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『鈴の音の響く雪原で(旧・白銀の鈴)』 作者:風来人ゼン / リアル・現代 恋愛小説
全角25623文字
容量51246 bytes
原稿用紙約82.85枚
この、真っ白な雪原。何の道しるべも無い世界。どこに行けばいいのか、何もわからない。それはとっても怖いし、寂しいし、辛い。だけれど、恐れないで、逃げないで。君は、いや、君と彼女は、互いの道を指し示し合えるから。五年前の約束が繋ぐ、二人の物語……
 そこは白銀に染まる世界。少年は、何故このような場所にいるのかがわからなかった。顔を上げれば、一人の少女。彼女はじっと少年を見ていた。
「さよなら、だね」
 少女はどこか惜しむかのように言う。
「君の家の事情だから仕方ないか」
 なんだろう。実際にあった気がするのだが、どうにも思い出せない。
 ふと、少女の目に涙が滲み始めていた。
「また、会えるよね? お別れじゃないよね?」
 少年は戸惑った。だが、その時、自分は頷いたのを知っている。
「待っているからね」







「なーんか、やっちまったなあ」
 電車の中。少年は一息吐いて窓の外を眺める。あまり良い気分じゃないから窓から見える建物や鳥すらうざったいように見えた。そんな状況に陥ってしまった自分にすらも呆れてくる。
 そんな少年の名は風見快太(かざみかいた)。父親とのいざこざが原因で家出を決意した高校生。彼の座席の隣には、荷物が詰まった鞄が置かれている。
 数分して、電車が駅に止まる。何人かの人が出て、そして入ってくる。少年の目的地はここではない。そして数分した後に扉が閉まり、アナウンスが次の駅を放送する。
『次は浅木(あさぎ)。浅木でございます』
 それを聞いて少年は軽く顔を上げる。そして、自分の荷物を見た。
「次だな」
 小さく呟いて、そしてまた窓の外に視線を移す。すでに電車は走り出し、景色は動き出していた。
 何かが始まる。そんな気持ちを乗せて。


 少年が着いた町の名は浅木市。田舎というには賑やかで、都会というにはちょっと物足りない、そんな町だった。駅前では、来るクリスマスに向けてケーキを予約する客を増やすために、サンタクロースの格好をした女性がチラシを配っていたり、誰かにプレゼントするのか、ショウウィンドウに飾られた品物をじっと見つめる男性がいたり。駅前を見るだけで、この町がもうクリスマス一色に染まっているのがわかった。ただ物足りないのは雪が無い事ぐらいだろう。所々にクリスマスツリーだって見られる。
「懐かしいな。五、六年ぶりってところか」
 実際、快太はこの町に住んでいた事がある。しかし、小学生だった頃に家族の都合で遠くへ引っ越す事になった。他に行きたい場所なんて無かったから、彼は家出先をここに決めていた。
 五年の時が過ぎても、町の風景はさほど変わっていない。快太は何の迷いもする事無く、町へと入っていった。
 町の中は、丁度昼時なため休憩の時間を満喫している学生や社会人が大半だった。快太は駅からさほど遠くない場所にある公園へと入り、空いていたベンチに腰掛ける。しっかりと冷たくなっているベンチが、彼の尻を冷やした。
 昼食がまだだった快太は駅で買っておいた弁当を取り出し、蓋を開ける。すぐに湯気と共に伝わる弁当の匂いが彼の食欲をそそった。のはいいのだが、飲み物を買い忘れていた。快太はひとまず飲み物を買うために荷物をベンチに置いて近くの自販機へと足を運ぶ。
「えっと、烏龍茶は……」
 自販機に並ぶ飲み物から、快太は烏龍茶を選択。出てきた缶を取って、再びベンチへと向かう。
「あ、あれ?」
 ベンチに戻ってみれば、弁当を残して他の荷物がごっそり消えていた。
 これって、置き引きと言うやつですか? 周囲を見回せば、妙に大きな鞄を背負った男を発見。鞄の柄等も全く同じだった。
「奴か!」
 缶ジュースをベンチの上に置いて、快太は男に向かって走っていった。男もそれに気付いてか、勢い良く走り出す。相手は大きな荷物を背負っているにも関わらず、足が速い。快太もそれなりに脚力には自信があったが、こうなれば相手が疲れるまで追い続けなければならない。置き引き犯は適度に道を曲がり、快太を撒こうとするが、彼はこの町を熟知している。その程度では撒かれない。何分間追いかけっこを続けただろうか。しばらくして見えた石段を、男は上っていた。この先は神社で、その先に道は無い。そうなればもう相手は袋の鼠だ。快太はすぐに石段を上り、男を追う。こうなれば後は神社で相手をとっつかまえるだけだ。快太は全力で石段の駆け上がる。
 階段を上り終えた砂利が敷かれた境内を見回す。だが、男の姿が見あたらない。そうとなると、周囲にある林の中に逃げ込んだか。耳を澄ませば、枯れ葉を踏むような音が聞こえる。快太はそれを頼りに林の中へと突っ込んでいった。山のように積まれた枯れ葉に足を取られるが、それほどの問題ではない。
 だが。
「ッ!」
 突然何者かに背後から何かで殴られて、快太は崩れるように枯れ葉の絨毯へと倒れていった。
「や……べえ」
 この後どうなったかわからなかった。なんだか、全身に枯れ葉がかかるような感覚もあった気がするが、実際にそうだったか分からない。
 とにかく、快太の意識は少しずつ、遠のいていった。
 チリン……
 どこかで、鈴の音が鳴った。そんな気がした。







 何もない。
 どうして自分がここにいるのかわからなかった。
 快太は、真っ白な雪原の中。仰向けに倒れていた。右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、ただ真っ白な雪があるだけで、他は何も無かった。
 チリン……
 どこかで聞こえる。鈴の音。誰かいるのだろうか。だけれど、体は動かない。疲労しきった体が、完全に脳の命令を無視していた。
「俺、このまま死んじまうのか……?」
 思うと、なんだか涙があふれ出してきた。
「約束、守れなかったって事か?」
 僅かに動いた指が、雪を握りしめる。それは、とても冷たかった。
「……畜生ッ!」
 諦めたくなかった。だけれど、もう、どうしようもなかった。
『この、真っ白な雪原。何の道しるべも無い世界』
「……誰だ?」
 突然聞こえた声に、快太は弱々しく問いかけた。だけれど、それの答えはどこからも返ってこない。
『どこに行けばいいのか、何もわからない。それはとっても怖いし、寂しいし、辛い』
「だから誰なんだよ!」
 思いっきり叫んでも、声はそれを無視して続けた。
『だけれど、恐れないで、逃げないで。君は、いや、君と彼女は、互いの道を指し示し合えるから』
 チリン……
 どこかで、鈴の音色が聞こえた。







