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『俺と不良と熱い夏』 作者:ヴァスキート / リアル・現代 未分類
全角96664文字
容量193328 bytes
原稿用紙約293.8枚
俺は、あの夏にあいつと出会った。その日から、俺の人生は大きく動き出したんだ。


 これは、俺たちが中学1年の夏の話だ。
 あの恐ろしく長くて、暑かった、夏の話である。




 一章   夏の始まり

 何も変わらない毎日。ただ過ぎていくだけの日々。
 今日も朝起きて、飯を食って、学校に行く。それが終わったら塾に行き、勉強。
 自由な時間をちょっと利用して、趣味に興じる。
 そしてまた、次の日。

 何も変わらない。変えられない。
 きっと俺はこのまま、相当な成績を維持して、一流の高校に進み、一流の大学を出て、一流の企業に就職。あるいは、医師や弁護士と言った最高職に就くだろうか。
 今からだって、先が見える。何も面白くない、ただ決まっている人生。
 いっそ、自分が無能な人間だったら、と考えたこともある。なまじ優秀だから、こんな状態なんだろう。
 でも、仕方ない。人生なんて、案外こんなものなんだろう。なら、適当に生きていこう。それだけだ。




 三ヶ月強通い、すっかり見慣れた一年四組の教室に、俺は足を踏み入れた。
「お早う。建二」
 クラスメイトが次々に挨拶をしてくる。適当に笑顔をふりまきながら返事をする。
「ああ、お早う」
 自慢じゃないが、俺は結構人気者だ。クラスの中でも、"真面目だけど、面白い奴"みたいなキャラで通ってる。
 だから、朝から色んな情報が予期せず入ってきたりすることもある。
「転校生来たの知ってるか?」
 先ほど挨拶を交わした一人が、不意に俺に声をかけてきた。しかもそれなりにタイムリーな話の内容である。面白い。本当なのだろうか。
「マジかよ? デマじゃねえの?」
「うちのクラスに来るんだって。山田が、朝職員室の前で聞いたらしいぜ」
 職員室で聞いたのなら、デマではないだろう。これは面白いかもしれない。さして行事もなく退屈を持て余すこの時期に、転校生が来るなどという話を聞けば皆心を躍らせる。学校でのニュース全般にあまり興味が無い俺も、その例外ではなかった。
「ふーん。全然知らなかった。面白い奴だといいな」
「そうだな。楽しみだよな」
 俺の発言に対する返答としては若干不自然な気もする同級生の言葉を聞きながら、俺は転校生のことを考えていた。
 男かな? 女かな? 真面目な奴かな? 不真面目な奴かな? などなど。

 ほどなく、教室のドアが開けられ、担任の女教師が教室に入ってきた。後ろに制服の男子生徒を連れている。
 このタイミングで教師に連れられてくるのだから、あいつが転校生なのだろう。少し観察しようと目を向けた。
 やや茶色がかった髪。鋭い目。キリっと高い鼻。髪型は少しワイルドな感じで他の部品とも相まって顔全体から野生的な感じをかもし出しているが、世間的には整った顔立ちといえるだろう。しかし顔より何より最初に目立つのは身長だった。
 かなりデカイ。俺はクラスで一番背が高かったが、こいつはその俺より更に五センチ以上大きかった。
 筋肉がしっかりついた体つきで、いかにもスポーツマンという感じ。そして、人前に出ても萎縮しないタイプのようだ。クラス中の視線を浴びているにも関わらず、堂々とした顔つきでまっすぐ前を見ている。
「さて、ショートホームルームを始める前に、一言。もう噂になっていたようですが、転校生を紹介します。さ、自己紹介してください」
 担任の教師に促され、転校生は自己紹介を始める。けだるそうに口を開いて、早口に言い終えた。
「どうも、転校生の浅田 龍二です。親の都合で引っ越してきました。こんなガタイですが、部活をする気はありません。よろしくお願いします」
 とだけ一息に言って、自己紹介は終わった。見た目よりもずっととっつきやすそうなしゃべり方だ。少し突っ張った感じはあるものの、話しやすそうに見える。ちょっと興味あるな。よし、後で話しかけてみよう。少なくとも、退屈なやつじゃなさそうだ。
 

「君の席は……あそこでいいかな」
 と言って、教師が指差した席は、俺の真後ろだった。これはかなりの好ポジションだ。話しかけるのにこれほど都合の良い展開も珍しい。
「分かりました」
 一言で返事をして、転校生が言われた通りの席に座る。俺は彼が座った瞬間早速話しかける事にした。
「俺、飯沢建二。建二って呼んでくれりゃいいや。よろしくな」
 俺は、これまでの人生で賢い人付き合いの仕方ってものを習得していた。こういうときの取り入り方も分かっている。スムーズに友達になる自信があった。第一印象は「話しやすそうだ」と思わせることが肝心。努めて明るい声で言った。これで十中八九それなりの印象を与えられる。そこから数分も話せば気の合う奴ならもう友達と言える関係になる。
 転校生は俺の言葉を受けて少しの間を置いてから、答えた。
「ああ。よろしく」
 返ってきたのは予想に反して、あまり俺に興味のなさそうなあっさりとした返答だった。

 その日の授業は、まるで集中できなかった。
 転校生──龍二と話がしたかったが、休み時間は職員室に行ってしまい、話すチャンスが無かった。
 かといって優等生な俺は、授業中に露骨に話しかける訳にもいかず、ほとんど話せてなかったのだ。
 
 夕日で黄金色に染まった教室で、待ちに待った拘束時間終了のチャイムがなり、俺たちは自由になった。
 チャイムの音と同時にクラスの人間の声やらなにやらで、教室は喧騒につつまれる。放課後の弛緩した空気が学校を包んでいくのが分かる。多くの生徒はこの放課後の遊びの計画を決定するために別の生徒に話しかけている。
 そこで、すぐに龍二は立ち上がった。背後で椅子を下げるガタン、という音がして、俺は驚いた。普通転校生ってのは初日はクラスになじむために放課後もダラダラと会話するもんだと思っていたからだ。現に、今クラスの奴らも、龍二に話しかけようとしている。が、龍二が帰ろうとしているのを見て、少々戸惑っているようだ。
「あれ? お前もう帰るの?」
 同級生の一人が、誰もが口にしたかったであろうことを龍二に言った。だが返答は、やっぱりあっさりしていた。
「ああ。今日はちょっとな……」
「そっか。じゃあな。また明日!」
「おう」
 そんな短い会話を終えて、龍二は教室を出た。それを見届けて、少しだけ時間を置いてから、俺も教室を出る。龍二がなんとなくそっけないのが気に入らない。ここはなにかインパクトのあることをしなければならないだろう。いくつか考えてから、無難な案を採ることにする。校門を出たら後ろから驚かせて、一気に友達になる。「なんだよお前、いきなり驚かすなよ」「いやぁ、転校生君のノリが悪いからついね。それより言葉を濁してたけどなんだよ? これから何か予定あんの?」これで行こう。
 俺は、意気揚々と龍二の後を追った。


 龍二に見つからないように、物陰に隠れながら校門前まで来た。だが龍二は、突然歩みを止めた。俺も合わせて物影に隠れたまま止まる。どうして突然龍二は止まったんだ? そのことが頭をよぎる。そしてそこで俺はようやく、異変に気づいた。
 何か妙だ。人が少なすぎる。今日はどの部活も活動しているから、多少下校する人間が少なくなるのは分かる。だが、これはどう考えてもおかしい。今、校門を通ろうとするのは龍二だけだ。他に下校する人間が数人見えてもいいはず。まさか下校する人間が皆裏門を通っているのだろうか? では一体何故?
 その原因は校門の影に、あった。
 
 校門を出てすぐのところに、タバコをくわえた三年生の五人組がいる。
 全員いかにも悪そうな格好をしているが、特に一番偉そうにしているやつはそれが顕著だ。
 灰色の髪に、耳に通った大きなピアス。そいつが、龍二の方をむいた。ゆっくりと、ドスの利いた声で龍二に話しかけてくる。俺は、こいつを知っていた。名前は、確か楠木。校内ではそれなりに悪名高い奴だ。残りの取り巻きもそれなりに校内で有名だった気がする。名前は記憶していなかったが。
「よう、転校生。お前ん家金持ちなんだって? 俺ら貧乏な先輩達に、恵んでくれよ」
 どこから出回ったのか知らないが、龍二という転校生の存在が知られていた。そして、本当か嘘か龍二の家が金持ちだという噂まで出回っていたのか。
「別に、全然金持ちなんかじゃありませんよ。失礼します」
 龍二の態度は、決して怖がっているようには見えず、至って凛としたものだった。おいおい。その態度はまずいんじゃないか? 楠木は、それなりに「キレてる」ことで評判だ。そんな生意気な態度を取ったらどうなるか分からない。龍二は一体何を考えているんだ。
 案の定、その冷ややかな態度が気に障ったのか、楠木の表情がはっきりと怒りを形作った。目はさっきよりも強烈に龍二の方を睨んでいる。俺は、ここで自分がどうすべきかを考えていた。今の様子だと楠木は黙って龍二を帰しそうにない。俺は、どうするべきなのか。
「あ? 何だその態度は? 俺らを誰だと思ってるんだ?」
 俺が考えている間にも、楠木は怒りのボルテージを上げていく。今にも龍二に掴みかかりそうだ。どうする? 人を呼んでくるべきか?
「知らねぇよ。てめえらみたいなド三流」
 ──一瞬、その言葉が誰から発せられたのか分からなかった。もちろん、言ったのは龍二だった。俺は、呆気にとられた。こんなことを言い出したら、交戦は避けられない。戦う気なのか? 三年生五人と。もうこのとき俺は、誰かを呼びに行かなければならないという思いなど、すっ飛んでいた。龍二がこれからどうするのか、見たい。その一心だった。
 楠木が本格的に怒り、拳を握りこんでいる。龍二を睨みつける目も、ひどく攻撃的だった。だが、龍二は全く目をそらさない。むしろ威圧的にまっすぐに楠木の目を睨み返している。
「この身の程知らずな一年坊に世間の厳しさを教えてやった方が良いみたいだな!」
 言うと同時に、楠木が作っていた拳を龍二の顔面に向かって、振りぬいた。だが龍二は、左に半歩動き、楠木の拳を紙一重でやり過ごした。更に、攻撃を外したことで隙だらけになった楠木の腹に、反撃の一発を叩き込んだ! かなりの速度で叩き込まれたそれは、楠木を黙らせるのに十分な威力だったのだろう。楠木は、うずくまった。
 ──すげえ! 強いじゃん! あいつ。今の動きを見てるとかなりケンカ慣れしているようだ。
 楠木が倒されたのを見て、残りの三年四人が、いっせいに襲い掛かってくる。
 だが、龍二は攻撃をしっかり見て、避ける。三年四人が、同時に左右から襲ってきているというのに、一発も貰っていない。完璧に見切っている。
 そして、反撃の機を窺い、一番近くにいた三年の顔にアッパーを打ち込んだ。完全にアゴに突き刺さり、衝撃で三年は後ろに無防備に倒れこむ。
 本当に、強い。なるほど、今なら納得できる。最初から龍二は勝つつもりであんな発言をしたのか。すげえな。本当に勝てそうだ。
 更に、残った三人の攻撃も可能な限り回避し、ガードを織り交ぜてダメージを最小限にしている。これなら勝てる! そう思ったが、先ほど倒したと思った奴が起き上がり、背後から攻撃を仕掛けてきた。龍二は素早く反応したが、少し遅れる。一発喰らい、地面に倒れこんだ。
「よっしゃ! 今だ!」
 残った三年は、龍二が倒れたのを見てここぞとばかりに蹴りを入れ始める龍二は懸命にガードしながら起き上がろうとするが、できない。無理もない。四人に同時に蹴られ続けていれば起き上がるのなんて容易ではないはずだ。しばらくすると起き上がろうとする動きも小さくなってくる。
「フン、一年が生意気なんだよ」
「二度と先輩達に反抗すんじゃねえぞ」
 倒れたままの龍二に次々と言葉が浴びせられる。そして、楠木がゆっくり立ち上がって、龍二に向かって言った。
「俺らの奴隷誕生。明日から色々頼むぜ一年」
 龍二は動かない。気を失ったのかもしれない。
 三年達は、それだけやって満足したのか、その場を去ろうとしている。

 大変だったな。龍二。でも大丈夫だ。これだけやればあいつらも満足しただろ。
 さ、もうあんな奴らに関わらないように生きていこう。

 と、慰めの声をかけようとしたその時だった。

 龍二はムクリ、と起き上がった。
 三年たちに向かって走り出す。左、右、左、右、と小気味良いステップで一気に楠木との距離を縮める!
「待ちやがれ! 三流共! まだ勝負はついてないだろ!」
 そしてそれを助走として思いっきり拳を振り上げて……後ろから楠木の頭に振り下ろした! 後頭部に拳が打ち込まれ、たまらず楠木は前のめりに倒れこむ。

 何でだよ。あのまま倒れてればそれで良かったじゃねえか。何でまたわざわざケンカ売るんだよ。勝ち目無いだろ。

 確かにそのとき、そう思った。だが、俺はこれまで感じたことの無いような感覚に襲われた。複雑で、でも根底は単純。そんな感覚。
 あいつは、あいつの生き方は、すげえカッコいい。多分龍二が再び楠木にケンカを売りに行ったのには、大した理由は無いのだ。ただ自分が、負けているのが嫌だったんだろう。それに比べて、俺の考え方はすげえダサい。世間的に良しとされる方を取ろうとする。そんな考え方。
 そして、それを悟った瞬間、俺は考えるのをやめた。
 俺の体は、勝手に動いた。
 ──龍二のもとへ、駆け出していた。
 自分が何をしているのかなんて分からない。
 とにかく、体が勝手に動いちまうんだから仕方ない。いつのまにか、俺は龍二の隣にいた。
「よう、龍二。何してんだよ?」
 心にも無い事を言う。龍二は、少し驚いた。続けて俺は、憧れていた少年漫画のセリフを言ってみる。
「何なら、手伝おうか?」
 龍二は口元をゆがめた。何も言わないが、思っていることは手に取るように分かる。
「おい、良い度胸してんじゃねえか。てめえも一年か?」 
 楠木は、怒り心頭だ。それもそのはず。一年にここまでコケにされたのだ。
「お前ら二人揃って、殺してやるよォォ!」
 そういうと同時に三年全員が襲ってくる。すげえ迫力だ。こんな目で睨まれたのは初めてだ。
 俺はケンカなんてしたこと無い。多分、凄く弱い。
 でも俺は、右手をしっかり握って、襲い掛かってきた三年の顔に、打ち込んだ。
 
 
 


 


 気づいたら、俺達は二人で立っていた。
 楠木達は、地面に転がっている。


「アッハッハッハッハ」
「フッハッハッハッハ」

 なんだか知らんが可笑しくて笑ってしまった。
 横には、傷だらけの龍二が居る。念のため、確認することにした。
「俺たち、勝ったんだよな」
「ああ。覚えてないのか?」
「全然覚えてない。俺、戦力になったか?」
「いや、ならなかった」

 この野郎。ハッキリ言いやがった。

「悪かったな。弱くて」
「いや、でも一人だけなのと二人じゃ大違いだよ。それになにより、一緒に闘ってくれて、嬉しかった」
 俺は少し黙ってから突っ込んだ。
「フッハッハッハッハッハッハ。いつの世代だ、お前は。クサすぎ」
「アッハッハッハッハッハ。やっぱり?」
 それからまた大笑いした。馬鹿みたいに笑った。
 ケンカをしたのなんて初めてだし、まして本当に怖かったけど楠木に立ち向かったんだ。勝ったら本来その安心感で笑うどころじゃないのだろう。
「いやあー、転校早々やっちまったなぁ。どうすんべー」
 しかし、目の前でふざけているやつを見てると、笑えて笑えてしょうがない。
「もうお前退学確定だな」
「マジかよ!! いや、今なら証拠が無い。逃げられる」
「そのセリフ完全に犯罪者だろ!」
 そこでまた笑う。
 そこまで笑ったところで気になって、さっきのことを聞いてみた。
「しかしお前、どうしてわざわざ戦いにいったんだよ。あそこで気絶したふりしとけば良かっただろ」
「うーん、上手く言えないけど、あそこで気絶したふりして、納得できるのか、って話だよな」
「ん? なに言ってるのか分からないぞ」
「だからさ、あそこでやりすごしても、それは自分の思いとは違うだろ。なんていうのかな、こういうの。"我を通す"っていうのかな。あそこで逃げても、それはただ逃げただけだ。正しい道を歩んだわけじゃない」
「ああ。なんとなく分かってきた」

 なんとなく、じゃなく、俺には良く分かった。

 ──それは今までの俺の生き方そのものだったから。

 俺は今まで、逃げてばかりだった。
 面倒なことが起こらないように、必死に逃げていた。
 とにかく、何からも逃げていた。楽なように、楽なように。
 だから、龍二が楠木を殴りにいったとき、俺は動き出しちまったんだな。

 龍二は続けた。
「俺はさ、後悔しない生き方をしたいんだよな。今逃げちゃったら、今後も逃げ続ける事になっちまうかも知れないからさ」

 そうだ。もしこいつと出会わなかったら俺は、ずっとこのまま逃げ続けていた。後悔する人生を送っていた。
 きっと、このまま年をとって、このまま死んでいっただろう。
 でも、こいつと出会った。まだ間に合う。今から変われる。

 俺は、もう逃げない。

「なあ、もうお前はこのケンカ降りろよ。元々コレは俺のケンカだ。お前は優等生みたいだしな」
 龍二がとんでもないことを言い出してしまった。
 冗談じゃない。ここでウンといってしまったら、俺の決意は一秒ももってない。
 確かに俺はケンカなんてしたくない。でも俺は決めたんだ。素直に言ってやった。
「冗談じゃねぇ。降りてたまるか。優等生なんて地位もどうだっていいんだよ」
 そこで一旦、言葉を切る。俺は、俺の決意を、はっきりと口に出した。
「俺も、"我を通す"」
 
 これを聞いた龍二は、また少し嬉しそうにして、言った。
「そうか。じゃあ俺たちはもう、親友だな」


 こうして、人生で一番"熱くて"長い夏が始まった。








  二章 俺たちの戦い。

 何も変わらない日常。自分に飽き飽きしているだけの毎日。
 これまでの俺は、大してしたいことも見つからず、周りの人間の価値観を押し付けられていた。
 ただ、上手く世渡りをして、それなりにきちんとした人生を送る。
 そのために、毎日毎日塾に通い、ノートにペンを走らせる。
 全国共通テストでも一桁に近い順位を取り、周りの人間からは大いに褒め称えられる。
 でも、俺は渇いていた。どうしようもないくらい渇いていた。
 他人に引かれたレールの上を走る──なんてものじゃない。
 俺は、ただ他人に引っ張られていただけだ。
 走ることすらも自分で考えず、そのまま引っ張られるだけだった。



 龍二と出会ってから、俺の人生は変わった。
 世間的に言えば、間違いなく悪くなったのだろうが、俺の主観で言わせてもらえば、間違いなく良いものになった。
 テストの成績はガタ落ちし、最初の定期テストは学年一位だったが、二学期のテストでは学年二十位くらいまで下がった。
 ──でも、そんなことはどうでも良かったんだ。
 少し心がけを変えただけで、世界は見違えるように変わった。
 今まで下らなく見えてた色んな物が、凄いものに感じた。
 逆に、今まで大事だと思ってたものが、下らなく感じた。
 そんな風に見方が変わってから、一週間は至って平穏な日々が続いていた。
 これまでなら、こんな平穏が当然だったのだが、今はもう違う。
 平穏が続いていた事が、むしろ不自然だった。

 
 楠木たちをぶちのめした一週間と一日後、案の定俺と龍二は、呼び出されることになった。
 誰にって? もちろん楠木たち+αにさ。
 放課後を告げるチャイムが鳴り、すぐのことだった。
 担任が立ち去るか立ち去らないかの内に、ガラガラと教室の引き戸を開けて楠木は入ってきた。
 途端に、先ほどまでやかましかった教室が水を打ったように静まり返る。
「浅田龍二と飯沢建二、来い」
 静かに楠木が述べる。教室中の人間の視線が一斉にこちらに集まる。
 俺たちは少しも慌てず、顔を見合わせてから、静かに席を立つ。
「こっちだ。逃げるんじゃねーぞ」
「はいはい。分かってますよ」
 龍二は、こんなときでも実に堂々と歩く。
 俺は、虚勢を張ってはいるが、怖くて怖くて仕方なかった。
「どこに呼び出すつもりだ?」
「さあな。それはついてからのお楽しみだぜ」
 龍二がゆっくり歩きながら、手はずどおりに楠木を挑発する。
「なあ楠木、今日はどれくらい待ってるんだ? どうせこないだの二人だけじゃないだろ?」
 緊迫した空気のためか、廊下に響く足跡がいつもよりはるかに大きく感じる。
「フン、お前らを二度と立てない体にするくらいの人数は揃ってるぜ」
「おお、怖いねぇ。一人じゃ俺たちに勝てないからって数で勝負か? お前はどうしようも無いチキンだよ」
 バッと、楠木がこちらを睨んでくる。
「図に乗るんじゃねぇぞ一年ごときが。何ならここで殺しでやろうか?アア?」
「やってみろよ!チキン野郎!!」
 打ち合わせ通りだった。ここで楠木を怒らせて、タイマンに持ち込む予定だったのだが……
「てめえら!出て来い!」
 楠木が叫ぶと同時に、十メートルほど先のトイレから、人間だドタドタと出てきた。ざっと七人くらいは居るだろう。
「ちっ、退くぞ!建二!」
 叫ぶと同時に、龍二と俺は方向転換した。
 こういう想定外の事態が起こった場合には逃げる事になっていたのだが……
 背後もいつの間にか人で埋め尽くされていた。こちらも七人くらいは居る。
 俺たちは、前も後ろも楠木派で囲まれてしまった。
 ──作戦がズサンすぎた気もするが、まあこうなってしまったからには後悔しても仕方ない。
「しゃあねえな。やるぞ。建二」
「おう」
 背中を合わせるようにして俺たちは立ち、闘った。
 まずは眼前に立ちはだかる男を倒してやる!
 俺は右足を思いっきり前に踏み出し、その反動を拳に乗せて、相手の腹を殴る。
 ガン、と金属音がして、拳に鋭い痛みが走った。
「っ!!」
 俺は痛みに怯み、前から迫ってくる拳に反応できなかった。
 頭の芯にすさまじい痛みが走り、フラついた。
「っこの野郎!」
 怒りにまかせて膝あたりに蹴りを入れた。今度はそいつはうずくまった。
 と、思ったのも束の間、後ろからの攻撃で、また頭に痛みが走る。
 重心が完全に前に持っていかれ、体制を立て直せない。
 こらえきれずに、地面に倒れた。受身がろくにとれなかった。立ち上がれない。
 そのときを待っていたとばかりに容赦ない蹴りが俺を襲った。
 何人にも同時に蹴られて、動く事さえ出来なかった。
 腹に痛烈な一撃が決まり、口に何かがこみ上げてくる。かなり痛かったが、やがて痛みが無くなり、意識も遠のいていった。
「龍二……」
 その声は声にならずに、俺の視界はそのまま真っ白になっていった。


 


 目が覚めると、横に龍二がいた。
 ここが学校で、楠木たちが全員倒れていたりすると実に青春学園ドラマ的で素晴らしいのだが、非常に残念なことにここは病院だった。
「よっ。お前もスイカ食べる?」
 目が覚めていきなり、当然のように言われたものだから夢かと思った。
「いや、いい」
「ああ、そうか。美味いのにな」
 龍二はそれでスイカに関心を戻し、会話が終了してしまいそうだったので、遠慮なく突っ込むことにした。
「ていうかここドコだよ! お前何のんきにスイカ食ってんだよ! 一体俺たちどうなったんだよ!」
「忙しい奴だな〜。とりあえずスイカ食えって」
「いらねえよ! 説明しろ!」
「別に説明することなんてねぇよ。ただあいつらにボコられて、病院に運ばれただけさ」
「……それって、良くあることなのか?」
「ケンカやってりゃ、勝つこともありゃ負けることもあるだろ」
「……ま、そうだけどさ。病院送りって滅多にないんじゃないか?」
「そうだな。俺も二回目だな」
「ず、ずいぶん当たり前のように言うんだな」
「ん? あんだけ戦力差あればこれくらいになって当然じゃん」
「そうか……………」
 少し落ち込んだ。マジかよ。俺とこいつじゃ住む世界が違うんじゃないか?
「お前は何人倒したんだ?」
 今度は龍二の方から話しかけてきた。
「いや、一人も倒せてない」
「一発も入れられなかったのかよ?」
「うーん、あいつら腹になんか入れててさ、そこ殴ったら痛くて、次は膝の方を蹴ったんだ。で、いけるかと思ったら後ろから攻撃されて……」
「そのままエンドか」
「うん」
「腹守んのは汚いよなー」
「じゃあ龍二は何人倒したんだよ」
「三人倒して、四人目とやってるときに楠木じきじきに殴られて、ゲームオーバー」
 三人? 俺はほとんど何もできなかったのに、こいつは三人も倒したってのか。
「マジかよ。全然かなわないな。その強さはどこから来るんだ?」
「ま、年季が違うからな。昨日今日まで優等生だった奴は一発二発入れられれば上等だよ」
「それにしても落ち込むなぁ…… 俺弱かったんだなぁ……」
「悔しいな…… ケンカに勝ちたいなんて思ってこと無かったけど、今はすげえ強くなりてぇよ」
「ま、あんまり気にすんな。特訓すりゃあいいんだから」
「特訓? いつやんだ?」
「おいおい、今日は七月十九日だぞ」
 初め、その言葉の示す意味が俺にはさっぱり分からなかった。
「明後日から、夏休みだろ」



 


 擦り傷と、切り傷、それに消化器系に若干の痛手を受けただけだったので、俺たちは即日退院できた。
 もちろん、翌日の終業式には、ちゃんと出たぜ。
 最初はそのままサボってしまおうかとも思ったが、龍二が行くと言い出したので、俺も行く事にした。
 なにやら「やっぱ一学期の締めくくりにはちゃんと出ないとな」とかわけのわからんことを言っていた。締めくくりも何もお前はこの学校で一学期を二週間も過ごしてないだろう。
 そんな訳で、今俺は退屈な校長の話を聞かされている。
 俺のすぐ後ろは龍二だったので、小声で話していた。
「特訓てさ、何やんだ?」
「さあなあ。まだ考えてないけど、とりあえず戦いの基本を練習しようかと思ってる」
「おお!わくわくしてきたな。少年漫画っぽいノリだ!」
「あっはっは。そんな面白いもんじゃないと思うぞ」
「夏期講習とか受けるよりはずっと面白いだろ。楽しみだな」
 一通り話したところで、校長の話に耳を傾けた。
「……あるいは、部活動に情熱を燃やす生徒も多いでしょう……」
 龍二が俺に聞いてきた。
「そういや建二って部活はやってないのか?」
「一応、心霊研究部に在籍してはいるぞ」
「なんだそれ」
 龍二はよく怪訝そうな顔をする。しかしそれがまた似合っていた。
「俺も知らん。入学してからほとんどマトモに活動してないからな」
「心霊研究だけに幽霊部員ばっかか?」
「上手いこと言えてるようで、言えてないぞ。それ」
 そこで笑う。いつもどおりのやりとりだった。
「じゃあ夏休みは何の気がねもなく使えるってことだな?」
 当然だ。もしそうでない部活だったとしても俺はやめるつもりだった。
「おうよ。しっかり強くしてくれ」
「じゃ、今日はそのままお前の家に行こうぜ」
 龍二がちょっと予想外のことを言い出した。
「俺の…家か?」
「うん。だめか?」
「だめではないけど、何でウチなんだ?」
「まずお前を強くするんだからお前の家でやるのは当然だろ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」

 と、いうわけで俺と龍二はそのまま俺の家に直行した。
 もちろん、制服のままだ。

「で、まず何をするんだ?」
 俺の家の玄関前に着き、俺はこれからの指針について尋ねてみた。
「そうだな。まずは遊ぼうぜ」
「へ?」
 俺はすっかり肩透かしを食らって、間の抜けた声を出した。
「いや、だから遊ぼうぜ、って」
「特訓は?」
「学生の本分は遊ぶ事だろ。まずは遊ばねえと。それありきの特訓だろ」
「……」
 しばらく俺は考えてから、龍二とマトモに遊んだ事なんてなかったのを思い出す。
「ま、そうだな」
 とりあえずうなずいてしまった。しかし一言だけ言おう。学生の本分は勉強だ。
「よっしゃー。お邪魔しまーす」
 と、龍二はずかずかと家の中に上がりこんできた。
「お前の部屋どっち?」
 龍二が辺りを見渡しながら言う。こういうときの龍二の目は輝いている。なぜだろう。
 俺の部屋は玄関から伸びている廊下に面しており、すぐに入れる場所にあった。
「あっち」
 指で示しながら俺は答えた。
「散らかってるだろ」
「…何で分かるんだよ」
 俺の部屋に到着し、案の定龍二が最初に漏らした言葉は
「汚ねえ」だった。
 しかしまあ、すぐに順応したようで、次に
「ま、いいや。ゲームしようぜ。格ゲー。お前の得意なのでいいぞ」
 と言った。裏に見え隠れする自信が、久しぶりに俺のゲーマー魂を揺さぶった。
「オーソドックスに、ストUあたりでいいだろ」
「フフン。何でもいいぜ」
 龍二が不適な笑みを浮かべている。へっ、ほえづらかかせてやるぜ!
「この野郎。俺を舐めてるな。実戦とゲームは違うんだぜ」
 と、言いながら家庭用ゲーム機を起動した。ディスクをセットする。すばやく対戦モードまで移行して、キャラを選んだ。
 そしてスタート!





