オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『シオン』 作者:林 / ファンタジー アクション
全角24034文字
容量48068 bytes
原稿用紙約70.25枚
太古、世界の支配者は「魔法使い」の血族であった。彼らの圧政に耐えかねた人類は反駁、彼らを滅亡へと追いやった――それから幾星霜。魔法使いなどおとぎ話の登場人物になった時代。魔法使いの恐怖などもう忘れ去られていたこの世の中を震撼させたのは、純血「魔法使い」の生き残りの存在の発覚である。「太古の悪魔がまだ生きていた」。世界は再び、魔法使いの血を引くとおぼしきヒトビトを差別し虐殺するという戦乱の時代を迎えてしまう。疑心暗鬼と裏切りがはびこる血なまぐさい時代が始まった。そんな時代、「オレはルルヴェラ! 大物賞金首のルルヴェラ・ジェット! 何を隠そう、魔法使いである!」と叫ぶ愚か者、一人。しかも極めつけに、呪文を唱えて肉弾戦をしかけてくる。あとついでに、この魔法使いの相棒はサムライのくせに銃しか使わない。斬るとみせかけて撃ってくる。そんな、魔法が使えない自称魔法使いと、あと、魔法使いの相棒の、刀を使わないサムライの、奇妙な二人組のお話。
「ふはは、我が雷名はこのような辺境にまで伝わっているのだな! 愉快ゆかい!」
 
 軽薄とお気楽を足して二で割り、馬鹿をアクセントに加えたような笑声は、昼下がりの森林に騒々しく響き渡った。
 静かな森林である。ちょうど中天も過ぎた陽光は柔らかく森の木々に注ぎ、緑を透けさせて緑陰を作る。ほのかに土の香りがする春風は、かすかな葉擦れを伴って森をさざめかせていた。聞く者の心を落ち着かせる力がある、風と景色であった。
 そんな静謐な森林の世界。――そこに、場違い甚だしい集団がいた。
 どうやら二派ある。一つは集団で、いかめしい顔つきの男達だ。いかにも「ゴロツキです」な雰囲気がぷんぷんしている。もう一派はなんと一人。しかも未だ少年の域を出ていないような。それでしかもその少年は、あろうことかゴロツキ集団に向かってしたり顔でで啖呵を切っているのだった。
「いやしかし、そんな人数でオレをとっつかまえようとは、笑止なることよ! 貴様ら、オレが誰だか知ってるんだろう? いやなに? 知らない?」
 少年はゴロツキ達の言葉と物言いたげな視線を一切合切無視して、一人で悲痛に銀髪を掻き上げた。……いや知っている。ゴロツキ達はあきれ果て、もはや疲れてすらきた頭で思った。
 知っている。なにせ、ゴロツキ達は賞金首である、この銀髪の少年を追いかけてきたのだ。まさか相手のことを知らぬ筈もない。
 たぶん少年もそれを分かっているはずだ。なのに自己紹介を始めるのは、要するに自分の肩書きを自慢したいがためなのだろう。ゴロツキ達はシラけた視線を見合わせた。
 が、少年は無視。一人悦に入った顔で、短躯には少々大きすぎる黒い外套をばっと翻す。
「オレはルルヴェラ! 大物賞金首のルルヴェラ・ジェット! 何を隠そう、魔法使いである!」
 雰囲気というのに温度があれば、この瞬間、ゴロツキ達の雰囲気の温度は確実に急降下した。ゴロツキ達の視線がシラけたものから、可哀相なものを見る目になる。
 しかし自称魔法使いは、満足げな顔で口角をつり上げ、手の指で怪しい印を組むと、なにやらぶつぶつ唱え始めた。
「『いにしえの炎よ、いまもなお地獄にてくすぶる炎よ、汝のちからを分け与えよ』……」
 聞き取ってみるとこういったものである。少年が『魔法使い』であることを信じる気は毛頭ないが、少年が唱えているのは呪文とか詠唱の類であることは、ゴロツキ達にも理解できた。伝説やら神話やらに必ず登場し、誰もが何らかのカタチで一度は耳にしているものである。『魔法使い』というのは呪文を唱えて魔法を使うのだ。
 そして、だいたい、『炎』らしい単語の入ったこういう呪文の後には、『ファイア』っぽい魔法が、くる。
 ゴロツキ達の間に、この少年が次にどんなアクションを起こすのかという好奇心という意味での緊張が走った。まさか本当に、炎でも吹くつもりではあるまい。
 少年は、にやりと笑って腕を高く掲げ、
「『我が召喚に応じよ』! 『ファイア』!」
  やっぱりファイアだった。
 ――が、その後はまるで予想外だった。
 あろうことか魔法使いの少年は高く掲げた腕で、近くにいたゴロツキにアッパー・カットをお見舞いしたのだ。不意をつかれた男は見事に吹き飛んでノックダウン。「はっ?」とゴロツキ達が目を点にしたところを少年は見逃さなかった。
「ふはは! オレの魔法に見とれたか!? 『太古のいかづちよ、とがびとを断罪せよ』っ!」
 ……こういうのは、『サンダー』っぽいのがくる。
「『我が召喚に応じよ』! 『サンダー』!」
 やっぱりサンダーだった。
 が、繰り出されるは左ストレート。再び他の男が殴り倒されて地面にたたきつけられる。
 言っていることとやっていることの相違とか、なんだかいろいろ理解に難いところはあるものの、少年の拳術の強力さはとにかく本物だった。なにせ、自分よりよほど体格もあって力もあるはずの男達をそれぞれ一発で伸しているのだ。
 ゴロツキ達はようやっと本職を思い出しておのおの武器を構えた。ナイフに拳銃、鉄の棒など。魔法使いのルルヴェラはそれらを見てにたっと笑い、
「くくく、ナメられたものだ。たかがそれごときで魔法使いのオレを倒すだと!? 一昨日来やがれ!」
 ゴロツキ達はそのまま返したい気持ちだった。何故こんな馬鹿が賞金首なのかわからなくなってくる。しかし手配書の写真は間違いなく、この銀髪で小柄な少年のものだ。
 とにかく、もう、目の前の少年がどんなに馬鹿だろうが賞金首であることに変わりない。ゴロツキ達は半ば自棄で少年をつぶしにかかった。
 数十人の男達が、武器を片手に一斉に向かってきても、少年は余裕の笑みを崩すことはない。小さなからだに大きすぎる外套を翻すと、拳をぎゅっと握り、腰を落として、前を見据えて、
「『ふきすさぶ氷雪よ、天険のかすがいたる白磁のあらしよ、今ひとたびうつしよに顕現されたし』!」
 
