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『コミュニケーションノイズ[U]』 作者:蒼惟諒牙 / ファンタジー アクション
全角17013.5文字
容量34027 bytes
原稿用紙約53.65枚
 女ヴァンパイアとの再戦。ジルを狙う二人のヴァンパイアハンター。そして、微かに見え隠れするリフの過去と断罪者の存在…。いつの間にか終わっていた第一部を引き継ぐ第二弾。 
「で、結局あの…身元不明混血二重人格吸血鬼を預かる事にしたのか」
「ああ」
 路地での静かな攻防戦を終えた二人は、ジェイドの診療所を訪れた後の適当な自己紹介を終えていた。
 ミリカと、主人格の方に戻ったジルを帰宅させ、リフは一人残った。今後の事についてジェイドと話し合うために。
 混血で害が無いといえば無いジルだが、やはり人外のもの、すんなりと全てがいくとは限らない。
「軍警察との戦闘については、バルザックがなんとか揉み消してくれるそうだよ」
 キャスター付きの椅子に腰掛け、煙草を吹かしているジェイド。
 正面の丸椅子に座っているリフの顔や体には、もう傷は残っていなかった。
 帰ってきたとたんに、血まみれのリフを見たミリカが、ジェイドにしがみ付いて治療を最優先させたのだ。実際は軽症だったのだが…。彼女から見れば十分、命の危険の対象になっていたのだろう。
 大人しい方のジルとは面識があったミリカは、彼の手をとり、意気揚々と帰路に着いた。もちろん義兄の治療の終了を見届けてからだったが。
「しかしなぁ。お前もよくやるよ、まったく」
 ジェイドの言葉に、疑問を漏らすリフ。
「今回の事にしても、ミリカの事にしても…。良く人の命を預かるような事を…」
「それなら、ジェイドの方が…」
「そうじゃないんだよ。確かにアタシは医者さ、他人の命を預かることもある。それが仕事だからね」
 ジェイドは続けた。『医者として預かる命は、あくまで一時的なものだ』と。『家族として、ずっと命を守りあっていく事とはワケが違う』と。
「アタシには、到底無理な事だけどね」
 目を細めたジェイドは、リフから顔を逸らし、背後の窓に目をやった。
 日はすっかり暮れていて、半分以下に欠けた三日月が、町を見下ろしていた。街頭が少ないこの町では、月や星の自然の明かりが街頭の代わり。
 優しい光は、太陽ですら照らしえなった、裏路地の姿すら露見させている様だった。
「別に、俺はそんなつもりは無かったけど…」
 照れる素振りも見せず、本当にそんなつもりはリフにはなかったようだ。
「そうか。ああ、アタシってば変な事聞いちまったね!辛気臭いのは合わないよ!どうだい?久しぶりに、月見酒と洒落込まないか?」
 何処からか一升瓶を取り出したジェイドは、煙草を銜えたまま器用に喋る。本当にこの人物は医者なのだろうか…。
「いや、遠慮しとく。あの二人を先に帰したから、きっと待ってると思う」
 椅子から腰をあげ、ジェイドに背を向けたリフ。肩越しに手を振り『今度、いつか三人で飲もうな』と手を振った。
 ジェイドは、裏口のドアの先に消えていったリフの後姿を、静かに見送った。
 扉が完全に閉じられ、姿も完全に見えなくなると…。
「はぁ。あんた達に遅れないように、必死で戦闘技術を学んで、しがみ付いてたつもりなのに、男ってのは…どうして、先に先に行っちまうんだろうね」
 そんな彼女の独白は、誰の耳にも届かず、ただ静かな室内に木霊した。
 ビンの中の透明なものが、一波。
「さて、独身女は一人寂しく飲みますか!!」
 家へ帰れ…。


 一方、ジェイドに別れを告げたリフは、自宅に向かうために、石畳の表通りを歩いていた。
 こちらも一人。
 歩みを進める道の両側には、小さな家が立ち並んでいた。小窓からは、室内の明かりが僅かに漏れ、話し声や笑い声も楽しげに響く。
 それらを聞きながら、眺めながら、リフは優しく微笑んでいた。
「何でだろう…な」
 足は止めず、一歩一歩確実に歩きながら。
「いつも、いつも、必ず最後には俺は取り残されるのに。どうして、必ず誰かが傍にいるんだろう?何十年?何百年?」
 道化が歌を歌うように。自分に問いかける様に、奏でる。
「早く、後継者を見つけないと…。俺は逝けない」
 誰も聞いていない、ただ一人の戯言。聞かせられるワケが無い。
 この独り言の真実は、リフの過去やこれからを示す事だから。言ってすっきりしたいけど、言えるわけが無い。そんな思いがリフの中で、入り混じっていた。
「まずいな。こんなにあいつ等に、深入りするなんて。取り残される事、分かってるのに。分かりきってる事なのに…さ」
 抱えた頭を腕から離し、天に浮かぶ月を見つめる。欠けた月は、表面が僅かに隆起していて、それが顔のようにも見えていた。
「お前は、何百年たとうとも…いつも変わらぬ姿でこの世界を照らしているな」
まるで、闇に其の両翼を掲げるように両腕を広げ、更に続ける。
「ありがとう。人の罪を被るもの―――断罪者を照らしてくれて。蒼氷の刀剣士たる俺を慰めてくれて。リフィリア・レイチェルは、月に祝福を願わん」
 それだけ言い終わると、リフィリアはリフに戻り、何事も無かったようにその場を立ち去った。
「俺に、太陽はまぶしすぎるよな…」
 そんな揶揄が最後に聞こえたような。


