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『ふざけたヤツら 一〜三』 作者:藤崎 / 未分類 未分類
全角13802文字
容量27604 bytes
原稿用紙約42.3枚
『死んでも来い』

 半ば脅迫状のような言葉が添えられた案内状が届いた夏の日、俺の小さな日常とは違う、小さな田舎町で、小さな交通事故が起きた。

                        一          

 毎朝、蝉の声で目が覚める。
 一日の始まりを感じる事象がそんなものだという自分を情けなく感じる。どうせなら、彼女の甘い声で目を覚ましたい。母の怒鳴り声でも、連絡網でも、講義中止の電話でもない、彼女からの声で。もちろん相手を見つけることが先決だが。
 成虫になってから一週間で死に絶える生き物に殺意を込めてうるせぇと言ってみたところで、昆虫に人類の言葉は通じない。ましてや人間の方は室内にいるわけで、窓がさらに俺達のコミュニケーションの邪魔をしている。せめて俺が起きるまで黙っていて欲しいものだが、所詮、種類の違う俺達の間に了承事項は成立しないのだ。
 枕元には、読みかけの文庫と空のグラス。
 眠る前に飲む酒のせいで、起きると頭が痛むことが多々ある。睡眠薬代わりに多用している酒代が、案外馬鹿にならない。けれど今日はあの不快な痛みはなかった。
 足元の奇妙な重さに気がつき目をやると、高校の頃からの付き合いの孝太郎が丸くなって寝ていた。暑苦しいのだから、わざわざ同じベッド寝ることもなかろうに。本当に幸せそうな顔をして、一体何の夢を見ているのだろうか。
 暑さにじわりと汗ばんでいるシャツと彼はそのままにリビングへ移動すると、見慣れた部屋には、カーテンの隙間から既に光が乱入していた。その明るさに気が滅入る。ついでに、十四時半を回ったばかりの時計にも。一番嫌な時間に目を覚ました。夏の盛りは終わったとはいえ、まだまだ暑い。
 上手く働かない頭で、玄関へ向かう。
 久しぶりの休暇だった。
 大学を卒業して半年、親しくなった教授のクチで就職させてもらった職場には、給料以上に人をこき使うことに快感を覚えているとしか思えない上司がいた。この男がまた、山のような体格をしている。教授の面子を潰すわけにもいかず、押し付けられ続ける仕事の中で、それでもいつか絶対に訴えてやると決めている。そんなこととは露も知らない禿げ頭から解放され、数ヶ月ぶりの自由な時間だ。
 空は馬鹿みたいに青い。雲一つ見えず、何の悩みもなさそうだ。今日も暑くなるだろう。向かいの家のひまわりは重そうに頭をもたげ、咲くのもうんざりといった様子だ。遠くから聞こえる街の喧騒が、余計に暑さをかきたてる。
 そんな日曜の昼間、郵便受けに入っていた葉書は、見事に俺の笑いを誘った。ホントにやる気あるのかよ、と家の前で一人呟く。隣の家のおばさんが、おはようございます、と人のいい笑みを浮かべて俺の前を通り過ぎる。しばらく葉書の上の達筆な字を見つめ、蝉の大合唱に送られ、家の中へ戻った。
 
 こんがり焼き色のついたトーストに、ママレードを塗る。それをくわえたまま扇風機の前で足を組むと、アイスコーヒーの匂いが部屋中に広がった。
「コウ、おはよう」
 眠そうな顔で姿を見せた相棒に、声をかける。返事の代わりに、彼はゆっくりと瞬きをした。瞳は細まっていて、俺の苦手な目だ。それでも、トーストの端にママレードを少し塗って差し出してやると、一度匂いを嗅いでからとりあえずといった感じで口を開けた。
コイツを飼うまで、ママレードつきのパンを食う猫がいるとは思ってもみなかった。それだけじゃない。コイツは豆腐まで食べる。

『一流である北部高校 第八十二回 三年一組卒業生同窓会
 日時:二〇〇七年 九月九日(今日) 午後六時を予定
 場所:北部公園。犬の糞の恐れがある芝生の上
 備考:参加者は、自分で買った官製はがきに“出席”と書いて私宛で出しても遅いので、とりあえず来てみてください。誰もいなかった場合は、幹事の一身上の都合により中止になったということで。装いは軽装で。学生時代の制服、可。なお、美味しい食事やビールが欲しいなどの要望がある方、午前中に電話で直接連絡を下さい。ですが、残念ながらそのような要望は一切承諾しかねますので、あしからず。』

