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『たかちゃんのわしづかみ・前編』 作者:バニラダヌキ / お笑い 未分類
全角41060文字
容量82120 bytes
原稿用紙約123.55枚
おととしの春から細々と続いている、たかちゃんシリーズ第8作です。今回は、たかちゃんの5月病対策をドキュメントタッチで真摯に描きます。……ウソです。なお、一部ご存知の方もいらっしゃると思いますが、たいがいの方はご存知ないと思いますので、念のため。このシリーズは、一見砂糖菓子風味のようですが、実は激辛50倍なので、精神年齢14歳未満の方は、保護者同伴の上お読み下さい。
 
 
 
 
     【ぷろろーぐ】


 
 はーい、いいおく2へんまんのよいこのみなあん、こんいちあー。
 お久ひふりの、へんへいでーす。
 え? お前あ、誰あ? なにを言っへるのあ、ちっとも解あない?

 ……失礼しました。
 さすがに花粉症用のマスクを着けサングラスを掛け、さらにふるふぇいすのめっとをかぶった状態では、言語による意思の疎通は困難なようですね。それではマスクだけでも、ちょっぴりずらしてお話ししましょうね。
 ――あ、見てはいけません。
 いけません!
 いけません!!
 せんせいのお顔を、そのようにじっくりと、ふしぎなものを見るような目つきで、見さだめてはいけません。
 ……いいですか? 引き籠もりの一人息子や、行灯《あんどん》の油をなめる猫耳の生えたお腰元や、古女房やガッコのせんせいなどが「見るな」と言ったら、すなおに目をそらさないと、いたいめをみますよ。金属バットで殴打されたり、喉笛を噛みちぎられたり、知らぬ間に保険をかけられて食事に毒物を混入されたり、にどとおうちにかえれなくなったりしますよ。

 見るなっつとーろーがこんがきゃー!!

 ……うふふふふふ。
 見てしまいましたね?
 見てしまったとたんに、なにやら安堵の吐息やら、さらなる疑惑の吸気やらが、去年よりもずいぶん閑散としてしまったこの教室に、さざなみのごとく広がりましたね。
 はい、見られてしまったからには、せんせい、もうなんの逃げ隠れもいたしません。
 すぽ。 
 ……そうです。ふるふぇいすのめっとから後光のごとく広がりこぼれた、この豊かで柔らかな黒髪。
 すちゃ。
 そしてサングラスの下から現れた、おごそかな中にも限りない慈愛をたたえた高貴なまなざし――。
 思い起こせば昨年の暮れ、「お願いだから行かないで先生お願いだから先生」「先生が行ってしまったらボクもう生きていけないようねえねえねえ」「この濁り乱れた世にあってワタクシの清らかな乙女心を解ってくださるのはあなた様お若くお優しくお美しいおんなせんせいしかおりませんでしたのにおーいおいおいおい」、そんなみなさんの熱い涙に送られて、惜しまれつつも結婚退職させていただいた、わたくし、『初代せんせい』でございます。

 どなたですか? 誰もんなこた言ってねーよ、などと過去の歴史を故意に歪めようとなさる、教科書用図書検定調査審議会や文部科学省のモーロク爺婆のようなよい子の方は。はい、そこのあなた、お話が終わったら、ひとりで生徒指導室にいらして――いえ、あすこの床下はすでに物言わぬよい子でいっぱいですから、そうですねえ――はい、真夜中、プール横の更衣室にいらしてくださいね。いいですか? あなたひとりでですよ? それはもう遠い日の母の胎内のような、癒やしの水底に誘《いざな》ってさしあげますからね。いえいえ、肺や胃袋をパンパンに満たすまで流れこむ塩素臭い水に関しましては、なんのしんぱいもございませんよ。せんせいがパプア・ニューギニア近海の孤島から持ち帰った、ある熱帯植物のハッパを事前にナニすれば、文字どおり天国に昇るようなこころもちのまま、永遠《とわ》の世界に旅立てますからね。うふ、うふふ、うふふふふふふふ。

 はい、なんだかまだ納得のいかないご様子のよい子の方も、たくさんいらっしゃるようですね。
 それでは、たかちゃんたちのお話の前に、こんかいのせんせい交代劇に関しまして、ちょっとばかし事情をご説明いたしましょう。
 さて、前回までの二代目武闘派せんせいは――はい、昨夜午前二時三十分頃警官隊の急襲を受け、ついに逮捕・拘留されてしまいました。
 ……甘かったのですねえ。
 なぜ最初にシメたよい子を集中治療室に見舞った時、その場の延命チューブを二・三本引っこ抜いておかなかったのでしょう。腐ったリンゴは、蛆がわく前にシマツしてあげたほうが本人のため社会のため、そんな教育者としての初歩的な原則を、なぜ忘れてしまったのでしょう。武闘派ゆえの、武闘派に対する非論理的温情でしょうか。逮捕の際は十数名の警官のみならず、機動隊員数十名を血祭りに上げ、一時は自衛隊の緊急出動すら総理府に要請されたとのこと、なぜその非人間的パワーを、事前の証拠隠滅に向けなかったのでしょう。
 あのお方は、もうわたくし、野卑で底意地の悪い言葉によるパワハラなどなんら根に持つことなく、立派な先輩女性教師として、心からお慕い申し上げておりましたのに。やっぱり飢えたゴリラのごとく貪欲に喰らいまくるエサの養分がみんな筋肉に回ってしまい、脳味噌まで回らなかったのでしょうか。ああ、お姉様、おかわいそうに。うるうるうるうる。かっこ、棒読み、かっこ。

 そんなわけで、急遽わたくしが、理事会に乞われてみなさんのお相手を――え? じゃあなんでさっき変装してたんだ?
 あんだけ自慢しまくったセレブの妻の座はどうなった?
 ……ほんとうに、みなさん、真実をお知りになりたいですか?
 かわゆいたかちゃんたちのお話よりも、たかがマクラにすぎないせんせいのお話のほうが、先に聞きたいとおっしゃるのですか?
 ――はい。それでは、ここは民主的に、多数決で今後の進行を決めることにいたしましょう。
 それでは、たかちゃんたちのお話のほうが先に聞きたいよい子の方、げんきにお手々をあげてくださいね。
 はーい。
 ひの、ふの、みーの、よーの…………はい、なかなか微妙なお手々の数ですね。
 それでは、せんせい交代劇の真実が先に知りたいとおっしゃる、「ちったあオレの態度から空気嫁この厨房!」なよいこの方、元気に立ち上がって、机によじ登り、その場でケツをまくって尻尾を上げてくださいね。
 ……はい!
 尻尾を上げたよい子の方は、ひとりもいらっしゃらないようですね。

 それでは、おひさしぶりのよいこのお話ルーム、『たかちゃんのわしづかみ』、なしくずしに、はじまりまーす。

     ★          ★

 アパートの、はんぶん開いた二階の窓から、春の朝風がそよそよと、レースのカーテンを揺らしています。
 去年たかちゃんたちがいりびたっていたころは、ヤニで汚れたビンボな茶色のカーテンだったのですが、いつの頃からか、なんだかとってもおんな好みの、白いカーテンに変わっています。
 六畳一間のまんなかに敷かれたおふとんも、去年までのあちこちすりきれた万年床ではなく、ボーナスで新調したらしい、ふかふかのパステル・カラーに変わっています。
 そして、久しぶりに窓から無断侵入したたかちゃんたちが、何よりびっくりしたのは――かばうまさんの肥え太ったみにくい寝姿に抱きつくようにして、あろうことかあるまいことか、なんだか小柄なおんなのひとが、安らかな寝息をたてているではありませんか。
「ぎく」
「ぎく」
 たかちゃんとくにこちゃんは、おどろきのあまり、いっしゅんたちすくんでしまいました。
 でも、このままみてみぬふりをして引き返したのでは、久々にかばうまさんのフトコロをおもうさま食いつぶそうと立てたけいかくが、灰燼に帰してしまいます。
 ぬきあしさしあししのびあし。
 おふとんのりょうがわにしゃがんで、そーっと、おふとんの新人をのぞきこみます。
「こりは、びっくり」
 ゆうこちゃんちの女中頭、恵子さんみたいです。
 かばうまさんのぶよんとしてしまりのないからだに押され、はんぶんおふとんからはみだすようにして、それでもけなげに、ぶよんとしてしまりのないおなかにとりすがっております。
「……なかよしさん?」
 たかちゃんは、ねんのため、くにこちゃんにも見解を求めました。
「うーむ」
 くにこちゃんは、むずかしげにうなります。
「これはもう、つがってしまっているな」
「つが?」
「んむ。『つがいになる』とも、ゆーな」
 くにこちゃんは、おもおもしくうなずきます。
「にんげんとゆーものは、どーしても、なかよしさんだと、おんなしおふとんで、ねてしまうものなのだ」
「こくこく」
 そのきもちは、たかちゃんにもわかります。たかちゃんも、くにこちゃんやゆうこちゃんや、パパやママとねるのがだいすきです。
「おおむかし、ほとけさまが、そうきめたのだ。おれのおししょーさんが、そう、ゆってた」
 そーだったのか――たかちゃんのおめめが、あたらしいちしきを得たよろこびに、まあるくなります。
「で、おんなしふとんでねるのは、こどもなら、かんたんだ。からだが、ちっこい。んで、ふとんは広いからな」
 たしかに、たかちゃんとくにこちゃんとゆーこちゃんの三にん組でも、はむすたーのようにかたまれば、おふとんひとつでらくしょーです。
「でも、おとなだと、ちょっとむずかしい。これを、みろ。からだがでかすぎて、こんなふーに、はみだしてしまう。それに、はずかしーだろう。でっけーおとなが、いーとしこいて、ひとりでねれないなんて」
「こくこく」
「だから、ほとけさまが、おまけをくれる」
「おまけ?」
「んむ。こんなちっこいふとんで、はずかしーのによくやった、えらいえらい。そーゆー、おまけだ。んで、おまけに、あかんぼを送ってくれる」
 そ、そーなのか――たかちゃんのお目々が、さらなるおどろきで、まんまるになります。
「あかんぼは、ごくらくに、いっぱいあまってる。あかんぼは、ちっこいから、おまけに、いいのだ。あんましでっかいおまけだと、たっきゅーびんが、高いからな」
 きわめてごーりてきで、せっとくりょくに満ちた新説です。
 たかちゃんは、いつだったか、くにこちゃんやゆうこちゃんといっしょに見た、あにめの場めんを思い出しました。大きな鳥さんが、赤ん坊のはいった袋をくわえて、よぞらを飛んでいる場めんです。
「たっきゅーびん、ぺりかん便?」
「いんや。あれは、ぺりかんじゃあない。ぺりかんに見えて、じつは、こーのとりなのだ。ごくらくでは、ぺりかんびんや、くろねこびんじゃなく、こーのとり便を使うのだ」
 なあるほど――それで、このおどろくべき新説も、過去の歴史的資料に整合します。
「それを、『つがう』と言うのだ」
「こくこく」
「そのうち、あかんぼがとどくぞ。さんたくろーすみたく、こーのとりが、よなかに、こっそりもってくる。んで、けーこさんが、まるのみする。はらんなかで、しばらくあっためるんだ」
 くにこちゃんは、おふとんの上から、恵子さんのおなかを、ぽんぽん、とたたきます。
「まあ、たまごと、おんなしだな」
 恵子さんが、つぶやきます。
「……うっふん……だ・め」
 それはあくまで半睡の内に、同衾している愛人に対して、「一晩中あんなに●●たじゃないの、あたしもうくたくたよ、また後で、ね」といったニュアンスでつぶやいたのですが、幸いたかちゃんたちには、よくききとれなかったようです。
「いいあかんぼが、あまってるといいなあ。うちのいもーとみたく。いいのがあまってないと、はずれが二ひき、とどいたりするからなあ、うちのおとーとみたく」
 たかちゃんも、じょーぶなあかんぼがとどきますよーに、そんな願いをこめて、恵子さんのおなかをなでなでしてあげます。
「くりくりくりくり」
 恵子さんは、甘いお声でつぶやきます。
「あなた、ほんとに、好……」
 うっすらと開いた恵子さんの色っぽい瞳に、信じがたいものが映ります。
 こ、この見慣れたちょんちょん頭と、しょーとかっと頭は…………。
「どぱよー!」
「うっす」
「ぎえええええええ!!」
 その叫び声で飛び起きたかばうまさんもいっしょになって、さんじゅーすぎのばついちおんなとよんじゅーすぎのちょんがーおやじは、じょうじのあとでぬぎすてたままねむってしまったしょーつやとらんくすをじたばたとさがしもとめて、しばしのあいだふるち●ふる●んのまま、かけぶとんをうばいあいつつ、おおさわぎをくりひろげます。
 そんなおとなげないふたりを、おりこうなたかちゃんやくにこちゃんは、ほほえみながら、おおらかにみまもります。
「きにするな。ほとけさまのおぼしめしだ」
「こくこく」
 ようやくパジャマを整えたかばうまさんは、開けっ放しの窓に気づいて、あちゃあ、とおでこをたたきます。なかよし三にん組の乱入を警戒し、部屋のドアはしっかり施錠しておいたのですが、閨事で汗ばんだ体に夜風を求めて、つい窓を開けたまま眠ってしまったのですね。
 どーやってこの場を言い繕おう――ふたりはしばし見つめ合い、おろおろと無言の会話を交わすうち、ふと、ちっこいお邪魔虫の中でも一番まともなのが一匹足りない、そんな事実に気がつきました。
 恵子さんは、整えたパジャマをさらにどぎまぎと整えつつ、おそるおそる、廊下側のドアを開きます。
 そこでは案の定、ゆうこちゃんが、きょとんと小首をかしげています。 
 ゆうこちゃんは、とんでもねーいいとこのお嬢様なので、アパート裏の樹木や塀をよじ登るなどというはしたない行為は、とてもできません。それまでずうっと、お行儀よく、お外で待っていたのですね。
 先行して窓から侵入した仲間、あるいはかばうまさんが入れてくれるはずだったのに、なんで、今日はお休みの恵子さんが、この部屋にいるのだろう――。
 あたまの中ははてなマークでいっぱいですが、ほねのずいからお嬢様なゆうこちゃんのこと、みぐるしくとりみだしたりなどいたしません。あくまでもおしとやかに、きちんと朝のごあいさつをします。
「おはよーございます、けいこさん」
 ぺこり。
「お、おは……よ……」
 ぺこぺこぺこぺこ。

