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『世界最強の男ムサシ』 作者:一徹 / SF お笑い
全角5985.5文字
容量11971 bytes
原稿用紙約17.6枚
 やぁ! ボクは地上最強の男ムサシ! 上腕二等筋や胸筋がステキなナイスガイさ! 今日はこんなボクをもっとよく知ってもらうために、自己紹介をするよ!
 まず初めに器量。
 これは誰が見たって間違いなく世界で一番美しい!
 春先のような清風のようにきりりと整った鼻、永久表土でさえ一瞬で溶かせそうな爛々と輝く眼差し、それでいながらニコッと微笑んだときのスマイルは、子犬のように可愛くて、母性本能くすぐること間違い無しだ!
 くわえて、肉体のポテンシャルも世界一!
 計ってもらったことはないけれど、百メートル走ではきっと五秒台の世界記録を樹立すること請け合いだろうね(知ってた? 人間の身体って六秒しか加速できないんだよ? 物知りだよねぇ、ボクって。わはは)。
 C4爆弾のようなスタートダッシュを決め込んで、風すら追い越す加速を見せる。観衆にまばたく間も与えず一着でゴール! 額に浮かぶ汗キラリ! 真珠のような美しさ! ババーン! たとえ五十度を越える猛暑であろうと、ボクの周りには大樹の木漏れ日ににたさわやかさが満ち溢れるだろうね! スゴーイ! この勢いにのってフルマラソンに出場。はは、たとえボクがすごかろうが百メートル走の後は無理だって? 甘く見てもらっちゃ困るな、なにせボクは地上最強の男ムサシだよ。体に溜まった乳酸なんてものともせず、すぐさまデッドポイントに到達し、セカンドウインド、サードウインド、フォースウインドとギアを上げ、スポーツカーさながらのトップスピードでゴールイン!
 もちろん一着さ! なにせボクは世界最強の男ムサシだからね!
 さらにさらに走り幅跳びでトビウオのように地を這うジャンプを披露! さらにさらにさらにカンガルー真っ青な走り高跳びでも金をゲットしてしまうのさ! どうだい、スゴイだろう? 惚れちゃいそうだろ? もし付き合ってもいいなっと思う人は次の番号に電話してみてね! 電光石火の反応で本人が出るよ! (××××‐××‐×××××。絶対電話してくれよな!)
 当然ポテンシャルが高いだけじゃないんだ。世界最強の名に恥じないくらいの強さも兼ね備えている。男で、何が強いかっていったら、一番スゴイのはケンカに決まってるからね。その点でボクは負け知らず! まぁ生まれて二十年弱くらいは頻繁に、いやちょっとたまに負けていたりしたけど(大器晩成ってやつさ!)今となってはボクに勝つやつなんて誰一人としていないんだ! 
 見てみて、このマッハパンチ! 象も一撃で仕留めるぜ! ちょっと鼻とか当たったら死にそうになったけど、ボクは世界最強の男ムサシ! こんなので死ぬタマじゃない! まぁ二十世紀と比べると象の大きさもホルモンバランス異常のせいで一メートルくらいになったけど、戦った象とかまるでものを食べてないみたいにヒョロヒョロだったけど、自然界に『もしも』なんてないので、勝ったボクのほうが最強なんだ! ヒャッホーイ!
 だけど、ボクの怖さはパンチだけじゃなかったんだ!
 刮目せよムサシサンダーダイビングキィィィック!
 どう!? どうだった今の!? 下手すると地球わるくらい強烈なキックだったろ? ちょっと捻挫気味だけど、地球を相手にするんだから、地上最強の男といえども、捻挫ぐらいするのが普通なのさ。
 ムエタイ選手もハダシで逃げ出す(彼らはいつもハダシだろ! ってナイスツッコミもマスター)KICK!「ズババーン! ズバッ、ズババッ! 空気切り裂いてる音! バリバリッ、バリバリバリッ! 空気との摩擦によって蓄えられた静電気を放出する音! ズドーン、グラグラグラ! すさまじい衝撃により地球が振動する音!」
 おっとちょうどいいところにクジラがやってきた!
 浜に打ち上げられてまで戦うとは、根っからのファイターと見た! 沿岸線数十キロに及んで打ち上げられたほかのクジラ二三四一匹と同じく、息の根を止めてやるッ!
「にしても汚いな、コイツ」
 まぁ本来ならマッハパンチでしとめられる相手だが、何しろ相手は猛毒の汚染物質に身を包んでいる! なかなかやるぜ、これだと攻撃できない!
「だが、ボクにはムサシサンダーダイビングキックがある! いくぞ、ムサシサンダーダイビングキィィィック!」
 しかしクジラのヤツもやった。こちらのキックの衝撃を跳ね返してきたのだ!
「なるほど、瞳をつぶっていたのは内功を練るためか……くそ、クジラめ……」
 だが、クジラといえどムサシサンダーダイビングキックを喰らって無事ではいられなかったのだろう、そのまま絶命した。
「勝った! ついにボクはクジラにも勝ったんだ!」
 ヒャッホーイ! これでボクは地上最強の男から、地球最強の男になったぞ!
 だが、ここで一つ付け加えておくことがある。
 ボクは地球最強の男であるのと同時に、世界でもっとも賢い男でもあるのだ。ひょっとするとIQ300くらいあるかもしれない、それくらいボクは頭がいい。その証明をいまからしよう。
 E=m・c二乗! 位置の不確かさと運動量の不確かさの積はつねにある一定値よりも高くなる! 固有X線! シュレディンガーの猫! 相対性理論! テーラー展開!
 以上より、証明終わり。
 ほらね! ボクは世界最強の男であるだけではなく、こんなにも知識が豊富なんだ! どうだい、スゴイだろう? 惚れちゃいそうだろ? もし付き合ってもいいなっと思う人は次の番号に電話してみてね! 感覚過敏のいきおいで本人が出るよ! (××××‐××‐×××××。絶対絶対電話してくれよな! 別に付き合わなくてもいいけど、電話はしてくれ!)
 どうだい、みんな。地球最強の男ムサシのことがよく分かったかな? もし分からない人がいるならいってくれよ、一から説明しなおしてもいいから。ボクはとっても優しいからね! それこそ世界で一番優しいといっても過言ではない。
 最強!
 最賢!
 最優!
 究極の三拍子を合わせた男、それがボク、ムサシなんだ!