「そうか、あの錬術師…そうか、そうか」
 人気の無い廃工場の中で、一人の女が、炎に包まれた鏡を見つめていた。
 其の口元は弧を描き、紅の唇から白磁の牙が顔を覗かす。
「断罪者とな…フフフ」
 至極楽しそうに、鏡を見つめる女。時折、愛おしそうな表情を向ける。
「永遠の命か…よかろう、貴様を行かせてやる、冥府へと」
 炎と共に、鏡を収束させ、握りつぶす。其の手の先の爪が、己の掌に食い込み、赤い血を露にした。
「我が、その命を受け継いでやろう」
 闇に溶け込むような、一人の女が、赤い目をぎらつかせ、哄笑した。 

誰もいない世界、此処は暗くて冷たくて寂しい処…。

[U‐T]緋色の狂気とつかの間の安息

 散る朱は美しく、一刹那、其の凄絶な輝きを増す
 眼前の死に様を喜劇のように彩る
 朽ち行く骸
 白濁した双眸
 流動する緋色の狂気
 闇の眷属は、それらを愛し、好み、愛おしくも想いを寄せる

『まだ、安心は出来ないだろうね』
 暗闇の帰路に終着を迎えたリフは、自宅の固定電話からの声に、耳を傾けていた。
 其の向こうの声の主は、バルザック。
 彼らが本当に追っていた、吸血鬼の話をリフから聞き、彼の口を突いて出てきたのは、警告の言葉。それもきっと、あの化け物の真の力を知っているがゆえだろう。
 玄関を入ってすぐの壁に取り付けられた、電話機。ドア一枚を挟んだ向こう側にはリビング、というべき場所があり、そこにはミリカとジルがいた。
 限りなく純粋無垢に近い二人に『こんな物騒な話は聞かせられない』と言わんばかりに、扉を背にして、話し込んでいた。それも無意識の内だが…。
『あいつ等の再生能力については、君も知っているだろう?』
 バルザックが続ける。相変わらず、其の冷静な口調は微動だにしていない。
「知ってる。細胞組織の生成能力が異常に早く正確」
『逃げに集中すれば、上級錬術の集中砲火すら、回避するだろうね』
「おまけに、そのしつこさときたら…」
 リフの言葉をバルザックが引き継ぎ、リフが更に補足すると、二人は途端に沈黙した。
 そう、ヴァンパイアはしつこい。とにかくウザイくらいにしつこい。風呂場のタイルや、ゴムパッキンに付着している黒カビ並み。それらは、万能洗剤やらで落とす事も可能だが、そうもできない吸血鬼の方が、数百倍タチが悪い。カビは限りなく、主婦の敵だが、吸血鬼は、人類の敵だ。
『まぁ〜た。目を付けられたわけか、リフは』
 受話器の向こうで、バルザックが茶化す。いつもの事なので、リフも無視。
「倒す方法とか、ないのか?」
『さぁ?リフのその…人外モテモテ体質を何とかしない事には…』
「いい加減にしろよ?何だ?その今咄嗟に考えたような、妙な名前は」
 流石のリフも、コレは見逃せず反応してしまった。
『咄嗟に考えただって?まさか。いう機会を今まで逃していただけだよ』
 リフは、今すぐこの憎らしい腐れ軍人を始末してやりたい、という衝動に駆られた。受
話器を握る手に力がこもり、みしみしと音が微かに聞こえる。
 怒りを抑えつつ、握った其れを耳元に戻す。
「真面目に答えろ。アホ」
『あ〜、怒った?ゴメンゴメン』
 平謝りだったが、リフは其れを素直に受け取る事にした。
『だって、久しぶりだったからね。こうやって、リフとゆっくり話ができるものさ』
「そうか…それもそうだな」
『ねぇ、今度あったときにこそ、聞かせてよね』
「何を?」
『君の昔話』
 バルザックの言葉に、リフは虚を突かれた様に、硬直した。すぐに名前を連呼され、現実に戻される。
「何言ってんだよ。年下の昔話なんて聞いたって、面白くも何とも無いだろう?」
 焦りを上手く隠し、バルザックの発言を即刻拒否。
『そうかな?時々君って、悟りみたいな事言うからさ、あんまり年下って感じしないんだよね〜』
 バルザックは、相変わらずの口調のまま楽しそうに話すと、電話を切ってしまった。
 通信相手の居なくなった電話機は、待機音を受話器から発していた。しばらく其の音に耳を預け、呆然としていたリフだったが…はっと我に返り。
「だぁ!!肝心なこと聞けなかった!またはぐらかしやがったな!!」
 時間などお構いなしに、絶叫するリフ。彼の頭の中では、バルザックの警告だけが木霊していた。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
「リフ?」
 ドアの隙間から顔を覗かせていたのは、ミリカとジル。明らかに、変質者を見る目をリフに向けていた。
「…なんでもないです」
 軽くショックを受けたリフは、握っていた受話器を本体に預けると、項垂れたまま、ドア手前の階段を上っていった。
「お兄ちゃん!ご飯は〜?」
「いらない…」
 なんだかいろんなことがあって、心身ともにボロボロだったリフは、いつもだったら有りえない台詞をミリカに返した。
 ふらふらしたまま階段を上り終え、真正面の扉のドアノブを力なくひねり、ドアを開け、其の奥の闇の中に消えていった。
 階段下から、其の様子を見守っていた二人は、互いに顔を見合わせるばかりで、特に言葉を発する事も出来なかった。