     ★          ★

 さて、そんなこんなで、はるやすみも終わってもうひと月、ぴかぴかの一年生から、なしくずしに二年生のおねいさんへとくり上がったたかちゃんは、さわやかな五月の風そよぐ朝の教室で、きょうもげんきに――いえ、なんだかものうげまなざしを、茫洋と窓の外にさまよわせております。
 ふう、などと深いためいきをつくありさまは、アンニュイなおとなのおんなのにおいを、ちょっぴりただよわせたりもしています。
「……ふう」
 窓のお外の校庭では、のどかな多摩丘陵の青空の下、きょねんのたかちゃんたちのようなぴかぴかの一年生たちが、きゃいきゃいさえずりながら、とたぱたとかけまわっております。
 そんな雛《ひよ》っこたちをながめつつ、
「ふっ」
 ちょんちょん頭の前髪を、けだるげにかきあげたりするたかちゃんです。
 …………わかいわねえ。
 まあさすがにそこまでは思っておりませんが、もうあたし『ぴかぴか』じゃなくて、『ぴか』くらいになってしまったのかもしんない――そんな感傷にふけっているのでしょうか。
「はい、それでは、かたぎりたかこさん」
 たかちゃんの学校では、二年に一度しか担任替えがありません。ですからきょねんとおんなしおんなせんせいが、はりきって、大きなものさしをかかげます。たかちゃんたちの机にあるものさしよりも、なんばいも大きい、学習指導用の拡大ものさしです。それに、幅広の赤いリボンをあてがって、
「たかちゃん、このおリボンの長さは、どのくらい、ありますか?」
 教室中のみんなが、期待に目を輝かせます。なかでも判断力に優れたよい子は、せんせいが「なんセンチありますか?」とか「なんミリありますか?」と細かくツッコまなかったのを、天に感謝します。
 ここでねんのため、このたかちゃんのたんにんのおんなせんせいは、あくまでたかちゃんのがっこうのせんせいであって、わたくしではございません。わたくしほど若く美しく利発で臨機応変な教師ではございませんから、ついこのふゆまでは、たかちゃんの天性のボケ力に、連戦連敗のありさまでした。
 ですが今回、わくわくとたかちゃんのボケを待つみんなの視線を確認し、せんせいは、なぜかにんまりとびしょうします。
 実は、せんせいも、熟考した上での作戦だったのですね。
 本来の指導計画に従えば、とうぜん話はちがいます。15センチぶんのめもりをでっかく刻んだものさしに、7センチ5ミリのリボンをあてがって、「長さのたんいは、せんちめーとるや、みりめーとるがあります。1せんちめーとるは、10みりめーとるなんですね」などとせつめいしたのち、「じゃあ、このものさしと、おリボンを見てくださいね。このおリボンの長さは、なんせんちめーると、なんみりめーとるかな?」と持っていき、さらに「じゃあ、みりめーとるだけだと、ぜんぶでなんみりめーとるですか?」などと進めていくのが、正しいさんすうのじゅぎょうです。しかし、さすがに二年めとなると、たんにんのせんせいもなんかいろいろ経験を積んでおります。
 この天然娘には、早めに好きなだけボケさせて、他の生徒の注意力をまとめてしまったほうが、後の授業進行は楽――。
 ごきんじょ席のくにこちゃんやゆうこちゃんも、わくわくと期待に目を輝かせておりますと、
「……ななせんちごみり」
 正解です。
「んで、ななじゅーごみり」
 正解ですが、おもしろくもなんともありません。
 がっくし――教室の温度が、いっきに二・三度下がります。
 しかしせんせいは、さすがに婚期を逸してまで幼児教育に人生を捧げる万年女教師、失望よりも、ある種の危惧を感じます。
 ――おかしい。この娘なら多少コンディションが悪くても、「はんぶん」くらいのボケは効かせてくれるはず。
 せんせいは、でっかいものさしを教卓に置いて、たかちゃんに歩みより、そのおでこにお手々を当てます。
「……お熱でも、あるのかしら」
「ないえんのつま」
 意味が解って言っているかどうかは別として、条件反射も正常ですし、おでこも平熱のようです。
 せんせいは気をとりなおし、がっかりしているみんなをなんとか引っぱって、つつがなくさんすうの授業をつづけます。でもやっぱり、いつものようにわくわく視線でボケ所を狙ってこないたかちゃんが、なんだか心配でたまりません。
「それでは、さいごの、もんだいです。かたぎりたかこさん」
 ――念のため、再ツッコミ。
「たかちゃんは、いま、なんぼんのえんぴつをおもちですか?」
「ひー、ふー、みー……はっぽん」
「じゃあ、せんせいが、もう五本、えんぴつをあげましょうね。そーすると、ぜんぶで、なんぼんになるかな?」
 ひとけたとひとけたのたしざんは、きょねん、もうすませてあります。二年生の一学期だと、ふたけたとひとけた、そんな段取りなのですが、このばあい、学習進度はかんけいありません。
 ――お願い、せめて「いっぱい」くらいのボケは効かせて。「もっと、ほしい」でもいいのよ。
 ほかのみんなも、おのずからせんせいの願望と同調し、たかちゃんの再試合を、固唾を飲んでみまもります。
「じゅーさんぼん」
 ――がっくし。

     ★          ★

「たかこ、そんなに、おちこむな」
 その帰り道、いつものように昭和レトロな旧青梅街道を歩きながら、くにこちゃんが、たかちゃんのお肩をぽんぽんしてなぐさめます。
「おちこんでも、にげたおとこは、かえってこない」
 ゆうこちゃんも、しんぱいそうに、たかちゃんのお背中をなでなでしてくれます。
 たかちゃんとしては、ほかにおんなをつくってしまったおとこなど、さほどみれんがあるわけではないのですが、ほんとは心のどこかで、なんだかちょっぴりアレな気もします。まあそれだけでなく、たかちゃんののーてんきな性格をもってしても、この季節、なんかいろいろあるのですね。 
 たとえば、上級生の中でもいちばん仲良しさんだった六ねんの給食係のおねいさんは、もう中学に上がってしまいました。卒業式の日に、おねいさんとそのお仲間に、みんなで泣いたり笑ったりしながらおもいっきしおもちゃにされたのが、さいごのおもいでです。二ばん目や三ばん目に仲良しさんだったおねいさんたちは、五ねん生だったので、今もまだ学校にいるのですが、たかちゃんのほうが二ねん生になってしまったので、もう給食のお世話には来てくれません。あたらしいぴかぴかのいちねんせいのお世話に手いっぱいみたいで、廊下で会っても、あんましおもちゃにしてくれません。
「まあ、でも、きもちは、わかる」
 くにこちゃんは、しみじみとうなずきます。
「かばうまがいないと、んまいおやつが、くえないからなあ」
 あの春の朝の騒動の後で、さすがにもううやむやな関係を続ける訳には行くまい、そう決心したのか、かばうまさんと恵子さんは、ついに名実共に『つがって』しまいました。
 入籍したからには、新居がいります。恵子さんは三浦家の専用家政婦寮に住んでいたのですが、かばうまさんのボロ1Kでは、たまに泊まるのがせいいっぱいです。おたがいいいとしこいて、六畳一間の夫婦生活は、さすがにみじめです。といって、いきなりマンションやお家を買うお金はありません。恵子さんはしっかりものですので、それなりに貯めこんでおりますが、あくまでも女中さんのお給料の範囲内ですし、かばうまさんはさいきんまでろりのおたくやろうだったので、そっち関係のやくたいもないガラクタや、恥ずかしくて人には言えないナニモノかなどは多数所有しておりますが、おゼゼはほとんどありません。去年の春まで形ばかり積んでいた定期預金も、すべてたかちゃんたちがタカりつくしてしまいました。そーなると、とりあえず夫婦生活最低限の賃貸物件に住み、このまま共働きを続けて新居購入の頭金を貯める、そんな算段になります。
 だったら、かばうまさんの職場のあるターミナル駅と、三浦家のあるここ青梅の真ん中あたりがいいのではないか――まあ、まだ結婚式も挙げていないし、もう転居してしまったわけでもないのですが、このところふたりは休みを合わせ、新居探しに余念がありません。と、ゆーことは――そう、まずしいくにこちゃんが日々こころまちにしていた、かばうまさんの公休日食いつぶしイベント、それが中断しているのです。そして、おそるべきことに、これっきり廃止されてしまう可能性が大なのです。
「なやんでいても、しかたが、ない」
 くにこちゃんは、なにかをけついしたように、凛々しくお空をあおぎます。
「かわりのうまを、さがしに、いこう!」
「……おう」
 それはとっても、いーかもしんない――たかちゃんのたんじゅんな思考回路の中で、あっちこっちゆらゆら揺れていたシナプスが、ぴし、と音をたてて繋がります。
「どんぱっ!」
「おう! どぱんど!」
 ふたりはがっしりと腕をからませて、白い雲に向かって叫びます。
「どんぱぱぱ!!」
 しかしいっぽう、ゆうこちゃんだけは、ちくりと胸を痛めます。
 ああ、このふたりは、また無辜の市民を、やらずぶったくりの底なし沼に引きずり込もうとしているのだわ――そんな感じで、やさしい心がうずきます。
 それでも、ちょぴりもじもじしたあと、
「……ぱどん」
 やっぱりうなずいてしまいます。
 しょーがくせーになってから、なんだかよくわからないけれどとっても熾烈な一年を経て、ひとかわもふたかわもむけたはずのゆうこちゃんですのに、やっぱし、くにこちゃんのきょーれつな自我、そしてたかちゃんのとことんいーかげんな性格には、まだ対抗できないのでしょうか。

 まあ、タカりなど不要な金満家のお嬢様であっても、そこはそれやがては小悪魔必至の美幼女のこと、ほんとうのところ、『やらずぶったくり』そのものの甘美な背徳感――経済力とは必ずしも関連のない淫靡なよろこびに、ほんのちょっとくらいは、ハマってしまっているのかもしれませんね。




     【そのいち】 わしづかみの、よかん


 
 ちゅるるるるるる。
 ずぴ。
 あー、アイスティー、んめーのなんの。
 ♪ うす〜く切った〜オレンジ〜を〜アイ〜スティ〜に〜浮か〜べて〜 ♪

 ……失礼いたしました。
 はい、いちおくにせんまんのよい子のみなさん、こんにちはー。もうきっちり居直って、変装もすっかり解かせていただいた、復活せんせいでーす。
 変装を解くのみならず、本日こうしてみなさまをガッコのプール・サイドにお招きしたのは、けしてかわいくねーがきどもをまとめて水底に沈めようとしているとか、そんな願望のためではございませんので、ちっともご心配にはおよびませんよ。なんぼせんせいが根っから正直な人間でも、そこはそれ個人である以上に立派な聖職者であることを選んでしまったこのわたくし、個人的願望を社会的道義と錯覚した瞬間から人間はウンコになる、その程度の理屈は心得ております。

 さてみなさん、わたくしのこの半裸のナイス・バディーをまのあたりにして、なにかその貧相な脳味噌から、浮かび上がってくるものはございませんか?
 ほれほれ。
 くいくい。
 ちらちら。
 ……どなたですか、ク●ンボ、などというアブナイつぶやきを漏らされるよいこの方は。
 ちびくろサンボがようやく解禁されたとはいえ、まだまだ『今』しか見えないド近眼短絡馬鹿による言葉狩りの盛んな昨今、その表現はいけません。いけません。管理人さんがこんじょなしの板だと、削除されてしまう恐れがあります。きちんと「クぴーボ」と、あてつけがましく音声加工いたしましょうね。
 はい、そちらでこの見事に日焼けした小麦色の肌に心を奪われながら、それでもけなげに何か思い出してくだすったらしい利発なお顔のよいこの方、あなたには『たいへんよくできました』のハンコを、おでこに押してさしあげましょうね。はい、ぽんぽん、と。
 そうです! 【ぷろろーぐ】のマクラで、いつものジョークっぽくなにげに張られた伏線――パプア・ニューギニア近海の孤島!
 念願のセレブ妻の座を射止めたわたくしが、なにゆえ今こうして教師などというシミったれた地味職に復帰しているのでしょう!
 なにゆえみなさんのビンボくさいツラなど再び拝まなければならないのでしょう!!
 夜景燦めく神戸港から超超超豪華客船に揺られて世界一周ハネムーンに旅立った清純可憐な美しい新妻を、どんな波瀾万丈の運命が待ち受けていたのでしょう!!