 ―――――――――――それはよかったですね――



 と。
 ムサシは、そんな声を聞いたような気がした。
 人がいるのかもと探してみたが見当たらず、きっと空耳だろうと思った。
「そうさ、これはよかったことなのだ」
 空は割れ海は穢れ土は腐ったこの地球。否、我々が、割って、穢し、腐らせたのだ。
 ムサシは、誰に言うでもなく口にした。
 直視するにはあまりに赤い夕暮れを、遠く望んでいた。肺腑をヘドロのようにムカムカさせる風さえなければ、この光景はもっとよりよいものとして映ったはずだ。あるいは、同意しあえたならば。
 紅は暮れない。なぜなら、地球はもう回っていないから。
 今日は終わらず、明日を迎えず、針は止まりて逢魔が時。
 ムサシは気付くとこの丘に立ち、立ちすくんだ。いつごろから立ち始めたのか、記憶にない。それでも彼は飽きるほど立ち尽くしたはずであり、
 ならばなぜ、
 この紅は、こうも胸を深く刺すのか。
「やぁ! ボクは地球最強の男ムサシ! 上腕……」
 ―――――――――――|そ|れはよかったですね――
 ――――――――――そ|れ|はよかったですね―――
 ―――――――――それ|は|よかったですね――――
 ――――――――それは|よ|かったですね―――――
 ―――――――それはよ|か|ったですね――――――
 ――――――それはよか|っ|たですね―――――――
 ―――――それはよかっ|た|ですね――――――――
 ――――それはよかった|で|すね―――――――――
 ―――それはよかったで|す|ね――――――――――
 ――それはよかったです|ね|―――――――――――
 ―――――――――――|?|―――――――――――
「…………」
 朱が網膜に強く焦げ付いたころ。ムサシはいつものように踵を返した。
 ここに来るのは、焦げ付いた、朱が剥がれて失せたころ。