 気が付くと、窓からわずかに覗く夏の空は真っ暗になっていた。
 現在の成績。54勝46敗。

 龍二が叫んだ。
「畜生〜。負けた!」
「ヘッヘッへ。俺のほうが上だな」
「ところで今何時だ?」
 時計を見て、俺は愕然とした。
「八時…五十分」
「そんなに経ってたのか!」
「俺の…特訓は?」
「ま、夏休みは長いし、明日からやればいいだろ」
「…宿題みたいな言い方するなよ…」
「あっはっは。まあ今日は帰るよ。明日の朝九時くらいに準備整えてくるけど、大丈夫か?」
「ああ」
 それを聞くと、龍二はバタバタと出て行き、自転車にまたがってすぐ、俺の視界から消えた。
 うーん。まさかゲームで一日潰れるとは、誤算だった。
 
 しかし、明日からのことを思うと、胸が躍った。
 今年はもう夏期講習も無い。退屈の中で膝を抱えて過ごす必要も無いんだ。
 明日が楽しみに感じた。龍二と出会う前は、絶対に抱かなかった感情だ。
 ──その夜は、眠れなかった。
「遠足の前日に興奮しすぎて眠れなかった小学生か俺は!」
 と、自分で突っ込んでみたが虚しいだけだった。

 翌日の朝、龍二がやってきた。
 朝の八時前から俺の家のインターホンを遠慮なく連打してくれた。
 ピンポンという無機質な音が俺の部屋にこだまする。
「だあー! うるせー!」
 俺はその音を止めるためにすばやく部屋から飛び出し、廊下をダッシュした。
 ドアを押し開けて外から差し込んでくる光に目を凝らすと、龍二が立っていた。
 妙に黒いGパンにチェーンベルトが通っており、英字が印刷されたTシャツに、革の上着といういでたちだった。右手には、やたらと大きなバッグを持っている。
 なんというか、いかにも悪ぶった若者が好みそうなファッションである。しかし俺が気になったのはそこではない。
「お前、なんでサングラスかけてんの?」
 龍二の顔は、大部分が黒く隠れていた。
「グラサンはカッコいい男のキーポイントだぜ」
「自分で自分のことをかっこいいとか言ってる時点でもうだめだろ」
 と、まあいつもどおりの会話を始める。
「ところでお前眠そうだな。どうした?」
「んー眠れなかった」
「遠足の前日に興奮しすぎて眠れなかった小学生かお前は!」
 龍二も同じような突っ込みをした。案外考えている事は同じなのかもしれない。
「さあ!早速特訓するぞ!」
 と言って、龍二は持参してきたやたらデカイかばんから、リストバンド? のような物を取り出した。
「なんじゃそりゃ?」
「手首と足首につける重りさ。一キロだ」
「ほほう。それをつけて特訓するわけか。しかしなんでそんなにたくさん?」
「ついでに、俺もやるからだよ」
「ふーん。じゃあ早速つけるぞ」
 なにやら予想以上に地味な始まりに、俺のテンションは下がりまくっていた。
 リストバンドはマジックテープで固定する仕様になっており、ずっしりと重い。(当たり前だが)
 左右の手首と足首に重りを通す。それからマジックテープを折り返して、固定する。
 しっかりと装着して、さあ今度こそ派手になるぞ!と思い、龍二に聞いた。
「で、まずは何するんだ? やっぱ実戦か? それとも技の練習……」
「まずは、ランニングだ」
「…………マジ?」
「マジ」
 と、いうようなやりとりがあり、俺たちは朝の町を走っている。
 普通に見れば健全な運動少年たちが、「ケンカに強くなること」という不純な動機で走っているとは、普通思わないだろう。
 そのせいか、すれ違う人たちは和やかに話しかけてきたりもした。
「君達、熱心だね。そこの学校の生徒さんかい?」
「ええ、まあ」
「何部だい?」
「えっと……まあ、バスケ部みたいなもんです」
 大分違う。という突っ込みは勘弁していただきたい。この言い訳を最初に言ったのは俺じゃなく龍二だ。
 まあこんな和やかな人々とのちょっとしたふれあいを尻目に、朝の爽やかなランニングは終わった。
 ランニングを終えて、既に俺は体力の九割を消耗していた。
 思いのほかこの重りがつらい。普通に走るのの数倍の体力を消耗していた。
「なんだなんだ、五キロちょっとしか走ってないぞ。ジジイかお前」龍二はこっちを見て言う。
「お、俺は別に……た、体力無い方じゃないぞ。お前が……い、異様なんだろ」
「アッハッハ。ホントにジジイみてー」
 こいつ、いつか殺してやる。
「こ、こんな基礎体力作り……みたいなことばかり……やってて強く……なれんのかよ」
「基礎は大事だぞ。特にケンカは下半身をフルに使うからな」
「と、とりあえず帰ろうぜ。理論指導は……ウチで頼む」
 しかしまあ、三分ほども歩いていれば体力は回復する。若いってのはいいことだ。
 夏の日差しにより、汗だくになって肌にくっついてくるTシャツをうっとうしく思いながら、俺たちは歩いた。
 走っているときはあたりを観察するような余裕は無かったが、のんびりと歩いていると色々なものが目に入ってくる。
 夏の嫌になるくらいのセミの声が聞こえ、じりじりと身を焼くような暑さを感じる。
 そんな中を、龍二と他愛の無い会話をしながら歩くと、夏休みを楽しんでいる気になってくる。
 ──思えば俺は、これまで夏休みを味わった事など無いのかもしれなかった。
 やれ塾だ、やれ家で勉強だ、やれ家の手伝いだ。
 今俺がやってることは、それに比べたら実に下らないことだ。
 でも俺は、今確かに何かを感じている。うまく口では表現できないけど、何かを味わっている。
 セミも熱気も、あちこちで走り回る子供達も、何もかもが新鮮だ。
「なあ龍二、家帰ったら、何するんだ?」
「腕立て伏せ」
 聞かなきゃよかった。
 
 家に着いて、少しばかりの理論指導が龍二によって行われる。
「さっきも言ったが、ケンカはとにかく下半身が重要だ。だから俺たちはさっきランニングをした。要は、ボクシングもケンカも同じようなもんだから、フットワークを鍛えるためだ。
 でも、今度は上半身を鍛える。パンチの威力の強化のためやら何やらだ。こっちの使い方は人それぞれで、下半身ほど大事になってはこない。だからさっきより軽めにやるぞ」
 俺は龍二の説明を飲み込み、安心した。さっきのはきつすぎる。


「ほらっ!頑張れ建二。あと三十回で二百だぞ」
「も、もう無理だよ」
「ほらほら。ここで妥協してたらずっと妥協することになるぞ」
 そうは言っても無理なものは無理だ。というか全然軽くないぞ。むしろさっきより重いじゃないか。
「も、もう腕が棒だぞ」
「人間、限界を超えるのが大事だ。少年漫画でもよくやってるだろ」
 俺が時々口にしていた”少年漫画”という単語を龍二が口にした。
「じょ、上等だオラ!」
 と、気合を入れなおして疲弊しきった上腕三等筋に力を込めた。
 同時に、フローリングの床に豪快にアゴをぶつけた。
「痛え……」
「wwwww」
 すごくいい顔で笑っている。「ダブリューダブリュー」とかいいながら。
「それは口で言うもんじゃないぞ龍二。大体これをみて言う事はそれだけか」
「いや、シュールな光景で面白かったからな」
「……お前、俺で遊んでないか?」
「ソンナコトナイデスヨ」
 絶対、殺してやる。

 と、まあこんな青春の一ページを刻んでいるとあっという間に日は暮れた。
 ほとんど日中休みなしで動き回ったので、俺の体はもうボロボロだった。
 そんな光景を見て、さすがの龍二ももう無理と判断したのか、しばしの休息を取る事となった。
 しばらくは他愛無い会話を繰り広げていたが、龍二は突然話題を変えてきた。
「そういや、お前の家の人は?」
「しばらく帰ってこないよ。海外旅行だとさ」
「ふーん。どこ行ってるんだ?」
「ドイツ。多分夏休み中はずっと帰ってこないと思う」
「おう!じゃあちょうどいいや。泊まってくぞ」
「え!? マジで?」
 とは言ったものの、俺は内心かなり喜んでいた。特訓も、イチイチ帰っていては能率が悪い。それに、龍二がここに泊まるのなら楽しそうだ。
「でもお前、着替えとかは?」
「一式持ってるぜ」
 と、カバンを開ける。確かにかなりの量の荷物が詰め込まれている。
 最初に見たとき、やたら大きなバッグだと思ったが、こういうわけだったのか。
 
 まあそんなわけで、龍二の図々しさで俺の家での泊り込みの特訓をすることが決定したわけだ。
 






 日が落ちてからは、専らゲームに集中していた。既に時計の短針は十時を示している。
 夜も更けて、さすがにゲームにも疲れてきた俺のズボンのポケットが、急に振動を始めた。
 俺の携帯が振動するのは着信のときだけだ。メールは音が出るようにしてある。
 着信である以上、早く確認しなければいけないので、スタートボタンを押してポーズの状態にし、ポケットの中身を確認する。
 
 非通知、か。

 出ないでおこうかとも思ったが、なんとなく出ておくべきな気がして、俺は通話ボタンを押した。
 電話先から声が流れ出てくる。何度か聞いたことのある、独特の低さを持った声。
「お前、飯沢か?」
「そういうあんたは誰だよ?」
「楠木正人だよ」
 ──楠木!
「どういうつもりだ。なんで俺の携帯の番号を知ってる?」
「別に、どうだっていいだろ。そんなこと。それよりお前浅田の連絡先を知っているか?」
 そこで思わず龍二の方を見てしまった。
 俺のセリフと、反応で、大体の事情を悟ったのだろう。龍二が自分に代わるようにジェスチャーで伝えている。
 俺は、求められるままに携帯電話を龍二に渡した。
「代わったぞ」
「浅田か。俺だ。楠木だよ」
「ああ。一体何の用だ?」龍二は少しもあわてていない。
「別に。少しお前ら反省の意思が足りないんじゃないかと思って電話したのさ」
「反省の意思?何言ってんだお前」
「明日、学校前の空き地に来い。一人十万ずつ持ってな」
「はあ?ふざけてんのか?」
「この指令を無視するようなら、新学期明けにこないだの十倍はひどい目にあうことを覚悟しとくんだな」
 そこで龍二は、電話を切った。それにしても楠木の声はデカイ。俺にも会話の内容がはっきり聞き取れた。
 それだけに、少し慌てていた。
「なあ龍二、どうするんだ?」
「ん?別にどうもしねえよ」
「どうもしないって、明日はどうすんだよ?」
「完全無視。それだけ」
「そしたら新学期明けに大変なことになるんじゃ……」
「そうならないために今特訓してるんだろ」
 龍二の言葉は全て正論で、言い返せなかった。
「とにかく、今は実戦をするときじゃなくて、トレーニングをするときだよ。ほっとけってあんな奴ら」
 本当にそういうものなのだろうか。しかし俺は、一抹の不安を感じながらも龍二の言葉に従う事しか出来なかった。
 ──いや、従っても良い気がした。龍二に言われると、不安はどこかに飛んでいってしまう。
「それより腹が減ったな」龍二は先ほどのことなのでまるで気にしていなかった。
「そういわれると、減ったな」
 俺も能天気さを見習う事にした。というか歴然たる事実として、腹は減っていたわけだが。
「じゃ、なんか食いに行くか」
 近所のファミレスまで行き、ちょっとした食事を取ることにした。
 帰りは家までランニング。腹の左側が激痛を訴えたが、龍二は「そんなもの気合だ!!」とかなんとか言っていた気がする。
 そして、いよいよもうすぐ日付が変わる時刻になる。
 布団をひいて、寝る準備をした途端、後ろから何かが飛んできた。
 ──マクラだった。
「ん? 龍二、もしやマクラ投げで俺に勝負を挑むのかい? このマクラ投げ七段の俺に」
「俺はタイトル保持者だぜ。マクラ竜王だ」
 なかなかデカイ口を利いてくれる。俺はマクラ投げでは負けない!
「伝説の右腕を食らえ!」
 渾身の力を込めてマクラを握った右手を振りぬく。かなりの速度でマクラは俺の手を離れた。
 龍二は反応できずに、顔に命中した。結構痛そうだ。
「フッフッフ。どうやら私を怒らせてしまったようですね。いいでしょう。少しだけ相手をしてあげましょう」
 なんだか某漫画のキャラのようなことを言い出した。というかいつからこいつの一人称は「私」になったのだろう。
 バッ、と龍二はマクラを後ろに構える。やたらを大きなフォームには迫力がある。
 力を溜め込む音が聞こえてきそうなほどに龍二は気合を入れている。そしてやや歪んだオーバースローでマクラを投げた。
 速い! 途方も無い速さだ。マクラなのに空を切る音が聞こえてきそうだ。
 その速さと、重厚さからは異様な恐怖を感じる。これはまさしく、死のイメージ! なんとしても、避けなければ!
 右か? 左か? 一瞬の判断に俺の命は賭かっている。どちらが理想の選択肢だろう。

 ──右だ!

 次の瞬間、俺の腹にマクラが見事に突き刺さっていた。
「か、完敗だよ龍二。竜王の名は伊達じゃないようだな。俺に死のイメージを見せるとはな」
 ちなみにダメージは全くない。
「フッ、君もなかなか良かったじゃないか。さあ、明日もマクラ投げの特訓を頑張ろう」
「って、今日のはマクラ投げの特訓だったのかよ!」



 とまあこんな風に、俺たちの夏休みは過ぎて行った。
 特訓も、ほとんどずっと同じことを繰り返していた。
 本当にこれで強くなっているのだろうか。そう思うことはあった。
 しかし、龍二と過ごす時間は、たとえようも無く楽しかった。
 俺にとって初めての、最高に楽しいと思える夏休みだ。
 たとえ無駄なことをして過ごしていたって、それでも構わない。俺は、一分一秒でも長くこの時を刻んでいきたかったんだ。
 




 龍二との特訓が始まって一週間ほど過ぎたある日の夜。
 時刻は九時を回り、普段ならこれから夜のトレーニングをこなして、しばらく遊んでから寝る時間だった。
 龍二は基本的に規則性を大事にする人間だったので、ここ一週間は多少の変動はあれどほとんどきっちりと行動していた。
「花火やろうぜ! 花火!」
 だから龍二がこんなことを言い出したときにはすこし驚いた。
「夜のトレーニングは?」
「そんなもんいつでもできるだろ。それより花火だよ。花火」
 前言撤回。基本的に面白いことを優先するのだ。
 それで、俺たちは隣のコンビ二で花火を買って、近所の公園まで歩いている。公園といっても、いくつかの遊び道具があるだけの小規模なものではなく、かなりの大型の自然公園が俺の家の近所にはあった。
 なので、俺の家の立地は、かなり花火向きであったといえるだろう。龍二が花火をやろうなどと言い出したのも、この立地が関係あったのかもしれない。そう思って、聞いてみた。
「なんで急に花火なんて言い出したんだよ」
「夏は花火だろう。やっぱり」
「……」
 絶句してしまった。会話が続かなさ過ぎて困ったので、今度はちょっとしたクイズをしてみる。
「なあ龍二、花火って英語でなんていうか知ってるか?」
「フラワーファイアー」
 あまりにもベタな回答だったので、思わず大声で笑ってしまった。夜だというのに。
「そういうと思った。花火はファイアーワークだよ」
「火の、仕事?」
 龍二はちょっと自信なさそうにしている。このくらいの単語は自信を持って答えて欲しかった。
「そういうことだな。なかなか面白いよな」
「なんか物騒な気がするな」
「それ分かる。ちょっと放火っぽいもんな」
 とか何とか適当な会話を交わしながら歩くと、目的地の公園は見えてきた。木々が生い茂り、闇を携えている。
 こんな夜に公園まで出てきたことはほとんど無かったので、どこか新鮮で、怖くもあった。見慣れていたはずの入り口付近の大きな木を見ても、今初めて見るような奇妙な感覚に包まれる。
 公園に入ると、尚更闇が顕著になってくる。街灯の明かりに慣れていた目は、急に役立たずになった。
「しかし寒いな。上着持ってきて良かったぜ」
 隣で龍二がつぶやく。夏とはいえ、俺たちの町の夜は寒い。特に木々に囲まれたところは、より一層寒くなる。
 寒かったり暗かったりで、あまり嬉しい状況ではなかったが、そんなことで俺たちはめげない。
「じゃ、早速やろうぜ」
 龍二は花火がぎっしり詰まったお徳用の花火セットから、手持ちタイプの花火を適当に何本か見繕って、俺に手渡してきた。
 俺は、あらかじめ用意していたライターをズボンのポケットから引きずり出した。すぐに、親指でライターの回転部分をはじく。
 小さな音を立ててライターから火が出た。やたらと辺りが明るくなった気がして、少し驚いた。ライターの火って、案外明るいものなんだな。
 そして、火を棒状の花火の方に近づけると、すぐに花火の先端部分が燃え始めた。俺が花火に火をつけると龍二も同時につけたようだった。俺のほうからは青、龍二の方からは赤の光が噴出している。
「おおー。なかなかキレーじゃないか」
 龍二が目を輝かせながら言う。それにしてもやたらと率直な感想だな。
「子供じゃないんだからさ。もう少し学術的な感想を述べてみろよ」
「ハハッ。無理無理。百年速ぇよ」
「それは勝ったときに使う言葉だろ!?」
 そこで笑う。なんていうか、若者らしく夏を満喫してる気がする。
 しかし、俺たちの花火がこんなにあっさりと進むわけがなかった。
 少し経ってから龍二がいなくなった気がして、ふと横を見ると、二十メートルほど離れた場所から、龍二が花火──もちろん火がついている──を振り回しながら走ってきている。
 ほんのわずかの驚愕を覚えてから、今度は身の危険を感じて、俺は逃げた。
「危ない危ない危ない! 何考えてんだお前は!」
 いいながら足は加速を始める。
「必殺技の『花火一閃』を食らえ〜」
 龍二も俺に対応して速度を上げていく。
「小学生かお前! 知ってるか! 必殺技って必ず殺す技って書くんだぞ! 俺は花火を死因にしたくない!」
 しかし、幸い公園は広い。日本的に見ても、相当な広さと森林保有量を誇るこの公園は、かなり追いかけっこに適していた。
 逃げ切ってやる! 
 後ろからチラチラと花火の光が見える。しかし俺は走る速さにならそれなりの自信がある。
「待てや、コラ〜」
 後ろから龍二の悲壮な叫びが聞こえる。スタミナはあっても、短距離はあんまり得意じゃないみたいだ。よし! 
 更に加速して、龍二との距離をとる。結構な勢いで距離は開いていく。
 これだけ引き離せば十分だ。そう考えた俺は、ストックしてあった胸元の花火に火をつける。
 俺の手元からまばゆい光が飛び出すのと同時に、まるで俺の花火に吸い込まれたように龍二の手元の花火が輝きを失った。
「よーし、攻守逆転!」
 花火を振り回しながら、龍二の方に走る。龍二はとんでもなく驚いている。
「うわっ! ちょっとタンマ!」
「俺の必殺技を食らえ!」
「知ってるか! 必殺技って必ず殺す技って書くんだぞ!」
 しばらくこんなやりとりを繰り返し、はしゃぎまくっていた。
 
 俺たちのテンションがピークに達したとき、木の陰から人影が出てきた。ガサガサと枝が揺れる音がする。
 暗いからよく分からないが、多分五人くらいはいる。 
「なあ、兄ちゃんたち、ちょっと騒ぎすぎなんじゃねえの? るっせんだよ。ピーチクパーチクよぉ」
 人影が少しずつ俺たちとの距離を狭めながら言い出す。おそらく俺たちより三つか四つくらい年上の男だ。
「お前ら中坊か?お兄さん達に世間の厳しさを教えてもらいたいのかな?」
 少しずつ見えてきたリーダー格の男は、いかにも悪そうな外見をしている。
 両耳に三つずつ穴が開いていて、ピアスが通っている。
 髪は灰色で、ツンツンと尖っている。かなりがっちりと固めてあるように見える。
 後ろの四人も同じようなファッションである。もしかして流行ってるのか?
「何か言ったらどうだ? 怖くて話せないかなぁ?」
 明らかにこちらを舐めた言い方をしている。多分、龍二はこういうやつらが大嫌いなはずだ。
「はっ、そこらのセミよりバカそうな顔して、何吼えてんだ? できれば人語でしゃべってくれねえかな?」
 ほら。始まった。
 ──ケンカになるな。
 そう思った途端、心臓が激しく脈を打ち始める。落ち着け。動揺してはいけない。大丈夫だ。
 ──勝つんだ。
「なんだとコラ!」「やんのかコラ!」
 相手の集団はやかましく騒ぎ立てている。リーダー格の男はゆっくりと肩を揺らしながら龍二のほうに近づいてくる。
「今お前何て言った?」
 そう言うと同時に、龍二の胸倉を掴んだ。龍二の顔がグッと男の顔に近づいた。
「いや、別に。セミバカって言っただけだよ。フハッ、セミバカだって。セミプロみてぇ」
 龍二はいつもどおり楽しそうにしている。しかし相手の顔はあっという間に引きつっていく。
「てめえ。誰に物言ってるか分かってるのか? アア?」
 襟を掴む相手の力がより一層強くなった。龍二はさきほどよりも激しく相手を睨んでいる。お互いに顔を近づけすぎて額がくっついてしまいそうである。
「ああん? てめえこそ分かってんのか? このコエダメ野郎」
 今度は龍二の方からも相手の胸元を握った。ここらが限界だろう。このバカどもの堪忍袋の緒は、もう切れる。龍二もそう判断しているはず。
「行くぞ! 建二!」
 俺の考えどおり、直後に龍二の声が響き渡る。巻き込まれるこちらの都合にもなって欲しいものだ。
 ──まあ、実戦の機会を欲しがってたのは俺なんだが。
 襲い掛かってくる人間を、まずは見極める。龍二いわく、「ケンカはまず相手を見ることから始まる」だそうだ。
 襲い掛かってきたのは、三人。右の二人は龍二を狙っている。
 右のやつをちゃっかり倒すのも面白いと思ったが、やはりそれは性に合わない。まずは左を片付ける!
 射程距離に入ると同時に、敵の拳が飛んできた。暗くて周りの様子はよく見えないが、相手の拳だけはやけにはっきりと見える。
 ──これが、ケンカか!
 改めて、楠木たちとの戦いで、自分が弱かったのか分かる。技量的には今も大して変わってないのかもしれないが、あのときとは心構えが違う。
 ここしばらくのトレーニングで、俺の中には戦う心構えが出来ていた。
 大丈夫。こんな拳は怖くない。俺は、強くなった。
 かなり紙一重で攻撃をかわす。俺の頬の右横で、風の鳴る音がする。
 相手は拳に乗せられた重心を元に戻せず、若干バランスを崩し、よろめいた。
 それでも、最大の一撃を当てるにはまだ不十分だと判断した俺は、相手の足を思いっきり踏みつける。
 相手の足首が、グキリと音を立てた。足首を踏まれて驚いた相手は、反射的に右手をはじくようにして、やたら大振りの拳を繰り出す。よし、狙い通り。
 今度もすばやくかわして、左手で相手の腕を掴む。同時に思いっきりその腕を引いた。体重を全て手に乗せれば、体格差があっても関係ない。相手は更に重心を崩し、俺のほうに倒れこんでくる。
 よし! やれる! ここ数日で何度かシュミレートしたとおりに、まずは右足を後ろに思いっきり蹴り込む。そして体ごと、前に突っ込むイメージ。
 右手に力をこめて、後ろに振りかぶる。体を前にもっていくイメージは、崩さない。
 そして右足から得たエネルギーが、膝、腰、肩を伝わっていくイメージ。
 うらあっ!
 俺は、拳を押し出した。
 完璧に思ったとおりの軌道を描き、相手の腹にヒットする。拳にやわらかく奇妙な感覚が伝わってくる。この感じ、多分かなりのダメージを与えられたはずだ。
 その読み通り、すぐに相手はぐったりした。奇妙な声が出たし、みぞおちに入ったのかもしれない。
 ──勝った。
 高鳴っていた心臓の音が、今は勝利を祝うリズムを刻んでいる。
 俺は、肩で息をしていた。でも、そんなことはまるで気にならなかった。
 勝ったんだ。これが、勝つということ。
 ──すげえ、気持ちいいじゃないか。
 思い通りに相手がよろけて、自分の拳が相手の腹に突き刺さる。
 かつてない気分だった。相手が倒れこんでいくあの瞬間は、えもいわれぬ高揚感に包まれていた。
 しばらくは充実感に浸っていたが、自分のすべきことを思い出した。
 そうだ、相手は五人だ。まだ終わっていない。

 目の前の人間を倒して、フリーになった俺は、次の獲物を探す。
 龍二のほうを見ると、三人と同時に交戦中だった。龍二の足元には既に一人倒れている。
 俺が一人倒したし、龍二も一人倒した。そして今三人と交戦中ということは、龍二は実質現在の相手全員と戦っていることになる。
 どうも、龍二は三人相手でも余裕そうだ。しかし俺は見学をする気などない。
 ──勝つってことを、知ってしまったからな。
 少し悩んでから、一番近いところに居た奴を倒すことにした。
 相手は龍二の方を見るのに精一杯のようで、こちらに気づいていない。
 軽く助走をつける。ジョギングのリズムで走り出して、徐々に加速していく。
 自分の足が規則正しくステップを刻んでいく。なぜか、負ける気がしない。
 ただ走っているだけなのに、やたら新鮮な気持ちだ。まだまだ、もっと速く!
 辺りの背景が、自分から一瞬で遠ざかっていく。それに伴って、目標の男も近づいてきた。
 行くぞ!
 十分に速度のついた足を、地面に向けて、一気に蹴り込む。
 右足が、公園の土を弾き飛ばす音をたて、同時に、俺の体は浮いた。
 そして、その勢いのままに足を前にもっていく。自然と、俺の体は動いた。
 腹筋を使って足をまっすぐ進行方向に合わせる。相当な速度で俺は足から突っ込んでいく。
 瞬間、俺に気づいた相手が、振り向いた。
 ──バーカ、もう遅えよ。
 振り向いた相手の胸元に俺の足が叩き込まれた。つま先から相手に衝撃が伝わっていくのが分かる。
 相手は派手に反り返って倒れる。後ろにのけぞったまま地面を数メートル吹き飛んだ。
 凄い動きだ。もしかしたらクリーンヒットだったかもしれない。
 案の定、相手は起き上がらない。苦しそうにウンウン言ったあと、動かなくなった。なんだ、もう終わりか。
 若干の物足りなさを感じながら、俺は龍二の方に顔を向けた。
 すると、龍二は既に最後の一人と戦っていた。この短時間で更にもう一人倒したのだ。相変わらずこいつの戦闘能力はどこかおかしいように思われる。
 その最後の一人も、龍二の渾身のアッパーがアゴに突き刺さり、よろめいた。
 足がうまく動いていない。フットワークの利かない相手を潰すなんて、龍二にとっては赤子の手をひねるより簡単だ。
 ふらふらと動く相手に龍二は、全く油断せずに鋭い視線を向けている。
 そして、すぐに龍二は右手を後ろに振りかぶる。今度は右フックだ。相手も反応してはいるが、動きようが無い。拳は見事に相手の右斜め前方から飛び込み、そして振りぬかれた。
 ここからでも関節の奏でる音が聞こえそうなくらい、相手は見事に吹き飛んだ。
 まず首が回り、それに後から追いつくようにして体が回転運動をする。そして、足は思い通りに動かず、地にひれ伏すことになる。
 相手はみっともなく顔面から地面に落ちて、それっきり動かなくなった。

 ──龍二の右フックだけは、受けたくないな

 そんなことを考えながら、俺は龍二の下に駆け寄った。
「龍二、どうやったらそんなパンチが打てるようになるんだよ?」
「友情、努力、勝利だな」
「どっかの漫画の三大テーマだろ。それ」
「まあ実際のところトレーニングしかねぇよ。さ、帰るぞ」
「ヘイヘイっと」

 そうして、俺たちは帰路についた。途中の話題の中心は、専らさっきのケンカである。ケンカの話ってのは、すごく盛り上がるのだ。まあメカニズムは誰にも分からないが。
「それにしても全然大した事ないやつらだったなー。特にあのリーダー面のやつ。ボロ雑巾みてーに飛んでったぜ。あんのセミプロ、じゃないセミバカ」
 龍二が拳を前に突き出しながら言う。自分の言った事が面白かったのか、顔はにやけている。
「おうよ。俺もほとんど一発ももらわなかったぜ。ホントに弱かったな。俺、初勝利だよ。気持ちいいんだな。勝つのって」
「そうだろ。世間的には下らないことかもしれないけど、俺はその感覚がたまらなく好きなんだ」
「だよなぁ。でも、あいつらホントに弱かったからなぁ。喜んでいいのか微妙だな」
 そこで、龍二が急に真剣な顔つきになった。少し動揺してしまう。
「それは、この一週間の成果が出てるんだよ。夏休み前のお前なら、負けてたぜ」
「えー。そんなことないだろ。ここ一週間は基礎トレしかしてないぞ」
「そうだ。この一週間で基本的な筋肉の使い方がわかってきたんだ。それに、刺激が色々あることでイメージトレーニングにもなったろうしな」
 確かに、楠木から電話が来たり、龍二にケンカについて色々聞かされたりと、イメージはできていたし、筋トレも、間違いなく人生で一番頑張った。
「でも、戦い方に関しては何もやってないぜ」
「そうだ。しかし戦い方は人に教わる物じゃないからな。根本はやっぱり素質なんだよ。そしてお前はその素質に恵まれてる」
 あまりほめてくれない龍二が珍しく俺に賛美の言葉を送っている。こういうときはいじりたくなるものだ。
「ってことは俺、龍二より強くなるんじゃね?」
「いや、それは無いな。俺は何せ世界一だからな」
 とまあ、なんというかどこからくるのか分からない自信をむけられると、やっぱり何か言いたくなった。
「いや、お前は二にしとけよ」
 と言うと、龍二が少し顔をゆがめる。もしかしたら本気だったのかもしれない。
「世界一の座はお前がとるってか?」
 龍二は少し納得いかなそうに言う。
「いや、ジョンが取る」
「……誰だよ」
 こうして、実戦訓練も終えて、夏休みは本番に入っていった。





 第三章 始動


「服買いにいくぞ!」
 唐突に龍二が言い出した。基本的に龍二の提案はいつも唐突なので、もう慣れっこになっていた俺は、冷静に対処することができた。
「何で服なんだ?」
「お前は分かってないなぁ。不良ってのはいわば『カッコよさ』を追求する生き物なんだぞ。第一に見た目がカッコよくないとな」
 そもそも俺は別に不良になりたくてこういう生活を送っているわけではないのだが……それでも悪いことの影にあるカッコよさは俺にも理解できた。
 大して不良をやってない人間でも、早期に煙草を吸い始めることはよくある。この理由は別に煙草が吸いたいわけではなく、カッコつけのアイテムとして煙草を利用しているのだ。悪いこととカッコいいことは切っても切り離せない仲である。
「だからっていきなり服かよ。別に見た目から入らなくっても……」
「お前は分かってない!!」
 急にすごく力を入れて言われたので、俺は黙ってしまった。
「まずは見た目だ! 普通学校の頭を張ってる奴は、金髪にしたりタトゥーを入れたりする。なぜか? それは力の証だからだ! 見た目と力は常に表裏一体の関係にある!」
 どうでもいいけど、俺の顔につばを飛ばしながらしゃべるのはやめて欲しい。
「ライオンのたてがみを見ろ! あれもまさしく強さの証! そもそもストリートファイト、まあつまりはケンカも『俺のほうがカッコいい!』というようなぶつかり合いから生じたものであり、不良と言うのはまずファッションから始まると言っても過言ではない。ヤクザの事務所の下っ端の仕事を知っているか? 靴を磨くことだよ。たとえ靴であっても、少しでも舐められたら成立しない稼業がからだよ。これも力の証だ。もう一つ例を出そうか。真面目そうな優等生ファッションをした人間が街を歩いていてケンカを売られるか? そんなはずはない。なぜならファッションに『力の証』がないから……」
 そろそろ止めないと永遠にしゃべり続けていそうだったので、仕方なく止めてやることにする。
「大体特訓はどうすんだよ!?」
「そんなもんどうでもいいだろーが!」
 逆ギレされてしまった。


