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『MONOCHROME』 作者:HALU / リアル・現代 恋愛小説
全角19380文字
容量38760 bytes
原稿用紙約80.65枚
はじめに目の前に広がるのは暗闇の世界 きっと、空は青いし、雲は白いし、木々は緑で、花々は鮮やかに色付いているのだろうでも私にはそれが見えないただ見えるのはモノクロの世界だけ……貴方の世界は、何色ですか?
MONOCHROME







はじめに





目の前に広がるのは暗闇の世界
 
きっと、空は青いし、雲は白いし、
木々は緑で、花々は鮮やかに色付いているのだろう

でも私にはそれが見えない

ただ見えるのはモノクロの世界だけ……



貴方の世界は、何色ですか?







プロローグ





朝が来る。目が覚める。私は何時も泣いている。

  「ねぇ、貴方はあの日、どんな夢を見ていたの……?」
 

 何時もと変わらず時計は廻り、何時もと変わらず日々が経て行く。

  「ねぇ、貴方はあの日、こうなる事を知っていたの……?」





今日は目が覚めてすぐ、部屋中を掃除した。
私は何故か掃除をすると落ち着く。隅から隅まで、雑巾がけもした。
そうする事で心もスッキリする気がするんだ。
 
 私は最後にテーブルの上にあった灰皿を持ち上げ、そして拭いて戻した。

「カタン」という音がした。
そして開け放っていた窓から風が入って来たのを肌で感じた。
 
 何故だろう。ふと、とても幸せな気分になったんだ。

 そう、あの日の様に……。
 

 ―――甦る記憶。旋律。あの人の匂い、鼓動、温もり……。

 私の全ては誰の前でも見せはしない。
 
 永遠さえも信じられた、たった一つの「全て」だった。

 そう、「恋」だの「愛」だの、一言で云える様なモノでは無かったんだ。


 あの頃の私の世界は確かに鮮やかに色付いていた。

 あの人の鼓動を体で感じ、私はとても幸せだった。
 
   



なのに、何故……?
 



貴方が生まれたこの世界に 追って私は生まれたの

貴方を求め 貴方を探す そのためだけの命だった

何故人は命をもらい、何故人は息絶えるんだろう



 ―――貴方を失くして私は生きる意味を失った――――


 


ねぇ、神様。
悲しい嘘も、
癒されぬ痛みも、
いつか解き放たれる時は来るの?


 
 気が付くと涙が零れ落ちて止まらなくなっていた。そしてそのまま床に崩れ落ちて行った……。






出会い


それは奇妙なモノだった。
 地元を離れ、札幌に出てきて2年目。
私はその時20歳で友達の家に居候して大学に通いつつ、ホステスをしていた。
 そんな中、店で一緒だった女の子が
「パソコンでねぇ、チャットってのがあってさぁ、
それ使ったらタダでいくらでも話せるんだよぉ!
しかもパソコンなのに映像やボイスまで出来んの!
すごくねぇ!?一緒にやろうよぅ!」
と言ってきた。

 まぁ、これが発端って言ったらそうなのかもしれない。
夜仕事で朝帰って来て昼間遊んでくれる人なんていないし
……って、学校行けよって話だけど。
そん時は彼氏も居なかったし、毎日毎日夜仕事終わった後
オールで男遊びする事にも飽きてきていたので、

「うん、いいよ。」

と私は一返事をした。

 そして始めたチャットだった。
 
 最初は、その子と2人でいつもパソコンで話しをしていた。
電話代もかかんねーし、すげー。
知らないうちに色んな物が進化していってるんだな、等と思いつつ。

 
 そしてある日、

「ねぇねぇ、シイナちゃん。(シイナは私の源氏名だった)
チャット部屋ってのもあるんだよぉ!
あのね、自分の好きなカテゴリーでぇ、
あ、例えばね、音楽が好きだったら音楽のとこ行って、
そしたら色んな部屋があってね
色んな人達ともおしゃべりしたり映像見たり出来んの!
外国人とかもいるし!マジうけない!?(笑)」

「は!?マジで!?すげー!行ってみたい!」

そして私はその日からチャット部屋というものにはまって
毎日一人でも行く様になり、自分でも部屋を開く程までになった。


 その後、色々あって私は仕事を辞め、
そして同時に友達とは絶交して同棲も止めた。
 
 私はその夜、部屋を開いた。

しかも恋愛カテゴリーに。
ソレを馬鹿にするかの如く

「恋愛?くだらねーな。そんなもん」
と、部屋名を付けて。

 一晩限りの部屋だった。
なのに入ってくるは入ってくるはの人の海。当に50人は超えていた。
 私は部屋主だったので酒を飲みつつ、ボイスを続けていた。
 深夜近くになった頃、一通のPM(プライベートメッセージという1対1でメッセージをやり取りするもの)で「はじめまして〜」と、来た。
まぁ、それまでも何故か部屋主という者は”もてる”モノらしく
PMが何通も来ていた。だけど私は悉く無視していた。
 
 しかし彼は私が無視し続けるのも関係なく「ねぇねぇ、どこに住んでる人〜?」とか色々送ってきた。

 マジうぜー。それが彼の第一印象だった。
 
 そして少しの間、間があって彼はこう打って来た。


―――「死にたい」―――

―――「死にたいね」―――


 私は表で明るいボイスをしつつ、手が勝手に返信をしていた。

 そしてコレが私達の出会いだった。





真実





その日から彼とは毎日連絡をとる様になった。
 
 そして徐々に彼の『人間像』が解ってきた。

彼は愛知県の人だって事。
28歳だって事。
B型だって事。
元モデルだったって事。
そして私と似てる、彼の物事に対する思考。

 パソコンを通すと現実では言え無い事、言葉では言い難い事が言える。
面と向かって話す訳でも無く、
そして相手に会う事も無いだろうと思っているからだ。
それが私がパソコンにはまった理由。


 私は逃げ道が欲しかった。
 そしてソレは彼も同じだった。


私は小さな頃から死にたかった。
いや、消えたかった。
 そしてそれを行動にも移していた。
それは今でも変わらない。
所謂、私は精神病患者らしい。
しかも「障害者手帳」をも持つ、お国様が認める程の。
何故私は生まれて来たんだろう

