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『未来への道』 作者:花鳥風月 / ファンタジー 恋愛小説
全角24342文字
容量48684 bytes
原稿用紙約70.7枚
ある小さな町に、少年が住んでいた。普通の人間とは違う力を持っていた。それは生き物の未来が視える。だが、その力は少年にとって悲しみしか生まなかった。未来が視える少年に訪れる、今までには無かった夏休み。いろいろな悲しみを視てきた彼が、ある不思議な少女と出会いで変わっていく。この出会いは、良かったのか悪かったのか?失うことを恐れて進むことが出来なかった少年と、悲しみを抱えて生きてきた少女の淡いひと夏の物語。
 
 この世界には、未来へ続く道と言うものが定められている。いつどこで誰がどのようにして怪我をするのか、どこで死を迎えるのか。そういった事柄は、偶然ではなく必然としてとして存在している。
 何故、俺がこのようなことを言うのか。それには大きな理由がある。
『この世界の生き物の未来が視える』という力があるからだ。もちろん全てが見えるわけでなく、誰かが怪我をするとか、死ぬといったマイナスの事柄しか見えない。
 意識をしなければ、怪我をすると言った小さなことは見えなくても、死という未来は近くにいるだけで視えたり、感じたりしてしまう。近い未来であるほど意識しなくても強く入り込んでくる。
 視えたからといって俺がどう頑張っても未来は変えることはできない。それは数年前で解ってしまった。死を知っても、ただ力なくそれを受け入れるしかない。なんて俺は無力なんだ、ちっぽけな自分に嫌気が差す。
 梅雨時期には珍しく快晴のある日、学校帰りに俺は隣町にある繁華街に来ている。住んでいる町とは違いとても栄えている。
見渡す限りにビルが立ち並び、その中を人や車は忙しなく行き交う。帰宅ラッシュの時間帯ということもあり、辺りにはたくさんの人や車であふれかえっていた。
クラスメイトなどはよくこの街に来たりするらしいのだが、俺はこういう人の多いところは普段あまり行かない。嫌いだからだ。
だが、今日は特別な用事があったから仕方無くきたのだ。こういうところに来ると、人がかなり多いので視える機会も必然的に増えるので、普段は来ないようにしているのだ。
 そんなことを考えていると、その次の交差点で男3名、女2名死者を出す大きい事故が起きる、そんな出来事が視えた。
またか…、そう思いながら俺はその事故を見たくなかったので、片手に持っていた袋をしっかりと持ち、逃げるようにして電車に乗り急いで家に帰った。いつものことながら人の死を視るというのはとても気分が悪くなる。これはいつまでたってもなれることは無いのだろう。
 そんなことを考えながら俺は駅のホームを抜け、自宅を目指す。ここから歩いて10分ぐらいの距離だ。帰り道にコンビニがあるのだが、それほど邪魔ではないが、とりあえず手に持っていた荷物を置きに家に帰ることにした。
 俺は小さい家に1人で住んでいる。周囲は反対したが、家族が居ない以上前住んでいた、豪邸に住む意味も無い。
 家に着くなり急いでテレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを変えると、交通事故のニュースをやっていた。
「たった今入った情報によりますと、○○市の交差点で大規模の玉突き事故が起きたようです。死者が男性3名と、女性2名。重軽傷者を多数に上るようです。原因など詳しい情報が入り次第…」
 俺はそこでテレビのチャンネルを変えた。知ることが出来ても変えることができなければ意味がない。何度変えようとしても、変えることができなかった。ある人は聞き流し、俺の話を信じてくれた人でさえも未来の形を変えることなく死んでいった。
「くそ!!」そう言って俺は壁を思いっきり殴りつけた。ドンという鈍い音が辺りに響き、拳がジンジン痛む。事故が起きたことに対して腹が立ったわけじゃない。事故が起きることを視ていても変えられない、そこから逃げ出してしまう自分の弱さに腹が立つ。
 今までのことを思い出すだけで自分に腹が立つ。未来を変えることができれば、父さんも母さんも…、いやそんなことを考えても仕方が無い。
 俺は気分を変えるためにコンビニに向かった。何かを作って食べる気も起きなかったし、あまり材料が無かったからだ。
 小さい十字路を2つ曲がったところのさっきのコンビニだ。ここは家の近くなのでよく来る。そこで、おにぎりなどの晩飯になりそうなものを選んで買った。
 そして、家に帰る途中の十字路で嫌な物を見た、黒猫だ。縁起が悪いと思って無視して行こうとすると、道路にいる黒猫が車にはねられる。そんな未来が視えてしまった。
 車はもうすぐ来るだろう、たとえ俺が飛び出しても黒猫は何らかの形で車にはねられるという未来は変わらない。そう、未来は決まっているんだ。生き物は決まった未来をなぞって歩くだけなんだ。
 けたたましいブレーキ音が周囲に響き渡る。はねられる瞬間を見たくなかったので、とっさに目を閉じていた。また俺は目の前の死から目をそらしたんだ。
 その瞬間、俺の横を何かが通り過ぎたような気がした。
「痛たたたた、大丈夫か?あんたも気をつけないと轢かれるぞ」
 目を開けると、1人の女性…。いや俺よりも少し小さい少女が黒猫を抱えて壁にもたれかかっていた。俺にはいったい何が起きたのか全くわかっておらず、ただ混乱していた。
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
 車から慌てて降りてきた男の人に、少女は「大丈夫だ」とズボンを叩きながら告げ、黒猫を放してその場から立ち去った。
「何故だ?」と俺は思わず呟いており、その黒猫に触れた。意識を集中するが、死という大きなマイナス要素は当分やってこないようだ。今までに俺の予言が外れるなんてことは1度も無かった。望まなくてもあたってしまうこの力が何故だ!?
