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『URGENT』 作者:ケンジ / 未分類 未分類
全角12573.5文字
容量25147 bytes
原稿用紙約40.15枚
何の変哲も無いタクシー運転手。20代最後の年、彼はあるひとりの男を乗せる。乗せた男が何者か、それは一介の運転手には知る術もなければ必要もない。しかしある道を通り過ぎたその瞬間。男の態度が、一変する。
 タクシー運転手という職業は、疲れる仕事だ。来年で三十路を迎えてしまう俺もそろそろ仕事開けの風呂が板につく人間になってしまった。
 だが発見もある。毎日違う人間を後ろに乗せてると、色々悟るもんだ。この世に溢れる人間というものは本当に頭の構造が違う。
 無口な奴、とかく喋りたがる奴、酔った奴、カタギには見えない奴。
 そして、こいつ。

「だから俺はそいつの頭を巨大レンチでぶん殴ってやったんだ」
「そうなんですか」

 酔ったようには見えない。だが正気にも見えない。強いて言えば、小学生だ。小学生の子どもが自慢話を一生懸命友達に話している。
 ネクタイを締めているから社会人なのだろう。臙脂色のそれは結構な上流とみたがどうもそんな雰囲気でもない。
 妙な奴を乗せてしまったなと、思う間もなくそいつはまくし立てている。
 こちらが聞いているか否かは彼にとって問題でないのだろう。簡単な相槌程度の返事でも満足しながら喋っていた。

「そしたらその野郎、一目散に逃げやがってよ。まさに俺の大勝利というやつだ」
「そうですね」

 喧嘩の話だったのか。どこに巨大レンチがあったのやら。石油採掘場に居たのか? それとも偶然そこにレンチがあったのか。
 目の前の車のナンバーを見ながら静かに嘆息する俺は右手で帽子を被りなおす。
 バックミラーで背後の顔を見る気にもなれず、信号が変わるのを待った。

「よし」

 信号が変わった。ミッションを変換してアクセルを踏む。この動作はほとんど意識していないが、後ろのかすかな声に俺の耳は対応しなかった。
 一定速度に達したところでハンドルを握りなおす。
 目的地まであと30キロといったところだ。この進み具合なら40分で着く。

「電磁影響網を突破した。これより通常交信モードに移行する」
「は?」

 耳慣れない言葉に、思わず聞き返したが後部座席に乗る奴はその後も意味不明の単語を織り交ぜて喋っている。
 バックミラーで見てみると耳から何かが伸びていた。
 正しくは小型の通信機のようなもの。よくテレビクルーが装着してるような装置だ。そいつは、そのマイクに向かって話している。相手の声が聞こえないのはイヤホンをしているからだろう。
 
「確かに発信機は死んだんだな? ああ。ああ……オーケー。分かった」

 さっきまでの子どもはどこに行ったのか、奴の話しぶりはまるで何かの映画だ。
 困惑するしかない俺はただ車を運転しているだけだ。目的地に、向かって。

「随時交信モードに切り替えた。これから協力者に話をつける」

 協力者だと? 協力者は、この場合俺しかいない。信号がまた赤だ。仕方なくブレーキを踏もうとしたが、背後で叫び声があがる。

「やめろ止めるな! そのままのスピードでいいから走り続けてくれ」
「し、しかしお客様」
「金なら払うから。頼む」

 そう言われても、道路交通法違反は結構な罰金を取られる。事故をしたらそれこそ大事だ。前科持ちにはなりたくないし、第一この仕事をやめたくもない。
 乗せた客に信号無視しろといわれ、渋々ながら「一度やってみたかったんだ」と言うのはそれこそ映画の中だけだ。
 20代最後の年にこんな災難に巻き込まれる罰当たりなことをした覚えはないぞ。
 だが。
 