 ……おそらく、『ブリザード』っぽいのがくるだろう。








シオン







「ふうっ、いい汗を掻いた!」
 ルルヴェラ・ジェットは銀の短髪を掻き上げて、すがすがしく腰に手を当てた。森林を吹き抜ける風が火照ったからだに心地よい。天上から降り注ぐ陽光は厚い緑の層を経て、シャワーのように少年を包んだ。
 足下には数十の男達。皆気絶か悶絶していて、一刻以上立ち上がれもできまい。ルルヴェラは彼らを軽快な足取りでまたぐとぐっと体を伸ばした。ぐるりとのどかな森を見渡す少年の双眸は、不思議なことに左右で違う色をしている。左は緑で右が蒼。オッド・アイだった。
「さてと、ナガトの奴ももう終わった頃だろうな」
 ルルヴェラがそう一人ごちて、きょろきょろとあたりを見回していた時である。少年の後ろ頭に何か堅い物がたたき下ろされた。ルルヴェラは短い悲鳴を上げて地面に転がって悶絶。
「……おい、馬鹿たれ。まさかお前、またあの恥ずかしい戦い方をしたんじゃねーだろうな」
 後頭部を押さえ、地面でぴくぴくしている少年を、あきれ果てた顔で見下げているのは長身痩躯の男だった。薄手の白いシャツに細身のジーンズパンツという簡素な格好で、短い髪は黒髪である。腰に下げている刀と思しき長刀の柄尻に手を置き、不機嫌そうな切れ長の目を眇め、くわえた煙草をゆらしている。
 ルルヴェラは目尻に涙を溜ながら、理不尽な攻撃を仕掛けてきた相棒に叫んだ。
「恥ずかしいとは何を言う! オレは魔法使いだ、魔法を使って何が悪い!」
「アレの、ど・こ・がっ、魔法だ! 俺は不本意ながらテメエの相棒って肩書きになってるんだ、テメエのその変人奇人っぷりのせいで俺まで変人扱いだろうが!」
 長身痩躯は眉間にシワをこれでもかと寄せ、煙草を噛んで悪態をついている。まだ十五、六のルルヴェラに対して、黒髪の男の方は二十代後半といったところで、二人の身長差も頭一つ分ではあまりあった。
「はんっ、狭量な男だな、ナガトは! 汚名だろうが相棒と供に被るのならば本望というくらいの気概をみせないか。ジパングの男はそういうの大好きなんだろう?」
「冗談は存在だけにしろ」
 長身痩躯――ナガトはもともとの悪人面をさらに険悪にして、相棒(不本意)をにらみつける。
 確かに、ナガトの気付かぬ間に、ルルヴェラ、ナガトの連名で首に賞金がかかっていた。ルルヴェラはもともと目立つのを好むタチだから、むしろ賞金狩り達に追いかけ回されるのを愉しんでいるフシがあるが、ナガトとしては溜まったものではない。ナガトはいつも、むしろルルヴェラの奇行を咎めてきた。それはもう、平気で街の菓子屋で名乗りを上げようとする(賞金首である)ルルヴェラを止め、平気で極寒の海を泳いで渡ろうとするルルヴェラを止め、平気で盗み食いを働こうとするルルヴェラを止めてきた。むしろほめられてしかるべきだ。
 まったく、世の中理不尽である。今の今だって、ルルヴェラをおいかけてきた賞金狩り数十人を相手にせねばならなかった。
「往生際が悪いな、ナガトは。オレ達はすでに大陸が認める名コンビだろうが」
「……やめてくれ……」
 思わずナガトは頭を抱え、――突然息を詰めたように動きを止めた。
 一刹那、ナガトの長身痩躯がはじかれたように後方を向く。視界に映ったのは、今し方までルルヴェラにやられて伸していた筈の賞金狩り達の一人である。ルルヴェラのツメが甘かったと思われる。
 男の手には拳銃。震える銃口が二人に向いていた。――鼬の最後っ屁。ナガトの脳裏に故郷の諺が閃いた。
 したり顔で賞金狩りはほくそ笑んだ。背後を取った。『魔法使い』の相棒として知られる異国人の戦い方は知らないが、武器は腰に下げた長刀であろう。極東にある島国に住まう黒髪の民族はソレを使う。――何となくだが広く知られた事実である。
 この距離なら間合いを詰めることもできないし、まず抜刀することもできまい。
 貰った――男は引き金に指をかけ、引いた。
 
 次の瞬間に鋭く轟いた銃声の違和感に気付いた者は、よほど戦慣れているか、耳がとてつもなく良い者だけであろう。
 銃声は二つ重なっていた。ほぼ同時に二発放たれたのである。
 賞金狩りの男は、右肩を焼く激痛に驚愕した。馬鹿な。だって、長刀を帯びた男はそこから一歩たりとて動いていなければ、カタナを抜いてすらいない。自称魔法使いの方は、相棒の横で感心したような口笛を鳴らしている。
 右手に、硝煙を吹く拳銃を握った相棒の横で。
 賞金狩りは今度こそ崩れ落ちて動かなくなった。
 ルルヴェラは満足気に頷くと、神業のごとき早撃ちを見せた相棒の肩を叩いた。
「さすがだ、ナガト。大陸一の銃使いと名乗っても良いんじゃないか」
「……仕留める時はちゃんと仕留めておけ、馬鹿」
 ナガトは不機嫌にそうつぶやくと、愛銃を腰のホルスターに手慣れた手つきで差し込んだ。このホルスターは日本刀の後ろにあるので、一見すると見えにくかったりする。
「しかしだ、ナガト。お前はさ、呪文を唱えておきながら人を殴るなんてとオレに言うが」
 黒い外套を閃かせて、魔法を使わない魔法使いは、剣を使わない剣士にニタリと笑んだ。
「日本刀を下げておきながら、銃を使うお前も、じゅうぶん嫌味だ」

//


 嫌味だ、とルルヴェラは嘆かわしげにつぶやいた。銀髪の少年の嘆きの先には、『魔法使いお断り』の札が掛かった木造の小屋である。
「……ほう、残念だったな、ルル。ここでお別れだ、俺は今日こそベットで寝るとする。じゃあ、達者に暮らせ」
 と、一人で宿屋へ向かう薄情な相棒を、銀髪の魔法使いは力一杯引き留めた。
「待てぇっ、貴様、相棒を捨て置くのか! なんという仕打ち、なんという醜態! 腰の日本刀が泣いてるぞォ!」
「知るかっ、俺は魔法使いじゃない。いいじゃねえか、日頃うるさいくらい『魔法使い』を自称してるお前だ、男らしくスジを通しやがれ!」
 しかしナガトも負けてはいない。少しでも力を抜けば、縋り付くルルヴェラに引き倒されそうなところをギリギリで保っている。しかもナガトの方が微妙に優勢で、彼の長身痩躯が徐々に宿屋の方へ傾いていた。

 ――太古の太古に『魔法使い』は存在していた。今や伝説と神話にしかその奇跡はない。
 『魔法使い』はかつて世界の権力を握り、人々に圧政を強いた。耐えかねた人々は決起し、人間と『魔法使い』の大規模な全面戦争へ発展する。
 結果、辛くも人間側の勝利。『魔法使い』の中でも純血種はほとんど姿を消した。しかし亜種は生き残り、それから幾星霜を経た今でも、その血を体内にほんの少しでも流す者が少なからず存在している。
 しかし戦争の記憶はあまりに遠く、『魔法使い』の血はあまりに薄れた。もはや世の中に『魔法使い』など存在していなかった。

 それが、この世界の、十年前までの常識である。

「この、あたりは、どうやら、十年前のっ、爪痕が、深い、地域、らしい、なっ」
 ナガトが踏ん張りながら誰にでもなくつぶやいた。しかしルルヴェラは自称なのにいちいち『魔法使いお断り』に泣きを見るとはある意味律儀である。
 ルルヴェラとナガトの小競り合いはしばらくの間均衡を保っていた。だが、相棒をこれでもかと引き留めていたルルヴェラが、「はっ」と何かに閃いて、ぱっと手を離した。突然力の均衡が崩れて、ナガトは地面に転倒する。
「ばかっ、何しやがる!? ちゃんと掴んでおけ!」
「ナガト、見ろ! あれは山小屋じゃないか?」
 何だって、とナガトはルルヴェラが指した方向を見やった。二人が今居る場所は、森を抜けた所にある村はずれの宿屋である。そこから以東――再び森林に戻る方向になる方をルルヴェラは指さしていた。
 が、ナガトがどんなに目をこらしても、それらしきものは見えない。
「……至って健常な俺には見えないが」
「オレが異常みたいな言い方するんじゃない。オレは『魔法使い』ゆえ、遠くのものかてよく見えるのだ。それに、オレが嘘を吐くとでも? このルルヴェラ・ジェット、正直・誠実・伊達男を地で行く好青年だ。ふふ、甲斐性のない相棒の面倒を見る度量の広さ、賛嘆に値するだろ?」
 ……後半の台詞はまったくそのままそっくりお返しする。ナガトは嘆息したが、見えないものはしようがしないし、ルルヴェラが嘘をつかぬのは重々承知している。仕方なしに、道案内を相棒にゆだねることにした。

