虚空の中で、けなげに燦めく『今』のみに静止している――大型貨客船『イルマタル』の展望甲板から、ハイパーテクタイトの天蓋越しに望む宇宙空間は、いつもそんな印象だ。
 就航後二ヶ月を経て、ナーラ銀河のメジャー観光星から忘れられた廃星まで、数箇所の古代遺跡を詳細に見聞した今、そんな宇宙観がますます嵩じてくる。
 総ての自然相は、それを知覚できる生物がそこにいようといまいと、畢竟、ささやかな『今』が三次元空間に織り成している広大なタペストリーに過ぎないし、総ての歴史もまた、悠久の四次元空間に連なる、ささやかな『今』の組紐に過ぎない。そこでは諸行無常といった概念そのものが、静止した『今』の美しさに比すれば、取るに足りない些末事に思える。

 たとえば今日、左舷前方の彼方に見えはじめた、生まれたばかりのまだ名もない愛らしい星は、その赤道に、幼子の産着のようなほのかに赤いアクリーションディスク《ガス状の降着円盤》を纏いつつ、その両極からは無慮五兆キロはあるかと思われる鮮やかな青緑光のジェット流を、産声あるいは小水のように元気よく、星空に向けて吹き出している。
 その健やかな様もまた、幾星霜を経る内には赤色巨星あるいは白色矮星と化し、いずれ虚空へと拡散する運命にあるのだろうが――この愛しい『今』の姿、私の目に映る瑞々しくも荘厳な一幅の生誕画こそが、私と彼星《かれ》の一期一会においては、かつて逍遥した廃星の遺跡同様に、やはり永遠なのである。

 まだ若い時分、ひとり中古機を駆って闇雲に辺境を巡っていた頃は、むしろ『過去』と『未来』を連ねるのに夢中で、『今』などは通りすがりの里程標程度にしか慮っていなかったものだが、この心境の変化が己の老化だとすれば、老いるということは、自己の美の衰えを代償に、外界の美に目覚めていく道程なのかもしれない。

 最終視察予定地『ユウの柩』――例の遊星まで、約一週間。
 昼はイベント・スタッフの面々とのミーティングに忙殺されるだろうが、夜には退屈した発掘班の面々や手空きのクルーも加わり、例によって連日連夜の酒宴が繰り広げられるのだろう。
 明日の夜からは、余興に『オデュッセイア』でも語ってみようか。

                 【ヒッポスの航宙日誌より抜粋】

――――――――――――――――――――――――――――――

 ……さて、このまんまヒッポスさんの日記形式で今後のお話を進めていっても、それはそれでなかなか面白げですし、わたくし先生としても、毎回もっともらしいお顔でテキトーに朗読しているだけでギャラがもらえますので、とってもラクチンなのですが――どうやら良い子のみなさんのほうに、ちょっとばかし困惑の色が窺えるようですね。
 はいはい、無理もありません。
 ヒッポスさんの感性や趣味にお任せしてしまうと、一見もっともらしい美辞麗句、しかし実際は極めて主観に偏った、感傷的で大時代的な修辞の羅列にどーしても走りがちです。そもそもヒッポスさんのサミしい過去において、いつどこに『自己の美』などとゆー属性があったと言うのでしょう。これではあまりに客観性に欠けますし、そもそも肝腎のストーリー自体が、ちっとも進みそうにありません。
 そこで、物は試しということで、ラノベっぽいスピーディな展開と薄い描写と単純な語彙の期待できそうなクーニの日記帳など、こっそり覗いたりしてみますと――。

――――――――――――――――――――――――――――――

【15月43日】

 ヒッポスの奴が、なんか毎日毎日日記をつけてるみたいなんで、俺も退屈しのぎに、つけてみようと思う。

 朝、タカに起こされた。
 朝飯、食った。んまかった。
 午前中、タカは、カージの診療室でお勉強。俺は、退屈した発掘班の連中といっしょになって、走りこみや組み手。面白かった。
 昼飯、食った。んまかった。
 午後、タカといっしょに、ヒッポスやイベント・スタッフのミーティングに混ざって、好き勝手に茶々を入れて遊んだ。なんぼデタラメ言っても、じゃまにされない。子供や一般観客の代表意見ってことで、参考にするんだそうだ。面白かった。
 晩飯、食った。んまかった。
 タカを寝かせてやった後、みんなで夜中まで飲んだ。
 今日もいちんち、んまかった。

【15月44日】

 きのうとおんなし。

【15月45日】

 おとついとおんなし。

【15月46日】

 さきおとついとおんなし。

【15月47日】

 えーと、さきさきおとつい? ――あ、考えてみりゃ、きのうとおんなしでいいんだよな。
 なんつーか、ここんとこ毎日毎日、おんなしことしかやっとらんのだな、これが。

【15月48日】

 きのうとおんなし。

【15月49日】

 なんか変わったことあるまで、当分ずーっと、きのうとおんなし。

                     【クーニの日記・全文】

――――――――――――――――――――――――――――――

 ……これこのよーに、ほとんど『んまかった』と『面白かった』と『おんなし』だけで、一週間分が終わってしまっております。とゆーことは、今後いざ『なんか変わったこと』が起こったところで、それを几帳面にドキュメンタイズしてくれるような気遣いは、ほとんど期待できないとゆーことですね。
 ならばいっそのこと、タカが毎晩「かきかき」などとつぶやきながらクレパスを走らせている、とってもかわゆい猫ちゃん表紙の絵日記帳の一部など、まんま読み上げさせていただきますと――。

――――――――――――――――――――――――――――――

 15がつ50にち
   おてんき、はれ(たぶん、はれっぽい)

 きょうは、おおあたり。
 朝ごはんのとき、たまごから、ふたごが、うまれました。
 おなまえは、ホクトと、ミナミにしました。
 もう、4ひきめと、5ひきめです。
 まえにうまれた、ハヤタと、モロボシと、ヒデキも、とってもげんきです。
 スターグースの、たまごは、まだ、なん10こもあります。
 また、ひよこがうまれたら、おなまえは、うーんと、ゲンにしようかなあ。
 そいとも、コータローが、いいかなあ。

 きょうの絵は、ホクトが、ぽよぽよあたまの、青いのです。
 赤くて、おかっぱで、ちょっとちっちゃいのが、ミナミです。

                    【タカの絵日記より抜粋】

――――――――――――――――――――――――――――――

 ……頭でっかちのかわゆいヒヨコちゃんのつがいなど、なかなかウケを狙えそうな素材も多々見受けられるのですが、しょせん六歳児の遊び書き、これだけの記述からロマンあふれる大宇宙航海を脳内再現できる良い子の方がいるとしたら、それは天才と紙一重の良い子だけでしょう。
 したがって、これからもまた当分、どこぞのぶよんとしてしまりのないろりのおたく野郎が過酷なビンボ生活に耐えながら夜ごと姑息に逃避し続けるテキスト・ワールドをもとに、わたくし先生が演出・口演するいつもの『よいこのお話ルーム』――スルドい知性と馥郁たるロマンに満ちた、でも一部すっこぬけたなんだかよくわからない物語世界――が展開してゆく予定なのですが、その前に念のため、タカの絵日記にあった卵やらひよこやらの説明も兼ねて、ここまでの航海におけるある朝の情景など、ちょっとばかし再現しておきましょうね。

     ★          ★

 タカは本来、とっても寝覚めのいいお子さんですので、体内時計が明け方を告げる頃には、お布団の中ですみやかにお目々を開きます。
「……ぱっちし」
 でもやっぱし、ぬくぬくの毛布や、クーニのおっぱい回りの弾力性にはかなり未練が残りますので、
「うにうに、うにうに」
 心地よさげに目を細め、ちっちゃい体を、しばしうにうにとうにうにしたりもします。
 昨夜も例によって深夜まで大酒をかっくらっていたクーニは、
「くかー、くかー」
 爆睡したまま、野生動物の本能で、胸元に蠢く小動物をがっしりと捕獲します。
「ぎりぎりぎり」
「……ぎぶ、ぎぶ」
 タカは生命の危機を感じ、やむをえずクーニの胸を逃れ、ベッドから這い出して、
「ぷはあ」
 それから、子猫のように伸びをしながら大あくび。
「ほわあああああ」
 MF号の寝室は、コクピットのすぐ裏手、一畳半ほどもないスペースに粗末なベッドが置いてあるだけで、タコ部屋に毛が生えた程度のシロモノです。その代わり洗面所兼用のダイニングキッチンは、三畳程度のスペースが確保されており、先祖代々ビンボ性の身についたクーニには充分な広さですし、宇宙船育ちのタカにとっても快適な広さ、いえ、狭さです。
「ちゃぷちゃぷちゃぷ」
 お顔を洗うにも、朝ご飯を作るにも、まだお手々も短くタッパもない六歳児としては、下手にシンクが広かったり棚が高かったりするより、ずうっと機能的なのですね。
「♪ とんとんとん〜、ぐつぐつぐつ〜」 
 ちなみに毎朝の食事の準備は、いっしょに暮らしはじめて間もない頃から、主にタカの担当となっております。
 いえいえ、けして、家なき子としてみじめにコキ使われているわけではありませんよ、念のため。単に、朝のお仕事をクーニに任せておくと、お昼になっても朝ご飯が出てこない、あるいは出てきたとしても、ただナマモノばっかしお皿に乗ってるだけ、そんなありさまになりがちなので、タカが自発的に料理番を買って出たのですね。
 タカは先天的におだいどこ大好き児童ですので、
「♪ じゃ〜じゃ〜じゃ〜 ♪ いっいにっおい〜」
 炒め物っぽいものやスープのようなものなどを、巧みに同時進行で仕上げてゆきます。
 ベーコンっぽいなんかがじゅわじゅわと泡立つフライパンに、
「んでもって――こっつんこ」
 桃色のなんかの卵を割り入れようとしますと、
「ちゅんちゅん」
「おう」
 卵から、いきなし白いひよこが飛びだして、まだひよっこのくせに、元気にあたりを飛び回りはじめます。
「ちゅんちゅんちゅん」
 ぱたぱたと扶養者の姿を探し求めることしばし、
「ちゅん?」
 とりあえず身近な動体は、目の前のちょんちょん頭しかいないと認識し、
「ちゅんちゅくちゅん」
 かーちゃんなんかくれはらへった、そんな感じで、タカのちょんちょん頭をつんつんとついばみます。
「あうあう」
「つんつん」
 生存本能のおもむくがまま、容赦なく髪の毛を毛根ごと引っこ抜いたりもします。
「ひんひんひん」
 このままでは幼くしてマダラハゲになってしまう――タカはわたわたと寝室に駆けこみ、クーニに助けを求めます。
「へるぷ、へるぷ」
「……うーい?」
 クーニはだらだらと半身を起こし、ごりごりと首を回しながら、
「おう、当たりだな」
 ひょい、と無造作に、空中のひよこをつかみ取ります。
「あたり?」
「おうよ。白鹿亭のマスターに、もらった卵だろ。出がけに挨拶に寄ったとき」
「こくこく」
「あすこの一家は、星雁《スターグース》の有精卵が大好物なのだ。それも天然物しか仕入れんから、ときどき、ひよこが入ってる」
 クーニはひよこの胴と頭を、両手でうにうにと弄びつつ、
「ひねってむしってつけ焼きにすると、とてもんまい。こう、マタから裂いてワタだけ抜いて味醂醤油塗って炭火でアブって、こう、頭から脳味噌ごと、じゅるりとな」
 白いひよこは、母(推定)に向かって必死に叫びます。
「ぴいぴいぴいぴい」
 かーちゃん、おいら、まだしぐのいやだ――。
 そんないたいけな声と姿に、タカは思わず、女としての階梯を『母性』に向かって確実に一歩昇ったりしてします。
 ――この幼い命を、ひねったりむしったり、のーみそじゅるりしたりしてはいけない。愛さなければ。たとえわたしのおつむが、ちょっとばかしマダラハゲになろうと。
「……ちょーだい」
 おずおずとさしのべたタカのちっこいお手々に、
「んむ。あわてて食うこたないか」
 クーニは、ぽい、とひよこを返し、
「もっとでかくしてから、丸焼きにしてもいいな」
「……こくこく」
 幼子を守るために、あえて偽りの首肯も辞さない賢母のタカです。
 たとえ義理の母子とはいえ、タカが育った古い社会では、実の子よりも生さぬ仲の子こそ誠実に慈しむ、そんな社会的美徳が生きていたのですね。

    ★          ★

 そうして無事にハヤタと名づけられた最初のひよこは、幸いタカのおつむや毛根よりもパン屑や穀類を好み、のちに生まれたモロボシ・ヒデキ・ホクト・ミナミ・コータロー・ゲン・ヤマト・シンドー・カイ・アサヒ・カザモリたちと共に、スターグース十二兄弟(ただしミナミのみ雌)として、大宇宙に巣立った後もなんかいろいろ数奇な運命をたどることになるのですが、それはまた別の話です。


     2

 さて、クーニやタカが、大型貨客船イルマタル号に乗りこみ、遊星『ユウの柩』をめざして旅立った大宇宙――。
 その大宇宙そのものがどんな世界であるのか、今後のために、さらにちょっとばかし解説しておきましょうね。

    ★          ★

 そもそもこの宇宙というなんじゃやらとてつもなくだだっ広い空間が、ビッグ・バンやらなんじゃやらでおぎゃーと誕生してから、たかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんが活躍していた時代でもおおむね百四十億年、タカやクーニの時代だと、すでに二百億年近くが経過していたりします。
 一説によりますと、たかちゃんやタカちゃんやわたくしや良い子のみなさんがウロついているこの宇宙だけではなく、『母宇宙』やら『子宇宙』やら『孫宇宙』やら、なんぼでも別の宇宙が存在するらしいのですが、それはまあちょっとこっちに置いといて、じゃあその宇宙が産まれる以前から存在し、二〇〇億年たった今でも存在しているはずの『宇宙の外側』が、一体全体どんな空間なのか――そこんとこは、未だに誰《だあれ》も説明しきれておりません。
 まあ『宇宙の外側』そのものが『大宇宙』であり、その『大宇宙』もまた、なんぼでも『大々宇宙』の中で産まれたり死んだりしているなどという話もあって、さきほど述べた『母宇宙』やら『子宇宙』やら『孫宇宙』といっしょになって、もーなにがなんだかちっともわからない宇宙の大バーゲンセールが開催されているらしいのですが、どっちみち『理論』としてしかわたくしたちには関係ない話ですから、もーきれいさっぱりちょっとこっちに置いといて、とにかくわたくしや良い子のみなさんやたかちゃんやタカちゃんたちが存在しているこの世界、これをまず『宇宙』と定義させていただきます。
 さて、ではその『宇宙』とは、全体的にどんな構造をしているのか――。
 ぶっちゃけ、太陽やら水金地火木土天海やら、その他無数の太陽系やら、何千億という天体が重力で寄り集まって、まず『銀河』を形成いたします。その『銀河』がまた重力によって数十個から数千個寄り集まって、『銀河群』や『銀河団』を形成します。で、そのまた『銀河群』や『銀河団』が重力によってごにょごにょと集まって『超銀河団』になったりするわけです。
 ただし、このひときわでっかい『超銀河団』という構造は、『銀河群』や『銀河団』がただやみくもに寄せ集まっているのではなくて、直径一億光年ちょっとの球形の表面に、『銀河群』や『銀河団』がうじゃうじゃと分布している、そんな形になっていたりします。その球形――『超銀河団』の内側は、ほとんど天体がなくからっぽなので、『超空洞《ボイド》』と呼ばれておりますね。そしてその球状の『超銀河団』が、石鹸水をじゃばじゃばかきまぜたときに浮いてくるアワみたく、ぶくぶくとなんぼでもくっつきあってる――そんなのが『宇宙の大規模構造』、いわゆる『宇宙の泡構造』というシロモノです。

    ★          ★

 ――どなたですか?
「そんな宇宙の構造なんて俺には関係ねえよ。どうせ俺なんか地べたに這いつくばる虫みてえにセコセコ生きてくしかねえのさ」
 やら、
「その宇宙の構造という問題は大学入試に出るのですか? 出ないのでしたら、勝ち組を目ざすボクにはなんの役にもたたないので、勝手に英文法の復習に入らせていただきます」
 やら、ウツロなお目々でつぶやいていらっしゃる、悪い良い子の方は。
 よござんす。それではそこのお二方、ちょっとお席から立ち上がり、こちらにいらしてくださいね。はいはい、ご心配はご無用ですよ。今回の『よいこのお話ルーム』は、とっても夢と希望と愛に満ちあふれた超感動SF伝奇巨編ですので、話の邪魔をする悪い良い子のみなさんにも、以前のように毒饅頭を食べさせたり東尋坊から突き落としたり中央線特別快速に飛びこませたり、そんなありきたりの生徒指導はいたしません。
 はい、それでは、この教壇横に設置された、お芝居の大道具のような木製の大扉。これをば――ばったん――これこのように押し開きますと、あら不思議。扉の向こうには、なぜだか満天の星空、無限の大宇宙が広がっていたりします。
 はいはい、虚しい落ちこぼれ生活にシラケきったあなたも、東大さえ卒業すれば勝ち組直行などというアマアマの幻想に溺れきったあなたも、ちょっとひと息いれていただいて、あちらのロマンチックに輝く星空を、よっくと覗いてみてくださいね。
 ほうら、そうして大宇宙にお顔をつき出せば、お月様さえお隣のお庭のよう。あの『静かの海』あたりで、アポロ11号が残していった月面着陸船の下降段をぴょんぴょん跳ねまわっているのは、お餅つきに飽きた兎さんたちでしょうか。
 さらに身を乗り出して見晴るかす星々の彼方、無数の蛍火のごとく幽玄に渦巻くアンドロメダ星雲――思わず松本零士先生の描く神秘的な宇宙女性のおもざしなど、ダブって浮かんできそうではありませんか。
 はい、ご遠慮は無用ですよ。あなたがた悪い良い子の乾ききった瞳に、幼き日々にふと星空を見上げ宇宙の彼方に思いをはせた純な心の潤いがもどるまで、よっくと身を乗り出して、心ゆくまで大宇宙のロマンをご堪能くださいね。
 ……まーまー、おふたりとも、ガタイだけは無駄に発育なすって、立派なお背中をしていらっしゃいますこと。
 えいっ!!
 どんっ。
 ――はい、わたくしに思いっきし背中を押された悪い良い子の方々は、あれあのようにひゅるるるるると、大宇宙の奈落に消えていきます。
 あとに残った賢い良い子のみなさんは、もうおわかりですね? はい、この扉はわたくしが●び太君のおうちから夜中にこっそりガメてきた、かの有名なド●え●んの、ど●で●ドアです。ちなみに今回の出口は、かのジャポネ銀河はトキオ恒星系、惑星シンジックの衛星軌道に位置するゴールデン街《ストリート》の裏路地あたりに設定してあります。
 これであの悪い良い子の方々も、宇宙の構造把握が己の人生においてどんだけ大事なことか、一生かかって学んでくださることでしょう。当節、その程度の一般常識はわきまえていないと、宇宙酒場のボーイも星間トラックのドライバー助手もつとまりませんからね。

    ★          ★

 ――で、こんな、とてつもなくどでかいこの『宇宙』の中で、それこそ何十億光年も離れた銀河団のあっちこっちから寄せ集まった各種知的生命体たちが、雁首並べてタメ口交流できるのはなぜか――これは、ひたすら『人工タキオン通信』と『人工ワームホール構築』という、タカやクーニたちの時代からおおむね数十億年前に起こった、ふたつの技術革命によります。
 逆に言えば、タカやクーニたちが形成している『汎銀河文明』や『汎銀河団文明』、そしてそれらがダチになったりゴロまいたりしてる『汎宇宙文明』は、この宇宙の中に無慮数存在する生命体のうち、あくまで人工タキオン通信と人工ワームホール構築という『進化』を遂げられた知的生命体だけが、成りゆきで出会ってコンニチワやナンダコノヤロしてるうちに、なんとなくできあがってしまったものなのですね。
 まあ、自分ちの文明圏であくまで独自の文明を磨き上げるのが好きな民族もあれば、某ヴァルガルム人のように、片っ端から未開銀河に技術干渉して傘下に収めてしまう民族もいて千差万別なのですが、幸か不幸か人工タキオンネット言語が大昔から公用語化しておりますので、自前の喉でしゃべくるか、機械なり手術なりDNA操作なりで発音するか、あるいはテレパシーで交信するかの違いはありますが、お互い意思の疎通に不自由はありません。
 そんなこんなで、タカやクーニたちの時代の『宇宙』というシロモノは、その端の端っこまで、事象的にはおおむね明らかになっております。といって、意外なことに、実は理論的には、たかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんたちの時代と同様、まだほとんどなーんも解っておりません。
 たとえば、たかちゃんの時代には銀河の密集宙域を意味していた『グレートウォール』という言葉は、タカの時代には『宇宙の最外周と仮定される銀河の密集宙域』を意味しております。そのさらに外側は、一般的な超銀河団内部の『超空洞《ボイド》』と区別する上で『最終空洞《ラストボイド》』、俗に『大暗黒』などと呼ばれております。しかしそうした事象は、単にあの『進出』好きのヴァルガルム人が、ここ何千年かけて、単なる現象として確認しただけなのですね。
 つまり、彼らが自称『進出』のために節操なくワームホール掘りまくって宇宙を虫食いだらけにした結果、『ホールを先に伸ばしたつもりが、なんでだか全然あさっての方向のグレートウォールに出てしまう』『無人探査機飛ばしても、行ったっきりで一切データが返ってこないで、いきなし反対側のボイドから戻って来たりする』、つまり『それ以上どーしても先に進めない』、そう確認しただけのことです。
 まあ、これは不思議でもなんでもないという見方もあり、理論的に、もともと宇宙というシロモノには『果て』という概念がないのですね。
 思いっきし大雑把にたとえて言えば、いわゆる『メビウスの輪』の表面を、がんばり屋の蟻さんがなんぼまっつぐ歩いても、結局裏も表もはっきりしないまま、おんなし場所に戻ってきてしまう――まあメビウスの輪には、あくまで左右の端っこがありますから、そう、それでは『クラインの壷』――あのなんじゃやらくねくねとわけの解らない形をした、内側と外側の区別がつかないアヤシゲな壷、あれが三次元空間にぽっかり浮かんでいるとして、その表面をがんばり屋のでんでんむしが全生涯をかけてくまなく這い回ったとしても、果てもなければ壁もない――それとおんなしような構図が、もっと高次元の世界に展開しているわけです。
 でも、それなら、『最終空洞《ラストボイド》』などという事象が確認されること自体、すでに相対論に反しているのではないか――そうツッコんでくるかわいくねー良い子の方もいらっしゃるのではないかと思われますが、まあ、たぶんその『最終空洞《ラストボイド》』は、真の意味での『果て』ではなく、あくまでメビウスの輪の左右の端っこ、あるいは安物のクラインの壷に生じたひび割れや穴であって、その外側には、今のところ三次元からは絶対に干渉できない、いわゆる『四次元世界』が広がっているのかもしれません。

    ★          ★

 そんなわけのわからないこの宇宙――果てしないようで端があって、でもやっぱし『無限』のこの宇宙の、ジャポネ銀河からおおむね一億光年離れたナーラ銀河辺境宙域、大字ナーラ字ナーラ、さらに最果てのナーラ番外地あたりを、タカやクーニやヒッポス夫婦たちを乗せた大型船は、今日も悠々と航海しております。


     3

 んでもって話はタカの日記の日に戻り、ジャポネ銀河標準歴29354年15月49日、噂の遊星も間近に迫った朝――。
 ハズレの卵やなんかで無事におだいどこ仕事を済ませたタカは、しゅぱ、と開いたMF号のサイド・ハッチから、元気にとととととと駆けだします。スターグースの子供たちが、ちゅんちゅくちゅんちゅくと後を追います。満腹したクーニも、おやじ臭く爪楊枝などくわえながら、シーハシーハとステップを下ります。
 大型貨客船イルマタルの船底近い、クルー用発着スペース兼格納庫には、MF号以外にも、船外活動用の小型宇宙艇や中型宇宙トラックなどが、数隻ずつ停まっております。また発掘関係の特殊車両や機器類も、多数待機中です。
 本来なら、こうした調査目的の宇宙航海に、展望甲板だの船底だのといった上下構造のスマートな船は必要ありません。機能的には、たとえば内部重力生成ひとつとっても、円筒形を基本に回転部などを備えた不定形ゴテゴテ構造のほうが、はるかに合理的です。どのみち個々の星を訪ねるたびに、どでかい母船ごと大気圏突入を繰り返すわけではありません。乗員や貨物の往来には、もっぱら小型艇や艀を使用します。しかしUWCはあくまで観光会社ですので、クルージング中の外宇宙そのものの展望や、船体そのもののビジュアル面を優先した、そっち向きの船が豊富なのですね。
 格納庫の一角では、緑色の発掘班員が掘削用機器に巻きつき、無数の腕で種々の工具を操っております。
「おはよー!」
 タカは元気よく、ごあいさつします。
「うーす」
 クーニはぶっきらぼうに声をかけます。
「今朝も早よからせっせとのたくってるな、ミドリオオムカデ」
 クーニの口の悪さには、すでに全てのクルーが順応しておりますので、
「これはこれはケナシザルのお嬢様」
 多腕多脚のおじさんは、軽口を返すのと、無数の整備作業と、尻尾の先でタカのおつむをなでなでするのと、器用に同時進行してみせます。
「おしとやかなお嬢様、明日からは、どうかそのお上品なお船で、優しくヒッパってくださいませよ」
 同じく発掘班の芋虫っぽい技師も、ちらりと横目でクーニを睨み、
「お猿のカゴ屋だホイさっさ」
 などとつぶやきながら、タカのおつむはきちんとなでてくれます。
「嬢ちゃん、このゴリラにだけは似るんじゃねえぞ」
「ごりらさん? どこどこ?」
「……言ってろ、万年青虫」
 まあ傍から見れば悪口雑言の応酬ですが、お互い内心では、職業人としての敬意を充分抱いているわけですね。熟練の技師たちはクーニの苦手な最先端メカトロニクスを熟知しておりますし、クーニはクーニで、マニュアル制御によるフリー・ワープやら、大雑把な目見当での力場生成やら、技師たちにとっては古代の魔法に近い伝統芸を駆使できます。
「クーニよ。ちったあ、船の外見《そとみ》も磨いてやったらどうだ? なんかあっちこっち、セラミックがまだらになってるぞ」
 百足技師の忠告を、クーニは軽く聞き流します。
「それが味ってもんだ」
 芋虫技師が顔をしかめ、
「でも船尾のとこなんか、セラミックの下から、なんか繊維質がはみでてるぞ。ありゃあ、昔の補強材かなんかか?」
「はみでてる?」
 クーニもさすがに首をかしげ、MF号の船尾に回ってチェックしますと、二対あるメイン・ノズルの中央あたり、セラミック材の接合部分がわずかに浮いて、その隙間の奥には、確かに白布のような質感が見て取れます。
「……なんじゃ、こりゃ?」
 芋虫技師も横から覗きこんで、
「おいおい、自前の商売道具だろうが」
「外材は、ほとんどいじったことがないからなあ。なんでもひいひいひいひい爺さんあたりが、どっかから掘り出した機体にペイントして、それから代々、中身だけいじりまわしてきたのだ。だいたい、何にぶっついてもペイントが剥げるくらいで、本体にゃ傷ひとつついたことがねえもんなあ」
「それはそれで、すげえ話だが」
 百足技師も覗きこみ、
「たぶん当時の補強技術による多層構造だろう。なんにしろ、バラける前に早いとこ埋めちまえ」
「そうしたいのは山々だが……」
 クーニは困惑顔で、
「今どきのセラミックで、こんな古物と高分子融合できるか?」
「お茶の子だ。俺たちをあなどるんじゃねえぞ」
 二人の技師は、後ろから覗いているおもちゃの潜望鏡と、その回りを飛び交っている小鳥たちの主を見下ろし、
「ゴリラだけならどうでもいいが」
「この子がバラけちゃ寝覚めが悪い」
 潜望鏡の先が、ごりらさんの姿を求めてぴこぴこと揺れます。
 クーニは、すなおに片手で手礼します。
「かっちけない」
 そうして一件落着、上階に向かう凸凹コンビを見送りながら、
「人間型《ヒューマノイド》も、子供のうちはかわいいんだよなあ」
「クーニの姐御も、せめてあと五六本、手脚がありゃなあ」
「たった腕二本脚二本で、よくあそこまで脳味噌が進化したもんだ」
「強えしな」
「面白えもんだぜ、エイリアンって奴ぁ」
 そんな微妙な会話が背後で交わされていると知るや知らずや、クーニたちは上機嫌でエレベーターに乗りこみます。
 五層からなる船体の最上部、メイン・ブリッジに向かって、いったん展望甲板まで上がりますと、
「おう、這い出てきたな」
 一等船室の方角からやってきたヒッポスが、呆れたような笑顔で合流します。
「毎晩毎晩、あんな穴倉に潜りこんどらんで、上で寝りゃあいいのに」
 しがない運ちゃんとはいえ、今回の航海ではツメの主役を張るわけですから、当初からクーニも一等船室をあてがわれております。
「この機会を逃したら、生涯、王侯貴族なみの船旅などできんぞ」
 隣のケイも、ツヤツヤ顔でうなずいております。
「――パス」
 クーニは、あっさり王侯貴族生活を辞退します。
 隣のタカも、迷わずこくこくします。
 実は二人とも、航海当初には、高級ホテルなみの広大なベッドに喜色満面でダイブして、「ひゃっほう」「ぼよんぼよん」などと跳ね回ったりしていたのですが、三日目にして音を上げ、格納庫のMF号に潜りこんでしまいました。
 生まれてずっと四畳半一間で煎餅布団に寝ていたような賎民が、いきなしスイートルームの羽根布団を被って、必ずしもいい夢を見られるわけではありません。昼食や晩餐や酒宴に関しては王侯貴族級も大歓迎ですが、なんといいますか、本来つましいイキモノには、それなりのつましい安心空間が必要なのですね。
 まあ幼いタカにしてみれば、たまにはお姫様ベッドに寝てもいいかなあ、と思うこともありますが、やはりクーニのおっぱい枕も捨てがたい味がありますし、それに、いざとなったら自分の代わりに顔面から壁に激突してくれるような人材は、いつも隣に侍らせておくに限ります。また野獣派のクーニにとっても、睡眠中は最も『寝首を掻かれやすい』状態ですから、何かあったら速攻で反撃やトンズラの可能な、MF号で過ごすのが一番です。
「俺が調べた限りじゃ、この宙域にヴァルガルムの艦船は出入りしとらんぞ。奴らには、『もう終わった』宙域だからな。資源的にも、政治的にも」
「――ま、ビンボ性ってことで」
 ヒッポスの忠告を曖昧に受け流すクーニに、
「こくこく」
 タカも、ほとんど話が解っていないながら、とりあえずもっともらしくうなずきます。
 そのちょんちょん頭の周囲を、ちゅんちゅんちゅくちゅくと飛び回っている小鳥たちにケイが目を止め、
「あら、また増えてない?」
「こくこく。きょうは、ふたごがあたったの。こっちが、ホクト。んでもって、こっちのちっちゃいのが、ミナミ」
 にこにこと紹介してくれるそれらのネーミング・センスが、ケイには今一歩理解できません。そもそも、なぜ最初のひよこは、ハヤタなどという不思議な名前なのでしょう。
「……かわいいお名前ね」
 ――かわいいか?
 ――よくわかんねー。
 三者三様の表情をものともせず、タカは遺伝子記憶の赴くがまま、満面の笑顔をうかべます。
「みんな、つよいこ!」
 にっこし。