 はい、仰々しくヒッパったわりには、ありがちなオチで恐縮ですが――船が沈没いたしました。それはもーなんの前触れもなく、きれいさっぱりブクブクと。
 まあ常夏の南太平洋上ですのでタイタニックのように氷山などありませんし、ポセイドンのように巨大な客船を陸地の傍や岩礁海域ならいざしらず大海のド真ん中でひっくり返せる津波など天地が裂けでもしない限り理論上ありえねーわけで、じゃあなんでそんなとんでもねー超高級舶来船舶があっさりブクブク沈んでしまうのか――はい、手抜き造船でーす。
 どなたですか、そんなお手軽設定のほうがよほど作者の手抜きなんじゃないか、などとおっしゃる、アマアマなぼっちゃんじょーちゃんの方は。いいですか、何千万も払って買ったマンションが、たった数人の欲ボケ親爺によってでっちあげられたトーフのようなシロモノだった、そんな一昔前ならアホな冗談のような悲惨な目にも、運が悪いと会わねばならない、それがこの末世における『リアル』なのですよ。あんなアホ設定とガキの作文なみの文章でなーにがリアルだ鬼ごっこ、そんなシロモノすら、ガタイだけ立派に育った脳味噌スカスカなガキ相手のベストセラーになってしまう末世なのです。まあ、実はそんな当世風刺に走るまでもなく、悠久の大洋の上では、チンケな人間の建造物などしょせんはかない笹舟、巨大タンカーが航行中に原因不明のまっぷたつ、そんな海難事例なども昔から存在するのですね。おめーらいっぺんその冷凍マグロみてーなウツロな目ん玉きっちりひんむいて世の中見て来いよ、人間の目ん玉なんてのは水晶玉みてーにてめーの周りだけ映してりゃいーってもんじゃねんだよキレイなキレイなお目々のぼっちゃんじょーちゃん――そんな、とっても真摯かつ切実な、ガイアからのメッセージなのかもしれませんね。

 さて、そーゆーわけでいきなし船がブクブク沈み始めたわけですが、幸い真摯に実学を修めてきたせんせいは、ガキのようにうろたえたりなどいたしません。その手の豪華クルージングに集う船客は大半引退後の老夫婦ですから、わらわらと救命ボートに向かう口の臭い爺婆を清く正しく介助する、そんな人道的対処が可能です。愛する夫もまたわたくしとはすでに一心同体の比翼の鳥、しっかり私の手を握ったまま、わらわらと逃げまどう半ボケの爺婆を、救命ボートに導いてくれます。もちろんわたくしも愛する夫に従いながら、そのぶよんとしてしまりのない腕だけは、死んでも離しません。生命保険の受取人書き換えがまだだったからです。
 そうして無事に全乗員が避難したのを確認し、最後の救命ボートを海上に送り出したのち、ただふたり甲板に残った天使のような若夫婦は――おもむろに後部デッキに隠蔽しておいた、でっけー超豪華避難用ヨットに乗りこみます。
 はい、実はこの手抜き客船そのものが、愛する夫の経営する造船会社の設計だったのですね。なんぼおーがねもちの家系でも、他のセレブの爺婆を海の藻屑にしてしまっては、後の経営に関わります。といってせっかくの専用ヨットに辛気くせー年寄りと同乗するのは、ぺぺぺのぺーです。

 こうして悪夢のような一夜が明け、紺碧の大海原に漂う豪華ヨットの上では、けなげな若夫婦が手に手を取り合い、備蓄した大量の非常用食料を思うさま飲み食いしつつ、明日をも知れぬ命を互いに慰め慈しんでおりました。生きる希望を棄てさえしなければ、いつかはきっと、この善良なアダムとイブの末裔を神様が救ってくださる――ぶっちゃけ神様なんぞいよーがいまいが、どうせパプア・ニューギニアの観光地近海、そのうちどこぞの島にたどり着く――そんなはかない望みを糧に、果てしない一泊二日の漂流生活が続きました。
 そしてそんな汚れなきふたりの願いを、神様が聞き届けてくだすったのでしょう、やがて水平線にぽつりと現れる、小さな島影――。
 ああ、愛する妻よ、緑の島だ。
 ああ、あたしたち、助かったのね。
 そうだよ。だってこんなに正直に生きてきたボクたちを、天の神様が見離すはずは、ないじゃあないか。
 ふたりむつまじくセールを操り、やがて近づく南の島の浜辺――。
 しかし!
 近づくにつれ入江の風に乗って流れ始める、異様な歌声!!
 ♪ うっほっほ、うっほっほ、じゃ〜んぐるく●べ〜 ♪
 目を細め見晴るかせば、浜辺で踊り狂う異形の土ピーの群れ。
 あまつさえ彼らの振りかざす槍の先には、不気味なドクロが揺れているではありませんか!
 ♪ うらうらべっ●んこ〜 ♪
 そう、そこは待ち望んだのどかな南海の楽園にあらず、怖ろしい人食い土ピーの棲む悪魔の島だったのです!!

 ……調子こいてこのまま語り続けてしまうと、いつになってもほんぺんが始まらないので、とりあえずここまでのアオリは、今回きれいさっぱり次回に引っぱらせていただきますね。
 はい、それではお待ちかね、よいこのお話ルーム『たかちゃんのわしづかみ』、やっぱしなしくずしに、続きの始まりでーす。

     ★          ★

 さて、そんな発展的目標《わるだくみ》の細部をごにょごにょと詰めつつ、いったんそれぞれのおうちにもどってらんどせるをおいたたかちゃんたちは、やくそくのばしょにふたたびつどいます。
 むかしかばうまさんをつかまえた平日の公園には、近頃あんましかばうまさんタイプのウロンないきものは棲息しておりませんので、あえて通りすがりのおうまをほかくしやすそうな、多摩川ぞいの遊歩道を選んでおります。
「じゃじゃーん!」
 カラフルなてさげぶくろをふりまわしながら、はりきってかけてきたたかちゃんの姿に、先に来て待っていたくにこちゃんとゆうこちゃんは、ぜっくします。
「…………」
 なんだかしろっぽいぴらぴらつんつんのミニドレスをひるがえし、にのうでもひざからしたもしろいぴらぴらやふわふわで、あまつさえふだんのちょんちょん頭は、後頭部の頭頂部寄りに、ぱいなっぷるのはっぱみたいにまとめてさかだっております。
「きゅあいーぐれっと!」
 くにこちゃんとゆうこちゃんは、こめかみにたらありと汗のつぶをうかべ、こくこくとうなずきます。わざわざ説明されなくとも、それが『ふたりはプリキュア・スプラッシュスター』のカタワレのコスプレである、それくらいのことはみればわかるのですが――。
「…………」
「きあい!」
「……んむ。たしかに……きあいは、だいじだ」
 くにこちゃんは、ふくざつなひょーじょーでうなずきます。
「くるくるくるくる」
 たかちゃんは、二年生の進級祝いでようやくそろったキュアイーグレットのフル・アイテムを、ほこらしげにみせびらかします。
 くにこちゃんは、懊悩します。
 ――いまのたかこを、これいじょうきずつけたくはない。しかし、このナリでひとまえにでて、たにんのくちからだめーじをくらうより、ここはおれたちでいんどーをわたしてやったほうが、さいしゅーてきに、こいつのためになるのでは。
 そんな思いでゆうこちゃんのお顔をうかがいますと、そこはそれいっしんどーたいのなかよしさん、ゆうこちゃんもおんなしようなお顔でなやんでいるようです。
 くにこちゃんは、こころをおににして、んむ、とうなずきます。
 お為《ため》ごかしの言い手はあれど、まこと実意の人は無し――そんな俗世の表層的な馴れ合いは、先天的に潔しとしないくにこちゃんです。
「……なあ、たかこ」
「あーい」
「……おまいの、いままでのどれみは、たしかに、かんぺきだった」
「こくこく」
「だが――きゅあいーぐれっとばっかしは――あきらめろ」
 たかちゃんは、きょとんとしてくにこちゃんをみつめます。
「おまいには、にくたいてきに、じゅーだいなけっかんがあるのだ。それは、たかこがたかこであるかぎり、いまはこくふくふかのうな、ちめいてきけっかんなのだ」
「……ごっくし」
「――かおが、まるすぎる」
「がーん!!」
 たかちゃんのはいごに、あらあらしいいなづまが走ります。
 そのしてきは、もう、きゅあいーぐれっとおねいさんをさいげんする上で、星飛雄馬が念願の巨人軍入団ののちに露呈してしまった投手としての致命的欠陥『球質が軽い』、それにひってきする、巨大な挫折の響きです。
「――ほっぺたがまるいのは、いい。んでも、おまいは、あごまでまるい」
 ♪ じゃん・じゃん・じゃーん、じゃ・じゃじゃじゃじゃーん! ♪
「……がっくし」
 たかちゃんは、大地に膝を落とします。
 地面に両手をついて、頭を垂れます。
 くにこちゃんは両の拳を振るわせながら、さながら星一徹のごとく仁王立ち滝涙で、たかちゃんの再起を願い、また信じております。――たかこよ、ぜつぼーのふちから、ふしちょーのごとくたちあがれい。
 ゆうこちゃんはおもわず星明子ねいさんのように、たかちゃんの背中にとりすがり、よよよよともらいなきしてしまいます。――ごめんね、ごめんね。
 そんなふたりのこころを知るや知らずや、やがてたかちゃんはしょーぜんとたちあがり、かみぶくろをかかえて、とぼとぼと並木の方に歩きはじめます。
「かんけーしゃいがい、たちいり、きんし」
 なぞのことばをのこし、並木の陰に去っていきます。
 まさか、くびでもくくってしまうのでは――心配してそろそろと歩をすすめるくにこちゃんとゆうこちゃんの耳に、「ぬぎぬぎ」「ぱたぱた」「たたみたたみ」などと、さらに謎のお声が漏れ聞こえます。
 そして、待つこと約三ぷん、
「じゃじゃーん!」
 あるいみ、さらにはかいりょくを増したたかちゃんが、並木の陰からおどり出ます。
「はいぱーぶろっさむ!!」
 ピンクのベストにアメリカン・チェリー色の超ミニ、ミニと揃いの巨大おリボンにオレンジ色の巨大末広がりポニーテール――ママ方のおじーちゃんをたぶらかしてせしめた、しんばんぐみ『出ましたっ! パワパフガールズZ』こすちゅーむです。
 たしかにこの新ひろいんならば、ほっぺたのみならずおあごのさきも、どれみ同様かんぺきまんまるです。どんなにくびがみじかくても、へーきです。
「……んむ! できたな」
「ぱちぱちぱちぱち」
 まあちょっとした違和感はのこしつつ、くにこちゃんとゆうこちゃんも、たかちゃんのいきるちからそのものに、おしみないはくしゅをおくります。
 おのれのささいなじゃくてんなど、各種大リーグボール同様とんでもねー新奇アイテムでケムにまいてしまえば、恐るるに足らず――なにかと鬱の長い星飛雄馬よりも推定ひゃくまんばい立ち直りの早い、とってもぽじてぃぶなたかちゃんでした。