//
 果たしてルルヴェラの目は正しかった。
 確かに数刻歩いた先には山小屋があった。圧倒的な木々の勢いに少し遠慮しているような感じで、こぢんまりとしている。木造の外装は長い間風雨に晒されたのかささくれ立って腐敗し、屋根板の上に敷かれていたらしい煉瓦はいくらかを残してすべて地面に落ちて朽ちていた。ほとんど崩れかけの木材の山という有り体から、申し訳なさ気に煙突が一本伸びている。
「こりゃあだいぶ古ィ小屋だな……」
「古かろうが何だろうが今日は土のにおいを嗅がずに寝れるぞ! 夜中にオオカミにおそわれることもナシ、雨に降られて肺炎になりかけることもナシ!」
「……あったなァ、そんな事も」
「フフフ、ナガトも、オレといると毎日がスリリングで老け込む暇もなかろう?」
 ルルヴェラはそう言うと、さっさと山小屋の扉に手をかけた。さび付いたドアノブは一度大きくきしむ。扉は悲鳴を上げながらゆっくりと開いた。
 ぎし、ぎし、きぃ、きぃ、と、段階を踏んで高くなる軋音。その奥には薄暗い闇が停滞している。
「うん、この荒廃と退廃の匂い、じめっとした感じ、『魔法使い』のオレにまこと似つかわしい――」
 ルルヴェラが腕を組んでウンウンと自分の肩書きに陶酔していたその瞬間である。「ルルッ!」とナガトの叫声が弾けた。
 同時に停滞していた闇が流動。その奥に双眸が光る。何かいる。
 ルルヴェラは素早く身を引いたが、突如としてむくれ上がった闇はそれをしのぐスピードで牙をむいた。鈍い銀色がきらめく。ナガトはルルヴェラの背後で瞬時に腰のホルダーに手を突っ込んだ。愛銃のグリップを握ったと同時に引き出して撃鉄を起こす。
 しかしそれすら尚遅く、闇のカタマリは、牙をたててルルヴェラに覆い被さった。
「…………うんっ!?」
 が、覆い被られたルルヴェラは、異変に気付いて目を見開いた。ナガトも同様にして、引き金を引くだけの状態にあった銃を構えたまま呆気にとられている。
「……い」
 ルルヴェラの上に覆い被さったモノは、赤い下をちろりと出して、ルルヴェラの頬をべろんと舐めた。規則的な息づかいがルルヴェラの顔に当たる。毛むくじゃらの大型な生き物は、つぶらな双眸で、闖入者をじいっと見ていた。ルルヴェラを押さえつける四足には肉球があって、奇妙な感覚である。それは紛うことなく、
「いっ、……犬ゥ!?」
 少年は思わず素っ頓狂な声をあげて、しばらく犬と互いをじいーっと見合っていた。奇妙な沈黙が流れ、その間犬の息づかいと、ぱたぱた揺れるしっぽの音だけが響く。その無言の歓迎を無粋に破ったのはルルヴェラの悲鳴だった。
「ぎゃああ! な、ナガト! オレ、犬だめなんだっ! ああっ、ああっ!? 近い、近いぞこの畜生が! 息……息クサイ! やめろぉおお」
 じたばたするルルヴェラだが、犬が追い被さっているので身動きはとれない。犬は大型の長毛種で、全体的に毛は白く、ところどころに茶色い斑点模様がある。敵意らしいものはなく、ルルヴェラに覆い被さっているのもどうやら彼――もしかしたら彼女――なりの歓迎なのだろう。
 ナガトは相棒の哀願を無視して、大型犬にまじまじと見入った。
「わからんな、何故お前は犬のこの愛くるしさを理解しないんだ。見ろ、このつぶらな瞳。よーしよしよし、良い子だ……しかしこりゃあ、野良犬じゃねえな、人慣れてるし手入れもされてる」
 犬の毛が厚い頭をわしわしとなでつけ、ナガトはいぶかしげに眉をひそめた。その時、
「す、すみません! こら、ヴァレンハイトさん! はなれて!」
 というおさない声が、ボロ屋の奥から聞こえた。同時にぱたぱたという急ぎ足の足音。廃屋の奥から出てきたのは、茶色い髪を肩あたりまで伸ばし、農民の粗末な服をまとった、十歳ほどの少女であった。
 少女の声に応えてか、ルルヴェラにのしかかっていた大型犬はその足をどけると、走ってきた少女の所へ寄っていった。ルルヴェラはやっと拷問から解放されたかのように大きく息をつくが、大の字になったまま起きあがろうとしない。
「すみません。このコ、からだが大きいのに、やけに人なつっこいから」
 少女はそう言うとぺこりと頭を下げた。年の割にしっかりとした声音である。近くで見ると、少女の栗色の前髪は右側だけ妙に長くて、右目を覆っていた。ナガトはいささかの違和感を覚えつつ、
「いや、こちらこそ。人が住んでいるとは思わなかった。宿を取ろうと思ったんだが」
 と返す。人が住んでいるとは、というのは心から思っていた。今にも崩れそうなボロ屋で、しかも村から不自然な近さである小屋に、どうして人が住んでいるのだろうか。わざわざここに居を構えるくらいなら村に住めば良いものを。
「あっ、宿なら、本当に狭くてボロなのが申し訳ないですが、それでよろしければお使いください。住んでるのは、あたしと、ヴァレンハイトさんだけですから」
 少女は申し訳なさげに微笑み、大型犬――少女の言によれば『ヴァレンハイトさん』――の頭をなでた。ヴァレンハイトさんは、利口そうな目をきらりとさせて、ワンと一声吠えた。
 結局、「犬畜生と一つ屋根の下で寝るくらいなら野宿」と泣きわめくルルヴェラを引きずって、ナガトは少女の言葉に甘えることにした。ナガトこそ、ルルヴェラとまた野宿は勘弁だったのだ。
 
