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『夜のカフェテラス』 作者:六本木ブラックモア / ショート*2 ファンタジー
全角4406文字
容量8812 bytes
原稿用紙約16.3枚
孤独な人生をテーマにした空想小説です。
T


真っ暗な夜空だった
夜空の一万フィート真下、夜空と垂直に歩く僕がいた
痩せたからだをしていた
僕はとても不安だった
心細くて窮屈で
ついには生きる気力を失った
夜空に押しつぶされそうだった
夜空が怖かった
夜空から逃げ出したかった
だけど、どこまでも僕についてくる夜空
僕と夜空の垂直な関係は、きっと切れることはないのだろう
僕は、ふらふら、細い路地を歩いた
荒れたレンガ造りの路地を
からっぽな心で歩いた
凍てつく風が、からだも心もつんざいた
渇ききって、寒かった
僕は寂しくなった
空虚な路地には人気(ひとけ)がなかった
立ち並ぶ家はたくさんあったのに
だけど、住んでいる人はいたのだろうか
ただ白くて色褪せたペンキの屋根が、延々と続くだけ
それもまた、暗い夜空に見下ろされて
僕はもっと寂しくなった
だけど
だけど、頑張って路地を歩いた
歩くしかなかったから、だ


U


どのくらい歩いただろう
足が寒さと疲れで固まってきたころだった
細い路地の先
黄色いカフェテラスを見つけたんだ
明るくて柔らかい光を投げるカフェテラス
「ぽっ」と心に差し込む灯りのカフェテラス
ぬるく柔らかく、心を包みこむカフェテラス
僕は、ほっ、とした
カフェテラスに立ち寄って、椅子に座ってみることにした
僕を見て会釈する人がいた
僕はにっこりと笑ってお辞儀した
ここで休むとしよう
外に吹きさらしのはずの場所なのに
何故かカフェテラスの屋根の下に入るだけでとても暖かかった
からだをむずむずと駆け抜けていく温もり
いつの日か、自分の家の暖炉の前で寝転んだことを思い出した
そこは楽しいカフェテラスだった
人がたくさんいて
笑って、騒いで、くつろいでいた
僕も彼らと踊った
明るい街の話題をもちかけた
潮の香りは一人で倒立をするのだと、教えてあげた
みんな幸せな顔をしていた
とても、とても良い気分だった
しぼみきっていた心が、だんだんと密度の高いもので満たされていくのがわかった
僕は、このカフェテラスにずっといたいなあ、と思った
ずっとここで過ごしていたいなあ、と
しかし、このカフェテラスの外の世界は―
すぐ目の前の世界は
先ほどにも増して、暗さと寒々しさを増している様に見えた
それを見た僕は、もうカフェテラスから出たくないな、と思った
幸せな僕たちは疲れて、いつしか眠りについていた


V


かなりの時間が経ったと思う
夢を見ていたくらいだったから、だいぶ寝ていたらしい
しかし、外はまだ夜だった
きっとあの暗い夜空は、まだまだ天を支えているだろう
カフェテラスで寝ていた人の中から、急に一人が体を起こした
「楽しかった。僕はもう行きます。またどこかで」
その人は頭を下げると、大きなリュックを背負い、ぼろの革靴を擦りながら
暗い夜空の中へと歩いていった
その人の姿が見えなくなったころ
僕たちの何人かはまた起きて、歌を歌った
異国のメロウな歌を
リズムをとる手拍子が鳴り止まぬなか
また一人が、挨拶をして去っていった
僕はみんなでお酒を飲みながら歌っていたけれど
時間が経つにつれ、カフェテラスを去ってゆく人が増えていった
みんな挨拶をして、楽しかったと言葉を添えて
荷物を背負って
暗い夜空の中へと歩いていったのだ
なんでみんな、このカフェテラスを簡単に離れていけるのか、僕には理解できなかった
もっとここにいれば良いのに…
しかし、一人、また一人
挨拶をした人が去っていく
手拍子の音が、だんだん小さくなった
騒ぐ声も、だんだん小さくなった
確実に、静寂が歓喜を飲み込み
気付けば、カフェテラスに残されたのは、僕と一人の少年だけになっていた
僕は、久しぶりに寂しいと感じた
凍てついた空気が、黄色い灯りを少し食べてしまった
少年は僕に顔を向けると、こう言った
「僕も、そろそろ行きます。楽しかった。ありがとう」
僕は慌てて引き止めようとした
「待ってください、寂しくなります。もっと話しましょうよ。もっと踊りましょうよ。みんなで騒ぐのはとても楽しかったじゃないですか。もっとカフェテラスにいて下さい」
少年はしばらく黙って、遠くを見つめていた
いや、彼は確かに、カフェテラスの目の前の路地のまた先を見ていた筈だ
すると少年はまた僕に顔を向け、こう答えた
「本当に楽しかったですね。でも、僕には行かなければならない場所があるんです」
「どこへ、どこへ行くんですか」
僕が尋ねた
少年は僕の問いには答えずに、ただ一言だけこう言った
「朝を、僕から迎えなければなりません」
僕がもう一度声をかけようとした頃には
少年もまた、皆と同じ様に
暗い夜空の中へ歩いていった
「そんな、いかないでおくれよ…」
カフェテラスには、ついに誰もいなくなった
空虚が襲ってきた
皆が騒いでいたときの声だけが、耳の中で空鳴りしていた
僕はうつむくと、もう誰も座らなくなった白い椅子に腰を下ろした


