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『果て無き空へのパルティーニ 【短編】』 作者:九邪 / リアル・現代 未分類
全角7850文字
容量15700 bytes
原稿用紙約26.65枚
「あぁ……、空飛びたいなあ…」
「頭、大丈夫か?」
 後ろから聞こえてきた声の方に春樹はそっと振り向く。そこにはクラスメートの友一が立っていた。
「授業始まるぞ? さっさと起きろ」
 友一が春樹に近寄りながら話しかける。
「ん、もうそんな時間か」
 春樹はゆっくりと起き上がった。
「今日って何日だっけ?」
「5月27日だな。大事な模試がある日だぞ」
 昼休みに屋上でゴロゴロするのは春樹の日課だ。たまに友達が来ることがあるが、ほとんどの場合一人でこのスペースを独占できる。それが春樹には嬉しかった。
「お前この場所が本当に好きだな。わざわざそんな物までここに持ち込んで」
 友一は春樹のそばにおいてある物を指差しながら言う。
「まあな」
 春樹はその友一が指差したものに手を伸ばす。60センチほどのきれいなケース。その中から出てきた物は茶色く光る美しいヴァイオリンだった。春樹は取り出したヴァイオリンを大事そうに抱える。
 その様子を見て友一は言う
「音大目指すんだっけ?」
 友一が春樹の隣にゆっくりと座り込んだ。
「分から……ない」
「普通はみんな目指すんだろ? 僕は別だけどさ」
 春樹たちの通っている学校は音楽で有名な学校で、それと同時に県内でも有数の進学校である。たいていは音楽をしに入学するのだがまれに友一のように進学だけを考えて入学するやつもいる。
 春樹はヴァイオリンを構えて、弾き始めた。
「……」
 風が音を奏でるならこんな感じなのかな、と友一は考えていた。友一は音楽には無頓着だが、春樹の奏でるヴァイオリンの音は気に入っていた。春樹の手は板を滑る水のようにヴァイオリンの指板上を動き、美しい旋律を奏でていく。友一はただそれに魅せられていた。
 しばらく春樹の演奏を聞いた後、友一はゴホンと咳払いをして言った。
「……春樹、すばらしい演奏の途中で悪いんだが、もうチャイムが鳴ってるぞ」
「え?」
 春樹はぴたりと演奏をやめた。演奏に集中していて気づかなかったが、確かに授業の始まりを告げるチャイムが鳴っていた。
 友一はいそいそと階段をおりていった。
「春樹、さっさと来いよ」
「はいよ」
 と返事はしたものの、春樹は気が乗らず、ゴロリとその場に寝転がった。
「いいさ、昨日も遅くまで練習してたんだ。この学校では音楽ができて何ぼなんだし」
 と自分に言い訳をして、春樹は眠りについた。





「寒……い…」
 肌を刺す寒さに気づき、春樹は勢いよく飛び起きた。あたりは暗く、日は沈み、つきがあたりを照らしていた。
「……寝過ごしたか……」
 春樹は深いため息をついて、立ち上がった。我ながら漫画みたいな展開だな、と苦笑しつつ腕をさする。制服一枚で耐えられる寒さじゃない。季節は夏に近い春だが、夜は冷え込むのは道理だ。春樹は隣に置いてあるヴァイオリンケースを手に持ち、屋上の出口へと向かった。
「出口まで閉められてないだろうな……」
 ドアノブに手を掛けゆっくりと回す。幸いドアノブは最後まで回り、ドアを大きな音とともに開いた。
 夜の学校は不気味だ。階段を下りてたどり着いた真っ暗な廊下は、まるで巨大な口のように春樹には見えた。奥までいけば戻って来られないかのような。
「……」
 このまま、一晩屋上で過ごすのはどうだろう、と春樹は考えていた。風邪を引くかもしれないがまあ、死にはしないだろう。もし、今、廊下を進めば得体の知れない何かによって殺されるかもしれない。それくらいなら風邪を引く方が……。そこまで考えてから自分の怖がりに春樹は笑った。そんなことがあるわけがない。春樹は歩み始めた。
 