「はぁ」
 リフをからかい終えたバルザックは、深いため息をついていた。
 執務室の机の上には、書類が何束も重なっており、その中には、今回彼らが追っていたヴァンパイアのものもあった。既にそれには、処理済の判が押されており、それは彼の手柄となった。リフがそうしろと言った。上層部もきっとそうしろと言うだろう、リフには其れが分かっていたようだ。
 書類の束と一緒に、机の片隅には一機の電話機があった。しかしバルザックの手には、其れの受話器は握られておらず、携帯型の小型電話機が握られていた。
 備え付けの電話機では、会話の全てが録音されてしまう。大体の話し相手である、リフやジェイドは、その事を承知承諾済みだったが、バルザック自身は其れを承諾できず、携帯型を持ち込んでいた。勿論禁止されているが…。
「本当に…君は何者なんだ?一体…」
 解かれる事のない彼の疑問は、静寂に消えた。
「見た目は確かに、十代後半から二十代前半。本人もそう言っていた」
 陳腐な推理が始まった。いつもの事、終わりが決して見えない不毛な推理。本人である、リフの証言、もとい自白が無ければ決して解けないもの。
 つまり、彼の正体。
 出来れば友人を詮索するなど、避けたいはずだった。しかし、リフは実年齢が不明な上に、未成年だった頃のバルザックやジェイドとの邂逅から、何一つ変わっていなかったのだ。
 身体的特徴に変化は無く、髪の長さや、体重が変わる事はあっても、彼に老いは無かった。決して…。
 本人は、いつも話をすり替え、まともに取り合おうともしない。
「まさに、不老不死の代名詞…だなアイツ」


 断罪者と呼ばれている者達がいた。
 人が罪を忘れないための犠牲者達。
 何百年、何千年という生の無限回廊を歩く者達。
 風塵・水唱・紅焔・恵地・蒼氷・響雷。これ等五つの力を各々に司る、五人の断罪者。
 強靭強固である意志と、絶対的であり誇り高き力を併せ持つ至高の愚者達。其れが、断罪者。
 人が犯し、犯し続ける罪を、時には咎め傍観する。

 風塵の断罪者は慈愛を持ち、この世界を包み込む女神『アニェス・ローレライ』
 水唱の断罪者は気高さを持ち、この世界を導く導師『フェイト・アズライル』
 紅焔の断罪者は誇りを持ち、この世界を見ぬ戦神『ディー・オイゼン』
 蒼氷の断罪者は同化を持ち、この世界を生き抜く守護者『リフィリア・レイチェル』
 響雷の断罪者は多面性を持ち、この世界を渡る放浪者『ゼイ・シュロイツ』

 誰かが彼らを破るまで、彼らは、この世界を見つめ続ける。
 この、腐りきった世界を…。


 仰向けのまま暗い天井に掌を仰ぎ、小窓の外を一瞥。一瞬其の瞳に写ったのは、暗闇を照らす永遠の灯火。ネオンの仰々しい明かりとは一味も二味も違うそれ。
 力なく、横たわるベッドの中に沈んでいるリフ。まもなく、垂直に挙げられていた腕も力なく体の脇に沈んだ。
 足元の古びた椅子の背に、預けられた濃黒のジャケット。
 リフが長い間、生の苦悩を共にできた唯一のモノ。今から一つ前の紅戦暦、其の前の竜奏暦からリフが所持しているもの。
 皮製の様でそうではない其れは、竜の鬣やミスリルといった現在では入手困難な品で構成されたもの。見た目は何の変哲も無いおんぼろだが、数千年という時を、幾戦という歴戦の中を潜り抜けてきた断罪者の相棒。其の実績は紛れも無い事実だった。
 綻びなど見当たらず、繕われた痕はあっても、それは決して劣化によるものではなかった。
 竜奏暦といえば、最もあやふやで無根の事実が一切無い、と言われている歴史である。
 まだ人もこの世界も自由で、支配制度の無かった時代。
 広大な大地が広がり、自然が其の偉大さを遺憾なく発揮していた。
 壮大な天空には、蒼穹の王者たるドラゴンが偉大な四肢を廻らせ、この地を支配していた。
 住まう人々も、彼らに敬意を示し、お互いに良い関係と均衡が保たれていた。まるで御伽噺のように、全てが新鮮だった日々。
 宙を彷徨うリフの視線は何も捉えておらず、衰える事のない脳細胞で其の日々を繰り返していた。
 瞳は思考に囚われ、死人のものともとれるが、死を持たない人形の、硝子細工の双眸の様でもあった。元人と称されている断罪者達は、人形と何ら変わりは無いと、彼らの存在を知る一部人間達は言う。
 そんな心無い言葉によって、断罪者達は確実に人類の咎を蓄積している。
 網膜から脳に伝達される景色の全てが、歴代に受け継がれる意識であり記憶。人類の長年の汚泥であり滂沱。愚かであり、気高ささえ感じさせるそれらの自称は、誰が為の記憶であり記録なのだろうか?
 断罪者ですら、其の答えは知らない。
 そもそも、彼らと言う存在がいつ作られたのかすら、それこそ世界の始まりまで遡る事でしか知ることは出来ないだろう。
 深いため息と共に、この感情の全てを吐き出せたらいいのに…そんな夢物語の様な願いが、リフの中で渦巻いていた。
「ああ、ダメだ!俺疲れすぎ!」
 上半身を起こし、胡坐をかいた足を力いっぱい叩いた。自分で行った事だったが、失敗した!とリフは暫し痛みの余韻に浸った。
「ダメだ。何をぐらついている俺!こんな事、今に始まったわけじゃない」
 何時もいつも、繰り返してきた事だと言い聞かせる。
 足を抱え込んで、手首と手首を結ぶ。まるで殻に篭っているような姿勢。
 頭を其の中に埋めると、灰の髪が頭部と足の境目を塗りつぶし、一見すると灰色の塊の様にも見えない事ない。
「暗いの禁止〜、引き懲り反対〜」
 曇った声で、必死に引きとめようとする。
「……キツ過ぎるよ。これは……っ」
 感傷に浸っていたリフだったが、突如として其れは妨害された。
 昼間のあの圧迫感が再び彼を襲ったのだ。
 一瞬の呼吸困難。瞬間的な空間の反転。訂正しよう、昼間のものよりも、明らかに強力になった<干渉結界>の展開が、彼を襲っていた。
 展開による不快感が完全に消えると、リフはすぐ横の小窓に手を掛けた。そのまま勢い良く開け放つ。
 夜風が灰色の髪を弄び、其れの持ち主を闇に晒す。
 窓枠から身を乗り出し、精一杯の前傾姿勢。周囲を見渡す。異常なし、特に警戒の必要は無いと思われた…が。
「また会えて嬉しいわ。錬術師さん」
 下ばかりを探索していたリフは、声に反応し、顔を上げる。
 灰色の瞳に写っているのは、丁度真向かいの民家の屋根…の上。確かに聞き覚えのある声。
 最早、既視感すら通り越して、確証すらリフの中にはあった。分かっていた筈。だが実際にまたあの化け物じみたモノを目の当たりにはしたくない。其れが本音。
 屋根の稜線の上に立っていたのは、紛れも無く昼間の女。黒の艶やかな髪や、白すぎる象牙の様な肌は其処に完全再生を遂げていた。正に女王の貫禄。
「マジかよ…」
 バルザックの警告の事もあり、予測はしていた。其の予測が唯の杞憂に終わればと、どんなに願ったか。
 やはり、ヴァンパイアは最高の粘着質らしい。
「私と遊びましょう?」
 誘うように女は手をくねらせ、甘い声で囁く。
 其の姿は、妖女ローレライに匹敵するほど、人を狂わせる何かを持っている。
 リフの頭には何も無く、唯真っ白な世界が広がるばかりだった。
 月の朧げな光を背に、其の芳体を晒す女。
 一転して瞳に炎を宿したリフ。
「私にあなたの命を頂戴」
 紅の口唇は妖艶であったが、リフは其れに畏怖すら感じ始めていた。ドス黒くて、ドロドロした醜い感じ…。
「ねぇ、聞いてる?」