 混乱していた頭のまま、俺は黒猫を助けた少女を追いかけた。だが、少女の姿はどこにも見当たらず、どこに行ったのか全く分からなくなってしまった。
 あいつは一体なんなんだ?その疑問が俺の頭の中をずっと渦巻いていた。いつまでもそんなことを考えていても仕方が無い。自分の頬を両手でパチンと叩き気分を変え、俺は大人しく家に帰ることにした。
 家に帰っても俺はなぜ見えた未来が外れたのかが気になった。今まで18年間数え切れないほど見てきたが、絶対に外れたことが無かったのだから仕方が無いだろう。あの少女のせいで外れたのか?そんなことを考えながら、両親の遺影の前に座り、昔のことを思い出していた。
 俺は両親が死んだとき、莫大な遺産と膨大な敷地を持つ家、そして、世界でもトップクラスのコンピュータの会社を持たされた。会社を持たされたといっても、株の50%以上を持っている筆頭株主になったというだけで、社長業は陽子(ようこ)さんが行っている。
 陽子さんというのは、高校3年の俺と6歳しか離れていない、父さんの妹さんだ。つまり、俺のおばさんに当たる人だ。
 若いながらもとても頭がよく、父さんが生きているころからナンバー2として父さんを支えていたので、このことに反論する人は少なかったらしい。
 この人だけが財産目当てではなく、本気で心配してくれた、ただ1人の人だ。
 父さんも、遺産が悪用されるのを防ぐため、当時21歳だった陽子さんに、俺が成人するまで面倒を見てくれと遺書に残していたらしい。
「兄さんはいつも用意周到だったからね」と涙をこらえて御通夜のときに陽子さんが言ったあの言葉が忘れられない。俺の目には陽子さん以外、本気で父さんの死を悲しんでいるものは居なかったと思う。むしろ、死んでくれたおかげで遺産が流れ込むんじゃないかと思っているものも少なからずいただろう。そんな、人間の汚さが俺はとても嫌いだ。
 母さんの方はいろいろな理由があり、親族との連絡が全く取れなかったので面倒なことにはならなかった。
 これ以上思い出しても仕方が無いので、もう考えるのをやめた。陽子さんは確かにいい人だし、家族だと思っている。だからこそ一緒にいると、死が視えるんじゃないかと思って不安になってしまうんだ。俺が弱いのかもしれないが、親しい人の死はもう絶対に視たくないんだ。そんなことを考えながら窓のそばに立つと、雨がパラパラと降っている。
 もう出かける用事が無いので、明日までにはやむように祈りながら、今日も俺は1人で食事をとり、風呂に入り眠る。何も無ければいつもの日常だったのだが、今日はとんでもないことが起きた。あのとき確かに黒猫の未来は変わったんだ。あの少女が原因か分からないが、もう1度会って確かめたい。どんなことを考えながら眠った。

 次の日、目が覚めたのは午前7時、どうやら雨はすっかりやんだらしい。そんなことを考えていると、部屋の隣にあるリビングからいい匂いがした。はっきりと覚醒しない状態でリビングに向かうと、陽子さんが朝食を作ってくれていた。陽子さんの家は歩いてすぐのところにある。場所は自宅の真横にあるので、朝食はこうして作りに来てくれるのだ。
「おはよう、いつもありがとう」
 俺はまだはっきりしないぼけた頭で、陽子さんにお礼を言った。すると陽子さんは優しいまなざしで俺を見た。
「私は慎平の保護者を任されているんだからこのぐらいは当然よ」
 その後に陽子さんはふくよかな胸を張ってそんなことを言った。背筋を伸ばすと俺との身長差がよく分かるので、約165cmと小さい俺としては少し気になるところだ。
「また身長のこと気にしているでしょう。男は身長じゃないわよ、心が問題なのよ」
 急に顔を近づけて陽子さんがそんなことを言ってきた。その綺麗な顔にドキッとしたので、「着替えてくる」と言って俺は自分の部屋に戻った。そして、学校に行く準備をしてからテーブルに着いた。
「いただきます」
 そう言って俺たちは食事を始めた。こんな生活を3年間ずっと送っている。朝食だけだが、俺は家で1人じゃないということが嬉しかった。
「やっぱり、ずっと一緒に居るって言うのはまだ不安なの?」
 陽子さんが最近してこなかった質問を俺にしてきた。陽子さんには一緒に住めないのは、家族を失うのが不安だと言っている。だけど、実際のところはあの力が問題なんだ。そんなこと絶対に言えるわけが無いし、言って変わるものでもないので、「うん」とだけ返事をした。
 すると、陽子さんは少し悲しそうな顔をしたが、それ以降何も尋ねてこなかった。
その後の会話が無く、沈黙が続いたというのがとてもつらかった。陽子さんは俺に気を使って何も言わなかったのだろう。ただ黙々と料理を食べていた。
俺だって孤独を望んでいるわけじゃない。むしろ、陽子さんが隣にいてくれたほうが暖かいだろう。だけど、それ以上に失うことが怖い、俺はとても弱い人間だから…。
そんなことを思いながら食事を食べる。気まずい沈黙が続いたまま。
 なんとか朝食が終わり、俺たちはそれぞれに行くべきところに向かった。俺は学校、陽子さんは隣町の繁華街にある会社に向かった。
 学校には自宅から真っ直ぐで、歩いて5分もあれば着く。しかし、自転車で行くと1分ぐらいで着くので自転車を使っている。
 自転車で交差点を1つ越えるとでかい校門が見えてくる。その奥には家からでも見えるでかい校舎が聳え立っている。あまりにも広いため、初めて来た人は迷ってしまうことが多々ある。
 清栄高校、格式高い進学校。文武両道を掲げ、スポーツ、学業においてもこの地域で1番の凄い学校だ。
 俺も親父が会社の社長だったので、昔から教育をしっかりとされていたからこの学校に通うことが出来た。母親はこの学校の入試を受けるときにとても心配して、受かったときは一番喜んでくれたな。
 そのことを思い出し、少しセンチな気分になりながら俺は学校の中に入った。そして、今日もいつもと変わらない1日を学校で過ごす。もちろんあの少女の手がかりなど無いままに…。
 
 時間はあっという間に過ぎ、4時ごろに学校が終わったので、部活に入っていない俺は家に帰る。家に帰ってもすることは無いが、ここにいてもすることが無い。どこにいても同じなら、せめて人がいない自分の部屋がいい。俺が家にいる理由はただそれだけだ。
 自転車に乗り、のんびりと家に帰る。朝は快晴だったが、今は少し曇っていて今にも雨が降り出しそうだった。
 帰っているときに、楽しそうに買い物袋を下げて歩いている親子が目に留まった。そこで思わず俺は自転車を止めてしまった。
母親と一緒に歩いている少年の楽しそうな顔。その表情には1片の曇りも無く、澄み切った心を持っているようだった。その表情を見ていてふと思った。
 俺も人の死が視えなければ、もっと人生は変わっていただろうな。もっと明るく人と接することができて、陽子さんとも一緒に住んでいただろう。
だが、そんなことを考えても何も変わらないし、変ってはくれない。そんなことを考えているといきなり雨が降り始めたので、俺は急いで家に帰った。
 家に着いた俺は真っ先にタオルで髪の毛を拭いた。幸いなことにあまり濡れなかったのでサッと拭くだけでよさそうだ。
 タオルで体を拭き終わった俺は布団を敷いて寝転がった。俺は家で何も変わらない日常を過ごす。誰にも触れられない、孤独という絶対の安息をもたらしてくれるこの場所で…。
もし、あの少女に会えたなら何か変わるかも知れない。そんな希望を抱きながら俺は日常を過ごした。
 
 だが、少女の手がかりが無いまま、あっという間に1学期が終わった。この学期で変わったことといえば、車の免許を取ったということだ。成績もいつもと変わらず学年トップをキープして、何も変わらない。
 終業式が終わり、家に帰宅した俺は約1ヶ月前に少女が黒猫を助けた現場に向かった。理由は何となく気になったから、ただそれだけだった。