「頼む」

 他の車から注がれる視線が痛い。
 タクシーが信号無視か? そんな心の声が聞こえてきそうだ。ああ、見ないことにしよう。

「頼むから」
「私はただの……う、運転手ですよ」
「ああ。知ってるよ」

 どうする。どうする。迷っているうちにとうとう信号を超えてしまった。歩行者が驚いてこちらを見ている。目を逸らした。
 
「助かる」
「私知りませんからね!」

 半ば悲鳴のように叫んだ拍子に、前から車が走りこんでくる。すんでのところで相手がかわし、こちらは事なきを得たが相手はガードレールに突っ込んでいた。
 謝りながらそちらを見ているともう一台、前から車が来る。前から来るということはここは反対車線だ。

「う、うあぁっ」

 呻きながらハンドルを回そうとするが、正常な車線に入る隙間はない。かといってこのまま対向車線寄りに走っていても危険なだけだ。
 思い切りハンドルを切った判断は最悪なものだった。
 いつか映画で見たことのある光景。何だったかは思い出せないが、確かアニメだった気がする。
 
「あんた冴えてるな! 歩道に乗り上げればマグナも反応しない」
「マグマっ? 危な、うわっ」

 間一髪で前から飛びのいていく人々は驚きと怒りの表情でこちらを見ているが、背後の男は歓喜の声を上げていた。
 何故俺はこんなことに巻き込まれてる。さっきまでただの運転手だったのに、今や暴走車の運転手だ。
 減俸どころの話じゃない。それもこれも奴が悪い。

「あ、あんた何者なんだよ! それよりこの車、やるから俺を降ろしてくれ!」

 叫びながら運転していくが、そのうち騒ぎを知った人々が俺の運転する車の前から事前にどいていく。
 ガラガラになった歩道を50キロで走るタクシー。そのうちパトカーのサイレンが聞こえてくるはずだ。
 そうなったら俺は助かるのか? 終わるのか? 

「悪いが詳しく説明している暇はない。俺もあんたを降ろしてやりたいが、色々やることがあるんでな」
「そっちの事情だろ! 俺は一般市民なんだ」
「だから悪いと言って、うわっ」

 狭い歩道だ。どこかにぶつけるなと言うほうが難しい。車体のあちこちが削ぎ落とされるような衝撃と、あながち比喩でもない破壊が起こっている。
 このままではいつ事故を起こしてこちらが車に潰されるか分からないわけだが、今まさに壁にぶつかったところだ。
 
「マグナには捕まらないが……っ、これじゃいつ死ぬか分からないぞ」
「じゃああんたが運転しろよっ」

 俺の混乱しきった頭ではそう叫ぶのが精一杯で、マグナがどうだとか奴が誰だとかいう思考はまるで生まれない。
 これは恐らく正常な反応なのだろう。窮地に陥るほど人間は冷静になると昔聴いたことがある。俺は今冷静か? いや、多分全然違う。
 冷静ならこんな奴を乗せて歩道を50キロで走ってはいない。
 周囲を見回す余裕はないが、きっと迷惑そうな顔をしているのだろう。所々街を破壊していく暴走タクシー。
 今日の夕刊に載るだろうな。

「車道に出るのも危険だが、ここも危険だな。マグナ覚悟で戻るか……あんた、どっちがいい?」

 どっちがいいだと?

「そもそもマグナっていうのは何なんですか!」

 大憲章のこと、ではないよな。ハンドルを切って街路樹を避けた俺はマグナ・カルタを脳内から消した。
 すでに白手袋の中の素手は汗で濡れている。春先だというのに体感温度は大分高い。さもありなん、これほど切迫した状況なのだ。
 
「敵方のレーダーだ」
「なっ、そんな、走るのはこの車だけじゃ、ぁああ!」

 一瞬バックミラーを見ると、背後に車がついていた。黒塗りのセダン。ここは歩道であり、歩道とは本来車が通る場所ではないということは世界の常識であるはずだ。
 だというのに何故かこのタクシー以外にも歩道を驀進する車があるのはどういうことだろうか。
 更にはその車から身を乗り出している人物が構えているものは、映画の中で散々見てきたものだ。胃のあたりがスッと冷えるような感覚。
 俺の表情を見た後ろの男が振り返った。前を見て運転するだけで精一杯の俺は少しだけ速度を下げる。