 それはヤツの性格通り、ふざけた案内状だった。活字とはまた別の達筆なセリフが、俺を睨む。『死んでも来い』。そこに、懐かしい差出人の顔と、ヤツへの借りを作った場面が浮かぶ。
「一流、ねえ」
 呟いてみる。一瞬にして蝉の叫びにかき消された。
 俺達が卒業したのは、ドのつく田舎の一学年一クラスで、制服は学ラン・セーラー、今にも崩れそうな木造校舎のありえないような小さな学校だ。断じて一流、などではない。
 昼食とも朝食ともいえないような食事を終え、孝太郎に餌をやって自室へ移動。寝起きは昔から苦手だった。一人暮らしになってからはそれが顕著に表れている。それでも、幼い頃に根気よく朝食を与え続けたしつこい母のおかげか、食べ終わらないと学校へ行かせてもらえなかったので泣く泣く食べていた小学生の俺のおかげか、全く食べないと一日を生き延びることは出来ない。夏は尚更だ。
 スーツを取り出そうとしていた自分に嫌気がさした。せっかくの会合である。“装いは軽装で”。なんだ“装い”って。
 書いてあることもさることながら、こんなものを印刷して本気で送ってくるその精神がどうかしている。大体、確かに今日は九月九日だが、もし当日に着かなければどうするつもりだったのだろうか。住所によっては配達にかかる日数も違う。
 久しぶりに袖を通すジーンズとTシャツ。ヤツらに会うには、それで十分だ。
 顔を洗い、歯を磨く。鏡に映った自分の顔を見ながら、はたと思いついた。確かヤツは、郵便局に就職したはずだ。どう考えても似合わないと笑ったのを覚えている。まさかこの日のためだけに、なんて馬鹿なことがあるはずないのだが、それでもヤツならば十分にありえる可能性に、また笑いがこみ上げてきた。
「お前、いつものところから出ろよ」
 言いながらトイレの窓を少し開け、孝太郎に声をかけると、食を得て腹を膨らませた猫は、俺を全く無視して寝室へ向かった。彼らは基本的に人になつかない。最初の頃こそ傷つきはしたものの、慣れればなんということはない。メシの要求にさえ応えてやればいいのだから、一緒に住むには女よりも気が楽だ。
「じゃあ俺、行くからな」
 それでも、自分の要求以外には興味のない彼が、恨めしくなることもある。
 高三の初めに転校生としてやって来た、葉書の差出人と俺達は、結局一年にも満たない付き合いだった。孝太郎は、そいつが拾い、命名した猫だ。名前の由来は理解不能。短期間でヤツの考えていることを理解出来るわけがない。けれどその短い間でもヤツの滅茶苦茶な性格は十二分に発揮されたし、やることなすこと全てが魅力的だった。だから俺達はヤツに惹かれ、いつも一緒につるんでいたのだ。
 その学生時代のバイトで、貯めに貯めた貯金が化けた愛車に乗り込み、キーを回す。吐き気をもたらすようなむっとした空気を押し出すようにクーラーを入れると、しばらくの熱風のうち、快適な冷風が流れ出してきた。
 助手席には例のはがき。そこに座った女は今までに一人しかいなかった。他でもない、俺の母親だ。
 日差しが強い。日曜だというのに、それほど交通量は多くなかった。デジタル時計には『14:55』の表示。目的地にはここから約三時間ちょい。少々遅れるが、まぁなんとかなるだろう。
 赤信号で止まる。手にした葉書は、相変わらずふざけている。そのような要望は一切承諾しかねます、って、それじゃあ一体何のためにお前に電話するんだよ。っていうか、まず誰もしないだろ。心の中で言ってみるが、もちろん返事はない。
 食事もビールもない同窓会なんて、本当に人が来るのだろうか。……いや、来るだろう。きっと皆、ヤツに会うために。そして俺も、せっかくの休みを潰して、何の躊躇いもなくノコノコ出かけていく一人なのだ。ヤツの収集は絶対だ。だから、行くことは当然なのだ。そこに悔しいとかいう感情はない。
 信号が変わり、ラジオをかけると、忙しい俺でさえ最近よく聞く音が流れ出してきた。リズムに合わせて自然と歌詞を口ずさむ自分がおかしい。以前はよく、ワケの分からない横文字をギターに乗せて歌っていたのに、今現在そのギターは、埃を被って部屋の隅に存在を忘れ去られて存在している。
「では次の曲ですね。……すず猫さん、25歳の方からメールでのリクエストです」