 外は7月も折り返して少したった頃なので、流石に暑く、アスファルトの照り返しのせいで本来の気温よりも高く感じる。しかし、そんな状況でも俺は動かずにはいられなかった。
 少女を見かけたのは家を出てすぐの交差点を左に曲がったところに有る2つ目の十字路だ。俺はのんびりと歩いていく。ただ何かに導かれるようにゆっくりと。
 十字路に着いたが、当然のように誰もいなかった。昼のこの時間は、普段は車も通らなければ人もほとんど通らない。こんなところに来ても意味が無かった。そう思って家に帰ろうとした。
「こんにちわ」と後ろから俺に話しかけてくるような声がしたのでその方を見た。すると、あの日の少女が目の前に立っているではないか。俺は驚きのあまりただ立ち尽くしていると、少女はとても悲しそうな顔をした。その後、小さくこう呟いた。
「やっぱり、わからんのだな」
 しょんぼりとした様子で言った言葉に俺は思わず、「わからないわけがあるか!!」と怒鳴っていた。勝手に完結する態度が許せなかったからだ。
「なぜだ?」と少女がとても驚いた表情で呟いたのに対し、俺はこう言った。
「そりゃ、いきなり飛び出してきて黒猫を助けたら誰でも覚えているだろ。よほど記憶力が悪く無ければな」
 黒猫の死が変ったから覚えているなんて信じてもらえるわけがないので、俺は少女には言わなかった。だが、この説明でも十分な理由になっている。
 だが、少女は腕を組んで何かを考え込んでいた。まだ納得がいっていないようだ。しかし、それは俺だって同じだ。何故、あの黒猫が助かったのかがわかっていないからな。
 それに、この少女にはどこか違和感を覚える。口では説明できないが、ほかの人とは何かが決定的に違う何かを感じる。俺がそんなことを感じているなんてことを知らない少女は平然としていた。
「私の名前は杉岡翔子(すぎおか しょうこ)、あんたの名前はなんだ?」
 何の脈絡も無く、尋ねてもいないのに少女はいきなり自己紹介をしてきた。その話し方はどこか年寄りくさかった。前に見たときは気がつかなかったが、とても整った顔立ちのかわいい少女だった。
相手が自己紹介したので仕方が無い、俺も少女に自己紹介した。
「青野 慎平だ」と、警戒心をむき出しにしてぶっきらぼうに答えた。あまり親しくない人間は苦手だからだ。
そんなことはお構いなしに、少女は俺の顔をまじまじと見た。その後、何か納得したように大きく頷いた。
「慎平とやら、しばらく私をお前の家に泊めてくれ」
 俺を指差して、いきなりこの少女はとんでもないことを言い出した。俺は自分の耳がおかしくなったのだろうかと思った。
「もう1度言ってもらえるかな?」
「しばらく私をお前の家に泊めてくれと言ったのだ」
 少女は面倒そうに言ったので、残念ながら俺の聞き間違いではなかったようだ。俺はそう分かった瞬間大きな声で少女に言った。
「はぁ、いきなり何を言っているんだ!?」
「お前のような人間は大抵、安全だからな。しばらく世話になるぞ」
 この少女はとても堂々として俺に言った。だが、何をされようが無理なものは無理だ。
「ダメだ」
 そう冷たく言った。こんな少女を家に入れたら、あっという間に犯罪者扱いされてもおかしくなかったので、とっさに断ったのだ。
 すると、少女は本当に悲しそうな顔をして言った。
「私には帰る家が無いのだ。頼む、どうかこの通りだ」
 真剣に頭を下げる少女の姿は、冗談でそんなことを言っているようには見えなかった。きっと、今いる場所は本当に安らげる場所ではないのだろう。だけど、流石にこんな小さい子どもを家に連れて行くのはまずいだろ。
「嬢ちゃんは、今いくつなんだ?」
「嬢ちゃんではない!!翔子と呼べ。年齢などいくつでもいいではないか」
 はぁ、と思わずため息を漏らしてしまった。翔子はさっきまでの悲しそうな顔とは打って変わり、とてもムッとした表情をしていた。
だけど、年齢を言わないってことは知られるとまずい年齢なんだろうな。厄介ごととは関わりたくないし、問題になるといろいろ面倒だ。そう考えた俺はもう1度強く断ろうと思った。
 そのとき、さっきの悲しそうな顔が俺の脳裏をよぎった。帰る場所が無い翔子の悲しみはよくわかる。両親を失ったとき、俺もとても辛かった。それを考えると、この少女を無下に扱うことなどできなかった。
「少しの間だけだぞ。さっさと気持ちの整理をつけて元の家に帰れよ」
 自分自身の甘さに嫌気が差しながらそう言った。すると、翔子はとても嬉しそうにはしゃいでいた。その姿はさっきまでの堂々としたものではなく、無垢な少女のものだった。
きっと、あの予知が外れたのは偶然だったんだろう。こんな少女が運命を捻じ曲げる、そんな力は無い。
「しっかりついてこいよ」
 俺はそう言って自分の家に翔子を案内することにした。案内と言ってもほんの少しの距離しかないので、はぐれるわけなど無いのだが。
「ここだ、あんまり広くない家だが我慢しろよ」
 俺は玄関のドアを開けながらそう言った。俺の横を翔子は通り抜けて家の中に入っていった。
俺の家はリビングが16畳ぐらいあるLDKなので、2人で寝ようと思えば何とかなる。このことは陽子さんにはちゃんと言っておかなければならないと思ったので、帰ってきてから言うことにした。
「少し狭いが我慢するか。よし、まずはこの散らかった部屋を掃除しよう」
 いきなり翔子はそう言って部屋の掃除を始めようとした。俺はいきなりきた人間に自分の物を触られるのが嫌だったので、急いで止めた。
「汚いのが嫌なら俺が掃除をするからやめてくれ」
「なんだ、遠慮するな。もしや私に見られたら困るようなものでもあるのか?」
 ニヤッと笑いながら翔子は俺に言った。何か青少年が普通持っているような物を期待したんだろう。全く最近の子はませていて困る。
「あるわけ無いだろう、あったら女の子なんて呼べないだろう」
 俺はため息をついてしまった。そんな短絡的な考えをする翔子についていけなかったからだ。だけど、そんなに悪い気分ではない。こんなに人と仲良く話すのは陽子さん以外にいなかったから、新鮮な感じでとてもよかった。
 少しの時間なら、この子の死を視ることなんて意識をしない限り大丈夫だろうと考えていたから、安心していたのか? いや、そうじゃない。俺はなぜかわからないが、この子が死ぬという姿をどうやっても想像できなかったのだろう。
 俺が部屋の片付けをしているのを横でじっと翔子が見ていた。何か変なものが無いか興味があったんだろうが、もちろんそんなものは1つも無い。
普通に部屋の片付けが終わり、翔子は少し面白くなさそうだった。
「なんだ、そんなに何も無かったのが面白くなかったか?」
 俺が尋ねると、「あたりまえだ」と膨れながら言った。「そう言うな」と言って翔子をなだめた。なだめた甲斐があったのか、翔子の機嫌は少しずつ良くなっていった。
 機嫌が良くなったようだったので、俺は翔子にどこから来たのか、なぜ家出をしたのか、といった質問をしたのが、言いたくない様子だった。
 無理に聞くのは良くないと思ったので、翔子が自分から言ってくれるまで待とうと思った。
 それから少しして、翔子はいきなり声を上げた。
「そうだ、出会ったのも何かの記念だ。慎平にはこれをやろう」
 そう言って翔子が差し出したのは、白い小さな押し花だった。俺は男なので、こういったものに興味は無かった。
「ありがとう、このあたりにでも飾っとくよ」
 だが、そういった気持ちが嬉しかったので、壁に引っ掛けるようにして飾っておいた。翔子は俺の姿を嬉しそうに見ていたような気がする。
 それから2人でのんびりしていると、いつの間にか日も沈みかかっていた。この時間なら陽子さんも帰っているだろうと思った俺は、「少し出かけてくる」と言った。
「どこに行くんだ?」
 と不思議そうな顔をして翔子は俺に尋ねてきた。
「俺の保護者にお前のことを話さないとだめだろ」
