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『約束 −第一幕−』 作者:流浪人 / 時代・歴史 未分類
全角8054.5文字
容量16109 bytes
原稿用紙約25.2枚
時は第二次世界大戦前の日本。政府に抗うことさえ許されず、人々は黙って従うほかなかった。そんな中でも政府に抗い続ける組織『レボリューション』、“普通”の少年・神田清十郎。二つのピースはやがて交わり、物語は加速してゆく。時代のうねりは、止められるのだろうか。

『序章』

 力こそ、全てだった。いかなる思想家も、戦いの手段を持たない者は皆、殺された。人権などそこには存在せず、数え切れない命がゴミのように捨てられていった。
 感情など、表せなかった。生き抜くために感情を押し殺し、ただひたすら頭を下げ続けた。強い者に取り入ることしか、弱者にはできなかった。
 
 世界はかつてない緊張状態にあり、いつ第二次世界大戦が起きてもおかしくなかった。かつてない被害を世界中にもたらした第一次世界大戦。その反省は、何一つ生かされていなかった。
 
 おれは、そんな時代に生まれた。

『第一幕』



「ちょっと、清十郎」
 呼ばれた少年は、木刀を振る稽古を中断し、振り向いた。
「隣村のタカコちゃんの家に届け物をしてくれないかい?」
 清十郎は木刀を背中に差すと、「はぁ」とため息をついて言った。
「まったくしょうがねえなぁ。母ちゃんはおれがいなきゃ何も出来ないな」
 母親から荷物を受け取ると、「爺ちゃんのとこ寄るから、遅くなる!」と言い、駆け足で家を出た。

 雲行きが怪しい。いつ降るかわからないが、急ごう。とは言っても、爺ちゃんの家にまず向かう。
 清十郎が『爺ちゃん』と呼ぶ相手は、村の東の隅に住んでいる、武村茂三(タケムラシゲゾウ)である。清十郎の親友である少年と共に、昔から暇さえあれば茂三の家で遊んでいた。
 爺ちゃんの家は、隣村へ続く山道とは方向が違うけど、気にしない。なんなら、荷物を届けに行くのは明日だっていい。どうせ母ちゃんの用なんて、いつもみたいに大したことじゃ無い。
 そんなことを考えながら走っていると、茂三の家が視界に飛び込んできた。しっかりとした木造建ての家は、茂三の自慢の種である。
「爺ちゃん、今日も来たぞ!」
 茂三の家には、扉がついていない。昔はあったが、しばらく前の台風に吹き飛ばされてしまった。
「おお、清十郎。龍之介も来とるぞ」
 居間には、髪がすっかり抜け落ちてきた茂三と、膨大な量の書物を楽しそうに読んでいる龍之介がいた。
「龍之介、今日も早いな。それより爺ちゃん、いい加減扉つけなきゃ泥棒が入っちまうぞ!」
 茂三は部屋の奥から『清十郎専用』と書かれた湯呑み茶碗を持ってきて、やかんの中身を注いだ。
「いいんじゃよ。泥棒なんぞ、わしが追い払ってやるわい。ふぉっふぉっふぉ」
 清十郎はヘヘッと笑い「ならいいんだけどさ」と言いお茶をすすった。「どうだ、龍之介。何か収穫あったか?」
 清十郎と龍之介は、昔からこの家に来ては数え切れないほどの書物を読み続けている。理由は一つ。伝説の組織『レボリューション』に関する資料を見つけ出すためだ。
「いや、無い」
 龍之介はいつものように首を横に振って、ため息をついた。「爺ちゃん、本当に資料なんか残ってんの?」
「うむ、間違い無い。わしが所属していた頃の作戦計画書や組員名簿があるはずじゃ」
 茂三はお茶をズズッという音をたててすすった後、考え込むような素振りを見せて言った。「そういえば……」
 清十郎と龍之介は、寝転がっていた体をガバッと引き起こした。「なんか思い出したの?」
「うむ。ずっと言おうと思ってたんじゃが……」
「なになに?」
「資料を見つけて、そしてその後どうするつもりじゃ?」
「なんだよ! そんなことかよー」
 二人の少年の表情が、期待はずれという気持ちを見事に表している。
「あの伝説の人に会いに行く。それがおれと清十郎の夢なんだ」
 龍之介は感慨深げに語った。そしてチラッと清十郎の顔を見ると、口を大きく開けて信じられないというような表情をしていた。視線は入り口の方に向いている。龍之介も、恐る恐る入り口の方を見てみた。
「あ、あ、あ……あなたは……し、し、しぶ……」
 二人とも、言葉にならなかった。短く刈り上げた髪。整えられた細い眉。そして何といっても、眼力のある眼。茂三から話は聞いていたが、実際に見るとやはり違う。
「お久しぶりです、茂三さん」
 静かだが皆の心に響くような声。男の全てが、二人にとって憧れの対象だった。
「こいつらがわしの家に来るようになってから大体六年くらい……ということは、八年ぶりになるかのう?」
 急に茂三が、輝いて見えた。憧れの人と対等、いやそれ以上の立場で話している。茂三の昔話どおりだった。
「もう八年ですか……長いようで、短いもんだ」
 入り口に立っていた男は、清十郎と龍之介の憧れの男―――若くして日本最大の組織の頂点に立った、渋嶋栄吾(シブシマエイゴ) その人だった。