―――――断罪者さん

 一瞬にして、瞳の燭光は消え去っていた。
「へぇ、俺も有名になったもんだな」
 悟られまいと、気を張り動揺を隠す……演技。
「雑魚の真似事はやめなさい。貴方は、生態系の切望であり頂点たる断罪者なのよ」
 其の台詞に、やたらと苛立つリフ。
 たとえどれだけ生きようと、誰が何と言おうと、彼自身は自分を唯の人だと自分に言い聞かせていた。そうでないと、リフは心が壊れそうだったから。
「あぁ、白昼の喜劇は素晴らしかったわ。私も貴方の演技に騙されて、唯の下賎な人族と妄信してしまったけど…そうじゃなかった。素晴らしく美しい拾い物をしたわ」
 流れるように唇を動かし、頬を紅潮させる女。
 言い切ってしまうと、沈黙をもって相手の言葉を促した。
 『演技じゃない』リフの内心はそう叫んでいた。傍に居た無力な混血。強者の驕りで力を振るえば、女の消滅と共に傍らのジルも唯では済まなかっただろう。
 リフには其れが分かっていた。だからあえて手は出さず、戦闘態勢になったジルに全てを委ねたのだった。その考えを女は感じず、演技と切り捨てた。
「喜劇……ねぇ」
 必死で感情を殺すリフ。
 女が其れ、と称したのは例の戦闘。
 あれすらも、この女にとっては人に笑いをもたらすモノとと同一視される始末。本気で殺戮を楽しむ狂人の発想。血を好む、緋色の狂気そのもの…。
「昼間のアレが喜劇なら、今から始まりそうなものは一体何なんだよ?」
 窓枠の上部に手を掛け、下部を靴裏で蹴る。体は宙に浮き半回転、逆上がりの様にして、リフは屋根上に着地。
 口調は穏やかに戻っていた。
 沸騰しかかったり冷却されたりを繰り返したせいで、脳は随分冷静さを、本来のリフの思考回路を取り戻せていた。
「歌劇、かしら?」
「オペラか。なら終幕は貴様の哀歌<エレジー>だな」
「お前の鎮魂歌<レクイエム>を前座に、私の願いを成就させる」
 黒の美姫と、灰の剣刀士が互いに唸りをあげた。


 少女を一人残し、再び月光の元に出たジル。
 彼の持ち前の探知能力の強さが、二階で発生した<干渉結界>の余波を読み取っていた。溜まらず、外に飛び出してはみたものの…。
「道が…分からないな」だそうです。
 最も、地理に詳しかったとしても彼はリフの元には辿り着けない。
 <干渉結界>が一度展開すれば、内部と外部の接触は愚か、生死の確認すら取れない。結界の中は、正に孤立無援。助けを望めない世界なのだ。
 上級創作錬術の中には、其れを破るものも存在するといわれているが、その噂すら危うい話。展開した術者が解くか、無理矢理解かせるか。
結果こそ同じだが、二つの過程にはあまりに落差が有り過ぎていた。
「仕方ない。とりあえず、気配を辿るとするか」
 女が現実世界で、結界を展開させた場所を特定できれば、何かしら希望が見出せるかもしれない…ジルの内心はそう語っていた。
 着替えたばかりの、ハイネックのロングコート。首周りを一周するようにラインがあり、其処からわかれた縦のライン。
 ミリカの話では、自分がココに来たときには既にあったという。恐らくリフの持ち物の一つだろう。其れには、微かに年季が感じられる。
 小走りから、次第に歩幅が広がり、飛ぶように疾走しだすジル。
 やっと見つけたモノを、失いたくない……彼等二人が共通して望んだ事だった。