そう言うと、翔子は納得した表情をして、「頑張れ」と言って俺に手を振っていた。翔子に見送られながら俺は陽子さんの家に向かった。
 夕焼けが眩しくあたりを照らす中、隣にある陽子さんの家のチャイムを鳴らすと、中から陽子さんが出てきてくれた。
「あら、慎平こんな時間にどうかしたの?」
 陽子さんはとても不思議そうな顔をしていたもののどこか嬉しそうな笑みを浮べて俺に尋ねた。
「実は…、厄介なことに少女を1人うちで保護することになったんだ」
 俺の突然の一言を理解できなかったのか、陽子さんは目をパチパチして俺のほうに歩み寄り、手を額に当てた。
「熱は無いようね、慎平はそんな冗談を言わなかったから私驚いたな」
 陽子さんは突然すぎるその言葉に俺が冗談を言っているとしか思えなかったようだ。
「冗談じゃないんだよ」
 真剣な表情をして、陽子さんにそう言うと気まずい沈黙が辺りを包んだ。陽子さんは困惑した表情を浮かべている。無理も無い、いきなり少女を家に住まわせるなんて言ったら誰もがこんな風になるだろう。
「なんでそんなことを勝手に決めちゃうのかな」
 ため息をつきながら、陽子さんは頭を抱えて悩んでいるようだった。確かにこんなことを保護者の許可なしにするのはまずかっただろう。陽子さんは俺の保護者なのだから当然だろう。
「あの子は悪い子じゃなさそうだったし、俺自身あんな少女を1人で置いておくのは不安だった」
 俺はそこまで言って深呼吸をして気持ちを落ち着けた。陽子さんも暗い表情なものの真剣に話を聞いているようだった。だから、俺も本音を陽子さんに話すことにした。
「1人きりで誰にも頼れなくていることの辛さはよくわかるからさ」
 俺がそう言うと、陽子さんはとても悲しそうな表情になった。だけど、その表情をしたのは一瞬だった。
「そこまで言うなら、私はもう何も言わない。だけど、変なことをしちゃダメだからね」
 俺の思いが伝わったのか、彼女はいつもの温かい笑みを浮べて俺にそう注意をした。陽子さんのその様子に俺はほっと胸を撫で下ろして、「そんなことあるわけない」と俺も笑いながらそう言った。すると、ホッと安心したよう表情をした。
「一応、どんな子か見ておきたいから紹介してもらってもいいかな?」
 そう言われたので、俺は「いいよ」と言って翔子がいる自宅に2人で向かった。自宅に帰る頃にはほとんど日も沈みかかっていた。
 家に帰ると、翔子が「遅いではないか」と少しムッとした表情を浮べながら言った。俺が「すまない」と一言謝った。それから、陽子さんが翔子に自己紹介を始めた。
「私の名前は青野 陽子って言って、慎平のおばさんなの。これから困ったこととかあったら隣に住んでいるから気軽に相談してね」
 陽子さんは優しい笑顔で翔子にそう紹介した。その姿は、頼れるお姉さんと言う感じで、とても心強い味方が近くにいるようで安心できた。翔子はじっくりと陽子さんの顔を眺めて、納得したような表情を浮かべて言った。
「うむ、私の名前は杉岡 翔子だ。陽子よ、これからよろしく頼むの」
 翔子は相変わらずおばさん、いやおばあさんっぽい話し方で話していて、外見とのギャップがありすぎて面白い。それに、陽子さんを自然と呼び捨てにしているにもかかわらず自然なのがとてもおかしかった。そんな2人の自己紹介で思わず声を出して笑ってしまった。
 どのくらい前だろう、こんなにも声を出して笑ったのは?少なくとも、両親が死んでからこんなにも笑うことは無かった。そんな、俺の姿に陽子さんはとても驚いた表情をしていたものの、どこか嬉しそうな様子があったのも確かだ。翔子は笑われていることが嫌だったのか、少し不機嫌そうな様子だった。
 そんなことがあってから、女2人で少し話をしていた。何気ない日常会話だったが、翔子とはとても話が弾んでいるようだった。
「きっと大丈夫よね。時々様子を見に来るから仲良くね」
 話に満足したのか、陽子さんはそんなことを言って自分の家へと戻った。もう少し何かを言われると思っていたので、少し拍子抜けした感じはしたが、信頼してもらえたんだと考えると、とても嬉しかった。
「うむ、あの陽子という人はとてもいい人だな」
 とても嬉しそうな顔をして翔子はそんなことを俺に言っていた。だけど俺はどこかその笑顔に違和感を覚えていた。なんだかわからないが、とても悲しげなような気がしたのは気のせいなのだろうか。
俺の疑問は置いておいて、こいつは人を安心させる力があると思う。それはいろいろな経験があるからなのか?などと思っていた。その安心感があったからこそ、陽子さんも安心して帰ったんだろう。
「どうかしたか?」と尋ねる翔子に、「別に何も無い」と答えて俺は少し笑った。正直に言うとなんだか、こんなにも近くに人がいるというのが嬉しかった。
 前から思っていたのだが、彼女はどこか死とは無縁な位置にいるような気がする。だから、安心してそばにいれるんだということがはっきりわかった。
 初めて心を許せる人間が出来て、俺はとても嬉しかった。翔子も俺に対して、友好的な態度を示してくれるので、お互いが打ち解けあうのに時間はかからないと思った。
 そんなことを翔子の方を見ながら考えていると、見られていることに翔子は気がついた。
「慎平よ、私の美しさに見惚れておったな」
「いや、それは絶対に無いから安心しろ」
 そう言うと、「なんだと」と怒ってポカポカと俺のことを叩いてきた。そんな翔子の姿はとても微笑ましく、楽しいものだった。
 
 それから、日が沈む頃まで俺たちは話をした。たわい無い話だった、どんな食べ物が好きかとか、趣味は何かとか。だけど、そんな会話でもとても楽しかった。俺にとっては新鮮だった。翔子も楽しそうな表情を浮かべていたので、俺としてもとても嬉しかった。
そんな話をした後、陽子さんが買ってきていた材料を使って晩飯を作ることにした。翔子は何を作るのか興味津々のようだった。
しかし少し時間がかかるので、その間に翔子は陽子さんの家で風呂を使わせてもらいに行った。風呂だけは陽子さんの家で入るということになっていたからだ。
 翔子が帰ってくるまでに晩飯をある程度作っておきたかったので、俺は急いで料理をした。一番自信のある純和風の食事を素早く作っていく。陽子さんにも美味しいと言われたので味は大丈夫だと思う。
 それから、40分ぐらい経った頃に翔子と陽子さんが大きな袋を抱えてきた。俺はその袋の大きさに目を疑った。
「ちょっと部屋が狭くなるけど置かせてもらうわよ。翔子ちゃんの日用品と服とかいろいろ入っているから。あまり慎平は触らないようにね」
 にっこり笑って陽子さんはそう告げると自分の家に戻っていってしまった。翔子のことを気にかけてくれている陽子さんに感謝をしていた。その反面、もう少しまとめてくれるとありがたいとも思った。
「もう晩飯が出来ているから食べていいぞ。俺は先に風呂に入ってくるから」
 俺はテーブルに料理を並べ、食事をすぐに食べられるように準備をした。それから翔子にそう言って風呂場に向かった。
 俺は風呂場でシャワーを浴びて全身を洗う。夏の時期は湯船にはほとんどつからないのでお湯を溜めることはほとんど無い。
 10分ぐらいで風呂場からでて、寝巻きを着てテーブルに向かうと翔子は食事に手をつけずに待っていた。
「別に食べといてくれてよかったのに。冷めたら味が落ちるぞ」
 俺が食べていないことを不思議に思いながらそう言うと、翔子はすぐに答えた。
「慎平と一緒に食べた方が美味いと思ったから待っていたのだ。それに、誰かと一緒に食事をしたかったんだ」
 翔子は笑顔で俺に向かってそう言った。だが、その笑顔がどこか寂しげ感じられたのは考えすぎなのだろうか?いや、今まで1人で生きてきたんだから誰かと一緒にいたいと思うのは普通のことだろう。だから、俺は出来るだけ一緒にいてやろうと思った。
「悪かったな、これからは食事が冷めないうちに一緒に食べよう」