     4

「さあて、やっと出番が回ってきたか」
 メイン・ブリッジの大スクリーンを前に、クーニはこきこきと指をならします。今までも何度か艀を引いたりはしたのですが、MF号に相応しい大物は、出航後一度も引いておりません。
 スクリーンに浮かぶ噂の遊星は、一見天然の巨大な岩石塊にも見えますが、わずかに点在する滑らかな梨地の金属部分と、小惑星には珍しいほぼ真円のフォルムから、やはり直径約百キロの巨大な人工物に他ならぬ存在感を漂わせております。
「思ったとおり、楽勝っぽいな。なんならこの船ごとアレにくっついてもらって、まとめて引いて帰るか? 急ぎなら、二日でチーバに戻ってみせるぞ」
 あちこちに滞在しながらとはいえ、全宇宙規模で網羅された法定ワームホールを駆使しても二ヶ月以上費やした行程を、たった二日で戻る――明らかに、なんかいろいろヤバいルートを想定しているのですね。
「そのような無茶の必要は、毛頭ありませんが――」
 温厚そうな海鞘《ホヤ》状の船長が、ちょっと興味深げに訊ねます
「ちなみに、その際はどんなルートを?」
「おう」
 クーニは意気揚々と、
「このナーラ銀河とジャポネ銀河は、うまい具合に超空洞《ボイド》を挟んで、ほとんど間に何もない。近場のよさげなワープイン・ポイントを探すのに半日。で、そこをちょっとひっつまんで穴開けて、あっちの隠れワープアウト・ポイントに繋いじまえば、あとは勝手知ったるジャポネの宇宙《うみ》だ」
 本来軟体である海鞘《ホヤ》船長が、かなり硬直します。
「……下手をすると、双方の銀河が時空干渉しませんか?」
「いやあ、そっちがヤバそうになったら、違法ホール自体を適当な仲間の違法ホールに繋いで迂回する。で、ヤバいほうは切っちまう。少なくともそれで先祖代々、一度も銀河をポシャったことはないぞ」
 死んでも真似する気はないが、それはそれで凄い技だ――そんな表情の船長に、ヒッポスが補填します。
「銀河はポシャらなくとも、こっちが三年後のジャポネに出たりします。ちっとも節約になりません」
「てへ」
「てへ、じゃない」
 その場に集って、面白そうにクーニの話を聞いていたイベント関係者や発掘関係者の中から、今回の視察調査団代表の、秋田犬っぽい団長が発言します。
「帰途を急ぐ必要はありません。往路同様、二ヶ月かかって結構。つまり、クーニさんに牽引していただいている内に、遊星内の考古学的調査も同時進行します。さしあたってのクーニさんのお仕事は、従来同様、明朝からの調査機材運搬ですね」
 秋田犬団長の風貌や声には、いかにも行動派らしい精悍さと、総合監督職らしい風格の双方が備わっております。
 クーニは、そうした正統派タイプには頭の上がらないたちですので、
「ラジャー」
 いつもの半畳ぬきで、すなおに応じます。
 ちなみに、この団長さんも立派なトーホグ系のお名前をお持ちなのですが、あいにくと標準語表記不可能な発音ですので、秋田県も男鹿半島もキリタンポも存在しない時代の宇宙であるにも拘わらず、今後も『秋田犬団長』と呼称させていただきます。
「先行した駐在員の調査によると、地表の岩石部分にも金属部分にも、内部への通路らしいものは発見されておりません。しかし、内部の大半が人工的な構造物であることは、大まかな共鳴スキャンからでも明らかです。そして中心部には、明らかに生命反応がある。まずは数台の高出力スキャナーユニットを設置して遊星全体の構造を解析後、しかるべき内部侵入路を確保する――そんな手順になります」
 クーニが、はーい先生、と言うように手を上げます。
「どうぞ」
「えーと、昔、あれよりちょっと小さい、デコボコの遊星を引っぱったことがあるんだ。どっかの文明圏に侵入しそうになってな。そいつはほとんど無重力で、空気も何もなかった。もしかして、あれもそうなのかな?」
「そのとおりですね。その点も、今後の作業効率を考慮して、駐在員が簡易生成装置を設置済みです。ですから現時点では、オーメやチーバ同様と思っていただければ」
「それはありがたい。俺はどうも、あのぷかぷかしゅーしゅーが苦手でなあ」
 一般的な宇宙服作業を言っているのですね。
 秋田犬団長は苦笑しながら、
「そろそろ、あちらの映像が入るはずです。私もこれまでタキオン通信でデータ交換していただけですから、いわば初対面なのですが」
 遊星全体をとらえていたスクリーンが、地表のアップに切り替わります。
「…………」
「…………」
「…………」
 メイン・ブリッジに、無数の沈黙が充満します。
 遊星の地表、デコボコの岩石地帯に停まっている、薄汚れた大型航宙トラック。
 その横に建てられた、掘っ立て小屋のようなバンガロー。
 まあそこまでは、さほど異様な光景ではありません。
 しかし、小屋の前の大きな焚き火でじゅうじゅうと煙を上げている、得体の知れない動物の丸焼き。
 その丸焼きの前にしゃがみこみ、生焼けの肉を石刀で叩き切っている、襤褸《ぼろ》をまとった異様な人影――。
「……遅かったな」
 ロビンソン・クルーソーのごとく、ぼうぼうと蓬髪を振り乱した人間型《ヒューマノイド》娘が、スクリーン、もとい星空のイルマタル方向を見上げ、頭に着けたインカムにつぶやきます。
「……なんぼ契約社員でも、三月《みつき》もこんなとこに放りっぱなしっつーのは、ちょっとばかしアレなんじゃねーか?」
 口元から肉汁を滴らせつつ、
「俺なんか、もう、すっかり野生化しちまったぞ」
 スクリーンのこっち側で、秋田犬団長が呆然とつぶやきます。
「……あそこには、確か、宇宙考古学と宇宙物理学のフィールドワーク経験者が、ひとりずつ……」
 ヒッポスも、呆然とつぶやきます。
「……気のせいかな」
 スクリーンを凝視したまま、声だけクーニに向けて、
「どうも俺には、あすこで凄んでる奴、ちょっと昔のお前としか思えんのだが」
 他のスタッフやクルーも、一斉にこくこくとうなずきます。
 クーニは、こめかみにたらありと冷や汗を流しながら、
「……他人の空似だ」
 それらの会話が聞こえたのか、あるいはインカム付属の小型映像モニターで、一同の呆気にとられている様子が見えただけなのか、
「わはははははは!」
 スクリーンの娘は、いきなり蓬髪や襤褸をかなぐり捨て、Tシャツとハーフパンツ姿になって立ち上がり、
「本気にした? 本気にしたか?」
 どこに隠し持っていたやら、パーティー用のクラッカーを画面に向かって、ぱん、と弾けさせ、
「久しぶりだなあ、クーニ姐《ねえ》! 早く下りてこい! 丸焼きが食い頃だ。酒はオーメの地酒があるぞ! 早く来ないと、みんな飲んじまうぞ!」
 ヒッポスが驚いて、
「お前の妹か?」
 クーニは、あわててぷるぷると頭を振り、
「冗談言うな! 赤の他人だ!」
「しかし、たった今、姉さんとかなんとか」
 クーニは、げっそりと肩を落とし、
「……まあ、なんつーか……ほんのちょこっと……どっかで血は繋がってるらしいんだが」
 秋田犬団長は、なかば呆然としたまま、
「そう言えば物理学の方は、クーニさんと同族名だったような。確か――トモ・ナーガさん?」
「……うん、まあ、なんか……学歴や肩書きだけは立派なのが」
「しかしもうひとり、駐在員がいるはずなんですが」
「……食っちまったんじゃねーか?」
 あまり冗談っぽくないクーニの口調に、一同は、思わず焚き火の丸焼きを凝視します。
 ――まさか。
 ――いやいや、あれだけクーニっぽいイキモノなら、飢えれば同僚でもなんでも、見境なく食うかもしれんぞ。
 そのとき、小屋の陰から、もうひとつの人影が現れます。
 秋田犬団長は、ほっと胸をなで下ろし、
「いました」
 なんらかの調査に出ていたらしいその青年は、小屋の前の丸焼きや、宙に向かってVサインを出しまくっているトモに気づくと、背負っていた計器類を放り出し、泡を食って駆け寄ります。
 トモの頭からインカムをもぎ取って、
「す、すみません。スキャナー設置の候補地点を、検証に出ておりまして。考古班の、コウ・オキノです」
 その草食獣特有の穏やかな瞳に、今度はクーニが、ヒッポス夫婦をしげしげと見つめます。
「……おまいらの隠し子か?」
 ふるふるふるふる。


     5

 その頃タカは、診療室の隅っこの、ちっこい机のちっこい椅子にちょこんと座って、算数のノートに向かっておりました。
「じゅーに、たす、にじゅーいち……」
 生まれ育ったコロニーにも小学校はきちんとあって、ひと桁の算数はすでに楽勝のタカですが、ふた桁の高等数学になりますと、まだちょっと荷が重いようです。
「むー」
 鉛筆をお鼻と上唇の間に挟んで、うにうにと煩悶している母(あくまで仮想)を、おつむの上に並んで止まったホクトとミナミが、心配そうに見下ろしております。
 ちなみにハヤタやモロボシやヒデキは、すでに悪い遊びを覚えてしまい、男兄弟三羽そろって、イルマタルのあっちこっちでエサをくすねたり、大宇宙を望むハイパーテクタイトに向かってチキンレースを試みたり、無頼の青春を謳歌しております。
 毎日の午前中、タカにお勉強を教えてくれるカージは、あくまで船医が本業ですから、ずうっと付きっきりというわけにはまいりません。総勢百名近い乗員が長旅をしていると、けっこうバラエティーに富んだ患者さんが、日々診療室を訪れます。
 この時代、イルマタル程度の先進医療環境があれば、たいがいの疾病や外傷は、医薬品や汎用細胞を用いてヤブ医者でも簡単に治療できますし、まして最先端医療に明るいカージとなれば、たとえ乗員が未知の異星ウィルスに感染したりしても、医療用ナノマシン群をタキオン・ネットでトキオ・ユニーバーシティー医学部のメインフレームに直結し、それを患者の体内に注入、ウィルスを問答無用で直接シメてやる、などという神技すら可能です。またカージは、お宗旨がらみで戦地での医療布教活動も長く経験しておりますので、不慮の事故によってもげた手足やはみでた内臓など、グロ物件をいきなり担ぎこまれても、冷静に加療できます。
 しかし今回の航海には、繊細なアーティスト系の方々という、なかなか医者泣かせのシロモノも、多数紛れこんでおります。まあ心療内科的な初期症状、あるいはホームシックによる不眠や鬱程度の軽い精神疾患ならば、カウンセリングや薬でかなりのところまで散らせますが、マジに毒電波を受信したり、神の声に従って宇宙空間と一体化――早い話が船外の真空にダイブしようとしたりとなると、さすがに厄介です。
 アーティスト系の方々も、そうした精神的な適正は選考時に充分検討されているはずなのですが、太古より大宇宙というとんでもねー奥深い空間は、いざそこに旅立ってしまった者を、なんじゃやらトンデモな方向へ目覚めさせてしまいがちなのですね。この世界を数式でしか論じないような堅物学者が、カージでさえまだ聴いたことのない神や悪魔の声を聴きだしたりするほどですから、もともと半分トリップするのがお仕事の方々は、そっくりイってしまったりもしがちです。医師であると同時に宗教者でもあるカージとしては、それを「何を馬鹿な」と割り切る以前に、その真偽、つまり妥当性まで精査しなければなりません。
 そんなこんなで、たとえ患者さんが途切れたときでもけして暇ではなく、現に今、カージはタカの専属家庭教師を勤める合間を縫って、診療机のコンピュータ端末に向かい、せっせとカルテの整理をしております。
 とはいえ根っから生真面目で、しかも優しいカージのことですから、タカにいきなし数式を突きつけて「はい、自習」などという薄情な手抜きはいたしません。今朝の算数の授業でも、自習の前に、基本的な計数の心構えをきちんと教えてくれております。
 たとえば、おはじき玉をいくつも並べたりして、
「十二の中に、十はいくつ入ってるかな」
「ひとつ!」
「あまったのは、いくつ?」
「に!」
「そうだね。十二という数字は、十がひと組と、残りの二からできてるんだね」
「こくこく」
「じゃあ、二十一の中には、いくつ十が入ってるかな?」
「ふたつ!」
「あまったのは、いくつ?」
「いち!」
「はい、よくできました。じゃあ、こっちの十二と、こっちの二十一を並べると、十は全部でなん組、入ってるかな?」
「みっつ!」
「じゃあ、あまったほうを、両方合わせると――」
 まあそんな感じの、噛んで含めるような授業のあとで、自習時間に移ったわけですね。
 カージがノートに書いてくれたいくつかの例題を前に、タカはひとしきりお目々をくるくるさせたり、鉛筆でかきかきしたりしたのち、
「……ちろりん」
 カージの背中を、ちらちらと盗み見ます。
 なるべく指で数えちゃいけないよ――事前にそう言い残されてしまったので、タカも誠心誠意、脳内シミュレーションを頼りにがんばろうとは思うのですが、続けてみっつもよっつも高等数式を解いていると、いーかげん脳味噌が煮つまってきます。
「……ちらちら」
 タカはカージが見ていないのをいいことに、頭の中だけで声を出し、こっそり指折り数えます。
「ひー、ふー、みー、よー」
 何々してはいけない、という先生の指導に『なるべく』がくっついていた場合、非常時においては、当然例外も許されるのではないでしょうか。特に先生が見ていないときならば、優しい先生の心を傷つけてしまう心配だって、ちっともありませんものね。
「むー、なな、やー、くー」
 片一方のお手々に指が五本、もう一方に五本。
 まずはこれら十本の指をフルに活用するのが、幼児の常識です。
「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん」
 たとえ両手がグーになっても、次は一本ずつ開いていけば、にじゅーまでは楽にカバーできる計算です。
「じゅーろく、じゅーなな、じゅーはち――」
 しかしこのまま、にじゅーを超越した次元に突入するらしいとなると、両手の指だけではあまりに非力――。
「……ちらちら、ちら」
 診療机のカージは、いつのまにか椅子に背をもたれ、こくりこくりと船を漕ぎはじめております。
「……おう」
 こりは、いまのうち――。
 タカはよいしょと脚を組み、
「ぬぎぬぎ」
 ごそごそと靴や靴下を脱ぎ捨てて、
「にっじゅいち、にっじゅに、にっじゅうさん――」
 まあ、ここまで徹底して指算に執着すれば、ある意味立派な加減乗除の学習になっておりますね。
「なにやってんだ?」
「ぎく!」
 硬直したタカが、おそるおそるお顔を上げますと、いつのまにかあの芋虫技師さんが、同情とも呆れともつかぬ微妙な笑顔を浮かべてドアの前に立っており、
「たいへんだなあ。手足がそんだけだと」
 両手の間に両素足まで浮かして奮闘している児童のおつむを、ぽんぽんと励ましてくれます。
「……こっくし」
 タカは深々とうなずきながら、芋虫技師さんの大量のお手々を、心底羨ましそうに見つめます。
 ああ、わたしにも、このおじさんのようにわきわきと大量のお手々があれば、ごじゅーでもろくじゅーでも、おもうさま数が数えられるのに――。
 ちなみに芋虫技師さんは、あくまで芋虫に似ているだけで、昆虫系ではありません。でも蝶類や人類となんらかの縁があるのか、三対六本の胸脚、いえ、胸腕と、五対十本の腹脚に、それぞれきっちり五本の指を備えております。
 おじさんがいくつまで数を数えられるのか、タカはちょっと気になって、
 ――うーんと、ろくたすじゅーで、じゅーろく。んでもってじゅーろくかける、ご。…………わかんない。
 掛け算は、まだ習っておりません。
 しかしアプローチを変えれば、なんとか自力で算出できるような気もします。
 ――さんたすごで、はち。んでもって、はちかけるじゅーで――おう、なんとなんと、ゆびが、はちじゅっぽん!
 おのずから高等数学に目覚めてゆく、かしこいタカでした。これこのように、必要に応じて身についていくのが、真の実学とゆーものなのですね。
「ちょっと腰をギックリやりそうになってな。念のため、先生に診てもらおうと思ったんだが」
「ありゃ」
 いくつめのお腰が痛いんだろー、と心配しながら、タカがカージを起こそうとしますと、
「あ、いい、いい。寝かしとけ」
 芋虫技師さんは、居眠りをしているカージにも苦笑まじりの同情視線を向けて、
「この先生、ちょっと働き過ぎだからな。お上品連中の気鬱なんざ、適当にあしらっときゃいいのに」
 上から四つ目あたりの体節をちょっとつっぱりつつ、自分で戸棚から湿布薬を探し出し、うねうねと去っていきます。
「お嬢ちゃんも、おとなしくお勉強してるんだぞ」
「あーい」
 そうして、言われたとおり、
「さんじゅいっち、さんじゅに、さんじゅーさんっ」
 タカは、おとなしく四肢の指を駆使してお勉強を続け、
「じゅーに、たす、にじゅーいちは、さんじゅーさん。……かきかき」
 ついにすべての高等数式に解を得ましたが、
「……おーい」
 カージは、まだ目を覚ましてくれません。
 のみならず、なんだか奇妙な呻き声が、診療机のほうから聞こえてまいります。
 よく見ると、さっきまで静かにまどろんでいたカージは、ときどき何かを拒否するように首を振ったり、何かを払いのけるように腕を振り回したり、激しくうなされているようです。その不規則で荒々しい息づかいも、とても尋常とは思えません。
 ――カージ、おびょーき?
 お医者様がお病気になってしまったら、誰がお医者様してあげるのでしょう。
「あうあう」
 幼いタカは、かなり怯えてしまいます。
「ぷるぷるぷる」
 椅子の上でしゃっちょこばって、おっかないのと心配なのを、しばし心の秤にかけておりましたが、
「……おーい」
 やっぱし心配のほうが先に立ち、とことことカージの前に回って、恐る恐る覗きこみます。
 カージは、きつく閉じたまぶたをぴくぴくと振るわせ、青ざめたお顔に汗の玉を浮かべながら、
「――だめだ!」
 今度は何かに追いすがるように、宙に向かって必死に手をさしのべます。
「戻れ! ――行ちゃだめだ、サーラ!」
 サーラというのは、誰かのお名前でしょうか。
 ふだんは根っから脳天気なタカも、それなりの辛酸をなめて育ってきておりますから、
「……こわい、ゆめ?」
 カージの悪夢の雰囲気を、なにがなし感じ取ります。
 サーラというのがどこの誰さんかはわかりませんが、きっと、カージの大切な人なのでしょう。もしかしたら、タカのママやパパみたく、わるものに追いかけられて、どこかに行ってしまったのかもしれません。そして、そんな感じの怖い夢ならば、かつてのタカも、毎晩のようにうなされていたのを覚えております。そう、クーニに拾ってもらう前、ひとりぼっちの夜が何日も続いていたとき――。
「……だいじょーぶ」
 タカはおずおずとお手々を伸ばし、
「ただの、ゆめ」
 宙を彷徨っているカージのおっきなお手々を、ちっちゃい両手で、そっと握ってあげます。
「にぎにぎ、にぎ」
 初めは痛いくらいに握り返してきたカージのお手々も、やがて安心したように、ふにふにと力が抜けていきます。
「よし、よし」
 そんなカージのお手々を、タカは自分の胸に押し当てて、
「♪ ね〜んね〜ん〜 ころ〜り〜よ〜 おこ〜ろ〜り〜よ〜〜 ♪」
 夜鳴きする星雁《スターグース》の雛たちをあやすときのように、優しく歌いはじめます。
「♪ ぼ〜や〜の〜 おも〜り〜は〜 どこ〜へ〜い〜〜た〜〜〜 ♪」
 おっかない夢を見てしまったら、ママに子守歌を歌ってもらうのが、なによりですものね。
「♪ で〜んで〜ん〜 たい〜こ〜に〜 しょおぉの〜 ふぅえ〜〜 ♪」
 ……えと、ここで、しつこいようですが、念のため。
 けしてこの時代に、一般のベビーシッターが山を越えて里帰りしたり、玩具のドラムやフルートをお土産に持ってきてくれるわけではありませんよ、念のため。あくまでそうした『寝させ唄』『わらべ唄』に相当するような情感の子守歌を歌ってあげた、とゆーことですね。 
 そうして、タカのいちばん好きな子守歌を、きっちりフル・コーラス歌ってあげておりますと、
「……おう」
 険しかったカージの顔が、しだいに、穏やかに弛緩していきます。
 こ、こりは――なんと歌いがいのあるおにーさん!
 タカはすっかり嬉しくなってしまい、
「♪ ねんね〜ん ころ〜り〜 はぁはぁ〜の〜〜 ひざ〜は〜〜〜 ♪」
 二番目に好きな子守歌を、これまたフル・コーラス披露します。
「♪ ゆらり〜 ゆらり〜 ゆらり〜ゆ〜れ〜て〜〜〜 ♪」
 カージの荒い呼吸も、いつしか、安らかな寝息に戻っていきます。
「♪ ねむれよいこよぉ〜〜〜 にわやまきばに〜〜〜 ♪」
 ああ、歌姫として、己の歌唱が他者の心にストレートに響いていると確信できる、この至福――。
「♪ ゆ〜りかご〜の〜 う〜たを〜〜〜 か〜なりや〜が〜 う〜たうよ〜〜〜♪」
 恍惚と、そして連綿と歌い続けること、およそ半時間。
 タカはすべての子守歌レパートリーを歌いつくしてしまい、やがてカージが眠りから覚めたときには、なんじゃやら土俗的哀愁に充ち満ちた、大昔の馬子唄のようなイントロを、しみじみと口ずさんでおりました。
「♪ ちゃ、ちゃ、ちゃん、ちゃん ♪ ちゃ、ちゃ、ちゃん、ちゃん――」
 おつむの上のホクトとミナミも、ちゅんちゅくちゅんちゅくとハモっております。
 タカはうるうると目を閉じて、おもむろに宙を振り仰ぎ、
「♪ りんごぉ〜〜〜〜〜の〜 はなぁびぃらがあぁ〜〜〜〜 かぜぇ〜〜〜にぃ ちぃったよなぁ〜〜〜〜 ♪」
 ああ、歌姫として思うさまコブシのまわる、この至福――。
「♪ つきよに〜〜〜 つぅきぃ〜よぉにぃ〜〜〜〜 そぉおぉっとぉ〜〜〜 えええええええ〜 えええ〜えええ〜 えええ〜ええ〜えええええええ〜〜〜〜 ♪」
 その胸中に浮かぶ光景は、生まれ育ったコロニーの農作物プラントでしょうか。あるいは遺伝子記憶の奥底、津軽のリンゴ園にたたずむ美空ひばり先生でしょうか。いずれにせよ、当初の目的を、すでにきれいさっぱり忘れ去っているのは確かですね。
 目覚めたばかりのカージは、この現状にすぐには対応できず、ただ絶句しております。
「…………」
 そんなカージの呆然視線に、ようやく気づいたタカは、
「…………」
 ゆらゆらと広げていた両腕を、ばつが悪そうにこそこそと引っこめて、
「……しつれい、しました」
 ぺこり。
 微妙に見つめ合うこと、しばし――。
 やがてカージの脳裏にも、さきほど悪夢の軛《くびき》から自分を解き放ってくれた、可憐な子守歌の記憶がよみがえり、
「――ブラボー」
 嬉しいような哀しいような微笑を浮かべ、ぱちぱちと拍手してくれます。
「えへへへー」
 タカはカージに手をさしのべられるまま、その膝にちょこんとお座りして、
「うりうりうり」
 パパやママやクーニとはまた違った、でもひとりっ子のタカにはとても嬉しい『おにーさんっぽい膝』の感触を楽しみながら、
「えーとね、じゅーに、たす、にじゅーいちは、さんじゅーさん」
「はい、よくできました」
「えへへへー」
「今日の算数は、これでおしまい」
「こくこく」
 今ならなんでも正直に言える気がして、
「タカちゃん、さんすう、だいきらい。おうた、だいすき」
「うーん、音楽はなあ」
 カージは困ったように首をかしげ、
「僕は賛美歌くらいしか知らないからなあ」
「さんびか――どんなおうた?」
 カージはちょっと考えこんで、やや遠い目を宙に泳がせたりしたのち、こほん、と咳払いして、口ずさむように歌いはじめます。

  うるわしの白百合 ささやきぬ昔を、
  エス君《ぎみ》の墓より いでましし昔を。
  うるわしの白百合 ささやきぬ昔を、
  百合の花、ゆりの花、ささやきぬ昔を。

 けして上手な歌声ではないのですが、なにか、思春期にさしかかったばかりの少年が、幼い日の追想をハイトーンボイスで訥々と紡いでいる、そんな情感が、タカの胸にも津々と伝わってきます。
 ――サーラって、だあれ?
 ふと、そんなことを訊ねたくなって、でも訊いてはいけないような気もして、その歌声と、もたれたおつむの後ろに直接伝わってくるカージの胸の響きに、黙って耳をすましつづけるタカでした。

  春に会う花百合 夢路より目覚めて、
  かぎりなき生命《いのち》に 咲きいずる姿よ。
  うるわしの白百合 ささやきぬ昔を、
  百合の花、ゆりの花、ささやきぬ昔を。

 もしタカが、夢に出てきた誰かさんのことをカージに訊ねたとしても、きっとカージは曖昧に口を濁すか、あるいは思い出の中のほんの一部、今歌っている賛美歌にも似た美しい日々だけを、遠い目をして、言葉少なに語ってくれただけでしょう。
 なぜなら少年時代、カージにとって白百合だったその人は、とうの昔に散ってしまっているからです。それも、幼いタカにはとうてい伝えられないような、血生臭い凄惨の巷で。

  冬枯れのさまより 百合しろき花野に、
  いとし子を御神は 覚したもう今なお。
  うるわしの白百合 ささやきぬ昔を、
  百合の花、ゆりの花、ささやきぬ昔を。

 またあの夢を見てしまったのに――。
 タカのお腹を、ぽん、ぽん、と優しく叩くようにして、ゆったりとリズムを取って歌いながら、カージは思います。
 またあの夢を見てしまったのに、胸も潰れず涙も流れないのは、きっと、この子が膝に乗ってくれているからなんだろうな――。

     ★          ★

 そうして、たゆたうようなひとときに、ふたりふわふわと漂っておりますと、
「うぉーい」
 ぶっきらぼうな挨拶とともに診療室の扉が開き、クーニが顔を出します。
「おう、仲良くやってるな」
 カージは照れ臭そうに歌を止めて、
「珍しいですね、クーニさんがここに来るなんて」
「俺も自分から医者に来たのは、これが生まれて初めてだ。それから同期に『さん』はやめろ、『さん』は」
 クーニはなんだか浮かない顔で、
「んでもって、なんかハラ薬、よさげなの見つくろってくれ」
 ――ハラ薬!
 カージは驚愕します。
「まさか……お腹が痛いんですか?」
 タカも、まん丸お目々を見開いて、
「クーニの……ぽんぽん?」
 無敵の『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』といえど、実は生身である以上、どこを患っても不思議ではないのでしょうが――少なくとも胃腸方面だけは、文字どおり鋼鉄製なのではないかと、ふたりとも思っていたのですね。
「痛かあないが、どうも、食欲がなあ」
 ――食欲が!?
 カージとタカは、あらためて青ざめます。
 夜ごとアルコール度数にして五十超の酒を鯨飲し、およそ十人前の肴を馬食し、それでも翌朝にはケロリとアブラ物を飽食して止まないクーニの消化器官に、いったいどんな病魔が忍び寄っているというのでしょう。
 クーニはつくづく憂鬱そうに、
「……めんどい奴が出てきやがった」
 お腹のあたりをさすりながら、
「いつもの倍は食って精つけとかんと、明日っから気力が保たねえ」
 カージとタカは、さらにこめかみにたらありと大粒の汗を浮かべて、呆然と見つめ合います。
 クーニの食欲さえ奪ってしまう『めんどい奴』とは何者か――そう心配したのでしょうか。
 いえいえ確かにそれもありますが、それ以上に、『いつもの倍』の超飲食光景を想像し、恐怖してしまったのですね。





