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『彼女と僕を粉雪が』 作者:Rikoris / ショート*2 リアル・現代
全角4737文字
容量9474 bytes
原稿用紙約14.2枚
 クリスマスの夜、粉雪が踊る。彼女の来たがった公園で、僕は神様からの最高のプレゼントを貰う――
 ――その冬の夜は暖かかった。

 粉雪がクリスマスソングと共に踊り始めた。目の前で、小さな公園のクリスマスツリーに見立てられた大木を白く染めて行く。冷たいそれは、僕にとっては暖かい、神様からの最高のプレゼントだった。
「冷たーい……なあに?」
 僕の前にある車椅子に乗って居る盲目の少女は、クリスマスソングを口ずさむのを止め、不気味そうに呟いて振り向いた。その黒い艶やかな髪に、うっすらと粉雪を積もらせたまま。
「雪だよ、雪が降りだしたんだ。粉雪がね」
 いけないと思いつつも込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、答える。
「なーんだ、雪かぁ。驚いて損しちゃったわ。ねぇ、雪、ツリーに積もってる?」
 彼女はそう言って、前を見た。クリスマスツリーに見立てられた大木――『ツリー』の方を。
「うん、積もっているよ」
 『ツリー』を見ながら、そう答える。
「綺麗よね」
 そう言ってクス、と彼女は目を細めて笑う。昔見たであろう光景を思い出しているのだろう。
「あの年のクリスマスも、雪が降っていたの」
 ため息まじりの声で、彼女は呟く。
「その日も、あのクリスマスツリーに雪が積もっていてね……とっても綺麗だった。彼が私を誘ってくれたの。雪が降ると、周りのライトの光を浴びてすごく綺麗だって言って。また見に来ようって約束したのよ。なのに、それなのにどうして……」
 話し相手は僕ではないのだと悟った。いなくなってしまった彼女の『彼』なのだと。
 彼は交通事故で亡くなってしまったのだという。二人で車に乗っていたとき、飲酒運転の大きなトラックに突っ込まれたのだと彼女に聞いた。運転していたのは彼女で、彼女を庇った彼は亡くなり、彼女は視力と足の自由を失ったのだと。どんなに治療費や慰謝料を貰っても、彼が帰ってくることはない。
 何も言えなかった。どんな慰めの言葉も、きっと彼女の心の傷を癒せはしない。僕も彼女と少し似ているから、良く分かる。
「どうして……行ってしまったの」
 彼女は『ツリー』を見上げる格好になる。涙が一滴零れて、彼女の顔に触れる粉雪を溶かして行く。
 答えが返ってくることは決してない。彼が悪いわけでもない。でも。
 どうして行ってしまったんだ。
 それは僕も言いたい言葉だった。嘆き、喚いて、そうして叶うことならば。行ってしまった幼馴染みの少女に。彼女が悪いわけじゃないのだけど。
 だけど、幼馴染みの彼女は行ってしまう前に言った。
 あたしは風として、雨として、雪として、ずっと傍に居るよ。本当は綺麗なこの世界の一部として。だから君は、決して一人じゃないよ。
 そう、彼女は言ったのだ。だから、彼女は本当は行ってしまってなどいないのかもしれない。そう信じたかった。そう願いたかった。この雪は、彼女の化身なのだと。
「泣きたい時は、おもいっきり泣いてしまった方が良いよ」
 静かに涙を零し続ける彼女へ、そう言うのが精一杯だった。いつの間にか僕まで泣き出したくなっていて。
 彼女は泣き顔を僕へ向けて、手探りで僕の手を取った。僕は思わずそっとその手を握り返した。とても冷たかったから……。
「ありがと……」
 掠れた声で呟くや否や、声を上げて彼女は泣き出した。いつの間にか僕まで涙を零していた。記憶の奥底に封じ込めていた彼女との思い出が、ふつふつと湧き上がって来て。