 笑顔でそう言うと、「うむ」と笑顔を浮べて答えた。普段は無邪気なこの少女が見せる複雑な表情。それが何を意味しているのかわからなかったが、俺はこの少女の力になりたいと強く想っていた。
「また私に見惚れておったな」
「いやそれは絶対無いから安心しろ」
 俺がそう言うと不機嫌そうになり、無言で料理を食べた。そんなことで怒る翔子は可愛らしいなと思っていた。
 食事を終えて布団を2枚並べて敷いた。陽子さんが時々ここに泊まるので布団が2枚置いてあったのだ。そこに寝転んで電気を消した。
 眠りに落ちる寸前に翔子が俺に何かを言っていたような気がしたが、それはなんだったのだろうか。

 次の日、急に腹部に痛みを感じたので目を覚ますと、翔子が俺の腹をポカポカと叩いていた。
「なんだよ、せっかくいい気持ちで眠っていたのに…」
 俺がそう言うと、いきなり翔子は真剣な表情で俺に尋ねた。
「これが何かわかるか?」
 翔子が指差しているのは確実に翔子自身だ。何かのクイズかと俺は普通に「翔子じゃないのか?」と答えると「はぁ」とため息をつかれてしまった。
「なんでもない、気にしなくてよい。それよりも早く朝食を作ってくれないか?私は空腹でもう倒れそうだ」
 そんなに空腹なら今そんな質問をしなくても良かったんじゃないかと考えていた。
「陽子さんは来なかったのか?朝はいつも作りに来てくれるんだけどな」
 俺がそんなことを尋ねながら翔子に尋ねると、驚きの答えが返ってきた。
「慎平に全部やってもらえばいいと言われたぞ。『何かを背負うならそれ相応のことをしなさい』と言っておいてくれと言われたな」
 翔子はその後「ま、当然だな」と言ったので、誰のせいでこうなったんだと、言ってやりたかったが我慢した。
陽子さんは厳しいところはかなり厳しいな、と思いながら食事を作る。食事をとった後、翔子は昨日陽子さんと持ってきていた袋を整理し始めた。翔子の服などを置いておくのはクローゼットを使っていなかったので、そこを使うようにした。
「ここに私物を入れておけばいいのだな」
 と嬉しそうに翔子が言って、昨日持ってきた荷物をすべて自分1人でクローゼットにしまっていった。俺はそれをあまり見ないようにしながらほかの用事を片付けていった。
 
朝、昼、夜と不規則な時間ながらも食事をとり、暇な時間はテレビを見たり、話をしたりする。そんな日々が4日続いた。翔子はあまり自分のことを話してくれなかったが、時間が経てばいつかは教えてくれると信じて待つことにした。
 しかし、毎朝あのクイズのような『これが何かわかるか』と言う質問はしてくるので、翔子に答えを尋ねたが、一向に教えてくれる気配すらなかった。
 翔子が家に来て6日目の朝、ふと俺は翔子と一緒にこの町を歩いてみたいと思った。人があふれていて、嫌な物を見ることがたくさんある家の外の世界。だが、いつまでも逃げていてはいけないと翔子と出会って思えるようになっていた。翔子の手本になれるような人間になりたいと思ったからだ。
 それに、翔子には俺が育ったこの町をもっと知って欲しいと思ったのもある。
「今日は少し出かけるか」
 朝起きて、隣で眠っている翔子を起こして一番初めに俺が言った。翔子は一瞬言っている言葉が理解できていないような表情を浮べたが、はっきりと言葉の意味を理解するとすぐに笑顔になった。
「慎平さえ良ければ私はでかけたいぞ」
 寝ぼけた瞳とは対照的にはっきりとした声でそう返事をした。本当に楽しみにしている雰囲気が翔子の声を聞いただけで伝わってきた。こんなに楽しみにされては今更引っ込みがつかない。
 俺は自分自身に大丈夫だ、と言い聞かせながら食事をしてから出かける準備をした。食事のときから翔子はとてもはしゃいで楽しみにしているようだった。
 食事を終え、「すぐに行こう」と翔子が言うので、準備も急いでしなければいけなくなってしまったのは仕方が無いことだろう。
 2人で家の外に出ると、太陽が激しく俺たちを照りつけた。今は7月の終わりの頃なので、家の外はかなり暑くセミがうるさく鳴いている。あまり若くない俺はこの暑さには耐えられる気がしない。
だけど、そんな中で翔子は元気に笑顔を浮べている。翔子が元気なのだから俺も頑張らないと、という気なれる。
 太陽…、彼女を表す言葉はこの一言に限ると思う。いつもは明るく辺りを照らし出してくれる。そんな彼女のおかげで、俺は少しだけ前向きになれた。
「どうかしたか?早くでかけようではないか」
 無垢な笑顔を見るだけで、心が洗われるようだ。俺は本当に彼女と出会えてよかった。
「ああ、まずはこの近所を案内するぞ」
 俺はそう言って翔子を連れて歩き出した。俺たちの間には『温かい場所』と言うものが存在していた。翔子みたいな妹がいれば楽しかったかもしれないと、思いながら一緒に歩く。

 まずは学校の周りを案内する。翔子は今までこのあたりを歩いたことが無かったかの様に興味深げに辺りを見回しながら歩いている。あたりには自然が多く残っていて、ビルなどは立っていない。穏やかという言葉が似合う町、とても緩やかな時間が流れる場所。
「なんだか空気が綺麗でいい場所だな」
 翔子は道に咲く花などを興味深げに見ながら歩いている。花を見ているだけなのに、表情はとても輝いているので、花が好きなんだろうということがすぐに分かった。
ここは隣町と違い結構な田舎だ。だからきっと、家が近くにない人はあまり知らないんだろう。きっと翔子は家が遠くにあると俺は考えた。だけど、そうだとしたら親とかは心配してないのだろうか?そんな疑問が俺の脳裏に浮かんだ。
「なぁ、翔子の家ってこのあたりから遠いのか?」
 俺がそう尋ねると、「凄く遠いな」と少し遠い目をしながら言った後。
「だが心配せんでもよい。親など縁を切ったようなものだからな」
 翔子が笑顔で言ったその言葉に俺は胸を締め付けられる思いだった。俺は翔子がどんな環境で育ったのか知らないし、想像すらできない。だけど、親がいなくていいなんてこと、よほどのことがないと考えられないと思う。
「つらかったら無理はするなよ。俺でよかったら話ぐらいは聞くからさ」
 俺がそういうと、翔子は何かを考えているような複雑な表情をしてから、「ありがとう」と笑顔を浮かべて言った。きっと、こいつにも複雑な事情があるんだろう。そんなことを考えながら一緒にこの町を見て回った。
「おい、慎平。ひまわりが咲いているではないか」
 翔子は空き地にあるひまわりを指差して、とても嬉しそうに咲いているほうにかけていった。翔子とひまわりの背丈は少し翔子の方が大きいぐらいだ。
「ひまわりの花言葉を知っておるか?」
 翔子が俺に尋ねてきた。当然花に興味がない男なので花言葉なんて知っているはずがない。
「分からないな。何せ花言葉なんて興味を持ったことすらないからな」
 そういうと、翔子は「少しぐらいは知っておくと良い」と言った後でひまわりに優しく触れながら言った。
「ひまわりの花言葉は『情熱、輝き、憧れ、熱愛』という意味があるのだ」
「そうなのか。翔子って花言葉とかは詳しいのか?」
 俺が尋ねると、恥ずかしそうに「少しは詳しいな」と言っていた。翔子の意外な趣味に驚きながら次の案内先に戻った。
 学校から自宅方向に戻り、行きつけのコンビニを案内したり、そこからさらに進んで電車の駅、その近くのスーパー位置を教えたりした。
 行く先々で何か新しい発見があるらしく、とても楽しくいろいろなものを見て回れたようだった。
そのあと、駅の近くの公園でのんびりとしたりもした。公園にはいろいろな花や、草木が生えているのでとても楽しそうだった。それらを見つめるその姿はどこにでもいる少女そのものだった。せめて、俺といるときだけは少女のままでいられるようにしてあげたい。そんなことを強く想うようになっていた。
 俺の行動の範囲を昼食や、休憩などをとりながら歩いた。途中から翔子が俺を引っ張っていろいろなところに連れまわされたので疲れたが、かなり楽しめた。