 気が付けば、快太はとある部屋に寝かされていた。
 ぼやける視界で周囲を見回すと、一人の少女が見えた。静かに立っている、綺麗な少女。
「天使……」
 そんな言葉が頭に浮かび、無意識に口にしていた。ふと、それが聞こえたのか、少女が自分の方へと振り向いた。
 だんだんとはっきりしていく視覚で捕らえた彼女の姿は、栗色の髪を短めのテールにして、綺麗と言うよりかは可愛い、元気な印象が強い顔立ち。窓から差し込む朝日が、それをより一層強くさせていた。
「やっと起きたんだ」
 半身だけ起こした快太に向かって、少女は言う。改めて周囲を見回してみると、ここはリビングらしい。自分はソファで作られていた簡単なベッドに寝かされていた。少女はエプロン姿で近付いてくる。何か作っていたのだろうか。
 しかし、この少女、どこかで見たような気がする。少なくとも、この浅木に来る前からだ。誰かと一緒にここに来たわけではないのに、どこか懐かしい感じがする。
「ほんと、最初に見つけた時は驚いたよ」
 なんだか、ちょっと困ったような、だけれど、すごく嬉しそうに少女は言う。
「約束、守ってくれたんだね」
 約束。浅木。この懐かしい感じ……
 まさか。
 快太は回るような思考の中で一つの答えに行き着いた。まさか、こんな形で再会することとなるとは。
「咲良(さら)か?」
「もちろん。五年ぶりだね。快太」
 やっぱりか。快太は懐かしさ、嬉しさが自身の奥底からわき上がっているのを感じた。
 彼女は早川(はやかわ)咲良。昔この浅木にいた時の幼なじみ。明るくて、元気で、無茶もして、どこか放っておけない。そんな彼女だった。しかし、幼なじみってだけで、恋愛感情は一切無いと思っている。どっちかと言うと、親友。一緒に遊んだり、馬鹿やったり。最高の親友だった。
「そう言えば、なんで浅木に?」
「いや、まあ……」
 快太は言われて言葉をつまらす。まさか父親とケンカして家出したなんて、言えるはずがない。多分、現在、眼が泳いでいる。
「それより、なんで俺はここに?」
 なんとか別の質問を出す事により咲良の質問から逃れる。
 たしか、置き引き犯を追っていたら突然何者かに気絶させられてたはずだ。それに場所は神社の林。そうそう人が立ち入る場所じゃない。
「ああ、それね。アルフの散歩に出かけたら、突然アルフが走り出して神社の林まで行っちゃうから急いで追いかけたの。で快太が寝てたってわけ。て言うか何であんな所で寝てたのよ?」
 失敗だった。はぐらかすために別の質問をしたのだが、さらに聞かれたくない部分に触れてしまうとは。
 どうやってごまかそうかとあたふたしていた快太を、咲良は一言で粉砕する。
「言い訳や戯れ言はいいから。はっきりと説明しなさい」
「……はい」
 言われて、快太は何一つ隠す事無くしっかりと説明した。笑われる事は覚悟の上だった。送り返されるのだけはゴメンだが。
 しかし、咲良の反応は良い意味で快太の予想を裏切った。
「そっか。なら、住むとことか必要だよね。マンションとか、借りるお金ある?」
「あ、まあな」
 実際、置き引きにあったとは言え財布とかはしっかりと手元にある。貯金なんかは全部財布に移してから飛び出してきたから特に問題は無い。
「べつにうちに居候でもあたしは構わないけれど、あまりお父さんに聞かれたくないでしょ? この事」
 まるで当然とばかりに咲良は言う。
 それにしても、どうしてこうも協力的なんだ? 昔っから正義感の強い咲良の事だから、家出したなんて聞いたらすぐに送り返そうとすると思っていたのだが。
 ふと、そう思った時に、鼻に妙な臭いを感じた。なんだか、熱を加えすぎた炭水化物とタンパク質が発する独特の臭い。世間一般的には焦げ臭いとも言う。
「咲良」
「いっけない! 火に掛けてそのままなの忘れてた!」
 ドタドタと咲良はリビングの奥にある台所へと駆けていった。そして、あとから「あーあ」とため息混じりの声が聞こえてくる。多分、咲良の事だから快太の分も作ってくれたのだろうが、この様子だと少し覚悟を決めた方がよさそうだ。咲良の料理は美味いのだが、たまにこうやって詰めが甘く、失敗する時もあったっけ。と、なんとなく思い出してしまった。


「それじゃ、アルフ。行ってきます」
 咲良は家の戸締まりを確認し終えてから、早川家で飼われている犬、アルフにお出かけの挨拶をする。冬の朝は寒い。冷気を纏った風が頬を撫でて、ひやっとする。
 早川家はずっと昔から母親が海外で記者をやっているため、家では咲良と咲良の父親の二人暮らしだ。多分、咲良がこんな性格になったのもそれが原因かというのが快太の推測。
「それで、予算ってどれくらいあるの?」
「えー、と。昔っからため込んだ分に株で軽く儲けた分に二条からの餞別でざっと……」
 口の中に炭の苦みを残しながら、快太は金額を確かめるため財布を取り出し、中身を見たた。ふと、彼の表情が凍り付く。
 財布の中が、小銭を残してからっぽとなっている。
「やば。中身が無い」
「嘘!? まさか、置いてったとか」
「いや、ちゃんと駅弁買った時は入ってたはず……」
 明らかに驚きの表情を表している咲良の言葉を聞きながら、快太は自分の頭の整理を始める。
 駅で弁当買って、公園の自販機で烏龍茶買った時まではしっかりと残っていた。確かその後に置き引きにあって神社で気絶させられて……
 そこまで考えて、快太は一つの答えに行き着いた。考えれば、当然とも言える事である。
「置き引き犯に気絶させられた時に持ってかれたか」
「あー。そっか」
 呆れたように咲良は掌で顔を被う。
 しかし、いきなりこれでまずい事になった。こうなると誰かの家に居候させてもらうしか方法は無いだろうが、問題はどこに居候させてもらうか、という事だ。
「あ、でも。響(ひびき)さんならあまり追求せずに置いてくれるかも」
「響さん? ああ、ミユの家か」
 一度納得した快太は、咲良と共にとある場所へと移動を開始する。
 咲良の家から歩いて十分程度の場所に、その目的地はあった。そこは、「喫茶白雪」と書かれた看板の、ややこぢんまりとした店だった。
 咲良が店の扉を開けて、それに続いて快太が店に入る。店はいくつかのカウンター席と、テーブル席が二つ。カウンターには、煙草をくわえた女性が一人。
「響さん。おはようございます」
「ん? 咲良に……快太じゃないか」
 響と呼ばれた女性は煙草を口から離しながら快太の姿を確認して驚く。すぐに彼女は立ち上がり、煙草を灰皿に押しつけてから二人のもとへと歩いていった。
「お久しぶりです」
「まあ硬くなる必要はないって。どうせ家出でもしてきたんだろう?」
 いきなり図星をつかれて快太はドキッとする。それはもう心臓が跳ね上がりそうだった。咲良も焦った様子だ。
「ま、ここを出て行く前からあんたはあんたの父さんとギスギスしてたからな。なんとなく想像つくよ。で、ここに来たって事は、何か問題でもできたのか?」
 特にどうってことないように響は言ってのけ、快太と咲良はちょっとだけ拍子抜けする。響とは昔から関係があったからなんとなく想像はついていたが、まさかここまで大ざっぱだとは。
「それが、お金をすられて住む場所に困ってるみたいなんです」
「すられた、と言うよりかは置き引きにでもあったな? でなきゃ手ぶらでここまで来ない」
 快太に代わって咲良が響に説明する。快太はまた図星をつかれて焦る。響はまるで煙草をくわえるような仕草をしながら、軽く考え始めた。
「……そうだね。宿、朝夕食事付きプラス給料」
「?」
「うちで働かないかってこと。ちょっと人手が欲しかったしね。どう?」
 快太には拒否する理由が無かった。何せ、宿の提供をしてくれる上に給料までもらえるというのだ。これほどうまい話はそうないだろう。
「是非。やらせてください!」
「よし。実はうちの車庫の二階に空き部屋があってな。今はけっこう汚れてるけど掃除すればなんとか寝泊まりぐらいはできるようになるさ」
 一度響に案内されて店を出る。そして店をぐるっと周り、その裏にある白雪家へと移動。車庫の横にある階段を上り、響がポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、開錠。扉を開けた。
「うわ……」
「ま、それほど物が無いから簡単に綺麗になるさ」
 部屋の惨状に唖然とする快太と咲良を横目に、響は苦笑。部屋の中は、どれだけの間手がつけられなかったのだろうか、埃まみれだった。彼女は一つ言い残しながら階段を下りる。
「とりあえず、道具は美優(みゆう)に持ってこさせるから待ってなよ」
 それを聞いた快太と咲良は、ひとまず靴を脱いで部屋へと入る。中は畳八畳ほどの広さで、中央にテーブルと椅子、隅にソファが置かれている以外特に物は何も無い。
 快太はふぅっと一息テーブルに吹きかけ、飛んできた埃を受けて軽く咳をする。
「何やってんだか」
 そんな快太の様子を見て、咲良は苦笑した。
 突然、ドタドタと誰かが階段を上る音が聞こえた。
「お兄ちゃんが帰ってきたって!?」
 バン! と大きな音を立てながら、一人の少女が部屋に入ってきた。並んで同じくらいの快太と咲良に比べて、結構背の低い少女。どこか落ち着かない感じで、髪はツインテールに結ばれている。
 彼女は白雪(しらゆき)美優。快太と咲良の幼なじみで年は二人の一つ下。彼女は二人になついていて、特に快太は「お兄ちゃん」と呼び慕っている。
 美優は両手に抱えていた荷物を下ろすと、すぐに快太へと駆け寄った。そして、快太の方へと飛びつこうとする。だが、突然美優は右足を蹴り出した。すぐに快太はそれを右腕でブロック。空いた左手を美優の額の前へと突き出し、額を指で弾く。
「ひにゃ」
 デコピンを喰らった美優はまるで猫のように小さく言って、そのまま後ろへ大袈裟にゴロゴロと転がる。
「やっぱりお兄ちゃんだ♪」
 美優は止まってから再び立ち上がり、今度は普通に快太へと飛びつき、抱きついた。
「あのさ。何でいきなり蹴りにデコピン?」
「いや、なんつーか。五年前はこれが挨拶みたいなもんだったから」
「なんでお兄ちゃんに勝てないかな〜?」
 疑問をこぼす咲良に、快太は微苦笑混じりに返した。美優は額に指をあてながら考え込む仕草をする。
「とりあえず、ここの掃除でもしよっか」
 美優の置いた掃除道具を取りながら咲良は言う。快太と美優もそれぞれ道具を取って掃除を開始した。それほどたいして物はないので、適当に物をどかして床を磨く程度で部屋は結構綺麗となった。しかもそれほど時間はかかっていない。終わった時は丁度昼時になった頃だった。
 昼食を食べ終えてから、三人は町へと出かけていた。
「で、どうするんだ?」
「せっかくこうして五年ぶりに会ったんだし、今日は学校休みなんだし、色々遊んでいこうよ。今日のところはお金はあたしが奢るからさ」
「どこへ?」
 奢ってもらえるとなると、それほどこっちに選ぶ権利はなくなる。とりあえず、快太は咲良に尋ねてみた。
「ボウリング」
「ま、無難かな」
 美優も特に問題は無いみたいなので、三人はのんびりと町のボウリング場へと歩いていった。
「そう言えば、快太ってボウリングは上手いの?」
 球を選んでいる最中、咲良は突然快太に尋ねた。快太は一つの球を手に取りながら答える。
「ま、それなりにダチとやってたからな。勝つ自信はあるぞ」
「言ったね。あたしだって負けないんだから」
 二人とも球を決めて、自分たちのレーンへと移動していった。
 勝負は、かなりの白熱ぶりだった。
 まず、快太は一直線。威力命で豪快にピンを倒していき、咲良は球を曲げる事に重点をおいた。美優は、快太のような威力もなければ咲良のように曲げる事もなかったが、抜群のコントロールで確実に点を稼いでいた。
 2ゲーム終えて、それぞれ咲良、美優がトップ。快太は未だにトップに上り詰めれていない。男として、絶対に、次の一投は失敗できなかった。
 3ゲーム目、快太最後の一投。今回はすでに美優は抜いている。咲良とは一本差。残すピンは二本。つまり、スペアをとる他勝つ方法は無い。
「ほらほら。どうしたの? 早く投げなよ」
 あえて咲良が挑発的にプレッシャーをかけてくる。
「お兄ちゃん。あと一点だよ」
 美優はそう言うが、一点取っただけでは同点。二点取ってようやく勝ちなのである。しかし、その二本は綺麗に両端で立っている。一本ピンを飛ばして残りの一本を倒すという方法でなければならないのだが、そんな難しい事ははっきり言って無理だった。
 こうなれば、あとは運に任せるしかない。快太は思いっきり球を投げた。
 ガコン!
 だが、快太の気合いも虚しく球はガーターへと落ちる。
「あ、落ちた」
「ダメダメだね〜」
 ついでに、さらに2ゲームやったのだが快太は一度もトップになれなかったのはちょっとした余談。