「クリスマスって、どんな日か知ってる?」
 去年のクリスマス。凍てついた風の中、僕と幼馴染みの少女は僕のかけた陽気なクリスマスソングを聴いていた。二人ぼっち、小さなマンションのベランダで。
「クリスマスはね、世界中の人の心の中に、イエス様がお産まれになる日なんだよ」
 そんなことを言って、彼女は僕の部屋と隣の部屋のベランダを仕切る板越しに笑顔を見せた。
「それは、神様からの贈り物なんだ。世界中の人が優しくなれますように、っていうね。だから、あたしは一年の中で、この日が一番好きなんだ」
 そう語る彼女の眼差しは僕ではなく、どこか遠くへ向けられていた。僕は彼女が好きだったけど、彼女は神様だけを見ているようだった。
「でも、君には必要ないかな。もう十分、優しいものね」
 それは彼女が好きだったからであって。違うんだよ、と言いたかった。でもそんな勇気はなかった。誰かを傷つけるのも、傷つけられるのも嫌だったから。彼女が本当の僕を知らないまま神様のもとへ行ってしまったことを、ずっと後悔している。本当のことを言っていたら、未来は変わっていたのかな、と。
「雪が降ったら良いのにね。綺麗な雪が人の心を白く染めて、優しくしてくれたら良いのに。そして皆が楽しくなれたら良いのにね」
 星の出ている空を見上げて、彼女はそう語ったのだった。そうしたら、世界は平和になると思わない、と。
 その言葉は、心にこびりついてはなれなかった。そして、僕はその時から本当に、人に優しくなれる人間になろう、と思ったのだ。それは、その年のクリスマスに彼女が僕へくれた、どんなモノよりも大切な贈り物だった。