   第四章 お嬢様お手やわらかに


     1

 さて、カージの処方した胃散が効いたのか、それとも元々心労で胃を壊すようなタマではなかったのか、翌朝、予告どおりふだんの倍の飲食物を摂取したクーニは、元気いっぱいでMF号を起動します。
 助手席のタカも、張りきってお手伝いします。
「赤スターター、ON!」
「ほいっ。赤ぽっち、ぺんっ。――赤ぽっち、よーそろー!」
「青スライダー、フルパワー!」
「ほいっ。青ぽっち、ずりずりずり。――青ぽっち、よーそろー!」
 もちろんタカが何をどうしくじっても、クーニの主操縦パネルから、即座にフォローできる仕組みです。つまり、予備のボタンやツマミ操作で、遊ばせてもらっているだけなんですけどね。
 それでも自分の押したボタンで、MF号がういんういんと蠢動したり、技師さんたちを乗せた巨大なスキャナーユニットが、ふわふわと浮き上がったりするものですから、
「どきどき、わくわく」
 タカはすっかりハイになってしまい、
「ずりずりずり」
 頼まれてもいないのに、ついつい青いぽっちをいじくって、牽引力場を不必要にほわほわさせてしまい、スキャナーユニットの接地用可動四脚のひとつを、格納庫の床にぼよんぼよんと弾ませたりします。
「こらこら。うっかりぶっ倒すと、中の百足や芋虫がつぶれるぞ」
 全高十数メートルのスキャナーユニットは、昔懐かしアポロ11号の月着陸船を巨大化させたような外形ですが、自力推進はできません。
「ありゃ、よーそろー。……青ぽっち、なでなで」
「おう、なかなかスジがいいな」
「えっへん、よーそろー」
 そうしてイルマタル船底前方のハッチから、MF号の牽引する数台のスキャナーや各種機材のカーゴ、また自走式の掘削用特殊車両などが、次々と遊星『ユウの柩』をめざして飛び立ちます。MF号の牽引力場は、総体積さえ許容量を超えなければ、複数同時に設定できるのですね。
 ちなみに今朝のタカは、オレンジ色のツナギに黒の革ジャン姿で、びしっとキメていたりします。ビンボ症のクーニが後生大事にしまっていた古着を、ケイが仕立て直してくれたのですね。育ち盛りのタカの今後を見越して、かなりダブダブの仕立てになっておりますが、そこがまたなんかラフな着こなしっぽくて、着こんだ当人は、すっかりご満悦です。
「♪ じゃーん じゃーん じゃじゃじゃじゃーんじゃん じゃじゃじゃじゃーんじゃん じゃじゃじゃじゃーん ♪」
 タカはノリノリで、勇壮なマーチっぽい曲を口ずさみます。
 まんま音声化したらジョン・ウィリアムスさんやジョージ・ルーカスさんに訴えられること必至のメロディーですが、この『よいこのお話ルーム』におけるBGM音源は、あくまで良い子の脳内プレーヤー専用フォーマットですので、バレる心配はありません。
「♪ ちゃーんちゃーか ちゃーんちゃーんちゃ ちゃんちゃちゃーん ちゃららんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃーん ちゃらららーん ♪」
 曲が変わって、悲運の沈没巨大戦艦が思わず復活してしまいそうな戦意昂揚調のイントロになりますが、宮川泰先生や松本零士先生に聴かれても平気です。
「♪ さらば〜ちきゅうよ〜 ちゃちゃちゃちゃ〜 ♪」
「……その先は、やめとけ」
「ありゃ」
 著作権消滅後、無慮五十数億年を経た辺境宙域でも、JASRACや松本先生関係の脅威は健在なのでしょうか。
 ちなみにホクトやミナミは母船イルマタルでお留守番なので、今回はハモりません。
 他の調査班メンバー十数名は、小型着陸艇やトラックですでに先行発進しており、トモやコウの待つバンガロー付近の平坦部に着陸、ベースキャンプとしての準備を整えつつあります。
 その上空に、数珠繋ぎの大荷物群を引っぱってにょろにょろと接近したMF号から、クーニが進言します。
「とりあえずカーゴと特車だけ下ろして、スキャナーはこのまんま設置位置まで引っぱってくか? そのほうが手間が省けるだろう」
 当初の打ち合わせでは、スキャナー・ユニットを遊星表面の六点に均等配置して、いっきに全体像をスキャンする予定だったのですが、
『一応、いったん全部こちらのキャンプ周辺に下ろしてください。どうもトモさんやコウ君の分析だと、予定位置の透過効率が悪そうです。再検証が必要ですね』
 秋田犬団長からの応答に、クーニは、あちゃあ、と言うような顔をして、
「……ラジャー」
 渋々と下降を開始します。
 あんましそこに着地したくねえなあ――なぜだか、そんな気配が濃厚です。
 まあそんな気配は気配としてとりあえずこっちに置いといて、プロの運ちゃんとして各貨物をきっちり指定場所に接地させたクーニは、
「んじゃ、そーゆーことで」
 そそくさと母船に戻ろうとしますが、
『一両日中にスキャナー配置座標を決定しますから、それまでは、こちらで待機をお願いします』
「……ラジャー」
 ますます渋い顔になり、
「うう、やだなあ」
 通信には届かない程度につぶやきます。
 タカはちょっぴり心配になって、
「やっぱし、ぽんぽん?」
 横から手をのばし、クーニのお腹をなでなでしてあげます。
「いたいのいたいの、とんでけー」
 しかし手触りから判断するかぎり、いつもの倍のご飯で朝にはぱんぱんだったお腹も、今はもうふにふにと、順調に消化しつつあるみたいなんですけどね。
 着々とベースキャンプの体裁を成してゆく現場の傍らに、しゅわしゅわと着陸したMF号のサイド・ハッチから、
「こそこそ」
 なぜかクーニは、いつものようにのっしのっしと降り立たず、顔だけ出して用心深く辺りを探りながら、
「……ダッシュ!」
 大あわてでステップを駆け下ります。
 タカも負けずにちょこまかと、
「とととととととと」
 なんでととととなのかはちっとも解りませんが、なんか面白げなので、オールOKのタカです。発作的な探偵ごっこでしょうか、あるいは、スパイ大作戦ごっこでしょうか。
 とりあえず、手近なコンテナの陰に身を潜め、
「あの潜望鏡、持ってるか?」
「ほーい。――のぞきめがね、しゅぱっ」
「前方および左右、充分確認せよ」
「らじゃー。――わるもの、なーし」
「悪くないのも、いないか?」
「きょろきょろ。――だあれも、なーし」
「よし。――ダッシュ!」
 そうしてふたりは、あっちこっちのカーゴや特車の陰をつたうようにして、
「かさこそかさこそ」
 大小のゴキブリのごとく、姑息に団長たちの着陸艇を目ざします。
「おう、びっくりした」
 スキャナーユニットの脚の陰にいるところを、百足技師さんに見つかって、
「なんだなんだ、借金取りでも出張ってきたか」
 しっ、とクーニが制するより先に、例のバンガローの方向から、
「――おーい! クーニ姐《ねえ》!」
 そう元気に一声、小柄な人影が一陣の風のごとく突進してきて、
「ていっ!」
 十数メートル手前で、なぜだか力いっぱい跳躍します。
 そして空中でなかば正座するような体勢をとると、クーニの後ろ頭に向かって緩やかな放物線を描き――早い話が、クーニの延髄あたりを、両膝蹴りで粉砕しようとしているのですね。
「げ!」
「あう」
 硬直する百足技師さんやタカをよそに、クーニは諦念の表情を浮かべ、
「……ふう」
 後ろ向きのまんまで力なくため息をつくと、ひょい、と両手を後頭部に回し、
「たしっ」
 いとも無造作に、トモの渾身の一撃を受け止めます。
「おう、ないすきゃっち!」
 タカはすなおに感服し、百足技師さんの袖を――無数にある袖のうち、手近な袖を嬉しそうに引っぱって、
「ねえねえ、クーニ、つおいねえ」
 百足技師さんは、ぴくぴくと頬を引きつらせながら、
「お……おう」
 ――と、止まるか? ふつうアレは。しかも後ろ手で。
 まあ後ろ手でも正面でも、ふつう手が折れますし、たいがい首もいっしょに折れて即死します。
 目標直前で両膝を捕獲され、じたばたとあわてるトモを、
「ほいっ」
 クーニは振り返りもせずに、後方の星空に廃棄します。
 手先のひねりで軽く放り投げただけなのですが、
「うひゃあ!」
 トモはさっきよりも数倍は大きな放物線を描き、遙かバンガローの裏手に消えていきます。
 ぼそ。
 彼方から微かに響いてきた落下音は、幸い岩盤や金属に肉塊が激突する音ではなく、なんじゃやら掃き溜めに粗大ゴミを放りこんだときのような、間の抜けた音でした。
「……おい、クーニよ」
「なんだ」
「……おまえの故郷《くに》じゃ、ふつう、あーゆーのが『挨拶』なのか?」
「そう思うか?」
「……いんや。あれだと、みんなが挨拶するたんびに、人口が半減しちまうだろう」
「ごもっとも」
 などと、極力感情を抑えた会話が交わされるうちに、
「よう、クーニ姐《ねえ》!」
 可燃ゴミや生ゴミをはたきながら戻ってきたトモは、
「おたがい元気で、なによりだ!」
 何事もなかったかのように、しゅぱ、と明るく片手を挙げます。
 しかしあっちにも悪意はないようなんだが――そんな腑に落ちないお顔の百足技師さんや、憮然としてシカトしているクーニに代わって、
「やっほー!」
 タカが、朗らかに挨拶を返します。
 なにがなんだかよくわからない状況であるにしろ、お初の人には、とりあえずおっきなお声でごあいさつ――それが、正しいよいこの常識ですものね。
「お? なんでこんなとこに、こんなちみっこいのがいるんだ?」
 タカは元気に、はーい、とお手々を挙げて、
「クーニの、おまけ!」
 思いっきし簡略に自己紹介します。
「んでもって、タカちゃん!」
「……ほう」
 トモは、タカのおつむをくりくりしながら、クーニの下半身あたりをじっくりと検分します。
 んむ。鉄より硬い姐御だが、何年も会わないうちに、ずいぶん腰が暖《あった》まったかもしんない――。
 感慨深げにうなずいて、隣の百足技師さんをしげしげとながめ回し、
「――おまいが旦那か?」
 百足技師さんは、すべての腕をわたわたしながら、全霊をもって激しく否定します。
 クーニはあくまでぶっきらぼうに、
「言っとくが、産んでねーぞ」
「んでも、ナマのガキは、キャラメルのオマケには入っとらん。昔から、にゃんにゃんのオマケと相場が決まってる」
「まあ、なんつーか……話せば長いことながら」
「話さなければ、解らない」
 おまえらの関係のほうがよっぽど解らんわい――そんな表情の百足技師さんの横で、タカは、まん丸お目々をぱちくりさせて、
「こりは、びっくり」
 クーニとトモのお顔を、あらためてしげしげと見比べたのち、
「――うりにこ!」
 服装や背丈は、ぜんぜん違うんですけどね。


     2

 やがてベースキャンプの設営にも一区切りついて、晩御飯タイム。
 まあ実際には、ご近所に大きめの恒星がない宙域なので、朝御飯だか昼御飯だか晩御飯だかよく判らないわけですが、トモが昨日の丸焼きの残りを担ぎ出し、バンガローの前でじゅうじゅうと焼き直しますと、物珍しさも手伝って、秋田犬団長をはじめほとんどの発掘班メンバーが、焚き火の周りに集まります。
 トモは上機嫌で丸焼きを切り分けながら、
「さあさあ遠慮なくやってくれ。酒はオーメの『はんごろし』が、皆殺しできるくらい残ってる。コウみたく菜食の奴には、本場シナ星の、んまいトンモロコシもあるぞ。下戸の野暮天には『タマオクのおいしい水』ときたね」
 母船イルマタルでの食事は、上等ながらやはり保存用の加工食品が主体ですので、元来アウトドア派のメンバーたちは、喜々として自然食品にありつきます。
 タカもわくわくとお皿をさしだしますと、
「おらよっ。ちみっこ向けに、かわいいとこな」
「こくこく。かーいーの!」
 でん。
 お皿の上に置かれた、丸まっこい、でもライオンさんのお手々ほどもある『かーいーの』をながめて、
「…………」
 タカは、しばし懊悩したのち、その猫さんっぽいお手々を恐る恐るフォークで持ち上げ、
「……でっかい、にゃんこ?」
 トモに向かって、くいくいと猫招きしてみます。
 トモは、もう片方の焼けたお手々でくいくいと猫招きを返しながら、
「いんや、形は似てるが、実は熊の仲間だ。この肉球んとこが、ぷにぷにして、とてもんまい。シナ星あたりじゃ、高級レストランの定番だぞ」
 んでもやっぱし、どー見てもにゃんこっぽい――タカは引き続き懊悩しながら、手元のこんがりと焼けた肉球をぷにぷにし続けます。
「……ぷにぷに」
 一方、懐かしの地酒を一升瓶ごとぐいぐいやっていたクーニは、
「おらよ、クーニ姐《ねえ》」
 絵に描いたような巨大骨付き股肉をどーんとあてがわれ、
「……おうよ」
 くれた奴とはあんましつきあいたくないが、もらった酒や肉はあくまで別物――そんな感じで眼を輝かせ、お肉にかぶりつきます。
「んまいか?」
「……まあな」
 内心の喜悦とはうらはらに、そっけなく返事するクーニを、トモはあくまで満足そうに、無邪気に見守っております。
 いったいこの二人は、仲がいいのか悪いのか――その他一同が、内心首をひねりながら成りゆきを窺う中、
「ていっ!」
 いきなしトモは、お肉に夢中のクーニの隙をついて、巨大な肉切り包丁を、力いっぱいクーニの脳天に振り下ろします。
「ふんっ!」
 クーニは瞬時、骨付き肉で受け止めます。
 ずご!
「…………」
 悔しげに唇の端を歪めて、なお不敵に微笑するトモと、
「…………」
 それを無視して、包丁が骨まで食いこんだお肉を黙々と頬ばり、地酒をあおるクーニ。
 ひゅるるるる――などと寒風でも吹き抜けそうな緊張感の中、
「クーニ、つおいつおい!」
 タカだけは相変わらず脳天気に ぱちぱちと拍手したりします。
 やがて、周囲一同の微妙な沈黙を破り、
「……少々お伺いしたいのですが、トモさん」
 秋田犬団長が、ついに発言します。
「私がお見受けしたところ、本日だけでもつごう数回、クーニさんを、えーと、その――亡き者にしようとされたような」
 一見滞りなく進むキャンプ設営中、ときおり唐突に展開されるトモの攻撃とクーニの防御に関しては、当然メンバー内で種々の憶測が囁かれておりました。それでも当のクーニが『柳に風』といった調子で受け流しておりますから、秋田犬団長としても、とりあえず当座の繁忙にかまかけて様子見していたわけですが、今後も二六時中続くとなれば、さすがに看過できません。
 しかし、トモは不可解そうに、
「けったいなことを言うな」
 クーニがかぶりついている肉塊から、ずぬ、と包丁を引き抜き、
「こんなチンケなエモノや、膝蹴りや、柔破斬や断骨筋や壊骨拳や破頭拳くらいで、このクーニ姐が死んでたまるか」
 クーニもこくこくとうなずいております。
 トモは、キャンプの向こうに停められたMF号をうっとりと見返り、
「カスリ傷でもなんでも、とにかくちょこっとでもクーニ姐に傷を負わせたら、あの船を俺にくれる約束なのだ」
 クーニはうんざりした様子で、
「まったくガキの頃とはいえ、とんだ約束をしちまったもんだ。んでも、きっちり指切っちまったからなあ」
「そのとおり。嘘ついたら針千本なのだ」
 仮に、脳天に包丁を突き立てられたり首をへし折られたり、「ひでぶ」になったり「あべし」したり、全身の骨が後ろに飛び出したり頭部が爆発したりした場合、それが『カスリ傷』で済むかどうかはちょっとこっちに置いといて、
「――事情はともあれ、トモさん」
「おう」
「少なくとも、あなたとUWCの契約期間内は、その約束は忘れてください。クーニさんは航海後半の要《かなめ》です。また相手がクーニさんでなくとも、社員間のトラブルに繋がる不穏な言動は、責任者の判断しだいで即解雇――契約条項を確認していただければ、ご理解いただけるのではないかと」
「えーと、解雇っつーと……ここまでのギャラは出るんだよな」
 秋田犬団長は、あくまで穏やかに、
「当然日割り計算で支払われますし、ここまでの経費も全額支給されますが、帰途の足代などは当然自己負担になりますね。また懲戒解雇になった場合、損害賠償の請求もありえます」
「むう……」
 理路整然とした社会のお約束の前に、さしものトモも、がっくしとうなだれます。
 横で聴き耳を立てていたクーニは、
「わはははははは!」
 これまでの仏頂面をかなぐり捨てて、
「わーいわーい、怒られてやんの!」
 がばりとトモの頭を小脇に抱えこむと、力いっぱいウメボシ攻撃を仕掛けます。
「ざまーみろ、ぐりぐりぐり!」
「ぐぬぬぬぬぬう」
 さらに、飲みかけの一升瓶をトモの口につっこみ、
「わはははは! まあ飲め。おまいも飲め!」
「わぶぶぶぶ」
 トモはお酒のアワを吹きながら、じたばたと悶絶します。
 タカは、そんなふたりをにこにことながめつつ、
「とっても、なかよし!」
 くいくいと焼きにゃんこの、いえ、焼熊さんの手を掲げ、みんなに同意を求めます。
 確かに仲はいいのかもしれんが――。
 他の一同は、とことん呆れ顔です。
 ――こいつら、いい歳こいて現在進行形のガキかよ。
 ともあれ発掘班のメンバーたちは、労働後のささやかな宴に余念がありません。
「まあ、よっくと考えてみりゃ、あのトラクタが自分のもんになるんなら、多少の無茶はアリかもしれんなあ」
 茶碗酒を手に、すっかりリラックスしてトグロを巻いた百足技師さんが、誰にともなくつぶやきます。
「俺らから見りゃ、こんな遊星なんかより、よっぽど古代の神秘だわ」
 芋虫技師さんも、ほろ酔い気分でゆったりとうなずきます。
「燃料は店売りの重水素だけで、自前のワームホール掘っちまうんだもんなあ。バラしっぱなしでいいんなら、ぜひいっぺん、ネジひとつまでバラしてみたいもんだ」
 謹厳な秋田犬団長まで、久々にありつく野趣満点の肉と地酒で、心身ともにいい按配になってきており、
「まあトモさん、この一件に片がついたら、せいぜい続きをがんばってください」
 横でやけ酒をかっくらっているトモの肩を、ぽんぽんと叩いたりします。
「……気軽に言ってくれるぜ。この日のために、俺がどんだけ修行したか」
 トモは愚痴っぽい口調でつぶやき、
「今度こそは、イケると思ったんだがなあ」
 傍らの大石に、軽く正拳を入れます。
「ていっ!」
 びし!
 一瞬後、隕石らしい金属質の塊が、ざらざらと角砂糖のごとく崩壊します。
 息を飲む一同をよそに、クーニは上機嫌酔漢モードで、
「なあ、トモよ。おまいは確かに根性がある。昔、オーメの子供レスリング大会でも、実に立派なもんだった。他の見かけ倒し連中と違って、下手に気い抜くと、こっちがうっちゃり食らいそうでな」
 褒められているのに、トモはなぜか浮かない顔です。
「毎年毎年、なんぼころころころころ突っ転がしても、最後まできちんと歯向かってきたもんなあ。わあわあ泣きながらなあ」
 なあるほど、そーゆートラウマが現在の関係に直結しているのか――一同、心からトモに同情します。また、そんな過酷な幼時を五体満足で生き抜いてきたトモの生命力に、あらためて感心したりもします。
 ちなみにタカは、すでにクーニの膝の間でくーくーと眠りこけておりますので、岩石粉砕への拍手などは起こりません。
「んでも人間、向き不向きってもんがあるのだ。おまいはあんなトラクタなんてほっといて、立派な学者になればいい。オーメから銀河立大学まで行った奴なんて、おまいひとりなんだからな」
 秋田犬団長も、社会のお約束さえきちんとわきまえてもらえば、けしてトモに萎縮してほしいわけではないので、横からフォローします。
「それに、その若さで博士号まで持っていらっしゃるとか」
 ほう、という感嘆が、一同の間に広がります。クーニよりも小柄なトモは、まだ少女の面影を多分に残しているので、せいぜい大卒直後くらいにしか見えないのですね。
「……実家の金回りが良かっただけだ」
 トモは、痛し痒し、そんな表情で、
「おまいら、クーニ姐の実力を解っとらんのだ。ハンパな頭で、あんなとんでもねーシロモノを自由自在に引き回せるもんか。昔から、楽々、工学博士級の脳味噌持ってる」
 懐疑の視線がクーニに集中します。
 ――そ、そうか?
 ――なんぼなんでも、この姐御を買いかぶりすぎなんじゃないか?
 ――さぞ頑丈な、筋肉質の脳味噌だろうとは思うが。
 一同から漏れ聞こえるそんな囁きに、
「うん。俺も、そー思う」
 クーニ自身も、きっぱりと賛同します。
 しかしトモは、自嘲するように茶碗酒をあおり、
「いんや。もしクーニ姐の家がビンボじゃなかったら、きっと俺は、いまだに何ひとつクーニ姐にかなわない」
 そのとき、
「……韜晦《とうかい》も度を過ごすと、道を誤るよ」
 寡黙な性格なのか、それまで黙って酒宴につきあっていた考古学者のコウが、いじけぎみの相棒を励ますように、口を開きます。
「いくら生活や時間に恵まれても、それだけで、シルフォンに関する博士論文など書けない」
「シルフォン?」
 クーニが首を傾げて、
「それって、なんじゃやら近頃、世間で大騒ぎしてる奴か?」
 秋田犬団長は、目を見張ります。
「『風子《シルフォン》』――。数年前に実在が確認された素粒子ですね。太古から宇宙物理学上最大の謎と言われていた、いわゆる『暗黒物質《ダークマター》』や『ダークエネルギー』――この大宇宙に満ちる、不可視の巨大質量およびエネルギー――それらの大半を占める物質とか」
「はい。別名『時間粒子』、そんな側面もあると言われてますね」


     3

「いずれにせよ、考古学などというツブシのきかない分野の僕から見れば、なぜトモが臨時雇いのフィールドワークなど続けているのか、そのほうが不思議です」
 コウは、訥々と後を続けます。
「『シルフォンを制する者が全宇宙を征する』とまで言われながら、現段階でシルフォンを理論的にある程度解明しているのは、ふたつの研究機関にすぎないそうです。そのひとつが、テュール銀河群を拠点とする軍事大国ヴァルガルムの最高学府ですね。そしてもうひとつが、ヤハウェ星雲の主星マンディリオン――ノア教団の主星、そう言ったほうが判りやすいですか。あそこにも、全宇宙に根を張る信者たちから無尽蔵の布施が集中しますから、研究資金もヴァルガルムに劣らず潤沢です。そんな現状ですから、シルフォン専攻の博士号取得者となれば、その二大勢力が、先を争って人材確保に尽力するはずだ」
 トモは、茶碗酒をあおる手を止めて、
「――なんだ、おまいさん、べらべらとよくしゃべりやがるじゃねえか」
 意外そうにコウを見つめながら、
「三月も同じ小屋で寝起きしてたのに、てっきり寝起きの挨拶と、墓荒らしの相談しかできねえ奴かと思ってた」
 コウは、はにかむような微笑を浮かべて、
「えーと、それはそれ……種族は違っても、一応、なんというか、雄と雌ですから……僕は良くても、トモの今後が、アレ的に……」
「わはははははは。なんだなんだ、つまんねー遠慮しやがって」
 トモは豪快に笑い飛ばして、
「俺の今後のアレがどうしたって? んなもな、好みしだいだろうよ。子種が欲しいと思ったら、俺はこっちから押し倒すぞ。こっちにその気がないのにアレなちょっかい出す奴は、みんな病院送りだ」
「そりゃ甘いな」
 クーニが口をはさみます。
「そーゆー輩《やから》は、冥途に送っといたほうが後腐れがねえ」
「おう、今度からそうすらあ」
 なんじゃやら、すっかり豪傑モードに戻ったトモとクーニは、がっつん、と酒茶碗をぶつけ合い、一升瓶から注ぎ合います。
「わはははは、どぼどぼどぼ」
「おっとっと、ざばざばざば」
 がっつん。
「ぐびぐびぐび」
「ごくごくごく」
 呆れたようなほっとしたような、微妙な顔の一同を代表して、秋田犬団長が話を元に戻します。
「それで、ヴァルガルムやノア教団からは――」
「おう。それで往生しちまったわけだ。俺はヴァルガルムの手前《てめえ》勝手な軍事支配平和なんて願い下げだし、ヤハウェだのエスだのノアだの、思わせぶりなごたく並べて偉そうに世渡りする連中にも興味はねえ。んでも院に在学中から、両方よってたかってとんでもねー年俸提示してくるわ、妙にしゃっちょこばった連中が菓子折持って寮まで押しかけてくるわ、ずっとガッコに残ろうにも、なんか上から手が回っちまったんだか、講師の口もかからねえ。でもまあ、ありがたいことにシルフォンって奴は、全宇宙まんべんなく流れてるからな。だったら自前の検出器引っ担いで、気ままに宇宙中うろついて、適当に日銭稼いで、夜は勝手に研究してるのが一番だ」
 やっぱりこの妹分も、本質的には姐御と同じ、無頼の風来坊なのですね。
「まんべんなく流れてるってわりには、俺なんか、いっぺんも見たことないぞ。その、シルフォンなんてのは」
 クーニの問いに、トモは苦笑しながら、
「自前の目で見えるもんなら、もうとっくに誰かが見つけてるだろ」
「そりゃそーだ」
「似たような素粒子の仲間だと――そうだなあ、たとえば『始原タキオン』って奴なら、クーニ姐も知ってるな」
「おう。確か工業高校で習ったぞ。えーと、なんじゃやら四次元だかなんだかを、時間とは逆に流れてる、なんかヤクザな奴」
「そう。いまだに謎の多い超光速粒子だな。俺らが今使ってるタキオン通信、あれに使う人工タキオンのモデルになった素粒子だ」
 トモは、バイトの塾講師のような口調になって、
「あの始原タキオンは、確かにもっぱら四次元世界を流れてるわけだが、そもそも俺らが暮らしてるこの三次元宇宙って奴は、あくまでその四次元宇宙の中に、すっぽり包みこまれている空間なのだ。んだから、始原タキオンもたまにはこの三次元宇宙を通過して、なんらかの痕跡を残す。その痕跡を参考に、人為的に造られた超光速粒子が、人工タキオンってわけだな。端的に言えば、三次元限定の劣化コピーみたいなもんだ」
「んむ。それも習った……よーな気がする」
「で、シルフォンってのは、やっぱしその始原タキオンみたく、本来四次元空間を流れてる素粒子なのだ。ただし、始原タキオンとは逆方向、あくまで時間軸に沿って、正方向にな。その総量もタキオンとは違って、無限といってもいいほど膨大だ。でも個々の質量やエネルギーがやたらちっこいもんで、三次元上では、ほとんど存在自体が確認できない。俺も、なんとか使い物になる検出装置を開発するのに、足かけ五年かかった。んでも、実はこの三次元宇宙を、ひっきりなしに、びっしりと、まんべんなく通りすぎているのは確かなのだ。なんぼでもあるのにちっとも見えない――そのあたりが、これまで『暗黒物質《ダークマター》』や『ダークエネルギー』なんて呼ばれてた由縁だな」
 秋田犬団長が、ふむふむとうなずきながら、
「なるほど。たとえそれがどんなに見えにくい四次元粒子でも、三次元通過の瞬間だけは、紛れもなく『質量を持った物質』なわけですからね。それほど膨大な数なら、いわゆる『暗黒物質《ダークマター》』として、常にこの宇宙内の巨大質量にも計上される」
「そのとおり。『ダークエネルギー』のほうも、理屈はほとんど同じだ。シルフォンが三次元を通過する瞬間、三次元の物質に干渉して生じるエネルギー、それがいわゆる『ダークエネルギー』の正体なのだ」
 コウもうなずきますが、また首をかしげ、
「でも、そのシルフォンが、なぜ『時間粒子』なんて呼ばれるのかな?」
「いい質問だ」
 トモは、我が意を得たり、というように、
「最近のマスコミでは、『暗黒物質《ダークマター》』や『ダークエネルギー』の側面ばかり取り沙汰されてるが、シルフォンの本態というか、真の存在意義は、実は別のところにある。まあ、これはあくまで俺の仮説だが――もしシルフォンがなけりゃ、この三次元には、おそらく『時間』という概念そのものが存在しない」