 少女はユーナといった。
 山小屋は入ってみてもやはりボロで、ユーナの言ははずれていなかった。ヴァレンハイトさんがのしのし歩くとあちこちで家軋みがする。床板は腐敗し黒ずみ、あちこちに雨漏りのシミがあった。
 ルルヴェラは差し出された水をぐいっとあおり、向かいの席についたユーナ――正確にはその横についたヴァレンハイトさん――をにらみ付けていた。絶対犬派のナガトに対してルルヴェラは譲らずの猫派である。自称魔法使いは、厳粛な面持ちでコップをおくと、コホンとわざとらしく咳払いした。
「泊めて頂きかたじけない。まったく、この相棒が図々しいもので」
 ナガトはルルヴェラのこめかみに火のついた煙草を押しつけ、
「詮索のつもりはねえが、嬢ちゃんはここ生まれか? その割に生活の痕が薄いと思うんだが」
 ユーナは少し困ったように幼い顔を陰らせた。
 これは、小屋の内装を見てのナガトの推察である。小屋はよほどの年月を経てることは明白なのだが、人の暮らしの跡はまだ新しい。まさかこのような掘っ立て小屋に少女の一族が代々住んでいたとかいうわけでもないだろう。仮にそうだとして、今少女が一人暮らしということは親族が早世したわけであるが、墓地らしいものは屋外に見あたらなかった。
 ということは、少女はある程度の年齢になってから単身この小屋へ移されてきたということだろう。
「いいえ、生まれはふもとの村です。ちょっと……事情があって。十年前からここに住んでるんです」
「ナ、ナガトっ! 煙草はやめろ、しかもこめかみ! 死ぬかと思った!」
「お前も俺といると毎日スリリングだろうよかったな。ハナシの腰を折らないでくれ」
 こめかみからぷすぷすと煙を上げるルルヴェラをナガトは適当にあしらい、黒い双眸を眇めた。
 違和感。それが剣士の胸を突いていた。
「……で、一人で、十年前から? 生活ができる年齢じゃなかったんじゃねえのか」
「ああ、それは、兄さんが村で暮らしていて――母違いの兄なんですけど、時々面倒を見にきてくれてるんです。あとはヴァレンハイトさんがいますし」
 ユーナは、右目を隠した顔できちんと微笑を拵えて、ナガトに言う。剣士は煙草を深くすった。肺に煙が抜けていき、もはや慣れた煙たさが喉を焼く。
 『十年前』と『魔法使い』を厭うふもとの村。それらの台詞が、ナガトの胸中の茫洋たる違和感に定型を穿った。
 剣士は長くゆっくりと紫煙を吐きながら、素っ気ない調子で言い放った。
「嬢ちゃん、『魔法使い』の血統だな」
 ナガトの言葉に、ユーナの顔が強ばった。その横で、主に忠実な犬がささくれ立った空気にぴくんと耳を上げる。「何もしねえよ」とナガトは肩をすくめた。
「……それに、嘆かわしいことに相棒の肩書きになっていやがるそこのユデタコ、自称魔法使いだ。十年間コイツとつきあってるんで、今更驚きゃしねえ」
「自称とはなんだ、自称とは。自他共に認める魔法使いルルヴェラ・ジェット、なあ娘! 名ぐらい聞いたことあろう! 遠慮せずともいいんだぞ!」
 ルルヴェラは腰に手を置いてえへんと胸を反らしたが、ユーナとヴァレンハイトさんは申し訳なさ気に顔を見合わせて首をかしげる。聞き覚えない、ということだろうが、ルルヴェラは「そんなばかなっ!」と、まともにショックを受けたようでナガトの横で撃沈した。目立つのを何より好む賞金首というのも難儀だな、と、相棒が撃沈している横でナガトは素知らぬ顔で二本目の煙草に火をつける。
 そんな珍妙な二人組に、少し緊張をほぐされたのだろうか、少女はかすかに方をすくめ、傍らに控える大型犬に視線を投げた。賢い犬は、同調するように主の、片方しか見えない目をじっと見返した。
 ユーナは唯一の同居人の賛同を得て、静かに息をついた。そして右目を隠していた前髪を小さな手で持ち上げる。
 そこにあったのは、瞳孔の周りに小さく紋様が浮かぶ奇怪な瞳――『魔法使い』の血統に見られる、特異な体質の顕現であった。
「あたしの血には確かに『魔法使い』のものが流れてるんですけど、とにも薄いものです。一族はほとんど外見的にも人間と差異ないけれど、あたしだけ、こんな風に容姿に目立って特徴が出てしまって。
 でもそれでも、『魔法使い』のことなんてみんなもう忘れかけていたし、あたしも普通にふもとの村で暮らしていました」
 ……十年前まで、とユーナは悲痛にはき出した。ナガトは未だにショックに打ち震えている相棒を無視し、座り心地の悪い椅子に深く座り直した。
 十年前。――剣士は目を眇める。
「十年前、『魔法使い』の直系の生き残りが見つかる、その日まで」
 ユーナの声は震えていた。それが怒りによるものか、悲しみによるものか、もっと別のものに由来するのかは分からない。
 十年前、もはや死滅したと思われていた『魔法使い』血族の直系の生き残りが発見された。『魔法使い』は元来その名に由来したように、特殊で強大な力を持つ。故に過去の悲劇があったわけだが、現在世の中にいる『魔法使い』血族はそのほとんどが亜種である。能力も人間と差異はない。故に争いが再発することはなかったのだ。
 それが、直系となれば話は別である。
「……その『直系』が力を増大させ、世の同血統を統合して再び太古の大戦の復讐でもしでかさねえか、と大陸は大騒ぎになってあわてて連合軍を結成、『直系』とそれに同調する亜種を虱潰しに探してつぶし始めたのが十年前。そのために罪もない亜種まで迫害・差別されついに連合軍と衝突。『魔法使い』との戦争を避けるた為の策で、皮肉にも結局『魔法使い』と戦争になった――ってとこだろ」
 ユーナの声の震えの根幹をなした事件を、剣士は過不足なく説明してみせた。少女は驚いたように顔をぽかんとさせ、「詳しいんですね」とつぶやく。
 ナガトは紫煙をはき出すと、
「まあな、俺も十年前の連合軍に徴兵されたクチだ、詳しくもなるさ。……しかし、あれからもう十年だ、亜種に対する差別はもうここまで酷くはないと聞いていたが」
「ああそれは……もともと、このあたりは『魔法使い』をいやがる風習が残る地域なんです。だから十年前のことがキッカケで、今でもこうやって、いやがられているんです」
 少女は薄く苦笑した。ナガトは一言そうか、とつぶやくと、
「――さてと、無駄話が過ぎたな。嬢ちゃん、立ち入った話をさせて悪かった。……おい、ルル。いい加減立ち直れ」
 と言って銀髪の少年をけっ飛ばした。呻く少年を気遣ってか、けなげにもヴァレンハイトさんが近づいて、いたわるようにルルヴェラの顔を舐めた。が、犬キライダイキライのルルヴェラは奇声をあげ、結局それが気付けとなる。
「ぎゃああ! なっ、ナガト! 今べろんってきた、べろんってきた! なんかぬめってするっ、……べとってするう! 何だ、敵襲か、何星人だ!」
「ヴァレンハイトさんだ」
 ユーナはぽかんとしていた。確かに、今となっては忌避の対象である『魔法使い』の血族を前にしてこの程度のリアクションをされると、身構えていた方としては肩すかしのように感じたのかも知れない。
 自称魔法使いの方は、半泣きで犬相手にみみっちい仕返しを画策していたが、ふと突然に少女に向かった。ルルヴェラのオッド・アイに多少驚いたのか、ユーナは萎縮したように縮こまる。
「おい、娘。この犬畜生が好むものは何だ」
 だがしかし、ルルヴェラが少女をにらみ付けながら聞いたのはそんな内容だった。ずいぶん拍子抜けした感じのユーナだが律儀に、
「ふ、ふつうに、あたしの食事とおんなじもので……特に好きなのは、そうだなあ、お芋を蒸かしたのなんか、よく食べます……」
「よし、ナガトッ! 今晩はイモの煮っ転がしだ、おっと、奇遇にもジパングの伝統料理じゃないか! あっはっはっはっ」
「……テメエ、なにするつもりだ」
「異な事を聞く! そこの犬畜生の前であいつの好きなものをひけらかしながら食ってやるのだ! くくく、目の前にありながらもそれにありつけぬ苦悩・懊悩・敗北感! このルルヴェラがたっぷり味わわせてやるわ! さあ、ナガト! 作れ、今すぐ作れ! うん、材料がない? しょうがない、取ってきてやるから待っていろ!」
 ルルヴェラはユーナから材料の場所を聞き出すと、一人で勝ち誇りながらすっ飛んでいった。ああいうお馬鹿なことろを少しでも廃してくれれば、まだ相棒としてまともなものを、とナガトは嘆息。しかし、ルルヴェラからお馬鹿をとったら、あとは髪の毛一本くらいしか残るまい。
「あの人……」
 ナガトは、ユーナの呆然とした声で意識をもたげた。
「あのひと、本当に『魔法使い』なんですか?」
 それは純粋な疑問だった。なるほど、今ではだいぶ白眼視されなくなったといえども、『魔法使い』の血を引く者は疎まれがちである。しかもこのあたりの地域は少女によれば、『魔法使い』を忌避する習慣がある地域だ。そこで生まれ育ち、今まさにその弊害を一身に受けている少女にとっては、自ら『魔法使い』を自称し、しかもそのことに全く負い目のないような少年のあり方が不思議だったのだろう。
 ナガトはくっと口角を持ち上げた。
「……そうだよ。魔法が使えない、カッコ悪ィ『魔法使い』だ」