「まったく。ヴェレニスの首都に侵入するなんて…」
「まぁいいさ。どうせオレ達で倒しちまうんだし?」
 町の入り口付近に、一人の少女と少年がいた。
 戦闘衣に身を包む二人組。術者系と戦士系の特徴である、杖と剣を装備した二人組。
 内部に目をやり、それぞれに口で紡ぐ…
「人々の平和と、私達の正義のために」
 少女が強く
「おうっ。ヴァンパイア共の好き勝手にはさせねぇ」
 少年が力強く
 獅子の咆哮のごとく…。

 夜明けは、まだ遠い。


[U‐U]鮮血の引き金

 鎖、想い、愛、手、腕、貴方を何で繋ぎとめよう。
 心や命を想いや愛で
 優しさや体を鎖や腕で
 繋いだ手を離さずに、歩いていこう、と一言

―――――貴方の言葉で繋ぎとめてください

 たったそれだけでいいから
 それだけで、心中に全てを残す事ができるから
 残滓なんていらない


 竜奏暦 四十八の年 紅焔の月 二十三の日

「はぁ。あっつ…やっぱりこの時期の砂漠越えは無謀だったかな」
「そんな事ないって!ほら、リフィリアのお得意の錬術でさ、こうぱぱっと氷でも出して…さ?どう?」
「カイウス!何度も言わせるな。氷なんて出したって、すぐ解けてまた暑くなるし、余計なモノまで呼び寄せたらどうするんだ!?」
「そん時は、このカイウス・レジョーナ様がさくっとやっつけて…」
「俺より弱いくせに」
 リフィリアの言葉の制裁により、すっかり打ちのめされたカイウスは、黒い影を背に背負い項垂れていた。いつもの事なのだろうか、リフィリアは完全に無視して、歩みを進める。
「ほら、いつまでやってんだ。いくぞ……って何にやけてんだよ、気持ち悪い」
「気持ち悪い、ってな〜。いや、やっぱりリフィリアは優しいな〜と思って」
「氷塊がお望みらしい…」
 カイウスの褒め言葉に鳥肌となり、手中に蒼氷系錬術を宿らせるリフィリア。
「……マジ…?」
「俺はいつも素敵に真面目におお真面目だ!!この馬鹿カイウス!!いちいち恥ずかしい事言うなって…」
「いつも言ってる?」
「(ぶち)分かってるなら、言うなぁぁぁぁ!!!」

 あの頃は、コレが当たり前で
 俺がアイツを氷塊に変えて、何とかアイツは自力で脱出
 あの頃が一番楽しかった
 出会った頃は、まだまだひ弱で信用できなかったけど、心が開けた
アイツは、俺が断罪者(成り立てだったけど、って言っても二十年ぐらいは経ってたっぽい)だって知っても別に気にしなかった
 俺は、其れが溜まらなく嬉しかった
 だけど、カイウスは死んだ
 俺が殺した
 俺の永遠の命を欲した、精神汚染系の錬術に長けた術者
 そんなことしたって、手に入らないのに
 蒼氷は其れをもってねじ伏せ、力で上回らなければならないのに
 断罪者の儀闘の方法も知らない、若輩者
 俺の力不足で助けられなった
「大好きだ、リフィリア」
「恥ずかしいヤツ…だな」
 泣きながら笑っていた
 涙を流したのは何十年ぶりだっただろう
 断罪者になる前から泣いてなかったのに
「自分のために、涙を流してくれる人がいるヤツは…幸せモノ、だってさ…」
「……なんだそれ」
 馬鹿で阿呆なカイウスの遺言
 最後まで恥ずかしいヤツだった
 事切れたヤツを見ているのは、辛かった
「俺なんかに関わるからこうなるんだよ。馬鹿カイウス」
 俺がヤツに最後に言った言葉
 今になって、もっといい言葉かけてやればよかったと思う
『愛してる』とか、思いっきり阿呆なこといって、驚かせてみるのも良かったと思う
 過去を振り返れば限りが無いけど、これだけはどうしてもあきらめられないんだと思う
 だって、アイツだけは
―――――今だってちゃんと顔も声も覚えてるから


 眼前に迫る黒炎の群れを眺めながら、そんなことをリフは思い出していた。
 彼の馬鹿な相棒が使っていた数少ない錬術が、紅焔系だったから。
「ジジイみたいな回想は、ココまでだ。どうやらあの女も、儀闘については知らないらしいな」
 儀闘。断罪者が、後継者を選ぶ儀式の事。同属性の術のみで構成された戦いをし、勝者に永遠の命と、歴代の記憶が渡される。
 廃した断罪者は、その場で命を終わらせる事になる。
 最も、黒陽暦にはいってからは、断罪者の入れ替わりは一度も行われていない…となっている。
 その隠れた事実に煽られ、断罪者は、更に高等な存在としての位置づけを強制されつつあった。
「考えごととは!余裕だなぁ!!」
 <ベベル>の連撃。その群れの向こうで、女が声を張っていた。
 口元を緩めると、リフは再びリフィリアにその意思を預ける…。
「雑魚に、用は無いんだよ」
 物理的には、同じ高さにいた二人だったが、リフの身からの圧力(プレッシャー)に完全に圧倒され、見下ろされているような感覚に襲われてしまう女。
 ジャケットを着ていないので、下のハイネックシャツ一枚のリフ。格好は簡易だったが、その姿は、天の覇者であるドラゴンに匹敵するほど荘厳であった。
「消えろ」 
 軽く振られた指先から、構成されていた錬術が飛散。
 飛んだのは、蒼氷系錬術<フィリジ>。種のような氷塊が次第に姿を変え、硝子の瞳を持った無数の小鳥に変化。ガラス窓を引っかいたような、あの嫌な音の泣き声を響かせながら、一気に<ベベル>群れを消してゆく。
 女は、呆然とその光景に見入っていた。
「何故だ…」
「何故?確かに<ベベル>と<フィリジ>は同級の術で、属性の関係で<ベベル>が上回るはず…普通はな」
「お前に、常識は通じない…というところか。面白い」
 属性の摂理、其れすらも覆してしまう断罪者の力。
 強い力、ゆえに誰もが欲する力。
 接近戦に持ち込むために、低姿勢の疾走で間合いを詰める女。
 リフも、其れに応戦するために身構える。接近戦に持ち込まれたからといって、負ける彼ではない。だが、向かってくる相手には全力で対抗する。其れがリフなりの誠意の表し方。
 下方からの蹴り上げ。靴先が、僅かに逃げ送れた前髪をかすめ、空を切る。回避したリフは片足で、女が全身の支えとしていた手を払い、バランスを崩した所に下段蹴りを加える。
 逆さの態勢のまま女は数メートル宙を舞い、其処から身を捩り、態勢を立て直し着地。休む間もなく踏み込みからのスタートダッシュで、再び相手に迫る。
 対峙する方も走りこんでゆき、すれ違いざまに掌底を即頭部に叩き込む。女もやられてばかりいられず、一撃をかわし、右ストレートを下腹部にぶち込む。
 叩きこまれたリフは、女の膂力で後方に吹き飛ばされた。ものの、咄嗟に腕でガードを固めていたため、衝撃の割りにダメージは少ない。
 女は顔を歪めつつ<バッシュ>炸裂させる。
 爆裂自体はリフには届かず、辺りを煙が占拠。視界は灰に染まっていた。
 其れを切り裂くように、女はリフの後方から姿を現した。体を小さく折り曲げた姿勢のまま、特攻をかけてきた。
 瞳は唯一点のみ、リフを捉えていたはず。
 跳躍からの頭部を狙った回し蹴り。上半身を回転させ、勢いを付けて右の踵をこめかみに叩き込んだ。