 リクエスト番組というのは結構好きだ。同じ歌手が延々歌い続けないところがいい。リクエスト者の、様々なエピソードがこれまたおもしろい。
「『こんにちは、榊さん』こんにちは、すず猫さん。『いつも楽しく聞いています』。嬉しいですね、ありがとうございます」
 顔を知らない榊さんは送られてきたメールを読み、それに自分で応えていく。また信号に停められる。
「『今日は久しぶりの休日で、久しぶりに高校の仲間と集まります』。いいですねえ、同窓会ですか。どのくらいの方が集まるんでしょうね」
 俺みたいなヤツがいるのかと呟いた。しばらくそんな会話らしからぬ会話が続いた後、「ではすず猫さんのリクエストで」と、曲が流れ出す。“あのすばらしい愛をもう一度”。高校の合唱祭で歌った懐かしい歌が身体を包み、車も快速にスピードを上げる。
 小学生の頃友達とリクエストをしまくって、誰の曲が一番かけて貰えるかという賭けをしたことがある。珍しい曲がかかりやすいというのはその時に気付いたことだ。
 気分はすこぶる良かった。音楽に乗って何が心を弾ませるのかって、もちろんヤツらに会えることだ。卒業して以来、一度も会っていない。四年半ぶりの再会だった。それぞれがそれぞれの道に進んでいたし、きっと皆新しい生活に必死で、誰かを懐かしむ暇なんてなかったのだ。皆、変わっているだろうか。
 ぶちりといきなり音楽が途切れたかと思うと、変に高い男の声が喋り始める。
「ここでニュースをお伝えします」
 ニュースかよ。心の中で舌打ちするが、そんなことくらいでは今日の俺の気分は害せない。なにせ、久しぶりの休みだ。
「国道○号線、事故の続報をお伝えします。先程……」
 運のないやつだ。せっかくの日曜、こんな晴れの下で、あろうことか交通事故。
また信号に停まる。やけに今日は引っかかる日だ。いつもはほとんどといっていいほど引っかかることはないのだが。何かが浮かれる俺に告げているのだろうか。事故のニュースを介して、らしくないことを思う。
「負傷者は六名、うち三名はかすり傷、打撲などの軽傷、一名は骨折などの重傷、二名が意識不明の重体です」
 その二名の運の悪さを思う。
 信号が変わり、発進する。早く元の番組に戻してくれ。
「軽傷者は、高見陽一さん三五歳、高見令子さん三二歳、高見陽子さん……」
 彼は次々に名前を読み上げていく。交差点に差し掛かる。やはり気になる助手席の葉書に一瞬目をやる。
「……さん五四歳。続いて、重体者、三浦恵一さん四三歳、かざみ……」
 視界に入った猫が孝太郎と重なり、俺にハンドルを思わぬ方向へ切らせる。耳障りな急ブレーキの音。立ちくらみのように視界が揺らぎ、ヤバイ、と頭の中で警告が聞こえた。
 俺は、ヤツに借りがある。今日やっと、その借りを返すことが出来ると思ったのに。
 こびりつくのは、ニュースキャスターが読み上げた名前と、『死んでも来い』という、ヤツから俺へのメッセージだった。

                        二      

「柾裄!! こっちこっち」
 大きく手を振る亮介に軽く手を振り返し、ゆっくり歩み寄る。
 午後六時の公園には、かなりの人数がいた。公園といっても大きな運動公園で、アスレチックなどの遊具が豊富にあるためか、子連れの母親がちらほら見える。しかし、わざわざ暑い中、子供を連れずにこんな場所に来るような顔ぶれのほうが多い。攻撃力をいくらかなくした太陽光線が、それでも彼らの影をくっきりと作っていた。
「柾裄じゃん」
「来るのおせぇよ」
「柾裄君だ」
 懐かしい面々が笑う。
「久しぶり、柾裄君」
「久しぶり」
「ホントに久しぶりだな。何年ぶりだよ柾裄。なにお前、全然変わってねぇじゃん」
 肩を叩いてかく言う亮介も、全くといって良いほど代わり映えしない。赤の混ざった茶髪も、あの頃と寸分違わない。
「お前も全く変わってねぇよ」
 苦笑いしながら言ってやると、ニヤリと嬉しそうに笑みを返す。
「まあな。たかだか数年で変わってたまるか」
「別に胸張って言うことじゃないだろ」
 変なところで自慢をされても困るのだが、それが亮介というヤツだった。当時から、休日に昼まで寝ていただとか、“ローマの休日”でどれだけ泣いたとか、腐りかけの卵を食べて腹を壊しただとか、およそ他人にとってはどうでもいい、自慢にもならないようなことを並べて鼻高々に笑っていた。その笑いが今、あの頃と変わらずにここにあることに何故かほっとした息が洩れる。