//

 森に訪れる夜は、まるでしんしんと降り積もる雪のように、静かに、だが圧倒的な質量でもって、黒い帳を下ろしていた。
 森中に取り残された山小屋は、寄るの質量で押しつぶされそうに頼りなく、その異常なまでの静寂と暗闇の中で緊張した子供のように縮こまっているようにも見える。
 銀髪の少年は、山小屋のぼろな壁に寄りかかって、屋外で夜空を見上げていた。見事な星空であった。山深いことも手伝ってか、空は高く、空気冷え切って鋭く、そしてなにより静かだった。
 ここの家主である少女から貰ったリンゴをかじりながら、少年はひたすらに夜空を見上げていた。「ルル」と相棒が呼ぶ声がしたときも、しばらく夜空を見上げて反応を示さなかったくらいだ。
「おい、ルル。聞こえてんだろ」
「聞こえている。……まったくナガトは、情緒にかけるな。趣のかけらも理解していない。このような見事な星空と静寂、そのように野暮に掻き乱すものではなかろう」
「そりゃ悪かったな」
 まったく悪びれない様子で、ナガトは煙草に火をつけた。じっ、とマッチが擦れる音の後に続いて、ルルヴェラにしてみれはおなじみのにおいがツンと鼻孔を突いた。ナガトのにおいである。
 両者はしばらくの間無言で佇んでいた。ルルヴェラは夜空を無心に見上げ、ナガトのその横で、煙草の火を風から守りながら立っていた。やがて沈黙を破ったのはルルヴェラの方である。
「……あの娘。十年前はさぞ苦労したろうな」
「そりゃあな、今もしてるし。若ェのに大変なこった……ああいや、『魔法使い』の血が入ってれば成長は少しくれえ遅いのか」
「十年前に『直系』が生まれなければ、あの子も普通通りに暮らせていたろうに」
「そうだな。ただし、『魔法使い』を排するのが普通の『普通』の中でだ」
 剣士のいらえはあくまで素っ気なかった。しかしルルヴェラもルルヴェラで、ほとんど独り言のようであって、無心に夜空を見上げたままである。そこには、昼間やいつもの、空元気で勝ち気な印象など微塵もなかった。
 ナガトは黙って、煙草の先でくすぶる火を風から守っていた。が、夜風は思いの外に鋭く、冷たい。せっかく煙草の先を焼き始めた火も、どうもくすぶりが悪かった。
「ルル」
「何だ」
「火ィよこせ」
 ナガトはぶっきらぼうに口元の煙草を顎でしゃくり、マッチ箱をルルヴェラに投げた。少年はまたも「趣を理解しない……」とぶつぶつ不平をたれていたが、しぶしぶのていで、マッチを擦った。けれども、やはり風が弊害して、なかなか火はつかない。
 だんだんやっているうちにやっきになってきた少年を見やりながら、ナガトは壁にもたれた。
「ルル」
「何だっ、今忙しい」
「あまり気に病むな」
 少年は一瞬不満気な表情で相棒を見たが、すぐにマッチを擦るのを再開した。「病んでない」と少年のつっけどんな答えが返ってくる。そのあからさまな態度に、ナガトは付きの悪い煙草を深く吸い込んで苦笑した。やっぱりまだ子供だ。
 そのうち、シュッと小気味いい音がして、ルルヴェラの握りしめたマッチの先端に火が踊った。少年は風からかばうようにしてあわてて手をかざす。ナガトは長身を折って、ルルヴェラの手の中で守られている火に、くわえた煙草の先端を近づけた。
 じ、じ、じ、と、薬品の焦げる音。ルルヴェラはぼうっと手の中で踊る小さな火を眺めていた。それはまるで生き物のように、うねり、縮み、伸縮し、揺らいでいた。
 その時だ。ルルヴェラの嗅覚を、なにか違和感がさした。
 少年はかすかに眉をひそめ、暗闇が広がる森林の方へと視線を投げた。確かにそちらのほうから今、奇妙なにおいがした。
「ナガト。変なにおいがしないか」
「あー?」
「なにかが燃えるにおいだ」
 ナガトが変な顔をするのがわかった。彼のことだ、今目の前でマッチ燃やしてるだろうが、というツッコミを入れたいところだろう。ただし、煙草をくわえているのでそれは視線で送られてくるにとどまる。
 だが、ルルヴェラの違和感はそういうことではなかった。もっとちがう、あぶらの焦げるようなにおいである。
「……てか、おい、ルル。お前、ちょっ、……もう火はいい」
 ナガトが、いぶかしげに、マッチを持ったまま硬直したルルヴェラに言うが、ルルヴェラは無視である。相変わらず興味は森林の向こう側へと注がれていて、マッチを下げる様子が見られない。いい加減にマッチの火も大きくなってきた。
「おいっ、こら、ルル! ちょっ、スゲエ燃えてるぞコラ! このままじゃ火が……うおっ、前髪が焦げる! おい、ルル!」
「ナガト、返す」
 ナガトの呼びかけもむなしく、ルルヴェラは視線を森林から離さないまま、ナガトにマッチを押し返した。もちろん、囂々と燃えたぎる火がついたままである。ナガトは声にならない悲鳴を上げて、それを必死に消火した。ここは森林の中なので、へたに火種を落としたら山火事という恐ろしいことになりかねないので余計に気を遣う。
 ナガトがようやく一人で消火を終えたとき、ルルヴェラは目の前にいなかった。少年はボロ屋の兵をよじ登り、器用な足裁きでボロ屋に屋根の上に立つ。煉瓦のはがれて久しい屋根板は小柄な少年の体重ですら瓦解しそうなほどに弱っていた。なるべく梁の上の部分を選んで足を落ち着ける。
 ルルヴェラは黒い海に目を凝らした。時折ざっと夜風が通り過ぎ、ルルヴェラの銀髪が揺れる。少年は眇めた目の先、ずっと向こうの方を凝視していた。ふもとの村があるあたりである。黒い海にそこだけ違和感がある。
 そこにあったのは、赤い点だ。まるで夜行。赤い点が列をなし群れをなし、不気味に水面に揺らぎながら確実にこちらへ向かっていた。
「……松明の火だ。これは……」
 ルルヴェラは一瞬いぶかしげに容貌をしかめたが、一刹那後にはそのオッドアイを瞠目した。旋律が背骨を突き上げる。
 松明は古代から、悪しきものを退ける為に呪術や祭で使われてきた。少年は十年前にも同じような光景を見たことがある。
 かつて第二次『魔法使い』殲滅線にて、松明を手に侵攻してくる連合軍の姿が、ルルヴェラの脳裏で眼前と光景と重なった。
「ナガトッ! ふもとの村の奴らだ、こっちへくる!」
「ああ? そりゃまた、こんな夜中になにをしに」
「松明を持っている、あれは対『魔法使い』時の心的装備だ! あいつら、ここへ……ユーナの所へ来ている!」
 剣士はそれだけで意味を悟った。途端に眠たげだった顔を険しくさせる。「あとどれくらいで着きそうだ」とナガト。
「あと一時間……いや、四十分弱。それに結構人数がいる」
「分かった。ルル、お前は嬢ちゃんを起こしてなるだけこの家から離れろ。できれば森からも抜けた方がいい。俺が足止めをしておく」
 ルルヴェラは体重を感じさせない跳躍で地面に降り立つと、険しい顔で首肯した。ナガトは腰の愛銃を確認し、ぐっと袖をまくる。ナガトは苦い薬を飲み下したかのように顔をしかめるルルヴェラを見ると、彼の銀髪の頭をぽんとはたいた。
「気に病むな」
「病んでないといってるだろうが」
 ルルヴェラはむっとすると、きびすを返して山小屋へ向かう。戸口の向こうへ消えかけた相棒に、ナガトはもう一度声をかけた。「ルル」
「なんだ」
「いざという時はちゃんと、使うんだぞ」
 ナガトの忠告に、しかし、ルルヴェラは背中越しに無言で返した。やがてすねたような口ぶりで、「わかってる」と返ってきて、そしてルルヴェラの背中は小屋の中に消える。
 夜風が黒髪を揺らす。ナガトはその子供じみた態度にひっそりと苦笑し、それからふっと息をつき、――そして決然と前を見据えて歩を進めた。