W


カフェテラスの中で、僕たちが散らかした酒をかたずけている男がいた
このカフェテラスのボーイである
僕は孤独でたまらなかったから、話す相手が欲しかった
「あの」
ボーイは空き瓶をかたす手をやめて、僕に向かって微笑みつつ答えた
「何かご注文でしょうか」
「いえ、あの…」
「何故みんな帰ってしまったのでしょうか…」
僕の口から出てきたのはなんとも情けない問いかけだった
ボーイは微笑みながら言った
「みなさん行かなければならない場所があったのでしょう」
しかし…
と僕
「こんなに楽しかったのだから、もう少しゆっくりして行けば良かったのに。何もこんな夜に、この寒々しい路地に戻らなくても…」
ボーイは何も言わずに微笑んだまま、コップを盆の上に重ねて、奥のキッチンへ運んでいった
ボーイが戻ってくると、僕は先程から心に引っ掛かっていたことを尋ねた
「今日の夜は、長いですね。僕がここへ来てから、もう日が昇っても良いほど、時間が経ったでしょう」
ボーイは思いもよらぬ返事をした
「お客様、夜がお嫌いですか」
え…?
僕には彼の質問の意味がよくわからなかった
「それは、寒いですし、暗いですし、殺風景ですし…。だから僕はカフェテラスで休んでいるんです」
「そうですか…」
「お客様には残念ですが、ここにいる限り、この夜は明けそうにありませんよ」
は…?
「何を言うんですか。夜は、時間が経てば明けるものでしょう。僕は夜が明けるまでここで過ごそうと思っています」
ボーイはまだ微笑んだままだった
長い沈黙の後、ボーイが口を開いた
「このカフェテラスにいれば、お客様はずっとこうしてくつろいでいられます」
「どうぞおいしいお酒も召し上がってください」
しかし…
その後のボーイの沈黙は、これまでで一番長いものだった
「しかし…ここにいる間は、絶対にこの夜は明けません」
またしてもの不条理な言葉だった
夜が明けない?僕は異次元空間にでも迷い込んだっていうのか
でも
何故か思っていたとおりの言葉だった
不思議と僕には、このおかしな現象の理由がわかっていたのだ
カフェテラスを見つけてから、ずっと気付いていたのだ
夜空が怖くなった瞬間から、この夜が明けない理由を、わかっていたのだ
だから僕は彼の言葉の意味を問いかけることはせず、こう呟いた
「きっと、そうですね…」
椅子に座ったまま、しばらく僕は外を見つめていた。そして、ゆっくりと首を傾け、ひさしの間から夜空を見上げた
考えてみれば、僕はそのとき初めて夜空をまともに見たかもしれない
ずっと怖くて、見上げる勇気が出なかったのだ
思ったより、夜空は蒼いものだった
僕は空を見たままキッと目つきをいっぱいに強めると、そのまま目線を元に戻し、椅子から立ちあがった
そして何歩か前に進み、カフェテラスの黄色い灯りと黒い夜がぼやぼやと曖昧に交わる場所に立った
路地の先を、じーっと見つめた
先ほどの少年の姿を思い出した
ボーイが言わずとも、僕が何をすべきか、もうわかっていたのだ
僕はボーイが差し出してくれた紅茶を一気に飲み干すと、決心した
「では、僕もそろそろ」
僕は柔らかい地面から荒れたレンガへと足を踏み出して、ボーイに挨拶した
ボーイはまた微笑んで、「ありがとうございました」
とだけ言った
しかし僕は足を、前に出せなかった
やはり、怖い
ずっとここにいたい
ずっとカフェテラスの中で過ごしていたい
夜なんか明けないでこのままでも良いかもしれない
弱い自分が、心の中で悲痛な叫びをあげた
「いや、だめだ!」
と、僕は声を張り上げた
唇をぐっと噛み締めて
硬い足をぐいっと前に付きだして
靴で確実にレンガをとらえた
一歩、また一歩
楽しかった時間に感謝して
別れを告げて
僕はカフェテラスを去った
僕は歩き出した
暗闇の中で固まっていた空気をかき崩しながら進んだ
路地は次第に後ろへと流れだし、背中で感じるカフェテラスの黄色がしだいと薄くなってゆく
夜空はまだ、少しお酒のにおいがした
僕は何故か、暗黒の中に飛び込んでから、にっこりと笑った
自分でも、よくわからなかったけれど
いや、きっと、よくわかっていたのだろう
僕が歩き出さなければ夜は明けない
朝はやってこないんだ
白い家の続く場所を抜けると、そこは小高い丘だった
高い糸杉が一本、黒い絵の具をまとって揺れていた