「マグナは踏んでないはずだが」
「レーダーはあんたに反応するのか?」
「俺じゃない、いや俺ではあるんだが……」

 パァン! と乾いた音がした。一瞬、何が起こったか全く分からなかったがすぐに覚醒する。耳に残る発砲音とは少し違う気がするが、恐らく間違いはない。
 奴らは拳銃を構え、こちらに向かって撃っているのだ。

「何であいつら! 銃刀法違反だろう」
「ちっ、ここじゃ動きが取りにくいな。車道に出てくれ!」
「無茶言うなよっ」

 今車道に出るのは命知らずという次元を通り越している。幾ら日本とはいえ暴走する車が走るほど車道は平和ではないのだ。
 それなのに。車道に出ろと。

「いいから! 撃たれたいのかあんた」
「俺たちが車道に出ても追って来るでしょう! そしたら全ての車が巻き来れるだろっ」
「周りを見ろ」

 言われたとおり、横目で見ると車は一台も無い。愕然とするとはこのことだ。何故かは分からないが、確かに一台も通っていない。
 そして更には人さえもいなかった。平日の正午とはいえ、それは非常事態だといえる。人のいなくなった町並みほど異様なものはなく、こんなときでもその薄気味悪さを感じた。
 そのとき肩を叩かれ、現実に戻される。

「車道に出てくれ、とにかく」
「わ、分かった」
「出たら窓を破るが許してくれ」
「それは困りますよ! タクシーって意外に高いんですからね! その弁償させられたら俺はおろか両親は破産し」
「金は払うって言ってるだろうが!」

 押し問答を一通り繰り返し、俺は舌打ちをしてブレーキを踏む。同時にハンドルを思い切り右に切って方向転換した。
 素人のドリフトでまけるとは思えないが、重力を感じながら車道に出た。だが、予想していた窓ガラスの割れる音がしない。
 バックミラーを見ると足が見える。あの野郎、さっきの動きで転げたのか。
 FBIのくせに。いや、FBIかどうかは知らないが。

「おいあんた!」

 呼びかけても呻き声しか聞こえない。車道に出ろと言ったのはこの男なのに、何故こいつが伸びているんだ。
 音を聞く限り相手も追ってきているのが分かる。このまま逃げ続けるのか? 警察は何をしているんだと思いもしたが、今は警察にも来て欲しくない。
 器物破損罪で捕まるだろうから。
 メーターを見ると燃料は満タンに近かった。喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙なところだが、一応まだ逃げる気力はこの車にもあるということだ。
 俺もこいつも、ただのタクシーだっていうのに。
 
「くそっ」

 悪態をつくと車外から大きな声が聞こえた。見ると追っ手の車が真横にある。しかも黒い物体を構えていた。
 間違いなくそれは拳銃で、その銃口は俺に向けられている。
 撃たれる、と思った瞬間、足が勝手にアクセルを踏んでいた。
 慣性で頭がシートに叩きつけられ、帽子が吹っ飛んだが気にせずアクセルを踏み倒す。一般の車道で100キロを超えたということはスピード違反にもなったということだ。
 暴走運転に器物破損、更にはスピード違反。立派な犯罪者になってしまった。

「車を止めろ」
「なにっ?」

 妙に冷静な声が真横から聞こえる。サングラスをかけた男で、手には銃を握っている。その向こうに車を運転している男がおり、後部座席は見えない。
 しかし真横にいながら俺を撃たないのはどうしてだ?