 翔子は疲れを知らないのか、1日中はしゃいで俺を振り回していた。振り回されるのもたまにはいいかもな、などと考えながら過ごしていた。
そんな風に過ごしているうちに、家に帰るころには日が落ちかかっている。人通りを少ないところを中心的に見て回ったので、死を視ることなく平和に終わってよかったと思う。
「今日はとても楽しかったぞ。今度は違うところにも連れて行ってくれ」
 無垢な笑顔を浮かべてそういう翔子の顔は、夕日に映えるとても美しいものだった。少女に美しいという表現は似合わないのかも知れないが、このときの翔子はとても美しいという言葉以外、形容できないぐらい綺麗だった。
「どうした?まさか私に見とれていたのだな」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそう言う翔子に俺はズバリと言った。俺は動揺するのを必死に隠して言った。
「いや、俺にロリコンの気は無いから残念だな。大人なお姉さんが好みなんだよ、大人なお姉さんがな」
 すると翔子は少しほほを膨らませ、「私は大人だ」と言ってすねてしまった。さっき感じた美しさは気のせいだったかな、と思いながら翔子と一緒に家に向かった。
 家に帰り、翔子は陽子さんの家に風呂を借りに行った。その間に俺も自分の家で風呂に入り、晩飯の用意をササッとして、翔子が帰ってくるころまでには何とか終わらせた。
 そして、2人で食事をした。
「今日は味付けが少し濃いぞ」
 最近では翔子が俺の料理に文句をつけるようになってきていた。ワガママなところも翔子らしさなので、俺はもうあきらめている。
「次はもう少し薄口にするよ」
 俺がそう返事をすると「うむ」と言って料理を再び食べ始める。残さずに食べてくれるので、作る側としては嬉しいのであまり何も言わない。
食事を終え、後は歯磨きをして眠る。そんな日常にも慣れ始めていた。こんな平和な日々がずっと続けばいい。そう思っていた。

 それから1週間の間ほとんど変わり無く、一緒に近所に出かけたりして過ごす平和な日々が続いていた。
 変わったことといえば、翔子にうちの家の鍵と、携帯電話を買った。これで、1人で外出なども問題なくできるようになったのだが、俺と一緒にいることがほとんどだった。
 なぜ1人で出かけないのかと翔子に尋ねると、「私が出かけると慎平が寂しいだろう」と言っていた。
「俺は別に今まで1人暮らしだったから大丈夫だぞ」
 と言っても「そんなに強がらんでも良い」と言って俺の主張を聞こうとしない。きっと自分が寂しいからそういうことを言っているんだろうと俺は思っていた。
 そんなことがあり、気がつけば8月に入っていた。夏も本番という時期になり、翔子が突然こんなことを言い出した。
「どこかに連れて行ってくれ。夏だし涼しいところがいいのぉ」
 いつもにもまして大人っぽい…、いや年寄りくさい感じで俺に言い寄ってきた。部屋はクーラーが効いているので涼しいから出たくないので、「いやだ」と寝転んだまま言った。すると、翔子は何を思ったのかいきなり部屋で暴れ始めた。
「どこかに連れて行ってくれー、暇だー、死ぬー」
 最近わかったのだが、翔子は1度言うと絶対に意見を変えない。いわゆる、超ワガママ娘というやつだ。こうなると手がつけられない。
「わかったよ、どこか良いんだよ」
 俺はしぶしぶ重い体を起こし、翔子の前に座ってそう言うと目を輝かせて驚きの言葉を発した。
「プールに行きたいぞ!!」
「はぁ…」とため息をついてしまった。この時期はとても人が多く、いろいろ視えそうで凄く気乗りがしない。すると、その話を聞いていたかのようなタイミングで、陽子さんが部屋に入ってきた。
「なんの話をしているのかな?私も一緒に入れてよ」
 目を輝かせて俺たちの話しに混ざろうとするその姿は、大企業の社長には全く見えない。そう言えば、陽子さんはちょっと早めの夏季休暇をとっていると言っていたのをすっかり忘れていた。
「私がプールに行きたいというのに、慎平が連れて行ってくれないのだ」
 ブーイングを入れながら強く俺を批判する翔子に陽子さんが言ってくれた。
「昔から慎平は人がたくさんいるところが苦手なのよ。だから、少し我慢してあげてね」
 翔子はその言葉にとても不満そうだった。陽子さんは俺の力のことは知らないけれど、人ごみが苦手ということは知ってくれているので、助け舟を出してくれた。正直かなりありがたい。
「でも、代わりといっちゃなんだけど、私の会社のプールだったら使えるわよ」
 陽子さんは不敵な笑みを浮かべてそんなことを言った。なんてことを言い出すんだ!?そう思った俺はすぐに陽子さんに反論した。
「さすがに、部外者である俺たちがプールを使うのはまずくないかな?」
「あら、会社の筆頭株主様に文句を言う従業員は1人もいませんよ、私の会社には」
 くそ、一応うちの会社の筆頭株主ということになっているのを忘れていた。陽子さんは凄く邪悪な笑みを浮かべて俺のほうを見る。だけど、俺にはまだ手はある!!
「だけど、何の関係も無い翔子が会社のプールを使うのには問題があるんじゃないかな?」
「慎平のガールフレンドってことにしちゃえば良いじゃない。それに、私もいるし多少の無理なら通るわよ」
 きっぱりと陽子さんは言い切った。それを翔子は笑顔で拍手をしながら見ている。こいつらは悪魔だ…、終わった…。俺は残念ながらプールに連行されるんだろうな。俺はがっくりと地面に手をつきうなだれていた。
「そうと決まれば翔子ちゃん一緒に水着を買いに行きましょう」
「うむ、そうだな」
 そう言って2人は買い物に出かけた。おそらくは隣町の繁華街で買い物をするのだろう。「慎平も来る?」と聞かれたが、断って家にいることにした。人ごみの中に行くといろいろなものが視えてしまって仕方が無い。
「行ってくるぞ」
「行ってくるわね」
 そう言って出かける2人を見送って、俺は1人家の中で寝転がって天井を見つめている。手を伸ばせば届きそうな天井も、いくら頑張っても届かない。俺が視る未来も、変えられそうでも消して変えられないものなんだろう…。

暗い…、とても暗い場所に俺が1人で立っている。周りを見回しても何も見えないほど暗い闇の中。そんな空間でただ立ち尽くしていると、遠くの方でほんのりと光る何かを見つけた。それに向かって俺は急いで走った、走った、走った…。
その光の中心には父さんと母さんがいた。これは夢だ、そうわかっていても俺は目を離すことができなかった。そこにいた2人は涙を流して俺を見つめていた。
その次の瞬間俺は目を覚ました。日が沈みかかっている。俺は父さんたちを助けることができなった。だから、あんな涙を流すのか?
いがムカムカして、吐き気がする。両親を救えなかった自分の無力さに…。そして、その事実から逃げようとしている自分の弱さに嫌気が差す。
陽子さんと翔子が帰ってきた。俺は2人に笑って「おかえり」と言った。すると、陽子さんは心配そうな表情で、「顔色悪いけど大丈夫?」と尋ねてきた。
「大丈夫だよ、別に体調も悪くないから」
 顔色が悪くなっているという事実に驚きながらも、俺は心配をかけないためにそう答えた。それでも、陽子さんは心配そうな表情だった。
 翔子も心配そうに俺のところに来て、俺の顔をじっと見つめた。そして、俺の額に翔子は額を当ててきた。
「熱は無いようだな。きっと、顔色が悪いのは気のせいだろう」
 翔子は平然としながら陽子さんに言っていた。いきなり顔が近くに来たので俺はとても驚いてしまった。いや、驚いただけではなく、妙に照れくさかった。みるみる顔が熱くなっていくのが自分でわかった。
 そのことに気づいた翔子が俺の方に寄ってきた。そして、何やらよからぬ笑みを浮かべて陽子さんのところに歩いていった。いったい翔子は何を考えていたのか?