 初めに新種のウイルスが蔓延した。それはとても強力で、人類の九割を殺害する能力を有していた。
 ムサシは先進国に住んでいて、しかも裕福な家庭に生まれていた。製造されたワクチンを手に入れることが出来て、生き延びた。
(クラスメートの竹原と久米と妹尾と大下と池本と芦田と三枝と本村と脇田と浜と柏原と川越と小久保と大林と水島と有賀と手島と日比野と小堀と田端と志田と今と明石と沢井と谷村と梅村と坂東と柳川と春日担任と笹川副担任が死んでしまったが、まぁしょうがない。
 自分はお金を持っていて、彼らは貧乏だった。
 だから彼らは死んでしまった。
 竹原はいつも成績が一番で久米は百メートル走でインターハイに出場して大下は英語がペラペラで池本はゲームを貸してくれて芦田はちょっとエッチな本を見合う仲で三枝はよく宿題を写させてくれて脇田は芸人になれるくらい面白いやつで浜と柏原と小久保は三人でバンドを組んでいてかなり上手で大林はつまらないことを言っても決して無視しないで水島はナンタラ賞を取れるくらいの小説が書けて有賀はいつも笑顔で接してくれて手島は日比野は小堀は田端は志田は今は明石は一緒に水泳をやろうと誘い続けてくれて沢井のトランペットは美しくて谷村のギターはヘタクソだったが一度だって彼は泣き言を言わず梅村は家が貧しくて学費を自分で稼ぐほど努力家で坂東はむかつく野郎だったが決して無視はしなかったし春日担任はむかつくだろうボクを邪見にしなかったし笹川副担任はいつも笑って自慢話を聞いてくれてスゴイと褒めてくれて、柳川は、好きだったのだ。ワクチンも一つだけは余分に購入できたから、柳川だけは助けてやろうと思ったが、彼女は断った。別にやましい気持ちがあったわけではない。クラスメートとして助けてやろうと思ったが、嫌だといった。みんなが死ぬなら死ぬほうがいいとわけのわからないことを口にした)

 次にカラになった領土を巡って戦争が起こった。第三次世界大戦といったが、北による一方的な虐殺だ。人間の中にはいかなるウイルスにも対抗しうる遺伝子をもった人がいて、南にも何人何十人何万人生きている人がいた、と後になって分かったが、占領するまで誰も侵略の手を止めなかった。全員殺してしまったのかといえばそうではなくて、生き残った南人の一部は先進国に捕獲されて医学発展のためのモルモットとなったのは違いがないだろう。ともかくそういうことがあって日本やアメリカやEUやロシアや中国はガンガン力を蓄えていった。
(小学生のときホームステイしたオーストラリアの友人ジョナサンとその家族サンドランド一家はオーストラリアとオーストラリアの国民を守らねばと戦って死んでしまった。ま、強いものに巻かれなかった彼らが悪いのだ。もしも自国を見捨てていたら、命だけは助かっただろうになぁ)

