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『Wolly the Wanderer!』 作者:草木千授 / ファンタジー お笑い
全角11680.5文字
容量23361 bytes
原稿用紙約35.65枚
ある男がレストランの皿洗いバイターを辞め、盗み出した金を手に姿を晦ました。同日、堵場でイカサマで大勝をしている詐欺師がいた。二人は数奇な運命のもとに出会う。それは後に世間を騒がせた大きな事件の、小さな幕開けだった。
【遭遇編】バカとアホ


 新暦七二六年 ニール王国首都ハンジェロ――飲食店『アベンチュレロ』

 はいけい ゾラさま
 わたくし、ウォルター・ウェードは本日をもって皿洗いのバイターを止め、ぼうけん者になろうことを決意しましたた。
 つきましては、退社祝いもかねて、店のたなにあったお古いおツボからぐんし金を六万フィースほど頂台いたしますた。
 それでは、これからも健やかに。お元気で。だいじなく。
               けい具

 ――――……。
 ガッシャーンッ!
 常連客で賑わう飲食店内に、陶器の砕けた音が響き渡る。
 驚いた客の一人が音のした方に振り返ると、わなわなと身を震わせる店主の姿が目に映った。
 そして――
「あンのォ……馬鹿ったれがァァーーー!」
 とどろく絶叫。
 店先でさえずり交わしていた鳥達が音を立てて飛び立っていく。残された常連客達はフォークを止め、その様子をただ見守ることしかできない。それは、のどかな昼下がりのレストランには些か相応しくない光景だった。
「ま……まァ、ゾラちゃん落ち着いて。何があったか話してごらん」
 カウンター席にいた常連客が、店主に恐る恐る歩み寄る。
 店主ゾラ・ザハロフは、その手に置き手紙を握り締めたまま、呼びかけに応じてその客の方を振り返った。
「――あのバカが……」
 地を這うような低い声。上げた顔に表情はなく、背後には般若、羅刹、その他諸々の鬼神達が集っているようだ。常連客はそこはかとなくその背に冷たい何かが這うのを感じていた。
「あ、あのバカが……?」
 それでも口元を引きつらせて続きを促す常連客は、その両足が徐々に後ずさっていることに気づかない。その両肩を掴んで、ゾラは咆えた。
「人の結婚資金持ち出して、失踪しやがったんですよぉーーッ」
 それは、これから起こるすべての序幕でしかなかった。


 同日夜 ハンジェロ都内――某酒場

 薄暗い明かりが差し込む店内には、どこか退廃的な空気が漂っている。
 ハンジェロ都内の一角にある小さな酒場。そこは表向きはただのジャズバーでしかないが、実はもう一つ裏の顔を持っていた。
「だァもう、クソったれがァ!」
 勢いよく椅子を蹴り、残りわずかになっていたチップを円卓に叩きつける男。その猛獣のような鋭い眼光で凄まれながらも、場慣れしたディーラーは何食わぬ顔でカードを切っている。
 そう、ここの正体は賭場だ。それも非合法のである。
 ニール王国では本来このような賭場を設けることは法律で禁じられている。だがハンジェロのような人通りの多い市街では、自然とこういった裏社会が発生してくることも間々あるのだ。
 そしてこの賭場も例外ではなく、やはりバックには表通りを普通に歩けない輩が関与している。つまり、もし何か店にとって不利益が生じることがあっても、そちらの準備は調っているというわけだ。
 そんな物騒な気配が密かに息づく中、一人の客が荒々しく席を立った。
「ちょッといいかィ、ネエチャン?」
 先程の男とはまた別の客である。顎鬚を撫でながら蟹股で歩み寄る姿がその男のガラの悪さを物語っていた。
「いかがされましたか?」
 しかし絡まれた年若い女ディーラーは、表情を変えることなく男に振り返る。
 声こそ柔らかいが、彼女もまた数々の修羅場をくぐってきたのだろう。マニュアル通りの対応をしつつも冷静に相手の性質を分析する。
(八つ当たり、ね)
 負けた腹いせにそうする客もたまにいる。だがその数が多くないのは、この店が良心的な商売をしているからというより、その裏に何が潜んでいるかをほとんどの者が感知からである。