 四階を下り、三階を下りたところで春樹は立ち止まった。何か音が聞こえた気がした。気のせいだろうと歩き始めるとやはり聞こえてくる。どうやら音楽室から聞こえてくるようだ。春樹の顔は一瞬にして青ざめ、走って逃げようとしたとき、あることに気がついた。
「あれ? でもこの音って……、ヴァイオリン?」
 死ぬほど怖かったが、その美しいヴァイオリンの音色に惹かれ、春樹は音楽室に向かった。
「誰だろうこれ。相当な腕だな。こんなやつうちの学校にいたかな?」
 音楽室に近づけば近づくほどその音色ははっきりと聞こえる。それと共に春樹の歩くスピードも早くなっていく。
 音楽室の前にたどり着き、春樹はそうっとドアを開けた。
「……!!」
 音楽室の中で窓から見える月をバックに一人の女がヴァイオリンを弾いていた。そのあまりの美しい演奏に春樹は震えた。まるで月と協演しているかのように女は見事な演奏を続ける。同じ学校の制服を着ているが、春樹にはその女に見覚えはなかった。
 瞬間、春樹と女の目が合った。春樹が目をそらす前に女が言う。
「誰?」
 春樹はビクッと体を硬直させた。女がこっちを向いている。隠れても無駄だなと思い、春樹は中に入っていった。
「こんばんは。こんな時間まで練習?」
 春樹は驚きを隠すためにとりあえず話しかけた。
「え? ええ、まあ」
 女も少し驚いたように、うなずいた。
 何やらしどろもどろしているが、春樹が持っているヴァイオリンケースに気づき、
「あなたも?」
 と尋ねた。
 春樹は頭の裏をかきながら、考え込んだ。こんな時間まで寝ていたなんてとても言えない。
 しかし結局いい考えも思い浮かばず春樹は正直に言った。
「いや、ずっと寝てたんだ、屋上で、俺」
 と、いい終えると女はクスクスと笑い出した。
ほらやっぱり笑われた、と春樹は顔を赤くした。
「何で倒置法で言ったの?」
「いや、そこかよ!! ……あ」
 春樹は女のボケに思わずツッコンだ。
 そして、女と顔を見合わせ、一緒に大声で笑った。
「あたし、上沢春美、あなたは?」
「俺は梅沢春樹。……なんだか名前が似てるな」
「そうだね」 
 春美はふふふと笑い、音楽室の机の上に座り、春樹は壁によりかかった。
 時計を見ると、八時を十分過ぎたところ。どうりで寒いわけだ。
 春樹は春美の手元にある、書きかけ譜面を見て、彼女に尋ねた。
「それ、あんたが書いてるのか?」
「え? ええ、そう。どうしてもこれだけは完成させたくて……」
 春美はそう言うと、譜面をギュッと握り締めた。
「あ、私のことは春美でいいよ。私もあなたを春樹って呼ぶから」
 春美はにこりと笑ってそう言った。屈託のない笑顔に春樹の顔を少し赤くなった。それを気づかれないように春樹はすぐに話を切り出した。
「なあ、その曲弾いてくれないか?」
「だ、だめよ!」
 春樹は春美が突然大声で怒鳴ったのに驚いて目を丸くした。
 春美はあわてて付け加えた。
「ご、ごめんなさい。まだ完成してないなの……。だから、ね?」
「あ、ああ。悪かったな」
 春樹が次に話しかけようとしたとき、春美は荷物をさっさと片付けだした。
「ごめん、私そろそろ帰るね」
そういい残すと春美は音楽室を出て行った。
春美が出て行ったのと入れ違いに音楽室のドアががらりと開いた。それと共に懐中電灯のまばゆい光が目に飛び込んできた。
「おい、何をしている。早く帰らないか!」
「あ、すいません!」
 春樹はそそくさと出口へ向かった。見回りの教師は春樹が出たのを見て音楽室の電気を消した。





「春樹、昨日は何してたんだよ!」
「悪い、屋上で寝過ごしちまって……」
「馬鹿かお前は!!」
 友一の怒鳴り声が耳に響いた。しかし、春樹はそんなことよりも昨日の不思議な少女のことを考えてた。
「あんな上手い子この学校にいたかな?」
 春樹はチラッと友一を見たが、自分たちはまだ入学して一月ほどしか経っていないんだから知っているはずものいか、と何も聞かなかった。
「今夜もう一回会いに行ってみるかな……」
 春樹は心に決め、目の前にある弁当にかぶりついた。
 春の陽気な光が憎憎しげに二人を刺す。昨夜の寒さが嘘の様に二人は汗を流しながら座っていた。
「昨日……」
「何?」
「いや、なんでもない」
 春樹は言いかけたが、結局何も言わなかった。