なんの為に生きているんだろう

生きる事の意味とは何だろう


 このいくら考えても答えなんて出ない問いが、何時も私の頭の中にある。

 私には自尊心とか、自己愛とか云うものが全く備わってないらしく、

 そしてその理由は幼少期時代に在ると言われた。

私の両親は古い人で、
お互い恋愛もせずお見合いでプロポーズも無く結婚させられた。

そして産め
と言われて生まれてきたのが
私だった。

抱かれた記憶も無ければ、その写真も無い。

 父は酒と遊びが好きで、毎日夜な夜な出掛けて行った。
母はいつも陰で泣いていた。

 私は中学に上がるまで、父から毎日目の前に友達が居ようが居まいが殴られ叩き付けられ、閉じ込められて裸で外に投げられた事もあった。
母はそれを黙って見ていただけだった。

 でも私はソレを古い人間の「躾」だと思っていた。

いや、思いたかったんだ。

 そして私がソレを当たるのは学校か母か、自傷に、だった。
 学校では毎日イジメを繰り返し呼び出され、
母には刃物さえ投げた事もあった。
そして自分は飛び降り自殺(未遂)を繰り返していた。

 今考えると一番可哀想なのは母だった。
今になって謝りたい気持ちはあるが、その頃の事全てが何故か口に出してはいけない気がして謝る事すら出来ないままでいる。
 口に出すと、何かが崩れて終わりそうな気がするから……。
 

 そう。これが理由。

私は先生曰く
「アダルトチルドレン」てヤツらしかった。
幼い頃、私は”子供”として育てなかったらしいのだ。

 その為に今私は、アルコール依存症、パニック障害、鬱、自傷癖、境界性人格障害、解離性障害、摂食障害、不安障害、睡眠障害、社会不適応、人間不信……etc.とやら、もう数え切れない程多くのモノに悩まされている。
 
「貴方は良く頑張って来たね。てか、良く生きていられたね。
貴方は小さい頃に貴方の両親の両親役をしていたんだよ。
でもね、それは虐待って言って、貴方が思いたい”躾”では無かったんだよ。だから貴方はソコから逃げたくて、
でも逃げ道を見つけられ無かったからこうゆう病気になっちゃったんだよ。
でもね、間違って欲しくないのは、貴方も両親もどっちも悪くはないって事。ただ、どっちも頑張ったけど、
どこかで愛情ってゆう歯車が狂ってしまったってだけなんだよ。」

 そう言われた時、私は初めて人前で涙を流した。



 そして彼は所謂日系何世とやらだった。
国籍はブラジルだった。
父親はヤクザの親玉で、
彼が小さい頃に離婚をしていて、今の母は中国人だった。
母親が代わって以来、家では自分の居場所が無く、
社会でも受け入れてもらえていなかった。

 若い頃はモデルとして稼げていた。
モデルに国籍は関係ないからだった。
しかし社会は違った。
モデルを引退してから彼はショップを任されていた。売り上げが良かったので「店を出さないか」と誘われ、彼はまんまと騙された。
そして莫大な借金を抱えることとなったのだ。

 彼は借金を返す為に働こうとした。

しかし社会は簡単には受け入れてくれなかった……。

  
   そう、「人種差別」


 彼は面接に行く度に履歴書を見られては、

「貴方日本語うまいですねぇ」と、小馬鹿にされ続けていた。

 彼にだってプライドは在る。
そんな事を言われてまで、そんな奴の下では働きたくない。
そう思うのは当たり前だろう。
 聞けば、小学校や中学校さえ日本人の学校には行けなかったと言う。
 
 私はソレを聞いた時、ひどく情けない気持ちに見舞われた。
 それと同時に怒りもあった。
 そして気が付くと怒鳴っていた。

「は!?マジ、何だよそれ……今時未だ差別なんて在るのかよ!
おめーら何時代だよ!?御偉い様は何を言ってもやっても許されるのかよ……てか、日本人だろうが何人だろうが関係ねーだろーが!」


 そして彼は

「ありがとうね。そう言ってくれる人って珍しい。でれ嬉しいわ……。」

と、かすれた小さな声で言った。


 私は昔、韓国スナックでも働いていて、そこには日系韓国人がよく来ていた。
 彼らとそんな話はした事が無かった。
別に私にとっては国籍なんて関係なかったから。

 まさか差別されてるなんて思ってもいなかったから……。

 でも彼らも彼と同様、そうゆう扱いを受けていたに違いない……。
 

 悔しかった。
 とてつもなく。
 そんな奴が居る事に、
 日本がそんな場所だった事に、
 そして私はそれらに気付くのが遅過ぎた事に……。


 「だから俺今無職でねぇ、もう面接受ける事自体が嫌になったもんでさぁ。もうなんかどうでもよくなってきちまった。
俺どこにも居場所ねーしねぇ、だもんで、もうなんかでれえれーわ。
死にてぇって。」



 互いの

「死にたい」

理由の心の中に隠された真実。

 今まで現実では誰にも話す事の出来なかった事を毎日語り合った。
 
私達はこうして、
 私は彼の、
 彼は私の、
現実からの「逃げ場」になっていった。





転機






出会って数ヶ月が経っていた。
 私達は互いに好意を持ち始めていた。いや、私達ってゆうより、私が……。
 彼は事実、あの部屋に来た日から私に好意を持っていた。
私は映像も公開していたし、こんな顔でも彼の好みだったらしい。
 私はもうずっと恋愛はしていなかった。
と言うよりは”出来なかった”と言ったほうがいいんだろう。
 私には少し前まで5年間付き合っていた人がいた。毎日一緒に居た。
ガキだった私はもの凄いまでの束縛をしていた。実際問題、今でもそうだが、「愛し方」が解らない私は「愛する=依存」になるのだ。
だけど5年間ずっと毎日一緒に居てくれた。
互いの両親とも仲が良く、結婚の話も出ていた。
それでも終わりは来た。
やはり私の依存するという、異常なまでの束縛についてこれなくなったのだ。そして浮気を何度もされた。それでも私は許していた。
それでも彼にはもう限界だった。
今考えるとあの時の自分は本当に異常だったとしか言い様が無い。
5年も一緒に居てくれた彼を尊敬する程に……。
 