 つまりそれを知らないこの男は、
(バカな初心者)
 そういうことである。
「ようよォ、ネエチャン。どーしてくれんだよォ。俺ァ、すってんてんになっちまったじゃァねェか、アァ?」
 女ディーラーがそんなことを思っているとは露知らず、男は居丈高に顔を近づけた。
「そうですか。では、またのお越しをお待ちしております」
 やんわりと女ディーラーは微笑で返す。だが、それが癪に障ったのだろう。男は突然烈火のごとく怒り出すと、相手が華奢な女性ということも忘れて、その胸倉をつかんでねじり上げた。
「ンだと、コラァアアァァッッ!!」
 唾を吐き散らしながら咆える男。
「ぐっ……」
 精神的には余裕があっても、器官を狭まれた肉体が苦痛を訴える。女ディーラーは眉根を寄せて男を睨んだ。
「気に入らねェな、その目ェ。まるで俺をバカにしてるみてェだ」
 男が力を込め、喉の圧迫がいっそう強められる。うめき声はひどく霞み、もはや空気の洩れ出る音しかしない。
 周囲の人間はというと、気まぐれにそれを盗み見ては何事もなかったかのように、それぞれ自分の行動に戻っていく。
 結局、他人事なのだ。
(まァた、バカが始まった。お、スリーカードだ)
(ほっときゃ、店の奥から何か出てくんでしょ? サイアク、負けだわ)
(出てこんでも、オレらにゃ関係ねぇよォ。ちッ、ツーペアか。さっき来てたら良かったのによ)
(違いねェ。ゲッ、またブタかよ!)
 一番近くでポーカーに興じる集団が、笑い声を上げている。
 だがその中で一人の青年だけが、絡まれる女ディーラーの方を見つめていた。
 プラチナブロンドの長髪に藤色の目。彼は、ニール王国ではあまり見ない出で立ちをした男だった。
「……おーい、お前は? とっくにショーダウンよ?」
 隣の男に肩を小突かれ、ようやく青年は意識をゲームに戻す。
「おっと、すまない。――うん、私はフォーカードのようだ」
 そう言って円卓に広げられた役は、確かにフォーカードだった。
 だが。
「おっまえ、さっきからクイーンよく拾うよなァ」
「えっ、また?」
 ゲームに参加していた二人の男女がそろって声を上げたのは、青年の出したカードに、もう数回も彼を勝利に導いたラッキーカードが混入していたからだ。
 そこには、各シンボルに飾られた女王の絵が描かれていた。
「ハハッ、私はご婦人方に好かれているようだからね」
 しれっと言いのけて、チップをかき集める青年。
「そんなこと言って、サマァ使ったりしてねェよな?……おっと、もうしめェかよ」
「今日は十分稼いだからね。そろそろ退散しないと、物騒な連中に目をつけられる」
 そうウインクして席を立つと、青年はまっすぐ歩いていく。
 ――絡まれている女ディーラーの方へ。
「……おい、アイツ、何しようってんだ?」
 気づいた先ほどの賭博仲間が、去っていった青年の方を訝しげに見つめる。
 しかし、
「さあ? それより次、始めようよ」
 隣の女にそう言われると、男は何事もなかったかのようにゲームに戻ってしまった。
 一方、青年の方は。
「よしたまえ、君」
「――ンだよ、テメェは?」
 暴漢と絡まれた女ディーラーの前に立ち、平然と男の方に話しかけていた。
「ご婦人に対する暴行は、紳士として潔くない」
 にこやかに言葉を続ける青年に緊張感はなく、むしろ爽やか過ぎるくらいに自然な口調だった。
 だが当然なことに、それが却って男の怒りを煽ることになる。
「なァにが紳士だァ? ここは荒くれモンの吹き溜まりなンだよ。そんなご大層なヤツがいるわきゃねェだろォ、このタコがッ」
 酒臭い息と共に吐き出される暴言。
 男は捻り上げていた女ディーラーを荒っぽく突き放すと、今度はその毛深い両手を青年の方に翳してにじり寄る。
 対する青年は背だけは高いが細身で、筋肉隆々のこの暴漢より力があるとは到底思えなかった。
 しかし、それでも彼は臆するどころか平然と男に言い放つ。
「よしたまえ。私では君に勝てないのは目に見えている」
「ンだとコルァッ!……………………んぁ?」
 一瞬訪れた、沈黙。
 こいつは今、何と言った?