「やあ、また会ったね」
 春美はバッとこっちを振り返った。そして、春樹と目が合うとにこりと微笑んだ。
「うん。また会ったね」
「曲、進んだ?」
 春樹は譜面を指差しながら言った。
 春美は首を横に振りながら、
「まだなの」
 と答えた。
「こことここの間のフレーズが思いつかないの」
「どれどれ」
 春樹は譜面を覗き込んだ。そして、その曲を何となく頭の中で音楽に直し、そこに合ったフレーズを一緒に考えた。
「思い切って激しくビブラートかけてみたら?」
「そう……ねえ。いいかも! ねえ、ここのトリル変かな?」
「俺はこういうフレーズは好きだけど」
 二人はしばらくの間話こんでいた。気づいたとき、会った時間から二時間も経っていた。
「もうこんな時間か……。それ、大分出来たな」
「うん、そうだね。春樹のおかげで大分助かったよ」
「何か、天へ向かって行くようなフレーズだな。そこの上昇フレーズとか」
「うん、そういう風に意識して作ったから」
 春美は窓のほうへと向かい、開けた。開けられた窓から冷たい夜の風が入ってくる。
「空、飛べたらいいのにね……」
 春美は笑ってはいたが、どこか寂しそうな顔だった。
「そうしたら、あ苦しまなくて良かったのに……」
「それって、どういう……」
 春樹が尋ねようとした瞬間、ガラッと音楽室のドアが開けられた。
「おい、今日もいたんか!! 早く帰れ!!」
「あ、すみません」
 春樹はあわてて出ようとした。
「全く、一人で何をしとるんだ」
「え? 一人?」
 春樹は見回りの教師に尋ねた。
 見回りの教師は春樹のことをあきれた顔で見て、言った。
「お前以外に誰もおらんじゃないか」
 音楽室からは人の気配はしなかった。





「春樹! 何ぼうっとしてんだよ」
 友一の声に春樹はハッと我に返った。周りではみんな汗をかきながらバレーボールにいそしんでいる。春樹の真横にバレーボールが飛んできた。
 上手にそれを絶妙にいなして、友一がトスして誰かがアタック。それが決まるのを見てから春樹は友一のほうへ振り返った
「音楽以外でも何でも出来るんだな」
「いや、うん、まあね」
 そう言った瞬間、春樹の顔面にバレーボールがぶつかった。

 小一時間、保健室で休んだ後、次の授業のために春樹は理科室へと向かった。
 頬が少しはれたため袋に入れた氷を当てながら、春樹は考え事をしていた。その変な様子を感じて付き添ってきた友一が怪訝な顔で尋ねる。
「どうしたんだよ? お前今朝から変だぞ? 昨日学校で夜まで寝てて風邪でも引いたのか?」
「……そうなのかな?」
 保健室は一階にあり、理科室へと行くには校長室の前を通らなければいけない。校長室の前には歴代の卒業生の顔写真が貼ってある。
「見ろよ春樹、これ俺の親父だぜ。若いなぁ」
 春樹も何気なく、その写真を眺めていたら、あるものを発見した。
「……あ!!」