 まあそんなわけで、普段俺たちが住んでいる都会とも田舎ともいえない町から電車で小一時間。今はそこそこの大都会にいる。
「ここに良い店があるんだよ。ワルな感じのする服を取り扱ってるんだ」
 と、龍二が実に嬉しそうに語る。よっぽど買い物が楽しみなようだけど、女の子じゃないんだからさ……
 歩きながら辺りを観察すると、なるほど悪そうな奴がだんだん増えている気がする。今、ガムをかみながら歩いていた男は、左手に大きなタトゥーをしていた。
「なあ龍二、すっごい露骨に悪そうな奴が多いんだけど、さっきのタトゥーの奴とか」
 聞かれないように小声でささやいた。龍二は、やっぱり元気そうな顔をしている。
「悪いっていうかそれは頭が悪いんだろ」
「今から俺たちもそういうファッションに身を包むんじゃないのか?」
 と言うと、龍二は急に表情を変える。
「違う違う違う! あれだけ言ったのにお前は分かってないな! 頭が悪い奴のファッションと悪い奴のファッションは違うんだよ!」
「だから何がどう違うんだよ?」
「知性が違う! あんな品の無い奴が悪いファッションを着ても映えない!」
 必死の形相で龍二が叫んでいる。あまりの大声で通行人の何人かも足を止めた。周りの視線が集中しているのが分かる。しかし龍二は構わずにわめきたてている。
「あんな品の無い左手のタトゥー野郎が何だ? 着ているものもなんかしょうもないものばっかだったし、ガムの噛みかたなんてバカの極みだぜ! 『クッチャクチャ』って音がするんだぜ! 昭和の擬音だろ、それ!」
 ものすごい大音量の主張だ。こんなに大声で叫ぶとまずいんじゃないだろうか。色々と良くない事態が……
「それは俺のことか、コラァ!」
 案の定、さっきのバカそうな兄ちゃんがこっちに歩いてくる。やっぱりまだ聞こえる範囲にいたのか。
「あんだと? やんのかバカ!」
 既に龍二の中で彼は『バカ』に確定してしまったようだ。
「中坊が! 調子に乗ってんじゃねぇよ!」
 どうやら『バカ』発言で相当頭にきているみたいだ。気にしていたのかも知れない。
「調子に乗ってんのはお前だろうが! バカ丸出しの顔しやがって!」
 なんだか龍二も負けずに怒っているような気がする。別に龍二が怒る必要はないと思うんだけどな。
「こっち来いや。中坊」
 バカは龍二を路地裏に誘い出そうとしている。早足で小さな道に入るための分岐のほうに歩きながら、言った。
「オラどうした、中坊!」
「はっ。いいだろう。後悔するなよ」
 そして龍二はそれにのってついていくみたいだ。早足にバカのほうに歩いていく。
「良い度胸じゃねぇか。こっちだ」
 龍二にそう言うと、バカは路地に向けて歩き出した……と思ったら、バカは後ろからの龍二の壮絶な右ストレートを受けて倒れた。南無阿弥陀仏。
 やたらと遠くてよく分からないが、龍二の攻撃が見事に入ったことだけは分かる。あのバカ、動かなくなったし。
 それから龍二は振り返り、すごくいい顔でこちらに戻ってきた。
「ほんっとああいうバカは困るな。ああいう奴のせいで俺たちの品位が下がるんだよ」
「それより龍二、今のはちょっと卑怯じゃないか?」
 というか、かなり卑怯だと思う。
「勝てば官軍。第一あんなバカにどんな勝ち方したって誰も文句言わねぇって」
 そういうものなのだろうか。まあ龍二がすっきりしたようなので気にしないことにする。

 すれ違う人間が妖しくなり始めてから更に数分歩くと、どうやら目標であるらしい建物が見えてきた。奇妙な字体の看板には『HEAD』と書かれている。禍々しい雰囲気が店を包み、それ自体が既に『悪』のオーラをまとっていた。
 どうしよう……ちょっと怖いぞ……
 すこし俺が怖気づいていると、そんなことは全く気にならないと言う風に龍二は店へと足を踏み入れた。
 ええい! なるようになるさ!
 龍二の後に続いて、店へ入る。
 店の中は、意外と明るい。あくせくと動き回っている店員も際立っておかしな点はなく、ごく普通の店だった。
「いらっしゃいませー」
 と、店員の和やかな声。どうも、悪そうなやつがいっぱい居る以外は普通の店みたいだ。
「よし、行こうぜ!」
 さきほどよりも更にテンションの上がった龍二は、意気揚々と店を歩き回る。俺もそれについて回った。
「ところで建二、お前いくらくらい持ってきた?」
「六万くらいかな」
 本来ならそんなに持ってくるつもりはなかったし、使う気は今もないのだが、龍二にもてるだけ持ってこいといわれたので、この金額になった。
「ふーん。それじゃ、足りないかもよ」
 こいつは何を言っているんだろう。六万円だぞ。きりつめれば人間一人が一ヶ月は生活できる金額だぞ。
「足りないって一体……」
「いや、とにかく見てみろって。話はそれからだ」
 と言って、龍二が指し示したのは、アクセサリーのコーナーだった。たくさんのペンダントが並んでいる。やたらとキラキラ反射するものばかりで、よく見えない。
「こういうのはシンボルマークになりうるんだよ」
 と、龍二が解説をつけてくる。
「シンボルってどういうことだ?」
「だから、地元最強の暴走族がいるとするだろ、そしてそいつらが全員金色のドクロの装飾に身を包んでたら、『金色ドクロ最強伝説』とかできるだろ。『金色ドクロには近づくな』とかそこら中で言われるようになるだろ」
「なるほどな! なんかカッコいい気がしてきた!」
「だろだろ! 俺たちのシンボルも作ろうぜ!」
「おお! 何か燃えてきた!」
 いつしか、俺も完全に龍二のテンションに飲まれていた。まあ、若さってのはこういうもんだ。
「これなんかどうよ?」
 そういって龍二が差し出してきたのは、小さな十字架の着いたペンダントだった。凄く濃い藍色で、なんともいえない魅力を持った色だ。じっと見ていると、吸い込まれてしまいそうだ。
「十字架かぁ。悪くないけど、結構普通だよな」
 すると龍二はチッチッチという風に指を左右に動かした。どうでもいいけど、なんかムカつく仕草だ。
「それ、よく見ろよ。逆十字だぜ」
 そういわれて手元にある十字架を見ると、確かに首から提げたときに向きが反対になるようになっている。
 俺が気づいたのを確認して龍二は続けた。
「逆十字。実に素晴らしいじゃないか。神への反抗だぜ。『我は何者をも恐れぬ』という反抗の極致を行く象徴だぜ。俺たちにぴったりだろ。最高じゃないか」
 そういわれると、この十字架が持つ意味は、途端に大きくなった気がした。
「『逆十字の龍建コンビ』とか呼ばれるかもな。俺たちが二人でこれ買ったら絶対伝説になるぜ!」
 龍二が説き明かし顔で俺に言ってくる。間接的に『買え』と言っているのはミエミエだった。しかし……
「よし! これ買おう!」
 突発的に声が出ていた。
「じゃあ俺も買う!」
 待ち望んでいたように龍二も言う。うーむ『逆十字の建二』。なかなかいい響きだ。
「次は服だ!」
 龍二のセリフに抗うことは出来なくなっていた。あのアクセサリーを買ってしまい、タガがはずれていた。
「よっし、行くか!」
 龍二はやっぱり慣れた歩き方で、服のコーナーに移動する。すぐにたくさんのGパンが見えてきた。
「まずはこっからだな。どうよ建二?」
「どうよって言われてもな。服に金かけたこととかあんまり無いし」
「こんなコーディネイトなんて似合うんじゃね?」
 と言って、龍二は服を着せられているマネキンを指差した。
 マネキンは、大きなキャップを被り、銀色の模様がついたTシャツの上にライトな上着を着ていた。
 Gパンは、やたらとあちこち擦り切れていて、見たことが無いくらい黒かった。ベルト穴にはやたらと長いチェーンベルトが通されている。
 なるほど。確かにカッコいい。たかがマネキンなのに、強烈な存在感を持っている。顔は何の凹凸もないただののっぺらぼうなのに、睨まれているような気分になった。
 こういうファッションが存在することは知っていたが、まさか自分が着ることになるとは欠片も思っていなかった。だからついテンションが上がって、こんな決断をしてしまったのだろう。
「よし! これセットで全部買う!」
「おお! ノリいいじゃないか建二。じゃあ次はあっちに行こうぜ」
 と、まあこんな感じで、店を出る頃には俺の財布はやたらと軽くなっていた。
 失意のまま、店を出る。荷物がやたらと多いのを意識すると、外の暑さが一層強い物になりそうだったので、俺たちは気を紛らわすために話しながら歩いた。
「今のうちにこれ、つけとこうぜ」
 そう言って、龍二は自分の逆十字ペンダントを、首にかけた。深い藍色の逆十字は、昼時の太陽光を静かに反射した。
「そうだな。俺もつけとこう」
 両手一杯の荷物をとりあえず地面に置き、逆十字を胸にかける。よし、なんか強くなった気がする。こういう装飾品ってほとんど着けたことなかったけど、いいもんだな。鏡が欲しくなってきた。
 そんなことを考えながら、足元から荷物を回収する。その重みに、改めて自分がたくさん買い物をしたことに気づいた。
「なんでこんなに買っちまったんだろう」
「いやいや。そういうもんだよ。ファッションってのは」
「あんなにあったのに財布の中身ほぼ無くなっちゃったぞ」
「建二は大した事ねぇよ。俺が始めてあの店いったときには所持金オーバーの買い物しちまった」
「え!? それでどうしたんだ?」
「いや、レジで金足りないことに気づいたから、『すいません。ちょっと戻してきます』みたいな」
「うわっ! 恥ずかしい! あの店でそれは本気で恥ずかしいだろ」
「ホントだよー。いなかもんみたいに見られるしさ」
「そう考えると俺も大したことしてな……」
 そこまで言ったとき、俺は気づいた。前に居るやつ、さっきのバカだ。
 20メートルくらい前の人ごみの中、やや高い背が突き出ている。さっきのバカで間違いない。
 まだこちらには気づいてないみたいだ。やり過ごす方がいいかな。
 負けるとは思えないけど、この暑い中であいつの相手をする必要も無いだろう。すばやく移動するように龍二に促そうと思ったけど……
「あ! さっきのやつ!」
 と、バカがこちらに近づいてきた。面倒なことになったな。バカの近くには仲間と思しき人間が二人いる。
 逃げた方が良いだろうか。いや、問題ない。大分年上のようだが、相手が三人なら多分勝てる。
 ここ一週間くらい大きなケンカはしてないし……よし、やるか!
 龍二もやる気まんまんの顔をしている。すばやく一歩前に出ると、バカに向かって言った。
「よう、バカ! 久しぶり。元気してたか〜?」
「今度こそ殺してやるっ! こっちに来い!」
 どうするのかと思ったが、龍二は素直に従って、バカと仲間二人の元へ行った。俺も後に続く。バカのところにいってからも、無言でバカ達は少し歩いた。俺と龍二も無言でそれに続く。
「逃げなかったな。良い度胸じゃねぇか。この中で地獄を見せてやるよ」
 バカが立ち止まったのは、古い倉庫の前だった。いかにも今は使われていない雰囲気をかもし出した倉庫で、なるほどワルのたまり場にはうってつけだろう。
 倉庫のドアを開けると、風が吹き出してきて、目の前にそれなりの大きさの空間が広がった。
 バカと仲間二人は、慣れた様子で中に入っていった。
「さあ入って来い。殺してやるぜぇ」
 バカががなっている。特別怖くも無いので、俺と龍二は躊躇せずに中に入った。その瞬間、バカはこちらに突っ込んでこようとする。しかし、すぐ横に居た仲間に止められる
 止めた、と言っても派手に動いたのでは無く、ただ左手をゆっくりバカのほうへ出しただけだ。しかしバカは恐れるような様子を見せて、ピクリとも動かなくなった。ある種異様な光景だった。あの横の男、ただ者じゃないな。
「こいつに手ぇ出したってのは、どいつだ?」
 ゆっくりとした知的な口調で言いながら、バカを制止した男は前に出てきた。てっきり激昂して襲ってくるのかと思っていた。こんなタイプの不良を見たのは初めてだった。
 男は、大きなサングラスをかけていた。だが龍二のそれとは違い、あまり目立っていない。そこにあるのが当然というような在り方である。
 それよりもむしろ目立っていたのは、髪の色だった。真っ白く染め上げられたオールバックの髪は、独特の存在感を放ち、サングラスの黒と良くかみ合っていた。
 耳にはピアスが一つだけ通っている。今まで俺はピアスってのは、いくつも品無く開いた穴に通っていて、頭の悪さを強調するもんだと思っていた。
 しかし、今男の耳に収まっている小さなピアスは、やたらと目立つ髪と見事にマッチしており、品位をかもし出している。
 少し首を動かす度に、キラキラと光るピアスは、龍二風に言わせてもらえるなら、『力の証』だった。
 ──これが、オシャレな不良ってやつかい?
 そんなことを考えていると、予想外の事態が起こった。

「なんだ、お前飯沢じゃねえか」
 突然、相手の男が話しかけてきたのだ。こいつ、なぜ俺の名前を知っているんだ。
「あ? 悪ぃけど俺はお前みたいな知り合いはいねえよ」
「くっくっく。本当か? これでも分からないか?」
 そう言って、男はサングラスを外した。そして、確かに俺はその顔に見覚えがあった。いや、顔では見分ける事が出来なかったが、目が特徴的だった。
 青い瞳、長いまつげ、鋭い釣り目。まるで外国人のような顔立ち。この特徴的な目を、俺は確かに覚えていた。
「お前、園崎か?」
 というと、途端に男は、園崎は、大きく目を見開いた。
「ああ。久しぶりだな。飯沢」



 園崎修哉は、不良だった。

 俺が園崎と初めて出会ったのは、小学五年生のクラス替えだった。
 前学年のときとは大きく変わった顔ぶれに驚く生徒で埋め尽くされ、がやがやと教室は喧騒に包まれていた。
「またお前と同じクラスかよ!」
「うわっ! 俺あいつ苦手なんだよな〜。なんでまた一緒なんだよ」
「この面子やだな。もっと面白いやつが良かったな」
「なあなあ、先生誰になると思う?」
 担任はまだ教室に来ておらず、制止をかける物が無かったため、生徒達はやりたい放題だった。ギャーギャーとやかましく騒ぎ立てる鬱陶しい生徒ばかりで、俺もそこに加わっていたと思う。
 しかし、そんな騒ぎの中、突然冷たい声があがった。
「黙れよ、お前ら」
 その瞬間、教室は水を打ったように静まり返り、下らないことをしゃべろうとする者は居なくなった。
 おそらく、クラスの人間全員が園崎に対して「怖い」という感情を抱いたからだろう。
 俺も、これまではほとんど見たことが無かった人種である「不良」を目の当たりにして、恐怖を隠せなかった。
 まだ、悪い奴という概念もろくに理解しておらず、殴られるだとかそんなことは思いつかなかったけれど、それでも園崎の存在は十分恐怖に値した。
 園崎は当時は髪を茶色に染めていた。それだけでも十分異質だったし、恐怖の対象になりえたが、何より恐ろしかったのはあの目だった。
 整った顔立ちをより一層目立つものにする美しく青色に輝く瞳から発せられる怒りの光は、何か形の無いナイフのように思えたのだ。

 それからの学校生活には特に支障は無かった。普段の園崎はおとなしいもので、授業中なんかも黙って足を机に投げ出していた。
 時折、担任の教師に対して怒りを向けたときなどは、教師の襟元を掴みにいったが、それ以外は学校ではずっとおとなしくしていた。
 もちろん、万引きの常習犯だの、年上をカツアゲしているだの、黒いうわさは後を断たなかったが。
 あの頃から俺はひたすら勉強が出来たし、園崎は不良だった。
 接点はほとんど無かったため、卒業まで会話なんてほとんど交わさなかった。それだけに、園崎が俺のことを覚えていたのは意外だった。
 もちろん、俺は園崎のことを覚えていた。園崎に関しては、違う中学に進んだ後も、ウワサをしょっちゅう聞いていた。
 「園崎修哉の東中統一」と言えば、この辺りで知らない人間がいないくらい有名な話だった。
 この辺りの中学で、一番悪い色が強いのは、園崎の行った東中学である。
 東中学では、伝統的に絶対のヒエラルキーがしかれるようになっているそうだ。
 つまりは、不良たちの中でトップを決め、そこを頂点として階級が決まり、逆らった者には容赦の無い鉄槌が下るというシステムだ。
 ここ何年もの間ずっと、このシステムが機能し続け、トップは常に三年だったという。
 しかし、園崎は、そのシステムをぶっ壊した。
 一年にして、反逆を起こし、最終的に自らがそのトップに君臨したらしい。それも、入学からたった三ヶ月足らずの間に。
 そのウワサはあっという間に広がり、俺の耳にも届いていた。自分には別世界のことだと思って、聞き流していたが。
 具体的なことまではウワサになっていなかったが、とにかく園崎は恐ろしくケンカが強かったらしい。最初は反抗していた三年たちも、園崎は腕力で無理やり黙らせたそうだ。
 ──つまり園崎は、この辺りのワルのトップだってわけだ。


「それにしてもまさかお前がワルやってるとはな。人ってのは変わるもんだ。てっきりずっと優等生やってくもんだと思ってたぜ。それとも俺が勘違いしてるだけでまだ優等生なのか?」
 園崎は、こちらとの距離を狭めながら言う。確かに、いかにもボスらしい。あの頃とは迫力が違う。
「いや、もう優等生はやめたよ。今はただの不良だ」
「ふーん。勉強でかなわない奴でもいたか? いや、それは無いか。お前は全国クラスだったもんな」
 俺が黙っていると、園崎はフウと溜息をついて、一呼吸置いてから言った。
「ま、昔話はいいな。お前、こいつらに手ぇ出したそうじゃねえか」
 途端に、園崎の声が低くなり、こちらを脅している雰囲気になった。これが、あのときから磨かれ続けた不良のテクニックだろうか。
「ルーキーにこんなこと言いたかないけど、図に乗りすぎたな。こいつらのバックには俺がいたんだよ」
 おそらくは三年であろう先ほどの男たちも、園崎を頼りにしきっているようだ。この態度だけを見ても、園崎が強いのは明白である。それだけの力が、園崎の目には宿っていた。百戦錬磨、一年にしてあの名高い不良校をまとめてしまっただけのことはある。
「身の程って奴を、教えてやるよ」
 言うと同時に、園崎の姿が消えた。いや、動いた! 右だ!
 尋常じゃないスピードの移動。異様とも言える速度で、園崎は俺の死角に入り込んだ。
 俺が園崎の消えた方向に反応しようとして顔を向けた途端、目の前に拳が迫る。
 ヒュウっという空気を切る音が聞こえる。まずい! やられる! 
 しかし、拳は……眼前で停止した。軽く左手を引き、それと対応するように右手を伸ばした体勢で、園崎は止まっていた。
「どうだい? まだやるかい? 謝ってもらえればそれで構わねぇんだよ。けじめになるからな」
 信じられない動きと、拳のスピードだった。今まで見てきたそれとは全く違う。こいつの拳には確かな迫力と恐怖が宿っていた。
 ──俺では、勝てない。
 明らかだった。この一瞬の攻防だけでそれは手に取るように分かった。謝る方が得策に決まっている。
「園崎、お前の言うとおりだよ。俺は、ついこないだまで優等生だった。でもさ、こいつに出会ってから、変わったんだ」
 そう言って、俺は龍二を指差す。
「こいつは、転校初日から、ウチの学校の不良グループに目ぇつけられてボコられた。でも、倒されて、そいつらが納得した後に起き上がって反撃しにいったんだ。せっかく衰えかけていた火に、わざわざもう一回油を注ぎにいったんだぜ」
 そこでいったん言葉を切って、大きく息を吸ってから言った。
「どうしてだ、って聞いたら、”我を通す”ためだってよ。下らねぇよな。自分の生き方を貫くためだけに、わざわざ損しにいくんだぜ。でもさ、俺は同時に、カッコいいと思っちまったんだ。こいつの生き方を見習いたい、ってな。俺の言ってる意味が、分かるよな?」
 自分でも、なにやらよく分からない方向に感情が向かっていっているのが分かった。とにかく、こんなところで謝りたくなんかない。
 ──そうさ。俺はあのときの龍二に憧れたんだ。
 園崎は、あきれたような顔をしていた。視線はどこか上のほうを漂っている。そしてたっぷり間を置いてから言った。
「俺にはどうしても、『戦う』っていう意味にしか取れないんだがな」
「いや、あってるぜ。それで」
 俺の答えを聞くと、また園崎はあきれた顔になり、胸ポケットから煙草の箱を取り出した。丁寧な手つきで煙草を一本取り出して、くわえた。今度はズボンの右ポケットからライターを取り出して、右手だけで器用に火をつけて、煙草に近づける。
「そうか。どうやらお前は優等生やめただけじゃなく、本物のバカになっちまったみたいだな」
 そこで、煙草を吸って、吐いた。口から吹き出された白い煙は扇状に広がり、園崎の整った顔を覆い隠した。
「後悔させてやるよ」
 園崎の口からは、煙草の煙とともにそんな言葉が飛び出していた。その目は、ギラギラと光り、狂気に満ち溢れている。
 もう一度大きく煙を吐いてから、くわえ煙草でポケットに手を突っ込んだまま、こちらに歩いてくる。隙だらけだ。この状態ならいくらでも倒せる。
 しかし、動けない。目の前を歩いてくる男は、俺の知っている園崎ではない。園崎の周りだけ、空気がドス黒くなったように見える。俺がわずかでも動けば、その瞬間に殺されるかも知れない。そんなイメージだ。ゆっくり、一定のリズムで吐き出されていく煙草の煙は、さながら死神のベールのようだった。
「これが、格の違いだよ」
 その声が耳に届くか届かないかの内に、園崎は急激に俺との距離を狭め、それと同時に拳を繰り出した。
 くそ、反応しないと!
 足は、動く。普段よりも調子が良いくらいだ。
 いつものケンカのときと同じく、周りの景色がスローモーションだ。
 最高の集中力。完璧なはずだった。
 しかし、どうしてこいつの拳だけは速いんだ。いつもなら、周りの景色と一緒に遅くなるはずじゃないか。
 速い。速い。どうしようもないくらいに速い。
 かわすことはおろか、その存在に気づくことすら難しい。とても闘えたもんじゃない。
 次の瞬間、俺は背中から地面に落ちた。頭の芯がぐらぐらする。
 それと同時に、顔にどろどろとした嫌な感覚を感じた。顔を拭うと、真っ赤な液体が手のひら一面に広がっている。
 鼻血と、口からも出血している。情けねぇ。たった一発もらっただけだってのに。
「もう、諦めろよ。所詮お前と俺じゃレベルが違うんだよ」
 園崎は、ゆったりとした態度でいた。息を荒げたり、興奮しながら言うのではなく、ゆっくりとした、諭すような口調だった。
「無理だね。俺は往生際が悪いんだよ」
 頭の芯の痛みに耐えながら、俺は何とか起き上がった。大丈夫、まだ体は動く。
 起き上がるとすぐ、園崎は歩きながら近づいてきた。俺に向かって、煙草の煙を吐く。
「今度は、情けかけてやんねぇぜ。死ぬまで殴り続けてやる」
 そう言って、園崎は一歩下がった。そのまま、固まっている。どうしたんだ? いつまでたっても、動き出す気配が無い。
「おいおい、どうした?」
「さっきから俺から攻撃してばかりだと思ってな。そちらからどうぞ」
 ──こいつは、俺を舐めている。これ以上無いってくらいに、油断している。
 普通に戦えば俺に勝ち目はないけど、この状況なら勝ててもおかしくない。なにせ、今園崎はポケットに両手を突っ込んでいる。意識も、大して俺に集中してはいない。
 ほとんど俺と園崎の距離は離れていない。一足飛びでいきなり俺のリーチに園崎を捕らえられるはずだ。
 そうすれば、体勢の整っていない園崎に、一撃浴びせることはできる。
 勝つ!
 一気に、園崎と距離を縮めて、攻撃を仕掛ける!
 まずは右足を大きく踏み出した。園崎の顔が近づく。
 計算どおり、園崎は体勢が整っておらず、構えてもいなかった。ここで一番自信のある攻撃、右フックを叩き込みにいく。
 園崎の頭をはっきり視認しながら拳を打つ。完璧な軌道を描いて、園崎の顔に拳が飛んでいった。
 しかし、俺の拳はむなしく空を捉えた。
 ──いない。園崎がいない。
 そう思った瞬間に、俺の体は後ろに飛んだ。まっすぐに後ろ向きの衝撃を受けたのだ。
 なんてこたぁない。園崎は俺のすぐそばにいた。体勢を低くして、俺の顔の下にもぐりこんでいた。そこから、アッパーを俺に食らわせたのだ。
 ──そんなことにも、気づかないなんてな。
 よっぽど気が動転していたのだろう。力量以前にこんな器の大きさで園崎に勝てるはずが無い。派手に吹っ飛んで、そのまま俺の体は地面に叩きつけられる。
 まっすぐに倒れた俺のところに、すぐに園崎が近づいてくる。
 必死に俺は上体を起こした。と思うと同時に、派手な痛みが顔を襲う。本日三度目の、園崎の拳の痛みだ。
 こらえられずに、もう一度倒れる。今度は、起き上がれない。
「どうしたルーキー?」
 そう言って、園崎は俺の体を片手で引き起こした。無理やり立たされる形になる。
 そして一発。今度はさっきよりも軽い。右頬にフック。
 直後にすばやく左フック。俺の口の中から、やたらとねっとりしていて鉄臭いものが大量に吹き出た。
 次の一発。今度は腹に右ストレート。呼吸ができない。意識を保つのもきつい。そろそろ反撃しないと!
 今度はアッパー。園崎の力がアゴを突き抜ける。苦し紛れに右足を振り上げてみるが、あっさりかわされる。
「死ねコラ!」
 怖い。園崎が怖い。本当に殺されかねない勢いだ。
 園崎が拳を振り上げる。そろそろゲームオーバーか。もしかしたら、死ぬのかもな。
 