 『私では君に勝てないのは目に見えている』と聞こえたのは、はたして気のせいか。
 だが数秒迷った後、男の脳を駆け巡る疑問はすぐに一掃された。
「そりゃつまり、オメェが弱ぇってことじゃァねェかよッ」
「おっと!」
 つかみかかろうとした男の手を寸でのところでかわす青年。しかし、それでも『勝てそうもない』といった彼の言に嘘はなかったらしい。一歩後ずさった彼の額には、小さな汗の滴が浮かび上がっている。
「……まったく、ジョークが通じないとは。君、それじゃあ、ご婦人方に相当好かれないね!」
 それでも偉そうに説教を垂れながら、青年は勢いよく後方に駆け出した。
 障害物を軽やかに跳びかわしながら、目指すは出入り口の扉。
「ムッシュー、タイが曲がっているよッ。それは紳士として、些かみっともない」
 たまにすれ違う他の客に余計なアドバイスを言い渡しながら、青年は着実に退路を辿っていく。
「待ちやがれッ! このスカシ野郎がッ」
 対する暴漢も逃げる青年を捕まえんと、椅子やテーブルを蹴り飛ばしながら追う足を速めた。
 もう腹立たしい賭博の結果も、先ほどの生意気なディーラーのことも頭にはない。とりあえず、目の前のいかれ野郎に一泡吹かせなければ気がすまなかった。
「クソッたれァ、逃がすかァアッ!」
「しつこいよ、君! どうせ追われるなら、私は美しい女性に嬌声をもって追われたい」
 青年は少しも堪えた様子のない声で呑気なことを叫ぶ。だからと言って後を追ってくる荒くれ者の中年男が美女に変身することはないし、かかる声も嬌声などではなく、ダミ声の暴言のままなのだが。
 しかし、それでも絶体絶命に見えた彼に幸運の遣いが現れた。
「――お、あったあった」
 突然、暴漢と青年、追う者と追われる者の間に割り込んできた何者かの腕。伸ばしたその手が目指すは、床に落ちた一枚の銅貨だ。
 だが青年が床を蹴った勢いで弾かれ、銅貨はその手をすり抜けて真上に跳んでいった。そして、慌ててそれを跳びつくように捕らえんと伸ばした指が、もう一度銅貨をつかみ損ね、その代わり――
「ぬおぁッ!」
 ちょうど青年を追っていた暴漢のズボンをつかんで、布の裂ける音と共に一気に引き下げたのだった。
「……………………」
 止まる時。静まる堵場。寒い空気が辺りに満ちていく。
 客、店員、博打に興じていたすべての人々の視線が、その場に集まって硬直する。
 そんな中――
 ……チャリンッ。
「お、やっと取れたよー」
 白けた空気の中、小さな金属音を追うように緊張感のない声が発される。先ほどの人物だ。
 短く刈ったくすんだ金髪とはっきり開いた栗色の目が特徴的で、何やらみすぼらしい服を身にまとった青年である。年齢は二十代前半といった感じだが、床に転がったまま楽しそうに一フィース銅貨を拾い上げる姿はまるで少年のようだ。
 金髪の青年は、何とか回収したらしい銅貨を『WOLLY』とロゴの入ったすりきれた鞄に放り込むと、大量の硬貨が擦れ合うような金属音をさせながら立ち上がった。
 ――目の前には、自分がズボンを引きはいだ、あの暴漢が仁王立ちしているにも関わらずに。
「あ……」
 しかし、金髪の青年が声を上げたのは、その気まずさが原因ではない。
 その証拠に眼前を立ちはだかる荒くれ者の男に向かって、彼は自分が思った通りの感想をそのまま正直に述べた。
「おおっ、ハートがいっぱいだ!」
 それだけ言うと、金髪の青年は何事もなかったかのように鼻歌を歌いながら店を後にした。
 そして――
「………………」
 再び訪れた、沈黙。