 あまり気にしないことにして、俺は陽子さんが晩飯の準備をしていたのでそれを手伝うことにした。今日はどうやら洋食らしく、俺はあまり作らないので少しだけ作業に手間取ってしまった。それを笑ってフォローしてくれる陽子さんの後ろから、いろいろと言ってくる翔子。それはずっと前からこの家にあったかのような光景だ。新鮮なはずなのに、どこか懐かしく、とても温かい雰囲気だった。
 陽子さんがいてくれたおかげで準備はすぐにすみ、日が沈む頃には食事ができるようになっていた。
 いすに座り、みんなで「いただきます」と言って食事を始めた。陽子さんが作ってくれる食事は、やはり俺のよりも美味しい。翔子もそう感じているようだった。
「慎平が作る物よりも美味いな。いい嫁さんになれると思うぞ」
  翔子が料理をおいしそうに食べながら陽子さんに言った。それを陽子さんは嬉しそうに「ありがとう」と答えていた。俺が言ったらあまりいい顔をしないのにな。
 これが男と女の差か、理不尽だ。そんなことを思いながら俺は料理を黙々と食べていた。
「翔子ちゃんは料理とか作らないの?」
 陽子さんが尋ねると翔子は自慢げに「できるぞ」と言っていた。それを聞いていた俺はたいした料理はできないんだろうと思っていた。
「なんだ、慎平そんな顔をして。まさか私が料理をできないと思っているだろう」
 朝腹が減ったからといって俺を起こすようなやつが料理をできるなんて信じられるわけが無い。
「そりゃな、料理が出来るんだったらわざわざ俺を起こさなくても良いだろ」
「それは一応この家の主だから、私が勝手に家のものを使ってしまうのに抵抗があるからだ。それに自分で作るより人が作ってくれたほうが美味しく食べられるからな」
 それなりにまともなことを言っているが、自分で作るより人が作ったほうが美味しく食べられるって、それは料理が下手なんじゃないのか?そんなことを考えていた。
「そんなに疑問に思うなら今度私が料理を作ってやろう。もし、その料理が美味しければ私の言うことを1つ聞いてもらおう」
 翔子は自信満々といった感じでそんなことを言い出した。その言葉に俺と陽子さんは驚いた。だけど、陽子さんはとても楽しそうだった。
「もし、料理がまずかったらどうするんだよ?」
「そのときは私が何でも言うことを1つ聞いてやろう。そんなことはありえんが」
 まぁ、こういう風に自信満々な奴は後で恥をかくのがお約束だよな。そんなことを考えながら「いいぞ」と言った。
「こいつだけでは信用できんので、陽子もしっかりと味を見てもらえるか?」
「夏季休暇中にやってくれるなら私はかまわないわよ。休みは後4日あるから」
 陽子さんは具体的なことまで言い出した。翔子の料理が相当楽しみのようなので、もしまずかったら陽子さんに食べてもらおう。
 不気味に笑っている翔子は放っておいて俺は食事に再び手をつけ始めた。その後も明日の話などをして盛り上がった。俺は本当に明日のプールは乗り気じゃないんだけどな。だけど、2人の楽しみにしている様子を見るとそんなことは言えないと思った。
 楽しい雰囲気で食事を終え、翔子は風呂に入りに陽子さんの家に向かった。陽子さんはまた明日起こしにくるからねと言って、一緒に帰っていった。俺は翔子が戻ってくるまでの時間で風呂に入り、布団を敷いて寝る準備をしておいた。
 それから程なくして、翔子は家に戻ってきた。
「翔子って、陽子さんの会社の場所って知らないよな?」
 俺が尋ねると、「知っているぞ」と言ったので驚いた。いや、大きい会社だから知っていてもおかしくはないか。
「買い物をしているときに陽子に聞いたのだ。とても大きいビルだったのでとても驚いた」
 そう、楽しそうに話す翔子の話を俺は黙って聞いていた。見ているだけで俺も楽しい気分になれるからだ。なぜ、こんなにも楽しそうなのか、俺はわからない。だけど、楽しめるのならそのほうが良いに決まっている。俺はそんなことを考えていた。
 それから、1時間ぐらい話したり、テレビを見たりしてから俺たちは布団に入った。
「慎平はこの幸せがいつまでも続くと思うか」
 俺が電気を消したとき、不安げな声で翔子がいきなりそんなことを尋ねてきた。俺だってこの幸せが音もなく崩れ去りそうで怖い。だけど、俺はこの幸せを続けたい。
「絶対に続くさ」
 根拠は全くない。だが、俺はそうなってほしかったので、力強く言い切った。すると、翔子は「そうだな」と穏やかな声で言った。そのあと、少ししてから翔子は眠ったようだった。
 絶対に失わない、もう2度と失ってたまるもんか。俺はそんな強い気持ちを抱いて眠りについた。

 次の日、翔子がいつものように腹部を叩いて起こす。目を覚ますといい匂いがする。きっと、陽子さんが料理を作ってくれたんだろうと思いリビングに向かった。
 あたりを見回すが陽子さんの姿がどこにもない。だけど、テーブルには美味しそうな料理が並んでいる。どういうことだと思い、俺は首をかしげた。
「ふっふっふっ、この料理は全部私が作ったのだ」
 どこか悪そうな笑みを浮かべて俺のほうを見る。自信に満ち溢れたその姿は小さい翔子を少しだけ大きく見せた。料理はどれも見た目や香りが良い。だが、肝心の味が悪ければ意味がない。そんなことを考えていると、玄関の扉を開けて陽子さんが入ってきた。
「あら、もう料理作っていたんだ」
 陽子さんがテーブルの上の料理を見ながら少し驚いた顔をしていた。その驚いた顔を見た翔子は嬉しそうに笑って。
「今日の料理はすべて私の手作りだ」
 翔子がそう言った。すると、陽子さんはさらに驚いた顔をして。
「翔子ちゃんが全部作ったんだ。凄いわね、とても美味しそうじゃない」
 陽子さんのその言葉で翔子はさらに機嫌を良くしたようだった。
「せっかく作ってくれたんだし冷める前に食べよう」
 俺がそう言うとみんないすに座り、「いただきます」といって食事を食べ始めた。翔子の作った料理を恐る恐る口に運んだ。
「この料理お世辞抜きで美味いな」
 俺の言葉に続き陽子さんも「本当に美味しいわ」と言って、幸せそうに料理を食べていた。俺たちのその様子を見て翔子もご満悦のようだった。翔子の意外な特技に俺はとても驚いていた。きっと陽子さんも驚いていたに違いない。
「昨日の約束を忘れたとは言わさんぞ。さて、慎平には何をしてもらおうか」
 悪い笑顔を浮かべ翔子はそんなことを言った。そういえば、昨日そんな約束をしてしまったんだった。
「そんな約束をしたかな?」
 俺がそう言うと、翔子は「本当に忘れたのか?」と鬼気迫るといった雰囲気で俺に尋ねてきた。
「冗談だよ、昨日のことなんだから忘れるわけがないだろ。そんなに怒るなよ」
「別に怒っていたわけではないんだ。すまなかった」
 翔子はそう言って俺に謝った。別に頭を下げられるほどのことでもないので、
「翔子がおっかないのはいつものことだから気にしてないさ」
 その言葉に翔子は、「普段の私はもっと大人しいぞ」といつもの翔子らしいことを言っていた。雰囲気も元に戻ったところで俺たちは食事を再び食べ始めた。
 それから少しして、食事が終わったので少し3人で会話をしていた。
「翔子ちゃんっていつぐらいからここに住み始めたんだったっけ?」
 陽子さんがいきなりそんなことを尋ねた。翔子が来てからまだ2週間しか経っていない。