「やあ、こんばんは」
「来たんだ……」
 春美は春樹のほうへ驚いた顔と共に振り返った。
「何? 来ないと思ったの?」
「だって気づいたでしょ? 昨日で……」
 春美はうつむきながら春樹に言った。
 春樹は答えた。
「うん、まあね。17年前の卒業生の集合写真に載ってたから」
「欄外に、ね」
「うん……」
 晴海は窓のほうへ行って、そっと開けた。
 夜の風が夕げの香りを運びながら室内へと入ってきた。風がカーテンを大きく揺らし、机の上にあるプリントを飛ばす。ちゃんと持って帰れよ、と文句を言いながらそれを拾う。
「空、飛べたらいいと思わない? って昨日聞いたよね?」
 春樹はプリントを拾いながら聞いた。
 春美は笑顔でこちらを振り返った
「うん」
「そうしたら私は苦しまなくてもすんだのに……、って」
「うん……」
「自動車事故だったの、私」
 何となく予想はしていた。が、それは春樹の暗い過去、心の暗い部分も呼び起こしてしまった。
春美はさっきのような複雑な表情で続けた。
「私、ここを卒業したらオーケストラに入る予定だったの。すごい、嬉しかった。小さいころからヴァイオリンを続けてきて、それを仕事に出来るってことが」
 春美は続ける。春樹はそれを黙って聞いていた。
「それが嬉しくて嬉しくて、曲を作るにしたの。そんな入って間もない団員の曲が使われるわけはないんだけど、この喜びを形にしたかった。けど……」
 春美の顔に影が差した。力なく笑い、彼女は先を言う。
「そんな矢先の事故だったの。子供が……、子供が轢かれそうになっていて、無我夢中で走り出した。子供は助かったけど、私は死んじゃった……
 けど、それはもういいの。子供は助かったわけだからね。
 空を飛べたら苦しまなくてすんだのにって言うのも本当。だけど、それとこれとは別よ。こっちが私の本当の気持ち」
 春美は誇りを持って笑顔で言った。その笑顔が春樹には不思議とまぶしくて、強く見えた。
 春樹にはまねできない考え方。あの時、あらゆるものを恨み、呪った自分には。
 春樹はこの場にいることが辛くなってきた。
「でも、あの曲を完成できなかったことだけが心残り。だから、私は今ここにいるの」
 春美の話を聞いて、春樹は言葉を失った。なんて強いんだろうと。何一つ恨むことなく子供を助けて死んだのなら仕方ないといえる人がどれだけいるのだろう。
 春樹には春美の輝きはまぶしすぎた。春樹はいつしか音楽室を後にしていた。





 教室の窓から鳥が軌跡を描いて飛んでいくのが見えた。その優雅な飛ぶ姿を見て、春樹は昨日の事を考えていた。
 春樹には親がいない。小さいときに春樹に音楽だけを残して死んでしまった。両親が教えてくれたヴァイオリンを続けているが、そのとき以来春樹には目標がなくなった。父親を超える。プロのヴァイオリン奏者であった父を。その目標がなくなってから春樹のヴァイオリンはかっらっぽになってしまった。技術でごまかしているが、もうこの先通用しないことは目に見えている。 
 春樹は自分で自分の人生にけりをつけようかとさえ思っていた。
 そして、その時春美のことを思い出した。両親を失ったときこの世の全てを呪った自分とは,全く違う人を。
「春樹」
 思考の闇からハッとさめると、誘致が目の前のいすに座って話しかけていた。
「俺は昔からお前と友達してきたけどさ、お前って自分の本当の心を中々見せないよな」
 友一のいきなりのことに春樹は戸惑うが友一は続ける
「それはお前の……過去の出来事に関係してるのかもしれないけど。
 けど、最近のお前はなんだか変わった。ずっと自分を殺してきて、悩むことを放棄していたお前が、最近何かに必死に悩んで、苦しんでる」
 春樹は友一の話す言葉を黙って聞いていた。
「もう自分を殺す必要はないんだ。思うように動け」
 そういって友一は微笑んだ。友一は春樹の最近の様子を何となく察していた。それ察しながらも見守っていたが、春樹の苦悩している様子を見て助言をしたのだ。
 春樹も友一に微笑み返した。友人の言葉が嬉しかった。
 春樹はもう一度春美に会う決心をした。