 客も店員も誰一人動こうとはせず、あの暴漢ですらどういう訳か固まったまま立ち尽くしている。騒ぎを大きくしたプラチナブロンドの青年も、呆然と店の出入り口である扉をただ見ているだけだ。
 開け放たれたままの扉の、観音開きの片方だけが風で閉まる。
 そして、金髪の青年の去っていった方を見ながら、プラチナブロンドの青年は何か心に決めたように頷くのだった。
「……すばらしい。これはきっと、そうだ。運命の出会いというやつだ!」
 そう叫ぶや否や、意を決した青年は金髪の青年を追うように、側に立っていたウェイターの脇をすり抜け、さっさと店を出て行く。
 その去った後を、彼が落としたらしいトランプカードが5枚舞った。
 それは、すべてクイーンのカードだった。


 建物から出ても、ハンジェロの夜は明るい。
 店から零れる灯りに、その間を埋めるように並び立つ少し眩しいくらいの街路灯。空に浮かんだ月は地上の光に負けて、こちらからは朧げにしか映らない。
 明るく賑やかな表通りを歩いていると、今が昼なのか夜なのか忘れそうになるから不思議だ。
 ニール王国首都、その一部を切り取った歓楽街はその中でも最たるものだろう。
 堵場を離れて夜の街の雑踏に紛れたプラチナブロンドの青年は、人の波を掻き分けながらふとそんなことを思った。
 彼の名はアルメイス・オルグレンという。
 各地で悪行を重ねては転々と姿をくらましている小悪党で、その手口は紳士的で無害そうな外見に似合わず大胆かつ巧妙なことで知られている。
 その証拠に、彼がこの国に入って三ヶ月の間に働いた悪事は市警察が調書を取っているものだけで既に七件にも及ぶが、それらは主に証拠不十分で未だ解決されていない。
 それについて、以前彼と契約関係にあった堵場主は密かにこう漏らしたという。
「奴は、魔法使いだ……」
 突拍子もない話だが、直接それを聞いた私立探偵は自分の調査記録を見て忌々しくも納得せざるを得なかったらしい。この国の法では限りなく黒に近くても、有罪を立証することができなければ無罪放免だ。つまりは有罪を立証する術である確たる証拠がどう逆さに振っても見つからない、そういうことなのだろう。
 証拠も手口も一切残さず、ただ存在だけは知られている小悪党。世間を翻弄する影の存在。それがアルメイス・オルグレンなのである。
 だが今、世間を翻弄しているはずの男は何かに取り憑つかれたように走っている。先ほど偶然にも自分を救ってくれた、あのみすぼらしい姿の青年を追って――……。
「はあ、どこに行ってしまったのか……」
 アルメイスは膝に手をついて息を整える。ぐっと押し寄せるのは後悔だ。
 なぜあの時もっと早く動かなかったのか。もっと早く店を出ていれば、姿を見失わずにすんだかもしれないのに。
 ふーと溜息をついて、アルメイスは辺りを見渡す。あのみすぼらしい青年の姿はどこにも見当たらない。
(もうこの辺りにはいないのだろうか。それともどこか別の建物の中に……)
 ふと、集中していたアルメイスの背中が何かに当たる。誰かの体――小柄な青年だ。
 気づいて振り返った時にはもう遅かった。勢いついたアルメイスの背中にぶつかって、小柄な体は簡単に弾き飛ばされる。同時にその掌から何か白い物が落ちていくのが視線の端に映った。
「お、っと」
 アルメイスは寸でのところで青年の腕をつかみ、その体が地面に倒れるのを防いだ。青年の方は驚きに目を見開いている。
「すまないね、ぼんやりしていたものだから」
 そう言ってバランスを戻して青年を解放してやると、アルメイスは自分の足下に転がっていた白い木製の飾り物に気づいて拾い上げた。確か、この青年が握っていた物だ。