「車を止めるんだ」
「何だって!? 聞こえない!」
「車を! 止めろ!」
「いや、止めるんじゃない」

 やっと耳慣れた声が応答した。転げていた男が起き上がったのだ。

「そのまま走るんだ」
「でもこのままじゃ」
「おい! 聞こえてるだろ! 車を!」
「うるさい!」
「そっちの窓閉まってるでしょうっ」

 制限速度40キロの場所で100キロ出している二台の車は、風の抵抗もあり互いの声が聞こえない。
 何の影響かは知らないが他の車も人間も消えてしまった街中ではあるが、大声で話さなければ掻き消えてしまう。
 真横にいる後部の男の敵という奴らは銃を片手で持って何やらまくし立てていた。何を言っているか分からないが、恐らくは止めろだの降りろだのと叫んでいるのだろう。
 降りたら撃たれないという確信もないのに、車を止めることなどできようはずもなく俺はスピードを緩めずに車を走らせる。

「ど、どうするんだ」

 上方に見える信号機は、青が点滅した状態になっている。その先に見える信号機も、青だ。俺がメーターを見ていると、後ろで鋭い音が響く。間違いない。奴が窓ガラスを割った音だ。
 バックミラーを見ると足を車内に戻しているところ。
 俺の車が!

「車体を揺らすなよ」
「えっ」

 奴は言うと俺の返事を待たずに車中から身を乗り出していた。慌ててロックを確認し、後部座席の鍵はしっかりとかかっていることを確かめる。
 そのとき、乾いた音が二度響いた。驚いて思わず身が跳ね、ハンドルが僅かに右にずれる。
 ビタ寄せとまではいかないものの、互いの車間はそれほど長いものではない。俺のハンドル操作でそれが縮まり、奴はバランスを崩してセダンの後部窓ガラスにぶちあたった。
 音のみでそれを悟った俺はハンドルを左に切る。その連動でアクセルから徐々に足を離し、スピードを緩めた。
 
「大丈夫か!」
「ああ」

 60キロにまで落とすと、セダンがすぐに前方を塞ごうと近づいてくる。その際はっきりとナンバーを認め、俺はその数字を脳に焼付けた。
 何のためになるかは分からないが。奴らは少しずつスピードを落とし、こちらが必然的に止まるように仕向けてくる。俺はバックミラーを覗き、後ろの顔を見た。
 奴は冷静な中にも歯がゆさを押し出したような表情で黒塗りのセダンを見つめている。視線を前方に戻し、どうするか考えているとジャカッというポンプ音が俺の耳に届いた。
 再びバックミラーに目を戻すと、奴が一際大きな武器を構えている。
 軍でも使いそうに無い、重厚なデザイン。正式な名は知らないが、とりあえず武器狂いの革命家が持っていそうな銃だ。

「だぁっ」
「わぁあ!」

 気合の掛け声らしきものとともに奴が左の窓ガラスも破った。今回は銃を使ったらしい。そのまま乗り出し、恐らく銃を構えたのであろう。セダンが慌てて右に避けた。
 その瞬間、車体の天井部分がボワンと音を立てる。ハンドルをがっちりと握って精神的な焦りに耐えながら俺は再びスピードを上げた。
 バックミラーに移る奴のベルトのバックルに見覚えのあるマークを、ちらりと見た。何だったかを思い出す暇もなく、第二撃を打ち込んだ男は急いで車中に戻る。
 
「まだまだスピードを上げてくれ。奴らをまくんだ」
「そうは言ってもね! あいつら銃を持ってんですよ。撃たれたら終わりだっ」
「後ろにいても前にいても危険なのは同じだ! なら前にいるほうがいいだろ」
「そ、そうですかね……?」

 俺のような常人には分からない根拠を言い放ち、奴は再び右の窓から身を乗り出す。
 破るなら開ければよかったのではないかと今更のように思ったが、すでに遅い。俺は言われたままにアクセルを踏み、90キロまで上げた。
 すでにこの男が乗ってきてから大分進んだだろう。30分ほどしか経っていないが、20キロは軽く超えているはずだ。
 何だって俺は許容しているんだ。この車だって会社のもので、俺のものではない。乗り捨てて逃げればあるいは何事も無かったかのような生活が待っていたかもしれないというのに。
 後悔先に立たずとは言うが、この状況ではどうだろうか。相手もまだ撃っていない。


 逃げられる機会は、あるのではないのか。



「うわっ」
「ちっ外したか」

 天井に響く音はいちいち心臓に悪い。車中に戻ってきた男は舌打ちして吐き捨てた。90キロで走るタクシーの右隣をセダンが張り付く。
 サングラスの男がやはり銃を持って叫んでいた。俺に言っているのか? 奴に言っているのか?
 いや待て。