 同じ高さの頭と並び、人口密度のいくらか高い芝生の方へと、足を進める。
「お前、今どこで何してんの?」
 あわただしく動く人間の間には、焼肉の準備が見える。……こんな公共の場所で、はたして焼き肉が許されるのだろうか。
「教授のおかげで見つかった禿げ山の下でこき使われてる」
「なんだそれ」
「人使い荒いんだよ。いつか絶他訴訟起こしてやる。なぁ、弁護士になったヤツイねぇか?」
 本気の念を込めてそう言うと、お前が言うと冗談に聞こえねぇ、と呆れた声が聞こえた。いや、本気だし。
「亮介こそ何やってんだよ」
 連絡さえ取っていなかった親友に尋ねてみると、ぱっと顔を輝かせた。
「オレ? 聞きたいか?」
 汗でシャツが背中に張り付くのを感じていた。
「……別に」
「なんだよそれ」
 天邪鬼な性格のせいか、そう言われるとどうでも良くなる。不満気な亮介はそのままに、まだ俺に気付いていない仲間の背後にそっと近寄る。
「……おらっ」
「うわあぁっ」
 座っていた背中を蹴ると、面白いくらいガキのような反応が返ってきた。
「なんだ、柾裄か。脅かすなよ。痛いじゃないか」
「何だってなんだ。お前、社会人になってそんなリアクションでやっていけると思ってんのか?」
「うるさいよ。関係ないだろ」
「関係あるだろ」
 相変わらず綺麗な顔で心底嫌そうな表情を俺に見せた耕史だが、眼鏡の奥は笑っていた。
「どんな関係があるんだよ」
「どんな仕事でも如何なる時も、常に笑顔を忘れずに、って。会社で教わんなかった?」
「……ナニソレ」
「禿げ山の教え」
「……柾裄、なんか悟りでも開いたの?」
 本気で心配そうな顔がおかしい。コイツは、俺が妙な宗教にでも引っかかりそうになったなら、死に物狂いで説得するのだろう。
「このままいけば悟りも開ける」
「は?」
「禿げるのもそう遠いことじゃなさそうだからな」
「コイツ仕事キツイんだと」
 今まで黙ってニヤつき、俺たちのやり取りを聞いていた亮介が、突然口を挟む。
「上司の禿げが悩みの種」
「バカ違う。禿げの上司が悩みの種だ」
 大真面目にそう言うと、耕史はひっくり返って笑い出した。
「で、結局何やってんの?」
「編集者」
 おぉ、と、無意味な声が上がる。驚き二割、尊敬一割、からかい七割といったところか。
「耕史は? 何やってんの」
 言いながら隣に腰を下ろすと、ジーンズ越しに芝生のチクチクとした感触がくすぐったい。
「僕?」
 亮介と同じように目を輝かせるところを見ると、耕史も、自分のことに興味がいったことがよほど嬉しいらしい。昔から、美少年よろしく、何かとモテるやつだった。が、未だに結婚の話は耳にしていない。
「お前、未だに自分のこと“僕”とか言ってんの」
 小馬鹿にして言ってやると、途端に視線が鋭くなった。
「柾裄はいちいちうるさいんだよ」
「なあ、ビールある?」
 そんな眼鏡はあっさり無視して、近くの後ろ姿に声をかける。振り返った細い肩の上には、どこかで見たことのあるような顔が乗っかっていた。
「あぁ、柾裄君。久しぶりね」
 彼女はにっこり微笑むと、予め用意しておいたように缶ビールを差し出した。例を言って受け取りながら、思わず呟く。
「……誰?」
「ほらな、やっぱ分かんねえだろ」
 すかさず、亮介が嬉しそうに声を上げる。やっぱり、ということは、亮介たちも分からなかったのだろう。
 一応保冷庫に入っていたらしいビールには、微かな温もりがあった。
「あたしよ、あたし。覚えてないかな、嶋村薫」
「…………」
 ……嘘だろ。
 まさか口に出すわけにもいかず、代わりに三メートルくらい心の中でぶっ飛んだ。
 俺の記憶が正しければ、嶋村薫は横にデカかったはずだ、クラスの誰よりも抜きん出て。痩せればそれなりだろうとは密かに思っていたが、まさかこんなに変わるとは。
「短大二年間で、見事ダイエット成功」
 ピースを作って笑う顔には、彼女のトレードマークともいえる笑窪が二つ、くっきりと浮かんだ。おおらかな笑顔は、確かに嶋村薫そのものだ。
「今は結婚して、山崎なんだけどね。そんでもって、十ヶ月の双子ちゃんの育児に追われてます」