「参ったな。壊れてないかい? 弁償できるものなら弁償させてもらうよ」
 一瞬だけしか見えなかったが、相手が大切そうに握り締めていたのを思い出す。しかし小柄な青年はアルメイスの申し出に頭を横に振る。
「……大丈夫だ」
 呟くような声で短く返すと、小柄な青年はそれ以上言うことはないとばかりに本来向かっていた方向に駆け出した。まるで何かから逃げるような感じだ。
 その様子が少し気になり、アルメイスは青年を呼び止めようと手を伸ばしかけたが、ふと思い至ってその手を留める。今はそれよりも大事なことがあったはずだ。
 自分を救ってくれた恩人――この機会を逃すと会えなくなるかもしれないのは、自分が今探している人物も同じなのである。
 ひとまず、この青年のことは頭の隅に追いやることにして、アルメイスは再び夜の街を歩き始めた。
「しかし、どうしたものか……」
 アルメイスは唸る。今まで人を探して街を駆けずり回ったような経験はないし、余所者である自分はこの街に不案内だ。
 そうなると誰か第三者の情報を頼る必要性が出てくるのだが、生憎と自分が持っている説明材料が少なすぎる。「これこれこんな感じの青年なんですけど、見ませんでしたか?」と尋ねて、すぐさま「あいつだ」と特定してもらうには、相手に外見的な特徴がなさ過ぎるのだ。
 アルメイスはしばらくの間しらみ潰しに周辺を当たってみたが、結局何の収穫もないまま歩き疲れて路地裏の薄汚れた壁に背中を押しつけることになった。
「参ったね。カードでは常に、幸運の女神は私の傍らにいたというのに」
 彼の脳内ではイカサマ勝利も幸運によるものだと判断されるらしい。
「はー……、一体どこに行ってしまったのか……」
 溜息交じりそう呟いた時、ちょうど近くのごみ箱に腰かけていた何者かが唐突に相槌を打ってきた。
「そうだよなー。確かこの辺で見失った気がするんだよなー……」
 ごそごそと確かめるようにトラウザーズのポケットを探りながら、ぼやく声は沈んでいて口調もどこか寂しげだ。
 声の主はアルメイスより暗がりにいるため姿を確認できなかったが、それでも彼が自分と同じ心境であるらしい事は感覚で伝わってくる。アルメイスは素直に同意した。
「そう、確かこの辺りだったんだ。あの時もっと早く気づいていれば……」
「ああ、失ってから分かる大切さってヤツだよなァ――って、俺今ちょっとカッコイイこと言ったんじゃね?」
「陳腐だけど、今の私には深く突き刺さる言葉だね。いや、まったく、自分の不甲斐なさに眩暈がするよ」
 儚く笑うアルメイスに、暗がりの先にいる男は深々と頷く。
「まったくだ。どんなに離れても、絶対俺たちは繋がってるって信じてたのに」
「ああ、運命とは時に残酷な試練を寄越してくるものだね。……だけど、私は諦めないよ。さる国の古い伝説によると、小さな鯉は滝昇りという過酷な試練を経て偉大な竜へと転生するらしい。それと同じで、私たちも試練という大いなる滝を昇って、昇りつめれば、その先に大いなる幸運が待ち構えているに違いない。私はそう信じているんだ」
 妙に芝居がかった口調で無意味に壮大な熱弁を振るうアルメイスに、感動した相手は感極まって鼻水をすする。彼らはこの瞬間、お互いを得難き友だと判断した。
「お前ぇさんスゲーなァ、俺感動したよ。一フィース銅貨の良さをここまで分かってくれた奴ァ、今までいなかった」
「私もだ。肝心の探していた人物は見つからなかったが、代わりに君という素晴らしい友に出会えた。今すぐにでも、運命の女神に感謝と愛を込めて頬ずりしたい気分だよ」