「奴ら……何で一発も当ててこないんだ?」
「しかし撃ってくるぞ」
「タイヤだのフロントだのに当てれば少なくとも車は止められる」
「撃ってくるのに変わりは無い」
「撃つのが下手なのか?」
「とんでもない!」
「え?」
「あ、いや」

 俺が聞き返すと不自然な返事をする男は、落ちてきたスピードに感づいてバックミラーの俺に目線を合わせる。
 訝しげな表情に何を見たのか、眉根を寄せてずいっとこちらに詰め寄ってきた。横のセダンは今も拳銃を構えているが撃ってくる様子はない。
 が、そのとき。俺の目の前に不自然な光景が開けてきた。

「な、なんだ?」
「あっ! あいつら!」
「車を止めてください!!」

 やけに大きな声だと思えば、セダンに乗った奴らはメガホンを持っていた。スーツにサングラスに拳銃に、メガホン。かなり異色の組み合わせといえる。
 しかも何故か敬語だ。追っている相手に敬語。どういうことだ? 何が起こっている? そして目の前の光景は。

「何だよ。もう30キロ過ぎたのか?」
「はっ? あの、これは」
「もういいよ。スピード落として。そこらへんに止めてくれ」

 急な指示に、俺の頭はついていかない。フロントの向こうには、何百人という人が、集まっている。パトカーの姿も見受けられ、人々の波をせき止めている警官さえもが、こちらを物珍しそうに見ていた。
 どうせ車はいないのだからと道の真ん中で車を止めると、横のセダンも同じく止まった。乗っていた男達は拳銃をしまったらしく、手ぶらでこちらに寄ってくる。
 何百人もの目が集まる中、俺のタクシーを取り囲むのは何故かその男達だけではなかった。
 バラバラと轟音がして急に風が吹き荒れる音。俺は開いている横の窓から顔を出した。

「ヘリ!?」
「お疲れ様。あんた名前は?」
「ちょっと! どういうことですかっ!」
「ライアンさん、出てきてください」
「ら、ライアン?」

 後ろの男をライアンと呼んだ人物は、上空から降りてくるヘリも気にすることなくタクシーのドアに手を掛けた。
 ロックがかかっているために開かず、彼は俺の方を見る。俺は開けていいものか悩んだが、結局はロックを解除してドアを開ける操作ボタンを押した。
 同時に風を巻き上げながら着陸したヘリが、回っていたプロペラをゆっくりと止めにかかる。
 俺はただただ呆然とするばかりで、助手席に落ちていた帽子を掴むだけで精一杯だ。何なんだ、本当に。

「ホッホー! ライアン! 素晴らしい演技だったよ」

 そうしているうちにヘリから出てきたメタボリックな人物が大声でそう叫んだ。プロペラが完全に止まり、エンジンも止まったらしいヘリはとてつもなく大きい。
 向こう側にいる人々も、間近で見るそれに驚嘆しているらしい。

「監督、喜んでいる場合ではないでしょう。もう少しで協定を破るところだったんですよ」
「悪い悪い。彼が結構いい運転してくれたから、ついね」

 そういってライアン氏が俺の方を向いた。どういうことか分からずに唖然としている俺を尻目に、監督と呼ばれた人物がタクシーに近づいてくる。
 
「日本のタクシー運転手は骨があるね! 是非うちで雇いたいくらいだよ」
「いやあの、何というか」
「とりあえず降りてくれないか」

 ライアン氏が監督の前に回って運転席側のドアを開けた。俺は少々力の入らない足で地面に降り立つ。すると監督が大きな手で俺の肩を叩き、高笑いをした。
 何がおかしいのか分からない。日本人の顔をしているが、アメリカンな雰囲気だ。
 そういえばライアン氏も、日本人だと思うが。そうして彼を見ると、何故かウィンクしている。この場合俺はどうすればいいんだ? 親指を立てて「やったな!」か? 肩をすくめて「全くもう」……か?
 