 しかし、園崎の拳はいつまでたっても動き出そうとしない。一体どうしたのだろう。
 少しずつ意識がはっきりしてくると、何が起こっているのかを認識することができた。
 ──まっすぐ伸びた龍二の太い左手が、園崎の腕を押さえている。
 そうか、龍二がいたんだ。俺の後ろには、ずっと龍二が居た。
 頭に血が上ってて気づかなかったけど、この戦いを龍二は見てたんだ。あとは、あいつに任せればいいんだ。
「悪いな。ここらでやめてくれ。俺たちの負けだ。謝るよ」
 しかし、龍二は至って冷静に、園崎に謝った。
「あ? そうはいかねぇよ。もうちょいボコらないとな。何なら今度はお前が相手になるか?」
「それでも、構わないぜ」
 そう言うと同時に、龍二も園崎と同じような禍々しい雰囲気を放つ。園崎の襟を掴み、目を大きく見開いて、顔を斜めにして園崎の顔を下から覗き込むよう姿勢だ。相手を脅すための基本姿勢なのだろう。園崎もそれを受けてにらみ、言った。
「今のを見てて、俺と戦う気になるってのか?」
「ああ。むしろやってみたくなったぜ」
 それを聞いて、園崎はくわえたままだった煙草を吐き捨てて、龍二の襟を掴み、龍二と全く同じ姿勢をとった。
「俺の名前は園崎修哉。東中の人間を中心とした地区トップのチーム『RATS』のリーダーだ。俺にケンカ売るってのが、どういうことか分かるよな?」
「俺の名前は浅田龍二。新興チーム『リバースクロス』のリーダーだ。地区トップなんてすぐに奪い取ってやんよ。てめぇなんてあっという間に殺せるぜ」
 お互い一歩も引かない。先ほど以上に凄い形相をしてにらみ合っていた。最大に脅しても引かない龍二に対して、園崎は更に声を荒げた。
「へぇー。前にそんなことを言った奴は泣いて土下座したっけなぁ」
「そりゃそいつがヘタレだっただけだろ。弱い物いじめで喜んでんじゃねぇよ三流」
 そこで園崎がブチ切れた。
「何だとコラ!」
「なんだオラ!」
 そこから沈黙の数秒が流れる。そして、園崎は手を放して、後ろに下がった。
「フッハッハ。お前面白い奴じゃないか。浅田と言ったか? 俺があんなに脅して一歩も引かなかったやつは初めてだよ」
「いやいや、そっちこそ。あんな迫力を感じたのは初めてだぜ」
 そこでまた二人で笑う。なんかのけ者にされているような気がする。まあ加わりたくてもまだ体中痛くて動けないんだが。
 園崎は、一分前と同じ人間とは思えないくらいのすがすがしい笑顔になり、会話を始めた。
「気に入ったぜお前ら。飯沢も含めてな。浅田、お前らも地区統一とかする気あるのか?」
「んー。まあ興味無くはないね。ワルの夢だし」
「まずは学校統一だろ。お前ら気に入ったし、良いことを教えといてやる」
 そう聞くと、龍二は身を乗り出した。今までそんなことは思わなかったけど、龍二はなんだかんだで確かに学校統一とかに興味があったのかもしれない。まあその辺のことは良くわかんないけど。
「楠木、っていう三年がそっちの学校を仕切っているはずだ」
 聞きなれた名前が出てきたので、俺は少し驚いた。楠木って校外でもそんなに有名だったのか。
「その楠木、って野郎。注意した方がいいぜ。もしかしてもう睨まれてたりするか?」
 ズバリだった。まるで俺の気持ちを代弁するかのように龍二が答えた。
「ああ。するよ。でも何で気をつけた方が良いんだ?」
「あいつは、策士だよ」
 ”策士”なんて言葉を聞いたのは久しぶりだったから、一瞬どういう意味か分からなかった。言葉の意味を思い出しても、園崎のセリフの真意をつかめない。楠木が策士だと?
「どういう意味だ? 楠木が策士だと?」
 やっぱり龍二は俺の心の中を代弁するように言った。
「ああ。あいつは凄い。腕っ節は全然たいしたこと無いが、頭が良い。先手先手を行く力を持ってるんだ。実のところ、俺たち『RATS』も、お前らの学校を獲りに行こうと思ったことがあったんだ。当時は俺は下っ端だったけどな。で、計画は順当に進んだかと思われたが、楠木の存在によって阻まれたんだ。そりゃあ凄かったぞ、あのときの楠木は。こちらの潰すべき人物を全部すぐに把握して、味方を使って的確にこっちの幹部を潰していったんだ。手口はほとんどが後ろから鉄パイプだったかな」
 そこで園崎は一旦言葉を切って、ポケットから煙草のケースを取り出した。すぐに取り出して、火をつける。
「とにかくあいつの対応は早かった。こっちが攻撃を仕掛ける前に、ドンドン幹部がやられていくもんだからこっちは結局攻撃どころじゃなくなってな。そのまま計画は断念したんだよ」
「へえ。ただのバカに見えたけど、そんな芸当ができるやつだったのか」
「ああ。今あの学校がウチの傘下じゃないのは、まず楠木のお陰だろうな」
 龍二は、なんとも複雑そうな顔をしていた。特に難しいことを考えていたのではないだろうが、おそらく楠木のイメージが揺れ動きすぎてこんな顔になっているのだろう。その顔を見て、園崎は一瞬間を置いてから、また話し出した。
「ま、俺からの情報提供はそんなもんかな。とにかく楠木には気をつけろよ」
「ああ。ありがとな。でも、帰る前に少しやることがあるんだ」
「ほう。何だ?」
「ちょっと来てくれ」
 それを聞いて、園崎はゆっくり龍二に近づいた。
 ──俺は、その一瞬、何が起きたか理解できなかった。
 園崎の体は、あっという間に半回転した。
 先ほどまで地面に対して垂直の立っていた園崎の体が、一瞬で地面に対して平行になった。
 そして、そのまま園崎は背中から地面に落ちた。
 龍二が園崎の襟を持って上に引き上げていて、軽く地面に落ちる形になったため、園崎にダメージは無さそうだ。しかし、ひどく不思議な顔をしている。
 口元は笑っていた。しかし目はギラギラと輝いていた。脅したときの様な、攻撃的な輝きではない。例えるなら、これまでに見たことないくらい大きなダイヤモンドを見るときの宝石商人のような目だった。
 龍二は、園崎を片手で引っ張り上げ立たせて、言った。
「俺はお前と建二がやってるのを見てたからな。お前ばっかり手の内を晒すのも不公平だと思ったんだ」
 くっくっく、と園崎は笑う。
「お前、柔道上がりか。この俺があんなに抵抗できないとはな。こんな感じ、久しぶりだ。自分が有利に立たされるのを良しとしないスピリットも良い。相当面白ぇ」
「そんな立派なもんじゃねーよ。ただなんとなくこうしたかっただけだ」
 もう一度、大きく口元をゆがめてから、園崎はやたらゆっくりした口調で言う。
「お前はかなり出来るな。でも、俺のほうが上だぜ。お前には『情』がある。ワルにそんなもんは必要無いんだよ。気持ちいい位悪い奴ってのは、必ず非情だ」
「『情』があるからこその強さってのもあるんじゃねーの?」
 今度は、園崎は顔を真顔に戻した。そしてサラリと言った。
「ま、その辺の精神論も含めて、今度会ったときにはゆっくり話したいもんだな。願う事なら、次会う時、敵同士じゃなければいいけどな」
「そうか? タイマンってのも面白そうだけど」
「ま、それもいいかもな。とにかくこの街で活動する以上、すぐにまた会う機会は来るさ」
 こんなやりとりを聞いているウチに、園崎が良い奴に見えてきた。実際、今は味方といってもいいくらいのポジションにいるのかもしれないが、とにかく園崎に対する敵意といった感情はどこかに飛んでいってしまっていた。
 龍二は黙っている。そのままお開きになってしまいそうだ。俺はまだ倒れたままだった上体を、無理やり起こした。体中が痛い。園崎の拳がいかに重かったのか分かる。しかし、なんとか起き上がることが出来た。そして園崎に声をかける。
「なあ、園崎。連絡先教えてくれないか?」
「あ? なんでだよ? もしかして俺に惚れたか?」
「あんだけボコボコにしてくれといてよくそんなことが言えるな」
「フン。まあ冗談だよ。それで、何でだ?」
 そこで、良く考えてみると明確な理由が無かったことに気づく。しかし、ここで園崎の連絡先は聞いておいた方が良い気がしたのだ。
「ま、これから色々あるだろうからな。色々と」
 少し含みがあるような言い方にしてみた。園崎はそれですぐに教えてくれた。
「一度しか言わねぇからな。090の……」
 園崎の言う番号をすばやく自分の携帯に打ち込み、登録を完了する。
「サンキュー。何かのときに連絡させてもらうかもしれないから、そんときはよろしく」
 そう言って、立ち去る事にする。特に何も言わなかったが、龍二も俺についてきた。
「そん時はもう少し強くなっとけよ。お前もまあまあやるみたいだけど、上を目指すならそんなもんじゃ全然足りないぜ」
 俺の背中に向かって、園崎が声をかけた。コンマ一秒どう返答しようか悩み、結局は振り向かずに言ってやった。
「ああ。次はせめてお前と互角に戦えるまでになっとくさ」
 園崎は「無理だね」とでも言いたげに鼻で笑い、俺達を見送った。俺と龍二はゆっくりと歩調を合わせて歩く。もう夕方でもおかしくないくらい倉庫に長い時間居た気がするが、まだ太陽は高い位置から俺達をジリジリと照らしていた。倉庫の暗闇に慣れていた目に光が突き刺さる。でも太陽ってやっぱありがたいな。さっきまでの緊張があっという間にほどけていく。
 俺は、行き先も考えずに、無言で太陽の方向に歩いていく。龍二もそれについてきている。
 十分に倉庫から距離が離れた。園崎に殴られた体の痛みももうたいした事は無い。さて、ずっと言いたかったことを四つほど言わせて貰おうか。
「『リバースクロス』って一体何なんだ!?」
 突然大声を張り上げた俺を見て、龍二はかなり驚いた。
「何言ってんだ。俺達の組織名に決まってるじゃないか。逆十字は俺達のシンボルだろ」
「『リバース』ってどういうことか分かってるのか!? 残念ながら上下逆のときは使わないんだよ! リバースは表裏が逆のときだよ! 『表裏逆の十字架』っていう意味になっちゃうぞ! バカ丸出しじゃねぇか!」
 一気に息が切れてしまった。くそ、今更ながら後悔だ。龍二に英語を教えておけばよかった。
「へぇ。そうなんだ。まあいいじゃん。どうせこんなチームの名前を見るのなんてバカばっかりだしな」
 それはそうなのかも知れないが、そういう問題じゃない。プライドが許さない。そんなことを思って龍二を見ていると、急に真剣な表情になってしゃべりだした。
「建二、チーム名がどうとかじゃない。今俺達が一番考えなければならないのは、園崎対策だろ」
 そう、チーム名の話が終わったら、二つ目に園崎の鬼のような強さに関して聞こうと思っていた。ちなみに三つ目は龍二の柔道。四つ目は楠木のことである。
「それは俺も聞こうと思ってたんだ。あいつは一体、何なんだ?」
 まだチーム名に関して異論はあったが、とりあえず置いておこう。龍二の言葉の続きを聞かなければ。
「園崎は、十中八九ボクサーだ」
「ボクサー、ね。つまりボクシング上がりだってことか?」
「上がり、っていうよりは現在進行形だろうな。あいつのパンチのスピードは常軌を逸していた。あんなもん中坊やそこらに打てるはずがねぇ。プロの元で今も毎日トレーニングを受けてるはずだ」
 ボクシングか。そういわれると確かに俺の感じた拳はボクサーのそれだったかもしれない。とにかく速くて重くて怖かったことだけが記憶にある。俺が記憶を反芻していると、龍二は続けた。今歩きながら話しているだけでも、かなりの痛みを感じる。
「体つきもきちんと観察したか? 一切の無駄が無かった。きれいに研ぎ澄まされていて、必要な筋肉だけが完璧に揃えられていたぜ。あいつは強い。半端な強さじゃねえ。日本どころか、世界の舞台で戦えるレベルだぜ」
「それって、龍二よりもか?」
 龍二がこんなに人を褒めるのを聞いたのは初めてだったので、突っついてみた。しかし答えは存外あっさりしていた。
「多分な」
 龍二が自分のことを人より弱いというなど思ってもみなかった。それほどまでに園崎の力は強大なのだろう。
「で、でもさ。お前柔道やってたんだろ? じゃあ勝てるかもしれないだろ!」
「無理だな。今は俺よりあいつの方が強い。別に大きな差ってほどでも無いけど、タイマン張れば負けるのは多分俺だ」
 龍二の声には淀みが無い。至って冷静に自分のことを分析している感じだ。しかし俺は圧倒的に情報を持って無さ過ぎる。結局のところ、龍二がどのくらい強いのかすらも分かっていなかった。
「龍二、俺お前のこと案外知らないんだな。柔道、どのくらいやってたんだよ。今はどうしたんだよ? 一体お前の経歴は何なんだよ?」
 話しているうちに、少しずつ腹が立ってきた。俺は、龍二と分かり合えたつもりでいた。知らないことなんて無いと思っていた。
 ──でも、俺は龍二のことなんか何も知らなかったんだ。
「まあそう一度に言うなよ。一つ一つ話していってやるからさ」
 この態度がまた少し、俺を苛立たせた。
「なんで隠してたんだよ。柔道のこと」
「隠してたわけじゃねーよ。ただ言う機会が無かっただけさ」
 嘘だ。確かに隠し通そうと思っていたわけでは無いだろう。しかしお互いの過去の話もこれまでに何度となくしてきた。それなりに重要な話なら、意図しない限り話されないはずがない。
「本当か? そのわりには一度も話題にならなかったじゃねーか。どういうことだよ?」
「なんだ? 怒ってるのか? 確かに少し言いづらい話だったからな。まあ許してくれよ」
「どんな話か、まずは聞こうじゃないか」
 龍二は少し口元に苦笑を浮かべて、ぼそりと呟いた。
「じゃ、昔話をするか。少し、長くなるぞ」
 龍二は、少し宙に視線を漂わせてから、足を止め、人気がない裏路地のアスファルトに座り込み、語り始めた。





 第四章 封じられた過去と本物の強さ


 俺が柔道を始めたのは確か小学校三年になってしばらくしてからのことだった。
 当時、俺の体は小さく、非力で、よくクラスの奴らにいじめられたりしていたんだ。驚きだろ? 俺にもそんな時代があったんだ。あの頃には俺は、自分は凄く弱い存在なんだと思っていた。この弱さを、一生抱えて生きていかなければならないと思っていた。
 でもあるとき、親の知り合いが開いている柔道の道場に誘われて、通う事にしたんだ。
 特に何かを思って始めたわけじゃなく、ただなんとなく始めてみたんだ。あの頃の俺に信念なんか無かったからな。ただ自分の弱さを、少しでもどうにかしてくれるかもしれないと、そういう思いはあったかもしれないな。
 でも、柔道はわりと楽しかった。これまでは別に趣味とかも無かったから、自分の思うがままに相手を転がしたりできるのは爽快で、強くなれたような気がした。だから趣味として軽く、一生続けていっても良いかと思ってた。
 俺はメキメキ上達していった。はじめは受身すらロクに取れなかったのに、その道場に入ってから三ヶ月足らずで、ほとんどの小学生は俺の相手にならなくなった。
 そして同時に、自信もついた。体つきはがっしりしたものになり、力もかなりついた。いじめられることなんて当然無くなり、俺は強くなった。少なくともそのときは、そう思っていた。
 そこらの六年生だって、俺より弱かった。そんなに練習を頑張ったわけじゃないんだけどな。多分偶然才能に恵まれていたんだろう。俺は道場内では天才と称されるようにまでなっていた。ちっとも上を目指すつもりなんて無かったのにな。今から考えると、努力してる人間に失礼だったかな。
 それから一年くらいが経って、周りに同じくらいの年頃で相手になる人間が居なくなった俺に、先生が言ったんだ。「大会に出てみないか」ってな。
 その大会は、小学六年生までなら出られる大会で、肉体的な発達が著しいこの時期の子供がそんなに年上の人間に混じって出場することなんて、有り得なかった。
 それでも、俺は出たさ。別に優勝したかったとかじゃない。特別な思いなんて何も無かった、ただなんとなく、知らない人間と戦って勝ち進んでいくというシステムが面白そうに感じたんだ。要は、ただの好奇心だよ。
 ただそれだけの理由で出場して、見事に俺はかなり勝ち進んだ。地区大会の準決勝までは順調に進んだ。他の出場選手たちは弱かったよ。いつもの道場での戦いと何も変わらない。俺がちょっと相手の重心をくずしただけで、簡単に倒れてくれるんだ。
 そんなこんなで、準々決勝を勝った頃には、会場内は俺の噂でもちきりだった。「異例の年齢で準決勝進出」とか「突如現れた新星」とかの単語があちこちに出てきていた。
 プレッシャーも何も感じなかったよ。そりゃそうだ。ただなんとなく出てみただけの戦いで、優勝する気も何も無かったわけだからな。
 そして俺は、準決勝の前にトイレに行っとくことにした。まあ緊張してたわけじゃないけど、人間ある程度大きな試合を控えれば、トイレにくらい行っておくもんだろ。
 何の気なしにトイレに入って、そこで予想外のことが起こった。俺の後ろから、トイレのドアを乱暴に開け放って少し年上の男達が入ってきた。
 何人くらい居たかな。とにかく結構な人数だった。まあ全部小学生だったから迫力は無かったけどな。子供心ながら分かったね。これは何かある、ってな。
 案の定、数人の人間を押しよけて出てきたのは、次の試合で俺と当たる予定になっていた人間だった。そして、そいつはこう言った。
「次の試合、お前負けろよ」
 たかだか小学生の試合で、と思うかもしれないが、とにかくそいつは勝利に執着してた。信念が全く無かった俺には理解できなかったけどな。そいつは小学六年だったし、この大会に出られるのは最後だったわけだからな。きっと結果を出したかっただろう。まして自分より二つも年下の子供に負けるのなんて嫌だったんだろうな。
 でも、俺は断ったさ。特に深い意味があったわけじゃないけど、こんなことを言われてやめるのなんて絶対ごめんだったんだ。別にいつ負けたって良いけど、こんな交渉を飲んだら、かっこ悪いにも程がある。
「嫌だね。なんでそんなこと言われて辞退する大会なら、はじめから出てねぇよ」
 ま、これはちょっと嘘だったけどな。とにかく俺はこいつらの要求を断りたかったから、こんなことを言った。
「なんだと、オイ!」
 そう言って、俺の胸倉を掴んできた。そういえば、初めて俺が不良っぽい攻撃をされたのはこのときが始めてだったな。今じゃもう慣れっこだけど。
 そして、周りの人間も全部俺の顔を睨んできた。凄い威圧感を感じたよ。つい俺はジリジリと後ろに下がっちまったんだ。そんなの、ワルの世界じゃご法度なのにな。そのまま少し下がると、すぐに壁に背中が当たるのが分かった。そこで、またここぞとばかりにあいつら身を乗り出して言いやがった。
「あ!? どっちだオイ! 試合で負けるのか? それともここでボコボコにされたいのかよ!?」
 思えば、あいつらなかなか凄かったな。小学生にしてはかなりの迫力の脅しだった。目を剥いて、歯をむき出して、子供のわりにはかなり低い声で言ってきた。それも結構な人数が居たからな、俺はどうしようもなく怖くなった。
 周りの世界がフラフラとした物になったような気がして、自分はこれからどうなるんだろうって、そんな恐怖を感じた。俺は、あんな下らない脅しに、折れちまったんだ。
「わ、分かった、負けるよ」
 それを聞いたらあいつら、ハナから何も無かったみたいに、何食わぬ顔でトイレから出て行ってな。一人残された俺は、どうしようも無く虚しくなったんだ。 
 自分は、柔道で強くなったはずなのに。試合でなら、あんな奴に絶対負けない自信があるのに。
 ──俺の何が、一体強くなっているって言うんだ。何も変わってないじゃないか。いじめられていたときと同じ、弱いままの自分じゃないか。
 無性に悔しくて悔しくて、自分の不甲斐なさに嫌気がして、俺は、そこで立ち尽くした。俺は、俺は、強くなったはずなのにな、って。
 握り締めた拳が震えて、頭の芯がジンジンと熱くなって、俺はそこに、座り込んでしまった。
 ──俺、なんでこんなに弱いんだろうな。あの頃からずっと変わらない弱さは、いつになったら無くなるんだろうな。
 それで俺は、決めたんだ。この試合、勝とう、ってな。今あいつらに屈したまま耐えたら、俺はずっと弱いままに決まっている。この弱さは、無くなるのを待ってたって無くなりやしない。
 ──今日、この試合が、俺の強さの第一歩だ。
 そう思って、俺はトイレの壁に、思いっきり一発、頭を打ち付けた。ガン、という音がして、衝撃が頭に伝わって、頭がスッキリとしてきた。不思議と、覚悟を決めると色々とスッキリするんだよな。俺の弱さは、この一発で無くなった。そう自分に言い聞かせて、俺は急いで試合会場に向かった。ギリギリだったけど、間に合った。
 試合が始まって、それからまた少し決心が鈍った。あいつに対峙すると、体が震えてきて、このまま負けた方が良いんじゃないかって気になってさ。でもな、微かに残る頭の痛みが、俺を強さの世界に引き戻してくれる。
 それで俺は、勝ったよ。力を全部出せたわけじゃないけど、それでも俺は見事に勝った。俺は強くなるんだ、って思って、相手の襟を一生懸命取ったからさ。

 勝った後、俺はもう一度男子トイレに行った。あの嫌な気持ちに、終止符を打つんだ。そう思った。
 俺がトイレのドアを押して開けると、まるで試合前を再現しているように、何人かの人間が入ってきた。
 試合前のあのときと状況はまったく同じだったけど、気配は全然違ったね。そりゃそうだ。殺気立つのも当然のことだからな。
「なあお前、何してくれてんだよ!?」
 俺はあっという間に囲まれた。周りの人間は全員凄い形相だったよ。でもな、全然さっきとは違ったんだよ。
 ──全然、怖くなかったよ。
「試合で実力を出しただけだぜ。何か悪いのか?」
 見る見るうちに、俺の試合相手の顔が紅潮していってな。ケンカは怒った方の負けってのがよくわかったな。
「この野郎殺してやる!」
 そんなことを言って、全員一気に襲い掛かってきた。けど、怒りで周りが見えなくなっている奴らは、弱い。俺は試合の前にしばらくトイレに居たから、地形をはっきり把握していた。
 まずは一番に襲い掛かってきた試合相手の腹に一発入れる。あんまり殴るのは慣れてなかったけど、それなりに効いたんじゃないかな。そいつはちょっと苦しそうに一歩下がった。
 すぐに他の奴らが殴りかかってくる。今の俺なら全部一蹴しただろうけど、あの頃はそうも行かなかった。すぐに俺は体を右にちょっとずらした。その勢いで壁に右足をかけて蹴りだし、前に飛んだ。方向を大きく変えた俺に対応できなかった奴らが動きを一瞬止めた。その隙を見て俺は、一気に二人の袖を掴んだ。
 何度も、やってきた動作。それでいて、両手で一気に行うのは初めての動作。でも要領は変わらない。その袖を大きく引いて、相手の重心を崩す。そこから相手に対して反対になるように体を向けて、一気に全体重と筋力を前方向に持っていく。
 そして、一度に二人を背負い投げした。
 あんな体験は初めてだったね。あの瞬間、俺の心臓が大きく波打った。直感したんだ。この勝負は俺の勝ちだって。
 柔道の畳と違い、トイレの床は硬い。俺の全力の背負い投げを受けた二人は、かなり苦しそうに床をのた打ち回った。呼吸もままならないみたいにな。
 俺にびびったのか、残りの人間は、逃げていった。まだなんとか戦えたはずの俺との試合相手も、戦意喪失してよろよろと逃げていった。

 戦いを終えた俺の中にあったのは、かつてない高揚感。心臓の高鳴り。さっきまでの自分の動きが自分のものじゃないみたいに思えて、信じられないような思いで。
 でも、確かに動きの興奮は体に残ってて、魂から震えるんだ。今の動きは、間違いなく俺の物だ。この勝利は、間違いなく俺の物だって。
 ──俺が求めていた強さは、そこにあった。
 普通そんなに前の記憶なんて、そう鮮明には残ってないだろ? でも俺はこの戦いの一連の流れが、ついさっきのように思える。はっきり覚えている。
 柔道では有り得ない技の応酬。震える魂と魂のぶつかりあい。そこにはルールなんて物は無くて、でもどこかにはっきりとした秩序があって。
 俺が憧れていたのは、この世界だった。格闘技なんかじゃない。俺はこの世界での強さを求めたい。
 そう思ったときには、体は自然に動いて、柔道をやめていたよ。大会もすぐに棄権した。
 初めて出た大会でそれなりの成果を残して、しかもその直後に引退するとなるとやっぱりちょっと騒がれたぜ。主に柔道の師匠とかにな。
 でも、俺の決心が固いことを知ったら、親とか、師匠も、納得してくれた。
 その日以来、俺の柔道着は押入れにしまわれていて、もう何年か見ていない。
 それで、俺の柔道は終わった。俺にとっては柔道はただの遊びでしかなかったんだ。俺は、自分なりに考えてみた。強いってのはどういうことなのか。もしかしたら、あの日のような戦いを何度も繰り返せば、俺は本当の意味で強くなれるんじゃないかってことを。





 俺は、龍二の語る過去にただ驚き、そして、今の龍二の根底にあるものを知り、何故か少しだけ切なくなった。
 龍二は、ただひたすら強さを追い求めていたのだ。まだ年齢が二桁に達したばかりの頃から。
 そういえば、龍二と出会ったばかりの頃、龍二は「我を通す」という言葉を口にしていた。あのときは違和感を持たなかったが、今から考えてみるとあの妙な文学的表現の言葉は、龍二の過去──その柔道の大会での経験が言わせたものだったのだろう。自分の思いをこそこそ隠していかなくてもいいだけの強さを、龍二はその年から求め続けていたのだ。
 ──俺に、そんな立派な理由があっただろうか。
 俺は、ただ龍二の戦う姿を見て、凄いと思って、そして、ただ龍二についてきただけだったんじゃないのか。ただ漫然と退屈な日常から脱出したくて、龍二についてきただけだったんじゃないのか。
 だから、俺は園崎に勝てなかったんじゃないか。技量云々の問題以前に、俺には信念が足りなかっただけなんじゃないか。そんな疑問が突然浮かんできた。そしてその疑問は、無意識のうちに口から放たれていた。
「なあ龍二、お前には戦い続ける大きな理由があったんだな。でもさ、それは俺にもあるのか? 俺がさっき園崎に完敗したのも、そのせいなんじゃないか? 俺は、ここに居るべき人間なのか?」
 龍二は、一瞬黙って、視線を俺の目から少し下に逸らして、言った。
「それは、俺に聞くことじゃない。お前が嫌になったのならいつでもやめればいいし、ここに居たいなら居ればいい。そういうもんだ。でもな、一つだけ言えることがある。俺もお前も、強さを追い求める理由なんてのは共通してる。まるっきり同じだ」
「それは一体、何だ?」
 龍二はフッと鼻で笑ってから、親指で自らの胸元を指差し、ただ一言。
「これだよ」
 示されているのは、おそらく逆十字のペンダントのことだろう。藍色に深く輝く逆十字は、夕暮れの日差しを反射し、なんともいえぬ雰囲気を醸し出していた。
 ──ああ、そうだったな。俺も龍二も、戦う理由はこれしかないんだな。
 自分の中では納得しながらも、改めて龍二に疑問をぶつけてみた。
「逆十字の中に、どんな戦う理由があるってんだ?」
「これは、反抗の証だ。不条理で、理不尽な社会に対する反抗だ。俺もお前も、この社会に憤りを感じていた。少なくとも、出会った頃のお前は、間違いなく自分を取り巻く世界に苛立っていたぜ。そして俺もな。だから、今俺達は強さを追い求めている。自分の心を守れるだけの強さをだ。ただそれだけのことだろ? 何も難しいことなんか無い。この逆十字に、俺達の全ては詰まってるんだ。俺は、こういうペンダントなんかは、良いシンボルになるって言ったけど、本当は、信念を忘れないための”証”としての役割が大きいのかもしれないな」
 ──そうだ。何も難しいことなんか無い。俺は、確かにこの不条理な社会が嫌いだ。当たり前で、身近すぎて忘れていたけど、俺の戦う理由はそれだ。龍二のように、何か大きな出来事があったわけではないが、俺の戦う理由は確かに俺と、逆十字の中に存在している。
 それからまた少しの沈黙。そして、先に口を開いたのは龍二の方だった。
「やるぞ。建二」
「何をだ?」
「決まってるだろ。地区統一だよ」
 俺が、口元に笑みを浮かべて黙っていると、龍二は続けた。
「俺達は、力が欲しい。世の理不尽と戦うための、力だ。それを試して、養うのに、こんなに良い事はないだろ。園崎のグループなんかに負けてたまるか。やるぞ。全国統一」
「全国?」
「あっ、違った。地区統一な」
 肝心なところでしまらない男だ。顔はけっこういい男なのにな。もったいない。でも今は、あえてあまり突っ込まないでおいてやろう。
「ああ、やろう。まずは、戦わなければ始まらない」
 このときから、俺達の中には地区統一なんて夢がはびこり始めた──と、ここで解散になれば実に良い感じなのだが、俺はここでどうしても龍二に確認しておくべきことがある。
「具体的にさ、地区統一ってなんだ? どういうシステムだ?」
 そう、俺はしっかりと理解してはいない。これから自分が身を投じようとしている世界を。
「そうだな。まあお前が想像しているので間違ってないと思う。まあ俺はよそ者だし、こんな地区統一なんて事象がある場所なんて日本中でもそう無いから、なんとも言えないところはあるけど、園崎との会話で大体掴んだ。まずは小さな単位で『グループ』を作るんだろうな。園崎のグループ名はなんつってたっけ?」
 しばらく前の園崎の発言まで思考回路を戻し、園崎の言葉を辿る。
「『RATS』じゃなかったっけ?」
 我ながらよく覚えているなぁと関心する。あのときの俺はボロボロに殴られていたというのに。
「そうそうそれそれ。その『RATS』や、俺達の『リバースクロス』のように、グループが結成される。そしてそのグループ同士で戦ったり、あるいは個人と戦ったりして確実にグループの勢力を強めていく」
 何か腑に落ちない点がある。そこを早速口に出してみた。
「強めていく、のか?」
「そうだよ」
「それはつまり、倒した奴を仲間にするってことだよな?」
「ああ」
「そんなに簡単に仲間になんてなるものなのか?」
「ああ、なるよ」
 さっきから龍二が言うのはあっさりとした返答ばかりだ。お陰でちっとも納得できない。
「どうしてだ?」
 そこまで聞くと、急に龍二は少し楽しそうな顔をした。
「なあ健二、そもそもどうしてそんなグループが発生すると思う?」
 俺の質問とはあまり関係ないような気がする龍二の発言に戸惑いながらも、俺は答えた。
「そりゃあ……お前がさっき言ってたじゃないか。自分の力を試したい。そう思って、地区統一を目指すんだろ?」
「違うね。全然違う。大不正解だ」
 まさかここまで言われるとは思わなかった。
「じゃあ何だって言うんだ?」
「ワルやってる奴らが皆そんな向上心を持っていると思っているのか? 俺達みたいに純粋に力を求めて毎日トレーニングまでしてる人間なんて0、1%もいないぞ。ワルやってる奴らってのはな、ただ『カッコつけたい』だけなんだよ。カッコつけるために必要な物、何か分かるか?」
 突然の質問。でも答えはすぐに思い浮かんだ。
「力、だ」
「そう。その通り。力がないとカッコもつかない。だって弱い奴が偉そうにしてたらあっという間にやられちまうからな。だが、力も無いし力をつける気もないのに、カッコだけはつけたい奴がたくさん居るのもこの世界だ。ではそういう奴らはどうする?」
 なるほど。一見関係ない龍二の言葉と、最初に俺が投げかけた質問が繋がってきた。
「強い奴の影に隠れる、ってことか」
「今度は大正解だ。そうだ。弱い奴らは自分の弱さをブランドで隠す。園崎の……”RATS”なんかは今最高のブランドだろう。『自分はRATSの一員だ』と言えば大体の人間はビビる。そしてそいつの強さは過大評価される、という風だな」
 話の流れは完全に見えた。あとは俺一人でも分かる。
「でも一度でも負けてしまえばそのブランドはあっという間に小さくてショボイ物になってしまう。そうだろ? 龍二?」
「ああ。そうだ」
「だから、より強いブランドを求めて敗者は勝者の方へ移る。そういうことで良いんだよな?」
「そうだな。まあもちろん全員ではないけどな。主義主張が違ったり、ウマが合わなかったりする場合があるから、いくつかのグループが存在するわけだからな」
 龍二は勉強は出来ないみたいだったが、こういったきれいで明快な説明を聞いてると頭が悪いとは思えない。単に勉強しないだけなんだろうな、などと思いながら、この話で得た結論を端的に表現してみる。
「つまり、勝ち続ければ地区統一は可能なんだな?」
「ああ、そういうことになるな」
 この話で方向は一気に固まった。そう、勝ち続ければ全て良い方向に向かっていく。それだけだ。
 改めて俺は胸元の逆十字を見て、誓った。

 絶対、負けねぇ





 俺は園崎に殴られて体に受けたダメージのせいで歩く事も辛くなってきたので、帰路を急いでいた。夏は日が長いとは言え、それなりの距離にある街まで行って、買い物をし、園崎とケンカして、龍二の過去を聞いて、それからもう一回それなりの距離を移動しているのだから、もう日は完全に落ちてしまっている。
 一人で家に帰るのは久しぶりだった。夏休みが始まってからは、龍二がずっと俺の家に泊まりこんでいて、行動もずっと一緒だったからだ。龍二は、取りに行く荷物があるとかで、今日は一旦帰るらしい。地区統一の話の直後にそんな話を持ち出してきた龍二には、何かそれ以外の裏の思惑があるような気もするが、あまり突っ込む体力も無かったため、触れなかった。
 家が近づいてきた。入り口の前で一瞬止まり、ポケットから鍵を取り出す。スムーズな動作で、鍵を鍵穴に入れて開錠する。常時灯っている玄関の白熱灯から発せられる明かりが、何か普段より物悲しく光っているように感じられた。やはり一人だと、この家は大きすぎる。白熱灯の奥には空虚な空間が広がり、それが一層物悲しさを強調している気がした。
「元々俺は、こんなロマンチストじゃなかったはずなんだけどな……」
 そんなことを考え出してしまった自分が何かおかしく思える。今日は本当に色々なことがあり、色々なことを考えさせられたから、自然に思考回路が暴走気味になっているのかもしれないな。
 家に居るのは、本来あまり好きな方じゃない。家には、あまり楽しいことが転がってない。それに、今日みたいな日に家に一人で居ると、嫌なことを考えてしまう。龍二に出会ってから、そう思うようになってきた。
 そんなことを思いながらも、休みたいという欲求は体中を駆け巡り、無意識のうちに俺は自分の部屋のドアを開けた。そして着替えもせずすぐに、ベッドに寝転がる。夕食は食べていないが、腹もあまり減っていない。
 そのまま俺は、深い眠りの中に沈んでいった。

 