     ★          ★

 遅い午後の柔らかな陽差しの下、のどかな多摩川上流の渓谷に沿った遊歩道を、そんな情景にはちょっと似合わないぶよんとしてしまりのないおにーさんが、あつくるしい汗を浮かべて歩いてきます。
 肩から下げた、いかにもおたくっぽいショルダーバッグ。そして、やはりおたくそのものの手付き紙袋――どちらもみっちりとふくらみ、ぶよんとした肩やぶよんとした指に重く食いこんでおりますが、そのおにーさんのくちびるのはしは、しまりなく上方に弧を描いております。袋に詰めこまれているのは、アキバで買い漁ってきたエロゲでしょうか。あるいはやくたいもないエロ同人誌でしょうか。
 ずぼ!
 とつじょとして、おにーさんのあしもとから地面が消え失せます。
「あう」
 どでどでどで。
 通常の人間ならかなりのダメージを受けそうな深さですが、豊富な皮下脂肪が功を奏し、大事には至らなかったようです。
 ――落とし穴?
 ぶっとい首を回してめまいを和らげつつ、頭上の空を仰いだおにーさんの目に、ちっこいシルエットが三つ、ぴょこんと映ります。
「やっほー、うま」
「おまい、いきてかえりたいか?」
「……ぽ」
 それらのいみははかりかねますが、どうやらかわいらしい幼女声のようなので、おたくのおにーさんは、反射的にこくこくとうなずいてしまいます。
「よし」
 ちっこいお手々がさしのべられ、ひょい、と一瞬の内に、おにーさんはもとの遊歩道に戻っております。
 足元に開いている穴は、推定直径1.5めーとる、深さは2めーとるほどでしょうか。
「…………」
 おにーさんは、たちすくみます。
「ねえねえ、ふじや。いちごみるふぃーゆ」
「いんや、おれは、ケンタがいいな」
「……おーとろさん」
 なにをいわんとしているのでしょう。
 なんぼ人跡稀なド田舎とはいえ、公道に穿たれた謎の巨大トラップ。そして謎の幼女たちの影。あまつさえ、そのひとりは、じょうきをいっしたあにめふうしるえっと。――普通のおにーさんならば、かなり惑乱してしまうところです。しかし、さすがにコテコテのおたく状おにーさん、生活感自体がすでに現実から乖離してしまっております。このシルエットは、もしやハイパーブロッサム――突如として迷いこんだ異世界の世界観を模索しつつ、ふらふらと手をさしのべます。
「あくしゅ?」
 こくこく。
「にぎにぎ」
 ぶよんとしたしまりのない手で、そのちっこくあたたかいお手々を、しばしにぎにぎとにぎりかえしたのち――とつじょ、おにーさんのこめかみに、たらありと冷や汗が浮かびました。
 なにか、そこしれぬふあん感が、ぞわぞわとぜんしんをはいあがります。
 さてはこのおにーさん自身、ありがちな感応力設定で、おそるべきタカリの連鎖を予知してしまったのでしょうか? ――いえいえ、そうではありません。
「にぎにぎにぎ〜」
 そんなたかちゃんの柔らかいお手々から感じるぬくもりが、まごうかたなき快感でありながら、なぜかおにーさんのこころを、くるしめるのです。
 はじめに感じた『畏れ』が、やがて謂われ無き『哀しみ』へと、無意識の底流で変貌していきます。
 ちがう――ここは、おれの望んでいた世界ではない。ただの日常だ。
 こみあげる涙を恥じるように踵《きびす》を返したおにーさんは、わっ、と泣きながら、またたくまに多摩川の果てへと駆け去ってしまいました。
「あ、にげた」
 そう、そのおにーさんは、もはや完全二次コンの世界に逝ってしまったおたくだったのですね。そんなディープなおたくにとっては、すでに『肉体的感触』そのものが、己の心の歪みを白日の下に晒してしまう『恐怖の要因』でもあるのです。

 おにーさんの手付き袋からこぼれたおびただしい美少女アニメ物件を、くにこちゃんはけげんそうに蹴り分けます。
「おかしーな。エサもばっちしだった、はずなんだがなあ」
「こくこく」
「?」
「やっぱし、あなのそこに、たけやりをうえよう」
「こくこく」
「……しんじゃうよう」
 ともあれいっぴきめは、ほかく失敗です。いそいで落とし穴のひょうめんを補修します。
 しかし、木の枝を渡し、その上を草で葺き、土をかぶせはじめたあたりで、たかちゃんのうま(おたく)検知能力が、早くもカモの接近を察知しました。
「にひきめ、せっきんちゅう」
 あわてて並木の影にたいひします。
 さっきのおにーさんよりは、ややふつうのひとっぽい、でもやっぱしぶよんとしてしまりのないひとが、青系チェックのシャツにジーパンというジョージ・ルーカス流正調おたく姿で、のそのそとやってきます。手付き袋に入っているのは、虎の穴で仕入れた美少女フィギュアでしょうか。あるいは汚らわしい成年コミックでしょうか。
「わくわく」
 固唾を飲んでみまもるたかちゃんたちですが、やっぱしトラップのカモフラージュが不十分だったらしく、いっけん脳味噌までゆるんだようなおたく顔のうまでも、
「…………?」
 穴のちょっと手前で足を止め、前途の地面の不均一を見抜いてしまったようです。
 くにこちゃんは、たかちゃんにみみうちします。
「いけ、たかこ」
「あい」
 たかちゃんははりきってとことことかけだし、穴の向こうでぎょっとしているおにーさんに、かわゆくごあいさつします。
「やっほー」
 しかし、はんのうが、ありません。
 おかしー。パパにこの晴れすがたをみせたときは、おーよろこびで、だい拍手してくれたのに――やっぱし見知らぬおにーさんには、もっと畳み込みが必要なのでしょうか。
「うっふん」
 必殺のうぃんく。
 しかし、やはり、はんのうがありません。
 それどころか、おにーさんはじりじりと後ずさりをはじめ、ついには脱兎のごとく逃げだしていきます。
 たかちゃんは、はんしゃてきに、ヨーヨーを飛ばしてしまいます。
「ていっ!」
 はいぱーぶろっさむの、ひっさつ攻撃あいてむです。
 ごん!
 こーとーぶにちょくげきをうけたおにーさんは、
「どわ」
 ああ、やっぱりうまい話には絶対裏があるのだ、と、さらに加速して逃げ去ります。
 現実社会にもなんぼか心得のある、おたくレベルの低めなおにーさんだったのですね。

「やっぱし、エサが、あわないのか?」
 くにこちゃんは、たかちゃんのおニューのこすぷれを、しげしげとみまわします。
「ぶー」
 たかちゃんは、じめんをゆびさし、こうぎします。
「おとしあな、ばれた」
「んむ、それも、ある」
 さんにんは、ふじゅーぶんだったカモフラージュを徹底しながら、善後策を模索します。
「ちょっと、まだ、まいなーかもな。ぱわぱふ。はじまったばっかしで」
「むー」
「きにするな。おまいの、せいじゃない」
「こくこく」
「こんどは、あなのまわりに、電せんをしこもう。ひゃくまんぼるとさくせんだ」
「ぐー!」
「……しんじゃうよう」
 あとさきかんがえないふたりを、けなげにさぽーとするゆうこちゃんに、くにこちゃんは、ふと、きみょうなまなざしをむけます。
 それからちょっとかんがえこんだあと、並木の根元においてある、からふるなてさげぶくろに目をやります。
 たかちゃんが着替えた、きゅあいーぐれっとのコスチュームです。
 そしてまた、いっしょーけんめーはたらいているゆうこちゃんに、目をやります。
 ゆうこちゃんが、その視線に気づいて小首をかしげますと、くにこちゃんは、にまあ、と、じゃあくなほほえみをうかべました。
「――てきざいてきしょ、とゆー、ことばがある」
 まだきょとんとしているゆうこちゃんに、
「ゆーこ、おまいのかおは、とっても、いい。さかさまたまごで、あごが、つん」
 ま、まさか――ゆうこちゃんは、おもわず身を引いて、視線でたかちゃんに救いを求めます。
 しかし、たかちゃんもまた、ぽん、と手を打ったりします。
「どんぱ」
 ふるふると首を振りながら、後ずさるゆうこちゃん。
 じりじりとおいつめる、ふたりのおおかみ。
「だいじょーぶ。はずかしーのは、はじめだけだ」
「そーそー」
「……いや、いや」
「たかこ、おまいは、手をおさえろ」
「がしっ」
「きゃあきゃあきゃあきゃあ」
「ええい、さわぐんじゃない。へるもんじゃなし」
 出演者の年齢性別によってはエラいことになる会話を交わしつつ、ぬがされたりころがされたりなんかいろいろあった後で、あわれなゆうこちゃんは、とうとう、あっちこっちひらひらふかふかにされてしまいました。
「くすん、くすん」
 おじょーさまにははしたないむりやりのしょたいけんに、さめざめと泣きぬれます。
「……かんぺき」
 たかちゃんが、まんまるお目々でつぶやきます。
 その口調には、お世辞や嫉妬の念など、微塵も感じられません。
 ゆうこちゃんはくすんくすんと涙をぬぐいながら、それでもちょっと心を動かされて、おずおずとふりかえります。
「…………?」
 そんなゆうこちゃんに、くにこちゃんが手鏡を渡します。
「みろ。おれのめに、くるいは、ない」
 そう、たいがいの無自覚ガキや勘違いコミケ娘や身の程知らずのコスプレ店員がアホにしか見えないほど殺人的におじょーさまなキュアイーグレットのコスチュームでも、もともと西洋人形ふうに整ったゆうこちゃんのお顔には、かんぺきにマッチしていたのです。
 ――これが……あたし?
 こうして、わるいなかまのどろぬまにさいげんなくはまってゆく、あわれなゆうこちゃんでした。

「さんどめの、しょーじきだ。あとはないと、おもえ」
「にくだんさんゆーし」
 ……これが、あたし?
 三者三様、決戦態勢を整えたたかちゃんたちが、そろそろ陽も傾いた遊歩道を木陰から窺っておりますと、さんびきめのぶよんとしてしまりのないおにーさんが、ほとほととちかづいてまいります。
 プロ仕様のデジタル一眼レフを肩に下げ、こざっぱりしたかめらまんじゃけっと姿は、さほどおたくっぽくはなく、むしろふりー・かめらまんか、写真趣味のえーとこのぼんぼん、そんなふんいきです。やらずぶったくりのえじきとしては、もっとも妥当かもしれません。
 しかし、そんな外観ゆえか社会適応もきっちりしているらしく、いっけんだあれもいない遊歩道だというのに、きっちり右のはしっこを歩いております。そのままでは、トラップにかかってくれません。
「いけ、ゆーこ」
 くにこちゃんの指示に、ゆうこちゃんは、おずおずとたちあがります。わるいなかまにさからう勇気がないというよりは、さきほどむりやりめざめさせられてしまったおんなとしてのナルシズムがどこまでしゃかいてきにも通用するのかたしかめてみたい、そんな願望も、ちょっぴりあったりするのかもしれません。
 どきどき。
 さりげなく――まあそんなナリなのでさりげなくもなにもあったものではないのですが――おとしあなのこっちがわに歩みでて、でもやっぱしたかちゃんほどはじしらずなお子さんではないので、どーしましょどーしましょ、そんなふうにどぎまぎしてしまいます。まあそんな不審な挙動すら、ゆうこちゃんがやってると、森のなかであっちこっちきょときょと見まわしている子リスみたいに、可憐そのものなんですけどね。
 それに目を止めたおにーさんは、ちょっと不思議なお顔で立ち止まったものの、やがて楽しげな笑顔を浮かべて、や、などときさくに手を上げてくれます。
 ゆうこちゃんも、ぺこりとおじぎします。
 おにーさんはもっとにこにこして、カメラを手に取り、撮っていい? と言うように掲げてみせます。
 ど、どーしよどーしよ――ゆうこちゃんは物陰のくにこちゃんたちに、視線で助けをもとめます。やっぱし、はずかしいよう。
 しかしくにこちゃんとたかちゃんは、むじひに「さくせんぞっこう」と、手振りで命じます。
 緊張のあまり、すでにおめめもくるくる状態のゆうこちゃんですが、おにーさんは、そんな様子もまたあどけなくて最高、そんな感じで快調にシャッターを切り続けながら、しだいに奈落の底へと接近してまいります。
「君は、このあたりに住んでるの?」
 こ、こくこく。
 このあたりもなにも、実は遊歩道のこのあたりそのものが、正確に言えば公道ではなく、ゆうこちゃんちのお庭なんですけどね。敷地外の公道を分断させないために、三浦財閥が善意で開放している地域です。
「お名前は?」
「み、みうら、ゆーこ」
「おにいさんはね、東京の、カメラマンなんだ」
 慣れた構えでシャッターを切りながら、もっともらしく自己紹介を始めます。
 その言葉は、けして嘘ではありません。ただし、ぷろかめらまんと言っても、その氏素性は芸術家から人間のクズまで、千差万別です。
「かわいい女の子の写真のご本も、いっぱい、出してるんだよ」
 それも、嘘ではありません。ただし、かのおまぬけザル法『児童ポルノ法』により、未成年モデルの裸体・下着露出が駆逐されたのを逆手にとって、『水着さえ着用していればどんなシチュエーションもポーズも合法』なる恥知らずな業界基準を勝手にでっちあげ、『どう見ても下着にしか見えないがまちがいなく水着』を小中学校の女子児童に着用させ、その上に一般の衣服を着せるという裏技をあみ出し、金に目のくらんだバカ親どもといっしょになって子供の股を開かせお尻を突き出させ、合法的少女パンチラ写真を量産し一財産築きつつある、そんな人間のクズの仲間です。
「DVDも、いっぱい、出してるんだよ。ゆうこちゃん、よかったら、いっぺんパパかママに、会わせて――」
 ずぼ。
 どでどでどで。
「よし! かかった!」
「かんぺき」
 くにこちゃんとたかちゃんもいさんで穴のふちに駆けつけ、どーかつや懐柔を開始しようとしますと――
 ひょい、ひょい、ひょい。
 とつぜんはいごから伸びた大人の手で、さんにんとも、わきにどけられてしまいます。
 そう、ゆうこちゃんのいくところ、常に陰に潜みつつその安全を死守するさだめの、さんにんのSP隊員さんたちです。
 SPさんたちは、すちゃ、とたかちゃんたちに敬礼した後、穴の底の自称カメラマンを救出、もとい、拘束します。
「な、なんですか。あなた方は」
 取り乱すおにーさんには耳を貸さず、そのデジタル一眼を確保し、慣れた手付きでメモリーをチェックします。現在装填されているメモリーのみならず、カメラマン・ジャケットを探って、予備や撮影済みメモリーも、残らずチェックします。その中には、未消去だったいかがわしいスタジオ撮影データなども、いくつか混じっております。
「何をするんだ! 君たちにそんな権利があるのか! 告訴してやる!」
 己の合法を信じ、騒ぎ立てるおにーさんに、いつもの隊長さんが無表情に言い放ちます。
「ここは私有地なのですよ。あなたがここにいらっしゃること自体、すでに違法なのです」
「な……」
「お嬢様の御両親様に、お会いになりたいとのこと」
 隊長さんは、さながらわるだくみを思いついた時のくにこちゃんのように、にまあ、とじゃあくなほほえみをうかべます。
「会わせてさしあげましょう」
 横暴だ横暴だとまだ悪あがきを続けるおにーさんをふたりの部下にあずけ、隊長さんはまた、すちゃ、とたかちゃんたちに敬礼します。
「すちゃ」
 たかちゃんははんしゃてきにけいれいを返しますが、
「……そっちの、えものなのか?」
 くにこちゃんは不服そうです。でも、隊長さんの大真面目な瞳に浮かぶ正義の色を見て取って、
「んむ」
 いさぎよく、えものをゆずってやることにします。
 ちなみにそのカメラマンのおにーさんは、そのご、にどと社会に姿を現しませんでした。
 いえいえ、東京湾にナニされてしまったとか、多摩丘陵の奥にアレされてしまったとか、そんな非合法的な意味ではございませんよ。さすがのSPさんたちも、一応一般市民を非合法的に処理してしまうほど非倫理的ではありません。ゆうこちゃんのおとうさんやおじいちゃんのなんかいろいろによって、あくまで社会的に、生涯再起不能になってしまった、そんないみですね。
 えものをひきずって、お屋敷方向に引き上げるSPさんたちを見送りながら、くにこちゃんは、もっともらしくうなずきます。
「うーむ、よのなか、いっすんさきはやみ、とゆーな」
 なにがなんだかわからなくとも、ありがたいっぽいことばでしめくくれば、おーるOKのくにこちゃんです。
「こくこく」
 もとよりたかちゃんは、れいによって、なにごとも深く考えておりません。
 しかしこんかい、おんなのいっせんをこえてしまったゆうこちゃんは、やっぱしなんだかよくわからないので小首をかしげつつも、でもせっかくのはじめてのこすぷれすがた、でーぶいでーで撮ってもらってもよかったかなあ、などと、ちょっぴりざんねんに思ったり、してしまっているのでした。
「…………ぽ」