 噛み合っているのかいないのか分からない賛辞を述べ交わしながら、互いに握手を求めるように手を差し出す二人。同時にアルメイスが一歩踏み出したことによって、暗がりにわずかな光が差し込んだ。
 そして、映し出される互いの顔。手。――そして、足下。
「「あっ」」
 二人はほぼ同時に声を上げていた。
「き、君は!」
「ちょ、ちょっとそこ動かないでくれ!」
 驚きにさらに一歩踏み出そうとしたアルメイスを片手で制し、その足下に勢いよく跪く相手。その髪が頭頂部から照らされ、鈍い金色の光を反射する。
 そして次に現れたのは歪な形に膨らんだドラムバッグ。肩に下げられたそれはぼろぼろで、継ぎ目の糸がほつれ所々に穴が開いている。その横面には、アルメイスが最後に見た『WOLLY』というロゴがはっきりと縫いつけられていた。
「――よっと、取れた」
 這いつくばった地面から起き上がった男は、拾った物――一フィース銅貨に軽く息を吹きかけ着ていた服の袖口で拭くと、それをいつかと同じ動作で鞄に放り込む。
 アルメイスはその様子を、真下から前方へと視線を移動させながら呆然と見守るしかなかった。
「ありがとなッ。お前ぇさんのおかげで見つかったよ!」
 満面の笑みを向けて、男はアルメイスの差し出したままになっていた右手を両手で握り締めて勢い良く上下に振る。勢いに圧倒されたアルメイスはただされるがままだ。
「………………」
 やがて嵐のような握手が止むと、驚きに目を見開いたまま相手の顔をまじまじと見つめ、思わずといった様子でアルメイスは呟いていた。
「……なんてことだ」
「んー、どうしたァ?――――ぅおわッ!?」
 瞬きもせずに凝視するアルメイスを怪訝そうに窺う相手だったが、次の瞬間ガシッと勢いよく両手首をつかまれ、そのまま体勢を崩して倒れそうになる。
 アルメイスはそれを絶妙なバランスで宙に引き留めると、目を輝かせて一息にまくし立てた。
「素晴らしい、何て素晴らしいんだ! まさに運命。私は今この瞬間ほど世界中の神々に感謝したことはない。そう、君だ。私が探していたのはまさしく君なんだよ。この風貌、その鞄――ああ、何でさっきまで気がつかなかったんだろう! 声だってまるで君じゃないか。まったく、自分の注意力のなさに涙が出るよ。……いや、でも、今はただ嬉しい。今ここで君と出会えたことが果てしなく嬉しいんだ。そう、まるで百年来会っていない親友と再開したような気分とでも言ってしまおうか。君と私はさっき初めて出会ったばかりだが」
 凄まじいほどの熱意に今度は相手の男が圧倒される。目を円く見開いたまま、呆然とアルメイスの台詞を半分以上聞き漏らしていた。
 だが彼は内容もよく耳に入れないまま、自分なりにこの突然の事態を推理する。
「もしかして、アレか? 俺、何かの宗教に勧誘されてんの?」
 先ほどからやたらと繰り返される神だの運命だのという単語から、男が連想したのはそれだった。しかし、アルメイスは何の冗談をと言わんばかりに否定する。
「いや、私は無神論者だ。この世に神がいるとするなら、それは母なる大地を示す慈母神と運命の女神だけだと信じている」
 言動に激しく矛盾を抱えながら、それに気づかないアルメイス。その言葉に一抹の疑問も抱かないまま、相手の男はさらに推測を続ける。
「じゃあ、えーとアレか? ほら、スカ……いや、えーと、あれだよ、あれ。スカ――」
「スカート?」
「お、そうそう、スカート! あのヒラヒラ広がる感じが……って、俺ァ穿かねェぞ、ンなモン!」