/

 ルルヴェラに起こされたユーナは呆然としていた。当然である。突然、ふもとの村の者達が、お前を掃討しにきた、というのに驚かない方がおかしいというものだ。ルルヴェラは力をなくして足をすくませる少女の手を引いて、山小屋の裏口をくぐった。忠犬もきちんと、二人の後方を守るように後ろについてくる。どうにも、「おれのほうがユーナをまもれる」と言いたげな目をするので、ルルヴェラは犬に向かい「いーっ」と歯を剥いておいた。
「そんな……どうして……今まで何もなかったのに……」
「ただ抑えていただけかもしれん。血統の違いというのはなかなかに難しいのだ」
 ユーナの細い腕を引きながら、ルルヴェラはぼろい勝手口をくぐった。髪の毛にかかる蜘蛛の巣を払いのける。
 ナガトが足止めをしている。彼のことだから、その点は信用して良い。彼は確実に足止めをして時間を稼いでくれるだろう。ならばルルヴェラも自分のやるべきことをこなすのみである。
 この少女をちゃんと保護すること。
「心配するな、ナガトがしっかりやってくれる。娘、お前の身もこのルルヴェラが守る。これ以上最強の布陣はあるまい。安心して、その犬畜生を少しでもオレから遠ざけろ」
 銀髪の少年はいつになく真剣だった。ルルヴェラにとって『魔法使い』と人間との確執は、人生でもっともおもしろくないことの一つだ。ナガトと一緒に各地をふらふらするのも楽しい。名が売れるのも、賞金狩りに追いかけられるのも楽しい。相棒とけんかすることまでおもしろい。ナガトと出会ってからは特に、毎日がおもしろいことだらけだ。
 でも唯一腹立たしい。この血族間の確執というやつが、少年にはこの上なく不快だった。
 ルルヴェラは勝手口を出て、後続する少女の方に振り向いて、彼女をかばいながら戸口から出させようとした。
 そして事態はほんの一瞬で起きた。
 ふと、少女の顔に旋律が走り、ヴァレンハイトが高く吠え、後頭部に鈍い衝撃を感じて、ルルヴェラの意識はあっという間に昏倒した。

/

「こんな夜中にいい大人がお友達引き連れて火遊びか?」
 立ちはだかったのは長身の男である。短髪は黒髪。白いシャツとジーンズパンツ。腰には長刀。皮肉下に口角を持ち上げた口元には紫煙を上げる煙草。細長いシルエットが夜闇の中、松明の明かりでぼんやりと浮かび上がっていた。
 村人達は侵攻を止めた。彼らの先頭に立っていた、村長格と思しき男が進み出る。
 なにかつまらない映画でも見させられているような顔で、ただ口元には挑発的な笑みを貼り付けて立ちはだかる異国人に、男はぎろりと白眼を向けた。
「おぞましい血族を掃討しにいくのだ。そこを退いて貰おうか、異国人」
「断る。一宿一飯の恩を仇で返すわけにはいかん。どだい、俺ァ、異血統だからとやたら差別したがるユデタコが最もキライなんでね。私怨も少々」
 長身痩躯はそう言って、煙草の煙を吐いた。だんだんと村人達の間にどよめきが起こり始める。
 今宵彼らは、『魔法使い』を掃討しにやってきた。この森林の奥で暗いのは使用時夜の姿形をしているといったって、太古・そして十年前、彼らを恐怖に陥れた血統の血族なのだ。『魔法使い』によって家族や財産を失った者だって大勢居る。そんな彼らが、憎むべき異端を排して何が悪いというのだろうか。
 十年前、『直系』は結局見つからなく、今でも行方をくらませている。もし『彼』が再び夜に姿を現せば、血族達が再び決起するだろう。この血に血族をおいておけば、戦禍を被るかもしれないのだ。
 それを、何も知らない異国人などに阻まれて、愉快なことがあろうか。
 長身痩躯は、殺気立ち始めた集団に方眉を持ち上げると、ニッと笑った。彼は煙草を吐き捨てるが、空中に吐き捨てた煙草がまだ地面に着く前にふと何か気付いた顔になった。
 そして、次の瞬間轟いた銃声に、村民の多くはまったく反応できなかった。
 それはまるで『魔法』だった。一瞬前には何もなかった長身痩躯の手の内に、長刀ではなく拳銃が握られており、しかもそこから放たれた弾丸は地面に落ちかけていた煙草を消し飛ばしていた。
「……アブねえ、また山火事未遂をするところだった」
 剣士はそうぼやくと、手中の拳銃を器用にくるりと回し、
「では、ナガト・ヒヤマ。推して参る」
 
/

 ナガトはもちろんのこと、努めて村人を傷つけぬようにあしらっていた。銃弾を放つのは、武器破壊か威嚇の為だけにして、あとはグリップで殴りつけるか、相棒を倣って殴りつけるか足払い、その程度ですませていた。
 あらかたの村民は、突如現れた強固な防壁に逃げ帰っていった。何人かには、さすがに賞金首と気付かれたらしく、ナガトはそうそうにこの地を離れなければなと苦い思いをかみしめる。
 数刻の間の対峙で、剣士は村民のほとんどを鎮圧していた。大半は逃げ帰り、残る少しは多少痛い目を見て気絶している。しかし軽傷に留めたつもりなので、すぐに気は付くだろう。
 十分に足止めはした。そろそろルルヴェラのところへ合流したほうが良かろう。あの少年は、こういうことに人一倍こころを痛ませる。彼の出自を鑑みれば詮無いことであるが、こういう時のルルヴェラはまったくもって頼りない。ヘマをしていなければいいが、とナガトは拳銃をしまって後方を振り返った。山小屋がある方だ。
 ――そこで、ナガトの目に映ったのは信じられない光景だった。さしものナガトも、瞠目して声を上げることを禁じ得なかった。
 山小屋の方向から上がっているのは煙――それも、かすかに火の粉の影が見える。小屋が燃えているのだ。
 そんなばかな、とナガトは愕然とした。誰一人として取りこぼしては居ないはずだ。しかしそこで、自分のうかつさに思い当たった。
 先遣に間諜が入っていたか……!
 それに、火の手があがっているということは、ルルヴェラ達が逃げおおせた後に火をつけられたか、それとも最悪の事態かのどちらかである。後者でないことを祈りつつ、ナガトは急ぎきびすを返した。

//

 少年の意識は、暗さと明るさが入り交じった、奇妙な空間をゆらゆらとたゆたっていた。そこは、十年前の暗い暗い戦場であったり、相棒と過ごした明るい明るい十年間だったり。
 これは、あれだ、いわゆる、走馬燈と人が呼ぶ。
 ルルヴェラは困った。なんでオレの人生は、十年前と十年間に集約しているのかとほとほと困った。まるでそれ以外の月日がまるで無価値のようではないか。それは甚だ不愉快である。一匹狼を気取っていたときだって、十分充実していたろう、オレ。
 そんなに不満だったのだろうか。そんなことはない。ただ少し、最近の十年の方がにぎやかなだけである。ルル、という、あの男作の独特の愛称が好ましいだけである。
 ルルヴェラ。十年前以降はそういう風にちゃんと名を呼ばれたことはあっただろうか。
 ただの『魔法使い』ではなく、ちゃんと――