     ★          ★

「うーむ、ふさくだった」
 夕暮れの旧青梅街道をたどりながら、くにこちゃんがつぶやきます。
 ゆうこちゃんは、おやしきのまえでもう別れておりますので、いまはたかちゃんとくにこちゃんだけです。
「いいかばうまは、なかなか、いないものだ」
「こくこく」
「やっぱし、じみちに、かせぐしかないか」
「?」
「いやな、おふくろが、ゆーんだ。おれが、ほーかご、ずーっといもーとのせわをやったら、いちんち、にじゅーえん、くれるとゆーんだ」
 少ないような多いような――金銭かんかくにうとい完全被扶養者のたかちゃんには、いまいち、ぴんときません。
「にじゅーえんとゆったら、おまい、梅ジャムが二こもかえるぞ」
 それはちょっと少ない気がします。
「はんつきがんばれば、じまえで、ぶためしだってくえる」
「おう」
 いきなしばくだいな気もします。
「んでも、そーすると、おまいらと、あそべなくなる」
 少なくてもばくだいでも、あそべないのはこまります。
「……やだ」
「……んむ」
 なんだか三丁目の夕日の下のような経済レベルの会話をかわしていると、やっぱし昭和れとろそのものの長岡履物店――くにこちゃんのおうちが、みえてきます。
 店土間では、くにこちゃんのふたごのおとうとが、おんぎゃーおんぎゃーと泣きわめくいもーとを扱いかねて、右往左往しております。
「ま、もしかのはなしだ」
 くにこちゃんは、しんぱい顔のたかちゃんに明るく笑ってみせると、いそいでおうちにかけこみました。
 だめだだめだ。おまいら、しょんべんとはらへったは、ちがう声だろーが――そんなくにこちゃんの良く張ったお声を耳に残して、たかちゃんはとぼとぼと、ひとりで家路をたどります。
 はいぱーぶろっさむのこすぷれのままなので、外観的にはまったく哀愁のカケラも感じられません。でもやっぱし内心では、華やかな宴の後の静寂、そんな寂寥感を、なにがなし味わっているのですね。
 とちゅうの公園を通りながら、きょねんかばうまさんを見つけたベンチのあたりを、ねんのため再ちぇっくしてみます。でも、やっぱし、おかーさんとちっこい子供や、ちょっと大きめのおにーさんやおねいさんや、しわしわのおじーさんおばーさんばっかしで、つかえそうなかばうま類は見当たりません。
 まあ、なにかと世間の目のキビシイ昨今、ろりおたの生息域も変わってきているのですね。
 かつては危険を冒してあるいは開き直って、公園に街角にあさましくみにくいありさまをさらしていたロリータ・スナイパーたちも、カメラやビデオ機器の急速な進化=自動化・デジタル化・小型化により、さらに矮小化・陰湿化をとげ、庭石の下の地虫のように、姑息な存在と化してしまいました。業界では『M君以降』などと、あたかも社会的要因のように言われるマイナス進化ですが、実際には、ろりおたたちが自ら選んだ日影の道なのでしょう。
 たとえばかばうまさんがろりにめざめた時代には、カメラはすべてフィルムを使用するおべんとばこのような武骨なシロモノであり、ピント合わせはもちろん手動、望遠レンズもろくな倍率がないのに丸筒ポテチのようにどでかく、自動巻き上げすら別売部品がゴテゴテと必要でした。そんなごっついシロモノを抱えて公園で遊ぶろりを激写しようと思えば、当然その場の空気に対する積極的同化が必要です。言い換えれば、『私は幼女趣味の変態です』と看板を上げ、なおかつ『それでも無害な変態です』『お願いですから通報しないで下さい』と身をもって主張できなければ、到底不可能な技だったのです。
 しかし今は、高倍率の小型デジカメやビデオカメラによって、なんぼでもこっそり遠くから、手軽にスナイプ可能です。手荷物に隠蔽もできます。何よりシャッターを押すだけどころかリモコンちょいちょいで、露出からピントから連写からすべてメカトロニクスまかせ、バカでもチョンでも、庭石の下の地虫でも盗撮が可能です。ですので、庭石の下の地虫がろくな覚悟もなくのこのこ参入し、シロトの悲しさで日々摘発され続けております。そしてさらには、児ポ法施行後の合法ロリータ・ビジュアル界の開き直り――さきほど拉致された三番目のおにーさんのような業界の盛況によって、地虫が自分の手を汚す必要すらない、そんなありがたい社会にもなっております。ですから、きょねんたかちゃんが、かばうまさんという天然記念物的ろりおたを公園で捕獲できたこと自体、奇跡に近い僥倖だったのです。
 もちろん、今、夕暮れのベンチで、さっきまでの大騒ぎも夢だったかのように、ひとりぼっちであしをぷらぷらさせているたかちゃんは、そんなせけんのながれなど、なんの関心もありません。ただ、にねんせいになってからのじぶんのせいかつは、なんかちょっと、びみょーにものたりないかんじ? ――そんな一抹のさみしさを、感じているだけなのですね。
 さて、そのとき、なんだかたそがれしょーこーぐんにおちいってしまったようなたかちゃんのおめめが、ぴかりと光りました。
 公園のむこうの道を、せーらー服のおねいさんたちが、きゃぴきゃぴと歩いていきます。
 そのまんなかでひときわきゃぴきゃぴと笑っているのは、あの、あこがれの、きゅーしょく係のおねいさんではありませんか。
 いいもん、めっけ!
 たかちゃんはとととととと駆け出しました。
 おねいさんの後ろ姿を射程に入れつつ、すべり台やじゃんぐるじむやぶらんこの間をちょこまかとぬって、いきおいをつけたまんま、公園の柵もとびこえ――――無理ですね。
 げし。
「あう」
 柵に足を取られて、まえのめりに宙を舞います。
「あうあう」
 このままでは、がんめんから、じめんをちょくげきしてしまう――とつぜんのきょーふになかば失神しつつ、たかちゃんのお手々が、無意識に支えをもとめて宙を掻きます。
 わしっ!
「ぎええええええ!!」
 この世ならぬ咆吼が、青梅の夕空にひびきわたりました。
 そう、いきなしはいごから花の乙女のおしりをわしづかまれてしまった、おねいさんのお声です。
「くぬヤロぉ山田ぁ!!」
 鬼のような形相で振り返ったおねいさんの頭上には、明らかに、次のような精神的選択肢が浮かんでおります。

   (1)蹴り殺す
   (2)殴り殺す
   (3)シメ殺す

 ――まあ、その山田君がどーいった男子生徒なのかは定かではありませんが、一般に中学一年生といえば、半分大人の女子とまるっきりガキの男子が多く混在する学年ですので、そーした精神的ギャップによる発作的殺意なども、ときに生じてしまうのですね。
 しかし、おねいさんが鬼のように振り返った視線の先には、だあれもおりません。
「…………?」
 まわりのお仲間が、落ち着け落ち着けと言うようにおねいさんの肩を叩きながら、下のほうを指差しております。
「ねえねえ、なにこれ」
 おねいさんが眉をひそめて自分のおしりを見下ろしますと、あめりかんちぇりー色のちっこいこすぷれ物件が、わしづかんだおしりにみれんを残すように指を蠢かせつつ、ずるずると地べたにへばっていきます。
「……きゅう」




     【そのに】 わしづかみの、めばえ



 はーい、ちかごろまたいちおくさんぜんまんへ近づいていきそうなけはいのうかがえる、でもやっぱしめさきのぜーたくしか頭にないのでさいしゅーてきにはめつぼうへのみちをだらだらとしかしちゃくじつにたどってゆくであろういちおくにせんまんの良い子のみなさん、こんにちはー。
 さて本日は、陽光のぷーるさいどから、またしんきくせー教室に戻ってしまったことでもありますし、よいこの皆さんがこれからの長い人生を歩んでゆかれる上で、とーってもためになる、まじめなお話をいたしましょう。
 本日のテーマ、それは――『人食い土人に食べられない方法』です。
 ちなみに今回『土人』にピーがカブらないのは、けしてせんせいやお話作りのひとが、いっぱんじょうしきをついにかなぐりすてて居直った、そんなのではございませんよ、ねんのため。単に『土人』という単語が、元来純粋に『その土地の人』を表すだけの言葉である、そんな事実を知ったからですね。これは詭弁でもなんでもなく、現にほんの半世紀前の雑誌で、せんせいのふるさとに住んでいるひとびとが、『長万部の土人』と記されているのを発見しました。もちろんせんせいのおじーちゃんやおばーちゃんは、半裸の狩猟採集民族でも、首狩り族でもなんでもありません。まあ、軽い『田舎者』程度のニュアンスでしょうか。もっともこのペースで世間の近視眼化が進み『ド目ぴー』まで至ってしまうと、「まあ、軽い『田ピー者』程度のニュアンスでしょうか」といった音声加工が必要になるかもしれませんが。

 あだしごとはさておき、本題に移りましょうね。

 ――『人食い土人に食べられない方法』。
 ひとくいどじんにたべられないためには、おおきくわけて、よっつの方法があります。
 ひとつめは、「食べられる前に食べてしまう」という、きわめて単純な方法です。いっけんもっとも合理的に見えるのか、精神年齢14歳以下のよいこなどが発作的にとりがちな方法ですが、端からみるとあまりにも白痴的で嘲笑にすら値しないので、これを『ムシケラの共食い』とも呼びます。
 ふたつめは、「すぐに食べてしまうより、まだとっといたほうが、なんかよさげ」と思わせる、そんな方法です。『懐柔法』とでも名付けましょうか。
 そしてみっつめは、「こいつを食べようとすると、おいしさを凌ぐほどなんかひでー目に合いそう」と思わせる――『恫喝法』とも言えますね。
 さらによっつめ、「なんだかよくわからないが、とにかくこいつだけは食ってはいけない」と、深層心理レベルまで刷り込む――これは最も難しい方法ですが、それだけ威力があり、狡猾に駆使すれば半永久的に効果を維持します。これを、『宗教的洗脳法』と呼びましょう。