 夏の太陽に負けないくらいの笑顔で言うと、またもや亮介たちの間から、おお、と声が上がった。けれど今度は、賞賛十割といった感じだ。
「まだ信じられない?」
「いや……あまりの変貌ぶりに頭ついていかねえ」
 そう言ってプルタブを起こす俺に嶋村は笑いかけ、それに耕史が質問をする。
「それで、今日はその双子ちゃんたちは?」
「ダンナに任せてきた。時には育児の大変さをわかってもらう機会をあげなきゃね」
 そういってウインクをする彼女のダンナに、ひっそりと同情の念を送る。猫一匹でさえ、仔猫のときは大変だったのだ。飯の要求どころか、何の用事もなく泣き叫ぶ人間、しかも二人の子守となれば、それこそ猫の手も借りたいだろう。
「せっかくの日曜なのに、ダンナかわいそう」
 けれど、彼女はそれを毎日やっているわけで。
 相変わらずニヤけた口調で亮介が言うが、嶋村は意に介さないといった様子でやんわりと返す。
「たまにはあたしに感謝してもらわないと」
「嶋村、育児ノイローゼ?」
「まさか。でもね、たまには息抜きしたいのよ」
 その息抜きが突然じゃ、息抜きにもならないだろう。
「しかし、よく集まったよな」
 ざっと見回しただけでも三分の二はいるだろう。当日葉書にもかかわらず、これだけの人数が来たということは、皆それだけ暇だということだ。
「あのふざけた葉書でよくこれだけ……」
「ってことは、柾裄のところにも来たんだ、あの葉書」
 人なつっこい瞳で、耕史が問う。
「当たり前だろ。じゃなきゃ何でわざわざ、片道三時間もかけてこんな田舎に来るんだよ」
「禿げ山のお告げとか」
「つまんねえこと言ってると張っ倒すぞ亮介」
 一口流し込んだビールは、やはり生温かった。
「いいねえ。久々にやるか? 言っとくけど俺、まだまだイケるから」
「知るか」
 受け流す。
「そういや、ビール無しじゃなかったっけ?」
「あたしが持ってきたのよ。直筆で、『薫はビールよろしく』って。足りない分は随時補給ね」
 その時、かおるぅ、と、呼ぶ声がした。はぁい、と応えて駆けて行く。その後ろ姿からは、とてもじゃないが過去の彼女の姿は想像出来ない。
「女って怖ぇ」
 思わず呟くと、亮介も耕史も隣で静かに頷いた。
「実は別人だったりしてな」
 ボソリと呟いた耕史の言葉に、亮介が反応を見せる。
「それ面白い。“発覚! 嶋村薫には体型の違う双子が!”どうよ、柾裄」
「ボツ」
 両手両足を大きく伸ばして芝生の上に寝転がると、眩しい空が目に入る。昼間は雲一つなかったのに、今はどこからかやってきた白い物体がある。目を閉じると、決して心地よくはない熱風を頬に感じた。
「大体何でこんな時候に外なんだよ。暑いじゃねぇか。高級ホテルとかいろいろあんだろ。ワケわかんねぇ」
「何を今更。それがアイツの性格だろうが」
「…………」
 それを言われてしまっては何も言い返せない。
「幹事が来るか来ねぇか分かんねぇような同窓会だもんな」
「ばぁか。今までヤツが一度だって約束破ったことねぇから、こうして皆集まってんだろ」
 だよなぁ、と呟いた耕史の声が、空に消えてゆく。
「柾裄の葉書には何て書いてあったんだ?」
「何が」
「ヤツからの直筆メッセージ」
「…………」
 閉じた瞼の裏の光が、一瞬弱くなった気がした。
「『私は死んでも行くから、お前も死んでも来い。』」
 黙り込んだ俺の代わりに、高い声が応えた。
「涼子」
 亮介の声に驚いて目を開けると、そこには俺を覗き込むこの会の首謀者の顔があった。
「久しぶり、柾裄」
 慌てて起き上がる俺に、彼女は長い髪を掻き上げて笑いかける。
「お前……来たのか」
「当たり前でしょ。約束したし」
 言葉に微かな違和感を感じる。約束というのは本来、前もって互いに納得をして成り立つものである。当日、しかも片方に反論の余地がない場合、“約束をした”とは言えない。
「ちょっと遅れたけどね。でも柾裄、生きてたんだ」
「……は?」
 意外そうな表情に、思わず口が開く。
「だって全然連絡よこさないんだもん。私が就職したって言ってもお祝いの電話一つしなかったのはあんただけよ」
「あいにく俺はお前の下僕じゃないんでね」
 皮肉を込めて言ってやる。うわ、なにその生意気な口のきき方。笑いの含まれた声。