 三人はボウリングを終えて、とある公園へと来ていた。先日快太が置き引きにあったのとは、また別の公園である。
「懐かしいでしょ?」
 来てさっそく、咲良は快太に尋ねる。快太はゆっくりと公園を見回す。
「ここだったよな。あの約束の場所」
「いつか、必ずここに帰ってくる。あの雪の日に約束したよね」
「いつの間に咲良ちゃんとお兄ちゃんでそんな事を? ずるいよ。ボクだけのけ者なんて」 快太と咲良の会話を聞いた美優がぷうっと頬を膨らませて言った。
 五年前。丁度今みたいなクリスマスムードが町に広がっている頃。快太は家庭の事情で引っ越しする事となった。当然、それは咲良や美優達との別れを意味する。だから、ここで快太は約束した。いつか必ず帰ってくるって。
「ごめんごめん」
「む〜」
 気付けば、もう日が沈みかけている。美優の機嫌を直すのに少々時間をかけて、快太達はすぐに公園を後にしようとした。ふと、咲良が話しかけてくる。
「そう言えば、まだだったよね」
 言われた快太は後ろを振り返りながら尋ねた。
「何が?」
「おかえり」
 言われて、快太は一瞬足を止めた。そして、笑みを浮かべながら咲良に返す。
「ああ。ただいま」






「また、ここか」
 気付けば、快太は雪原に突っ立っていた。見渡しても雪以外、何も無い。
 チリン……
 やはりと言うべきか。また、鈴の音。今回は体が動く。快太は鈴の音がする方向へとゆっくりと歩いていった。
『誰かの道を指し示す。そのためには、誰が迷っているのか気付いてあげないといけない』
 また、声だ。快太は走って鈴の音を追った。まるで、鈴の音は逃げるように、導くように遠くへと行く。
『まだ、君以外は誰も迷ってはいない。だけれど、誰かが迷った時。早く気付かないと、大変な事になると思う』
「お前。一体何者なんだ!」
『わたし? わたしは、夢を紡ぐ者。人の心の鏡』
「鏡……?」
 問いかけたが、声が答えるよりも早く快太の意識は薄れていった。






 窓から差し込む朝日が、快太の顔を照らす。彼は、部屋にあったソファで作ったベッドで寝ていた。
 ふと、ドタドタと誰かが階段を上る音が部屋中に渡った。
「朝だぁー!」
 バンと勢いよく扉が開き、声の主はそのまま眠っている快太へと駆けだしていった。快太は気付かなかった。この時、彼の身が危険にさらされている事を。
「とりゃー!」
 ゴスッ!
 快太のみぞおちに、激痛。彼は転がるように即席ベッドから落ちていった。
「〜〜〜ッ!」
 声にならないうめき声を上げながらゆっくりと快太は目を開く。すると、そこには笑みをうかべてブイサインを決めている美優の姿があった。
「おはよ。お兄ちゃん♪」
「な……なんなんだ。一体」
「朝の挨拶だよ? あ、それとお店の準備始めるから来いってさ」
 白雪家では朝っぱらからこんな挨拶をしているのだろうか。いや、美優が今朝思いついたんだろうが……とにかく朝から嫌な目覚め方をしてしまった。
 そんな快太に対して美優はご機嫌のようで、鼻歌交じりに快太の部屋を出て行った。
 痛む腹をおさえながら、快太は部屋を出て階段を下りる。冬の早朝の寒さが、一気に彼の眠気を覚ました。
 家を回るように進み、店の扉を開ける。中では、すでに響が店内の掃除をやっていた。
「随分と顔色が悪いな。一体どうしたんだ」
「多分、フライングボディアタックだと思う……」
 言っても、響から返ってくるのは苦笑だけだった。
 とりあえず、快太は響があらかじめ作ったサンドイッチをいただき、用意された制服へと着替える。
「ま、とりあえずの接客と掃除が出来れば問題ないしな……とりあえず床の掃除な」
 言いながら響は快太にモップを差し出す。快太は最後の一切れを口にくわえながらそれを受け取り、サンドイッチを口に押し込んでから床磨きを始める。窓の外を見れば、咲良と美優が並んで歩いているのが見えた。
 特に店での仕事は大変なものではなかった。もともと店が小さいため、ある程度人が入ってきてもほとんどが響一人で対応していた。ほとんどの仕事は皿洗い等である。ひとまず、朝のピーク時間を終えて快太はカウンターに頬杖をついてぼーっとしていた。響ものんびりと煙草を吸っている。今店は二人以外誰もいない。
 ふと、突然扉が音を立てながら開いた。すぐに響は煙草を灰皿に押しつけ、快太は立ち上がる。
 いらっしゃいませ、と言おうとしたのだが、入ってきた人物を確認して快太は驚きを表した。
「は……?」
 腰まで伸びた長い髪。どこか落ち着いた雰囲気を醸し出している一人の女性。足下には、やたら大きな荷物が置かれていた。
「いらっしゃい」
 そんな快太の様子を知ってか知らずか、響は普通に客を迎えるように言う。女性は荷物を片手に、カウンター席へと座る。
「待て待て待て。なんで二条(にじょう)がここにいる」
「私の仕事は快太様に仕える事ですから」
「探すなって言っただろ!」
 快太はカウンターに身を乗り出しながら言う。
「探してはいません。後を付けさせていただきました。ただ、置き引きに遭われてから私は先に警察の方に向かったせいで見失ってしまいましたが……」
「そこじゃなくてなぁ」
 ヤケ気味に言う快太に対して、二条と呼ばれた女性はあくまで冷静に受け答えた。
「何だ? 二人とも知り合いなのか」
 響が尋ねると、二条は立ち上がる。
「私は快太様の使用人。二条明菜(あきな)と申します」
「使用人ねえ。快太を連れ戻しに来たのか」
 使用人とわかってか、響は煙草を取り出し火を付けた。快太はふてくされたように頬杖をつきながらぶっきらぼうに言う。
「俺は絶対に帰らねえからな」
「……畏まりました」
 少しだけ考えてから二条は言った。言われた快太は拍子抜けした。
「私はあくまで快太様に仕えるのが仕事です。それに、旦那様は「好きにさせろ」とおっしゃっていましたから」
「って事は、俺はここにいて問題ないって事だな?」
「はい」
 言われて快太は小さくガッツポーズ。しかしまだ疑問が残るのか、響は長くなった灰を灰皿に捨てながら明菜に質問する。
「じゃあ、なんであんたはそんなでかい荷物背負ってここに来たんだ?」
「旦那様が出された条件が一つだけございまして、私が快太様のお世話をするようにと……」
「なるほどね。じゃあ明菜もうちで働きなよ。金も出すし部屋も用意する。快太もうちに下宿してるしな」
「はい。よろしくお願いします」
 こうして、快太の家出生活は父親公認となったのだった。