「申し訳有りませんでした。井沢さん。後で報酬と車の修理代を渡します」
「へ……なんで、私の……名前」

 例のセダンから降りてきたサングラスの男が、近寄りながら言ってきた。どうやら彼が一番話が通じやすそうだ。

「ど、どういうことなんですか?」
「実は……サイモン監督の新作撮影なんです」
「サイモン監督……?」

 全く知らない。

「代表作は“時の流れに逆らわず”などなどあります。まぁそれは置いておいて、その監督が新時代の映画を撮りたいということで」
「新時代の映画、ですか」

 とうのサイモン監督はライアン氏と何やら談笑している。はた迷惑な連中だと、やっと理解ができてきた。
 向こう側にいる人々が目を輝かせたように見ているのは彼らなのだろう。こちらにしてみれば単なる営業妨害でしかない。

「ええ。一般市民を巻き込んでの、映画撮影というものです」
「な、何ですか、それ」

 つまりは、ドッキリの要領で俺は巻き込まれたということか。暴走運転も、器物破損も、スピード違反も、そして誰もいなくなった街も、全て彼らの計略であったと。
 喜んでいいのか怒りに震えていいのか分からなくなってきた。とりあえず警察に捕まる事態だけは防げたようだが。
 しかし何故サングラスの彼が俺に説明しているんだ。映画の撮影ならば、彼もまた役者であろうに。監督は何をしてる。

「大体は……何となく分かりましたが、何故私なんでしょうか?」
「それは井沢さんの静岡のお父上が、サイモン監督とご学友でいらっしゃるからです」
「はぁ? うちの親は生粋の日本人ですが」
「ええ、監督は日系二世でしてね。ハイスクールだけは日本に留学していたんですよ。そのとき、映画監督になった暁にはあなたのお父上を出演させる約束を交わされたそうです」
「なんて約束を……」

 またおかしな約束をしたものだ。うちの親父も。嘆息して帽子を脱ぐ。向こう側にいる何百もの顔を見る気にもなれず、タクシーに寄りかかった。
 彼らは俺の顔を覚えてしまっただろう。テレビクルーの姿は見えないが、どこかで撮影しているのだろうか。サイモン監督、大規模撮影。新時代の映画に一般市民のタクシー運転手(29)が出演。
 待てよ? 映画。映画……公開。まさか。まさかまさかまさか。

「あの、この映画、公開するんですか!?」
「ハッハー! 何を言ってるんだ? 井沢ジュニア。もちろんさ!」
「お断りします! 映画に出るなんて大層なこと」
「ええっ! 困るよ井沢!」

 いつの間にかライアン氏にまで呼び捨てにされている。何が困るだ。巻き込んでおいて俺の承諾なしに公開するなど、言語道断。
 下らない約束もだ。何故親父を出演させる約束であるはずなのに俺が出ているというんだ。俺と親父を見間違えましたか。サイモン監督。

「いやー、井沢ジュニアが結構なアレ、なんだ? 器量よし? でよかったよ」

 女性に使う言葉ですよと言う気力も失せ、俺は頭を抱える。いきなりアクションにつき合わされ、あまつさえそれが映画であり、更にはそれを公開するという。
 一般市民を巻き込んで何を言うかと殴りたい気分だが、向こう側で控える何百もの輝く目に圧倒されて、今それを実行すれば非難を浴びるのはこちらだと認識した。
 なんて不利で、非常事態な立場だろうかと自分の境遇がいっそ哀れにさえ思えてくるこの瞬間でも、かの監督とFBIもどきはアメリカンに高笑いしながら面白くもなんともないジョークを飛ばしあっていた。
 親父を心底恨む。