     4

 唐突な話の展開に、一同は首をひねります。
 しかしトモはあわてず騒がず、
「さっき俺が言った、『四次元空間を、始原タキオンとは逆方向、あくまで時間軸に沿って正方向に流れる』――そこんとこが、ミソなのだ。つまり、四次元空間におけるこのシルフォンの流れが、四次元空間に内包される三次元空間、つまり俺たちの住むこの宇宙の『時間』の流れを一定方向に保っているんじゃあないかと、俺は推測、いや、ほとんど確信してる。つまりシルフォンこそが、この世の『因果律』そのものなのだ。まあ因果律ってのは本来哲学用語だから、軽々しく物理学に持ちこんじゃいかんのだが、現にそうなんだから仕方がない。いわゆるエントロピー増大の法則そのものっつーか――」
 ここまで話して、念のため聴講者一同の表情を確認しますと、秋田犬団長をはじめ約半数は「はいはい、そのまんま続きをどうぞ」状態ですが、残り半分の半分くらいは「なんかそろそろちょっと微妙」、あとの残りは「ああ酒がんまい」、そしてクーニの膝のタカは「くーくー」、そんな感じです。
「んむ。ここまで話がアレになると、酒の肴にゃならんな」
 そうつぶやいて、今しも「ああ酒がんまい」組に参加しようとしているクーニの頭を、トモは、くい、と自分のほうに向かせなおし、
「どーせ俺の艱難辛苦の研究話なんぞ、なんぼ話しても無駄だろう。涙を飲んで結論だけゆーから、ちょっと聞いてくれ」
 クーニは、うにい、と顔をしかめ、
「小難しい話だったら、えんがちょだ」
「だいじょぶだ。筋肉質の脳味噌でも、ちゃあんと解るようにやってやる」
「んむ。なら、聴いてやろう」
 トモは、すっかりアルコールのまわったクーニののほほん顔をながめ、ちょっと考えこんだのち、
「――そう、あれだ、パラパラ漫画を想像してくれ」
「あん?」
「クーニ姐は、子供の頃、ガッコの授業がつまんなくてヒマでヒマでしょうがない時とか、ノートの端っこにパラパラ漫画描いたりして、パラパラ動かして遊んだこたあないか?」
「んーむ。俺は、とにかくよく寝てよく育つ子供だったからなあ」
「んじゃ、オーメの小学校で俺の隣に座ってた、ミヨちゃんって知ってるか?」
「おう。色が白くてちっちゃくて、前髪たらしたかわいい子だろう」
「そうそう。で、あの子が、なんか授業中、パラパラやってくすくす笑ってたんだ。なんだろーなと思って覗いてみると、ノートの下の端っこに、ちっこい花の絵が描いてあって、それが地べたから芽が出たり蕾になったり花が開いたり、花に目鼻ができてにっこし笑ってお辞儀したりゆらゆら踊ったりするんだ。あんましおもしろいんで、さっそく俺も真似して描いてみたんだが、花とか女くさいのはアレだから――いんや、俺も女だが、ミヨちゃんみたく几帳面じゃあないんで、俺はロケットを描いたな。一個一個は、ただの止まったロケットのおんなし絵でも、まわりの星をちょっとずつずらして描いてパラパラやれば、きっちり宇宙を飛び回るのだ。んでもって、しまいにゃ宇宙の平和を守るためデス・スターに吶喊して大爆発――なんの話をしてるんだ俺は」
「いやいや、その心意気はよくわかるぞ」
「――とにかく、そのパラパラ漫画のノートを、休み時間、窓際の机に放り出しとくと、窓から春風がほわほわ〜なんて吹いてきて、だあれもめくっとらんのに、パラパラパラパラ、勝手にお花さんが育ったり、ロケットが宇宙を飛び回ったりするわけだ」
「ふんふん」
「ぶっちゃけ、その風が『風子《シルフォン》』で、ノートが『三次元宇宙』だとすれば、なんか、なんとなく解ってもらえると思うんだ。まあ、ただの風はノートの紙にあたってめくるだけだが、シルフォンの風は、その三次元宇宙を一定方向にすりぬけながら、時間すなわち因果律を、先へ先へと流してるんだな」
 秋田犬団長あたりは、なるほどなるほどと余裕の微笑を浮かべておりますが、肝腎のクーニは、なんじゃやら大真面目な顔をしているわりには、いまいち反応が希薄です。
「――解ってくれたか?」
 トモのすがるような視線を受けたクーニは、しばし大真面目な顔のまま見つめ合ったのち、
「……ミヨちゃんとこは別にして、おまいのとってもありがたーいお話を、俺がきっちり解ったかどうか……それはちょっと、こっちに置いといて」
 がっくし、とうなだれるトモの肩を、ぽんぽんと慰めながら、
「なんでそのシルフォンとやらが、『シルフォンを制する者が全宇宙を征する』なんてことになっちまうんだ?」
 ぐったりしているトモの代わりに、秋田犬団長が、
「時間粒子や暗黒物質《ダークマター》としての側面はともかく、ダークエネルギーのほうは、無尽蔵の資源と言えませんか? 個々のエネルギーがいくら微量でも、総量的には、この大宇宙全体を膨張に導いているほどの力だ。自然状態でそれなら、もし制御できれば、核融合を越える新エネルギー源になりそうな気がする」
 コウも続けて、
「太古の錬金術師たちが夢見た『永久機関』が、実現可能になりますね。もちろんエネルギーは四次元から引き入れるわけですが、少なくともこの三次元宇宙では、何ひとつ資源を消費しない」
「そのとおり。確かにそれが、巷で大騒ぎしてる理由なんだが……」
 トモが、浮かない声でつぶやきます。
「どいつもこいつも、平和利用平和利用とお題目だけは立派だが、それこそ太古の昔から、桁外れの新発見エネルギーって奴は、必ず両刃の剣になる。早い話、歴史上で殺し合いに使われなかったためしは、ただの一度もない。大規模な紛争の種にならなかったこともな。単細胞に兵器利用を企てる奴だって必ず出てくるし、技術を独占して覇権に繋げようとする奴も当然出てくる」
 トモはコウを見据え、
「なんで俺が、ヴァルガルムやノア教団に近づきたくないか、これで解っただろ?」
 コウは黙ってうなずきます。
 秋田犬団長が、
「武力による平和主義国家と、強大な宗教――確かにどちらも、歴史的には両刃の剣ですね」
 感じ入ったようにつぶやいたあと、
「私などは凡犬ですから、武力や覇権は手に余る。それでも、できれば永久機関の特許を取りたいですね。豪勢な犬小屋を建てて、生涯、お昼寝とお散歩の暮らしができる」
 ちょっと冗談めかして、その場の緊張をほぐそうとするのを、
「もしか、あんたはもう、その永久機関に、片脚どころか両脚つっこんでるのかもしれんぞ」
「――と、言いますと?」
「そもそも、俺がこの仕事受けたんだって、なんかシルフォンの匂いがぷんぷんしたからなんだ」
 トモは思わせぶりに、
「このあたりの宙域は、近頃でこそ空っぽに近いが、昔はけっこう隕石や小惑星の衝突が多かった。俺の軌道計算だと、この遊星は直近の一万年でも、どでかいのと三度ばかし衝突して、木っ端微塵になってておかしくない。ところが今の地表の状況を見る限り、ちっこい隕石なんかはまっつぐぶつかってるが、直径十キロを越えるデカ物は、一度もぶつかった形跡がない。そもそも、このあたりの天体重力の間を成りゆきまかせで漂ってたんなら、もっとナーラ銀河の内側に侵入しているはずなんだ。つまりこの遊星は、どう見ても自律的に動いてる。要所要所で、誰かがきっちり運転してる、っつーかな」
「運転――中心部の生命体が――あるいはオート・パイロット?」
「それはどっちか解らんし、ミイラ男でも運転してたらすっげー面白かろうが、この際どっちでもいいのだ。問題は動力源だ。この遊星は、光子や太陽風を表面で受けてエネルギーに転化している様子はない。中に核融合ユニット積んでるとしても、無補給で何億年、運転できるはずはない」
 トモは、にやりとコウに目を走らせ、
「その先は、たぶんおまいの受け持ちなんじゃないか?」
「……確かに、この遊星が、本当に『ユウの柩』なら――古代ウルティメット伝説に登場する聖櫃ならば、同じ伝説上の、恒久的なエネルギー源が使われている可能性はある」
 コウは、思慮深い顔に困惑の色を浮かべながら、
「――スペシウム」
「そう。あのヴァルガルムに支配される以前のテュール銀河群で、M78星雲を中心に、全盛を誇っていたと伝えられるウルティメット文明――その繁栄は、スペシウムという鉱石だか金属だかに、支えられていたとゆーな。まあ、単独で無限にエネルギーを発する物質なんてのは、理論的にあるはずぁないが――」
 トモは、悪戯を企む子供のような顔で、
「もしそれが、なんらかの形でシルフォンのエネルギーを蓄積できる物質、あるいはシルフォンとの過干渉物質だとしたら、この三次元宇宙では、きっちり無限のエネルギー源に見えただろうな」
 ひええええ、と言うような気配が、一座に広がります。
 秋田犬団長や技師さんたちは、思わず自分の足元、もとい、その足が踏みしめている遊星そのものを、しげしげと見下ろします。
 ウルティメット文明こそローカル伝説化していても、スペシウムという固有名詞だけは、古代のトンデモ技術の象徴として、全宇宙で一般名詞化しているのですね。
 良い子のみなさんの時代感覚に即していえば、伝説のアトランティス文明を支えていた超金属オリハルコン、そんなところでしょうか。

     ★          ★

 さて、ここしばらく無言で、それらの会話を聴いていたクーニは、おもむろに、ぐびりと一升瓶をあおります。
 タカの出自がウルティメットらしいことは、この場ではクーニしか知りません。全関係者の中でも、母船イルマタルに残っているヒッポスとケイやカージ、惑星チーバで総合指揮をとる刑部老狸、今のところそれくらいです。
 クーニは、膝の上で眠りこけているタカを、じっと見下ろします。
 細かい理屈は、もーなんじゃやらちっとも解らんが――なんでこのチビの一族が星ごとぶっ飛ばされたり、数億年も追われ続けなきゃならんのか、ようやく解ったような気がするぜ。
 そして本人のタカは、
「……むにゃむにゃ」
 眠っているうちにまたお腹がすいてきたのか、夢の中で、あの焼熊さんの肉球をつっつきながら、
「……ぷにぷに」
 食べようかどうか、まだ迷っていたりするのでした。


     5

 数日後――。
 スキャナーユニットの配置座標決定に思いのほか手間取ってしまい、MF号は最後のどでかいユニットをぶら下げて、遊星表面をあっちこっちウロついては、降ろしたり持ち上げたりを繰り返しております。
『――次は右十度方向に五〇〇メートル移動して接地してください』
 ベースキャンプからの通信指示に従って、
「ラジャー」
 コクピットのクーニは、後ろ手を枕に坐席にそっくりかえったまんま、足先で器用にホイールを操ります。
「おーい、タカちゃんやーい」
「あいあーい」
「白ぽっち、ちょい上。いつもとおんなしくらいな」
「らじゃー。白ぽっち、ずりずりずり」
 上昇下降に関しては、タカがほとんどの操縦を任されたりしております。遠目からの大仰さとは別状、今のところ、それほど単純な操作の繰り返しなのですね。
 ふたりそろって、おなかが、ぐう。
「……そろそろ昼飯どきだなあ」
「こくこく」
「今日の握り飯は、シャケか? オカカか?」
「ふるふる。のざわなと、ゆずめんたいこ。……じゅるり」
 なかなかシブい好みのタカです。
 そんな、微塵の緊張感もないMF号とは裏腹に、秋田犬団長をはじめベースキャンプの一同は、きわめて難しげな表情で、遊星のスキャニング画像を囲んでおります。
 指揮所化したログハウス内部、壁面に並ぶ幾多の小型モニターには、すでに設置済みの各ユニットからリアルタイムで送られてくる情報が表示され、中央の空間に、ミニチュア然とした直径二メートルほどの半透過立体画像が浮かんでおります。
 まだ六分の一ほど虫が食ったように欠けている全体像の内部は、明らかに階層状の居住空間になっており、その真ん中あたり、最も平地面積を稼げる胴回り部分には、ひとつの地域社会と言えるほど広大な階層もあるようです。
「――しかし、ここまで要塞堅固とは、想像を絶しますなあ」
 秋田犬団長は、なかば感嘆するように、
「まさか遊星全体が、一体鋳造の特殊金属球とは。厚さ一〇メートルの直径一〇〇キロ、溶接跡もなければ分子融合の形跡すらない」
 ちなみに一〇〇キロと言いますと、天文学的には微々たる数字でも、たとえばわたくしや良い子のみなさんが住んでいる日本列島に重ね合わせれば、へたをすると太平洋岸から日本海岸まで横断できてしまうほどの距離なのですね。
 トモだけは、持ち前の楽観的な表情で、
「まあ中身の様子が、おおむね判っただけでも上出来だ。生命反応は、この街だか村だかのど真ん中だ。これは――家かな? もうちょっとアップにできんのか?」
 横でスキャナーの遠隔通信機器類をいじくっていた芋虫技師さんは、
「今んとこ、これが限界解像度だ。こんな手強い外殻は見たこともねえ。もしかして、マジにスペシウムとかいう超金属か? せめて外殻に小穴でも、いや、ミクロン単位でも隙間があれば、探査用ナノマシンをまとめてぶちこめるんだが」
「荒いままでもいい。拡大できんか?」
「おうよ」
 芋虫技師さんのキー走査で、遊星中心部にあった二ミリ角ほどの構造物が、一〇センチ角ほどに拡大されます。しかし、いかにもアンチエイリアスを効かせすぎた感じで、家と言えば家、箱といえば箱、そんな曖昧な画像の中に、生命反応を表すピンク色の光が浮かんでいるだけです。
 コウは、射るような視線でそれを凝視したのち、
「神殿――あるいは城館のようだ」
「ぴったりじゃないか、眠り姫のご寝所にゃ」
 トモは嬉しそうに、
「なんにしろ、ご本尊が確かにここにいらっしゃるなら、地表への出入口だって、必ずどこかにあるはずだ」
「しかし、ウルティメットの伝説的テクノロジーがすべて現実だったとすれば、テレポーテーションによる移動、つまり極微規模のワームホールによる出入りも考えられる」
「そうなったら面倒だなあ。そんな器用な真似は、クーニ姐のトラクタでも無理だぞ」
 トモは、掘削班の荒くれ技師たちに、
「厚さ一〇メートルのスペシウム鋼に、直接、穴って掘れるもんか?」
「まあ、たいがいの特殊鋼ならぶち抜いてみせるが」
 ブルドッグとモグラを掛け合わせたような顔の掘削班長は、
「スペシウムとやらのデータがない以上、やってみなくちゃわからんな」
「……ごもっとも」
 やや投げやりなトモの反応に、一同、苦笑します。
 秋田犬団長は、気を取りなおすように、
「もうすぐクーニさんが、次のスキャニング・ポイントに着きます。ゲートが隠されていそうな部分は、あの岩山の地下しか残っていません」
 そう言って指さす、立体画像の虫食い付近。
 つるりんと丸い外殻を薄く覆っている地表の、ちょっと険しいでこぼこ地帯をひよひよと移動する光点は、スキャナーユニットをぶらさげたMF号なのでしょう。
 やがて画像上では、その光点がとんがった凸部にすんなりくっつきますが、実物大の現場では、なかなか難儀していたりします。
 足場の悪い岩山の上空で、ユニットに乗りこんでいる百足技師さんと、それをぶら下げたMF号のクーニが、
『はい、ちょい右』
「おらよっと」
『行きすぎた。ちょい左』
「ちょちょいとな」
『――うわあああ、殺す気かよ』
「あ、バレた?」
『かんべんしろよ』
 悪戦苦闘の緊張を紛らすように、通信漫才を繰り広げております。
「おっとっと。……しっかし、なんでわざわざ、こんな針の先みたいなとこに降ろさにゃならんの」
『どおすこいっ! ……しょーがねーだろう。この真下が最終候補ポイントなんだから』
「そもそも、なんで四本しか脚がないんだよ、おまいらのブツは。おまいみたく手脚だらけにすりゃ、どこにでもしがみつけるだろうに」
『……俺もそう思う。おおかたケナシザルの学者が設計しやがったんだろうぜ。――うああああ、倒れる倒れる』
 さすがにこうした難所だと、タカの出番はありません。クーニの横でしゃっちょこばり、
「はらはら、はらはら」
 思わずお手々をわたわたしたりしているだけです。
「おまい、女房子はあるか」
『おうよ。恋女房一匹、子が雌雄合わせて十五匹』
「生命保険にゃ入ってるな」
『てりめーよ』
「なら落としても無問題」
『……百足属の麗しき夫婦愛を知らんな』
「うん。知りません」
『どっちか殺せば、カタワレが必ず仇討ちに行くのだ』
「マジかよ」
『昔からそーゆーキマリになっとるのだ。ジャポネあたりにゃ鴛鴦夫婦。シナにゃ比翼の鳥。俺らの故郷じゃ、百足夫婦っつーくらいだ』
「……想像したくねえ夫婦だなあ」
 口ではまるっきり漫才の会話を続けながら、それぞれ手脚では、必死こいてホイールやレバーやペダルを操りまくっているわけです。
 隣のタカは、すっかり青ざめております。
「ぷるぷるぷる」
 百足さんがユニットごと転げ落ちてオシャカになる不安もさることながら、そのお葬式のあとで、怒った奥さんがクーニにぎりぎりと巻きつき、ばりばりと食い殺す姿を想像してしまったのですね。
『――ようし、乗った!』
「うぉっしゃあ!」
「ぱちぱち! ぱちぱち!」


     6

 ユニットを定着させてしまえば、当分MF号の出番はありません。本日の今後の予定は、百足技師さんがスキャニング機器の細かい設定を済ませてから、彼だけ回収して、ベースキャンプに戻るだけです。
 ひとまず、少し離れた丘の上にしゅわしゅわと着陸し、
「♪ おっべんと、おっべんと、うっれしっいな〜 ♪」
 そそくさと青いビニールシートを広げて、おべんとびらきを始めます。
 ちなみにしつこいようですが、野沢菜および柚明太子のおむすびといっても、それはあくまでタカたちの時代の食材名を太古の地球語に意訳しただけですので、クーニがあんぐりと頬ばる特大おむすびからはにょろにょろと緑色の新芽が出ていたり、タカがいそいそとふたつ割りにしたお子様サイズのおむすびからは、なんじゃやらオレンジ色のつぶつぶが、ぷっちんぷっちんと跳ねていたりします。
「んむ、この鄙びたアオモノの塩味が、なんとも」
「むふー。さいしょは、ぴりぴり。そいから、ふかーいふうみ、じんわり」
 まあ、そんな風味をもとに、意訳しているわけですね。
 もっとも、ふたり仲良く水筒から酌み交わしている清涼飲料水は、ドドメ色の泡や煙をたてていたりして、ちょっと意訳のしようがありません。でも、ごくごくとイッキ飲みにしてにんましと笑顔を交わすふたりの様子から察するに、なんかサワヤカ系の飲料なのでしょう。
 ユニット内の百足技師さんは、遠い眼下で「やーいやーい」とおむすびを見せびらかすクーニに苦笑しながら、遊星地下のスキャニング作業を続けます。
「えー、データ送信、開始します。――感度いかが?」
『了解了解。感度良好』
 指揮所に浮かぶ半透明ミニチュア遊星の虫食い部分が、芋虫技師さんのキー操作に従って、徐々に補完されていきます。
「――出ましたね。案の定、あの山の真下だ。ドーム状の空洞が隠れている」
 秋田犬団長の弾んだ声に、他の一同も色めきます。
「その底の外殻に、扉らしいものが。これは大きい。イルマタルでも通れそうだ」
 トモもその付近を指でたどりながら、
「その下にスロープもあるぞ。――最大階層まで続いてるな」
 ブルモグラっぽい掘削班長さんが、張りきって部下たちに活を入れます。
「野郎ども! ドリラーおよびメーサー全機、出動用意!」
 おう、と応えて、荒くれたちがログハウスの外に駆けだします。
 と、そのとき――。
「……あれを!」
 冷静に遊星全体を見渡していたコウが、中央付近を指さして叫びます。
 直前まで、例の神殿だか城館だかに重なっていた生命反応の光が、今は明らかに、横にずれはじめております。
「げ」
 トモがうめいて、
「眠ってねーじゃん、眠り姫」
 コウもうめくように、
「……今、目が覚めた、とか」
 のみならず、
「あ」
 誰かが呆けたようにつぶやきます。
「いきなりふくれた」
 その増幅したピンク色の光は、みるみる速度を増して、発見されたばかりの出入り口方向に移動していきます。
「おいおい。こりゃえらく韋駄天走りのお姫様だぞ、おい!」
 秋田犬団長も、こめかみにたらありと冷や汗を浮かべながら、
「時速一〇〇キロ……いや、もう二〇〇キロオーバーかな。どんどん加速してる。何か乗り物に……いや、反応は生身だ」
 トモは、呆然としているコウをがくがくと揺さぶって、
「マジあれ、物体Xかなんかじゃねーのか!?」
「伝説には残ってないけど、他の遺跡から類推して……眠り姫の守護者《ガーディアン》?」
「でも、中にイキモノはこいつしかおらんぞ」
 秋田犬団長が、芋虫技師に叫びます。
「ユニットに警戒を!」
 言われるまでもなく、すでに芋虫技師さんは、泡を食って通信機に取りついております。
「おい! 気をつけろ! 地下からなんか、ものすげーのがそっちに向かってる!」
『気をつけろって言われても……』
 ユニットには武器など備えておりませんし、いったん脱出しようにも、ユニット自体がトンガリ山のてっぺんにしがみついているのですから、百足技師さんとしては為すすべがありません。ユニット内のモニターも、小さいながら遊星全体のスキャン情報を共有しており、確かになんじゃやらどどどどどというようなイキオイで、扉に向かって突進してくる生命体が表示されております。
 指揮所のほうの大ミニチュア画像では、外殻に設けられた円形の開閉構造が、かなり克明に拡大表示されており、
「……そろそろゲートが開きそうだ」
 秋田犬団長のつぶやきに、その地点を凝視していたトモは、
「いや、その兆候はねえぞ」
 しかし生命体は、扉の直前でも、いっこうに速度を落としません。
「――げ、すり抜けやがった!」
「テレポーテーション……」
 コウは、なかば恍惚と独りごちます。
「おそらく、ゲートはあくまで大型資材や船舶用で……」
 太古から創作内では気軽に使われまくりの『瞬間移動《テレポーテーション》』ですが、それを物理的に実現するには、どうしても極微規模のワームホールを構築する必要があります。そんな超絶テクノロジーは、星間ワームホール航行が当然のこの時代でも、いまだ『伝説』でしかありません。
 芋虫技師さんが、通信機に叫びます。
「行ったぞ! 用心しろ!」
『だからどうしろっつーのよ!』
 モノホンの地球産小型百足なら、切り立った岩壁も這い下りられるでしょうが、さすがに体重が数十キロあると、たいがい落ちて死にます。地表の人口重力を解除しようにも、安定するには数日かかり、時間的に間に合いません。また、地表に設置した機材が、遊星自体から遊離する危険もあります。
「おーい!」
 百足技師さんはユニットのハッチを開き、眼下のハイキング組に向かって、必死に手を振りまくります。
「上げてくれーい!」
 その時点では、とっくにMF号にも連絡が入っていたわけですが、当の乗員たちがお外でおべんとびらき状態だったので、
「ん? なんだべ」
 クーニはのんきに立ち上がり、もそもそとおむすびを頬ばりながら、
「握り飯なら、まだいっぱいあるぞーい」
 そーゆーレベルのバヤイではありません。
 百足技師さんはにょろにょろと身をのりだし、早く来いすぐ来い今来いと、九十六本ぶんくらいの手脚で懸命に訴えます。
 クーニもさすがにその気合いを読み取り、食べかけの巨大おむすびを「ほい」とタカにあずけ、
「ちょっと行ってくる。おまいは、ここで食ってろ」
「もぐもぐ? こくこく」
 ちょっとハテナ顔のタカをその場に残して、MF号に走ります。
 コクピットに駆けこんで、指揮所やユニットと連絡をとり、
「とにかく今すぐ引きあげる!」
 猛然と発進するMF号が土埃を巻き上げ、タカの座っているシートもぱたぱたと風にあおられ、
「あうあう」
 タカは食べかけのおむすびの処置に窮し、ふたりぶんまとめてほっぺにつめこみます。
「ばっくん」
 残りのおにぎりは、ラップしてあるので安心です。
 いっぽうクーニは、MF号を駆ってスキャナーユニット上空に戻り、
「待ってろ、今すぐ――」
 牽引力場を発生しようとした刹那、
『うわあああ!』
 ユニットがぐらりと揺らぎ、百足技師さんが絶叫します。
 クーニも船外モニターを見つめながら、愕然とフリーズします。
 岩山の中腹から忽然と出現し、垂直に近い岩壁を軽々と駆け上がり、ユニットの脚部にとりついた一匹の獣――。
「……なんじゃ、ありゃあ」
 体長は数メートルもあるでしょうか。
 全身が輝くような白毛に覆われた、巨大な獅子のごときその生物は、逞しい前足を振るって、一撃のもとにユニットの一脚を弾き飛ばします。
 雄々しく逆立つたてがみ、そして禍々しく揺れる二叉の豊かな尻尾――。
 おおおおおおおお。
 低周波域に近い咆吼が、ユニットのみならず、MF号までもびりびりと震わせます。
 クーニはめいっぱい驚愕しつつも、なぜか爛々と瞳を輝かせたりして、
「こいつぁすげえぜ……」
 根っから『なんかものすげー奴』が好きなたちなのですね。
 その映像を、指揮所でも同時に見つめ、固唾を飲む一同の中、
「……星猫だ」
 コウが、ぽつりとつぶやきます。
 ハテナ顔の他の一同に、
「ウルティメット伝説――いえ、超古代ガイア伝説上の神獣です」
 コウは、クーニとはまた別種の昂揚を瞳に浮かべ、
「これが『ユウの柩』の守護者《ガーディアン》なのか……」
「じゃあ、肝腎のお姫様はどうなってんだよ」
「他に生命反応がない以上――文字どおり、遺骸なのかも」
 などと、議論を続けているバヤイではありません。
『ひいひいひい』
 ユニット内の百足技師さんは、もはや半泣きです。
『なんでもいいからなんとかしてくれーい!』
 クーニがMF号から応じます。
「あ、忘れてた」
『おい!』
「冗談だ。おまい、もういっぺん外に出ろ。んで、思いっきし飛べ!」
『俺にゃ羽はねえ!』
「大丈夫、こっちですくい上げる」
 指揮所の秋田犬団長も、それに賛同します。
『ユニットは棄ててください! とにかく即刻脱出を!』
 百足技師さんは、再びハッチからにょろにょろと這いだします。
「……ひえ」
 思わず谷底方向を見下ろして、脚部の神獣と目を合わせてしまい、これに屠られるよりは落ちたほうがまだましと、
「ていっ!」
 びよよよよん――全体節をバネにして、宙に跳ね上がります。
「よっしゃ!」
 クーニの放った球形力場が、からくも百足技師さんを包みこみ、
「ガッチャ!」
 そのまま後退急上昇するMF号の眼下で、神獣の第二撃を受けたスキャナーユニットは、がらがらと岩山から転落し、崩壊しながら二転三転、谷底で大爆発を起こします。
 おおおおおおおお。
 爆発音に重なって、勝ち誇ったような咆吼が一帯に谺し、それが聞こえるはずもない指揮所の面々まで、思わず身をすくませます。
 再び虫食い状態に戻っていく立体画像を前に、
「――バックアップ情報で補完してください」
 秋田犬団長が、冷静に芋虫技師さんに命じます。この程度のアクシデントで取り乱していては、団長など務まりません。
「そしてクーニさん、引き続き上空からその獣のモニターを、いえ、その前に、至急タカちゃんも船内に」
『そ、そや! タカもまだ外やがな!』
 なぜか関西弁でうろたえながら、クーニが船外モニターをさっきの丘に向けますと――なぜか、だあれもおりません。タカのみならず、ビニールシートも水筒も、影も形もありません。それどころか丘のあっちこっちに、深い亀裂が走っております。爆発の衝撃で、その丘陵自体が崩れかけているのですね。
「くそったれ!」
 もはやMF号を接地するのもヤバげなので、クーニはMF号をホバリング状態で丘陵直上にロックし、脇腹のハッチに走ります。
 身を乗り出して岩山方向の獣を確認しますと、獣はつかのまMF号を見下ろしてから、「用事は済んだ」とばかりに岩壁を駆け下り、その中腹で、ふ、と消滅します。
 クーニはハッチから宙に身を躍らせ、MF号直下の円形力場表面を滑り落ちながら、力場の中でふわふわ漂っている百足技師さんに「よ」などと挨拶したのち、下方の丘に軽々と着地します。
「おーい、タカちゃんやーい!」
 今にも再崩落しそうな亀裂を避けながら、うろちょろとタカの姿を探し求めること、しばし。
 やがて、なんだかいやあなものが、クーニの目に止まります。
 崩れた丘の端に引っかかって、ゆらゆら揺れているのは、明らかに、主を失ったあのビニールシートです。
「うおおーい!」
 腹ばいになって身を乗り出し、必死に呼べど叫べど――聞こえてくるのは、からからと転がり落ちる小石の音ばかりです。
 一方、指揮所の秋田犬団長は、突然交信の途絶えたMF号を、焦って呼び出し続けております。
「クーニさん! クーニさん! 状況を!」
 船外モニターの映像はきちんと続いているので、ユニットの大破や獣の消滅、またMF号自体の無事も把握できるのですが、三人の安否がまったく確認できません。
「クーニ姐のことだ。きっと、うまくやって――」
 トモが言いかけたとき、
「おや?」
 壁の小型モニター群をチェックしていた芋虫技師さんが、首をかしげます。
 と同時に、中央の立体画像を見つめていた一同も、異常に気づきます。
 先ほど騒動のあった部分ではなく、他の既設ユニット担当部分のほうが、チラチラと乱れつつあるようです。
 芋虫技師さんは、他のユニットからの外部モニター画面を示し、
「……なんじゃ、ありゃあ!?」
 もはや一同、そればっかしや、などとツッコむ余裕もありません。
 巨大な神獣の出現も、ユニットの大破もエラいことには違いありませんが――残り五台のスキャナーユニットそれぞれにも、なんじゃやら異様な人影たちが、取りつきつつあります。
 あるユニットのてっぺんには、天空から舞い降りた天使、あるいは小悪魔のように脚を投げ出して座り、またあるユニットには、地から湧きだしたかのようにずるずると脚部に這い上がり、そしてもっとも鮮明にその姿が見てとれる小型モニター画面、地平線を背に、ゆっくりとユニットに歩み寄ってくる、一見高貴に華奢な人影。
「――人間型《ヒューマノイド》?」
「若い。まだ少女のようだ」
「妙な頭髪をしているな」
「あの衣装はなんだ? 軍服か?」
 種々の疑問の声に、同じ人間型《ヒューマノイド》であるトモも答えられません。
「……むしろ宗教的な装束のような」
 コウの分析も、ちょっと的外れです。
 それもそのはず、この時代の人々が、それらのコスチュームが太古のガイアで『青梅市立××中学校女子制服・秋冬角衿ジャンパースカート/ハイソ系百合族スペシャル』と呼ばれたものであり、スカートの丈は極力扇情性を排除した膝下一〇センチ、併用される白ブラウスやエンジのタイはあくまでモノホンのシルクでなければならず、白ソックスは清楚かつ几帳面な足首折り返しであり、あまつさえもっとも鮮明なアングルでしずしずと歩み寄ってくる眼鏡っ娘のヘアスタイルが『ひっつめ三つ編み』であることなど、知る由もありません。
 つまり早い話、人並みの記憶力をお持ちの良い子のみなさんなら、「え? な、なんで突然このメンバー?」と、とまどっていらっしゃるはずの――そう、つまり宮小路さんと、朗読愛好会『ことのは』の方々なのですね。
「それでは皆さん、まいりましょうか?」
 担当のユニットにたどりついた宮小路さんは、遠隔のお仲間たちに、彼女ら独自の通信手段で語りかけます。
 それぞれのユニットに取りついた百合族の面々も、
「ほんとうに、生身の方々は乗っておられないのでしょうねえ」
「たとえ、にゃーお様のご命令でも」
「わたくし、無益な殺生はいたしたくございませんことよ」
「ご心配はご無用ですわ。今はどれも、ただの冷たい機械《からくり》だけ」
「なら遠慮なく」
「……こほん」
「ぽきぽき」
「――せーのぉ!」
「どぉすこいっ!!」
 どんがらがっちゃんぐわわっちゃん。
 各所のユニットが同時に倒壊大破し、指揮所の小型モニター類の大半は同時にプッツン、さらに中央の遊星立体像は、さきほどバックアップに差し替えられた部分を残し、チリチリと明滅しながら消えていきます。
 唖然として凍りつく一同の中、さしもの秋田犬団長も、一時的に自失します。
「……わんわんわわん」
 とにかくこまってしまったのですね。

     ★          ★

 さて、ここでちょっと時間をさかのぼり、それら一連の大騒動の発生直後、例の岩山を望む丘の上で――。
 勇躍して飛び立つMF号を見送り、
「ばっくん」
 食べかけのおむすびたちを土埃から守るため、とっさに口腔内に避難させたタカは、
「もふもふもふ」
 顔面下半分をおかめほっぺたにして咀嚼したのち、
「――おう」
 岩山方向で展開しはじめたアクション・スペクタクルに、思わず目を見張ります。
「えすえふ、きょだいねこの、わくせい」
 特盛サイズの白猫さんが、猫パンチでユニットにじゃれついております。
「わくわくわく」
 危機一髪で空中に脱出する百足さん。
「はらはらはら」
 果敢に救出活動を繰り広げる、クーニのMF号。
「どきどきどき」
 などと手に汗を握りつつ、でも緊張感はほとんど希薄で、
「ぐびぐびぐび」
 タカは脳天気に観戦しながら、ランチタイムを堪能しております。
 しかし、やがてユニットが谷底に落下し、例の大爆発が起こりますと、
「あうあうあう」
 ただならぬ震動とともに、残りのおむすびが、ころころと四方に転がりはじめます。
 タカはあわてて「ごはん、にげるな」と呼びかけながら、おむすびころころを追いかけます。
 どんぐりころころを追いかける野鼠もかくやと思われる敏捷さで、てんでに転がるおむすびを、なんとか全数回収したまではよかったのですが――
 ぐらりんこ。
「あうっ」
 地べたの震動に足をとられて、タカは丘の端っこから、ぽーんと宙に放り出されてしまいます。
 ――ああ、じぶんとゆーキャラは、どーしても、がんめんからじべたをちょくげきしてしまうさだめなのだろーか。
 などと、眼前に迫る岩肌に怯えまくるタカでしたが、幸いタカというキャラは、きわめて弾力性に富んでおります。
「ぼよん、ぼよん」
 斜面で二三度弾んだのち、岩の亀裂に転がりこんで、
「ころころころころ」
 そのまんま地中を転っていきます。
 ――ああ、じぶんとゆーキャラは、どーしても、ころころころころころがってしまうさだめなのだろーか。
 これもまた一種の既視感《デジャヴ》、というより、たぶん遺伝子記憶ですね。
 そうして転がりながら、過去に幾度もの危機を乗り越えた遺伝子記憶のおもむくがまま、ぶかぶかの黒ジャンにくるまって巧みに体を丸め、
「だんごむし」
 大事なおむすびたちを、しっかり内部に保持するのも忘れません。
「ごろごろごろごろ」