 市立浅木高校。二年三組教室。
 五時限目の物理を受けながら、咲良は指の間にペンを挟んだ状態で頬杖をつき、ぼうっと窓の外を眺めた。ここからでも、快太が働いている喫茶「白雪」は確認する事が出来る。
 五年前に別れた、あの少年。昔から変わっていないあの彼。五年前にまた帰ってくると誓ったあの快太。
 咲良は視線をグラウンドに移した。今はどこも使っていないため、どこか虚しさを醸し出している。ふと、その先にある校門の近くである人影を確認した。快太である。今は休憩の時間なのだろうか。
(お父さんとケンカしてたった一人で家出して、置き引きにあったっていうのに、なんであそこまで笑顔でいられるんだろ)
 実際、あそこまでいったら素直に帰るという手段もあったはずだ。なのに、それを選ばなかった。じゃあ、自分がその道を示したらどうだっただろうか……出会ってすぐにまた別れる。それはあまりにも嫌だったから、だからあえてその道を示さなかった。そんな自分もいたのかもしれない。
 ふと、咲良の思想が一瞬にして止まった。
(誰……?)
 快太の隣に、一人の女性がいた。快太が笑顔であるところから、連れ戻しに来た誰かというわけではないだろう。年は見たところ二十代。良い方に部類されるだろうスタイルに、長い髪。
 ……カタン。
 指に挟まっていたペンが落ち、小さく音を立てた。