 そして私はその時初めて手首を切った。
深く……。
そう、死にたかったんだ。

私には彼しか居なかった。
束縛、依存していたせいで、私には友達も居なかった。

残ったものは何も無かった。

 2ヶ月間、私は何も食べる事も出来なかった。部屋も真っ暗のままで外に出る事もせず、学校にも行かず、ただひたすら死ぬ事だけを考え横たわっていた。

 でも死ねなかった。結局ソレは怖かった。


 だが、ある日の事。私を心配して家に来てくれた大学の子が居た。

「あんたが私を友達を思っていなくても、
私はあんたが居なくなるのは嫌だから。私はあんたを友達だと思ってるから。」
そう言って泣いていた。

 私は人を信用しない。そして一番信用しないのは女だった。
女の友達なんて愚痴を言うだけのモノだ、そう思っていた。
嘘をつくのが上手くない私は、「あんたなんか信用してないし。」とか
、散々酷い事を言って泣かせていた子だった。

「どうして?そんな私なんかの側に居てくれるの?」

「好きだから。」


―――スキ?

アタシヲ?

ナンデ?

そうゆえば、彼女が辛い時は傍にいてあげた。抱きしめてあげた。

そうゆえば、この街に来てから、彼女と一緒にいた時間は一番長いかもしれない。(大学での専攻は一人じゃ不安だから全部彼女と一緒にしてたし……)

そうゆえば、大学時代に、はしゃぐ時は、いつも彼女と一緒だった。

―――デモソレダケデ……タブンソレダケデ……

―――スキ?

あ、でもこの子だけには色々、事実があった後だけど、(事実の最中には結局誰にも話せないから……)言ってきたなぁ……

何故、人って、どうしようもない事は人に話せるのに、本当に辛い事は、その時に話せないんだろう。

――――あーそれって、私だけかな……

なんて、考えながら、
人を好きになるのがうまくない自分にとって、その言葉は衝撃的だったし、女から言われたのは初めてだった為、戸惑いを隠せない自分が居た。

「なんで……好き……なの?」

「あのね、あんた、わかってないわ……。
 好きっつうのに、理由なんていらないの!
 あんたが、猛を好きなのに理由があるの?あんなだらしない男を好きな理由ってなに?
 ただ、好きなんでしょ?!
 それが一番だってわからない?
 あの人のどこどこが好き〜なんて言ってたら、ソイツのそこがなくなったら嫌いって事じゃん。
 あんた、どこまで、バカさ……。」

―――言われて気づいた。人を”好き”になる事に理由なんて要らない事……。

「あ……ありがとう。」

無意識に口からでた言葉だった。
そして、同時に止め処ない涙が溢れ出た。
 

 ―――友達―――


 それがどんなモノなのか。それを知った日でもあった。


 そして私はその子のおかげで段々と立ち直って行った。
 しかし、それと同時に私は違う子のせいで夜の世界へ足を踏み入れた。
そして遊ぶ事を知った。色んな男と寝た。
でも「恋愛」は出来なかった。
裏切られるのが怖かったんだ……。




だが、もう一度だけ信じてもいいんじゃないか。

 この人なら私を解ってくれるんじゃないか。


 彼を知って行くうちに、そういう思いが出てきていた。事実、その頃は彼の顔も見ていて、はっきり言ってかなりの私好みの顔だった。
 
 そして私達は会った事も無いバーチャルの世界で恋に堕ちて行った。


  こんな事になるとは、その時はまだ知る由も無く……。







行動





出会ってから半年以上が経っていた。
恋をした私達は、当たり前の事ながら

 「会いたい」

そうなっていた。

「会いたい……」

「会いたいね……」

「でも俺そっちまで行ける金がないだらぁ……。」

「私が行くよ。」

「本当?」

「うん。」

 私はそう言って、
夜の仕事で貯めて残ってたお金ですぐ飛行機のチケットをとった。
 空港に行った時、飛行機に乗っている時、私は騙されているのかもしれない。行っても誰も来てくれないかもしれない。
そういう思いは在った。

でも、それでも良かった。
とにかく私は彼に会いたかった。
彼をこの手で感じたかった。

 名古屋空港に着いた時、ちゃんと彼はそこに居た。


 今でも鮮明に残っている。あの日、初めて会った、あの日の事……。






対面





「どこ?どこに居んの?」

「空港の入り口んとこ!白いでけー車だよぉ!
てか、乃亜こそどこぉ?見えんてぇ。」

「あんね、うんと……黒いノースリーブのワンピース着てきたよ。
んで、すごい荷物持ってる人探して!」

「えー。どこぉ?……あ、居た!!うわ!居た!見つけたって!
うわぁ、俺ヤヴェーてぇ。でれぇ緊張しとるわぁ。どしよ。」

「待って待って!乃亜、まだ見つけれてない!どこ!?見えてるの?え?」

「ここ、ここ。じゃあ俺、車から出て手振るから!(笑)」

「あ……居た。マジ居た!」


 電話を切って初めての対面。


「はじめまして。乃亜です。」

「はじめましてぇ。猛ですぅ。」

「本物?」

「本物だてぇ!てか、乃亜だぁ。本物だぁ。でれ緊張するだらぁ。」

「緊張すんなって!うちだって緊張してんだから!」



―――初めましてじゃないのに、初めましてで、
    何だかとても恥ずかしくて、
   互いに照れ合って笑っていたよね。
 
 君は帽子を帽子を深くかぶって、サングラスをしていて、
最初は俯いたままで、私に顔も見せてくれない程照れていたね。
 
 そんな君を見て私は「かわいい」って言って、
そんな私を見て君は「はずい」って言って。会話はその繰り返しで。 
互いに最初は恥ずかしくて、煙草だけが灰皿にこんもりしてた。