 一年と八ヶ月と十三日経って、今度は北と北との戦争になった。第四次世界大戦と誰かがいったが、果たして世界は世界と呼べるほど形を残していたか。日本も戦ったが、いかんせんアメリカが強かった。その上亡命も受けないというのでほとほと困ったムサシ他お金持ちは、共同で地下に巨大なシェルターを作ることにした。彼らはそこに、新たな故郷を作ろうとしたのだ。シェルターは地熱を利用した完全独立型と呼ばれるもので、さらに核の衝撃にも耐えうるものだった。
(ここに住む権利がまた高額だった。ボクの家族も一席分しか買えず、家族で誰が住むのかという話になった。もちろんボクは死にたくなく、住む気マンマンだと言うと、父久幸も母和江も二人の姉の恵子も亜紀も、お前が行きたいというのなら行けばいい、と権利をゆずってくれた。きっと反対されると思っていたのだ。特に久幸や亜紀などは自分こそが住みたいと声高に主張すると思っていたのだが、違った。母と姉とはボクの頭をなで、ボクを見送った。父は一言意味の分からないことを口にしたが、いつもとあまり変わらなかった。
 ボクがシェルターにたどり着くや否や、シェルターのテレビに映ったのは、アメリカからロシアから中国からイギリスからフランスから核を持つ全ての国の全ての核が一斉に敵対国にばら撒かれたという報道だった。日本は核は持ってなかったが、まぁとばっちりを受けて消滅した。父も母も姉二人も死んだだろう。まぁ、それは仕方がないことだ。なにせ彼らは生きようと思わなかったから。因果応報というやつだ)


 ムサシはシェルターの中を練り歩いた。完全に計算しつくされた形と機能、様々な娯楽施設に驚かされながら隅々まで歩いて回った。その結果、奇妙なことに、シェルターの中にはムサシしかいないということが分かった。
 おかしい。
 シェルター居住権は飛ぶように売れたはずだ。販売一秒後に売り切れた、そのはずで。
 というより建設に関わった人なんかは無条件で一席分は確保している、そのはずで。
 となれば、他に人がいないのは、不可思議きわまりない。
 ムサシは一週間かけて、シェルターの隅々、本当重箱の隅をつつくくらい細かいところまで見て回った。それでも誰もおらず、一ヶ月かけて四回見直したが、それでも人っ子一人見つけることは出来なかった。
 ムサシは考えた。どうしてシェルターに人がいないのか。
「ひょっとしたら、核の衝撃でシェルターに入れなくなったんじゃないだろうか?」
 ムサシはシェルターを飛び出て人を探すことにした。
 エレベーターに乗って上を目指す。幾層もの隔壁を越えて、地上へ到る。
 確かシェルターに入る前。そこには標高五〇〇〇メートルはゆうに超える山が連なっていたはずだが、実際は違った。
 四方をぐるりと地平線が囲っている。
 もちろん、人の姿は見るすべもない。



 地球に独り立ちながら、ムサシは父が口にした言葉を思い出していた。
『日本国民として権利を成就するためには、子女に普通教育を受けさせる義務、勤労の義務、そして納税の義務がある。それと同じように生きる権利にも等しく義務が発生する。つまり、生きる義務だ』
 そんなことは分かっている、と思う。
『生きようと思って生きたからには、生き続けなくてはいけない』
 だからここまで来たのだ。
『その覚悟はあるのか? え? 髄まで染み渡る孤独の下、生き続ける覚悟があるのか?』
 ここでムサシは疑問に思った。
 父の質問になんと返答したかなと。
「……あぁ、思い出した。確か……」
『? 生きるのは、当然のことじゃないんですか?』
 生きるのは権利ですらない。義務でもない。そうあることが当然なのだ。絶対の静寂を前にして、今でもムサシはそう思っている。揺らぎそうにはなるが、決してくじけることはないだろう。
 というかそう決めた。
2006/12/06(Wed)01:59:09 公開 / 一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 補正補正。以前にUPした同名作品をほぼ方向性を百八十度回転して書きました。
 初めのほうはコメディですし、途中からも設定のだだ漏れっぽい感じがしてなんだかなぁ、と思ってしまいます。
 どうなんですか? これ、面白いんですか? 面白くないんでしょうか?
 そこんとこメッセージお願いします。
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