「快太様。ここは?」
 昼の仕事を終え、響にもらった休憩時間を利用して、明菜に町を案内させがてら散歩に出ていた。商店街、スーパー、駄菓子屋、公園。色々な所を回り、そして今は浅木高校の前へと来ていた。
「ここは浅木高校だな。咲良とミユはここの学生。知ってるだろ? 前に見せた写真に写ってた二人」
「はい。ここに、咲良様と美優様がいらしているのですね」
 呟く明菜の隣で、ゆっくりと快太は校舎全体を見回した。今は五時限目なのだろう。校舎はどこか静かで、だけれど多くの人の姿が見える。
 本来なら、自分も学校に行って、あの中の学生達のように勉強していたんだろう。だけれど、今はこうして家出して喫茶店で働いている。そういえば、向こうの学校の方はどうしてあるのだろうか。父親が休学届けを出しているのかもしれないが、何もやっていないかもしれない。
 父親はとある企業の社長。跡継ぎについて、今まで何度もケンカした。親の後を継ぐのはどうしても嫌だった。普通に高校、大学で友人達と馬鹿やったり、大学を出てからは普通に働いて、また趣味と両立させた暮らしをして……とにかく普通の少年でありたかった。
 ならば今は、普通なのか。そう言われたらそうだとは言えなかった。家出して、置き引きにあって、使用人と共に喫茶店で働いている。明らかに普通の生活とは離れていた。逃げたい一心でここまで来て、何をやっているのだろうか。
「……どうして、こんなところまで来ちまったんだろうな」
「快太様?」
 無意識に呟いたこの一言に、明菜は一度問いかけた。
「いや、何でもない。次、行くか」
「……はい」
 快太は明菜を連れて校門前を後にする。
 それからは、快太は明菜と共に喫茶店へと戻っていった。実際、午前中は明菜に部屋を用意するやら何やらで結局明菜は午後から働くこととなっていた。
「いらっしゃいませ。ご注文の方はいかがでしょうか……はい畏まりました」
 明菜は客から注文をとってきびきびした動きでカウンターへと移動する。
「コーヒーとホットケーキ入りました」
「了解」
 すぐに響はホットケーキを焼き始める。明菜の仕事ぶりはさすがは使用人と言うべきだろう。動きの一つ一つが綺麗だった。快太は相変わらずの皿洗いだが、それほどたいした仕事量は無いので特に苦になることはない。
「やっぱ、全然普通じゃねえよな……」
 作業を続けながら、快太は誰に言うのでもなく呟く。相変わらず、快太はさっきの事を引きずっていた。響はそれを横目で見ながらも黙っていた。
 カラン……
 扉がベルを鳴らしながら開いた。すぐに明菜は扉の方を向く。
「いらっしゃいませ」
「え?」
 入ってきた人物は、明菜を見て目を丸くした。確かに常連なら少し戸惑うかもしれないが、わざわざ声に出すほどのものだろうか。しかし、見ればそこにいたのは咲良に美優。なるほど、美優だったら納得できる。
「あ……」
 咲良も二条の姿を確認して小さく声を漏らす。しかし、「あ……」とはどうにもおかしくないか?
「どうしたの? 咲良ちゃん」
「あ、ごめん」
 美優に言われて咲良ははっとなる。本当にどうしたんだろうか。なんだか様子がおかしい。
「出入り口でぼさっとつっ立ってんじゃない」
「あ、はい」
 響に言われて咲良と美優は一歩横にずれる。と、同時に客が一人外へ出て行った。
「ありがとうございました」
 明菜がゆっくりと礼をして客を送る。
「で、何の用だ」
「いや、あの。快太借りていっていいですか?」
「わかった。どうせ人手は足りてるしな。快太。咲良と美優がお呼びだぞ」
「ああ、はい」
 言われて快太は手を拭き、さっさとカウンターから出る。三人は特に何も言う事無く自然と快太の部屋へと足を動かしていった。快太が鍵を開けて扉を開く。
「で、何の用だ?」
 椅子に座りながら快太は二人に問いかける。言われた咲良はちょっと驚いた顔をした。
「え?」
「いや、だから何だって営業時間中に来たんだっての」
「あ、いや……うん」
 どうにも咲良の返事は歯切れが悪い。何か言いづらい事を聞きたい。昔のまんまだったらきっとそうだろう。快太は頬杖をつきながら尋ねた。
「何が聞きたいんだ?」
「ちょっとね。さっきの人は知り合いなの?」
 ああ、その事か。快太は一度納得して、すぐに説明する。
「二条明菜っていって、俺っつーか、親父の使用人。ここでの生活を許すかわりに俺の身の回りの世話を二条にさせろってわけらしい」
「って事は、お父さん許してくれたの?」
「そう言う事だ」
「やったじゃない! これでずっとここにいられるね」
 あまりの喜びにか、咲良は身を乗り出しながら言った。あまりの勢いの良さに快太は戸惑った。
「だけど、それだったらこの部屋じゃちょっと不便だね」
 美優が部屋を見回しながら言う。確かにそうだった。冷暖房無しどころか家電が一切無い。家具もテーブルと椅子。あとはベッドとして使っているソファぐらいだ。マンションを借りるにしても相当の金が必要だから、当分はここでの生活を余儀なくされる。となると最低限の家具、家電はそろえておきたい。幸い、この部屋にも電気は引かれている。あと、服も買っておかなければならない。
「それなら、二条と週末に買い物に行って買ってくるって事になったから大丈夫だ」
「お金は?」
「給料前借りだ。なんなら、二人も一緒に行くか?」
 頬杖をときながら快太は二人に尋ねた。
「まあ、丁度暇だしね」
「もちろんだよ」
 それから軽く雑談を交わして、咲良は帰宅。美優は部屋へと、快太は仕事へと戻っていった。
 そして週末。
 相変わらずの早朝の寒さのせいで、快太はなかなか布団から出られずにいた。即席ベッドの狭いスペースで器用に寝返りをうつ。
 ドタドタドタ……
 ふと、階段を駆け上がる音が部屋に響き渡る。それを聞いた快太は軽く布団の中で身構えた。
「朝だぁー!」
 例によって勢いよく扉が開け放たれ、美優が快太に向かって飛び込んでくる。
「うりゃー!」
「おら!」
 快太はすぐさま自分がくるまっていた布団を美優に投げつける。美優は対処がしきれず、そのまま布団の中に収まってしまった。そしてそのまま快太はそれを取り押さえる。
「ひにゃにゃ!」
 布団の中で暴れる美優を快太は力づくで押さえ込む。時々布団越しにパンチやキックを繰り出されてちょっと痛い。
「っはぁ!」
 ふと、布団の隙間から美優は顔を出す。ついでに暴れたせいで服が少々乱れている。確認をとってなかったのだが、まさかパジャマ姿のままこの部屋に飛び込んできたのだろうか? いくらこの状況でも、年頃の女の子の柔肌を見るのはどうにも少年にとって少々刺激が強い。快太は手を止めながら叫んだ。
「お、おいミユ!」
「あにゅ?」
 なんだかよくわからない奇声を発した美優も動きを止めて状況を確認する。
 カツカツカツ……
 ふと、誰かが階段を上る音が聞こえた。妙に寒気がする。多分、気温の低さだけが原因じゃない。何かが来る。全身がそう訴えていた。
「快太ー。なんかドタドタなってるけど……」
 ゆっくりと開け放たれた扉から顔を出したのは咲良。部屋のようすを見た瞬間。彼女は一瞬にして凍り付いた。同時に快太も凍り付く。見れば、布団にくるまっていて、しかも服が乱れている美優。そしてそれを取り押さえている快太(しかも偶然になのかわざとなのか、押し倒したような格好だ)。
 ベタだ。
 誰もがそう思うだろう。
 咲良から溢れんばかりの殺気が放たれる。なんだか、彼女を中心に紫と黒を混ぜたようなオーラが放たれているように見えてしまうから怖い。快太は尻餅をついた状態で一気に後ずさるが、咲良は容赦なく彼の胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。
「咲良。ちょっと待て! ここで殴るなんてベタベタ……!」
 なんとか弁解、もとい言い訳をしようとするが、すでに遅い。
 それはもう問答無用だった。
「バカーー!」
 結局、快太は朝っぱらから徹底的にボコボコにされた。
 やはり、ベタだ。
 その後はなんとか美優が誤解を解いたのだが、その時にはすでに遅し。快太はボロボロになっていた。早くも声を出す気力が無くなっていた。とりあえず、快太と美優は支度をして外に出る。
「おはようございます。皆様」
 外に出てすぐ。外で待っていた明菜が礼をしながら言った。
「よお……」
「どうかなされました?」
 快太の様子を見て明菜は小首をかしげながら尋ねた。
「拳の乱打から綺麗な右ストレートだったな……」
「はぁ……?」
 なんだかよくわからないようで、中途半端に返事をする。
 このところ、起きてすぐに痛い目に遭う事が多いのは気のせいではないだろう。
 もうクリスマスを一週間後に控えた町は賑やかだった。それはもう限界を知る事もないように。見渡せば、家族連れやカップルが大半だ。
 チリン……
 ふと、足下で鈴の音がした。見れば、そこにいたのは一匹の白猫。白銀でできたかのような綺麗に輝く鈴の付いた首輪が着けられているから誰かの飼い猫なのだろう。猫は、じっと快太の方を見ている。
「猫?」
「首輪がついてるってことは、勝手にここまで来ちゃったって事だね」
 咲良と美優がしゃがんで白猫を見る。それでも、白猫は変わらず快太を見続けるばかりだった。ふと、猫は突然背を向けてその場を去っていってしまった。
「あ……いっちゃった」
 四人は黙って猫の背を見ていた。見えなくなってから、美優が真顔で一言呟く。
「あの猫……まさか」
「美優、知ってる猫だったのか?」
「あ、いや。散歩してる時にたまに見かける猫かな〜って思ったけど、ちょっと違ったみたい」
 言って美優は先に行く。快太達三人も彼女に続く形で進んでいった。
 それにしても、女性ってのはどうして買い物となると普段の二、三倍の力を発揮するのだろうか。快太は不思議でたまらない。
「ねえミユちゃん。これなんてどうかな?」
「う〜ん。ボクはいいと思うけど……」
「咲良様には、こちらなんてどうでしょうか?」
「わぁ! 可愛い!」
 気付けば四人はアクセサリショップへと足を運んで、こうして咲良、美優、明菜の三人でやたら盛り上がっている。
 ……そもそも、俺の買い物のはずだよな?
 疑問に思うが、口にはしない。
「ねえ、快太にはこれなんてどう?」
 快太は突然咲良から差し出されたブレスレットを手にとって見てみる。少々細工が多いものだった。ちょっと見て、快太は咲良にブレスレットを返す。
「もうちょっとシンプルなのがいいな」
「でしたら、これはどうでしょう」
 明菜から差し出されたのは、さっきの物よりも細工は少なく、それでいて地味すぎない。快太に言わせれば丁度良いものだった。
「確かにこっちの方がいいな」
 言いながら、快太は明菜から差し出されたブレスレットを戻す。その手を、咲良はじっと見つめていた。
「……」 
「ん? どうかしたか?」
「あ、いや。買わないんだなって……」
 考え事か? どうにも今ひとつ言葉に力を感じない。
「そもそも、俺が買いに来たのはアクセサリじゃなくって、生活用品なんだけど?」
「あ、そっか。ごめんね。行こうか」
 やはり何かいつもと違う。怒気があるというよりかは、何かに不安を感じているような感じだ。別に、朝の事を引きずっているわけではないと思う。
 じゃあ、一体何だ?
 考えたところで始まらない。続いて四人が足を運んだ先はとあるファミレス。昼食時にはまだ少し早いものの、いまだに快太達は朝食を食べていなかったのだ。ここで朝食兼昼食をとろうということになった。
「ご注文の方はお決まりでしょうか?」
 ウェイトレスに言われて、メニューを広げ、それぞれ何を食べるか選び始めた。
「じゃあ、ボクはオムライス♪」
「あたしも」
「私はカルボナーラのスパゲティで」
「俺はミートソース」
 全て聞き終わると、ウェイトレスはその場を去っていった。そして数分して注文した料理が運ばれてくる。
「あれ? 快太って確かミートソースってあんまり食べなかったんじゃなかったっけ?」
「ええ。二年前に、ようやく」
 スパゲティを口に運ぶ快太を横目で見ながら明菜は言う。ふと、スパゲティのソースが跳ねて服についてしまった。
「あ! もう」
 すぐに染みをふき取ろうと、咲良はハンカチを取り出そうとする。だが、咲良よりも早く明菜が動いて染みをふき取っていた。
「お、おい。二条」
「もう、快太様。いい加減ソースを跳ねさせないように気を付けてください」
 照れている快太に対して、どこか困ったように笑みを浮かべながら、明菜は拭ったハンカチを畳んでポケットの中に入れる。それを見て咲良はゆっくりと自分のハンカチをポケットにしまった。
 なんだろう。咲良はなんだか違和感を感じだした。五年前は、いつも自分が快太の隣にいて、彼の事を誰よりも知っていた。だけど、今は全然違っていた。
 彼と別れていた五年間はあまりにも大きかった。
 自分と快太がいなかった五年間。それを明菜は持っている。五年前、自分がいた場所には明菜がいる。
 それが、どうしようもなく不安だった。どうしてなのか、それはわからない。
「……」
「おい咲良。どうしたんだよ?」
「風邪?」
 ゆっくりとスプーンを置きながら美優が咲良に尋ねる。
「え? ……うん。そうかも」
 今ひとつ力ないような笑みを浮かべて咲良は言った。
 しかし、どうもおかしい。朝っぱらから快太の事をボコボコ殴っていたほど元気はあった。それに、快太の知る咲良なら、ここで無理にでも「大丈夫」と言うはずだ。
 本当に大丈夫なのか?
 妙な雰囲気のまま、四人は食事をすませてファミレスを後にする。
「それじゃ、今日はもう帰るよ」
「後から何か持っていこうか?」
「いい。多分、すぐに寝ちゃうから」
 言って、咲良はその場を去っていく。美優は快太を見上げながら言う。
「咲良ちゃん。様子が変だったよ」
「だよなぁ……なんつーか、いつもの勢いがねえって感じだな」
 後頭部をかきながら快太は言う。
 結局、買い物もたいしてせずに三人はさっさと帰っていくことになった。