 誰も穿かせるなどと一言も口にしていないのに男は一人青ざめ、後ずさる。アルメイスはそんな反応に苦笑しつつ頭を振った。
「もちろんだ。私もいちいち人にスカートを穿かせて歩くような、風変わりな趣味は持ち合わせてないよ。私はね、もっと大切な用事があって君を探していたんだ」
 アルメイスはそう言うと、つかんでいた相手の両腕を解放してやる。
 そしてしばらくじっと相手の顔色を窺っていたかと思えば、今度は相手の前に片手で手皿を作って差し出し、それをゆっくりと波を描くように揺らし始めた。
「…………」
 場の空気が一変して静まる。
 アルメイスも相手の男も一切口を開かない。二人ともただ同じ一点を見つめて沈黙していた。
 その一点、アルメイスの掌は二つの視線を集めながら揺らされ続ける。
 そうしている内に、相手の男はふとその中にかすかな光を見つけた気がした。それは、彼にとってとても身近な存在であり、同時に何よりも大切なものだった。
「あっ」
 男が思わず声を上げてそれ指差すと、アルメイスは楽しそうに口角を上げる。
 そして次の瞬間、アルメイスの作った手皿からそれはまるで泉のように湧き上がった。
 チャリンッ…チャリンッ、チャリ、チャリンッチャリンチャリチャリンッ……
 男の目が驚きにどんどん見開かれていく。アルメイスの掌から溢れ出るそれは、輝く一フィース銅貨、だった。
 男は銅貨を一枚手に取り確認すると、双眸を輝かせてアルメイスの掌へと視線を戻す。赤銅色の波は、やがてアルメイスの掌から滝のような勢いで零れ落ちていっても尚止まずにいた。
 地面に落ちて、転がって、路地の先あるいは排水溝へと姿を消していく銅貨たち。勿体なさそうにそれを目で追いながら、男は何とか手の届く範囲で銅貨を回収し始める。
 やがて相手のそんな様子を満足そうに見ていたアルメイスが手を止め、意味ありげに目を細めた。
「こういうの、興味ないかい?」
 アルメイスの誘いに相手の男は関を切ったように頷く。それを確認して、アルメイスは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「よかった。それじゃあ、まず私の頼みを聞いてほしい」
「頼み……もしかして大変な事か?」
「いや、難しいことじゃないよ。ただ時間は物凄くかかるかもしれない。もちろんその間は、私と寝食を共にして貰う事になるのだけれど。それでも君は叶えてくれるかい?」
「おう、お安い御用だ。ドンとこい!」
「ありがとう。即答してくれるなんて、嬉しいよ。いや、君ならきっとそう言ってくれると思っていたんだ、本当は」
 感動のあまり銅貨を受けたままの手皿を崩し、相手の両手を握り締めるアルメイス。
 一方、手をつかまれた男は、支えるものを失った銅貨の小山を慌てて受け止めようと慌ててもがく。だが寸秒間に合わず、銅貨はすぐ下の地面に散らばることとなった――かのように見えて、実際は地に着く前に霧のように姿を消していた。
「あれ、消えた?」
 アルメイスの手から逃れ、訝しげに銅貨が落ちたはずの地面を探る男。しかし、いつまで経っても感触は伝わらない。
「どこにいったんだ?」
 半ば焦りつつ、男は地面に突っ伏して消えた銅貨を必死に探す。
 その這いつくばった頭上から、アルメイスが申し訳なさそうに言葉をかけた。
「すまない、本物の銅貨じゃないんだ。さっき私が出したのはすべて幻なんだよ」
「……幻?」
 要領を得ないでいる男に、アルメイスは静かに打ち明ける。
「私は幻術使いでね。こういった幻覚を相手に見せることはできても、本物を創り出すことはできないんだ。ほら、両手を見てごらん」