「お前こそなんなんだ、その女みたいな喋りは」
「一応社会人ですから。礼儀はね、一応ね」
 昔は普通に、俺たちと同じくぞんざいな言葉遣いだった。初めの自己紹介で、担任が学校の印象を聞いたとき、『冗談じゃねぇよ、こんな学校』と吐き出し、喋り方を直せと言った俺に、女だからって……と、説教を始めたのは他でもない、彼女自身だ。
「それにしても、ホントに来るとは思わなかった」
「……は?」
 二度目の意味不明な言葉に、今度は口が開くだけではなく眉も寄る。
「だってまさか、ホントに来るとは思わなかったし。自宅からどれだけかかんのよ」
 呆れたように、それでも嬉しそうに笑う。
「ふざけんなよ。お前があんな脅迫めいた葉書送ってきたから、その長い道のりをわざわざ来たんだろうが」
「知らないわよ。あんたは私に借りがある。その借りは返すのが当然でしょ」
 この女。この、無駄に身長のある女。態度のデカさも、髪を掻き上げるクセも、豪快な笑いも、変わっていない。
「……俺もお前に会えるとは思ってなかったよ」
「どういう意味よ。私は誰かさんと違って、ちゃんと約束は守ります」
「ああそうかい」
「またまた、照れちゃって」
 からかうような声が、立ち上がった背後に聞こえる。
「アホか」
 受け流すように言ってやると、バシっという音と共に後頭部に激痛。
「……ってぇな! 何すんだよ」
「叩いたのよ」
 ヒールのついたサンダルを左手に持ち、ひらひらと振り、得意げに笑う彼女に、微かに殺意が沸く。
「おまっ……それでやったのか?! バカじゃねぇの」
「バカはあんたでしょうが」
 目を細めて言う彼女は、相変わらず女王様だ。態度のデカさも一級、黙っていれば美人なのに口を開けば悪魔、オマケに成績優秀ときたもんだ。俺は結局、高校時代一度も涼子に勝てなかった。
「何で俺がバカなんだ」
 痛む部分をさすりながら睨みつけると、カラカラと笑う。
「律儀に約束守るあたりが」
 それはむしろ俺よりお前に当てはまるんじゃないか。
「結局、会えて嬉しいの、嬉しくないの」
 両サイドからは、期待に満ちた亮介と耕史の視線を感じていた。
「……嬉しいよ」
 日が暮れてきたとはいえ、まだまだ明るい。顔色を悟られないように背を向け歩き出せば、俺をからかう声が笑う。
自慢じゃないが俺は、下級生からも会社の同僚からも、クールなヤツだと思われていた。自分でも、亮介なんかに比べればクール……というより冷たいヤツだと思ってはいる。けれど、涼子の前ではそんな俺も、結局は亮介達と変わらないのだ。素直にならざるを得ない。
「おい、いつまで笑ってんだ」
 首だけ振り返ると同時に、亮介が飛びついてきた。涼子と耕史は後ろで笑っている。
 いつも四人でつるんでいた。卒業してから、あの一年よりも楽しい瞬間はなかった。連絡を取らずとも、こうして何年ぶりかに集まろうとも、変わらず笑えじゃれ合える誰かがいる俺は、自分で思うよりも幸せなのだろう。だから、禿山での修行も励もうという気になる。
 ガキに戻れる半日にも満たない時間を、とりあえず、楽しむことにした。

                        三

「お前、分かってやってる?」
「分かってるよ。そこまでバカじゃねぇ」
「犯罪だよ?」
「四年前にもやっただろ」
「そりゃそうだけど……でも今回は……」
「うるせぇな。来ねぇんなら来なくていいぜ、耕史」
 目もくれずに言うと、耕史は黙り込んでついて来た。結構、常識を気にするヤツだ。
 柵を飛び越え、運動場にそびえ立つ校舎は、月の光の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
 肉が足りる足りないの喧嘩をしている最中、公園での焼肉は子連れ母達によって警察に通報され、当然のことながら中止となった。煙と匂いを散々出して、年中腹を空かせているガキどもが寄って来ないはずもない。が、分けてやる肉もなかったので、結果として泣かせてしまった。ガキには優しい涼子になだめてもらいはしたものの、自分の子供を泣かされて腹を立ててた母親は、公園での焼肉は許されるのかと通報し、注意を受け中止された。そして、今に至る。