「あの鈴……誰かが雪原に落ちたんだ」
 町から帰ってきた後、自分の部屋で美優はぼうっと呟いた。部屋中に転がる動物のぬいぐるみやら何やらで、どこかこの部屋は幼さを感じられた。その中、クマのぬいぐるみを抱いてベッドの上に座っている。
「お兄ちゃんか、咲良ちゃんか、明菜さんか。あの猫はお兄ちゃんの事を見ていたけど、咲良ちゃんも様子がおかしかったし……」
 ちょっと考えてみたが、どうにもわからなくなってきたのでそのままベッドに身を沈める。
「ひょっとしたら、二人とも雪原に……?」
 当然、この呟きは誰にも聞こえていない。







 何もなかった。周りを見回しても何一つ見あたるものは無い。ただ、真っ白な雪原が広がっているだけだった。
 誰もいなかった。ここにいる自分以外誰一人として人がいない。ただ、真っ白な雪原が広がっているだけだった。
寂しかった。何もない。誰もいない。

 ただ、真っ白な雪原が広がっているだけだった。

 何もないのは不安になる。誰もいないのは心細くなる。
 だから、立ち止まって、動かなかった。いや、動けなかった。
「なんで、あたしはこんなところに……?」
 体は震え、どれほど辛くなろうとも、決してこの状況は変わらなかった。雪はただ冷たい。
「快太……!」
 一人の少女が、雪原に迷い込もうとしていた。
 チリン……
 ふと、そこで意識が薄れていった。







 気付けばそこは自分の部屋だった。特に変わった部屋ではない。いつもと変わらない場所。
 咲良は、自分の奥底から恐怖がわき上がってくるのがすぐにわかった。ただの夢だ、と、普段の彼女ならばできただろう。だけれど、どうしてもそれができなかった。
「何で……ただの夢なのに……」
 自分に言い聞かせるように言うが、考えれば考えるほど焦りが募っていってしまう。全身が、やけに冷たい。この事が、まるであの雪原にいた事が夢ではないと訴えているような気がした。
 はっきり言って、最悪の目覚めだった。


 一方こちらの目覚めはそこそこ。快太はまだはっきりとしない頭をガリガリと掻きながらゆっくりと意識を目覚めさせていく。携帯電話を開いて、時刻を確認した。まだ、美優がやって来るには少しかかる。時刻と共に、日付も目に入った。
 十二月十九日。
 あと五日でクリスマスイヴだ。普通の家庭だったら大なり小なりクリスマスパーティか何かを開くんだろうが、恐らく自分はそうはいかないだろう。なんだか虚しくなってきたので、そこでそれについて考えるのはやめにした。
 快太がここにきてもう一週間以上経つ。気付けばここの生活もだいぶ体になじんできた。朝っぱらから美優が襲撃してきて、店で朝食の後掃除。それから響と明菜と共に仕事。仕事が終わったら部屋で明菜とのんびりして、そして明菜、白雪親子と共に夜食。そして風呂を借りてから部屋で就寝。そんな一日だ。
 自分の理想とはかけ離れていたが、今更それを言っても仕方がない。
 少しして、いつものようにドタドタと階段を駆け上がる音の後、勢いよく扉が開かれる。
「あれ? お兄ちゃん起きてたの?」
 勢いよく開けたのだが、快太が起きているのを確認して、扉を開けた美優は勢いを一気に殺していった。
「ああ。ついさっきな」
「めっずらしー。じゃ、ボクは学校あるから」
 どこかつまらなさそうに美優は言って部屋を出て行った。一通りの準備を終えて、快太は店の方へと回っていく。中ではすでに響と明菜が準備を始めていた。
 いつものように、響から朝食を頂いて店の準備を始める。
「そう言えば、お前。クリスマスはどうする気なんだ?」
 ふと突然、響からそんな話が振られた。
 言われても、何の予定も無い。一緒に祝う家族は浅木にいないし、一緒にすごす恋人なんていない。
「特に何も無いですね。一緒に祝う人なんていないし」
 モップに体重を預けながら快太は言った。それに明菜が続ける。
「確かに、予定はありませんわ。旦那様も「家出をした以上、クリスマスに帰ってくるな」とおっしゃってましたし」
 言われて響は丁度良かったと言わんばかりな笑みを浮かべた。
「うちじゃあパーティを早川さんとこといっしょにやってんだ」
「咲良のとこと?」
「ああ。ほら、あそこ咲良とお父さんだけだろ? 咲良のお母さんが帰ってくるのは、実は大晦日の前日なんだ」
 へぇ、と呟きながら快太は掃除を再会する。それに構わず響は「そこでだ……」と続ける。
「快太と明菜も参加しないか? パーティは大人数でやった方が楽しいしな」
「いいんですか? 快太様はともかく、私はまだそれほど……」
「気にするな。ま、かわりと言っちゃあなんだが……」
 と、響は快太と明菜に一枚のチラシを差し出す。この時期よく見かける、ケーキの予約についてのチラシだ。さらに、一番大きいケーキに赤い丸が書かれていた。なんだか、これだけでだいたいの想像がつく。
「昼前に、町のケーキ屋でそのケーキを予約しといてくれないか?」
「畏まりました」
 言って、明菜がそのチラシを受け取る。