 それでは次に、これらよっつの方法を、実例に沿ってご説明――どなたですか、そこで早くも居眠りを始めていらっしゃる、夜ごとのホームレス狩りや掲示板アラシですさみきったお目々のよいこの方は。なになに? 日本には人食い人種なんていねーから、んな話聞いてもしょーがねえ?
 うふ、うふふ、うふふふふふふ。
 せんせいの教育にかける崇高なまでの情熱を、あまくみてはいけませんよ。
 はい、それでは廊下で待機していた人食い土人の皆様方、おもいっきし元気に乱入して、そこの無頼きどりのうんこ野郎を取り囲み、槍の穂先でなんかいろいろアレして下さいね。あ、まだしんぞーをつきつらぬいてはいけませんよ。はい、つんつんつん、と。
 さてそのように、己の生命が、実際に風前の灯となった時、あなたはどんな方法で、その窮地から逃れますか?
 ほうほう、この期に及んで、まだそんななんの知性も伴わないドロリ目と銃刀法にも触れないような姑息なナイフで、無駄な威嚇に走りますか。のどかな南の島の土人さんたちも、ちょっと殺気立ってしまったようですよ。
 はいそれでは、ほかのよいこのみなさん、これから盛大な血液と体液が教室中に飛び散りますので、これこのように、傘や雨合羽を――
 ぶしゅうううううう。
 …………遅かったようですね。
 ばり、ばりばり。
 ぼきぼきぼきぼき。
 むしゃ、むしゃ、むしゃ。
 ……はい、これこのように、せんせいのはなしをよく聞いていなかったがため、ひとりのよいこがあっというまに、土人さんたちの貴重な動物性蛋白源と化してしまいました。このよいこは、もっとも頭の悪い方法である『ムシケラの共食い』路線、そっちに走ろうとしてしまったわけですね。むなしく床に転がった、こんなに濁ったふたつの眼球でも、事前に土人さんたちの気配を充分窺ってさえいれば、現段階で殺意というほどの敵愾心はない、そう察知できたはずです。
 たとえ人食い土人さんとはいえ、そこはそれ西洋文化流入以前の汚れなき精神風土のもとに育っておりますから、文明人と違って、『我欲のために他人を殺す』『なんかムカつくからシメる』といった概念は、皆無に等しい方々です。単に『人を食ってはいけない』という後得的禁忌を持たないだけで、死んでしまった人はきちんとおいしくいただきますが、その肉を食うために人を殺す例は、ほとんどありません。他部族との闘争すら多く代表戦で済ませてしまうほど合理的な彼らですから、部族内での殺人行為の理由も、ほとんど「精神的に傷つけられたから」なのです。そしてその場合、殺した側は罪になりません。シマツしたソレを、みんなといっしょに食べさせてもらえます。他人の心を平気で傷つけるような奴は殺されて当然、そんな合理的社会なのですね。その意味では、いわゆる文明国家――際限のない我欲や思い上がりを民主主義とやらでせっせこせっせこ糊塗しつつ、千年一日のごとく『ムシケラの共食い』を続ける文明社会のほうが、不合理のカタマリと言えるでしょう。
 しかしまあ、わたくしもみなさんも、悲しいかなそんな不合理のカタマリの中を泳いで行かねばならない、いわゆる文明人です。たまたま人食い土人さんしか住んでいない南海の孤島に漂着してしまっても、やはり文明人として、きっちり生を全うしなければいけません。
 それでは、こんかいお呼びしたゲストの方々も満腹されたようですので、引き続きご協力を仰ぎつつ、そのほかの路線について、ご説明して行きましょうね。

 ふたつめの『懐柔法』――これは、手持ちの文明的アイテムがあれば、どなたにでも手軽に行える方法です。昔からエンターティメント系の南海冒険物でおなじみの、飴玉、煙草、ビー玉等光り物、アルコール飲料、小型ラジオ、そんな物品を小出しに与えて行けば、土人さんたちはなんの敵意も表しませんし、むしろ歓待してくれます。
 前回南海の孤島に漂着したせんせい夫婦も、当然この方法で土人さんたちに対処しようと思いつつ、ヨットのセールを操っていたのですが――残念ながら、それはかないませんでした。なんとなれば、ああ、その孤島は、かの死の海と恐れられるコンパス島近海に位置しており、ウルトラQ出身の大ダコ怪獣スダール、そのイトコだかハトコだかが、にょろにょろと巣くっていたのです。
 豪華ヨットはたちまちのうちに大洋の藻屑と消え、悲運な若夫婦はスダールのイトコだかハトコだかの触手に巻きつかれ、それでもお互いの握り合った手だけは絶対に離しません。それはあくまで愛のなせる技であって、夫の生命保険の受け取り人がまだ義母になっていることなどは些末事ですし、また新妻のア●ルをまだ許してもらっていない夫の肉欲的未練などもなんら無関係ですので、もーきれいさっぱり想像しないでくださいね。
 そうして命からがら大蛸の触手を逃れ、絶海の孤島の浜辺に泳ぎ着いた時、悲劇の若夫婦は、もはや着の身着のままのありさまでした。
 さてそれでは、すべての文明的アイテムを失ってしまったわたくしたちが、どうやって『懐柔法』を駆使したのか――。
 はい、よいこのみなさんのために、ここでその実技を再現いたしましょう。
 はいはい、満腹すると怠惰に寝ころんでばかりの善良な土人のみなさん、こちらにお集まりになって下さいね。あらあら、そんなよいこのホネなどしゃぶらなくても、あとでおいしいものをおなかいっぱい、お礼に奢ってさしあげますからね。いえいえ、そこでぐったりと机につっぷしているよいこは、さきほど皆さんのお食事風景を見ているうちに、ちょっとグアイを悪くしてしまっただけです。まだしかばねにはなっておりませんので、囓ってはいけません。いけません。そんなナマのお子さんよりも、松屋のぶためしの大盛りのほうが、ずうっと美味しいのですよ。
 はい、それではよいこのみなさん、よっくと、ごらんになってくださいね。
 たとえ身ひとつの非力な若妻に、ずらりと並んだ土人さんが槍を持って迫って来ても、けしてあわててはいけません。これこのように、にっこしと微笑みながら、ブラウスのボタンを――ちょん、ちょん、ちょん。これこのように、上から二.三個、これ見よがしに、かつ思わせぶりに外してみせて――
 ちら、ちらちら。
 ちら?
 うっふん。
 ――ほれこのとーり! すべての土人さんたちのお目々は、「すぐに食べてしまうより、まだとっといたほうが、なんかよさげかもしんない」と、もう激しく語っているではありませんか!
 ……ただし、男のよいこの方の場合、ちらちらさせる部分のモンダイで、相手方の趣味によっては問答無用で撲殺されたり、必要以上に愛されてホられたり、なんかいろいろ悲惨な展開となりかねませんので、次の『恫喝法』を採用したほうが、懸命かもしれません。

 では、みっつめの『恫喝法』――この方法は、同じ言語圏の人食い土人の方がお相手ならば、最初の『ムシケラの共食い』同様、あんがいバカでもチョンでも可能です。
 たとえばそこのよいこのかた――そうそう、頭髪と脳味噌がいっしょに縮れてしまったようなパンチパーマのあなた。あなたのばあいですと、「オイコラにーちゃんちょっと顔貸せやぁ」「おんどりゃワシを誰だと思って物ゆーとるねん」「コンクリ履かして南港に沈めたろかぁ」「ウチの若いのが挨拶に行くゆうとるでぇ」といった恥知らずな胴間声を人前で発するほど知性を放棄できれば、さほど難しくありません。
 そして、そこのあなた――そちらでなんか賞味期限を三年過ぎた海苔のようにしけっていらっしゃる、ひとりぼっちのよいこの方。あなたのように陰に籠もるタイプのよいこの場合でも、けしてあきらめてはいけません。そのキショク悪い資質を、むしろぽじてぃぶに活用すればいいのです。「食べるのちょっと待ってくださいね。今、電波様の指令を受信しているので」「あなたの肩ごしにこちらを覗いている、その腐敗した女の人はお知り合いですか?」「私を食べようとしているのは、実はあなた本人の意思ではない。ガダルカナルで餓死したご親戚の因縁霊が憑依しているのです」、そーいった陰性の恫喝を行っても、言霊さえしっかり伴っていれば、不思議なほど効果があります。またお相手が人食い土人さんではなく、もっと頭の悪いイジメ同級生や腐った教師やアブラぎった上司など場合、直接の恫喝は逆ギレを誘発する恐れがありますので、『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い』、『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』などとびっしり書き込んだノートをさりげなく廊下に落としておく、そんな手段も考えられますね。この場合、けしてノートにお名前や指紋を残しておいてはいけませんが、といって所有者がまったく不明だと恫喝になりませんので、いかにもあなたの使いそうな、陰気でこんじょー悪げなデザインのノートを使用するのが肝要です。
 しかし、相手が異なる言語圏の人食い土人さんだった場合、ちょいと厄介です。とうぜん言葉や文字による恫喝は通用しません。その場合は、『クロスオーバー恫喝』――前段階の『懐柔法』や、もう一段階高度な『宗教的洗脳法』の要素も若干取り入れた恫喝が、必要になります。

 たとえば南海の孤島に漂着した悲劇の若夫婦の場合、賢い新妻は『懐柔法』によって見事発展的融和を果たしたわけですが、新夫のほうは残念ながら、土人さんたちにとってなんの存在意義もありません。意思の疎通が不可能なだけでなく、過酷な自然環境に生きる部族にとっては、ぶよんとしてしまりのないなまっちろい非力な男など、そもそも男の資格がないわけです。まあ文明国家のように民主的にこそこそイジメたり、居直って快楽殺人の餌食にしたりはしませんが、「こいつはエサ抜きで、早めに食肉化してもらったほうがいいよなあ」、そんな視線が見え見えです。
 しかし、さすがにわたくしの選んだとんでもねーセレブ夫のこと、そんな屈辱的待遇に甘えるようなタマではございません。たとえ一族以外のすべての人間が飢えに苦しもうと、身内だけは美味飽食にふけり丸々と肥え太っていなければならない、そんな北の首領様に匹敵する信念をお持ちのお方です。妻のちらちらを餌に、土人さんから槍を借り受け、大ダコ怪獣の潜む岩場に身を躍らせます。そう、自分たちだけぜーたくできる社会を築くためなら、他人の命のみならず自分の命さえ惜しくない、そんな偉大な革命精神の♪ぴー♪なのです。
 迫りくる大ダコの触手!
 巨大な吸盤に吸い付かれたぶよんとしてしまりのない肌は、たちまちのうちに内出血で紫色に腫れ上がり、やがて海水を血に染めます。それでも♪ぴー♪のこと、骨のへし折れそうな触手攻撃に、自爆テロもかくやと思われる無謀さで槍を振りかざします。そう、チョンガー時代は全世界のシリコンドールや等身大フィギュアをあますところなく収集し、日夜アニキャラ着せ替えに没頭していたようなお方のこと、その粘着性気質においては、大ダコの粘っこさなど敵ではありません。ブッシュ大統領やウサーマ・ビン=ムハンマド・ビン=アワド・ビン=ラーディンにも匹敵するどーしよーもない粘着性気質の持ち主なのです。ちなみにビン=ラーディン師はどーやらバニラ某と同い年らしいとのこと、いったいいつになったらかわゆいたかちゃんたちのおはなしの続きが打てるのだろうと己のキータッチのゆくえに疑問を抱きつつ、それでもだらだらとマクラを打たずにおれない粘着性気質のさくしゃもまた、ありもしねー正義やいもしねー神様のために日々共食いを煽る♪ぴー♪たちと、同程度の♪ぴー♪なのかもしれません。
 ゴジラ対エビラのごとき壮絶な南海の大決闘、無慮数十分――。
 やがて浜辺に生還した夫が誇らかに振りかざしたぶよんとしてしまりのない腕の先には、しっかりと防水仕様のライフル・ケースが輝いておりました。そう、海底のヨットの残骸から持ち出した、狩猟用ライフルです。
 ここまでご説明すれば、『クロスオーバー恫喝』のいみは、もうお解りですね。
 そう、そして天空に響き渡る一発の銃声、魔法のように落下する一羽の海鳥――こうした手法が、『恫喝法』をメインに『懐柔法』『宗教的洗脳法』の要素もある程度取りこんだ、『クロスオーバー恫喝法』です。

 さて、こうして南の島に仮の宿りを得た美しい若夫婦は、人食い土人さんたちに食べられることもなく、平和的にライフルでつっついて文明的にアゴでコキつかいながら、つかのまの平穏を満喫しておりました。
 しかし! いっけん平穏に見えた南海の生活にも、やがて新たな波乱の影が――いでででででで!!