 そして止め処なく、何処に行く訳でも無く、君は車を走らせていたね……。






鮮やかな日々〜前編






「いやぁ、マジ照れとるって俺ぇ。」

「なんで?もういいじゃん。」

「だってぇ、やっぱ乃亜かわいい……」

「はい!?全然かわいくないし!てか猛の方が思ってた通り格好いいし!」

「えぇ!?俺全然格好良くないってぇ。」


緊張が解れて来たせいか、他愛も無い会話が続いた。


「てか、しゃべり方おもしろいよね。やっぱアクセントも違うし。」

「ほだらぁ。俺愛知でも三河だから、名古屋ん奴らとはまた違うしねぇ。
しかも俺でれぇ方言すごいじゃんねぇ。」

「だらだらだらぁー(笑)」

「ほだ、ほだ、じゃんだらりん(笑)」

「ほだ?なにそれ?」

「そうそうって事。」

「へー。ほだらー!」

「そっそ(笑)うまいうまい(笑)あ、北海道は”なまら”」

「いや、使わんから(笑)あ、使うかも。今日なんまら暑くね?とかね。」

「へぇ。ほだ、”したっけ”って何ぃ?いつも乃亜電話切る時言うじゃんねぇ。」

「え?あ、こっちでは言わんの?えっとね、”そうしたら”とか、
”したっけねー”は、”じゃあね”って事。」


私達は方言の違いや、アクセントの違いに興味津々で、
笑いながらお互い真似し合ったりしていた。

「へぇ。うけるねぇ。あ、でれえれーでしょう?」

「ん?えれー?でれえれー?何?」

「わからん!?えっと……とても疲れてるでしょう?」

「あぁ、ちょっとね。てか、もう夜だしね。どっかもう泊まるとこ行こうよ。」

「ほだね。緊張して前見てなかったから何か同じ道走っとったわ。」

「いや、前見ろって!(笑)」

「むりだらぁ。」

「オイオイオイ(笑)あぶねーし!」

「ほだね(笑)あ、ここでいい?」

「うん。何処でもいい。」


 本当に何処でも良かったんだ……。
彼と一緒なら何処でも……。

―――そして、別にお互い童貞と処女でもあるまいし
ラブホも初体験な訳無いのに、
またホテルに着いてから2人してもの凄く緊張してたよね。
 部屋を選ぶ余裕も無くて、空いていた部屋をすぐ押して、
小さなエレベーターの空間にお互い背中を向けて俯いてた。
部屋に入ってからも近くに座る事も出来なくて、テレビの音だけ響いてた。
私は座ってる事さえ恥ずかしくて、チョロチョロ動き回ってた……。


「あ、映画見れるよ!」

「マジでぇ?」

「見ようよ!どれがいいかなぁ……。」

「あ、これでれウケルよ。」

「じゃあ、それにするね。」


 私は見た事が無い映画だったから、おもしろくて真似したりしてすごく笑った。

 彼もそれを見て笑っていた。


「ねぇ、そっち、隣、行ってもいいですかぁ……?」と、
いきなり彼は恥ずかしそうに俯いて言った。

「あ、はい……。」と、私も照れて俯いた。


 そして、照れながら彼は私の横に来て、2人並んでソファーに座った。
私はガキじゃあるまいし、と思いつつ
心臓が口から飛び出そうなくらいドキドキしていた。

 きっと彼も同じだった。
 

 ―――また、テレビの音だけが響いていた……。





「手、握ってもいいですかぁ……?」

「うん……。」

初めて触れ合った。
温かかった、彼の大きくて細のに、ゴツゴツした手……。
愛おしかった。とても……・。

「チュウしたいんですけど……」

彼は小さな声で言った。

私は頷いた。そして2人は静かに唇を合わせた。


―――今でも鮮明に残っている、その感触……。

 彼が触れた唇にそっと手を当ててみた。
 温かさが伝わる気がして……切なかった―――






鮮やかな日々〜後編






 1日目は彼の腕の中で寝た。彼は何もしてこなかった。

「私が大事だから。遊びじゃないから。」って。


 そして迎えた2日目。

また、どこへ行くでも無く車を走らせていた。

「この曲でれいいだらぁ。なんか恋愛の曲らしいんだがねぇ、
なんか乃亜と俺ってカンジがするじゃんねぇ。」

 彼は根っからの音楽好きで、私に聴かせたかったと言う音楽を流してくれた。

Tupac & Biggie ft. Eminemの「Running」という曲。

 とても温かくて、でもなんだかとても切ない曲に思えた。


 ―――今でも頭から離れないソノ曲。

 今思うとアレは、私への貴方自身の曲だったのかもしれないね……。



 そして私達はまた夜を迎えた。
 
 2日目の夜、私達は抱き合った。

「乃亜……、すき……」

「乃亜も……」

 抱き合いながら、何故か2人して泣いていた。
彼の鼓動を肌で感じた。
温かくて、愛おしくて、でもなんだかとても、切なかった……。

「何で泣くぅ?」

「じゃあ、猛は何で泣いてんの?」

「わからん……・。」

 その時、何故か私はもう2度とこうゆう日は来ないんじゃないか、
そう思った。

彼を感じられるのは今日が最初で最後な気がした。
彼もまた、そうだったのかもしれない……。

―――そしてソレが前兆だったのかもしれない……。

私は耐え切れなくなっていた。

愛してる人と一緒に居れる幸せと、
隣り合わせの苦しさに……。

 何故ここまで涙が溢れるのかは、解らなかった。
でも、これ以上此処に居たら帰りたくなくなるだろう、それだけは解った。

「明日帰るね……」

泣きながらやっと発せた言葉だった。

「なんでぇ……?」

彼は凄い力で抱きしめながら、泣きながら、そう言った。

「これ以上居たら、辛いだけだから……。帰りたくなくなるから……。」

「……。ほうかもしれんね。……でも、一緒に居たいよ。もう帰したくないよ……。」

「ごめんね……。」

「……。」






別れの日





ホテルを出て、車を走らせて、私はずっと泣いていた……。
 彼は車を止めた。

「歳とったせいかねぇ。涙腺弱いじゃんねぇ……。
てか、でれぇ辛いじゃんねぇ……。なんでこんなに苦しいんだらぁ……。」

彼も運転が出来なくなっていた。

「まだ時間あるし、プリクラでも撮ろうよ!」

私は泣くのを堪えて言った。

「ほだね……。」

 プリクラに映る2人はとても幸せそうな、ごく普通の恋人同士で、
それだけがとても浮いていた。
 
そして、駐車場に戻った2人はまた、流れ落ちる涙を堪えられずに居た。
 
 時間は、もうそこまで迫っていた。

「……手紙。お互いに今、手紙書き合おうや。」

彼が唐突に言った。
私は頷いて、そして2人して書き始めた。

「時間……。」

書き終わって、私は涙を止められないまま小さな声で言った。

「ほだね……。」

彼も顔を隠して小さな声でそう言って、車を空港へ走らせた。

「じゃあね。またね。」

「うん……。ほな、絶対だで。絶対また会う、
てか、今度は俺が行くだらぁ。
 クリスマスと誕生日とかねぇ。
俺ら28日と29日で、誕生日1日違いだもんねぇ。
俺、パウダースノー見たいしねぇ。」