   第五章 今宵われら星を奪う


     1

 スキャナーユニット群からの情報は途絶え、MF号も応答なし――。
 とりあえず事態打開の鍵はあの岩山にあり、とゆーわけで、秋田犬団長ら最小限の指揮要員をログハウスに残し、ブルモグラ掘削班長に率いられた他の一同は、数台の自走式ドリラーや障害物溶解用メーサー車を駆って進軍を開始します。
 なお、メカニック・デザインの一部に、サンダーバードのジェットモグラにおけるドリル機構や、円谷怪獣特撮映画御用達・殺獣光線車における変形パラボラ機構との顕著な相似が見られますが、あくまでオマージュですので、良い子のみなさん、くれぐれも各著作権者にチクったりしてはいけません。
 さらに、ウルトラホーク3号っぽい偵察用の小型機も遊星を周回して、各スキャナーユニットの被害状況を確認し、
『すでに残骸の山です。まるでこまめに引きちぎったようだ』
 指揮所と、ブルモグラ班長の乗るドリラー双方に、小型機からの映像が入ります。
「なるほど、こりゃあ見事なちぎりコンニャクの山だな」
 ブルモグラ班長が、呆れてつぶやきます。
 この場合の『ちぎりコンニャク』という表現は――なんぼなんでもしつっこいので、意訳解説、以下略です。
 指揮所の秋田犬団長が、偵察機に訊ねます。
「あの少女たちは?」
『――おりません。動体はいっさい確認できません』
 ブルモグラ班長は、ひゅう、と嘆息を漏らし、
「天に消えたか地に潜ったか」
 同乗しているトモに、
「人間型《ヒューマノイド》の女ってのは、みんなバケモノなのか?」
 ガタイも立派で怪力自慢のブルモグラ班長ですが、イルマタルでの航海中、一度もクーニに組み手で勝てたことがありません。
 トモは首をひねって、
「腑に落ちねえ。あんな真似ができるのは、クーニ姐くらいのもんだ」
 隣のコウは、かなり昂揚した様子で、
「古代の機械人間《アンドロイド》じゃないかな。それがテレポーテーションによって地表に出現した――まるで古代伝説の見本市だ」
 ちなみに、この時代の汎宇宙文明においては、機械人形《オートマタ》的な産業用ロボットや特殊作業用ロボットは存在しても、レトロSF御用達のいわゆるAI――人工知能と一体化したアンドロイドは、すでに存在しません。それはむしろ古代の野蛮なテクノロジーとして、とうの昔に封印されてしまっております。その理由としては、たとえば超古代ガイア伝説における『キャシャーンがやらねば誰がやる!』――つまり、すべてのハイテク文明が過去に一度は経験した苦渋――人工生命による天然生命の隷属化が挙げられます。そうした事態は、生身の知性体にとって根源的な存在意義の危機であったため、回避後の禁忌意識もきわめて徹底しており、たとえばハイテク軍備バリバリの好戦的なヴァルガルム人でさえ、AI直結兵器を禁じるのみならず、アンドロイドに流用されがちなパワードスーツ技術まで放擲し、あくまで生体武甲技術を採用しているほどです。
 指揮所の秋田犬団長は、
『神獣以外の生命反応がいっさいなかった以上、そうとしか考えられませんね。いずれにせよ、あれらも神獣も神出鬼没となると、今後の行動には充分注意してください。MF号の方々の安否確認が最優先で、状況によっては即刻全面撤退もありえます。我々の目的は、あくまでアミューズメント・パークのための調査活動です。この遊星を除けば、すでに旅の目的は充分達しております』
 いかにも穏健な彼らしい意見ですが、
「……知ったこっちゃねえ。俺たちゃ、なんであれブツを掘り起こして持ち帰るのが商売だ。自衛用の飛び道具だって、たっぷりある」
 ブルモグラさんは、ごにょごにょとつぶやきながら、ちっとも聴いておりません。トモはトモで、クーニ姐に匹敵する強者なら相手にとって不足なし、と内心で腕をボキボキさせておりますし、いちばん大人しそうなコウにしてからが、古代ロマンと学究のためには人生などドブに棄ててしまうタイプです。
 また秋田犬団長自身も、公的発言でこそ一般常識人に徹しておりますが、やっぱり内心では、刑部老会長の希望をかなえ特別ボーナスを獲得して、故郷で待つかわいい妻子のために豪邸級の犬小屋を建ててやりたいと、しっかり野望に燃えたりしているわけです。
 その証拠に、それから三十分ほどのち――。
 母船イルマタルの発着スペースでは、秋田犬団長の要請を受けたもう一機の小型艇が、今しも飛び立とうとしております。
 急遽、発掘班のサポートを命じられたカージが、ゴジラも即爆睡するほどの麻酔用ナノマシンのケースを抱えて、あわただしく小型艇に向かっておりますと、
「おーい、待ってくれーい」
 ぶよんとしてしまりのないヒッポスが、どすどすと追いかけてきます。
「あなたも発掘班に?」
「ああ。あっちはなんじゃやら、大騒動らしいじゃないか」
 ヒッポスは、大仰な探検隊ルックを今にもはちきれそうにして、ふうふうと汗を拭きながら、
「遺跡発掘異聞、調査隊を襲う王家の谷の呪い――これは大ネタになるぞ」
「……大丈夫ですか?」
 メタボの塊のようなヒッポスの体型に、カージはちょっと心配そうですが、
「これでもウン十年前には、ひとりで最終空洞《ラスト・ボイド》まで旅した男だぞ。そっちこそ大丈夫か、やせっぽちのエリートさんが」
 カージの場合、やせっぽちというより、きっちりスリムでスマートなんですけどね。
「僕だって、戦地で多少は荒事も」
「そうか。そうだったなあ」
 ヒッポスはぽんぽんとカージの肩を叩き、
「まあ今どきの戦争はまっぴらご免だが、古代神獣相手の一戦なら、こりゃあぜひ、いっぺん混ぜてもらわんとなあ」
 ヒッポスの脳天気さに、カージはちょっと呆れながら、
「それより、クーニさんやタカと、連絡がとれないとか」
「心配ない心配ない。あいつらにどんな災厄が降りかかろうと、痛い目を見るのは、きっと『災厄』のほうだ」
 ヒッポスはあくまであっけらかんと、
「なんの根拠もないが、俺の本能が、そう言ってる」


     2

 さて、発掘班御一行様が岩山に到着したとき、噂のクーニは、隣の丘の下の崩壊跡を、がさこそと這い回っておりました。
「……くそ、いねえ」
 不吉な血痕なども見あたらないので、
「まさか埋まっちまったんじゃあ……」
 そのころ地中のタカが、あいかわらずおむすびを抱いた団子虫だったか、それとも無事に人間型《ヒューマノイド》幼児形態に戻れていたか、それはひとまずちょっとこっちに置いといて、
「どうした、クーニ姐!」
 先頭のドリラーから駆け寄ったトモたちに、
「タカの奴が消えちまった! 最悪、この下かもしんねえ!」
 ブルモグラ班長は、うむ、とうなずき、
「落ち着け、お前らしくもねえ。地べたの下なら俺らの専門だ」
 あわてず騒がず、部下に生命探査装置の準備を命じます。
「外殻の外にいる限り、この電磁波探査で一発だ」
 ただし生きていれば――などと説明に正確を期するほど、無粋な班長さんではありません。
 数人の荒くれさんたちが、見かけによらずてきぱきと知的な動作で、スーツケース大のハイテクっぽい機器類を数台、地べたに据えつけます。
 いらいらとそれを見守るクーニに、芋虫技師さんが訊ねます。
「……で、アレは、なんで上に浮かしたままなんだ?」
 指さす頭上はるか、MF号はさっきからホバリングしたまんまで、ぶら下がった球形力場の中では、
「うおーい」
 百足技師さんがヤケクソで這い回っております。
「とにかく飛び下りちまったのか? どうやって戻るか考えないで」
 呆れる芋虫技師さんの胸ぐらを、クーニは鬼のような顔でつかみ上げ、
「そーゆー細かいことゆってるバヤイじゃねーだろー今は!」
 けして自分のアホをごまかしているわけではなく、あくまで馬鹿っ母レベルで、取り乱しているだけのようです。
 やがて装置のモニターに、探査結果が表示されます。
 探査機器類は指揮所のデータを共有しておりますので、周辺数十メートルの地形も表示され、
「――ちっこいのがひとり、元気に地べたの下をお散歩中」
 荒くれさんのひとりが、安堵の声で報告します。彼らにしても、ここまでの長い道中を天然ボケで彩ってくれたタカが、とてもかわいいことに変わりはありません。
「外殻に沿って、洞窟状の小穴がある。そこに落ちこんだらしい。このままお散歩してると、例のドーム状の空洞に――げ、や、やべえ!」
 荒くれさんは急に血相を変えて、
「あのどでかい奴も、そのあたりをウロついてる!」
 ブルモグラさんが、配下一同に怒鳴ります。
「掘削パターン『いの一番』!!」
 両腕をぶんぶんと振り回し、
「動け動け動け動け《ムーブムーブムーブムーブ》! バケモノはすりつぶしてもいいが、タカにゃ気をつけろ!」
 ――よっしゃあ!
 ――地獄のチキンレース!
 ――何年ぶりだあ?
 荒くれたちは口々に叫びながら、それぞれの車輌に駆け戻ります。
 指揮所の秋田犬団長からは、できれば例の神獣も生捕りにするよう言われているのですが、掘削班としては、知ったこっちゃありません。
「パターン何?」
 きょとんとしているトモやコウに、芋虫技師さんが、
「最緊急モードだ。部分的に地質や硬度うんぬんしてる暇がねえ。ドリラー全車総がかりで、十分以内に岩山の底をまるまるぶち抜く」
「それって、上の山が崩れ落ちてこねえか?」
「上に馬鹿力のトラクタがいるじゃねえか」
「なーる」
「山ごと持ち上げて、ゲート周辺をむき出しにするわけですね」
「とりあえず俺たちゃ見物するしきゃねえが――おい、クーニよ!」
 芋虫技師さんがふり返ったときには、すでにクーニは更生前の鬼子母神様のような形相で、どどどどどと丘の崩落面を駆け上がりつつあります。
「おーい、血迷うな! すぐに偵察機が回ってくる! それで上から飛び移れ!」
 しかし聞こえているやらいないやら、クーニは髪振り乱してそのまんま丘の上から跳び上がり、
「どっせい!!」
 頭上数メートルは離れた球形力場に、べん、と貼りつきます。
「……牽引力場の外面って、どんな感触なのかな?」
 おずおずと訊ねるコウに、
「触感としては、ツルツルのスベスベだな」
 トモは平然と講釈します。
「これ以上ないってくらい完璧な滑面だ」
 そのツルツルにへばりついたクーニは、蠅男あるいは蜘蛛男のごとく四肢をふんばって、
「ぐぬぬぬぬぬぬう」
 べたりべたりと力場表面を這い上がり、MF号をめざします。
「んむ、さすがはクーニ姐だ。鍛え方がちがう」
 ――そーゆー次元の問題じゃないだろう。
 コウも芋虫技師さんも、そして力場の内側から至近距離で目撃している百足技師さんも、たらりたらりと脂汗を流します。
 人間型《ヒューマノイド》の女ってのは、やっぱしバケモノなのかもしんない――。


     3

 そんな地上での大騒ぎなど知る由もなく、
「♪ もぐらがほった〜 もぐらとんねる とがったすこっぷで〜 ♪」
 タカは地底の洞窟を、とことことお散歩しております。
 のんきな歌の内容とは別状、その洞窟は自然に形成されたものらしく、でこぼこと狭くなったり広くなったり、幼児の足ではなかなか難儀です。おまけに当然真っ暗なのですが、
「ひみつへーき!」
 自称・よいこの必需品――例のおもちゃの潜望鏡のみならず、どこに隠し持っていたものやらピストルライトなども駆使して、タカはとにかく前向きな人生を歩んでおります。
 一般の幼児でしたら、こういった不測の事態に陥りますと、たいがい無益な号泣を尽くしたあげく哀れにも衰弱し、やがては人知れずちっこい骨格標本と化したりしてしまいがちです。
 しかしタカの場合、いきなしなんだかよくわからない真っ暗なところに転げ落ちても、「なんだかよくわからないところ」=「こわいところ」といった短絡的思考には捕らわれません。「なんだかよくわからないところ」はあくまでただの「なんだかよくわからないところ」であって、そこが「こわいところ」か「おもしろいところ」かは、成りゆきしだいです。かてて加えて、「おにぎり、もってる」+「すいとう、もってる」=「たのしいえんそく」――マジに団子虫レベルなのかもしれません。まあ、実際は遠足でもお散歩でもなく、きっちり迷子になっているわけですが、どのみちちっこい星の上、そのうち、飼い主のクーニが掘り出してくれるにちがいありません。
 ちなみに、タカの秘密兵器のひとつである『ピストルライト』とは、銃身部に装填した単三乾電池をエネルギー源として、トリガー操作により銃口部の豆電球を発光させるという文明の利器、冒険少年や少女探偵の必携アイテムです。ペコペコのプラスチックでできたピストル型のチンケな懐中電灯、ともいえますね。
 同様の、ブリキあるいはプラスチックでできた駄玩具は、たとえば超古代ガイアの某島国の昭和期などにも存在したわけですが、それを駄菓子屋で購入できたという風説は、あくまで経済的に恵まれた都市部だけの話です。似たような見てくれでも水鉄砲などとはちがい、田舎の駄菓子屋や村の万屋では高価すぎて在庫できず、といってデパートや一般玩具店に置いてサマになるほどの社会的説得力もなく、結果的に神社の縁日や鎮守の森の秋祭など、主に土俗的・祭祀的な『ハレ』の日に、露店でテキ屋さんから入手するしかなかった高級(?)駄玩具――。
 まあ、そうご説明しても、無数のハイテク玩具の奔流に溺れて子供本来の想像力による遊戯感覚など無惨に溺死してしまった近頃の良い子のみなさんには、その頼もしい『ひみつへーき感』がピンとこないでしょうか。
 閑話休題――。
 やがて、洞窟の行く手がちょっと盛り上がり、その先におぼろげな暖色系の光が見えてきます。
 タカはがさごそと岩を這い上がり、潜望鏡で向こう側を覗きこみ、
「しょーげき! じべたのちていに、きょだいまんほーるをみた!」
 遠足モードから、いきなし川口浩さんか藤岡弘さんモードに移行します。
 広大なドーム状の岩窟。そして銀色の床面に刻まれた、直径数十メートルはありそうな、円形の、なんか落とし蓋みたいな構造物――見ようによっては、確かにマンホールの蓋っぽい質感です。
 タカはおそるおそる、いえ、単に好奇心の赴くがままのこのこと、その空間に足を踏み入れます。
 マンホールの蓋といっても、誰かがどっこいしょと持ち上げて、もぐりこむわけではなさそうです。端の落ちこみ段差も、大人の背丈ほどあるでしょうか。たぶん円形なのはあくまで外殻の穴のほうであって、扉自体は内部スライド式なのですね。
 もちろんそんな構造を、タカに想像できるはずはありません。
「ほわー」
 蓋の表面に刻まれた神秘的な幾何学模様を見下ろしながら、タカがその周りを巡っておりますと、
「――貴子」
 突然、彼方から野太い声が響きます。
「なぜ、ここに……」
 岩窟に反響して、かなり聞き取りにくい声ですが、確かに『たかこ』と呼んだようです。
「……いや、そんなはずはない。あの娘は、とうの昔に天寿を全うした」
 蓋の彼方、岩壁を穿つように設けられた計器類の一角から、あのライオンよりでっかい白猫さんが、タカのほうを窺っております。
「やっほー!」
 タカは、元気にご挨拶します。
 さきほどユニットを破壊した凶暴な姿も目撃しているのに、なんでだか、ちっとも怖くありません。今はきちんと優しい声でしゃべっておりますし、何よりタカの本能自体が、驚愕や恐怖ではなく、多大な親近感を覚えております。まあ、ちっこくてもでっかくても、もともと猫さんなどというものは、なんかいろいろ猫パンチで突っ転がしてまわるのが、デフォルト仕様ですものね。
 タカはとととととと、その一角めざして駆けてゆき、
「あたし、タカちゃん。たかこじゃないよ」
 いざ面と向かってみると、白猫さんはむやみに大きくて、クーニと話すときよりも、もっと見上げないとお目々が合いません。
「ねこさんは、なにさん?」
 白猫さんはそれに答えず、二叉に分かれたふさふさの尻尾を、なにか戸惑うようにゆらゆらと振らしながら、
「……名前まで似ているのだな」
 遠い目をして宙を見上げ、
「しかし、吾輩が初めて会ったときほど、小さくはない。二度目に会ったときほど、大きくもない。まして最後に会ったときには、末期近い老婆――」
 ふたたびタカを見下ろして、
「なんにせよ、おまえに、感謝せねばなるまい」
 一見獰猛な顔の、白毛の奥にのぞく瞳を優しく潤わせ、
「郷愁というものが、苦汁ではなく甘露であることを、数億年ぶりに思い出せたよ」
 何を言っているのか、タカにはちっともわかりません。
「――たべる?」
 知らない猫さんと仲良くなるには、餌付けするのがいちばんです。
 タカがさしだした大小のおむすびを、白猫さんは、でっかいお鼻でふんふんと検めたのち、
「……おかかおにぎりはないのか?」
「ありゃ」
 やっぱしでっかくてもちっこくても、猫さんはアオモノや唐辛子風味を好まないようです。
 するうち、なんじゃやらどどどどどという轟音や震動が、岩窟中に響き渡りはじめ、
「なかなか骨のある奴らだな、おまえの仲間は。ただの盗掘者か、あるいはついに、時が満ちたのか――」
 白猫さんは、手元の計器類を大きな肉球でぺんぺんといじくったのち、
「いずれにせよ、おまえは仲間に拾ってもらえ」
 ひらりと身を翻し、眼下の巨大円形扉に飛び下ります。
 そのまんま、着地の体勢はまったくとらず、跳躍ポーズのまま前足が扉に触れた瞬間――金属の扉の一部がまるで液体のようにぐるぐると渦を巻き、白猫さんはその渦潮の奥へと吸いこまれ、消えてしまいます。
 タカは呆然とその場にたたずみ――いえ、それはあくまで一般の幼児の反応であって、うるとらな幼児の場合、ちょっと違います。
 こ、こりはおもしろげ――。
 タカは後先考えず、白猫さんの尻尾が消えたあたりに、思いっきしジャンプしてしまいます。
 ちなみにこうした果敢な行動《ウケねらい》は、あくまでタカがうるとらな血を引く幼児であるがゆえに許される行為であって、あなたがた惰弱な良い子のみなさんの場合、けっして真似してはいけません。死にます。
 ばこ。
「あうっ」
 お約束に従って顔面から金属扉を直撃してしまったタカは、しばしぴくぴくと痙攣し、それからひんひんと悶絶したのち、お顔を伏せてうずくまったまま、
「うみゅみゅみゅみゅう」
 人生のすべてを呪うように、両の拳で地べたを、もとい扉を叩きまくります。
 ――ああ、じぶんとゆーキャラは、どーしても、以下略。
 ごごごごごごごご。
 周囲の轟音と震動がさらに激しさを増す中、もーすっかり猫おっかけ幼児モードに固執してしまったタカは、
「ひらけごま!」
 ヤケクソで、扉の幾何学模様をぺんぺんします。
「ひ・ら・け・ご・ま!」
 MF号のハッチを開くときのように、あっちこっちぺんぺんしまくっておりますと――
 ぐにゅにゅにゅにゅう。
「おう」
 タカの乗っかっているあたりが、さっきのように渦を巻きはじめます。
「くるくるりん」
 渦の中は硬くも冷たくもなく、なかなかいい水かげんです。
 なんだか、惑星チーバの川で水遊びしたとき、瀞《とろ》はずれの渦に浮いていた赤いお花さんになったような気がして、
「くるくるくる〜♪」
 まあ客観的には、風呂場の排水口に吸いこまれつつあるグリコのおまけ、そんなビジュアルなんですけどね。
 そして、タカが渦の奥に消えてしまう直前、岩窟の轟音や震動も最高潮に達し――
 ぐわわわわわわわわ。
 四方八方の岩壁を突き破り、何台もの自走式ドリラーが、ななめはすかいに突入してまいります。
『抜けた!』
『引け! クーニ!』
 各車からの怒号のような通信に呼応して、
「どっせーい!」
 MF号のクーニは力いっぱい急上昇、と同時に、あらかじめネット状の変形力場で絡め取っていた巨大な岩山を、瞬時円形力場モードに切り替えてまるまる包みこみ、そのまんま虚空へと吊り上げます。つまり岩山の底を、数台のドリラー車が蚊取り線香のようにまんべんなく掘り抜き、分離してしまったのですね。
 突入の勢いで激しくバウンドし、円形の段差も通り越して、なかば転がり落ちるように停止したドリラーから、ブルモグラ班長さんが血相を変えて飛び出します。
 タカとあの神獣の邂逅も、電磁波探査でリアルタイムに把握していたわけですから、
「無事か! おい、タカ!」
 まだ扉の上に残っているはずのちみっこを大声で呼ばわりますが、
「――ありゃ?」
 だあれも、おりません。
 他のドリラーから駆け寄ってきた荒くれさんたちは、
「……吸いこまれちまった」
「……おまえも見たか?」
「おう、ちょんちょん頭がくるくると」
「でも特殊金属だろ、この床は」
 ブルモグラ班長が、忌々しげに舌打ちします。
「くそったれ! あれがマイクロ・ワームホールって奴か」
 靴底で、げしげしと足もとの硬度を確認しているその横へ、見慣れたワインレッドのスペース・ウエア姿が、いきなしひゅるるるると降ってきます。
 ずん。
「タカ!!」
 クーニは押井版草薙素子さんのように超重量級の見得を切るでもなく、三角塔から落下した宮崎コナン少年のように足元からビリビリと震えまくるでもなく、ヒンズー・スクワットのノリでひょいと立ち上がり、目の色変えてわたわたとあたりを見回したのち、
「……食われちまった」
 へたへたと、その場に座りこみます。
 ブルモグラさんは、クーニの肩をぽんぽんと叩き、
「落ち着け。消えたのは、あのバケモノが先だ。まだ食われちゃいねえし、拉致されたんでもねえ」
 そう慰められても、クーニはまだ正気に戻れず、ウツロなお目々を宙にさまよわせております。推定何百メートルかを一気に滑り落ちたり自然落下したりしてきたばかりなので、脳味噌が多少ズレているのかもしれません。
 荒くれさんたちは、頭上遙かに浮いている巨大な岩山の底を見上げて、
「……また直で来たのか?」
「……あの上から?」
 いかなる状況であろうと生涯クーニだけは敵に回すまい――そう心に誓う荒くれさんたちの前で、クーニは突然跳ねるように立ち上がり、思わずびくっと後ずさる一同を尻目に、
「ふんぬっ!」
 扉と床の境目に、指を食いこませ――いえ、食いこませようと、力いっぱい指を立てます。
「ぐぬぬぬぬう」
 しかし、いかにクーニの怪力をもってしても、その巨大な円形扉は、びくともしません。あたりまえですね。もともと持ち上げ式ではありませんし、周りの床に至っては、遊星そのものです。
「はーい、どうどうどう」
 ブルモグラ班長は、荒馬を鎮めるようにクーニの背中をさすりながら、
「気持ちはわかるが、ちょっと休んどけ。あとの算段はこっちでつける」
 例の計器類コーナーをふり返り、そっちを調べていた部下たちが「あきまへん、大将」と言うように首を振るのを確認すると、
「メーサー全車、ヒートアップして周囲岩上に待機! スキャニング班、ナノマシン探査開始!」
 変形パラボラを備えた特車が数台、ういんういんと蠢動を始めます。
 一方で芋虫技師さんと百足技師さんは、ドリラー車から持ち出したどでかいガスボンベ状の機材を数本、扉と床の段差部分に据えつけます。
 その作業を興味津々で見守るトモやコウに、芋虫技師さんが制御用のキーボードを叩きながら講釈をたれます。
「どんな時代のエアーロックであれ、シールド材の密着性には限界がある。早い話、そのシールド対象の分子よりも小さい分子なら、お出入り可能なわけだ。このボンベにゃ、酸素分子の十分の一ほどのナノマシンが数億個詰まってる」
 続いて百足技師さんが、ボンベをいじくりながら、
「そいつらのうち、中に抜けられた奴らが自動的に数万個の高機能マイクロユニットを形成して瞬時に拡散し、内部の情報を分担収集し、またバラけて戻ってきてこっちのモニターに情報再現――ま、簡単に言や、そんな仕組みだな。機動性重視でRAMがちっこいから、数で勝負だ」
 クーニの首が、ぐい、と割りこんで、
「いたか? チビ助」
「あわてるな。直近にいりゃ、真っ先に把握できる」
 芋虫技師さんにたしなめられ、いらいらと待ちわびること、しばし――。
「ほい、最初のが戻った」
 モニターに無数のテキスト情報が流れはじめ、やがて動画ウインドーに、薄暗い空洞の映像が浮かびます。
「……あの化猫野郎」
 クーニが、悔しげに歯噛みします。
「器用な奴だ。天井に貼りついてやがる」
「いや、これはさかさまだ。内部重力場から見りゃ、こっちが器用なんだ」
 芋虫技師さんが、画像を上下反転させますと、大型船でも通過できそうな地下へのスロープに、タカではなくあの神獣が、ピラミッドを守るスフィンクスのようにうずくまり、こちらのゲートに目を光らせております。その背後には、第二の気密ゲートが控えているようです。
 つまり星猫のほうから見れば、円形ゲートはあくまでスロープの上方に垂直に設けられているのであり、クーニたちはゲートの外側で、横向きのまんまうろついているのですね。
 ブルモグラ班長が、
「ここが唯一の入口だとしたら、見張ってて当然だな」
 トモは百足技師に、
「あいつから、そのマシンは見えねえのか?」
「目に見えるほどでかくねえよ。合体してもバクテリア・サイズだ」
 クーニはそれらの会話も耳に入らない様子で、まじまじと神獣の口元をチェックし、
「……よし、食われてねえ」
 ナマモノを貪った形跡がないので一安心、ずっとつっぱらかっていた全身の筋肉をようやく弛緩させます。
 でもまだ浮かない顔で、
「じゃあ、どこに行っちまったんだよ、タカ」
 さらに、じりじりと待ちわびること、しばし――。
「――ほい、別のが戻った」
 芋虫技師さんのキー操作とともに、動画ウインドーがいきなり明るくなって、
「……なんじゃあ、こりゃあ?」
 その場の全員が、ずる、とコケます。
 いったいどこの貧乏所帯のお茶の間やら、夕日の三丁目っぽい粗末な家具調度を背景に、野暮ったい身なりの生真面目そうな人間型中年男性と、ちょっと若いけれどやっぱり垢抜けない身なりの人間型女性が、けなげに身を寄せ合って、奇妙な手つきをしながら微笑み合う姿――。
 よく見れば、それは動画ではなく写真でもなく、中途半端に写実的な絵画のようであり、夫婦らしい男女を囲むように、象形文字らしい大小の縦書き文字列が配されております。
『文部省特選』
『名もなく貧しく美しく』
 もっとも考古学者のコウでさえ、文字列の意味は理解できません。のみならず、その絵画がかつて絵看板と呼ばれた映画館用の大ペンキ絵であり、描かれているのが聾唖の夫婦を演じる小林圭樹さんと高峰秀子さんであり、ふたりの交わす奇妙な手つきが手話であることなども、今のところ知る由もありません。
「古代絵画のようですね。周囲の状況が見られますか?」
 コウのリクエストに応じ、動画ウインドーに、さらに広範な情景が映し出されます。
「――古代の商家? 商っているのは――どうやら靴のたぐいのようだ。だとしたら、なぜ屋根にあんな絵画を飾っているんだろう」
「屋号の看板なんじゃねえのか?」
 トモの意見に、コウは首を振り、
「いや、この入口の庇のすぐ上にある、大きな象形文字列。どうやらこっちが屋号らしい」
 さすがは考古学者、文字は読めなくとも、その物体のニュアンスは直感的に把握できたようです。
『長岡履物店』。
 ビンボくさいトタン板の横長看板に、そうペンキで書かれていたのですね。