「こんばんは」
 音楽室のドアを開けながら春樹はいつもと同じ夜の挨拶をした。
 春美がこちらを振り返る。
 春樹は照れたように笑いながら言う。
「なんて言おうか迷ったんだけど、やっぱりこんばんは、かなって」
「もう来ないと思った」
 春美が心底驚いた顔で言った。春樹はばつが悪そうな顔をして、春美に言った。
「ごめん、昨日は。春美が怖くなったわけじゃない。自分が情けなくなって、それで帰ったんだ」
 春美が怪訝そうな顔をした。
 今夜は風がなく、窓からは何も入ってこない。カーテンは少しもゆれず、相も変わらず机の上に置きっぱなしのプリントが散乱している。
 春樹は言った。
「俺、死のうって思ってたんだ……」
「それ、死んだ人の前で言う言葉?」
 春美がクスっと笑いながら言った。春樹も苦笑いを口元に浮かべる。
「今も、なの?」
「分から……ない」
 春樹には本当に分からなかった。自分が何をどうしたいのか。
 窓からは少し風がはいってカーテンを揺らし始めた。
 春美は優しい表情を浮かべて、窓へと近づいた。
「死んじゃったらきっとつまんないよ。
あのね、私の言う空を飛びたいってことはね、夢を見てそれを掴むことが空を飛ぶってこと。今の私の場合、この曲の完成ね。
君にも夢があるでしょ? ……死んじゃったら何も出来ないよ」
 春美は諭すように優しく言った。春樹も春美に続いて窓へ近づいた。
「俺の夢は両親を超すことだった。だけど、両親はもういない。俺のヴァイオリンは空っぽなんだ。こんなんじゃ今後ヴァイオリンで生きていくこともできない。
俺に夢はない。生きる理由が……ないんだよ」
 春樹は悲しそうにそういった。そして、ひざを抱えてしゃがみこみ泣きそうになるのを必死にこらえていた。
 春美は彼の本音を聞いて辛そうな顔をしてから、そっと春樹の手を握った。
 顔を上げた春樹と目が合う。
「そんなことないよ。君のヴァイオリンにはちゃんと心がこもっていた。私と一緒に弾いているときの君はすごく楽しそうだった」
「そんな……」
 春美は手を握ったまま、春樹を立ち上がらせ。大きく微笑んで言った。
「そうだ、私が君の生きる理由になってあげる」
「え?」
 春美は机に置いてある楽譜を手に取り、春樹に渡した。
「これは……」
「うん、完成したの。私と君で作った曲だよ。春樹、あなたにこれを弾いてほしいの。そしてこの曲をいろんな人に聴かせてあげて」
「僕には無理だよ。聞いていたかい? 僕にはプロになるなんてとても……」
 春美は笑顔で首を横に振りながら言った。
 窓から入る風も勢いを増し、カーテンを大きく揺らし始めた。
「大勢の人なんて大それたものじゃなくて良い。例えば、近所の子供、おじいさんやおばあさん、あなたの友達。そんな身近な人に聴かせてくれればいいの」
 春樹は自分の手と楽譜を交互に見た。自分と春美で作った曲、大空に羽ばたいていくようなイメージで作ったパルティーニを。
 春美は輝くような笑顔で春樹に言った。
「忘れないで、あなたがそれを弾いてくれる限り私は生きつづけるの。あなたのそばにずっといるのよ」
 窓から今までで一番大きな風が吹き、カーテンが春樹の視界を覆った。
「あなたに会えてよかった」
 もう、そこには誰もいなかった。





「……き、春樹、春樹!!」
 友一の声に驚いた春樹は飛び上がって目を覚ました。
 そこは昼下がりの日差しが指す屋上で、春樹はいつもの場所で寝ていた。
「早くしろよ、授業だぜ」
「……え?」
 中々動き出さない春樹に友一はいらいらしながら言う。
「今日は大事な模試がある日だって言うのに」
 その言葉に春樹は驚いた。
「今日何日だ?」
「5月27日だよ」
 春樹は訳が分からないといった様子で、その場に座り込んだ。
 しばらく呆然と空を見ていたら、自分の横にある知らない紙が目に入った。
 題名のついていない曲の楽譜。確かに見覚えのあるパルティーニ。
「まったく今日は何してたんだよ、こんな屋上で」
 春樹はもう一度空を見上げて、友一に微笑みながら言った。
「空、飛んでたんだ」





【完】
2006/07/24(Mon)14:45:27 公開 / 九邪
■この作品の著作権は九邪さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ほにゃにゃちわ(今はもう死語なのか!?
クロちゃ……、九邪です、声は結構低めです。

ほとんどの人、始めまして。ものっそい久しぶりに小説書きました。短編というかそういう長さのものを書きたかったのです。
しばらく来ない間に大分変わりましたね、ここ。勝手が分からなくて大変でした汗


ここまで読んでくれた人ありがとうございました。ぜひ感想を残してください。
泣いて喜びます。

七月二十四日 加筆修正いたしました。最後に春美に会う前の友一の言葉を足しました。
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