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『白い声』 作者:バター / 未分類 未分類
全角2540.5文字
容量5081 bytes
原稿用紙約9.5枚
春先に、珍しく雪が降りました。はらはらと舞う粉雪を浴びて、懐かしい『声』の想い出が蘇ってくる――主人公の少女が体験する、ちょっと不思議な、短いお話です。



 彼に『会った』時……その日も、寒い日でした。

 
 大学受験、そういう柵から解放された3月。それまでは柔らかく暖かい日差しのおかげで過ごし易かったのですが、その日に限って珍しく雪が降り、うっすら足跡が残るくらいに積もったんです。折りしもその日は私の受験生としての学生生活に終わりを告げる日で、右手には受験番号の載った葉書、左手は寒さから守る為にコートのポケットの中でした。葉書を学生鞄の中に仕舞い込んでから、私は携帯のボタンを押し、母親に電話を入れたのです。

「無事に、合格しました」

 その一言を言うために。

 ふと空を見上げると、はらはら、はらはら…粉雪が私の方へ舞い降りてきていました。息を吸い込んで、吐き出した息の白さを存分に味わった私は、家路に急ぎました。一時も早くこの寒さから解放されたかったのです。

 名のある家に生まれた私は、厳格な父親と、それと似たような性格の母親に育てられました。兄弟は一人…年の離れた妹がいます。

 跡取りとなる私はこうした両親の厳しい教えに、背かず歯向かわず、ただ生真面目に言うことを聞きながら生きてきたのです。それは楽なことでもあり、けれども幸せなことではありません。私は人知れず…学校の帰りに何度も泣きました。夕闇が迫るその時まで、学校の返り道にあった小さな空き地で、赤く染まる空を見上げながら涙をよく零していました。


「お前、何を泣いている?」


 いつだったか、まだ小学生の低学年の頃だったと思います。一人空き地で…あと僅かで日が完全に沈んでしまうだろうというその時に、今まで聞いた事もないような声が、急に聞こえてきたんです。

 驚いた私は、急いで顔をあげて周りを見渡しましたが……誰もいませんでした。白い息だけが、虚しく宙に舞います。けれどもその『声』に、不思議と恐怖心はなかったのです。

「あなたは、だぁれ?」

 恐る恐る聞いてみました。また、どこからか声が聞こえてきました。

「俺のことなどどうでもいいではないか。お前、何を泣いている? お前の名は?」
「あたしは、きょーこ……だぁれ?」

 確実に私よりも年上であるその声の主は、名を言ったことで満足したのか…静かに私の名を繰り返して呟いた。

「きょうこ、か。何故泣く?」
「……あのねぇ…テストで百点とれなかったの……だからお父さんとお母さんに怒られちゃうの。でも怒られたときに泣いちゃったら、また怒られるから……今泣いてるの」

 誰とも知れぬのに、ぽろぽろと本音をこぼし、また私は大声を上げて泣いたのです。すると、何かが頭に触れた気がしました。その声の主が、私の頭を優しく撫でていてくれたのでしょう。姿は見えぬものの確かにそう感じたのですから。

「きょうこ、お前は優しい子だな。お前の親は冷たいのだな。可哀想な子だ……」
「でもきょーこ、お父さんもお母さんも好きだもん」
「お前の親はわからないよ? 嫌いだから怒るのかもしれないよ? お前のことなど、どうでもいいのだと思っているのかもしれないよ?」

 あの時の気持ちをどう表せばいいのか……正直今でもわかりません。彼がその言葉を言った後、私はまた激しく泣き出して、声の主の優しい手を振り払って……大声で泣き叫びながら家路についていました。父も母もそれはそれは驚いた様子で……こんなことを言うのは変な話ですが、初めて親の愛というものを感じたのです。母が、優しく私を抱きしめてくれたのです……あの、冷たい母が。そして何時もは優しさの欠片もないように見えた父が、私が泣き止むまでずっと傍に居てくれたのです。

 それ以来私は、本当の意味で両親を愛しました。彼らが私にしてくれるような、無償の愛です。たとえ表面では冷たくても、あの瞬間私は本当の感情を知れたのですから。


 
 そして、その『声』が私に語りかけてくることはその後ありませんでした。


『……もしもし? 匡子?』
「あ、お母さん? あのね、無事に合格したよ」
『そう……よく頑張ったわね。おめでとう』

 涙の代わりに笑みがこぼれました。受話器の向こう側の母も、どうやら笑っているようでした。




「もう、お前は泣かないのか?」




 電話のボタンを押し、鞄に仕舞うのと同時に……あの懐かしい声が響いてきました。ふと横を見れば、あの時と変わらぬ空き地があり、奇しくも陽が落ちかけていました。

「もう、泣かないよ」

 何処からか聞こえてくるその声に、私は笑ってそう言いました。思えば、この『声』が話し掛けてくれなかったら、私は今こうして母と笑い合うことなど出来なかったでしょう。我武者羅なままにやるだけやって、それで終わっていたかもしれません。

 彼は私にとって大切な存在です。




「そうか。よかったな、きょうこ」

 笑ってくれているように感じました。姿は相変わらず見えないけれど、優しさはちゃんと伝わっているから……それだけで、何故か嬉しいです。





「うん……ねぇ、最後に……貴方の名前、教えてくれない?」

 遠い空の彼方まで届くような声で、私は叫びました。ちょっと驚いた様子で声の主は間の抜けた声を出したけれど、すぐに笑い声を上げて答えてくれました。



「俺の名か? お前は何だと思う?」
「意地悪ね、教えてくれてもいいじゃない」
「そうか? 生憎俺はこういう性格なんだよ」

 くすくすとお互い笑って、私は静かにこう呟きました。

「あてたら、何してくれる?」
「特別に俺の姿を見せてやろう」

 

 私は空に向かって、思い切りある名前を叫びました。









「外れだ。またな、きょうこ」








 その声を残して、『彼』は何処かへ言ってしまったのだと……すぐにわかりました。白い息を切らして頬を上気させて、私は呆然と空を見つめていました。けれど、不思議と寂しくはなかったんです。

「嘘付き、きっと合ってたよ」

 それは、小さな確証。だって彼は名を言ったその時、優しく笑ったから。消えるその直前に、また私の頭を優しく撫でて行ってくれたもの。




「ありがとう」



 微笑を空に放って、私は家路を急ぎました。







 




 ……粉雪は、いつの間にか止んでいました。




 










2006/09/04(Mon)14:29:53 公開 / バター
■この作品の著作権はバターさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで読んで下さってありがとうございました。季節感の無い作品ですが、私の住む地域では雪が降りませんので、ちょっとした願望も込めましてこの話を書きました。感想・批評・忠告などありましたら、御指摘下さると嬉しいです。
それでは、本当にありがとうございました。
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