「うん。待ってるよ。じゃあ、絶対だよ!」


 私達はもう泣いてなかった。
いや、堪えてたと言った方が正解だけど。

 そして最後にキスをした。
皆が見てようと見てまいと関係なかった。

 私達は2人の世界に居た。そう、最後の2人の世界に……。


 私はゲートを潜った。もう私は、一人だった……。


―離陸。


 私はずっと窓の外を見ていた……。
よく本とかで書かれているベタな事だけど、
本当に夜景が小さな宝石箱みたいだった。

キラキラ輝いていて、綺麗だった。
いや、綺麗すぎて切なかった。

私だけ、取り残された様だった……。

また、涙が溢れ出た。


 私は泣きながら手紙を開いた。



『乃亜へ
 
 最初の緊張が嘘のように最終日をむかえてしまいました。
 会えたことも信じられなかった。
 でも今日帰るのも信じられない。
 かなりつらいよ。でもさしょうがないもんね。
 いまからがんばってエゾへレッツゴーだ。
 乃亜本当に本当に来てくれてありがとう!!
 すんごい楽しかった。すごいうれしかった。
 すごい出会いだった。
一生忘れることない出来事だと思うよ。(ギネスもんだ)←ほだら
 たぶん帰りね、号泣!!手紙かいてるだけで泣ける
 やばい。乃亜はどう?俺はまったのかなー乃亜に。
 つらすぎて胸が痛いよ。運転、前みえるかなー心配。
 俺ね、乃亜が大好き。いっぱいすき。
 〜(省略)―――ありがとね……』



 目の前が見えなくなった。

それと同時に宝石達も消えていった。

残ったのは、暗闇だけだった……。



―――あの日の僕らは切なくて、
「もう一度笑顔見せて」
  それさえも言えなかったよね――― 






支え





戻るとそこは雪が降っていた。

―――11月後半……。

 街はイルミネーションで輝き、賑わい、クリスマスの準備をしていた。

「そう言えば、名古屋は雪が降ってなかったし、イルミネーションも無かった。同じ日本なのに、こんなにも違うんだ……。」
そう、ふと思った。

 それから、離れてからも毎日私達は連絡を取り合った。

 そして、彼は私に会える様、私は彼に会える様、お互いまた仕事を始めた。
私はホステスに戻り、彼は車の下請けの工場で働いた。

 もし彼が居なかったら、もし私が居なかったら、
お互い心身共に仕事は出来なくなっていた。


  ―――また会いたい―――


 それだけが2人の支えだったんだ……。






切れた糸





それは、いきなりの事だった。 
12月の半ばに入ってから、彼と連絡が取れなくなった。
 そしてやっと連絡が取れたのは、それから約2ヶ月後だった。

 彼は言った。

「乃亜と会う前に付き合っとった元カノの腹に3ヶ月の子がおる……。」

「え……。」

 私は言葉を失った。
彼自身動揺を隠し切れずに居た。だから連絡も取れなかったらしい。

「俺、どうしたら良い……。結婚なんかしたくねー。乃亜が良いんだもん。
なんでぇ、なんでこうなったん……。」

「……。子供いるんだよね……。
だったらそんな事言ってる場合じゃないじゃない。」


 私は身を引くしか無いと思った。
彼の為だ、そう自分に言い聞かせて怒鳴る事しか出来なかった。


「結婚すれよ。テメーの責任くらいテメーでとれよ。
そんな歳にもなって、下ろせはねーだろ。」

「でも、俺は乃亜が……。」

「そんな事言ってる場合じゃねーだろ。」

「……。」


 そして、そんな言い争いの毎日が続いた。

 内心は結婚なんてして欲しくなかった。
 
 私の彼で居て欲しかった……。

でも、そんな事は言えない……。

もうそこには、ちゃんと一つの命が在ったから……。

 



 そして連絡を取らない日が続き、一本の電話が来た。

「俺、結婚したわ……。死にてぇって……。」

 私はそんな彼に、つい、心の中の真実を言ってしまった……。
自分勝手なのは十分承知の上だった。

「なんで!じゃあ、なんで結婚したんさ!」

そして彼の返答に絶句した。

「金。全部金の為だらぁ。アイツんちの親が金くれてさぁ、
結婚させられよったわ……」

「……。は!?何!?金!?子供の為じゃなくて金!?」

「ほだ……。」 

「あんたが幸せになれるならって思って乃亜は身を引いたんだよ!
なのに金で結婚させられた!?なんだよ、それ!」

「……。乃亜は結婚すれって言ってたじゃんか……。」


 ―――私は何か、自分の中の何かが、壊れていく音が聞こえた……。
 
 そして決心した。

幸せを思って身を引いたのに、幸せじゃないんなら私が幸せにする……と。

 私の友達は皆、当然の如く私を止めた。そんな男やめろ、と。

でも私は引き返す事が出来なかった……。


 だって、元に戻れるかもしれないじゃない……。
 
 またあの日の様に……。


「そんな奴と元サヤったって良い事ねーじゃん!」

そう言う友達の声。耳には入っていたが、頭には入っていなかった……。






すれ違い





私は悔しかった。
金で彼を奪われた事に。
そして、そんな彼にも。

 でも、私の彼に対する想いは消えなかった……。
 そんな彼でも嫌いになれなかった……。
 
 慰謝料と、教育費、貰ったお金を全て私が返そう、そう決心した。
 皆からは馬鹿だと罵られた。そんな男の為になんでそこまで……と。

 でも、私はこのまま彼が堕ちて行くのを見ていられなかった。

 ―――私と似ている彼……。

このままだと本当に居なくなってしまうって、そう思った。

彼がどこかで幸せに暮らしているなら、それでも良かったんだ……。

 でも違う事を知った今、私は黙って居られなかった……。


 私は勤めていたスナックから金を盗んで、
ママをひいきしていたヤクザのドンからも偽ブランド品を盗んで飛んだ。
 当たり前の如く、毎日鳴り響く携帯電話。
私はそれを無視して違うヤクザを味方に付けた。