地を蹴り、飛翔。宙を舞っていたのは、灰銀を揺らす主人格のジル。
 其れを追うようにして、白刃が横薙ぎの一線を放つ。
 上半身を倒し身を屈め、落下速度を上げつつ、刃の死線から外れる。逃げ遅れた髪の一房は、絶たれていた。
 平坦な道に着地したジルを、雷電が紫電一閃の様に追撃。体の主軸をずらし、猛攻をかわす。
 闇の中で、雷の閃きに照らされ、一人の少女が一瞬ジルの視界に入った。
 しかし、姿を確認する間もなく、上空から獅子の咆哮と共に再び煌く刃が迫る。上方からの垂直の刺突を横転しながら回避。かち合った二人の瞳は、対極の色を宿していた。
 刃の主は、金色に確かな炎を宿し、其れを避け続けていたジルの灰銀を鷲掴みにして、捕らえて離さなかった。
 背後に悪寒を感じたジルは、一瞥もせずにその場から退避。次の瞬間、彼が先ほどまでいた場所には、小規模な窪み、もといクレーターが出来上がっていた。
その場所の傍らにいたはずの少年が、視界に入らなかった事に一抹の不安を覚えたジルだったが、脳内で即刻削除。躊躇せずに、その場から逃走。
 彼を追うものは何も無かった。
 民家の明かりが次々と光をともす、人が集まって来たのだ。
「あ〜、逃げられた。あと少しだったのに」
「リリン、錬術は使うなって言っただろうが。民間人に被害者が出たらどうするんだ」
 人だかりを角から、遠巻きに見つめる二人。ジルを殺害目的で追撃していた獅子の少年剣士と、クレーターを作り上げた錬術師だった。
 リリンと呼ばれた少女は、金の瞳に軽くウェーブのかかったブロンドの美少女。纏っていた淡いピンクのローブの乱れを直し、両手でルビーの様な石が先端についた杖を、遠慮がちに振った。
「だって、すばしっこくて…思わず、ね」
 思わず、でドラゴンをも殺す術を行使してしまった少女の行動と発言は、あまりにも無責任で軽率。しかし、少年の方はきつく咎めるつもりは無いらしく、ため息を漏らすだけ。
「ゴメンね。だって、ケイトが心配だったから」
 ケイトと呼ばれたのは、少年剣士の方。此方も金の目にブロンドの髪。二人はどうやら、容貌から察すると、双子の兄妹のようだ。
 腰の鞘に、無駄な装飾の無い簡素な長剣を仕舞うケイトは、やはり納得できていない様子。
「次は<干渉結界>を展開してから使うから」
 許してね、と手を合わせリリンは腰を折った。
「次は気をつけろよ?」
 やや呆れ顔のまま、ケイトは戦闘後初めての笑顔をリリンに向けた。
 ぱっと表情を明るくしたリリンは、早く追いかけよう!と意気込んで駆け出す。ゆっくりと、ケイトもその後に続く…が突然の不快感が二人を襲った。
 <干渉結界>の展開が、双子を中心として始まっていたのだ。
 ケイトでも、リリンでもない第三者による術の行使。勿論ジルが引き返してきたわけでもない。
今現在の彼の頭の中は、リフと女ヴァンパイアの一騎打ちの事でいっぱいのはずだ。双子のハンター事など、既に眼中にはなかった。
「な、何!?」   「敵か!?」
 ほぼ同時に叫んだ二人は、空いていた距離を詰め、背中を合わせる。こうした事で死角は無くなったが、相変わらず展開者の姿は目に見えない。
 杖を構え、臨戦態勢に入るリリン。だが、錬術の展開はしない。それによって、隙が生じる可能性が格段にあがるのだ。不得意だが、ここは杖を使った棒術で応戦するのが得策。
 反対側のケイトも、一度仕舞った白刃を再び外気に晒す。両手で絞るようにして、柄を握る。体の中心から、刃を逸らさないように視線だけで、周囲を監視した。
「戦術的には、なかなか上等だな」
 ヒールの音が、静寂を裂く。風に乗って微かに匂うのは煙草のニコチンと、酒のアルコールの臭い。
「だが、敵が見えないからって、ビビリすぎだぞお前等。ま、所詮粋がったって餓鬼ってことか…」
 ヒールの先で、煙草の火を消す女。ロングコートの様な白衣がばたばたと騒がしく音を立てていた。
「餓鬼…ですって?」
「………」
 自分の前からの声に、眉を潜めるリリン。ケイトは黙ったまま、剣を構え彼女の隣に並んだ。声だけの敵に、少なからず恐怖を抱いていたからだ。
「怒ったか?」
「っ―――消えろぉ!!」
「リリン!止せ!!」
 ケイトの静止を無視し、声の方へと展開させた雷を放つ。
 彼女は得意としているのは、風塵系錬術の発展系である雷鳴術である。ジルを襲った、二度の雷撃もコレによるもの。
 大気を切り裂く電磁鞭は、雷鳴術<クレスハイツ>。重々しいが声に迫る。
 <クレスハイツ>の穿つ雷撃は、岩を抉る破壊力と音速をほこり、瞬間的に相手を感電死させることが出来る殺傷能力を持つ技。
 当てずっぽうの攻撃に見えたが、夜目の利くリリンは、しっかりと敵を捕らえていた。
「やった…!」
 接触まであと少し、と言うところで、リリンは勝算を漏らした。見えなくても、手傷を負わせれば、何とかなるという頭らしい。
「……イキナリ攻撃か。結界の中に引きずり込んどいて正解だったな」
 彼女が指を軽く鳴らすと、とんでもなく不快な音が双子を翻弄した。黒板やガラス窓などを引っかいた時のあの音。
 剣を取り落とし、両耳を塞ぐケイトは、声を上げまいと歯を食いしばり、その場に蹲る。
 リリンは、甲高い悲鳴を上げてやめて!と叫ぶ。目標の定まらなくなった<クレスハイツ>の電磁鞭は、一気に勢いをなくし、消失してしまった。もう一度指が鳴り、音は止んだ。
「なかなか聞いただろう?」
 闇を割って現れたのは、金の髪をバレッタで止めた美女。ジェイド・カルロナその人だった。
「誰、だ…」
息も絶え絶えに、ケイトが尋ねる。仁王立ちのジェイドは、新たに煙草を取り出し、煙を吐いていた。余裕たっぷりの彼女の行動が勘に触ったのか、リリンは癇癪を起こしたように、ケイトの言葉に続く。
「誰だって…聞いてんの、よ!答え、なさい」
「お前等こそ、何者だ。街中で風塵の発展系、雷鳴術を使うなんて…見逃せない、よなぁ?」
 上から威圧するように、じわじわとプレッシャーを掛けるジェイド。脅しも利かせて、白衣裏の拳銃もチラつかせておく。月明かりに、黒光りしたボディが良く映える。
「何か…勘違いしているみたいだな。アンタは」
「勘違い?だと」