 午前の授業を終えて、咲良は教科書類を片づけて自分の弁当を取り出す。どうしてだろう。今朝の夢のせいか、いまいち元気が出ない。
「咲良ちゃん。お昼一緒に食べよ♪」
 教室に入ってきた美優が満面の笑みを浮かべながら咲良の席へと近寄ってきた。これはもうほとんど彼女達の日課だった。咲良も立ち上がって、美優に続く形で教室を出て行く。特に会話をするでもなく、二人は学校の屋上へと出た。屋上は本来ならば使用禁止となっていた。だけれど屋上には鍵が無い事から、生徒は勝手に昼食の時等に使用している。この事は教師側も感づいているのだが、別に問題は何一つ起きていないので使用を黙認している状況だ。
「あれ? 咲良にミユちゃんじゃん」
 屋上に出た二人に、突然そんな声が掛けられた。見てみれば、すでに二人の少女が屋上に来ていた。咲良は彼女たちの事を知っている。芳賀菜津希と神羽春香。二人とも咲良のクラスメイトだ。
「二人もお弁当でしたら、一緒に食べませんか?」
 春香が弁当の包みを開ける手を止めて二人に尋ねる。
「うん♪」
 美優が陽気に言って二人の隣へと座る。美優に続いてゆっくりと咲良も座った。
「さーら。何か元気無いね」
「そうですね。何か、悩み事があるのですか?」
 言われて咲良ははっとなるが、ゆっくりと手元に視線を移す。その様子を見て、菜津希と春香は驚いた。
「あらま。こりゃーまあ……」
「重傷ですね」
 彼女達としては「何もないってば」的な反応を期待していたのだが、ここまで気力を感じない咲良は彼女達には始めただった。
「あれ、お兄ちゃん?」
 ふと、美優は立ち上がって屋上のフェンスへと張り付くようにして外を見る。丁度「喫茶白雪」のある方向だ。咲良は美優の言葉を聞いてはっと顔を上げた。
「お兄ちゃん?」
「美優さんは、一人っ子でしたよね?」
 菜津希と春香は美優の方を見ながら質問をする。
「うん。ボクは一人っ子だけど……何て言うかな? 幼なじみなんだけど」
「兄貴分って事ね」
「うんうん。そんな感じ。五年前から遠くに行ってたんだけど、最近帰ってきたんだ」
 納得したように菜津希が言うと、美優は頷きながら答えた。それを聞いて、春香は一つ確認するように美優に尋ねる。
「五年前に出て行った幼なじみ……咲良さんの話していた人とは、その方なのですか?」「え? って事は、その人が咲良の約束の彼!?」
 驚いた菜津希は一気に立ち上がってフェンスに張り付くように外を見た。彼女に続くように春香と菜津希も外を見る。実は、咲良と快太の約束についての話を過去に咲良が二人にしたことがある。
「どこどこ?」
「ほらほら、あそこの……」
 美優の指さす方向を見れば、そこに快太が確かにいた。
 明菜を隣に連れて。
「……」
 見れば、笑顔で二人は会話をしていた。昼の休憩の時間なのだろうか。表情を曇らせた咲良に気付かず、春香は美優に尋ねる。
「あの隣の女性は?」
「明菜さんっていって、お兄ちゃんの使用人さんなんだってさ」
「いやいや。あれは使用人って言うよりも」
 顎に指をあてて、まるで推理でもするかのように言った。
「恋人同士って感じだね」
「ッ!」
 それを聞いた咲良は、一気に駆けだして校舎の中へと入っていった。
 いや、逃げ出していった。
(何で、あんなに楽しそうにしてるのよ……!)
 どこまで行っただろう。廊下の真ん中で立ち止まった。体が震える。どうして、ここまで怖いのだろう。
 チリン……
 どこかで、鈴の音が鳴った。
 微睡むように、咲良の意識が…………


「はっは〜ん。なるほどね」
 咲良の背を見送っていた菜津希は再び顎に指をあてながら言う。春香もどこか納得したように軽く頷いた。
「見事な三角関係ですね」
「ありゃーしばらくゴタゴタするかも?」
 二人とも他人事のように(まあ、実際他人事なんだが)言った。
「とゆーわけで。ミユちゃん。こいつはよろしく」
 と、突然菜津希は美優に弁当を一つ投げ渡す。そう言えば、咲良の弁当が起きっぱなしであったのを忘れていた。
「何かありましたら、咲良さんを励ましてあげてください」
「ついでに咲良の恋の結果報告とかもよろしく♪」
 グッと親指を立てながら菜津希は言った。にやにやと悪戯な笑みを浮かべながら。
「わかったよ♪」
 顔では笑顔を作っていたが、心の中ではものすごく焦れていた。弁当を受け取って、すぐに美優は駆けだした。
「! 咲良ちゃん!」
 どれぐらい走っただろうか。廊下の真ん中に咲良はいた。いや、倒れていた。
「やっぱり、雪原に落ちたんだ」
 すぐに美優は咲良を抱き起こす。
(リミットはクリスマスまで。助けに行けるのは、イヴの前日だけ……)
 妙に、咲良の顔が青ざめていた。
「お兄ちゃん……」


「咲良はまだ一回も起きていないみたいなんだ」
「一回も?」
 咲良の父親に言われて快太は驚いた。美優から聞いたのだが、どうやら昨日学校で咲良が倒れてしまったみたいだ。
 昼休みの間にこうして明菜と見舞いに来たのだが、どうやらまだ起きていないらしい。
「医者には?」
「診せたさ。だけれど、原因は不明。精神的な要因じゃないかって言っていた」
 精神的? 少なくとも、快太の知る限りではそれほどショックを受けるような事は起こっていないはず。一体何があったというのだろうか。
「それじゃ、咲良の目が覚めたらこれを渡しといてください」
 昨日予約に行ったケーキ屋で買ってきたケーキを咲良の父親に渡して、快太と明菜は咲良の家を後にする。
 浅木高の校門の前に来て、ふと快太は一度足を止めた。昼休みの時間だけあって、校舎内はざわつきに満ちている。そんな快太を、明菜は何か読みとるようにじっと見つめる。
「学校に通いたいのですか?」
 言われて、快太はつい焦った。人間っていうのは図星をつかれると精神が大なり小なり乱れる。つい無意識に、視線を明菜からそらした。そんな快太を見て、明菜は何も言わない。ある意味質が悪いと思う。
「さあ、どうなんだろうな」
 言って、快太は校門から離れていった。


 この時はまだ、咲良がすぐに目覚めるって思っていた。だけれど、この日から三日経っても、一度も目が覚めなかった。時には快太達がつきっきりでったけれど、それでも、だ。
 結局、快太に出来る事はただ祈るだけ。そんな事実に苛立ちながらも、また快太は眠りについていく。
(咲良……)
 明日はクリスマスイヴだ。きっと、大丈夫。そう願いながら、ゆっくりと快太は微睡みに落ちていった。
 ギィ……
 それから何分が経過しただろうか。快太の部屋の扉がゆっくりと開けられる。扉を開けたのは美優。その足下には、買い物の時にいたあの白猫がいた。
「本当は一人で答えを見つけないといけないけど、もう時間が無いんだ」
 猫は音もなく快太のベッドの上へと駆けていく。
 チリン……
 部屋中に鈴の音が響いた。
「頑張って。お兄ちゃん」
 戻ってきた猫と共に美優は部屋の外へと出て行った。







 何もない。右を見ても、左を見ても、ただ真っ白な雪原が広がるだけ。自分が歩いてきた足跡すらも消えて無くなる。前を見れば、雪原の中にへたり込んでいる少女が一人。咲良だ。
「咲良」
 名を呼ばれて、咲良は顔を上げる。その顔には力強さが無く、気力が微塵にも感じられなかった。端から見ても、相当弱っているのがわかった。
「あたし、どうなっちゃうんだろ。こうも何もわかんなくなっちゃうと、どうしたらいいだかわかんないよ……」
 聞いて快太は、咲良の隣に座る。夢であるはずなのに、雪の冷たさを感じた。
「ま、とりあえず前進めばいいんじゃねえの?」
「進むったって。右も左もわかんないし、どっちに進めばいいかわかんないよ」
 弱々しく咲良は言う。
 確かに、それは言えた。鈴が人の心を移す鏡だったら、これはこの上無い上手い表現だろう。雪原に放り出された。この道の先に何があるかという目印は無い。先に何があるかわからない。悲惨な結末だったらと思うと、前に進むに進めなかった。
「どっちに進めばいいかわかんねえわな。けどよ、とりようによってはどこにでも好きなように進めるって事だろ?」
 快太が言った時、はっと咲良は快太の方を見る。
「それじゃ、行くか」
 快太は咲良へと右手を差し出した。だけれど、咲良はそれを取ろうとはしなかった。また、沈み込むように俯く。
「わかんないよ。何でそんなにあたしに優しいのよ」
「は?」
 言われて快太は素っ頓狂な声をあげながら動きを止めた。
「あたしは快太と別れてた五年間を知らない。明菜さんは快太との五年間を持ってる。快太の隣にいたいのに、今そこには明菜さんがいる。なんであたしなんかにッ!」
 言った時、咲良の顔に何かが当たった。それはとても冷たい。それは雪玉だった。
「バーカ。わざわざそんなもん天秤にかけてられっか。咲良は咲良らしく、まっすぐ行けよな。咲良は俺の親友だろ?」
「……」
「今度こそ、行くぜ」
 再び快太は手を差し出す。今度は、ゆっくりと咲良は快太の手を取った。
「……うん」
「ついでに、五年間の事でも話すか?」
「うん!」
二人はゆっくりと前へ進んだ。どの方向かはわからない。とにかく、前へと足を進めていった。自然と、咲良の表情に笑みが浮かばれていく。そして二人の五年前の事を語り明かしていった。
「そうそう。そう言えばミユちゃんがね……」
 どれぐらいの時間が経過しただろうか。咲良がまた新たな話を切り出そうとした時。彼女は突然、ゆっくりと、その場に倒れ込んだ。
「お、おい。咲良!」
 快太が駆け寄って抱き起こす。なんとか笑みを見せているが、その表情は相当弱っている。
「はは……ごめん。なんだか疲れちゃった」
「おい! まさか、このままぶっ倒れる気じゃねえだろうな!」
 チリン……
 どこかで、鈴の音が聞こえる。ここで終了だなんて冗談じゃない。まだ、時間が欲しい。
 チリン……
 視界が少しずつ塞がれていく。
 ふと、咲良が微笑みかけたように見えた。何かを言ったみたいだったが、それはわからなかった。だが、快太は言う。
「あの約束の場所で、待ってるからな!」