そう。私は金の為、彼の為、自分の為、体を売った。
そして、そんな仕事を始めた事を誰にも言いたく無かった私は、
今までの友達との連絡もずっと取れないで居た。
 実際、風俗の世界の儲けは断然良かった。私は心身の病気の為、
毎日働く事は出来なかったが、指名も凄く取ってたし、
週2〜3でも月に50〜60万は行った。
 
でも、やはりヤリたくない仕事だった。
毎回、事が終わる度、ひどく泣いた。

客の車をぶち壊した事もあったし、客をぶん殴った事もあったし、
リスカはもう毎日の事になっていた。
 
 それでも考えれば考える程、私の頭にはもう金の事しか無かった。

 私の心身は擦り減って行っていたんだ……。
 

 彼にはソレは秘密にしていた。

まとまった金が出来たら言おうと思っていたんだ……。

 
 ある日、私に連絡がつかなくなった彼からパソコンにメールが入っていた。
 もう金の事しか考えてなかった私は、彼と連絡を取る事も忘れていた。

「なぁ、乃亜、何しとるん?」

 私は嘘が付けない性格。
嘘を付くと、どうしても後悔の方でヤラれてしまう……。
 だから仕方なく打ち明けた。

「デリヘルしてる……。」

今度は彼が絶句していた。
そして激怒した。
当たり前って言えば当たり前だった。
好きな女が風俗で働いてるのを好む男はいないだろう。

「おめぇ、何しとる?とりあえず電話するわ。とれや。」

怖かった。
だけど、そう思ってくれた彼に嬉しさもあった。

―――でも、それだけじゃ済まなかった……。


「もしもし?」
「はい……。」
「はい、じゃねーだらぁ!てめー何しとるんだらぁ!
てめーは、俺が居ないからって他の男のちんぽしゃぶって喜んどんのかや!
てめー、おちょくんのもいい加減にせーや!」