「ど、どなたですか? いきなしはいごからせんせいのかみのけをわしづかむ、わるいよいこのひとは!」
「どんぱ」
「あ、あらまあ、いけませんたかちゃん。あなたはあくまでおはなしのなかのよいこであって、なんぼ出番待ちが退屈だといっても、こっちの教室にまぎれこんではいけません」
「めた」
「そんな一年半も昔の古ネタを持ち出しても、もう読者様はどなたも覚えていらっしゃいませんよ」
「ぶー」
「しかしまー、どっからまぎれこんできたものやら」
「そこんとこ」
「は?」
「つくえのした」
「うっす」
「ひええええ、くにこちゃんまで。いけませんいけません。せんせいのおまたのあいだから、そのように顔をだしてはいけません!」
「いやあ、たいくつなんで、またおとしあなほってたら、ここにでてしまったのだ」
「と、ゆーことは、もしかして――――はい、ゆうこちゃん、あわててあたまをひっこめても、くるくるまきげがまるみえですよ」
「……ぽ」

 はい、こーなった以上、人食い土人に食べられない方法のよんばんめ、もっとも高度な『宗教的洗脳法』は、次回へのひっぱりにするしかございませんねえ。
 それではみなさまお待ちかね、よいこのお話ルーム『たかちゃんのわしづかみ』――土人さんたちの素朴な笑顔に見守られつつ、みたびなしくずしに、つづきのはじまりでーす。

「どじんさん? どんぱぱぱー!」
「DONPAPA? MUNBERAMUNBE! DONPAPAPAHAA!!」
「おう、つーじた」
「……はよ、あっちもどれって」
「こくこく」

     ★          ★

 そーしておねいさんのおしりをわしづかみながらも、「きゅう」とへばってしまったたかちゃんでしたが、それはあくまでがんめんからじめんをちょくげきする恐怖による仮死状態、小動物に例えればいわゆる狸寝入り状態ですので、
「おーい」
「ぺしぺし」
「眠ると死ぬぞー」
「……きゅう」
「生きてる生きてる」
 きゅーしょくのおねいさんのほかにも、四人ばかりのおねいさんたちがいっしょになって、公園のベンチにかつぎこみます。みなさん真新しい竹刀袋を肩にしているのを見ると、剣道部の新入生なかまでしょうか。
「なんやかわいーやん、これ。パワパフっつーより、ぺこちゃん?」
「ほっぺつんつん、なんちゃって」
「……むにゅ」
「きゃー、これ、ほしい」
「ハンカチお水で濡らしてこようか?」
 あやしげな上方訛りのふっくらおねいさん、凸凹コンビっぽいふたりぐみ、おとなしそうな眼鏡のほっそりおねいさん――新顔さんたちのきゃぴきゃぴ具合は様々ですが、どうやらみなさん、気のいい花の乙女さんたちみたいです。
「うーんと、この子はねえ、お水よか――」
 もときゅーしょくのおねいさんは、たかちゃんとはながいおつきあいなので、その蘇生によさげな対処もわかります。きょろきょろと、公園の外の鄙びた商店街を見渡して、
「あ。あれが効きそう」
「あれって、あすこの、ソフトクリーム?」
「うん。ほんとは不二家の苺ミルフィーユの匂いかがせると、一発で起きるはずなんだけど、それがなきゃ、バニラ関係」
「よー知っとるねえ。さすがは血を分けたお母はん」
「えっ、いつ産んだ、トシコ」
「産んでないよう」
 もときゅーしょくのおねいさんのお名前は、トシコさんだったのですね。
「でも、まだおかんのおいどに戻りたがっとるで。ほらほら。ちんまいお手々でぷるぷると、おいどをもとめて」
「ミハル、あんたすぐそーゆーこと言うからキライ」
「セクハラおやぢかあんたは」
「西へ帰れ」
「そりゃイジメやど」
「箱根の東に阪神ファン住まわす土地はない」
「わはははは。それではボクがおいしいソフトを買ってきてあげようねお嬢さん。――逃がさんとけよ?」
 ミハルさんとゆーおねいさんは、どうやら吉本系のボケ型みたいです。
 そんなふうにして、おねいさんたちがよってたかってきゃぴきゃぴお世話してあげますと、たかちゃんはトシコさんの腕の中で、ぶじにいきをふきかえしました。
「……どぱよー」
 お目々をぽしょぽしょしながら、とりあえず、ごあいさつします。
「はい、どぱよーさん」
 やさしく返すトシコさんに、ミハルさんがおたずねします。
「そりゃ何語や」
「どどんぱ語」
「なんやそりゃ」
「なんだかよくわかんないんだけどね、起きたときは、どぱよーなの」
「どぱよー……おはよー、どぱよー……簡単そうやん」
 ミハルさんは、気付け薬に与えたソフトクリームをありがたくいただいているたかちゃんに、
「なあなあ、お昼だったら、どんぴぴぱ?」
 たかちゃんはふるふるとかぶりをふります。
「どんぱぱぱ」
「夜は?」
「どんぱんぱ」
 つまり、『ど』『ん』『ぱ』のみの配列ですべてを表現するとゆー、きわめて難解かつ剽軽《ひょーきん》な言語のようです。
 これはいじりがいのある幼児――ほかのおねいさんたちも、たちまちのうちにたかちゃんの天然攻撃に屈し、さらにきゃぴきゃぴとちょっかいを出します。
「えーと、そのソフトは、トシコお母はんではなく、ワイ――美晴おねーさんが、さしあげました」
 あるいみ、りっぱにかばうまさんの代わりを確保できたわけですね。
「ありがとー」
 ぺろぺろ。
「おう、トシコ母はん、ようシツケとるねえ」
「産んでないってば。前の小学校の子だよう」
 こくこく。
「きゅーしょくのおねーさん」
 ぺろぺろ。
 凸凹コンビのおねいさんたちは、同じ小学校出身だったらしく、なにか思い出したようにうなずき合っております。
「そうか、たかちゃんだあ。一年四組名物の」
 ふるふる。
「にねんよんくみ、かたぎりたかこ」
 ぺろぺろ。
「きゃはははは。ほんとにペコちゃんほっぺたなんだねえ」
「ぶー。ぺこちゃん、ちがう。はいぱーぶろっさむ」
「きゃはははは。ふくれたふくれた」
 トシコおねいさんも、久々にたかちゃんのほっぺたふくらましを目にして、懐かしげにほほえみます。
「……たかちゃん、元気にしてた?」
 なでなで。
「あーい」
 たかちゃんも、あこがれのおとなのおんなたちにおもちゃにされる微妙な悦楽を、ひさびさに満喫しております。
 コーンのしっぽまでしゃりしゃりとおいしくいただいたのち、
「ごちそーさまーでございました」
 おとなのおんなモードで、しっかり『お手々の皺と皺を合わせて、しあわせ、なーむー』します。
「きゃはははははは」
「お母はんも、しっかりしとるからねえ」
「産んでないってば」
「でもほら、まだ、下《しも》半身にしゅーちゃくしとるやん」
「うん?」
 ミハルさんの指摘に、トシコさんがみおろしますと、たしかにたかちゃんの視線は、トシコさんのおしり近辺に向けられているようです。
「……どしたの?」
 たかちゃんはにっこし笑って、
「あったかい」
 なんだかお手々をわきわきさせながら、感触の余韻にひたっているようです。
「やわらかい」
 ふんふんと、お腰のあたりになついたりもします。
「いい、おしり」
 さきほどの精神的ショックで、なにかアブナイ方向に目覚めてしまったのでしょうか。
 トシコさんは、こんわくします。
 ミハルさんも目を丸くして、
「げ、マジ、ペコちゃんもセクハラおやぢ?」
 ほかのおねいさんたちもきょとんとしておりますと、
「なんか、わかる……かな」
 眼鏡のおねいさんが、ぽつりとつぶやきました。 
 今までほとんどお口を開かず、ただ笑っているだけだった、おとなしそうなおねいさんです。
 たかちゃんのおつむをぽんぽんしながら、怪訝そうなお仲間に、
「この子、五月病かも」
 ほかのおねいさんたちは、くびをひねります。
 たかちゃんも、いっしょになって、くびをひねります。
 ごがつびょー。なんだかてれびのうんちくばんぐみで、そんな病気のおはなしを、きいたおぼえがあります。このところじぶんでもかんじていた、せーしんてきなふあんてい感は、なにかのおびょーきだったのでしょうか。だったらたいへんです。ママやせんせいに知られたら、びょーいんに拉致され、ちゅーしゃされてしまいます。
「……ちゅーしゃ、やだ」
 おねいさんは、眼鏡の奥の細っこいお目々をもっと細っこくして、
「あはは、ごめんごめん。だいじょぶよ」
 こんどは、やさしくなでなでしてくれます。
「でもこの子、もう一年生じゃないよ。あれって、新入生とか新入社員の人とかの病気でしょ。なるんだったら、あたしたち、みたいな」
 そうトシコおねいさんがおたずねしますと、
「うん、だから、ちょっと違うかもしれないけど――小学校と中学校って、なんか、入る時の気合いが違うじゃない。あたしなんか気が小さいから、今年はもう、ついこないだまで、びくびくびくびくしてた。中学入ってきちんとやってけるかとか、インキくさいからイジメられないか、とか」
「へー」
 ミハルさんは不思議そうです。
「ちーちゃん、んな子に見えんけどなあ。どっちかっつーと、試験前にはよろしくおねげーしますだお代官様あ、って感じ?」
 トシコさんもほかのお仲間も、こくこくとうなずいております。
「まあそっちも、がんばるけどね。――で、とりあえずそれはこっちにおいといて、ほら、みんな、覚えてない? 小学校で、二年生になった時」
「ワイは過去にこだわらん女やねん」
 ミハルさんは、反射的にボケます。
 ほかのふたりは、すかさずツッコみます。
「一歩歩くともう忘れる」
「そーゆーの、鳥頭、ってゆーんだよ」
 ミハルさんは、きっちりボケを重ねます。
「おう、カシワで上等や。鍋にしたらうまい」
 ついつい漫才――もといトリオ芸に流れそうになる他の三人を、トシコさんが、ちょとまて、と制します。
「あたしも、よく覚えてないんだけど」
 眼鏡のおねいさんは、ちょっと考えこんで、
「うーん、あたしだけかなあ。今年はともかく、昔、小学校に入った時は、もうホントぴかぴかの一年生って感じで、すっごく張り切ってたのね。まだイキオイもあったから、一年間ずうっと、一生懸命ぴかぴかしてたし」
「ふんふん」
「でもね、そうして二年生になったら、なんか、急に、気が抜けちゃったのね。なんだかほら、まわりの空気が、みーんな新しい一年生のほうに行っちゃって、あんまりかまわれなくなったみたいで、いっくらぴかぴかしてても、おーいこっちも見てくれよう、みたいな」
 凸型おねいさんが、なーる、とうなずきます。
「なるほど、あれだね。いやいや、あたしゃいっつもずるずるなんとなく上がってるけど、ガッコじゃなくて、もっと昔。弟。弟ができたとき、そんな感じだった」
 ちーちゃんさんも、うれしそうにうなずきます。
「そうそう、たぶんそんな感じ。なんか寂しいの。でね、家に帰ると、赤ん坊みたいにお母さんにべたべたさわりまくってね、あんた二年生じゃなくって幼稚園にもどったの、なんて、お母さんに笑われたりして」
「うん、わかるわかる。あたしも弟かまってるママのおしりに、ほっぺたすりすりして、あんたじゃまよ、ぼん、なんてね」
 たかちゃん本人は、そんな会話を聞いていても、なんだかよくわかりません。とりあえずあっちこっちのおねいさんをきょろきょろしながら、お手々をわきわきし続けております。
「――おお、なんかこれ、まんまやん」
 たかちゃんのわきわきに、おねいさんたちの視線が注がれます。
「と、ゆーわけで、トシコお母はん」
 ミハルさんが、なんだかわるだくみを思いついた時のくにこちゃんのように、にまあ、とじゃあくなほほえみをうかべます。
「愛に飢えてるペコちゃんに、思う存分、おサワリさしてあげなはれ」
「えー?」
「ペコちゃん、ちがうよ。たかちゃん」
「はいはい。たかちゃん、さあ行け!」
 まあ、さすがのたかちゃんも、ミハルさんにさあ行けと言われてトシコさんにはーいと行くほど、むせっそーなお子さんではありません。こいずみさんのイラク派兵とはちがいます。お手々わきわきは、あくまで無意識の願望の発露であって、いちおうトシコさんご本人にも、お目々でおうかがいをたてます。
「…………」
 たかちゃんの、あくまでいってんのくもりもないわくわく視線こうげきに、
「…………」
 トシコさんの母性本能は、ついに羞恥心をしのぎます。
 おずおずとたかちゃんにおしりをむけ、
「……はい」
 わしっ。
 おねいさんたちが固唾を飲んで見守る中、たかちゃんは目を閉じて、お手々をむにゅむにゅしながら、
「じーん」
 感極まって、うなだれております。
 さすがにトシコさんはまっかっかになって、
「えーと……そろそろ……」
 没我状態のたかちゃんの代わりに、ミハルさんがお答えします。
「えーやん、へるもんやなし」
 ますます、くにこちゃんに似ておりますね。
「どないや、たかちゃん、グアイは?」
「……すっごく、いー」
 たしかにトシコさんのおしりは、今どきの娘さんとしては稀に見る堅実な精神とは別状、戦後二世代に渡る欧米型食生活が実を結び、ひとむかし前の中学一年生などとはモノの違う、年齢詐称風俗営業可能なほどの発育をとげております。
「なんや、くやしいなあ」
 ミハルさんが、ちょっとお顔をしかめます。
「たかちゃんや、こっちもためしてみいひん?」
 くいくい。
 ミハルさんも、おのれの上方性人格には人知れずちょっぴり複雑な自省があったりするのかもしれませんが、ひっぷらいんに関しては、あくまでおんなとしての自負を抱いているようです。
 たかちゃんはシヤワセのれんぞくにどきどきしながら、ミハルさんのおしり――トシコさんよりちょっとウエストごと太めなぶん、なお豊饒なそのおしりを――わしっ。
「……どないや」
「じーん」
「……ぷるぷるしてるよ、この子」
「ふっふっふ、勝ったぜ、東京のおじゃうさん」
 トシコさんのこころに、むらむらとしっとの炎が燃え上がります。上方にもミハルさんのおしりにも恨みはありませんが、もともとたかちゃんは、トシコさんを慕ってわしづかんできたお子様ですものね。
「……たーかちゃん、おいでー」
 清楚な制服の胸の奥に隠された、噂のFカップチャイドルもかくやと思われるふくらみを誇示するように、たかちゃんの気を惹きます。
 うりうり。
 たかちゃんは、ふらふらとお手々を移ろわせます。
 わしっ。
「……いい、ちち」
 トシコさんは、よゆーでミハルさんを見返します。ふっふっふ。
 ミハルさんは、がっくしと肩を落とします。
「あかん、ちちでは、トシコに負ける」
「なんのなんの」
 凸型おねいさんが、果敢に参戦します。
「上には上があるのだよ」
 いつしか公園のベンチ近辺は、たかちゃんを徳川将軍と仮想した、大奥のおんなたちのあいとにくしみのるつぼと化します。まあ、きほんてきに剣道部に入ってしまうようなおねいさんたちばかりですから、『大奥』というよりは、『新喜劇・女巌流島 〜きゃぴきゃぴ編〜』〈特別ゲスト かしまし娘・海原千里万里・その他爆笑オールスター総出演!〉、そんなあんばいでしょうか。公園の爺婆やお母さん方も、そんなほほえましい一群を、ほのぼのと笑いながら瞥見しております。ただし道行く男子中学生の群れなどは、ああ、オイラたちもちっこいガキに戻れればあんなこともそんなことも合法的に許されるんだよなあ、と、やくたいもない幼時回帰願望に浸りつつ、虚しく垂涎しているようです。
 そしてたかちゃんは、おねいさんたちのやーらかいあったかいぬくもりを、ここをせんどとわしづかみまくりつつ、ああ、己の喜びが他者の喜びとダイレクトに重なるとゆー状況はすでに涅槃なのではないか、などと思っているはずはありませんが、とにかくとってもシヤワセです。
 ――わーい。みんな、よろこんでる、よろこんでる。