 第五章 戦いに添える赤


 翌日、俺は無機質なインターホンの音で目覚める事になった。耳障りな高音を聞いて、二秒ほど思案してからおそらくこの音を発生させているのは龍二だという結論に至った。
 今が何時なのかも分からないが、とりあえず行ってみよう。部屋から飛び出して、玄関に出て、靴も履かずにドアを押す。
 外に立っていたのは案の定龍二で、最初にウチに泊まりに来たときと全く同じ格好をしている。
「よう、また朝っぱらから来たもんだな」
 ちょっと批判の色も混ぜながら、龍二に言ってみる。返ってきた答えは、かなり意外なものだった。
「もう午後二時だぞ。ちっとも朝じゃねーよ」
「嘘だろ!? だって俺昨日帰ってきてすぐ寝たんだぞ。着替えもしないで。それなのに午後の二時まで寝ていたなんてありえねぇ!」
「疑うんだったら時計を見てくればいいだろ。とにかく俺は上がらせてもらうぜ」
 あきれたように龍二は言って、一切の遠慮無しに上がりこんできた。ここから最も近い位置にある時計は俺の部屋の中だ。龍二の後を追うような形で部屋に入り、壁に掛かっている時計を確認する。時計の短針は二から少し進んだところを指している。
「ま、昨日あんだけ激戦してたんじゃ無理もねぇって。ケンカってのはそういうもんだ」
 時計を確認して、おそらくはかなり微妙な表情をしていたであろう俺に、龍二がそう語る。俺は改めて、ケンカってのがいかに疲れる物かを認識した。
「で、龍二さぁ。昨日は何を取りに帰ったんだよ」
 若干落ち込みながら、とりあえず一番気になっていたことを尋ねる。すると龍二は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに顔を輝かせ、カバンに手を突っ込みながら話し始めた。
「これから俺達が始めるのは、単なるケンカじゃねぇ。こないだまでは、ある程度適当に殴りかかったりしてれば良かったけど、今度からはそうはいかねぇ。なにせ俺達はもう園崎にも宣戦布告しちまったんだからな。これからやるのは『戦争』だ」
「それくらいは分かってるさ。でもケンカの延長上みたいなもんだろ。規模がひたすら大きくなっただけじゃないか。根本的なところは何も変わらないじゃないか」
「違うね。これからは今までみたいに軽いノリで戦ってちゃいけないんだ。無駄な動きを一切排除して、敵を叩き潰すことだけを考えなければいけないんだ」
 これはイマイチ納得できない話だ。今までとどう違うというのか。はっきり聞いてみた。
「少なくとも、俺は今までもそういうつもりでやってきたぜ」
「いや、そんなはずはないね。お前は確かにケンカをする覚悟はあったかもしれない。けど、戦争をする覚悟は無かったはずだ」
 ますますワケが分からない。どう違うんだ。そう聞こうとしたとき、龍二はさきほどからずっとガサガサやっていたカバンから何かを取り出した。
「覚悟の差っていうのは、必ず形になって現れる。例えば、武器さ」
 そう言って龍二が俺に示す物は、鮮やかな茶色で、握りこぶし三つ分くらいの長さの、短い木刀だった。
 表面の塗装が蛍光灯の光を反射している。でもその光の反射の不均等なリズムから、かなりの凹凸があることが分かる。おそらくこれは使い込まれてきた結果だろう。握る部分から先端に向かって走る木目は、かなりの美しさだ。安物ではないような気がする。
「木刀か……」
「ああ。俺の愛用の武器さ」
「なんでそんなに短いんだ?」
 あまり見たことのない長さだ。木刀というとあのお土産屋になぜかいつもあるあれしか思いつかない。
「長すぎると本気で危ないからな。殺しちまったら……そこまでいかなくても大怪我までさせちまったらシャレにならないだろ」
 すごく納得の行く理由だ。確かにあんなに長い物を振り回したら遠心力も手伝って凄い破壊力になること間違いなしだろう。
「へえ。今から俺もそんな武器を探せってか?」
「そうだな。自分に使いやすい物を見つけるってのも大事だけど、とりあえずはこれ使えよ」
 そう言って、また龍二がゴソゴソとカバンをかき回す。また何か出てきたと思ったら、さっきと全く同じ木刀だった。
「え!? もう一本?」
「そうだよ。スペアだ」
「スペアって、お前なあ……」
 なんと言うか……あきれた。どれだけ用心深いんだこの男は。スペアなんて使う機会あるのだろうか。
「スペアくらい当然だろ。まあ短いから折れるってことはあんまり無いけどな。たまに二刀流で戦う機会とかもあるしさ」
「そんなことあんの? っていうかそしたら俺がこれを持ってたらまずいんじゃないか?」
「大丈夫だって。二刀流なんてやっても弱いだけだから。俺の長年の経験から言えば片手は開けといて臨機応変に使った方が良いのよ」
「ふーん。じゃあ借りるけど」
 そう言って龍二から木刀を受け取る。小さいながらもかなりの存在感があり、重厚な雰囲気があった。
 しっかり握って、一振りしてみる。風が切れる音がした。気分が良い。木刀が確かな攻撃能力を携えていることが分かる音だ。もう一度振り下ろす。今度はさっきよりも力を込めて。より鋭い音がした。俺の振った木刀の軌跡が、色鮮やかに輝いたような感覚に陥る。自分が何倍も強くなった気がする。
「どうだ? 気に入ったか?」
「最高だね。是非貰うぜ」
「そうだろ。良い品だろ。使い方を色々考えてみると良い。自分なりに敵をイメージしてな」
 言われなくても先ほど振り回しているときに様々なイメージをしていた。接近戦で一気に相手の胸元に木刀を押し込む俺。やや離れたところにいる相手の頭に木刀を思いっきり振り下ろす俺、などなど。
「じゃ、次は外行こうぜ!」
 龍二が突然張り切った声を出した。本当に突然な奴だ。
「何で突然そんなこと言い出すんだよ」
「次の特訓は外なの。今日は色々やることあんだからさっさと行くぞ!」
 まだ言いたい文句はあったが、木刀をくれた恩があるので黙ってついていく。龍二は俺の部屋を出て、玄関を通り、言った。
「さあ! 着いたぞ!」
 というか、ここは玄関を出たばかりの場所で、つまりはウチの庭だ。周りの家の庭と比較するとそれなりの面積を誇っている。玄関から家の門までは舗装された道になっており、それ以外は家の近くには芝生、家から少しはなれた門よりの部分には庭石が敷き詰められている。
「ここはウチの庭なんだけど……」
 率直な感想を言ってみる。
「そんなことは分かってるんだよ! 他になんか無いのか!」
 改めて庭を見渡してみる。何かイタズラでも施されているのかと思ったが、その様子は無い。
「ねえよ」
「これからここでケンカするとしてもか?」
 ああ。なるほど。そういうことか。仮にケンカをする場合を想定しろという話だったのか。
「うーん。特筆して目立つ物はないと思うけど」
「そうか? 俺は気になることがいくつかあるぞ。例えばあそこに立てかけてあるスコップ。とっさにあれを掴めばすぐにかなりの攻撃力の武器になる」
「え!? そんなことで良いのか?」
「そうだ」
「だったらここに敷き詰められてる石だって武器になるだろ。投てき用としてさ」
「そうだな」
「……こんな小学校の頃にやった授業みたいなこと、必要あるのか?」
 我ながらバカらしくなってきた。これが良いなら何でもありじゃないか。
「こんなことを小学校の授業でやったのか?」
「ああ。やったよ。絵を見て思いつくことを挙げてみよう! みたいなやつ」
「変な小学校。俺のところはそんなことしなかったぞ」
「いやいやいや。それは忘れてるだけだって……ってそんなことはどうでもいいんだよ! この行動に意味があるのか?」
 俺が言うと、さっきまでの小学校の話でちょっと笑い顔になっていた龍二が、急に真剣な感じになる。
「何度も言うが、これは戦争だ。そして俺達はその兵士であり指揮官でもある。兵士に必要な能力は、当然戦闘力だ。では指揮官に必要な能力は?」
「……統率力、だろ」
 しかしそれはこの場合関係ないよな、と言ってすぐ後から自分でも思っていた。すると案の定すぐに龍二が突っ込みを入れてきた。
「まあ間違いじゃないけどさ、全員が指揮官だって言ってるんだから今は関係無いだろ。正解は『状況把握能力』と『どう戦うかを判断する力』だ」
「要するに、戦い方を指示してくれる人間が自分の他にいないから自分で周りをよく見て戦い方を考えろ、ってことだろ」
「おお、優秀優秀。そう、常に冷静な頭で、辺りを見て戦わなきゃならない。闘争心と、冷静さを上手く共存させることがポイントだ」
 今までは考えなかったような深いところまでしっかり見て、最大限に利用しなければ勝てないってことを龍二は言いたいんだな。上等だ。そこらの不良よりずっと頭を使うのは得意なんでね。そう考えていると、龍二が続ける。
「これからは、俺達二人で三十人とかと戦わなければならなくなるかもしれない。そんなとき、こういう『どう戦うか』を考えるのはとても大事になってくるからな。色々な場所での戦闘を想定しておけよ」
 いくらなんでも三十人もいたら勝てないような気がするが、確かに大人数と戦うとなると真っ向から勝負するのは無理だろう。これはそのための特訓なのだ──といっても、地味なものは地味である。この木刀を使う訓練とか、そういうのがしたかった。
「なあ、龍二。そんなことよりこの木刀を使う訓練とかしない?」
「訓練なんて必要ねえよ。戦いなんてのはひらめきだからな。どう使うかってのはその場その場で考えていけばいい」
 そういうもんですかね。仕方ないので俺は反論を諦めて、木刀を大きめの胸ポケットにしまった。
 ──その瞬間、とんでもない物が俺の目に飛び込んできた。龍二の後ろから、何か角ばった棒状の物が出ている。太陽の光がちょうど向こうから差し込んでくる形になっているので眩しくてはっきりとは見えないが、材質は木だ。おそらく角材か何かだろう。
 それを支えている男は、俺達と同じかそれよりやや高いかというような身長で、この真昼の日差しの中であるにも関わらず顔だけぽっかりと切り取られたように真っ暗で見えない。すぐにそれは黒いマスクをしているからだという結論に落ち着くが、そんなことを考えている場合ではない。これはヤバイ。頭で考えるよりも先に脊髄反射的に俺の心が叫ぶ。こいつはヤバイ。
「龍二! 後ろだ!」
 何も考えないうちに俺の口からは自然と声が出ていた。俺の声に反応して龍二がすばやく一歩前に出る。だが遅い。角材は龍二の後頭部に直撃して、ドスンと重い音を立てた。龍二の表情は苦痛にゆがみ、前のめりに倒れこむ。
 ──何だ!? 何が起こった? こいつは誰なんだ? 
 いくつもの疑問が頭に浮かびながらとりあえずマスクの男が危険なことだけは把握している。こいつを自由にさせておいてはマズイ! 直感的に俺は走り出した。マスクの男に一撃浴びせてやる。そう思った。
 だが、今度は俺の頭に角材がぶち当たった。マスクの男の方向からではない。全く違う横からの攻撃だ。視線を横に飛ばすと、もう一人男がいた。こちらはマスクをしていない。だが見知らぬ顔だ。そしてこいつも。角材を持っている。側頭部からは激痛があふれ出す。視界が歪み、足元がフラフラする。真っ直ぐ立っていられない。無意識のうちに、俺は石が敷き詰められている地面に膝をついた。敵はその隙を見逃さない。俺に攻撃を加えたもう一人の角材男が今度は俺の脇腹に蹴りを入れる。腹にも痛みが走るが、衝撃が側頭部の痛みをより引き立てる。頭を貫かれるような痛みにたまらず声が漏れる。これはかなり重傷かもしれない。
 反撃してやる! その意志とは裏腹に、体は激痛に耐えられず、地面に完全に倒れこんだ。頭の痛みに意識が朦朧として、とても立ち上がるどころではない。
「オラァッ!!」
 マスクの男は倒れた龍二に容赦ない蹴りを浴びせている。園崎の蹴りのようにスマートな物ではない。怒りをそのまま足に溜め込んで放出するような、そんなひどく無作法な蹴りだ。二回、三回、四回と、何度も何度も同じようなフォームで蹴る。
 倒れこんだ俺の方にも、マスク男に習ったかのような蹴りが入る。くそっ、動ければこんな奴らなんてことないのに。畜生!
 龍二は、動けない。殴られた後頭部から、赤い物が流れ出している。ドロリとした赤黒い血液が、緑一色だった芝生を染めていく。その質感はひどくリアルで、俺が今いる戦いの世界を実感させるようだった。龍二は大丈夫なのだろうか。
 ──いや、おそらく大丈夫ではない。先ほどから龍二はピクリとも動いていないし、あの出血量は、かなりヤバイ。
 それを考えると、途端に怒りがこみ上げてきた。つま先から頭にかけて、熱いビリビリとした物が動き出す。全身の神経が電撃を受けたように刺激を訴え、心臓の鼓動を爆発させる。
 ふざけんなこいつら! いきなり襲い掛かってきて、龍二をこれだけ追い詰めやがって! 殺してやる!
 辺りの風景が徐々に真っ赤になる。燃え滾るような熱さが頭の奥底にある。怒りのせいか、少しだけ痛みも小さくなったような感覚がある。だが、起き上がれない。これだけの怒りがありながら、起き上がることすら出来ない自分に腹が立つ。どうしてだ! どうして体が動かないんだよ!
 そこで、龍二の言葉が脳内で蘇ってきた。
 ──常に冷静な頭で、辺りを見て戦わなきゃならない。闘争心と、冷静さを上手く共存させることがポイントだ。
 思い出し、真っ赤だった視界が急激に鮮明になる。頭のどこかが一気にクールダウンした。容赦ない敵の蹴りはまだ続いているが、辺りを見渡すことくらいできる。落ち着け。落ち着けば必ずどこかに勝機はある。考えろ! 何かこの状況を打破する物が無かったか!?
 そこで俺は、思い当たった。勝つ方法は、すぐそこにある。俺は、必死に右手を伸ばし、地面に転がっている石を掴んだ。
 先ほどの会話で石のことを言ったが、この石は武器になる自信があった。この庭に敷き詰められている石は、結構尖っている。子供の頃、庭で遊んでいて怪我をした記憶があった。間違いない。この石が直撃すれば、かなりのダメージになる。
 行動を起こした刹那、俺を蹴っていた男は確かにその行動に気づいた。でも、もう遅いんだよ!
 体は倒れたまま、なんとか動く腕の力だけで弧を描き、上も見ずに感覚だけで石を真上に放り投げる。頼む、当たれ!
「うわっ!!」
 ドサリと、人が尻餅をついたときのような音がする。よし、石は命中したようだ。後ろから微かなうめき声が聞こえてくることからも間違いない。
 両手を地につけ、ゆっくりと確実に体重を移動させて、なんとか起き上がる。頭は異様な痛みに苛まれているが、なんとか我慢できるレベルだ。起き上がってすぐ、俺は後ろで倒れている予定の男を捜す。案の定、顎に手を当ててうずくまっていた。どうやら顎の皮膚を切ったらしい。表情は苦痛にゆがんでいる。
 ──その程度の傷で、なさけない奴だ。
 俺は、胸ポケットからしまってあった木刀を取り出す。右手で柄をしっかり握り締め、まだ顎を押さえている男の肩口に、思いっきり振り下ろした。あのヒュッという風切り音と同時に、木刀はキレイな弧を描き、男の肩口に、沈んだ。ズシリという重い感覚が手に伝わってくる。ミシミシという骨が軋む音がして、すぐに男は倒れた。よし、これであとは──
 そこで、突然ガツン、という音が頭に響き、再び頭に激痛が走る。今度は真後ろから殴られた痛みだ。今度は少しの抵抗もできずに地面に前のめりに落ちる。倒れたままなんとか後ろを向くと、マスク男がこっちに来ていた。
 しまった。油断した。なんとか勝機が得られたのなら、二人同時に相手をすべきだったのだ。龍二はもう戦闘不能だったというのに、俺は何を考えていたんだ!? くそ、俺はとんだバカ野郎だ。もう、万策尽きた。石を投げる力は残ってないし、同じ手は通用しないだろう。
「余計な抵抗しやがって! 死ねコラ!!」
 マスク男は手に持っている角材を、倒れている俺の背中に叩き込んだ。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!」
 無意識のうちに声が出ていた。普通に殴られたときとは比べ物にならないくらいの骨やら、筋肉やらが歪む音。途方も無い衝撃が激痛を伴って体中を駆け巡る。頭の痛みは限界に達し、既に頭が割れているんじゃないかと思えるレベルだった。指先はピクピクと振動し、もはや体のどの部分も動かせない。視界も霞み、目の前に何があるかさえ分からなくなっていく。まずい、あと一発も受ければ意識は間違いなく無くなる。下手すると死ぬかもしれない。
「へっ! てめえらごときがこの俺に逆らうからだよ。もう二度と戻らない体にしてやるよ!」
 既にマスク男が何を言っているのかも分からない。ただ、俺は次に角材が振り下ろされるのを待つばかりだ。体は抵抗をやめ、もうわずかたりとも動かなくなっていた。
 ──そして、角材は落ちてきた。さっきの攻撃のときの、百分の一ほどの衝撃を伴って。
 まるで、ただ落ちてきただけみたいに。
 ほとんどダメージは無い。意識もまだ何とか保てている。無理やり首に力を入れて上を見上げる。
 ──顔を真っ赤に染めた龍二が立っていた。龍二の横には、マスク男が倒れている。倒れ方を見るかぎり、どうやら龍二に横から殴られたみたいだ。おそらく、意識は無い。龍二のパワーで、いきなり後ろから殴られたのなら無理も無いが。
「あいにく、俺は打たれ強いんだよ」
 それは、俺というよりはマスク男に向けられたセリフだった。しかしそう強がっていても、龍二の目には普段の生気がない。呼吸のリズムも一定でなく、かなり満身創痍なことが伺える。
 でも、勝った。マスク男は倒れ、もう一人の仲間もむこうで倒れている。とりあえずは、この超A扱危険事態を乗り切ったのだ。
「龍二」
 声が上手く出ないが、それでも無理やり押し出して龍二を呼んだ。龍二は少しフラフラとした動きでこちらを振り向いた。
「何だ?」
「起こしてくれ」
「……無理だ」
 そういって、龍二も俺の横に倒れこんだ。
 そうして、俺たちはしばらくただ座り込んで体が回復するのを待った。他のことは何も頭に入ってこない。ただひたすら体の欲するままに休息をとる。先ほどまでの緊張感が突然途切れ、肉体的にも精神的にもただ脱力するばかりだ。龍二は、体力を回復しながら頭を抑えて止血している。
 五分くらいそうしていただろうか。顔の左半分はまだ血だらけだったが、龍二の目には普段の光が少しずつ戻り始めてきた。そして、ポツリと言った。
「あのマスクの男は、誰だ?」
 俺も相当疲弊していたのだろう。龍二に言われるまでこの最大の疑問も忘れきっていた。結局あいつは、あいつらは、誰だったんだ?
「よし、確かめてくる」
 どちらかといえば怪我の少ない俺が行くべきだ。そう思い、未だにズキズキと痛む重い体を無理やり持ち上げて、マスク男の方に近づいていく。もし万が一、マスク男に意識が戻っていたときのことを考えて警戒しながら近づく。いつの間にか俺にはこういう習慣もついていた。少し距離を取り、腕を伸ばして一気にマスクを取る。そこにいたのは──

──誰だ?

「龍二、こっち来い」
「え? なんで? 誰なんだ?」
「いいから!」
 龍二も相当キツそうに立ち上がる、「ったく、なんで俺までわざわざ……」とか小声で言っているみたいだ。少しフラフラとした足取りでこっちに近づいてくる。そしてこちらを覗き込み──

「誰だ? こいつ?」

 やっぱり龍二も知らないのかよ。じゃあ俺たちはなんで襲われたんだ。
「龍二、俺もこいつ知らないんだけど」
「え!? じゃあ俺たち襲われる理由ないじゃん!」
「もしかして、人違いか?」
「アッハッハッハ。バカ、そんなことあるわけないだろ」
 と言いつつ、かなり龍二は笑っている。そりゃあそうだ。よく考えたらこんなにおかしな状況はない。必死に戦った顔を隠した相手が知らない人間だったのだから。
「じゃあ誰なんだよ。マスクなんていう大げさな格好だからてっきり俺はラスボス的なポジションだと思ってたのに」
「そしたら誰も知らないザコキャラだった、と。ハッハッハ。こいつは傑作だ」
 龍二はそう言って笑う。俺もだんだん笑えてきた。こいつはザコのくせにどれだけ思わせぶりな登場しているんだ。
「そもそもこいつなんで顔隠してたんだよ。お前なんて堂々と来ても誰も知らねーって」
「アッハッハ。そんなこと言うなよ龍二。この雑魚がかわいそうだろ。このザコ。フハハハ」
「イメージで言えばスライムが思わせぶりなシルエットで出てきた感じだよな」
「ちょっ。そこまで言うかお前。その通りだけど」
 そこで二人で笑い転げる。戦いの後のわずかな安息だった。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。どうしても俺たちはここでマスク男の正体を突き止めなければならない。こいつが俺たちを襲ってきた理由を知る必要がある。
 龍二は何も言わずに元マスク男に近づいて、容赦なく脇腹に蹴りを入れた。
「オラ! 起きろ!」
 「うぐっ」という小さなうめき声をもらしてから、マスク男は目を開けた。その途端、龍二が恐ろしい形相になり、胸倉を掴んで無理やり上体を起こさせて、例の脅すときの姿勢で相手を睨み上げながら低重音の声を出す。
「いくつか質問するけど、素直に答えた方が痛い目見なくて済むぜ。てめえは誰だよ?」
 しかし、マスク男は黙ったままだ。目線を左下に下げて、動こうとしない。
「素直に答えろっつってんだろ!」
 その発言と同時に、龍二の右腕がすばやく動き、的確に相手の腹に沈む。その衝撃で、マスク男の起きていた上体もあっという間に地面に打ち付けられた。
「答える気になったか?」
 そしてもう一度相手の胸倉を掴み、同じ姿勢で聞く。龍二の迫力は半端な物じゃなかった。答えなければこの場で死ぬことになるかもしれない、そんな風にすら思えた。
 龍二の痛烈な右ストレートの後遺症で咳き込んでいた相手も、震えながら口を動かし始めた。
「野添、壮太」
 一瞬なんのことか分からなかった。少し考えてから、龍二の「てめえは誰だ?」という質問に対してバカ正直に答えたのだ、と気づいた。しかし、今俺たちが求めているのはこいつの名前などではない。すぐに龍二が、話の軌道を修正する。
「ああん? 知らねえな。お前の名前なんて聞いてないんだよ。なんで俺たちを襲った? 誰のさしがねだ?」
 そこで、野添の口が止まる。しかし、すぐに龍二が掴んでいた野添の胸倉を吊り上げる。半分宙に浮いた野添に、龍二は更に凄まじい目つきになった。
「言え」
 低く、よく響く龍二の声が野添を追い詰めていく。それでも言おうとしない野添に、再び龍二が拳を打つための準備動作を開始する。そこで、とうとう野添がポツリと言った。
「楠木さん……だ」
 しかし、俺はこの答えを聞いてもほとんど驚かなかった。自分の中でも半ば予想がついていたからだろう。龍二もあまり驚いてないみたいだ。それも当然だ。俺たちは知っていた。いつか間違いなく楠木からの攻撃がある、と。なにせ俺たちは夏休みの初めにかかってきたあの電話を無視したのだ。つまり俺たちは一度病院送りにされたにも関わらず、楠木たちに決して屈していないということを直接言ったみたいなものであり、結果的に楠木がまた俺たちを襲ってくることは当然だった。
「やっぱりな……」
 龍二が俺の横でそんなことを呟いた。やはり龍二もこいつは楠木がらみだと考えていたのだ。その一言のあと、少しの沈黙が流れ、それから龍二は急激に怒り始めた。自分の左の手のひらに拳をぶつけ、大きく音を立ててから、
「さて、てめぇは楠木に言われて俺たちを襲いに来た、そうだな?」
「ああ」
「ってことは、覚悟はできてんだよなぁ? オイ!? 指の一本や二本じゃすまさねえぞ!」
 龍二が凄い迫力でひどく物騒なことを言っている。しかし、おかしい。このセリフは龍二らしくない。龍二は、いつもケンカはゲームみたいなものだと語っている。「勝ったらその日は笑顔で帰る。負けたらそこから必死に修行、それでいつかリベンジする。そういうシンプルな生き方ってさ、良いと思わないか?」こんなことを、もう幾度となく聞かされた。
 そのことを考えると、今の龍二はあまりにおかしい。
 ──これは一体どういうことなんだ?
 そこで、一瞬龍二がこちらに視線を飛ばしたような気がした。
 その視線の意味は、なんとなく分かる。多分、俺の考えは当たっている。なぜか確信があった。
「龍二、やめろ!」
 今にも行動を開始しようとしていた龍二が止まる。そして、ゆっくりとこっちを向いて言う。
「なんだよ健二、止めんじゃねーよ」
 俺はその言葉を受けて、次は龍二でなく、野添に声をかける。
「なあ、野添。お前、どうして楠木なんかの下についてるんだ?」
「色々面倒見てもらえる先輩だし……」
 搾り出すような声で野添は答える。この答えを聞いて、以前から俺が思っていたことが事実だったのだと知る。
 ──楠木には、カリスマ性が無い。
 いくら頭が切れようが、いくら腕っ節が強かろうが、人の上に立つ者には、カリスマ性が必要だ。例えば、園崎を見てみれば、あいつはカリスマの塊のような男だった。あの外見、顔立ち、話し方、強さ、恐ろしさ、信念、自信など。ただ普通に歩いているだけで人を惹き付ける。そんな感じだ。
 おそらく、園崎の配下の人間なら、今の野添と同じ立場におかれたとしても何も言わないだろう。楠木は策士なのかもしれないが、器が足りていない。あいつは、人の上に立つ才能には恵まれなかったってわけだ。
 それなら、龍二の考えているであろうことはますます成功しやすくなる。今すぐ言ってしまおう。
「野添、端的に言う。俺たちの仲間になれ。それが今のお前にとって一番の得策だ」
 おそらく、龍二が俺に求めていたのはこんなところだろう。
「嫌だと言ったら?」
 野添が聞いてくる。
「別に。このまま帰ってもらうだけだ」
 ここで無理強いなどするのは無駄だろう。そんなことをすればまたすぐに裏切られるに決まっている。ここで大切なのは、この野添にさり気無く諭すことだ。このまま楠木についていっても得はないことを。俺たちについてくれば、面白いものが見られるかもしれないことを。俺は、続けた。
「ただ、もしそうしたとしても、楠木たちのところには戻らないほうがいい。あいつの地位は、もはや砂上の楼閣だ」
「どういうことだ?」
「俺たちとあいつは、近々全面戦争をする。……とは言っても、俺たちの勝ちの見えてる勝負だ。その勝負に負ければ、もうあいつは今のように学校で威張っていられなくなる」
「すげえ自信じゃねえか。たった二人のくせによ!」
「二人? 何言ってるんだ、お前。俺たちは、『リバースクロス』のトップだぜ」
「『リバースクロス』だと? なんだそれ?」
 当たり前だが、まだ名前は知られて無いらしい。
「新しくできたグループだよ。龍二がリーダーで俺が副リーダー。この地区を統一するのは俺たち『リバースクロス』だ」
「だからなんだってんだ!? たった二人のグループだろ? 楠木さんたちのほうが明らかに強い!」
 ここまでは、真実だけを語ってきた。だが、できればここで戦力は少しでも増やしておきたい。だから俺は、少し嘘をついた。
「それは、俺たちのグループだけなら、だろ?」
「どういう意味だ?」
「俺たち『リバースクロス』は一時的に東中園崎修哉の『RATS』と同盟を結んでいる。つまり、『RATS』の戦力も今は俺たち『リバースクロス』に加わっている」
「そんな……バカな……」
 野添は、驚きを隠せない様子だった。当然だ。こんな突飛なこと、考えていたはずも無い。そして俺は、この様子を見て確信した。野添は、落とせる。おそらくもともと野添は忠義心の強い男ではない。更に、楠木のカリスマ性も大した物でなく、加えて、俺たちは園崎と手を組んでいるというガセ情報。これだけ材料が揃っていれば、野添の出す結論は俺たちについていくというものだろう。俺は、改めて聞きなおした。
「さあ? どうする? 俺たちの仲間にならないか? 楠木たちのところとは一味違う良い夢、見れるぜ」
 野添は、動かない。今全力で自分の取るべき行動を考えているはずだ。必死に考えるのも当然だ。俺は、「俺たちのグループに入らないならそれでも構わない」と言った。だが、野添には「どこにも所属しない」なんて選択が今更許されていない。
 楠木は、野添が裏切ったと知れば、野添を潰しに来る。ほんのわずか楠木という人間に触れただけの俺がそう確信しているのだから、野添の中ではもっと確実な事実であるはずだ。
楠木は、執念深く、容赦ない。それでいて、それなりに頭が切れ、疑り深い。もし妙なところでグループを抜けるなどと言い出せば、楠木がすぐに攻撃してくるのは明白。そのとき、自分一人であれば、間違いなくやられる。なにせ俺たちは二人でもギリギリだったんだ。
 と、なれば、野添に残された選択肢は二つ。「俺たちの仲間になるか」「楠木の元に戻るか」。
 現実的に考えると、後者の方が利が大きい。だが、さきほど俺はハッタリでその公算も潰した。もし俺たちのバックに園崎たちがついているのであれば、楠木の方に戻っても、すぐに破滅が訪れる。それならば俺たちの仲間になった方が良い。
 しかし、「園崎たちが俺たちと同盟を組んでいる」ということは真っ赤な嘘であることも考えられる。その場合、野添はなんとしても楠木の元に戻らなければならない。「園崎らのバックアップがなく、楠木たちが敵に回り、少ない戦力で楠木と戦うことになってしまう」パターンは野添にとって最悪。
 つまり、野添はきっとこの後、ある要求をしてくる。大丈夫だ。そのことについてももう策はある。
「園崎修哉が、お前らと繋がっている証拠を見せてみろ」
 読みどおり。簡単なもんだ。
「いいだろう。明日もう一度この時間にこの場所だ。そこで証拠を見せる」
 野添は少し黙ってから、首を縦に振った。背中を向けて帰り始める野添に、俺が声をかける。
「そのときまで、楠木のとこには戻るな。あいつなら何かを気づく可能性もある」
「……分かったよ」
 そして、野添の姿は見えなくなった。



 第六章  二人の策士


「お前よくもあんだけ度胸ある交渉したもんだなぁ!」
 野添がいなくなり、俺の部屋に入ってから龍二が上げた第一声がそれだった。言いながら、テーブルを挟んで二つ並べた椅子の一つに、龍二が腰掛ける。俺ももう一つの椅子に座りながら、こう返した。
「我ながら、素晴らしい演技と交渉手腕だっただろ?」
「生まれながらのペテン師だよ。お前は」
「そこまで言われるとむしろ嬉しくないぞ」
 そこで少し笑い、龍二がすかさず聞いてくる。
「で、どうするんだよ? 園崎と同盟を組んでるなんてエライこと言っちまったからもう後には退けなくなったぜ」
 言い出すなら、今だ。俺が、少し前から考えていたこの「リバースクロス」のあり方。俺の能力の使い方。
「なあ龍二。お前ってさ。将棋できるか?」
「は? 将棋? なんでまた?」
「いいから。できるかどうか教えてくれ」
「そりゃまあ、できるぜ。結構強いぜ」
「どれくらいだ?」
「親戚の中では俺が一番強い!」
「残念だが俺はお前の親戚の力を把握してないんだ」
「アッハッハ。それもそうか。でも将棋の強さの基準ってのはよく分からねぇ」
「まあ、そうか。じゃあ今から将棋指そうぜ」
 龍二はポカンとした顔になる。俺の言ってることの意味が分からないんだろう。こんな突拍子の無いことを言われているんだからそれも仕方ないことだが。しばらく無言の時が流れてから、龍二が言った。
「遊ぶのは結構だけどさ、今はもっと考える事があるだろ。なんでいきなり将棋なんだ?」
「必要なことなんだよ。とにかく一局指せば分かる。盤用意してくるぜ」
「……何だよ一体」
 椅子から立ち上がり、部屋の隅にある棚の引き出しを開けると、見慣れた駒と盤があった。素早く取り出して、龍二の前まで持っていく。そう、これは必要なことだ。これからの戦いを左右するのは、このあたりの認識に他ならない。
「駒、並べようぜ」
「……ああ」
 俺は、玉を置き、歩を全部並べて、金を置く。そして、龍二に言った。
「そんなダラダラしてないで、パッパとやろうぜ」
「え? お前も並べ終えてないじゃないか」
「いいんだよ、これで。俺は八枚落ちで指す」
「ハア!?」
 八枚落ち。それは本来将棋で使うはずの角、飛車、桂馬、香車、銀を使わずに指すことだ。要するにハンデ。もちろん龍二は全部使う。最初の戦力にここまで差があるとちょっとやそっとの実力差では勝てない。
「八枚落ちだぁ!? そんなのでまともな将棋になるわけないだろ!」
 そこで、少し首の角度を変えて、漫画の演出のように大げさに龍二の顔を覗き込み、一言。
「してみせるさ。とにかく、やろうぜ。八枚落ちなんだから俺が先手で良いよな」
 第一手、ここで一局の将棋をどう指すかを決める。ここでのイメージ作りが大切。
 ──ケンカと、同じだよ!