 渋嶋さんのことは、初めて爺ちゃんの家に来たとき聞いた。爺ちゃんは、冒険心だけで家に入ってきたおれたちを温かく迎え、昔の話をしてくれた。
「昔な、わしは『レボリューション』という組織に所属していたんじゃ。組織の目的は、政府を倒し戦争を終わらせることじゃった。ふぉっふぉ、こんなこと子供に話してもわからんか」
 おれたちは何も言わず、首を横に振った。初めて入った家で、よくわからないけどすごい話を聞いたと思った。
「組織を仕切ったのは、渋嶋という男じゃった。しかしな、渋嶋はある出来事で死んでしまったんじゃ。跡を継いだのは、息子の栄吾じゃった。栄吾は若かったが、長の素質に満ち溢れておった。そして組織が解散したのが八年前。それからわしはこの村に戻ってきて、のんびり暮らしとる」
 ゴクリとつばを飲んだ。組織、長、渋嶋栄吾……知らない単語がたくさん出てきた。爺ちゃんの言葉の意味を全て理解したわけではなかったけど、知りたいという衝動に駆られた。
「爺ちゃん……」
 先に口を開いたのは龍之介だった。「また来てもいい?」
 すぐさまおれも続けた。
「こんなに本があるんだから、今の爺ちゃんの話について詳しくわかるよね?」
 爺ちゃんは「ふぉっふぉっふぉ」と微笑んだ。
「そうじゃな、資料は残ってるじゃろうな。いつでも来て探すと良い」
 今思えば、爺ちゃんは寂しかったんだと思う。きっと、おれたちに来て欲しかったんだと思う。だからおれたちが興味を持ちそうなことを話したんだ、多分。