「サインしてくれるだろ? 井沢」
「何にですか……?」
「承諾書にです。一応日本政府との協定で個人を出演させる場合は本人のサインが必要になるもので」

 政府レベルの撮影なのか。なんてことだ。政府まで手を貸すほどの財力と影響力を持つサイモン監督を知らない俺の方が異常な人間に思えてくる。
 何百もの目も、彼を知っているからこその輝きを放っており、俺には到底及べない領域の人物だと語っているような雰囲気だ。
 俺以外の全員に知らされていたこの活劇は、俺に知られること無く今日この日に実行されたわけだが、そうなると同僚はおろか友人さえも口を閉ざしていたことになる。
 しかし薄情な連中だと思うのも許されないような気がしてきた。

「じ、じゃあ俺の顔は黒く塗りつぶして下さいよ」
「何言ってるんだい井沢ジュニア! それじゃ三流AVになってしまう」
「監督!」

 サングラスが声を荒げる。ライアン氏は監督のジョーク(だと思われる発言)に大笑いしていた。

「頼むよ井沢ジュニア! 世界公開する時分には名を伏せるよう配慮するから」
「そうだよ井沢、そのためにアクションシーンでは名前を聞かなかったろ?」
「そういえば……そうですけど」
「頼みます。井沢さん、この映画が完成した暁には再び報奨金をお支払いします」

 報奨は確かに惹かれるが、それ以前に大事なものがなくなってしまいそうな気分になる。スタッフらしき人々の視線も俺に注がれていた。ヘリに目を向けると重層な撮影用カメラが床自体に設置してある。
 それを操作している人物も、その向こうにいる音響係らしき人物も皆、俺に注目していた。
 今や何百という期待の視線がただのタクシー運転手に注がれているわけだ。
 日本はこんなことをしている場合ではないだろう。
 ああ、くそっ。

「分かりました……」

 あの素人ドリフトと暴走運転がどこまで評価されるかは一目瞭然な気もするが、俺は諦めることにした。人間、ネバーギブアップの精神も大事だが諦めも肝心なのだ。
 俺が高校時代甲子園を諦めたように、この状況もまた諦めざるをえないのだろう。
 後者は不可抗力だが。

「分かりましたよ」
「ジュニアー!」
「ありがとうございます! 井沢さん。後ほど小切手をお渡ししますね」
「はあ」

 監督とライアン氏は意味も無く大衆に向かって大声を張り上げている。「ウオー!」と彼らが言うと大衆もまた「ワァアー!」と返す。幸せだな、あちらは。
 しかし、静まり返った日本の街を100キロ近くで暴走する車二台(うち一台はタクシー)が繰り広げる生ぬるい銃撃戦のある映画とは如何様なものなのだろうか。
 「俺のあんな運転で、よかったんですか?」
「ああいいよいいよ! この映画のタイトルはねジュニア、“URGENT”つまり“緊急の”という意味でね。緊急時人間はどういう対応を取るのか撮影して集めた傑作集なのだよ」
「そ、そうなんですか」

 なるほど、緊急時人間はどうするかは興味がある。当事者にはなりたくはなかったがこの際仕方無い。許容してしまおう。それがいい。たぶん。

「公開はいつなんですか?」
「君が大トリだからね。これから編集作業に取り掛かるから、今年の夏にはお目見えさ」
「是非井沢も見てくれよ。俺は全編にわたって出ているしな」
 
 そう言ってライアン氏はまたウィンクをした。あまり嬉しくない。
 それから彼らはヘリとセダンに乗り込み、厳戒態勢を取っていた警察の先導によりどこかへ去っていった。俺も一応警察に先導され、自宅まで帰された。
 それから、警察からは引越しをした方がいいと言われ、タクシー会社からは残ってくれと言われ、電話の向こうの両親からは開き直られ、家に来た友人からはサインをせがまれ。
 午前中まではただのタクシー運転手だったのに、親父の妙な約束により俺は有名人になってしまった。








 タクシー運転手という職業は、疲れる仕事だ。来年で三十路を迎えてしまう俺もそろそろ仕事開けの風呂が板につく人間になってしまった。
 だが発見もある。毎日違う人間を後ろに乗せてると、色々悟るもんだ。この世に溢れる人間というものは本当に頭の構造が違う。
 無口な奴、とかく喋りたがる奴、酔った奴、カタギには見えない奴。
 そして、こいつ。