彼の怒りは頂点に達していた。
そして、私の怒りも頂点に達した。

「おめーのせいで金稼いでんだよ!おめーが金金って言うから、
もう全部乃亜が払おうと思ったんだよ!」

「はぁ!?」

「だって、慰謝料も教育費も、
貰った金も払えばアンタそこから開放されるんだろ!だからだよ!」

「てめーこら、マジおちょくっとんのかやぁ!
じゃあそんな所で働いてねーで、愛知来て働けや!そんで俺に速攻金渡せや!」

「まとまった金が出来たら行こうと思ってたんだよ!
そんな事もわからんのかよ!馬鹿じゃねーの!」

「でれ、マジふざけんなや!
本当は他の男のちんぽじゃぶって喜んどるんだろう!もういいわ!」

「違うっつってるべや!」

「うっせー、だまれ!もうしゃべんなや!もうテメーとしゃべりたくねーわ!」

「まっ……」


……ガチャン。

 それ以来、何度電話を掛けようと、彼はとってはくれなかった。

 自業自得だったのかもしれない……。

 そして、私は壊れた。

 仕事へ行って、でももうどうでも良かった私は、待機中の事務所で手首を切った。
血がボタボタと流れ出し、幹部の人に見つかった私は案の定解雇された。
 
 そして私は風俗界から足を洗った。







2年後





暑苦しい夏だった。
私は、まだ彼を想っていた。
思い出になんてならなかった。

名古屋の空港で自殺をしたらデカデカを新聞沙汰になり、
彼に私の消息を伝えれるのではないだろうか……

そんな事すら考えていて、
毎日毎日色々考えていて、
思い出になんてならなかったんだ……。

 だから仕事にもろくに就けず、とりあえず、
彼がまだ生きているなら私ももう一度会う為には生きていなきゃいけない。

そう思った私は残っていた貯金で、1匹の猫を飼った。

 彼も私も好きだったブランド、ヴィヴィアン・ウエストウッドから
名前をもらって、「ヴィヴィ」と名付けた。

 これで、私がママになる。
この子は私が居ないと生きていけない。
だから死ねないんだ。
言い聞かせていた……。

 私は今度はヴィヴィの為に生きる決意をした。

 そして私はその子を養う為に、色々な職業に就いた。
手首に傷があっても問題ない営業の仕事とか、
リストバンドで隠せるショップ店員とか……。
 
でもどれも長くは続かなかった。

病気を隠して仕事に就けても、体が言う事を聞かなくて倒れていた。

そして、解雇されていた。
 
デリヘルのせいで友達と連絡を絶って、誰にも助けなんて求められない私の、そんな日常でもいつも助けてくれたのはヴィヴィだけだった。

 汚れを知らない綺麗な瞳。
 その瞳に見つめられるだけで涙が溢れた。
 もう私には、ヴィヴィだけだった……。

 そうやって日々が過ぎて行く中、私はまた、彼にダメ元で連絡を取ってみた。

  ―――繋がった……。

「もしもし?猛?猛なの?」

「乃亜……。」

「そうだよ!乃亜だよ!どうしてた?元気だった?」

「死にてぇって……。」

「え……?」

彼の声は細かった。とても小さな声だった。

「どうしたのさ?」

次の言葉に私は言葉を失った……。

「俺さぁ、言ってなかったけど、乃亜と連絡とった最後くらいに離婚してたんだわ……。」

「え……。」

「言えんかったんよ……。乃亜の気持ち解ってたから、
これ以上迷惑かけたくないから言えんかったんよ……。」

「え……。」

「ほんで俺今、仕事もしてなくてねぇ、女騙して金とっとるわ……。
最悪じゃんねぇ……。死にてぇって……。」


 やっと頭が回転して来て、私は続けた。

「なんでー?なんでそうなったん?」

「アカンボ流れたでねぇ、もう一緒に居る事も必要無いし離婚したわぁ……。」

「なんで言わなかったの!?乃亜ずっと、今でもずっと猛が好きなんだよ!!」

「なんでこんな俺でもまだ好きで居てくれるのぉ……?乃亜……。
ありがとうだよぅ……。」

 彼は、すすり泣いていた……。

「好きだから好きなんだよ!それに理由なんて要らないでしょ?」

「ほだねぇ……。俺もまだ乃亜が好きだもんね……。嬉しいんよぉ……。
どんな女と居ても違うわ……。」

「ねぇ、死にたいって言うならさ、死ぬ前にもう一度で良いから会おう?
死ぬ気なら会えるでしょ?」

「俺、だから金ねぇって……。」

「乃亜、仕事あるし、猫ちゃん飼ったから
行っても1泊くらいしか出来ないから、じゃあ、お金送るからおいで。」

「マジ?ほなら行くわ……。」


 私は彼と電話を切ってすぐ航空券を予約して、
それと一緒にこっちに来る金も送った。


―――でも、彼は来なかった……。







ロミオとジュリエット




「なんで来てくれなかった!?」

 私は電話をした。
 彼はすまなそうに言った。

「ごめんだよ……。金もチケットも返すよ……。
色々考えたらやっぱり会いに行けなかった……。」

「金なんてどうでも良いよ!なんでさ……なんで……。」

「だって、また会ったら離れたくなくなるだらぁ。でも乃亜はこっちに住めんだらぁ。俺も、この歳になると冒険とかは出来んでね……。色々捨てれんて……。」

「そうかもだけど、でも……」

「結局、この距離は壁なんだわ……ほだから死にてぇって……。」

「……。」

好きなら来てよ……
そう言いたかった。
でも全てを捨てる怖さは私にも解った。
だから言えなかった。
結局、私も、両親や、友達や、病院や、ヴィヴィ……。
捨てる事は出来なかった。
全てを捨てて行く事は出来なかった……。

 彼を本当に好きだったら、それなら、行けるじゃん、皆そう思うだろう……。

 でも、私は親にも前々から彼の事は話していた。
「そっちに行くなら親子の縁は切る」と言われていた。
 恨んだ事もあったけど、私は一人っ子だったから、
そして親には一様の感謝はしていたから、それは出来なかった。
 
 私には大切で失いたくない者が多すぎた。

 そして、彼もそうだったんだろう。

「……ねぇ、輪廻転生って本当にあるのかな?
……生まれ変わって、もしまた出会えたら、その時は一緒に居てくれますか?」

やっと私が発せた言葉だった。

「あたりめーだらぁ。そんなあたりめーの事聞くなや……。」

そう答えてくれた……。


 好き合っているのに一緒には居られない……。


「神様の意地悪……。」

そう呟いて、私は傾れ落ちた……。 

 ―――しかし、私は2度目の決意をした。

「解った。
死にたいなら、一緒に死のうよ。
そしたら来世でも会いやすいのかもしれない。
猛となら、地獄でも、どこでもいいや……。
だからとりあえず会いたいや……。

 一緒に死ぬ為に、会いに行く……。」






再会




私はまたすぐにチケットを手配した。

そして、3年越しに再び2人は出会えた。

「猛……。」

「乃亜……。」

「一緒に死にに来たよ。」

「ほだね。」

 2人は微笑み合った。
 
 3年ぶりに会った彼は、前とは別人の様に思えた。
すごく若く見えていたのに、すごく老いた様に見えた。
 そしてそれは、彼自身気付いていた事だった。

「のあぁぁ、変わったねぇ……。俺は老けて行く自分が怖いわぁ……。
乃亜、俺の若い頃みたいだらぁ……。俺もよくそんな格好してたもんねぇ……。」

 私は、彼に初めて会った時のお姉系の姿では無かった。

 夜から足を洗った私は元の姿のパンクロックな格好の私に戻っていた。
長かった髪も、その時は3cm程しか無く、茶髪だった髪も
真っ黒と金髪のツートンにしていた。

彼は、そんな私を見つめてそう呟いていた……。


 ―――彼の瞳は、あの日の瞳では無かった……。

何か物悲しそうな、そんな瞳でずっと私を見ていた。

近くに居るはずの私を、
どこか遠い目で、
ずっと見ていた……。
  
 私が着いたのは夜だったので、そのままホテルへ行った。

そして抱き合った。

 でもそれは、3年の月日を埋める、そんなモノでは無かった。

「乃亜、好きだったよ……。本当に大好きだったよ……。」

 強く私を抱き締めて、彼は眠った。
 
 そして朝を迎えて彼は言った。


「今日、帰りん……。」

「……え?」

何が何だか、理解する事が出来なかった。

「乃亜、帰った方が良いだらぁ……。」

「帰って欲しいの……?」

「ほだね……。」

「……わかったよ。」


―――何かが終わった気がした。
 
 そして、その直感は、当たっていたんだ……。






星屑





札幌に戻った私は途方に暮れていた。
彼とはまた、連絡が取れなくなっていたのだ……。

 私は意を決して彼の自宅へ電話した。

「もしもし?」

電話の向こう側は、中年の女の人の声だった。

「はい。」

「……えっと、野田と申しますが、猛さんはいらっしゃいますでしょうか?」

 彼の母親とすぐ解った私は、とてつもなく緊張していた。
そんな私には目もくれず、彼女は怒った様に続けた。

「猛はもう居ないよ!」

「え……それはもうその家には……」

「居ないっつったら、居ないんだよ!
あんたね、どこの誰だか知らないけど、猛はもう居ないんだよ!」

「え……まさか……あの……」


電話は、一方的に切られた。




もしかしたら、
ただ家を出て行っただけかもしれない。


―――でも、彼に行く宛なんてないはずだ……。

もしかしたら、女のとこをグルグル回ってるかもしれない。
もしかしたら、ほかに女が出来た……?
もしかしたら……
 

 そして、私は察した……。


カレハモウ、コノヨニハイナイ……?