 指差されて、男は自分の両手を見る。そこにはさっき拾った銅貨が握られているはずだった。だが、ない。
「どういうことだ?」
「幻術が解けたんだよ。さっき私が種明かししたことによってね。感覚も錯覚なんだ。たぶん触れたことがない物なら、それすら初めから曖昧になる」
「じゃあ、本物は出せないのか?」
「さすがにそれは無理だよ。私は造幣局の人間じゃないんだから」
「そっか……」
 残念そうに呟いた男は、肘までずり落ちていたドラムバッグを引き上げ、再びごみ箱に腰を下ろす。
 果たして彼がアルメイスのおかしな発言に気がついているのかは謎だが、とりあえず駄目らしいことだけは理解できたのだろう。
 溜息をつくまでには至らなかったが、その双眸は半開きにどこか遠くを見つめている。
 その様子が本当に寂しそうで、アルメイスは隣の壁に背中を凭れかけ、元気づけるように相手の肩に手を置いた。
「そう、あれは偽物だ。でもね、君が一緒に来てくれるなら、私はさっきよりもっとたくさんの銅貨を君にあげる事ができる。いや、それ以上の物だってきっと簡単さ」
「本当か?」
「嘘は誓ってつかないよ、相棒。男の約束だ」
 まだ信じきれない様子の男にアルメイスは力強い眼差しで答える。男は暫し考える様子を見せてから、心を決めたように頷いた。
「よしっ、それならハラキリ……じゃねェ、ユビキリだ!」
 そう言って気の良い笑みを向けながら、男は泥のついた深爪気味の小指を差し出し、アルメイスが応じるのを待つ。そんな子供のような仕草が無邪気で微笑ましく思え、アルメイスは思わず目尻を下げて笑みを深めた。
 ――彼なら、きっと見せてくれるだろう。自分がこれまで望んできた世界を。驚きと歓喜に満ちた夢物語のようなを世界を。
 アルメイスは心中に潜めた希望を密かに膨らませ、相棒と決めた男に約束の完遂を誓った。
「よし。そうと決まれば、まずアレだ。お互いに、あーほら、アレだよアレ。そうだ、……名を名乗れ?」
「え? ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね」
 アルメイスは思い出したように手槌を打つ。
「私はアルメイス、アルメイス・オルグレンだ。君は?」
「おう。俺ァ、ウォルター・ウェードってんだ。ウォーリーでいいぜ」
「ああ。それではウォーリー、お願いするよ。どうか私に――」
 そう言葉を切って、アルメイスはまっすぐにウォーリーを見る。その目は力強く、願いという結果が曖昧な言葉とは裏腹に十分な確信が込められていた。
「君が紡ぐ、最高の物語を見せてくれ!」

 そうして、薄汚れた路地裏の中、一つの喜劇は幕を上げた。
2007/03/08(Thu)14:59:17 公開 / 草木千授
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■作者からのメッセージ
初めまして、草木千授と申します。
今回が初投稿ということで、連続短編の最初の一話を置かせていただきました。本作は以前個人サイトで公開したものに、若干手直しを加えたものになります。
読んでくださる皆さんに少しでも楽しんでいただけるような作品を目指しています。
ご意見やご感想、辛口でも構いません。作品をより良くしていく為に、皆さんの正直なコメントをお待ちしております。
*【陰謀編】一部推敲しました。(07.03.08)
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