「ねぇ、もう帰ろう?」
 ひとしきり泣いてしまうと、彼女は僕の手を握り返してそう言った。
「もう、気は済んだの?」
 ここへ来たい、と言ったのは彼女だ。自分の中で燻っていた想いを、思い切り吐き出したかったのだと思う。
 彼女は頷いた。
「だってどんなに泣いていても、彼は慰めに来てはくれないもの。それに私は、一人じゃないから。心配かけられない人がいるもの。家族とか、君とかね」
 そして、彼女は微笑んだ。そこに僕が入っていたのは意外で……
「僕とか?」
 思わず、僕は尋ねてしまった。
 彼女と出会ったのは、幼馴染みが行ってしまった直後だった。病院の前で半ば放心状態でいた僕に、彼女の車椅子を押していた彼女のお姉さんが声をかけて来たのだ。何をしているのか、と。僕は螺子が外れたように病気で亡くなってしまった幼馴染のことなどを話してしまっていた。静かに、彼女は聴いてくれて――
 私と同じだね。
 そして、そう言って微笑んでくれた。それは当時の僕にとって、大きな救いになったのだった。
 それから、僕と彼女は時々会って話をするようになった。でも、彼女にとって僕がどういう存在なのかはずっと謎だった。迷惑をかけているんじゃないか、とすら思っていた。
「そう。大抵の人は慰めの言葉を無責任にかけようとするんだけど、君は違った。君は優しいから、心配しちゃったんじゃないかと思って」
 手探りで涙を拭いながら、彼女は言う。
 僕が優しい。だとしたら、幼馴染みの彼女のお陰だと思う。
 ありがとう。
 未だ零れていた涙を拭い、心の中で呟いた。この世界のどこにでも居る幼馴染みの彼女に、伝わることを願って。
「君、いつか言ったよね。始まればいずれ終わりが来る。生きているものはいつか死ぬ。でも、死んだものは神様のところへ行くだけなんだって。そして、風となり雨となり雪となり、地上の人を見守っているって」
「彼女の受け売りだけどね」
 思わず、内心で苦笑した。それはいつか、幼馴染みの彼女が僕へ言った言葉だった。きっと、僕を悲しませまいとして。
「その言葉を信じてみようと思うの。彼が傍に居てくれると思えば、私は生きていける気がするから。ねぇ、良いよね?」
「良いに決まっているじゃないか」
 だって僕も、信じてみていることだから。彼女がその考え方を受け入れるというのならば、否定する理由など僕にはなかった。
「ねぇ、クリスマスってさ、どんな日か知ってる?」
 いつか幼馴染みの彼女に尋ねたことを、彼女に尋ねてみた。
「んー、サンタさんがプレゼントを届けに来る日、とかかしら?」
 困ったように顔をしかめて、真剣な顔で彼女は答える。思わず笑ってしまった。
「あ、笑うなんてひどーい」
 そう言いながらも、彼女も笑う。
「クリスマスっていうのは、世界中の人の心の中に、イエス様がお産まれになる日なんだよ。……って、これも彼女の受け売りだけどね」
「ふうん。でもそれ、ちょっとずるいわよ?」
 彼女は口を尖らせて見せる。ごめん、と言うと「冗談よ」と言って彼女はまた笑い出した。
「にしても、彼女は君の中で生きているのね。ちょっとうらやましいなぁ」
 多分、それは事実だ。でも面と向かってそう言われると、何だか気恥ずかしくなった。
「でも、彼もあなたの中で生きているんじゃないかな。きっと、意味のないものなんてないんだ。これまでの全てが僕らになり、これからの全てが僕らになるんだから」
 意味のない人間も、意味のない出来事も、きっとない。居るだけでやるだけで、何が起ころうと意味があるんだ。幼馴染みの彼女と別れて、身をもってそれが判った気がする。
「そうね。そうよね。彼と出会った事も別れた事も、何か意味があるのよね。それが何なのかは、これから探していけばいいわよね」
 遠くを見るように目を細め、彼女は力をこめて応える。心の中で、彼へ語りかけているのかもしれない。
 人生は、何かを探すためにあるんじゃないか。ふと思った。
「一緒に探して行こうよ」
 重なったままの彼女の手を握る。
「一緒に居てくれるの? ずっと」
 彼女は強く、僕の手を握り返した。粉雪が優しく、僕らの手を撫でて舞う。
 彼女にとって僕は迷惑な存在なんかじゃなかったのだと、はっきり悟った。僕にとって彼女が正直に何でも打ち明けられる存在であったように、彼女にとっても僕はそんな存在だったのだろう。
「ずっと、僕は君と一緒に居たいよ」
 それは心からの言葉だった。
「私も、同じよ。私も君と一緒に居たい。君と出会ったことにも、何か意味があるはずだから」
 彼女は微笑んだ。それは柔らかで優しい、満足げな笑みだった。
「帰ろう。僕らには待たせている人が居るでしょ」
 ずっと彼女の笑みを見ていたかったけれど、そうしてばかりはいられない。時は待ってはくれないから。僕らは進まなきゃいけないんだ。
「うん。でも、その前に……」
 彼女は、『ツリー』の方へと向き直った。
「メリーホワイトクリスマス」
 微笑んだまま、彼女は言い切った。それが誰あてかは、僕には定かではない。
「メリーホワイトクリスマス……」
 僕も呟いた。雪の降るクリスマスにしか言えないその言葉を。二人の彼女へと。
「行こう。みんなが、待っているものね」
 彼女の言葉はささやかな決意に満ちているように感じられた。生きていくという決意に。
 彼女は車椅子を動かし、僕はその手助けをする。今や白く染まりきった『ツリー』に見送られながら、僕らは小さな公園を後にした。
 粉雪が優しく涙で濡れた頬を撫でる。それは心に染みて、僕を優しくするようで。幼馴染みの彼女の言ったとおりだと思った。
 君は、僕を見ていてくれるよね。
 心の中で呟く。幼馴染みの彼女へ。いつかずっと僕の記憶に留めておこうと決めた彼女へ。
 応えるように、粉雪は僕へと降り注ぐ。僕の前に居る彼女にも降り注ぐ。優しく、優しく。僕にとってそれが幼馴染みの彼女であるように、彼女にとってそれは彼なのかな、と思った。
 心の傷が癒えなくても良い。大事なのは、それを抱えて生きていく強さだ。逃げてたら、何にもならないんだ。
 だから僕らは立ち向かって行かなくちゃいけないんだ。生きるという苦難の道に。悲しみは消えないけれど、悲しみがあるということは喜びがあるということだから。悪いことばかりじゃないんだ。
 僕は彼女と共に生きることを、誓った。暖かなホワイトクリスマスに、粉雪に祝福されながら。
 最高のプレゼントを、ありがとう。
 神様にそう、呟いて――
 
2006/12/26(Tue)00:38:01 公開 / Rikoris
http://rikoris.jog.buttobi.net/
■この作品の著作権はRikorisさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 メリークリスマス!
 お久しぶりの方はお久しぶりです。初めましての方は、初めまして、Rikoris(リコリス)と申します。
 久しぶりに筆を取りましたので、何だか不完全燃焼な感が。来年は筆を取れそうにありませんので、今の私の思想(?)を詰め込ませて頂きました。
 クリスマスのお話です。前に書いたショート『どうか、神様』と『空のロザリオ』に微妙に繋がっている感があります。微妙すぎて読んでいようがいまいが完全に関係ない状態ですが(笑) 私的にはこれで、この主人公のお話を完結させたつもりでおります。何気に三部作w 最後はハッピーエンドな雰囲気で。
 ご感想、批評などなど今後の参考の為にお待ちしておりますm(_)m
 批評はどんな辛口でもめげませんw ご感想はどんなものでも……
 良いお正月をお迎え下さい。

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