「でな、この前の撮影で肩を脱臼したときの後遺症が結構残るらしいんだ」
「そうですか」

 ただの客であり、ただの運転手ではあるが、俺たちは互いの名前を知る間柄だ。
 何故かと言うと以前以下略ということなのだがそれ以来このライアンはよく俺のところに来るようになった。彼もサイモンと同じく日系であり、調べてみたところかなり有名なアクションスターであることが判明したが、あまり気にはならない。
 彼も自分の立場をまるで理解していないかのごとく俺に話しかけてくるため、こちらも変に気負わずに済むのだ。しかし逐一アメリカンな対応で少々カルチャーショック気味ではある。

「俺はその後遺症に耐えながらも今後の撮影に挑むわけだよ。勇敢だろ?」
「そうですね」

 そろそろ空港だ。
 ワシントンへ向かう飛行機の時間は午後4時52分。現在時刻午後4時30分だから、余裕で着いたといえる。
 手続きなどはスタッフの仕事であるから、俺は時間内に彼を空港に連れて行くだけだ。
 オートマになった車を空港の裏玄関前に止める。

「では、撮影頑張ってください」
「ああ。井沢もな」

 ドアを開けて出て行くライアンに言いながら、俺はボタンを押してドアを閉めた。
 これからニューヨークに引き返して名前はよく覚えていない女優を迎え、再びここに戻ってくる予定だ。これで今日の仕事は終わり。

「さて」

 あの映画は、一月前無事に公開された。動員数もすこぶる良く、評価も良いものだった。サイモンの予告どおり俺の出た部分はラストにあり、4つの本編のうちアクションはこれひとつで受けも大分良かったといえる。
 しかしその影響で俺はあの家にいられなくなり、そしてあの街で働くこともできなくなり、更には日本にさえいられなくなった。
 泣きついた先が親父と、どうも情けない気がするものの何とかサイモンに話をつけてもらった。
 そして最終的に落ち着いた職業がまた、タクシー運転手。しかしこれからは一般の人々でなく、ビップを乗せての運転になる。
 映画を見た有名人が緊急時にここまで力を発揮できるのは少ないと俺を名指しし始めたのだ。俺としてはあんな事態に巻き込まれるのは金輪際御免被りたいが。

「行くか」

 20代最後の年の出来事にしては大分、大袈裟だ。
 まぁこれで横に嫁さんがいたのなら、何も言うことはないのだが。
 帰って風呂に入ろう。今日の晩酌は何がいいか。そんなことを考えるようになってしまった俺だが、まぁそれでもいいのだろう。

「えーと、ニューヨーク……と」
「頼む! 乗せてくれ!!」
「え?」

 傷だらけの男が急に乗り込んできた。喋る言葉はもちろん英語。
 俺は唖然として振り返る。そのときバックの窓ガラスから見えた影は、確かに車の形をしていた。

「な、ちょっ」
「出せ! 撃たれたいのか! うわっ」

 パァンと音がして、車体を何かが弾く衝撃がくる。まさか。まさかまさかまさか。
 サイドブレーキを解除し、アクセルを踏む。急発進にタイヤだけが回り、耳障りな音を立てる。

「に、日本語を……」
「出せ!」

 恐らく車を出せといっているのだろう。メーターを見ると燃料は満タン近く。気力は十分だがな、車さん。
 
「全速力で行ってくれ!」
「ああもう分かりましたよっ」

 俺はもう、へとへとだ。







おわり。

2008/03/23(Sun)21:09:46 公開 / ケンジ
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■作者からのメッセージ
初めまして。こちらでは初投稿になりますケンジです。

えー、大分長いものになってしまいました。パソコンに向かい、題材は何にするかと考えたところ。
昨夜見た映画にタクシー運転手が出ていたので、そのまま拝借しました。
よく考えてみると車のことをよく知らない私が書くというのは難しいのではないのかな? と思い始めたのは中盤になってからでした。

とにかく、グチャグチャとかけて幸せです!ここまでお目通し、ありがとうございました^^
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