 そして、二十分ほどが経過した。
「王手」
 俺のコマが、龍二の王に最後の王手をかける。ギリギリだが、勝った。
「……詰みだな」
 自分の負けを確認すると、龍二はドサッと床に倒れこんだ。
「なんだよこれ。嘘だろ? まさかこの条件で負けるなんて……」
 そう、俺は強い。これくらいのハンデでも、なんとか勝つ自信があった。俺はこの勝負、この条件で最初から勝つつもりだった。
「なあ龍二、俺たちのリバースクロス内での在り方を決めないか」
「は?」
「だからさ、この将棋はそのために指したんだよ。俺はさ、こういったゲームで、負けたことがない。得意なんだ。こういう戦術を考えていく事」
「ああ、それは十分分かったよ」
「これは、実戦でも同じだ。俺は、楠木なんかとは比べ物にならない”策士”だよ。正直、この能力だけなら日本中で競っても負ける気がしねぇ」
「何が言いたい?」
 ちょっと、言い出すのが難しい。纏う空気一つ次第では、本気なのか冗談なのか分からなくなってしまうかもしれない。それに、なんか恥ずかしい。しかし、ここははっきりと宣言せねばならない。
「俺が、リバースクロスの頭脳になる」
 龍二が、口元をゆがめる。心から楽しんでいるときの表情だ。
「なんのことだ?」
「今回の戦い、いや、これからも同じになるかもしれないが、とにかく今回の戦いの策略は……」
 そこで一旦、言葉を切る。
「俺に任せてくれ」
 龍二は、今度は笑わなかった。代わりに、目を輝かせた。まるで俺がこう言い出すのを待ち望んでいたかのように。
 少しの間を置き、龍二は言った。
「別に、わざわざ確認するほどのことでもないだろ。元々俺たちは一蓮托生。俺が止まればお前も止まる。二人で別の方向に動いたら、体は真っ二つになって死ぬ。そういう覚悟の元だったはずだ」
「ああ、そうだよな。やろう、俺たちで、勝利を、もぎ取るんだ」
 たしかに、わざわざ確認するほどのことでもないかもしれない。それでも、いざというときの状況下で、認識というのは意味を持ってくる。
 そして、少しの沈黙、龍二は宙に視線を外す。その後、言った。
「じゃあまずお前は、勝利のために何が必要だと考える?」
「園崎の協力」
 別段考えるでもなく即答できる。かなり突飛な話であることは間違いないが、なさけないことに今のままの戦力では楠木との戦争ができそうにない。ここは、誰かに協力を仰ぐ必要がある。そこで、園崎の力を借りられれば、ついでに野添も戦力になる。至ってシンプルな論理だ。
 俺の言葉を受けて、龍二は聞いた。
「そんな手しかないのかよ? 八枚落ちでも勝てるお前が?」
「今は八枚落ちどころかコマが無ぇんだよ。いくら俺でも玉だけで戦うことができるかっつうの」
「クックック、違いねぇ」
「問題は、一体何を園崎との取引材料にするかってことだな」
 自分で確認する意味もこめて呟く。そうだ。これが一番の問題だ。俺たちは園崎を唸らせられるような材料を持っていない。
「あ、それならちょっと心当たりあるぜ!」
 龍二が突然、大声で言い出した。この話は完全に難航すると思っていたので、これは意外だった。一体何があるっていうんだ?
「何だよ?」
「それは──」
 龍二は、にわかには信じられないことを言った。それが本当なのだとすれば、凄い。十分取引材料になりうる。リスクを少し大きくすればそれだけで園崎は多分乗ってくる。
「いけるぜ。それ。最高のカードだ。何にしても園崎の協力が欲しい今、それはかなりデカイ」
 そう。勝つためには園崎の力を借りることが絶対条件だ。それが明らかなら、なるべく早く連絡するべきだろう。材料も決まった。
「よし! 電話するか!」
 俺がそう叫ぶと、龍二はえっ、と驚いた。
「今かよ。その行動力だけは見習いたいもんだな」
「なんだよその言い方。俺が猪突猛進なバカみたいじゃないか」
 少し緊張しながら、俺はポケットから携帯電話を取り出す。アドレス帳を開き、すぐに見つける。「園崎修哉」の名前を。
 フウ、と息をつき、これからすべき交渉の流れを頭の中で想定する。この交渉も、結構難しい。一切こちらが困っている様子を出してはならない。そして、確実に協力を得なければならない。大丈夫だ。やれる。そう思い、発信ボタンを押す。
 わずかな間を置いてから、呼び出し音。そしてまた少し置いて、園崎が出た。
「俺だ」
 一般的に電話を出るときに使われる「もしもし」という言葉は一切ない。園崎なりの舐められない方法なんだろう。
「よう、園崎。飯沢だよ」
「なんだ、お前か。何の用だ?」
 ここで、「世間話」とか言ってみたい気もするが、今は冗談を言っている場合ではない。率直に、感情を出さずに切り出さねば。
「ちょっと力が入り用でね。協力してくんねぇかな?」
「は? 意味がわかんねえよ。一つ一つ説明しろ」
「端的に言うと、俺たちは今楠木らと戦争してる。その決着が近日中につく。戦力的には十分だが、人数がちょっと足りないんでな。少しばかり工面してもらおうかと思って」
 数秒の沈黙。背景でカシャッという音がした。おそらくライターの音だ。そこで、脳裏に煙草を吸う園崎の姿が浮かぶ。ボコボコにやられたときを思い出して、少し弱気になってしまう。
「なるほどな。話は分かった。だが、お前まさか俺のことを”友達”だとでも思ってんじゃねえだろうな? こっちに何か利益が無いと動くはずねえだろ」
 落ち着け。ここで恐怖なんて感情を持ってるようじゃ飲まれて当然だ。冷静に、こちらの状況を悟られないように話さねば。
「お前も徳することがあるじゃないか。そっちはほんの少しだけ協力してくれるだけでいい。それだけで、”あの”楠木を簡単に排除できるんだぜ」
「ふん、それは大したことじゃないね。楠木をつぶすのに失敗した当時の『RATS』はまだ俺が仕切っていなかったからな。今総力を挙げれば楠木なんて怖い存在でもなんでもない」
 もしかしたらこんな条件でも手を貸してくれるかと思ったが、やはりそう簡単ではないらしい。ま、このくらいは承知の上だ。
「五人、だ。五人で良い。五人貸してくれ。それも、危険な戦争なんかには出なくて良い。陽動や、奇襲。それだけをしてくれれば良い」
 俺の妙な返答に、園崎は戸惑った。
「は? 今は俺に来る得の話をしてるんだけど」
「条件としてお互いのリスクを確認しておかないとリターンの話に移れないだろ」
「分かったから。早くそのリターンの話をしろ」
 俺は、たっぷり間を置いた。果たして本当にこんな条件を提示しても良いのだろうか。そう自問する。いや、今更下がれるはずもない。自分の心拍数が上昇するのを感じながら、俺は一息に言い切った。
「園崎、お前龍二とタイマン張ってくれ。もしお前が勝ったら、俺たちはお前の下に着く」
 そこで、長い沈黙。音からは全く情報が得られないが、俺の脳裏には園崎が顔をゆがめる姿が克明に映し出された。
「…………へぇ、面白いじゃねえか。まさかそんな条件持ってくるとは思わなかったぜ。度胸あるなお前ら」
「まあね。こっちは度胸だけでやってるだけみたいなもんだからな。この地域の王者である園崎修哉なら、断ったりしないよな?」
 意識的に挑発めいた聞き方をする。ここで逃げられてはたまらない。
「……だが、俺はこの取引を受ける義理は無いんだぜ? お前は巧妙に隠しているが、多分お前ら今ピンチなんじゃないか? なにせ俺に協力求めてくるくらいだからな。『楠木を追い詰めるための戦力が足りない』というニュアンスで語っていたけど、ホントはこのままだとやられそうなんじゃねえの?」
 ぐっ!! さすが園崎だ。ただのバカじゃない。この頭脳もあったから今の地位があるんだろう。俺のハッタリが通用しなかったか。だが、ここで弱みを見せるわけにはいかない。何としても、この交渉だけは結ばなければいけないのだ。この際ピンチであるということには弁解しないで攻めるのが得策だ。
「……でも、もし仮に俺たちが楠木によって潰されたとしても俺たちはお前の下には着かないぞ。お前だって、俺たちという戦力が欲しいだろ? この取引は受けておいて損は無いだろ? もし龍二に勝つ自信があれば、の話だがな」
「うぬぼれるなよ。俺たちは既に地区最強チームだ。お前たちが加入しようがしまいが関係ない。お前らが敵として立ちはだかっても力で潰すのみだ。だが、ここで万が一負けて、下手に力を貸してお前たちがウチをも脅かすような組織になることだって考えられなくも無い。もちろん俺は浅田に勝つ自信はある。だが、組織のリーダーとしてはこの取引は飲めないな」
 園崎の分析は、正確だ。冷静で、きちんとした論理展開ができている。俺は、園崎を舐めていた。今回の取引で園崎の負うリスクはほとんどゼロに等しい。だから、これだけ俺たちに不利な条件をつければあっさり乗ってくるだろうと思っていた。だが、園崎は冷静に判断した。これからの地区内での戦いを考えたときに、組織のリーダーとしてどう行動すべきかを。
 そう、実はこの取引、園崎は受ける必要など無い。園崎の「RATS」は既に二位以下を遠く引き離して地域最強チームだ。だから俺や龍二を今無理して求める必要はない。それに対して、俺たちは園崎から与えられる戦力を必須としている。そして、今回その戦力を与えられたのをきっかけに、急成長する可能性がある。
 もう……無理か……。
 そう思い、諦めかけた。だが、次の瞬間、園崎が全く反対のことを言い出した。
「組織のリーダーとしてはその取引は飲めないが、俺一個人としては、その取引を受けたいね。なにせ、俺は浅田に勝てると思ってる。そして、純粋にタイマンをしてみたい」
 やった! 利己的な計算を抜きにすればこの取引も受諾される可能性が十分にあるってことだ。これは上手くいくかもしれない。
「だが龍二も、お前に勝てると思ってるみたいだぜ」
「そう、そこだよ。俺が気に入らないのは。だから、はっきりさせるために戦ってみたい。それに飯沢、お前も浅田が勝つと思ってるだろ? それも七……いや、八割以上の確立で」
「なんでそう思うんだよ?」
「今日持ちかけてきた取引の条件はお前が考えたんだろ? いかにもお前らしい嫌らしい手口だったもんな。そしてお前は、負けるかもしれない勝負にこんな無茶苦茶な条件はつけない。最低八割くらいの勝率がないとこんなことは言い出さなかっただろう」
「そうだよ。俺は龍二が勝つと思ってる。十中八九な」
 ここはとにかく大きく言っておこう。確かに、打算抜きで園崎も龍二もお互いに戦いたそうにしているふしはある。案外あっさり飲んでくれるかもしれない。
「くっくっくっく。気に入らねぇなぁ。そこまで言われると引き下がれねぇよ。どんなイレギュラーな作戦を用意してるのか知らねえけど、俺がそんなもんぶっ壊してやるよ」
「……じゃあ、良いんだな?」
「ああ。リーダーとしてはこの取引は受けるべきじゃねえけど、まあ良いだろう。今更俺に文句言う奴もいるまい。別に俺は計算で生きてるわけじゃねえからな。単純な俺の意思として、浅田をぶっ殺してえ。それだけだ」
 やった! 俺の思惑とはかなり違う形で動いたけど、成立したなら結果オーライだ!
 と、浮かれていると、園崎が言葉を続けた。
「おい、でも条件は忘れたわけじゃねえからな。俺が勝ったら、お前らは俺たちの傘下に入ってもらう。絶対にだぞ」
「ああ。でも、龍二が勝ったら、兵隊を五人貸してもらう。それなりの兵隊をな」
「おう。場所や日時、あとルールとかは?」
「場所やその他の条件はそっちで指定してくれて構わない。ただし、やるのは明日の正午だ。こればっかりは譲れない」
「って昼かよ。なんで夜やらねーんだよ?」
「こっちにはこっちの都合があるんだ。とにかく明日の正午ってことだけは確定で頼む」
「分かったよ。じゃあ場所はこないだの倉庫。基本的にはどんな攻撃もありだが武器は無し。あと万が一戦争になった場合に備えて俺の側近を四人ほど一緒に入れる。これで良いか?」
 早いな。園崎も途中から龍二と戦うときのことを想定していたようだ。
「ああ。それで構わない」
「そうか。じゃあな」
 そういい残すと、すぐに電話は切れた。フー、と息を吐いて、俺は俺の部屋のベッドに倒れこんだ。
「おう、お疲れ!」
 と言った龍二は、なんと漫画を読んでいた。こいつ、あの電話の途中もずっと読み続けていたのか?
「お前あんだけ修羅場な電話の横でよく漫画読んでられるな」
「いや、なんか大変そうな雰囲気だったからさ。聞き耳立てるのも精神衛生上よくないかと思って途中から聞くのやめた」
「気楽なもんだな。俺は人生で一番疲れる電話だったよ……」
 心底疲れて出てきた発言だったのだが、龍二は冗談だと思ったのかケラケラ笑っている。ちょっとイラッときた。
「で、どうなったんだ?」
 龍二が聞いてくる。俺は電話での会話の一部始終を話した。
「ふ〜ん、なるほどね。そんなやりとりがあったのか。そりゃあ疲れるわな」
「ああ。だが、あとはお前次第だ。明日お前が勝てるかどうかに懸かっている。どうなんだ? 本当に勝てるのか? 今日襲撃受けたんだしお前は百パーセントじゃないだろ?」
「今日俺が受けた攻撃は頭がほとんどだからな。ボディにはほとんど食らってねぇ。ほとんど百パーセントみたいなもんだ」
「でも、頭の傷が開くかもしんねーじゃん。あんだけ血出てたんだし、やべえんじゃねえの?」
「大したことないさ。派手に血が出ただけで傷そのものはそれほど大きなものじゃない。それに、ケンカってのはすぐ終わるものだからな。特にタイマンは。明日はどっちが勝つにしても二分もかからないで終わるだろ。それなら頭の傷なんて関係ない」
 そういうものだろうか。だが、確かにケンカってのはすぐに終わる。これも龍二とつるむようになってから知ったことだが、本当に一瞬だ。漫画や映画なんかのイメージではかなり長い間殴り合いなんかを続ける気がするけど、実際はごく短い時間。実力差があれば、それこそ二十秒ほどで終わってしまう。
「龍二、絶対勝てよ。負けましたじゃすまねーぞ。今回は俺の命も一緒にお前に託すんだからな」
 龍二は、思いっきり笑顔になる。こういうときの龍二の表情は、なぜか頼もしい。
「勝つさ。せっかくこんな面白いゲームが始まったんだ。すぐに終わらせるのはもったいない。俺は、俺たちは、ここのてっぺんに立つんだ」
 明日、俺たちの命運が決まる。俺は何もできない。明日は龍二にまかせっきりだ。こういうときに感じるのは嫌な不安だけだと思っていた。だが、自分の中を今駆け巡るのは、ワクワクする。明日が楽しみで仕方ない。そういう感情だった。龍二と園崎のぶつかり合いが見られる。それが楽しみでならなかった。
「じゃ、健二、俺はもう帰るぜ。明日の十時にここ集合。それで良いよな?」
「……良いけどさ。こんなに早く帰ってどうするんだ?」
「明日の、イメージトレーニング。言ったろ。俺には作戦があるんだって。そのイメトレよ」
 俺は、龍二の言う「作戦」の内容を知らない。全て龍二に任せてしまった。故に、イメージトレーニングと言われてもなにをするのか見当もつかない。だが、龍二が必要というのならきっとそれは必要なことなのだろう。
「分かった。じゃ、また明日な」
「おう」
 こうして、龍二は帰っていった。
 俺は部屋に一人、ダラダラと本を読んだりしながら日が落ちるのを待った。
 わずかな精神の昂ぶりと共に、時はゆっくりと流れ落ちていく。闇が街を飲み込み、それでもなお落ち着かない心を静められず、結局俺が眠りについたのは午前二時を回ってからだった。




 第七章  勝利の奇策


 翌日は、曇りだった。空は夏の雲に覆われ、鬱々とした雰囲気を醸し出していた。もしかしたら雨が降り出すかもしれないなんともいえない天気だ。まあケンカは屋内だから雨だろうと関係ないのだが。 
 そんなことを考えつつ、ベッドから起き上がった俺は枕元の時計を確認した。八時だ。集合までにあと二時間ほどがある。妙な時間に起きてしまったな。そう思っていると、ドアホンがなった。やたらと高い音が家の中を占拠する。
 俺はとりあえず何も考えずに玄関を開けると、立っていたのは龍二だった。
「お前どうした?」
「いや、十時までやることないからさ、来ちまった」
 こいつ、俺の都合は考えないのか。まあ、ちょうど俺も同じ心境だったから良いわけではあるが。
「よし、上がれよ。ゲームでもして時間をつぶそうぜ」
 そして、ダラダラと会話しながらの格闘ゲームで、俺たちは時が流れるのを待った。もちろん、ゲームなどに集中できるわけもない。どちらかといえば、むしろ俺たちは会話に集中していた。
「なあ龍二、今どうよ? 緊張とかしてる?」
「まさか。ケンカで緊張することなんてねえよ。むしろ今は、ワクワクしてるな。時間が経つのが遅くて遅くて仕方ないんだ」
「やっぱそうだよな。俺も楽しみだよ」
「見てろよ。鮮やかに倒してやる。それはもうモンシロチョウのごとくな」
「モンシロチョウってあんまキレイなイメージないけどな。一杯いるし」
 時計は十時を指した。予定の集合時間だ。ここからあの倉庫までは一時間ほどで着く。今から移動するのは早すぎるが、俺も龍二ももうじっとしていられなくなっていた。ゆっくりでも良いから、とにかく歩き始めたい。それが共通見解だった。
 特に際立った会話も出ることなく、俺と龍二はやたらスローペースで歩いた。街並みが、ひどく新鮮に思える。見慣れていた景色なのに、これから起こることを考えると、こんなつまらない街にも面白いものがあるのではないかと思ってしまう。
 同時に、こんなところをゆっくり歩いている自分がひどくもどかしくなってくる。今すぐにでも走り出したい欲求を抑えるのに苦労した。俺でさえこうなのだから、これから戦う龍二の焦燥感と高揚感は計り知れないものだっただろう。
 結局、倉庫についたのは十一時四十分を少し回ったところだった。若干早いが、この時間なら園崎はいるかもしれない。そう思い、俺は倉庫の扉を開けてみた。錆びた金属の鈍い摩擦音と共に、倉庫の扉は開け放たれ、中が見えてきた。暗く、埃っぽい。壁の高い位置につけられた面積の狭い窓からわずかに光が差している。
 その光の中に居たのは、園崎修哉その人であった。どんなに遠くても、絶対に見間違わない。堂々とした立ち振る舞いの中に溢れるオーラ。こちらを睨んでくる眼光の迫力。そして触れる物一切を破壊してしまいそうな拳。その全てから、何かがあふれ出している。園崎は、言葉で言い表せない何かを持っている。王者の風格。歴戦の豪傑。どれも、違う気がする。この男、園崎修哉は、本当に奥が読めない恐ろしい男だ。今更ながら、少し不安になる。
 園崎の言っていた念のための兵隊であろう人間四人に注意が行ったのは、数秒経ってからだった。知らず知らずのうちに、俺は園崎を凝視していたらしい。
 園崎の服装は、前とはまた違う雰囲気になっている。白地に黒の迷彩が入ったパーカーに、派手な皮のベルトが通されたGパンをあわせている。スタイリッシュでいかにも今時の若者という感じがする。だが、何か違う。普段の園崎の好む格好とは何か違う。少し考えて、思い当たった。ピアスやサングラス。ペンダントやリングやチェーンベルト、そういった装飾品が全く見られなかった。今日は、それだけ本気ってことか。
「よう、早かったじゃねえか。お前ら」 
 そう言う園崎の握り締められた拳は、早くも龍二に敵意を向けている。すげえ圧力だ。園崎の後ろに、なにか巨大な化け物が息づいているような錯覚に陥る。
「おう、お前を一刻も早く倒してみたくてな」
 龍二が、俺の前に出てきた。先ほどまでの少しの緊張など微塵も感じさせない対応だ。だがハッタリではなくかなり本音なのも確かだろう。
「言うね。お前らがなぜそんなに自信満々なのか気になるが、どんな策も無駄だぜ。ケンカなんて最後は実力だ」
 園崎も、いつもどおり「敗北の気配」など少しも感じられないような振る舞いで言う。
「それは、条件によるだろ。今日は、負ける気がしないんだ」
 その龍二の発言と同時に、園崎の青い瞳が、ギラリと光った。あの恐ろしさと奥の知れない気味悪さを含んだ、ナイフのような輝き。そして、園崎の体が動く、手が、着ているパーカーの襟を掴んだ。
「ふん、それはこっちも同じだよ!」
 言い放つと同時に、園崎は着ていたパーカーを瞬時に上に放り上げた。園崎は黒いTシャツ一枚を纏った姿になる。やはり園崎の体は、細身に見えるがかなり鍛えこまれている。無駄な筋肉や脂肪が全く無い。まさしくボクサーの体つきだ。しかしこの行動の意味は? 俺と龍二は一瞬戸惑った。
「行くぜ」
 園崎はそう言った。そこで、園崎の筋肉が躍動する。激しい踏み込みの音と共に右足が浮いて、飛び出す。パーカーが落ちてくるのと同時に龍二に向かって全速で突っ込んできた。園崎が動くのを合図として、どこか張り詰めた冷たい空気が一気に炸裂する。先に動いたのは、”王者”園崎。その独特の威圧感が、強烈な存在感が、一挙手一投足をひどく印象的にしていた。
 園崎の突進は、攻撃に移る構えを取るわけでもない。ただ真っ直ぐ龍二に突っ込んできている。これは龍二のチャンスだ。カウンターを入れられる!
 突然に始まった戦いに、一瞬のためらいを見せた龍二だが、すぐに園崎に意識を集中する。そして、園崎の顔を目掛けて思いっきり拳を振りぬく! が、園崎は瞬間、体を寝せた。避けたというよりも上半身を重力に任せて横に逸らしたという感じ。こんな動きは、瞬時にはできない。何度かシュミレートしていたんだろう。自分の動きだけじゃない。きっと龍二の動きも何度かイメージしていたのだろう。あっさり龍二の動きを見切った。だが、ケンカなんて何度かイメージしただけで見切れるようなものじゃない。園崎は動体視力もかなりのものだ。
 ──これまでで間違いなく最強の相手だぜ。どうするんだよ。龍二。秘策があるみたいなこと言ってたけど、園崎だって十分にイメージトレーニングを重ねてるみたいだし、なにより基礎能力が凄い。勝てるのか?
 攻撃を外して隙のできた龍二の懐に一気に飛び込む。まずい! これは負けパターンだ。俺のときと同じように園崎は一気に接近戦に持ち込み、怒涛のラッシュで相手に反撃を許さないつもりだ。しかし、龍二もバカではない。先ほど外した攻撃の勢いをそのまま足に込めて、右足を振り上げた。園崎はその蹴りを一歩引いて避ける。間合いは振り出しに戻った。
 そこで園崎は、右手の拳を真っ直ぐ龍二に向ける。そして人差し指を伸ばしたり曲げたりを繰り返す。誰にでも分かる。挑発のサイン。
 それを受けて龍二はすぐに園崎に突っ込んで行く。園崎の前で右手を振り上げる、が、園崎は半歩左に体をずらした。それだけで龍二の拳は微妙に園崎の顔とずれた方向に飛んでいく。すぐさま園崎の反撃。龍二の隙は結構大きく、園崎は最小限の動きで龍二の攻撃を避けた。故に、きちんとした構えでパンチを打つ時間がある。園崎はしっかりと力を溜めて、右手を前に突き出した。龍二の腹に重そうな一撃が入る。かなりまともに入った。ここから見ていても肋骨の軋む音が聞こえてきそうだ。
 一瞬、痛みで龍二の動きが止まる。そこを更に園崎の追撃が襲う。今度は龍二のアゴにアッパーが入る。これもまたかなりまともに入った。龍二はよろめき、たまらず後退する。
 ──強い。とにかく強い。この異様な強さに裏づけされているのが、園崎の得体の知れない”何か”なのだ。
 俺は、秘策があると言っていた龍二を信じている。何かしら勝つ手立てがあるのは間違いないだろう。
 しかし、勝てないんじゃないか。そう思い始めてきた。園崎の持っている”何か”が、俺の心を激しく揺さぶった。
 客観的な観察をしても、勝てるとは思えない。開始早々、龍二は渾身の一撃を二回も食らっている。ダメージも大きいだろう。普通の人間ならもう倒れているかもしれない。いくら龍二が打たれ強いからって、限界がある。おそらくあと一、二発、今みたいな攻撃を食らったらもうアウトだ。戦える状況じゃなくなるはず。
 そろそろ反撃しないとまずい。龍二の受けたダメージは、時間が経過するごとにひどくなっていく。とにかく早く反撃に出なければ無残に負けるだけだ。
 退いた龍二に対して園崎は更に攻撃に出る。再び龍二の顔目掛けて右の拳を叩き込む。が、龍二が園崎の右手首を掴んだ!
 そこで思い当たる。投げ技か。確かに、園崎は投げに対する耐性は薄いだろう。だが、前回の園崎との対面のときに投げは一度見せている。たとえ投げ方が変わっても、そんなに簡単に園崎は引っかかってくれるのか?
 俺の考えは当たっていた。園崎は、手首を掴まれた瞬間に一気に体を引き、手を無理矢理振りほどいた。そのまま後ろに下がり、距離を取る。園崎は急に喋りだした。
「へっ、多分そんなことをしてくるだろうと思ってたよ。そりゃあ投げ技で攻められたらたまらねぇ。お前の魂胆は見えてるんだよ。投げで俺を地べたに倒して、倒れてる俺をひたすら蹴りまくる。そうだよな。殴りあいじゃ明らかに俺の方に分があるもんな。お前が勝とうとするならそれしかねえ。だがな、悪いが今日は絶対に投げられてやらないぜ。俺は俺の間合いとテンポで戦わせてもらう。いくらお前が柔道に精通しててもまともに襟を取れない相手とは戦えないだろ?」
「くっくっく。それはどうかな。俺はまだ全然勝てると思ってるぜ。まだまだ勝負はこれからだよ」
「いや、もう終わるぜ!」
 また強烈なダッシュで園崎は龍二に近づいてくる。だが、そろそろ龍二も園崎の拳の速度に慣れてくる頃だし、避けられる。そう思った。
 しかし、園崎の右の拳は龍二に当たる前に止まった。そこですかさず左の拳が龍二の腹に沈む。龍二の体は殴られた方向に曲がり、のけぞりながら倒れた。
 ──フェイントか! いたってシンプルなやり方だが、きつい。ケンカでこんなややこしいことをしてくる相手はまずいないし、ただでさえ避けるのが困難な園崎の拳のスピードでやられたらひとたまりもない。
 龍二は、まだ立つ。しかしあきらかに体勢がおかしい。さきほど腹に受けたダメージが痛烈に影響を及ぼしているみたいだ。体の重心が、おかしな偏り方をしている。もう龍二に反撃する力は無い。そう思わされるほどだ。
「お前も良く立つなぁ。浅田。これで終わりにしてやるよ」
 それと同時に、また突っ込んでくる。さっきと同じくらいの速度で龍二に走りこんできて、拳を上げる。
 ──これはフェイントか!? それとも……
 俺がそんなことを考えた瞬間、龍二は、信じられない行動に出た。
 園崎に向かって、飛び込んだ。
 誰もが距離を取るべきと思う場面で、逆に園崎に向かって突っ込んだのだ。当然、そうなれば園崎の拳は龍二の頭に的中する。だが、龍二はそんなことおかまいなしに全身に力を込めて園崎に向かって飛びこむ。
 龍二は、かなりふらつきながら崩れたタックルを園崎に叩き込んだような形になる。しかし、体勢が全く整っていないので、園崎にダメージは無い。二人でバランスを崩して床に倒れこんだだけだ。園崎は仰向け、龍二はうつぶせで、龍二が園崎に覆いかぶさるような形で倒れた。
 ──龍二は何をしたかったんだ? 今のタックルのような攻撃に何の意味があったんだ?
 が、その答えはすぐに出る。園崎は素早く立ち上がろうと体勢を立て直す。が、その瞬間シャツの襟元を龍二に掴まれ、再び仰向けに倒れさせる。そして、龍二の太い腕が園崎の首周りをがっちりと押さえ込む。
 ──寝技か!? 確かに園崎は倒れながら戦うなんて技術を持っていないはずだ。ボクシングでそんな状況はありえない。いや、ボクシングに限らず倒れこみながら戦う格闘技なんてほとんど存在しない。そして、龍二はそのわずかな格闘技を学んでいた。
「ぐっ! 畜生!!」
 園崎も俺と同じタイミングでそれに思い至ったようだ。必死に立ち上がろうと体をバタつかせるが、一足遅い。龍二は完全に園崎を押さえ込む形に入っている。園崎がどんなに暴れてもビクともしない。
「油断大敵……だなッ……園崎っ!」
 龍二は園崎の動きを完全に殺したまま、自分の重心を移動させて、園崎の首周りをしめつけるような体勢に移行する。園崎は未だ暴れていたが、おそらくまともに呼吸ができていない。一秒ごとに確実に動きは小さくなっている。
 グッ、だとか、ウオッというようなうめき声が時折園崎から漏れてくる。歯を食いしばり、渾身の力で起き上がろうとしているのが痛いほど伝わってくる。とにかくどうにかして龍二の体勢を崩そうと両腕を床に打ちつけ、四肢を大きく跳ねさせた。だが龍二は、一切押さえ込む手を緩めない。冷酷に園崎をしめつけている。
 苦悶の表情を浮かべて、園崎は落ちた。最後にびくんと大きく動き、あるとき突然ふっ、と。
 確認に園崎に近づいてみる。完全に気絶していた。俺は、イマイチ状況を把握できず、でも、一言だけ勝手に口から言葉が飛び出してきた。
「龍二、勝ったんだな!?」
「なんだその最後の疑問符は!! まごうことない勝ちだ!」
 と、口ではいつものような会話をしているが、龍二の顔は笑ってはいない。先の戦いで受けたダメージを物語っているように、ヨロヨロとようやく立っていた。
 ──だがそれでも、龍二は勝ったんだな。
 凄まじい戦いだった。ケンカってものの真髄を垣間見た気がした。園崎は、あれだけ優位に勝負を進めていたのに、ただ一回転ばされて、それだけが敗因で龍二に倒されることとなった。
 ──やっぱり、こいつらは凄い。俺も、こんな強さが欲しい。
 とにかく強く、そう思った。
 圧倒的な攻め方で、ひたすら相手に反撃する気を起こさせない園崎の王者的強さ。
 どんなに攻められても戦意を無くさず、ひたすらたった一本の糸のようなか細い勝機を捜し続けた龍二の強さ。
 俺の中の何かが熱くなっているのを感じる。この戦いを見て、これまでに無いくらい俺の中の何かが、鼓動している。
 俺は、感じた。自分の踏み込んだ世界の重さを。これから繰り広げられるであろう戦いの重さを。
 それでも、決して嫌になったわけじゃない。むしろ、楽しみだ。これから俺達は、こんなたくさんの戦いをくぐりぬけて、伝説を作るんだ。これで心躍らないはずもない。こんな熱い日常が送れるのは、最高だ。