X


あのカフェテラスは何だったのか、僕は今でもわからない
やはりあれは、あの時間は、幻だったのか、夢だったのか…
僕は今、どこかの国の森の中で、丸太に腰掛け、あのときの様に、紅茶をすすっている
この紅茶は、何故か、あのボーイが淹れてくれた紅茶の味にそっくりだ

不思議なカフェテラス……

人は生まれてから死ぬまで、ずっと夜空の下を歩いている
あの日のようなカフェテラスというのは、きっと、進む道中のどこにでもあるのだ
誰もが求めれば簡単にカフェテラスを見つけられるのではないか
不思議と、僕はそんな風に思う
そこで羽を休め、楽しい時間を過ごして
また夜空の中へと足を踏み入れる勇気を蓄えて
人はまた暗い路地へと戻ってゆくのだ
でも人はときに、僕の様にひとときだけの幸せに溺れて
夜空に戻ることを忘れてしまう
ではあのとき、僕がカフェテラスを去る決心が付いたのは何故だろうか…
そう思って森の中の辺りを見渡す
もちろん、誰もいない
カフェテラスで出会った様な陽気な人たちは、ここにはいない
それどころか、カフェテラスを去ってから僕は誰にも出会っていない筈だ
でも、きっと僕は独りではないのだ
そんな確証はどこにもないのだが、きっと独りではないのだ
今も、重い暗闇の中に金色の何かが舞い降りるのが見える
それが薄い靄(もや)となって、なんだかおかしな形に見えて
いつも僕に囁いている気がするのだ
だから僕は、今日も夜道を歩く
あの大きな糸杉の向こう側に、あけもどろが見えることを信じて
朝を待って
心のどこかでまた黄色いカフェテラスを探して……
2007/08/19(Sun)21:13:48 公開 / 六本木ブラックモア
http://red.ap.teacup.com/tyubo-bz-movie/
■この作品の著作権は六本木ブラックモアさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。初投稿です。
ゴッホの「夜のカフェテラス」という絵を見てインスピレーションが浮び、書き上げました。
息をついて、また頑張って……また息をついて……そんな主人公のモデルは、自分自身です。
学生ながらいつも息をついたままで、ひとときの幸せに浸りきって、厳しい世界に戻るのを躊躇してしまう自分がいます。
でもいつか、きっと朝がやってくることを信じて頑張っていかないとなあ〜と、そんな気持ちで書きました。

短い物語ではありますが、以下の6点に分けてご感想、ご指摘頂ければ幸いです

@総合的な評価を★1〜★5で教えてください
Aテーマはよかったでしょうか
B心情は情景の描写はどうだったでしょうか
C読む前と読んだ後とで心情的な変化などはありましたでしょうか
D直した方が良い点や、悪い点をご指摘ください
Eもしこの作品に良い部分がありましたら、教えてください

ルール違反などありましたら、ご指導くださいorz
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