 交渉に移ったケイトの言葉に、ジェイドは顔を歪める。勘違いと思われていることこそ、勘違いだったからだ。
「ああ。見たところアンタがさっき使ったのは、水唱の発展系、響奏(きょうそう)術。発展系が使えるなんて、相当の使い手と見た」
「それで?」
「俺の推測だと、アンタは俺たちの同業者だろう?」
「同業者?だと。アタシは今も昔もこれからも、医者だがね」
 面倒くさそうなジェイドの返答。ケイトは首をかしげた。
「じゃあ、何で襲った!俺たちはヴァンパイアハンターだ!吸血鬼どもに襲われる事はあっても、人間になんてっ!?」
ケイトは続ける。
「俺はてっきり、この町に潜伏している『悪魔』と勘違いされたのかと…」
 一部のハンター達の間では、吸血鬼の事を俗称として『悪魔』と呼んでいる。最も、其れは本当にごく僅かの話で、現在では殆ど流用されていない。
「はっ!笑わせる!てめぇらがハンターだって事ぐらいなぁ、ジルを追撃してた所を見れば、一目瞭然なんだよ」
 いつも以上に、言葉が男訛りのジェイド。ケイトの『悪魔』発言によって、更に嫌悪が増したのだろう。
「余計に、分からないわ。どうして、私達の邪魔をするの…アレは忌むべき存在、悪の化身なのよ!!」
 今まで黙っていたリリンが、幕したてるように一気に吐いたジェイドの沈黙に、勝ち誇った笑みを一瞬こぼしたが…。
「黙れ」
抜き打ちの射撃。ホルスターから姿を完全に姿を現した拳銃の銃口から、糸のような白煙がたっていた。
 右手でグリップを握り、左の平で、ハンマーを下ろす。後は、装填された弾を引き金によって発射するのみ。この動作をジェイドは『黙れ』を言い終わる前に完結させ、発射された凶器はリリンの爪先すれすれに着弾。
正に神業。銃を愛武器として使用しているだけの事は、十分にあったのだ。
空薬莢が鈴音を鳴らし、それは不思議と心地よい音だった。
「分かっているな?今はワザと外した。この距離なら、目隠ししてでも外さない」
今度は、親指で確かにハンマーを下ろす。本体の回転弾装がカチリと音を立てて、弾を準備。双子の恐怖を更に煽った。
「何を…!アンタ!!頭おかしいんじゃないの!?」
「ヴァンパイアを庇うなんて、考えられないな」
 ケイトがリリンを庇う形で、ジェイドの前に出る。拾われた剣は低く構えられ、戦闘態勢を崩していなかった。
「それは、お前等の考えだろう」
 双子の言葉が、やたらとジェイドの勘に触る。
 彼女も、ヴァンパイアという種族を完全に理解し、認めたわけではない。ただ、ジルという混血の吸血鬼よりも、この双子の方が遥かに凶悪で残酷。追撃をしていた彼らを見て、ジェイドはそう、考えていた。
 浅い傷を、全身に馳せていたリフを心配していたジル。
 不安定な人格交代が垣間見せた、二人の幼げな心に触れたジェイドは、其れを『悪魔』とは決して呼べない。そう自らに断言していた。
 恐るべき力と錬気を持ち合わせる、優良種ヴァンパイア。
 一般的な考え方では、人は彼らを敵と認識している。人を狩る、非道なる赤目の異端。この世界に住まい、人社会に暮らす人々にとっては、其れが常識であった。
 しかし、人が捕食者であるように、彼らも捕食者である。捕食対象が、人。
 ヴァンパイアが食事以外の娯楽や快楽で、他種族に手を掛けることはそう多くはない。あくまで生きるために、そのためだけに生き血を啜っている。
 中には例の女ヴァンパイアの様な、異常殺人者的なものも存在するが、そういった者達は同属からは決して受け入れられない。
 行っている事は、人と同じ…いや、娯楽や快楽で他種族を、同属を殺害する人と同じわけが無い。自らの行いを棚に上げ、ドラゴン達やヴァンパイア達を蛮族と称した人は、果たしてまともであるのだろうか?
 何事にも、例外は存在する。人はその言葉を使って今日までの時を、自らの罪を破棄してきたのだ。
 人が人である以上、人間が其れに気付く事は無いのかもしれないが…。
「アタシは、考えを改める事にしたんだ。まずは、本質を見るってね」
 見てくれじゃなくて、心を見る事。ジェイドにとって、其れは教訓であり戒めでもあった。
「奴らには、本質も無いわよ!!あいつ等は…」 
 噛み付いたリリンは、ケイトの肩越しに身を乗り出し、必死に威嚇。
 金色の硝子玉に、悲しみが浮かんでいるような…一瞬そんな気配が少女から発せられていたのを、ジェイドは見逃さなかった。しかし、この場でおとなしく逃がしてやる気も毛頭無かった。
「リリン……」
 ケイトはリリンの表情を見ず、ただ呟いただけ。
 彼らの様子を見た限りでは、恐らく家族の仇討ちといったところだろう。
 個人のヴァンパイアへの憎しみは、容易く種族全体への憎悪に変わる。そうする事で、本来の目的である復讐に対する世間の冷たい視線を回避。かつ、人族の防衛者として、称えられる。
 損は無く、利が残る形。
「何にも知らないくせに…」
「知りたくも無いな。お前等こそ、忌むべき相手を間違えているんじゃいないのか?」
「どういう……」
 ケイトが会話を引き継ぎ、目の前の、ふてぶてしいまでに堂々とした女を見上げた。
 見下ろす彼女の視線には、同情も慈愛もなく、ただ二人の戦士を見下すだけ。女性特有の優しさは、含有されてはいない。
「標的を見誤ったって、ことさ。他の、本当に狩るべき奴を見つけな」
 新たな煙草を取り出すと、無防備にも敵に背を向け、其れに火をつけた。
 踏み出した一歩。爪先が地につくと、空間は急速に反転。偽りのものではなく、本来の真実に戻った。
「ちょっと、まちな…さいよ」
 リリンの言葉を遮ったのは、他ならぬケイト。妹の目をじっと見つめ、黙って首を左右に振った。追いかけるな、引き止めるなと、リリンの行動を制止するように。
 兄のその行動が歯止めとなり、歯を食いしばり遠ざかる白の背を見送るばかり。今追いかけて、ジェイドを振り向かせても、何の意味もない事が分かってしまったから。絶対に勝ち目が無いという事が分かってしまったから。
 唯の力押しなら、双子でも勝てるだけの力量はあったが、言葉決定打となった。
「それでも、あきらめないから…」
「リリン」
 伏せていた顔を起こし、見えなくなった後姿を見つめる少女。その瞳は、力強い戦士のごとく。傍らのケイトには、無いものだった。