 結局、園崎が意識を取り戻したのはそれから十分ほど経ってからだった
 それまで俺達は倉庫の中で待っていた。
 園崎が起き上がってすぐに、俺と龍二は、声をそろえて言った。
「さて、兵隊を貸してもらおうか」
 一瞬呆けた顔をして、それからすぐに事態を思い出して、園崎は自重気味に少しだけ笑った。
「良いだろう。この俺が、タメのやつに負けるなんてな。初めての経験だぜ」
 園崎は負けてむしろ清清しそうな顔をしていた。勝ち負けは関係なしに、全力で勝負するっていうことは、そういうことなのかもしれないと思った。それに、園崎自身負けて何か思うところがあるのかもしれない。
「じゃあ遠慮なく言うけど、それなりに腕利きのやつが良いんだが、どんなやつらを貸してくれるんだ?」
「後ろの四人と、俺。それでいいだろ」
 予想外の答えが返ってきた。園崎本人が俺達に協力してくれる。願っても無いことだ。俺の考えている策も、園崎が来てくれるなら数倍潤滑に進む。ならば、今すぐ動くべきだ。すぐに園崎に言う。
「よし。じゃあ今から早速ちょっと協力してくれ、園崎。他の奴は良いや」
「今から!? ふざけんなよお前。いきなり人遣い荒すぎんだろ。しかも何で俺だけなんだよ」
「約束は守ってもらうぜ。なに、大したことじゃねーよ。ただちょっと一緒に来てもらうだけだ」
 今日の二時頃には俺の家に野添が来る。そのときに俺たちリバースクロスに園崎の力が関わっている証拠を見せることになっていた。そのときに借りてきた兵隊が「RATS」のものだと証明して、それを証拠にしようと思っていたが、園崎が来るなら話が早い。是非園崎には来てもらいたい。
「『来てもらう』ってどこにだ?」
 と、俺に質問したのは、なんと園崎ではなく龍二だ。
「お前な! なんで分からないんだよ! 野添の一件があるだろ!」
「……誰?」
「龍二。病院に行ってアルツハイマーの検査をしたほうが良い」
 まったく。さっきのケンカではちょっと尊敬したのに。こいつは今日の殴り合いで記憶を全ておいてきたのか。
「あいつだよ。楠木に派遣されてきたやつ」
「ああ、あいつか。パッとしなかったから名前まで覚えてなかったぜ」
 ひどい言われようだ。

 そんなわけで、園崎にも事情を説明し、俺の家に来てもらうことになった。
「それは構わないけどよ。まだ二時まで結構あるぞ。その間俺は何をしてればいいんだよ。」
「あ〜、そうだな〜」
 俺が少し言葉に詰まると、間髪入れずに龍二が大きな声で割り込んできた。
「じゃあ飯食いに行こうぜ! これから共闘する仲間なわけだしな。あれだ。誓いの盃だ」
 園崎は、ふっ、と笑った。その笑いが、やたらと無邪気で楽しそうな龍二に対する呆れだったのか何だったのかは分からなかったが、俺も賛成した。それに対する園崎の返答は
「費用は、お前らのおごりな」だった。

 その後、いつも俺と龍二が行くファミレスに直行して、適当に腹に物をつめることにした。龍二は、三人前くらいのメニューを注文していた。
「お前、俺があんだけ腹に入れたのによくそんなに食えるな」
 と、園崎は言う。もっともだと思う。
「動いたら腹減ったんだよ。俺の打たれ強さをなめんじゃねーぞ」
「ほ〜う。じゃあもう一発行くか?」
「……遠慮します」
 そこで、笑う。やっぱ園崎も面白い奴だ。やりとりが心地良い。
 そんな感じで、結構長い間、俺たちは話していた。園崎の東中の様子はどうなのか。俺たちがどういういきさつで今に至ったのか。これからの楠木との戦いのこと。園崎のボクシングのこと。龍二の柔道のこと。俺の成績のこと。など、話題は尽きなかった。
 そして、あっという間に、時刻は二時に近づいてきた。
 会計を済ませて、店を出る。冗談でなくほんとに園崎は金を払わなかった。っていうか、一円も持っていなかった。派手なケンカをしにいくときは金を持たないことにしているそうだ。
 店を出るとき、園崎が言う。
「この店は全席禁煙なんだな。お前らよく来るらしいけど、煙草は吸わないのか?」
「ん〜、俺たちは健全な中学生ですから〜」
 と、龍二がおどけた口調で言った。そういえば園崎は結構しょっちゅう煙草を吸っている。
「じゃあ質問を変えよう。吸えるのか?」
「俺は、一応吸えるぞ。健二は知らんけど」
「いや、俺は吸ったことないな。なんか不健康的なイメージがあってさ」
 と、とりあえず正直に答えてみる。
「園崎はヘビースモーカーか?」
「別に。煙草が好きってこともねぇよ。ただケンカのときにカッコつけで吸ってるだけだよ。迫力が違うだろ?」
 確かにそうだ。煙の中でギラリと光る園崎の目は、異様な気味の悪さを放っていた。カッコつけには理想のアイテムなのかもしれない。
「ホラ、飯沢」
 という園崎の声と共に、煙草の箱とライターが投げつけられた。反射的に俺はキャッチする。
「吸ってみろって。さっきの話からするとお前はいわば作戦指揮官なんだろ? これからその野添とやらと話すんじゃないのかよ。言っとくが、迫力があるかどうかで交渉ってものはかなり左右されるぜ。ハッタリで良いから、吸っとけ」
 園崎のその言葉には、何か妙に説得力があった。確かに俺たちは何か見返りが欲しかったりしてケンカをしてるわけじゃない。「強くなるためにこの人についていこう」「この人みたいになりたい」と思わせられれば勝ちってことだな。
 そう思い、煙草の箱から、一本取り出して口に咥えてみる。うん、気分は悪くない。次に、ライターを取り出して親指ではじくように一気に点火する。
 ──確か、吸いながら火をつけるんだったよな。
 何かの本で読んだような知識を動員しながら、火をつけてみる。一体どれくらい火にかざしてればつくものなんだ?
 などと考えていると、鼻が異様な匂いに包まれた。なんともいえない感覚に陥り、肺が拒否反応を起こした。ゲホゲホと咳き込んでしまう。
「ウハハ。俺も最初はそんな感じだったな」
 龍二が遠い昔を振り返るように言う。待て待て。お前の最初は一体何歳のときなんだ。
「オラ。もう一回。息をゆっくり吸え」
 今度は、ゆっくりと深呼吸気味に息を吐いて、それから煙草を口に持っていって吸った。やっぱり少し咳き込みそうになったが、今度はこらえた。
「何だ。やればできるじゃねえか飯沢」
「健二は前からやればできる子だって私は思ってましたよ!」
「何だその息子の成績が上がったときの父母みたいなやりとりは!」
 
 さてさて。そんなわけで俺は煙草が吸えるようになった。特別美味いとは感じなかったけどな。






 第八章 激戦、そして……


 携帯の無機質なデジタル時計が二時を示す。それとほぼ同時に、野添は来た。家の呼び鈴がさながら時報のように家に響いた。
「よう。野添」
 野添はワンポイントの黒のTシャツと、飾り気のないコーデュ類のズボンというシンプルな姿で来た。今日はただの確認作業だからそんな格好だったのか、それとも普段からそうなのかは分からなかったが、おそらくは前者だろうと思う。
 なんというか、野添は龍二が覚えていなかったのも気持ちだけは分かるような地味な男なのだ。顔も至って十人並。強いて言うなら少しワルっぽいかという程度だし、髪型も普通のショート。派手な装飾品の類もなし。体格も特にどうということはない。無個性ってやつか。だが昨日話した印象では頭は悪くない。際立って良いとは言えないだろうが。
「まあ、上がれよ。話はそこでしよう」
 野添は少し警戒するように辺りを見回しながら、俺の後をついてくる。ドアを開けて俺の部屋に入ろうとした途端、
「よう。俺が東中の頭、園崎修哉だ。顔くらいは知ってんだろ?」
 園崎が突然前に出てくると同時に、言った。そして言い終えるとすぐに煙草の煙を大きく野添に向かって吐いた。距離があったから煙が野添のところまで届くという事は無かったが、その動きに野添は一瞬ビビった。なるほどね。そうやって煙草っていうのは使うわけか。
 ちなみに、俺はこのときは煙草を吸ってない。まだ慣れてないし、万一咳き込んだりしたらカッコつかないにも程がある。
 すっかり野添は萎縮してしまい言葉が出てこないようだったので、俺が次に出ていった。
「どうだ? この園崎たちは俺たちにしばらく協力してくれるそうだ。これで納得しただろ? もう一度言うが、楠木の下を離れて俺たちにつけ。お前が動かせる人間も含めて全部だ。言っておくがこれは”頼み”じゃない。”忠告”だ。別に俺たちはお前を含む楠木グループを根こそぎ潰しても構わないんだぜ」
 一気に畳み掛けた。実際は戦争をするための戦力不足はどうしてもいなめないから野添を引き込みたかったのだが、そんなことはおくびにも出さない。こういう交渉なら大得意だ。
「ああ。分かった。俺たちはお前らの下に……つく」
 簡単なもんだ。後は確認しれおくことは一つ。
「”俺たち”って言ったな。お前が動かせるのは何人だ?」
「楠木さん傘下で、俺とよく一緒に行動してる二年の同級生が三人いるから、そいつらを連れてこれる。あと、俺の舎弟の一年が二人だ」
 「舎弟」なんていう言葉は未だに使用されていたのか。っていうかこいつは二年だったのか。こいつ程度の器量で舎弟だぁ? などなど、色々と突っ込みたいところはあったが、全て飲み込んで進めた。
「分かった。お前含めて六人だな。顔合わせをしておきたいんだが、いつ全員そろえられる?」
 チンタラやってるヒマはない。楠木はアレでもかなり切れるらしい。一回目の襲撃を失敗したと気づいたらすぐにもう一度動く。半端に敵に宣戦布告して、そのまま放置するような愚をおかすとは思わない。
「そういう運びになるかもしれないと思って、もう話してある。これから連絡すれば、全員すぐに集まる」
 よし。やはりこの男、馬鹿ではない。楠木の行動をきちんと考えている。
「なら全速力で集めてくれ。急ごう。お前が襲ってきたときから、既に二十四時間が経過している」

 本当にあっという間に、野添の仲間は集まった。十分ほどで全員が俺の家に到着した。
 六人は、やはりと言うべきか平凡な男達だった。ワルっぽい感じを漂わせてはいるが、それだけ。特別凄そうだとも思えないしオーラも感じない。
 ──だが、それでいい。野添がつれてくる人間は非凡である必要はない。平凡な人間だからこそできる、行動ってのもある。
「よし。全員揃ったな。俺がリバースクロスのヘッド、浅田龍二だ。よろしくな」
「同じく。副ヘッドの飯沢健二だ」
「『RATS』ヘッドの、園崎だ」
 なんとなくこういう威勢のいい自己紹介ってカッコいい。「副ヘッドだ」とかクールに言い放つなんてことができるようになるとは思わなかった。俺は肩書きを振り回す快感ってやつを感じていた。もっとも、よく考えてみると俺と龍二の肩書きなんて園崎のものとはとうてい並べられないものなわけだが。
 そこからは、基本的に俺が話す形になった。園崎と龍二は他愛も無い世間話をしているようだ。身の振り方というか、組織がどうなるかってことにはあんまり興味が無いらしい。園崎がそうなのは分かるが、龍二にはもう少ししっかりして欲しい気がしないでもない。
 とりあえず、一人一人に自己紹介をさせて、その後に俺とごく短い会話をした。不思議とそれだけでその人間がどの程度の器なのかってのは大体分かる。そうは言っても、俺の目を引くような人間はいなかった。強いて言うなら、野添の友人だという高橋という男。面構えが他の奴らよりも幾分上だし、纏っているオーラもどこか違う。いくつかタイマンのようなケンカも超えてきてる。そう感じた。
 とりあえず高橋の名前だけは覚えておき、他の奴は適当にスルーした。ただし全員分の連絡先を携帯電話に登録だけはしておいた。
 
 それから、楠木側の戦力を聞いた。こいつらを引き込んだ最大の理由がこれだ。園崎の力を借りられたとは言え、量的戦力はまだ圧倒的に楠木に分がある。敵の戦力を的確に把握した作戦を作ることが必要だった。もちろん、こいつらは兵隊にもなる。一石二鳥だ。
 聞いた話では、楠木の動かせる戦力は、野添たちが抜けた状態で二十人程度らしい。野添たちが動いた事で量的にもかなりハンデはなくなっている。もっとも、当の野添たちは俺たちが全てにおいて圧倒していると思い込んでいるのだろうが。
 ──これなら、十分勝てる。
 そう確信した。こっちには園崎や、その園崎が信頼している精鋭までがついているのだ。それに対して、向こうはただの有象無象の不良ばかり。そして、策の張り合いも今回はない。一気に乱闘で決着をつける。そのチャンスまであった。楠木たちは毎週水曜日の夜八時から、地下の小さなバーのような場所で仲間内で集会を開くらしい。うってつけなことに、今日は水曜日だ。
「よし。大体話は分かった。なら、今夜楠木たちの集会に攻め込む」
 と、俺は大きめの声で言い放った。さっきまで興味なさそうにしていた龍二と園崎も、さすがにこっちに集中した。
「今夜だぁ? 今日初めて戦う面子ができて、今夜いきなり楠木に奇襲をかけるのか? めちゃくちゃだろ」
 龍二はそう言った。俺はこの人数の中なので、少し貫禄が出るようにクールに振舞っていたが、龍二はいつもと全く変わらなかった。こういうところがこいつの良いところでもあるのかもしれない。きっと、龍二は納得いかないのだ。まだ出会ったばかりで、お互いのこともよく知らないままでいるということが。龍二は、このメンバーでどこかへ遊びに行ったり、時間を過ごしたいと、そう思っている。共に戦う仲間なら、一緒に笑いあいたいと、そう思うのだ。それは子供っぽいと言えるのかもしれないが、俺は龍二のそんなところが好きだった。できることなら協力してやりたいとも思っている。だが、今回は時間が無い。龍二の本意に沿うことはできない。強い語調で龍二を押し返す。
「だが、昨日の野添達の襲撃から、既に二十四時間が経過しているんだ。楽観的なことは言っていられない。まして、今夜会議があるというのなら間違いなく明日には再び攻撃してくるぞ。この戦は、早く動いた方が勝つ。攻められてばかりじゃとても敵わない」
「面白いじゃねえか。俺は飯沢に賛成だね。先手必勝ってぇのは、古来からずっと伝わってきた兵法の基本じゃねえか」
 園崎が俺の意見に賛同する。園崎も性格上、長々と削りあいをするような戦は好みじゃないらしい。
「何か異論ある奴はいるか? いなければ即具体的な行動の話に入る」
 そこまで言い切ってから俺は一同を見渡した。俺の突然の提案に皆動揺を隠せずにいたが、何かを発言しようとする人間はいなかった。

 結局、その日の楠木の会議とやらに対して攻撃をしかけることに決定した。
 作戦の内容はきわめてシンプル。野添から聞いた話を聞いて、すぐにできあがった。野添の話の内容はこうだ。
 会議に使われる店は地下にあり、入り口は一つ。狭い階段をそれなりの距離下りたところにある。店内は狭くもないが、広くもない。人が隠れられる場所はきわめて少なく、俺たち全員が隠れるなんてとても無理。見張りはついていない。
 だから、俺たちはその会議が始まってからたった一つの入り口から俺たち全員で突入する。奇襲的に一気に相手の戦力を削り、そのまま制圧。ただそれだけだ。
 ただ突っ込むだけの単純極まりない作戦だが、今回はこれで勝てるはずだ。もっとも、万が一の事態に備えて確実に勝つ何かもう一つを考えるつもりではあるけどな。
「以上、俺の作戦プランはそれだけだ。問題無いな?」
 場に居た人間は、全員が「それだけか?」という顔をしていた。あまりにあっさりしていて作戦という感じがしないのだろう。だが、戦力的にこちらに分があることはなんとなく皆悟っているようで、文句が飛び出すことはなかった。
「よし、じゃあ各自解散。ケンカの準備でもしろ。凶器の持込は自由だが、めちゃめちゃ長い鉄パイプとかはやめろ。速やかに突入できなくなる。集合はここ。ここからその集会のある店まで近いんだよな、野添?」
「ああ。近い。徒歩五分ってところだな」
「よし、じゃあ集会が八時からだから、ここには八時十分までに集まってくれ。突撃は八時半を目処にする。もちろん元々楠木派だった奴らは、楠木たちに鉢合わせすると最悪だからな。早めに来るなり、絶対見つからないように工夫してくれ。見つかってつかまったりした奴の身柄は保証しない。自己責任だ。以上!」
 最後はちょっと物騒なこと言ってみる。戦争映画とかでありがちな一度言ってみたかったセリフだ。実は俺はこういうことを言及する百戦錬磨の指揮官に憧れてたりする。
「おい。園崎……の仲間は?」
 そうだった。野添は園崎の軍団が俺たちと共に戦うと思っているんだった。それが五人しかいないと知ったときの反応が見ものだな。
「そっちには俺から連絡しておく」
 園崎が渇いた声で答える。園崎は、野添が園崎軍が全員来るのだと思い込んでいることを知らないはずだが、「そっち」などと言う曖昧な表現をしたところから見ると、悟ったのかもしれない。普通なら、「あいつら」というような表現を使ったりしそうなものだが、それは園崎軍を指すには不自然だ。余計なことを言わないのは園崎の配慮だろう。園崎は少なくともこの作戦中は味方でいてくれるのだということを実感して安心した。
「よし、もう質問も無いな。解散だ」
 龍二が横から出てきて、場を締めくくった。心の中では「それ俺の役目!」と叫びたかったが、そういうわけにも行かないので黙っておいた。

「で、俺はどうするんだ? ここで待機すれば良いのか?」
 園崎が俺に質問を投げかける。
「まあ基本的にはここにいてくれれば良いかな。何か武器の類が必要なら取りに行っても良いし。あと、あの四人への連絡は任せて良いんだな?」
「ああ。メールで伝えておく」
「あいつらには集合時間を少し遅めに伝えておいてくれ。そうだな、八時十五分とか」
「なんだよ。やっぱりあいつらには俺側からの加勢は俺含め五人だけって伝えてないのか。引き伸ばしても集合したらバレるぞ。どうすんだ?」
 園崎はやはりさっきの会話から推測していたようだ。あの野添の雰囲気だけでそれを掴み取るあたり、素晴らしい勘とセンスだ。園崎がここまで勝ちあがったのは腕力だけでは無いのだろう。
「大丈夫だよ。全員集めていざ突撃! ってところまで引き伸ばせば、そこから裏切ろうって奴は多分出ない。人間ってのはそんなに切り替え早くないだろ。それに、万一裏切る奴が出たらその場でボコボコにしてやれば良い。ぬかりはねえよ」
「フン、嫌な野郎だ」
 園崎ももう突っ込むところも無いらしく、そう言って黙り込んだ。
 そう。俺のプランは完璧だ。つい先ほど携帯であいつにも話を通して、万一のところまで想定した形を完璧に作り終えた。あとは詰みまで一直線だよ。

 八時十分、園崎陣営を除くほぼ全員は、集結した。
「なあ、高橋がまだ来てないみたいだけど」
 野添が怪訝そうに聞く。
「高橋は突撃する直前に現地で落ち合う。ちょっと事情があってな」
 野添はもっと色々と突っ込みたいようだったが、ここについて詳しく聞かれるのは好ましくない。俺は無理矢理に話題を変更する。
「園崎の仲間はまだ来てないけど、大丈夫か?」
 大丈夫も何も俺がそうするように言ったから当たり前なのだが、まあ野添には自然に聞こえるだろう。
「ああ。もうすぐ着く」
 園崎も適当に相槌を打ち、それから間もなくして園崎の仲間四人は到着した。
「紹介しよう。左から米山、羽沢、上田、磯原。まあ長い付き合いってわけでもねえんだし、名前は覚えなくて良いだろうけどな」
 しかし、さすがに園崎の仲間は覇気というか貫禄というか、そういったものに満ち溢れている。俺は特に要求はつけなかったが、きっと園崎は自分の周りでもトップクラスに腕の立つ奴を用意してくれたんだと思う。タイマンや、ある程度の修羅場もくぐってきたような顔つきをしている。経験で言うなら俺なんかよりよっぽどあるだろう。
「ああ。よろしく。俺が浅田龍二だ。と言っても……お前らとは朝会ってるんだから紹介はいらねえよな」
 これで人数が揃い準備は完了したわけだが、ここで多分野添が……
「おいおい! なんで四人だけなんだよ。そりゃあ今回の戦いはそんなにでかいもんじゃないし、百人なんて数はいらないだろうけどよ。それでも確実に勝つ人数の確保はするべきだろ!」
 案の定文句を言い出した。まあこれも事前に想定しておいたことなので段取りどおり説得しよう、と思っていると、龍二が俺の横から出てきた。そして、ゆっくりと野添に語り始める。
「じゃあお前に聞くけど、俺たちだけなら負けると思ってるのか?」
「……確実に勝てるとは限らないだろう」
「いや、勝てるね。俺たちは楠木たちなんかとは違う、絶対折れない”信念”の下で戦ってるからな」
「あ?」
「お前は今、園崎の援軍が思ったより小規模だったことに動揺した。それからどう思った? あろうことか『負けそうだからやめようかな』とか考えたんじゃないのか。『楠木のところへ戻った方が良いのかも』とか思ったんじゃねえのか。そんなの負け犬の考え方だろうがよ! 負けそうな勝負はしねえのか? 危なそうな橋だったら渡ることは考えないのか!?」
 初めは静かなバリトンで、進むに連れて、龍二の声は大きなテナーになっていく。龍二の言葉には重くて堅い魂が感じられ、鬼気迫る表情で語られるそれは凄まじい説得力を秘めていた。絶句した野添に対して、龍二は更に続けた。
「楠木たちはお前のその考え方で動いてる。最高に下らねえ面白くねえ奴の考え方でだ。俺たちは違う。そんなんじゃねえ。俺たちはどんな状況だって折れねえ。曲がらねえ。昨日俺たちは『楠木の野郎をぶっ潰す』って決めた。だから、もう俺たちに退く選択肢なんてねえんだよ! あいつが気に入らない。あいつを殴りたい。そう思ったなら、勝てるか負けるかなんて関係無いんだよ! お前はこれからもずっと負けそうな勝負は避けるのか? 殴りたい相手がいても堪えるのか? そんなつまらない下らない奴で一生を過ごしたいのかよ! 違うだろ!? 拳を振り上げたなら振り下ろすまで下げるんじゃねえ! 牙を剥いたなら貫き通せ! 後ろは見るな! 目の前の敵をぶん殴らねえと前は見えねえ! 敵がどんなに強大でもだ! たとえ相手が神だったって殴らなきゃいけないと思ったなら退くな!」
 そこで、龍二が胸元から乱暴に逆十字のペンダントを外して、野添の目の前に叩きつけた。
「その逆十字に誓え。相手が神であったって退かないと。それが俺たちリバースクロスの唯一の信念で、メンバーである条件だ」
 一同が、黙り込んだ。完璧な静寂がしばらく訪れ、野添はただただ立ち尽くしていた。何か心に響くものがあったのだろう。
 凄い演説だった。俺がしようとしていた打算的な説得方法とはまるで違う。迫力、そしておそらく効果も。
「ああ。悪かった。誓うよ。俺も、リバースクロスとして、戦ってやる」
 しばらくの沈黙の後、野添がそれだけ言った。おそらく他の野添の仲間も相当応えただろう。皆、心なしか顔つきが鋭いものになっていた。やっぱり龍二はすげえ。俺にできないことを、俺が持ってないものを、先天的に持ってやがるんだ。あの数分の時間だけで、全員の意思を揺らぎ無いものにしてしまった。
「よし! 行くぞ!」
 このムードを保ったまま突撃したい。時間を置きたくない。そう思って俺は、すぐに号令をかけた。
「しかし凄い演説だったな。さすがうちのトップだな。見直したぜ」
 突撃までの短い道中、皆から少し離れて歩き、俺は龍二に言った。
「ああ。練習してた甲斐があったぜ」
 少しだけがっかりしたのは言うまでもない。

 八時三十分、楠木たちが集まっているバーが見えた。「隠れ家的なバー」という形容されるような店で、入り口と看板は極めて小さなものだった。楠木みたいな奴らのたまり場になるのも無理はない雰囲気だ。
 店の地形は野添から聞いたとおりだった。道から一枚のドアを挟んで地下へ繋がる階段があり、それを降りるとまた一枚のドア。そしてそれが店へ繋がっている。階段はごく小さなもので、横幅はせいぜい人一人分だ。
「行くぞ!」
 万一にでも楠木に聞こえないように、あまり大きくはなく、でも気合を入れて号令をかける。皆の緊張が一気に高まった。園崎や龍二はそうでもないが、野添たちはひどく緊張しているように見える。無理もない。今まで従っていた人間に反旗を翻すことになるわけだからな。楠木の根のところでの強さはこいつらが一番分かっているのだろう。
 あまりモタモタしているわけにもいかないと思い、そこで野添たちを観察するのはやめた。地下へと繋がるドアのノブに手をかけ、開け放つ。龍二が先頭で行くべきかとも思ったが、今回の作戦指揮は主に俺だ。別に俺が先頭だって問題ない。龍二は俺の後を追う形になった。
 地下へ続く階段は、暗くて、息苦しい。得体の知れない生物が、口を開けて獲物が来るのを待っているようにさえ思える。空気が少しずつ重みを増していくような気がして、前へ進むのが辛い。この下に楠木たちがいるんだと思うと、余計に気味の悪いものに感じた。
 ──下らない。俺は楠木程度の男を怖がってるって言うのか。そんなはずはねぇ。今回の戦は完璧俺たちの勝ちだ。戦力と状況を考えればまず間違いない。数は向こうの方がやや多いが、こっちには園崎や龍二がいるのだ。
 あのドアを開けて、全員で一気に流れ込む。予想外の事態に面食らう楠木に思いっきり攻撃浴びせて、立ち上がれないまでに負かしてやる。
 大きめに息を一回吸って、覚悟を決める。全員が地上のドアを越えて階段に入ってきていることを確認して、ドアを開けた。