     4

「――ここはどこ? わたしはだれ?」
 おお、ようやくついに、いよいよとうとう真打ち登場、待ちに待った眠り姫のお目覚めか――そんな期待に目を輝かせていらっしゃる、優子ちゃん狙いの良い子のみなさんにはしこたま申し訳ないのですが、
「わたし、タカちゃん」
 こんな間の抜けたひとりボケ&ツッコミの主は、やっぱしタカだったりします。
「……んでも、ここはどこ?」
 ふと気がつけば、なぜか葉桜の並木道。
 木漏れ日の下で立ちすくんだまま、お空を見上げれば、抜けるような青空を悠々と流れる白い雲。
 渦巻きの中をゴキゲンでくるくる回っているうちに、いつのまにか、惑星チーバに戻ってしまったのでしょうか。
 それとも、クーニたちとでっかいお船でナーラ銀河を旅したり、岩だらけの星でなんかいろいろとたぱたしていたのは、みーんなただの、胡蝶の夢だったのでしょうか。
 もしか、ほんとーはチーバの森の公園で、おひるねしていただけなのかもしんない――。
 でもやっぱし、見れば見るほど、あたりの景色はチーバらしくありません。
 並木道の右側は、雑木林に覆われた小高い丘陵になっており、道の先はゆるやかな上り坂となって、その林に消えております。雑木林のさらに上のほうは、段差状に整地された住宅街になっているようです。
 いっぽう左側は、草ぼうぼうの斜面が、かなり大きな谷川の河原に下っております。谷川の対岸も雑木林に覆われた丘陵で、その彼方から谷川の遙か上流にかけて、青い山並みがえんえんと連なっております。タカは、そんなお山の団体さんなど、生まれてから一度も見たことがありません。
「……こっきょーのながいとんねるをぬけると、やまぐにだった」
 意味不明のひとりごとをつぶやきつつ、タカはあたりをきょろきょろ見回し続けます。くるくるのしすぎと見当識の破綻が重なり、さすがにとっちらかってしまったのですね。
 猫さん、いない。
 クーニ、いない。
 パパやママ、いない。
 見渡すかぎり、だあれも、いない。
 どこだかわかんないとこで、また、ひとりぼっちになってしまったのだろーか――。
 いかに脳天気自慢のタカでも、ほんのちょっぴり、うるうると胸が疼いたりします。
 でも、国境の長いトンネルを抜けると根の暗い雪国だったり、夜の底が白くなったりするのとちがって、
「……そらのいろが、そらいろになった」
 お昼のてっぺんがきれいな青空になったのですから、いつまでもくよくよしてはいられません。
 タカは、とりあえず川の流れてくるお山のほうへ、ぼちぼちと歩きはじめます。
 あたりの景色をながめながら、
「……ここ、オーメ?」
 ふと、そんなつぶやきをもらしたりもします。
 長旅のあいだ、なんどもクーニから聞いた、クーニの生まれ故郷の風景――。歩けば歩くほど、なんだか安心したような、生まれたところに戻ったような気持ちになるのも、たぶんそのせいなのでしょう。
 そして、つらつら鑑みるに、ひとりぼっちになった初めの頃に比べれば、現状はなんぼもマシなのですね。
 薄情な運ちゃんに星間トラックの荷台からつまみ出され、燃料ステーションの裏で燃えないゴミに出されてしまった時、タカにとっての宇宙は、ただ暗い夜が続くだけの不安な空間でした。
 でも今は、チーバやナーラよりもさらに澄んだ空が果てしなく広がり、日差しは暖かく、そよ風はゴキゲンでそよそよしておりますし、おまけに黒ジャンのおなかは、あいかわらず備蓄のおむすびで小狸のようにぽんぽこと脹らんでおりますし、肩から下げた水筒も、ちゃぷちゃぷと頼もしい音を響かせております。
 おなかが、ぐう。
 そういえば、お昼ごはんが、まだ途中だったような気がします。柄にもなくうるうるしそうになったりしたのは、単にそのせいだけなのかもしれません。
 実際は、クーニの食べかけの巨大おにぎりなどもイッキにぱっくんしたわけですが、タカの胃袋は、精神構造と同様に、とってもアクティブでポジティブなのです。
「じゃーん」
 胸元から柚明太子のおむすびを取り出し、
「むふー」
 ラップをむいてぱくつきながら、
「べろかんど、りょうこう。むしゃむしゃ」
 おむすびが、おいしいうちは、だいじょーぶ――。
 そうしてタカは、木漏れ日の遊歩道を、おうちがたくさん建っている坂の上のほうに向かって、とことこと歩き続けます。
「♪ あっるっこ〜 あっるっこ〜 わたっしは〜げんき〜 ♪」

    ★          ★

 並木道、とことこ。
 おむすび、むしゃむしゃ。
 坂道、とことこ。
 お手々、ぺろぺろ。 
 雑木林、とことこ。
 水筒、ぐびぐび。 
 んでもって――げふ。
「ごちそーさまでございました」
 お天道様に両手を合わせ、しあわせ、なーむーしたりしているうち、タカはいつしか林を抜けて、ちょっぴり不思議な街角に、迷いこんでおりました。
「おう……」
 チーバやナーラの商店街よりは、ずいぶんセコくてくすんでおります。
 でも、そのセコさやくすみぐあいがけしてみじめではなく、なんじゃやら、ほどのいい『鄙び感』を醸し出しているようです。
 ちなみに商店街という街路形態は、自給自足コロニー育ちのタカも、クーニに拾われてからあちこちの星を旅してきたので、きっちり把握しております。
 ですから、看板の字やPOPや値札はちっとも読めないながら、その道筋にならんでいる家々が主に小規模な個人商店で、店先のきれいな服やおいしそうな食べ物や面白げなおもちゃもみんな売り物で、欲しいからといって勝手に持ち出してはいけない、それくらいのことは、すでによい子のじょーしきです。
 でも――その商店街らしい道筋に、タカ以外は人っ子ひとり犬猫一匹歩いておらず、お店屋さんの中にも、お客様のみならずお店の人までだあれもいない場合、果たしてよい子のじょーしきは適用されるのでしょうか。
 たとえば、ちょっぴりタカに似たぷくぷくほっぺのお人形が、ぺろりと舌を出しながらお店番をしている、お菓子屋さんのショーケース。見慣れない色とりどりのケーキの中の、あるひとつのアイテムに、タカの目は釘づけになります。
「……じゅるり」
 おむすびを食べたばかりなのに、タカの口腔内が、遺伝子記憶による痛烈な食欲、いえ、味欲で疼きまくります。そのかわいい赤白薄茶色シマシマのケーキが『苺ミルフィーユ』であり、ぷくぷくほっぺのお人形が『ペコちゃん』であることなどは、もちろん知る由もありません。
 タカは、ふところから、がまぐちをとりだします。
 チーバを出立するときクーニに買ってもらった、文字どおり蝦蟇蛙さん型のがまぐちで、おなかの中には、クーニのお手伝いをしたときにもらったお小遣いが大事に貯めこんである――いえ、貯めこんであったのですが、こないだナーラのお土産物屋さんで、香り袋や紙石鹸や千代紙セットはともかく、ぶっとい十色ボールペンだの肩叩き付き孫の手だの、やくたいもないがらくたをめさきのよくぼーにまかせてしこたま買いこんでしまったため、今は一〇クレジットの硬貨が数枚しか残っておりません。
 ふくすい、ぼんにかえらず――タカは、またひとつお利口になりながら、毅然としてそのお菓子屋さんを後にします。
 だあれも見ていないうちに、こっそりショーケースを開けて食べてしまうという選択肢もあったわけですが、六歳にしてなかなか苦労人のタカは、正直というより、あくまで本能的に、その誘惑を回避したのですね。
 胸を張って街道を歩き続けながら、タカはつぶやきます。
「これで、いいのだ」
 頭上のあちこで揺れている天才バカボンのパパが、『青梅赤塚不二夫会館』の旗であることなども、タカは知りません。
 まあタカもバカボンのパパも、状況によってはしっかりぬすみぐいをするわけですが、この世には、ぬすみぐいするにはあまりにすばらしすぎる食物なども、多々あるわけですね。また、やーらかでおいしそーなケーキを力いっぱい頬ばったとたん、実はそれはあくまで食品サンプル、それも半永久的に変質破損しない特殊素材のレプリカであって、幼いタカの乳歯などたちまちワヤになってしまい、永久歯が生えそろうまで前歯ガチャガチャのまんま、そんな惨めなオチも考えられるわけです。
 お菓子屋さんの他にも、なんだかよくわからないけれどなんだかとっても懐かしい『昭和レトロ商品博物館』やら、おもちゃ屋さんのおジャ魔女どれみグッズやら、あっちこっちで楽しく気を惹かれながら、タカはとことこと散策を続けます。
 いろんな彩りの、違った種類のお店ばかりなのに、あっちこっちの二階の壁やお屋根の上で、絵柄は違っても同じようなペンキ描きのでっかい絵看板が目立っているのは、なにかのおまじないでしょうか。
 やがて、ひときわビンボそうな木造モルタル店舗の前にさしかかったとき、タカはまた足を止めて、しげしげと店土間をのぞきこみます。
 ふと、中から誰かに呼び止められたような気がしたのですね。
『おい、たかこ』
 そんな、元気のいい女の子の声が、頭の中でまだ響いております。クーニの声にちょっぴり似ていたような気もします。
 でも、お店の中に入ってみると、やっぱし、だあれもおりません。薄明るい電灯の下、見たこともない奇妙な靴や、かろうじて履物ではないかと思われる木工品などが、古色を帯びた棚に整然と並んでいるばかりで、奥の暗がりに目を凝らしても、人の気配はありません。
 ――やっぱし、気のせい?
 タカは小首をかしげながら、でも念のため、
「……あたし、タカちゃん。たかこじゃないよ」
 そんなひと言を奥に残して、また街道に戻りますと、
「あらあら、これは奇妙ですこと」
 今度こそ本物の人の声が、行く手から聞こえてきます。
「不二家のペコちゃんが非行に走っておりますわ、宮小路様」

    ★          ★

 ――おう、おねいさんのむれ、はっけん!
 タカは、ときめいてしまいます。
 そのお声が何を言っているのか、遠すぎてよく聞こえなかったのですが、同じ舗道をこちらに向かって歩いてくるのは、いかにも優しげな、育ちのよさげな、妙齢の乙女たちです。
 あんなきれいなおねいさんたちなら、きっと、道端に棄てられた不幸な子猫や子犬もしくは幼児などを見つけたら、よってたかってきゃぴきゃぴとかわいがったり、ことによったら家に連れて帰って、飼ってくれるかもしんない――。
 苦労人のタカとしては、さっきまでさんざお世話になったクーニへの未練もさることながら、さしあたって今夜からのエサや寝床の確保のほうが、最優先事項なのですね。
 ああ、今も猫耳や子犬シッポを持っていたら、お得意の形態模写で思うさまアピールできるのに――などと思いつつ、タカはその場に立ち止まり、想像上のシッポをふるふると振りながら、おねいさんたちの接近を待ちわびます。
 一方おねいさんたちは、謎のお散歩ペコちゃんを見つめ、しきりに首をひねっております。
「……あんな与太者みたような服を着て、街を徘徊するなんて。ホログラフィー・システムが、傷んだのかしら」
 最初にタカを見つけた、ちょっと利発で知性派っぽいおねいさん・久我美子さんがそうつぶやきますと、
「でも、ペコちゃん人形は、確か本物――青梅からの持ちこみですわ」
 おっとり型の河内桃子さんが、さらに首をかしげます。
 そのお隣、ちょっと気難しそうなお顔の清丘純子さんは、御所人形のコレクションを趣味とするおたくっぽい性格で、おまけに真性の百合族《レスビアン》だったりするので、
「なんぼ歳月を経ても、あんな身性《みじょう》の悪い人形は、魂など宿しませんでしょう」
 大衆的ウケ狙いのペコちゃんが、あまり好きではないようです。
 そして皆さんご存知の、引っ詰め三つ編みの眼鏡っ娘・宮小路さん――フルネーム・宮小路綾さんは、
「やっぱりホログラフィーのバグですかしら」
 優子様じきじきに任命された第一使徒として、きっちりその場を締めるように、
「きっと通行人のデータの一部が、誤起動しているのですわ」
 久我美子さんがうなずいて、
「最前のシステム総チェックから、もう一億年も過ぎておりますものねえ」
 そんな錚々たる華族系のおねいさんたちの中、ちょっと庶民派っぽい、おしゃまな妹系の八千草薫さんは、
「でも、見れば見るほど、つつきがいのありそうな、ふっくらほっぺ」
 そう声を弾ませると、
「――ごめんあそばせ、お先に失礼」
 とととととと、一番乗りめざして駆け出します。
「まあ、はしたない」
 骨の髄から伯爵系の白洲柾子さんが、眉をひそめます。
 なお、ここで明らかになった『ことのは』のお嬢様方の、お名前の一部、とゆーかほとんどに、実在の華族系文化人さんや女優さんとの著しい類似が認められますが、あくまで偶然の一致、他人の空似ですので、せんせい同様とってもお育ちのおよろしい良い子の皆様、どうぞ御了承くださいませね。
 で、とととととと幼女に駆け寄った八千草さんは、
「あら、近くで見れば、なにやらどこぞでお見かけしたようなお嬢ちゃん」
 そのペコちゃんっぽい福相の前に、きちんと両膝を合わせてしゃがみこんで、
「♪ ほっぺつんつんっ なんちゃって――」
 もちろん相手はホログラムのはずですから、モノホンの手触りを期待したわけではありません。あくまで、何億年も積み重なった人恋しさの発露です。
 しかし、八千草さんの白魚のような指の先で、ちみっこのやーらかほっぺは、むにむにと引っこんでいきます。
「えへへへー」
 タカは、ほっぺを優しく突っつかれるのが大好きです。
「…………」
 八千草さんは、しばしの沈黙ののち、うにい、とお顔をしかめます。
「…………」
 それから、タカのお口におそるおそる両の親指を添えて、力いっぱい引きのばします。
 ぐにい。 
 まさか人間のはずはない――そんな先入観があったからでしょうか、ペコちゃんがだよーんのおじさんになってしまうほどのイキオイだったので、
「な、なにほふるう!」
 タカは身の危険を覚え、わたわたともがきます。
 純粋な愛だとばかり思っていたささやかな肉体的交歓が、実は厭わしい嗜虐の予兆にすぎなかったのではないか――。
 たとえば、日々優しく愛撫され、自分はその家の幸せなペットだとばかり思いこんでいた子豚が、実は食べ頃を見極めるために肉質を調べられているだけで、ある日突然惨殺され、丸焼きになって夕餉の食卓に並ぶ――この世界は、そんな哀しい錯誤に充ち満ちておりますものね。
 しかし、タカがその魔手を振り切るまでもなく、
「ひえええええええ!」
 八千草さんは、奇声とともに高度五〇センチ距離三メートルほどをいっきに跳びすさり、
「も、モノホンのちみっこ!」
 残りのおねいさんたちも色を変えて駆けつけ、
「ま、まさか――」
「あらまあ!」
「マジにちみっこ?」
「ぷにぷにですわ! ぷにぷに!」
「まーまーまーまーまー」
 久我さんや河内さんのみならず、うるさ型の清丘さんや白洲さんまでいっしょになって、うるうると瞳を潤ませながら、よってたかってタカの肉質を検めます。八千草さんも驚愕モードから立ち直り、わたくしが一番乗りなのに皆様ずるいですわずるいですわと訴えながら、くりかえしペコちゃんほっぺをわしづかみます。
「ひんひんひんひん」
 執拗かつ情け容赦ないお触り攻撃が続きます。
 タカはひんひんと身もだえしつつも、おねいさんたちが爪を立てたり牙をむいたりする気配はないので、
 ――やっぱし、愛?
 お触りのめくるめく快感に、いつしか身をゆだねたりしてしまいます。
 するうち、白洲さんがはっと気をとりなおし、
「――こほん」
 いけないいけない、下賎な馬鹿っ母のように取り乱してはいけない、わたくし由緒正しき伯爵家の娘ですのよ、と澄ましかえって、
「でも、いったいどこから湧いて出たのでしょう」
 続いて真性百合の清丘さんも、いけないいけない、わたくし優子様ひと筋の審美派ですのよ、と己に立ち返り、
「一億年あれば、もしや、地中や水溜まりの中から?」
 タカは嫌気性細菌でもボーフラでもないので、悶絶しながら反論します。
「ふるふる……あっちの、川んとこ」
 ぷるぷるとあっち方向を指さし、
「ひんひんひん……んでもって、そのまえは……くるくるのうずまきいぃ」
 そこに宮小路さんが、いかにも真打ち登場っぽく、おもむろに歩み寄り、
「皆様、どうぞ、ご静粛に」
 貫禄勝ちで、他のお嬢様方をかきわけ、
「隠しマイクロホールを通過できるのは、わたくしどもを除けば、DNA走査をパスした方々だけのはず」
 タカのほっぺを、はっしと支えて、
「もしやあなたは、ウルティメットのお子様?」
 おう、なんじゃやら、とっても、ものしりのおねいさん――。
「こくこく。タカちゃん、うるてぃめっと」
 おねいさんたちは、しばしぽかんとしてお顔を見合わせたのち、
「――あの方々も、生きていらしたのだわ!」
 久我さんや河内さんが、はらはらと落涙します。
 清丘さんや白洲さんも、思わず手に手を取り合ったりしております。
 そんな、驚愕から歓喜へとうねる情動の渦中で、
「あら大変! それではお外の方々も、皆さんウルティメット?」
 八千草さんがあわてます。
「力いっぱいカマしてしまいましたわ」
 タカは、一同の食い入るような視線に途惑いつつ、
「おそとのがたがた?」
「えーとね、ここは、あのお星様の真ん中なのよ」
 お星さまの真ん中、という表現がピンとこないのか、
「むー」
 頭の上にでっかいハテナを浮かべているタカに、八千草さんは舗道の上に指で丸を描いて、きちんと教えてくれます。
「つまり、あなたが今までいたのが、たぶんお外のここんとこで、今いるのが、ここんとこなのね」
 なあんだ、そうだったのか――タカは、ほっとひと安心します。じべたやお空とゆーものは、お星さまの上だけじゃなくて、なかにもあるものだったんだ――。
 たしかに、地面の下にまた空があったって、ちっとも不思議ではありません。この宇宙には、同じお空でも、黒い空や青い空や赤い空があるくらいですものね。
「それで、お外の小父さんたちも、やっぱりウルティメットさん?」
「ふるふる。タカちゃん、ひみつの、うるてぃめっと」
 タカは、我が身の出自やその後に生じた幾多の艱難辛苦、そしてクーニに拾われてからの旅生活など、波瀾万丈の生涯を、お手々をわたわたしながら講釈します。
 まあ当人としては堂々たる大長編のつもりでも、客観的にはきわめていーかげんな、あっちこっちとっちらかった掌編にすぎなかったのですが、
「……そう、パパやママと、はぐれてしまったのねえ」
 おねいさんたちは微妙にうなずきあいながら、宮小路さんの次の言葉を待ちます。
 宮小路さんは、ちょっと考えこんだのち、
「――ともあれ、にゃーお様にお伺いをたてなければ」
 そのとき、宮小路さんのおつむから、ぴろりろりろりろりん、と着メロが響きます。ちなみにメロディーは、『エリーゼのために』みたいです。
「噂をすれば影。にゃーお様からメールが届きました。至急、ゲートに集まるようにと」
 お上品な着メロのわりには、さながら開戦直後の国防婦人会のごとく眥《まなじり》を決し、
「今度は迎撃モードです」
 他のおねいさんたちもきりりと引きしまり、
「加速装ー置!」
 なんじゃら、みんな揃って奥歯をむにむにするようなお顔をすると、
 ばびゅーん!!
 一瞬にして、おねいさんたちは残像と化し、巻き上がった土煙だけが、ただ道の彼方へ果てしなく続いております。
「……おーい」
 タカは、とほーにくれます。
「――かそくそーち」
 おくば、むにむにっ。
「ばびゅーん」
 とととととととと。
 おねいさんたちの真似をして、力いっぱい加速してみたりしますが、もう次の信号あたりでへばってしまい、
「はあ、はあ、はあ」
 ああ、わたしも、ちみっこではなくおっきーおねいさんだったら、ばびゅーんどころか、しゅわっちだってできるのに……。
 ちっこい黒ジャンの背中に、しこたま哀愁を漂わせて佇んだりしていると、
「ごめんなさいねー」
 びゅん、と再出現した八千草さんが、
「お姉さんたち、ちょっとご用事で、行かなくちゃなの」
「むー」
 八千草さんは、さっきのようにタカの前にしゃがみこんで、ほっぺをむにむにしてくれながら、
「でも、タカちゃん、また迷子になったら大変だよね」
「……こっくし」
「あのね、あすこの次の信号、わかる?」
「こくこく」
「じゃあ、その信号のちょっと前に、細っこい脇道があるよね。わかる?」
「うん。わきみち」
「あすこを右に曲がると、また川のほうに下りてくの」
「うん」
「その坂道を、ちょっとくねくね曲がってるけど、曲がってるとおりに、ずーっと下りてくの」
「うん、おりてく」
「んでもって、川が見えるまで下りてくと、その前に、すっごく大きいお屋敷があるの」
「おやしき? そんなに、おっきい?」
「うん。お姫様が住んでるお城みたく、きれいで、おっきいお家。だから、すぐにわかるよ」
 ――おう、おひめさまの、おしろ?
「こくこく!」
「そのお屋敷のお庭に、噴水のある公園や、お屋根のあるベンチもあるから、そこで待っててね。いいこと?」
「はーい!」
「じゃあ、お姉さんたちも、すぐに帰る――かどうかわかんないけど、いい子で待っててねー」
 八千草さんはぱたぱたと手を振って、びゅん、とまた瞬失します。
「はーい!」
 タカは、残った土煙にきちんとご返事してから、八千草さんの教えてくれた方向へ、元気いっぱいで歩きだします。
 きっと、そのきれいなお城が、お船のおじさんたちがみんなで探していた、眠り姫のお城なのに違いありません。
 タカは、いつかベッドでママが歌ってくれたお伽話のお歌を口ずさみながら、曲がりくねった坂道を、鄙びた垣根や築地塀の間をぬって、とことこと下っていきます。

    ★          ★

 ちなみに、そのときタカが歌った浪漫ちっくなお歌を、例によって情緒に忠実に、伏せ字なしで現代の地球のお歌になぞらえますと、これはさすがにJASRACどころではない凶悪な著作権狂信集団・デ●ズ●ニ●プロダ●ションに発見された場合、シャレにならない制裁を受ける可能性があります。
 もちろんわたくしせんせいといたしましては、てめえらの剽窃行為は百万言を弄してバックレながら他人にはオマージュすら許さない自己中な紅毛異人どもの制裁など、なんら怖くはありません。でも、お話作りのぶよんとしてしまりのない人があえてカットを命じる以上、せんせい、その臆病なお話作りのおたくやろうを心底侮蔑しつつ、涙を飲んで、割愛させていただきます。

    ★          ★

 ……でもやっぱし、この叙情的シーンの音楽的効果を考慮した場合、どーしてもタカに歌わせてあげたいので、せんせい、独断でちょっとだけ、なんか乙女ちっくなキラキラお目々になって、もごもごと口ずさんでみちゃったりして――。

 こほん。

 ♪ い〜つ〜の日〜にか〜 王〜子さ〜まが〜 きてく〜れ〜るそ〜の〜日を〜 わたし〜は〜夢に〜みる〜 ♪ …………


     5

 さて、ここでお話がまたまたちょっと巻き戻り、タカがおねいさんたちに遭遇するよりもちょっと前のころ、所変わって遊星の地表、むき出しになった地下ゲート周辺では――。
『――つまり、遊星中央の最大階層は、古代文明のある地域を、すっかり取りこんだものらしい、と』
 指揮所の秋田犬団長からの質問に、コウが答えます。
「はい。他の上下の階層も、その風物に差はあれ、同じ星の一部を移転、あるいは再現したものでしょう。物理的にカバーしきれない空や外周部の景観は、ホログラフィーで補填してあるようです」
 それはまさに会長の望む宝だ――秋田犬団長は昂揚します。
 しかし、当座の問題は別にあります。遊星内部の査察などは後回しにできても、ちみっこ一名、現在行方不明のままです。
『しかし、タカの所在は――』
 芋虫技師が答えます。
「なにぶん今んとこ、マシンのデータ収集がリアルタイムじゃないもんで」
『内部の大気や重力場に、問題はありませんか?』
 トモが答えます。
「おう。大気は俺らが外に張った奴と、ほとんど変わらねえ。んでも内部重力場は、階層構造に対しての上下、つまり極から極方向へ生成してあるな」
『ならば重力的な混乱は、外殻を通過する時だけですね』
「おう。でも、ここから飛びこむんなら、なんの混乱もないぞ。すぐ中にあのバケモノが座ってやがるからな。当然座ってる床が下だ」
 秋田犬団長は、決断します。
『――その扉を、強行突破しましょう』
 ブルモグラ班長が、当然当然、と言うようにうなずきます。すでにメーサー全車そのつもりで待機中です。
「なんなら、あのバケモノもいっしょに焼いちまいますかい?」
『予定どおり、可能な限り生捕りにしてください。本部からも、そう再三の指示が』
 興行価値を考えれば、それも当然ですね。
 クーニは、かぽんかぽんと激しく腕をならし、
「ラジャー。俺が軽ーくシメ落としてやろう」
 さっきから、頭上の岩山を移動した以外はほとんど活躍の出番がなく、徒にタカを心配するばかりなので、闘争意欲が有り余っているのですね。
 その場の皆も、「殺すなよ」「手脚もぐなよ」「力半分でな」などと励ましますが、
『危険は、できるだけ避けたいので』
 秋田犬団長は、あくまで慎重に、
『そろそろ援軍がそちらに到着します。あの神獣を、眠らせてくれるはずです』
 本音をいえば、荒くれ掘削班やクーニに任せておくと、貴重な呼び物が灰になったり首がもげたりしてしまうのではないか、そう心配しているのですね。
 おりしも、イルマタルからの小型機がしゅわしゅわと下降してきて、
「いやはや皆の衆、お待たせお待たせ」
 とくに誰にも待たれていなかったヒッポスが、汗をふきふき現れます。
「あ、そちらのお若い方々、お初です。どうぞ今後ともごひいきに」
 根っからの芸人らしく、初対面の相手には、やたらと腰の低いヒッポスです。
 トモやコウは、その大仰な探検ルックに面くらいながら、
「あ、いやいや」
「こ、こちらこそ」
 などと、あいまいにうなずきます。
 クーニは呆れ顔で、
「なんでえ、役に立ちそうもねえ奴が来やがったなあ」
 ヒッポスはちっとも悪びれず、
「だから俺は現場主義なんだ。チビ助は見つかったか? 神獣はどこだ?」
「どっちもまだこれからだよ」
 ヒッポスに続いて現れたカージは、律儀にぐるりと会釈しながら、自前の医療用ナノマシン器機にちょっと似た装置がすでに稼働しているのを認め、操作している芋虫・百足コンビに訊ねます。
「マシンの通りはどうですか?」
「おう先生、まずまず半分は抜けてるぞ」
「先生のは、ガスかなんか運ぶのか? ――んなわきゃねえな」
「はい。あくまで物理的に、直に脳細胞に接触して昏睡させます」
 神獣の位置や動物学的特徴を確認したのち、てきぱきと器機を設置しながら、
「ところで、機械人間《アンドロイド》らしいガーディアンも確認されたそうですが、実際、純機械式なんでしょうか。もし脳を残したサイボーグならば、このマシンで昏睡可能ですが」
 そう、あの少女型たちも出現する可能性があるのですね。
 指揮所の秋田犬団長は、
『残念ながら純機械式のようです。なにぶんモノがモノですから、現場の判断で、銃器による自衛を許可します』
 荒くれたちが、よしよしとうなずきます。
『しかし、できればあちらも原型を保って回収したいところですね。いわば、貴重な副葬品ですから』
 荒くれたちは、あらあらそりゃ難儀、と顔を見合わせます。
 クーニが、また張りきってぽきぽきと腕をならし、
「ラジャー。じゃあ俺が、軽ーくまとめてお縄にしてやろう」
 トモも、隣でやっぱり腕をならし、
「なんぼ姐御でも、多勢に無勢だ。俺も二匹くらいならシメてやる」
 荒くれたちが、気を取り直してうなずきます。
 じゃああっちが出てきたら、とりあえず鉄腕コンビにがんばってもらおう。で、駄目だったらみんなでよってたかって、ブラスターで蜂の巣にしちゃおう――見かけはアレでも当節の労務者さんたちのことですから、昔の土方さんたちほど根性はありません。
 まもなくカージが顔を上げ、
「注入完了しました。神獣の体長から計算して、遅くとも数分あれば、昏睡状態に陥るはずです」
 ブルモグラさんが叫びます。
「メーサー全車、照射開始!」
 周囲の地表、ゲートを見下ろすように配置された数台のメーサー車から、鮮やかなオレンジ色の波状光線が、びりびりと絡み合いながら一点に向かって集中します。
 その斜め横あたりに待機したクーニたち一同は、息をひそめて、しだいに灼熱してゆく突入予定部分を、ゴーグル越しに見つめております。
 そうした人工の破壊光線が、なぜすなおに直進せず、うにゅうにゅと網状に絡みあって出力されなければならないのか――根っから理系のカージやトモにしてみれば、やや腑に落ちないビジュアルも見受けられるわけですが、まあそこはそれ、昔からの『お約束』なのですね。