「今日来たのは他でもない、茂三さん、預けていたものを返してもらいに来ました」
 茂三は「うむ」とうなずくと、奥の部屋に消えていった。
 茂三が戻ってくるまでの三分間、清十郎と龍之介は緊張して動けなかった。憧れの人が目の前に居る、という状況がまだ信じられなかった。
「ほれ、これじゃろ」
 茂三は手に持った二枚の紙を、渋嶋に手渡した。
「……これです。茂三さん、長い間預かっていただいてありがとうございました」
 清十郎と龍之介は首を伸ばして紙を盗み見しようとしたが、わずかに見えない。
「栄吾。わしはもう引退した身じゃ。だが、一つだけ聞きたい」
「……どうぞ」
「今、この国で何が起きてるんじゃ? お前がその資料を必要とするということは、すなわち、『レボリューション』の再結成に他ならないはずじゃ。もう一度組織を作らなければならないほど、情勢は緊迫化しておるのか?」
 渋嶋は少し黙った後、静かに口を開いた。
「このままいけば、もう一度世界大戦が起きるでしょう」
「馬鹿なっ!!」
 茂三は激しくちゃぶ台を叩き、怒りをあらわにした。「そんなことが……なんということじゃ……」
 清十郎は、十三歳ながらも必死に理解しようとした。茂三がここまで取り乱しているのを、今まで一度も見たことがないのだから。
「渋嶋さん!」
 突然、龍之介が叫んだ。「おれをレボリューションに入れてください!」
 渋嶋は龍之介の目をじっと見つめ、静かに首を横に振った。
「駄目だ、坊主。お前が死んじまったら、母ちゃんが悲しむぞ」
「死にません! おれは絶対死にません!」
「そう言って死んでいったやつを、おれは何人も見てきてるんだ」
 静かだが力強い声で、渋嶋は言った。「おれは失うものが無いやつしか仲間には入れない。だからレボリューションの組員は、みんな家族が居ない。もちろん、おれもだ」
 龍之介は、もう返す言葉が無かった。父親が死にどれだけ渋嶋が悲しんだか、それを想像するのは難しくはなかった。
「じゃあ、おれはこれで」
 渋嶋は立ち上がり、家を出ようとした。「待て、栄吾」
 茂三は、渋嶋の大きな背中に言葉を投げかけた。
「……死ぬなよ。生きてまたここに来い」
「もちろんですよ」
 渋嶋は右手を上げ、去っていった。
 清十郎はすぐさま茂三を責め立てようとした。
『爺ちゃんの嘘つき! 資料は密かに隠し持ってたんじゃないか! おれたちがどんなに探したって、見つかるわけなかったじゃないか!』
 そう言おうとした。しかし、思った。もしおれたちが資料を見つけたら、もうこの家には来なくなるかもしれない。それが怖かったんじゃないか――
「ったく、寂しがりやの爺ちゃんだなあ。母ちゃんもおれがいなきゃ何も出来ないし……あっ」
 独り言のようにつぶやき、ふと思い出した。そういえば母ちゃんに、届け物を頼まれていた。
「爺ちゃん、龍之介。おれ、ちょっと届け物あったんだ。じゃ、また明日!」
 駆け足で家を出て、隣村へ続く山道へ向かった。と、視界に渋嶋の姿が目に入った。目指す方向と同じ。こっそり追いかけてみよう。
 しばらく上りが続いて、慎重さが欠けていたのかもしれない。突然、渋嶋がこちらを振り返った。
「誰かと思えばさっきの坊主の片割れか。おれを追いかけたって、なにも良いことはないぞ」
「あ、いや、その……」
 言い訳のしようがなかった。確かにこの道を歩く理由はあるが、こっそり歩く理由などあるはずが無かった。
「母ちゃんに隣村への荷物頼まれてて……そしたら渋嶋さんが居て、つい……」
 渋嶋が大きな手を上げたので、びくっとした。だが、大きな手のひらは力強くおれの頭をなでた。
「そうか。そんなら堂々と来い。さあ、一緒に行こう」
 予想外の事態に、喜びを隠せなかった。憧れの人が、隣に居る。それなのに、いつか会った時に聞こうとしていた質問が、一つも思い出せない。
「あ、あの」
 渋嶋が「ん?」と言っておれを見る。あの渋嶋さんが、だ。
「さっき、失うものが無い人しか仲間には入れないって言いましたよね。レボリューションを継いだ時、家族が居る人はいなかったんですか?」
 渋嶋は「ほう」と言ってうなずいた。「良い質問だ」
「おれが継いだ時、茂三さんを除く全員が家族を持っていた。だからおれは、茂三さんを除く全員を脱退させた。そして自分の手で再び仲間を集めたんだ。もちろん、かなりの時間を要した。約一年ってとこだ。しかしな、話はそう簡単には終わらなかった。脱退させられた奴らが暴走したんだ。奴らは皆、口をそろえてこう言った」
 渋嶋の眼には、光など灯っていなかった。あるのは闇のみ、待つのは死のみ。そういう人々の眼だ。
『お前だって母親が居るじゃないか』
 渋嶋の歩く速さは全く変わらず、感情を反映することは決して無かった。
「母親は殺されたよ。そしておれは今度こそ一人になった。それを境に奴らの暴走は終わり、新生レボリューションが動き出したというわけだ」
 しばらく何も話さずに歩いた。おれは、この質問をするべきじゃなかっただろうか。だが、知らなければならなかった気もする。そんなことをずっと考えていた。
「お、ついたぞ。じゃあな坊主。元気でな」
「……はい」
 渋嶋は手を振り、さらに山道を進んでいく。おれはその背中をずっと見つめていた。