 結局、翌朝になっても咲良は目覚めなかった。
 クリスマスイヴの今日。すでに日は沈み、各家々では大なり小なりクリスマスパーティが行われているだろう。だが、快太は誰もいない公園で、ただ一人待っていた。
 もう彼女はここに来ないかもしれない。だけれど、約束したんだ。待っていると。五年前、咲良が待っていたように、今度は自分が。
 時計を見れば、もう日付がかわる頃だ。ふと、鼻先に冷たい何かが降りてきた。
 それは雪。真っ白な雪だった。
「今年はホワイトクリスマスか」
 ベンチから立ち上がり、一つ伸びをする。
 丁度、日付が変わった。
「メリークリスマス」
 言っても、当然誰かから返事が来るわけではなかった。虚しさを感じながらも、快太は公園を後にしようと歩を進める。

「メリークリスマス♪」

 ふと、そんな声が聞こえ、続いて快太の背中に何かが飛びついてきた。それが誰なのか、快太は顔を見ずともすぐにわかった。どうしようもなく照れて、どうしようもなく嬉しくて、快太はそのまま立ち止まった。
「んだよ。わざわざ後ろに回り込みやがって」
「ごめんごめん」
 全く反省の無い声が後ろから帰ってきた。きっと少女のその顔には微笑みが浮かんでいるだろう。
「まったく。行くぞ咲良。ミユ達が待ってるんだからよ」
「そっか。みんなに心配かけちゃったね」
 言って咲良は公園の外へと駆け出していく。公園を出てから突然、その足を止めた。
「ありがとう。あたしを助けてくれて」
 言われて、快太も足を止めた。ちょっとだけ照れくさくて、咲良から少し目を反らして頬をかく。
「まあ、な。ついでに言っとくけどよ」
「何?」
「おかえり」
 それを聞いた咲良は一度はっとなって、それからとびっきりの笑顔で返した。
「うん。ただいま」
 そして、二人は前へと進んでいった。待っている人がいるから。その先に何があろうとも、ただ、前に。立ち止まってしまったら、きっと誰かが手を差し伸べてくれるから。




「メリークリスマス♪」
 「喫茶白雪」に入ってすぐ、快太と咲良を出迎えたのはクラッカーの音だった。見れば、咲良と明菜がサンタクロースの格好をしてそこにいた。そしてその奥には響と咲良の父親もいる。
 快太は目を白黒させていた。まだ美優達は起きて待っていると思っていたが、まさかすでにパーティの準備まで済ませておいたとは……
「なんだって、こんなに早く……」
 状況を理解しきれていない快太に、カウンターに頬杖をついていた響がアホかとでも言いたそうな視線を投げかけながら言った。
「咲良が家出てるんだから、普通早川さんが気付くだろうが」
「あ……」
 ……数秒間だけ、沈黙が部屋を支配する。
「ま、まあ。こうやってお兄ちゃんと咲良ちゃんが帰ってきたんだしさ。始めようよ」
 ちょっぴり焦ったように美優が言って、部屋を沈黙の支配から解放させる。
 カウンターの上には、六つのグラス。そして何本かのノンアルコール、アルコール入り両方のシャンパン。そしていくつかの御馳走。部屋の飾り付けは無かったけれど、これだけあれば充分だ。
「ま、パーティって言ってもちょっと食事に華があるだけだしな。明菜。あんた酒はいける?」
「ええ。少しでしたら……」
 それだけ聞いて、響はそれぞれのグラスに手際よくシャンパンを注いでいく。
 全員にグラスが行き渡った後、全員が一斉に言った。
「メリークリスマス!」
「……て、この単語を俺に何回聞かせる気だ?」
「まあいいじゃない」
 疑問を思わず口に出した快太だったが、すぐに咲良が適当に流す。
 こうして、彼らのクリスマスが始まった。
 のだが……
「あー、なんつーか、くらくらしてきたような……」
 パーティが始まって数十分。突然、快太の様子がおかしくなった。顔が妙に赤くなり、彼の視界も、そして彼自身もふらふらとしてきた。
「あの〜、響さん?」
「おっと、どうやら間違えてアルコール入りのを飲んでしまったみたいだな」
 まるで料理の味付けを間違えたかのように響は笑って返す。ふと、快太はふらりと横に倒れてしまった。なんとか椅子から落ちる前に咲良が受け止める。
「寝てしまいましたね」
「……仕方ない。私ら大人は家の方で続きをやるとして、快太の方は咲良と美優で頼んだぞ」
「て、ちょっと」
 咲良の制止の声も聞かず、響達大人三人はさっさと店を出て行ってしまった。
 取り残された咲良と美優は、とりあえず眠ってしまった快太をテーブル席の椅子に寝かせてから、再びカウンター席へと座る。
「ところでミユちゃん」
「どうしたの?」
「あの雪原の事なんだけど、何か知ってるの?」
 ああ、あれね。と美優は言って、ちょっと考える仕草をしてから説明を始めた。
「あれは、大ざっぱに言っちゃうと白銀の鈴の中。ボクもどうしてなのかまではわからないけれど、あの鈴は人の迷いを雪原として映し出してるみたいなんだ。そして、答えを見つけ出すまでずっとその映し出した雪原の世界に閉じこめられる。どうやら呪物とか、そういったオカルトの類の物らしいけど、詳しくはわからない。あの雪原を越える事が、ボク達白雪家の古くからの仕来りなんだ」
「それじゃあ、なんであたしまで?」
「ボクにもそれはわかんない。あの猫は、簡単に言えば鈴の意志が形作られたもの。ひょっとしたらあの猫の気まぐれなのかもしれないよ」
 微笑混じりに美優は言った。
 そして今度は美優から咲良に問いかける。
「咲良ちゃんはお兄ちゃんの事が、好きなんでしょ?」
「え、そ、それは……」
 照れ隠しに頬をかきながら咲良は美優から目を反らす。だが、快太がまだ寝ている子とを確認するとすぐに観念して、咲良は美優と向き合った。
「うん。あたしは快太の事が好きだと思う」
「だけど、隣に明菜さんがいて、自分が入れる隙があるのか、入っていいのか。迷ってたんだね」
「きっと、そうなのかも。だけど、もう答えは出てるんだ。とにかく、まずは前を見て、快太に思いを伝える。まずはそこから」
 自分で言って、咲良は大きく頷く。そして、立ち上がって大きく伸びをひとつ。
「それじゃ、快太に毛布かけといてあたし達も寝ようか」
「うん」
 そうして、二人は店の外へと出て行った。


 チリン……
 どこかから、鈴の音がした。
 これを聞いた者は、多分いない。


〜Fin〜
 
2006/10/30(Mon)09:30:55 公開 / 風来人ゼン
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■作者からのメッセージ
はじめまして、風来人ゼンです。
パロディを中心に活動していたんですけど、こうして始めてオリジナルに挑戦してみました。中編、ですよね?
感想はもちろんですけれど、直すべき点などございましたら遠慮なく言って下さい。期待して待っていますので、それでは!

十月三十日
改題、後半を大きく改稿しました。やっぱり後半はわかりにくかったですね(汗
まだまだ感想受け付けてます!
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