   第六章 人生いろいろ


     1

 びしゅうううううう――。
 さしもの超金属スペシウムも、数台分のメーサーを一点集中されると徐々に溶解し、僅かながら貫通口が開きます。
 メーサー班は全車息を合わせて照射箇所を移動させ、一部外周に沿った半径数メートルほどの楕円状に、ゲートを断ち切っていきます。
 じりじりじりじり――。
 端的に言えば、鋼板をバーナーで焼き切る要領ですね。
 やがてタイミングを見計らい、ブルモグラ班長が命じます。
「吸着ユニット発射!」
 メーサー車に混じって岩上に待機していた別の特車から、びゅん、と、ぶ厚い円盤状のユニットが発射され、ゲートの切断予定部に、べん、と張りつきます。
 そのユニットと特車は、ず太いワイヤーで繋がっており、
「牽引開始!」
 すでにごく一部を残して断ち切られた楕円部分を、ぐいぐいと引き上げます。
 端的に言えば、缶詰の蓋を開けるとき、最後に折り開く要領ですね。
 めり、めりめり、めりめりめりめり。
 同時にメーサー照射も続いておりますので、そのうち――ばっきん!
 まあ、単にゲートに穴を開けるだけなら、闇雲にメーサー照射を続けて問答無用でぶち抜いてしまってもいいのでしょうが、それだと、缶詰の蓋が中に落ちてサバの味噌煮がつぶれたり、黒こげになってとても食べられない、そんな悲劇に繋がる恐れがあるわけです。
「おっ先ぃ!」
 メーサー照射が終わったとたん、クーニはそう叫んで、まだ灼熱している断面すれすれに、内部に飛びこんで行きます。
「うおっと」
 トモもあわてて後を追います。
 飛びこんだとたんの空中で、遊星外部と内部の人工重力場が干渉し、ふたりそろって一瞬きりきり舞いしたりもしますが、そこはそれオーメ相撲の猛者コンビ、キャット空中三回転のノリで体勢を整えると、見事にスロープの床面に着地します。
 非常灯らしいわずかなオレンジ色の光の下、例の神獣は、眠り猫のように目を細め、両手の上に顎を乗せ、超巨大ぼた餅のようなありさまで、すうすうと眠りこけているようです。
「……へっ。ばかでっかいわりにゃ、やっぱし猫だな。たわいもねえ」
 トモは理系人間らしくナノマシンの効力を信じきっており、無警戒で近寄ります。
 しかし、あくまで文系アナログ人間のクーニが、
「おい、あわて――」
 あわてんな、と制するより先に、星猫の前足が突然ブレたかと思うと、
「あうっ!」
 べし。
 トモは巨大な肉球に突き転がされ、
「あうあう」
 立ち上がる間もなく、もう片脚の肉球で、床に押さえつけられてしまいます。
 べん。
「むぎゅう」
 すざ、と身構えるクーニを、星猫は、なにやら興味深げに睨め回し、
「……まったく今日は不思議な日だ」
 殺気立っているクーニの顔と、手元でもがいているトモの顔を見比べたのち、
「重ね重ね、実に面白い」
 にまあ、と意味深な笑いを浮かべ、
「活きのいい鼠は久しぶりだが、こう小さいと食いでがないな」
 などとつぶやきながら、ぷにぷにとトモを弄びます。
「あうあうあう」
 怪力ではクーニに肉迫するトモも、星猫の超特大肉球には、まったく歯が立ちません。
 クーニは、じりじりと間合いを模索しながら、
「これだから、学者や医者の言うこたぁ、あてになんねえ」
 星猫がかなりの知的生物であることは察しておりましたが、カージのナノマシンを無効化したり、言語を操るとまでは予測しておりません。
 しかし知的であればこそ、同等に対話可能な知的ナマモノを、いきなりガブリはないだろう――そう判断し、
「……鼠やゴキや人間は、よっく火を通して食わんと、腹ぁ壊すぞ」
 余裕で軽口をたたきながら、トモ奪還の隙を窺います。
 しかし、あにはからんや、
「多少の雑菌など、おどり食いの妙味の内さ」
 ばっくん!
「うひゃあ!」
 トモは叫び声ごと頭をくわえられ、
「もがもがもが」
 もぐもぐもぐ。
 あっという間に、丸のみされてしまいます。
 もはや猫と鼠というより、長良川の鵜飼いのようなありさまを前に、瞬時呆然と立ちすくんだクーニは、
「こん畜生!」
 一転逆上してバネのように跳躍し、星猫の首筋にしがみつきます。
「さあ吐け今吐けすぐに吐け!」
 しかし、あまりに星猫の首周りが太すぎて、その嚥下を阻止できません。星猫は横目でクーニを一瞥しただけで、もごもごと推定食道あたりを蠢かせ、トモを胃袋方向へ送り続けております。
 クーニは、焦りまくるかと思いきや、
「できれば生捕りと言われたが、こうなっちゃ、しょうがねえ」
 にまあ、と星猫に負けない邪悪な笑いを浮かべ、片手で星猫の首の毛をわしづかんだまま、
「ていっ!」
 ぶん、と弾みをつけて身を翻すと、星猫の腹の下に回りこみ、
「恨むなら、てめえの悪食を恨め!」
 ずぼ!
 推定胃袋の噴門部あたりに、力いっぱい手刀を突きこみます。
 おおおおおおおお――。
 激しくのけぞり、荒れ狂う星猫。
 その腹に張りついたまんま、クーニは両手で上腹の毛皮を、いえ、腹筋そのものを、べりべりべりと引き裂いていきます。
 同時に星猫の内側からも、なんじゃやら肉質の破壊音が、めりめりめりと響きはじめます。丸のみされたトモが、我に返って攻勢に転じているのですね。
 やがて――ぶしゅうううううう。
 飛び散る血しぶき、吹き出す体液――もはやどっちがバケモノかわかりません。
 無節操にはじけまくる肉片、さらに当社比五割増くらいで宙に綾なすドドメ色の粘液。
 さながらジョン・カーペンターとデヴィッド・クローネンバーグが共同監督し、リック・ベイカーとロブ・ボッティンとスクリーミング・マッド・ジョージが徒党を組んで特殊メイクを担当したような、ねばねばでべとべとでぐっちゃんぐっちゃんの、名状しがたいスプラッター・アクションがしばし展開されたのち、ついに、どう、と横倒しになった星猫の、アバラの三枚目あたりから、トモが無事に生還を果たします。
「ぷはあ」
 その頃になって、ようやくふたりの背後に到着した他の仲間たちは、
「うわあ」
「やっぱりやっちまった」
「なまんだぶなまんだぶ」
 などと、星猫の無惨な末路に、いささか同情してしまったりもします。
 トモはクーニに腕をとられて立ち上がり、なんかまみれの体をぷるぷると震わせながら、
「……もう俺は、生涯、白魚のおどり食いも活鮑《いけあわび》の網焼きもやらねえ」
 きわめてごもっともな、ネガティブ・フィードバックですね。
「んでも、すまん。姐御の獲物をワヤにしちまった」
 クーニが苦笑して、
「まあ、この際、剥製かなんかで――」
 そう言いかけたとき、
「まったく、冗談のわからん奴らだ」
 再び響く星猫の声に、
「げ?」
 ふたりそろって飛び退きますと、
「お気に入りのバイオ・スーツが、ほつれてしまったではないか」
 小山のような死骸の背中あたりから、ずるずるとジッパーでも引くような音がして、なんじゃやらまるまっこい物件が、もぞもぞと這いだしてきます。
 見れば、それもまたかなり大きな異形の猫型生物に他ならないのですが、もとの体と比較してしまうと、どーしても、外車の屋根に乗ったチョロQ、そんな存在感の乖離が感じられます。本家ガンダム対SDガンダム、そう表現してもいいでしょう。
 遠巻きにしている荒くれたちの間から、脱力したつぶやきがもれます。
「……なんじゃあ、ありゃあ」
「……かんべんしろよ」
「マジ、あいつが守護者《ガーディアン》?」
「なんか、背中にしょってるぞ」
「……くまのこ」
「の、ぬいぐるみ」
「つまり……」
「小熊のぬいぐるみをしょった、超メタボ猫」
 外野でさえそんな反応ですから、間近に対峙しているクーニやトモに至っては、あが、と下顎を垂れるがままに揺らしております。
 そして張本人、いえ、張本猫の星猫は、相手方のそうした反応に慣れているのか、とくに気を悪くしたそぶりもなく、腑分けされてしまった巨体の前に悠然と這い下りて、
「ここまでコツコツ造りこむのに、千年も徹夜したのだぞ」
 ややおたくっぽい愚痴を漏らしながら、でろんとはみ出た内蔵、もといバイオ・スーツの生体部品を、ぶにぶにとお腹の中に押し戻したりしております。
 トモは、もはや涙声になって、
「……俺ら、こんな奴相手に、いちんちどたばたしてたのか?」
 クーニが、ぽんぽんとトモの肩を慰めます。
「泣くな。CGキャラじゃないだけ、まだマシってもんだ」
 確かに、いもしないCGモンスターを相手にひとり淋しくワイヤーで釣り回されたりするよりは、着ぐるみ怪獣を相手に思うさまドツキ回るほうが、ヒーローとしては張り合いがありますものね。
 そんな弛緩した空気の中、パディントンのぬいぐるみをしょった星猫さんは、思わせぶりに含み笑いして、
「――気持ちはわからんでもないが、貴様ら、そう気を抜いているバヤイでもないと思うぞ」
 クーニや、外野の中のカージをはじめとする何人かの勘の良いメンバーは、はっとして身をこわばらせます。
 直後、バイオ・スーツの背後、第二ゲートに続く暗がりの奥から、
「お待たせいたしました、にゃーお様!」
 凛とした声とともに、数体の小柄な人影が隊列を成して飛鳥の如く出現し、星猫を護るように、しゅた、と着地します。
「少女戦隊オトメンジャー!!」
 ……などと全員そろって見得ポーズをキメたりはしませんが、まあ、そんな感じのインパクトだと思ってくださいね。
 ヘッド格の宮小路さんは、バイオ・スーツの損傷部分にぎょっと目を見張り、
「まさか――」
 星猫さんは、あくまで穏やかに微笑しながら、
「そう。お前たちでも破れない神獣を、こちらのお姐《あねえ》さん方がワヤにしてしまった」
 乙女たちの警戒視線が、クーニやトモに注がれます。
「――アンドロイド? バイオロイド?」
 クーニが不敵に笑います。
「生憎だな。俺たちゃ、ただのヒューマノイドだ」
 トモも闘志ギンギンで身構えながら、
「そうそう。ただの、か弱いオーメ娘だ」
 そのオーメという言葉に、
「――ほう、ますます面白い」
 星猫さんと百合族の面々は、微妙な視線を交わします。
「お前たちも、面白いと思わんか?」
 宮小路さんは当惑気味に、
「……邦子様……友子さん……でも……」
 他の百合族の方々も、沈黙をもって同調します。
 今でこそ皆さん女子中学生型ボディーに固定されておりますが、機械化される以前はそれなりの寿命をまっとうされておりますから、『鉄の姉妹』の二十代姿も、きっちり記憶しているのですね。
 するうち、八千草さんが、はっとして、
「そういえば、さっきのちみっこさんも、確か、どこかで……」
 そ、そういえば――。
 ざわざわと、沈黙の同意が重なります。
 星猫さんは首をかしげ、
「ちみっこ? それはもしや、あのちょんちょん娘のことか?」
 その言葉を聞きつけたクーニが、泡を食って八千草さんに叫びます。
「タカ!? おまい、タカを見たのか?」
 今にもつかみかかって来そうなイキオイに、八千草さんは思わず身をすくめ、
「は、はい。旧青梅街道あたりを、お散歩しておりました」
「よくわからんが無事なんだな!」
「は、はい。それはもう、元気にとっとことっとこと」
「イジメてねえだろうな」
「失敬な!」
 八千草さんは思わず柳眉を逆立てて、
「わたくしども、死んでも幼児虐待などいたしません!」
 見かけによらぬ激しい怒声に、クーニは、かえって安心したりします。
 それらの会話をとりあえずちょっとこっちに置いといて、宮小路さんが、星猫さんに訊ねます。
「にゃーお様も、あの子にお会いになったのですか?」
「おう」
 星猫さんはおもむろに乙女たちを見渡し、
「吾輩は、邦子や貴子が雛っ子時代からの腐れ縁だが、お前たちは、中学から後にしか会ったことがなかろう。しかし優子の昔のアルバムなら、何度か見たはずだ。幼稚園や小学校のアルバムを、よっくと思い出してみろ」
 しばしの記憶内検索ののち、
「げ」
「あ」
「ひ」
「む」
「わ」
「ぬ」
 お嬢様にはちょっとはしたない驚愕リアクションが、ドミノ倒しのように百合族さんたちの隊列を走ります。
「似ているどころの話ではないだろう。それも、ひとりやふたりならばいざ知らず――」
 星猫さんは、ほれほれと、後方で様子見している発掘班を顎でしゃくり、
「世代こそまちまちだが、あれはどうやら舵武《かじむ》ではないか。ちょっとなんかいろいろ血がまじっているようだが、拡恵《こうけい》らしいのもいるぞ。そしてずいぶんと退化して浅ましく変わり果てているようだが、えーと、名前はなんと言ったかな、あの河馬だか馬だかなんだかよくわからん、ぶよんとしてしまりのないイキモノまでいる」
 ほっとけ、とヒッポスがつぶやきます。
「もはや偶然とは思えん。やはり、いよいよ時が満ちたのか」
 星猫さんは遠い目で宙を仰ぎ、
「優子とともに成田を発って、思えばかれこれ五十数億年――なんと長い、まさに永劫と思われるほど長い、大いなる旅路であったことか」
 めいっぱい感慨に酔いしれる星猫さんを、百合族さんたちも、背景いっぱいに薔薇の点描画など浮かべて、うるうると見つめております。
 とりあえずタカの無事を確認できたクーニは、その場の雰囲気に飲まれてうんうんとうなずいたりしておりますが、
「やいやいやいやい!」
 気の短いトモが、ついにプッツンします。
「わけのわからんごたくをだらだらとのべやがって、いったいやんのかやんねえのか、オラぁ!」
 我に返った星猫さんは、
「やれやれ、気性まで、ちっとも変わらんらしいな」
 興醒め顔でトモを見やり、それから百合族の面々に、
「吾輩は、そろそろ運命の賽を振る頃合いと見たが――お前たちは、どう思う?」
 宮小路さんを中心に、主に視線による談合が、ごにょごにょと交わされます。
 確かに、なんらかの転機が訪れたのかもしれませんわねえ――。
 とりあえず『やんねえ』で、語り合ってみましょうか――。
 でもでも、やっぱりあーゆー下々の輩は、なんか黴菌とか、いっぺん出入りを許してしまうと際限なく増長したりして――。
 皆さん、現在の腕っ節のわりには、やはり育ちが良すぎるのか、どうとも結論できません。
 しかし、ただひとり、
「――納得できません」
 あの清丘純子さんが、毅然として言い放ちます。
 なぜか憎悪に近い目をクーニに向けて、
「仮にも優子様への拝謁を許すなら、その者共の力をしっかり見極めてからでなければ」
 真っ向からギンギンの視線を受けてしまったクーニは、その気合いに少々途惑いつつも、
「えーと、なんじゃやらよくわからんが、じゃあこっちが勝ったら、すんなり中に入れてくれんのか?」
 即答できない清丘さんに代わって、星猫さんがうなずきます。
「純子の言にも一理ある。確かに貴様らがなんであれ、うちの娘たちに負ける程度の非力な輩に、大事な優子を託すわけにはいかんからな」
 星猫さんは事態の決着をつけるように、
「しかし、お互い今さら総力戦など無意味。ここはひとつ、代表戦と行こうか」
 言い出しっぺの清丘さんが、クーニを睨んだまんま、ずい、と一歩進みます。
 この勝負、絶対に負けられない――炎のような意思が、陽炎のように、そのたおやかな機体から漂っております。
 クーニも、ガンつけされたらとりあえずタイマン、そんなシンプルな人生を歩んできておりますので、ためらわず、ずい、と踏みだします。
 トモはちょっぴり無念そうですが、他人のタイマンに水をさすような野暮はしません。背後の様子見連中は、一斉にこくこくと「あんたで異議なし」の意を表します。
「じゃあ純子さんや、ちょっとこれ、ためしにシメてあげなさい。いや、ちょっとではなく、ガチンコのイキオイでな」
 星猫さんは、にんましと笑って、
「そっちの姐御も、遠慮はいらんぞ。うちの娘たちは、何をされても、文字どおり痛くも痒くもないからな」


     2

 さて、いよいよクーニ対清丘さん、最終ガチンコの顛末をお伝えする前に、あえてちょっとばかし、あらずもがなの背景解説など、少々。
 清岡さんが、なぜひとり平和外交に異を唱えてしまったのか、また星猫さんが、この期に及んで大局的にはまったく無益なタイマンなど、あえて奨励したのはなぜか――。
 まあ、そのほうが、某少年誌などにありがちな、登場人物全員シャブをキメたかのごとくなんの必然性もない格闘をひたすらエスカレートさせるタイプの熱血トーナメント系漫画みたいで面白いから、といった解釈も可能なわけですが、それだったら百合族の方々が勢揃いと同時によってたかってクーニやトモと大乱戦を繰り広げたほうが、ビジュアルとしてはずうっと盛り上がる気もします。
 それがあえてこうした展開となる、そこんとこには、初期段階からたかちゃんシリーズにおつきあいいただいている想像力豊かな良い子のみなさんならばきっと暗黙の内に感覚してくれるはずの、でもやっぱし見てくれだけのイケメンさんやフニャフニャ幼女発音のアイドルさんたちがものの見事に形骸的葛藤のみを猿芝居する昨今のテレビドラマ慣れした良い子のみなさんにはあえてくどくどと詳述しなければ到底ご理解いただけないであろう、キャラクター個々の複雑な内面的葛藤や状況判断が、きっちり存在するわけですね。
 あらあら、どなたですか? んなこたとりあえずどーでもいーからイキオイに任せてガチンコを続けろよ、などと拳を握りしめていらっしゃる、梶原一騎キャラのごとくお目々に炎がメラメラの良い子の方は。そーした一見積極的で発展的にも見えがちな幼児的短絡志向に囚われ続けておりますと、ひとつつまずけばダイブだの首くくりだの「誰でも良かった」だの、はた迷惑なプッツンに繋がってしまいますよ。
 まあ世の中というものは、正念場であればあるほど、内省のみならず『外省』、つまり大局的・社会的な想像力が不可欠なのですね。

    ★          ★

 閑話休題《あだしごとはさておき》――。
 先ほどもちょっとご説明させていただいたように、今回再登場した百合族の方々は、外見こそ五十数億年前に成田空港で夕空に消える優子ちゃんのジャンボ機を見送ったU15時代そのものですが、それはあくまで、いつか優子ちゃんが目覚めたあかつきには即座に違和感なく身辺をフォローするため設定されたボディータイプにすぎず、電脳の中枢には、各自の人生においてきっちり寿命を悟った時点での、つまり老成した女性としての記憶がコピーされております。
 たとえば第一使徒・宮小路綾さんの場合、聖心女子大卒業後も優子ちゃんの遺志を継いで視覚障害者教育に一生を捧げ、同僚の夫との間に一男二女を設け、多くのお孫さんや曾孫さんに囲まれながら、八十九歳で大往生を遂げております。
 河内桃子さんと久我美子さんは、学習院大学文学部に進んだ頃から演劇活動に傾倒し、持って生まれた慎ましい美貌と、厳格な華族系の家庭環境で身についた完璧な淑女作法、また優子ちゃんに鍛えられた正しい心による正しい発声などを武器に、なにかと軽佻浮薄な平成演劇界には貴重なお上品系実力派女優として活躍し、それぞれふさわしいハイソな伴侶を得た後も、晩年まで舞台や銀幕を彩り続けました。
 またメンバー内で唯一の庶民派クリスチャン・八千草薫さんは、天性のお茶目な外向性ゆえか某ミッションスクールの高等部から宝塚音楽学校に転進、可憐かつ演技力に秀でた娘役として一世を風靡したのち中堅映画監督と結婚退団しましたが、芸能界は引退せず、河内さんや久我さんよりも一般大衆ウケするキャラを生かし、やはり晩年まで舞台銀幕テレビドラマCMと、幅広く活躍を続けました。
 そして白洲柾子さんは、中学時代からシニカルな知性に恵まれておりましたので、ケンブリッジ大学留学後に霞ヶ関のキャリア組青年と結ばれ、自身は伯爵家の品性をフルに生かした純文学作家兼随筆家として、八十八歳でお亡くなりになるまで、広範な文化的活動に明け暮れました。
 それら、女性として妻として母として着実な一生を歩み得たお嬢様方の中で、ひとり清丘純子さんだけが、子爵家令嬢としては、かなり数奇な人生を歩んでいたりします。その理由は、これまでも何度か軽く触れておいた彼女の性癖――そう、同性愛ですね。
 ただ清丘さんほどの育ちになると、そうした性癖もまたひとつの個性として堂々とカミングアウトしながらも、膨大な社会的コネクションの中で、立派に居所を確立できます。彼女の場合は、高校時代から自前の御所人形コレクションを記録するため写真撮影に長じており、それが昂じて芸大の写真科に進み本格的撮影技術とプロ機材操作をマスターし、卒業後はカミングアウトを兼ねてとりあえず正統派ヌード写真の新鋭としてちょっとイロモノっぽくマスコミにデビュー、しかしあくまで家名を汚さない範疇の芸術的写真家として定評を得たのち、かねてから愛好していた御所人形の本格的写真集を出版し、これが家系的優位をフルに活用して取材した名家や寺社の秘蔵品てんこもりの歴史的出版物であり、撮影技術的にも完璧な美術作品であったため、数万円という価格にもかかわらず全国の図書館や好事家にあまねく行き渡り、英語版を出版するとこれまたヨーロッパを中心に国際的な評価を受け、いよいよ業界内の女傑的地位まで昇りつめました。
 しかし好事魔多しとやら、ここにひとつの騒動が持ち上がります。
 名を成した彼女がさらなる深化をめざし、ある意味おのれの矜持と美意識を集大成して世間に問うた新しい仕事が、なんと、刑事告発されてしまったのです。それは――いわゆる『児童ポルノ法』という、ぬらりひょんのごとく曖昧かつ面妖な法律に引っかかってしまったのですね。
 その写真集は、清丘さんが数年がかりで探し出した、今どきすでに絶滅したかに思われた高貴に美しい十二歳の少女、どこか優子ちゃんの面影をも偲ばせる少女をモデルとしたヌード写真集であり、清丘さんにとっては、この現世における至高の美を完璧に光画として定着させたはずの超自信作だったのですが、ただ一部の写真が全裸であり、ポージングが自由闊達で修正も施されていないという、なんとも即物的・形骸的な理由において、違法と判断されてしまったわけです。
 当然、清丘さんは激怒しました。巷にあふれる年端もいかぬ子供の明らかに性的扇情を目的としたTバック写真集類などがなんらの規正も受けず、なぜ自分の追求する美術芸術が猥褻物扱いされねばならないのか。
 法廷闘争数年、阿修羅の如く己が美意識を声高に訴え続ける清丘さんは、激動の昭和期ならばいざ知らず、馴致された駄犬のような事なかれ主義の平成社会から見れば、確かに異様に見えたのでしょう。やがていかがわしい芸能誌のみならず、大手週刊誌にまで――まあ平成日本の週刊誌などというものは、それがアサヒ芸能であれ週刊朝日であれ、本質的にはほとんど志を失った広告収入目当ての扇情記事ばかりなのですが――に蔓延する、作品の本質とはなんら関わりのない、ゴシップ記事の数々。曰く、子爵家の鬼っ子はレズにしてロリコン――。
 まあ結果的には、宮小路さんをはじめとする旧『ことのは』の面々の後方支援や、実力派文化人仲間の協力もあり、その写真集は曖昧なザル法の適用を免れたのですが、法廷闘争が終わる頃、すでに清丘さんは、浅薄な現代という時勢そのものに、愛想をつかしてしまっておりました。それは、告訴自体やマスコミの対応に絶望したからだけではありません。その数年間の激動のうちに、肝腎の聖処女――すなわち清丘さんが優子様への万感の思いを託して光画化した少女モデルさんが、傷心の日々を送るどころか、いつのまにやら話題性を武器にヒモ水着姿であちこち稼ぎ回る凡百のグラドルへと変貌してしまっていた、そんな結末に、つくづく脱力してしまったからでもあります。
 以降、清丘さんは、いっさい世間の表舞台に立っておりません。
 ――結句、私という存在は、優子様に始まり優子様に終わるべく、運命づけられていたのだ。優子様のお側を離れてからの紆余曲折は、何もかもうたかたの夢、道を外れた煩悩への戒めにすぎなかったのだ。
 そう思い立ち、過去のすべてを捨てて、優子様の眠るアメリカはジョージア州アトランタの郊外に居を移し、地元教会を通じて種々の奉仕活動に参加する一方で、あたかも聖母像を日々礼拝する修道女のごとく、エモリー大学のクライオニクス・ユニットに日参しては物言わぬ優子様に無言のまま祈りを捧げる、そんな長い余生を過ごしたのでしたが――。
 ま、人間の煩悩などというものは、その程度のサトリで霧消してくれるほど、生やさしいシロモノではございません。名誉も贅沢も肉欲もきっぱり捨て去ったはずの清丘さんですが、残された優子様崇拝の一念、それもまた、立派な煩悩のひとつなのですね。
 その後も『ことのは』の面々は、職業婦人として公私ともに多忙な中、月に一度はその地を訪ねて優子様を見舞ってくれます。これは清丘さんにとっても一蓮托生の同志ですから、そのつど心をこめて歓待します。
 そしてあの貴子さん――ときおり「しゅわっち!」などと叫びながらアトランタ郊外の森の大地を揺るがし、それから「やっほ」などと何食わぬ顔でのこのこと森から出現する片桐貴子さんも、相変わらずの特異な性格や突拍子もない話題にかなり往生しながら、やはり歓待します。
 貴子さんはたいがい科特隊の青ブレザーかオレンジ隊服姿で出現しますが、日によっては浪花の丁稚姿だったりピラピラの紅白幕を身にまとっていたり、一度などレッサーパンダのカブリモノに入ったまま出現したこともありました。なにしろ昨日は吉本の舞台で大ボケかましていたかと思えば、翌日にはワイルド星人の操る宇宙竜ナースと対決するため魔の山に飛ぶ、そんな奇矯かつ多忙な人生を歩んでいるお方なので、多少の非常識は仕方ありません。
 しかし、あの長岡さん――長岡邦子さんだけは、どうにも納得できません。眠りにつく前の優子様とあれほど密に心を交わしながら、一度としてお見舞いにも訪れず、オリンピックの表彰台ではブイブイと脳天気にメダルを誇示しまくり、その後もあの野蛮で不潔でむさ苦しくて汗っくせー柔道のコーチやら趣味の仏教活動に明け暮れ、まるで自分の人生に優子様という存在など「無かった」と言わんばかりの日々を過ごしております。あいかわらずビンボで海を渡るだけの旅費がないにしろ、貴子さんとは卒業後も親しく交わっているのですから、例の「しゅわっち」のときに便乗する手だってあるはずです。
 ちなみに、あの優子ちゃん旅立ちの日からおよそ一週間ほどの間、貴ちゃんと邦子ちゃんは学校に姿を現しませんでした。噂によれば、両親にも行く先を告げず家出を敢行し、ふたり連れだって優子ちゃんとの思い出の地を彷徨っていたらしく、それを耳にした百合族一同はたいそう胸を熱くして、やがて登校後めっきり鬱ぎがちになってしまった貴ちゃんを皆で慰めたりしたものでしたが、そのカタワレの邦子ちゃんに、いきなしサバサバといつもの豪快娘に戻られては、どうにも釈然としません。
 もちろん清丘さんも芸術家肌の感性人間ですから、悲しみが大きければ大きいほど徹底的に内に秘めて耐えようとする、そんな人間がいることも、きっちり理解しております。なのに、なぜ長岡邦子という存在だけが、あれから何年たっても、思い出すたびにハゲしくムカついてしまうのか――。
 ズバリ、それは清丘さんの嫉妬心に他なりません。

    ★          ★

 中学時代、『ことのは』の一員として放課後のほとんどを優子様のお側にお仕えしていた至福の時代から、清丘さんにとっての邦子ちゃんは、かなり微妙な存在でした。優子様の竹馬の友であり、貴子さんも含め三点セットの御親友同士――そう納得しようとは思うのですが、その三点セットと校内で偶然すれ違い、『ことのは』での優子様の慎ましやかな微笑とはまったく異質な、幼女のごとくあどけなく愛らしいくつろいだ笑顔を拝見するとき、そしてその絹のような頬や二の腕の柔肌を無遠慮に突っつきまくっている長岡さんを垣間見るとき、清丘さんは、内心いけないいけないと強く恥じつつ、しかしどうにも抗しがたい瞋恚の炎に胸を焦がしてしまいます。
 貴子さんのように『嫉妬』などという概念とは百億万光年隔たったアレな存在感のイキモノや、同じ人間でも名もなく貧しくほどほどに美しい程度の相手だったりしたら、あえてその仲を暖かく見守ることもできたのでしょうが、長岡さんは極貧とはいえすでに名声も人望もあり、当人は意識していないにせよ客観的にはとても凛々しい中性的美少女なのですから、これはもう、タチとしては超強力な恋敵《ライバル》に他なりません。もちろん当時の清丘さんが、己の性癖をそこまで深く認識していたわけではけしてなく、優子ちゃんへの思慕の念も、あくまで精神的な希求でした。しかし、肉体的でなく精神的だからこそどーにもこーにもふっきれない未練とゆーものが、愛憎世界には多々存在するのですね。
 たとえば――はい、そこのいかにも万年フリーター青年あるいは日雇い派遣労働者っぽい、生活に疲れきってヨレヨレの良い子のあなた、ためしにちょこっと、我が身を省みたりしてくださいね。
 そう、たとえば、日々汗まみれの倉庫内作業や歯車のごとく単調な工場労働に骨身を削り、ようやく貯めこんだわずかばかりの紙幣を大切に握りしめて半年ぶりに堀之内のソープランドに赴き、幸運にもそこそこ美形のテクにも秀でたおねいちゃんを指名できて思うさま一発キメた――なぜかそんな夜に限って、帰宅後安アパートの万年床で女体の余韻に浸っていると、ふと、遠い過去、たび重なる不採用通知に呆れ果ててあなたを見限り去ってしまった、そう美しくもない、不器用な、けれど無性に愛しかった素人娘への未練がいきなし胸に蘇り、はらはらと枕を濡らしながら眠れぬ夜をすごしてしまったりする――そんな経験はございませんか?
 はいはいはい、泣いてはいけません泣いてはいけません。今後いかようにもがいても、なんの才能も根性もないあなたの人生はすでに終わってしまっておりますので、くれぐれも他人様に迷惑だけはかけないよう、お早めに青いビニールシートや手頃な橋の下を見つくろい、粛々と孤独死をお待ちくださいね。
 さて、あなたのような敗残者でさえ捨てきれぬ、しょせん叶わぬ恋慕の情、経済的にも精神的にもはるかに秀でた清丘さんであればこそ、その根深さには計り知れぬものがあります。
 そんな清丘さんが、ようやく心の安らぎを得たのは、実に、御臨終間近な病床においてでした。
 後半生を奉仕活動に捧げ、ちっとも自分をいたわらなかった清丘さんは、『ことのは』の誰よりも早く、六十歳の冬に急性肺炎でこの世を去ったのですが、その直前、三浦財閥との縁故もあって、あるプロジェクトへの参加をエモリー大学から要請されました。
 死去とともに参加する――その意味では優子ちゃんが受けたクライオニクスに少々似ておりますが、肉体と精神の構図においては、根本的に相反するプロジェクト――そう、つまり将来復活できる見込みのない肉体はあっさりあっちに逝ってもらって、とりあえず生体から脳内情報のみ抽出し、当時加速度的に性能進化しつつあった機械体《アンドロイド》の電脳に移植してしまおう――そんな計画です。いわゆるゴースト・ダビングですね。草薙素子さんの実存しない世界、キャシャーンも誰も、まだ何もやる必要のない時代ならではのプロジェクトでした。
 当然、清丘さんは一も二もなく参加を決意しました。
 このままでは、私は優子様のお目覚めも待たずにこの世を去ってしまう。それに比べてあの長岡さんは、六十を過ぎた今でも瓦の十段重ねを叩き割ったり、乗った電車で女子学生に痴漢を働いたレスラー崩れの企業舎弟をボコボコにして逆に告訴されたり、また高野山では毎年火渡りだの山行だの、鉄の老婆としていつまで生きるかわからない。嗚呼、無念也――そんな一念で痩せ細った体にわずかな生命の火を点し続けていたのですから、そんな千載一遇のチャンスをお断りする手はありません。
 脳内情報をコピーする機械体は、最終的に優子様と同じ世代の自分の姿を復元する――それを条件に、清丘さんはエモリー大学の脳内情報スキャニング・ユニット内に病床を移し、スキャン完了と同時に安らかな微笑を浮かべながら心拍停止、その後しばらくは電脳単体やら内部機構剥き出しの仮機体やらに封じられてやや辛酸をなめたものの、数年後には、きっちり「清丘純子、十四歳でーす。きゃぴきゃぴ」と、かわいこぶりっこ可能な姿で復活しました。
 それから三十年弱の間に、機械化復活技術は順調にバージョンアップ、そのたびにコストも低減され、『ことのは』の仲間たちも、ひとり、またひとりと転進を遂げ、最終的には全員そろって、
「私たち純情可憐な女子中学生でーす。殿方なんて知りませーん。優子様命でーす。きゃぴきゃぴっ」
 まあ、中身はみんな海千山千の婆ぁなんですけどね。


