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『ハニーデイズ』 作者:バター / ショート*2 恋愛小説
全角2078.5文字
容量4157 bytes
原稿用紙約6.45枚
 一ヶ月前おじいちゃんが死んだ。人当たりがよく、いろんな人に好かれていた優しいおじいちゃんだった。あたしも、おじいちゃんが大好きだった。

 おじいちゃんは、おばあちゃんを残して先に死んでしまったの。でも、おばあちゃんは泣かなかった。あたしやパパやママは泣いたのに、おばあちゃんは泣かなかった。

「おばあちゃんはおじいちゃんが死んで悲しくないの?」

 あたしがそうやって聞くと、おばあちゃんは優しく笑って

「悲しいけれど、みんなが泣いたらおじいちゃんが可哀想でしょう?」

 そう言ったの。あたしはよくわからなかったけれど、そのときのおばあちゃんの顔が、寂しそうだったから、きっとおばあちゃんも泣きたいんだなって思った。

 おじいちゃんが死んでから毎日、おばあちゃんはお墓に行く。庭に咲いた花を摘んで、毎日毎日お墓に行く。

 でもあたしは知っている。

 おばあちゃんはおじいちゃんのお墓には「一回しか」行ったことないって。事実、おじいちゃんのお墓に飾ってあるお花は、おばあちゃんが持っていく花とは違うから。きっとほかの人が、おじいちゃんのお墓に花をあげているんだと思う。


「おばあちゃん、あたしも一緒に行っていい?」


 ある日、勇気を出してそう言ってみた。おばあちゃんはいつもの優しい顔で、いいよ、と言った。その日は一緒に花を摘んだ。

 二人で一緒に歩く時は、時間がすごく遅く感じるの。おばあちゃんのリズムはとってもゆっくりで、それが心地いい。あたしはおばあちゃんも大好きだった。

 お墓に着くと真っ先に、おばあちゃんは置いてあるヤカンに水を汲む。花を生けるための、大事なお水。あたしは一足先におじいちゃんのお墓に行った。……やっぱり、お花が違う。

「どうして、お花が違うの?」

 ヤカンを持ってきたおばあちゃんに、あたしはそう聞いた。

「別の人にあげているからよ」
「おじいちゃんにはあげないの?」
「おじいちゃんにお花をあげてくれる人は大勢居るから、いいのよ」

 そう言っておばあちゃんは優しくあたしの頭を撫でた。なんとなく、意味がわかった気がした。おじいちゃんのお墓には、あたしの摘んだお花を飾った。

 帰り際、おばあちゃんはあたしを呼んで、ひとつのお墓を見せた。名前を見たけれど知らない人だった。

「おばあちゃんの、昔の恋人なのよ」
「おばあちゃんの!?」

 あたしはびっくりした。だって、おばあちゃんの恋人はおじいちゃんだと思ってたから。おばあちゃんはやっぱり笑って、何でおじいちゃんのお墓にお花を飾らないかを教えてくれた。

「このお墓に入っている人とね、本当は結婚するはずだったの。でもこの人は貧しくて身寄りもなくて。おばあちゃんのお父さんとお母さんは大反対。それで、あらぬ噂が流れて、この人は自分で命を絶ったの。おばあちゃんを残してね」

 おじいちゃんが死んだときは泣かなかったのに、この人のお墓の前でおばあちゃんは泣いていた。あたしがいるのに泣いていた。なんだかあたしまで悲しくなった。

「せめてお墓だけは立ててあげてって頼んでね、この人のお墓を作ってもらったの。でも、絶対に参ってはいけなかった……おじいちゃんとの結婚が決まったから、そんなみっともないことはするなって、言われてね」

 おばあちゃんは花を生け、両手を合わせた。あたしも、名前も顔も知らない人のために、両手を合わせた。

「おじいちゃんが死んで、おばあちゃんはやっとこの人に会えたの。おじいちゃんのことはちゃんと愛してる、心配しないで。でもね、おばあちゃんにとってこの人は特別なの」

 みんなに好かれて、花の絶えることのないおじいちゃんとは違って、この人はみんなに忌み嫌われて、愛さえ奪われた。誰も彼の墓に花など手向けなかった。

 だからおばあちゃんは、この人のお墓に花を持ってくるんだ。あたしはおじいちゃんのことを好きなおばあちゃんしか知らない。でも、この人を愛していたおばあちゃんを今日見た。

「おばあちゃん」

 帰ろう? そう言ったら、おばあちゃんは涙を拭いて、そうね……と答えてくれた。帰り道は手をつないで帰った。

「その人のお話、聞かせてね」
「おばあちゃんがおじいちゃんのところに行く前に、話してあげるね」

 優しく笑うおばあちゃん。

 おじいちゃんのことを、きっと本当に大切にしてくれたおばあちゃん。だからあたしもパパもこの世界にいるんだね。でも、その人とおばあちゃんが一緒になっていたら、あたしもパパも生まれなかったんだろう。

 それでも、よかったのかもしれない。だって愛は二人で育むものだもの。


「おばあちゃん、あたしおばあちゃんもおじいちゃんも大好き」
「ありがとう。おばあちゃんも、大好きよ」



 大好き。まだ愛ってわかんないけど、おばあちゃんの顔が幸せそうだから、きっといいものなんだと思う。いつかあたしもするんだろうな。

 右手をぎゅっと握り締めて、あたしはおばあちゃんと笑いあった。




 帰り道に見た空は、真っ青に澄んで、とっても……綺麗だったよ。


 
2007/03/23(Fri)23:20:58 公開 / バター
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