 女の一撃は、確かに獲物にヒットしたはず。
 無防備な背後からの無音の奇襲。音速の打撃。打ち込みの位置は、致命傷を避けられない場所。どれにおいても、彼女は絶対的な自信を持っていた。
 しかしそれは、打ち出しの直後に打ち砕かれ、必殺の一撃は盛大に空を切っていた。大気を裂く様に低音が響き、女は目を見開くしかない。
 目の前から、標的としていた断罪者が消えたのだ。
 自らが作り出した灰煙の中に着地した捕食者は、三百六十度くまなく獲物を捜す。が、敵の目を欺くために作りだしたもののために、視界が上手く展開しない。
 女は自ら墓穴を掘ったのだ。
「くそっ、何処に消えた!」
 途端に女の表情は鬼の形相に変わり、白磁の牙をむき出すにする。
 正面の攻撃もきかず、奇襲も効果を発揮しない。断罪者という面々は、戦闘に関する場慣れのために、他のどの種族よりも戦闘能力が高い。積めば積むほど発達する其れは、永遠に等しい命と、限りない追っ手のために日々成長を遂げていた。
 最も、リフにとってはその事実は懸念すべき所でしかなかったのだが…。

続く
2006/05/29(Mon)12:59:54 公開 / 蒼惟諒牙
■この作品の著作権は蒼惟諒牙さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、始めまして。
今回は、テストを挟んでの投稿となりましたので、続きが遅いです。スミマセン;
改良点が増えに増えて、大変な状況下。見守ってくだされば嬉しい限りです。
読んでくださった方々に感謝を捧げます。でわ。

何か、新キャラでました。リリンとケイトです。第二部限定キャラですが、見守ってください。
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