     3

 ――あの頃は、よもや、眠れる優子様とにゃーおちゃん、いえ、にゃーお様とともに無慮数十億年の旅を続けることになろうとは、夢にも思っていなかった。環境悪化のため文明維持が不可能となった地球から、ウルティメットさんたちの力を借りてM78星雲に移住、そして永遠の平和を保つかに思われた光の国も、やがてヴァルガルムの台頭によって衰亡し、ここ数億年は、あてどない宇宙放浪生活――。
 でも、私は幸せだった。たとえ優子様が永遠にお目覚めになれなくとも、私はその永遠を永遠に待ち続けることができる。そして優子様がお目覚めになられた暁には、この無敵の機械体――ウルティメットの技術でさらにバージョンアップされたアンドロイド・ボディーをもって、優子様の全生涯をお護りできる。
 何より、ここにはもう、長岡さんはいないのだ。
 あの気障りな目の上のたんこぶは、永遠に、彼岸に去ったのだ――。

    ★          ★

 とまあ、とんでもねー数奇な歳月を経て、それなりに平穏な日々を送っていたところに、あろうことかあるまいことか、どう見ても女盛り時代の長岡さんそのものが出現し、再び優子様にアタックをかけてきているのですから、清丘さんが我を忘れて逆上するのも無理はありません。
 ――この勝負にだけは負けられない。
 数メートルの間合いを保ちつつ、じりじりとクーニの隙を窺う清丘さんの華奢な体躯から、なんじゃやら見えないオーラのような熱気が立ちのぼり、それは熱風となって、クーニのみならず、固唾を飲んで見守る周囲の外野陣まで吹き渡ります。
 そのとき、外野に下がっていたトモが、ふと、身動《みじろ》ぎします。
 ハーフパンツのポケットで、何かがバイブレーションを起こしたのですね。
 シンプルな黒の携帯電話っぽい小型器機を取り出し、あわててチェックするトモに、
「……試合中は、電源切っとけば?」
 横のコウが小声で注意しますと、
「着信じゃねえよ」
 小型モニターを見入るトモの顔が異様に輝き、
「……すげえ。シルフォン反応が、メーター振り切ってる」
「何?」
「あの小娘、スペシウム鋼製なんだよ。んでもってシルフォンとの干渉エネルギーが、今、加速度的に増加してるのだ」
「あの晩の仮説だと、この遊星自体もスペシウム鋼製なんじゃないのか?」
「おう。んでも、たぶん含有率の低い合金だな。この検知器じゃ捉えられん程度の干渉エネルギーだ。その微弱なエネルギーを、どっかでコンデンサーっぽく蓄えながら使ってるんだろう」
 トモは惚れ惚れと清丘さんを見やり、
「あいつらは、かなり含有率が高いらしい」
 そんな解説席での会話など知る由もなく――。
 クーニは、清丘さんの闘志も熱量も柳のように受け流して、半眼となり、すべてを己の本能に委ねております。
 その姿は、一見ただぼーっと突っ立っているだけのように見えるのですが、清丘さんの電脳に残る人間としての本能も、対戦相手のただならぬ力量を感じ取り、
「…………」
 ――隙がない。
 清丘さんは、焦ります。
 一気に加速して力任せに制圧できる相手か、それとも――。
 両者無言のまま対峙すること、十数分。
「……こりゃあ、一瞬に決まるな」
 喧嘩慣れしたトモのつぶやきに、外野一同、気持ちだけでうなずいて、その一瞬を見逃すまいと目を凝らし続けます。
 そして、
「はっ!」
 気合いとともに跳躍加速した清丘さんの姿が一瞬に掻き消え、直後、その数メートル先で、
「せいっ!」
 あたかも映画フィルムが数コマ飛んだかのごとく、すでにクーニは床に片膝をついており、その腕の下、
「く……」
 清丘さんはうつぶせで、片腕は床に片腕は背中に、がっしりと組み伏せられております。
 その一瞬を、加速対応視神経回路で克明に追尾していた他の百合族の方々は、
「……まさか」
「……人間じゃない……」
 太古に滅びたコギャル一族なら、ヤッダーウソウソしんじらんなーいウッソー、そう幼児発音で口走るところでしょうか。
 清丘さんは、背中にねじ曲げられた片腕をぎしぎしときしませながら、
「……なぜ、手加減を?」
 鬼のような顔で頭上のクーニをふり返り、
「いっそ首を取るのが武士の情け」
 クーニは、あっさりと両手を離し、
「べつに、おまいも俺も兵隊じゃねえし」
 爽風の草原を思うさま駆け抜けたあとの駿馬のように、白く揃った歯列を剥き出しにして、にっ、と笑います。
「だいたい、なんぼ痛くねえってっても、腕だの首だのぷらぷらしてたんじゃ、今日の晩飯だって食いにくかろう」
 さすがにクーニも首を折られた経験はありませんが、両肩の関節を外されて、大飯かっくらうのにかなり往生した経験はあります。
 清丘さんは、うつむいて、ただ歯噛みします。
 やはりわたしは、しょせん日陰の花でしかないのか――。
 しかしその心の深奥で、本来タチのはずの百合心が、微妙にネコ方向にほんのちょっとだけ揺れ動いたりしてしまっていたかどうか――まあそこんとこは、今んとこ、良い子のみなさんのご想像にお任せしておきましょうね。まあ太古の昔から、人の愛憎なんて、ひと皮むけば同じ心の表裏にすぎません。
「――さあて、勝負あった、ってことで」
 パディントンをしょった星猫さんが、なんの緊張感もないメタボ姿で、のこのこと歩み出ます。
 とりあえずお嬢様方は、この連中との協調に、残らず納得してくれただろう。そして、吾輩の予感が正しいとすれば――。
「お前たちを奥に案内する前に、こっちも色々訊きたいことがある。まず、吾輩の脳味噌にナノマシンを飛ばした奴は、どいつだ?」
 持ち前の冷静沈着顔のまま、カージが歩み出ます。
 やっぱりこいつか――星猫さんは満足げにうなずいて、
「ということは、お前は医者だな」
「はい」
「お前、最新のゲノム医療には明るいか? ヒトゲノム関係だけでもいい」
「ネット環境さえ整っていれば、既知生物すべてのゲノムを解析できますし、既知のゲノム性疾患なら、九十五パーセントは治癒できます」
 そう断言したカージは、逆に星猫さんに訊ねます。
「あなたは、どうやって私のマシンを無効化したのですか? もしや、あなたも生物ではなく、猫型機械体――いや、ちがうな。確かに生物反応があった」
 星猫さんは、背後に横たわる神獣スーツを示し、
「あれは、解剖学的にも完璧に造りこんであるのさ。頭の中には立派な脳味噌がある。器質的にも正常に活動している。あくまでダミーとしての活動だが、寸法にして吾輩の脳味噌の十倍、つまり千倍のイキオイだ」
「――なるほど」
「そう。お前のマシンたちは、あるべき場所で、やるべき仕事を、今も一所懸命続けてるわけさ」
 ふたりの交わす視線からは、すでに対等の知性に対する敬意が感じられます。
「で、お前、人間の脳味噌、きっちりいじれるか? 吾輩は、正直、未だに恐くていじれんのだ」
「ネット環境さえ整っていれば、既知生物すべての脳を」
 星猫さんは、ふう、と吐息して、
「それじゃ、ちょっと患者を診てもらおうか。ついてきてくれ、ベン・ケーシー君」
 なんぼなんでも、ちょっと例えが古すぎですね。


     4

 そんな、地表付近での物騒な抗争《でいり》や、その後の経緯とはきれいさっぱり関わりなく、
「♪ ゆ〜め〜にみ〜るの〜〜 お〜〜じさ〜まが〜〜 ♪」
 JASRACの脅威も、ディ●ニ●プロ●クションの恐怖もきれいさっぱり知らないタカは、
「♪ しろいうまに〜のって〜〜 むかえ〜に〜きてく〜れる〜〜 その日〜〜〜♪」
 などとシヤワセに歌いながら、古い木造家屋とセコいツー・バイ・フォー住宅の混在するのどかな住宅街の坂道を、うねうねと下って行きます。
 やがて勾配が緩やかになり、あの谷川にまた近づいたかと思う頃、
「……おう」
 緑の蔦に覆われた、ゆかしい煉瓦塀の流れの果てに、典雅な大理石の門柱と、金属装飾の柵門が見えてきます。
 門の奥には、ちらちらと木漏れ日を落とす石畳の舗道が、深い森をぬってどこまでも続いており、その森の彼方、白い雲の流れる青空の下には、やっぱり煉瓦造りらしい、荘厳なお屋敷の屋根が覗いております。
「ほわー」
 高い塔がつんつんととんがっていないので、いつかママに読んでもらった眠り姫の絵本のお城とは、ちょっぴり感じが違うのですが、
「……こりは、なかなか」
 とんがりお屋根のお城でも、どっしりお屋根の宮殿も、とってもおひめさまっぽいのには変わりがありません。
 あのおねいさんたちもここから出てきたのでしょう、柵門は開け放たれておりますので、
「おじゃまむし」
 よい子のタカは、逸る心を抑えてきちんとご挨拶をしてから、
「ばびゅーん!」
 とととととと奥を目ざして駆けだします。
 森の舗道と言っても、四頭立ての馬車が悠々すれちがえるほどの立派な石畳を、タカはモノホンのおひめさまにコンニチワできるワクワク感の赴くがまま、脇目も振らずに数分ほどイッキ駆けします。それでも、さっきおねいさんたちの真似をして加速したときとは違って、ちっともヘバりません。無分別な幼児の走行性は、多く『ノリ』によって保たれるのですね。
 やがて現れた、お屋敷の前庭――これまた庭と言うにはあまりにゴージャスな、須磨離宮もまっつぁおの西洋庭園なのですが――に、とととととと駆けこんだタカは、
「いっとーしょー!」
 終始ひとりで駆けまくっていたにも拘わらず、高らかに勝利宣言し、ひとつぶ三〇〇メートルのグリコポーズで、しゅた、とひとまず小休止します。
 森の出口とお屋敷の間あたりには、想像していたよりもひゃくまん倍くらい大きな噴水があり、白くてツヤツヤの女神様たちがたたずむ大理石の岩場の真ん中から、むやみにでっかいきらきらの水の花を、お空に咲かせたりしております。
「はあ、はあ、はあ」
 タカは荒い息を整えながら、その宙空のしぶきに映える虹を見上げて、
「……なるほど、さすがに、ちがったものだ」
 などと、しばしお目々をくるくるさせたのち、その噴水の縁にがしがしとよじ登り、うんしょうんしょと首を伸ばして、
「じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ」
 汗まみれのお顔を水にじゃぶじゃぶしてから、ついでに、
「ごくごく、ごくごく」
 しかるのち、
「――ぷはあっ」
 しあげに、
「ぷるぷるぷるぷる」
 ちょんちょん頭のまわりに小さい虹をかけたりして、ようやくランナーズ・ハイ状態から帰還します。
「……きょろきょろ」
 お屋根のあるベンチもあるから、そこで待っててね――そんな八千草さんの言葉を思い出し、あたりをよっくと見渡しますと、お庭の横っちょ、小高い丘っぽく設えられたお花畑のてっぺんに、これまた想像していたよりもせんまん倍は立派なギリシャ神殿ふうの東屋《あずまや》が、どーんと構えていたりします。
「……ほわー」
 なんぼなんでも、じぶんとゆーほんのささいなそんざいにとって、こりはあんまし、くうかんてきにりっぱすぎはしまいか――このところずいぶん旅慣れたとはいえ、本質的にはクーニと同じビンボ性のタカは、柄にもなく気後れしたりします。
「むう……」
 まあ、これまで見てきた古代宇宙文明遺跡の中には、スケールだけならこのお屋敷のいちおくまん倍もどでかい王宮などもあったわけですが、そのときはクーニや他のみんなといっしょでしたし、なにより『空間的鮮度』が違います。また、たとえばあの狸のおじいさんが住んでいたお屋敷やお庭も、ここに匹敵するスケールではあったのですが、なにがなし『空間的純度』が違うのですね。
 しかし、これからモノホンのおひめさまに謁見しようという若き勇者が、これしきのハイソぶりにビビってはおられません。
「うぬ」
 タカは、臍下丹田力をこめて、あえて指定待合所ではなく宮殿そのものに向かって、とことこと、いえ、のっしのっしと歩を進めます。
 そんな豪傑モードで歩いておりますと、気のせいか、この超弩級の豪華絢爛庭園が、なんだかどんどん自分と親《ちか》しい環境にも思えてきたりします。
 あれ?
 おかしー。
 おーむかし――ってっても、じぶんはまだむっつだけど、たぶんいまよりもうーんとちっこいころ――じぶんは、このよーなごーじゃすなくうかんを、なんどもかけまわっていたのではなかったか。そう、むてきのぐらでぃえーたーとか、きれいなおひめさまとか、みんなといっしょになって――。
 でもやっぱり、タカは生まれてからずっと、宇宙船内のコロニー育ちですものね。きっと、眠り姫の絵本をママに読んでもらった夜、ちっちゃな寝室のちっちゃなベッドの上で見た、おっきな夢の景色なのでしょう。

    ★          ★

 そうして、華麗な左右対称構造の続くエウローペ風庭園を、子供の足だとさらに数分も進んだのち、かのベルサイユ宮殿ほどではないにしろ、赤坂離宮迎賓館あたりなら思わず悔し涙にくれるほどの超高級物件が、ようやく眼前に聳えます。
 細密かつ重厚な木彫を施された、とんでもねー豪奢な黒檀の扉を前に、
「んむ」
 すでに居直ってしまったタカは、昂然とうなずきます。
 じょーとー、じょーとー。おひめさまのおしろなら、こんくらいで、とーぜんとーぜん――。
 扉の片方の、おつむのちょっと上あたりには、絵本で見たのとおんなしみたいな青銅色のライオンさんノッカーが、輪っかをくわえて首だけ出しております。
 タカはうんしょとお手々を伸ばし、
「たのもー!」
 こん、こん。
 これで、「どーれー」とか「どちらさまでございまするかな」とか、あるいは意表を突いて「ウチはNHK見てません」とか「新聞なら間に合ってますよ」とか、いずれにせよなんらかの古典的反応が返ってくるはずなのですが、
「…………むー」
 待つことしばし、なんの反応もありません。
 あのおねいさんたちは、ご用事でおでかけ中。眠り姫様は、とーぜんおねんね中。他には誰もいないのでしょうか。
「きょろきょろ」
 正しい勇者なら、ことわりもなく他人の館に上がりこんだりはしない――その程度の良識は持ち合わせておりますので、
「……がちゃがちゃ」
 えと、ちょっと施錠確認してるだけですからね、あたしゃあくまで通りすがりの無邪気な幼児ですからね――タカはいきなしバックレ幼女にモード・チェンジして、扉の取っ手をがちゃがちゃといじりまわします。
「がう!」
 突如、頭上から響く獣の吠え声に、
「ぎくっ!」
 お手々をわたわたしながら恐る恐る見上げますと、さっきまで仮面の表情を装っていた青銅っぽいライオンさんが、今は陰険なジト目になって、こちらを見下ろしております。
 ――ぎろり。
「あうあう――」
 タカは、困惑します。
 んでも、ここで目を逸らしたら、己の非を認めるも同然――。
 タカは、虚勢の道を選びます。
「ぎろりん!」
 しかし、ライオンさんは動じません。
 ――ぎんぎろりん。
「ぎ……ぎろりんこ……」
 ――ぎろぎろりん。
 残念ながら、しょせん小動物の虚勢、獅子の気迫にはかないません。
「うみゅみゅみゅみゅう……」
 進退に窮したタカは、
「――――!」
 なんじゃやら激しい決意の色をお顔に浮かべ、再びうんしょとお手々を伸ばして、
「わしっ!」
 遺伝子記憶に導かれるまま、ライオンさんのおっきなお鼻を、力いっぱいわしづかみます。
「うりうりうり」
 するとライオンさんは、一転、進退に窮したように眉根を歪めます。
 そ、そーくるか――。
「うり、うりうり」
 ――――。
 ライオンさんはお鼻をうりうりされるまま、数秒ほど悩ましげに考えこんだのち、いきなしコロリとビリケンさんのような福相を浮かべて、
「ぴんぽーん!」
 同時に館の扉が、その重厚な造りとはうらはらに、滑るような軽やかさで、奥に向かって開かれます。
「んむ!」
 この勝負、我に理あり――。
 まあ単に、ここの入館許可もDNA認証方式だった、それだけのことかもしれません、
 扉の奥には、いくつもの煌びやかなシャンデリアに照らされた、絨毯敷きの大広間が広がっております。
「ひめよ、ゆーしゃにしてちゅーじつなるないとがひとり、ただいまけんざんいたしまするぞ」
 タカは、ちゃっかり勇者モードに復帰して、広大な広間のとっつき、階上の回廊へと続く大階段に向かって、林立する大理石の柱の間を縫いながら、悠々と歩を進めます。
 なんでお姫様の御寝所が、てっぺんのあすこらへん――頭上の回廊からさらに小階段を上った最上階中央、淡いレースのカーテンごしに柔らかな午後の光たゆたう、あの白い部屋であると確信できるのか――。
 そのあたりんとこは、この現状にとことんイレこんでしまっているタカ自身、もーちっとも気にしておりません。


     5

「それにいたしましても――」
 お嬢様としてはいささかはしたなく、助手席のトモに大股開きでまたがった宮小路さんが、背もたれ化しているトモに向かってか、あるいは操縦席のクーニに向かってか、それとも口をへの字に結びながら不承不承クーニの膝の間に収まっている清丘さんに向かってか、あるいはコクピットから奥のキッチンから横の寝室まで満杯に詰めこまれた星猫さんや他の百合族一同、そして急遽駆けつけた秋田犬団長を含む調査団代表数名に向かってか、つぶやくように問いかけます。
「――そちらのお姉様は、お強くていらっしゃいますのねえ。わたくしどもの加速に対応できる方なんて、ウルティメットの方々でも、めったにいらっしゃいませんわ」
 背後のトモは、我が事のように胸を張って、
「クーニ姐の動体視力と瞬発力を、侮るんじゃねえぞ。それはもう、バケモノと言ってもいいくらいだ」
 あくまで賞賛しているのですね。
「そう言えば、あの邦子様も、駅前の来々軒で柔道部の方々と会食なさるとき、飛び回る蠅や蚊やゴキブリを、お箸だけで捕獲していたそうですわ」
「ほう、それもすげえ話だな。んでも、あんな虫、わざわざ箸でつかまえてどーすんだ? やっぱし食うのか?」
 お嬢様方は、微妙に視線を交わしながら、微妙に首をかしげたり、微妙にうなずいたりしております。
 あの邦子様ならば、食べたかもしれない――そう思ってしまったのですね。
「まあ俺は食ったことないが、クーニ姐の話だと、ゴキブリは羽根をむしって唐揚げにすると、香ばしくてんまいそーだ」
 ああ、やっぱり――。
 思わず顔をしかめる百合族一同や、平静を装いつつもやっぱし内心で嘔吐しそうになっている調査団一同に、
「揚げ具合さえ間違わなきゃ、アラレみたいなもんだ。トンガラシ効かせりゃ、ま、でっかい柿の種だな」
 クーニは、清丘さんの肩越しにコントロール・ホイールを操りながら、
「別に食いたくて食ったわけじゃねえぞ。生きるためには、なんだって食わなきゃならん時もあるのだ」
 内容のわりには軽い口調で、
「この旅に出る前、ちょいとシェラザードの難民惑星まで支援物資引っぱったんだが、あすこじゃゴキどころか、蛆《うじ》まで食ってたぞ。ナマだと時々腹あ壊すから、焚き火で炒めてな。大人は嫌々食ってるんだが、ガキなんか、けっこうんまそうに食ってるんで、俺も味見させてもらった。なかなかオツな味だったな」
 冗談めかして、れろれろと舌を突き出し、
「俺は大人の頭より、ガキのベロと腹を信じるね」
 調査団が詰めこまれた奥のキッチンで、ヒッポスのメタボ腹に押されて身をよじるようにしながら、カージがうなずきます。
「僕も食べました。確かにあの地では、貴重な蛋白源である以上に、むしろ美味でしたね」
 真面目一方の名医がそう言うのなら――今度は一同、納得しております。
「しかし、その、クニコってのか? 俺もいっぺん会ってみたかったよなあ。もしか、俺のひいひいひいひい婆さんあたりかもしんない」
 ヒッポスが、すかさずツッコみます。
「『ひい』が何億回も足りんがな」
 カージも面白そうに暗算して、
「ヒューマノイドの出産年齢を、仮に平均二十五歳とすれば――大体、二億三千万代くらい前ですね」
 あ、ありえない――そんな多くの反応に、浪漫派のヒッポスは、お得意の遠いまなざしになって講釈を垂れます。
「それがありうる数字であるのか、ありえない数字であるのか、ぶっちゃけ、理論的に結論は明白だ。ありうる。『百パーセントありえない』、そう証明できん限り、いかなる事象も『ありうる』のだ」
 半信半疑の一同に、
「考えてもみろ。千年続いた由緒ある家系でさえ、系図上、たった四十組やそこらのつがいが、縦に並ぶだけで繋がっちまう。じゃあ、二億三千万組が多いか少ないか――聞けば当時のガイアは、たかだか直径一万三千キロのちっぽけな惑星上に、純ヒューマノイドが一度に七十億も住んでたそうじゃないか。繁殖可能なつがいが、ざっと見積もっても十億やそこらはうろついてたはずだ。そのたった四半分の数のつがいが、時間軸状に縦に並ぶ、それだけで、そのクニコさんとクーニは、直系の血縁関係を継承できちまう」
 ああ、またこの古典的芸人お得意の、『花も実もある絵空事』が始まった――調査団一同は、そんな苦笑を浮かべておりますが、必ずしも猜疑の表情ではありません。まして百合族一同などは、現に邦子ちゃんとクーニの双方を実地に見ているのですから、なかば本気でうなずきあったりしております。
 もっともクーニ本人は、あくまで軽いノリで、
「そもそもの問題は、そのクニコばあちゃんが、きっちり男めっけて、つがってたかどうかだな。ま、ちょっとでも俺様に似てたんなら、さぞかし引く手数多《あまた》だったと思うが」
 すると、それまでむっつり黙りこくっていた清丘さんが、ぼそぼそと口を開きます。
「……後ろの方と、本当に瓜二つの邦子様は」
 乗船時のなりゆきで、クーニの膝の上に収まってしまったまんまだからでしょうか、いかにもご機嫌斜めの口調です。
「そんなに似てたのか?」
「はい。……見てくれのみならず、あまりに良く似た御気性ゆえか、ずいぶんと嫁き遅れていらっしゃいました」
「きっと、高ーい理想があったのだな」
「……それでも、三十路に入った頃、どーゆーわけか数歳年下のイケメンさんに激しく求愛され……」
「んむ。きっと、頼りがいのある、いい女だったのだな」
「……ほんとうに、どんな手練手管でたらしこんだものやら……」
「人徳だろう」
「……挙式の翌年から、それはもうポロポロポロポロと、毎年毎年ケダモノのようにご出産なすって……」
「子孫繁栄はめでたいことだ」
「……築四十年の昭和団地サイズの2LDKに、夫婦と二男三女がひしめきあい……」
「家族には肌と肌のふれあいが一番だ」
「……もはや人の生きる環境ではなく……」
「贅沢は敵だぞ。人間、起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半、とゆーな」
「……それでも、後ろの方のように、それはもー体だけは無駄に丈夫なお方ですから……」
「人間、健康が一番だ」
「……イケメンの旦那様が、お歳を召してシブいロマンスグレーの老紳士となられ、やがて潔くこの世を去られた後も、邦子さんだけは、ほんとうに執念深く、それはもういつ化けても不思議ではないほど、シワシワのカラカラになるまで長生きなすって……」
「まあ男は、どーしても寿命が短いからなあ」
「……五人のお子さんたちと、十数人のお孫さんと、サッカーチーム三組ぶんの曾孫さんたちに看取られながら、白寿でようやっと大往生なさいました」
「んむ。みごとな人生じゃあないか」
「…………」
 そんな、聞きようによっては息の合った漫才、しかし本質的には調和の対極にある緊張感に少々怯えつつ、
「で、俺たちは、なんで全員、このトラクタに同乗して移動しなきゃならんのだ」
 人一倍ハバのあるヒッポスが愚痴を漏らしますと、
「我慢してください。ドリラーや特車じゃ、貴重な古代様式のアスファルト道路が無茶苦茶になってしまう」
 キッチンのシンクの下から、コウがそう応じます。
「偵察機もあるじゃないか」
 これには、助手席からトモが応じます。
「しょーがねーだろ。一見、雲の流れる青天井に見えても、この空はホログラムだぞ。あっちこっち、見えないでっぱりだらけだ。なんぼ計器に頼っても、クーニ姐くらいの腕がないと、じきにぶっついちまう」
「じゃあ、若くて元気なお嬢様方だけでも、外を、その、ばびゅーんと」
 これには、百合族の方々といっしょに寝室に収まっていた、星猫さんが応じます。
 八千草さんと河内さんの、並んだ膝の上でまあるくなりながら、
「うちのお嬢様方も、高燃費の加速モードは、そうそう濫用できんのでな」
 そして団長特権とでも言うのでしょうか、星猫さんの横っちょで、久我さんや白洲さんの膝に寝そべり、ぽこぽことタキオンネット端末のキーボードを叩いていた秋田犬団長が、
「ところで、会長への報告なのですが――こちらのお嬢様方を、どう表現したものでしょうね。詳細は追って報告するとして、当座の名称が『守護者たち《ガーディアンズ》』では、どうもニュアンスが伝わらないような」
 助手席から、宮小路さんが応えます。
「――白百合天女隊、とでもお呼びください」
 背中のトモが、ためらいがちに、
「……言ってて自分で恥ずかしくないか?」
 宮小路さんは平然と、
「わたくしども、大概の恥という概念は、すでに遠い過去、天河の彼方に捨ててきました。もう生身で百年近く、機械体では数十億年生きておりますから」
 そ、そーだったんだよなあ――あらためてしゃっちょこばる調査団一同の中、ヒッポスは、悠久の時の流れを想うように厳かに目を閉じて、深々とうなずきます。
「――もっともだ」








                          〜ゆうこちゃんと星ねこさん 第二巻〜   《了》

                                     続きは第三巻(20100301)収録の第二部第七章へ




※ 注 ※

◎【宇宙からのひろいもの】において、北杜夫氏・作の短編小説『活動写真』の一節と、島崎藤村氏・作『椰子の實』の全詩を、引用させていただきました。
◎【狸の惑星】において、作詞者不詳の唱歌『汽車』の一部、ならびに西條八十氏・作詞『同期の桜』の一部を、引用させていただきました。
◎【いい旅 ☆気分】において、武内俊子氏・作詞『ブラームスの子守歌』の一部、堀内敬三氏・訳詞『フリースの子守歌』(原詞・Friedrich Wilhelm Gotter)の一部、小沢不二夫氏・作詞『リンゴ追分』の一部、由木康氏・訳詞(原詞・Alice Jean Cleator)の賛美歌496番『うるわしの白百合』の全詞を、引用させていただきました。
◎【お嬢様お手やわらかに】において、平尾昌章氏・作詞『ミヨちゃん』の一部を、引用させていただきました。
◎【今宵われら星を奪う】において、桑原永江氏・作詞『もぐらトンネル』の一部、中川李枝子氏・作詞『さんぽ』の一部を、引用させていただきました。
◎【今宵われら星を奪う】および【人生いろいろ】において、水島哲氏・訳詞『いつか王子様が』(原詞・Larry Morey)の一部を、引用させていただきました。
 
2012/10/24(Wed)00:45:57 公開 / バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
更新履歴。
2008年5月29日、分巻しました。今後ともよろしくお願いいたします。
6月23日、第二部第四話『眠れる星の少女』の『3』をアップしました。
6月25日、おう、『ことのは』メンバーのコスチュームデザインを間違えていました。
7月27日、第二部第四話を、前回更新分まででひとまとめに構成変えの上改題し、続く第五話をいっきにアップしました。
7月29日、ちょっぴり補填。
9月3日、第二部第六話の前編(1と2)をアップしました。次回で第二部も終わり、復活した優子ちゃんが本格参加の第三巻(第三部)に突入する予定です。
9月8日、メイルマン様のご感想を参考に、違和感の上塗りをいたしました。と言いますか、そこの件は実は作者も違和感を承知でここにぶっ込んだわけで、それを積極的に誤魔化すための一文をあらかじめ冒頭に突っこんでおいたのですが、なんぼなんでもクドすぎるように思われ、3日の更新時にはカットしておりました。しかし、やっぱりそれがあったほうがいいのかなあ、と、復活させたわけで。したがって、本日追加の部分に登場する、お目々に炎メラメラの梶原一騎キャラのようなよい子、といった皮肉っぽい表現は、メイルマン様とはなんら関係ない、ご感想をいただく前からすでに存在した表現ですので、くれぐれもお気を悪くなされないようお願いします。誤字のご指摘も、多謝です。
11月9日、第二部第六話を改題(『おはようございますのお花屋さん』から『人生いろいろ』に)の上で完結、第七話を『おはようございますのお花屋さん』として前編アップしました。第六話の清丘さん過去パートをさらにいじくったり、邦子ちゃんのその後の人生が明らかになったり、優子ちゃんの館におけるタカの挙動があんまりかわいくて長びいてしまったりで、「おはようございます」の前に第六話を終えざるをえなかった、そんな理由です。ああ、なまねこなまねこ。次回こそ、マジで優子ちゃんがお目覚めに……ならないと泣くぞ。
11月12日、誤字やらなんじゃやら、少々修正しました。
1月10日、第七話『おはようございますのお花屋さん』の、中編をアップしました。次回更新で第二部はいったん完結し、新展開の第三部、『超銀河なかよし伝説』が始まる予定です。第三部にて、すべてが大団円を迎えるはずなのですが――今年中に終わるのか?
2009年1月18日、当初の構想の第二巻までが思ったより長引きそうなので、第三巻に分離することにしました。第二巻は『人生いろいろ』までとなり、継続中だった『おはようございますのお花屋さん』は、第三巻(第三部)の第一話となります。その変更に際し、全編推敲、一部構成変え、タイトル変更なども行いましたが、大筋の変化はありません。
3月21日、さらに若干の構成変えを行いました。
9月4日、細部修正いたしました。
2012年10月23日、細部修正。
 
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