 高校を卒業する際、俺達は夜の学校に忍び込んだ。もちろん、あの女のもくろみの下に、だ。クラスの人間をいくらか校内に残らせておき、夜中に中から鍵を開けさせる。侵入は無事に果たしたが、何故か学校に来た担任に見つかった。前回は卒業直前だったためか、俺と涼子以外は反省文程度で済んだらしいが、今回は明らかに犯罪だ。不法侵入。が、そんなことを気にするクラスの連中ではない。夜の学校に忍び込むなんて、ありきたりといえばありきたりだが、実行に移す団体は珍しいだろう。
「さすがに不気味だな」
 ボロい校舎だ。冬は、窓からの隙間風に泣かされた。ただでさえ大して暖かくない石油ストーブの威力半減の理由はそこにある。ガタガタと窓を揺らせば、鍵は振動で落ちた。
「亮介、向こう開けてきてくれ」
 女子……というには歳を取った仲間の中には、スカートの人間もいる。涼子も例に洩れず。昔はスカートだろうが何だろうが、俺たちの前でも構わず胡坐をかいていたようなヤツが、『私、スカートだから』とのたもうた。必然、俺達三人が被害を被る。
「え〜、怖いぃ」
 夜の校内以上に不気味な声で言う亮介の尻を蹴ると、その勢いのまま昇降口を開けに行った。
「それにしても、何も変わってねぇな」
 静寂が満ちていた。
 もうとっくに、壊されていると思っていた学校は未だにそこに存在しており、しかし見た目は廃校そのものだ。
「ホントだね。まだ生徒いるんだ」
 耕史は半ば、感心を通り越して呆れたような声で言う。地元の人間しか行かない高校が、どうして未だに残っているのか全く分からないし、その必要性も皆目検討がつかない。
「不気味ね」
 隣にはいつの間にか涼子が立っていた。わいわいと一気に賑やかさを増した廊下に、窓から月光が注いでいた。ぼんやりとした光に照らされる木造の校内が、突然の訪問者達の足に時折悲鳴を上げている。
 女子は、怖い怖いと言いながらも教室を見て回り、男連中はかつて書いた落書きを見つけては笑っている。中には書き足すやつまでいた。公共物損傷。見つかった場合の罪がまた一つ増えた。
「ねぇ柾裄。肝試しでもする?」
 何故俺に問うのか分からないが、あの日と同じことを涼子は言った。
「みんなで歩いてるだけで十分肝試しになるだろ」
 そうして俺は、あの日と同じ言葉を返した。木造校舎というのは、それだけである意味迫力がある。人数がいるといっても、怖いヤツは怖いのだろう。幽霊とやらを全く信じていない俺は、怖いも何もないのだが。
「柾裄!! 涼子!! 今なんか、トイレで音しなかったか?!」
 と、振り返って真っ青な顔でわめく亮介のようなヤツもいるのだから。まぁ……亮介がそんなヤツだということを知っての提案だということは、言うまでもない。

「いい? 男女一組で保健室まで行く。女子は保健室から綿棒を取って、それを男子が一人で理科室に持っていく。で、保健室の前で待ってる女子を連れて、この教室に戻ってくる」
 聞きなれたルールだった。あの日も綿棒だったが、どうして綿棒なのかは誰も知らない。そして、涼子のルールは絶対だ。
「亮介、あんた一人で行け」
 そんなメチャクチャな命令にも、応えなければならない。亮介はぶつぶつ言いながら夜の学校に消えて行った。もちろん、全員で後を追って待ち伏せ、帰りに奇襲をかけるためだ。四年前も、同じ手に引っかかったヤツだ。学習能力がないわけではないだろうが、あっさり逆らわずに行くところを見る限り、あるとも思えない。
「うわあぁぁっ」
 今日会った時の耕史よろしく、もしくはそれ以上のリアクションだった。ひしきりの笑いの後、他の面々が順々に出発する。
 びくつく顔の裏には、ワクワク感が漂っていた。子供に戻ることを許され、一緒に戻ってくれる人がいて、そのきっかけをくれる涼子がいる。何も変わっていない校内が、俺達を高校時代に戻していた。
「ほら、柾裄行くよ」
 腕を引っ張られ、渋々足を進める。亮介のようにわぁわぁ言うのもどうかと思うが、何の恐怖も見せずにスタスタ歩くこの女もどうかと思う。まだ聞き慣れない言葉遣いを除けば、女らしさの欠片もない。亮介ではなく、コイツこそ一人で行けばいいのだ。
「そういえば、孝太郎元気?」
 前を行く涼子が振り返って問う。
「すげぇ元気。メシ以外の時はなつきもしねぇ」
「ふぅん。やっぱり私があの時拾ったのがよかったのね」
 明らかに、今まで育ててきた俺のおかげなのだが。