「ルルヴェラさん!」
 べろん、と、三度目くらいのショック的な感触に、ルルヴェラは飛び起きた。頬がぬめっとしてべとっとする。これは敵襲だ。何星人だ。
「ルルヴェラさん、よっ、よかったっ……! 動かないから……もしかしてって……」
 宇宙人策敵にめまぐるしく視界を巡らせていたルルヴェラの、焦点がようやく合った視界には、涙が顔をくしゃくしゃにした少女がいた。その傍らには犬畜生星人。
 ゆっくりと視界に焦点が合っていくのにつれて、ルルヴェラは自分が気絶していたのだということ、そして何者かに背後からおそわれて不覚を取ったのだということを思い出した。「……む」とうなって、ルルヴェラはあたりを見回した。
 あたりは一面、オレンジであった。「……むっ」ともう一度うなって、目をごしごしとこする。
 明瞭になった視界には、より鮮やかにオレンジが映った。オレンジのみでない。朱色に紅蓮、さらに嗅覚も復活して異常な焦げ臭さ、さらに触覚も復活して、ジリジリと肌をやく妙な熱気に気付く。
 ルルヴェラの周りはぐるりと、火、火、火、時々ヴァレンハイトさん。そんな状態だった。
 詰まるところ、燃えさかる山小屋の中に、少女と犬と魔法使いはいるわけだった。
「……ん、なっ、……何ィイ!? ちょっ、これは……嘘ォ!? ……嘘ォオ!?」
 ルルヴェラは目玉が飛び出るかという勢いで驚き、しかも乗じて自分の手足が縛られて自由がきかないことに気付く。よくみれば、少女も同じであり、しかもヴァレンハイトさんに至れば、よほど果敢に立ち向かったらしくあちこち傷だらけである。
 いちばん男前に役回りを犬畜生にとられたらしい。ルルヴェラはじりじりと胸中に感じ入るものがあった。
 それはさしも、じりじりとているのは胸中にとどまらない。こうしている間にも二人と一匹には火がじりじりと迫っている。二人と一匹がいるあたりはちょうど延焼を免れているが、いつ天井が落ちてこないとも、火が回らないとも分からない。
 ルルヴェラは、恐怖に震える少女を見ると、にいっと笑って見せた。犬にばかりお株を奪われてしまっている。ここは挽回せねば男でない。
「案ずるな、オレは魔法使いだからな! 人一倍丈夫なんだ。それになんだこの程度の火。オレの風呂の温度の方が高い」
 ルルヴェラは言いながら、縄がほどけぬものかと腕に力を込めたが、荒縄で厳重にご丁寧に縛ってある。火に焦がして焼き切るか、あとは最悪の手段だが、ヴァレンハイトさんにかみ切って貰うしかない。しかし前者を試している時間はなさそうである。火の周りはぼろ屋なぶんずいぶんと早い。
「――……この犬畜生っ! ……否、ヴァレンハイトさん! ここは男同士休戦といこうじゃないか。休戦だぞ。ここ出たら、また再開だかんな」
 何をだ、というツッコミをナガトがいたらしていたろう。しかし忠犬は意味を理解したらしく、わんと掠れた吠え声を上げると、足を引きずってルルヴェラの手の縄にかみつき始めた。しかしこの忠犬も、先刻よほど酷い目にあわされたのか、牙もぐらついていて心許ない。
 ……なんというていたらく。ルルヴェラは唇を噛んだ。せっかくナガトが時間を稼いでくれているというのに。
 ――脱出方法はある。だが、それは一番使いたくない方法であり、ルルヴェラ自身絶対忌避したかった。
 しかしこのままでは全員火だるまである。そんなことを言っていられない。
 ぱちぱち、ごうごう、という炎の爆ぜる音の間に聞こえたすすり泣きは、ルルヴェラのそんな葛藤を遮った。熱気が渦巻く中で、少女は乾いた涙をこぼしていた。顔を伏せて、どこかで家屋の一部が焼き崩れる音に身をすくませながら、声も上げずしゃくり上げていた。
 「どうして」。ルルヴェラがようやく聞き取った一節である。少女は、何とか助かろうとあがく二人を前にして、止めどない涙を流しているのだった。
「どうして、あたしも、ヴァレンハイトさんも、なにもしてないのに……どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう……。なんであたし、『魔法使い』の血なんか引いてるんだろう……。なんで、今更、『直系』なんの生まれてきたの……っ」
 ルルヴェラは、ごうごうとたぎる炎の音が、少女の泣き声と合わさって急に静まったように感じた。遠いところで爆ぜている炎。血統を嘆く少女の嗚咽。すべてが一瞬遠のき、そして、ふと意識が十年前に飛んだ。
 ひどい戦争。『魔法使い』の血を引く者をすべて対象にした。ひどい戦いだった。
 あれから十年だ。ルルヴェラは、こういう少女が一人でも減るように、各地を報労してきた。差別される者を見つければ、差別した者を蹴散らしてきた。そのおかげで、人間の恨みを買ったが、それでも良かった。
 それが、ルルヴェラの持つ出自の宿命である。それを少年は甘受している。
 ぶちん、というにぶい感触が、ルルヴェラを白昼夢から引き戻した。見れば、腕の縄が噛みちぎられている。ヴァレンハイトさんが、「どうだ」と言わんばかりにルルヴェラを見上げていた。
「……感謝する。ヴァレンハイトさん。男として、魔法使いとして敬意を表そう」
 ルルヴェラは腕を縛っていた荒縄をほどき、自由になった手で足の縄もほどくと、未だ嗚咽を上げ続ける少女に向いた。
 ごうごうと火はたぎっている。火の粉が耳元で爆ぜている。ルルヴェラは、それらからかばうように、少女と犬を自分の腕の中に抱き込んだ。
 ユーナが身をすくませる。ルルヴェラは、決闘でも申し込むかのように口ぶりで、
「泣くんじゃない。心配するんじゃない。絶対、お前らは助かる。なぜなら、ルルヴェラ・ジェットは魔法使いだからだ。どんな奇跡でも起こしてやる。それが『魔法使い』だ」
 少年はそう決然と言い切ると、きつく瞑目した。そうだ。せめて、こういう、「直系」の誕生のために苦渋を強いられた人の為に。それが少年の十年前からの誓いだ。
 自分が、同胞達に被らせてしまった迷惑と迫害の償いが、この十年の旅だ。
 
 ルルヴェラ・ジェットはオッドアイを見開いた。体を少女と犬から放し、彼らの肩に手を置いて、しっかりと視線を合わせる。炎の舞台。なるほど、演出には十分だ。
 ルルヴェラは胸中に相棒を思い浮かべた。すまない、ナガト。少しばかり借りるぞ――
「さあ、見給え、諸君。ルルヴェラ・ジェットの、とっておきの魔法だ」

/

 ナガトが到着したとき、山小屋はもうほぼ炎に覆われていた。長身痩躯は鋭く舌打ちをすると、せめてどこか火が弱いところはないかと駆け寄って観察する。その時、ナガトは、山小屋の裏手にいた男と鉢合わせした。その瞬間に、彼が、自分を出し抜いた者であると悟り、ナガトは瞬間に拳銃を引き抜いた。
「テメエッ、ここにいた奴らをどうした!」
 立っていた男はむしろ、青年の域を出ていない若い男だった。栗色の髪をしていて、細面はきまじめそうな印象がある。青年はナガトと拳銃を見てさすがに萎縮し、じりりと後ずさりした。瞬間、青年の足下が味蹴る。ナガトの威嚇射撃である。
「言え。でないと手足一本ずつ打ち抜くぞ」
 その声は、絶対零度でありながら、炎のような裂帛の気合いがあった。本気だということを、青年は本能的な部分で悟った。ごくり、と唾を飲み込む。青年は、ぼそぼそと声を絞り出した。
「銀髪の男と……ここに住んでる奴なら、まだ、中だ……」
「そうか」
 ナガトの返事は平易で簡素だった。その代わりに銃口は青年から下ろされることはなく、また射抜くような視線もそのままだ。ナガトは今すぐにでも小屋の中に駆け込んでいきたいところだが、せめてこの青年は逃がすわけにはいかない。身動きをとれない程度に痛い目を見て貰う必要がある。
 ナガトが拳銃の撃鉄を持ち上げた。その瞬間だった。
 ナガトの長身痩躯が、びくんと痙攣した。青年は目を剥く。とたんにナガトはのけぞるようにして胸を押さえ、短く悲鳴を上げた。拳銃が彼の手から落ちる。
 何がなんだか全く分からないが、青年がこの好機を逃す手だてはない。すばやく青年は長身痩躯に駆け寄り、彼の拳銃を蹴り飛ばした。ナガトは地面に両手をついて、何かに耐えるように痙攣を繰り返している。この上ない好機だった。敵――少なくとも、計画には妨害でしかない男は、なぜだか勝手に死にかけている。青年はナガトの胸ぐらを掴み上げた。ナガトはほとんど無抵抗である。
「何がなんだかわからないが……計画を邪魔立てするな。『魔法使い』の血統は乱を呼ぶ! 村の平穏のためには必要なことだ!」
 そう。『魔法使い』の血は乱を呼ぶ。十年前の『直系』の出現でそれは改めて世に知らしめられた。青年かて、十年待て歯連合軍に徴兵され、死に目に何度も遭った。『魔法使い』はいてはならぬ。忌避せねばならぬ。十年前の戦役は、『直系』の行方が分からなくなったということで今は落ち着いているが、いつまた始まるともわからない。今から火種はツブしておく。 
 それが、平穏の秘訣なのである。
 だがしかし、青年の意気込みをあざ笑ったのは、ほとんど無抵抗のナガトだった。彼は青年に締め上げられながら、喉奥でクツクツと笑っていた。
「……ルルの奴、ちゃんと使ったな」
「何を言っている!」
 青年はナガトの襟首を締め上げる手をきつくした。そのとき、ナガトの上衣が乱れ、その下に隠されていたものが、炎に照らされて青年に視界に映った。
 それは異様なものだった。ナガトの胴を斜めに横断しているのは、恐ろしいほどに大きな傷跡であった。確実に致命傷か、それ以上であったと思しき傷跡である。そしてさらに青年を驚かせたのは、その傷口の周りを囲むように記された奇妙な刺青であった。それは紋様のような、文字のようなものである。
 その奇異な風体に、青年が瞠目している時を同じくして、奇妙な現象が起きた。
 まず、小屋を包んでいた炎がまるで意思を持ったように倍加し、ふくらみ、胎動する。
 そして炎は、その胎動に合わせて舞うようにうねり、回転。まるで炎の竜巻である。そしてそれらはやがて収斂を開始する。 
 それはまるで、炎に『魔法』がかけられた、とでも言いたくなるような、奇妙な、光景だった。
 