 ついに雨が降り始めた。清十郎はタカコおばさんの家を見つけると、急いで届け物を済ませた。
「いつもありがとね、清十郎や」
「気にすんなって! それじゃまた!」
 雨はだんだん激しさを増してゆき、すぐに地面の色を変えた。水気を含んだ土は、清十郎の走りを妨げる。
「くっそ、最悪だよ!」
 それでも必死に走り続けた清十郎の視界に、見慣れた『影里村(カゲサトムラ)』の風景が入ってきた。「やっとついた」とつぶやき、我が家を見つけて再び全力で駆け出した。
 だが、そこでいつもと違う光景に気づいた。我が家の扉の前に、村長が立っている。しかも、こんな大雨の中。
 村長は、清十郎が自分の前で立ち止まったのを確認すると、「入ってはならん」と静かに言った。
 何がなんだかわからなかった。自分の家なのに、入ってはいけない? そんな馬鹿な話があるわけがないと思い、無理やり扉をこじ開けようとしたが、村長に右腕をつかまれた。
「何だよ村長。いっつもおれがイタズラしてるからって、嫌がらせ?」
 ただの嫌がらせにしては度が過ぎていると思ったが、聞いてみた。村長は静かに首を横に振った。
「入ってはならんのじゃ……」
「何言ってんのかわかんないよ! ここはおれの家だぞ!」
「黙れっ!!」
 初めて聞いた村長の叫びに、清十郎は驚きを隠せなかった。あの温厚な村長が怒っている。何が起きた、何が……。
 入ってはいけない。それはつまり、家の中で何かが起きたということだ。家の中で何かが起きたのに、おれが入ってはいけないとなると、まさか――
「そこをどけよ!!」
 最悪の想像を打ち消したくて、清十郎は叫んだ。「どけって言ってるんだよ!!」
「子供のくせに、村長に対する口の聞き方をわきまえんか!」
「関係ねえよそんなこと! ここはおれの家だ! 何が起きたのか、おれには知る権利がある!」
 しばらく、沈黙があった。激しい雨が二人を濡らし、そして地面を少しずつ削っていく。
 先に口を開いたのは、村長だった。びしょ濡れの白髪を手でかきわけ、清十郎をじっと見据えて言った。
「……いいんじゃな、清十郎。家に入れば、もう後戻りはできんぞ。お前はこの先、死ぬまで戦い続けなければならんのじゃぞ?」
 死ぬまで、という言葉が清十郎の耳に残った。だがそれもわずかな間だった。「わかった」
「だからどいてくれ、村長」
 村長はゆっくりと扉から離れた。清十郎は扉の取っ手に右手をかけ、静かに横に動かした。
「母ちゃん……」
 家の中で横たわったまま動かない母を見て、清十郎は言葉を無くした。ある程度予想はしていたが、実際にその光景を目の当たりにすると、一気に感情の波が押し寄せてきた。
 悲しみより先に、怒りが溢れた。そして次に、何故、という思いが強くなった。
 もう二度と動くことのない母のそばに歩み寄り、かがんで頬に手を当てた。まだわずかに温もりがあった。それが妙に現実的となり、清十郎に改めて母親の死を実感させた。
「村長……」
 なぜ母親は殺されたのか。それがわからない今、涙など出なかった。「一体、何が……?」
「政府じゃよ」
 村長は静かに言った。「清十郎や。お前は渋嶋栄吾に深く関わりすぎてしまった。だからお前の母さんたちは殺されたんじゃ」
 その瞬間、全身の力が抜けた。母さんたち? まさか、爺ちゃんと龍之介まで……。
「渋嶋栄吾は、政府から最も危険視されている男じゃ。あの男に関わった人間は、生き地獄の刑に処される。それはすなわち、家族を含む交友関係のある人々を全て抹殺されるということじゃ」
 生き地獄。まさにそれだった。居るのが当たり前だった母親。いつも悪口ばかり言っていたけど、本当は好きで好きで仕方が無かった。失ってみて初めて気づいた母親の大切さ。清十郎はようやく一筋の涙を流した。
「もちろんそんなことが許されるはずはない。だがな、渋嶋栄吾と関わっただけで裁かれるのが、今のこの国の現状なんじゃ。この国は狂っておる。危険の芽は、出来るだけ早いうちに摘んでおくということじゃ」
 ずっと憧れていた人と話して何が悪い。おれもいつか、と思って何が悪い。
「……村長。ちょっと一人にしてくれないか」
 村長は何も言わず、家を出て行った。それを確認すると、清十郎は横たわった母に向けて語りかけた。
「母ちゃん……届け物、済ませてきたよ」
 おれが爺ちゃんの家に寄らず、すぐに届けに行っていれば。そしたら渋嶋さんと関わることはなく、母ちゃんはまだまだ生きることができた。少なくとも、こんな死に方はしなかった。
『母ちゃんはおれがいなきゃ何も出来ないな』
 おれはバカだ。大バカだ。母ちゃんにはおれが必要だった。おれが支えだった。なのにおれは、一番大事なときに守ってあげることができなかった。
「途中から雨が降ってさ、びしょ濡れだよ! ……いっつもみたいに、早く脱いで干しなさいって言うんだろ? わかったよ。干すから、自分で干すから……だから……だから目を覚ましてくれよ……」
 母ちゃん、でもおれは、渋嶋さんが間違っているとは思わない。狂ってるのはきっと政府の方だ。戦争。今まで子供だからって目をそらしてきた現実。もう目をそらすわけにはいかない。
 おれは母ちゃんを殺したやつを絶対に許さない。いつかこの手で、おれの手で――
 