 その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
「ようこそ。今日のゲスト君」
 そう言った楠木とその仲間たちは全員手元に何らかの武器を持ち、入り口を囲むようにして立っていた。
 ──バカな! 有り得ない! 事前に情報が漏れてでもいない限りこんなことにはならないはずだ。
 当然、楠木たちは油断しきっているものと思っていた。だがこれは一体何なんだ。
 いや、落ち着け。動揺するな。今の状況を冷静に分析しなければ。
 今、楠木たち十人程は俺たちの唯一の進入経路である店の入り口を囲んでいる。階段の広さを考えると突入は一人ずつが限度。しかし、店の入り口が完全に囲まれている以上、突入した奴は片っ端から容赦ない攻撃にさらされていくだろう。一気になだれ込む方法が無ければ、これはただのリンチだ。戦にもなりゃしない。つまり、この作戦はもう実行不能だ。
「だが、歓迎はできないな。悪いがお帰り頂こうか。病院にでもな」
 と、楠木が続けた。
 まさか、と思い俺たちが入ってきた階段の地上側の入り口を見る。なんと、そちらも囲まれている。地上にもあらかじめ楠木の兵が隠れて待機していたのだろう。最悪の状況だ。攻めることも退くこともできなくなってしまった。
 しかも、こちらは地形的に圧倒的不利を抱えている。階段の上から一人が蹴っ飛ばされるだけで、その衝撃で将棋倒しに下のほうの人間は店に転げ落ちる。そして楠木たちに容赦なく攻撃される。
「残念だったなぁ。飯沢。一気に戦争に持ち込めば勝てるだろうとでも思ってたんだろうけどな。甘えんだよ」
「一体どうして、お前は今日俺たちが攻め込んでくるって分かったんだ。しかもここまで完璧に」
「フン。良いだろう。教えてやるよ。おい! 野添!」
 突然野添に声がかけられる。野添は階段の比較的上のほうにいるので、声が遠くから聞こえてくる。
「……何だよ」
「おやおや、タメ口かい。ま、良いけどな。お前さ、丸山たちにメール送ったよな。昨日。『もう楠木さんたちにはついて行かない方が良いのかもしれない。これからのことを決めよう。九時にいつものコンビ二前で』だったか。なかなか洒落た文面じゃないか」
「……ッ! 何で!?」
 その様子を見ると、おそらく一字一句間違っていないのだろう。野添は強烈に驚いていた。丸山っていうのは最初に野添と一緒に俺たちを襲った奴だ。もちろんこの場にもいる。
「なあ野添。お前の携帯のアドレス帳に登録されてる丸山のアドレスは、丸山のアドレスだと思うか?」
「一体何を言ってるんだ!」
「なら、教えてやる。お前のアドレス帳にある丸山のアドレスは、俺のパソコンのメールアドレスだ。別に丸山だけじゃない。井上のも。高橋のもだ」
 野添が絶句する。きっと俺と同じく、事の真相が推測でき、「まさかそんなこと……」と考えている。そしてきっと、それは当たっている。
「もう分かっただろ? お前が丸山に送るメールは、俺のパソコンを一旦経由していたんだ。プログラムで自動で丸山にお前名義で転送されることになってるけどな。もちろん、丸山からお前へのメールも同じだ。お前らのメール交換は、常に俺を挟んでたんだよ。今までずっとな!」
 信じられない。こんなに大胆な手を打っていたなんて。だが、確かにここまでやられると逆になかなか気づかない。そもそも、こんな作戦は普通の人間の発想の外だ。
 こいつは、異常だ。常に自分の味方のメールを確認してきたというのか。そんなもの、「用心深い」などという言葉で終わらせていいものじゃない。異常だ。
 この異様なまでの「負けを避ける執着」が、かつて園崎の東中をも退けたのか。確かに楠木は策士というにふさわしい人間だ。まさかこんなにも爆発的な策を持っていたとは思いもしなかった。
「負けたよ、楠木。俺の負けだ。そこまでやっていたとは思わなかった。あんた、異常だよ」
「なんとでも言えよ。俺はこうして戦ってきたんだ」
 負けた。俺は楠木がこんな手を持っているとは予想もしなかった。
「でも、それでも」
 俺はそこで一旦言葉を止め、一気に叫びたてた。
「俺たちの勝ちは変わんねぇんだよ! 出ろ!」
 俺の声と同時に、店の奥、つまりは楠木たちの背後にある掃除用具箱が空いた。中からは、高橋。モップを固く握り締め、楠木の背後に突進する。楠木もその音に気づき反応しようとするが、俺たちに向き合う形で背中を向けていた楠木には到底避けられなかった。
 楠木の右側頭部にモップの最も重い部分が直撃し、楠木は大した抵抗もできずに真横に吹っ飛んだ。その余りにも予想外の事態に、楠木たち全員の注意が高橋一人に注がれる。
 ──こうなってしまえば、余りに脆い。
「行くぞ!てめえら!」
 俺が最後にそう叫び、一気に店の中になだれ込む。もともとの戦力はこちらが勝っているのだから、乱戦に持ち込んでしまえばまず負けない。
 まず俺、そして龍二、次に園崎、野添たち。店内に怒声が渦巻き、急激に熱気があふれ出す。
 頭の中が爆発するような興奮が駆け巡り、何も考えなくても体が勝手に動こうとする。名も知らない目の前の男に突進しつつ、全力の拳を叩き込んだ。大した抵抗をすることもなく男の体は吹き飛び、動かなくなる。
 後ろを振り返ると、龍二も既に一人倒し、更に同時に二人と交戦しているところだった。右手には木刀、左手は素手で器用に両方の相手を警戒している。と思ったのも束の間で、左からの攻撃を避けると同時に、右の男の腹に恐ろしく速い木刀での突きを繰り出した。みぞおちに的中する形になり、崩れるように倒れた。痙攣のように小刻みに動いている。どう見てももう戦闘不能だ。
「飯沢! ボウっと見てんじゃねぇ! 後ろ!」
 園崎の声に反応して振り返ると、ナイフを持った大男が接近していた!
「このクソ野郎! 死ね!」
 その声と共に、ナイフが俺の肩口あたりを狙って振り下ろされた。全身のバネを総動員して後ろに飛ぶと、間一髪でナイフは俺の目の前を通り過ぎていった。
 ──危ねえ! あと一瞬遅れたら大怪我だぞ。
 安心すると同時に寒気が全身を通り過ぎていく。怖すぎる。
 しかしなかなかクレイジーな野郎だ。ハンパな奴ならここまで思い切って刃物を振り回すことはできない。誰だって自分の保身を考える。普通はケンカのときの刃物なんて脅し専用みたいなもんだ。それなのにこいつは、何の躊躇もなく俺に振り下ろした。しかも、なかなか洗練された軌道だった。要するに、こいつは相当場数を踏んでる危ない野郎だってことだな。
 そこまで考えて、思い当たる。そうだ、こいつは確か楠木のグループのナンバー2だ。ナイフをいつも使う大男、と野添から聞いたような気がする。あまり意味のある情報だとは思わなかったから気にしなかったが。そうか、どうりで他の楠木派の奴らとは違い、明らかに気合の入った面構えで戦っている。楠木派の他の奴らが「なんだなんだ!?」とパニックになりながら対応しているのに対し、こいつは能動的に動いている感じだ。腕も立つと見た。多分ケンカの力量は楠木よりも上で、こいつらの中なら一番強いだろう。
 ──上等だ! ナンバー2同士ここで向かい合ったのも何かの縁。ぶっ倒してやる!
 刃物を持っている相手に対する恐怖は、極度のアドレナリンでどこかに霧散した。確かに刃物を相手にするのは初めてだが、龍二から対策は教わってる。さっきのは確かに恐ろしかったが、同時に気を配ってさえいれば避けられる証明にもなった。それに、ナンバー2としての意地がある。ここで退けるはずもない。
 向こうがナイフなのに対してこちらが素手では余りに不利と判断し、距離を取りながら右ポケットから例の木刀を取り出し、相手に向かって右手を真っ直ぐ伸ばす。
 特に意味がある動作では無かったが、この構えで相手を威圧したかった。その思いはまあ上手く行ったのか、相手は一、二秒ほど動きを止めた。その間に考える。
 敵はかなりの大男だ。俺より十センチは背が高い。ホントに中三か? リーチも俺より長い。まあ木刀が相手のナイフより若干長いから、この不利はそれほどでもないが、それにしても木刀とナイフをぶつけ合っているなどで素手の方で戦うときはかなり注意しなければいけない点だ。そして、木刀とナイフじゃ明らかにナイフが有利。精神力の消耗が、こちらと向こうでは違いすぎる。長く続ければ続けるほど、俺の方が精神を削り取られていく。ならば、一気に短期戦で決着をつける!
 相手が動き出し、横なぎの攻撃を繰り出す。右から真っ直ぐに襲い来るナイフに若干の恐怖を感じ、それを無理矢理押さえ込む。逃げずに木刀の握り手の少し上でナイフを受け止め、左拳で相手の顔を狙う。が、当たらない。敵が一歩下がった。木刀がナイフから離れたのを利用して、今度は俺が横なぎの攻撃を叩き込む。ガードされるかと思ったが、相手は後ろに体を反り、ギリギリのところで木刀をやり過ごした。
 ──こいつ、凄え! ナイフを使わず隙も見せずに避けた!
 驚いたが、関心するのはそこまでにしておく。こいつが凄い動きをするってことはすなわち俺がピンチになることだからだ。相手の次の攻撃は、ナイフによる突き。危ないところだったが、避けられたときに予想していたのでなんとか体を横にねじって回避した。
 こうなると、今度はチャンスは俺の方に来る。突きを外した相手の右手が、俺の脇あたりを真っ直ぐに貫いているのだ。全力で脇を閉める方に動かし、相手の右手首をがっちりと捕らえた。
 右手とナイフを捕まえた状態で、木刀を相手の側頭部に向かって叩き込む。やむなく相手は空いている左手で頭をガードした。が、骨が上げる鈍い悲鳴からこちらにも伝わってくるその激痛は耐えられるものじゃない。俺もいつだったか鉄パイプで思いっきり殴られたことがあるから想像はついた。
 激痛によって本人の意思とはほとんど関係無しに目は閉じられる。その隙をついて木刀を一旦自分の方に戻して、頭をガードするために左手が不在になっている左脇腹に木刀をぶち込む。硬いゴムに手を突っ込んだような感覚。自分の作り出した衝撃が、相手の体を貫いた感覚。もうその感覚は何度か経験済みだ。その一撃で勝負を決めるのに十分すぎるのは分かっていた。俺の渾身の一撃は筋肉を越え、おそらくは内臓系にまで軽いダメージを与えただろう。とてもすぐに動けるもんじゃない。
「残念だな。ナンバー2対決は、俺の勝ちだぜ」
 なんとなく何かを言いたくなったので、そんなことを言ってみた。もっとも実際はかなり息が切れていて、体も疲れと安心感に支配されていたのできちんとセリフとして決まったのかはさだかではない。
 しかし、俺は勝った。いつものように強烈な充実感が心の奥底からこみ上げてくる。いや、いつも以上かもしれない。なにせ今回はかなり強敵だった。俺と同じか、それ以上の力くらいはあっただろう。そんな危うい勝負を、乗り切った。
 圧倒的な幸福、圧倒的な満足。ゼエゼエ息を切らせながら、叫びだしたいような気分になった。
 が、少しの間そんな感覚にとらわれてから、思い出す。まだ敵はいる。そういえば今回はかなり大きな乱戦だった。
 そのことを思い出し、振り向くと、既に楠木派は全員床に倒れていた。
 龍二はのんびりとカウンターに腰掛け、園崎に到っては「戦の後の一服だ」というような顔で煙草を吸っていた。
「なかなか面白い見世物だったぜ。健二」
 龍二が面白そうに言う。
「なんだよ。お前ら終わってたんなら手伝えよ」
「俺は手伝ってやっただろ。俺が注意しなかったらお前今頃大怪我だぞ」
 園崎の言葉はまさしくその通りだったのだけど、肯定するのも気に入らないので憎まれ口でも叩いてみる。
「うるせー。余計なお世話だ。相手に油断してるように見せかける作戦だよ」
「だとしたら飛んだダメ策士もあったもんだ」
 そこで、皆が笑う。戦いの後の安心感も手伝ってか、やたらと馬鹿みたいに笑った。
 なにはともあれそんなわけで、今回のケンカは俺たちの勝ちに終わった。
 





 楠木との一件にも片がつき、日常に特にこれという危険もなくなったので、俺と龍二は別行動が多くなっていた。
 もちろん、全然会わないということではなく、ただこれまでのようにほぼ二十四時間行動を共にするということは無くなったというだけである。もちろんしょっちゅう会うし、色々と野望について話してもいる。
 ただ、俺は元来、一人で街をぶらつくのが好きだったので、それからはいつも何も無いときは街をぶらつくことにしていた。
 そんなある日のことだ。
 時刻は正午を少し回り、日差しが強さを増す時間帯。街が活気を帯びているのを感じる。昼飯時に外に出てくる学生や会社員が見られ、微妙に弛緩した空気の中を歩く。俺はこういう散歩が大好きだ。
 心地よく耳に入ってくる街の喧騒。活気が直接形を持って動いているような感覚にとらわれ、心が躍る。この感覚は特に理由もなしに俺を楽しい気分にさせてくれる。
 その日は八月にしてはさほど気温も高くなく、適度な熱気がアスファルトを温めていた。散歩日和である。
 もちろん、散歩の途中に何かしら面白そうなものがないかどうかもチェックしている。新しい店とか、イベントとか、ケンカとか。
 数分そんな散歩を続けた頃、やたらとやかましいバイクの音が遠くから聞こえてきた。騒音に気づいた俺は、なんとなくそのバイクの音の元に行ってみることにした。何も理由は無い。それこそ何か面白いことでもないかなぁという本当に純粋な好奇心に突き動かされて、俺は狭い路地に入った。
 バイクの音の発信源を探す。路地は日がほとんど差さず、怪しげな雰囲気を漂わせている。廃品のタイヤなどが無造作に投げ出されおり、いかにもチンピラの溜まり場になりそうだ。あの活気溢れる町並みからほんのわずか外れただけとは思えないような場所だった。それでも、たいして物怖じもせずに歩く。最近修羅場を越える機会が多かったからちょっとやそっとのことじゃビビらなくなってきていると自覚していた。そうして進むほどにバイクの音は大きくなった。やはりこの路地の先に騒音の発信源がある。
 路地を抜けると、舗装だけされているガランとした駐車スペースのような空間があった。
 そして、見つけた。今は動いていないが、先ほどまでこの辺りを走り回っていたであろう異様な様相をした改造バイクが二台。マフラーがやたらと変な形をしており、爆音とともに排気ガスが撒き散らされていた。その傍らにいかにも暴走族というような奴らが4人。頭を真っ青に染めていたり、モヒカンのような髪型にしていたり、皆それぞれ奇抜な格好をしている。そして、その四人に囲まれている女の子が一人。
 ──これはひょっとして、誰もが憧れるあのシチュエーションなのではないか?
 少しそんな思いが頭を横切るが、とりあえず気づかれない程度に近づき様子を探る。会話はそこそこに大声なのでここからでも聞き取れそうだ。
「……やめてって言ってるでしょ! どきなさい!」
 女の声だ。この声と同時に、暴走族の男に掴まれていた左手を振りほどく。
「まあ待てって。俺たちと一緒に遊ぼうぜ〜」
 ──この状況は、完全に昭和の漫画だよな……
 今ある状況と、このセリフとを照らし合わせたときに最も考えやすい、というかこれしか考えられない仮説が浮かんでくる。そう、きっと彼女はあの男達に執拗にからまれているのだ。
 フィクションではしょっちゅうあっても、こんなこと現実にそうそうあるもんじゃない。定番すぎてバカらしくなるようなシチュエーションだが、まあいい。せっかく女の子が襲われているのだし、ここは助けるしかない。ここんところ女の子との接点が全く無かったからな。ケンカだのなんだのといった荒っぽい思い出はもう食傷気味だ。せっかくだから甘い夏の思い出も欲しい。それに、なんだかんだ言っても俺の正義感があいつらを殴りたいと訴えている。ああいう絵に描いたようなロクデナシのチンピラってのは見ているだけで胸がムカつく。
 さて、どうやって登場したものか……普通に止めに入ったのではカッコよくないしつまらない。せっかくだから俺のカッコよさと強さを最高にアピールしたい。十秒ほど悩んでから、一気に走りこんでバイクを蹴り飛ばす選択肢を選んだ。
 隠れていた物陰から思いっきり走りこみ、バイク二台の目の前で停止。そして右足を思いっきり振り上げると、思いのほか簡単にバイク二台はドミノ状に倒れ、派手な音を立てていくつかの部品をばら撒きながら路上に転がった。
「ああ!? おい!? テメー何しやがる!」
 その音に反応して、おそらくリーダー格であろうモヒカンの男が怒りをあらわにしてこちらへ近づいてくる。
「ああ。ずいぶん目障りなものだったからてっきり粗大ゴミだと思った。悪かったな」
 すると、見る見るうちに暴走族の男達は腹を立てていく。
「この野郎! 生かして帰さねえぞ!」
「ふん、俺に勝てるとでも思ってんのか? 俺は”リバースクロス”の副リーダー、飯沢健二だぜ」
「ああ!? なんだそれ!? ナメてんのか!?」
 ビビッてもらえないかと思って一応名前出してみたけれど、やはりそこまで名は知れ渡ってないみたいだ。龍二が園崎に勝ち、楠木のグループも倒したことで同年代の中ではそれなりに有名になっていたのだけれど。まあこいつらは暴走族で、もともと俺たちの戦争とはあまり関係ないのだから仕方ないか。やはり戦わなければならない。とはいえ、4人は結構厳しい。龍二がいないってのが結構デカイ。
 それでも、負ける気は一切しない。むしろ、ワクワクしていた。やはり戦略を練って勝てると判断して挑むより、こういう意地のぶつかり合いでいきなり発生するのがケンカって感じがする。
 それに、甘い戦いばっかで実戦の勘が鈍ったりしても困る。だからこのケンカは都合が良い。後先考えずに一人で大暴れするのが男ってもんだろ。4人くらいなんだ、やってやる! そう、俺はリバースクロスの副ヘッドなんだよ!
「御託はいいから、かかって来いよ。この鳥頭野郎。バイクよりお前らの方がずっと目障りだしな。まとめて捨ててやる」
 ここで、ケンカが始まる感覚が一気に体を駆け巡る。微弱な電流が心臓から指先に向かってはじき出されるようなぴりぴりとした緊張感。
「こっのクソがぁああ!」
 モヒカン男が飛び掛ってくる。計算どおり。簡単なもんだ。事前に想定した動きと全く同じだ。飛び掛ってくる歩調に合わせて、俺はただゆっくり右足を相手の足元に差し出すだけ。俺自身は若干体を横にそらす。すると相手は攻撃を外し、減速しきれずに俺の足に引っかかってくる。あっさりバランスを崩し、前のめりに転びそうになる。そのまま流れるようにモーションを合わせて、相手が転ぶのと逆のベクトルで拳を腹に入れる。「ガハッ」というような声が漏れた。しばらくは動けないだろう。
 やはりこいつらは大したことない。ポケットに入ってる木刀を使うまでもない。
 モヒカンのやつを倒すと、ほぼ同時に前後から二人が俺を挟んで襲ってきた。まあまあの連携だが、30点ってとこか。
 前の奴は気にせず、一気に体を左向きに半回転させ、その勢いに任せて左肘を突き出し、肘打ちを後ろの奴にあびせる。ちょうど顔に命中した。鼻先にちょうど肘の中心が突き刺さる。グシャリと鼻が潰れる感覚が伝わってきた。結構なダメージだろう。とどめを刺す必要なし。これで二人。
 背後から襲ってきた方が後ろ向きに倒れるのを確認しながら、一歩で大きく左側に飛び、元々俺の前から迫ってきていた奴の攻撃を避ける。
 大振りの拳を外された相手は、ゆっくりとよろめく。はいはい。ご苦労さん。これで寝てな!!
 俺のフルパワーの右パンチが敵の右頬を貫き、相手は顔を起点に少しばかり吹っ飛んだ。そのまま体は地に沈み、動かない。これで三人。
「どうした? お前はかかってこねえのかよ?」
 残った一人に声にドスを聞かせて脅しを含めながら聞く。基本的には龍二の真似だ。
「こんなもんで終わっちゃつまらねえからよ。てめえはじっくり料理してやんぜ」
 それを聞いて、残った一人はすぐさま逃げ出した。やれやれ。逃げ足の速さだけは評価してやるか。
 そんなことより、俺にとってはこの後のほうが肝心。まだイマイチ事態を把握しきれていないこの女の子になんと声をかければ良いものか。少しだけ考えてから、ゆっくりと言ってみた。
「お怪我はありませんか? お嬢様?」
 女の子は、目を白黒させた。そして、数秒置いてから、
「アハハ。何それ?」
 と、笑った。よし、成功かな。しかも、この女なかなか芯が太いみたいだ。結構派手なケンカだったのにほとんど怖がっている様子がない。こういうとき一番メンドクサイのは、俺まで怖がってしまうことだが、彼女は俺に害意が無い事が分かっているらしい。賢いみたいだな。
「さっきあいつらにも名乗ったけど、俺は飯沢健二。君は?」
「私は、葵かすみ。呼び方はかすみでいいよ。よろしく」
 そういって、笑顔を見せる。なるほど。可愛いな。助ける前から薄々気づいていたし、だからこそ先ほどのケンカのモチベーションがあったわけだが、それでも思っていたよりも更に上だ。さっきの暴走族のバカ共が絡みたくなるのも無理はない。やや茶色がかった髪を肩口で切りそろえたショートカット、大きな瞳、フランス人のように顔の彫りが深く、鼻が高い。いわゆる美少女と言って差し支えないだろう。
 さて、この後どうするか悩むところだ。せっかくこんな可愛い子を助けたんだし、このまま終わりってのはなんか味気ない。漫画なんかだと大抵こういうときは……
「お礼がてら、そこの喫茶店でご飯でも食べない?」
 俺の思考と、かすみの発言とが一致した。おやおや、こんなにうまくいっていいもんなのかね。

 彼女が言う喫茶店は、本当にすぐ近くあった。徒歩30秒ほど。ちょっと古風なデザインで、暗めの雰囲気を醸し出している店だった。店に入ると、冷房の冷気で、ケンカで熱くなっていた体が冷えていくのを感じた。
「この店ね、私のお気に入りなんだ。よく来るんだよ」
 店に入るやいなや、かすみが少し誇らしげに言う。
「ふ〜ん、家はこの辺なんだ?」
「そう。すぐそこ」
「へえ。じゃあ学校は?」
「そこの向陽第一中学の二年」
 彼女の学校は俺の学校の一つ隣の学校だ。俺の知り合いも何人か通っている。
「二年? じゃあ俺年下かぁ。一年だもん」
「嘘!? 君私より年下!? そんな! そうは見えないよ!?」
「よく言われるけどね」
 そんなことを言いながら、窓際の席に座る。それと同時にウエイトレスがメニューを運んできた。運ばれてきたメニューを眺めながら会話を続ける。
「なんであいつらに襲われてたんだ?」
「う〜ん。特に理由は無いと思うよ。しいて言うなら運、かな」
 まあそれよりも一番の要因は外見だと思うのだが、こちらから言うことでもないので黙っておく。そんなことより、今はもっと重要なことがある。
 ──メールアドレスくらいは、聞いておきたい。
 連絡先ってのは聞いておくに越したことは無いだろう。園崎のときも結局連絡先を聞いておいたから色々上手く行った。全く意味は違うが。
「早速だけどさ、メアドとか教えてくれないか?」
「ん〜? なんで? 私に惚れちゃった?」
 彼女は冗談めいた様子で聞く。方向性としては間違ってないのだが当然ここで肯定しちゃいけない。こういうときの対応はわりと得意だ。
「いや、また助けに来てあげようかな〜、なんて思ってね」
「アハハ。そう来るか。いいよ。そのときはよろしくね〜」
 そう言って、彼女は自分の携帯を操作して、それから俺の方に渡した。画面には、大きくメールアドレスが表示されている。すぐに、俺も携帯を取り出して自分のほうに入力する。確認まで終わらせて、彼女の携帯を返す。
 ──よし、なんか今日は良い日だな。
 そこで少し沈黙が流れたので、適当な話題を振る。
「あの暴走族ってなんていうんだ? 有名どこなのか?」
「君、なんか『リバースクロス』がどうこうとか言ってなかった? そのわりに知らないの?」
「俺たちのケンカに暴走族はあんま関わってこないからな。関与する場合もあるらしいけど、この辺の地区ではそういうことはないからさ」
「ふ〜ん。私にはよく分かんないけど。なんか『スターダスト』って名前だった気がする」
 知らないな。特別知る必要も無いと思うが。なんかオシャレな名前なのが若干癇に障る。それはきっと俺が「リバースクロス」に所属しているためだろう。
「なんか結構大きい組織みたいだよ。人数も多いみたいだし、他の暴走族との抗争とかも結構あるみたい」
 ──!?
 そこで、何か嫌な予感が脳裏をよぎった。なんだ? この感覚。
 俺がその答えにたどり着くのと、店のドアが乱暴に開け放たれるのは、ほぼ同時だった。
2009/04/25(Sat)11:07:39 公開 / ヴァスキート
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更新ペースが遅くて申し訳ありません。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!読ませて頂きました♪
一章では健二が転校生の龍二と仲良くなろうとアレコレしようとする所など、健二いい奴だなぁぐらいに思っていたら校門での三年生五人組とのケンカで健二が飛び出していく所からの展開は、ちょっと気持ち良かったです。龍二の「俺たちはもう、親友だな」は熱いですねw
二章では三年生にボコボコにされての病院送り、そして特訓へとの流れは好きですね、一日目はゲームで明日からすればいいみたいなノリや健二の眠れないとか可愛くもあり良かったです。ランニングなどのオーソドックスなモノから枕投げとかのアイディアも楽しく、花火で追いかけっこみたいのも懐かしく、そして高校生ぐらいとのケンカでの勝利や飽きない展開だったと思います。
三章では服選びなど、やっぱそういう形も大事だよな、なんて頷きながら読んでいたら、園崎修哉の登場で、ちょっと目標みたいなモノも見えてきて、龍二の行動も、やっぱカッコ良かったし、園崎の対応もライバルって感じで、これからが楽しみになりました。
四章では龍二が柔道を始める切っ掛けと、それから天才柔道少年と呼ばれ始めてからの大会での出来事など、そして自分が求めていたものに気づいた流れなどあったりしましたが、もう少し掘り下げても良かったかなと思いました。そして回想後の健二と龍二のやりとりで、しっかりと互いの気持ちを確認しての目標への決意など、良かったと思います。
五章では野添などに襲撃されて龍二が倒れてしまうけど、健二がその前の会話を元に奮闘して戦う所などや短い木刀を上手く使って健二の成長を感じれました。そしてやっぱり肝心な所で立ち上がる龍二がいいですねwこういヒーローは遅れてやってくるみたいな感じが好きです。これから楠木の陣営を切り崩せるのかなど楽しくなってきました。
六章では将棋を使うことで龍二に自分との分担をハッキリと分かって貰う方法など、健二の実力も出せて良かったと思います。園崎の交渉は上手いもっていきかたで、また龍二への信頼がないと出来ない交渉だったと思いました。園崎と手を組んだと思わせるのには成功したとしても、マジに龍二とのケンカの行方が気になります。
七章では園崎の登場が強者らしい雰囲気づくりが出来ていて良かったです。園崎との決着も龍二が勝ったにしろ、次やれば園崎が勝つのではないか?という所が残る勝ち方で私は好きです。龍二のちょっとしたボケもあり、まだまだ、どうなるか分かりませんが三人の仲も面白くなってきたなって感じました。
全体を通しては、少し章ごとの流れがパターン化してる感じはしました。でも面白かったです。
では続きも期待しています♪
2008/12/30(Tue)15:25:471羽堕
はじめまして、頼家と申します、以後お見知りおきを。
 いやー、まさか私が中学生時代『アオミドロ』の観察日記をしていた裏で、こんな出来事が起こっていたとわ(笑)
 少年群雄記ですな!面白かったです^^そのまま漫画化可能なんじゃないですか^^
小さい頃って、意味も無く『悪』さにあこがれる時期が、男の子なら一度はありますよね^^(そのせいで、私もめっきりニコチン中毒です……)そんな憧憬、郷愁、面白さが、作品から感じられました。
文体もポップな感じで読みやすくてGoodです。最初は失礼ながら「……途中で飽きないかなぁ」などと思っていましたが、ところがどっこい、気付けばしっかり最後まで読んでしまいました^^おまけに続きが気になる始末!……というわけで、次回をお待ちしております!
                               頼家
2008/12/31(Wed)00:59:050点有馬 頼家
羽堕様、感想ありがとうございます。
細かく感想を書いていただけるととても嬉しいです。参考になります。
七章の園崎VS龍二は、なんだか煮え切らないような勝負になってしまったかなぁと思いましたが、「好き」ということで、単純に嬉しいですね。
全体にずいぶんしっかり読んでいただけたようですね。ありがとうございます。私も羽堕さんの感想をしっかり読んで、作品に活かしたいと思います。


有馬 頼家様、感想ありがとうございます。
こんなに拙い作品を褒めていただけて本当にありがたいです。
「そのまま漫画化可能なんじゃないですか」には単純に喜んでしまいました。誰かに絵を描いてもらえないかなぁ(笑)
>小さい頃って、意味も無く『悪』さにあこがれる時期が、男の子なら一度はありますよね^^
そうですよね。やっぱり男なら中学生くらいの時期にはやたらと悪ぶりたいということがありますよね。その雰囲気を感じ取れる作品にしていきたいと思って書いています。
続きが気になると言っていただけるとどんどん書く意欲が出てきます。

では、ありがとうございました。
2009/01/02(Fri)18:59:560点ヴァスキート
続きを読ませていただきました。園崎との戦いのシーンとその後のファミレスのシーンのコントラストがいいですね。戦いのシーンで見事な「動」を描き、ファミレスのシーンにで不良としてのありよう説明するなど「静」が上手くいかされていたと思います。タバコかぁ……中学生の頃には完全にニコチン中毒だったなぁ。学校にタバコを持っていって吸っていたな。この作品を読んでいて昔を思い出しましたよ。では、次回更新を期待しています。
2009/01/07(Wed)07:57:310点甘木
甘木様、感想ありがとうございます。
ファミレスのシーンは自分でもわりと気に入ってます。ほのぼのしてて。
戦いとファミレスを対照的に描き出すのはあまり意識してませんでしたが、結果として良い効果になったのかもしれませんね。

>学校にタバコを持っていって吸っていたな。この作品を読んでいて昔を思い出しましたよ。
読んで昔を思い出していただけると嬉しいですね。

では、ありがとうございました
2009/01/20(Tue)18:21:340点ヴァスキート
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
一章の頃から考えると本当に、まさか「副ヘッドの飯沢健二だ」なんて健二が言うとは思ってなかったので、健二の成長みたいのを感じてしまいます。煙草でむせたら格好悪いとか何気ない描写もいいなと思いました。健二は、まだ何か策を用意しているような伏線もあって、これからの突入がどうなるか楽しみです。それにしても締める所で締める龍二のカッコ良さは、いいですね!練習してたというのも可愛らしくて少し笑ってしまう感じで良かったです。一か所「後は確認しれおくことは一つ。」となってました。
では続きも期待しています♪
2009/01/22(Thu)17:04:490点羽堕
続きを読ませていただきました。初めは単純な力の誇示だったのが、いつの間にか組織としての戦略へと変化していくさまが面白いですね。今回は龍二があんまり目立たないなぁと思って読んでいたらラストでしっかりと格好良さを見せつける演出が良いですね。次回は因縁の相手と力の応酬ですよね。次回が非常に楽しみです。では、次回更新を期待しています。
2009/01/28(Wed)23:47:230点甘木
返事が遅れてごめんなさい。

羽堕様、感想ありがとうございます。
健二が少しずつ成長していき、龍二は龍二らしいカリスマ的な演説を見せる。っていう構図を描けてたら嬉しいですね。
練習してる龍二とか可愛いかなぁと俺も思っていました(笑)
あと、誤字の指摘ありがとうございます。修正しておきます。



甘木様、感想ありがとうございます。
今回のラストの龍二の演説はなかなかカッコよかったんじゃないかと自分でも満足しています。自意識過剰かもしれませんが。
次回は楠木との戦いになりますね。
まだ色々考えてはいますが楠木との戦いが終わったらこの物語が一段落するんじゃないかと思いますね。

では、ありがとうございました。
2009/02/03(Tue)21:56:150点ヴァスキート
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
楠木の考えそうな事という感じで、でも今の時代でトップに立って仲間を信頼しきってない奴なら、やりそうだなって思える所が良かったです。ただ結構、あっけなく楠木はやられてしまったなという風に感じました。確かに楠木は武闘派ではないので、龍二との一騎打ちなどはあり得ないのだろうけど、もう一つぐらい隠し玉があっても良かったかなと思います。それにしても今回は健二が輝いていたかなと。刃物って見るだけでも緊張してしまうのに、それを平気で振り下ろせる相手に戦いを挑むという時点(もう少し刃物への緊張感が書かれてあったら良かったかなと思いました)でも、ちょっとカッコイイのに、その相手の力量を分かり強者と認めた相手からの勝利というのは、相当嬉しいだろうなと思いました。ここで一先ず、一段落なのだろうか?続きを待ちたいなと思います。面白かったです。
では続きも期待しています♪
2009/03/15(Sun)16:51:320点羽堕
続きを読ませていただきました。楠木ってやっぱ一筋縄ではいかない人間なんだなぁ。どんな形にしろトップに立つ人間の違いというものを見せていただきました。その後の戦闘シーンもそれなりに圧迫感があって面白かったけど、なんだか呆気なく終わってしまった感もありました。実際のケンカは一発いいの喰らったら終わりだし、私も何度も経験しているから実際は案外呆気ないことは知っていますけど、ここは物語としてもう少し盛り上がって欲しかった希望もあります。でも、全体としてはヤマ場があっていい構成だった思いますよ。では、次回更新を期待しています。
2009/03/17(Tue)23:13:010点甘木
やたらと返事が遅れて申し訳ないです。

羽堕様、感想ありがとうございます。
>ただ結構、あっけなく楠木はやられてしまったなという風に感じました。
自分でもあっけないなぁとは思いましたが、いざ戦うとやたらすんなりやられるのが楠木だと思うので、これ以上は広げられなかったんですよね。
代わりに健二が頑張るという構成にしましたが、やはり楠木ももう少し粘って欲しかった感じはしますね。自分で言うのも何ですが。


甘木様、感想ありがとうございます。
>ここは物語としてもう少し盛り上がって欲しかった希望もあります。
やはりそうですか。当初は楠木が武器を持って戦おうとしてたんですけどね。結局園崎あたりにすんなり止められるのでやめました。
次回こういうような場面があればもう少し盛り上げられるように頑張りたいです。
2009/04/04(Sat)13:14:090点ヴァスキート
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 ヒロインの登場という所なのかな? ケンカに恋愛と、すごく青春な色あいがまた増した感じで良かったと思います。また、かすみを助けた事によっての新たな火種など、物語の展開としては悪くないなって感じました。
 それにしても4対1でも冷静に捌いて見せた健二の成長ぶりには驚かされながらも楽しいです。
 ほんと細かい事ですが‘昼飯時に外に出てくる学生’一人称なので夏休みだとしたら、学生と分かるような制服を着た人はいないかなと思いました。それとどうでもいい事なのかもですが、健二と龍二って、お兄さんがいるのかな? とかふと思いましたw
では続きも期待しています♪
2009/04/25(Sat)13:01:420点羽堕
羽堕様、感想ありがとうございます。
野郎ばっかりのストーリー展開に限界を感じ始めたので、こういう形になりました。
若干ありがちな話だと批判されそうで不安でしたが、悪くないということで安心しました。

学生の件ですが、まあ雰囲気で感じ取れるんじゃないかなぁと。
ほら、ファーストフード店なんかでよくいるじゃないですか。いかにも部活帰りの中学生とか。自分としてはそういうイメージでした。

>それとどうでもいい事なのかもですが、健二と龍二って、お兄さんがいるのかな? とかふと思いましたw

え〜っと、なぜですかね?
何かそういう表現を知らずにしていたのでしょうか。
一応、龍二は年の離れた兄が一人。健二は一人っ子っていう設定でやっております。

では、ありがとうございました。
2009/05/03(Sun)00:52:580点ヴァスキート
合計1
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