 その奇跡のような超常現象に、青年が瞠目している間隙をねらい、ナガトはすばやく足を持ち上げて青年の鳩尾を蹴り上げた。自分の首を絞めるような行為だったが、結果として、突然の襲撃に青年は手を離し、ナガトは地面に投げ出される。青年はそのまま地面を転がり、小さく呻く。
「ばっ、ばかな……! なんだこれは……!? まるで……」
「『魔法』だな。ホンモノを見るのは初めてか?」
 青年の狼狽を引き継ぎ、ナガトは悠々と応えた。未だに息は荒いが、もうだいぶ落ち着けたようで、胸を押さえながらだが、自分の足で立っている。
「それに、お前……そのような疵で、何故生きている!? そんな大傷で生きてるはずが……!!」
「ああ、死んだよ」
 ナガトの返事はあくまでも素っ気ない。剣士は愉しんでいるような視線を燃えさかる――いや、もはやある少年の手中で踊らされている炎の群れに向けた。
「十年前に、は檜山長門《ヒヤマナガト》一度死んでいる。ある『魔法使い』が魔力を全部つぎ込んで、俺の死を封印しているんだがな。その『魔法使い』はそのせいでふだん全く魔法が使えない」
 剣士は口角を持ち上げた。まったく、だから馬鹿な奴だというのだ、あいつは。魔力を使うには、ナガトの封印を少しばかり弱めてそこから魔力を供給せねばならない。それをあいつはいつも遠慮する。
 ナガトにとって、死は恐ろしくはない。一度体験済みだ。だから、あの少年の魔力で保っているこの命は別に、あの少年が好きなように使えばいいのだ。
「まあ、あいつの魔力だ。ちゃんと時がくれば返すけどな」
 ナガトは誰に出もなくそうつぶやくと、煙草を取り出して火をつける。今度は火の付きは大変良かった。
 青年は信じられないという顔で、首を振っている。
「そんな、 ヒトの死を封じ込めるなど! そんな大魔術できるものかっ、そんな魔力を持つのはもう滅びた『魔法使い』の『直系』だけ……――」
 青年の言は、最後まで続かなかった。炎の竜巻はどんどんと収斂をみせ、そして、ほどよくなったところでぼろ屋の壁が吹き飛んだ。否、蹴り飛ばされた。計ったような正確さで、青年はその吹き飛んだ壁の延長線上にいた。不憫なことに、彼は抵抗の間もなくがれきの下敷きとなった。がれきといってもまあ、木片であるので死ぬことはなかろう。
 ナガトは悠々と煙草をふかし、今し方蹴り破られた壁の向こうを見やった。今度はとてつもなくおもしろい映画を見るような目である。
「――……遅えよ、ユデタコ」
 もちろん、そこに、少女と犬を抱えて仁王立ちで現れたのは、銀髪の魔法使いだった。






 それはもう、不憫なほど焦げ焦げであった。
 ルルヴェラのお気に入りの黒外套がである。
 先日の火事のせいで、外套は見る影もなく焼けてしまっていた。あちこちに焦げて穴があき、がれきにひっかけて裂け目がついてしまっている。もはや修繕は不可能だった。
「いーじゃねえか。別に。もともと暑苦しかったんだ、この機会に脱いじまえよ」
 ナガトはそういうのだが、ルルヴェラはというと、「断る!」の一点張りだった。
「いいかナガト! 黒外套とはな! 魔法使いが魔法使いである為に必需アイテムなのであって! 外套のないオレなどただの自称魔法使いに落ちこぼれてしまうのだ!」
「まるく収まるじゃねーか」
 しかしルルヴェラはもう十年来の相棒を失ったとしばらくはふてくされて、動き出してくれそうにない。先日の騒動の際に村民に賞金首だとバレたっぽいのでナガトとしてはさっさとこの地を離れたいものなのだが。
 どうしたもんか、ナガトが頭を抱えていると、ふとそこに元気の良い吠え声が聞こえた。
 へこむルルヴェラと悩むナガトに駆け寄ってきたのは、栗色の髪をした少女と、それから大きなブチ模様の犬である。ユーナとヴァレンハイトさんだ。
 先日の後遺症も癒え、今ではすっかり元通りになった。ただし彼女の住まいは焼けてしまい、しかもこのままこの付近に滞在していたのでは確実に危険を伴う。
 ということで、一人と一匹がこのたび、暫定的ながら旅のツレとして仲間入りしたのだ。
「やあ、嬢ちゃん。支度は済んだのか」
「うん。もともと持っていくものもそんなにないもの。あたしはヴァレンハイトさんがいれば十分」
 ユーナはにっこりと微笑んだ。横でヴァレンハイトさんもワンと吠える。ナガトはそうだと妙案を思いついた。このままではテコでも動き出しそうにない相棒を動かす手だてである。
「しかし、嬢ちゃんから聞けば、この前の騒動ン時はヴァレンハイトさんが大活躍だったんだってなァ。どこぞのお馬鹿が卒倒している時も果敢に敵に立ち向かい、しかも縛られて身動きできんお馬鹿を助けてくれたそうじゃないか」
 ぴくっ、と少年の背中が痙攣する。――よし、もう一歩。
「まったく、今回の主役はヴァレンハイトさんで決まりだな」
 とどめのイッパツだった。銀髪の少年は憤怒の形相で立ち上がり、今までぐずっていたとは思えぬ威勢の良さで、
「ふははは! そこの犬畜生っ! そういえば貴様とは再戦の契りがあったな! よもや忘れたとはいわせんぞ! うん? なんだその沈黙は。ああ、そうか。己の敗北を認めたか! ほう、なかなか良い判断だ!」
 犬相手に勝手にまくし立ててふんぞり返る少年だが、次の瞬間にヴァレンハイトさんの無言の逆襲――もとい熱烈なハグに遭って悲鳴と共に地面に転がった。
 ヴァレンハイトさんはしたり顔で一声吠えると、さっさと歩き出してしまう。見るからに彼の勝利である。
 だが魔法使いは大変未練がましかった。「口上を遮るとはなんたる無礼」とよくわからないいちゃもんをつけて犬のあとを追いかける。
 先行した一人と一匹に、剣士と少女はこれからの行く先をいささか心配した。が、まあ、たぶん、何とかなろう。

 
 行く先々で、『魔法使い』族を擁護し、差別していた側を容赦なくブン殴る――そんな、時代の流れとは少しズレた二人組の首にかかる賞金がまた少し値上がりするのは、このすぐ後のことある。




end
2008/05/09(Fri)23:32:37 公開 /
■この作品の著作権は林さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まだまだ未熟で、つたないところも多いですが、とにかく書き上げることを目標に精進していきたく思っています。よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除