 私は電話が切られた瞬間、携帯を落とし、
そして同時に自分も崩れ落ちていた……。

でも涙は出なかった。

ソレを受け入れる事が出来なかったから……。


ただ呆然と天井を見ていた……。






友達





それ以来、私はまた家から一歩も出れなくなっていた。
 暗い部屋で何も出来ないで居た。
 手首から血だけが滴っていた……。

 
 誰か助けて……。

 私はどうしたらいいの……。

 
 私は混乱して、連絡を絶っていた友達に電話をした。
なんて都合の良い人間なんだろう、そんな事くらい解っていた。
それでも、もう一人ではどうしようも出来なかった。
助けが欲しかった……。

 そして友達は電話に出てくれた。
案の定、喧嘩にはなった。

「あんたって、男出来たらウチラそっちのけでさー、
終わったら掛けて来るとか都合良すぎない?」

「……ごめん。」

そして私は今まで言えなかった事を全て言った。
デリヘルをしていたから、
ごく普通の表の社会で働く貴方達とは連絡を取るのが苦しかった事や、
彼の事……。
 どんなに弁解したって、言い訳でしかないのも承知だった。
 
 でも、彼女は言った。

「なんでそんな事気にする?そんな間柄だったっけ?心配してたんだよ!
なんで連絡くれないのさ!連絡したって取らないしさ!
男にはまって連絡取れなくなるの、アンタの悪い所だよ!」

「うん……。」

「今からそっち行くから、待ってな。」

 そう言い残して、彼女はすぐに駆け付けてくれた。

 
 彼女は、血まみれの私の腕を何も言わずに消毒してくれて、
そして泣いていた……。

「それだけ好きになれる人に出会えた事だけでも有難いと思いな。
しかも、ヴィヴィ置いて死んだら誰が面倒見るのさ?
アンタしか居ないでしょ?大切なんでしょ?」
   
そう、付け足して……。

 その後も、彼女は私が何をしようと、

「死なないで」

そんな言葉は決して言わなかった。

「あー、またやっちゃったかい。」と、普段の様にそう言って対応してくれた。

 でも、ある日、彼女は電話でこう言った。

「多分、私、アンタが凄いスキなんだろうな……。
アンタとは色々あったけどさ、何コイツって思った時もあるしさ……
でもさ、どうしてもアンタがスキなんだわ。
 私さぁ、アンタが結婚とかするってなったら泣くんだろうな……
 てか、アンタのウエディングドレス見ただけで泣きじゃくると思う。
 アンタが幸せなところ見れるんだったらね……
 てか、もう私、なんかアンタの親っぽいね。
いや、親より泣くだろうな……
あ、でも私が認めない男はダメだからね」

 彼女の言葉に私は度肝を抜かれた……。

 そんなこと今まで誰にも言われた事は無かった。

彼女は私自身よりも私の将来を考えていてくれていたんだって知った……。

 こんな私の将来を……。






今という日





 ―自分が何故生きているのかなんて解らない……。

 
 でも、今はヴィヴィの為に生きていなくちゃいけない、そう思った。
 
 そして私はまた、仕事に就いては辞めたり、入退院を繰り返したりしていた。

 だけど、彼の事を忘れる日は無かった……。

 いいな、そう思える人にも何人かには出会ったし、付き合ったりもした。

  ―――でも、違った……。

 結局心の中には”彼”が居て、
単なる寂しさ紛れだったと後から気付く自分が居た……。





 プロローグ




私は彼が音楽を好きだった事、そして自分もそれが好きだった事、
言葉では言い難い事、それでも人に伝えたい事……。

色々考えて、昔からやりたかったバンドを組んだ。

 
 音楽は、人の心を動かす事が出来る。
 
 気持ちも伝えられる事も出来る。


 そう思ったんだ……。

 結局、私には才能も無かったし、
心身が着いて行かなくて辞めざるを得なかったが、


 ―――全ては”彼”のために歌を歌った……。


『DEAR LOVER』

冷たい闇に降る雨が 心を突き刺し締め付けた
叶わぬ想い溢れた 星すら見えない夜に
下弦の月灯りだけ 静かに僕を照らした

光と影の狭間で 君との距離を確かめる

きっと君にはこの想い
伝わることはないけど
広い世界の 小さな君が どうか幸せであるように……

もしも 願い叶うなら
例え脆く 儚くとも
伝えたい この歌に乗せて
雨が雪に 変わる前に……


永遠なんてないけれど
きっと僕には君以上
後生もずっと 愛せる人を 見つけることはないだろう……

君と 出会えたことが
僕にとって 宝物で
何より 大事にしたい
命尽きる その日まで……


降りだした雪が頬を つたって涙に変わる


もしも 願い叶うなら
例え脆く 儚くとも
伝えたい この歌に乗せて
愛しています あなただけを……









 私の世界は、貴方を失ってモノクロに染まった。


―――ねぇ、切なさが残る思い出、貴方は今も覚えている?

 どうしたらあの頃に戻れるんだろうね?


―――ねぇ、あの日の言葉、貴方は今も覚えている?

 「クリスマスと、誕生日、一緒に過ごそう」そう言ってくれたよね?

 私はまだ信じているんだよ……。

 いつか、必ず、その日が来る事を……。


 誰か教えて……。

 あの人が今何処に居るのか……。

 此処は暗くて何も見えない、暗闇の中だから……。

 もう一度また共に生きたい……。

 貴方の横で笑っていたい……。

 例え、お互い、姿無くした魂だけだとしても……。






あとがき


 この小説は名前以外はノンフィクションです。
彼の生息は解らないままです。
あれから5年の月日が経ち、ようやく書く事が出来ました。
彼は、もしかしたら、どこかでノウノウと生きているかもしれないし、死んだかもしれない。
でも、生きている事を考えたら、私は『前』に進めない。
だから、彼を私の中では『死んだ』事にした。

 これが、今の私がある証拠です。
 私の記憶は、病気でどんどん消えていきます。
でも、これだけは消えないから、忘れたくないから、
だからこれを書く事にしました。
 ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
2007/06/25(Mon)12:23:22 公開 / HALU
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■作者からのメッセージ
はじめまして、HALUです。
初投稿させて頂きました。
どうぞ、何でもいいので参考のためレスを頂けたら幸いです。」
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