 裁いてやる。
 


 清十郎は、村のはずれにある丘の上に、大の字になって横たわった。
 青い空。どこまでも続く空。始まりも終わりも無い。不思議な話だ、と思った。
 母ちゃんが死んでから、もう三日になる。あの後すぐに爺ちゃんの家に駆けつけたが、そこには無傷の爺ちゃんだけが居た。
「龍之介は子供だからって、連れていかれた。わしは老いぼれじゃから、殺す価値も無いと判断されたようじゃ……」
 事を済ませた政府の人間は、村長のもとへ行き全てを伝えたらしい。そして村長がそれをおれに伝えた、というわけだった。
「おお清十郎、こんなところにおったか」
 見上げると、茂三のしわだらけの顔があった。だが清十郎は何も返事をしなかった。
「今日は天気がいいのう」
 老いぼれだから殺す価値が無い? そんなはずは無い。渋嶋さんと深く関わった全ての人間が抹消されるなら、元レボリューションの爺ちゃんは間違いなく一番最初に殺されるはずだ。なのに爺ちゃんは無傷だった。そして母ちゃんと、龍之介だけが未来を絶たれた。
「どうした、清十郎。元気がないのう」と茂三は微笑みながら言った。
 おれの考えから導き出される結論は、たった一つしかない。なのにあんたはなぜ微笑んでいられる? おれと龍之介が初めてあんたの家に行った日から、こうなることは決まっていたのか? 資料を隠し、いつか渋嶋さんが取りに来た時、おれたちの夢にこういう結末を用意していたのか?
「ふざけんなよ……」
 自分にしか聞こえない程度の小さな声。激しく震えていた。
「爺ちゃん……」
「なんじゃ?」
「渋嶋さんとの約束、果たせそうにないね」
 あんたと渋嶋さんの約束。渋嶋さんが生きてまたあんたに会いに来るという約束。
「約束?」
 清十郎は一瞬で起き上がると、背中に差していた木刀を瞬時に抜き取って、茂三の頭に思い切り叩き込んだ。うっ、という呻き声が漏れたが気にせずに、倒れかかっている茂三の腹部に思い切り突き刺した。支えるものを失った茂三の体は、ドサッという音を立てて横たわった。
「はぁはぁ……なんでだよ! おれはあんたが好きだったのに!! なんで誰も信じられなくなるようなことをするんだよ!!」
 倒れている茂三の顔面に、何度も全力で木刀を叩き込んだ。だんだんと血が滲んでいく。
「渋嶋さんのこと、政府に密告できたのはあんたしかいないんだよ! おれが一番信じていた、あんたにしかできないんだよ!!」
 もう恐らく死んでいるであろう茂三に向けて、清十郎は叫び続けた。
 誰かを信じればその先に裏切りがあるというのなら、おれはもう誰も信じない。だけどきっと、人間はそんな生き物じゃない。信じあって、支えあって生きていく生き物だ。そう、全ては――
「あんたを信じたおれがバカだったってことか……」

 清十郎は十六歳にして、絶望を知った。絶望の先には希望がある。そう信じて、生まれ故郷を飛び出した。
2007/03/10(Sat)01:34:50 公開 / 流浪人
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■作者からのメッセージ
数年前にこのサイトで投稿し、未完で終わった作品を再び書き始めました。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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