「お前さぁ、幽霊とか怖くねぇの?」
 四年前も、俺と涼子が一緒だった。その時も確か、こうして彼女は先を歩いていたような気がする。
「そんな非科学的なモン、いるわけないじゃない」
 冷たく言い放つ彼女はきっと、子供の頃一度はハマるはずのアニメのキャラクターなんぞには、目もくれず生きてきたのだろう。
「もし出たらどうするんだよ」
「さぁ。その時考えるわ」
 実にあっけらかんとした答えだった。きっと“その時”、本当に考え出すだろう。
「……柾裄はどうするの?」
「俺?」
「どうするの?」
「んー……別にどうもしねぇな。いても普通にしてるさ」
 そう。小さな呟きが月光に吸い込まれる。
 もう少し、ましな話題はないのかとも思うが、今更改めて話すこともない。
「涼子は、なんか世間話でも始めそうだな」
「どういう意味よ」
「お前なら、どんなヤツとでもうまくやりそうだ、って意味」
「まぁね」
 変なところで褒められて図に乗るのは、亮介と一緒だ。……なんて言うと、本気で気分を害しかねない。
「もし俺が、幽霊だったらどうする?」
「柾裄が? 何で。あんた今ここにいるじゃない」
「だから、例えばだよ。例えば、事故で意識不明の重体で、意識が具現化したものだとしたら」
 一瞬の沈黙。そして。
「どうもしねぇな」
 涼子はニヤリと笑って言った。

「戻るぜ」
 理科室の帰り、何故か保健室前ではなく中にいる彼女の背中に声をかける。
「…………」
 涼子は、振り向かなかった。何を考えているのか。……おそらく、俺と同じことだろう。
「ねぇ柾裄。覚えてるでしょ」
 俺の方を見ないままで発した言葉は、ひどくまっすぐ空気を震わせこちらに届いた。
「……あぁ」
「まさか、見つかるとは思わなかったよね」
 部屋は、月の光で十分に明るい。
借り、だった。
 四年前と、同じシチュエーションだった。肝試し、二人きり。ガキだった俺達は、その場の雰囲気と流れに身を任せるしか知らなかった。
「『先生、誘ったの、私だから』」
 涼子の声は、震えていなかった。けれど、あの時握り締めていた右手が痛々しかったのを、今でも俺は覚えている。
 ただのガキだったのだ。俺も涼子も。付き合ってもいないのに、雰囲気に流されたのだ。運悪く、本当に運悪く、事に及ぼうとしている瞬間を担任に見つかった。無断で学校に入ったことよりも、そちらを厳しく怒られた気がする。けれど、一週間学校に姿を見せなかった涼子の代わりに、俺は反省文と三日の停学で済んだ。どちらが誘ったとか、そんなことはどうでもいいような気がする。今でさえそう思うのだから、理解できないのは大人ではなく、教師という人種だ。そして、何の弁解もせずに涼子一人に責任を負わせた俺。
 どうしてあの時、違うと一言いえなかったのだろう。求めたのは、お互い同じことなのに。
 室内には、青白い光が満ちていた。涼子の長い髪が、その色に染まる。
「ねぇ柾裄」
 突然振り向いた彼女の瞳に、ふざけた色は見えなかった。けれど、本気の色も見えない。
「あの日の続き、しよっか」
「…………」
 なんとなく、次に来る言葉を俺は予想していたのだろうか。さして驚きはしなかった。何故とかどうしてとか、そんな疑問詞も浮かばなかった。部屋の色も雰囲気も涼子の目も、あの日と全く同じだった。それが余計に、今まで経てきた時間の感覚を忘れさせる。今にもあの日のように体が動き出しそうだった。意識とは別の何かが、信号を送っていた。しかしただ一つ違ったのは、俺達はもう、ガキじゃないということだ。
「なに、バカなこと言ってんだよ」
 俺は、彼女の目を見ることも出来ずに、そう言った。
2006/04/13(Thu)18:06:16 公開 / 藤崎
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■作者からのメッセージ
実は、続いていたりします笑”

甘木様、御感想ありがとうございます。仰る通り、もう少し心理、というか感情を書きたかったのですが、どうにも上手くいきません。。。頑張ります。日々精進です。

どうかもう少しだけ、お付き合いくださいましたら光栄です。
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