「2週間前からだよ、そんなことも覚えてないなんて陽子さんらしくないな。仕事のし過ぎで疲れているんじゃないの?」
 俺がそういうと、「そうかもね」と、どこか力なく笑った。社長業務は俺たちが考える以上にしんどいものなんだろう。その陽子さんの姿を翔子はとても不安げに見ていた。
「大丈夫だよ、陽子さんは頑丈だから多少の無理はできる体だからさ」
「なんだか、慎平に言われるのは腹が立つけど、そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ」
 俺たちがそう言うと、翔子はニッコリ笑って「そうか」と言っていたものの、どこか不安は残っているようだった。ま、陽子さんが夏季休暇のうちに疲れをとってくれれば、翔子の不安はなくなるだろう。そんな風に俺は考えたので、気にしないようにしようと思う。
 そんな会話が終わると、俺たちはプールに行く準備を始めた。陽子さんと翔子はもう準備が終わっているので、俺は急いで準備をした。
「早くしろ、遅くなってしまうではないか」
 と準備をしているときに翔子の大きな声が聞こえてくる。そんなに慌てなくてもプールは逃げないだろ、と思いながら準備を進める。
 それから、5分ぐらいで準備を終えて電車の駅に向かった。
今日は平日ということもあり、朝の通勤ラッシュの時間帯が過ぎてしまえば人はあまり多くない。
 俺たちは隣町行きの切符を買ってホームに入り電車を待つ。
「昨日聞くのを忘れていたけど、慎平って私の会社への行き方って知っていたよね?」
 陽子さんがそう尋ねたので俺は少し考えた。父さんたちが生きている頃は何度か行っていたが、それ以降はほとんど立ち寄ることが無かった。しかし、駅の近くに会社のビルがでかでかと建っているので忘れるはずが無い。
「1度行ったら忘れようが無いよ」
 俺がそういうと、陽子さんは「そうだね」とニコッと笑って言った。翔子は昨日陽子さんに会社の場所を聞いたから問題ないんだったな。そんなことを自分の中で確認しておく。
 人が多い街に行くと、人の死を視ることが多くなる。今日は視ないで1日を過ごしたい。そんなことを強く思っていた。
「何だ、そんなに真剣な顔をして。どうかしたのか?」
 翔子がいきなり尋ねてきたので俺は少し驚いた。だが、すぐに平常心に戻って、「なんでもない」と答えた。
「そうか、なら別にいいんだが…」
 どこか納得していないような表情だ。何で翔子はこんなにも鋭いんだろうと思いながら俺は電車を待っていた。
 それから少しして、電車が着た。その電車に乗り込み、陽子さんの会社を目指す。ここから10分ぐらい電車で揺られたところにある。
 電車の中であたりを見回すと、人は少ししかいなかった。今のところ嫌な感じは全くしない。そのことに安堵しながら電車に揺られていた。

 それから時間は流れ、目的の駅に着いた。栄えている街なので、駅から出ると人は平日と言えどとても多い。学生が夏休みということを考えれば当然のことかもしれないのだが、あまり嬉しくないことだ。
「さっさと私の会社に行って泳ぎましょうか」
「そうだの、とても楽しみだな」
 陽子さんと翔子はとても楽しみといった感じで足早に歩いていく。一方俺の足取りはとても重い。
「どうした、慎平。早くしないと置いていくぞ」
 翔子が少し強い口調で俺に言ってくる。「わかったよ」と言って仕方なく2人のペースにあわせて歩く。本当に気乗りがしないと思いながら。
 ホームを出て少し歩くと、とても大きいビルが見えてくる。このとても大きなビルこそが、世界でもトップクラスの企業である陽子さんが勤めている会社だ。
「こんなにも大きい必要があるのかね?」
「うーん、社員の人の家とかもあったりするし、仮眠室やサロン。それに温泉とかのリラックスルームもあったりするからね」
 俺の言葉に笑顔で陽子さんは言ってきた。会社なのにそんな設備が充実していることに翔子はとても驚いているようだった。
「プールも室内にあるからまずは会社の中に入らないとだめなの」
 そう言って陽子さんは入り口のところにある機械にカードを通した。すると、扉は開いた。
「おはようございます。陽子さん、今日は確か休みのはずでは?」
 頭を下げた後、そう声をかけてきたのは中にいた警備員だった。その警備員は俺たちのほうを見て、
「部外者の方を入れるのはいくら陽子さんでもまずいですよ」と、言った。
「この会社の筆頭株主の青野慎平さんと、そのガールフレンドの杉岡翔子さんよ。部外者ということは無いはずだけど」
 と毅然とした態度で警備員に言った。すると、警備員は慌てて深々と頭を下げて「申し訳ございませんでした」と言った。
「株主の方には会社を差し支えない範囲で公開する。それが兄が社長だったときからの方針ですからね」
 そう笑顔で警備員に言って中に入っていった。それに続いて俺たちも会社の中に入った。そして、エレベーターで13階に上がっていく。どうやら、この階にプールがあるらしい。
 エレベーターから降りて、男性用更衣室と女性用更衣室と左右に分かれて書かれてあった。
「入り口じゃないほうの扉から出ればプールのほうに出られるから。荷物は空いているロッカーに入れてくれればいいから」
 そう言って陽子さんたち俺に手を振っては女性用更衣室に行ってしまった。仕方ないので俺は男性用更衣室に1人で行った。
 そして、そこで水着に着替えて荷物をすべてロッカーに入れて鍵をかけた。そして、その鍵をしっかりと水着のポケットに入れて外に出た。
 すると、そこには50mプールがあった。プールいの中には数人の人がいたが、この時期の普通のプールよりも圧倒的に数は少ないだろう。
 あたりを見回しても陽子さんたちはまだ来ていないようだった。すると、後ろからいきなり誰かに声をかけられた。
「やぁ、あまり見ない顔だけど今年入社してきた社員の子かな?」
 どうやら俺は社員だと思われているらしい。違うと言おうとしたんだが、相手は一方的に話を続けてきた。
「僕の名前は新垣 孝治(にいがき こうじ)。好きな呼び方で呼んでもらっていいよ。新入社員の子ってあまりこの施設を使わないんだよね。遠慮していたらそんなのにさ。君もそう思うよね」
 陽子さんと同い年か、それより下に見える新垣さんは俺に同意を求めてきた。明るい感じの気さくな人という印象をうけた。
「そうですね、こんなにいい施設があるのにもったいないですよね」
 俺がそう言うと、とても嬉しそうに「そうだよね、君は話が分かるね」と俺の肩をポンと叩きながら言っていた。
「こらー、新垣君。うちの甥をいじめているんだ」
 俺の後ろの方から陽子さんの声が聞こえてきた。
「げっ、社長の知り合いだったんだ。まぁ、そんなこともあるよね」
「そんなこと、なかなか無いでしょ」
 陽子さんがツッコミを入れていた。新垣さんはただ笑っているだけだった。新垣さんは変わり者なんだなと思いながら陽子さんとの会話を眺めていた。

2007/01/15(Mon)03:30:47 公開 / 花鳥風月
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文章的にはまだまだだと思いますので、いろいろアドバイスをいただけると嬉しいです。これからも、続きを書いていきたいと思います。
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