     ★          ★

 さて、ひとしきりおねいさんたちにもてあそばれあるいはもてあそんだのち、
「このまんま別れてしまうのはあまりにもったいない」
 というおねいさんたちの総意によって、たかちゃんはよってたかって――もとい、よられたかられつつ、おうちまで送られて行きます。
「いやー、こん子はなんや、テクニシャンやねえ」
「だからそーゆー言い方やめなってば」
「でもさあ、なんつーか、わきわきに、えーと、『愛』があるって感じ」
「うんうん、それ、言えてる」
「赤んぼとも、ちょっとちがうよね。全然うざったくないし」
「なんや、ごっつー、ナゴむんよ」
 既得権でたかちゃんとお手々をつないでいるトシコさんは、そんなお仲間の会話に、重々うなずけるものがあります。思えば小学校生活最後の一年、たかちゃんとなんかいろいろやってる間には、まあなんだかよくわからないとんでもねーことも多々あったわけですが、不思議にいちども、『違和感』を感じたことがありません。
 たとえば現在も、たかちゃんは時々自分を見上げて「えへへへへー」などと笑顔を浮かべつつ、ふと気づくといつのまにか手を離れて、道端の蟻の行列について行っていたりします。蟻さんの後を追いかけて、そのまんま蟻の穴に入って行こうとしたりもします。普通のお子さんなら、蟻の穴に潜り込むのは、サイズの関係で、どーしても不可能です。しかしどうもたかちゃんといっしょだと、たかちゃんのみならず、いっしょにいる自分まで『大きい人間のままで』『蟻の世界に潜り込んでも』ぜんぜんおかしくない、そんな不思議な感覚があります。
 自分もたかちゃんと同じクラスのくにこちゃんやゆうこちゃんだったら、幼児の感性として普通なのかもしれませんが、トシコさんはもう十三歳、今どきの女子中学生として立派な第二次性徴を迎えておりますし、初々しい思春期の感性なりに、現実の醜さや理不尽さにもある程度妥協を重ねながら、なんとか女子中学生をこなしているのが現状です。夢想としてのメルヘンに、あくまでメルヘンとして浸ることはできるが、もう鵜呑みにはできない――そんなお年頃なのです。
 でもたかちゃんといっしょにいると、何が現実で何が夢なのか、そんな境界が、実はもともとこの世にありはしないのではないか、そんな気がします。愛とか憎しみとか、そんな境界も実はもともとこの世にはないもので、『在るべきもの』と『在るべきでないもの』の差異もなく、ただ無数の『在る』と『在る』が、無限に拮抗しながらその無限の果ての『融和』を目指してくるくると流れており、自分もまたただその流れに流されながら、『融和』を模索するだけでちっとも理想になど近づけず、いつも思い悩みながら流れあぐねるばっかりで、それでもたかちゃんといっしょに手をつないだりわしづかみあったりしていると、『いっしょに、いようね』、そんな温もりが、ただそれだけで果てしなき流れの果てに向かって自分を流してくれている――もちろんトシコさん自身がそうした思考をしっかりと頭の中で紡いでいるわけではないのですが、ニュアンスとしてそんな感じなものですから、トシコさんは思います。――ああもう、なにがなんだかわかんない。でも、ま、いーか。
 ついつい物思いにふけっていたトシコさんの腕を、
「ねえねえ、トシコ」
 お胸自慢の凸型おねいさんが引っぱります。
「あの子、今、あすこでカラスとジャンケンしてなかった?」
 マジに己の目を疑っているお顔です。
 その指差す方をトシコさんも窺いますと、いつのまにかまた手を離れたたかちゃんが、道端のごみ収集スペースで、どこかの馬鹿が違う日に放置した生ゴミ袋を漁るカラスと、なにやら睨み合っております。
「わはははは、リカが狂った」
 ミハルさんが、笑いながら口をはさみます。
 お胸自慢のリカさんは、とっても悩ましげに、
「……うーん、そーだよねー。でもね、ホント、そう見えたんだよ。あの子がカラスをわしづかもうとしてね、カラスがいやがってよけてね、そんであの子がジャンケン構えて、そしたらカラスもジャンケン構えて、いーちにーのさんっ。……で、あの子がグーで、カラスもグーで、おあいこ」
「疲れてんねん。あんた毎日朝練なんて出とるから。てきとーサボればいーやん」
「……そーする」
 それで決着したようなので、あえて余分なコメントは避ける、かしこいトシコおねいさんでした。

     ★          ★

「へえ、なかなかいー家に住んでんねえ」
 ミハルさんが感心したのも無理はなく、ようやく再建できたたかちゃんのおうちは、冬に崩壊してしまったおうちよりも、さらに立派なおうちです。いちばんはじめのおうちを下の中とすれば、まずまず中の上と言っていいでしょう。もちろん、いまだにおたくのケを残すパパの甲斐性ではなく、すばらしいママによるほけんのみずまし請求の賜物《たまもの》です。
「ほんじゃ、たかちゃん、またオサワリしてなー」
「あーい」
「だからアンタそーゆー言い方やめなってば」
「またね、たかちゃん」
「あい!」
「さよなら」
「どぱんぱ!」
「……わからん」
 最後まできゃぴきゃぴと別れを惜しんでおりますと、にこにこ手を振るたかちゃんの前に、ふと、ミハルさんがしゃがみこんで、
「むに〜」
 たかちゃんのほっぺを、わしづかみます。
「おお、のびるのびる」
「ひうううう。なにほふる」
「おかえしやん。ちちとしりの、おかえし」
 うーむ、たしかにあんだけわしづかんどいて、こんくらいのおかえしは、しかたないかもしんない――たかちゃんもなっとくし、おとなしくほっぺをひきのばされます。
「うひゃー、キショクいい。むにむに」
「うぃー」
 ほかのお仲間も、物欲しそうにしゃがみこみます。
「そんなにいい?」
「おう、オサワラレのひゃくまん倍キショクえーわ」
「どれどれ」
「むに〜」
 しまいにゃトシコさんまでいっしょになって、たかちゃんのほっぺのあまりのキショクよさに、夢中でひきのばしてしまいます。でもなぜか、眼鏡のおねいさんだけは、にこにこ見守るばかりです。
「あれ、ちーちゃんはいいのん?」
「あたし、オサワラレ、してないもん」
「そーだっけ?」
「だってほら、あたし、みんなと違って、ほら」
 なるほど、確かにちーちゃんおねいさんは、背丈の割には、お肉がとっても少ないタイプです。今どきの十三歳だと、たとえば凹型おねいさんのようにちっこいタイプでも、お胸やおしりにはそこそこおんなのけはいなどただよっているものですが、ちーちゃんさんは、どうやら昭和レトロたいぷの中一さんなのですね。
「たかちゃんも、つまんないよねー、こんな、おほねばっかしじゃ」
 ちーちゃんさんは、そう言いながらしゃがんで、たかちゃんのひっぱりぐせのついたほっぺを、うにうにと整えてくれます。その優しい笑顔がちょっぴり寂しげなのは、常々「女は顔やカラダじゃない」などと勉学・運動にツッパッている『いいんちょタイプ』のちーちゃんさんでも、やっぱり内心なんかいろいろ、アレなのかもしれません。
 しかしたかちゃんは、いま、すべてのおねいさんを、あますところなくわしづかみたいタイプのお子さんになっております。
 ととととととちーちゃんおねいさんのはいごにまわり、
「わしっ」
 おしり、わきわき走査。
「…………」
 とまどっているちーちゃんさんの代わりに、ミハルさんがおたずねします。
「……どないや?」
 たかちゃんは、陶然とお答えします。
「……さいこー」
「え?」
 ちーちゃんさん本人をふくめて、みんなで小首をかしげておりますと、
「むにっ」
 たかちゃん、続いて、おちち走査。
「もみもみもみ」
「……ないやろ?」
「ふるふる。――あかんぼ、よにんぶん、よやく」
 うっとりと、しかしおごそかにだんげんするたかちゃんに、
「……ほう」
 ミハルさんもマジ顔でつぶやきます。
 ちーちゃんさんが、なんかうれしそーなかなしそーな不思議なお顔になって、たかちゃんをかかえこみ、おもいっきしだきしめます。
「ぎ、ぎぶ、ぎぶ」
 窒息死の危機を感じて、たかちゃんがぎぶあっぷしますと、
「……おかえし」
 ちーちゃんさんは、たかちゃんのほっぺを、そっとひきのばします。
 こんどはぜんぜんいたくないので、ほっとしてみをまかせる、いえ、ほっぺをまかせるたかちゃんです。
「うぃ〜」

 ――なんだかよくわからないものの、とにかくよかったよかった、そうしみじみうなずきながら、ふたりをみまもるトシコさんやミハルさんや、とうとう今回いちぶお名前が出ませんでしたがセリフはどっかにあったし、そのうちきちんとお名前が出る予定なのでとくにもんだいはないと思われる、なかよしおねいさんたちでした。




                                   〈つづく〉



2007/01/20(Sat)02:01:37 公開 / バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
例によって、短編のはずだったのに、際限なく伸びて行きます。

ようやく、わしづかみも本格的に起動しました。
この物語がいったいどこへ向かっているのか……ううう、教えてくれい、たかちゃんやー。

何度も同じパートの修正すみません。総計5人のおねいさんたちのきゃぴきゃぴトーク、説明臭くなくすんなり流すのは、手に余る趣向でした。シナリオ形式だったら楽なんでしょうが……。

メイルマン様のおっしゃる『違和感』を、具体的言葉遣いへの違和感(これもオヤジなので自信はないのですが)ではなく、話題の流れを意識的にかき回した(そのほうが日常会話としてリアルかと思ってしまった)ためではないかと解釈し、流れを変えてみました。

なお、これ以降読んでいただける方(特にお若い女性の方、あるいは関西の方)には、具体的言葉遣いの違和感、ニュアンス不明のセリフ等があったら、ご指摘いただければ幸甚です。
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